成熟期における専門店街の変容 -「本の街」神田神保町エリアのケース

03-2575-9 山崎賢悟 Kengo Yamazaki
指導教員 真野洋介 Adviser Yousuke Mano
2004
2000
2002
1996
1998
1994
1990
1992
1988
1986
1983
1980
1977
1974
1970
1972
1968
1 はじめに
(1)研究の背景と目的
明治以降に形成された特徴的な都市空間のひとつに、同業種の小
売商業店舗が高密度に集積した「専門店街」が挙げられる。籾山 1)
は、「『本の街』神田神保町のように集積業種が街の代名詞となって
いる専門店街は広域的集客力を有する」としているが、これは商業
地が目標とする姿の一つだと考えられる。専門店街に関しては、西
荻窪のアンティーク街 1)、大阪市内の8ヶ所 2)等を対象としてその
形成のメカニズムについて分析した研究が見られるが、神田神保町
のように成熟した後、専門店街がどのように新陳代謝を行い、発展
した街なのかを考察したものは見られない。
そこで本研究では成熟期の専門店街としての「本の街」神田神保
町に焦点を当て、①神保町の成熟は定量的にどのように把握される
のか(2 章)、②書店の立地はどのように変遷してきたのか(3 章)、③
書店の種類と立地にどのような関係があるのか(4 章)、④近年の神保
町ではどのような空間が形成されているのか(5 章)、の4点を明らか
にし、専門店街の持続可能な発展の可能性について考察することを
目的とする。
(2)研究の方法及び対象
本研究では、商業統計、電話帳、
「BOOK TOWN じんぼう」等の
HP、及び現地観察調査からデータを作成し分析した。対象とする地
区は千代田区神田神保町周辺(詳細は2章参照)とし、地区内の新刊
書店・古書店を扱う。また、電話帳により書店が把握可能な 1968
~2005 年を研究対象期間とする。
2 「本の街」神田神保町の成熟についての定量的把握
(1)「本の街」神田神保町の形成過程と店舗数の変化
幕末以降に周辺に多くの学校ができたのに伴い、1880 年頃から神
保町の表通りに書店ができ始めた。大火や関東大震災の被害に遭う
も復興での書物需要に応えて発展し書店街となり、1916 年には神田
小川町に「図書倶楽部会館(現古書会館)」もできた。奇跡的に戦災
を免れ、戦後も需要増大に伴い順調に成長した。’60 年秋からは「神
田古本まつり」が始まり、ここに専門店街としての成熟期への移行
を見て取れる。バブル期も転出する書店は僅かであった。’03 年に
は古書会館も建て替えられ、’05 年にはインターネット上での在庫
情報の検索システムが開設されている。電話帳 3)掲載の書店数をみ
ると、’77 年までは 145 軒前後で推移するが、’79 年頃と 96 年以降
に 2 度の増加期があり、現在は 195 軒である (図 1) 。
(2)現在の「本の街」神田神保町の範囲
商業統計 4)から得られる千代田区の書籍・雑誌小売業(新本、古書
を含む)の町目別の書店数を用いて「書店密度」(軒/k㎡)を算出し、
これが 23 区および千代田区の書店密度以上であり、神田神保町と
連担する町を抽出すると、神田小川町、神田駿河台、西神田、三崎
町の4町目
表
裏
α
β
γ
δ
書店数
ε
240
120 となる。こ
れらに内包
200
100
される猿楽
160
80
町を加え、
120
60 計6町目が
80
40 現在の「本
40
20 の街」とし
ての神保町
0
0
エリアであ
ると捉える
図 1 書店数の推移(総数、表裏別、ブロック別)
2004
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
移動(立地)前
Transformation of specialty store town in mature stage
-A Case study of “Book town” Kanda Jinbocho-
表2 書店の移動(ブロック別)
の掲載状況から書店の立
移動(立地)後
1968~
地・移動について整理する
2005 α β γ δ ε 転出計 消滅 出計継続
と(表1)、全期間で一度も
α
21 5 2 2 1
31 43 74
6
移動がない「継続」は 52
β
2 10 2 5 1
20 41 61
3
γ
1 1 3 2 0
7 32 39 13
軒(10%)のみであり、エリ
0 2 0 12 1
15 52 67 25
