3章 マクロ経済モデルの現状

3章 マクロ経済モデルの現状
3章
マクロ経済モデルの現状
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情報開発部
渡部
肇1
NEEDS日本経済モデルがサービスを開始した 1973 年時点では、マクロ経済モデルとい
えばケインズ型の計量経済マクロモデルであった。だが、1976 年に発表された一本の論文を
きっかけに、その状況に変化が訪れることになる。ロバート・ルーカス(Robert Lucas)とい
う少壮の経済学者が書いたその論文 2は、計量経済モデルの手法に疑問を投げかけ、後に「ル
ーカス批判(Lucas critique)」と呼ばれるようになった。経済学界では、このルーカス批判
を契機として様々な研究が行われ、現在では「動学的確率的一般均衡(DSGE=Dynamic
Stochastic General Equilibrium)モデル」と呼ばれるモデルが主流の地位を占めるに至って
いる。現在国際通貨基金(IMF)の調査局長を務める著名経済学者のオリビエ・ブランシャ
ール(Olivier Blanchard)は、2008 年の小論 3でこうした歴史を振り返り、「(そのような曲
折を経た)マクロ経済学の現状は良好である(The state of macro is good)」と結論した。
しかし、リーマン・ショックを機に経済学界で再び激しい議論が巻き起こり、今またDSG
Eモデルの主流派としての地位にも陰りが見え始めている。ノーベル経済学賞受賞学者のポー
ル・クルーグマン(Paul Krugman)は、2009 年9月2日付けのニューヨークタイムズの論説
4
で「マクロ経済学の現状は良好ではない(The state of macro…is not good)
」と述べ、ブラ
ンシャールの見方を否定した。また、こうした経済学界の動向とは別に、経済予測をはじめと
する実務では依然として計量経済モデルが有効なツールとして使われ続けている(2章参照)
。
本章では、リーマン・ショック後のマクロモデルを巡る議論を通じて、マクロ経済モデルの
現状を、計量経済モデルと他のモデルとの関係という観点から概観する。その上で、改めて今
日における計量経済モデルの意義について論じる。
リーマン・ショック後のマクロモデルを巡る論争
2008 年9月のリーマン・ショックに端を発した金融危機は、世界経済のみならず、マクロ
モデルの世界にも大きな影響を及ぼした。それまでにマクロモデルにおける支配的な地位を確
立していたDSGEモデルは、危機を予見できなかったのみならず、危機に対応する有効な対
策を提供できなかったことで、一部の人々から激しい批判にさらされた。そうした批判者の中
の最右翼に位置するのが、ノーベル経済学賞受賞学者のポール・クルーグマン(Paul Krugman)
プリンストン大学教授である。彼は、DSGEモデルが主流となるに至った過去 30 年間のマ
1
本章の意見にわたる部分は筆者個人の意見であり、その所属する組織を代表するものではない。
また、あり得べき誤りはすべて筆者個人の責任である。なお、本章では敬称は略した。
2
Lucas, R.E., 1976, “Economic Policy Evaluation: A Critique,” Carnegie-Rochester
Conference Series on Public Policy 1, 19-46.
3
Blanchard, O. J., 2008, "The State of Macro", NBER Working Paper, n. 14259.
