日本国際観光学会論文集(第19号)March, 2012 オーストラリアにおける 観光客の多様化と教育観光 朝水 宗彦 山口大学東アジア研究科准教授 As international tourists are becoming more individualized, a variety of needs for tourism are now available. Newly developed SITs (Special Interest Tours / Tourism), include Ecotourism, Green Tourism, Heritage Tourism, Health Tourism and more. One of the more promising SITs, study tourism, has recently become more important in Australia. In line with this, Tourism Australia(TA), a national organization for tourism promotion, published a“Study Tourism Report”in 2007. Study Tourism is an interesting niche that falls between typical tourism and study abroad, and it has the great potential to attract future international students as well. While some English speaking countries, such as the US, Canada and New Zealand, also have study tours, Australia has a geographical advantage in attracting study tourists from neighboring Southeast Asia, Northeast Asia and South Asia. 1.はじめに オーストラリア政府は2009年に短期滞在 を直訳すればおそらく「学習観光」になる オーストラリアにおける観光のトレンド 者 向 け の『 教 育 観 光 フ ァ ク ト シ ー ト 』 が、日本語ではあまりなじみの無い表現な は今日では多様化している。日本のバブル (Education Tourism Factsheet)を出版し ので本研究では「Education Tourism」や 経済崩壊後、オーストラリアでは日本以外 ている。 のアジア諸国から積極的に観光客を受け入 正規の教育課程における外国人の受け入 上「教育観光」を訳語として用いる。 れるようになった。それと同時に個人の特 れとして、他の国々と同様に、オーストラ 「Study Tourism」の類義語として「Study 別な目的を十分満たす、団体旅行とは異な リアでは留学が行われてきた。第二次世界 Tour」があるが、本研究では前者は個々 った様々な旅の形態が発展し、観光の多様 大戦後のオーストラリアでは日本と同様に の事例である後者の総体として扱う。さら 化が進んでいった。 コロンボ・プランによる公費留学生の受け に、「Study Tourism」 の名称はオースト オーストラリアにおける観光研究の専門 入れが中心であったが、1989年以降私費留 ラリア政府観光局や同国におけるいくつか 家の間で、SIT(Special Interest Tour ま 学生を本格的に受け入れるようになり、現 の観光関係の団体が用いており、徐々に普 たはSpecial Interest Tourism) と呼ばれる 在では重要な外貨収入源になるまでいわゆ 及 し つ つ あ る よ う で あ る が、 一 般 的 に 1) 「Educational Tourism」 と 同 様 に、 便 宜 特別な目的を伴う旅行が注目されている 。 る「留学産業」が成長している。しかしな 「Education Tourism」あるいは 「Educational SITにはエコツーリズムやグリーンツーリ がら、教育観光の参加者はいわゆる正規留 Tourism」 とも呼ばれる。同様に 「Education ズム、遺産観光、産業観光、医療観光、コ 学生と異なっており、なおかつ従来の観光 Tour」 や「Educational Tour」 な ど の 表 ンベンションなど、様々な形態が挙げられ 客とも異なっている。本研究では、オース 現もあるが、本研究ではこれらの個々の諸 2) る 。なお、オーストラリアにおけるSIT トラリアにおける教育観光について注目し、 事例と先述の諸総体を「教育観光」として の近年の傾向の1つとして、 「教育観光」 インバウンドの訪問者としての経済的な影 扱う。なお、本研究で扱う「教育観光」と 響を中心に考察したい。 は、観光を学問として研究する「Tourism (Study Tourism, Education Tourism, Studies」 、あるいは観光に関する技能を身 Educational Tourism)が重要になりつつ 2.本研究における教育観光の概念 につける「観光教育」 (Tourism Education) (TA=Tourism Australia)は教育観光に関 本研究で扱う「教育観光」とは、主に大 ではない。 