1 子どもの生活習慣 変貌する食卓風景 聖徳大学教授 室田 洋子 お茶の水女子大学卒・同修士課程修了。 発達心理学・臨床心理学専攻。桜美林 大学講師・青葉学園短期大学教授を経 て現職。教育相談室等においてカウン セラーとしても活躍。著書は「心を育 てる食卓」 「食べない食欲のない子な ぜ」「家族を育てる食卓」(芽ばえ社), 「発達と教育の心理学」 (学術図書出 版), 「子どもの教育相談室」 (金子書房), 「みんなで食べる楽しい子どもの食生 活」(合同出版)など多数。 1.子どもが描く食卓風景から まず,食卓風景を描いた子どもたちの絵を示そ う。2005年春の調査(農水省・JAによる「朝ごは 食卓風景が変貌している。それは,家族内の人 ん実行委員会 (ht tp://www.asagohan.o rg/)」 間関係の状況の変貌を示唆するものである。食卓 の調査に筆者協力)である。 風景は,家族内のコミュニケーションおよび心理 図1 「電車の中でおにぎり」朝食の姿である。 的状況を非常に具体的に表す場である。それは, 図2 「大きすぎる食卓に発泡スチロールのパ 食卓が日常生活の具体的な人間関係の場面を質的 ックのままの納豆,ご飯とみそ汁,お茶。手が に示す場であり,日常的なかかわり方を凝縮して 描かれていない子どもが食卓の端に座る。食物 象徴的に示す場であるという意味による。 は配膳されてはいるが,家族1人の姿はない」 。 このような視点から筆者は,家族内のコミュニ 図3 「‘誰かと食べたい’を強迫的に伝えてい ケーションの実態を探るために,KFD(k i net i c る教室中の机に配膳された給食の図。人はすべ fami l yd rawi ngs 動的家族画)の分析手法による て人マーク」 。 会話やコミュニケーションの内容 調査を1995年より重ねて行っている。その中に示 は思い起こせない(実体がない)賑やかさを求 される今日の食卓風景の変貌は,衝撃的ともいい める食卓。 うる。それは,人間関係状況の希薄化を具体的に 示す内容を示唆するものであるからである。 図1 10 図4 「‘最高の食事’と題して布団の中で腹ば いで食べている」食事風景。 図2 図3 図5 図4 図6 図5 「 ‘食べる相手は芸能人’と題して食卓に 花を飾り,フルーツを盛り,熱帯魚も水槽に泳 ぐ華やかな食卓に,描かれるのは人マークが2 2.コミュニケーション不足から 起因する深刻な問題点 人」 。場面設定はしてみたが,実は話す内容が 子どもたちは,家族内のコミュニケーションの 想像できないでいる絵である。 不足を経験しているが,その経験を意識化するこ もちろん,家族で賑やかに食卓をかこむ絵もた とは困難である。 「いつものこと」という経験は くさんある 図6 。しかし,その数は全体の3割。 「異常だ」 「問題だ」という認識とはならない。そ 1995年の調査では約5割であったことと比較する うではなく,コミュニケーションの不足は「普通 と,その問題性が浮き彫りにされる。 のこと」 「当然」という認識として定着していくの 以上は,普通の家庭の,普通の小学校5,6年 である。そして,子どもたちは無自覚のうちに, 生を対象に調査した結果である。 コミュニケーション状況から回避する行動を身に これらの絵から何が読み取れるのであろうか。 つけていく。人々の中に身をおくことを窮屈に感 家族内のかかわりのなさ,最も小さなしかも具体 じ,協同の活動を好まない行動傾向である。それ 的な人間関係の場である家族内でのかかわり不足 は取りも直さず,対人関係能力の大幅な低下が子 が深刻化している実態を,子どもの心に映る情景 どもたちに生じていることを示しているのである。 として「食卓風景の絵」に投影され表現している 家族との生活スタイルが変化している日常を通し のである。 て,子どもたちも若者も自覚しないままに,対人 11 1 子どもの生活習慣 変貌する食卓風景 関係能力の未熟性,かかわりの場面での不器用な 題よりもむずかしく,しかも重要な課題となって 行動,人との間で生じる心理的不適応を拡大しつ きているのである。 つあるといえるのである。 発達・臨床心理学の立場からこれらの問題を見 ると,子どもたちに拡がる適応の障害や対人関係 3.充実・発展させたい 徳育(こころ)と食育(かかわり) 能力不全を根底にもつ社会的不適応行動は,くり 明治時代の文部省が,教育の4本柱に知育・体 かえし頻繁に生じている。しかもそのひとつ1つ 育・徳育・食育をあげて新しい日本の教育の指針 は,深刻な内容を伴うものである。不登校も,い とした経緯がある。が,その後の日本人の価値観 じめも,ひきこもりも,家庭内暴力も,自傷他傷 の中で,知育・体育ほどには重点が置かれなかっ の行為群も,その中身は深刻である。そして従来 たのが徳育 (こころ) と食育 (かかわり) であった。 ならば軽度の問題として考えられる‘遊べない子 その歪みが今日の子どもから若者,大人に至る どもたち’の年齢層も広がりつつある。さらに他 までのさまざまな人々に生じている適応障害の増 方では,社会に対するアクテイング・アウトを伴 加となって現れてきている。国力の増強,経済の う深刻な少年非行も増加の一途である。 発展(知育・体育)は,ある程度達成されて今日 自己主張と自己抑制のコツをつかめない子,相 の日本の繁栄がある。 手とのかかわり方のタイミングをはずしてしまう しかし,その一方で人々の心の荒廃は子どもの 子,会話のキャッチボールが続かない若者,相手 問題にとどまらず,若者や成人にも深刻に広がり の話が聴けない人,相手からのフォローのみを自 つつある現実は受けとめられなければならない。 己流に期待してそれが不足すると逆恨みをつのら 徳育(こころ)と食育(かかわり)は旧い時代の せる人。どれも「普通の」子ども・若者が現して 視点に戻るのではなく,今日の姿で充実・発展さ いる対人関係状況でのトラブルの初期に生じる感 せていく必要に迫られている課題である。 覚である。そしてこれらの感覚は, (それが誰であ このような意味の中で,食卓状況の変化の問題 っても)ほんの少しタイミングがズレてしまうと, が問われているのである。 不登校が始まり,拒・過食症になり,対人不安の 状態に陥り,その上にさまざまな心身反応も加わ ることになる。誰でもが陥る社会生活への不適応, 集団場面からの長期間(何年も)にわたる退却に つながる危険やもろさを含む状況が,今日の子ど もや家族がおかれている状況である。 このような意味で,コミュニケーションの力を いかにつけていくかということは,今日の重要な 課題であると考える。しかもそれは,知的能力を 向上させ,丈夫な体力をつくるという教育上の課 12 4.食卓でのかかわりを豊かに ―経済効率優先の生活スタイルからの脱却― 食卓の風景としてはからずも露呈することになっ たのである。 毎日の 「電車の中のおにぎり朝食」 には,食卓 (家 経済効率と能率優先の生活では,食卓のかかわ 族)が存在していない。ここには家族のかかわり りを中心とする活動(会話, 共同作業, 見守られ, 模 による行動や考え方のモデルは存在しない。布団 倣するかかわり,手伝いたくなる意欲,ゆっくり の中で気ままに食べる食事は,個食の究極の姿と と食べ合う関係)は省略されがちになる。実はこ 言える。食行動の調整(お行儀)はもとより,新 のような家族内の活動の中にこそ,具体的なコミ 鮮な情報の調達も意識の切り替えもない,ひとり ュニケーションの勘が身につく瞬間があるのであ よがりの ‘楽な’ 姿である。 心理臨床の場面では, 過 り,物事の処理感覚や価値判断の基準が実際的に 食や拒食・嘔吐などの摂食障害の状態に重なって 示される場面が用意されているからである。 このような食事行動は映し出される。 このようなコミュニケーションの能力の基盤を ともに食べる相手がいない食事場面では,感情 つくる家族の食卓状況が変質してきている点が, や気持ちを切り替えることができずに,ひたすら まさに今日の問題として問われているのである。 「食にとりすがる」姿が示されることになるので 1995年のKFD (k i net i cfami l yd rawi ngs 動的 ある。 家族画)による食卓風景の心理的分析では,家族 子どもたちの心の底には「誰かと一緒に,にぎ 内コミュニケーションの問題性は「孤食」の出現 やかに,楽しく」食事をしたいという願望がある。 としてとらえられた。 しかし,現実の生活でその経験が乏しいので,丹 家族が一緒に食べ合わない食事を子どもは絵を 念に飾り付けをした‘芸能人と一緒’の食事や, 通して,萎縮・辺縁位置・手なし・人マーク・包 クラス中の人たちを配した‘でもかかわりの実態 み込み・強調というか形で「1人ぼっち」「心細 を思いつくことができない’強迫的な人マーク食 い」 「淋しい」「味気ない」…という気持ちを表現 事を描くしかないのである。ここにもコミュニケ してきた。ところが,10年余を経過した2005年の ーションを求めつつも,どのようにそれを実現す 今回の調査で目を引いたものが「個食」であった。 ればよいのかを具体的に思いつくことのできない それは「孤食」から「個食」への変化である。 子どもの心が示されてくる。 すなわち,もはや「さびしい,味気ない」と感 子どもたちはよく理解はしている。体に必要な じる「孤食」ではなく,1人で食べる食事が一般 食物をバランスよく食べる必要があることを,毎 化した結果, 「個食」が主流に躍り出てきたのであ 朝ご飯と味噌汁・野菜を食べるべきことを,肥満 る。 「食事は1人にかぎる」 「自分流の食事が気楽」 は警戒しなければならないことを…。だから食卓 「誰かと一緒にする食事は疲れる」 「面倒くさい」 には,納豆・ごはん・みそ汁などを配する。しか …に大きく変化してきたのである。 し,その食卓に着くのはやはり1人。気分的に食 冒頭の図1から図5に視点をもどすと,今子ど 欲がわかないので, ‘手なし’人間を食卓につかせ もたちがとらえる家族の現状についての問題性が, ることになる。 13 1 子どもの生活習慣 変貌する食卓風景 食卓状況には相手が必要である。どのように貧 「家族のそれぞれが,何かをしているところを描 しい食物しかない食事でも,相手がいて「暖かな, きなさい」と指示するのであるが,その中で最も にぎやかな,新鮮な,しっくりとかみ合った」会 多い内容が「食事」である。家族の一致とまとま 話があるとき,その食事は豊かなものになる。 りを示す表現が「みんなで食べている図」なので 5.変貌した食卓風景を 「人とのかかわり合いを食べる食卓に!」 あり,KFDの53%余に示されるという研究報告も ある。筆者が行うKFDはこれを受けて「家族が, 何か」ではなく「家族が,食事をしているところ 今日の家族の食卓状況に大きく欠けてきてしま を絵に」と指示することで内容の拡散を防いでい っている問題が,この食卓状況におけるコミュニ るのであるが, 「食事場面」は常に「人と人とのつ ケーションの豊かさの点である。そして,その結 ながりあいの具体的な表現」として登場する内容 果の問題が,次ぎ次ぎと発生している現状につい をもつものなのである。 ては繰り返すには及ばない。 そのような意味で「家族の食事の姿」が今日大 食卓で,人は何を食べて(摂り入れて)いるの きく変化してきていることは,改めて問い直され かについて,改めて問い直す必要がある。 なければならない。 食卓で,人はかかわりを食べているのである。 食卓は人間関係を象徴する場である。1人食べ そこには,家族の文化があり,家族の考え方,価 の食事スタイルからはコミュニケーション能力が 値観,善悪の判断基準,物事の処理の感覚,我が 確実にスポイルされていくことを,子どもの問題 家のセンス,問題解決に伴う態度などが限りなく としても若者・大人の問題としても問わなければ 詰め込まれているのである。食べるものは,かか ならない。生活の効率性と合理性,便利さの流れ わりの質が豊かであればあるほどオイシク感じる にゆだねていると,果てしなくコンビニエンスス のであり,かかわりの味がきつく,せつなく,貧 トアに,インスタント食品群に,サプリメント栄 しく,乏しいものであればあるほど味気なく,胸 養補助食品群に1人だけで依存していく。人間関 につかえる,心に苦い感触を残すことになるので 係から切り離された,自己流の生活に陥っていっ ある。 てしまう今日の現状であるがゆえに。 今日の子どもたちが食卓で何を食べ て(経験して)いるのかということを このような意味から考えることが重要 である。効率と効果,人よりも一歩先 んじる有能さが「勝ち組」と評価され る生活スタイルでは,大きな欠落を生 む人間の能力が問われているのである。 バーンズとカウフマン(1972)によ り考案されたKFD(動的家族画)は, 14 食卓で,人とのかかわり合いを食べる。 2 子どもの生活習慣 発達段階と基本的生活習慣の獲得 明治学院大学教授 藤崎 眞知代 東京都出身。昭和56年お茶の水女子大 学大学院博士課程人間文化研究科退学。 お茶の水女子大学大学院助手,群馬大 学教育学部教授・同学部附属幼稚園長 を経て現在に至る。専門は発達心理学, 保育学。著書に「子どもの発達心理学」 「保育ための発達心理学」 (いずれも共 著,新曜社), 「発達心理学」 (編著,北 大路書房),「育児・保育現場での発達 とその支援」 (編著,ミネルヴァ書房)な ど多数。 はじめに 対してやさしい声が返されたりすると,その楽し さを求めてまた声を発し,声のキャッチボールを 身体的成長と精神的発達に伴って,子どもは基 楽しむようになる。