http://www.nber.org/papers/w14259.pdf
4
http://www.nytimes.com/2009/09/06/magazine/06Economic-t.html
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3章 マクロ経済モデルの現状
クロ経済学の潮流を槍玉に挙げ、その期間の研究の大部分は、「良く言って驚くほど無益、下
手をすれば明らかに有害(spectacularly useless at best, and positively harmful at worst)」
とまで言い切っている 5。彼に言わせれば、今回のような大きな危機に対処するにはケインズ
経済学が有効であるが、ルーカス批判以後のマクロ経済学(いわゆる「現代マクロ経済学
(modern macroeconomics)」)はケインズ経済学を旧時代の遺物として葬り去り、その貴重な
教訓を忘れ去ってしまった。クルーグマンは、自身のブログで、そのような現状を「マクロ経
済学の暗黒時代(a Dark Age of macroeconomics)
」と表現している 6。
クルーグマンは在野の学者であるが、政権中枢に位置した経済学者からも同様の意見が表明
された。オバマ政権の国家経済会議(NEC)委員長という要職に就いてリーマン・ショック
後の危機に対処したローレンス・サマーズ(Lawrence Summers)は、在職中に手元に送られて
きた論文のうち、最適化、選択理論、新古典派といった現代マクロ経済学を表すようなキーワ
ードを含んだ論文は事実上すべて無視し、レバレッジ、流動性、デフレーションといったキー
ワードを含んだ論文だけに目を通した、と述懐している 7。またサマーズは、危機に関する洞
察を与えてくれた経済学者として、ウォルター・バジョット(Walter Bagehot)、ハイマン・
ミンスキー(Hyman Minsky)、チャールズ・キンドルバーガー(Charles Kindleberger)の名
を挙げた。これについてカリフォルニア大バークレー校のブラッドフォード・デロング(J.
Bradford Delong)教授は、3人とも故人であり、キンドルバーガーの代表作は 30 年以上前の
ものであること、バジョットの著書に至っては 19 世紀に書かれたものであることを指摘して
いる 8。2008 年に発生した経済危機に対処するのに、それだけ昔の経済学者の知見に頼らざる
を得なかったという発言は、事実上、サマーズによる現代マクロ経済学に対する痛烈な告発で
ある、というのがデロングの見立てである。
しかし当然ながら、クルーグマンやサマーズの批判対象となった現代マクロ経済学を支持す
る立場の人々は、そうした批判に反発し、同時に過去の経済学に回帰する動きを見せたオバマ
政権の経済政策を指弾した。例えばロバート・ルーカスは、米大統領経済諮問委員会(CEA)
委員長として財政政策の乗数効果に関する報告書をまとめたクリスティーナ・ローマー
(Christina Romer)を批判し、大規模な経済モデルによって財政政策の乗数効果を測るなど
というのは「がらくた経済学(schlock economics)」であり、ローマー自身もその数字を信じ
ていなかっただろう、と述べた 9。これに対しクルーグマンは、ルーカスの発言をローマーへ
5
2009 年7月 16 日付の英エコノミスト誌記事(http://www.economist.com/node/14030288)で報
じられた 2009 年6月 10 日のロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでの講演中の発言。
6
http://krugman.blogs.nytimes.com/2009/01/27/a-dark-age-of-macroeconomics-wonkish/
7
2011 年4月9日付の英エコノミスト誌ブログ Free Exchange 記事
(http://www.economist.com/blogs/freeexchange/2011/04/economics_0)
。
8
2011 年4月 29 日付の Project Syndicate 記事
(http://www.project-syndicate.org/commentary/economics-in-crisis)
。
9
2009 年3月 30 日に開催された外交問題評議会(Council on Foreign Relations)での講演
(http://www.cfr.org/world/why-second-look-matters/p18996)中の発言。
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の「中傷(smear)」と断じると同時に、ルーカスが乗数効果を理解していないのはそもそも経
済学を理解していないためだ、と批判した 10。ノーベル賞経済学者が別のノーベル賞経済学者
に対し、同賞の受賞理由となる業績を上げた自分の専門分野を理解していない、と批判したわ
けで、両者の間の深い溝を象徴する出来事だといえる。
計量経済モデルの復権?
