テーマ書評 小売業におけるインターネット活用

Japan Marketing Academy
BOOK REVIEW
A テーマ書評シリーズ――籤
★クリック or モルタルからクリック&モルタルへ
1.インターネットと電子商取引
それが代替的か補完的かは別にして,既存ビ
小売業におけるインターネット活用
ジネスにインターネットが大きな影響を与えた
∼クリック&モルタルに至る
経緯とその後の展開∼
のは事実である。Zerdick et al.(2002)は,イ
ンターネットがビジネス・ツールとして急速に
普及した理由として,①双方向性とパーソナル
化,②アクセスの迅速性,③取引費用の削減,
④提供サービスのマルチメディア化の 4 つをあ
方 慧美
げている。このような理由からインターネット
● 大阪市立大学大学院 経営学研究科 後期博士課程
は,企業と顧客との関係そのものに大きな影響
を与えたが,その中のひとつにインターネット
を活用した商取引すなわち電子商取引がある。
★はじめに
電子商取引という言葉は,インターネットの
インターネットがビジネス・ツールとして注
商業利用が本格化して以降用いられるようにな
目されるようになった当初,インターネットに
ったが,その用法は論者によって様々であり,
対する見解は大きく 2 つに分かれていた。ひと
必ずしも統一されているわけではない(高橋
つは,インターネットが既存ビジネスを代替す
2001)。たとえば,Kalakota and Whinston
るという見方であり(Tapscott 2001 ; Pitt
(1997)は,電子商取引を「コンピュータ・ネ
1999),もうひとつは,インターネットは革新
ットワークを通した相互作用や製品・サービ
的ではあるがあくまでビジネス・ツールのひと
ス・情報の交換」と規定しており,非常に幅広
つに過ぎず,既存ビジネスを補完するものであ
い概念として電子商取引という言葉を用いてい
るという見方である(Poter 2001)。そして,
る 1)。また,Keen,Mougayar and Torregrossa
この代替か補完かという議論は,その後「クリ
(1998)は,電子商取引を「電子データの交換
ック&モルタル」という概念の登場を経て一応
(注文,配送通知など)から電子決済に至る消
の決着をみる。すなわち,既存ビジネスとイン
費者向け販売にかかわる様々な行為」としてお
ターネットを組み合わせる補完論が主流となる
り,Timmer(1999)は,電子商取引を「電子
のである(Hanson 1999 ; Timmer 1998 ; Otto
的にビジネスすること」とし,たとえば,その
and Chung 2000 ; Gulati and Garino 2000 ;
内容として,商取引,オンライン・マーケティ
Steinfield et al. 2002a, 2002b ; Bilayogorsky
ング,発注や配送支援,アフターセールス,オ
and Naik 2003 ; Bahn and fischer 2003 ;
ンライン上での法律的助言などをあげている。
Steinfield et al. 2004)。
そこで,本稿では電子商取引を広く捉え,「イ
ンターネットを通して行われる商取引に関わる
本稿は,既存ビジネスの中でも特に小売業に
一連の行為」
と規定し議論を進めることにする 2)。
焦点をあて,インターネットか店舗かという代
替論が「クリック&モルタル」という補完論に
ところで,上述したように,電子商取引は既
収束する経緯および「クリック&モルタル」以
存の商取引の全部または一部の行為をインター
降のインターネットの位置づけについて既存研
ネット上で行うものであり,商取引の内容自体
究をもとに考察する。
は既存のそれと同じである。しかし,消費者か
● JAPAN MARKETING JOURNAL 115
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
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小売業におけるインターネット活用
ら見れば,電子商取引は従来のそれと異なる取
ンターネット専門小売業(以下,ネット小売業)
引方法すなわち市場の出現であり,ここに電子
が台頭し始める。
商取引の意義がある(Choi et al 1997))。
たとえば,電子商取引の先進国であるアメリ
では,電子商取引という新たな取引方法は,
カでは,1990 年代初頭に,アマゾンなど電子
消費者に何をもたらしたのだろうか。この点に
商取引の可能性に注目した先進ネット企業が誕
関し,田村(2001b)は,電子商取引を無店舗
生する。そして,1999 年には,インターネッ
販売の一形態とし,店舗販売と比較してその特
ト利用者数が前年の 1 億 3,000 万人から 2 億人
徴を述べている。店舗販売では,商流,物流,
に急増したこともあって,ネット小売業の市場
情報流,資金流などのフローが店舗によって制
も前年対比 100%近い伸びをみせる。そして,
約を受ける。その中でも消費者にとって大きい
この市場拡大にともないネット小売業も多様化
のが買い物時間と場所の制約である 3)。一方,
する。店舗に相当する e-shop が様々な製品分
無店舗販売はその制約が少なく,特にインター
野で誕生するとともに,複数の e-shop が集ま
ネットを介した電子商取引の場合は,消費者の
った e-mall,さらには複数の e-mall が集まった
買い物時間と場所に対する自由度が飛躍的に向