そしてこのような経験が,そ 本的生活習慣を身につけていくが,それは子ども の声の主である人との間に心の結びつきである愛 が社会に適応していくことを願う人とのかかわり 着を形成していくことになる。こうして,基本的 のなかで展開される。すなわち,子どもを取り巻 生活習慣を獲得させるための「しつけ」の担い手 く大人から,基本的生活習慣の獲得を「しつけ」 である大人と, 「しつけ」を受ける子どもとの間に, を通して求められる。特に子どもにとって大切な 相互の愛着が形成されているかどうかが,乳児期 人から,日々の様々な「場面」で,様々な「様式」 から始まる生活習慣の獲得の展開に大きな影響を で繰り返し求められるため,その大切な人の期待 及ぼしていくのである。 に応えようとして,また,その大切な人に支えら ここで「しつけ」の意味を考えてみよう。一般 れて基本的生活習慣を獲得していくといえる。こ に「しつけ」というと大人が子どもに一方的に働 うした行為は,親子それぞれの発達課題でもある。 きかけ社会化していく過程と捉えられがちである。 以下では,幼児期を中心に児童期までの子ども そこでは,概して「いつ,何をしつけるか」とい の基本的生活習慣の獲得について,子どもの身体 うことが関心の的になりやすい。しかし,子ども 的成長と精神的発達との関連で見ていこう。 にとって「しつけ」とは何かを考えてみることも 1.基本的生活習慣の獲得の前に 必要であろう。そのような視点から捉え直してみ ると, 「しつけ」の別の側面が浮かび上がってくる。 出生間もない新生児は,空腹といった生理的欲 すなわち,子どもは大人の要求を受け入れるだけ 求を泣きを通して表現し,その泣きに対して適切 でなく,子ども自身の要求を大人に受け入れても なフィードバックが繰り返しなされると,そうし らうためには,どのようにしていったらよいかを たフィードバックをしてくれる人が身近に存在す 調整していくプロセスと見なすことができよう。 ることに気づいていく。また,ご機嫌よく目覚め それは,自分の要求をどのように表現し,どのよ ているときに泣き以外の声を発したとき,それに うに相手との折り合いをつけたらよいのかといっ 15 2 子どもの生活習慣 発達段階と基本的生活習慣の獲得 たことを学ぶ過程でもある。しつけを通して,今 はそれを行う手順がある。その同じ手順を繰り返 までできなかったことができるようになるのは, すことによって,例えば,食べる前には手を洗い 子どもにとっても嬉しいことであるが,そうした →「いただきます」の挨拶をする→食べる→「ご 「しつけ」の結果だけを見るのではなく,そのプ 馳走様」の挨拶をする→片づける→歯をみがく, ロセスで大人と子どもはそれぞれ何を経験してい といった手順は,スクリプトとして獲得される。 るかを捉えていくことが重要なのである(藤崎, こうしたスクリプトによる手続き的知識が蓄積し, 2004) 。したがって,いつ頃までに,何ができるよ 相互に連関することによって,より様々な基本的 うになればよいかといった問題だけでなく,大人 生活習慣を獲得すると同時に,巧みに行うことが 自身が子どもの情動をどのように理解し,子ども できるようになっていくのである。 の気持ちに折り重ねていくかという情動調律の様 さらに,今,自分に期待されていることは何か 子や,子どもの主体性,自己主張・自己抑制とい を推測し,期待された行為をしてほめられること った自己のありようがどのように変化してきたか を嬉しいと感じたり,うまくできなくて悔しいと を捉えていくことこそ大切といえる。 思ったり,もう一度やってみようと思ったりなど, 2.基本的生活習慣の獲得のメカニズム 自分の行動に伴って様々な気持ちを抱くような情 緒の発達も,基本的生活習慣の獲得を促す。しか 基本的生活習慣を獲得していくためには,まず も,生活習慣を獲得させるための大人の姿勢は, 身体的な成長がその基盤にある。例えば,子ども 子どもを「ほめる」ことを大切にしながら,時に の成長の方向の1つは,頭部から尾部へ進展する。 は「しかる」というマイナスのフィードバックを すなわち,首は生後5か月頃に座るようになるが, 行うことがよいとされている。子どもが心の結び 2本足で歩き始めるのは,一般にはハイハイや捕 つきを形成し信頼している人だからこそ,その人 まり立ちを経て1歳前後である。もう1つは,身 に「しかられる」ことに特別の意味が付与され, 体の正中線から腕→手→指へと周辺方向に進展す 「それはしてはいけない」という意味を理解し, る。上腕の大きな動きは出生直後から見られるが, そのことを記憶し,類似の場面での行動様式とし 目と手の協応を経て指先で物をつかむのは約50週 て身につけていくことになる。子どもに獲得させ 頃からである。こうした運動能力は,基本的生活 たい行動に対しては一貫したフィードバックを行 習慣であるトイレでの立ち振る舞いや,スプーン っていくことが大切である。 で食べるといった食事マナー,衣服のボタンの扱 一方,日々,子どもと触れあう人々の行動はす いや脱ぎ着するスキルの基礎となる。 べてモデルとして機能し,子どもはモデル学習に また,子どもの知覚や記憶といった認知の発達, よっても様々な行動を獲得していく。したがって, 言葉の発達,さらには他者の気持ちの理解といっ 意図的な働きかけによって子どもに求める行動と, た社会的発達も,子どもが基本的生活習慣を獲得 大人が日常生活で何気なく行う行動との間にズレ していく基盤であり,大きな影響を及ぼす。食事 があるとき,たとえ幼い年齢の子どもであっても, にしても,排泄にしても,各基本的な生活習慣に その年齢なりの敏感さで大人の矛盾を見抜き,そ 16 表 基本的生活習慣の獲得の基準(「保育所保育指針」から筆者作成) ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ 自分で衣服を 着脱し,必要 に応じて調節 する。 自分で身体の清潔を保つ。 うがい・手洗いの意味が 分かり,体や身の回りを 清潔にする。 ▼ 人に迷惑をかけな いようにトイレの 使い方が上手にな る。 着脱を順序よ くする。 気候や活動に あわせて適宜 調整できる。 病気の予防のために清潔の 大切さを理解し,体や衣服, 持ち物を清潔に保つ。 身近なものを整頓する。 ▼ ▼ ▼ ▼ 6歳児 ▼ ▼ ▼ ▼ 排泄の後始末を上 手にする。 ▼ 5歳児 ▼ 食事をすることの意味を 午睡や休息を自 理解。 分から進んです 楽しんで食事や間食をと る。 る仕方が身に付く。 体と食物との関係に興味 をもつ。 友だちと一緒に食事をし, 食事の休息の意味が分かり, 食後は静かにしている。 ▼ 4歳児 排泄の後始末はほ ぼ自分でできる。 ▼ 友だちと一緒に食べたり, 様々な食べ物を食べる楽 しさを味わう。 食事の前後や汚れたとき には拭いてきれいになっ た心地よさを感じる。 適宜,便所に行き, 援助を受けて, 援助を受けて自分で手洗 自分で衣服を いや鼻をかむなどして清 自分で排尿・排便 着脱する。 潔を保つ。 をする。 ▼ 楽しい雰囲気の中で様々 大人に寄り添っ な食べ物を進んで食べる。 てもらい午睡を とる。 促されて自分で便 所へ行き,見守ら れて自分で排泄す る。 ▼ ▼ ▼ ▼ 落ち着いた雰囲 気の中で十分に 眠る。 ▼ 嫌いなものでも少しずつ 食べる。 ▼ 3歳児 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ 2歳児 便器での排尿に慣 れる。 多様な食品や調理形態に 慣れ,楽しんで食べる。 スプーン・フォークを使 って1人で食べようとす る気持ちを持つ。 ▼ 1歳3ヶ月 ∼2歳未満 ▼ ▼ 簡単な衣服は 援助を受けて顔をふく, 自分でぬぐ。 手を洗う,鼻をふくなど 手伝ってもら 自分で少しする。 い自分で着る。 ▼ 大人のことば かけや援助で 衣服の着脱に 興味をもつ。 ▼ 6ヶ月∼ 1歳3ヶ月 未満 清潔になることの心地よ さを喜ぶ。 ▼ 6ヶ月未満 ▼ 食 事 睡 眠 排 泄 着脱衣 清 潔 ミルク以外の味やスプー 昼起き,夜寝る。 おむつが汚れたら, きれいになった心 ンから飲むことに慣れる。 地よさを感じる。 離乳食から幼児食に慣れ 眠いときは安心 る。 して十分に寝る。 の結果として,混乱し基本的生活習慣の形成が遅 ている内容を抜粋し,年齢段階別に筆者がまとめ れるだけでなく,ひいては大人への不信や極端な たものである。これらは人間の基本的行為であり, 反抗を招くことにもなりかねない。子どもを取り それぞれの年齢段階で自分で行うように期待され 巻く大人は,どのような立場であろうとも,大人 る姿として示されている。したがって,例えば, 自身の日常の行動が子どもに与える影響の大きさ 2歳児の食事では,嫌いなものでも少しずつ食べ を自覚する必要があると思われる。 るように,調理方法を工夫したり,好物と組み合 3.乳幼児期における 基本的生活習慣の獲得のプロセス わせて食べさせるなどの配慮が必要となってくる。 総じて,表からは,基本的生活習慣の獲得に向け て,低年齢では食べる楽しさであるとか,清潔に 表は,「保育所保育指針」 (厚生省,1999)のな なる心地よさといった感覚的経験を重視している かで,食事・睡眠・排泄・着脱衣・清潔に言及し のが分かる。1歳3か月以降では,自分でスプー 17 2 子どもの生活習慣 発達段階と基本的生活習慣の獲得 ンやフォークを使って1人で食べようとする気持 れる。そのためには,様々な人との触れ合いを経 ちをもったり,排泄に関しては便器での排尿に慣 験し,挨拶したり,伝言したり,質問したり,答 れるなど, 「向かう気持ち」を起こし,そうした行 えたり,報告するなど,日常生活で必要な言葉を 動に「慣れる」といった獲得への準備を行ってい 適切に使えるように保育者は配慮したい。特に日 く段階といえる。 本人は「相手がかわいそう」と感じる力は高い一 その次に,身体的成長や精神的発達に伴って具 方,実際に相手を助けたり援助するといった実行 体的な手順がひとつ1つ教えられ,大人の援助の 力に欠ける傾向があるといわれる。気持ちだけで もとに手順の一部を自分で行う段階から,スキル なく,そうした行動力をも育むためには,生活の が上達するにつれて,徐々に大人の援助は減り, なかで行動に移すことの大切さを学び,また,集 自分1人で行うことが励まされる。そして5歳と 団との調和を保ちつつ,主張すべきときにはしっ もなれば,日常生活の基本的な習慣は,そばで見 かりと自己表現すると同時に,我慢すべきときに ていても危なげなくできるようになっていく。さ は自分を抑えることができるように,年齢なりの らにこの段階では,食事のあとの休息や,病気の 自己を確立した人との関係のあり方を体得してい 予防のために清潔であることの大切さも理解でき くことが大切である。 るようになっている。理由も納得した上で,さら に主体的に行うようになることが,子どもの自信 4.児童期における基本的生活習慣の獲得とは につながっていくといえよう(藤崎,2005) 。 家庭生活において,子どもの就学は親子それぞ 生理的な基本的生活習慣の獲得と並行して,特 れに大きな変化をもたらす。例えば,通園には大 に何らかの集団保育に属する年齢になると,人と 人が付き添っていたが,小学生になれば通常では の関係や自己のありように関連した基本的生活習 子どもだけで通学するようになり,それは親にと 慣の獲得が子どもに求められる。自分でしたいこ っても子離れを余儀なくされる。また,学校教育 と,してほしいことを言葉ではっきり言うこと, においては教科学習をはじめとして,様々な課題 自分の物と友だちの物,共同の物とを区別し,道 学習が課せられるようになり,家庭生活にもそう 具の貸し借りや順番を待つといった決まりが守れ した課題が持ち込まれることになる。子どもの課 るようになること,危険な遊具は使い方を気をつ 題への取り組みは,子ども自身のやる気だけでな けること,遊んだ後は片づけることなどの習慣で く,大人の学校観や教育観の影響も受ける。しか ある。さらに,友だちとの触れ合いのなかで「よ し,学校での価値観をそのまま家庭生活に持ち込 いこと」 「悪いこと」を理解し,自分で判断して行 むこととは異なる。学校での評価を気にするあま 動することや,人に迷惑をかけないように行動す り,家庭生活でも学校の学習課題をこなすことを るだけでなく,迷惑をかけたときには謝ることが 重視し,児童期なりの生活習慣を育むことが疎か できるようになることは特に大切である。さらに になる傾向は特に高学年で顕著に見られるように 年長になる頃には,異年齢の子どもへの思いやり なる。しかし,生涯発達のどの年代においても家 やいたわりの気持ちももつようになることが望ま 庭が担う役割があり,そこでは生活力を培い,そ 18 れがさらには社会力(門脇,1999)を培うことに 的な服装をするのも,自己意識の発達に即した大 もつながっていくと思われる。家庭生活で,お小 切な自己表現の一形態であるといえよう。 遣いなどの自己管理をはじめ,自身の生活を自律 幼児期の集団生活で育まれた基本的生活習慣の 的に組み立てたり,家族のために責任ある役割を 行動様式を,学校場面ではどのように修正してい 担いながら,目を家庭の中から地域に向けていき, く必要があるのかを,学校生活のスタート時点で 親子で地域の活動に参加し,地域に親しみの気持 子どもに丁寧に教えなくてはならない。そのため ちを抱いていくことなども大事であろう。 