ルーカスのローマー批判に見られるように、現代マクロ経済学を代表する立場の人々は、計
量経済モデルの使用に強く反発する。クルーグマンはケインズ経済学を信奉する立場からルー
カスのローマー批判に反論したが、彼自身は理論経済学者であり、必ずしも計量経済モデルの
使用そのものを強力に支持しているわけではない。2009 年9月2日付けのニューヨークタイ
ムズの論説で彼は、今後の経済学が進むべき方向性として、DSGEモデルにケインズ経済学
の要素をこれまで以上に取り入れることを提案している 11。
その一方で、計量経済モデルのDSGEモデルに対する優位性を正面切って論じる経済学者
も現われた。ワシントン大学准教授(当時)のジェームズ・モーリー(James Morley)は、米
経済調査会社マクロエコノミック・アドバイザーズに寄稿した小論「皇帝は裸だ(The Emperor
Has No Clothes)
」で、計量経済モデルのDSGEモデルに対する利点として以下の3点を挙
げている 12。
① 計量経済モデルでは変数の数が多いため、DSGEモデルでは扱えないような経済の
詳細部分(需要項目の内訳や財政政策の形態や貿易など)が扱える。
② DSGEモデルでは経済変数の定常状態からの乖離を説明対象としているが、計量経
済モデルでは基本的に水準を説明対象としているため、統計的ならびに経済的な意味
が読み取りやすく、予測作業も容易。
③ 計量経済モデルはマクロ経済理論に基づいているものの、現実を完全に描写すること
を意図してはいない。計量経済モデルには残差(アドファクター)という「安全弁」
が用意されており、それによって現実との乖離を調整している。一方、DSGEモデ
ルは理論をそのままモデル化しているため、そうした安全弁が存在しない。
モーリーのこの論文では、ナラヤナ・コチャラコタ(Narayana Kocherlakota)ミネアポリ
10
2011 年 12 月 26 日付のブログ記事
(http://krugman.blogs.nytimes.com/2011/12/26/a-note-on-the-ricardian-equivalence-argum
ent-against-stimulus-slightly-wonkish/)
。
11
DSGEモデルには非自発的失業などのケインズ経済学の要素が既に取り入れられているが、依
然として人々の完全合理性や市場の完全性を仮定しているため、元のケインズ経済学ほどリーマ
ン・ショックなどの経済危機をうまく説明できるには至っていない、というのがクルーグマンの認
識である。
12
http://macroadvisers.blogspot.jp/2010/06/emperor-has-no-clothes-ma-on-state-of.html。
マクロエコノミック・アドバイザーズは米連邦準備理事会(FRB)元理事のローレンス・マイヤ
ー(Laurence Meyer)が設立した会社で、同社自身も計量経済モデルに基づく経済予測を提供して
いる。
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3章 マクロ経済モデルの現状
ス連銀総裁を、現代マクロ経済学を代表する立場の経済学者として槍玉に挙げている。より具
体的には、ミネアポリス連銀の機関誌「Region」2010 年5月号掲載の「経済政策のツールと
し ての 現代 マク ロ経 済学 モデ ル( Modern Macroeconomic Models as Tools for Economic
Policy)」と題されたコチャラコタの小論
13
が批判対象となっている。コチャラコタのこの小
論は現代マクロ経済学の来歴と考え方が手際よくまとめられているので、次節ではその論文に
即して現代マクロ経済学の流れを紹介し、その上で改めてモーリーの批判を振り返ってみたい。
ルーカス批判からDSGEモデルへ――コチャラコタによる現代マクロモデル史
コチャラコタはルーカス批判を次のように説明している:
計量経済モデルは、様々なデータを用いて推計された相互に絡み合う数多くの需
給関係に基づいて構築されている。ルーカスが示したのは、あるマクロ経済政策
レジームのデータを用いて推計された需要と供給の関係は、政策レジームが変わ
れば必ず変わる、ということである。従って、元のレジームで推計された関係は、
その政策レジームが維持されている間は経済予測に役立つが、政策レジームの変
更を評価するに当たっては無力である。
では、どうすればマクロ経済学者はルーカス批判を回避できるのであろうか?