mall&mall など,新たな業態も次々と生まれる。
上すると言う 4)。また,Underhill(2001)は,
このように 1990 年代後半は,他のIT産業と
製品探索に焦点をあて,①簡単に検索できるこ
同様,ネット小売業が成長産業のひとつとみな
と,②購入する前に使用した感想などの情報を
され,多額の資金を背景に多くのベンチャー企
簡単に参照できること,③暇つぶしに製品を探
業が参入した時期でもあった。
すことができること,④検索後,すぐに購入で
しかし,このばら色の時代も長くは続かなか
きること,などを電子商取引のメリットとして
った。人々は IT パブルの幻想からさめ,シビ
あげている。さらに,電子商取引における取引
アに投資収益率を求め始める。収益率を上げる
費用の削減は,価格引き下げという方法におい
には実際に儲かるビジネスを行わなければなら
て消費者にメリットをもたらす(Bakos
ないが,新規参入者の多くは IT に精通してい
1997 ; Choi et al 1997 ; Ward 2001)
。
ても小売業としての能力に乏しく,新規参入者
一方,電子商取引は買い手である消費者のみ
が急増したこともあって 1999 年末から収益性
ならず売り手である小売業者にも大きなメリッ
が急速に悪化する。特にネット小売業の場合,
トをもたらす。すなわち,①参入が容易である
スイッチング・コストが低く,消費者は容易に
こと,②開設・維持費用が少ないこと,③プロ
競合企業に移動してしまう。ネット小売業は,
モーション費用を低く抑えることができること,
顧客の移動を阻止するため製品やサービスの価
④売場面積による制約を受けることなく,取扱
格を競争相手よりも低く設定したり,新規顧客
製品を増やすことができること,⑤商圏を全世
を確保するためのプロモーション費用を増加さ
界に拡大可能なこと,などがそれである(高橋
せたが,これらの施策がさらに収益を悪化させ
2001 ;増田 1996 ;三石 1995 ;竹安・甲斐
ることになり,著名な企業も含め多くのネット
荘・小野 1995)。
小売業がこの時期倒産に追い込まれることにな
る。
2.ネット小売業の台頭と挫折
前述したように,ネット小売業は既存の店舗
以上で説明したように,電子商取引は店舗取
小売業と比較して様々なメリットを有する。し
引にはないメリットを有しており,インターネ
かし,ネット小売業がすべての点において店舗
ットの普及にともない電子商取引を活用したイ
小売業に勝っているわけではない(田村 2001)。
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Underhill(2001)は,店舗小売業でしかでき
ターネット販売に進出し,インターネット販売
ないこととして,「製品に触ってそれを感じる
を専業とするネット小売業に対抗しようとする
ことができること」「一目みて瞬時に製品を評
店舗小売業が登場し始めた(Turban et al
価できること」「一緒に買い物に行った人や店
2000)。いわゆる「クリック&モルタル」の出
員とやり取りしながら買い物できること」など
現がそれである。
をあげ,ネット小売業も万能でないと指摘する。
「クリック&モルタル」とは,インターネッ
また,丸山(2007)は,ネット小売業には,
ト上のオンライン店舗とオフライン店舗すなわ
消費者が商圏の制約に縛られず自由に相手を選
ち現実の店舗や物流システムを組み合わせて相
択できるなどといったメリットがある反面,非
乗効果を図るビジネス手法,あるいはそうした
接触型の販売形態のため「取引相手や取引内容
手法を取り入れた企業のことを指す(Gulati
の信義に疑問が生じやすい」「契約不履行や顧
and Garino 2000)。「クリック&モルタル」は,
客情報漏れなどトラブルが生じやすい」という
昔の銀行の店舗を表す「ブリック&モルタル
問題があると言う 5)。同様に,秋山(2005)も
(brick and mortar)」をもじった言葉で,コン
ネット小売業は「現物を見ないで購入を決定す
ピュータのマウス操作を表す「クリック」と合
るため不安が残る」「インターネットを通した
わせることで,インターネット・ビジネスと店
支払いに不安が残る」「製品選択における消費
舗ビジネスの両方を象徴する言葉だと言える 6)。
者の負担が大きい」といったマイナス面が存在
以上,既存店舗小売業が新たな可能性を求め
てインターネット販売に進出し,また,ネット
すると指摘する。
小売業も自らの課題を克服するため店舗販売を
これらのネット小売業が有する負の側面は,
行ったことで,両者は急速に接近し,小売業は
ある意味ネット小売業の限界を示すものであり,
1999 年末以降,ネット小売業が店舗を併設し
「クリック or モルタル」(両者の選択)から
販売を行ったり,既存店舗小売業と連携するこ
「クリック&モルタル」
(両者の組み合わせ)に
大きくシフトすることになる。
とで,危機を乗り越える動きが見られるように
なった。すなわち,インターネット販売と店舗
★クリック&モルタル研究の進展
販売の両方を行うことで,各々が有する弱点を
1.相乗効果
補完しようとしたのである。
「クリック&モルタル」が主流になるにつれ
3.既存店舗小売業のインターネット販売への進出
て,多くの研究者がインターネット販売と店舗
一方,1990 年代後半のインターネット利用
販売の両方を行うメリットについて研究し始め
者の急増は,店舗を有する既存小売業にも大き
た(Otto and Chung 2000 ; Blackwell and
