1 牙 「っ……あ、ア……!」 すっかり 慣らされ てしとど に濡れた 後孔に待 ち わびた主 のそれが突き立てられ、瞬く間に最奥まで押し込められた。 いつものよ うに死ぬ ほど焦ら されて与 えられる の もいいけ れど、こうして意識が霞まぬうちに穿たれて、主の存在を脳 髄の隅々まで植えつけられるのも悪くないと思った。身体が、 心が、主をしかるべき場所に迎えることができた歓喜で打ち 震える。 吐息だけで笑うと、吸い込んだ空気に濃い血の匂いが混ざ った。今、アキラの視界の外にはいくつもの死体が折り重な っている。皆アキラの巧みな誘惑の前に膝を折り、つい先ほ どシキの刀の餌食となった者たちだった。 今日の未明のことだ。シキが数週間に及ぶ遠征から帰って すなわちアキラの ― 」 寝室は、性のにおいに満ち満ちる くるという 一報が入 った。そ れから間 もなくし て 、シキの ― こととなった。 ― 「あッ、はあ……っ、ん、ぁ た手を返り血で美しく染められたシキの頬に当て、うっとり アキラの唇が綻んで、艶やかな笑みが咲く。首に回してい 絶え間なく上がった。それは一人のさえない男を相手に、い た。身体はひとりでに反応し、叫びとも唸りともつかぬ声が 穿たれてい るのか最 早わから なくなる くらい滅 茶 苦茶にし 彼らは、アキラが自分の体のどこをどう触れられ、弄られ、 と目を細めた。 かにもシキ から与え られてい るような 快楽を得 て いるのだ 「し、き……っ、おかえり、シキ……」 「きれいだ……」 「もっと、あ、もっと……! ん、……ぐっ」 と見せかけるよりずっと楽だった。 「今回の『遊び』は随分派手だったな。……これで満足か?」 「……ッ、」 思わず漏れた感嘆の声に応えるように、シキが微笑む。 「ふふ」 5 し込められた。意識せずとも自然に喉の奥が開いて、男をす それでも足りないとねだると、すぐに怒張した肉が口に押 ているようだった。アキラはそれに応えるように、声が上が 違い、アキラをより高く啼かせ締め付けさせることに執心し それは先 刻後ろで 銜えた男 の獣じみ た乱暴な や り方とは ― そろそろ、かな。 るがままに任せ、銜える力を緩めずに腰を揺らした。 っかり銜え込む。数え切れないほどの男を受け入れてきたせ いで、そこはもはや一種の性器と化していた。 「……ッ、ぅ、ん……ン、」 」 びゅく、と吐き出された誰かの白濁を顔にかぶりながら微 笑んだ、その時。 抽挿を繰り返されて呼吸が苦しくなり、異物を排除しよう と喉が痙攣する。しかしそれが、それこそが快感となった。 「ん、ん……ああッ、……は、ア…… 絶頂を迎えて狭まる視界の真ん中に、主を捉えた。 その後の 一分間は 背筋が ぞっと するくら いに刺 激 的だっ た。ドク、と最奥で精が弾けたのと、絶対王者が刀の鞘を払 塞がれていた反動か、思いのほか大きな嬌声が上がる。す るりと吐き出した時にはもう、辺りはすっかり血の海になっ 獣たちが動かなくなる。アキラが後ろを穿っていたモノをず 6 ひくつく粘膜が男に絡みついて離れない。自分から頭を押し 付けて深く受け入れれば、相手の驚きと興奮が伝わってきた。 すかさず最奥で締め上げてやると、ビク、と震えて精が噴き 出した。それを余すことなく嚥下して捉えていた肉を解放し た瞬間、腰に重い衝撃を受けた。後ろを穿っていた男が興奮 を煽られたか、腰を勢いよく打ち付けてきたのだった。 るとそれに気を良くしたのかは知らないが、急に内側の一点 ていた。白いシーツが真っ赤に染まり、たちまちむせ返るよ ったのは同時だった。時が止まったかのようにアキラを貪る を執拗に攻めてきた。 