牛肉を美味しく保つテクニック

別冊近代食堂
「焼肉開業マガジン」原稿2
2007 年 1 月末発売
平成 19 年 1 月 07 日
牛肉を美味しく保つテクニック
米国で最近流行のドライエイジド熟成ビーフ
今から 20 年近く前に米国コロラド州デンバー近郊の当時世界最大だったフィードロットを
訪問した帰り、デンバー市のステーキハウスで見事な熟成ビーフステーキに出会った。 こ
の店では USDA プライム格付のニューヨークステーキをオーダーしたのだが、ほどよい霜
降りと濃厚で香り豊かな味わいに驚いた。それが、ドライエイジド(開放熟成または乾式
熟成)との初めての出会いだった。
このドライエイジドが最近米国のステーキ牛肉熟成
方法として、ジワジワと人気が出てきているのだ。
では、ドライエイジド(DRY AGED)とはどの様なものなのだろうか。
そのデンバーのレ
ストランで、食事の前に特別にドライエイジ食肉貯蔵庫を見せてもらったのを鮮明に覚え
ている。
その中は、常に氷温に保たれ、湿度もほぼ100%、空気がゆっくり循環して
いる 16 畳位の空間であった。 そこにロース(ストリップロイン)
、リブロース(リブア
イ)、Tボーン(ショートロイン)等が、包装されずに骨付きのまま吊るされていたのであ
る。
その中の一つを見ると、ほぼ一ヶ月前の日付タグがつけてあった。
当然、一ヶ月もその
まま吊るされていると肉の周囲が、ビーフジャーキーの様に乾燥し、ロースの断面は凹状
に窪んでいる。まるで、乾燥肉の皮をかぶった様なロース肉の固まりがぶら下がっている
のだ。
らしい。
骨でロースを支えていないと肉の水分が減少して行くにしたがって形が湾曲する
肉が湾曲すれば、当然ただでさえ悪い歩留まりが更に悪くなる。
店の主人は、その中にあったストリップロインを指差し「これをステーキにしよう」と言
ってくれた。 5 週間程吊るしたロース肉からステーキ分を切り取り、外側の乾燥肉部分の
皮をむいて出てきたのが、その日のドライエイジド・ニューヨークステーキであった。 最
近、アメリカで、ドライエイジドが流行ってきた理由がなんとなくわかってきた。
手間
と時間がかかるが、肉を長年食べてきた西洋人が、昔から行っていた本来の牛肉の熟成と
は、この様なものだったのである。
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1、熟成とは ?
よく腐敗一歩手前の肉が美味いなどと言う人がいる。それは一面では当っているかも知れ
ないが、正しいとは言えない。
対に食べてはいけないのである。
一歩手前でもバクテリアによって腐りかけている肉は絶
食のプロとして、熟成・発酵と腐敗は全く異なる事を
理解しなければならない。
また、それとは逆に鮮度が命とばかりに「とれたて牛肉」を売り言葉にする人も、ごくた
まに見うける事がある。魚介類とは違って「とれたて新鮮な牛肉」は、硬くて風味の無い
不味い肉なのである。
まずは、熟成と発酵、腐敗の違いについて簡単に述べよう。
熟成:
発酵と腐敗はどちらも微生物が関わっているが、熟成は肉自体が持つ分解酵素と時間に関
わっている。素材がもともと持っている分解酵素により、たんぱく質が徐々に分解されて
ペプチドやアミノ酸に変化していく、その過程で旨味を増していく変化が熟成である。
たんぱく質が分解されるため一般的に肉は柔らかくなる。温度が高ければ酵素の働きが強
いために熟成は進みやすくなる。
熟成が進むと、アミノ酸を多く含むドリップ(肉から
出る汁)の流出が増加、それを微生物が栄養として取り込みやすくなり増殖し発酵や腐敗
が進行する。
従って過度の熟成は、発酵や腐敗を招きやすいので注意が必要である。
発酵:、
カビ菌(麹カビ等)、納豆菌、酵母菌や乳酸菌が活躍し、でんぷん、たんぱく質などを分解
し、アルコール、アミノ酸、糖類、乳酸、炭酸ガス等を生じる作用。
焼肉店で必ず出されているキムチの酸味も、乳酸菌発酵によって生まれる。
腐敗:
タンパク質やアミノ酸が有害な微生物(細菌、バクテリア等)やカビによって分解され、
有毒物質や悪臭を生じる変化。食肉ではドリップ(肉から出た汁)にアミノ酸が多くバク
テリアが繁殖しやすいため、ドリップ浸出が少なくなる様に温度管理が非常に大切である。
