山王病院 がん局所療法センター 膵がんのナノナイフ治療

山王病院
がん局所療法センター
膵がんのナノナイフ治療
目次
1. はじめに
2. ナノナイフの原理
3. 装置
4. 治療の実際
5. ナノナイフ治療の適応
6. 治療効果(有効性)
7. 合併症(副作用)
8. いままでに治療した患者さん
9. 受診を希望される患者さんへ
10. 文献
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がん局所療法センター
1. はじめに
ナノナイフ治療は細い電極針を、がんを取り囲むように刺し、高電圧で通電することに
よって、がん細胞にナノサイズ(100万分の1ミリメートル)の穴を空けて細胞死を来
す治療法です。
2008 年にFDA(アメリカ食品医薬品局)の認可を取り、またヨーロッパ EU の医療器承
認を取得し、実際のがん患者さんに使われるようになりました。
当初は肝がん、前立腺がんに主に使われていましたが、膵がんの治療に有効なことが分
かり、現在ではナノナイフ治療を受けている患者さんの半分が膵がんと言われています。
米国では、現在 50 台のナノナイフ治療器が稼働しています。またヨーロッパでも 20 台
ほどががんの治療に使われています。
日本では、5 台のナノナイフ治療器が導入されていますが、2016 年 3 月現在、実際に、
がん患者さんの治療に使われているのは、東京医科大学病院のみで、臨床研究として治療
が行われています。
2016 年 4 月に、森安教授が東京医科大学から国際医療福祉大学の教授として異動するの
に伴い、山王病院に「がん局所療法センター」が作られ、山王病院でナノナイフ治療が始
まります。
森安 史典(もりやす
ふみのり)
山王病院 がん局所療法センター センター長
国際医療福祉大学教授
2. ナノナイフの原理
ナノナイフは2~6本の針を、腫瘍を取り囲むように刺し、針と針の間に 3,000 ボル
トの高電圧で、1 万分の1秒の短時間のパルス電流を流すことによって、癌細胞に小さな穴
を開け死滅させる治療法です。
針は長さ 15 cm で、針の太さは 1.1mm です。針が細いため、皮膚の上から、超音波でが
んをとらえながら針を進めていきます。針の先端に電気が流れる電極部分があり、その長
さは膵がんの場合 1.5 cm に調節します。針と針の間隔は 2 cm で、がんの大きさが 2 cm の
場合で針を 4 本刺すと、丁度がんの周りを取り囲むように針が置かれます。そうすると針
の 5mm 外側まで通電され、約 3cm の球状の範囲の細胞が死滅します。
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電極針。長さ 15cmで、太さは 1.1mm (19 ゲージ)。先端の銀
色の部分が通電する電極で、長さは手元のノブで調節する。
電流を流す時間は 1 回のパルス当たり 100μ秒
(1 万分の1秒)
ときわめて短い時間です。
そのパルス電流をおよそ 1 秒に 1 回の間隔で 80~160 回流します。4 本の針を刺した場合、
電流の流れ方は 6 通りあるので、500~1,000 回流すことになります。従って電流を流して
いる実際の治療時間は 8~16 分くらいです。
ナノナイフ治療の一般名は、日本語では「不可逆電気穿孔法」と言い、英語では
Irreversible electroporation (IRE)と言われます。電気穿孔法 (electroporation)は、
実験室で、培養した細胞に遺伝子を入れ込む遺伝子導入に使われてきた技術です。高い電
圧でたくさんの電流を流すと、細胞に開いた穴が塞がらず細胞の中身が外に流れ出し細胞
が死んでいきます。
R
ナノナイフ (NanoKnife○
) は、米国のアンギオダイナミック社から市販されている不可
逆電気穿孔法の機械の商品名です。
正常の臓器(内臓)は、臓器の働きをする細胞の集合と、それらに栄養を運ぶ血管など
の間質と呼ばれる支持組織からなっています。ぶどうに例えると、ブドウの実が実質の細
胞で、茎やつるが間質、支持組織になります。
ナノナイフの電流は間質を作っている線維には全く影響がないため、細胞だけが死滅し、
臓器の構造や血管、神経などは無傷です。このことが、重要な血管がすぐ近くにある膵臓
のがんの治療にナノナイフが使われる理由です。
3. 装置
ナノナイフの装置は下の写真にあるように、電流発生装置、心電図モニター、電極針か
ら成ります。電流発生装置は幅 60cm、奥行きが 60 cm、高さ 1.5 mの、小型の冷蔵庫ほど
