− ヌーブラ不正競争防止法第2事件において、ヌーブラ第1事件(大阪 地

− ヌーブラ不正競争防止法第2事件において、ヌーブラ第1事件(大阪
地判平 16.9.13)と「模倣性」につき異なる判断が示された事案について −
21世紀知的財産研究会
(略称
担当
IPRI)
弁理士
小谷悦司
大阪地判平 17.9.8 最高裁ホームページ「知的財産権判決速報」より
論点
(1)
不正競争防止法2条1項3号の規定にいう「通常有する形態」について
(2)
同
「摸倣」について
(3) 不正競争防止法2条1項3号の規定に基づき、同法3条の差止請求、及び同
法4条の損害賠償請求の主体中に独占的輸入販売業者を含ましめることの可
否について
1.事件の概要
(1) Xは、米国法人Aの考案に係る肩ひもや横ベルト等身体に装着する部材がな
く、独立した2個のカップを直接乳房に貼りつける形で装用するタイプのブラ
ジャー(ストラップレス・バックレス・ブラジャー。商品名「ヌーブラ」。以
下、
「原告商品」という。)に関し、A社との間で日本国内における独占的販売
契約を締結し、平成15年2月1日より日本国内で販売を開始した。
(2)
Yは、平成16年5月1日以降、「Hello
Sticky」という商品
名のブラジャー(以下、「被告商品」という。
)を輸入し販売している。
(3) Xは、被告商品の販売を開始するやいなや大ヒットし、遅くとも平成15年
3月にはX商品は著名ないしは周知に至ったとし、Yに対して、
①
原告のブラジャーの形態は原告の出所を表示する商品表示として周知
性を有するところ、被告のブラジャーの形態は原告のブラジャーの形態
と類似し、原告の商品と混同を生じさせるおそれがある(不正競争防止
法2条1項1号)。
②
原告のブラジャーの形態は原告の出所を表示する商品表示として著名
性を有するところ、被告のブラジャーの形態は原告のブラジャーの形態
と類似している(同2号)
。
③
被告のブラジャーの形態は原告のブラジャーの形態を模倣したもので
1
ある(同3号)
。
と主張して、(ア)同法3条1項に基づき被告のブラジャーの輸入・販売の差止
め、(イ)同法3条2項に基づき被告のブラジャーの廃棄、(ウ)同法4条に基づ
き被告のブラジャーの販売によって平成16年5月1日から同年7月31日
までの間に原告が被った3億円の損害の賠償及びこれに対する遅延損害金の
支払を請求した事案である。
なお、Xは、先に、同種のストラップレス・バックレス・ブラジャーを輸入
し販売している他社に対し、不正競争防止法2条1項3号に基づく損害賠償請
求訴訟を提起し、金2670万円余の損害賠償金の支払いを認める勝訴判決を
同じ大阪地裁ではあるが異なる部において得ている(大阪地判平 16.9.13 平
成 15(ワ)第 8501 号の 2。以下、ヌーブラ第1事件という。)
。
2.争点と結論
(1)
不正競争防止法2条1項1号関係
ア
原告商品の形態は周知な商品表示か。
イ
被告商品は原告商品との混同を生じさせるおそれがあるか。
ウ
原告は「不正競争によって営業上の利益を侵害され,又は侵害されるお
それがある者」(同法3条),不正競争によって営業上の利益を侵害された
「他人」
(同法4条)に該当し,差止請求,廃棄請求及び損害賠償請求をな
し得る地位にあるか。
(2)
不正競争防止法2条1項2号関係
ア
原告商品の形態は著名な商品表示か。
イ
原告は「不正競争によって営業上の利益を侵害され,又は侵害されるお
それがある者」(同法3条),不正競争によって営業上の利益を侵害された
「他人」
(同法4条)に該当し,差止請求,廃棄請求及び損害賠償請求をな
し得る地位にあるか。
(3)
不正競争防止法2条1項3号関係
ア
原告商品の形態は同種の商品が通常有する形態か。
イ
被告商品の形態は原告商品の形態を模倣したものか。
ウ
原告は「不正競争によって営業上の利益を侵害され,又は侵害されるお
それがある者」(同法3条),不正競争によって営業上の利益を侵害された
「他人」
(同法4条)に該当し,差止請求,廃棄請求及び損害賠償請求をな
し得る地位にあるか。
(4)
損害額
本件訴訟は上記争点につき争われたが、判決では上記1号関係については原告商
品の日本販売直後から出現した多くの模倣品の販売事実の証拠に基づき、「原告商
品が日本で販売され、話題になっていったころから、類似品が出回り始め、原告商
2
品の最盛期となった平成15年夏の時点では類似品も増加し、並行輸入品も出回る
ようになり、同年末の時点ではそれらの売上量の方が原告商品の売上量を上回る状
態であったことからすると、原告商品の形態は、原告の出所を示す商品表示として
の周知性を獲得するより前に、多数の類似品及び並行輸入品が出回ったことにより、
商品形態のみで原告の出所を識別するだけの周知性を獲得するには至らなかった
と認めるのが相当である。
」とし、口頭弁論終結の時点で、
「原告商品の商品形態が、
原告の出所を表示する周知な商品表示であるとは認められない。」として請求棄却
した。
また、上記2号関係についても、上記1号関係における認定、説示の下、「原告
商品の商品形態が原告の出所を表示する著名な商品表示であるとは到底認められ
ないから、原告の不正競争防止法2条1項2号に基づく主張は、その余について判
断するまでもなく理由がない。
」として請求棄却した。
さらに、上記3号関係についても、3号の規定に基づく3条(差止請求)、及び
4条(損害賠償請求)の請求主体にXのような独占的な輸入販売業者を含めること
