1 通貨危機と銀行システムの健全性

通貨危機と銀行システムの健全性
―ラテンアメリカとアジアの比較―
西島章次
はじめに
1990 年 代 後 半 の 世 界 経 済 は 、 国 際 金 融 市 場 の グ ロ ー バ ル 化 を 背 景 に 、 94 年
末 の メ キ シ コ の ペ ソ 危 機 、97 年 の ア ジ ア 諸 国 の 通 貨 危 機 、98 年 の ロ シ ア 危 機 、
そ し て 99 年 の ブ ラ ジ ル の 通 貨 危 機 と 、 通 貨 危 機が 多 発 し た 。 し か し 、 通 貨 危
機発生の理由と形態は、各国の国内的条件の相違を反映して様々であり、決し
て一様ではない。また、ラテンアメリカでは、メキシコとブラジルの通貨危機
が近隣諸国に深 刻な影響を与えたものの、アジア諸国で発生したような連鎖的
な 通 貨 危 機 の 伝 播( contagion) は 生 じ て い な い 。 と く に 、 99 年 1 月 の ブ ラ ジ
ルの通貨危機はラテンアメリカ域内への伝播が危惧されたが、当初の予想とは
異なり、ブラジルの国内経済や近隣諸国への影響は軽微に留まっている1。
こうした通貨危機の影響の相違は、各国のファンダメンタルズの相違や投機
家が置かれていた国際金融情勢などの相違に基づくと考えられるが、本稿はフ
ァンダメンタルズの中でも、とくに銀行システムに着目し、通貨危機との関連
を議論することを目的とする。まず、第 1 節で通貨危機発生のメカニズムにつ
いて理論的な検討を行い、ファンダメンタルズと投機家の期待変化の双方を考
慮した形で通貨危機発生のメカニズムを議論する。同時に、銀行システムの健
全性と通貨危機の関連についての検討を行う。第 2 節では、通貨危機が発生し
ブラジルの通貨危機の理論的解釈と現実の動きについては、西島・
Tonooka[1999]参 照 。
1
1
たメキシコ、タイ、インドネシア、韓国、ブラジルについて、各国の通貨危機
の 共 通 点 と 相 違 点 に つ い て 議 論 す る 。さ ら に 、 ア ル ゼ ン チ ン、 チ リ を 含 め マ ク
ロ・ファンダメンタルズを比較する。第 3 節では、各国の銀行システムの健全
性について議論するが、とくに財務状況についての比較を行う。
1.通貨危機のメカニズム
( 1)
通貨危機の理論
通貨危機もしくは通貨アタックを説明する議論に、基本的な立場として2つ
のタイプがある。まず、第 1 世代モデルと呼ばれるマクロ・ファンダメンタル
ズ を 重 視 す る 立 場 が あ り 、 ク ル ー グ マ ン ( Krugman, 1979)の 研 究 を 代 表 と す
る。第 2 世代モデルは投資家の期待変化を重視する立場で、「自己実現的
( self -fulfulling) 」 通 貨 危 機 モ デ ル と 呼 ば れ 、 オ ブ ス ト フ ェ ル ド ( Obstfeld,
1996) の 議 論 が 代 表 的 で あ る 。 ク ル ー グ マ ン は 、 財 政 ・ 金 融 政 策 な ど の フ ァ ン
ダメンタルズの悪化によって固定相場が維持できなくなり変動相場制への移行
が不可避となる 通貨危機のモデルを展開している。モデルは、外貨準備が枯渇
する以前に投機アタックが生じることを説明する点において極めて興味深い。
投資家は財政・金融政策などのファンダメンタルズの状況と、そのファンダメ
ンタルズの状況に対応するシャドー為替レート(変動相場になった場合の為替
レート)を正確に知っていることから、投機アタックをかけて利益を得るかど
うかの判断が可能である。また、このように完全予見を前提すれば、モデルを
線形で表示することによって、通貨アタックの時点が正確に予測可能となる。
クルーグマンの 議論はインプリケーションとして、通貨危機を回避するために
はファンダメンタルズすなわち財政・金融政策の健全化が必要であることを示
唆している。
第 2 世 代 モ デ ル は 、フ ァ ン ダ メ ン ル ズ が 悪 く な く と も 投 機 家 の 期 待 に よ っ て 、
2
付和雷同的にアタックが仕掛けられ、固定相場の崩壊がもたらされることを説
明するものである。ある意味で、営業内容が悪くなくとも預金引出しによって
銀行が破綻する銀行取付けモデルと類似している。また、群集心理もしくは協
調 的 行 動 で 投 資 家 が 投 機 ア タ ッ ク を 仕 掛 け る と 、為 替 切 り 下 げ の 方 向 に 政 府 行
動が変化させられるという意味で、為替危機が「自己実現的」となりうること
を説明できる。しかも、第1世代モデルでは持続不能な経済政策の結果として
為替危機が生じると考えられたのと対照的に、経済政策の整合性とは独立に生
じうるとする点で重要である。ただし、このモデルでは完全予見のクルーグマ
ン・モデルと異なりアタックのタイミングを特定化できない。どちらの解が成
立するかは、複数均衡モデルであるため、投資家の期待に依存し、通貨アタッ
クが生じるか生じないかは、ランダムなできごとに影響される。換言すれば、
オ ブ ス ト フ ェ ル ド ・ モ デ ル に お い て は 、 通 貨 ア タッ ク が フ ァ ン ダ メ ン タ ル ズ と
は無関係に発生することが説明可能である。
ところで、どちらのタイプの理論が現実をよりよく説明するかについては、
一長一短であり、現実にはファンダメンタルズも投資家の期待の変化も通貨危
機発生には不可欠である。以下では、銀行セクターの健全性と通貨危機との関
係を明確に理解するために、2つの理論の総合化を試みたモデルによって議論
する。
( 2)
通貨危機モデルの総合化
モデルは、ファンダメンタルズと投資家の期待変化の両者に着目して議論し
た Sachs, Tornell and Velasco (1996)の 考 え 方 に 基 づ く 。 彼 ら の 論 文 で は 、 フ
ァンダメンタルズとして外貨準備の不足、為替の過大評価、銀行システムの健
全性を重視すると同時に、資本流出が為替の切り下げ期待に依存することを考
慮することによって複数均衡の可能性を議論している。彼らの論文ではとくに
定性的なモデル分析はなされていないが、以下では彼らの論点を極めて単純な
3
形でモデル化して、通貨危機発生のメカニズムを議論する。
サックスらは、民間(投資家)の行動ルールとして、投機アタックをかける
かどうかにクリティカルな為替レートの予想切り下げ率が存在し、予想切り下
げ率がある一定のレベルを超えると投機アタックを仕掛け(資本流出)、その
レ ベ ル に 達 し な け れ ば 投 機 ア タ ッ ク は な さ れ な い と し て い る 。い う ま で も な く 、
このクリティカルな予想切り下げ率のレベルはファンダメンタルズに依存し、
ファンダメンタルズが悪ければ、投機アタックを決心する予想切り下げ率のレ
ベルは低まる。例えば、銀行システムが不健全であれば、政府は固定相場を維
持する政策(例えば高金利政策)を実施するのがより困難であるため、投資家
が投機アタックを決心する予想レートが低まることになる。
他 方 、政 府 の ル ー ル に も 、固 定 相 場 を 放 棄 す る ク リ テ ィ カ ル な 状 況 が 存 在 し 、
外貨準備との対比での資本流出の水準が問題となり、ある一定水準以上の資本
流出があれば政府は固定相場の放棄を余儀なくされるとしている。いうまでも
なく、こうしたクリティカルな水準は、外貨準備の水準のみならずファンダメ
ン タ ル ズ の 状 況 に よ っ て 変 化 す る も の で あ り 、フ ァ ン ダ メ ン タ ル ズ が 悪 け れ ば 、
より少ない資本流出の水準でも切り下げに追いやられる。民間は政府のルール
を織込み、資本流出がクリティカルなレベルを超えると(固定相場の放棄を予
想して)投機アタックを仕掛けることになる。
こ こ で 、資 本 流 出 と 予 想 為 替 切 り 下 げ 率 の 調 整 メ カ ニ ズ ム を 考 え よ う 。い ま 、
. .