な影響をもたらした。すなわち,店舗小売業の
Krishna 2001 ; Steinfield et al. 2001, 2002a,
インターネット販売への進出である。ネット小
2002b, 2004,2005 ; Gribbins and King 2004)。
売業の出現により,新たな小売市場が形成され
たとえば,Blackwell and Krishna(2001)
た(Rayport and Sviokla 1994)。また,イン
は,クリック&モルタルのメリットとして,次
ターネット販売には,取引費用の削減や店舗の
の 5 つをあげている。①インターネットでの販
有する時間および空間を越えたサービス提供な
売を促進するために店舗従業員を活用すること
ど店舗では達成できないメリットがあることも
ができる。②製品が大きく店舗で販売するのに
次第に明らかになってきた。以上の理由から,
不向きなものをインターネットで提供すること
既存店舗での経営ノウハウを活かしながらイン
ができる。③インターネットで販売した製品の
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小売業におけるインターネット活用
返品を郵送ではなく店舗で受け付けることがで
また,クリック&モルタルにおいて,インタ
きる。④新製品を店舗で販売する前にインター
ーネット販売と店舗販売の間で起こるカニバリ
ネットで紹介し,消費者の反応を知ることがで
ゼーションを問題とする研究者もいる。Alba
きる。⑤店舗の過剰在庫や不良在庫製品を,イ
(1997)は,店舗小売業がインターネット販売
ンターネットを利用して販売することができる。
に乗り出す場合,多様な製品情報やサービス提
また,Steinfield et al.(2001, 2002a, 2002b,
供により,インターネット販売が既存店舗の顧
2004,2005)は,クリック&モルタルにより,
客を奪ってしまう危険性があると指摘する。さ
①コストの削減(lower costs),②信頼性の向
らに,Brymjolfsson and Smith(2000)は,イ
上(improved trust),③付加価値サービスに
ンターネット販売は簡単に価格比較ができるた
よる差別化(differentiation through value-
め,顧客の価格交渉力が高くなる傾向にあり,
added services),④製品市場の地理的拡大
その結果,同じ製品にもかかわらず,インター
(geographic and product market extension)
ネット販売と店舗販売の間で価格差が生じ,既
の 4 つの相乗効果が得られることを実証研究に
存顧客の店舗での購入意欲を低下させると言う。
より明らかにした。
ところで,Bahn and Fisher(2003)も指摘
さらに,クリック&モルタルの効果はどちら
しているように,組織の在りようがクリック&
に主軸を置くかによって異なるが,店舗小売業
モルタルという異なるビジネス手法の統合にお
がインターネット販売を行うメリットとして,
いて重要な課題となる。特に,インターネット
既存顧客に対し購買機会の選択の幅を広げるこ
販売は未だ発展途上のビジネス手法であり,そ
とで顧客の生涯価値を高められることも指摘さ
の組織も日々進化していることから,既存企業
れている(Steinfield 2002a,2002b, 2003, 2004)。
がその変化を理解し受けるには時間を要する。
以上の理由から,Christensen and Overdorf
2.課題
(2000)は,オンライン事業の迅速な成長のた
一方,クリック&モルタルは,インターネッ
めにはオフライン事業と分離したほうが有利で
ト販売と店舗販売の両方を行うことによる新た
あると主張する。なぜなら,既存組織は急速な
な問題をもたらす。
変化に迅速に対応できないため,発展過程での
そのひとつが「ストラッドル(straddle)」
変容が求められるオンライン事業の障害になる
と呼ばれる現象である(Porter 2001)。クリッ
からである。そして,彼らを含むこの種の主張
ク&モルタルは,同じ製品をインターネットと
が,同一組織内でインターネット販売と店舗販
店舗の両方で扱うことも多く,どちらの販路に
売を分離するかあるいは統合するかという新た
製品を合わせるかという言わば「又裂き状態」
な問題をもたらすことになる。
に陥るのである。そのため,Bahn and Fisher
3.同一組織内での分離と統合
(2003)は,クリック&モルタルを行う際の条
ここでクリック&モルタルにおける「分離」
件として,インターネット販売と店舗販売の両
方に対し,①ストア・ブランド・アイデンティ
と「統合」の概念を整理しておこう。ここで言
ティを拡張できること,②経営者が両方の技術
う「分離」とは,オンライン事業(インターネ
と経験を有し評価できること,③両者の情報シ
ット販売)とオフライン事業(店舗販売)を同
ステムや物流システムを適切に連結できること,
一組織内で独立した事業として運営するもので
④両方の企業文化を統合できること,の 4 つを
あり,たとえば,既存店舗小売業が子会社とし
あげている。
てネット小売業を設立する場合がそれにあたる。
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一方,「統合」とは,オンライン事業とオフラ
( spin off)」「 戦 略 的 提 携 ( strategic
イン事業を同一事業として展開するもので,顧