の可否を判断することなく、①X商品の形態が同種商品の通常有する形態か否か、
②X商品の形態は原告商品の形態を摸倣したものか否か(摸倣性)の2点につき判
断を示し、模倣性を否定して請求棄却した。
そこで、本稿では、先のヌーブラ第1事件判決(大阪地判平 16.9.13)と、「摸
倣性」に関し異なる判断を示した3号関係に絞って紹介することとする。
3.3号関係の当事者の主張
(1)
「通常有する形態」について
【被告の主張】
原告商品のような、肩ひもや横ベルト等の身体に装着する部材がなく、独
立した2個のカップを直接乳房に貼り付ける形で装用するというタイプの
ブラジャー(ストラップレス・バックレス・ブラジャー)は、原告商品が日
本国内において販売されるよりも前から、そのような商品群として現に存在
しており、日本国内市場においても販売されていた。
すなわち、原告商品が日本国内で販売されるより前に市場で販売されてい
た商品としては、アメリカの Brazabra Corporation の「MAGICUPS」
(検乙1)
及び「Swivelift」
(検乙2)、
「STAYKUPS」
(検乙3)
、カナダの Coconut Grove
Intimate 社の「The Clearly Natural」
(検乙7)、アメリカの Fashion Forms
社が取り扱っている「Extreme Plunge」
(検乙8)がある。
また、
「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャ
ーに関しては、原告商品が日本国内で発売される以前から、既に日本の公開
特許公報(乙5ないし7)やアメリカの特許公報(乙21)において公開さ
れていた。
3
そして、このような「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」タイプ
のブラジャーであれば、カップ部分で乳房を包み込むとともに乳房の形を整
えてサポートするというブラジャー本来の機能を果たすためには、必然的に、
独立した2個のカップに何らかの粘着層を設けたうえで当該2個のカップ
を何らの装着具なしに直接乳房に貼り付けるという形態とならざるを得な
い。さらに、カップ部分の形態についても、乳房を包み込む形で装着する以
上、必然的に、乳房の形に沿った形状(いわゆるカップ状)とならざるを得
ないのである。
したがって、原告が原告商品の形態の特徴として指摘する3点は、いずれ
も、「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャー
という原告商品と「同種の商品」が、当該商品の機能及び効用を実現するた
めに必然的または当然に選択される形態、すなわち「通常有する形態」であ
る(なお、原告の主張する「各カップの内側には粘着層を備えている」との
点は、単に当該商品の機能面を述べているものにすぎず、商品の形態を基礎
付ける要素ではないから、原告商品の形態としてこの点を挙げるのは不適切
である。
)。
【原告の主張】
(1)
被告が指摘する商品がいずれも原告商品が販売される前に販売されて
いたことは認めるが、それらのうち、「MAGICUPS」は、専用シールで肌
に張り付けるカップに過ぎず、ブラジャーのカテゴリーに入る商品では
ない。しかも、各カップの内側のシール部分(粘着層)はカップの一部
だけであり、各カップも原告商品とは明らかに異なる形態である。また、
「Swivelift」及び「STAYKUPS」も、各カップの内側のシール部分は一
部に過ぎず、カップの形態も原告商品の形態と異なっている。しかも、
被告が指摘する商品は、いずれも日本国内において需要者にはほとんど
又は全く認知されていない。
また被告は、公開特許公報等の存在を指摘するが、不正競争防止法2
条1項3号に規定するのは「商品形態」であるから、販売されずに特許
出願及び公開されたアイデアだけの商品があったとしても、その商品の
形態が同号にいうところの「通常有する形態」になるものではなく、あ
くまで販売された商品の「形態」である必要がある。
以上より、被告がいう「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」
なるブラジャーの形態がブラジャーの一般的な形態であるとはいえな
いし、ましてカップ内側の全面に粘着層を備えている原告商品の形態が
一般的な形態であるとはいえない。
(2)
被告は、原告商品の形態が、機能・効用のため回避できない商品形態
であると主張する。しかし、肩ひもや横ベルト等の部品を用いず、各カ
ップの内側に粘着層を設けた形態は、ブラジャーという商品の機能・効
用のため回避できない商品形態ではないことは、肩ひもや横ベルトを用
4
いる粘着層のないブラジャーが存在することより明白である。原告商品
は、肩ひもや横ベルト等の部品を何ら用いることなく乳房に直接カップ
を粘着させるという従来のブラジャーとは全く形態の異なるブラジャ
ーであって、「通常有する形態」に該当しない。
(2)
「模倣性」について
【原告の主張】
(1)
被告商品は、原告商品と同じく、争点(1)アに関する原告の主張の①な
いし③の形態を有している。被告が原告商品の形態と被告商品の形態の
差異として主張する点は、いずれも些細な相違であり、商品の形態とし
て観察した場合、同一と評価できるほど酷似している。
(2)