うな血の匂いが部屋を満たした。 あ、あ……は、ッ」 「ああっ、あ、……あ、ああ……ッ!」 「ア……! ‼ 圧倒的な美しさを持って、主は立っていた。 そしてそこに、主がいた。 シキという美術品を傑作に仕立て上げた。 はりその通りであった。積み重なる死体と夥しい量の血は、 高の宴になるだろう。そんなふとした思い付きだったが、や つと増えたなら、シキの美しさは一層輝きを増し、きっと最 その冷えた血の瞳で、アキラを射抜いた。 アキラはまた、もう一つの満足を得ていた。彼らはシキの 略によって殺された者たちだ。アキラが身ひとつで、 Nicole 手にかかっていることには違いないが、実際にはアキラの策 するのは、己に淫行を働いた者たちが斬られる時だけだ。刀 によって常人を凌駕する力を手に入れた者たちを、最も望ま 城の外に 出ること のない アキラ がシキの 刀の閃 き を目に を手にするシキの立ち姿は何よりも美しい。そこに血の華が しいやり方で殺したのだ。その事実を認識したとき、アキラ は高揚を覚える。どこか遠く懐かしくも感じられる、心の奥 咲くとき、美は完成する。アキラは名画を鑑賞するように、 血塗れたシキをじっくりと眺めて満足する。震えるような愉 底に燻る何かが一瞬ぱっと火花を散らして燃え盛るような。 そしていつもより濃密な死の香りの中で及ぶ行為は、主の その感覚は実に心地よいものだった。 悦がアキラを犯した。 ああ、最高だ。最高だよ、シキ。 いう男は、死の影を纏うことで一層その存在を際立たせる。 ― この満足のために、アキラは劇作家になる。アキラが二人 死の中にあってこそ、彼は生きることができる。それをアキ 長い不在で退屈していたアキラをひどく興奮させた。シキと だけの世界に引き入れた第三者を、シキが一刀のもとに斬り ラは直感で知っていた。 これほど興奮を煽るシナリオは他にはない。そう 捨てる 「ン、……っあ!」 ― だ、シキの気高く鋭い刃の元に散る命が一つではなく二つ三 7 わずその一点を突き上げた。 れ浄化されていく。シキは数回乱暴に腰を前後させると、迷 幾人もの体液で穢された腔内が、シキによって塗り替えら めとられる。ああ、今度は俺が食われている。俺を食うこと の熱い吐息を感じた。滲み出る呪われた血を余すことなく舐 噛みつかれてピリリと甘い電流が走り抜け、開いた傷口に彼 れる全てを捉えようと、感覚が研ぎ澄まされていく。首筋に アンタだけだ。 † は、シキだけのもの。絶対に誰にも渡さない。 首筋に滲んだ血を拭うと、指先がほんのり色づいた。これ ができるのは、シキ ― 「ああ、ア……、っひ、ぁ……!」 溺れかけたアキラを追い詰めるように強く揺さぶる時、シ キは決まって微かに呼吸を乱す。短く繰り返される何かを絞 り出すような吐息を耳にして、アキラは来たる大きな快楽の 波を期待して全身がひくひくと震え始めるのを感じた。さあ、 早く。シキを俺に食わせて。もう腹が減って仕方がないんだ。 「はは、はははっ……あ、あ……!」 であるアキラの血を摂取することができない。それは Nicole ラインという麻 薬の僕となっ たシキの私 兵た ちは、非 腹の底から笑いが湧きあがってきた。笑いが止まらない。 シキだけに許される聖域だった。時折、どうせシキに斬り殺 「……ッ」 愉悦と快楽で気がおかしくなりそうだ。最高だよ、シキ。い そうとはしなかった。この血はシキのためのもの。どこまで されて死ぬのだからと求める輩もいたが、アキラは決して許 シキが息を詰めると同時に、アキラは彼から全てを取り上 もシキと寄り添うもの。