第1章 農村版コミュニティ・ビジネスとは何か

第1章 農村版コミュニティ・ビジネスとは何か
1.いまなぜコミュニティ・ビジネスか
未来へつなぐむらづくり
ドイツには四〇年以上もつづく「わが村には未来がある、わが村は美しく」という、むらづくりの
表彰事業がある。連邦国家のドイツでは、郡レベルでの選定を経て、州レベル、連邦レベルのそれぞ
れについて、三年に一回、金賞、銀賞、銅賞の表彰地区を決めている。
この表彰事業は、もともとは「わが村は美しく」というタイトルでスタートした。ここでいう「美
しさ」とは景観、つまり見た目の美しさだけではなく、精神的な美しさ、つまり地域の人びとの心の
つながりを表現したものである。自分たちの村をどうしたいのかをみんなで決め、その目標の実現に
向けてみんなが力を合わせて活動するといった、運営参加とか活動参加の度合いが美しさを決めると
いうわけである。
一九九六年、このタイトルに「わが村には未来がある」という一文が加わり、
「わが村は美しく、
わが村には未来がある」に変更された。また、二〇〇五年にはタイトルの順番が入れ替わって、現在
の「わが村には未来がある、わが村は美しく」になった。こうした変更には美しさも重要であるが、
それ以上に、むらづくりが未来、つまり村の再生に結びつくものでなければならないという主催者側
のメッセージが込められている。
日本と同様、ドイツの農山村の経済空洞化は著しいものがある。そこでは人口流失や通勤兼業の増
加とともに、牧草地が荒廃する、郵便局がなくなる、銀行がなくなる、パン屋・肉屋・商店がなくな
る、小学校がなくなる、などの現象が起きている。こうした状況のなかで、村の再生をめざして、地
域住民の自発的な活動によって新たな就業機会をつくりだし、地域経済を活性化させ、ひいてはお年
寄りと若者がバランスよく暮らせるむらづくりを進めることが重要とされている。
新たな就業機会をつくるといっても、その方法は地域環境に応じてさまざまであろう。しかし、そ
の基本は企業誘致、すなわち村外資本の導入ではなく、村に現にあるもの、すなわち地域資源を使っ
て新しい商品やサービスをつくりだすことに力点が置かれなければならない。同時にそれは、自然保
護や環境保全と両立するものでなければならないという前提がある。
こうしたむらづくりの仕組みを学ぶために、二〇〇七年九月、平坦地の農業地帯に位置するバイエ
ルン州のステファンスキルヒェン(Stephanskirchen)と、中山間地帯に位置するバーデン・ヴュル
テンベルク州のノイエンベーグ(Neuenweg)という二つの自治体を調査してきた。ステファンスキ
ルヒェン(バイエルバッハ地区)は州レベルで銅賞、ノイエンベーグは連邦レベルで金賞を獲得して
いる。
現地調査の結果によれば、農業地帯のステファンスキルヒェン(バイエルバッハ地区)では農地の
交換分合とビオトープ(野生生物の生息空間)の造成をセットにして、農業生産の効率化と環境保全
を両立させていた。また中山間地帯のノイエンベーグでは、森林の保全によって自然保護に取り組む
一方、牧草地の復旧(森林化の阻止)によって景観の確保に取り組んでいた。ただし、こうしたハー
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ドの事業が州政府と地域住民の連携のなかで進められていることは日本と同じである。
日本と大きく違うのはソフトの取り組みである。両村ともに村を再生するための住民活動、それも
都市と農村を結ぶための住民活動が活発に行われていた。
例えば、屋根や壁の色、窓の位置を統一した住宅改修、花で飾られた住宅や街並み、自分たちで建
設し、きれいに清掃されているバス停や集会所、遊園地、ヒュッテなどの公共施設、住民が交替で定
時に鐘を鳴らす教会、観光客を喜ばせる民族衣装や音楽隊そして馬車、自家産原料を使った果実酒や
ハム、ソーセージ、チーズなどの加工品、清潔な農家民宿や地元食材を使った農村レストラン、カン
トリーウォーク用の何本もの散歩道とその案内標識、高校生たちに農業体験の機会を提供する宿泊型
セミナーハウス、高齢者の心の癒しになるセラピー農園、廃校後の小学校を改修した子育て施設(三
~六歳児の保育園)
、景観確保のための農民による牧草地管理など、数え上げたら切りがない。
こうした取り組みのなかで印象的だったことは、何かを建てる・改修する、あるいは何かを保全す
るという場合に、彼らの口からでてきた表現が「いくらかかった」ではなく、
「何時間かかった」だっ
たことである。その話し顔は何か誇らしげであった。こうした共同作業の根底に流れているものは「自
助と共感」
「自然と環境への配慮」
「村の経済活性化」の三点であるが、それらが総合的に評価されて
表彰地区に選ばれたことを物語っていた。
伝統衣装で接客するジムゼー(Simsee)湖畔のレストランの女主人
(ステファンスキルヒェン・バイエルバッハ地区にて)
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馬車で観光客をもてなす村長と村民
(ノイエンベークにて)
フェアアインによる自発的な住民活動
こうした活発な住民活動を根底から支えているのが、フェアアイン(Verein)という志を同じくす
る人びとによって構成される団体である。英語でいえばアソシエーション(社団=人的結合体)に相
当する。
フェアアインはれっきとした登記法人で、
七人以上の構成員によって設立することができる。
日本でこれに匹敵するのはNPOであるが、その活動はNPOよりも幅広く多彩である。
ドイツ人のあいだでは、フェアアインには数百年の伝統があって、当然入るものとの意識があり、
フェアアインで活動することの意義が浸透している。現地調査によれば、ドイツでは、むら(農業集
落)を単位とした全員参加型の(半強制的な)住民活動はなく、その代わりに自らの想いをかなえる