また、原告商品は、ストラップ及び横ベルトがなく、また何ら部品を
使用することなく乳房に直接粘着させる、従来には存在しなかった構造
のブラジャーであり、原告が日本国内で販売を開始するや、女性の間で
大変な好評を博し、インターネットやテレビ、雑誌等でも頻繁に紹介さ
れ、特に若い女性の間では知らない者がいないほどの商品となり、ブラ
ジャーの世界で革命的とも言える現象を引き起こした。
このような事情に鑑みれば、被告商品は原告商品の形態を模倣したも
のである。
【被告の主張】
(1)
原告商品の形態と被告商品の形態は、それぞれ別紙「原告商品目録(被
告)」及び「イ号商品目録」記載のとおりであって、カップ部分の外観
の印象、外見上の色彩、光沢感及び質量感に大きな相違がある。
そして、ブラジャーをはじめとする女性下着は、女性の感性にいかに
訴えかけるかという点が極めて重要となってくる商品であり、実際に商
品を購入する消費者もファッション情報に敏感な女性なのであって、彼
女らは、「自分が装用したときにどのような印象となるか」という観点
から、各商品の微妙な差異・特色を細部にわたって比較検討した上で、
購入する商品を選択しているのであるから、形態の違いを考察するにあ
たっても、そのような細部における差異・特色の存在こそが極めて重要
な意味を持つのである。また、ブラジャーのカップ部分は、それによっ
て乳房を包み込むとともに乳房の形を整えてサポートするという機能
を果たすものであるから、その形状は、機能上、ある程度限定されてく
ることにならざるを得ないのであり、そうであれば必然的に、細部にわ
たる点において微妙な差異・特色を設けることによって、他の商品との
識別を図っていくこととなる。したがって、ブラジャーの形態を比較す
るにあたり、一見細部にわたるとも思える差異・特色についてこれを捨
象してしまって、大まかな比較をしてしまうと、製造者も消費者も細部
5
にわたる微妙な差異・特色によって自他識別を図っているという、ブラ
ジャーというファッション商品が有する本質的部分を見誤ってしまう
ことになるといわなければならない。
以上より、被告商品の形態は原告商品の形態と実質的に同一ではなく、
客観的に見て「模倣」とはいえない。
(2)
また、被告は、原告商品には、次のような欠点があると考えていた。
すなわち、実際にブラジャーを装用する女性の視点から見ると、原告商
品には、①カップ自体の重量が重く、しかも、カップ部分の乳房に貼り
付ける面に伸縮性がないため、着用者ごとに微妙に異なる胸の形に完全
にフィットさせることができず、単に乳房に貼り付けるといった装用方
法となることによって、装用中も身体の動きに沿わず、カップ自体に重
みがあることと相俟って、装用中にカップがずれてくるなど、装用感に
違和感がある、また、②カップ部分がゲル状で軟らかすぎるため、洋服
を着用した際に、バストラインのシルエットに張りがなく、またバスト
位置を上のほうで保持することができないので、シルエットが全体とし
て老けた印象となるほか、装用中もノーブラであるような不安感がある、
さらに、③人間の本物の乳房に近い、脂肪層を思わせるような外観が却
って生々しくグロテスクであり、ブヨブヨの触感も気味が悪い、といっ
たものである。
このため被告は、数社からストラップレス・バックレス・ブラジャー
の取引申入れがあった際にも、原告商品に内在する上記のような欠点が
何ら解消されておらず、外観上の印象も原告商品と似たり寄ったりであ
ったため、かかる申入れを全て断ってきたが、被告商品については、上
記で述べた原告商品の持つ欠点が解消されていたことから、日本国内に
おいて販売することを決定したのである。
また被告は、女性下着の業界において確固とした地位を確立している
のであって、他社の商品にただ乗りする形で利益を上げようと目論むよ
うな会社ではなく、また、そのような必要も全くない。
これらからすると、被告は、主観的にも「模倣」したとはいえない。
(3)
「請求主体性」について
【原告の主張】
(1)
原告は、原告商品について日本国内における独占的販売権を有する者
であるから、「不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害さ
れるおそれがある者」
(不正競争防止法3条)、不正競争によって営業上
の利益を侵害された「他人」(同法4条)に該当する。
(2)
被告は、原告が独占販売権者にすぎないことをもって、不正競争行為
の差止請求及び損害賠償請求の主体たり得ないと主張するが、その解釈
6
では、他人が市場において商品化するために資金、労力を投下した成果
を保護しようとした不正競争防止法2条1項3号の趣旨を全うできな
い。市場先行者の上記利益を保護しようとすれば、独占販売権者も保護
の主体に含めることが必要である。独占販売権者もまた、先行者の商品
形態の独占について強い利害関係を有するからである。
【被告の主張】
不正競争防止法2条1項3号所定の不正競争行為につき差止めないし損
害賠償を請求することができる者は、形態模倣の対象とされた商品を、自
ら開発・商品化して市場に置いた者に限られるというべきである。しかる
ところ、原告は、原告商品を自ら開発したものではなく、共同開発をした
ものでもなく、また、原告商品の開発に資金や労力を投下したものでもな
く、本件において、単にブラジェル社との間で独占販売契約を締結したと
いうにすぎないから、不正競争行為の差止請求及び損害賠償請求の主体と
なる余地はない。
