解説(PDF) - Venus Records

Always
<オールウェイズ/ニューヨーク・トリオ>
オールウェイズ
に挙げられる。ニューヨーク・トリオは「天にも上る気持ち」と歌わ
New York Trio
れる原曲通りの明るい雰囲気でスタート。テーマ・ステイトメントで
ク・トリオは、同作の録音からそろそろ7年になる。気がつけば日本制
ニューヨーク・
トリオ
ピアノのキーを変化させたのが面白い。これがエンド・テーマのため
作の冠ピアノ・トリオとしては、ヨーロピアン・ジャズ・トリオに次
1. オールウェイズ
ぐ長寿ユニットのポジションを築いていたというわけだ。ニューヨー
2. チーク・
トゥ
・チーク
ク・トリオ誕生の経緯に関しては、同デビュー作の解説でも触れられ
3. ゼイ
・セイ
・イッツ・ワンダフル
2001年に『夜のブルース』でアルバム・デビューしたニューヨー
の布石であることを、聴き終わった時に知ることとなる。
「ゼイ・セ
Always ( 5 : 15 )
イ・イッツ・ワンダフル」は46年のミュージカル『アニーよ銃をとれ』
Cheek To Cheek ( 5 : 41 )
の挿入曲。ジョン・コルトレーンとの共演作で歌ったクルーナー・ス
ており、ファンならご存知のことだろう。ヴィーナスレコード制作に
They Say It's Wonderful ( 3 : 57 )
タイルのジョニー・ハートマンが有名だ。ここではコルトレーン&ハ
よるビル・チャーラップの日本デビュー作 『ス・ワンダフル』(98年)
4. アイ
・ゴット・ザ・サン・イン・ザ・モーニング
ートマン・ヴァージョンとはややテンポ設定が異なるが、ピアノのテ
は、それまで輸入盤市場で注目を集めていたピアニストが、全国区に
5. ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン
ーマ演奏からはハートマンの歌唱が聴こえてくるかのよう。ハートウ
I Got The Sun In The Morning ( 5 : 19 )
How Deep Is The Ocean ( 3 : 57 )
人気を広げる起爆剤となったヒット・アルバム。成功の要素は揃って
いた。メンバーのピーター・ワシントン(b)&ケニー・ワシントン(ds)
は、様々な場面でコンビを組む機会が多く、米国のメディアでは
シントンズ
ワ
Change Partners ( 4 : 43 )
イン・ザ・モーニング」も『アニー〜』の挿入曲。同作は50年にベテ
7. ホワットル・アイ
・
ドゥ
ィ・ハットン主演で映画化されており、撮影中に途中降板したジュデ
8. イズント・ジス・ア・ラブリー・デイ
ィ・ガーランドの吹き込みも残されている。ニューヨーク・トリオは
What'll I Do ( 5 : 24 )
と呼称されるリズム・チーム(姻戚関係は無し)。チャー
Isn't This A Lovely Day? ( 5 : 39 )
ラップの母国での最新作『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァン
終始レイド・バックしたムードで演奏。クラブ・ライヴのアフター・
9. ザ・ソング・イズ・エンディ
ッド
ガード』(Blue Note)でも共演している間柄である。また水上スキーを
The Song Is Ended ( 6 : 51 )
楽しむ女性をあしらったアルバム・カヴァーがアイ・キャッチャーと
10. ロシアン・ララバイ
アワーズにも似た雰囲気を醸し出す。「ハウ・ディープ・イズ・ジ・
オーシャン」はフレッド・アステア&ビング・クロスビー主演映画
Russian Lullaby ( 2 : 07 )