には,幼児期の集団保育と学校教育の関係者がお 一方,学校生活で求められる基本的生活習慣は, 互いの教育内容や生活様式を理解し,その上でそ 幼児期の集団生活において求められたものとは異 れぞれの発達段階の子どもの生活を充実させるた なってくる。例えば,保育所や幼稚園では,活動 めにはどのような指導が必要かを把握し,実践し の前や食事の前などに保育者の誘導のもとにトイ ていくことが重要となる。児童期以降の子どもの レに行く時間を設ける園が多い。またその他の場 生活習慣に関しては,特に子どもの心を開くよう 面では我慢するのではなく,自分が行きたくなっ に働きかけていくことがポイントといえる。子ど たら他の人に迷惑をかけないように行き,用をす もの気持ちを読みとり,それに重ねていく情動調 ませて戻ってくることが容認されている。それに 律は,この時期,乳幼児期とは異なった意味を帯 対して学校生活では,45分間の授業中は教室に止 びた大切さをもつと思われる。そして,大人に求 まることが基本的な授業態度であり,そのために められることによって生活習慣を獲得していく外 は授業前の休み時間に念のためにトイレに行って 発的動機づけから,獲得すること自体に喜びを見 おく必要がある。そして,授業中にどうしても行 いだしていく内発的動機づけによる獲得への質的 きたくなったときには, 「手をあげて断ってから行 変換につながっていくことが特に大切といえよう。 く」ように指導される。また,学校給食では,食 べるだけでなく,人との交流を大切にしているの おわりに が日本の特徴でもある。特に,今日では「食育」 これまで見てきたように基本的生活習慣は生涯 としての位置づけが強調され,食事行為が自分の 発達の過程において,人との関係のなかで形成さ 身体的健康,ひいては心の満足・安定につながる れ,修正されていく。そこにはまた価値観や文化 ことを理解できるような取り組みに力を入れてい の伝達の意味も含まれている。意図的に伝達され る学校が増えてきており,食事の自己管理力を育 るだけでなく,日常的な小さなエピソードを通し むためにカフェテリア方式を取り入れているとこ て無意図的に伝達されることも多々あり,子ども ろもある。さららに,性意識が明確になり,性差 の行動は大人の行動の映し鏡でもあるともいえる。 が顕著になるにつれて,体育の時間前後での衣服 最近の子どもたちの行動を憂える前に,そして, の着替えは男女別に別室で行うようになっていく。 子どもをしかる前に,大人一人ひとりが,日頃の 衣服の着脱へのはじらい,清潔を保ちつつ,校則 自分の行動や価値観を振り返ることが大切である との調整をしながら自分の好みを取り入れた個性 と思われる。 19 3 子どもの生活習慣 学習習慣の獲得 都留文科大学教授 高田 理孝 1979年 筑波大学大学院心理学研究科 博士課程単位取得退学。現在 都留文科 大学教授。専門は認知心理学。最近は 自伝的記憶を研究テーマとしている。 ゼミでは人間力形成をモットーに,テ ニス・スキー合宿などを行っている。 主要著書に,『エピソード記憶論』(誠 信書房), 『基礎心理学講座Ⅰ』 (八千代 出版),『人・心・行動』 (宣協社),『こ ころのメカニズム』 (産業図書)などが ある。 はじめに くようになってきた。 しかし,このような時代であるからこそ,よい 近年,子ども達の行動形態が大きく変わりつつ 人生を送るためには,さまざまな知識を習得し, あるように思える。その原因としては,さまざま 状況に応じて生かしていけるような能力が,子ど な要因が存在するだろうが,日本の経済・社会の も達に必要とされているのではないだろうか。こ 状況が90年代から大きく変わりつつあるというこ のような能力の基盤になるものが,基本的な学習 とも一因ではないだろうか。すなわち,経済的に 習慣である。 見れば,不況下にあるとはいえ,我々の生活レベ 本論では,学習習慣の獲得を,学習習慣を含む ルは世界的に依然として高い位置にある。他方, 行動形成に関連した4つの基本的な心理学のメカ 日本社会の特徴であった終身雇用・年功序列制そ ニズムから考えてみる。それは, して貧富の差がない社会が崩壊しつつある。 1. オペラント条件づけ このような状況を受け,勉強を一生懸命し,偏 2. 観察学習 差値の高い学校へ行くことが,安定した豊かな生 3. 動機づけ 活を築くことにつながるという図式も確固たるも 4. 内発的動機づけの促進 のではなくなりつつある。親は子どもの将来を考 である。 えるとき,そのような状況に動揺せざるを得ない。 子どもの勉強に対する親の意識の揺らぎに加え, 文科省も国家レベルで教育方針について迷走を繰 1.オペラント条件づけ: 行動形成の基本的メカニズム り返してきた。さらに子どもの側からすれば,少 オペラント条件づけは一口で言えば,子どもが 子化により一生懸命勉強をしなくても高等教育機 行った自発的な行動をほめたり報酬を与えること 関に入学することが可能になりつつある。これら で,習慣的なものにすることである。我々が日常 だけが原因ではないだろうが,その結果,子ども 何気なく行っている習慣の多くは,オペラント条 達の行動形態の変化−学級崩壊の多発,家庭での 件づけによって形成されてきたと考えられている。 勉強時間の減少,そして学力低下−が近年目につ 心理学においては,オペラント条件づけが習慣を 20 含む行動形成の基本的メカニズムであると考えら 例である。その結果,私語がなくなれば注意・叱 れている。 責は正の罰の役割を果たす。 オペラント条件づけにおける中心的な役割を果 負の罰は,好ましい何かを取り去ることで,問 たす概念が,行動後直ちに子ども達に対し行われ 題の行動の起こる頻度を低下させることである。 る強化と罰である。強化は特定の行動の生起頻度 例えば,授業中私語をしており,注意を受けたに を増大させる,あるいは生起時間を長くする働き もかかわらず依然私語がやまなかったとしよう。 かけを指す。強化には,正の強化と負の強化の2 その場合,業を煮やした教師は,その生徒に教室 タイプがある。また,働きかけによっては,特定 から出るよう命ずるかもしれない。教室から出さ の行動の生起頻度を減少させ,生起時間を短くす れることによって,生徒は友人と私語を交わす機 るものがある。これを罰と呼ぶ。これにも正と負 会を奪われる。これが負の罰である。 の2タイプがある。強化と罰の関係は図1のよう 結 果 事 象 に整理される。 正の強化の基本的な形は,望ましい行動をほめ ることである。例えば,ある生徒があまり自信の 強 化 罰 なかった算数のテストで100点を取ったとしよう。 行動が再発する確率を 行動が再発する確率を 増大させる事象 減少させる事象 この結果について教師と仲間から賞賛され,その 生徒が算数に目覚め積極的に勉強するようになっ た場合,教師と仲間の賞賛は正の強化子の役割を 果たす。 負の強化は,生徒にとって不愉快かつ不面目な 正の強化 正の罰 好ましい何かを 好ましくない何か 与えられる。 を与えられる。 事態を予期させることで,そのような結果を排除 負の強化 負の罰 ないし除去する行動の頻度を増大させることであ 好ましくない何か 好ましい何かを を取り去られる。 取り去られる。 る。例えば,図工の授業で与えられた課題をやり 終えない場合,完成するまで常に放課後残される 図1 強化と罰 のであれば,何とか授業内で課題を完成させよう オペラント条件づけは,比較的意識されること と努力するだろう。結果的に,時間内で課題を完 なしに,日常的に行われている。例えば,子ども 成させようとする生徒の行動は強化されるのであ が電車の中でお年寄りに席を譲ればほめるだろう る。この場合,回避された不愉快な事態が負の強 し,うるさく騒げばしかるだろう。これは,正の 化子である。 強化と正の罰の典型的な例である。大人の側から 正の罰は,正の強化の逆である。生徒に好まし すればしつけ,子どもの側からすれば習慣を形成 くない何かを与えることで,問題の行動の起こる することである。 頻度を低下させる。例えば,授業中私語をしてい このような行動形成を実行しようとする際の大 た場合,教師に注意あるいは叱責されるのがその きな問題は,我々が4つのパターンの中で,正の 21 3 子どもの生活習慣 学習習慣の獲得 罰を多用することと,対応に一貫性を欠きがちだ ということである。罰と強化を比較すると,行動 2.観察学習:行動形成の高次メカニズム 生起に及ぼす影響力は罰の方が相対的に小さい。 オペラント条件づけは,確かに行動形成の重要 すなわち,罰は一時的に行動の頻度を押し下げる な基本的メカニズムである。しかし,あらゆる行 だけで,罰自体が望ましくない行動のマーカーに 動がオペラント条件づけによって形成されたと説 なってしまい,反応ポテンシャルを上昇させる可 明するのには,少々無理がある。勉強習慣を含め 能性がある。我々はついつい子どもが目立つ望ま て,我々は無数の行動パターンを有している。そ しくない行動をすると対症療法的にしかってしま れらを全て条件づけで形成するためには,人生は うが,むしろ一呼吸おいて負の罰を与えた方がよ 短すぎるし,人間には別の形で行動を形成してい いかもしれない。また,努力の結果好ましくない く能力がある。それが観察学習である。 事態を回避させたり(負の強化) ,望ましい行動を 観察学習は,我々が親・兄弟・友人・教師・メ 見つけ強化を与える方が,子どもの行動形成にと ディアに登場する人物など,自分が関心を持った って,より大きな影響を与えることは言うまでも 人物の行動を観察し,その行動を模倣することに ない。 より,行動レパートリーを多彩なものにしている 対応に一貫性を欠きがちであるという問題であ とする理論である。 るが,親・教師とて神ならぬ存在である。したが 図2に,観察学習の過程を示した。観察学習を って,子どもの行動を十分に把握し,一貫した対 構成する2つの重要な要素は,モデリングと代理 応をするのは結構難しいことである。しかし,同 的強化である。1∼3がモデリングの過程である。 じ行動に対し,時に強化を与えられ,時に罰を与 まず,1の注意過程であるが,これは学習者が魅 えられるような一貫性を欠いた対応は,子どもに 力ある他者の行動に注意を向けることである。次 混乱を引き起こし,行動形成を阻害する要因とな に,他者の特定の行動およびその結果は,学習者 る。親・教師の側に冷静な対応が求められる所以 によって記憶される。これが2の保持過程である。 である。一貫性を欠くケースとしては,強化を毎 そして,その記憶された行動パターンが,学習者 回行わない場合もある。これを部分強化と言うが, によって実行されればモデリングは成立する(3の このような強化の与え方をすると,行動の形成に 再現過程) 。4の動機づけは, 他の3つの構成要素 時間はかかるが,その行動の消去にも時間がかか が成立するのを支援するものである。すなわち, る。すなわち形成された行動は長続きするのであ モデルに対して行われる強化は代理的強化と呼ば る。したがって,強化と罰が混在しない限り,必 れ,観察者が1,2,3のような行動を始発し, ずしも毎回強化する必要はない。 維持するのに役立つ。 ここまで,行動形成という形で話を進めてきた 例えば,兄・姉が国語のテストで100点を取り, が,これは知識を獲得するあるいは勉強の習慣を 両親からほめられるのを見て(代理的強化) ,自分 つけるといった行動を含んでいることは言うまで もよい成績を取ろうと,兄・姉の勉強の仕方を観 もない。 察し,兄・姉のまねをするのは(モデリング) ,典 22 く,周囲からのしつけ的な側面は薄まる。しかし, 1 注意過程 何かをまねようとするのは,人間の基本的な習性 ★モデルの行動に注目する。 である。親・教師の側としては,①・②のレベル で子ども達にとってのよきモデルを演じ,またモ 2 保持過程 デルになるような人材・資材を周囲に配してやる ★モデルの行動をリハーサル 観 察 する。 ★言語的な符号化をする。 学 習 模 倣 ことが学習習慣獲得の手助けになるだろう。 行 動 3.動機づけ:行動形成に影響するもの 3 再現過程 ところで,学習習慣を含む行動形成において, ★モデルの行動を再現する。 重要な役割を果たすものとして動機づけがある。 動機づけは,生体が行動を始発し・維持し・完了 4 動機づけ させる過程を指し,またそのような働きをする要 ★代理的強化 因を動機と呼ぶ。同程度の能力の持ち主が2人い ても,必ずしも同程度の結果を残すとは限らない 図2 観察学習 のは,どの程度の動機づけの強さを持っているか 型的な観察学習の過程である。 が影響している場合が多い。つまり,その行動に モデリングと代理的強化を比べると,前者の方 どの程度の魅力を感じているかの違いが,習慣形 が観察学習においては重要であると考えられてい 成の速度と強度を決定するのである。 る。このモデリングには,何をモデルにするかに ところで,この動機づけの形態には,複数のパ よって4つの水準がある。 ターンが存在する。大きな違いの1つは,外部か ①直接的モデリング−身近な人間の行動をまねる。 ら刺激され行動形成が起こるのか,それとも内部 ②象徴的モデリング−本・テレビ・映画などの登 から興味・関心によって自発するかということで 場人物のまねをする。 ③統合的モデリング−複数のモデルの行動をまと め(統合し),まねる。 ある。前者を外発的動機づけ,後者を内発的動機 づけと呼ぶ。 外発的動機づけの典型的な例は,オペラント条 ④抽象的モデリング−単なる外面的な行動ではな 件づけによる強化および観察学習における代理的 く,その行動に内包されている原理・規則を推 強化である。例えば,すでに述べたように,算数 測し実行する。 