ための自由参加型の活動団体としてフェアアインが機能しているとのことである。
その数はドイツ全体で約二〇万にのぼり、一人平均で四つ程度のフェアアインに入っているとされ
る。フェアアインの活動は大都市よりも地方の小さな村のほうが活発に行われており、二〇〇〇人程
度の村でも四〇くらいのフェアアインがあるのが普通である。
実際、人口九八〇〇人のステファンスキルヒェンでは、消防団、自然保護、青尐年育成、子育て、
病人・高齢者介護、コーラス、オーケストラ、音楽隊、スポーツ、観光、民族衣装、乗馬、狩猟、漁
業、園芸、養蜂、農産物直売など、全部で六〇のフェアアインがある。また、人口わずか三〇〇人に
すぎないノイエンベーグにも、観光、自然保護、スキー、音楽、テレビ受信、園芸セラピー、ディス
コ、料理、綱引きなど、一九のフェアアインがある。
これらの活動例をみると、フェアアインとは目的・目標を共有できる仲間をみつけだし、仲間同士
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が親しく付き合える場を提供していることがわかる。実際にステファンスキルヒェンで経験したこと
であるが、小学校の送迎バスの運転手をしているまじめそうな青年が、自分が所属する無人の消防署
にわれわれを連れて行き、最新鋭の消防車や設備を説明しているときの彼の生き生きとした姿は、そ
こが彼にとって仲間づくりの場になっていることを証明していた。
フェアアインには営利と非営利の二種類があるが、非営利のフェアアインの財政は、①自治体から
の助成、②人びとの寄付金や会費、③貯蓄銀行グループ(Sparkasse=公的金融機関)の自治体への
配当、の三つによって賄われている。
このうち、自治体からの助成は公益性の高いもの(もともとは自治体が担っていた業務など)に限
定されている。これに対して、寄付金や会費はフェアアインの収入が三万ユーロ以内であれば、支払
われた寄付金や会費について、それを支払った人(法人を含む)が税額控除を受けられるという特典
があり、このため税金を払うくらいなら寄付金や会費のほうがよいとの意識が働いて、それらがフェ
アアインの主要な財源になっているとのことである。
話は若干それるが、ノイエンベーグの隣にシェーナウ(Schoenau)という人口二五〇〇人の自治体
がある。この村には自然エネルギー(太陽光・小水力・風力・バイオマス)由来の電力を、全国配電
網に乗せて売ることで有名な市民電力会社があるが、
この会社が設立できた理由は二つあるとされる。
一つはシェーナウ在住の一人の医師をリーダーとするフェアアイン「原発のない未来のための親たち
の会」による省エネ運動の展開であり、もう一つはその省エネ運動に共感するドイツ全土の人びとか
らの寄付金や出資金である。
多様な住民活動がむらを変える
以上、ドイツの「わが村には未来がある、わが村は美しく」という表彰事業を素材として、住民参
加型のむらづくりの実例を述べてきた。日本のむらづくりを論じようとするときに、冒頭からこのよ
うな外国の事例を紹介したのには理由がある。それは、ドイツでのむらづくりが、われわれが考える
むらづくりとほぼ同じ状況認識と展開方法によって進められていることである。
その要点は以下の四点にまとめられる。
第一に、ドイツ、あるいはドイツだけではなく多くのEU先進国と日本の農林業・農山村の置かれ
ている状況がよく似ていることである。彼我ともに、グローバル化の進展によって森林や農地の経済
的価値が低下し、地域の地盤沈下が著しい。それは人口の減尐や高齢化、森林の荒廃、耕作放棄地の
拡大、小学校の統廃合、銀行・郵便局・小売店舗などの商業施設の撤退となって現れている。こうし
た状況に歯止めがきかないなかで、若者たちがいなくなるような農山村には未来がないといった閉塞
感に覆われている。
第二に、それにもかかわらず、地域の問題は地域の人びとによって地域で解決していくしかないと
いう状況認識もよく似ている。農家への直接所得補償など、政府の支援によって所得格差を是正する
といっても、しょせんは小規模農業であって、経営面積に比例した財政支援では農山村を覆う閉塞感
は取りのぞけない。こうした状況は日本もドイツも同じである。ここは一転自らが立ち上がって、地
域の地盤沈下を食い止めよう、という自助と共感がむらづくりの基本となる。
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第三に、むらづくりの方法についてであるが、森林の保全と農地の活用を通じて地域の経済的・社
会的価値を高めていこうとすることが共通している。それはつまり、森林・農地からの恵みである農
林産物の加工や直売と、それに付帯する観光、休養・保健、飲食、体験などの機会の提供、ならびに
景観の維持、文化・芸能の伝承、都市市民の移住、自然エネルギーの開発など、農山村由来のさまざ
まな財やサービスの創造を通じて、農山村に暮らすための基礎的条件を改善することに尽きる。
第四に、こうした財やサービスの創造に当たって地域住民の「共同作業」が必要になるという認識
が共通している。ただし、実際の行動面においては日本とドイツでは大きな違いがある。ドイツでは
傍観者はいない。地域をよくするためにやりたいこと、やれることを各人が能動的に取捨選択して行
動している。その機会を提供しているのがフェアアインであるが、わが国ではそれに相当するものが
ない。地域の活動単位としてむら(農業集落)があるが、そこでは家を単位とした全員参加型の活動
が多くを占め、能動的というよりは受動的あるいは防御的なむらづくりが行われることが多い。この
ため、個人を単位として若者たちが活躍するといった姿はあまりみたことがない。
さしずめ日本でフェアアインに相当するものはNPOであろう。しかし、農山村ではNPOがどの
