メディアとマーケティングの共犯関係

Japan Marketing Academy
★
論文
メディアとマーケティングの共犯関係
笊 ――― はじめに
笆 ――― マーケティングとメディア
笳 ――― ソーシャルメディアの革新性
笘 ――― ソーシャルメディアとマーケティングの共犯関係
若林 靖永
● 京都大学 経営管理大学院 教授
なまとめ方だが,新しいテクノロジーが登場
したときに起こりがちの「興奮」「バブル」そ
笊――― はじめに
して「ポジショントーク」(つまりそう発言行
動することで自らの立場を有利にする)が生
個人的には 2009 年から Twitter を利用しは
まれている。
じめたのだが,使いはじめてすぐにさまざま
本稿の主題は,マーケティングとメディア
な「出会い 」や「衝突」が起き,実に刺激
の関係の「そもそも」を問いつつ,ソーシャ
的で興味深いメディアだと実感した。正直に
ルメディアをその文脈のなかで位置づけよう
告白すれば,インターネットの登場,ウェブ
という考察であり,なにが変わり,なにが変
の普及で 1990 年代後半ワクワクしていたのが,
わらないのか,それを理解するためのフレー
2000 年代に入って少しずつつまらなく感じる
ムワークを提示しようとするものである。
1)
ようになっていた。Web2.0 という議論も始ま
笆――― マーケティングとメディア
り,まだまだネットがもたらす革新はこれか
らだという見通しを持ちつつも,PC やネット
1.マーケティングの本質
についてマンネリを感じていた。そういう状
マーケティングとはなんであるか,をめぐ
況のなかで久しぶりに衝撃的であったのが,
っての論争というのはあまり活発ではない。
Twitter であり,iPhone だった。
その後,大学の授業や学会の大会等でも
すでに企業や組織においてマーケティングは
Twitter などを活用するようになり,ソーシ
実践されているし,研究の際にはマーケティ
ャルメディアを活用することが公私ともに
ングの一部分について問題を定義して概念枠
「日常」となった。ところが,そういう状況の
組みを構築してすすめるので,そもそもマー
なかで違和感も感じてきた。「ソーシャルメデ
ケティングとはなにか,ということを考える
ィアにより,社会が変わる。ソーシャルメデ
有用性はあまりないからだ。そういう状況の
ィアによってこれまでのマーケティングは役
中で,マーケティングとはなにかが学界の大
に立たなくなる。これからのマーケティング
きな論点となったのが,1970 年代にアメリカ
は,ソーシャルメディアだ。」など,やや乱暴
を中心に議論された「マーケティング境界設
● JAPAN MARKETING JOURNAL 123
マーケティングジャーナル Vol.31 No.3(2012)
4
http://www.j-mac.or.jp
Japan Marketing Academy
メディアとマーケティングの共犯関係
定論争」あるいは「マーケティング概念拡張
以上の社会単位による。
論争」である 。
公理 2 :社会単位のうち少なくとも一者は,
2)
この問題提起は Kotler と Levy によって行
ある社会的目的に従い,ほかの社会単位から
われ,彼らの主張は,マーケティングはビジ
の特定の反応を求める。
ネス領域だけではなく,非営利組織や社会活
公理 3 :市場の反応はおそらく一律ではな
動領域でも求められるようになっており,そ
い。
の概念を拡張すべきであるというものだった 。
公理 4 :マーケティングは,市場に対して
3)
さらに Kotler は議論を発展させ,マーケティ
価値物を創造,提供することにより,望まし
ングの一般概念を提示した 。まずマーケテ
い反応をうみだそうという試みである。
4)
ィング認識の第 1 段階として,マーケティン
グはビジネス領域のものであり,売手と買手,
この Kotler のマーケティング認識は,一方
そして財やサービスの交換,市場取引によっ
で交換,取引一般ということでマーケティン
て構成されるとする。つぎにマーケティング
グの担い手や活動を大幅に拡張するとともに,
認識の第 2 段階として,市場取引では一般的
他方で,あくまでも少なくとも一者の意図に
な「支払い」つまり金銭のやりとりをマーケ
より他者の特定の反応を求める働きかけであ
ティングの条件としないと主張する。直接金
るというところをみている。私は後者に注目
銭のやりとりのない領域でも,他者にとって
して,企業の意思,企業の行動であるという
価値を提供するという製品の特質は変わらな
点を徹底するという意味で,マーケティング
いし,そのように考えれば行政によるサービ
の本質をめぐる検討において,それを「販売」
スや非営利組織が提供する製品もまたマーケ
に見いだすと主張している 5)。
ティングに含まれる。つまり,市場取引から
2.成立期マーケティングにおけるメディアとは?