一般的に食肉の場合、0℃の食肉を 20 分以上常温に置くと温度が 2℃以上も上昇してドリッ
プ(肉汁)が出やすくなる傾向がある。従い食肉を保管する場合には、できるだけ常温に
放置する時間を短くする事が非常に大切である。
内臓については、内臓自体に含まれる酵素が多く、その分熟成の進行が早い上に、雑菌に
も汚染されやすい。従い腐敗の進行も早いので、食肉以上の温度管理に注意が必要である。
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2、熟成の方法
基本的に食肉の熟成は、食肉が納入された時点で既に行われているはずである。 従って、
これから述べる事は、熟成はどの様に行われているかを知識として持っていただく事を目
的としている。
・
熟成は氷温状態で
氷温(0℃∼‐2℃)つまり微生物の増殖が、ほぼ停止状態で行う。
牛肉の熟成は通常仕
入れた状態の真空パックのまま、氷温庫で保管して行う。
輸入チルド牛肉であれば、米国やオーストラリアでのと畜から輸入通関されて店に届くま
で、既に一ヶ月程度は熟成されているため、そのまま真空パックから肉を出して使えば、
ちょうど食べ頃になっているはずだ。
それゆえ、あらためて店で熟成させる必要はない。
また国産牛肉の場合でも、納入業者
は通常熟成させた牛肉を納品するはずだが、その点は納入業者に再確認して欲しい。
牛肉の熟成としては、通常氷温で 2∼3週間から 45∼60 日程度が、うまみ成分のペプチド
とアミノ酸が、ちょうどよく肉の中に含まれている状態になる。
これ以上長期熟成する
と、場合によってはドリップが変色し異臭がしたり、肉色や食味が落ちたりする事もある
ので注意が必要である。
・
入荷した原料の鮮度を見る
ドリップの状態で原料肉表面の一般生菌数(バクテリア数)をおおよそ推測できるので参
考にして欲しい。
一般生菌数(1g当り生菌数)
真空パック内のドリップの状態
10 の 3 乗(千個以下)
量は少なく、少し赤く透明
10 の 4 乗(1万個以下)
すこし暗赤色に変化するが、透明。
10 の 5 乗(10 万個以下)
暗赤色が濃いぶどう色に変化、多少濁る。
10 の 6 乗(100 万個以下)
黒く濁る。量も多くパック内部で肉全体に回る。
10 の 7 乗(1千万個以下)
量がかなり多く、どす黒い。
食品分類別微生物指標では、基準は次の通り
加熱用生肉:
5 x 10 の6乗以下(500万個以下)
生食用食肉:
10の5乗以下
(10万個以下)
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・
食材によって異なる保管期間と熟成時間
牛肉には基本的に熟成が必要である。羊肉、豚肉も同様に牛肉より短いが熟成が必要であ
る。
一般にレッドミート(牛、鹿、馬、鯨等)の方が、熟成期間が長い。
反対に熟成
がほとんど必要無く、逆に鮮度が重視されるのは、鶏肉、内臓類、水産物(魚でも熟成し
た方が美味い物もある)である。
だいたいの目安として熟成期間の例を示すと次の通り
牛肉ブロック:
保管温度
0℃∼2℃
と畜後 5 日∼10 日程度が食べ頃
保管温度
‐2℃∼0℃以下
と畜後 2∼3 週間が食べ頃
豚肉ブロック:
保管温度
0℃∼2℃
保管温度
‐2℃∼0℃以下
と畜後3日∼5日程度が食べ頃
と畜後5∼10日程度が食べ頃
内臓、鶏肉、魚・えび・かに・貝類等:
熟成は、基本的に不要。
牛内臓では、牛タンだけは短時間の熟成が好ましい。仙台のタン焼き店では、スライスし
た牛タンに塩コショウの下味を付けて 1∼2 日程氷温熟成させる事もあるが、その他の内臓
は、全て熟成せず鮮度が良いものをお客様に提供する。
3、
内臓の取り扱い
ホルモン(生鮮)、白モツ(ボイル)等
基本的には、仕入れたホルモンは、その日の内に使い切る事を徹底したい。
凍する場合は、その日に使い切れる分量だけにする。
冷凍物を解
どうしても余った場合には、必ず
その日の内に下ゆでなどの加熱をして、翌日のモツ煮込み、モツ炒めやモツ鍋の具材とし
て仕込みする事が必要である。
上ミノ
上ミノは、一般的には業者から冷凍ミノ又はムキミノとして仕入れると思うが、解凍する
場合は、その日に使い切れる分量を仕込むべきである。
温度が上昇するとムレて異臭が