ようなものか、よく知られていない。NPOという言葉がでてきただけで、話が進まなくなってしま
う恐れがある。よく考えてみると、各人の関心に合わせてむらづくりを進めようとするときに、NP
Oであろうと何であろうと組織形態や法人形態にこだわる必要はまったくない。気心の知れた尐人数
のグループ活動からスタートしてもよいし、任意団体であってもよい。できるところからはじめると
いうのが適している。
しかし、地域を再活性化しようとする仲間の輪が広がり、財政基盤や運営ルールを定める必要が生
じたときには、適切な助言者を得てNPOや協同組合、さらにはまた新しい会社法のもとで設立が容
易になった株式会社(小規模会社)などをつくることが検討されなければならない。重要なことは、
地域のために仲間が集まってこれをやろうと決めたら、その活動を継続的なものにしていく意思と能
力を身につけることである。そうすれば組織形態や法人形態は後からついてくる。
またその活動単位も一つである必要はない。ドイツのフェアアインがそうであるように、人びとが
共感できるもの、参加できるもの、貢献できるものであれば、いくつあっても構わない。こうした活
動単位がむらのなかから沸々と湧き上がるようになれば、それだけでも地域は活性化する。本書では
こうした活動単位、しかもそれが継続性を持った活動単位を「コミュニティ・ビジネス」と呼び、そ
れへの運営参加や活動参加を通して、むらを変えていくことを奨励している。
むらづくりをまちづくりに溶け込ませる
いまから一〇年前の一九九七年一〇月一日現在で、全国の市区町村数は三二五五あった。そのうち
村は五六九を数えていた。それが一〇年後の二〇〇七年一〇月一日現在では、全国の市区町村数は一
八二三、そのうち村は一九五に減ってしまった。割合でいうと、市区町村数はおよそ二分の一に、ま
た村はおよそ三分の一に激減している。
地域振興とか地域自立の観点からいうと、右でみたような市区町村の合併、とりわけ基礎的自治体
としての村の減尐によって「むらづくり」という用語が消えて、
「まちづくり」という用語に集約され
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つつある。実際にはむら(農業集落)がなくなったわけでもないし、そのむらを拠点とするむらづく
りがなくなったわけでもない。基礎的自治体としての村がなくなることによって、むらづくりという
用語が使われなくなっただけである。
こうした状況ではあるものの、これ以降、本書では特別の意味を持たせる場合をのぞいて「むらづ
くり」という用語を使わずに、
「まちづくり」という用語を使うことにしたい。その理由はいくつかあ
るが、ここではとくに重要と思われるつぎの三点を指摘しておこう。
その第一は、むらの混住化が進展し、むら=農業集落という性格が弱まっていることである。集落
内の非農家の増大のほかに、団地住民や商工業者の転入、工場や各種店舗の進出などによって、農家
(農業者)の尐数者化(マイノリティー化)が進んでいる。こうしたなかで、地域再活性化をめざし
たむらづくりを進めるに当たっては、彼らの持つ新しいパワーを活用したり、彼らと連携することが
重要になっている。もとよりむらづくりの中核をなすのは農家でなければならないが、それにこだわ
る必要がないことはドイツ・シェーナウの市民電力会社の事例をみても明らかである。
いいかえれば、
むらづくりを「むらづくり」として狭くとらえるのではなく、もっと広く「まち・むらづくり」とし
てとらえることが重要である。
第二は、後の第二章で述べるように、基礎的自治体(市町村)が進める「まちづくり」の基礎単位
が、自治会・町内会(農業集落を含む)といった地縁型自治組織から、もう尐し広い範域を持つ小学
校区単位の地域自治組織に転換していることである。地域自治組織は通常「住民自治組織」
「まちづく
り委員会」
「地域協議会」などと呼ばれているが、その傘下には自由参加型の活動組織が多数ぶらさが
っており、そこに志を同じくする仲間たちが集まっている。その姿はあたかもドイツのフェアアイン
の集合体のようなものである。このような新しいタイプの活動組織が基礎的自治体レベルでつくられ
つつあることを考えると、農家(正確には農家世帯員)を中核としたむらづくり活動ではあっても、
それを地域自治組織によるまちづくり活動の一環として位置づけ、むらづくりをまちづくりに溶け込
ますことが重要である。
第三は、農家のマイノリティー化が進みつつあるものの、自然やその自然とかかわる農林業や農山
村の価値は低まるどころか、ますます高まっていることである。環境保全、食農教育、市民農園、田
舎暮らしなどに代表されるように、農林業や農山村は農家のためだけにあるではなく、もっと広く地
域住民や都市市民と一緒になって活用されるべきものとなっている。このことを自覚するには、むら
づくりをむら(農業集落)のなかの閉じられた系としてとらえるのではなく、外に対して開かれた系
としてとらえることが重要である。これはすなわち、内なるものから外をみるのではなく、外から内
なるものをみるといった、マーケティングの発想の重要性を指摘するものである。
では、こうした共感のあるむらづくり、まちづくりを進めるには、何をすることが一番大切なので
あろうか。ドイツの事例から考えれば、農家ないし農家世帯員にはそこで生まれ育った者の責務とし
て、森林と農地を荒らさないこと、いいかえれば移動しない資源としての土地というものについて、
保全すべきものと活用すべきものを峻別し、自然や自然とかかわる農林業や農山村の価値を低下させ
ない努力をなすことが重要である。本書では、このための自発的な共同作業を農村版コミュニティ・
ビジネスの基本と考えている。
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2.コミュニティ・ビジネスとは何か