D を 為 替 レ ー ト の 予 想 切 り 下 げ 率 、K を 資 本 流 出 額 、 D 、 K を そ れ ぞ れ の 変 化
分とすると、資本流出の調整は、
K& =δ( D − D( K )),
D′( K ) > 0, D′′( K ) > 0 ・ ・ ・ ・ ・ ・ (1)
で 与 え ら れ る 。δ は 調 整 係 数 で あ る 。 こ こ で 、D(K)は 長 期 的 ( 調 整 後 ) に 成 立
す る 予 想 為 替 切 り 下 げ 率 で あ り 、資 本 流 出 額 の 関 数 で あ る と す る 。資 本 流 出 は 、
現実の予想為替切り下げ率(D)と現在の資本流出額に対応する予想切り下げ
率 ( D(K)) の 差 に 応 じ て 調 整 さ れ る こ と を 示 し て い る 。
4
他方、予想為替切り下げ率の調整は、
D& =λ( K − K ( D)),
K ′( D) >, K ′′( D) > 0 ・ ・ ・ ・ ・ ・ (2)
で 与 え ら れ る 。λ は 調 整 係 数 で あ る 。 こ こ で 、K(D)は 長 期 的 ( 調 整 が 終 了 し た
後)に成立する関係で、資本流出は予想為替切り下げ率の関数であるとする。
上式は、現実の資本流出額(K)と現時点の予想切り下げ率に対応する資本流
出額( K(D)) の 差 に 応 じ て 為 替 レ ー ト の 予 想 切 り 下 げ 率 が 調 整 さ れ る こ と を 示
している。
こ の 体 系 で は 、 一 般 的 に 複 数 均 衡 の 可 能 性 を 持 つ が 、 δ 、λ の 符 号 が 変 化 し
ない場合、固定相場が維持される低位の均衡点 (A 点)と投機アタックが生じ
る 高 位 の 均 衡 点 (B 点 ) は 、 一 方 が 安 定 と な れ ば 他 方 は 不 安 定 と な り 、 必 ず 通
貨アタックが生じるか、必ず固定相場が維持されるかのどちらかのケースしか
取り扱えない。しかも、いずれのケースが成立するかは、それぞれの曲率に応
じて決定できない。
しかし、ここで上述のクリティカルな状況を導入すると、両点とも安定均衡
となる「自己実現的」複数均衡が生じる。すなわち、固定相場維持も投機アタ
ッ ク も い ず れ も 生 じ る 可 能 性 が あ り 、い ず れ が 生 じ る か は「 サ ン ス ポ ッ ト 」( 政
治的不安や噂などの偶発的な条件)による投資 家の期待変化に依存し、投資家
の群集心理や、協調的行動、もしくは付和雷同的な行動によって通貨危機が出
現するケースとなる。
図 1 は 、 資 本 流 出 の 調 整 に お い て ク リ テ ィ カ ル な 予 想 切 り 下 げ 率 ( D* ) が
存 在 す る ケ ー ス を 描 い て い る 。 モ デ ル で は 、 D * を 境 と し て ( 1) 式 の 資 本 流 出
の調整係数の符号が逆転することで表現される。
If
D< D *
→
δ<0
If
D* < D
→
δ>0
す な わ ち 、D< D * の 場 合 に は 、 現 実 の 予 想 切 り 下 げ 率 が 長 期 的 な そ れ を 上 回
っても、まだクリティカルなレベルより低いために投資家は固定相場の維持を
5
信 じ 、 資 本 投 機 を 行 わ な い こ と を 示 し て い る 。 逆 に 、D * < D の 場 合 に は 、 現 実
の予想切り下げ率がクリティカルな水準を越えているため、投資家は強気とな
り、固定相場の放棄を予想し投機アタックを仕掛けることになる。
それぞれの調整式を均衡点の近傍で線形化し、安定性条件を調べると、
 D&   −λK ′( D)
λ  D0 − D 
  


 =


 K&  δ
′


−
δ
D
(
K
)

K
−
K
0


 
Trace= − λ K' (D) − δ D' (K)
<0
Determinant= λ δ ( K'(D) D'(K)− 1 )
で あ る 。 D 0 、 K 0 は 定 常 均 衡 値 で あ る 。 図 1 の ケ ー ス に おい て は 、 D * < D の 領
域 に あ る B 点 は 、 λ 、 δ > 0 、 K'(D) > 1 、 D'(K) > 1 よ り 、 Trace < 0 、
Determinant> 0 で あ り 、 安 定 で あ る 。 ま た D< D * の 領 域 に あ る A 点 で は 、
δ < 0 、 1 > K'(D)、 1 > D'(K)よ り Determinant> 0 で あ り 2 、 こ の と き λ の
絶 対 値 が 十 分 に 大 き け れ ば Trace< 0 が 保 証 さ れ 、 い ず れ の 均 衡 点 も 安 定 と な
るケースが出現する。調整プロセスは矢印で示され、A 点では渦巻状に、B 点
では単線的に均衡点に到達する。したがって、クリティカルな予想切り下げ率
を導入することによっていずれの均衡点も安定となる複数均衡の可能性が出現
する。
ところで、ここで問題とすべきは、このクリティカルな予想切り下げ率のレ
.
.
B 点 で は 、 K= 0 の 傾 き >1 で あ り 、 D=0 の 傾 き < 1 で あ る 。 し た が
.
.
っ て 、 K= 0 の 傾 き は dD/dK=D’ (K)よ り D’ (K)>1、 D=0 の 傾 き は
.
d D / d K = 1 / K’ ( D ) よ り K ’ ( D ) > 1 で あ る 。A 点 で は 、K = 0 の 傾 き < 1 で あ り 、
.
.
D=0 の 傾 き > 1 で あ る 。 し た が っ て 、 K = 0 の 傾 き は d D / d K = D’ ( K ) よ り
2
6
ベルがファンダメンタルズに影響されることである。ファンダメンタルズが悪
け れ ば 、 投 資 家 が 投 機 ア タ ッ ク を 決 心 す る D* は よ り 小 さ く な り ( 下 方 に シ フ
ト)、図から明らかなように、投機アタックが生じる領域が拡大することであ
る。したがって、外貨準備の不足、為替の過大評価、銀行システムの不健全性
な ど フ ァ ン ダ メ ン タ ル ズ の 悪 化 は 、同 じ レ ベ ル の 偶 発 的 な で き ご と が 生 じ て も 、
投機アタックを発生させやすくすることを表現 している。逆にファンダメンタ
ルズが良好であれば、投機アタックの領域が狭まり、通貨危機の可能性が小さ
くなる。
他方、図2に示されるように、外貨準備との比較で論じた外貨流出のクリテ
ィ カ ル な 水 準 ( K * ) を 導 入 し 、 (2)式 の 調 整 係 数 λ の 符 号 が ク リ テ ィ カ ル な 資
本流出の水準に依存すると仮定することによって、まったく同様の議論が可能
である。両均衡点が安定となるケースが出現し、通貨アタックが偶発的な条件
に 依 存 す る 投 資 家 の 期 待 変 化 に よ っ て 生 じ る こ と を 定 式 化 で き る 3 。ここでも、
K * は フ ァ ン ダ メ ン タ ル ズ に 影 響 さ れ 、 フ ァ ン ダ メ ン タ ル ズが 悪 け れ ば 、 よ り 低
い 資 本 流 出 の 水 準 ( K* が 左 方 に シ フ ト ) で 政 府 に 切 り 下 げ を 決 心 さ せ る こ と に
なり、通貨危機の可能性を高めることが議論できる。
したがって、以上のモデルは、投機アタックを仕掛けるかどうか、政府が為
替レートを切り下げるかどうかを決定するクリティカルな状況を導入すること
によって、また、こうしたクリティカルな状況がファンダメンタルズに依存す
ると想定することによって、第 1 世代モデルと第 2 世代モデルの極めて単純化
した一つの総合化が可能となったといえる。以下ではファンダメンタルズの一
つの重要な要素である銀行 部門の健全性が、通貨危機の発生とその後の経済パ
ーフォーマンスに如何に影響するかについて議論する。
.
D ’ ( K ) < 1 、 D = 0 の 傾 き は d D / d K = 1 / K’ ( D ) よ り K ’ ( D ) < 1 で あ る 。
3
た だ し 、D * と K * を 同 時 に 導 入 す る と 両 均 衡 点 が 安 定 と な る こ と は な
い。
7
図 1
.
K= 0
D
.
D= 0
B
通貨危機の領域
D*
A
固定相場維持の領域
K
0
図 2
.
K= 0
D
.