ア内での移動は 84 軒(16%)、 δ
ε
0 4 0 1 6
11 25 36
5
途中からの「新規」出店は
転入計 24 22 7 22 9
84 193 277 52
247 軒(47%)、
「 消滅」は 193
新規 57 66 47 51 26
247
247
軒(37%)見られ、神保町エ
入計 81 88 54 73 35
331 193 524
移動(立地)前
成熟期における専門店街の変容
-「本の街」神田神保町エリアのケーススタディ-
ことができる。次節以
書店数
記事数
25
降では、この6町目を 210
200
20
分析の対象とする。
15
(3) 神 保 町 エ リ ア の 位 190
180
10
置づけの変化
5
①神保町エリアへの関 170
心:朝日新聞記事デー 160
0
タベース及び大宅壮一
図2 神保町エリアに関する記事数の推移
文庫雑誌記事検索を用
いて’88 年以降の神保
町エリアに関する記事を抽出し (1) 、その数を集計したところ(図
2)、’95 年から店舗数と共に記事数も増えており、神保町エリアへ
の関心の高まりが窺える。
②神保町エリアの業種構成:分類別の1k㎡当りの事業所数密度を
商業統計 (細分類)と事業所統計 5)(中分類)から算出した。神保町エ
リアの事業所密度が 23 区平均及び千代田区平均以上、かつ事業所数
が商業統計で 20 軒、事業所統計で 100 軒以上のものをみると、7 小
売業(「楽器小売業(27.5 軒/k㎡)」「スポーツ用品小売業(50.8 軒/
k㎡)」等)と 13 事業所(「出版・印刷業(573.3 軒/k㎡)」「学校教
育(37.5 軒/k㎡)」等)が抽出された。「書籍・雑誌小売業(160 軒/
k㎡)」と同様の増加を示すものは見られないが、神保町エリアが複
数の関連業種の集積により形成されてきたことが窺える。
3 書店分布の変遷
(1)ブロック別の書店数の推移
主要3道路(靖国・白山・明大通り)で5ブロックに分け(2) (図3)、
これらに面しているか否かで「表通り型(以降、表)」「裏路地型(以
降、裏)」として、立地する書店数の推移を見る。
表裏の別を見る(図1)と全期間を通じて表の方が多いが、’95 年以
降は裏で増
白山通り
加し、’05
年では僅差
である。ま
明大通り
た’68 年
と’05 年の
分布を比較
すると(図
3)、’68 年
は靖国・白
山通り沿い 靖国通り
の線的な分
布だが、’05
年では裏が
増加したこ
とから面的な広がりを見せている。
ブロック別では、αでは’68 年に表 20 軒、裏 6 軒だったのが’05
年には表 12 軒、裏 21 軒と逆転している。βでは表の 5 軒増加に対
し、裏では 22 軒増加し、裏中心の発展を見せている。γは常に表
が中心であり、神田古書センターの完成に伴い’79 年頃に店舗数が
増加するものの、それ以降大きな変動はない。δは全期間通じて最
も書店数が多く、神保町エ
表1 書店の移動(表、裏)
1968~
リアの中心的ブロックであ
移動(立地)後
2005
ると言える。εは大きな増
表 裏 転出計 消滅 出計 継続
表
10 16
26 77 103 46
減が見られず、書店数の比
裏
11 47
58 116 174
6
較的少ないブロックである。
転入計 21 63
84 193 277 52
(2)書店の移動
新規
89 158
247
247
対象期間内の各電話帳へ
入計 110 221
331 193 524
じビルに他
の書店が入
っている。
残り 15 軒
の う ち 10
軒は表にあ
るか事務所
である。専
門分野ごと
に固まって
分布してい
図4 α、βブロックの専門分野別の書店立地(現在)
るのも特徴
表5 書店の誘客性
で、
「趣味・アート」はブロック
α
β
の南部に集まり、
「人文科学」も
表 裏 計 表 裏 計
固まって立地している。
ワゴン
86% 31%59% 19% 35% 30%
(2)各店の誘客性に見るブロッ
あり
外から
クの回遊性
外観
93% 62%78% 44% 65% 58%
見える
書店の立地に伴い来街者へ専
看板
100% 69%85% 94% 78% 83%
門店街としての特徴を印象づけ
あり
る要素として<販売ワゴンの有 週 ~40H
0% 17% 8% 13% 27% 23%
無><外からの店内の視認性> 営業 40~60 50% 67%58% 63% 65% 64%
時間 60H~ 50% 17%35% 25% 8% 13%