コミュニティ・ビジネスの定義
ドイツ語のフェアアインは「一つになる」という意味を持っている。そこから人と人のつながり、
すなわち人的結合体(社団)という意味が生まれてくる。
英語のコミュニティもフェアアインとよく似た意味を持っている。英語語源辞典(研究社)によれ
ば、コミュニティ(community)とは、
「…と共に」
「まったく、完全に」という意味を持つ com と、
「単一(性)
」
「
(感情・気分などの)一致」という意味を持つ unity から合成された言葉である。ここ
から類推すれば、コミュニティとは「感情・気分の完全なる一致」を意味することになるだろう。
一般の英語辞典では、コミュニティの訳語として「
(利害・宗教・国籍・文化などを共有する)共
同社会、共同体、地域社会など」の意味が当てられているが、右の類推にしたがえば、コミュニティ
の本来の意味は「文化的・社会的規範を共有する人びとの集まり」ということになる。そして、その
コミュニティのなかには生活地域を共有する「ローカル・コミュニティ」と、関心や想いを共有する
「テーマ・コミュニティ」の両方の意味が含まれている(注1)
。
ここで、ローカル・コミュニティとは町内会・自治会などの地縁型自治組織、すなわち基礎的集団
に相当するものを指し、テーマ・コミュニティとは協同組合(労働者生産協同組合)
、NPO、小さな
株式会社などの自発的協力によって組織される機能的集団に相当するものを指している。
では、以上のような内容を持つコミュニティと、事業という意味を持つビジネスから合成されるコ
ミュニティ・ビジネスとは、どのような意味を持つのであろうか。標準的な文献にしたがえば、それ
はローカル・コミュニティとテーマ・コミュニティのいずれか一方、もしくはその両方に基礎を置き
ながら、社会的な問題の解決と生活の質の向上をめざして設立される事業組織と定義される。つまり
それは、地域のみんなの利益のために、ビジネス感覚を持って地域に根ざした活動や事業を継続的に
展開することを指している。
このことは同時に、コミュニティ・ビジネスとは、①生きがい、人の役に立つ喜び、地域への貢献
など、志を同じくする人びとが自発的に集まり(自発性)
、②地域のみんなに役立つ財・サービスを生
産・提供し(公益性)
、③事業の継続のために効率性を追求するものの(継続性)
、④そこから生まれ
る経済的利益すなわち剰余金の分配はこれを目的としない(非営利性)
、といった四つの特徴、すなわ
ち社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ)や社会的経済(ソーシャル・エコノミー)が備える
べき諸特徴を有していることを表す。
ここで、社会的企業とは組織形態を表し、社会的経済とは事業領域を表しているが、これらは公共
(政府)セクターの持つ「公益性」と市場(民間企業)セクターの持つ「ビジネス性」の両方の性格
を併せ持つような、ハイブリッドな形態・領域を形成するものである。これらはまた、相互扶助型の
協同組合(JA・生協など)も含めて、公共セクター(第一セクター)
、市場セクター(第二セクター)
とは異なる形態・領域を形成するという意味から、第三セクターと呼ばれている。
このような第三セクターの形態・領域にコミュニティ・ビジネスが位置づくために、まちづくり、
むらづくりといった公益性の高い取り組みではあっても、それを一時的、単発的なものに終わらせる
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のではなく、一定の目的と計画にもとづいて経営する経済的行為(永続性、採算性、効率性を優先す
る経済行為)として発展させることが重要である。
ローカル・コミュニティの重層性
ドイツは、フェアアインの事例をみてもわかるように、ローカル・コミュニティとテーマ・コミュ
ニティが重なり合っている国である。もう尐し正確にいえば、基礎的自治体(ゲマインデ)をベース
に多数のテーマ・コミュニティ(フェアアイン)が形成されている国である。実際、ドイツでも基礎
的自治体の合併(わが国でいう市町村合併)が推進された経緯はあるが、州によってはノイエンベー
グのような人口三〇〇人という小さな基礎的自治体が残されているケースもある。
フランスでも、基礎的自治体(コミューン)の規模はわが国の市町村よりも概して小さく、教会や
小学校を運営するような単位で設定されている。それはあたかも日本の旧村に相当するようなもので
ある。フランスのコミューンは約三万六〇〇〇あるといわれるが、そのうち人口が五〇〇人に満たな
いコミューンが二万以上もあるとされる。周知のように、このコミューンを単位として美しい村づく
り運動が展開されている。
一方、イギリスでは、基礎的自治体(ディストリクト)の合併が進められる一方で、市民の意思を
吸収するために、一定の権限を有する準自治体として地域自治組織(パリッシュ)が設置され、そこ
を拠点に地域分権の仕組みが確保されている。ここでパリッシュとは教区という意味を持ち、教会を
精神的なシンボルとして市民の意思が結集されていることを表しており、この結集力がパリッシュを
拠点としたテーマ・コミュニティの形成を可能にしている。
もっとも、ローカル・コミュニティといった場合に、町内会・自治会のような地縁型自治組織やそ
れに対応するような小さな基礎的自治体だけをイメージする必要はない。実際、ローカル・コミュニ
ティはある種のあいまいさと多義性を持った概念であって、その範域をあらかじめ特定することはむ
ずかしい。例えば、市町村合併が進むわが国を事例にとれば、つぎのような重層性を指摘することが
できる。
すなわち、ローカル・コミュニティの構成要素として、地域性(共有する空間的範囲)と共同性(共