D= 0
B
固定相場維持の領域
A
通貨危機の領域
0
K*
K
(出所)筆者作成
8
( 3)
銀行システムの重要性
以上より、一般的に、ファンダメンタルズが悪化した状況で複数均衡が存在
すれば、偶発的な条件の変化(政治的不安、他国の通貨危機、噂など)による
投機家の期待の 変化によって通貨危機が発生することが説明できる。ここでフ
ァンダメンタルズとは、外貨準備の不足、為替の過大評価、銀行システムの不
健全性、経常収支赤字、資本流入の規模、財政収支の状況、対外債務に占める
短期債務の比率、などが重要である。
こうしたファンダメンタルズの中でも、銀行システムの不健全性は通貨危機
の発生と、国内経済に与える影響において極めて重要である。以下の理由が考
えられる。
第 1 の理由は、よく知られているように、銀行不安があれば、当該国へ投資
をおこなっている海外の投資家や当該国の居住者は、安全な金融機関 を求めて
海外に資本逃避する傾向をもつことである。こうした資本逃避は外貨準備を低
下させ、固定為替レートの維持を困難とする。とくに、投資家の群集的行動や
協 調 的 行 動 に 「 利 得 の 外 部 性 ( payoff externality ) 」 が 認 め ら れ る 場 合 に は 、
資本逃避が加速される4。また、固定相場を維持するために、通貨当局が「最
後 の 貸 し 手 ( lender of last resort) 」 と し て 機 能 す る 場 合 、 銀 行 不 安 が 自 国 通
貨の放棄、資本逃避をもたらしやすい。
第2は、適切なプルーデンス規制が整備されないままで国内的にも対外的に
も金融市場が自由化されると、銀行部門・企業部門ともに過大な借り入れが行
われる傾向があることである。とくに固定相場制を採用している場合、為替リ
スクが認識されなくなるため、銀行部門は海外から大量の資金を調達し、企業
部門に対して急激な信用拡大を行う。企業部門も国内の銀行部門のみならず海
外から直接的な資金調達を行う。こうした過剰な借り入れと信用拡大は、国内
4
Devenow and Welch(1996)。
9
経済に資産価格の高騰(バブル)が発生している場合に顕著となる。また、タ
イ で 見 ら れ た よ う な 積 極 的 な 外 資 取 り 入 れ 政 策 ( 93 年 の BIBF の 開 設 ) な ど も
重要な役割を果たす。
当然、過剰な借り入れや、貸し付け競争による高リスクへの投資は不良債権
を増加させ、銀行のバランス・シートを脆弱化させ、投資家(海外、国内)の
信 頼 を 低 下 さ せ る 。銀 行 や 企 業 部 門 は 新 規 の 資 金 調 達 、借 り 換 え が 困 難 と な り 、
投資家に近い将来の債務返済不履行を予想させるにいたる。このような予想が
支配的となると、資本流出が始まる。したがって、銀行部門(同時にその背景
である企業部門)がより脆弱であればあるほど、より低い予想為替レートの切
り下げ予想、より少ない資本流出額であっても、債務返済不履行を予期した通
貨危機が生じる可能性を高めることになる。
第3は、銀行部門が不健全であれば通貨の防衛に必要な政策の実施が困難と
なることである。資本逃避が始まれば、政府は利子率の引き上げや景気の抑制
によって通貨の防衛を図ろうとするが、銀行部門が不健全であれば高利子率や
景気後退は銀行の財務状況をいっそう悪化させ、銀行倒産などをもたらしかね
ない。政府がこうしたシナリオを政治的理由などで避けなければならないとす
ると、為替レートの切り下げが不可避となる。投資家がこのような政府の立場
を理解しているのであれば、ここでも銀行部門が不健全であればあるほど投機
アタックの可能性が高まることになる。とくに、中央銀行が銀行救済のために
資金注入する場合、取り付け銀行の預金引き出しを可能とし、引き出された預
金が外貨購入に向けられれば中央銀行は外貨を失うことになる 5。すなわち、
外貨に変換しうる流動金融資産の外貨準備に対する比率が高いほど、外貨の枯
渇は早いことになる。
ところで、ここで問題とすべきは、銀行システムの健全性と関わるプルーデン
5
Chang and Velasco(1998)。
10
ス規制、信用秩序維持政策の問題である。とくにプルーデンス規制が未整備なま
までの金融自由化との関連が重要である。金融自由化が実施されると、政策ディ
ストーションが排除され、金融市場の競争が促進されるため、金融仲介による資
金配分を改善することが期待される。また、銀行の立場から見れば、業務の多様
化による収益機会の増加とリスク分散、範囲の経済性の拡大が可能となる。しか
し、現実には情報の非対称性によって市場は不完全であり、金融機関のモラル・
ハザード、逆選択を制限する制度的な枠組みが伴わない場合、かえって金融シス
テムを不安定化させる。また、自由化がもたらす強い競争圧力の下、過剰な貸し
出 し が な さ れ 、金 融 機 関 は よ り リ ス キ ー な 投 資 や 資 金 調 達 を 求 め リ ス ク を 高 め る
ことになる。ラテンアメリカの場合、こうした制度の整備は自由化のスピードに
追いつかないものであり、多くの国で金融危機・金融不安を経験した6。
金融自由化がもたらすと考えられる種々のリスクは以下の通りである。
①信用リスク:自由化は銀行間の競争を激化させ、ハイリスク・ハイリター
ンへの投資への選好を高め、結果として不良債権を増加させる。
②市場リスク:自由化が市場価格の変動を高め、金利、為替、債券価格がボ
ラタイルな動きを示す。
③流動性リスク:自由化が金融機関や企業の陶汰を促し、銀行や債務者の破
綻によって資金繰りを困難とする。
④マネジメントリスク:自由化が経営能力(不十分なリスク審査能力、過度
の予信拡大・業務拡大、内部規律の欠如など)の問題に基づくリスクを顕
在化させる。
こうした、リスクに基づく金融システムの不安定化の典型例は、金融自由化
が預金獲得競争と貸し出し競争を促し、金融機関に収益確保のためにモラル・
ハザード的行動をとらせるケースである。その結果、ハイリターン・ハイリス
6
西 島 [1998]参 照 。
11
クの投資が増大し、銀行の資産プロファイルを悪化させ不良債権が累積する。
また、対外資本市場が自由化されるケースでは、とくに金融自由化がグローバ
ル化、証券化と同時進行する場合、金融投資のリターンも大きくなるが、リス
クも大きくかつボラタイルとなる点が重要である。対外金融自由化がなされる
と、金融機関は国内信用のために積極的に外貨資金を取り入れ、外貨ポジショ
ンを高めることになるが、これは為替レートや海外利子率の変動にともなうリ
スクに晒されることを意味する.
ところで、通貨危機と金融危機の関係は相互関係にあり、通貨危機が銀行危
機をもたらすことが、通貨危機後の経済パーフォーマンスに大きく影響する。
銀行部門や企業部門が外貨建て債務を有している場合、為替の切り下げは自国
通貨建ての債務額を増幅し、不良債権や債務超過を引き起こすことになる。メ
キシコ、タイ、インドネシア、韓国などでは、不健全な銀行部門を有していた
ことが、通貨危機の一因となっただけでなく、通貨危機後の銀行危機につなが
り深刻な経済パーフォーマンスをもたらしたことはいうまでもない。
2.通貨危機諸国の比較
表 1 は、通貨危機を経験したメキシコ、タイ、インドネシア、韓国、ブラジ
ルについて、それぞれの通貨危機の特徴をまとめたものであり、表 2 はさらに
アルゼンチンとチリを加えた各国のマクロ・ファンダメンタルズを比較したも
のである。
通貨危機を経験した国々には、通貨危機の経緯やファンダメンタルズに共通
する部分と相違する部分が見受けられるが、まず、共通する部分について議論
する。
12
表 1
通貨危機の特徴の各国比較
メキシコ
タイ
インドネシア
韓国
ブラジル
通 貨 危 機
94 年 12 月 〜
97 年 7 月 〜
97 年 10 月 〜
97 年 11 月
99 年 1 月 〜 4
の時期
95 年 3 月
98 年 1 月
98 年 ?
〜 98 年 1 月
月
マ ク ロ 構
経常収支赤字
経常収支赤字
脆弱な銀行シ
過剰投資
過大評価
造問題
脆弱な銀行シ
と脆弱な金融
ステム
脆弱な銀行
財政赤字
ステム
システム(バ
システム
ブル)
短 期 対 外
テ ソ ボ ノ ス
銀行部門の借
企業部門の借
銀行部門借
民間借入、外
債務
(短期国債)
り入れ
入
入
国人投資
外貨準備
固定相場維持
固定相場維持
失わず
銀行部門の
早 め の 変 動
のため切り下
のため先物ポ
債務返済の
相 場 へ の移
げ前に失う
ジションで失
ため貸し出
行により、失
う
し失う
わず
危 機 の き
資本逃避
っかけ
ヘッジファン
資本逃避と伝
借換え拒否
資本逃避、伝
ドの投機
染効果
と伝染効果
染効果
短期債務高
財 政 赤 字 調
切 り 下 げ
外貨準備高と
中央銀行の通
企業の短期債
時 の 不 安
テソボノス残
貨先物ポジシ
務残高。産業
整 政 策 へ の
高 の 情 報 不
ョンの残高と
政策と大統領
不信感と、中
足。更に、そ
外貨準備の比
の家族企業問
銀 総 裁 の 更
の比較による
較による不安
題
迭
債務不履行不
感。銀行部門
安
不良債権
政 治 リ ス
大 統 領 選 挙
連立政権の不
ク
( 94 年 12 月 ) 安 定 性
警 告 シ グ
セテスに替り
94 年 1 月 依 頼
ナル
テソボノス残
の株下落とバ
後 の 資 本 逃
高の上昇
ブルの破綻に
避
定要因
大 統 領 選 挙
大統領選挙
( 98 年 3 月 )
特になし
大 統 領 選 挙
(98 年 10 月 )
特になし
ロ シ ア 危 機
よる金融機関
の不良債権
金 融 自 由
80 年 代 後 半 。 90 年 代 に 金
資本自由化さ
化
外貨預金への
融自由化。と
れて久しい
準備率などの
く に 93 年 の
廃止
BIBF 開 設
95 年 2 月 1 日
97 年 8 月 20
97 年 11 月 5
97 年 12 月 3
98 年 11 月 13
日
日
日
日
98 年 1 月 15
97 年 12 月
日追加
24 日 追 加
IMF 支 援
プ ロ グ ラ
ム
規制残る
90 年 代 に 金
融自由化
支 援 パ ッ
総 額 516 億 ド
総 額 172 億 ド
総 額 400 億 ド
総 額 570 億
総 額 415 億 ド
ケージ
ル
ル
ル
ドル
ル
( 出 所 ) 伊 藤 隆 敏 ( 1999 年 国 際 経 済 学 会 報 告 レ ジ ュ メ ) に 筆 者 追 加 。
13
表 2
各国ファンダメンタルズの比較
ブ ラ ジ
ル
ア ル ゼ
ンチン
チリ
メ キ シ
コ
タイ
イ ン ド
ネシア
韓国
1994
1995
1996
1997
1998
1994
1995
1996
1997
1998
1994
1995
1996
1997
1998
1994
1995
1996
1997
1998
1994
1995
1996
1997
1998
1994
1995
1996
1997
1998
1994
1995
1996
1997
1998
経常収
支
/GDP
比
率
(%)
-0.21
-2.58
-3.05
-4.21
-4.35
-3.59
-0.99
-1.27
-2.91
-4.86
-5.25
-3.96
-10.25
-10.55
-10.41
-7.04
-0.55
-0.71
-1.85
-3.80
-6.72
-10.26
-10.72
-2.74
-1.64
-3.34
-3.46
-2.34
2.2
-1.31
-2.55
-6.71
-4.76
17.58
外貨準
備 (億 ド
ル)
実質為
替レー
ト
短期債
務 /総 債
務比率
(% )
短期債
務 /外 貨
準備比
(% )
貸出・
GDP 比
率 (%)
M2・ 外
貨準備
比
率
(% )
370.1
497.1
583.2
508.3
425.8
143.3
142.9
181.0
223.2
247.5
138.9
141.4
148.3
173.1
156.7
62.8
168.5
194.3
288.0
318.0
293.3
359.8
377.3
261.8
288.3
121.3
137.1
182.5
165.9
227.1
256.4
326.8
340.4
203.7
519.7
1.000
0.865
0.818
0.821
0.829
1.000
0.968
0.966
0.961
0.952
1.000
0.875
0.847
0.810
0.847
1.000
1.409
1.241
1.072
1.067
1.000
0.937
0.900
1.055
20.77
19.18
19.75
18.63
9.87.