組織ム顧客間取引への一般化を主張している。
現代使用されているような意味での「マー
最後にマーケティング認識の第 3 段階として,
組織と顧客の間の取引だけではなく,顧客以
ケティング」という用語は比較的新しく,お
外のステイクホルダーとの関係にまでマーケ
およそアメリカでの 19 世紀後半から 20 世紀
ティングの対象を拡張すべきであると主張す
初頭である。たとえば,Porter and Livesay
る。そこでは二者間の価値物の交換,取引こ
は,「合衆国経済における多くの製造品がいつ
そが中心であって,けっして組織と顧客の間
頃から生産者自らによって流通されるように
でのみ,このような交換,取引が行われるわ
なったかを正確にいうことはできないが,マ
けではない。以上のプロセスを経て到達した
ーケティング革命が 1890 年代の中葉から第 1
のが,Kotler のマーケティングに関する一般
次大戦の間に生じたことはあきらかである 6)」
概念である。すなわち,それは次の 4 つの公
と指摘し,「マーケティングにおける新秩序」
理によって構成される。
として製造業者による前方統合,それによる
製造業者主導の全国流通の実現,全国的な広告
とナショナル・ブランドの推進をあげている。
公理 1 :マーケティングは二者ないしそれ
5
http://www.j-mac.or.jp
JAPAN MARKETING JOURNAL 123 ●
マーケティングジャーナル Vol.31 No.3(2012)
Japan Marketing Academy
★
論文
(1)R. S. Butler
告とは,いわゆるダイレクトメールのことで,
Butler によれば,アメリカにおける全国広
通信販売の顧客リストなどにもとづき,カタ
告は 1870 年ごろ登場したとされる。Butler は
ログ等を消費者に直接送付するものである 10)。
1914 年の著書で,当時,広告は激しい競争手
そして,広告が機能するのは,まずトレード
段の 1 つとして使用され,ムダ,浪費を促進
マーク,トレードネームなど商品がブランド
するなど否定的意見も出されていたが,競争
として識別認知されるようになっているから
社会において販売員と同じく広告は必要なも
である。その場合,広告はほかの伝達機関と
のと主張した。確かに広告によって不要なも
比べて効果的効率的であり,商品についての
のが押しつけられるということはあったとし
アイデアの伝達機関として重要な役割を果た
ても,競争社会では消費者はそれを選択でき
している。すなわち,広告によって 3 つのレ
る。多少高くなっても一流ブランドであると
ベルの需要を産み出すと指摘した 11)。
いうことで満足するのであれば,問題ではな
1
いとした 。
2 外からは識別できないが消費者には意識さ
7)
さらに,広告はブランドに関連づけられ,
外から識別できる消費者に意識された需要
れている需要
トレードマークは広告の価値を最大にするよ
3
うに作られるべきであり,パッケージもまた
いまだ消費者にも意識されていない需要
さらに,どのようなアイデアを消費者に伝
同様に広告の価値を大きく高めると指摘した 。
達すると有効なのか,Shaw は思いつきで判
8)
断するのではなく,実験的方法,たとえば,
(2)A. W. Shaw
複数の見込み顧客グループに,複数の広告コ
Shaw はマーケティング論の元祖であると
ピーを掲載した直接広告を送るというテスト
現代においても評価されているのは,特にマ
を,少数サンプルで実施し,その結果を検討
ーケティングを「需要創造活動」であると主
することで,最良の見込み顧客グループの特
張したことに起因すると言ってよい。Shaw
定とそのターゲットと合致した広告コピーの
は需要創造活動について「製品に対する欲求
選択ができるということを提案している 12)。
を喚起し,喜んで支払うであろう価格設定を
(3)F. E. Clark
行い,その製品を入手するためにすすんで動
Clark はマーケティングを流通機能として
くように製品についてのアイデアを消費者に
伝達すること」と述べている 。
とらえ,交換機能の 1 つに需要創造を位置づ
9)
け,次の 4 つのタイプを指摘している 13)。
需要創造のためのアイデアの伝達機関とし
① 一般消費者が通常消費するより多くのも
て,Shaw は _ 中間商人,_ 製造業者自身の営
のを購買させる
業担当者,_ 一般広告および直接広告,の 3
② 一般消費者が習慣と異なるものを購買さ
つを挙げる。ここで言う一般広告は,広く新
せる
規顧客獲得を目的として実施される広告で,
③ 同種の他の製品への嗜好の中からある製