のテストで好成績を取って教師・仲間にほめられ このモデリングの4水準においては,①→④に (強化) ,勉強をさらにする。あるいは兄・姉が国 行くに従って,モデリングを行うには観察学習を 語のテストで100点を取り,両親にほめられのを見 する側の知識・意識レベルの高さも必要となる。 て(代理的強化) ,自分も勉強をするなどがそうで オペラント条件づけと比較すると,観察学習で ある。 は,各個人の意識性・能動性にかかる比重が大き しかし,観察学習にはモデリングの水準によっ 23 3 子どもの生活習慣 学習習慣の獲得 て,4つのパターンがあることも既に述べた。そ 得しようとする働きを原因帰属ともいう。原因帰 の中で,抽象的モデリングの場合,この水準にな 属を能力・課題難度に求めると,ある行動を失敗 ると代理的強化の役割はほとんどなく,むしろあ と感じた場合,その原因はコントロール不能であ る課題を極めるという側面が強くなる。すなわち, るので,無力感にとらわれてしまう。他方,原因 何らかの行動をすること,それ自体が興味・関心 帰属を努力に求めた場合,成功・失敗に関わらず を引き起こし動機づけになっているのである。こ 原因はコントロール可能であるので,学習の効力 のような動機づけの形態が,内発的動機づけと呼 感を持ちやすい。 ばれるものである。 親・教師の役割との関連で言えば,単に行動の 内発的動機づけは,しばしば外発的動機づけよ 結果のみではなく,そこに至るプロセス・努力を りも強力な行動の原動力となりうる。例えば,デ 評価してやることが大切である。それによって, シ(Dec i, 1972)は大学生を被験者にして,3次元 内発的動機づけが促進され,生徒が原因帰属を努 ブロックパズルを解かせた。1つの条件ではパズ 力に求める一助になる。 ル解決に対して報酬を支払い,もう1つの条件で は報酬を支払わなかった。作業終了後,自由時間 4.内発的動機づけを促進する:2つの方法 を設け2群の行動を観察したところ,報酬をもら 行動形成において,外発的動機づけに比べて内 わなかった群の方が自発的に長時間パズルを行う 発的動機づけが優れた効果を持つことは前項で述 傾向が観察されている。 べた。それでは,どのようにしたら生徒に対して さらに,何か行動をすれば,必ず結果が伴う。 内発的動機づけができるのであろうか。動機づけ そこには,子ども達にとって不本意な場合も当然 の形態を内発的なものにする方法は2つあると考 含まれてくる。しかし,同じ失敗であってもその えられる。 受け止め方が,動機づけのパターンによって異な その1つは,生徒に基本的遂行レベルを身につ ってくる。例えば,社会のテストが0点で返された けさせた後,課題のおもしろさを分からせる方法 としよう。その場合, 外発的動機づけである強化・ である。すなわち,ある程度基本的手順を身につ 代理的強化は存在せず,オペラント条件づけや観 けさせ,課題に慣れさせることが,自ずから興味・ 察学習の一部が成立しない。また,生徒の側には, 関心を生むという考え方である。この場合,オペ 自分の能力不足,課題が困難すぎるといった感想 ラント条件づけ・観察学習の適用が前提となる。 が生まれがちである。 基本的技能を身につけ,その後課題のおもしろさ 逆に,自分自身が課題に関心を持って課題に取 が実感できるのである。例えば,理科のテストで り組んだ内発的動機づけの場合,失敗した場合で 満足のいく得点を取り,親・教師からほめられ, も,その原因を自分の努力不足に求めることが多 自信を持ち,それがさらなる理解とおもしろさの い。それは,さらなる努力を生み,このケースで 実感につながるといったケースがそれである。い は失敗も動機づけになりうる。 わば,基礎から積み上げていくというオーソドッ このように,自分の行動結果を何らかの形で納 クスな方法である。 24 PISA2003における平均得点の国際比較 数学的 リテラシー 得点 読解力 得点 科学的 リテラシー 得点 問題解決能力 得点 ① 香港 550 フィンランド 543 フィンランド 548 韓国 550 ② フィンランド 544 韓国 534 日本 548 香港 548 ③ 韓国 542 カナダ 528 香港 539 フィンランド 548 ④ オランダ 538 オーストラリア 525 韓国 538 日本 547 ⑤ リヒテンシュタイン 536 リヒテンシュタイン 525 リヒテンシュタイン 525 ニュージーランド 533 ⑥ 日本 534 ニュージーランド 522 オーストラリア 525 マカオ 532 ⑦ カナダ 532 アイルランド 515 マカオ 525 オーストラリア 530 ⑧ ベルギー 529 スウェーデン 514 オランダ 524 リヒテンシュタイン 529 ⑨ マカオ 527 オランダ 513 チェコ 523 カナダ 529 ⑩ スイス 527 香港 510 ニュージーランド 521 ベルギー 525 ⑪ オーストラリア 524 ベルギー 507 カナダ 519 スイス 521 ⑫ ニュージーランド 523 ノルウェー 500 スイス 513 オランダ 520 ⑬ チェコ 516 スイス 499 フランス 511 フランス 519 ⑭ アイスランド 515 日本 498 ベルギー 509 デンマーク 517 ⑮ デンマーク 514 マカオ 498 スウェーデン 506 チェコ 516 ⑯ フランス 511 ポーランド 497 アイルランド 505 ドイツ 513 ⑰ スウェーデン 509 フランス 496 ハンガリー 503 スウェーデン 509 ⑱ オーストリア 506 アメリカ 495 ドイツ 502 オーストリア 506 ⑲ ドイツ 503 デンマーク 492 ポーランド 498 アイスランド 505 ⑳ アイルランド 503 アイスランド 492 スロバキア 495 ハンガリー 501 もう1つは,課題そのものがどのような意義を 2003)の結果が発表された。そこでは,日本の高 持つのか最初に理解・実感させ,勉強のおもしろ 校1年生の学習到達度は,世界40ヶ国中で数学的 さを分からせる方法である。課題の意義を位置づ 活用能力が6位,読解力(実際には論証・記述力) ける枠組み(スキーマ)は,我々の文化・社会・ が14位,科学的活用能力が2位,問題解決能力(今 歴史・自然などさまざま考えられる。枠組みは単 回から実施)は4位,という結果が示され,2000年 独で存在するのではなく,相互に関係し合っても の同調査と比べ,学力低下に関する多くの論議を いる。ここでは,親・教師が学習の枠組みを子ど 呼んだ。そのとき関心を引いたのは,フィンラン も達が理解できる形で明示し,自分たちのやって ドがそれぞれの部門で2,1,1,3位という好成績を上 いる学習の意味を分からせた上で,勉強をさせる げていたことであった。筆者もフィンランドの教 のである。子ども達にとって,ストレスの少ない 育事情に関する報告をいくつか読んでみた。そこ 方法ではあるが,親・教師の側に文化・社会・歴 で目についたのは,当地ではまずなぜ勉強するの 史・自然などに対する深い理解と知識がなければ, かという枠組みを明示することにより,子どもに 成り立たない方法でもある。 学ぶ意義を見つけさせ,内発的動機づけを高めて おわりに 昨年末, 「OECD生徒の学習到達度調査」 (P I SA から学習に取り組ませていることだった。これが フィンランドの子どもがPI SA2003で好結果を生 んだ要因の1つになっていると筆者には思われる。 25 4 子どもの生活習慣 家庭の「人間形成力」の回復を考える 横浜国立大学教授 高橋 勝 1946年生まれ。人間形成論,教育人間 学専攻。教育哲学会常任理事,横浜国 立大学附属横浜小学校長,横浜市次世 代育成推進協議会会長などを歴任。 「関 係」「空間」「自己生成」をキーワード に,子どもが大人になること,自己形 成することの意味を人間学的に研究し ている。主著は『文化変容のなかの子 ども』 (東信堂), 『学校のパラダイム転 換』, 『子どもの自己形成空間』 (川島書 店), 『作業学校の理論』 (明治図書)など。 はじめに 家庭という共同体自体が育んできた土壌の豊かな 養分が枯渇してしまったのではないかという危機 青少年の事件が起こるたびに,家庭の「教育力」 感が全く欠落している。子どもが育つ家庭という が低下したのではないか,という議論がマスコミ 土壌は,実は地域社会の土壌に深くつながってお では繰り返される。親は,仕事にばかり専念しな り,家庭は地域からさまざまな養分を補給されて いで,もっと自分の子どものしつけや教育の責任 きたが,現代はその補給路が途切れつつある状況 を果たすべきだというトーンが,近年では高まり なのではないかと筆者は考えている。本稿では, を見せている。 この問題を考えてみたい。 ここでは,原因と結果を1本の糸で結びつけ, 子どもの問題行動の原因を,学校や家庭の「教育 1.家庭の諸機能の放出と外注化 力」の低下に求めたいとする因果論的思考が強く 1970年代以降,農村型共同体がすっかり崩壊し はたらいている。いわゆる犯人さがしの思考であ て,都市型の消費社会が出現してきたが,消費社 る。子どもの問題行動の原因を,教師や親の「教 会における家庭は,一緒に住むだけで子どもを一 育力」の低下という犯人に結びつけることができ 人前に育て上げるという 「無意識的な人間形成力」 れば,これほど簡単なことはない。子どもが引き をほとんど喪失しかけた集団であることを,まず 起こす問題の不気味さや不可解さが解消されて, 自覚しておく必要がある。 大人たちは,ひとまず胸をなで下ろすことができ 農村型共同体における大家族には,実に多種多 るからである。 様な機能が含まれていた。労働,福祉,防災,医 しかし,はたしてそうなのだろうか。家庭の親 療,教育,コミュニケーション,疲労回復,愛情 がしっかりと子どもを教育し,学校の教師がしっ と生殖,情緒的安定など,考えられるありとあら かりと教育していない結果として,子どもの諸問 ゆる機能を大家族が担っていたのである。その背 題が発生するのだろうか。 景には,地縁・血縁からなる地域共同体の支えが ここには,AがBを教育するという「意図的な しっかりしていたからに他ならない。家庭は,地 教育」行為ばかりに眼が向けられて,地域社会や 域共同体から孤立してはいなかった。むしろ家庭 26 は,つねに地域共同体という生命体の一部として するために,夫婦と姉弟は,小さな摩擦はありな 生き続けてきた。 がらも同じ夢に向かって生活していた。 ところが,都市型社会に至る家族の歴史は,そ ところが,いざ一戸建ての家を購入し,家族の れらの機能を一つひとつ外部に放出し,いわば諸 それぞれが個室と自由とを手に入れたその瞬間か 機能を「外注化」してきた歴史であると言えない ら,家族の関係はゆるみ,絆が次第にほどけてい ことはない。労働機能は会社へ,防犯・防災機能 く。父親はローンの返済に追われて,残業を繰り は警察や消防署へ,医療機能は病院へ,福祉機能 かえす日々。母親も家計のためにとパートに出て は各種の福祉施設へ,そして教育機能は幼稚園や 働くが,夫婦の会話も途切れがちで,ギスギスし 学校へと委託されてきた。現在では,出産と葬式 たものとなる。長女は,妻子ある上司と不倫関係 ですら,家庭でとり行われることはまれになって に陥り,弟は浪人して予備校に通ううちに,大学 きた。 進学への意欲が薄れて,無為な日々を送るように そう考えれば,いま家族に残された機能は結局 なる。 のところ,愛情と生殖,コミュニケーション,疲 こうして4人は,それぞれ家族には知られたく 労回復,情緒的安定などのメンタルな機能に限ら ない別々の悩みを1人で抱え込むようになる。1 れてしまっている現実も理解できるであろう。労 年が過ぎた夏の終わり,心がバラバラになった家 働・防犯・福祉・医療などの社会性や身体性に関 族に決定的な破局が襲う。大型台風が東京を襲い, わる機能が外部に放出された結果,家庭内から仕 多摩川の水が増水して堤防が決壊し,激流が民家 事・防犯・福祉・医療などの人間生活の重要な部 を呑み込む。家族みんなの夢を託したマイホーム 分が消え去ってしまったのである。いまや家庭は, が,みるみる下流へと押し流されていく。残され 子どもが大人になるために必要な人間生活の諸文 たのは,家が流される寸前に,2階から持ち出し 化を伝承する場ではなくなり,単なるメンタルな た1冊のアルバムだけであった。新居に引っ越し 結びつきの場に過ぎないものとなった感がある。 てきた1年前に,玄関先で撮った家族4人の希望 しかも,その結びつきすらも緩みはじめている。 に満ち溢れた写真だけが残される。 脚本家山田太一の「岸辺のアルバム」がテレビ このドラマが1977年に放映されたというのは, で放映されたのは,1977年のことである。このテ 象徴的である。ちょうどこの頃に,高度経済成長 レビドラマは,家族関係の変貌を見事に描き出し の時代と生産の時代が終わりを告げ,消費生活化 て当時話題となった。あらすじはこうである。そ の浸透とともに家族の絆の崩壊のきざしが見えは れまでは,狭い団地に住んでいた中年夫婦の4人 じめたからである。かつて家庭にあった肥沃な養 家族が,長男の大学受験や長女の就職をきっかけ 分は,現在ではすっかり枯渇して,家庭はメンタ に,子どもたちに個室を与えるべく,ローンを組 ルな安定すらもおぼつかない状態になりかけてい んで2階屋の一戸建てを購入する。そこは多摩川 るように見える。消費生活化,情報化とネット社 の岸辺にあった。