の大きさです。電極の接続ポートは 6 個あり、最大 6 本まで電極をつないで治療すること
ができます。膵がんの場合は 4 本使うことを基本としています。
この通電部分の長さは、膵がんの治療には通常 1.5 cm としています。3 cm の大きさの膵
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がんを治療する場合は、奥をまず治療し、1.5 cm 引き抜いて重ねて通電します。
ナノナイフの電流が針と針の間だけでなく、少ないながらも心臓にも流れます。そのと
き、不整脈を起こすことがあります。不整脈を起きにくくするため、心電図モニターを使
って心臓の不応期と呼ばれるタイミングに電流を流します。
ナノナイフ装置と心電図モニター
4. 治療の実際
1) 入院期間
膵がんのナノナイフのための入院期間は約 2 週間が目安です。入院の翌日にナノナイフ
治療を行います。治療後の症状によって 3 週間になることもあります。術後の経過がよけ
れば、治療後およそ 10 日ほどで退院します。
2) 全身麻酔
ナノナイフ治療は、体表から針を刺す場合と、開腹してがんの部分に直接針をさす場合
がありますが、山王病院の膵がんのナノナイフ治療の場合は、開腹せず皮膚の上から、超
音波で見ながら針を刺して行く、経皮的治療を行います。
治療は全身麻酔下で行われます。気管にチューブを入れ、麻酔器で人工呼吸を行います。
全身麻酔をかけると意識はありませんし、痛さも感じません。
同時に筋弛緩剤を静脈から注射し、筋肉のけいれんが起きないようにします。針と針の
間を高圧電流が流れるとき、その一部が全身の筋肉にも流れ、一斉に筋肉の収縮が起きて、
けいれんを起こすので、それを防ぐために筋弛緩剤を用います。
筋弛緩剤は短時間で効果がなくなりますので、治療が終わる頃には筋肉は正常にもどっ
ています。
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全身麻酔の元に皮膚の上から電極針を刺して治療する様子
3)治療時間
手術室に入室して、全身麻酔、ナノナイフ治療、麻酔から覚めるまでの時間は 2~3 時間
です。実際にナノナイフ治療を行っている時間は 1 時間から 1 時間 30 分です。
5. ナノナイフ治療の適応
膵がんのナノナイフ治療の適応は、遠隔転移や腹膜播種の無い「切除不能の局所進行膵
がん」です。手術で切除(取り除くこと)はできないが、膵臓の中とその周りにとどまっ
ている膵がん(局所進行膵がん)がナノナイフの適応になります。日本のステージ分類で
いう、ステージⅣa が治療の対象です。
肝臓や肺などの、膵臓以外の臓器や、膵臓から離れた場所のリンパ節に転移がある場合
がステージⅣb です。ステージⅣb の膵がんに対して、膵がんにナノナイフを行っても、転
移したがんには効果が無いので、よい適応ではありません。しかしこれらの転移病巣が小
さく、膵臓のがんを治療することによって、元気で長く生きられることが予想される場合
には、ナノナイフの適応になることがあります。
1) 「切除不能」とは?
血管への浸潤があると切除不能となります。
膵臓は、太い動脈や門脈(静脈)がその近くにあります。門脈は腸から吸収された栄養
を肝臓に運ぶ重要な静脈ですが、膵臓の裏側を走り肝臓に向かいます。
ふっくうどうみゃく
動脈としては腹腔 動 脈 とその枝である肝動脈と脾動脈が膵臓の上(頭側)に接していま
じょうちょうかんまくどうみゃく
す。また、 上 腸 間 膜 動 脈 が下(足側)にあります。
門脈、腹腔動脈、上腸間膜動脈にがんが浸潤する(絡み付く)と、手術でがんを取り除
くことができなくなります。無理にがんを血管からはがして取っても、癌細胞が血管の壁
に残り手術後そこから再発します。また、手術中の出血が大量となるため危険度も高くな
ります。
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ふくまく は し ゅ
2)腹膜播種
ふくまく
膵臓の前(腹側)は腹膜という薄い膜によって覆われています。がんがこの腹膜に浸潤
すると、腹腔内(お腹全体)に拡がります。この状態が腹膜播種と呼ばれ、膵臓のがんを
取り除いても、おなかの中(腹腔)に水が溜る、癌性腹膜炎となって再発するので、腹膜
播種があると切除不能となります。
えんかく て ん い
3)遠隔転移
膵臓とは離れた場所の、肺や肝臓、リンパ節に転移すると、膵臓のがんを取り除いても、
身体に負担がかかるだけで、寿命が延びることがないため、外科切除の対象になりません。
4)
「局所進行膵がん」とは?