雑誌,新聞,掲示板,ネオンサイン,車内広
品を購入させる
告などが利用される。これに対して,直接広
● JAPAN MARKETING JOURNAL 123
マーケティングジャーナル Vol.31 No.3(2012)
6
http://www.j-mac.or.jp
Japan Marketing Academy
メディアとマーケティングの共犯関係
④ 他者よりもある会社への愛顧を獲得する
インターネット以前のメディア環境につい
このうち,__ は需要創造であると同時に,
て整理するならば,圧倒的な影響力をマスに
むしろ競争戦略であり,そのために使用され
対して有するマスメディア,特にテレビ,ラ
るのがブランドである。この需要創造の方法
ジオ,新聞,雑誌の 4 媒体が君臨し,そのほ
が,販売員,広告,見本販売である。
かに交通広告や屋外広告,ダイレクトメール
などがあった。個人発信のメディアも,会話
以上,代表的な成立期マーケティング学説
や電話,手紙に加えて,同人誌などのサーク
の論者である Butler,Shaw,Clark の 3 名を
ル,会員向けのメディアや,ビラ配りなどが
取り上げたが,共通していることは,第 1 に,
あったが,その到達度はかなり狭いものだっ
マーケティングはその生成のころにおいてす
た。
でに顧客の購買消費意欲を喚起する需要創造
したがって,インターネット以前のメディ
を主活動の 1 つとしていたということである。
ア環境を大きく支配していたのは,一部の企
第 2 に,需要創造は販売員による営業ととも
業や政府機関などであるとみていい。個人あ
に,広告が重要な手段としてみなされており,
るいは市民のコントロールからは大きく離れ
当時のあらゆるメディアが活用工夫されてい
た存在であり,こうした企業等からの「情報
る。第 3 に,広告が重要な役割を果たすよう
操作」のもとで個人は生活しており,マーケ
になったのは,競合他社との競争が一般的に
ティングにおいてもこの「情報格差」を利用
なったことと,製品にトレードネームなどが
して展開されていた。
付与されブランドとして展開されたことによ
インターネットの登場はこのようなメディ
る。このような企業行動が,まだテレビとい
ア環境を大きく変えつつある。すでに大きく
う圧倒的な影響力を持つマス媒体が生まれる
変えてしまったが,同時にまだまだメディア
以前から成立していたことに注目しておきた
環境の変革は止まらない。その重大な変化の
い。
第 1 が,ユーザーが発信するメディア,つま
このことは,マーケティングはつねに顧客
り誰でも発信者になることができるメディア
に働きかける手段に飢えており,新しいメデ
の広がりである。これは UGC(user generat-
ィアを積極的に採用してきたこと,そして新
ed content)あるいは CGM(consumer gen-
しいメディアも企業のマーケティングに積極
erated media)と呼ばれている。
的に利用されるからこそ,ビジネスとして成
第 2 に,ユーザーが発信するコンテンツの
立し大きく成長してきたこと,このような
形態は多様で,いささかもう古い言葉になっ
「共犯関係」にあることを意味している。
てしまっている「マルチメディア」,すなわち,
テキスト,画像,音声,動画が発信・共有さ
笳――― ソーシャルメディアの革新性
れている。
第 3 に,これらのユーザーが発信するコン
(1)インターネットの登場による新たなメデ
テンツは個人ブログ等で発信されるとともに,
ィア環境
何らかの特定の興味・関心でつながるコミュ
7
http://www.j-mac.or.jp
JAPAN MARKETING JOURNAL 123 ●
マーケティングジャーナル Vol.31 No.3(2012)
Japan Marketing Academy
★
論文
ニティ(community of interest)を形成し,
ディア環境をユーザーにもたらした。ウェブ
実に多種多様なテーマにもとづく interest-
サービスもそれに合わせ,
「いつでもどこでも」
graph ネットワークを産み出している。
という価値を提供するもの,より私たちの
結果として,第 4 にますます「情報大爆発」
「身体」を拡張するものに革新されつつある。
を引き起こしており,それを処理するサービ
そして,本稿の本題のソーシャルメディア
スやアルゴリズムが求められ,検索サービス
の登場・普及である。広い意味でのソーシャ
等の価値が増している。
ルメディアは,先に挙げた UGC や CGM であ
り,Wiki 系サービスなども含まれる。非常に
(2)スマートフォン(モバイル)とソーシャ
多様なウェブサービスを包含するものである。