団地に住んでいた頃の家族は, 会化は,こうした家族の孤立化にますます拍車を 一戸建ての家を購入するという1つの目的を実現 かけてきた。 27 4 子どもの生活習慣 家庭の「人間形成力」の回復を考える 2.無意識的な人間形成機能の衰弱 の群れに加わって,仲間どうしの切磋琢磨をした ことは,話に残っているだけでなく,今もまだ続 前近代社会においては,子どもは地域共同体の いている土地も少なくありません。当世のお母様 なかで育てられた。日本の民俗学は,かつての子 は目をまるくしてしまうでしょうが,人を成人に 育てが地域共同体の人々の共同の営みであったと する大切な知識の中には,家では与えることので いう事実を,丁寧に掘り起こしてきた。例えば, きぬものが実はいくつもありました。そういう点 こ 大藤ゆき『児やらい―産育の民俗―』 (岩崎美術社 については,世間が教育し,また本人が自分の責 1968年)では,村に生まれた子どもは,村人の手 任で修養したのであります。 」 (旧仮名遣いは,新 により,様々な祝い事,行事,儀式などを潜り抜 仮名遣いに変更。前掲書2∼3頁) ける営みのなかで,一人前の大人にまで成長して この短い文章の中で,柳田國男は,いくつもの いったという事実が,日本各地の豊富な事例を通 重要な視点をさりげなく述べている。 して語られている。本書に寄せた序文「四鳥の別 第1に, 日本各地に残る 「児やらい」 の習俗は, 親 れ」の中で,柳田國男はこう述べている。 が子どもを「前に立って引っ張って行こうとす 「ヤライは少なくとも後から追いたてまた突き る」今日の教育とは全く逆であって,むしろ子ど 出すことでありまして,ちょうど今日の教育とい もを前面に押し立て,前に「突き出す」かたちで うものの,前に立って引っ張って行こうとするの 行われた育児であり,人間形成であったこと。第 とは,まるで正反対の方法であったと思われるか 2に,子どもたちは,男女を問わず15歳にもなれ らであります。人を人並にして人生へ送り出す期 ば,親の手を離れて「それぞれの群れに加わって, 限は,もとは御承知のとおり思い切って早いもの 仲間どうしの切磋琢磨」を通して,大人になるた でした。男も娘の子も15になると,もうそれぞれ めの技量を積んだということ。第3に,人間形成 では, 「家では与えることのできぬものが実はいく つもあり」 ,そういう点については, 「世間が教育 し,また本人が自分の責任で修養した」という事 実の指摘である。 ここで柳田は,私たちが現在考えるような「意 識的な教育」を語ってはいない。 「教育」とは, 〈教師―生徒〉関係がモデルで,教師は様々な技 術を駆使して,生徒の諸能力を引き出し,社会性 を意図的に訓練する。それは,明らかに〈タテの 関係〉である。ところが, 「児やらい」の習俗は, 子ども世代に対して,親だけでなく,地縁・血縁 関係からなる共同体の大人たち,そして年長,年 「一人前の大人」が育まれた「児やらい」 28 少の子どもたちが関わる営みである。ここには, 明らかに〈ヨコとナナメの関係〉が織り込まれて 師―生徒〉関係と同じように, 〈親−子〉関係とい いる。それは意識的な働きかけというよりも,四 う〈タテの関係〉で,子どものしつけや徳育が行 季折々の行事や儀式のなかに自然に埋め込まれた われる。いわゆる「教育家族」 (アリエス)の誕生 ものであり,村の年中行事や儀礼の意識せざる結 である。 果として,村の子育てが行われてきたという事実 しかし,そうなると,それまで家庭が無意識的 を物語っている。 に果たしていた人間形成機能がますます衰退して こうした「無意識的な子育ての働き」を,筆者 いく。子どもは,家庭でも勉強部屋をあてがわれ は「意識的な教育」とは区別して, 「人間形成」機 て,学校的なしつけを受ける。頭のよい子,賢い 能と呼んでおきたい。前近代社会においては,地 子を育てるためには,6歳からでは遅すぎる。幼 域共同体の仕事・祭り・行事・儀礼の中に,子ど 児期からの早期教育が必要である。いや,胎児の もを「一人前の大人」にまで育て上げる無意識的 段階から音楽による情操教育が必要だというよう な「人間形成」の機能が豊かに埋め込まれていた に,家庭の中に学校的価値が侵入し,親たちの意 のである。 識も「学校化」される状況が生まれる。 3.「教育する家庭」には見えないもの ここでは,共同生活者としての子ども,仲間集 団の中で社会化される子どもという,子どもの仕 前近代社会においては,日常生活の中に人間形 事,社会性,対人関係の側面がスッポリと抜け落 成機能が仕組まれており,親がとりたてて子ども ちた「しつけや教育」が行われてしまう。 の「教育」に思い悩むことは少なかった。その理 家族とは,もともと生活共同体であって,衣食 由は,柳田國男も言うように, 「人を人並にして人 住を共に過ごすための最小の単位である。互いに 生へ送り出す」ことが子育ての主眼であって, 「人 助け合いながら生活していく場が家庭である。そ 並み」以上のことを,親は子どもに期待しなかっ の意味では,まさに家庭こそが,子どもの仕事や たからである。よく働き,地域の村人と交流し, 社会性を育てる母体であるはずである。ところが, 高齢者を介護するという生活を送ること自体が, 核家族化と少子化の進行により,日本の1世帯の そのまま子どもの人間形成となった。 「子どもは親 平均は2.61人で3人を大きく割り込み,1人の女性 の後姿を見て育つ」ということわざは,こうした が生涯に産む子どもの数(合計特殊出生率)も全 文脈の中で使われて,はじめて意味をもつ。 国平均で1.28人で,いずれも過去最低の数値とな これに対して,近代社会においては,農村型共 った(厚生労働省2005年6月発表)。家庭が,子ど 同体は崩壊し,地域共同体の豊かな人間形成機能 もの仕事の力や社会性を育む場としては機能しな が不全状態に陥る。教育は,学校という意図的な くなる現状が,この数字からもうかがえる。 教育機関で行われ,しつけや徳育は家庭で行うと 「教育する家庭」で見えなくなるものは,仕事 いう分業の時代に入る。そうなると,経済的に余 の力や社会性ばかりではない。家庭という空間を 裕のある中産階層では,子どものしつけと徳育に 流れるゆったりとした時間や冗長性が消えてしま 格別の意識を払うようになる。学校における〈教 うことである。いま家庭に残された機能は,愛情 29 4 子どもの生活習慣 家庭の「人間形成力」の回復を考える と生殖,疲労回復,情緒的安定などのメンタルな 機能に限られてきたという点はすでに述べたが, 「教育する家庭」では,こうした情緒的な安定の 場すらも放出されかねない状況にある。 4.家庭 ― 子どもの居場所と巣立ちの場 親子が,共に食べ,共に働き,共に笑い,共に 語り,共に眠るという日常性を生きることそのも のが,実は最も大切なことなのではないか。日本 がまだ貧しかった高度経済成長期以前の時代には, 親子は「貧しさ」という共通の困難に立ち向かっ てきた。 「岸辺のアルバム」に描かれたように,一 戸建ての家を購入するために,夫婦ばかりでなく, 「おはよう」と問いかけると,次男は「アー,今 日は頭が痛い」 。もう午後2時過ぎだ。彼が高校を 中退したのは3年の3学期。趣味は音楽で,中学の ときに買い与えたギターを上手に弾く。数学の出来 るこの子を,私は数学者にしたいと考えていた。 確かに私は,彼に一度も勉強しろと言ったことが ない。カウンセリングでは,「育て方に原因がある わけではない」との言葉。 「今の子は30歳までが思春 期」と,そのとき知った。 一番困ったのは,「なぜ,おれを生んだのだ」と いう一言だった。思うに,全国で70万人近くいるニ ートは時代の落とし子だ。大学に行き,どんな仕事 に就いても,幸福になるとは限らない。僕と妻は腹 をくくった。この子が自信をつけ,自分の道を見出 すまで,何年たっても温かく見守ってやろうと。 (朝日新聞,2005年10月10日付) 子どもたちもまた自分にできることをして,親子 高校を3年で中退し,いまは学校にも通わず, が同じ視線で困難に立ち向かってきたのである。 就職もしていない,いわゆるニートの息子を,即 親子が視線を共有しながら,こうしたシンプル かず離れず見守ろうとする父親の心境が率直に語 な日常生活を送ることが何よりも大切である。し られている。こうした青年に対して,家庭では何 かし,子どもも思春期ともなれば,人はなぜ生き ができるのか。学校を辞め,仕事もする気になら るのか,なぜ働くのか,なぜ勉強するのか,とい ず,自暴自棄になって,「なぜ,おれを生んだの つ さいな った疑問に苛まされるようになる。その時は,親 だ」と親に当たる姿が眼に浮かぶ。現代の青年は, は自分にもそうした時期があったことを振り返り ただ働ければよいとは考えない。親に経済力があ (ref l ect i on),子どもと一緒に考え,自分なりの るからだ。ただ働くのではなく,自分にとって 答えを示せばよい。 「意味のある勉強や仕事」をしたいと考えている。 むろん社会は変わり,時代も変わる。親の答え 「意味があること」が重要なのだ。食べていくた が思春期の子どもたちの納得できる答えになると めに,ただ働くのではなく,自分の生きがいや意 は限らない。 「お父さんの考えは古い」という反発 味のある仕事を選びたいのだ。 を買う場面がいくらでもあるだろう。しかし,そ 既に述べたように,家庭は子どもに仕事の力や れはそれで構わない。問題は「答え」の中身では 社会性を育むには不十分な場所になりつつある。 ないからだ。子どもと一緒になって,親も必死に しかし,最低限子どもに生きる居場所を与え,巣 考えることが大切なことなのだ。最近の新聞記事 立ちを励ます場所であることは,昔も今も変わり に,次のような投書が載っていた。 「ニートの息子, はない。弱まった家庭の人間形成力を補強するため 温かく見守る」の小見出しで,投書者は56歳の父 には,地域社会の人間関係づくりや青少年の居場 親である。 所づくりへの行政的な支援が不可欠の課題である。 30 5 子どもの生活習慣 低下する子どもの体力 ―その要因と対策― 北海道教育大学教授 小澤 治夫 1949年静岡県生まれ。東京教育大学大 学院体育学研究科修了。筑波大学附属 駒場中・高等学校等で勤務した後, 2003年4月より現職。専門は,保健体 育科教育学・トレーニング科学・発育 発達学。 医学博士。日本発育発達学会 理事・編集委員,日本運動生理学会評 議員,文部科学省「子どもの体力向上 研究プロジェクト」代表。著書に『ト レーニングハンドブック』(朝倉書店) など多数。 こうした体力の低下は,身体活動の量と質とが 1.体力低下傾向とその要因 関係している。交通機関の発達による移動手段の 1964年来続けられたスポーツテストの結果を見 変化により生活上の活動量が減り,情報電子機器 ると,子どもの体力・運動能力は,1980年以降顕 の登場により産業が増え,外遊びが減少している。 著な低下傾向を示している(図1) 。しかし,背筋 近年は週5日制による授業時間数の減少から体育 力を体重当たりで見てみると,1965年以降,直線 の授業時間が減り,また楽しい体育授業に目を向 的に低下傾向の一途である(図2) 。つまり,1980 けすぎ,克服種目への取り組みを後退させ,達成 年までは発育スパートの早期化と身体の大型化に した喜びを教える授業も少なくなる傾向にある。 よる測定記録の伸びと見ることもできる。日本の 校外学習を初めとするさまざまな学校行事の縮小 子どもの体力は,昔は体が小柄ではあったものの 化,そして食事や休養などの生活の悪化による体 体力があり,最近は測定の絶対値においても低値 調不良,アレルギーの増大に見られるように環境 であり,また体が大きい割に体力が低いと見るこ 医学的健康問題の影響など,体力低下に関わる要 ともできる。 因は多岐にわたり複雑化している。 子どもの体力は低下している 12∼17歳男子の体力・運動能力の変動成分 3 ● 体力テスト 運動テスト ● 2 ● ● ● ● ● 主 1 成 分 0 得 ー1 点 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ー2 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ー3 year 64 69 74 79 84 89 94 図1 1980年頃を境に,年々低下する子どもの体力(西嶋1998) 31 5 子どもの生活習慣 低下する子どもの体力 指数 (kg) 2.6 背筋力指数(背筋力/体重) :17歳男子 :17歳女子 2.4 2.2 2 1.8 1.6 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 年代 図2 1965年以降年々低下する体重当たり背筋力(「子どものからだと心白書」2003年より筆者改変) 本稿では,これらの要因のうち,生活の悪化に 全国平均を下回り, 特に持久力の低下は著しい (図 焦点をあて,われわれの調査結果を紹介しつつ, 3) 。しかし, 保護者と教師を対象にした意識調査 こうした問題の解決に取り組んだ結果,体力の向 では,必ずしもそうした実態を実感しているわけ 上に成果を挙げた例を紹介しながら,最近の子ど ではなく,地方の子どもは体力があると思ってい もの体力低下問題について論じてみたい。 る保護者や教師が多い。 「歓声が上がり,賞讃の声 が湧き起こり,声援が送られ,教えあう」姿が見 2.体力低下傾向の地方と られる「雰囲気のよい,勢いのある授業」が行わ 保護者・教師の意識 れたとしても,調査結果からはどの学校でも十分 体力低下傾向は,大都市の問題と思われがちで な体力が得られているわけではなく,子どもも保 あるが,地方でも起きている。