まえがき ある日本人探偵 唐沢 俊一 ここに、その存在を再評価しなければならない、忘れられた名探偵 が、いる。1930 年代アメリカでシリーズノベルの主人公として大人 気を博し、その勢いをかって 8 本もの映画化作品を残した人気キャラ クターである。 なんと、その名探偵は日本人(という設定)であった。 とはいえ、彼を産み出したのはアメリカ人作家ジョン・P・マーカ ンド。 そして、映画でその名探偵を演じ当たり役としたのは、ハンガリー 出身でユダヤ系の俳優、ピーター・ローレだった。 日本的要素はみじんもない。それは、そのキャラクター描写にも露 骨だ。 小柄で眼鏡をかけ、常にへりくだった言葉づかい( 「ソー・ソーリー」 が口癖である)をしていながら、実は事件の奥の奥まで見通す目を持 ち、それを最後まで表に出さないので、何を考えているかわからない。 しかも柔道の達人で、どんな大男も軽く放り投げてしまう。その正体 2 WELCOME BACK, MR.MOTO C O まえがき 誌上採録 N …… T E S ─ THINK FAST,MR.MOTO …… 11 …… 30 ─ MOTO という名前 …… 34 『ゲスト・スターたち』 …… 『監督たち』 …… • 石田 T 2 MR.MOTO シリーズ作品紹介 コラム① N 38 43 一 ピーター・ローレ コラム② •辻 弱さを武器にした男 …… 45 ─ MOTO という名前 …… 55 真先/芦辺 拓/唐沢 俊一 特別対談 ─ ミステリと映画 …… 60 コラム③ ─ May the Force be with you, Mr.MOTO …… 68 • 芦辺 拓/マキサヲリ 書き下ろし小説 あとがき ─ 金田一耕助 meets ミスター・モト …… 71 …… 86 紙上採録 ── THINK FAST, MR.MOTO(1937) モト映画の記念すべき第一作。 『スター・ウォーズ』でおなじみの 20 世紀フォックスのファンファーレから一転、オ リエンタルムードあふれる音楽(ただしまったく日本風でない)のオープニングに変わ る。 現在みたいに映画人の組合が強くないから、キャストやスタッフのロールは極めて簡素。 監督の名前も止め(オープニングの最後)でなく、早々と出てしまう。B 級映画はまだ 監督のものでなく、会社のものだった時代なのだ。 場所はサンフランシスコの中華街。爆竹が鳴り響き、巨大な 獅子舞が街路を踊り歩く。旧正月の祭のにぎわいである。こ れ、全部セットなのだよな(この映画のためだけに作ったも のではないにせよ) 。当時のハリウッド映画界がいかに巨大 な産業だったかがわかる。人ごみの中でトルコ帽をかぶった むさくるしいひげ面の小柄な男が、観光客にペルシャの絨毯 を売りつけようとして、大柄な男(白人)に「販売免許を持っているのか ?」と注意さ れ、 「Thousand Pardon、Thousand Pardon」と大げさなあやまり方をして去ってい く。去り際に「au revoir」なんてフランス語をかますところを見ると、観光客はフラ ンス人か。それにしてもむさくるしい外見に似合わずインテリである、というのが伏線 (?)らしい。 くだんのトルコ帽小男、骨董屋(古玩店、とウインドウにある)の前にくると、そこに 飾られている布をじっと見つめる。様式化された虎の絵が刺繍されている(唐獅子だと 思うのだが、この映画の中ではみんなタイガーと言っている) 。すると、お祭り用のか ぶりもの(大頭頭“タートウトウ”という)をかぶった男が店からあわてて飛びだして くる。あわてたあまり、ドアに服の袖をはさんでしまい、しばらくジタバタ。トルコ帽、 それを見ているうちに、その男の腕にユニオン・ジャックのタトゥーがあるのに気がつ く。なぜ中国人の腕に英国旗 ? 男が走り去ったあと、トルコ帽はその骨董屋に入っていく。そこには白人の店主がいて、 「祭の間は閉店だ」と横柄に告げる。トルコ帽、ずうずうしくあの虎の絵の布に興味が あってね、と言うが店主は「あれは非売品だ」とニベもない。