8.93
10.83
11.60
14.60
16.08
29.97
32.00
30.42
37.16
23.84
27.93
22.36
19.05
19.04
20.97
44.48
49.46
41.51
37.29
24.57
18.05
20.87
25.00
26.44
18.83
42.73
51.26
49.86
37.52
22.38
84.9
61.3
60.8
71.0
54.4
50.1
71.1
67.4
80.6
90.6
46.3
49.3
47.2
57.3
60.4
626.1
221.4
154.8
99.0
106.3
99.5
114.2
99.7
133.1
97.0
160.8
189.5
177.1
216.9
120.3
15.7
180.4
193.0
264.1
80.94
45.48
30.82
26.28
25.98
28.32
18.24
18.17
18.19
19.52
24.45
83.95
97.20
108.31
118.74
114.17
34.86
25.22
15.74
12.33
11.27
109.22
124.20
134.93
162.34
2.316
2.211
2.163
2.457
2.453
3.407
2.880
2.488
3.088
4.122
1.691
2.060
2.388
2.867
2.486
7.555
3.129
3.310
2.759
2.403
3.272
3.143
3.340
3.077
72.12
81.68
91.87
113.53
3.575
4.264
3.775
2.962
2.683
4.821
4.532
4.925
5.765
3.439
1.000
0.951
0.917
1.817
1.862
1.000
0.960
1.001
2.110
1.499
78.22
82.97
92.88
106.23
121.68
( 注 ) イ ン ド ネ シ ア は GNP。
( 出 所 ) IMF: International Financial Statistics, World Bank: Global
Development Finance, 1999, BIS: ホ ー ム ペ ー ジ 、 各 国 中 央 銀 行 ホ ー ム ペ ー ジ 。
14
第 1 に、多くの場合、通貨危機危機直前の時点では事実上のドル・ペッグも
しくは固定相場を採用していたことがあげられる。メキシコは為替バンド制を
採 用 し て お り 、 タ イ 、 韓 国 は バ ス ケ ッ ト 制 で あ る が ド ル の 比 重 が 90% 以 上 で あ
った。インドネシアはクローリング・ペッグでドルにリンク、ブラジルは為替
バンド制を採用していた。ドル・ペッグはインフレの安定化に貢献するが、海
外の投資家に為替リスクを認識させないため、直接投資のみならず大量の短金
資金の流入につながる。
第 2 は、固定為替制は過大評価となる傾向を持っていたことである。過大評
価は経常収支を悪化させるため、それを海外資金流入で補填する必要があった
ともいえる。しかし、過大評価が深刻となった場合、投資家に固定相場の持続
性に対して疑問を抱かせるため、投機アタックへのインセンティブを与える。
表 2 に よ る と 、94 年 を 1.0 と す る と 危 機 直 前 の 96 年 に は タ イ で 0.90、 イ ン ド
ネ シ ア で 0.917、98 年 の ブ ラ ジ ル で 0.829 と な っ て い る 。 た だ し 、 韓 国 で は 過
大 評 価 で あ っ た と は い え な い 7 。 メ キ シ コ は 、 危 機 直 前 に は 28.5% の 過 大 評 価
であったとされる8。
第 3 は、多くの国で通貨危機前に金融不安を経験していることである。メキ
シ コ で は 金 融 自 由 化 、 民 営 化 に よ っ て 既 に 銀 行 部 門 は 弱 体 で あ っ た 。88 年 の 金
融 自 由 化 に よ り 貸 し 出 し ブ ー ム が 生 じ 、 国 内 信 用 の G D P 比 は 94 年 に は 2 倍 以
上 に 拡 大 し 、 不 良 債 権 を 累 積 し て い た 。 タ イ で は 、96 年 に は 資 産 バ ブ ル が 崩 壊
しており、不動産、株価は暴落していた。バブルに荷担していた銀行のバラン
ス・シー ト は 悪 化 し 、96 年 に は Bangkok Bank of Commerce が 破 綻 し て い る 。
続 く 97 年 に は 、 ノ ン ・ バ ン ク の 16 社 が 破 綻 し た 。 し か も 、 こ う し た 銀 行 や ノ
ン・バンクに政府は巨額の流動性支援をおこなっており、モラル・ハザードを
た だ し 、 表 2 は 94 年 を 基 点 と し て い る た め 、 94 年 以 前 か ら 過 大 評
価がある場合、数値は為替の過大評価を少なめに評価している可能性
を否定できない。
7
15
助長していた。インドネシアでは 88 年からの金融自由化によって多くの銀行
が設立されたが、十分なプルーデンス規制を伴ったものではなく、不正融資、
グループ貸付などにより不良債権問題が生じていた。銀行危機は既に潜在的に
存 在 し て い た と い え る 。 92 年 に は 大 手 の 民 間 銀 行 Bank Summa の 清 算 を 経 験
し て い る 。 た だ し 、 ブ ラ ジ ル で の 銀 行 部 門 は 、99 年 の 通 貨 危 機 発 生 直 前 に は 公
的金融機関を除き相対的に健全であったと考えてよい。
第 4 は、短期資金流入の急増である。メキシコではドル連動の短期国債テソ
ボノスへの海外からのポートフォリオ投資という形で短期資金が流入していた。
テ ソ ボ ノ ス の 発 行 残 高 は 94 年 末 の 危 機 直 前 に は 290 億 ド ル に 達 し て い た が 、
そ の う ち 外 国 人 投 資 家 に よ る 保 有 は 170 億 ド ル に 上 っ て い た 。 テ ソ ボ ノ ス の 償
還 は 、95 年 1 月 〜 3 月 に 103 億 ド ル が 予 定 さ れ た の に 対 し 、 通 貨 危 機 後 の 外 貨
準 備 は 35 億 ド ル に す ぎ な か っ た 。 テ ソ ボ ノ ス 以 外 に も 、 ペ ソ 建 て 国 債 の セ テ
ス に 50 億 ド ル 、 株 式 投 資 に 250 億 ド ル な ど の 海 外 投 資 家 の 証 券 保 有 が あ っ た
とされる。タイ、インドネシア、韓国に共通するのは、銀行からの短期対外債
務 で あ る 。 と く に 、 タ イ 、 韓 国 で は 総 対 外 債 務 に 占 め る 短 期 債 務 の 比 率 は 、 96
年 に は そ れ ぞ れ 41.5% 、49.9% と 他 国 に 比 べ 高 い 値 と な っ て い る 。ま た 、タ イ 、
イ ン ド ネ シ ア で は 対 外 債 務 の G D P 比 自 体 が 、 50% を 超 え て お り 、 タ イ 、 韓 国
では対外借り入れが急増している。短期資本が多額に流入している場合、銀行
がロールオーバーを拒否すればたちまちに外貨での返済が滞る事態となる。と
くに、短期債務・外貨準備比が大きな場合、投機家の群集心理を煽り、急激な
資本逃避が生じやすい。韓国、インドネシアでは短期債務・外貨準備比が 2 を
超 え て お り 、 韓 国 で 97 年 11 月 、 12 月 に 生 じ た 事 態 は こ う し た 状 況 を 説 明 し
て い る 。 タ イ に お い て は 、 オ フ シ ョ ア 市 場 ( BIBF ) を 通 じ て 多 額 の 短 期 資 金 が
流 入 し 、 95 年 に は 短 期 債 務 ・ 外 貨 準 備 比 が 1.14 の 水 準 に 達 し 、 短 期 債 務 の 総
8
Sachs, Tornell and Velasco (1996)参 照 。
16
債務に占める比率も 5 割に達している。ブラジルなどのラテンアメリカ諸国の
場 合 、 通 貨 危 機 発 生 の 直 前 の 98 年 時 点 で は 、 ア ジ ア 諸 国 と 比 し て 短 期 債 務 の
比 率 は 相 対 的 に 小 さ い と い え る 。ブ ラ ジ ル の 場 合 、98 年 の 短 期 債 務 比 率 は 10%
以下であった。