(4)
「損害額」について
【原告の主張】
被告は、平成16年5月1日から同年7月31日までの間に、被告商品
の販売により、少なくとも3億円の利益を得ている(売上7億8000万
円、利益率38.4%)から、これが原告の被った損害額と推定される。
【被告の主張】
争う。
4.3号関係の争点に対する裁判所の判断
(1)
「通常有する形態」について
ア
検甲1号証によれば、原告商品の形態は次のとおりであると認められる。
(ア) 基本的形態
a
独立した左右2個のカップから成るブラジャーである。
b
肩ひも、横ベルト等の身体に装着する部材がない。
c
2個のカップの相対する部分に両カップを連結するフロントホックが
設けられている。
d
左右2個のカップは、前面視(別紙「原告商品目録(原告)
」添付写真
の第2図及び第3図)でいずれも略半円形をしている。
(イ)
a
具体的形態
全体に肉厚で、ブヨブヨしていて、すぐに形が崩れる軟らかい質感を
有している。
7
b
カップは、表面及び裏面とも全体に肌色のシリコンを薄いビニールで
包んだような半透明上の膜で覆われ、周辺部ほど肌色が薄くなり、表面
には細かな皺が寄る。
c
イ
カップの裏面は、粘着層に由来する光沢がある。
原告商品が市場で販売されるより前に、次のブラジャーが市場で販売され
ていたことは、当事者間に争いがない。
ウ
(ア)
商品名「MAGICUPS」
(検乙1)
(イ)
商品名「Swivelift」
(検乙2)
(ウ)
商品名「STAYKUPS」
(検乙3)
(エ)
商品名「The Clearly Natural」
(検乙7)
(オ)
商品名「Extreme Plunge」
(検乙8)
原告商品の基本的形態とこれら従来商品の基本的形態とを比較検討する
と次のとおりである。
(ア) 「MAGICUPS」は、原告商品の基本的形態のうちのa及びbを備えて
いる点で共通するが、同cを備えておらず、同dについてはカップ
の形状が異なる上、カップの周縁部にカップ裏面を身体とテープで
接着させるための平坦部が設けられている点で異なる。
(イ)
「Swivelift」も「MAGICUPS」と同様である。
(ウ) 「STAYKUPS」は、原告商品の基本的形態のうちのa、b及びcを備
えているが、同dについてはカップの形状が異なる上、カップの周
縁部にカップ裏面を身体とテープで接着させるための平坦部が設け
られている点で異なる。
(エ)
「The Clearly Natural」は、そもそも左右のカップが一体となっ
ていて、原告商品の基本的形態のうちのa、cを具備しない。また、
肩ひもは具備しないが、カップ横から脇にかけて伸ばされた部分を
具備しており、この部分の裏面を身体とテープで接着させる構造に
なっていることから同bと異なる。なおカップ自体の形状は同dと
共通している。
(オ)
エ
「Extreme Plunge」も、「The Clearly Natural」と同様である。
このように、原告商品の基本的形態の各構成要素はいずれも従来商品の中
に見られるものであるが、従来商品は、いずれも原告商品の基本的形態の構
成要素の一部を具備するにとどまり、原告商品の基本的形態の構成要素の全
てを具備したものは存しない。したがって、原告商品の形態上の特徴は、ま
ず、その基本的形態において、従来商品では一部ずつ採用されていた個々の
構成要素を1個の商品形態の中に併せて採用した点にあるといえる。
しかし同時に、原告商品の前記具体的形態も、カップ表面が布地様で、レ
ースや柄模様で装飾的な形態を追求する一般的なブラジャー(前掲の各検乙
号証のブラジャーは、いずれもカップ表面が布地様であるし、乙1の各号、
乙12の2ないし7及び9に見られるブラジャーは装飾を凝らしている。)
8
とは対極に位置し、被告が主張するように人間のコラーゲン質を想起させる
ようなブヨブヨした生々しい質感を有する点で例を見ないものであり、やは
り原告商品の形態の大きな特徴をなすものであるというべきである。
なおこの点について原告は、カップ裏面に粘着層を備えていることを原告
商品の形態上の特徴であると主張する。確かに、原告商品がその基本的形態
において、肩ひも及び横ベルトを備えないのみならず、周縁部に平坦部を設
けないカップ形状を採用することができたのは、原告商品を身体表面に装着
させる手段としてカップ裏面に粘着層を備えたことによるところが大きい
と認められる。しかし、不正競争防止法2条1項3号にいう「商品の形態」
とは、商品の外観の態様をいい、商品の外観として視覚的に感得されるもの
であることを要するところ、カップの裏面に粘着層を備えていることは、原
告商品の物理的又は技術的な構造を成すものではあるが、粘着層の有無自体
は看者によって視覚的に感得されるものではないから、それ自体を原告商品
の形態の一要素として把握することはできない。もっとも、粘着層の存在が
商品の視覚的外観に何らかの形で発現している場合には、その発現した態様
を商品形態の一要素として把握し得ることは当然であり、原告商品の場合に
は、粘着層に由来する光沢があること(前記認定に係る原告商品の具体的形
態c)として把握することができる。
オ
このように原告商品の形態は、その基本的形態及び具体的形態ともに特徴
があるから、これが「同種の商品が通常有する形態」であるとはいえない。
なお被告は、前記従来商品の他に、種々の特許公報に記載されたブラジャ
ーの形態を指摘する。しかし、不正競争防止法2条1項3号は、先行者が資