有する社会的・文化的規範の範囲)を考慮すれば、市町村の範域においては、一次生活圏(町内会・
自治会単位)
、二次生活圏(小学校区単位、人口五千人から一万人)
、三次生活圏(中学校区単位、人
口二万人程度)
、四次生活圏(市町村単位)などを想定できる。また、市町村を超えた範域では、郡市
単位(県事務所単位)や都道府県単位なども想定できる(注2)
。
ローカル・コミュニティ自体がこのような重層性を持つために、ローカル・コミュニティに基礎を
置くテーマ・コミュニティもまた、その範域はとくに定められたものを持っていないと考えてよい。
ローカル・コミュニティの範域に応じて、テーマ・コミュニティの形成が可能である。ただし、想定
されるローカル・コミュニティの範域に応じて、テーマ・コミュニティのめざす目的や目標に違いが
生じることは十分に考えられる。
例えば、同じ環境美化をめざすテーマ・コミュニティではあっても、町内会・自治会など地縁型自
治組織に基礎を置くテーマ・コミュニティの場合には、地区内の小さな河川や道路、公園、名所・旧
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蹟などの清掃、ごみステーションの維持管理など、身近なテーマが主題となるのに対して、郡市単位
や都道府県単位に基礎を置くテーマ・コミュニティの場合には、大きな河川や湖沼、内湾などの環境
保全やそのための普及・啓発活動、廃棄物の処理やその再生利用など、広域的な問題解決を必要とす
るようなテーマが主題となることが多い。
同様に、農産物の直売をめざすテーマ・コミュニティにおいても、小さな範域に基礎を置くテーマ・
コミュニティでは、生産者自らが消費者と直に接するような小さな直売所を運営する場合が多いのに
対して、大きな範域に基礎を置くテーマ・コミュニティでは、JAなど生産者からの委託を受けた事
業者が大きなファーマーズ・マーケットを運営する場合が多い、という違いがある。このような大き
なファーマーズ・マーケットでは、個々人の特徴ある商品づくりも大切であるが、それ以上に、提供
される商品全体の品質保証や生産履歴記帳など、ファーマーズ・マーケット自体のブランドづくりが
重視されている。
このように、関心や想いを共有するテーマ・コミュニティではあっても、それが拠って立つローカ
ル・コミュニティの範域や規模に応じて、目的や目標に違いが生じるのがコミュニティ・ビジネスの
特徴である。
表1-1 農村版コミュニティ・ビジネスの活動・事業
領
食
健
域
と
活 動 ・ 事 業 領 域
農
康
助け合い・福祉
集落営農、ファーマーズ・マーケット、レストラン、農林産物加工、農林業体験、
加工体験、学校給食、農業トラストなど
カントリーウォーク、トレッキングなど
ミニデイサービス、園芸セラピー、高齢者に対する給食サービス、お使いサービ
ス、庭木の剪定・管理など
生ごみコンポスト、里山・河川の環境美化、植樹、エコツーリズム、用排水路の
資 源 ・ 環 境
維持管理、ため池・ビオトープの保全、遊休農地の活用、棚田オーナー制度、獣
害対策、自然エネルギーの開発など
生きがいづくり
都市農村交流
市民農園、生きがい農園、料理教室、樹木園の管理、パターゴルフ、ボランティ
アガイドなど
都会のインショップ、宅配・直販、民宿(民泊)
、グリーンツーリズムのプロデ
ュース、田舎暮らしのあっせんなど
農村版コミュニティ・ビジネスの領域
ドイツの「わが村には未来がある、わが村は美しく」の表彰事業をみてもわかるように、農業・農
村はコミュニティ・ビジネスの宝庫である。その理由は景観、産物、人情などのあらゆる面で都市に
はない魅力を備えているからである。これら有形・無形すべてのものを地域資源と呼べば、地域資源
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の戦略的活用を図りながら、ローカル・コミュニティの持つ力(地域力)を高めていくことが地域住
民に課せられた課題である。
表1-1は、農村版コミュニティ・ビジネスとして、どのような活動・事業が想定できるのかを示
したものである。とくにここでは農家世帯員が積極的に関与できるような、
「農」を中心とした活動・
事業をリストアップしている。もとより、それぞれの地域環境に応じてさまざまな活動・事業が想定
できるであろうが、ここでは移動できない資源としての森林と農地を荒らさないこと、そしてその森
林と農地からの恵みを最大限に活用することを基本と考えて、食と農、健康、助け合い・福祉、資源・
環境、生きがいづくり、都市農村交流という六つの領域に区分している。
ところで、この表をみると、
「事業」としてはとうてい成立しえないような「活動」も数多く含ま
れていることがわかる。ここで活動とは、人びとが「生き生きと行動していること」を表し、活動の
期間が比較的短いものであって、個々人の興味や関心などの欲求を満たすことが優先されるものを表
している。では、こういった活動もコミュニティ・ビジネスと呼べるのであろうか。
例えば、
「資源・環境」の里山・河川の環境美化を考えると、この活動の公益性は高いものの、そ
れだけで採算をとろうとすると、非常な困難に直面することは明らかである。公益性が高いために、
それによって利益を受ける人びとは、だれも進んでその対価(経済的報酬)を支払おうとしないから
である。
また、
「食と農」の農業体験や加工体験も、参加料なしでそれを行えば、無報酬のインストラクタ
ーたちはみんなに喜ばれるという満足感は得られるものの、苦労ばかりを背負うことになる。例えば
小学生の田植体験は、ほとんどの場合、子どもたちにみつからずに、こっそりと植え直さなければな
らないとされている。
かりに個々人の関心や興味などの欲求を満たすことが優先される活動ではあっても、それを繰り返