p a r t n e r s h i p )」「 ジ ョ イ ン ト ・ ベ ン チ ャ ー
客はインターネットを通して商品を予約し店舗
(joint venture)」「統合(in-house)」の 4 つの
で受け取るなど,両方をひとつのサービスとし
タイプに分類している。また,同様に分離と統
て利用できる 7)。
合に注目してクリック&モルタルを類型化した
さて,上述したように,Christensen and
ものに,Mercer Management Consulting
Overdorf(2000)は,クリック&モデタルを
(2000)があり,彼らは,①コントロール,②
実施するに際し,インターネット事業の迅速な
統合の容易性,③市場価値,④人材確保の 4 つ
発展を阻害することのないようオンライン事業
基準から,クリック&モルタルを「完全分離型」
とオフライン事業を分離すべきだと主張したが,
「完全統合型」「分離後統合型」「資源共有型」
それとは逆に統合した方がよいという意見もあ
の 4 つに分類している。ここで,Mercer 社の
る。たとえば,Gulati and Garino(2000)は,
分類を紹介しよう。
オンライン事業とオフライン事業を統合するこ
第 1 の「完全分離型」は,オンライン事業と
とで,①現在のブランド力の活用,②両事業間
オフライン事業を完全に別の組織として運営す
での情報共有,③顧客購買力の向上,④流通の
るものであり,たとえば,既存店舗小売業が本
効率化などのメリットを享受できるとし,統合
業とは別に新たにネット小売業を立ち上げる場
の有効性を指摘する 8)。
合がこれに相当する。この完全分離型のメリッ
ただ,Gulati and Garino(2000)も,単純に
トは,オンライン事業が既存事業と独立して運
統合すべきと主張しているわけではなく,各企
営されるため,外部から新たなネット小売業と
業で統合によるメリットが異なるため,何を統
して認識されることである。そのため,成長分
合すべきか慎重に考慮する必要があると言う。
野であるネット小売業としての潜在力がより高
彼らは,統合の次元として,①ブランド,②マ
く評価され,資本調達が容易になるなどのメリ
ネジメント,③オペレーション,④資本の 4 つ
ットを享受することができる。他方,完全分離
の次元があるとし,どこまで統合するかは,既
型には既存事業のブランド力を活用できないな
存ブランド・アイデンティティの波及効果,同
どのデメリットも存在する 9)。
一事業としてマネジメントする際のメリットと
第 2 の「完全統合型」は,オンラインとオフ
デメリット,持ち株比率などを考慮し,どの程
ラインをひとつの事業として展開するタイプで,
度統合するか決めるべきだと主張する。一方,
戦略的一貫性が保てる点がその大きなメリット
Christensen and Overdorf 以外にも分離を支持
だと言える。PC 製造直販会社の Dell
する意見もあり(Gulati and Garino 2000)
,分
Computer がこのタイプにあたり,同一事業の
離か統合かはどちらかが優れた方法というより,
中でオンラインとオフラインの両方を展開して
企業特性に応じたひとつのタイプとみなす方が
いる。
第 3 の「分離後結合型」は,最初にオンライ
適切だと言えよう。
ン事業を独立して設立した後に既存事業と統合
4.クリック&モルタルのタイプ
するものである。このタイプは,後に統合する
上述したオンライン事業とオフライン事業の
ことを前提としてオンライン事業を立ち上げる
分離と統合に注目し類型化を試みたものとして,
ため,一部共通したブランド名を使用するなど,
Gulati and Garino(2000)がある。彼らは,組
第 1 の完全独立型と異なる展開をみせる。証券
織関係の特性からクリック&モルタルを「分離
会社 Charles Schwab が本業とは別事業として
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小売業におけるインターネット活用
オンライン事業 E-schwab を立ち上げた後に統
るもので,彼らはこのタイプを「直接統合
合した例などが,これに相当する。分離後統合
(direct integration)」と呼んでいる。
型は,当初,分離型のメリットを享受した後に
また,Bahn and Fisher と同様,インターネ
統合型のメリットを享受するという意味で,両
ットの活用領域に注目したものに,Gribbin
者の折衷型だと言えよう。
and King(2004)の①取引でのウェブ活用
第 4 の「資源共有型」は,店舗小売業あるい
(transactional website),②情報提供でのウェ
はネット小売業が資本関係や提携関係を結ぶこ
ブ活用(information website),③ E メールを
とで,必要な資源を共有したり,互いのメリッ
活 用 し た 広 告 ( email-based advertising
トを享受しようとするものであり,たとえば,
campaigns),④オンライン・オークション
新規ネット企業が既存店舗小売業と提携するこ
(online auction listing)や,幡鎌(2006)の①
とでその資本力やブランド力を活用する場合な
店舗在庫活用型,②受取時店舗活用型,③店舗
どがこれに相当する。
補完型,④店舗スタッフ活用型,⑤交渉・コミ
一方,オンライン事業とオフライン事業の分
ュニケーション手段提供型,⑥(インターネッ
離と統合の程度ではなく,店舗小売業がどの領