金や労力を投下して開発・商品化した新たな商品の形態について、後行者が
これを模倣して先行者の開発成果にただ乗りするのを防止する趣旨に出る
ものであるから、「同種の商品が通常有する形態」であるか否かは、実際に
商品化されたものに基づいて判断すべきであり、単に特許公報に図面が記載
されているだけでは足りないというべきである。
また、被告は、原告商品の形態は「ストラップレス・バックレス・ブラジ
ャー」なるタイプのブラジャーにおいて、その機能及び効用を実現するため
に必然的に選択される形態であると主張する。しかし、被告が「ストラップ
レス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャーであると主張する
前記従来商品の商品形態と原告の商品形態とが、基本的形態及び具体的形態
のいずれにおいても相違していることは先に述べたとおりであるから、原告
商品の形態が、同種の商品の機能及び効用を実現するために必然的に選択さ
れる形態であるとはいえず、この意味で「同種の商品が通常有する形態」で
あるともいえない。
(2)
「模倣性」について
9
ア
検甲2号証によれば、被告商品の形態は、次のとおりであると認められる。
(ア) 基本的形態
a
独立した左右2個のカップから成るブラジャーである。
b
肩ひも、横ベルト等の身体に装着する部材が全くない。
c
2個のカップの相対する部分に両カップを連結するフロントホッ
クが設けられている。
d
左右2個のカップは、前面視(別紙「イ号物件目録」添付写真の
第2図及び第3図)でいずれも略半円形をしている。
(イ)
具体的形態
a
全体に張りのある平滑で硬めの質感を有している。
b
カップは、肌色で、全体に卓球のラケット面のようなラバー製品
を思わせる艶がある。
c
イ
カップの裏面は、粘着層に由来する光沢がある。
不正競争防止法2条1項3号にいう「模倣」とは、当該他人の商品形態に
依拠して、これと形態が同一であるか実質的に同一といえるほどに酷似した
形態の商品を作り出すことを意味し、商品形態が実質的に同一であるといえ
るためには、商品の基本的形態のみならず具体的形態においても実質的に同
一であることが必要である。
そこで、先に認定した原告商品の形態と被告商品の形態とを比較すると、両
者は、基本的形態とカップの裏面の具体的形態において共通するが、カップ
の質感や艶といった具体的形態において相違がある。そして、先に争点(3)
アについて述べたとおり、原告商品の形態の特徴は、その基本的形態におい
て、従来商品では一部ずつ採用されていた個々の構成要素を1個の商品形態
の中に併せて採用した点にあるのみならず、その具体的形態において、カッ
プ表面が布地様で、レースや柄模様で装飾的な形態を追求する一般的なブラ
ジャーとは対極的に、人間のコラーゲン質を想起させるようなブヨブヨした
生々しい質感を有する点にもあるところ、被告商品は、その具体的形態に起
因して、原告商品のようなブヨブヨした生々しさを感じさせず、ラバー製品
のような艶のある硬い質感を感じさせる点で形態的印象を異にしている。
また、弁論の全趣旨によれば、このような質感の相違は、いずれも材質等を
工夫することにより、①原告商品では重量が165gである(乙9の1)の
に対して、被告商品では重量を99gと軽量化したこと(乙9の2)や、②
実際に装着した際の乳房の形状を補正する機能の点において、原告商品では
カップが軟らかいために形が崩れてしまうのに対し、被告商品ではカップを
硬くして形が崩れることなく保持される(乙8の7)ようにしたことに由来
するものであると認められる。上記①、②の相違点は、いずれもブラジャー
の機能上重要なものといえるから、上記材質等の工夫により質感の相違をも
たらしたことが無用な形態上の改変であるということはできない。
そうすると、原告商品と被告商品の各具体的形態における前記相違は、その
10
基本的形態が同一であることを考慮しても、この相違が微細な差異にすぎな
いとはいい難く、両商品の形態が実質的に同一であるとまではいえない。
ウ
したがって、原告の不正競争防止法2条1項3号に基づく主張は、その余
の点について判断するまでもなく理由がない。
として、Xの請求を棄却した。
5.研
(1)
究
はじめに
X社は先に提起したヌーブラ第1事件、及び本件ヌーブラ第2事件のいずれ
においても、原告商品形態、及び被告商品形態は以下の3点において共通し、
実質的に同一の形態である旨主張した。
①
使用者の左右乳房上に独立して置かれる2個のカップよりなり
②
肩ひも(ショルダーストップ)、横ベルト等身体に装着する部材がなく
③
各カップの内側には粘着層を備えている
これに対し、第1事件被告は上記両者の共通点については判決書中、積極的
に争った形跡は認められず、判決書添付の被告商品目録を見ても外観上酷似し
ているところから、ヌーブラ第1事件における裁判所が示した「模倣性」、及
び「その商品が通常有する形態」に関する判断は、一応妥当なものと思われる。
但し、3条、及び4条の請求の主体に関する第1事件の判断には疑問がある。
本件ヌーブラ第2事件でも、Xは原告商品形態の特徴点として第1事件同様
上記3点を挙げ、この3点を被告商品が備えているから模倣性がある旨主張し
たが、被告の反論と立証に基づき、裁判所が上記3点の基本的形態のみならず
原告商品形態と被告商品形態とに見られる具体的形態上の質感や艶(光沢)を