ルメディア
しかしながら,狭い意味で,典型的な意味で
ここまでがインターネットがもたらした第
のソーシャルメディアとは人と人との関係を
1 段階のインパクトとすると,近年展開され
軸としたネットワーク,すなわち socialgraph
ているのはその先のインパクトである。それ
ネットワークを産み出し,展開しているサー
はスマートフォン(モバイル)とソーシャル
ビスである。これは SNS(social networking
メディアに代表される。
service)と呼ばれ,mixi,Facebook が代表
スマートフォン(モバイル)は,携帯電話
的である。
でもあれば,PDA(Personal Digital Assis-
日本でもっとも普及している SNS は mixi
tant :携帯情報端末)でもあれば,パソコン
である。ユーザーの利用の仕方とサービス提
でもあるが,それだけでは必要十分ではない。
供者側のサービスの提供内容やデザインは相
iPhone,そして Android 携帯,Windows
互に関係するので,あくまでも現在の,普及
Phone はそれだけではない。それはクラウド
している利用のかたちであるが,mixi は仮名,
サービスにもとづくプラットフォームにアク
つまりニックネームであるが,当事者同士で
セスするデバイスである。クラウドサービス
は誰であるかがわかっているということを元
とは,データの実体はスマートフォン(モバ
に,限られた親密な友人との,毎日,高頻度
イル)側にあるのではなく,ネット上のサー
の交流を行う場として利用されている。マイ
バにストレージされていて,必要なときに必
ミクと呼ばれる,友人の数は比較的少数であ
要な情報やサービスにスマートフォンや PC
ることが多い。
などからアクセスできるというものである 。
これに対して「黒船」のように登場した
14)
ウェブサービスにも革新が訪れた。多くはデ
SNS が,Facebook である。Facebook はサー
スクトップから,一部はノート PC からとネ
ビス内容だけみれば,mixi と類似のものがほ
ットへの接続は時間や場所が限定的であり,
とんどである。しかも,mixi がつぎつぎと
歩きながらとか,電話している途中でとか,
Facebook に対抗して自らにこれまで欠けてい
思いついたときにすぐ利用するというのは困
たサービスを拡張しているので,差異はます
難であった。スマートフォン(モバイル)は
ます小さくなっている。しかし,重大な差異
いつでもどこでもネットにつながるというメ
は引き続き残っている。つまり,第 1 に,
● JAPAN MARKETING JOURNAL 123
マーケティングジャーナル Vol.31 No.3(2012)
8
http://www.j-mac.or.jp
Japan Marketing Academy
メディアとマーケティングの共犯関係
mixi が仮名に対して,Facebook は実名主義
ービスごとにボックスが分かれており,それ
である。このことは少数の親密な友人だけで
ぞれに必要に応じてユーザーがアクセスして
なく,名前をオープンにしてつながる,相対
友人の情報を閲覧コメントするというデザイ
的に多数の友人・知人とのネットワークを形
ン,レイアウトとなっている。
成するということにつながっている。したが
ソーシャルメディアの中でも,日本でもブ
って,mixi でも「あしあと」サービス(現在
レイクし,そして 3.11 大震災でも活躍した
は会員からのクレームがあるものの廃止)を
Twitter はこれらの代表的なサービスと比較
活用して積極的に「友達」を拡大し,ビジネ
して「異質」な特質を有しているので,別に
スや趣味のネットワークを広げようというユ
扱いたい。Twitter は技術システムとしては
ーザーが一部いたけれども,このような利用
単純な仕様で,140 字という字数制限のある
スタイルは Facebook ではより一般的である。
短いメッセージを自分のフォロワーに瞬時に
第 2 に,Facebook ページというサービスがあ
公開する,フォローは相手の許可を得ること
り,Google などの検索エンジンで検索できる
なく一方的に行うことができる,「タイムライ
ウェブページを持つことができる。これは企
ン」と呼ばれるデザインでつねに最新の「つ
業や著名人がファンとの直接関係をネット上
ぶやき」が上から下へと流れ更新される,と
で構築することができるサービスである(な
いうものである。当初は「ミニブログサービ
お,同様のサービスが 2011 年 8 月 31 日
ス」とも呼ばれていたが,その後のユーザー
「mixi ページ」として mixi でも開始された)。