トによる)価値付加型といった分類もある。
域でインターネットを活用するかでクリック&
以上,クリック&モルタルにはさまざまなタ
モルタルを分類する研究も存在する。Bahn
イプが存在することを示してきたが,企業はど
and Fisher(2003)は,医療/製薬,自動車,
のようにしてそのタイプを決めたらよいのだろ
衣類小売業,不動産など 25 の企業を対象とし
うか。この点について次に考察してみよう。
た調査により,店舗小売業がインターネットを
5.クリック&モルタルの効果的マネジメント
利用する領域について,いくつかのタイプが存
Mercer Management Consulting(2000)は,
在することを示した。第 1 のタイプは,企業紹
介や商品紹介にインターネットを利用するもの
既存店舗小売業がオンライン事業に参入する際
で,彼らはこの種の利用領域を「フロント・ロ
に影響を与える要因として,①産業構造,②製
ビー(Front lobby)」と呼んでいる。第 2 は,
品特性,③流通特性,④情報の重要性の 4 つを
「製品プロフィール最大化(Maximize product
あげている。たとえば,実際に見たりさわった
profile)」と呼ばれる領域で,店舗の位置情報
りしなければ評価できない製品はオンライン事
や製品の効果的な使用方法に関する情報などを,
業に不向きであり,また,インターネットでの
インターネットを通して提供することで商品価
販売が店舗販売と極度のカニバリゼーションを
値を高めようとするものである。第 3 は,商品
起こしたり混乱を招く場合は,オンライン事業
検索や細かな仕様の選択など店頭で行った場合
への参入にマイナスの影響を及ぼすことになる。
に顧客が負担と感じる取引活動をインターネッ
一方,店舗では扱えない多様な製品からの選択
トに移管しようとするもので,この種の領域を
や事前の情報提供が顧客の製品選択に効果的に
「負担取引の移転(Unbundle burdensome
作用する場合は,オンライン事業への参入が大
きなメリットをもたらすことになる。
transactions)」と呼んでいる。第 4 は,「製品
ラインの併存(Parallel lines)」と呼ばれるも
Gulati and Garino(2000)は,クリック&モ
ので,たとえば,店舗に置くことのできない製
ルタルのタイプの中で「完全統合型」が最もそ
品を,インターネットを通して提供するような
のメリットを享受できると主張する。しかし,
場合がこれに相当する。そして第 5 はすべての
同時に,既存店舗小売業がオンライン事業を完
領域でオンラインとオフラインの両方を活用す
全統合するには,①既存小売業が自らオンライ
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ン事業を立ち上げることができること,②オン
「クリック&モルタル」という言葉から,上述
ライン事業が既存のオフライン事業に対し独自
したようにどうしてもオンライン事業(インタ
性を有すること,③オンライン事業に移転可能
ーネット販売)とオフライン事業(店舗販売)
な経営資源あるいはオンライン事業と共有可能
の 2 者間関係で考察しているものが多いのもま
な経営資源が存在すること,④オンライン事業
た事実である 10)。そして,中には「クリック&
とオフライン事業の両方を同様にマネジメント
モルタル」という言葉では既存小売業のオンラ
できることが必要だと言う。また,Wilcocks
イン事業への進出を網羅的に捉えることができ
and Plant(2001)は,統合する際の上記以外
ず,「ブリック(モルタル)
,クリック&クリッ
の要因として,オンライン事業へのブランド拡
ク」に変更すべきだと主張する者もいる
(Mcgoldrick and Collins 2007)。
張が可能であることや,オンライン事業とオフ
こうした状況の中で,「クリック&モルタル」
ライン事業の異なる組織文化(価値基準や行動
に代わる概念として注目されているのが「マル
様式)を統合できることなどをあげている。
いずれにしろ,クリック&モルタルの成果を
チチャネル小売業(multichannel retailer)」で
高めるには,2 つの異なる事業を両方行うリス
ある(Schoenbachler and Gordon 2002 ;
クや非効率を抑え,逆にシナジー効果を発揮す
Stone, Hobbs, and Khaleeli 2002 ; Klein
ることが必要となるが,Bahn and Fisher
2004 ; Hughes 2006 ; Noble,Griffith and
(2003)は,①各事業が各々十分な売上を確保
Weinberger 2005 ; Mcgoldrick and Collins
できること,②各事業の費用を最小化できるこ
2007 ; Wilson and Daniel 2007 ;田村 2008)。
と,③各事業の投資バランスが適切に保たれる
マルチチャネル小売業とは,「2 つ以上のチャ
ことが,シナジー効果を高める上で重要だと指
ネルや媒体(店舗,オンライン,カタログなど)
摘する。特に,既存店舗小売業がオンライン事
を利用して消費者に製品やサービスを提供する
業を新規に行う場合,どうしてもオンライン事
小売業」(Stone, Hobbs and Khaleeli 2002 ;田
業のメリットのみ追求する傾向があるため,既
村 2008)を指し,竹本(2005)は,店舗やイ
存店舗小売業の経営目標に対しオンライン事業