その答えは、
政策変更の影響を受けない要因に基づいてモデルを組み立てることにある。例えば、中央銀行
が金利決定ルールを変更した場合、投資と金利の関係は変わるだろう。しかし、投資と金利の
関係は、究極的にはもっと根本的な要因に基づいているはずである。その要因とは、一つには
生産要素である資本の蓄積を決定する技術であり、もう一つは人々が今日の消費と将来の消費
のどちらを優先するかという選好である。そうした技術や選好は、中央銀行が金利決定ルール
を変えたとしても変わらない。従って、それらの根本的な要因、ないし構造的要因に基づいて
組み立てられたモデルは、中央銀行の政策変更の影響をより適切に評価できるはずである。
以上の考えに基づき、1980 年代以降、現代マクロ経済学のモデルが形作られていった。そ
のモデルには次の5つの特徴があった。
① 資源および予算の制約を取り入れた。
② 家計の選好と企業の目的関数を取り入れた(=前述のルーカス批判対応)
。
③ 家計や企業が先を考えて行動するようにした。具体的には、将来について利用可能な
情報を基に最善の行動を取る、という「合理的期待」を取り入れた。
④ 経済に影響を与えるショックを明確化した(例:技術進歩率のランダムな変化)。
⑤ 経済全体を表現するようにした(この点は従来のマクロモデルと同様)
。
こうして出来上がったのが、DSGEモデルである。DSGEのD(Dynamic=動学的)は、
家計や企業が先を考えて行動することを示している。DSGEのS(Stochastic=確率的)は、
ショックの導入を示している。DSGEのG(General=一般)は、経済全体を表現している
13
http://www.minneapolisfed.org/publications_papers/pub_display.cfm?id=4428
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3章 マクロ経済モデルの現状
ことを示している。そしてDSGEのE(Equilibrium=均衡)は、家計や企業に制約と目的
関数を取り入れたことを示している。
DSGEモデルのどこが問題か?
このようにコチャラコタが紹介した現代マクロ経済学の潮流のどこをモーリーは問題視し
たのであろうか?
彼の批判はまず、構造的要因に基づいたモデル(これは「ミクロ的基礎付
けを持つモデル(micro-founded model)
」とも呼ばれる)が、経済変数の過去の関係に基づい
たモデルよりも正確な予測を生み出すはずだ、という点に向けられる。実際に実証分析を行え
ば、ミクロ的基礎付けを持つモデルからは導出できないながらも有用なマクロ経済変数の関係
が存在することに気付くはずだ、とモーリーは指摘する。理論はもちろん重要だが、理論を額
面通りに受け止めるあまりデータを軽視するのはいかがなものか、というのがモーリーの第一
の批判である。
次いでモーリーは、技術的進歩などのショックを外生化した現代マクロモデルの構造に矛先
を向ける。そのモデル構造は、結局のところ、GDPの変動が外生的ショックに起因すること
を予め仮定したことにほかならない、とモーリーは言う。そのモデルで現実に観測されるGD
Pの変動の時系列相関を再現しようとすると、技術的進歩ショックにも時系列相関を持たせる
ことになる。彼は、そうした操作を、帽子から兎を取り出す手品のために帽子に兎を仕込んで
おくことに例えて、手品の種は明らかになっているのだ、と皮肉っている。
技術的進歩だけを外生的ショックとした初期の現代マクロモデル――それは「リアル・ビジ
ネス・サイクル(RBC=Real Business Cycle)モデル」と呼ばれる――に比べれば、近年
のDSGEモデルは精緻化されているが、依然として時系列相関を持つショックに依存してい
る、とモーリーは指摘する。DSGEモデルは、技術的進歩ショックに加えて選好ショックや
政策ショックなどを取り入れて、RBCモデルより現実に近づけることを意図しているものの、
新たに加えたショックも時系列相関を持っており、それがどの程度モデルの説明力に寄与して
いるか不明である。
しかも、最先端のDSGEモデルの研究者としてコチャラコタが小論で取り上げたフラン
ク・スメッツ(Frank Smets)とラフ・ウーターズ(Raf Wouters) 14は、自分たちのモデルに
おける外生的ショックは、モデルで省略された変数(原油価格、交易条件、税金、等)へのシ
ョックの代理を演じているに過ぎないかもしれない、と認めている。ならば、それらの変数を
直接取り込んだ大規模な計量経済モデルの使用を考えるのが自然ではないか、とモーリーは言
う。
もちろん、計量経済モデルの使用においてはルーカス批判の克服が課題になるわけだが、そ
の点についてモーリーは以下の2点を指摘している。
14
Smets, Frank, and Raf Wouters, 2003, “An estimated dynamic stochastic general equilibrium
model of the euro area,”Journal of the European Economic Association 1 (September), 1123-75.