も原告の商品形態の特徴として認定したところが、第1事件と第2事件の異な
るところといえる。
以下、結論に影響する大きな争点となった「通常有する形態」及び「摸倣性」
につき検討する他、第2事件では判断が示されなかったが第1事件では大きく
取り上げられて判断が示された「請求主体」につき検討することとする。
(2)
「通常有する形態」について
学説上、3号にいう「通常有する形態」とは「(1)当該商品における一般的
な形態(没個性的形態)、(2)商品の形態と商品の機能とが一体不可分となって
いる場合(機能的形態、不可避的形態)、(3)互換性保持のために必要な場合、
商品の形態が市場での事実上の標準となっている場合など、その形態をとらな
い限り、商品として成立し得ず、市場に参入することができないような形態(岡
11
口基一「新・裁判実務大系
知的財産関係訴訟法」P.465)」とするのが現在の
通説であるといえる。
本件訴訟においても、Xが原告商品は、その基本的形態において、従来のブ
ラジャーのように肩ひもや横ベルトを備えておらず、また、原告商品販売前販
売されていた検乙1や検乙3のようにカップの周縁部にカップ裏面を身体と
テープで接着させるための平坦部を設けることなく、カップ裏面に粘着層を備
えて身体表面に装着させる点が原告商品形態の特徴である旨主張したことに
対し、裁判所は、
「不正競争防止法2条1項3号にいう「商品の形態」とは、商品の外観の態様
をいい、商品の外観として視覚的に感得されるものであることを要するとこ
ろ、カップの裏面に粘着層を備えていることは、原告商品の物理的又は技術
的な構造を成すものではあるが、粘着層の有無自体は看者によって視覚的に
感得されるものではないから、それ自体を原告商品の形態の一要素として把
握することはできない。もっとも、粘着層の存在が商品の視覚的外観に何ら
かの形で発現している場合には、その発現した態様を商品形態の一要素とし
て把握し得ることは当然であり、原告商品の場合には、粘着層に由来する光
沢があること(前記認定に係る原告商品の具体的形態c)として把握するこ
とができる。」
と判示すると共に、
「このように、原告商品の基本的形態の各構成要素はいずれも従来商品の中に
見られるものであるが、従来商品は、いずれも原告商品の基本的形態の構成
要素の一部を具備するにとどまり、原告商品の基本的形態の構成要素の全て
を具備したものは存しない。したがって、原告商品の形態上の特徴は、まず、
その基本的形態において、従来商品では一部ずつ採用されていた個々の構成
要素を1個の商品形態の中に併せて採用した点にあるといえる。
しかし同時に、原告商品の前記具体的形態も、カップ表面が布地様で、レ
ースや柄模様で装飾的な形態を追求する一般的なブラジャー(前掲の各検乙
号証のブラジャーは、いずれもカップ表面が布地様であるし、乙1の各号、
乙12の2ないし7及び9に見られるブラジャーは装飾を凝らしている。)
とは対極に位置し、被告が主張するように人間のコラーゲン質を想起させる
ようなブヨブヨした生々しい質感を有する点で例を見ないものであり、やは
り原告商品の形態の大きな特徴をなすものであるというべきである。」
と判示し、『このように原告商品の形態は、その基本的形態及び具体的形態と
もに特徴があるから、これが「同種商品が通常有する形態」であるとはいえな
い』旨判示している。これは、たとえ技術的な形態であっても不可選択的なも
のでなく、代替性を有していればよい旨を判示したものといえる。
なお、被告が種々の特許公報に示されたブラジャーの形態を挙げて原告商品
形態が同種の商品が通常有する形態にすぎない旨主張したことに対し、裁判所
は3号の立法趣旨に照らし「実際に商品化されたものに基づいて判断すべきで
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あり、単に特許公報の図面に記載されているだけでは足りないというべきであ
る。」と判示した。3号に基づく商品形態の保護は、特許、実用新案、意匠の
ようにアイデアとしての創作を保護するものではなく、商品化するにつき資金
や労力を投下して開発し、実際に商品化した先行者の労苦に報いる趣旨である
ことを明らかにしており適切といえる。
(3)
「模倣性」について
模倣性に関し、原告が「被告商品は、原告商品と同じく、争点(1)アに関す
る原告主張の①ないし③の形態を有している。」と主張し、かつ「被告主張の
両者の差異点は、いずれも些細な相違であり、同一と評価できるほど酷似して
いる。」旨主張したことに対し、裁判所は、被告の主張と立証に基づき、原告
の商品形態を次のように認定した。
すなわち、
「 ア. 基本的形態
a
独立した左右2個のカップから成るブラジャーである。
b
肩ひも、横ベルト等の身体に装着する部材がない。
c
2個のカップの相対する部分に両カップを連結するフロントホッ
クが設けられている。
d
左右2個のカップは、前面視(別紙「原告商品目録(原告)
」添付
写真の第2図及び第3図)でいずれも略半円形をしている。
イ.
a
具体的形態
全体に肉厚で、ブヨブヨしていて、すぐに形が崩れる軟らかい質
感を有している。
b
カップは、表面及び裏面とも全体に肌色のシリコンを薄いビニー
ルで包んだような半透明上の膜で覆われ、周辺部ほど肌色が薄くな
り、表面には細かな皺が寄る。
c
カップの裏面は、粘着層に由来する光沢がある。
」
また、被告の商品形態も次のように認定した。
すなわち、
「 ア.