して行おうとする場合には「ただ働き」は絶対に避けるべきであって、時給の確保が継続的な活動を
保証する前提条件になっていることを忘れるべきではない。これはNPOに参画する人びとが異口同
音に指摘することがらである。みんなのために働くとしても、ただ働きほどむなしいものはないから
である。
では、この継続性の問題にどのように対処すればよいのであろうか。考えられる方法はつぎの三つ
である。
第一は、関係する機関・団体へ正当な対価を要求することである。公益性はそれが高ければ高いほ
ど、その受益者の範域に応じて、地縁型自治組織(町内会・自治会)
、基礎的自治体(市町村)
、国・
都道府県、その他当該の活動に関与したい個人・企業・団体などからの寄付や資金援助を受けなけれ
ば、その活動を継続することはむずかしい。当然ながら、資金提供側もこうした活動主体の要求に対
して、もしそれが正当な要求ならば、協働の見地から「補助・助成」
「共催」
「委託」などの形式を取
りながら活動を支援していく責務がある。
第二は、公益性の高い活動を内部的に補助するような収益事業を確保することである。例えば、里
山・河川の環境美化についていえば、それを景観づくりの一環とみなして、それに要する費用を農林
産物の直売やレストラン、宿泊などのグリーンツーリズム事業の収益で補うことが考えられる。同様
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に、農業体験や加工体験についても、それを食農教育の一環とみなして、それに要する費用をJAの
営農指導や地域貢献の観点から補てんしてもらうことが考えられる。
第三は、以上とはやや次元が異なるが、有能な社会的企業家(social entrepreneur)の出現によっ
て、活動を事業に転換する努力をなすことである。例えば、集落営農組織やJAの生産者部会が行う
収穫まつりもそれを単発で行えば、単なるイベントにすぎないが、それにストーリー性を持たせるこ
とによって、集客層のなかに熱烈なファンをつくり、その人たちに自らの農産物や加工品を直売・直
販することが可能である。
第二章で述べるJAきたそらち幌加内支所そば生産者部会の「そばまつり」はそのような取り組み
の典型といえる。また、ラベンダーファームとして有名な北海道中富良野町のファーム富田も、ラベ
ンダーに対する自らの想いを社会に発信することによって、入園料なしでも事業が成立するビジネス
モデルをつくったことで有名である。さらにはまた、三重県伊賀市のモクモク手づくりファームのウ
インナーづくりは、いまではまったく当たり前になってしまった加工体験の事業化に成功した最初の
事例である。
モクモクのビジネスモデルとは、ストーリー性のあるイベントを絶えず行い、パブリシティを使っ
て社会の注目を集め、リピーターを増やし、増やしたリピーターを会員にして利用者組織を固めると
いうものであるが、その根底には運動と事業の両立という思考が流れている。
インターミディアリー(中間支援組織)の重要性
一般に、コミュニティ・ビジネスには二つのタイプのコミュニティ・ビジネスがある。一つは、ロ
ーカル・コミュニティないしはテーマ・コミュニティに基礎を置き、実際に社会的な問題の解決と生
活の質の向上のための活動・事業を行うコミュニティ・ビジネスであり、もう一つは、そのコミュニ
ティ・ビジネスを支援するための活動・事業を行うコミュニティ・ビジネスである。後者のコミュニ
ティ・ビジネスはインターミディアリー(中間支援組織)と呼ばれる。
ヨーロッパ諸国と比較して、わが国のコミュニティ・ビジネスで遅れているのは後者、すなわち中
間支援組織の育成である。その理由はいろいろ考えられるが、主なものとしては、①法制度化の遅れ
などにより、コミュニティ・ビジネスそのものの設立が遅れていること、②コミュニティ・ビジネス
を支援するための組織・機関として行政の果たす役割が大きいこと、③中間支援組織の運営を可能に
するための財政的基盤が確立されていないこと、などが指摘できる。
こうした状況のなかで、都市地域の中間支援組織はコミュニティ・ビジネス(NPO、労働者生産
協同組合、小さな株式会社などのNPO型組織)の発達とともに全国各地に誕生している。コミュニ
ティ・ビジネスそのものは玉石混淆であるが、中間支援組織には人材が徐々に集まりつつある。これ
に対して、農山村地域では、後の第二章で述べるように、NPO型組織の位置づけが適切になされて
いないために、中間支援組織の重要性もまたよく理解されないままとなっている。
コミュニティ・ビジネスの中間支援組織に期待される役割とは、①情報の受発信、②資源や技術の
仲介、③資金の仲介、④人材の育成、⑤マネジメント能力の向上、⑥対内的・対外的なネットワーク
の形成、⑦活動・事業主体の評価、⑧コミュニティの価値創出、などの機能である。
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こうした支援機能は、例えばチラシやパンフレット、インターネットのホームページなどのデザイ
ン作成を考えればわかるように、実際にコミュニティ・ビジネスをやっている人にはできないこと、
あるいは、やれるけれどもうまくできないことを、専門的な知識や能力を生かして代行・補完するこ
とを表している。そのなかにはオピニオン誌を発行し、行政や企業に呼びかけて資金を集め、それを
関係する活動団体に分配するような、資金仲介の取り組みも含まれる。中間支援組織によるこのよう
な支援活動によって、コミュニティ・ビジネス本体は自らの活動・事業の展開に必要な、間接的な労
働時間を減らし、直接的な労働時間を増やすことが可能になる。
農村版コミュニティ・ビジネスを発展させようとする場合も中間支援組織の育成は不可欠である。
しかし、NPO型組織の位置づけが適切になされていない農山村地域では、右で述べたような専門的