他方、通貨危機を経験した諸国において相違する点も多い。
第 1 は 、 経 常 収 支 赤 字 の 程 度 で あ る 。 表 2 に よ る と 、 メ キ シ コ の 7.04%( 94
年 ) 、 タ イ の 10.72%( 96 年 ) 、 韓 国 の 6.71% (96 年 )と 比 較 的 高 い 国 と 、 イ ン
ド ネ シ ア の 3.46% ( 96 年 ) 、 ブ ラ ジ ル の 4.35% ( 98 年 ) と 低 い 国 も あ る 。 メ
キシコ、タイは明らかに持続不能な経常収支赤字であったと一般的に判断され
て い る 。 韓 国 は 経 常 収 支 赤 字 が 拡 大 し つ つ あ っ た 点 が 重 要 で あ る 。 対 GDP 比
は 94 年 の 1.31% か ら 96 年 の 6.71% へ と 急 増 し て い る 。
第 2 は、通貨危機の時点での外貨準備水準の相違である。メキシコでは固定
相 場 維 持 を 図 っ た た め に 94 年 に は 63 億 ド ル 程 度 に ま で 低 下 し 、 タ イ は 外 貨 準
備 を 先 物 取 引 で 失 い 、 先 物 の 売 り ポ ジ シ ョ ン を 控 除 す る と 50 億 ド ル 程 度 に ま
でに低下したとされている。他方、インドネシア、ブラジルは通貨危機発生の
時点で一定レベルの外貨水準を維持していた。
第 3 は、短期対外債務の内容における相違である。メキシコはドル・インデ
ックス付きの短期国債(テソボノス)が主体で、タイ、韓国は短期の銀行借り
入れが主体であり、インドネシアは企業部門の銀行借り入れが重要であった。
ま た 、 短 期 債 務 の 総 債 務 比 率 は 、 危 機 直 前 に は メ キ シ コ で 28% 、 タ イ の 95 年
の 49.5% 、 96 年 の 41.5% 、 韓 国 で は 95 年 に 51.3% 、 96 年 に 49.69% に 達 し
て い た の に 対 し 、 ブ ラ ジ ル で は 通 貨 危 機 の 直 前 の 98 年 に は 9.9% 程 度 と 低 い 値
であった。メキシコでは、テソボノスの償還問題を抱え、タイではヘッジファ
ンドの投機によるドルの空売りにさらされたが、韓国、インドネシアでは明確
な為替投機はなかった。むしろ、インドネシアでは居住者(華僑)の資本逃避
が重要であったとされている。韓国は短期借り入れに対する外国銀行の借り換
17
えの拒否が通貨危機のきっかけとなった。
第 4 に、ブームの有無に相違がある。メキシコでは消費ブームがあり、タイ
では資産価格のバブルがあった。インドネシアではバブルの兆候が見られるも
のの、明確なサインは見当たらない。韓国では財閥の過剰投資があったとされ
る。ブラジルでは株式投資の過熱はあったが、不動産ブームではなかった。
第 5 に 、I M F と の 緊 急 融 資 を 合 意 し た 時 点 も 異 な る 。 メ キ シ コ 、 タ イ で は 外
貨準備がほぼ枯渇した後になされたが、インドネシアでは外貨準備はまだ十分
で あ り 、そ の 他 の マ ク ロ 指 標 も と く に 危 機 的 な 状 況 で は な か っ た 。し か し 、IMF
との合意内容をインドネシア政府が遵守しないとの観測が流れ、ルピアが下落
し 始 め る と と も に IMF の プ ロ グ ラ ム が 大 統 領 の 家 族 企 業 の 問 題 な ど に ま で 立
ち入り、政治問題化するにしたがって事態をより深刻とした。韓国では、民間
銀行が借り替えを拒否し始め外貨が急速に失われつつあった時点で合意がなさ
れ 、97 年 の 12 月 で も 200 億 ド ル の 外 貨 水 準 に あ っ た 。 ブ ラ ジ ル で は ロ シ ア 危
機後の資本逃避が深刻となったが、依然として十分な外貨準備が存在する時点
で IMF と の 合 意 が な さ れ た 。 し か し 、 結 局 、 通 貨 危 機 を 防 ぐ こ と は で き な か っ
た。
最後に、ファンダメンタルズでの大きな差異として、アジア諸国では全般的
に 財 政 黒 字 で あ っ た が 、 ブ ラ ジ ル で は GDP 比 で 、 95 年 か ら 98 年 に − 7.2% 、
− 5.9%、− 6.1%、− 8.0% と 財 政 赤 字 が 継 続 し て お り 、 財 政 健 全 化 へ の 遅 れ が
為替固定相場への信任を弱めていたことが重要である。
以上より、通貨危機には共通する部分と相違する部分が混在しているが、共
通する部分におけるもっとも重要な要因として、ブラジルを除き、上で検討し
た諸国においては銀行セクターの不健全性を考慮しなければならない。相対的
に健全であったブラジルも通貨危機を免れることはできなかったが、少なくと
も、通貨危機から金融危機・銀行危機へと発展せず、危機後の回復がもっとも
スムーズであったことの理由として銀行セクターの健全性が重視されなければ
18
ならない。また、ブラジルの通貨危機の後、アルゼンチン、チリ、メキシコで
は 一 定 の 影 響 は 見 ら れ た も のの 、 ア ジ ア 諸 国 に 見 ら れ た よ う な 通 貨 危 機 の 伝 播
は生じておらず、これもラテンアメリカ諸国の銀行セクターの相対的な健全性
をそのひとつの要因としみなしてよいであろう。
3.銀行セクターの健全性
以下では、とくに銀行セクターの健全性に焦点をあて、ラテンアメリカ諸国
とアジア諸国の比較を行う。
( 1)
貸出ブームと流動資産・外貨準備比率
表 2 には、通貨危機に関する銀行セクターの健全性の指標として、貸出ブー
ム 指 標 ( 貸 出 ・ G D P 比 率 ) と 流 動 資 産 ・ 外 貨 準 備 比 率 ( M2・ 外 貨 準 備 比 率 )
が 掲 載 さ れ て い る 。 タ イ 、 イ ン ド ネ シ ア 、 韓 国 で は 、94 年 か ら 97 年 に か け て 、
明 ら か に 銀 行 セ ク タ ー の 貸 出 ・ GDP 比 率 が 急 増 し て い る 。 タ イ で は 109.2% か
ら 162.3% へ 、 イ ン ド ネ シ ア で は 72.1% か ら 113.5% へ 、 韓 国 で は 78.2% か ら
121.7% へ と 増 加 し て い る 。 も ち ろ ん 、 こ の 値 だ け で は イ ン ド ネ シ ア で も タ イ
のように資産バブルがあったとは判断できないが、両国の極めて高い貸出・
GDP 比 率 の 増 加 は 、 貸 出 ブ ー ム が あ り 、 そ の 結 果 と し て 多 額 の 不 良 債 権 が 累 積
され、銀行部門の健全性を低めていたと判断しても誤りではないであろう。他
方 、 ラ テ ン ア メ リ カ 諸 国 は 全 般 的 に 貸 出 ・ GDP 比 率 は 低 い し 、 傾 向 的 な 増 加 も
みられない。チリはラテンアメリカ諸国の中でも例外的に高いが、金融仲介度
の高まりの反映であると判断すべきであろう。すくなくとも、ブラジル、アル
ゼンチン、メキシコではこの時期に貸出ブームは存在しなかったといえる。
流動資産・外貨準備比率は、通貨の切り下げが期待されるとき、国内の流動
性の高い資産を有する主体はそれを外貨と交換し海外への逃避を図るため、こ
19
う し た 流 動 性 ( 例 え ば M2) と 外 貨 準 備 と の 比 率 は 、 危 機 へ の 脆 弱 性 の 一 つ の
指 標 と な る 。 メ キ シ コ で は 94 年 に 7.6 と 極 め て 高 い 値 を 示 し て い る が 、 ペ ソ
危 機 で 急 激 に 外 貨 を 喪 失 し た こ と を 勘 案す る と 、 こ の 指 標 は 94 年 の メ キ シ コ
での通貨危機の状況とうまく対応している。その他のラテンアメリカ諸国では
相対的に低いと同時に比較的安定した値をとっているのに対し、とくに韓国で
は 97 年 に は 5.765 と 高 い 値 と な っ て い る 。 た だ し こ の 指 標 は 金 融 仲 介 度 を 反
映することや、中央銀行の貨幣供給政策にも依存することから必ずしも一般的
な 議 論 が で き な い こ と に 注 意 を 要 す る 。た だ 、イ ン ド ネ シ ア で 比 較 的 高 い 値 で 、
またその変動が激しいことは、インドネシアの事情を反映していると 考えられ
る。
( 2)
銀行セクターの財務状況