基本的形態
a
独立した左右2個のカップから成るブラジャーである。
b
肩ひも、横ベルト等の身体に装着する部材が全くない。
c
2個のカップの相対する部分に両カップを連結するフロントホッ
クが設けられている。
d
左右2個のカップは、前面視(別紙「イ号物件目録」添付写真の
第2図及び第3図)でいずれも略半円形をしている。
イ.
a
具体的形態
全体に張りのある平滑で硬めの質感を有している。
13
b
カップは、肌色で、全体に卓球のラケット面のようなラバー製品
を思わせる艶がある。
c
カップの裏面は、粘着層に由来する光沢がある。
」
そして、両者の模倣性につき、以下のように認定した。
「不正競争防止法2条1項3号にいう「模倣」とは、当該他人の商品形態
に依拠して、これと形態が同一であるか実質的に同一といえるほどに酷
似した形態の商品を作り出すことを意味し、商品形態が実質的に同一で
あるといえるためには、商品の基本的形態のみならず具体的形態におい
ても実質的に同一であることが必要である。
そこで、先に認定した原告商品の形態と被告商品の形態とを比較する
と、両者は、基本的形態とカップの裏面の具体的形態において共通する
が、カップの質感や艶といった具体的形態において相違がある。そして、
先に争点(3)アについて述べたとおり、原告商品の形態の特徴は、その
基本的形態において、従来商品では一部ずつ採用されていた個々の構成
要素を1個の商品形態の中に併せて採用した点にあるのみならず、その
具体的形態において、カップ表面が布地様で、レースや柄模様で装飾的
な形態を追求する一般的なブラジャーとは対極的に、人間のコラーゲン
質を想起させるようなブヨブヨした生々しい質感を有する点にもある
ところ、被告商品は、その具体的形態に起因して、原告商品のようなブ
ヨブヨした生々しさを感じさせず、ラバー製品のような艶のある硬い質
感を感じさせる点で形態的印象を異にしている。
また、弁論の全趣旨によれば、このような質感の相違は、いずれも材
質等を工夫することにより、①原告商品では重量が165gである(乙
9の1)のに対して、被告商品では重量を99gと軽量化したこと(乙
9の2)や、②実際に装着した際の乳房の形状を補正する機能の点にお
いて、原告商品ではカップが軟らかいために形が崩れてしまうのに対し、
被告商品ではカップを硬くして形が崩れることなく保持される(乙8の
7)ようにしたことに由来するものであると認められる。上記①、②の
相違点は、いずれもブラジャーの機能上重要なものといえるから、上記
材質等の工夫により質感の相違をもたらしたことが無用な形態上の改
変であるということはできない。
そうすると、原告商品と被告商品の各具体的形態における前記相違は、
その基本的形態が同一であることを考慮しても、この相違が微細な差異
にすぎないとはいい難く、両商品の形態が実質的に同一であるとまでは
いえない。
したがって、原告の不正競争防止法2条1項3号に基づく主張は、そ
の余の点について判断するまでもなく理由がない。」
3号の商品形態の摸倣は、新規性及び創作性の有無につき審査を経て登録さ
れる創作物たる意匠の同一または類似の判断とは異なり、後行の商品形態が
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先行の商品形態に依拠して摸倣したか否かが問われるものである以上、その
商品形態の骨格をなす基本的形態のみならず、具体的形態に亘って実質的に
同一なものか否かが判断されるべきは当然のことといえ、3号の規定の制定
当時から質感や光沢も商品形態の模倣性を判断する上での形態上の要素とな
る旨明らかにされていたものである(山本庸幸「要説不正競争防止法
第2
版」122頁)
。
また、本件ヌーブラ第2事件の原告商品形態の特徴表現は、ヌーブラ第1事
件のそれと大きく異なっているが、上記したように模倣性の判断は具体的な
事案によって相対的に決まるものであり、これまた当然のことといえる。
(4) 2条1項3号の規定に基づき、3条の差止請求及び4条の損害賠償請求の請
求の主体中に、独占的輸入販売業者を含めることの可否について
この点については本件第2事件の判決では一切判断が示されていないが、第
1事件の判決では、独占的輸入販売業者も請求主体となり得るとの最初の判
断が示された関係もあって、詳細にその理由が記載されているので、以下、
この点若干触れることとする。
第1事件判決では、まず、
「3号の趣旨をみると、他人が市場において商品化するために資金、労力を
投下した成果の模倣が行われるならば、模倣者は商品化のためのコストやリ
スクを大幅に軽減することができる一方で、先行者の市場先行のメリットは
著しく減少し、模倣者と先行者の間に競争上著しい不公正が生じ、個性的な
商品開発、市場開拓への意欲が阻害され、このような状況を放置すると、公
正な競業秩序を崩壊させることになりかねない。そこで、3号は、他人が商
品化のために資金、労力を投下した成果を、他に選択肢があるにもかかわら
ず殊更完全に模倣して何らの改変を加えることなく自らの商品として市場
に提供し、その他人と競争する行為をもって、不正競争としたものである。
」
とする産業構造審議会知的財産政策部会報告書に示された立法趣旨に触れ、
つづいて、
「このような3号の趣旨を前提として、3号による保護の主体の範囲を考え
ると、自ら資金、労力を投下して商品化した先行者は保護の主体となり得
るが、そのような者のみならず、先行者から独占的な販売権を与えられて
いる者(独占的販売権者)のように、自己の利益を守るために、模倣によ
る不正競争を阻止して先行者の商品形態の独占を維持することが必要であ
り、商品形態の独占について強い利害関係を有する者も、3号による保護
の主体となり得ると解するのが相当である。
」
と述べ、自ら資金、労力を投下して商品化した先行者のみならず、先行者か
ら独占的な販売権を与えられている者(独占的販売権者)にも、自己の利益
を守るために先行者の商品形態の独占を維持する必要上、3号による保護の