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3章 マクロ経済モデルの現状
① コチャラコタは、ルーカス批判の説明において政策レジームが変わる場合を問題にし
たが、政策レジームが変化しない場合の政策の変更については、計量経済モデルの有
用性を認めている。
② ルーカス批判は、推計された需要と供給の関係の不安定性を自明の理としていたが、
その後の研究ではそのことは反証されている 15。従って、DSGEモデルの計量経済
モデルに対する優位性は証明されてはいない。
その上でモーリーは、今の計量経済モデルはコチャラコタの挙げたDSGEモデルの5つの
特徴をある程度備えているし 16、それに加えてDSGEモデルに対し先述の3つの利点も有し
ている、と指摘する。そして、計量経済モデルはずっと昔に放棄された、とコチャラコタは小
論の中で述べたが、放棄したのはあくまでも現代マクロ経済学を信奉する経済学者たちだけで
あり、例えば財政政策の効果を予測しようとする政策担当者は別に放棄してはいない、とコチ
ャラコタの現状認識を批判している。
アドファクターの意義
モーリーはアドファクターの使用を計量経済モデルの利点の1つとして挙げた。しかし、実
は、1976 年のルーカス批判論文では、アドファクターの使用を計量経済モデルの欠点の証左
として挙げている。具体的には、計量経済モデルを用いた予測を行う際に、直近のアドファク
ターの傾向を予測に反映させるという慣行をルーカスは槍玉に挙げている。ルーカスに言わせ
れば、そうした操作は予測の正確性を高めるという点では結構であるが、つまるところは理論
に基づいた予測がなされていないことを意味する。ルーカスは、モデルのパラメータ(回帰係
数など)が固定されていることが問題であるとし、パラメータが時系列変動する手法を代替案
として提示している。
この点についてモーリーは、モデルのパラメータの安定性というのは絶対的なものではなく
相対的なものにすぎない、と反論している。固定されたパラメータによる予測というのも別に
ルーカス批判によって無効化されたわけではなく、どこまで適切な予測を出せるかという程度
の問題にすぎない。それに、計量経済モデルのすべてのパラメータが安定性を欠いているわけ
ではなく、消費関数のように安定しているものもある。確かに、従来の計量経済モデルにおい
て失業とインフレ率のトレードオフを表していたフィリップス曲線のパラメータは安定性を
欠き、その点がルーカス批判以後のマクロ経済学論争で攻撃の的となったが、その問題は他の
マクロ経済の関係にそのまま適用されるような一般的なものではない、とモーリーは言う。一
15
反証の例としてモーリーは次の論文を挙げている:Favero, C. and D. Hendry, 1992, “Testing
the Lucas Critique: A Review,” Econometric Reviews 11, 265-306.、および、Farmer, R., 2002,
“Why Does Data Reject the Lucas Critique?” Annales d’économie et de statistique special
issue on “The Econometrics of Policy Evaluation”, 67/68, 111-129.