〜All Songs by Irving Berlin 〜
して効果的だったことも、アルバム・セールスに寄与したようだ。こ
『ブルー・スカイ』の使用曲。マイルス・デイヴィスやビル・エヴァ
ビル・チャーラップ Bill Charlap《 piano 》
ジェイ
・
レオンハート Jay Leonhart《 bass 》
ビル・スチュアート Bill Stewart《 drums 》
うして日本で好調な滑り出しを見せたチャーラップは、しかし本国で
の契約関係から日本制作の個人名義作が難しい状況となってしまった。
せっかく日本でも認知されたチャーラップの新たな道を、ここで終わ
らせていいものだろうか。かくして生まれたのがユニット名義のニュ
ォーミングな曲調は、ラストまで続く。
「アイ・ゴット・ザ・サン・
6. チェンジ・パートナーズ
録音:2007年5月30日、31日
P 〇
C
〇
本アルバム『オールウェイズ』は通算7枚目となる新作。ジェイ・レ
世紀の幕開けから、1年に1枚のペースをキープしてきた彼らの、2007
年5月ニューヨーク録音。第3弾の『ラヴ・ユー・マッドリィ』で初め
てのソングブックとなるデューク・エリントン集を完成させたニュー
ままアドリブ・パートへと進む構成が斬新だ。ようやくテーマが現れ
2008 Venus Records, Inc. Manufactured by Venus Records, Inc., Tokyo, Japan.
ると、結局それはエンド・テーマだったと判明。 正統派 で鳴らし
てきたチャーラップが、このような冒険に出たことには驚かされる。
*
PRODUCED BY TETSUO HARA & TODD BARKAN
RECORDED AT CLINTON STUDIO IN NEW YORK
ON MAY 30 & 31, 2007 ENGINEERED BY KATHERINE MILLER
MIXED AND MASTERED BY VENUS HYPER MAGNUM SOUND :
SHUJI KITAMURA & TETSUO HARA
FRONT COVER : (C) H. ARMSTRONG ROBERTS / CORBIS
ARTIST PHOTOS : MARY JANE PHOTOGRAPHY
DESIGNED BY TAZ
ヨーク・トリオは、「スイングジャーナル」の読者リクエストによる
『星へのきざはし』をはさんで、コール・ポーター集の第5弾『ビギ
始まり、ピアノが加わってからもテーマ・メロディーを奏でず、その
クリントン・スタジオ、ニューヨーク
ーヨーク・トリオというわけである。
オンハート(b)+ビル・スチュアート(ds)からなる不動のトリオだ。21
ンスのヴァージョンが名高い。ここではベース&ドラムスのデュオで
「チェンジ・パートナーズ」はフレッド・アステア、ジンジャー・ロ
ジャース主演のミュージカル映画『ケアフリー』の挿入曲。オスカ
ー・ピーターソンやジョージ・シアリングの録音があるが、ピアノ・
トリオ・ヴァージョンはさほど多くはない。ピアノが愛らしいメロデ
ィーを奏で、ブラッシュがスムーズなビートを送り込むサウンドは、
この曲を代表する新たなトリオ・ヴァージョンと言っていい仕上がり
ン』(以上Blue Note)と、こちらもスタジオ・レコーディングでは記録を更新
だ。「ホワットル・アイ・ドゥ」は23年に発表されたナンバー。フラ
ン・ザ・ビギン』、リチャード・ロジャース集の第6弾『君はすてき』と、この
中だ。それにしても日米を股にかけて、これほどまでにソングブックを量産す
ンク・シナトラ、リンダ・ロンシュタットら多くの歌手が取り上げ、ピアニス
ところ特定の作曲家にスポットを当てたアルバム作りに情熱を注いできた。そ
る理由は何なのだろうか。1つ大胆な仮説を立ててみたい。現在ミュージシャ
トではポール・ブレイやデヴィッド・ヘイゼルタインが録音している。ここで
して今回の新作で取り上げられたのがアーヴィング・バーリンである。
ンとして油が乗っていると自覚するチャーラップは、子供の頃から聴き親しん
はピアノ独奏を皮切りに、ベースが主旋律を担い、さらにピアノへとバトン・
バーリンは1888年ロシアのテムン生まれ。5歳の時に一家でニューヨークへ移
できた20世紀のアメリカ・ポピュラー音楽界を代表するコンポーザーの名曲た