筆者の北海道でも, 護者も教師も,見落としがちな体力低下の要因が 子どもの体力低下は著しく,小・中・高校ともに 隠れていることに注意する必要がある。 全国との比較(小学校5年生 男子 ) 全国との比較(小学校5年生 女子 ) 52 52 51 51 50 50 49 49 48 48 47 47 46 46 45 身 長 体 重 握 力 上 体 長 座 反 復 横 シ ャ ト ル 5 0 m 立 ち 幅 ボ ー ル 得 点 45 身 長 体 重 握 力 上 体 長 座 反 復 横 シ ャ ト ル 5 0 m 立 ち 幅 ボ ー ル 得 点 図3 全国平均を下回る北海道の子どもの体力 男子は「握力」 「上体起こし」が上回っているが,他の6種目が下回ってお り,中でも「シャトルラン」は大きく下回っている。女子は, 「握力」以外はすべて下回っており,中でも「反復横とび」 「シ ャトルラン」が大きく下回っている。 32 (回) 80 男 子 女 子 70 東北全 京海国 A道 小B 小 60 50 40 30 20 10 0 4年 5年 6年 4年 5年 6年 図4 体力の高いA校と低いB校の20mシャトルランの結果 3.体力低下の一要因は生活にある 感じている子どもは少なく,学校で眠くなる子が 多く,学校に行きたくないことがあると思ってい 図4は,体力の高いA校と低いB校,そして全 る子どもの多いことが判明した(図6) 。 国平均を20mシャトルラン(持久力)について比 これは一例であるが,現在我々は小学校から高 較したものである。この両者を比較してみると, 校までの計20校,約5,000名の調査データから検証 A校に比べて体力の低いB校は,朝食の欠食率が 中であり,こうした傾向は学校により若干異なる 高く,暗くなってからの外出率も高い。さらに夜 ことはあっても,おおむね一致しており,体力低 更かしで起床時刻が遅く, 1日の歩数も少なく (図 下を引き起こしている要因の1つでありかつ大き 5) ,健康的な生活を送ろうとする意識も低い。そ なものは「生活の悪化」であることが推測される。 の結果,夜はなかなか寝つかれず,体調がよいと そこで以下に生活について詳しく述べたい。 (歩) 男 子 女 子 25000 20000 15000 10000 5000 0 東京A小 北海道B小 東京A小 北海道B小 図5 A校とB校での1日の総歩数 東京A小の平均歩数は16,241歩(測定日の天気は雨で気温24℃),北海道B小の平均歩 数は12,149歩(測定日の天気は晴れで気温13℃) 33 低下する子どもの体力 5 子どもの生活習慣 (%) 学校に行くのが嫌になることが“ある”と答えた子ども 東京A小……24.5% 北海道B小……45.3% 80 70 東北 京海 A道 小B 小 60 50 40 30 20 10 0 あ る な い 無回答 図6 A校とB校の通学意欲の比較 4.食生活上の問題点 摂取し,血糖値が高くなったまま帰宅するために, 自宅での夕食時に食欲がわかず,十分な夕食を摂 多くの調査報告からも,子どもの朝食の欠食は とらないという問題も生じている。 少なくないことが判明しており,中学生で約2割程 さらに,昼食でさえもコンビニで済ます人たち 度が欠食もしくは時々欠食している。近年,こう も多く,しかも食品選択の知識不足から体の発達 した欠食が,小学生ばかりか幼児にも見られるこ に好ましい食品が摂られていないことも問題の1 とが教育現場の調査でも散見されるようになって つである。家庭の弁当は優れた昼食ではあるが, きている。こうした傾向は,高校生・大学生・社 そうした昼食が次第に少なくなりつつある現代の 会人と年齢が長ずるにつれて強くなっていき,欠 子どもたちの生活環境を考えると,学校給食の必 食の比率は高まっている。しかも,朝食を摂った 要性がこれまでと異なった視点から見直されるこ としてもその内容は乏しく,パン1枚,牛乳1本 ととなっている。 といったものであったり,ご飯に味噌汁1杯とい ったもので,しっかり朝食を摂らないで学校に行 5.体の変調と通学意欲 く子どもも少なくない。そのため,栄養素別にそ こうした不適切な食生活に起因して,近年は貧 の充足率を見ても,どの項目も摂取量が不十分で, 血の青少年が増加している。前述した高校では, こうしたことも体の変調に影響していると考えら 酸素を運搬する働きを持ったヘモグロビンが,男 れる。 子の標準値を下回った生徒は4割を越えていた。ヘ また,中学生・高校生では学校帰りのコンビニ モグロビン値が標準値を下回らなくても,血清鉄 などでの買い食いが常習化しているが,そこで糖 や貯蔵鉄とも言われるフェリチンは少なく,いわ 質・塩分・脂質だけが多く,ビタミン・ミネラル・ ば鉄分の体内での貯金はほとんどないままに生活 タンパク質の少ないスナック菓子や清涼飲料水を している子どもも多い。こうした生徒を合わせる 34 38.0 37.5 朝食しっかり 体 37.0 温 36.5 ︵ ℃ ︶ 36.0 朝食抜き 35.5 35.0 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 時 刻 図7 朝食摂取の有無と直腸温による体温(鈴木) と,貧血の割合はほぼ6割にも達する。20年前に我 々の調査でも同様の傾向であり,しかも低体温の 々が行った同様の調査では,貧血の生徒はほとん 子どもの多くは,朝の通学意欲がわかないことが どゼロに近かったことを考えると,大きな変化を 判明している(図8)。 示しているといえる。こうした現象は,首都圏の 不登校や無気力をはじめとする最近の子どもた 保健所の調査でも報告されており,見逃すことの ちの問題には,こうした生活が影響する体の変調 できない実態といえよう。 も関与していると思われる。 鈴木らによれば,朝食を抜いた生活をしている 6.生活の変化と心の安定 と,1日中24時間通じて体温が低く,活力が上が らないままに1日を送るという (図7) 。その結果, 社会構造の変化とともに,日本人の生活は夜型 学校に行っても集中力がなく,授業中も眠ってし になってきている。コンビニやスーパーマーケッ まうことにつながる。鼓膜温や腋下温で行った我 トの深夜営業,I T関連作業による深夜作業など, 通学意欲あり 通学意欲なし どちらとも言えない 14.0% 30.8% 28.1% 23.1% 57.9% 46.2% 高体温グループ 低体温グループ 図8 通学意欲と体温 35 5 子どもの生活習慣 低下する子どもの体力 こうしたことに連関して就寝時刻は遅延化し,そ 統計的にも低く,体育の授業の欠席回数とも関連 れに伴って起床時刻も遅くなっているが,睡眠時 が認められた。 間は年々短縮化傾向にある。昨今の青少年は,夜 遅刻群と適正群を朝食の摂取状況(5段階)で比 遅くまで起きていて朝も遅くまで寝ていて,それ べてみると,遅刻群は朝食の摂取状況が悪い傾向 でいて6時間くらいしか睡眠をとっていない。 にあった。また,朝食の摂取状況と起床時の腋下 こうした生活は,単に睡眠不足による傾眠傾向 温,遅刻回数と午前の授業終了時の腋下温,睡眠 にとどまらず,精神の不安定にも波及する。成長 時間と通学意欲,排便回数と通学意欲にも相関が 期は身体の発育だけでなく,心の成長の面でも多 見られた。つまり,朝食を食べず低体温で通学意 様な経験が不可欠であることは言うまでもないが, 欲もわかないまま遅刻してくるような生活の生徒 こうした精神の不安定はそうした成長にもマイナ たちは,成績にもそうしたことが色濃く反映して スの影響を及ぼしかねない。 いるともいえよう。また体力と成績との関係も見 7.生活習慣と 学業成績・体力・健康との関連 られたことから,生活の乱れは体力の低下を引き 起こすだけでなく,成績にも影響するといえる。 子どもが持つ可能性を伸ばすために,生活習慣 近年,体力低下の問題だけでなく,児童・生徒 はきわめて重要であり,適切な生活が基礎にあっ の学力の低下傾向も報告されている。その原因は てこそ学力や体力の向上,あるいは気力の充実が 多様であり,低体力・低学力の子どもへの保健指 見込まれる。こうした生活づくりの中心は保健体 導方法の確立が急務である。生活習慣は子どもの 育科の保健や体育の授業,あるいは保健室による 発育発達上にも重要な要因であり,前述したよう 保健指導などであるが,1人の教師だけが取り組 に生活習慣が学力や体力などに関連していること むだけでなく,こうしたことに関心を持ち管理職 は,学校において経験的に語られ,指導されてい をはじめとする全教員が共通理解の下に取り組む る。しかし,生活習慣と学力との関連に関する報 必要がある。そこでこうした問題に取り組み,成 告は,ほとんどないのが現状である。そこで我々 果を上げた実践を次に紹介する。 は,生活習慣と学業成績および体力との関連性を 検討することを目的として研究を行ったところ, 8.学校体育の効果とその要因 さまざまなことが判明したので以下に紹介したい。 学校体育が機能することによって,子どもの心 遅刻は生活習慣の乱れを表す指標のひとつであ 身は十分に発達し,長い人生を豊かに送っていく り,この遅刻回数が10回未満の者(適正群)と20 ための基礎が形成される。その効果が現れるため 回以上の者(遅刻群)で学業成績を比較すると, に,体育授業は中心的役割を果たしている。そし 学年評定は10回未満の者が4.18±0.45,20回以上の てその機能が十分働くためには“意味のあること 群は3.57±0.66と遅刻群は有意に低値を示した。こ を,熱意をもって,上手に教える”ことのできる うした分析を大学入試の合格率にまで広げて行っ 教師の力量や高い学習性を有した教材が不可欠で てみると,やはり遅刻が多いグループは合格率が ある。しかし,それらだけで質の高い体育授業が 36 成立するわけではない。児童・生徒の身体条件や 生活行動,あるいは学校の体育施設・体育用具な 9.アクティブライフマネジメント ども影響している。また,学校では体育祭(運動 スポーツやトレーニングによる身体活動は,体 会) ・水泳大会・水泳初心者指導・遠泳・マラソン の筋肉や骨・血液を一時的に破壊する活動である。 大会・身体計測・体力テストなどの体育的行事や 例えば,激しい運動による物理的刺激や代謝産物 修学旅行・文化祭・音楽祭・校外学習などもあり, として生ずる乳酸などの生化学物質は,赤血球の こうした学校行事も子どもの心身の成長に大きな 破壊や骨のマイクロクラック(微細骨折) ,あるい かかわりをもっている。 は筋線維の損傷を引き起こす。したがって,身体 体力が低ければ,トレーニングを行えば体力は 活動の後には必ず適切な栄養摂取と休養をとって, 向上する。しかし,そうした体力の低い子どもが こうした組織の修復や強化をはかることが欠かせ 食事を摂らないで睡眠も不十分であると,その結 ない。そのためには,食事や休養の量だけでなく, 果,低体温であったり自律神経失調傾向であった そのタイミングや時間も重要である。また,通学 りして十分な体力を持ち合わせていないとしたら, 時間や学習時間,余暇時間の利用,心の安定感や そうしたトレーニングは効果を現さないばかりか, 達成感なども関わりの大きい要素である。こうし 子どもにとっては苦痛にさえなり,まるで体罰の た生活上の要素の適正化をはかることを,アクテ 様相さえ呈してくる。これは何も体力に限ったこ ィブライフマネジメントと呼ぶ。そしてこのライ とではなく,体力を学力や気力・意欲に,トレー フマネジメントに成功するかどうかが,体力向上, ニングを勉強や補習あるいは叱咤激励に置き換え 健康の増進,意欲の高まりの鍵を握っているとい ても同様である。 っても過言でない。 したがって,体力(学力・気力)に影響する要 因は単にトレーニングだけではない。子どもの健 10.食事・運動・休養のバランスのとり方 康状態や心の状態,家庭環境までも深いかかわり 朝食抜きの子どもは,24時間を通じて1日中体 を持っているのである。こうした要因がそれぞれ 温が低く,活力や意欲がわかない。したがって朝 に機能してこそ体力は上がり,また学校体育が機 食はきわめて重要である。朝食は糖質のご飯やパ 能するのである。我々はこうした考えのもとに, ンはもちろんのこと,タンパク質・ビタミン・ミ 保健体育の教師が学校で果たす役割は広義には総 ネラルも十分含んだ食事を摂る必要がある。ウェ 合的であり,狭義には身体を良好に保つ知識と技 イトトレーニングや激しいスポーツ活動の後は成 術を教え,豊かな人生の構築に貢献することであ 長ホルモンが分泌されるので,なるべく早いタイ ると考え,その具体的方法の1つを「アクティブ ミングで食事をすることが筋肉の強化の点からも ライフマネジメント」と呼んで学校教育現場で実 重要である。運動後,時間を空けずに食事をした 践してきた。 場合は,遅く食べた場合より筋肉や肝臓のグリコ 以下にその理論と実際を,データを示しながら ーゲンの回復が2倍も違う。また,夕食を遅く食べ 紹介したい。 ると翌日の血糖反応がにぶく力が出ない。 37 5 子どもの生活習慣 低下する子どもの体力 うした生活行動を適切にコントロールすることは 簡単なことではない。怠惰な生活・トレーニング 心地よい 疲労 不足・食生活の乱れ・寝不足など,私たちの生活 おいしい 食事 は乱れがちになる。これらを上手に管理するため 深く十分な 睡眠 力を 出し切る 1日の生活 学習・授業・ 部活動 に作られたものが,健康やスポーツライフの質を コントロールするための記録表「QCシート」で ある(表1) 。 