天然ガス輸入国に転じる英国

03-002
天然ガス輸入国に転じる英国
【 要 旨 】
・英国は、天然ガスの輸出量が輸入量を約 100 億 m3(東京ガスの販売量に匹敵)上回る
天然ガス輸出国である(2001 年実績)。
・しかし、天然ガスの国内消費量が拡大を続ける一方で、北海における天然ガスの生産量
は大幅に減少していくことが予想されており、数年後には輸入超過に転じると見られて
いる。
・その後も、輸入量は大幅に拡大していくと見られ、政府は、天然ガスの安定供給を図る
ため、ノルウェー、ロシア、中東等の産ガス国と協力関係を築いていく方針を示してい
る。
・英国に新たに発生するマーケットをねらって、産ガス国や輸出企業の動きは相当活発化
しており、既に、それらの供給予定量は、必要量を超える規模に達していると見られる。
・世界の天然ガス市場は、これまでの売手市場から買手市場へと変貌を遂げている。英国
は「売手」からタイミング良く「買手」になることで、輸出側の競争を引き出しながら
安定供給を図ろうとしている。
2003 年 9 月
(株)富士総合研究所 地球環境研究室
東京都千代田区神田錦町 2-3
TEL: 03-5281-5282 FAX: 03-5281-5466
http://www.fuji-ric.co.jp
◆はじめに
英国は、一次エネルギーの生産量が消費量を上回るエ
ネルギー自給国家であり、石油と天然ガスを周辺諸国へ
輸出してきた。しかし、北海での生産量は今後減少して
いくものと予測されており、数年後には天然ガスの純輸
入国に転じると見られている。今年発表したエネルギー
白書では、二酸化炭素を 2050 年までに 60%削減すると
いう野心的な方針を掲げており、石炭や石油に比較して
二酸化炭素排出が少ない天然ガスの位置付けは中期的
にさらに高まることが予想される。英国に誕生する新た
なガスマーケットをねらって、ロシア、ノルウェー、カ
タールなどのガス輸出国や輸出企業の動きが活発化し
てきた。
表1 2001 年における英国の天然ガス輸出入量
(単位:Bcm)
輸出
0.20
1.29
3.26
3.50
4.70
ベルギー
フランス
ドイツ
アイルランド
オランダ
ノルウェー
計
輸入
0.80
2.20
3.00
12.95
(出所)Eni「World Oil and Gas Review 2003」から作成
◆国内生産が大幅に減少へ
英国の生産量は下図のように堅調に増加してきてい
たが、既に頭打ちとなってきており、今後は減少してい
くことが予想されている。もちろん、政府も国内の生産
を維持していくために、開発企業に対する優遇策や、未
開発地域の開発促進策等を講じるとしているが、生産量
の減少は避けられないものとみられている。
◆英国の天然ガス輸出入の現状
英国では 1960 年代から北海での天然ガス生産を開始
したが、92 年からはパイプラインを通じて周辺国に輸
出を行っている。97 年からは輸出量が輸入量を上回る
純輸出国となっている。2001 年の輸出量から輸入量を
3
差し引いた値は、約 10Bcm(Bcm=10 億 m )となり、
イギリスの全消費量の1割程度、日本では東京ガスの全
販売量に相当する天然ガスを輸出していることになる。
(Bcm)
120.0
天然ガス生産量
100.0
(Bcm)
天然ガス消費量
80.0
16.0
14.0
参考:日本の天然ガス消費量
60.0
輸出
12.0
40.0
10.0
20.0
8.0
6.0
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1980
1978
1976
図2 英国の天然ガス生産量の推移
(出所)「BP Statistical Review of World Energy」から作成
0.0
1991
1974
輸入
2.0
1972
1970
0.0
4.0
2001
図3は、貿易産業省による天然ガス需要と生産量の予
測例を示したものであるが、数年後には国内需要が生産
量を上回る純輸入国に転じることが予想されており、そ
の後のギャップ(輸入量が必要)は大幅に拡大する見通
しとなっている。
図1 英国の天然ガスの輸出入量の推移
(出所)Eni「World Oil and Gas Review 2003」から作成
英国の天然ガスは、英国=ベルギー間のパイプライン