魔王が築き上げた黒い城を滅ぼすこ ま、最高の気分なんだ。 げる勢いで中を締めつけた。狂ったように昂ぶったまま迎え とができる力は、いつでもその魔王の手中に アキラの中 た絶頂は、頭が白くなるどころか冴え冴えとしていた。ドク、 にあるのだった。 ― とシキの一部がアキラの奥深くに注がれる。シキから与えら 8 「お前の『遊び』はどこまで酔狂になるのか、見ものだな」 紫の瞳の男とは対照的に、シキの狂気はますます苛烈を極め 獣は更なる獲物を求めて狩りに出向く。孤独に沈んでいった ていた。刀は血を吸うことをやめず、不敵な笑みは消えるこ シキは絶 頂の波を 越えてた ゆたうよ うに抱か れ ていたア キラの髪を梳きながら嘲笑を浮かべた。 アキラは 果てのな い奈落へ と堕ちて いくシキ を 間近で見 とを知らない。 主がきちんと手綱を握っていれば、アキラがふらふらと籠 ていたいと思うのと同時に、相反する欲望を抱いてもいた。 「シキがちっとも帰ってこないからだよ」 の中から出る必要もないのだ。シキが一瞬たりとも目を離さ それは狂気に囚われた赤い瞳の悪魔を、食い尽くしたいとい う欲望だった。彼をその燃え盛る狂気ごと、永遠に自分とい ずにいてくれれば、どこにも行きはしないだろう。シキもそ れをわかっているはずだった。 う存在の中 に閉じ込 めること ができた ならどん な にいいだ 出会い、どう殺したのか。シキの前に堂々と立ちはだかるこ ど戻ってきたシキの目を見ればわかる。シキがどんな獲物に 彼が城の内外で何をしているのか、アキラは知らない。けれ はまめに帰還するどころかますます留守がちになっていた。 徐々にエスカレートするアキラの『遊び』に反して、シキ 彼の狂気の原動力は、つまるところ『あの男』であった。ふ キは『あの男』とは真逆の道を進もうと必死になっている。 がちらつくのをアキラは知っていた。同じ呪いを受けて、シ ラを抱いているあいだでさえ、その瞳の奥に『あの男』の影 りも強く彼に干渉し、濃い影としてつきまとっている。アキ しかしそれは容易なことではなかった。『あの男』は何よ ― 「主の帰 りを待ち かねて 手当た り次第に 肉を喰 い 漁る とができる者は、この国にはもうほんの一握りしか残ってい とした瞬間、ただその一点だけが許せなくなることがあった。 ろう。 ないのだろう。シキは大抵の場合苛立ちと共に帰還する。そ 『あの男』の影がこの上なく憎くなることがあった。その全 とんだ駄犬だな」 してごくまれに、その赤い瞳に愉悦を滲ませている。飢えた 9 てを取り上げて、シキという男を沈めたくなるのだった。彼 を完全に自分のものに、したい。主へと向けられた牙はやが て大きく鋭く成長し、アキラの心を侵食していった。 「つぎはもっと……、ひどくしてよ」 「ふ、『待て』もできない犬が主に餌を乞うか」 シキとアキラは互いを食い合うようにして、死臭の中で酔 狂な情交に耽った。アキラは自分の意識が飛び散るまでひた すらにシキを乞い続け、シキはそれに応えた。 夢も見ぬ ほどの深 い眠りか ら目覚め たアキラ を 迎えたの は、窓から溢れる黎明の光だった。純潔にして凄烈な、新し い光。すっかり清められた部屋の中で白に包まれた彼の身体 は、心は、それをぼんやりと浴びた。翡翠の瞳は光を失い、 シキに散々抱かれ、痛めつけられた体にはもうわずかな力も 入りそうになかった。シキのいない黒い城は、こんなにも静 かで空しい。 ― 今日もひとりの一日が、始まる。 10
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