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主体となり得る旨説示する。
一方、「先行者が商品化した形態の商品を単に販売する者のように、商品の
販売数が増加することについて利害関係を有するとしても、先行者の商品形
態の独占について必ずしも強い利害関係を有するとはいえない者は、保護の
主体となり得ないと解すべきである。
」として、あくまで、独占的な販売権者
に限られるべきであるとする。
そして、
「不正競争防止法は、2条1項において「不正競争」を定義し、同項3号で
は、他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡等する行為を不正競争とし、差
止請求の主体について、3条1項において、「不正競争によって営業上の利
益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者」としており、損害賠償請求
の主体については、4条において、不正競争により「営業上の利益を侵害」
された者を損害賠償請求の主体として予定しているものと解され、例えば特
許法100条1項が差止請求の主体を「特許権者又は専用実施権者」として
いるのとは異なった規定の仕方をしている。独占的販売権者は、3号所定の
不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者
に該当するから、独占的販売権者を3号の保護主体と解し、その差止請求及
び損害賠償請求を認めることは、不正競争防止法上の文言にも合致するとい
うべきである。
3号は、その主要な要件が、
「形態の模倣」という比較的簡易な要件であり、
安易に適用を拡大すると、かえって自由な市場活動が妨げられるおそれがあ
るとも考えられる。しかし、商品化を行った先行者のほかに、独占的販売権
者のように商品形態の独占について強い利害関係を有する者に限定した範
囲で3号の保護の主体を考えるならば、そのような弊害を生ずることはない
というべきである。また、独占的販売権者も3号の保護主体となると解した
としても、独占的販売権者が訴訟上3号に基づく権利を行使するためには、
先行者が商品化したこと、及びそのような先行者から独占的販売権を与えら
れたことを主張立証しなければならず、先行者が訴訟上3号に基づく権利を
行使する場合に比べて、商品化の点について主張立証責任が軽減されるわけ
ではないから、この点からも、3号の適用範囲が安易に拡大されることはな
いといえる。
さらに、実際上、独占的販売権者が商品の製造販売を専ら担当しており、
商品化した先行者が3号に基づく権利行使をする状況にない場合も考え得
るところであるから、上記の解釈は、そのような場合においても、模倣を阻
止し、公正な競争秩序の維持を図るという点からしても、妥当なものという
ことができる。
他方、独占的販売権者は、独占権を得るために、商品化した先行者に相応
の対価を支払っているのが常であり、先行者は商品化のための資金、労力を、
商品の独占の対価の形で回収していることになるから、独占的販売権者を保
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護の主体として、これに独占を維持させることは、商品化するための資金、
労力を投下した成果を保護するという点でも、3号の立法趣旨に適合するも
のである。
以上によれば、独占的販売権者は、3号による保護の主体となり得るとい
うべきである。
」
と結論づけている。この考え方には充分首肯できる点があり説得力を有して
いるが、若干の疑問があるので本件事案に即してあえて指摘させて頂くこと
とする。
資金と労力を投下して商品を開発しその商品を最初に市場に置いた米国A
社は、わが国市場においてX社に輸出した商品、及び自社商品の並行輸入品
を除く模倣品に対し、独占販売権者であるX社の差止請求が認められること
によりA社商品の輸出量の拡大につながることとなり、先行者としての利益
は得られるものの、X社が得た損害賠償金は不正競争防止法第5条第1項の
規定に基づけば、X社の販売額から米国のA社に支払った仕入れ額などの直
接経費を差引いた独占販売権者であるX社の販売利益にすぎず、資金と労力
をかけて商品を開発し、かつ最初に市場に置いた先行者であるA社の利益で
はない。
したがって、独占的な輸入販売業者であるX社に3条の差止請求の主体とな
ることを認めることは先行者たるA社の利益の保護に資するから、3条の差
止請求の主体として独占的輸入販売業者を含めることは3号の規定の立法趣
旨(先行者利益の保護)に沿うものといえるが、4条の損害賠償請求の主体
にその商品を最初に日本の市場に置いたにすぎない独占的輸入販売業者を含
めることは上記3号の規定の立法趣旨に直接適うものとはいえず疑問がある。
また、米国のA社自体が原告となって2条1項3号の規定に基づき3条及び
4条の各請求権を行使することは、パリ条約2条、及び10条の2の規定か
ら当然なし得るのであるから、何も2条1項3号の規定の立法趣旨である資
金と労力を投下して商品を開発し、最初に市場に置いた先行者利益の保護を
商品の開発に直接関係していない独占的販売業者にまで拡大して厚く保護す
る必要性があるのか疑問が残るものである。
また、今や、インターネットの発達と利用の促進により、市場のグローバル
化、及び商品情報のグローバルな伝播速度は急速に早まっており、3号の商
品形態の摸倣から先行者を保護する上において市場を国毎に画する必要性は
低くなってきているのではなかろうか。
A商品を資金と労力をかけて開発し、最初に市場に置いた先行者は本件の場
合米国のA社のみであって、日本における独占的な輸入販売業者にすぎない
X社は先行者とはいえない以上、先行者利益の保護を立法趣旨とする3号の
保護対象に、たとえ独占的販売権を有しているとはいえ含ましめることは適
切ではないように私には思えてならない。
以上
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