タッチする構成。心地よい余韻を残す演奏だ。
「イズント・ジス・ア・ラヴリ
住。父親を早くに亡くしたため、少年時代からカフェで歌の仕事をしながら、
ちを、21世紀に入り自身の手によってコンパイルするという壮大なプロジェク
ー・デイ」は30年代の米ミュージカル映画の最高傑作と評される『トップ・ハ
作詞とピアノを独習。その後ニューヨークの音楽出版業者街ティン・パン・ア
トをスタートさせた…。いつゴールを迎えるのかわからないこのシリーズをコ
ット』の挿入曲。エラ・フィッツジェラルド、トニー・ベネット、ジェリー・
レイで、お客のために楽譜をピアノで弾いてみせる仕事をこなし、作曲も始め
ンスタントに進めていけば、10年後にはジャズ史上例をみない作品群がそこに
サザンらヴォーカリストのカヴァーが多数。このような歌ものこそがチャーラ
た。1911年に「アレキサンダーズ・ラグタイム・バンド」が大ヒットし、本格
生まれているはずである。実際のチャーラップのモチベーションは知る由もな
ップの最も得意とする素材であり、ここでもその本領が発揮されている。ピア
的にミュージカル楽曲を手がけるようになる。その後、映画音楽も手がけ、戦
いが、その気になれば決して不可能ではないだろう。
ノの音数を多くしないことによって、小粋で趣味のいいトラックになったのも、
前のハリウッドを代表するソングライターとなった。第二次大戦後もビング・
「オールウェイズ」は1925年のミュージカル『ザ・ココアナッツ』の挿入曲。
やはりチャーラップのセンスのなせる技だ。
「ザ・ソング・イズ・エンディッ
クロスビーの記録的なヒット曲「ホワイト・クリスマス」や「ショーほど素敵
40年代に映画『クリスマス・ホリデイ』や『打撃王』で使用されて、名曲の仲
ド」は27年に発表されたナンバーで、
「歌は終わってもメロディーは残る」と
な商売はない」等々の名曲を世に送ったが、62年に作詞・作曲活動から引退。
間入りをした。ピアノ・トリオではデイヴ・ブルーベックやビル・エヴァンス
いう歌詞内容から「歌は終わりぬ」の日本語曲名がつけられている。ここでの
生涯に書いた歌曲は1000曲を超える。88年には「カーネギー・ホール」で<ア
が代表的なヴァージョンだ。チャーラップは実母で歌手のサンディ・スチュア
チャーラップは前曲とは逆に饒舌なソロで、歌心を表現。多彩なピアノ・テク
ーヴィング・バーリン100歳祝賀コンサート>が開催され、フランク・シナト
ートとの共同名義作『Love Is Here To Stay』(Blue Note)にも、この曲を収
ニックも聴きどころだ。
「ロシアン・ララバイ」は「ハウ・ディープ〜」と同
ラ、ローズマリー・クルーニー、トニー・ベネット、ナタリー・コールら著名
録。ここではピアノ独奏で始まり、トリオへと進んでドリーミーなサウンドが
じく46年の映画『ブルー・スカイ』の挿入曲。ピアノではエロール・ガーナー
シンガーがバーリンの偉業を称えた。バーリンは89年に101歳で永眠している。
綴られる。アルバムの1曲目にスロー・ナンバーを持ってくるのは、バラード
やケニー・ドリューのレコーディングがある。このラスト・ナンバーをトリオ
チャーラップはヴィーナスでのレコーディングと並行して活動する本国での
集でなければ意表を突く感もあるのだが、
『夜のブルース』もそうであったこ
ではなく、ソロ・ピアノで演じたのは何故なのか。2分ほどの短い演奏時間で
アルバム制作においても、ソングブックづいている。ホーギー・カーマイケル
とを踏まえると、これはチャーラップ一流のアイデアだと思える。
「チーク・
あることと合わせて考えると、実際のレコーディング時にも、セッションの締
集の『スターダスト』、『ウエストサイド物語』の作曲者として知られるレナー
トゥ・チーク」はバーリンが35年の映画『トップ・ハット』のために作詞・作
ド・バーンスタインの映画音楽を集めた『サムホエア』、フィル・ウッズ、ニ
曲し、主演のフレッド・アステアが歌った。ヴォーカルものではエラ・フィッ
コラス・ペイトンら管楽器奏者が参加した『プレイズ・ジョージ・ガーシュイ
ツジェラルド&ルイ・アームストロング、インストではフィル・ウッズが名演
めくくりとしてこの曲を弾いたことが想像できるのだが、どうだろう。
2007.12.16
杉田宏樹