16
NEEDSモデルについて言えば、家計の先行き見通しを表す変数として期待インフレ率を取り
入れている。また、公共投資や政府消費を外生変数とすることにより政府の予算制約を外から与え
られるようにしている。
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3章 マクロ経済モデルの現状
方、構造的要因に基づくDSGEモデルから導出されたパラメータの中にも、安定していない
ことが研究で確認されたものがある。従って、マクロ経済学者が安定した経済的関係を追究す
るとしても、DSGEモデルがその解を与えてくれると決めてかかることはできず、あくまで
も実証によって決着すべき問題である、とモーリーは論じている。
また、IHSグローバルのエコノミストであるダニエル・バックマン(Daniel Bachman)は、
1996 年の論文 17で、計量経済学モデルで予測を行っている実務者の立場からルーカス批判に反
論している。同論文でバックマンは、もしモデルのパラメータが固定されていることによって
予測値がずれていくことが問題ならば、モデルのパラメータを毎月推計し直せばよいだけの話
であり、それは今のコンピューターの計算能力からすれば可能な話だ、と指摘している。バッ
クマンは、予測値のずれへの対処というのはアドファクターの用途の中では些細なものにすぎ
ず、現実世界を数値で表現する手段としての簡便性と有用性がアドファクターの本質なのだ、
と論じている。例えば、新大統領の選出が消費者の所得見通しに与える影響は、経済予測に際
して考慮すべき重要な要因となるが、統計的手法でモデルに落とし込むことは不可能である。
そのため、予測者はアドファクターによってそれを表そうとする。即ち、アドファクターとい
うのは、現実世界の非数値的な要因を数値領域に対応付けするツールなのだ、とバックマンは
言う。
バックマンのこのアドファクター解説は、現実とモデルの乖離を調整するための安全弁、と
アドファクターを表現したモーリーと軌を一にする考え方である。実際、バックマンは 2011
年の論文 18でモーリーの論文を評価し、彼のような見解が経済学界で無視されてきたのは残念
なこと、と述べている。
ベクトル自己回帰(VAR)モデルと計量経済モデル
ここまで説明してきたルーカス批判、および、それを受けて誕生したDSGEは、計量経済
モデルのパラメータの安定性を問題にしていた。一方、計量経済モデルの別の側面を問題視し、
その克服を目指したモデルも現われた。それが、クリストファー・シムズ(Christopher Sims)
が 1980 年の論文 19で提唱したベクトル自己回帰(VAR=Vector Autoregression)モデルで
ある 20。
シムズの計量経済モデルへの批判は、各方程式の説明変数の決定方法が恣意的であることに
向けられている。例えば、食肉への需要は、食肉価格だけではなく他の商品の価格によっても
決定されるであろう。だが、計量経済モデルの慣行では、食肉の需要方程式を作成する際に、
17
Bachman, Daniel, 1996, “What Economic Forecasters Really Do,” The WEFA Group.
Bachman, Daniel, 2011, “Comparing Forecasting Methods: Why Do Traditional
Macroeconometric Models Remain Popular?” SSRN Working Paper.
19
Sims, Christopher A., 1980, “Macroeconomics and Reality,” Econometrica 48, 1-48.
18
20
以下の解説ではシムズの論文のほか、Brooks, Chris, 2008, “Introductory Econometrics for
Finance,” Cambridge, 2nd Edition.も参照している。
NEEDS日本経済モデル 40 周年記念
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3章 マクロ経済モデルの現状
右辺(説明変数)から食肉以外の商品の価格は省略される。そうした部分均衡の方程式を集め
てモデルを構築しても、悪しきモデルになるだけである、というのがシムズの論点である。シ
ムズに言わせれば、モデルのある推計式の右辺に現われた説明変数は、他のすべての推計式の
右辺に現われるべきである。実際の計量経済モデルがそうなっていないのは、モデル構築者が
直観に基づいて説明変数を取捨選択しているからにすぎず、その前提は「信じ難い
(incredible)」、とシムズは言う。それに対し、シムズが提示したVARモデルでは、すべて
のモデル変数(被説明変数を含む)のラグ変数が各推計式の説明変数となる。そのため、計量
経済モデルのように外生変数と内生変数を区別する必要はなく、すべての変数が内生変数とな
る。
ただ、理論ではなくデータをして語らしめるというVARモデルの構造は、同時にその弱点