出やすいので、余った場合はシロモツ同様に早めに加熱して、翌日の仕込みに回す様にし
たい。
レバー
非常に鮮度管理と衛生管理が大切な食材がレバーである。あぶりレバーやタタキとして下
処理(表面の血管、リンパ、脂肪、皮膜の掃除)をする時も、カットする時も全て専用包
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丁、専用まな板を使い、他の白モツ等からの汚染が無い様に注意が必要である。
鮮度落
ちが早いので、調理時間は出来るだけ迅速に行い、仕込みの終わった物はすぐに氷温で保
管する事が重要である。
何度も言うが、あぶりレバーやホルモン焼きとして仕込んだ内臓類は、その日の内に使い
切るようにしたい。もし残った場合には、もったいないがそれらを廃棄するくらい鮮度へ
のこだわりを持った方がよいと思う。
あぶりレバーやホルモンは、一般に焼肉店の鮮度
へのこだわりを示す重要な指標の一つとなっているからである。
なお、レバ刺は過去にO−157などの食中毒があったため、通常、業者から生食用とし
ての販売はされていない。まわりを加熱しレア状態の「あぶりレバー」や「タタキ」とし
て提供するのが主流になりつつある。
4、
・
牛肉と内臓の保存のテクニック
消費期限のチェック
納入された食肉・内臓はすぐに冷蔵庫・冷凍庫に入れなければならない。
その場合は、
常に「先入れ先出し」を実践すると共にカートン上に表記されている消費期限の確認をし
ておきたい。 納品が日配であれば、その日に使い切る量の仕入れを行うので大丈夫だが、
2∼3日分をまとめて配送される場合は十分な注意が必要になってくる。
特に内臓の消
費期限は、常に把握できる様にしておこう。
・
冷蔵庫での保存期間の目安と取り扱い方
基本的にブロック、厚切り、角切り、スライス、ひき肉の順番で保存期間が短くなって行
く。
また、水分の多い肉ほど保存期間が短くなるので、牛肉→豚肉→鶏肉→内臓の順番
で保存期間は短くなる。
掃除やサク取りなどをして仕込んだ材料を入れる冷蔵庫は、保管庫と違って扉の開け閉め
が多く庫内温度が上昇しやすいため、保存期間が短くなる事に注意が必要である。
なお、食肉は空気に触れる時間が長いと酸化したり、バクテリアの繁殖が進みやすくなる
ため、最終カットは出来るだけお客様に出す盛り付けの直前に行う事。また、カットした
食肉は出来るだけ空気に触れない様にラップ等で良く包んで迅速に冷蔵庫に入れなければ
ならない。 食肉の脂肪やタンパク質が酸化すると風味を失う原因となるからである。 ま
た、先述したとおり、ドリップは雑菌が繁殖しやすく異臭の元になるためドリップキーパ
ー(吸水シート)などで包み、よく吸い取っておけば鮮度が長持ちする。
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以下は下処理後の材料を冷蔵保存(庫内温度4℃以下)した場合の目安である。 これは、
あくまでも目安であるので鮮度は最終的にはご自身で確認していただきたい。
その日に使い切る食材
内臓(ホルモン、レバー)
鶏ひき肉、豚ひき肉、牛豚合ひき等
翌日までに使い切る食材
牛タン、牛ひき肉、鶏切り身等
2日後まで
豚肉切り身、豚肉スライス等
3日後まで
牛肉スライス、
豚肉カタマリ等
4日後まで
牛肉厚切り、牛サイコロカット等
5日後まで
牛肉カタマリ
・
冷凍保存の場合
食材は、基本的には鮮度の良いうちに使用する事が前提条件だが、やむを得ず長く保存す
る場合は、冷凍保存しかない。
食肉を冷凍するとラップは破損しやすくなるため、丈夫なラップを選ぶと共に食肉が空気
に触れない様にキッチリと2重包装する。冷凍された食肉でもラップの破損によって酸化
や乾燥による変質が起き、食肉の風味を損なう原因となる。
解凍して使用する場合は、低温でゆっくり行うのが原則で、これは肉の旨みである肉汁(ド
リップ)が急に流れ出ないようにさせるのが理由である。
にしっかりと包んで流水で解凍してもよい。
時間がない場合はビニール袋
また、一度解凍した食材は絶対に再凍結し
ない事が鉄則である。
ミートジャーナリスト・コンサルタント
高橋 寛
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