膵臓にできて、膵臓の外に出たがんが進行膵がんと呼ばれます。進行膵がんでも遠くに
転移せず、膵臓の周りに限局した膵がんを局所進行膵がんと呼びます。
ナノナイフは電極針で取り囲んだ範囲の癌細胞を殺傷するので、膵臓に限局した局所進
行膵がんが治療の対象となるわけです。
えんかく て ん い
日本の膵がんのステージの決まりでは、遠隔転移の無い「切除不能局所進行膵がん」は
「ステージⅣa」の膵がんと呼ばれます。転移がある場合が「ステージⅣb」です。
6. 治療効果(有効性)
膵がんのナノナイフの治療効果は、1)ダウンステージングと、2)延命効果の2つで
す。
1) ダウンステージング
切除不能局所進行膵がんはステージⅣa ですが、ナノナイフ治療によって「切除可能」な
膵がん、ステージⅢになる効果です。このダウンステージングにより、ナノナイフ治療後
1~3ヶ月して膵がんの切除手術を行い、根治をめざします。
ふっくうどうみゃく
じょうちょうかんまくどうみゃく
膵がんは比較的小さいうちから、門脈、腹腔 動 脈 、上 腸 間 膜 動 脈 に浸潤して切除不能
となります。ナノナイフ治療によって、それらの血管に絡みついたがん細胞を殺すことに
よって血管とがんを切り離すことができるようになります。
米国ルイビル大学のマーチン先生のデータでは、200 例の切除不能局所進行膵がんをナノ
ナイフしたところ、50 例(25%)が切除できたと報告しています。
2)延命効果
ナノナイフ治療によって、膵がんのほとんどのがん細胞を死滅させることによって、膵
がんの進行を食い止め、延命を図る効果です。ナノナイフの治療後は抗がん剤の投与を行
い、膵臓の外に転移したがんが出てくるのを抑えることによって、延命を図るものです。
ナノナイフで治療した膵がん患者さんの、全生存期間(診断から死亡までの期間)の平
均は 24 ヶ月(2 年)であり、抗がん剤の治療だけの 12 ヶ月の約 2 倍の延命効果が期待でき
ます。
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7. 合併症(副作用)
ナノナイフの膵癌治療の合併症は以下のようです。
合併症の頻度は、グレード3(治療を必要とし、入院期間の延長を来すが、後遺障害は
残さない)以上の合併症が 20-25%起きるとされています。死亡につながる合併症(グレー
ド5)の頻度は 0.5%(200 人に1人)程度と考えらえています。
膵がんの切除手術に比べると、ナノナイフの膵がん治療の合併症は、頻度もその程度も
低いといえますが、局所治療では代表的な、肝がんのラジオ波焼灼療法(RFA)に比べると
合併症は多いと言えます。
1)治療中に手術室で見られる合併症
①
不整脈
②
高血圧
③
出血
① 不整脈
膵がんの部分に刺した針の間には多くの電流が流れますが、そこから 10~20cm 離れた心
しんぼうさいどう
しんしつさいどう
臓にも電流が流れます。そのため心房細動や心室細動などの不整脈が起きることが動物実
験で報告されています。これらの不整脈が起きないように予防します。心電図をモニター
して不整脈が起きにくいタイミングのみに電流を流す、
「心電図トリガー」という方法を使
い、不整脈が起きないようにします。
ヒトでナノナイフによって心室細動が起きたという報告はありませんが、万が一心室細
動が起きた場合には、除細動器を使い電気ショックによる処置がすぐにできるよう準備し
ておきます。
② 高血圧
ナノナイフの電流を流しはじめてしばらくすると、多くの場合血圧が上がります。とき
に最高血圧が 200 近くに上がることがあります。その場合には血圧を下げるくすりを点滴
の中に入れて治療します。血圧が下がるまで、電流を流すのを止めて数分間待つ場合もあ
ります。
血圧が上がる原因は良く分かっていませんが、電気刺激によって交感神経が刺激される
ためと考えられます。
③ 出血
ナノナイフ治療が終わると針を抜きますが、針穴から出血することがあります。
治療が終わって、ナノナイフの針を抜いた後、10 分間皮膚の上から手で圧迫して出血し
ないようにします。
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2)治療後に見られる合併症
① 腹痛
② 膵炎
③ 出血
④ 血栓
⑤ 膿瘍(感染)
① 腹痛
ナノナイフの治療が終わり、麻酔から覚めた後に腹痛を訴える患者さんが 20~30%に見
られます。痛みの程度は患者さんによって異なりますが、強い痛みを訴える場合もありま
す。通常は鎮痛剤の座薬や注射で治まりますが、麻薬などの強い鎮痛剤が必要な場合もあ
ります。