(Interconnector)を通じて大陸各国と取引が行われて
いる。通常は英国から大陸側へ天然ガスが流れる英国輸
出モードとなっているが、英国の需要がピークになる冬
季には逆に大陸から英国に流れる英国輸入モードに切
り替えられることによって大陸間との輸出入を行って
いる。
また、北海南部のガス田からは、オランダ側のパイプ
ラインに、さらにアイルランドへもパイプラインを通じ
て輸出が行われている。
一方、北海北部のノルウェー領のガス田からは、英国
に輸出が行われている。
1
・ノルウェーとの協力
英国にとって、ノルウェーは、北海の資源開発におい
てライバルとして競合する関係にある。しかし、エネル
ギー白書においては、今後 10 年の輸入先として、ノル
ウェーを主要な供給国と位置付けている。
昨年8月、英国とノルウェーは、北海油田の生産拡大
を協力して促進することに合意し、ノルウェーから英国
へのパイプライン接続が容易になるような条約を締結
することを目指している。条約は今年の初めには締結す
る予定であったが、交渉は難航し、現在も交渉が行われ
ているが、詳細は明らかになっていない。
ノルウェー側の最大の目的は、今後開発する予定の
Ormen Lange ガス田の英国へのガス販売を確実にする
ことである。同ガス田は、天然ガスの埋蔵量が約 375Bcm
(LNG 換算で 2.78 億トン)と莫大で、このガス田から
英国の Easington をつなぐ通称 Britpipe というパイプラ
インを新たに建設し、2006/7 年頃からの販売を目指し
ている。このパイプラインは総延長が 1,200km 弱で最
大で 20∼25Bcm/年(LNG 換算で 1,460∼1,825 万トン
/年)程度の輸出規模を想定している。
(Bcm)
120
国内需要
100
80
60
輸入が必要
40
20
国内生産
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
0
図3 貿易産業省による英国の生産量の見通し
(出所)英国貿易産業省資料から作成
(注)上記のガス需要は、2050 年に向けて二酸化炭素排出量を
60%削減する目標を掲げているエネルギー白書のデータを
採用しているために控えめな数値となっているが、他の予測
では、堅調に増大していく予測が多い。
◆各国との協調による資源の安定確保
英国は、天然ガスを含めエネルギー資源の純輸入国と
なることが避けられないとみられるが、今年発行された
エネルギー白書では、ノルウェーを中心にロシア、中東、
北アフリカ、ラテンアメリカ諸国などと協力関係を築い
て安定供給を図るとしている。
・ロシアとの協力
ノルウェーから新規
パイプライン接続
(Britpipe)
Easington
Bacton
Milford Haven
Coryton
LONDON
Isle of Grain
カタール等からの
LNG
(Exxon Mobil、
Petroplus)
ベルギーとの既存パイプ
ライン拡張
(Interconnector)
オランダとの新規パイプ
ライン接続(Gasunie)
ノルウェーとの交渉が難航している一方で、英国政府
はロシアからのパイプライン建設推進についてロシア
政府と覚書を6月に締結した。
ロシアからの新たなパイプラインも、総延長は
1,200km 程度を想定しており、ロシア Vyborg からバル
ト海を通って最終的には英国につながれるが、North
European Gas Pipeline(NEGP)と呼ばれるように、通
過国であるフィンランド、ドイツ、デンマーク、オラン
ダなどの欧州北部の国々にガスを供給することを想定
している。
NEGP の供給規模は全体で 30Bcm(LNG 換算 2,190
万トン)/年を想定しており、英国への販売量は、5Bcm
/年程度になるものと見られている。現在、複数の企業
が参加して調査を行っているが、通過ルートやロシアの
どのガス田から供給されるかついては明らかになって
いない。
・LNG の復活
英国は、1964 年にアルジェリアから LNG を輸入し、
世界初の LNG 輸入国となったが、90 年を最後に LNG
の輸入は行われていない。しかし、ここに来て、大西洋
地域の LNG 貿易は活発化する方向にあり、英国も大き