ンターネットはもとより,カタログ,携帯電話,
の果たす役割を明確にする必要がある(Chan
PDA(携帯情報端末),テレビなど,複数の販
and Pollard 2003)
。
売経路を IT で統合したものをマルチチャネル
小売業としている。いずれにしろ,クリック
★クリック&モルタル研究の新たな潮流
(インターネット販売)は小売業が有する多様
1.クリック&モルタルからマルチチャネル小売業へ
なチャネルのひとつであり,インターネットが
ところで,小売業に限ってみても,店舗小売
小売業の主要チャネルとして認知されていく中
業だけがオンライン事業に参入しているわけで
で,今後,インターネットを含むマルチチャネ
はない。たとえば,伝統的な小売業態であるカ
ル小売業が小売業の標準になると主張する
タログ通販業も,同じ無店舗販売ということも
(Wallace et al. 2004,Khan 2006)
。
あって,オンライン事業に積極的に参入してい
る(田村 2001b,Lohse and
そして,クリック&モルタル研究と同様,マ
Spiller 1997)。
ルチチャネル小売業の類型化を試みる研究者も
過去の研究においても,クリック&モルタルの
出てきており,たとえば,Schramm-klein
「モルタル」が必ずしも店舗小売業のみを指す
(2005)は,①店舗とインターネットを主要チ
のではなく,既存小売業の代表的存在として店
ャネルとする「クリック&ブリック(click
舗小売業を取り上げているものもある。しかし,
and bricks)」,②インターネットと通販(カタ
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小売業におけるインターネット活用
ログ販売などの既存の無店舗販売)を主要チャ
shopping)」と定義し,このように同一小売業
ネルとする「クリック&シート(click and
の複数チャネルを利用する消費者を「マルチチ
sheets)」,③インターネット,店舗,通販のす
ャネル・ショッパー(multichannel shopper)」
べてを行う「クリック&ブリックス&シーツ
と呼んでいる(Johnson 2004 ; Mcgoldrick
(click, bricks and sheets)」の 3 つのタイプに
and Collins 2007)。
マルチチャネル小売業を分類している。また,
当初,マルチチャネル小売業に関する議論は,
伊藤(2003)は,どのチャネルからスタート
消費者が自らのニーズに応じて異なるチャネル
したか,およびチャネル間の関係が単に追加さ
を利用することを想定していた。さらに言えば,
れたものかあるいは戦略的に統合されたものか
チャネル間のカニバリゼーションを避けるため,
(必須か)どうかで,マルチチャネル小売業を
消費者ごとに異なるチャネルを利用するような
6 つのタイプに分類している 11)。
構造を模索してきたと言える(Schoenbachler
ところで,上述したように,一般のマルチチ
and Gordon 2002)。しかし,実際には,イン
ャネル小売業研究は,「店舗」「通販」「インタ
ターネットで情報を収集し,購入は店舗で行う
ーネット」を主要チャネルとして想定したもの
という“探索購買者(research shopper)”と
が多いが,日本では,この他に携帯電話を主要
呼ばれる消費者も少なくない(Verhoef et al
チャネルのひとつとみなす研究も存在する
。
2007)。たとえば,Kelly(2002)は,インター
12)
たとえば,竹本(2005)は,携帯電話を使っ
ネットを利用している半数以上が店舗で購入し
た情報提供,クーポンの発行,決済などの各種
ていると言う。また,日経 MJ によると,日本
サービスを取り込むことで顧客満足が向上する
でも「店舗で見た商品をインターネットで安く
ことを強調し,日本のマルチチャネル小売業が
買う」や「店舗とインターネットを見比べて買
目指す方向は,店舗と携帯電話という顧客に最
う」消費者が 3 割以上存在すると言う。このよ
も近いメディア(チャネル)を起点とする顧客
うに,マルチチャネル小売業の増加とともにマ
とのネットワーク形成にあると主張する。携帯
ルチチャネル・ショッパーも増加しており,こ
電話もインターネットを活用したメディアのひ
のマルチチャネル・ショッパーにいかに対応す
とつであり,いずれにしろ,今後日本において
るかが,マルチチャネル小売業において大きな
もマルチチャネル小売業が標準的な小売業にな
課題となってきたのである。
っていくと思われる(田村 2008)
。
ところで,マルチチャネル・ショッパーはど
のような特性を有するのだろうか。Wind and
2.マルチチャネル・ショッパーへの注目
Mahajam(2002)は,①カスタマイゼーショ
マルチチャネル小売業の登場は,一方で消費
ン,②コミュニティへの参加,③利便性とチャ
者の購買行動にも変化をもたらす。すなわち,
ネル選択,④価格,⑤最善の選択に対するニー
購入前の情報探索から購入後を含む一連の購買
ズが高いことを,マルチチャネル・ショッパー
過程の中で,同一小売業の複数のチャネルを上
の特徴としてあげている 13)。また,Yulinsky
手く組み合わせて利用する消費者の登場である
(2000)によると,マルチチャネル・ショッパ
(Schaoenbachler and Gordon 2002 ; Kelly
ーは,単一チャネル利用者に比べて平均 2 ∼ 4
2002 ; McKinsey 2005 ; Verhoef et al.2007.