な知識や能力を有する中間支援組織が直ちに必要になるというわけではない。もっと基礎的な、いわ
ば「地ならし」的な仕事に取り組む中間支援組織の育成が求められている。
ここで「地ならし」的な仕事とは、ローカル・コミュニティの構成員を対象に、
「地域の問題とは
何か」というテーマで集まる場、話し合う場をつくり、ベンチマーク的な各地の事例を紹介するなか
で参加者が問題意識を共有できるようにすること、そして、その機運の盛り上がりとともに目的・目
標を共有できるようないくつかのグループをつくり、つくられたそれぞれのグループが自らの設定し
た目的・目標にしたがって、情報の収集、先進地の視察、資金・活動プランの作成などを行えるよう
にすることを指している。
以上からわかるように、農山村地域の中間支援組織に期待される役割とは、ローカル・コミュニテ
ィを発展させるためのいわば「無形のインフラストラクチャー」の形成である。従来、この種の役割
は行政や普及組織(農業改良普及員や生活改良普及員)が担うことが多かったが、こうした官の支援
が乏しくなりつつある現在、官に代わって民、すなわち地域住民自らの課題として受け止める必要が
でてきている。
官に代わる民の組織の代表として、JAに対する期待はきわめて大きい。もしかりに、この種の役
割をJAが担うとすれば、組合員や利用者、消費者を対象として『家の光』三誌の読書会や学習会、
各種サークル活動の奨励と支援、専門家・体験者による講演会、ベンチマーク的な先進地の視察やワ
ークショップの開催など、JAの教育文化活動の一環として展開していくことが望ましい。
3.ヨーロッパの事例から学ぶために
表1-1に示したように、農村版コミュニティ・ビジネスの対象となるような活動・事業にはさま
ざまなものがある。これらはいずれも移動できない資源として森林・農地をとらえ、森林の保全と農
地の活用を通じてローカル・コミュニティの持つ社会的・経済的価値を高めていこうとする活動・事
業であるという特徴を持っている。こうした活動・事業の活発化によって、住みよいまち・むらづく
りを進めてほしいというのが本書の基本的な立場である。
このような観点から、以下の各章では、ヨーロッパの事例を参照しながら、日本の農村版コミュニ
ティ・ビジネスのめざすべき方向を検討することとしたい。
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ただし、その検討の方向は一つではない。農村版コミュニティ・ビジネスが拠って立つローカル・
コミュニティの範域や活動・事業の種類に応じて多面的である。それを大別すれば、
「ローカル・コミ
ュニティとテーマ・コミュニティの融合」
「消費者に支えられた農業と食品安全・環境保全」
「地域特
産物のマーケティング」
「ソフトツーリズムとしてのグリーンツーリズム」の四つに区分することがで
きる。
ここで、それぞれの主題の基本的な観点を述べれば、およそつぎのとおりである。
ローカル・コミュニティとテーマ・コミュニティの融合
この主題は第二章で扱われる。
ここで、ローカル・コミュニティとテーマ・コミュニティの融合とは、ローカル・コミュニティ、
すなわち町内会・自治会(農業集落を含む)に代表される基礎的集団(地縁型自治組織)のなかに、
テーマ・コミュニティ、すなわち協同組合やNPO、小さな株式会社などの自発的協力によって組織
される機能的集団(NPO型組織)をつくるには、どのようなアプローチがありうるのかを明らかに
することを指している。それはあたかも、ドイツのフェアアインに相当するものをわが国の農業・農
村にも定着させることをいう。
その場合のアプローチの方法として、テーマ・コミュニティの活動領域を拡大してローカル・コミ
ュニティへの貢献を組み込む方法(テーマ・コミュニティのローカル・コミュニティ化)と、ローカ
ル・コミュニティにある種の刺激を与えてテーマ・コミュニティに転換させる方法(ローカル・コミ
ュニティのテーマ・コミュニティ化)の二つがある。
前者は、例えばJAの生産者部会や女性部、青年部などが行う組合員組織活動のなかに地域再活性
化の手がかりをみいだし、その活動を地域住民や消費者を巻き込んだかたちの地域協同活動に拡大・
再編することを指している。これに対して、後者は、例えば町内会・自治会よりもやや広い範域を持
つ小学校区を単位として地域自治組織をつくり、そこで行われる共同作業に農家世帯員の持つ資源や
スキル、意欲などを結集することを指している。
地縁型自治組織としての町内会・自治会(農業集落を含む)の形骸化が指摘されて久しい。その一
方で、市町村や都道府県の行政サービスの低下も進んでいる。こうした状況のなかで、右で述べた二
つのアプローチにしたがって農業・農村の経済的・社会的価値を高めていくことが求められている。
その場合に、農村版コミュニティ・ビジネスの中間支援組織として、民の組織であるJAの果たすべ
き役割はきわめて大きいというのが第二章の主張である。
消費者に支えられた農業と食品安全・環境保全
この主題は第三章で扱われる。
有機農業は食品安全と環境保全を両立する最も典型的な農業者の生産活動である。しかし、有機農
業はその技術的制約から大規模商品生産への転換がむずかしく、消費者の支援(プレミアム支払い)
なくしては成立しえない農業である。日本の場合は、生産者・消費者ともに、その地理的分布が薄く
広く散逸しており、したがってその両者の会合には専門的流通業者の存在が必要であった。このため
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に有機農業は地域的な支えを失い、農村版コミュニティ・ビジネスとして成立する条件が整っていな
いと考えられる。
これに対して、ヨーロッパ諸国では、グローバリゼーションへの対抗論理として、食品安全と環境