するWebサイトを有しているが、すでに 学や専門学校、高校などの教育機関が学習 2007年 に『 教 育 観 光 レ ポ ー ト ( 』Study 目的で提供している移動を伴うプログラムと ある。たとえばオーストラリア政府観光局 「Study Tourism」 Tourism Report) を出版している。同様に、 その社会的な現象を指す。 −5− 3.本研究に関する先行研究 本研究のテーマである教育観光であるが、 日本国際観光学会論文集(第19号)March, 2012 オーストラリアにおける「観光」研究は日 である英語集中コース (ELICOS:English 国際観光、特にインバウンドの変遷につい 本でも少なからぬ研究が行われている。た Language Intensive Course for Overseas て概観したい。オーストラリアへのインバ 9) とえば光武 (2002)は第二次世界大戦以前 Students)の 研 究 が 少 な か ら ず 見 ら れ 、 ウンド訪問者は1988年に225万人13)、1992 の黎明期におけるビクトリア州の温泉観光 正規留学であっても編入やツイニング・プ 年に260万人であったものが、1996年には について歴史的な考察を行っている 。恩 ログラム、ダブル・ディグリーなど、俗に 416万人に増加した14)。 地 (2001)は日本人観光客が急増する前後 オフショア (off shore) と呼ばれる様々な形 同国へのインバウンド訪問者は2000年 3) 10) の1980年代におけるクイーンズランド州 態に関する研究が発達した 。外国人向け オリンピック以降大きな増減があったが、 の観光政策について日豪両サイドの社会背 教育機会の多様性はオーストラリアにおけ 2000年代の後半は550-560万人前後で推移 景を含めた分析を行っている 。オースト る留学生受け入れに有利に働き、留学はオ している (表−1) 。インバウンド観光は ラリアにおける観光に関する研究は近年さ ーストラリアにとって一大産業になった。 2009年度の場合247億豪ドルの経済価値が ある大きな産業に発展した。 4) らに多様化が進んでおり、たとえば鈴木 そのため、現在ではオーストラリア政府国 (2007) は「食文化を活用した国際ツーリズ 際教育機構 (AEI:Australia Education Inter ム振興」の一部で同国のフード・ツーリズ national)など、外貨収入の点から留学に 5.オーストラリアにおける教育観光の特徴 ムの事例を扱っている 。 関する報告を行う機関や研究者が少なから 5−1 教育観光の日豪概要 本研究は「観光」だけでなく、 「教育」 (特 ず見られる。 日本からの来豪者はピーク時と比べると に留学)の分野にも少なからず関係してい さらに、大学やTAFE(Technical and 数を減らしたが、オーストラリアにおける る。山中 (2010)はSIT研究の一環として、 Further Education) などで学んでいる外国 いくつかの観光分野では今でも目立った存 近年のオーストラリアにおける教育観光や 人学生の余暇活動を調査した報告書も少な 在である。たとえば団塊世代の定年退職に ビジネス観光の重要性について言及してい くない。たとえば、スピークス等 (2005) は 伴うシニア層についてオーストラリア政府 る 。南出 (2010)は教育観光のうち、日本 グリフィス大学ゴールドコースト校で学ぶ 観光局 (TA)が調査を行っており、 『日本: の高校生によるオーストラリアへの修学旅 外国人学生の余暇や観光活動について調査 オーストラリア訪問旅行者のトレンドの変 5) 6) 11) 行についていくつかケース・スタディを行 している 。より大規模な調査も行われて 化( 』Japan: Changing trends in travel to っている7)。西川 (2009)はオーストラリア おり、ダビットソン等 (2010) はオーストラ Australia)にて知的好奇心の充足を求める へ訪問した日本人修学旅行生のうち、ファ リア各地の大学やTAFE、語学学校などで 新たなタイプの日本人観光客の発掘を試み ームスティに関する事例をいくつか紹介し 学ぶ外国人学生が行う余暇や観光活動につ ている15)。 ている8)。 いて研究している12)。 他方、多くの日本人にとって教育観光と 言えば従来から修学旅行がよく知られてお オーストラリアにおける留学であるが、 1989年の私費留学生 (俗にfull-fee student 4.オーストラリアにおける国際観光の変遷 り、海外へのゼミ旅行もまた馴染みが深い と呼ばれる)の受け入れ緩和後、実に多く ここで、オーストラリアにおける国際的 だろう。ただし、日本における観光形態が の研究が行われている。特に進学準備段階 な教育観光が発展した背景の一つとして、 団体旅行から個人旅行へと変化していった 表−1 オーストラリアへの訪問者 訪問者数(人) 前年度比(%) TIEV(10億豪ドル) 2000 4,931,300 10.6 17.7 2001 4,855,800 -1.5 18.7 2002 4,841,200 -0.3 19.2 2003 4,745,800 -2.0 18.4 2004 5,215,000 9.9 19.4 2005 5,499,100 5.4 19.5 2006 5,532,400 0.6 21.5 2007 5,644,000 2.0 22.6 2008 5,585,700 -1.0 24.5 2009 5,584,000 0.0 24.7 TIEV: Total Inbound Economic Value 出典: Department of Resources, Energy and Tourism(2010)!"