倍購入し,再購買率も 2 ∼ 4 倍高いという 14)。
2007 ; MacgoLdick and Collins 2008)。
このような調査結果を受け,彼らは,マルチチ
Johnson(2004)らは,このような購買行動を「マ
ャネル・ショッパーはマルチチャネル小売業に
ルチチャネル・ショッピング(multichannel
とって魅力的な顧客であり,その増加とともに
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今後その重要性が高まると主張する。そして,
と中小小売業のマルチチャネル戦略のあり方な
マルチチャネル・ショッパーという新たな消費
ど,新たな視点を加えたマルチチャネル小売業
者に対応するには新たなマルチチャネル戦略が
の類型化をさらに精緻化させる必要がある。ま
必要だと指摘している(Schoenbachler and
た,マルチチャネル小売業の最大の課題は,い
Gordon 2002)。
かにチャネル間のシナジーを高めるかにあるが,
この点に関しても,今後,研究の蓄積が期待さ
★むすびにかえて
れる。
本稿では,インターネットを利用した小売業
そして,第 3 にあげられるのが,マルチチャ
態を「クリック&モルタル」に焦点をあて,そ
ネル・ショッパーに関する研究である。本稿に
れに至る経緯とその後の展開を,既存研究をも
おいて,インターネット小売業業態に関する研
とに概観してきた。これらを踏まえ,インター
究の焦点が,今日,提供者の小売業から利用者
ネットを利用した小売業態に対する研究の課題
の消費者に大きくシフトしつつあることを示し
と今後の展望について考えてみたい。
た。マルチチャネル小売業の戦略をより精緻化
まず,課題としてあげられるのが,ネット小
するには,その利用者である消費者に関する分
売業という新たな小売業態の希薄化である。本
析は不可欠であり,この変化は,ある意味当然
稿において,ネット小売業の位置づけが,「ク
の成り行きとみなすことができる。以上の理由
リック or モルタル」から「クリック&モルタ
から,マルチチャネル小売業の利用者,その中
ル」
,
「マルチチャネル小売業」に変化してきた
でも特に今後ますます重要な位置を占めると思
ことを示した。そして,マルチチャネル小売業
われるマルチチャネル・ショッパーに対する研
が議論の主流になっていく中で,インターネッ
究蓄積が必要だと言えよう。マルチチャネル小
トというチャネル特性が次第に後退し,単なる
売業の出現によって,消費者の選択肢は拡大し
チャネルのひとつとして扱われるようになって
たものの満足度は未だ低いといった調査もあり,
いる。しかし,インターネットによるチャネル
マルチチャネル・ショッパーの特性を考慮した
戦略は開発途上にあり,未だ確立したとは言え
戦略策定が急務となっている(Chu and Pike
ない。その意味で,マルチチャネル小売業の議
2002)15)。
論と併行して,インターネットに特化したチャ
最後に,日本の特性に応じた研究の必要性を
ネル戦略に関する知識の蓄積が今後も求められ
課題としてあげたい。日本は,アメリカに比べ
る。
インターネットの活用が遅かったこともあって,
一方,マルチチャネル小売業の研究に関して
チャネルとしてインターネットを利用するよう
は,そのタイプに関する研究をさらに進める必
になったのが「クリック&モルタル」の時期と
要があると思われる。本稿で指摘した通り,
ほぼ重なっている。そのため,既存チャネルと
「クリック&モルタル」に関する考察でさえ,
インターネットを組み合わせた小売業態が主流
単一概念として扱うことは難しく,いくつかの
を占めており,楽天など一部例外はあるものの
タイプに分けて議論されている。マルチチャネ
独立したネット小売業が未成熟のまま次のステ
ル小売業はそれよりさらに複雑であり,マルチ
ージに進んでしまった感がある。インターネッ
チャネル小売業の類型化は,今後,議論を進め
ト販売を主とするネット小売業は,それ自体魅
る上で不可欠だと言える。もちろん,本文で示
力的な業態であり,また,ネット小売業に端を
したように,マルチチャネル小売業の類型化に
発するマルチチャネル小売業も世界では少なく
関する研究も進められているが,大規模小売業
ない。そして何より,インターネット・チャネ
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小売業におけるインターネット活用
ルが未成熟のため,未だ独立採算が確保できな
いマルチチャネル小売業が多数存在している。
さらに,日本には携帯電話という独自の発展を
遂げたチャネルもあり,このような日本の特性
を考慮したマルチチャネル小売業およびマルチ
チャネル・ショッパーの研究が必要だと思われ
る。
以上,小売業がインターネットをチャネルと
みなしてから日は浅いものの,短期間の間に大
きく変化しており,これらの動向を踏まえた研
究蓄積および実務への活用が求められる。イン
ターネットを中核チャネルとするマルチチャネ
ル小売業が,今後,重要な位置を占めることは
確実であり,この分野の研究が小売研究に果た
す役割もさらに大きくなると言えよう。
注
1)さらに,Kalakota and Whinston は,「コミュニケー
ション」「ビジネスプロセス」「サービス」「オンラ
イン」の 4 つの観点から電子商取引を規定している。
具体的には,コミュニケーションの観点から「情報
や製品・サービスをコンピュータ・ネットワークや
電話あるいは他の方法を用いて提供すること」,ビ
ジネスプロセスの観点から「商取引やワークフロー
の自動化に関わる技術」,サービスの観点から「製
品の品質改善や配送サービスの迅速化やそのための
費用を削減する道具」,オンラインの観点から「イ
ンターネットおよび他のオンライン・サービス上で
の製品や情報の売買」がそれである。
2)本稿での電子商取引の規定はあくまで最終消費者へ
の販売を目的とする小売業態に限ったものである。
本論でも指摘したように電子商取引の概念は非常に
広く,広義には「企業内,企業間および企業と消費
者間の行為を電子的に処理すること」を電子商取引
とみなしている。
3)田村は,このような店舗販売が有する制約を「市場
の狭隘性」と呼んでいる。
4)向山(2001)も電子商取引の特徴は無店舗にあると
いい,電子商取引によって店舗販売の有する①商圏
の制約,②店舗規模の制約,③機能の制約を克服で
きるとしている。
5)丸山は,本文で指摘した他に「低コストでの販売」
や「購買履歴データのマーケティング活用への利用」
をネット小売業のメリットしてあげている。
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6)「ブリック&モルタル」は,1995 年 10 月,世界最初
のインターネット専業銀行であるセキュリティ・フ
ァースト・ネットワーク・バンクが開業した際,こ
うしたネット専業銀行に対して,既存銀行を表する
言葉として用いられた。また,インターネット・ビ
ジネスと現実の店舗ビジネスの両方を行うことを表
す言葉として,「クリック&モルタル」以外にも,
「 ブ リ ッ ク & ク リ ッ ク 」「 サ イ バ ー 強 化 型 小 売 業
(cyber-enhanced retailer)」「サーフ&ターフ(surf
& turf)」「ハイブリット e コマース」などがある
(たとえば,Hanson 1999 ; Timmer 1998 ; Otto
and Chung 2000 ; Gulati and Garino 2000 ;
Steinfield et al. 2002a ; Bilayogorsky and Naik
2003 ; Bahn and fischer 2003 ; Steinfield et al.