目覚め すっきり このシートでは,トレーニングの内容,食事の 量,睡眠時間をはじめ多項目にわたって日常生活 体調良好 高い意欲 朝食 の内容を記録する。トレーニングについてはラン ニング3km,プッシュアップ(腕立て伏せ)50回 ×2セット,睡眠については7時間40分寝たら7+40 図9 ライフマネジメントの風車理論(小澤・西崎2003) と記録する。食事はしっかり食べた場合を「5」, 睡眠は体を休め成長ホルモンによるタンパク質 食べなかったときを「0」 ,調子は最高によいを の合成を促し,細胞の修復や成長を促進する重要 「5」,疲労状態はまったく疲れていない場合は「0」 な生活行動である。夏休みや冬休みなどの長期の などと記録していく。 休暇中や合宿のときには,午睡をとることも体を このシートを自分なりに記録し,生活のコント つくるために効果的な生活行動である。 ロールに役立てた子どもや学年あるいはスポーツ こうした生活が,風車の羽根のように回ってい QCシート 年 組 番 名前 くことが,体力・学力・気力の向上には欠かせな / / / / 月 日 い(図9)。 そして,この風車モデルに示した生活のどこに 目標 (月) (火) (水) (金) 天候 有酸素トレーニング 3km どのような風を送るかで,子どもの生活は決定す レジスタンス(プッシュアップ) 30回 トレーニング(シットアップ) 30回 るともいえる。朝食をしっかり食べるようになっ 〃 (スクワット) 50回 たために生活が回り始める場合もあれば,よい授 業によって子どもが生き生きとして回り始める場 〃 (その他:部活) ○ ストレッチング ○ 運動量(10ー0) 8 起床時刻 6:00 合もあるし,充実した部活動がきっかけの場合も 就寝時刻 23:00 睡眠時間 7時間 ある。 朝食(5−0) 4 昼食(5−0) 4 11.QCシート(Quality Control Sheet)で ライフマネジメント 夕食(5−0) 4 本日(昼間)の調子(5−0) 4 疲労状態(5−0) 1 大便の回数 1 風邪症状(5−0) 豊かな人生が保障されるためには,適切なトレ ーニング・食事・休養が欠かせない。しかし,こ 38 学習時間(時間+分) 0 2+30 表1 クオリティコントロールシート「QCシート」の例 QCシートを活用した生徒は成績がよい 65 1996年 1995年 60 活の送り方(ライフマネジメント)は,保健や体 育の授業で展開していくだけでなく,クラス・学 年・部活単位の保護者会で資料を用いてしっかり 伝える必要がある。また,職員会議や校内研修会 学 55 力 偏 50 差 値 45 でも積極的に紹介し,保健体育科以外の教員にも 理解してもらい,学校全体の共通理解を図って行 く必要がある。学級担任が自分のクラスでもこう したことを子どもたちに話し,学校が一丸となっ てひとつの方向に進み,勢いのあるよい雰囲気の 40 クラス・学校にしていかなければ,それぞれの体 35 QCシート 実施選手群 QCシート 不実施選手群 育活動は大きな効果を現さない。 著者がかつて勤務していた筑波大学附属駒場 図10 QCシート活用の有無と学力偏差値 中・高等学校は,中学校受験で心身ともに疲れ, のチームでは体力の伸びが高く,また学力も高い 体力は全国的に見ても著しく劣る子どもたちの集 ことが判明している(図10) 。 まりであったが,こうした取り組みによって,食 12.アクティブライフマネジメントに 取り組み,成功した学校の例 以上,解説したような科学的事実に基づいた生 事・運動・休養の生活が改善されて身体機能も高 まり,体力の回復向上だけでなく,学力や気力は ますます充実し,ライフマネジメントに成功した 学校のひとつである(図11)。 60 1500m/T- score 55 50 全国平均 45 40 35 30 12 13 14 15 16 17 歳 図11 生活の立て直しを図った学校の体力の伸び(17歳で部活をやめるため少し低下) 39 6 子どもの生活習慣 子どもの生活習慣病 ―生活習慣病の成り立ちとメタボリック症候群― 小林医院院長 小林 靖幸 昭和35年千葉県市川市生まれ。山梨医 科大学医学部卒業後,千葉大学小児科 学教室にて研修および研究生活。平成 9年に千葉大学医学部博士課程修了。 専門は小児内分泌。平成10年小児科・ 内科診療所開業。平成11年より市川市 医師会常任理事就任(学校保健担当)。 市川市生活習慣病検診委員会委員長。 平成14年度千葉県医師会学術奨励賞受 賞(小児生活習慣病予防検診報告)。 はじめに 類はかつて幾度も飢餓の時代に遭遇してきました。 獲物や農作物がとれず,あまり十分な食物がない 糖尿病や高血圧症・癌・心臓病・脳卒中は,か 飢餓の時代では,脂肪細胞のいくつかの遺伝子は, つて成人がかかる病気とされ, 「成人病」といわれ 少ないエネルギーを無駄に使わない 「倹約遺伝子」 てきましたが,子どもでも小児期からの悪い習慣 に変異して現在に至っています。この倹約遺伝子 でこれらの病気になることから,「生活習慣病 を持っている人は飽食の時代である現代において (l i festy l ere l atedd i sease)」とされました。 は,エネルギーを使わなくなるため,身体に余分 小児期からの生活習慣で,糖尿病・高血圧症・高 なエネルギーが脂肪分として蓄積され,肥満にな 脂血症のリスクを持ち,その発症・進展に関わる りやすい体質となってしまいます。同じ遺伝子で ことがわかっています。また,10歳頃より動脈硬 すが,飽食の現代ではいわゆる肥満遺伝子となる 化が始まっていることもわかってきました。 わけです。 では生活習慣病は,どのようにして発症・進展 なお,世界で最も肥満の多い民族は,アメリカ するのでしょうか。以前は,肥満や体質および生 原住民のピマ・インディアンといわれていますが, 活習慣が関与することは統計的なものからわかっ この原因として倹約遺伝子の寄与があることがわ ていましたが,最近の医学の進歩によって,遺伝 かっています。 子レベル・分子レベルで生活習慣病の成り立ちが さて最近,生活習慣病の中でも肥満・高脂血症・ わかってきました。特に,単なる脂肪の貯蔵庫と 高血圧症および糖尿病は,たとえ軽症であっても, されていた脂肪細胞は,様々な生理活性物質(ア 1人の個人にこれらの疾患が重複しますと,イン ディポサイトカイン)を分泌し,体内の代謝を調 スリンが効かない状態(インスリン抵抗性)にな 節している最大の組織であることがわかってきま り,急速に動脈硬化を進展させます。そしてこの した。この脂肪細胞の代謝のメカニズムから,生 病態を放置しますと,狭心症や心筋梗塞の虚血性 活習慣病を説明いたします。 心疾患や脳卒中を引き起こしやすいことがわかっ さらに,太りやすい体質も遺伝子レベルでわか てきました。この動脈硬化を起こしやすいリスク ってきました。すなわち, 「肥満遺伝子」です。人 のある病態をメタボリック症候群(metabo l i c 40 6 ×10 台 kcal g 50 車の保有台数 20 2,200 14 平均カロリー摂取量 10 12 30 8 6 10 脂質摂取量 2,000 8 6 4 4 糖尿病有病率 2 2 0 1950 1955 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1992 year 図1 我が国における糖尿病有病率と平均カロリー摂取量・脂肪摂取量および自動車保有台数の推移(文献1より引用) 0 1,800 20 synd rome)と名付けました。すなわち,メタボ 脈硬化性疾患,すなわち生活習慣病の‘なれの果 リック症候群の本体はインスリン抵抗性であり, て’によって死亡しています。 動脈硬化を進展させるリスクのある状態です。 日本人の生活スタイルは,食生活ではエネルギ メタボリック症候群は,それぞれのリスクがそ ー摂取量は減少しているものの,欧米並みに脂肪 のままですと他のリスクも惹起され,インスリン 摂取量が多くなる傾向になってきました。それと 抵抗性を基盤とする病態はさらに悪化し,新たな ともに,糖尿病の有病率は上昇傾向にあります。 合併症を併発して高血圧症・高脂血症,続いて糖 食生活と生活習慣病が深く関わっていることがわ 尿病さらには虚血性心疾患・脳梗塞へと倒れ込み かります(図1) 。 ながら進んでいくことから,メタボリック・ドミ ノ (p.44参照)といわれています。 生活習慣病のキーワードは? 生活習慣病の進展を阻止するためには,メタボ 生活習慣病を理解する上でキーワードとなるも リック・ドミノの上流で,悪化した病態を止めな のは,内臓脂肪型肥満・脂肪細胞・動脈硬化・イ ければなりません。メタボリック・ドミノのもっ ンスリン抵抗性そしてメタボリック症候群および とも上流が小児期からの生活習慣であり,次の段 メタボリック・ドミノです。これらのうちのいく 階が肥満です。将来の生活習慣病を阻止するには, つかは,次ページからの[資料]で説明します。 小児期段階での生活習慣病に対する教育と生活習 慣の是正が大切なのは言うまでもありません。 日本人の死亡原因 太りやすい体質ってあるの? ずばり, 「太りやすい体質」はあります。倹約遺 伝子を持っている人です。倹約遺伝子によりあま 脳梗塞・脳出血などの脳血管疾患と心筋梗塞な り食べなくても,脂肪としてエネルギーが貯まり どの虚血性心疾患は,現在でも日本人の死因の2 やすいのです。こうした倹約遺伝子の主役はβ3 位,3位を占めており,3人に1人はこうした動 アドレナリン受容体とUCP_1およびアディポネ 41 6 子どもの生活習慣 子どもの生活習慣病 クチンの遺伝子変異です。日本人ではβ3アドレナ ー過剰状態では内臓脂肪型の肥満となり,脂肪細 リン受容体の遺伝子変異は3人に1人,UCP_1の 胞は肥大化し,数も増えます(p.46資料Ⅴ) 。肥大 遺伝子変異は4人に1人,アディポネクチンの遺 化した脂肪細胞はレプチンの作用は低下し,エネ 伝子変異は2人に1人が持っており,これらの変 ルギー過剰状態においても視床下部に働かず,食 異により脂肪代謝の活性が低下し,これらを持っ 欲は低下しません。また,抗糖尿病作用(血糖を ている人はエネルギーを蓄積しやすいいわゆるエ 下げる作用) ,抗動脈硬化作用(動脈硬化を防ぐ作 コノミー代謝であり,遺伝子変異を持っていない 用)のある善玉のアディポネクチンの分泌も低下 人より太りやすい体質なのです。これらのうち, し,エネルギー過多となっても,エネルギーを燃 どの遺伝子多型の組み合わせを持っているかによ 焼しなくなります。さらに,大型脂肪細胞は悪玉 って,p.47資料Ⅵのように基礎代謝の倹約度が変 アディポサイトカインであるPAI_1やTNF_αを わってくるのです。日本人には,欧米人よりこう 多く分泌するようになります。 した倹約遺伝子を持っている人が多く,欧米人と 一方,脂肪細胞から出てきた過剰の遊離脂肪酸 同じ食生活をしていると,欧米人より太りやすく, は肝臓や骨格筋での糖代謝・脂質代謝の効率を低 インスリン抵抗性を生じやすくなります。 下させてしまいます。 どうして太るといけないの? こうした状況では,インスリン抵抗性が増大す るため,糖尿病・高脂血症や高血圧症を引き起こ では,どうして太るとよくないのでしょうか。 したり動脈硬化が進展しやすくなります。ですか その答えの前に,インスリンとインスリン抵抗性 ら太ることは,メタボリック症候群・生活習慣病 についてp.47「資料」で示しておきます。 の引き金あるいは進展させる重要な因子なのです。 太ることはエネルギー過剰状態です。エネルギ 脂肪細胞の役割 資料 Ⅰ 褐色脂肪細胞のβ3アドレナリン受容体(文献2より改変) 脂肪細胞は,中性脂肪を蓄積してエネルギーを貯蔵する のみでなく,様々な生理活性物質(アディポサイトカイン) 褐色脂肪細胞の働き 脂 肪 を分泌して脂質代謝を調節する白色脂肪細胞と,白色細胞 や交感神経からのシグナルにより遊離脂肪酸を分解して熱 リバーゼ活性化 産生し,エネルギーを消費する褐色脂肪細胞があります。 ミトコンドリア 脂肪酸 脂肪細胞 β3アドレナリン受容体:脂肪細胞の玄関 ノルアドレナリン が熱産生をする機序は,まず,交感神経からの刺激を受け 燃 焼 ます。その刺激の受け皿として脂肪細胞の表面にあるアド H+ β3アドレナリン受容体 アシルCoA レナリン受容体という玄関があります。ノルエピネフリン などのカテコールアミンは,β3アドレナリン受容体に結 UCP-1 合することにより,交感神経からの刺激を受けて脂肪細胞 H+ に働きます。刺激を受けた白色細胞では中性脂肪が遊離脂 肪酸とグリセロールに分解され,これらが血中に放出されます。同様の刺激により褐色脂肪細胞では,細胞内に中性脂肪か ら分解してできたグリセロールや血中に放出されたグリセロールを脂肪細胞内のミトコンドリアに取り込み,熱産生して熱 エネルギーに分解します。このように脂肪細胞は,交感神経の刺激をβ3アドレナリン受容体で受けて蓄えられた脂肪細胞 内の中性脂肪を分解して熱産生するのです。 42 メタボリック症候群 が上がります。 このように,インスリン抵抗性亢進により,複 脳血管疾患や虚血性心疾患の原因である動脈硬 数の動脈硬化危険因子が惹起され,動脈硬化が促 化性心血管病は,肥満・耐糖能異常・高血圧症・ 進します。すなわち,メタボリック症候群の本態 高脂血症などの生活習慣病です。これらの危険因 は内臓脂肪型肥満とインスリン抵抗性といえます。 