痛みの原因はよくわかっていません。膵臓の周りには多くの自律神経が走っており、ナ
ノナイフの刺激で痛みとして感じるのではないかと考えています。ほとんどの患者さんで、
この痛みは1-2日で治ります。
② 膵炎
ナノナイフで通電する範囲に正常の膵臓も一部含まれるため、正常の膵臓の細胞が障害
を受け、膵炎が起きることがあります。膵癌のナノナイフを行った患者さんの 10~20%に
見られます。そのため、予防的に膵炎の治療薬を注射して予防します。それでも膵炎が起
きた場合は、絶食して膵臓を休ませ、点滴で栄養を補給します。そのため入院期間が1-2
週間延びることがあります。
③ 出血
ナノナイフ治療後、1 週間から 1 ヶ月経過して十二指腸から出血することがあります。ナ
ノナイフ治療によって細い動脈が障害され、仮性動脈瘤を作って十二指腸に出血するため
です。頻度は 10%以下ですが、出血量が多い場合にはカテーテルを使って止血術を行いま
す。
④ 血栓
膵がんはしばしば門脈という静脈に浸潤します。膵がんをナノナイフで治療すると浸潤
した門脈の中に血栓(血液が固まったもの)を作ることがあります。血栓が大きくなると
門脈の血液の流れが悪くなるので、血栓を溶かす薬を点滴や飲み薬で投与し、治療する必
要があります。
⑤ 膿瘍
膵がんが十二指腸に浸潤している場合、がんをナノナイフで治療すると、がんが壊死し、
そこに細菌が入り膿瘍(感染)を作ることがあります。抗生物質を投与して治療します。
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8. いままでに治療した患者さん
東京医科大学病院では 2015 年 4 月~2016 年3月の間に 8 人のナノナイフ治療を行い、そ
のうち 1 例が治療後 4 か月にがんの進行で亡くなっていますが、その他の方は現在も化学
療法を受けながら健在です。
当院では、国際医療福祉大学の倫理委員会の承認のもと、2016年4月18日に第1
例目のすい臓がん患者さんにナノナイフ治療が開始され、6月 6日現在までに14例の患
者さんに行われています。
そのうちの 1 例の治療前後のCTを示します。
ナノナイフ治療前後のCT像。矢頭(△)で囲まれた範囲が膵
がんの範囲。治療後がんは小さくなり、6 ヶ月後にはほとんど
分からなくなっている。
9. ナノナイフ治療を希望される患者さんへ
膵がんと診断され、治療を受けている患者さんで、ナノナイフ治療を希望する患者さん、
またナノナイフ治療について相談したい方は、下記の外来を受診してください。
外来受診時に、現在罹っている主治医から紹介状(医療情報提供書)とCTのデータ(C
Dに焼いたもの)をお持ちいただくと、外来で検査をする必要がなく、適応の決定が早く
なります。
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ナノナイフに関する外来

山王病院(東京都港区赤坂 8-10-16) 2016 年 4 月 1 日以降
【ナノナイフ外来】
2016 年 4 月 1 日以降
曜日
午前/午後
担当医
火曜日
午後
森安史典医師
木曜日
午後
森安史典医師
電話:03-3402-3151(代表)月~土 8:30~17:30

費用について
ナノナイフ治療は自費診療になります。詳しくは上記にお問合わせください。

初診時のご注意
医師の診察の結果ナノナイフ手術と適応となりましたら、同日に各種検査を行う場合がござ
います。その際、検査が終了するまでには、午前の外来では夕方まで、午後の外来では夜
間までかかることがございますので、遠方からご受診される際は、その点をご了承の上、ご
準備いただけますようお願いいたします。
10.文献
1) Martin RC, et al. Treatment of 200 locally advanced (stage III) pancreatic
adenocarcinoma patients with irreversible electroporation: safety and efficacy.Ann
Surg.2015, 262(3):486-94
2) Narayanan G1. Irreversible Electroporation.Semin Intervent Radiol. 2015,
32(4):349-55.
3) 森安史典 他
膵癌の IRE (Irreversible electroporation)治療
日本膵臓学会誌「膵臓」
2015, 30(2):210-218
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