保全に対する消費者の理解が深く、地域の消費者が進んで有機農業を支えようとする仕組みができあ
がっている。この仕組みをCSA(Community Supported Agriculture)と呼ぶが、これは自分たち
の食べものを他人まかせにはしないという消費者グループが、自らが求めるような有機農場を近隣に
みいだし、それを支えていくことで成立している。穀物、油脂などを含む場合もあるが、多くは季節
野菜を詰め合わせた「野菜かご」の形態で消費者と生産者が結ばれている。この仕組みはもともと日
本の「産消提携」から学んだものとされるが、いまやその祖国日本ではなく、スイスをはじめとする
ヨーロッパ諸国ならびにアメリカ、カナダで発展していることに注目しなければならない。
生産者消費者協同組合とも表現できるCSAをわが国で成立させるには、
「野菜かご」という生産
者から消費者への一方通行ではなく、
「生ごみ」という消費者から生産者へのフィードバック・ループ
を組み込んだ地域資源循環型の取り組みにする必要がある。農業生産の太宗を担うとはとうてい考え
られないが、こうした消費者と生産者の共同作業を、尐数者の行動として排除するのではなく、地域
再活性化の観点から奨励・支援するという態度をJAがとれるかどうかが問われている。
地域特産物のマーケティング
この主題は第四章で扱われる。
ヨーロッパのワイン、とりわけフランスのワインはわれわれの想像以上に品質格差が大きく、それ
は産地間のみならず、産地内でも同様に起こっている。この違いを消費者に明示し、保証する仕組み
が統制原産地呼称制度(AOC)である。ボルドーやブルゴーニュなどの地域ブランド、さらにはそ
の下にあるプライベート・ブランドも、この制度の厳格な適用のもとで形成されてきたという歴史的
経緯がある。
もっとも、地域ブランドの形成といっても、それはボルドーやブルゴーニュとアルザスでは大きな
違いがある。必ずしも第一級の産地とはいえないアルザスでは、天賦ではなく、人智でそれを守り育
てる必要があった。この仕組みを具体的に学ぶことは、例えば、ワイン、チーズ、そば、茶など、原
料の生産と加工が直結しなければならない地域特産物の分野ではきわめて重要であるが、その人智を
ひと言で表現すれば、基礎的自治体を超えた広域レベル、すなわちアルザスという範域で成立する「人
びとのまとまり」
(専門用語ではソーシャル・キャピタル)にあったと考えられる。主権国家がフラン
スとドイツのあいだで揺れ動いたアルザスの歴史がそうさせたといいかえてもよい。
アルザスの場合、この人びとのまとまりは、食べもの(アルザス料理)
、飲みもの(アルザスワイ
ン)
、景観・観光(アルザスワイン街道)など、あらゆる分野で独自の圏域を形成する源泉となってい
る。それらはまたアルザスという圏域で相互に外部経済効果を形成している。こうしたなかで形成さ
れる地域ブランドに対して、地域の協同組織がどのような貢献をなしているのかを明らかにすること
が、第四章の主たる目的である。
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ソフトツーリズムとしてのグリーンツーリズム
この主題は第五章と第六章で扱われる。
農業者にとって、観光業はまったく異質の労働が要求される経済活動である。それは、極端にいえ
ば、自然と向き合うのか、人と向き合うのか、というほどの大きな違いがある。したがって、農家民
宿は農家の主業とはなりえず、主として女性労働に依拠した副業にとどまらざるをえない。これが基
本である。
そのうえで、日本のグリーンツーリズムは農家民宿(農家民泊)と農業体験、自然体験をセットで
提供する方向で発展している。これは、地域資源を観光資源化する過程で、農業の持つ教育力に着目
した結果である。これに対して、ヨーロッパの農村ツーリズムでは休養が主題化されていて、体験と
いうよりも「何もしない」ことが優先されている。何もしないなかで、しかし自然とふれあい、景観
を楽しみ、地域の産物を食する、という方向で発展している。これは、地域資源を観光資源化する過
程で、農村の持つアメニティ(快適さ)に着目した結果である。
日本のグリーンツーリズムとヨーロッパの農村ツーリズムは、ともにソフトツーリズム、すなわち
「地域にもともとある自然環境や地域資源を利用した観光」に依拠しているが、それを観光業として
成立させる過程で、それぞれが独自の発展を遂げていると考えなければならない。こうした違いに着
目して、その違いは何に由来するものか、需要者(旅行者)側の要因か、供給者(農業者)側の要因
かを見極めることが大切である。
第五章では、こうした問題を、地域資源の観光資源化という過程と、観光資源の観光商品化という
過程に区分して考察することの重要性を指摘している。とりわけ公益的な性格を持つ前者(地域資源
の観光資源化)において、JAなどの中間支援組織の果たす役割が大きいことを明らかにしている。
一方、第六章では、私益的な性格を持つ後者(観光資源の観光商品化)において、サービス提供主体
の分化が進んでいることを明らかにしている。
【注】
(1)ローカル・コミュニティとテーマ・コミュニティの区分は金子郁容「それはコミュニティから
はじまった」
、本間正明・金子郁容・山内直人・大沢真知子・玄田有史『コミュニティ・ビジ
ネスの時代』岩波書店、2003 年、23 ページによる。
(2)この区分については関谷寛二「地区行政の推進とソーシャル・ガバナンスの関係構築」
、神野直
彦・澤井安勇編著『ソーシャル・ガバナンス』東洋経済新報社、2004 年、247 ページを参考に
した。
(石田正昭編著『農村版コミュニティ・ビジネスのすすめ』家の光協会、2008.5)
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