のクリエイティブな Twitter 利用によってそ
第 3 に,標準的なウェブのデザイン,レイア
の独自性が浮かび上がってきた。スマートフ
ウトが「ニュースフィード」と呼ばれる形式
ォンの普及とあいまって「いまここで」の多
となっている。これは,古いものは下に新し
様な行動や感想や思いつきなどのメッセージ
いものが上に次々と友達の提供する情報,ア
が発信されるようになり,テレビ番組,講演
クションが流れてくるという形式である。こ
会,スポーツ試合などの内容の紹介や感想を
の形式の強みは,大量の情報が発生する際に,
発信・共有する手段となり,ハッシュタグに
それに受動的にアクセスできるというところ
よ り テ ー マ に よ る 共 有 が 促 進 さ れ ,「 R T
にある。加えて,Facebook は「ハイライト」
(Retweet)」により他人の Tweet をコピーし
という表示形式がサポートされ,大量の友達
て拡散・コメントしていく,といった使い方
情報の中から,関係の深いと思われる友達の
が広がった。
情報,「いいね」やコメントが多く価値が高い
ここで注目すべきは,タイムラインにまっ
と思われる友達の情報をランク付けして,セ
たく「無秩序」「無関連」にフォローした他者
レクションして提供するというサービスをす
の Tweet が一方的に流れてくるという現象で,
すめている。これは効率的かつ有効に大量の
いつ放送されるかわからないテレビ番組をフ
情報を処理する必要性を想定している。日本
ォローした数だけのチャンネルを通じて観て
の mixi は対照的で,少数の友人情報を毎日高
いるようなものである 15)。すると何が起こる
頻度でアクセスする,コミュニケーションサ
か。自分のそのときの気分と強く反応,惹か
9
http://www.j-mac.or.jp
JAPAN MARKETING JOURNAL 123 ●
マーケティングジャーナル Vol.31 No.3(2012)
Japan Marketing Academy
★
論文
れ合う,あるいは強く反発してしまう「つぶ
いうように,「いまここで」の気分というもの
やき」と出会ってしまうのである。これは予
を表出させ流通させてしまう。これは必ずし
測できないアクシデントであり,それだけに
も特定の誰かに何かメッセージを伝えて望ま
衝撃的である。そういう出会い,衝突事故が
しい反応を得ようというようなものではない。
つぎつぎと予想外に発生する受動的なメディ
第 2 に,特に Twitter に顕著だが,Facebook
ア,それが Twitter である。
も広く友人・知人を友達登録していくので,
以上,代表的なソーシャルメディアとして,
そこに生まれ広がる socialgraph はいわゆる
mixi,Facebook そして Twitter の特徴を見て
「弱い紐帯 16)」であるということだ。第 3 に,
きたが,新たに Google が「Google+」という
その結果,あまり近しくないのになんだかよ
サービスを始めるなど,さまざまな「ソーシ
く知っているような,親近感,親密感が形成
ャル」なサービスが開発提供され競争・提携
され,そこで自発的に相手と共感する,サポ
していくと思われるので,あくまでも現時点
ートする,コンタクトをとるといったアクシ
でのスケッチに過ぎない。
ョンが誘導されるようになる。この原理は
「北風と太陽」の寓話に類似していて,強く積
極的に推奨されると反発するのに対して,日
(3)ソーシャルメディアの革新性
常的な接触の積み重ねなどによってなんとな
ここでもう少し掘り下げたい。ソーシャル
く影響をそれなりに与え合う関係が生まれる
メディアはそもそも「メディア」なのか。
のである 17)。
その問いに答えるには,「日記」「備忘録」
「アイデアメモ」「ノート」はメディアなのか
笘――― ソーシャルメディアと
マーケティングの共犯関係
という問いに答える必要がある。メディアと
は媒介するものである。人はメディアを利用
する際,一般に相手は誰かというターゲット
が特定され,なにを伝えたいか,どういう反
マーケティングそのものが企業の意志を軸
応を得たいか,という意図・目的が設定され
として展開される,企業と消費者(顧客)と
ている。それが明示的なコミュニケーション
のインタラクティブなプロセスであるから,
でなくても,暗黙のうちに(コンテクスト)
双方をつなぐことができる,ありとあらゆる
の中には意味が埋め込まれている。ソーシャ
媒体,手段,テクノロジーが開発され利用さ
ルメディアはツールであり,ユーザーによっ
れる。したがって,ソーシャルメディアもま
て多様な使われ方が「発見」され実行されて