ともなる。計量経済学者のクリス・ブルックス(Chris Brooks)は、VARモデルの難点とし
て以下の4点を挙げている 21。
① 計量経済モデルでは変数間の同時点の関係が取りあえず何らかの理論に基づいて決
まっており、それによってモデル構造が明らかになっている。VARモデルではそう
した理論的関係は存在しないため、モデルの構造が把握しにくく、係数の解釈もしに
くい 22。
② 各種の手法を用いてラグの適切な長さを決定する必要がある。
③ 推計すべきパラメータ数が非常に多い。g個の変数をそれぞれラグ数=kで推計する
場合、
(g+kg2)個のパラメータが発生する。g=3、k=3ならば、パラメータ
数は 30 に達する。サンプル数が小さいと、たちまち自由度が尽きてしまい、標準誤
差が大きくなる。
④ VARモデルで係数の統計的有意性を調べるために仮説検定を行うのであれば、変数
の定常性が確保されていることが望ましい。しかし、定常性を確保するために階差を
取ると、変数同士の長期的な関係に関する情報が失われてしまう。
IHSグローバルのバックマンは、①の点に関連して、経済予測を用いて意思決定を行う人
は、観測される経済データに企業や家計など経済主体の行動がどのように現われるのかという
物語を求めているのであり、そうした物語を提供しないブラックボックスたるVARモデルは
意思決定者にとって使いにくい、と批判している。バックマンはまた、②および③の点に関連
して、サンプル数を増やすためにラグを長くした場合、経済変数間の関係が途中で変わってし
まっている危険性がある、と 2011 年の論文で指摘している。もちろんそのことはすべての経
済モデルに共通の問題だが、VARモデルは特に長い推計期間を必要とするため、その問題に
対し特に脆弱になる、とバックマンは言う。
21
前注の“Introductory Econometrics for Finance”。
実際にはVARモデルでも暗黙裡に変数間の同時点の関係は存在しており、それに焦点を当てた
構造VAR(Structural VAR)モデルというモデルも開発されている。ただ、ラグ変数の係数の解
釈が困難である点は変わりない。
22
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3章 マクロ経済モデルの現状
③の点について筆者の個人的見解を付け加えるならば、この問題によってラグだけではなく
変数の数にも制約がかかることになる。そのため、モーリーが計量経済モデルの利点の一つと
して挙げた変数の豊富さは諦めざるを得ないことになる。このことはまた、経済全体を表現す
るモデル(コチャラコタのいわゆるDSGEの“G”=General[一般]
)となる上でも大きな
制約となるように思われる。説明変数の取捨選択の恣意性を排したというメリットが、そうし
たデメリットを補って余りあるものかどうかは議論の余地があろう。
結語:今日における計量経済モデルの意義
過去 40 年間のマクロ経済モデルの発展は、計量経済モデルの理論的不備を指摘し、その克
服を試みる人々によって方向づけられてきた。その1つがミクロ的基礎付けを持つ理論を追求
することから生み出されたDSGEモデルであり、もう1つが、逆に理論の介在を極力排する
ことから生み出されたVARモデルである。いずれも今日では学界で通常使われるマクロ経済
モデルとしての地位を確立した。両モデルに共通しているのは、計量経済モデルにおけるアド
ファクターや推計式の説明変数の取捨選択に象徴されるような、人間の主観が入り込む余地を
なくす、という方向性である。これは、経済学を科学たらしめたい、という経済学者の強い欲
求の表れとみなすこともできよう。
だが、そうした方向性を追求した結果、モデルが現実から遊離してしまった、もしくは、使
いにくくなったのではないか、という批判も生じた。DSGEモデルが追求したミクロ的基礎
付けの妥当性には、根強い疑問が寄せられている。VARモデルは、データに即することを目
指すあまりパラメータの解釈が困難になった、という指摘を受けているほか、経済全体を表現
するモデルとしては自由度への制約が大きすぎるようにも見受けられる。
今日、各国の政府や中央銀行は、計量経済モデルに現代マクロ経済学の知見を取り込む方向
でのモデル構築を模索している。いわば、両者の良いとこ取りを目指しているわけだ。しかし、
計量経済モデルにそうした要素を持ち込むとモデルの構造が分かりにくくなるほか、モデルが
出す結果も分かりにくくなる、という問題が生じる 23。
計量経済モデルのようにデータと理論と人間の主観的判断が入り混じったモデルは、確かに
純粋科学として経済学を目指す人にとっては物足りなく見えるのかもしれない。しかし、現実
の複雑さが現在の経済学が捕捉できる範囲をまだ超えているならば、そうしたモデルの有用性
も依然として大いに存在する、といえるのではないだろうか。
23
5章では、現代マクロ経済学が重視する均衡への収束という考えを強く取り入れた内閣府モデル
の政府支出乗数と、NEEDS日本経済モデルの政府支出乗数を比較している。
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