2004)。なお,本稿では無用な混乱を避けるため,
最も普及していると思われる「クリック&モルタル」
をこれらの総称として用いることにする。
7)Office Depot がその例としてあげられる。Office
Depot の成功は,オフライン事業が有する専用コー
ルセンターや 2000 台以上の配達車両などのサービ
スインフラをオンライン事業に活用し支援したこと
にある。また,全商品の在庫管理システム,発注シ
ステム,顧客管理システムなどの情報システムを基
盤とすることで,オンライン事業とオフライン事業
を有機的に統合できたことも成功に大きく寄与して
いる。その結果,顧客はインターネットで検索した
商品を容易に店舗で購入することが可能となり,ま
た,店舗向けプロモーションをインターネットで行
うなど,Office Depot はオンライン事業とオフライ
ン事業の統合のメリットを享受している。
8)ここで,よく知られている Barnes&Noble の事例を
検討してみよう。アメリカ最大の書店である
Barnes&Noble は,新たな競争相手である Amazon
に対抗するため,自身もオンライン事業
“barnesandnoble.com”に着手する。その際,オン
ライン企業の有する柔軟性,迅速な意思決定,ネッ
ト・ベンチャーとしての資金確保を容易にするため,
本業と分離する方法でスタートした。事実,
“barnesandnoble.com”は,当初,約 21 億ドルの企
業価値を有すると評価され,一見この方法は成功し
たかに見えた。しかし,その後,株価は低迷し,
Barnes&Noble 社の CEO は辞任に追い込まれる。
“barnesandnoble.com”を本業と分離したことで,
本業の有する利点が活かせなかったことがその理由
のひとつだと言われている。
9)たとえば,注 8 で述べた Barnes & Noble 社がそれ
である。
10)たとえば,Gulati and Garino(2000)は,クリッ
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ク&モルタルの研究対象にカタログ通販業も取り上
げている。また,向山(2001)は,インターネット
を使って消費者に製品あるいはサービスを販売する
形態を e リテイルと定義し,そのタイプを①無店舗
小売業がインターネット販売を行う場合,②店舗小
売業がインターネット販売を行う場合,③メーカー
や卸売業などがインターネット販売を契機に小売業
に進出する場合の 3 つに区分するなど,店舗小売業
以外の小売業をクリック&モルタルの中に含んで考
察している。
11)伊藤(2003)を参照。伊藤は,Schramm-klein
(2005)と同様,インターネット(クリック),店舗
(ブリック),通販(スリック[slick])の 3 つの主要
チャネルを想定しているが,何から始めるか,およ
び既存チャネルにインターネットを単に追加したも
のか(+で表記)あるいは戦略的(必須)なものか
(++で表記)で,さらにタイプ分けし,①「ブリ
ック+クリック」(店舗販売から始めて,後にイン
ターネット販売を行った者),②「クリック+ブリ
ック」(インターネット販売から初めて,後に店舗
販売を行った者),③「スリック+クリック」(無店
舗販売から始めて,後にインターネット販売を始め
た者),④「ブリック++クリック」(紀伊国屋書店
など店舗販売とインターネット販売を戦略的に統合
している者),⑤「クリック++ブリック」(アマゾ
ンなどインターネット販売に店舗(倉庫)が必須な
者),⑥「スリック++クリック」(アスクルなど通
販とインターネット販売を戦略的に統合している
者)の 6 つのタイプにマルチチャネル小売業を分類
している。
12)携帯電話はインターネットを利用するという意味で
PC のインターネット販売と同じだが,たとえば,
提供する情報量が限られていたり,使用場所の制約
を受けにくいなど異なる特徴を有するため,PC の
インターネットと異なる販売チャネルとして認識す
る必要がある。このような携帯を利用したビジネス
はモバイルマーケティングとして研究されている。
13)Wind and Mahajam(2002)は,マルチチャネル・
ショッパー(具体的には,インターネットと店舗の
両方を利用している消費者)を「ハイブリット消費
者」と呼んでいる。
14)McKinsey(2000)は,金融分野に関しても調査し
ており,マルチチャネル・ショッパーの方が単一チ
ャネルを利用している消費者より収益性が 20%∼
50 %高いと指摘している。
15)Chu and Pike(2002)は,アメリカにおいて,他の
業界と比べ小売業の顧客満足度が低下していると指
摘し,マルチチャネル小売業の出現によるチャネル
● JAPAN MARKETING JOURNAL 115
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
の複雑化がその原因のひとつだと主張している。
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方 慧美(バン ヘミ)
1980 年生まれ。2005 年,韓国忠南国立大学経営学部
卒業。2009 年,小樽商科大学大学院商学研究科前期
博士課程修了。現在,大阪市立大学大学院経営学研
究科後期博士課程在学中。
130
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