そこでトルコ帽、肩にか けた絨毯の下から観音(クアン・イン)の像を取りだし、その頭をスポンと取ると、中 に輝く宝石が ! トルコ帽、店主に「最近発見されたロマノフ王朝のコレクションだよ」 と差し出す。ちなみにロシア革命でロマノフ王朝が倒れたのは 1917 年。この映画の 11 ピーター・ローレ 弱さを武器にした男 石田 今 一 ここに 「Heroes of the Horrors」 という一冊の洋書がある。久々 に書棚から引っ張り出してきたが、非常に懐かしい感情が湧き 起こる書籍である。 1975 年に米国で発行されたもので、サイズは少し縦長の B5 判。 ソフトカバーだが本文は 354 頁という分厚いもので、著者は当時米 国で発行されていたモンスター映画雑誌「Castle of Frankenstein」 の発行者にして編集長のカルヴィン・T・ベック。内容はホラー映画 に登場する“スーパー・ヒーロー大集合”の特集本……ではない。私 ヒーロー 好みに邦訳タイトルを付けるとすれば「怪奇映画の名優たち」とでも するか、要するにサイレント時代の名優ロン・チェイニー・Sr に始ま るハリウッド歴代の怪奇映画のスターたちを、豊富な図版を駆使して 紹介した贅沢な映画書籍である。 各俳優の人生や業績の紹介のみならず、巻末には簡単ながら個々の フィルモグラフィーも付いており、当時の私にとっては原稿を書くの に非常に参考になった文献であった。 45 特別対談 ── ミステリと映画 辻 真先(作家・脚本家。本格ミステリ作家クラブ会長) 芦辺 拓 (作家) 唐沢 俊一 (作家・雑文家) (※一部ネタバレがあります。ご注意の上お読みください) 唐沢「ミスター・モトシリーズは、 の魅力ということにかけてはか 名探偵は一応出てきて、推理も なりなものがある。映画におけ それなりにあるのですが、この るミステリとは、ということを 時代の制約として推理ものでは テーマにお二人に語っていただ なく、サスペンス、スリラーに こうと。まず辻先生の、お勧め 分類されると思うのです。原作 のミステリ映画などから伺って もそうだし、映画もですね。江 いこうかな、と」 戸川乱歩の定義によるところの 辻「古いものですが、マキノ正博 “難解な秘密が論理的に、徐々に の『昨日消えた男』 (1941 年) 解かれて行く経路の面白さを主 と『待っていた男』 (42 年)で 眼とする”という作品ではない。 すね。この二本。脚本は小国英 しかし、別な意味でいわゆる名 雄です。 『待っていた男』は前 探偵というミステリ独特の存在 作を監督が一週間という短期間 60 金 田 一 耕 助 meets ミスター・モト story illustration 芦辺 拓 マキサヲリ •• 1 •• 「あ痛っ!」 ワ ツ チ ヤ ウ ユー・イデイオツ 「気をつけろい、この馬鹿!」 「これこれ、そんな乱暴な口をきいてはいけません。……あなた、大丈夫 ですか」 ──それが、その人との出会いだった。 最初に悲鳴をあげたのがぼく、どなったのが気の荒そうなポーターで、 これはこの物語に関係がない。そして三番目の人物こそがその人で、悲鳴 のわけは彼のトランクをかついだポーターが勢い余って、その一つをぼく にぶつけてしまったためだった。 トランクには持ち主の名前の名前らしき I. A. M……という文字が記して あったが、それ以上は読み取れなかった。 ア イ ム ・ ソ ー ・ ソ ー リ ー 「これは、とてもとても申し訳ありませんでした」 小腰をかがめるようにして、ぼくにおじぎをしたその人は、年のころ 三十ぐらい。西洋人としてはかなり小柄な方で、いくぶん臆病にさえ見え るほど穏やかな丸顔に細ぶちの眼鏡をかけ、髪の毛をきれいになでつけた 紳士だった。 ときは 1936 年というから昭和 11 年。サンフランシスコ港の埠頭で、 出航を直前に控えてごった返すタラップ周りでのできごとだった。 **丸といえば、誰でも知っているだろう。NYK ──日本郵船が北太 平洋航路に就航させている豪華貨客船の一つで、ロサンゼルスと香港を約 25 日で結ぶ。 72
© Copyright 2024 Paperzz