たマーケティングにとって利用対象であるし,
いるわけであるが,メディアとは意図をもっ
有効な新たな活用法の探求がすすめられてい
て使用されるとするならば,ソーシャルメデ
る。
ここでは,前節で明らかにしたソーシャル
ィアは必ずしもそのあたりが明確ではない使
メディアの革新性はマーケティングに二重の
われ方を産み出しているように思われる。
可能性を与えている点から考察する。
第 1 に,月を見て「美しい」とスマートフ
二重の可能性の第 1 の根拠は,ソーシャル
ォンのカメラで写真を撮ってすぐ投稿すると
● JAPAN MARKETING JOURNAL 123
マーケティングジャーナル Vol.31 No.3(2012)
10
http://www.j-mac.or.jp
Japan Marketing Academy
メディアとマーケティングの共犯関係
メディアはマーケティング以前に存在し,ユ
対的に向いていても,大企業では運用が難し
ーザーによって自生的に形成された秩序,ネ
いことが明らかとなっている。
ットワークであり,そこにはすでにユーザー
しかし,大企業で運用が難しいことは逆に
の生の声や行為,気分が表出されているとい
イノベーションの機会でもある。『グランズウ
うことである。実に多くの人たちの,その
ェル』の続編の『エンパワード 19)』では,ソ
時々の気分が発信され,共有され,共感・反
ーシャルメディアでの「会話戦略」を拡張し
発し続ける空間が生成され,消滅している。
て,従業員一人ひとりの自由裁量性,個人と
けっしてたちどまることはなく,全体として
しての発信が企業のソーシャルメディア活用
ソーシャル・ストリームとして流れているの
のカギであることを明らかにしている。
さらに,ソーシャルメディア上にすでにロ
である。
この第 1 の根拠にもとづき,企業のマーケ
イヤルティの高い顧客がいるような場合,新
ティングはまず,『グランズウェル 』の言う
規あるいは既存のコミュニティに対して,彼
5 つの戦略を採用することが出来る。その第 1
らを「活気づける(活性化戦略)」を採用する
が「耳を傾ける(傾聴戦略)」である。そこは
ことができる。個別サポートが求められるよ
生の消費者を理解する宝庫である。営業にお
うな製品の場合なら,サポートのためのコミ
ける消費者の反応や市場調査での消費者の回
ュニティを提供することで,顧客同士が互い
答は,企業を意識して何らかのバイアスがか
にサポートし合えるように「支援する(支援
かったものとなっているのに対して,ソーシ
戦略)」を採用することができる。これらのよ
ャルメディアでは消費者はより「自然」に自
うにユーザーと企業との直接で親密な関係が
らの思いを表出する。製品やサービスでの不
形成されるようになれば,企業は自らの商品
具合等についても,そこで小さなつぶやきと
開発,イノベーションのプロセスに顧客を参
して発見され,未然に大問題になることを防
加させるといった,ビジネスプロセスに「統
いでくれるかもしれない。
合する(統合戦略)
」ことができる。
18)
つぎに,企業はまるでソーシャルメディア
マーケティングの二重の可能性の第 2 の根
の一ユーザー,「一個人」のように,他のユー
拠は,マーケティングによってソーシャルメ
ザーと「話をする(会話戦略)」とができる。
ディアが変容進化するということである。ソ
消費者は企業とまるで「個人」と話している
ーシャルメディアはマーケティング以前に存
ような印象を持って対話を行うようになる。
在しているが,マーケティングという外界か
そのために,営業担当者が企業を代表する代
らの刺激を受けて運動する。加えて,ソーシ
理人であるように,ソーシャルメディアのコ
ャルメディアを提供するプラットフォーム事
ミュニケーション担当者が企業を代表する代
業者のビジネスモデルとして,マネタイズの
理人となる。担当者の個性やスタイルが企業
手段として企業のマーケティングとの連携が
のイメージに連結するようになってしまう。
追求される。
しかしながら企業は個人ではない。このよう
すでに知られているように,サッカーのワ
なアプローチは個人事業主や中小企業には相
ールドカップの試合や紅白歌合戦のような国
11
http://www.j-mac.or.jp
JAPAN MARKETING JOURNAL 123 ●
マーケティングジャーナル Vol.31 No.3(2012)
Japan Marketing Academy
★
論文
民の多くの関心を集めるテレビ番組について
代においては広告が広く展開されるようにな
は,それを鑑賞している消費者がソーシャル
った時代でもあり,まず社会問題になったこ
メディアを通してリアルタイムに内容や感想,