子が同じ人に重積すると,動脈硬化の発症はきわ 40 危険因子 めて高率となり,進展も早くなります。特に,虚 血性心疾患のリスクは,危険因子が増えるほど急 激に増加することがわかっています (文献5 図2) 。 メタボリック症候群における危険因子重複の成 因的基盤をなすものとして, 「インスリン抵抗性」 の亢進があげられます(文献6,文献7) 。骨格筋 30 31.3 高BMI 高血圧 高血糖 高トリグリセルド血症 オ ッ ズ 20 比 や脂肪細胞・血管内皮細胞などではインスリン抵 抗性が生じやすく,糖処理能力の低下,脂質代謝 9.7 10 5.1 異常,血管弛緩反応低下が見られます。これに対 1.0 して,腎臓や血管平滑筋細胞では比較的インスリ ン感受性が比較的保たれるため,高インスリン血 症により,これらの臓器ではむしろインスリン作 用が増強する状態となり,尿細管でのNaの再吸収 0 0 1 2 3∼4 危険因子の保有数 図2 危険因子の有効数と虚血性心疾患発症のリスク (厚生労働省作業関連疾患総合対策研究班の調査より) の増加や,血管平滑筋の細胞増殖亢進により血圧 アディポサイトカイン:脂肪細胞から分泌される生理 脂肪細胞は代謝を調節するために,アディポ 活性物質 資料 Ⅱ 白色脂肪細胞とアディポネクチン サイトカインといわれるさまざまな生活活性物質を分泌し て,エネルギーを蓄えたり利用したりします。 白色脂肪細胞の働き 脂肪細胞 脂肪細胞は小型でいる際には,後に述べるような善玉の レプチンやアディポネクチンを分泌し,過剰のエネルギー 蓄積を抑制し,人間の体のエネルギーを調節する際に大事 アディポネクチン な役割をします。しかし,内臓脂肪型肥満となった状態で は,脂肪細胞は大型になり,悪玉のアディポサイトカイン であるPAI_1(p l asmi nogenact i vatori nh i b i tor1)と レプチン TNF_α(tumornecros i sfactor_α)などを分泌して インスリンが効かなくなる状態(インスリン抵抗性)を招 いて,動脈硬化を促進してしまいます。つまり,脂肪細胞 は小さいうちは善玉のアディポサイトカインを分泌して, 糖代謝や脂質代謝を調節し,内臓脂肪型肥満になり,脂肪 細胞が大きくなると悪玉のアディポサイトカインを分泌し て,糖代謝や脂質代謝に悪影響を及ぼし,糖代謝異常・脂質代謝異常・高血圧および動脈硬化を引き起こしてしまいます。 43 6 子どもの生活習慣 子どもの生活習慣病 メタボリック・ドミノと動脈硬化 生活習慣 肥満 遺 伝・ インスリン 抵抗性 食後 血糖値 高血圧 高脂血症 脂肪肝 体 質 糖尿病 マクロ アンギオ バチー インスリン 分泌不全 ミクロ アンギオ バチー 網膜症 腎症 透析 失明 ASO 神経症 起立性低血圧 ED 下肢切断 脳血管障害 脳卒中 虚血性心疾患 痴呆 心不全 図3 メタボリック・ドミノ 同一の人にとっては時系列的に生活習慣病が発 やインスリン抵抗性が惹起されます。その後も同 症し進展することにより,動脈硬化が進行します 様の生活習慣が続けられると,脂肪肝・高脂血症・ (文献9)。つまり,生活習慣病を発症しやすい体 高血圧症といった生活習慣病が発症します。さら 質(遺伝素因)があり,健康にとって負の生活習 に,同様の生活習慣により,インスリン抵抗性が 慣の負荷が加わり,それが引き金となって,肥満 増悪,糖尿病が加わります。これらはまた,ます 善玉のアディポサイトカインの1つが,レプチンというホルモンです。レプ レプチン:善玉のアディポサイトカイン チンは食欲中枢である視床下部に働き,エネルギー過多の際には食欲を低下させます。視床下部―交感神経系を介して,骨 格筋・心臓・褐色細胞でのグルコースの利用を促進します。また,骨格筋に直接働き,脂肪酸化を促進する作用もあります。 さらに,肝臓に働いて余剰のグルコースを処理する働きもあることがわかってきました。このようにレプチンは脂肪細胞か ら分泌され,いくつかの経路で摂食抑制と余剰のエネルギーを消費亢進しているのです。 資料 Ⅲ レプチンの多彩な生物作用(文献3より引用) レプチン受容体 視床下部 交感神経活動亢進 骨格筋 下垂体 摂食抑制 エネルギー消費増大 神経内分泌調節 Ob-R 肥満制御 肝 膵 44 造血系 レプチン 生殖器官 脂肪細胞 ます動脈硬化を進展させ,こうしてドミノは加速 惹起する生理活性物質(アディポサイトカイン) し,動脈硬化はさらに進行し,やがては脳血管障 を分泌し,動脈硬化を発症・進展させ,メタボリ 害・虚血性心疾患・腎症をきたします。そして, ック・ドミノを起こすことにあります。子どもの 生活習慣病の終末像としては,ドミノが互いに押 将来の健康を考えた場合,いかに小児期からの日 し合いながら総崩れとなり,心不全・痴呆・失明 常の生活習慣が大切であり,肥満を予防すること など終末像を呈するようになります。これがメタ あるいは改善することが,生活習慣病・メタボリ ボリック・ドミノです。 ック症候群の発症あるいはメタボリック・ドミノ メタボリック・ドミノの治療は後になればなる の進展を阻止するのに重要かがわかってきたと思 ほどドミノの倒れるのが加速度を増すため,ドミ います。もう一度,子どもを取り巻いている生活 ノの進行を止める治療は大がかりとなります。し 習慣について見直すことが重要と思われます。 たがって,治療は早ければ早いほどよいのです。 小児期の食生活・運動やその他の生活習慣につ いて,私なりの考案を下記のように示します。 子どもの生活習慣を改善する 食生活においては 脂肪分の多い食生活と運動する機会の少なくな 1.空腹感を感じて食べる。 った現代では,子ども(小学生)の肥満率は20年 2.腹八分目に食べる。 前は3%でしたが,平成15年では12%と3∼4倍 3.いろいろなものを食べ,栄養素が不足しない ようにする。 と増加してきました。 肥満の本質は体脂肪を構成する脂肪細胞に余剰 4.油もの・甘いもの・ソフトドリンクは控える。 の中性脂肪が蓄積した状態で,さらに脂肪細胞が 5.野菜のような低カロリー食品はたっぷり摂る。 大型化し,数も増え,様々なインスリン抵抗性を 6.朝食の欠食・夜食をやめる。 資料 Ⅳ アディポネクチンとTNF-αの作用(文献4より作図) TNF-α アディポネクチン 骨格筋 肝 臓 血 管 糖の取り込み↑ 脂肪酸燃焼 ↑ 脂肪酸燃焼 ↑ 脂肪蓄積抑制 抗炎症作用 アディポネクチンは小さな脂肪細胞から分泌され,エネルギー過剰 アディポネクチン:善玉のアディポサイトカイン により肝臓や骨格筋に蓄積した脂肪を燃やしたり,血中の遊離脂肪酸(FFA)の分解を促進したり,肝臓での糖の新生を抑 制して,エネルギーを利用してインスリン感受性の改善に寄与します。また,アディポネクチンはTNF_αの発現・分泌を抑 制して,動脈硬化の進展を抑える作用もあります。最近,アディポネクチンの遺伝的あるいは後天的な欠乏は,インスリン 抵抗性や動脈硬化を引き起こし,日本人の生活習慣病の主な原因と考えられています。 脂肪細胞が大型化しますと,悪玉のアディポサイトカインである PAI_1とTNF_α:悪玉のアディポサイトカイン PAI_1とTNF_αが多く分泌されるようになります。PAI_1は繊維素溶解の主な抑制因子(血をさらさらにしないようにする 因子)で動脈硬化を促進します。TNF_αはインスリン抵抗性に寄与し,動脈硬化促進や糖尿病を発症,増悪させる因子です。 45 6 子どもの生活習慣 子どもの生活習慣病 7.ゆっくり,味わって食べる。なるべく,家族 団らんで楽しく。 8.甘いお菓子などは,目の届かないところへ保 管する。 生活習慣病の予防検診 市川市では,平成13年度から15年度にかけて市 内公立3小学校の生活習慣病予防検診を行いまし 9.間食は量と食材料を決めておく。 た。ここでわかったことは,肥満の児童は家族で 10.塾に行く日には早めに夕食をとり,帰宅時に 食事をする傾向が肥満のない子どもに比べて低く, は夜食を多くとらないようにする。 また早食い傾向だったことです(図4,5) 。 以上は,神奈川県立保健福祉大学栄養学科教授 家族で食事をする機会が少ないことと肥満とは 中村丁次先生の「正しい減量法10か条」を小児用 どういう関係があるのでしょうか。おそらく,1 に改変しました。 人で食事をすることは,早食い,テレビを観なが 運動については ら好きなものだけ食べる,夜食になることが多く 1.学校の休み時間は校庭で体いっぱいに動かす なるなどの傾向になるのではないでしょうか。 遊びをする。 こうした児童に生活習慣病に対する専門医師に 2.テレビ鑑賞・テレビゲーム・インターネット など時間を決めて行う。 よる講演と個人指導,管理栄養士による栄養指導 を行ったところ,翌年の検診では未指導の児童よ 3.日曜日は外で遊ぶようにする。 り有意に肥満度が改善されたことがわかりました その他 (図6)。小児期における家族ぐるみの生活習慣病 早寝・早起きして,睡眠をしっかりとり,朝ご に対する指導は,有意義なものと判断しました。 飯には十分に時間をとれるようにする。 ただ,問題は生活習慣病に無関心で指導を受けよ うとしない家族(親)なのではないでしょうか。 これらの血中濃度は肥満指数であるBMI (Body MassI ndex)と正相関します。内臓脂肪型肥満にみられる数多くの肥大化 した脂肪細胞ではPAI_1やTNF_αを多く分泌して血栓形成を促進したり動脈硬化や糖尿病を悪化させます。これらはアディ ポネクチンがBMIと逆相関するのと相反します。 資料 Ⅴ 脂肪細胞の働き:内臓脂肪型肥満では悪玉アディポネクチン分泌増加 なぜ太るといけないの? TNF-α↑ (インスリン抵抗) アディポネクチン↓ アディポネクチン (エネルギー消費) HB-EGF↑ PAI -1↑ (動脈硬化) (血栓) レプチン 小型脂肪細胞 脂肪細胞 大型化 内臓脂肪型肥満 46 アンギテオン シノーゲン↑ レプチン抵抗性 毎日 週1∼2度 ↓ ↓ 夕食30分以上 夕食30分未満 ↓ ↓ ← 異常なし → なし ↓ ←高脂血症群→ ← 肥満群 → 0% 20% 40% 60% 80% 100% 0% 20% 40% 60% 80% 100% 図4 家族での食事 50.0 図5 夕食にかける時間 指導:・食生活・運動 について 45.0 肥 40.0 満 度 35.0 (%) 30.0 37.2 ■ ◆ 35.0 39.7 指導不参加 ■ ◆ 30.2 指導参加 25.0 20.0 13年度 14年度 ◆ 指導済み 35.0±12.6 30.2±6.0 ■ 指導未 37.2±18.0 39.7±6.3 図6 指導の有無による翌年の肥満度の比較 倹約遺伝子と肥満遺伝子:脂肪細胞の遺伝子多型 脂肪細胞は交感神経からのシグナル(伝達刺激)をβ3 アドレナリン受容体という玄関で受け止めて,その刺激 を脂肪細胞内のミトコンドリアにある脱共役タンパク質 であるUCP_1に伝え,これにより中性脂肪を遊離脂肪酸 資料 Ⅵ 脂肪細胞における遺伝子多型と倹約遺伝子(肥満遺伝子) (文献6より引用) 遺 伝 子 変 異 倹約遺伝子(肥満遺伝子) β3アドレナリン受容体の変異→1日200kcal→年間10kg とグリセロールに分解して,熱エネルギーに変えます。 ピマ・インディアン…………2人に1人 ピマ・インディアンや日本人には脂肪細胞のβ3アドレ 日本人…………………………3人に1人 ナリン受容体の遺伝子変異が多い頻度で見られました。 黒 人………………………………25% さらに,伝達物質であるUCP_1にも脂肪細胞の善玉のア 白 人……………………………… 8% ディポネクチンにおいても遺伝子の多型性があることが わかり,この中で生理活性の低い遺伝子変異(遺伝子多 型のひとつ)が倹約遺伝子であることもわかっています。 インスリンとインスリン抵抗性 ucp-1の変異→→→→→→→1日100kcal→ 年間5kg 日本人…………………………4人に1人 アディポネクチン 日本人………………………40%に低下 生活習慣病やメタボリック症候群はその本態として「インスリン抵 インスリン抵抗性の病態とはエネルギー過剰状態 抗性」があります。 47 6 子どもの生活習慣 子どもの生活習慣病 こうした知識の上で,生活習慣病あるいはメタボ おわりに リック症候群の発症・進展を防ぐため,もう一度 生活習慣病を中心に,脂肪細胞の働き,インス 日常の生活習慣を見直すこと(食育)が大切であ リン抵抗性,メタボリック症候群を説明し,倹約 ると思います。 遺伝子や小児の生活習慣についても言及しました。 生活習慣は,自分自身で築いていくもの! 【参考文献】 1.戸辺一之,根本成之,門脇孝:Med i a lPract i ce, 文光堂, 2004; 21: 1958_1979. 2.田川邦夫:MI NOPHAGEN MED I CALVI EW. ミノファーゲン製薬,2005; 50: 119_128. 3.小川佳宏:医学の歩み, 医歯薬出版, 2004_2006別冊; 39_41. 4.山内敏正,門脇孝:細胞工学, 秀潤社, 2005; 24: 4 56_461. 5.曽根博仁,水野佐智子,藤井仁美ほか:動脈硬化予防, メジカルビュー社, 2004; 3: 34_41. 6.Ear lS, WayneH:Acompar i sonofthepreva l enceofthe metabo l i csyndromeus i ngtwoproposeddef i n i t i ons. 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