表 3 は、ラテンアメリカ諸国、アジア諸国、米国における 5 大銀行の財務関
連 指 標 を 比 較 し た Puga(1999) か ら の 引 用 で あ る 。 ブ ラ ジ ル 、 ア ル ゼ ン チ ン で
は、貸出・純資産比率(レベレージ比率)は他国に比して相対的に低い。この
比 率 も 、基 本 的 に は 金 融 仲 介 の 深 化 の 程 度 を 表 わ す も の で あ る が 、前 出 の 貸 出 ・
GDP 比 率 と 同 様 に 短 期 的 に は 景 気 の 過 熱 や 資 産 バ ブ ル に よ る 貸 出 ブ ー ム の 存
在を示している。チリは基本的に貸出ブームではなかったが、高い金融仲介度
を 反 映 し て い る と 判 断 す べ き で あ る 。 メ キ シ コ で は 、88 年 か ら の 金 融 自 由 化 後
に生じた貸出ブームの影響が残り、その後徐々にその比率を低下させているも
のの依然として他のラテンアメリカ諸国に比して高い値となっている。他方、
タイ、インドネシア、韓国では明らかに貸出・純資産比率は高く、これら諸国
の ほ と ん ど の 銀 行 で 10 倍 を 越 え て お り 、 通 貨 危 機 の 時 点 で 過 剰 な 銀 行 貸 出 が
あ り 、 財 務 体 質 が 弱 体 化 し て い た こ と を 示 し て い る 。 と く に タ イ の Bank of
Ayudhya、 イ ン ド ネ シ ア の Bank Negara、 韓 国 の Chohung Bank な ど は 際 立
って高い。
20
不 良 債 権 問 題 は 、 表 3 が 対 象 と す る 97 年 、 98 年 に お い て は 、 ラ テ ン ア メ リ
カ諸国はメキシコを除き相対的に軽微である。ブラジルでは公的銀行である
Banco do Brasil( 国 立 ) 、 Banespa( サ ン パ ウ ロ 州 立 ) は 比 較 的 に 高 い 不 良
債 権 ・ 貸 出 比 率 と な っ て い る が 、民 間 銀 行 の 3 行 は 極 め て 低 い 値 と な っ て お り 、
米 国 の 諸 銀 行 と 比 べ て も 遜 色 な い 。 ア ル ゼ ン チ ン も 同 様 に Nación( 国 立 ) 、
Provincia de Buenos Aires( 州 立 ) な ど の 公 的 銀 行 は 高 い 値 と な っ て い る が 、
民間銀行は良好である。チリの諸銀行も極めて低い値であるが、チリでは不良
債 権 の 定 義 が「 返 済 期 限 を 90 日 過 ぎ て も 返 済 さ れ な い そ の 返 済 遅 延 部 分 の み 」
となっており、過小評価されている可能性に注意が必要である。一方、メキシ
コ で は 公 的 な 商 業 銀 行 は 存 在 し な い が 、 金 融 自 由 化 後 の 貸 出 ブ ー ム 、94 年 の 通
貨危機、その後の高金利と景気停滞によって銀行システムが動揺し、健全化の
ための諸策が実施されたが、現在でも調整の過程にあり不良債権比率は外資系
を除き依然として高い。皮肉にも、アルゼンチンではペソ危機の影響を受けて
銀行不安となったが、その後かなり徹底した銀行の健全化政策を実施し、現在
で は か な り 健 全 な 銀 行 セ ク タ ー と な っ て い る 。ブ ラ ジ ル も ペ ソ 危 機 の 影 響 と 94
年 の 「 レ ア ル 計 画 」 以 後 の 銀 行 不 安 に 対 し て 銀 行 セ ク タ ー の 再 編 成 が 進 み 、97
年 、 98 年 時 点 で は 銀 行 セ ク タ ー は 基 本 的 に 健 全 化 さ れ て い た と い え る 。
他方、アジア諸国では、香港を除き、タイ、インドネシア、韓国で高い不良
債 権 比 率 と な っ て い る 。 と く に タ イ 、 イ ン ド ネ シ ア で は 、 Krung Thai Bank
( 32.4%)、Bank International( 33.6%)、Bnak Bali( 55.0% ) な ど と 異 常
に高いといえる。さらに不良債権への引き当て率についても、ラテンアメリカ
諸 国 で は 100% を 超 え る 銀 行 が 多 く 、 と く に ブ ラ ジ ル で は 極 め て 高 い 比 率 と な
っている。アジア諸国では韓国を除き、引当率は不十分である。タイではほと
ん ど の 銀 行 が 30% 以 下 で あ り 、イ ン ド ネ シ ア で は 2 行 の デ ー タ し か な い が 30%
以 下 で あ る 。 さ ら に BIS の 要 求 す る 自 己 資 本 比 率 を み て も 、 ラ テ ン ア メ リ カ の
諸 銀 行 は 8% 以 下 の 銀 行 は 見 当 た ら な い が 、 ア ジ ア 諸 国 の 銀 行 は 相 対 的 に 低 い
21
比 率 と な っ て い る 。 と く に 、Bank Negara Indonesia や Korea First Bank は
際立って低いといえる。韓国では 8%を超えている銀行はみあたらない。純資
産利益率に関しても、ラテンアメリカ諸国とアジア諸国との間には明確な差が
存在している。ラテンアメリカの多くの銀行が米国の銀行と同等のレベルにあ
るのに対し、インドネシア、タイの諸銀行の利益率は低い。ただし、韓国の銀
行の場合、純資産利益率ではなく純利益額が掲載されているが、アジア危機の
影 響 と と も に 98 年 に 引 当 金 を 高 め た こ と に よ る 損 失 が 大 き か っ た と さ れ て い
る。
以上のようなラテンアメリカ諸国とアジア諸国における銀行セクターの財務
上の相違は、通貨危機の伝播とその後の景気回復過程の相違を説明する一つの
要 素 で あ る と い え る 。 も ち ろ ん 、 ア ジ ア 諸 国 で も 97 年 の 通 貨 危 機 の 後 、 国 内
の 銀 行 部 門 の 再 建 、 再 編 成 を 進 め て い る 。 イ ン ド ネ シ ア で は 、 98 年 8 月 に 3
つ の 銀 行 を 閉 鎖 し 、 同 時 に 同 国 最 大 の 民 間 銀 行 で あ る Bank Central Asia な ど
の 国 営 化 の 措 置 を 取 っ て い る 。 韓 国 で は 、 Korea First Bank、 Seoul Bank が
国 有 化 さ れ 、 Commercial Bank of Korea が Hanil Bank を 吸 収 合 併 し 、 公 的
資金を使って不良債権を処理するなどの措置を実施している。しかし、アジア
諸国ではこうした銀行部門の再編成が開始されているが、相対的にはラテンア
メリカ諸国の諸銀行に比べてその健全性は依然として劣っていると考えられる。
22
表 3
各国 5 大銀行の財務比較
総資産 総貸出 総預金 純資産 貸 出 / 不良債 引当金 自己資 純資産
( 百 万 ( 百 万 ( 百 万 ( 百 万 純資産 権 / 貸 比 率 本比率 利益率
ドル) ドル) ドル) ドル) 比
出比率 (%)
(%)
(%)
(%)
ブラジル(98 年前期)
Banco do Brasil
111.913 46.957 52.423
5.433
8.6
20.1
126.3
10.3
13.5
Bradesco
59.253 26.532 23.075
5.441
4.9
2.1
172.2
17.1
15.5
Itaú
45.165 16.571 16.028
4.066
4.1
0.9
506.2
19.8
17.3
Unibanco
27.002 14.012
5.988
2.754
5.1
1.7
301.2
14.0
17.6
Banespa
23.229
4.499 10.596
3.438
1.3
29.9
105.0
36.9
(43)
Nación Argentina
17.659
8.276 11.604
2.065
4.0
21.7
47.3
6.7
Rio de la Plata
14.182
4.900
4.262
953
5.1
3.3
106.5
12.6
Prov. de Bs. Aires
12.856
7.615
9.225
1.263
6.0
16.5
51.2
6.5
Galicia y Bs. Aires
11.425
6.441
6.449
1.089
5.9
5.2
70.9
10.5
Frances S.A.