との 1 つが「広告は浪費を生むのではないか」
感動を発信している。そして互いにそれは共
「広告は欺瞞なのではないか」といった批判で
有され,大きなうねりを生み出している。同
あった。これに対して,当時のマーケティン
じように,テレビ・ラジオ・新聞・雑誌の広
グ学者は,欺瞞的広告は問題であるけれども,
告,屋外広告や交通広告,パブリシティや PR
広告は販売員による営業よりも効果的で効率
イベントといった従来からある手段に加えて,
的であることが多く,消費者にとっても製
ウェブやメール,アプリやゲームなどの新し
品・サービスの存在を知り,利用する機会を
い手段であるデジタルチャネル 20)を組み合わ
生み出しているのであって,広告は有用なも
せて,適当な媒体にそれぞれコンテンツを展
のであると弁護した。
開・配置することで,各媒体に触れる消費者
ソーシャルメディアの時代におけるマーケ
がソーシャルメディアを通じて発信・共鳴す
ティングはどのように評価・受容されていく
るというダイナミズムを生み出せる可能性が
だろうか。そこでのカギは,マス媒体を活用
生まれている。ソーシャルメディアをテレビ
した「情報格差」を利用した能動的で「攻撃」
などでのマス広告のように,広告主がコント
的なマーケティングではなく,受動性原理に
ロールすることはできない。しかし,コンテ
もとづく「負けるマーケティング 21)」なのか
ンツを適切に配置するならば,ソーシャルメ
もしれない。
ディアの中で企業のメッセージがダイナミッ
注
1)Twitter をはじめてすぐの「出会い」の一例につい
ては,林信行『iPhone とツイッターは,なぜ成功
したのか?』(アスペクト)2010 年,170 ページ,
207 ページ,を参照のこと。
2)田村正紀「マーケティングの境界論争」『国民経済
雑誌』第 135 巻第 6 号,1977 年,荒川祐吉『マー
ケティング・サイエンスの系譜』千倉書房,1978
年,若林靖永「マーケティング研究の課題と展望」
糸園辰雄・中野安・前田重朗・山中豊国編『転換
期の流通経済 3 マーケティング』大月書店,1989
年,などを参照。
3)P. Kotler and S. J. Levy,“Broadening the Concept
of Marketing,”Journal of Marketing, Vol.33, January 1972.
4)P. Kotler,“A Generic Concept of Marketing,”
Journal of Marketing, Vol.36, April 1972.
5)若林靖永『顧客志向のマス・マーケティング』(同
文舘)2003 年,の第 1 章で,マーケティングの本
質とは何かを論じ,ここでは「交換」「取引」「偶
有な交換」そして「販売」の 4 仮説を挙げて検討
している。
クに広がり共鳴していくことが期待されるの
である。
最後に,ソーシャルメディアのプラットフ
ォーム提供者には,ユーザーの socialgraph や
関心についてのデータが蓄積され常にアップ
デートされている。ということは,アルゴリ
ズムによってそれらのデータが解析され,多
種な属性にもとづくターゲット顧客のセグメ
ンテーションや効果的な広告メッセージの流
通経路のデザインなどを行う可能性が広がっ
ている。これはテクノロジーの進化の問題で
あると同時に,このようなプラットフォーム
提供者の行動をユーザーが受容するかどうか,
という課題を克服する必要がある。
20 世紀初頭,マーケティングが成立した時
● JAPAN MARKETING JOURNAL 123
マーケティングジャーナル Vol.31 No.3(2012)
12
http://www.j-mac.or.jp
Japan Marketing Academy
メディアとマーケティングの共犯関係
6)G. Porter and H. C. Livesay, Merchants and Manufacturers: Studies in the Changing Structure of
Nineteenth-Century Marketing, 1971, p.228. (山
中豊国・中野安・光澤滋朗訳『経営革新と流通支
配―生成期マーケティングの研究―』(ミネルヴァ
書房)1983 年,293 ページ。)
7)R. S.Butler, Marketing Methods, 1914, pp. 212-219.
近藤文男『成立期マーケティングの研究』(中央経
済社)1988 年,23 ∼ 24 ページを参照。
8)R. S.Butler, Marketing Methods, 1914, pp. 142-162.