<看板の有無><週当りの営業
最寄 ~25m 71% 15%44% 38% 87% 72%
時間の長短><最寄書店との距 書店 25~50 29% 23%26% 44% 8% 19%
0% 62%30% 19% 5% 9%
離>の5指標を設定し、前者4 距離 50m~
指標で書店の誘客性を検証、誘客性の高低と<最寄書店との距離>
の遠近から回遊性を考察する。
①α:誘客性が高いと判断できるが、いずれの項目でも表と裏で大
きな差があり、裏では必ずしも高い誘客性を示していない。白山通
り沿い等の表に立地するものは誘客性が極めて高いが、裏の書店は
最寄書店との距離が遠く、誘客性が低いことから、客の回遊性も高
くないと予想される。
②β:「ワゴンあり」や「外から見える」書店は表よりも裏に多く、
裏に誘客性が高い書店が多いことがわかる。近年ではギャラリー風
や昔の雑貨屋風の外観を有する専門古書店も現れ、また、裏には最
寄書店との距離が近いものが多いことから、客の回遊性が高まって
いくことが予想されるブロックである。
「未経験」や「移転」で神保
町エリアに立地したこのような店舗の存在が、神保町エリアの新た
な魅力を生み出していると考えられる。
6 結論
①神保町エリアの書店数は’95 年以降大幅に増加し、近年は約 200
軒に達する。また掲載記事も増加しており注目度も高まっている。
②表通り中心の線的分布による「本の通り」から、裏路地まで含め
た面的分布に変化して「本の街」となった。これまでの店舗は「新
規」
「消滅」が8割を占め、専門店街としての成熟後もエリア内外の
活発な新陳代謝があることで、「本の街」の活力を保っている。
③「独立」「移転」「未経験」はブロックβ、裏に、「事務所」はα、
裏に多い。専門分野毎にも立地に特徴がある。
④βでは裏路地に誘客性の高い書店が立地するようになり、「回遊」
表4 書店種類間の関係
という新たな魅力が生まれている。
前歴
リアの書店のボリュームは、エリア内外での活発な新陳代謝によっ
てもたらされていると言える。「継続」は表 46、裏 6 軒であり、δ
では 25 軒と全体の半数を占める。
「転出・入」
「新規」
「消滅」はい
ずれも裏が多く、またα、β、δで盛んである(表2)。
4 書店種類別に見た立地の特徴
本章では「BOOK TOWN じんぼう」ホームページ 6)と電話帳か
ら得られる、現在の神保町エリアに存在する 246 軒の書店を対象と
し、その特徴と立地の関係をみる。
(1)書店種類別の立地の特徴
①書店の前歴:対象期間前から現在まで神保町エリア内で「存続」
している(エリア内の移動を含む)書店は 90 軒であり、これを除く
156 軒について前歴を調査した。エリア内の書店からの暖簾分け等
の「独立」出店が 31 軒、エリア外からの「移転」(エリア外書店か
らの独立を含む)34 軒、初めて書店を営む「未経験」32 軒とほぼ同
数であった(不明 59 軒)。何れも裏、またβに多い。
②販売形態と階層:
「店売り」をせずに「事務所」を構えるのみの店
舗が 33 軒あり、裏、またαに多い。逆にδは「店売り」が主体で
ある。階層では、
「1 階」に店舗を構える店舗が 154 軒と多いが、
「2
階・B1 階」の店舗は裏、またβに多く、「3 階以上」はγに多い。
③専門分野:「BOOK TOWN じんぼう」HP、及び各店舗 HP から
各書店の専門分野を把握し8分野にまとめた(表3)。
「趣味・アート」
が 51 軒で最多であり、βに多い。次に「ノンジャンル」(42 軒)が
続き、δや表に多く、神保町エリアの中心に立地する著名な総合型
新刊書店が含まれる。このように分野毎に立地に特徴がみられた。
(2)書店種類間の関係
「存続」店舗は「店売り」「1 階」が主で、「古典籍」や「社会科
学」「ノンジャンル」が多い。「独立」店舗も「店売り」が多いが、
「ノンジャンル」は少なく、神保町エリア内で暖簾分け等を通じて
専門性のある書店が再生産されていると言える。
「1 階」には「趣味・
アート」「人文科学」「古典籍」「ノンジャンル」が多く、「サブカル
チャー」
「外国書」
「自然科学」は「1階以外」の書店に比較的多い。
つまり、高さ方向の立地にも種類毎の特徴があると言える。
5 近年成長するブロックの特徴と空間の変容
以上より、本章では「独立」や「移転」店舗の受入れ先となって
近年の神保町エリアの成長を支え、裏に多くの立地をみるα、βの
2ブロックを詳細に分析し、専門店街の面的発展によって起こる空
間的変化を「回遊性」という視点から考察する。