11.235
4.888
5.012
748
6.5
2.2
98.5
11.5
Santiago
10.797
7.531
5.245
936
8.0
0.7
143.7
14.7
Del Estado
10.780
5.669
6.031
647
8.8
2.3
81.1
Santander
9.922
5.492
4.780
700
7.9
1.2
102.9
De Chile
7.646
5.109
4.136
771
6.6
0.8
208.6
21.1
Credito y
Inversiones
6.019
3.386
3.367
310
10.9
0.9
114.8
22.0
Banamex
31.154 16.963 21.607
2.749
6.2
20.5
55.4
13.7
Bancomer
27.116 20.089 19.194
2.351
8.5
13.7
57.5
12.7
6.0
Serfin
17.930 12.220 12.928
1.002
12.2
10.8
61.1
11.3
(216)
ア ル ゼ ン チ ン (98 年
前期)
チリ (97)
9.9
10.7
10.3
メキシコ (97)
13.0
Bital
9.181
6.302
6.457
748
8.4
14.9
53.7
12.6
(19)
Santander
Mexicano
8.019
5.563
5.643
351
15.9
2.8
135.1
10.5
(16)
Bangkok Bank
31.281 22.818 21.029
2.292
10.0
29.7
18.9
13.0
4.1
Krung Thai Bank
Siam Com. Bank
19.200 15.253 14.989
1.221
12.5
32.4
25.9
7.7
(305)
15.839 12.367 12.831
921
13.4
19.9
16.3
9.1
7.7
Bank of Ayudhya
10.905
8.900
8.593
579
15.4
17.3
15.7
9.2
7.5
3.456
2.892
1.769
218
13.3
25.9
9.8
8.6
0.4
タイ (97 年)
Bank of Asia
23
総資産 総貸出 総預金 純資産 貸 出 / 不良債 引当金 自己資 純資産
( 百 万 ( 百 万 ( 百 万 ( 百 万 純資産 権 / 貸 比 率 本比率 利益率
ドル) ドル) ドル) ドル) 比
出比率 (%)
(%)
(%)
(%)
インドネシア(97 年)
Bank Negara
9.758
7.036
5.095
375
18.7
10.5
Bank
Interenational
Bank Lippo
5.031
3.357
2.897
521
6.4
33.6
2.640
2.075
2.282
204
10.2
10.0
Bank Bali
Bank Panin
2.565
469
1.596
55.0
10.8
1.607
283
846
20-25
17.4
6.0
4.7
4.0
11.7
9.6
27.4
10.4
12.4
韓国 (97.7〜98.6)
Korea
Exchange 41.881 27.999 26.031
Bank
Chohung Bank
37.394 24.950 26.413
1.408
11.9
7.8
100.0
6.8
(393)
1.242
20.1
10.4
100.0
6.5
(667)
Hanil Bank
36.349 24.810 24.825
7.0
100.0
6.9
(587)
Com. Bank of Korea
32.421 20.149 23.421
6.9
100.0
7.6
(398)
Korea First Bank
28.152 16.058 18.903
16.3
100.0
-2.7
(976)
110.3
9.3
18.2
香 港 (98 年 6 月時点)
HSBC Holding PLC 484.367 241.100 344.297 27.540
8.8
2.2
Hang Seng Bank
52.581 26.020 44.409
6.034
4.3
0.9
22.0
16.9
Bank of East Asia
Dao Heng Bank
17.216 11.097 12.411
1.805
6.1
1.3
15.3
10.5
15.829
1.433
5.8
0.6
17.9
15.3
778
4.8
4.8
14.3
12.7
Chase
366.995 165.076 207.091 22.610
7.3
0.7
2.2
11.9
17.0
Citicorp
330.751 186.084 215.982 21.717
8.6
3.3
11.7
20.9
Nations Bank
307.985 179.755 169.238 26.670
6.7
1.8
14.8
Bank America
263.885 163.104 178.094 20.039
8.1
2.2
18.0
8.5
1.7
20.2
Wing Lung Bank
6.607
8.360 12.878
3.738
5.236
米国(98 年前期)
Bank Boston
70.499 42.520 45.196
4.980
( 注 ) 為 替 レ ー ト は 以 下 の 通 り で あ る 。 1.16 reais/US$ (ブラジル); 1.00 pesos/US$ (アル
ゼンチン); 439.81 pesos/US$ (チリ); 8.055 pesos/US$ (メキシコ); 1484.08 won/US$ - 97.12.32,
1.397.77 won/US$ - 98.6.30 (韓国); 7.744 HK$/US$ (香 港); 4.909 rupiah/US$ - 97.12.31,
8.669 rupiah/US$ - 98.3.30, 14.621 rupiah/US$ - 98.6.30 (インドネシア); 45.28 baht/US$ 97.12.31,42.33 baht/US$ - 98.6.30 (タイ)。
引当金比率:米国以外は引当金/不良債権比率、米国は引当金/総貸出比率。純利益率:括弧は純
利益額(百万ドル)、韓国の自己資本比率、アルゼンチンの引当金比率は 1997 年 12 月 31 日、
Krung Thai Bank は 1998 年前半、Bank Negara Indonesia は 98 年 3 月 31 日のデータ。
( 出 所 ) Puga(1999).
24
( 3)
ブラジルにおける為替切り下げ後の銀行セクターの状況
ブ ラ ジ ル で は 91 年 以 来 、 99 年 の 通 貨 危 機 ま で ド ル ・ タ ー ム で の 利 子 率 に 内
外格差を設定し、海外資金の取り入れの促進を図ってきた。このため、銀行は
海外で資金を調達し、国内市場に資金提供してきた。銀行セクターの純対外債
務 は 98 年 末 に は 527 億 ド ル に 達 し て い た 。 し た が っ て 、99 年 初 め の 通 貨 危 機
の発生は、銀行セクターや企業部門にドル・タームでの借り入れの為替リスク
をもたらすことが危惧され、ひいては銀行不安となることが懸念されていた。
しかし、基本的には、ブラジルの銀行セクターは為替の切り下げによって大
きな損失は被っていないといえる。通貨危機がもたらす為替リスクに対して、
先物市場でのヘッジや、政府ドル・インデクッス付きの国債への投資などによ
っ て 、 ブ ラ ジ ル の 銀 行 セ ク タ ー は 十 分 に 対 処 し て い た と い え る 。 ま た 、98 年 夏
の ロ シ ア 危 機 以 後 、99 年 初 め の 通 貨 危 機 発 生 ま で に 十 分 な 時 間 が あ り 、 通 貨 危
機 直 前 の 98 年 後 半 に か な り の 額 の 対 外 債 務 を 返 済 し て い た こ と ( こ の 間 の 多
額の外貨流出を説明する)、債務の多くの部分が外資系銀行の保有であり、対
外債務返済困難に対しは本店からの便宜を受けられる条件にあったことも重要
である。
表 4 は、銀行タイプ別の対外債務を示している。ここで対外債務は、海外借
り 入 れ 、決 議 63 号 に よ る 資 金 取 り 入 れ( 企 業 へ 再 融 資 が 義 務 づ け ら れ て い る )、
海 外 か ら 銀 行 へ の 株 式 ・ 証 券 投 資 な ど で あ る 。98 年 末 に は 、 銀 行 シ ス テ ム 全 体
の 対 外 債 務 は 599 億 ド ル で あ り 、 総 合 ・ 商 業 銀 行 だ け で 503 億 ド ル で あ っ た 。
こ の う ち 、 28.7% が 国 内 民 間 銀 行 の 債 務 で 、 42.3% が 外 資 系 銀 行 の 債 務 で あ っ
た。外資系銀行の海外資金取り入れは、総資産比率で見ても高い。
こ こ で 注 目 す べ き は 、ド ル ・ イ ン デ ッ ク 付 き の 国 債 保 有 に よ る ヘ ッ ジ で あ る 。
通 貨 危 機 直 前 の 98 年 末 に は 民 間 保 有 の ド ル ・ イ ン デ ッ ク ス 付 き 国 債 残 高 は 680
億 ド ル で 、 国 債 残 高 全 体 の 21% に 相 当 し て い る 。 ま た 、680 億 ド ル の う ち 、655
億ドルが銀行保有であると推定されている。こうした額は、銀行部門が保有す
25
表 4
銀 行 の 対 外 債 務 : 外 貨 勘 定 (10 億ドル)と銀行タ イ プ 別 シ ェ ア ー ( % )
94/6
対外負債
94/12
95/6
95/12
96/6
96/12
97/6
97/12
98/6
98/12
38.135 38.888 44.269 6.311 51.552 54.555 53.511 59.854 69.841 59.863
連邦銀行
19.0
23.1
20.5
12.9
11.7
12.1
13.6
14.1
12.7
15.2
州立銀行
5.6
5.7
5.7
5.3
4.7
4.3
4.5
0.7
0.3
0.3
民間銀行
40.9
43.1
44.8
46.1
44.3
47.3
44.4
39.1
35.6
28.7
外国銀行支店
11.1
7.2
7.2
10.0
10.6
8.7
8.8
10.0
12.1
11.3
外銀支配銀行
14.3
11.1
11.8
15.0
16.6
17.1
19.5
21.2
24.1
29.0
外銀参加銀行
9.1
9.9
10.1
10.7
12.1
10.5
9.1
15.0
15.3
15.4
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
9.598 14.242 12.288 9.423 13.571 10.437 9.387
9.650
8.704
7.189
合計
対外資産
連邦銀行
37.7
37.3
34.1
13.1
6.4
11.2
22.3
23.8
25.4
34.2
州立銀行
8.7
7.9
9.3
13.4
10.1
12.7
15.3
1.1
0.5
0.1
民間銀行
36.4
34.5
37.9
49.2
57.5
48.0
37.5
52.8
47.9
29.2
外国銀行支店
3.6
4.7
4.2
6.2
8.5
9.9
3.0
3.8
2.5
5.7
外銀支配銀行
8.3
5.3
3.7
4.8
5.7
8.2
14.4
12.0
14.0
23.0
外銀参加銀行
5.3
10.2
10.7
13.4
11.9
10.0
7.5
6.6
9.6
7.8
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
合計
対外純負債
28.537 24.646 31.981 36.888 37.980 44.118 44.125 50.205 61.136 52.673
連邦銀行
12.7
16.2
15.1
12.9
13.7
12.3
11.6
12.1
10.8
12.0
州立銀行
4.5
4.6
4.3
3.2
2.8
2.2
2.1
0.6
0.2
0.4
民間銀行
42.5
47.2
47.5
45.2
39.4
47.1
46.0
36.2
33.6
28.7
外国銀行支店
13.7
8.3
8.4
11.0
11.3
8.4
10.2
11.3
13.6
12.2
外銀支配銀行
16.3
13.9
14.9
17.6
20.6
19.4
20.7
23.1
25.7
30.0
外銀参加銀行
10.4
9.8
9.8
10.0
12.2
10.6
9.4
16.7
16.1
16.7
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
合計
( 出 所 ) ブ ラ ジ ル 中 央 銀 行 、 SISBACEN 。
26
る ネ ッ ト の 対 外 債 務 の 527 億 ド ル を 超 過 し て い た こ と も 重 要 で あ る 。 以 上 の 意
味で、ブラジルの銀行部門は為替リスクへの十分なヘッジを行っており、通貨
危機に対し頑健であり、むしろドル・インデックス付きの国債保有によって、
wind-fall profit を 享 受 し た と い え る 。 表 5 に 掲 載 さ れ て い る よ う に 、 通 貨 危 機
後の銀行セクターの収益率は、明らかに為替切り下げによって国債の含み益が
増大し、収益率を高めたことを物語っている。この意味で、ブラジルの通貨危
機はドル・インデックス付きの国債保有といった独自の理由で銀行システムが
通貨危機によって弱体化す るより、むしろ財務の改善をもたらした事情は着目
しておくに値する。
表5
レアル切り下げ後の収益率
純利益/純資産比率
グループ1
グループ2
グループ3
全体
1989
1999
1989
1999
1989
1999
1989
1999
5.8
9.9
-15.6
17.1
-4.1
17.8
-0.3
13.3
6.3
9.8
6.3
14.4
6.0
10.2
6.1
10.8
(総 額 比 率 )
純利益/純資産比率
(平 均 )
( 注 )1999 年 の 値 は 98 年 第 1 半 期 と 99 年 第 1 半 期 と の 比 較 。 グ ル ー プ 分 け は 、
サ ン プ ル 176 行 の 総 資 産 の 1.5% 以 上 の 総 資 産 を 有 す る 銀 行 を グ ル ー プ 1 、
0.15 % か ら 1 . 5% の 銀 行 を グ ル ー プ 2 、 0 . 1 5% 以 下 の 銀 行 を グ ル ー プ 3 と す
る。
( 出 所 ) FGV, Conjuntura Econômica, Dezembro, 1999, Vol.53, No.12.