近藤文男『成立期マーケティングの研究』(中央経
済社)1988 年,31 ∼ 32 ページを参照。
9)A. W. Shaw, Some Problems in Market Distribution, 1951, p.11. 近藤文男『成立期マーケティング
の研究』(中央経済社)1988 年,62 ∼ 63 ページを
参照。
10)A. W. Shaw, An Approach to Business Problems,
1916, p.200. A. W. Shaw, Some Problems in Market Distribution, 1951, pp.93-94. 近藤文男『成立期
マーケティングの研究』(中央経済社)1988 年,73
ページを参照。
11)A. W. Shaw, An Approach to Business Problems,
1916, p.210. A. W. Shaw, Some Problems in Market Distribution, 1951, p.95. 近藤文男『成立期マー
ケティングの研究』(中央経済社)1988 年,74 ∼
75 ページを参照。
12)A. W. Shaw, An Approach to Business Problems,
1916, p.145. 近藤文男『成立期マーケティングの研
究』(中央経済社)1988 年,65 ∼ 66 ページを参照。
13)F. E. Clark, Principles of Marketing, 1922, p.15. 近
藤文男『成立期マーケティングの研究』(中央経済
社)1988 年,145 ∼ 149 ページを参照。
14)具体例を挙げれば,私はこれまでさまざまな PDA
を購入したが,結局手帳にまさるスケジュール帳
はなかった。しかし,ついに最終解答があらわれ
た。iPhone とクラウドサービスを連携することで,
iPhone 上のカレンダーがつねにネットを通じて PC
からでもウェブからでも同期化されているという
ことになり,手帳を捨てたのである。
15)これを芦田宏直は「Twitter 微分論」と定式化して
論じている。「【第二版・ PDF 版】twitter とは何
か(中級) _ 「タイムライン」とは何か(twitter =「タイムライン」は何が新しいのか) 2009
年 11 月 22 日」(http://www.ashida.info/blog/
2009/11/twitter_1.html),「芦田宏直の『ストック
情 報 武 装 化 論 』( 日 経 B P ネ ッ ト )」
( h t t p : / / w w w . n i k k e i b p . c o . j p / a r t i c l e / c o l umn/20100521/227290/)などを参照。
16)Mark Granovetter,“The Strength of Weak Ties,”
American Journal of Sociology , Vol. 78, No. 6.,
May 1973, pp.1360-1380. (マーク・グラノヴェタ
ー ( 大 岡 栄 美 訳 )「 弱 い 紐 帯 の 強 さ 」 野 沢 慎 司
(編・監訳)『リーディングス ネットワーク論−
家族・コミュニティ・社会関係資本』 勁草書
房,2006 年。
)を参照。
17)たとえば,私は 2010 年,1 回ほどしか合ったこと
がない知人,Twitter のフォロー(フレンド)によ
るシルク・ドゥ・ソレイユのシアター東京「ZED」
を観劇,実に素晴らしいという趣旨のつぶやきが
たまたまタイムラインに流れてきたのを見て,す
ぐスケジュールを調べネット予約していた。強い
「衝動」が生まれていたようだ。
18)C. Li and J. Bernoff, Groundwell: winning in a
world transformed by social technologie , 2008.
(伊東奈美子訳『グランズウェル』(翔泳社)2008
年。)
19)J. Bernoff and T. Schader, Empowered: unleash
your employees, energize your customer, and
transform your business, 2010. (黒輪篤嗣訳『エ
ンパワード ソーシャルメディアを最大活用する
組織体制』
(翔泳社)2011 年。
)
20)新しいデジタルチャネルの活用については,K.
Wertime and I. Fanwick, DigiMarketing: The
Essential Guide to New Media and Digital Marketing, 2008. (高広伯彦監修 伊東奈美子訳『次
世代メディアマーケティング』(ソフトバンク ク
リエイティブ)2009 年。
)を参照。
21)
「負ける」という位置づけについては,隈研吾『負
ける建築』
(岩波書店)2004 年,を参照。
若林 靖永(わかばやし やすなが)
京都大学経営管理大学院教授,京都大学大学院経済
学研究科教授。
京都大学経済学部,京都大学大学院経済学研究科博
士後期課程単位取得の後,博士(経済学)。1991 年,
京都産業大学経営学部専任講師,1994 年京都大学経
済学部助教授を経て,2004 年京都大学大学院経済学
研究科教授,さらに 2006 年京都大学経営管理大学
院教授。主な著作は,若林靖永『顧客志向のマス・
マーケティング』同文舘,2003 年。
Twitter: @ywakabayashi Facebook: /yasunaga.wakabayashi
13
http://www.j-mac.or.jp
JAPAN MARKETING JOURNAL 123 ●
マーケティングジャーナル Vol.31 No.3(2012)