な需要が見込めることから、いくつかのプロジェクトの
計画が持ち上がってきている。
その内、最も規模が大きいプロジェクトが、中東のカ
タールで Exxon Mobil と国営 Qatar Petroleum が共同で
計画している LNG プロジェクト(通称 QatargasⅡ)で
LNG
(National Grid Transco、
BP)
図4 多数のプロジェクトが英国を目指す
(注)Isle of Grain は、季節変動に対応するためにパイプラインのガ
スを LNG 化して貯蔵する設備があり、その設備を受入基地に改造す
る。英国内には、このような受入基地ではない季節変動用の LNG 施
設が国内に 5 施設存在する。
2
ある。
計画では、日本や韓国向けなどに実績のある North
Field ガス田のガスを利用して 780 万トン/年規模の
LNG プラントを2基新設し、主として英国に輸出する
予定で、カタールの LNG 液化基地、英国の受入基地と
もに基本設計を行っている段階にあり、2007 年ごろの
稼働を予定している。
受入基地は、ウェールズの Milford Haven 近郊に建設
することを予定しており、地元政府に申請を行っている。
このプロジェクトは、これまでにない大規模のプロジェ
クトを予定しているため、LNG タンカーについても既
3
存の大型タンカーよりもさらに大規模な 250,000m 級
の大規模タンカーの建造を検討しているとされている。
カタールは、米国向けについても同様の大規模計画を発
表しており、これらのプロジェクトが実現する頃には、
世界最大の LNG 輸出国になる可能性がある。
Milford Haven では、Petroplus も 9Bcm(LNG660 万
トン)/年規模の受入基地の建設を計画しており、既に
地元政府から建設の承認を受けている。
さらに、National Grid Transco は、ロンドン近郊の Isle
of Grain に 300 万トン/年規模の受入基地を建設する計
画で、こちらも既に地元政府が建設の承認を行っており、
2005 年からの稼働を予定している。他にも BP が Isle of
Grain か Coryton に建設を検討していることを表明して
いる。
・既存 Interconnector の拡張とオランダからの新ライン
既存の Interconnector パイプラインによるベルギー
Zeebrugge 側から英国 Bacton への供給能力は、現在
8.5Bcm/年であるが、2005 年までに 16.5Bcm/年まで
の拡張が行われる予定で、さらに 25Bcm/年まで拡張
することも検討されている。
この Zeebrugge には、既に LNG 受入基地があり、今
後、この基地を拡張して、ベルギーで LNG を受け入れ、
再ガス化してこのパイプラインで英国に輸出するビジ
ネスも検討されている。
大陸からのパイプラインについては、オランダからも、
Bacton に向けて新たに Gasunie が Interconnector パイ
プラインを建設する計画を進めている。
3
◆選択肢は今後さらに拡大
これらのプロジェクト以外にも、いくつかのプロジェ
クトが検討されており、英国への輸出プロジェクトは、
100Bcm/年を超える一種のバブル状態にある。
北海での生産量が予測よりも極端に落ち込むことが
ない限り、これらのプロジェクトが計画どおりの規模で
全て成立することはあり得ないため、ガス余剰を危惧す
る声さえ出始めている。
また、北海での開発も、大きな利益を必要とする大企
業中心の開発から、中小規模の企業に取って代わること
によって、予測ほどは減少しないと見る意見もある。
世界の天然ガス市場は、米国・英国・インド・中国と
いう巨大輸入マーケットの発生を見越して、売手側の活
動が活発化しており、買手市場へと変化して来ている。
世界を見渡せば、本命のノルウェーやロシア以外にも、
ナイジェリア、アルジェリア、エジプト、カタール、ト
リニダード、ベネズエラ等々、今後、輸出を拡大したい
産ガス国は多数あり、輸出者側の競争を引き出しながら、
したたかな交渉が続けられるものと見られる。
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#03-002
2003 年 9 月発行