4.結語
以上、通貨危機と銀行システムの健全性との関連について議論してきたが、
いうまでもなく銀行システムの健全性のみで通貨危機の回避を保証するわけで
は な い 。 現 に ブ ラ ジ ル で は 99 年 1 月 に 通 貨 危 機 が 生 じ て い る 。 し か し 、 銀 行
システムの健全性は通貨危機の回避とその後の回復過程に重要な役割を果たす。
27
他のラテンアメリカ諸国であるアルゼンチン、チリなどもアジア諸国と比して
相 対 的 に 銀 行 セ ク タ ー は 健 全 で あ り 、ブ ラ ジ ル の 通 貨 危 機 後 の 伝 播 に は い た っ
ていない。しかし、その理由として、それぞれの諸国の個別事情も議論してお
く必要がある。
ア ル ゼ ン チ ン は 、91 年 4 月 よ り 準 カ レ ン シ ー ・ ボ ー ド 制 を 実 施 し て い る 点 が
重要である。この制度のもとでは、外貨準備の増減に応じて国内通貨のマネタ
リー・ベースが増減させられる。したがって、資本の流出入によって国内貨幣
供給量が変化し、これに伴い利子率が自動的に変動するので投機へのインセン
ティブを弱めるという特徴を有している。このため、一般的にカレンシー・ボ
ード制は投機に対して強いという評価がなされている。よく知られているよう
に、固定為替、資本自由化、金融政策の独立性は同時には実現できないため、
こ れ ら 3 つ の 政 策 手 段 を 同 時 に 実 施 し よ う と す る と マ ク ロ 的 な 矛 盾 が 生 じ、カ
レンシー・ボード制を採用することは金融政策の独立性を放棄することに他な
らない。しかし、アルゼンチンのコンテキストからは、通貨政策から政治的圧
力 を 排 除 し 、 中 央銀 行 の 独 立 性 と 財 政 規 律 を 制 度 的 に 強 化 し た こ と の 意 味 の ほ
う が 重 要 で あ る 。だ が 、ア ル ゼ ン チ ン で は メ キ シ コ 、ブ ラ ジ ル の 通 貨 危 機 の 後 、
かなりの程度に通貨アタックの対象とされていたことや、ドル化への議論が出
てきたことからも判断されるように、カレンシー・ボード制は必ずしも万全で
はないといえる。カレンシー・ボード制を支えるマクロ・ファンダメンタルズ
のいっそうの健全化が必須であることを強調しなければならない。
チ リ の 特 筆 す べ き 点 は 、 資 本 流 入 規 制 (encaje) を 実 施 し て き た こ と で あ る
( 資 本 の 流 出 規 制 で は な い こ と に 注 意 ) 。 91 年 6 月 よ り 短 期 資 本 の 流 入 を 規 制
する措置として導入され、対外借入、証券投資、金融投資を目的とする資金流
入に対し、無利子で中央銀行に一定割合の預託を義務付けていた。預託率は、
98 年 6 月 に そ れ ま で の 30% か ら 10% に 引 き 下 げ ら れ 、98 年 9 月 に 0% と な り 、
現時点では廃止されている。資本流入規制の根拠として、大量に資本流入があ
28
る場合、為替を自由化すると為替レートが増価し、いっそう経常収支赤字を高
めることが危惧されることがある。また、金利差を求めて流入する投機資金に
為替差益を与えることにもなる。チリの資本流入規制導入 のきっかけも短期資
本流入による通貨の増価を回避するためであった。エンカヘの評価については
定まってはいないが、概ね過度の短期資金流入の抑制と流入資金の長期化に一
定 の 役 割 を 果 た し た と さ れ て い る ( ECLAC(1999)参 照 ) 。 こ う し た 措 置 が 機 能
するためには、マクロ・ファンダメンタルズ自体が良好であることが条件とな
るが、投機家の行動を抑制 する方 向 に影 響 す る こ と も 無 視 で き な い 。 チ リ は 、
銀行システム、マクロ・ファンダメンタルズが健全である上に、短資流入規制
を実施してきたため、通貨危機の伝播の可能性はもっとも低かったといえる。
ところで、メキシコ の銀行システムの健全性はアルゼンチン、ブラジル、チ
リなどに比べるともっとも 弱体であるといえる 。しかし、アジア危機以後の一
連の通貨危機によって、株・債権・為替の下落や、金利の高騰、銀行収益率の
低下などの影響を受けたものの、再び通貨危機が発生する条件にはなかったと
い え る 。 既 に 94 年 に 通 貨 危 機 を 経 験 し 、 短 期 資 本 流 入 の 比 率 が 低 下 し て い た
こと、アジア諸国との比較では銀行システムが相対的に健全であること、経常
収支赤字や実質為替レートなどのマクロ・ファンダメンタルズが健全であった
ことなどの理由による。同時に、メキシコとアジア諸国との関係が希薄である
こ と 、経 済 的 に 大 き く 依 存 す る 米 国 経 済 が 好 調 で あ る こ と な ど も 重 要 で あ ろ う 。
最後に追加しておかなければならないことは、以上のラテンアメリカ諸国は
ブラジルを含め、長期間にわたってインフレ経済であったために、非金融民間
部門(企業部門)が基本的にアジア諸国のように多額の銀行借り入れをおこな
わない財務体質である点である。このことは、ラテンアメリカ諸国においては
アジア諸国と比して金融仲介度が低いこととも対応しているが、アジア諸国で
みられたような企業部門の財務体質の脆弱性を背景とする通貨危機から金融危
機 へ の 連 鎖 は 、ラ テ ン ア メ リ カ 諸 国 に お い て は 生 じ 難 い 状 況 で あ っ た と い え る 。
29
いずれにせよ、通貨危機の発生とその伝播の要因として、銀行セクターの健
全性が重要な役割を果たしており、通貨危機に関するアジア諸国とラテンアメ
リカ諸国における相違点として強調すべきである。
参考文献
Bacno Central do Brazil, Supervisão Bancária no Brasil, August 1998.
Banco Central do Brasil, Evolção do Sistema Financeiro Nacional,
Noviembre 1998.
Banco Central do Brasil, Sistem Financeiro Brasileiro: Reestruturação
Recente: Comparações Internacionais e Vulnerabilidade a Crise
Cambial, Maio 1999.
Devenow, A. and I. Welch, “Rational Herding in Financial Economics, ”
European Economic Review, 40(3-5), p.603-15, 1996.
Chan, R. and A. Velasco, “Financial Crisis in Emerging Market: A
Canonical Model, ” NBER Working Paper, No.6606, 1998.
ECLAC, Chilean Policy on Foreign Capital: A Focus on “Encaje”, January
1999.
Krugman, Paul, “A model of Balance-of-Payments Crises,” Journal of
Money, Credit, and Banking, 11(3):311- 325, 1979.
Obstfeld, Maurice, “Rational and Self -fulfilling Balance-of-Payments
Crises,” American Economic Review, 76(1):72-81, 1986.
Puga, Fernando, P., “Sistema Fin anceiro Brasileiro: Reestru turação
Recente, Comparações Internacionais e Vu lu nerabilidade à Crise
Cambia l,” BNDES Texos para Discussção No.68, março de 1999.
Sachs, Jeffrey, Aaron Tornell and Andres Velasco, “Financial Crises in
30
Emerging Markets: the Lessons from 1995,” Brooking Papers on
Economic Activity , 1:147-215, 1996a.
伊 藤 隆 敏「 ア ジ ア 通 貨 危 機 の 背 景 」OECF『 開 発 援 助 研 究 』、5(4):102-129、 1999
年。
西 島 章 次「 安 定 化 ・ 為 替 レ ー ト ア ン カ ー ・ ク レ デ ィ ビ リ テ ィ ー 」『 国 民 経 済 誌 』:
173(3)、 65-79、 1996 年 。
西島章次「ラテンアメリカの金銀行システムの現状と課題」神戸大学経済経営
研 究 所 『 経 済 経 営 研 究 年 報 』 1998 年 。
西 島 章 次 ・ Eduardo Tonooka 「 ブ ラ ジ ル の 通 貨 危 機 ― Fundamentals vs.
Self -fulfilling Attack― 」神 戸 大 学 経 済 経 営 研 究 所『 経 済 経 営 研 究 年 報 』1999
年。
31