(1)書店の特徴
①α:「事務所」の割合が他より非常に高いが、それらの多くは裏に
立地している。「1 階以外」の 15 軒のうち同じビルに他の書店があ
るのは 2 軒のみで、ブロック全体に散在している。
②β:「存続」が少ないのに対して「未経験」や「独立」「移転」が
多く、書店が最も立地しやすいと見受けられるブロックである。
「店
売り」の方が多く、
「事務所」
表3 書店の特徴と立地場所
10 軒のうち、多くは神保町
αβγδε 表 裏 計
交差点から離れた場所に立
存続
14 11 21 32 12 64 26 90
「1 階以外」は
独立
3 11 6 9 2 11 20 31 地している。
移転
3 11 8 9 3 13 21 34 23 軒あるがうち 8 軒は同
存続
80
独立
29
移転
30
未経験
31
不明
31
計
201
店売り
事務所
不明
計
1階
1 階以外
不明
計
5
2
4
1
21
33
階層
5 90 73
0 31 21
0 34 16
0 32 21
7 59 23
12 246 154
143
11
0
154
12
10
18
11
29
80
58
22
0
80
5 90
0 31
0 34
0 32
7 59
12246
0 201
0 33
12 12
12 246
専門分野
計
その他
ノンジャンル
自然 科学
古 典籍
外国書
社会科学
人文 科 学
趣味・アート
サブカルチャー
店頭販売
計
不明
1階以外
1階
32
59
246
201
33
12
246
154
34
46
12
246
30
51
38
14
24
9
12
42
26
246
階層
25
36
128
97
23
8
128
76
22
22
8
128
16
26
23
8
18
2
5
15
15
128
店頭販売
専門 分野
7
23
118
104
10
4
118
78
12
24
4
118
14
25
15
6
6
7
7
27
11
118
前歴
階層
7 14 3 7 1
17 19 11 10 2
44 66 49 67 20
27 54 44 62 14
14 10 3 2 4
3 2 2 3 2
44 66 49 67 20
26 41 27 47 13
7 14 5 8 0
8 9 15 9 5
3 2 2 3 2
44 66 49 67 20
7 4 7 11 1
4 21 13 9 4
7 15 6 9 1
3 3 3 2 3
6 6 3 7 2
2 2 3 2 0
2 0 4 5 1
5 9 7 15 6
8 6 3 7 2
44 66 49 67 20
計
不明
事務 所
店売り
店頭販売
未経験
不明
計
店売り
事務所
不明
計
1階
2 階・B1
3 階以上
不明
計
サブカルチャー
趣味・アート
人文科学
社会科学
外国書
古典籍
自然科学
ノンジャンル
その他・不明
計
5
8
2
5
10
30
27
2
1
30
16
13
1
30
15
11
7
11
7
51
51
0
0
51
35
16
0
51
11
5
6
8
8
38
32
6
0
38
28
10
0
38
9
1
3
0
1
14
9
4
1
14
7
6
1
14
11
0
4
3
6
24
20
3
1
24
12
11
1
24
6
1
1
0
1
9
8
1
0
9
7
2
0
9
4
2
3
0
3
12
10
2
0
12
6
6
0
12
20
2
8
4
8
42
36
6
0
42
34
8
0
42
9 90
1 31
0 34
1 32
15 59
26246
8201
9 33
9 12
26246
9154
8 80
9 12
26246
補注
(1)「神保町 and 本」「神保町 and 書」で検索し、
書店街に無関係の記事を除外した。
(2) 明大通り以東は少数のため統合。
主要参考文献
1) 籾山真人(2000)、「東京 23 区における専門店街
の形成過程に関する研究」、都市計画論文集、vol.35、
pp373-378
2) 渡邊ほか(2002)、
「大阪市における専門店街の発
展過程と店舗の立地分布特性に関する研究」、都市
計画、240、pp66-74
3) 東日本電信電話(1969~2006)、電話帳
4) 経済産業省経済産業政策局調査統計部(2002)、
商業統計
5) 総務省統計局(2001)、事業所統計、
6) http://jimbou.info/、NPO 法人連想出版、
「BOOK TOWN じんぼう」、2007 年 1 月