#$%&'(%)*#&!$+(,-.!&(/,%0#$1&(-!(-( 02-).1('-+(3454, DRET, p.14 −6− 日本国際観光学会論文集(第19号)March, 2012 ように、日本から海外への教育観光もその 形態を変えてきた。日本ではバブル経済期 の1980年代後半から1990年代前半にかけ 億豪ドルをもたらした (AEI 2009d: Research 5−2 オーストラリアにおける教育産業 の概要 Snapshot) 。図−1は州別の教育による外 貨収入を示したものである。大学やTAFE て、高校生のための全校的な海外修学旅行 オーストラリアはすでに教育目的の観光 などの教育機関が集まっているニューサウ や大学生のための海外提携校における語学 について少なからぬ実績を残している。た スウエールズやビクトリア、クイーンズラ 研修プログラムなどが盛んに行われていた。 とえば先述のように、オーストラリア政府 1986年からは文部科学省が「高等学校にお 観光局 (TA)は2007年に『教育観光レポー ける国際交流等の状況」にて海外修学旅行 ト』を出版し、大学主催の外国人向けスタ や海外研修を隔年で調査するようになった ディツアーやエクスカーションを取り入れ が、近年では高校生向けの海外プログラム た集中英語コースなど、少なからぬ成功事 は目的地が選択可能な小グループ旅行が広 例を紹介している。 まりつつあり、大学生の場合でも海外提携 オーストラリアにとってインバウンド教 校が仲介する職場体験ツアーやボランティ 育は観光と同様に重要な産業である。先述 ア活動など、より体験型のプログラムが人 のオーストラリア政府国際教育機構 (AEI) 16) ンドなどの外貨収入が多い。 気を高めている 。 「高等学校における国 によると、2008年の時点で学生ビザを持っ 際交流等の状況」によると、2010年度にお ているオーストラリア在住の国際学生は いて、外国への修学旅行を実施した日本の 435,263人 で あ っ た (AEI 2009a: Research 図−1 州別国際教育収入 (2008年) 高等学校等は延べ1,357校 (公立529校、私 Snapshot) 。このうち最も多いのが中国出 出 立828校) であった。行先は34カ国・地域に 身 の96,753人 で、 以 下 イ ン ド が75,390人、 -?@:9ABCA(D98=(1E?<A:C8;(&>9FC<>@(C;(344GH( わたっていたが、参加生徒数から見るとオ 韓国が28,296人と続く (AEI 2009b: Research AEI, Research Snapshot ーストラリアが最も多く (29,662人) 、アメ Snapshot) 。参考まで同年の日本における リカ合衆国 (26,752人 ) 、韓国 (26,306人 ) 、 留学生数を挙げると123,829人であり、オ シンガポール (24,826人) が続いた17)。 ーストラリアと比べれば遙かに少ない いくつかの英語圏の国々にとって教育観 (JASSO n.d.: web) 。 典:AEI(2009d)16789:( %;<8=>( :8( 次に、図−2に見られるように同国にお ける教育による外貨収入は順調に伸びてお 光は個々の教育機関の問題だけではない。 逆にオーストラリアから海外へ留学する り、1995/06年 度 か ら2005/06年 度 ま で 4 たとえばオーストラリアやカナダ、ニュー 学生はそれほど多くないようである。たと 倍に増加している。オーストラリアにとっ ジーランドにおいて国際的な教育観光はす えばオーストラリアの高等教育機関から海 て教育産業は巨大な存在であるだけでなく、 でに社会現象として顕在化している。さら 外の高等教育機関へ留 に、マレーシアやフィリピンなど比較的英 学する学生は2007年の 図−2 オーストラリアにおける教育による外貨収入 語が普及している国々でも国外からの教育 時点で約1万人であっ (単位:10億豪ドル) 観光客を積極的に受け入れている18)。非英 た( A E I 語圏の国々でも、教育と観光の結びつきは Research Snapshot)。 アウトバウンドだけでなくインバウンドの こ の 数 値 はTAFEな ど 視点からも優良なSITの1つとして徐々に の職業訓練校や初等・ 広まりつつあるようである。たとえば、日 中等教育機関からの留 本でも海外の高校生を受け入れるため、文 学を含まないので単純 部科学省によりフレンドシップ・ジャパン に は 比 較 で き な い が、 19) 2009c: が2005年に開始された 。先述の「高等学 オーストラリアにおけ 校における国際交流等の状況」によると、 る国際学生の動態はイ 2010年度に外国から日本へ訪問した教育 ンバウンドがアウトバ 観光客20)を受け入れた高等学校等は、延べ ウンドを大幅に上回っ 1,429校 (公立959校、私立470校)にのぼる。 ているようである。 優良な成長株でもある。 同調査による訪問者は53カ国・地域にわた オーストラリアは2008年にインバウン 外国人に対する教育サービスと言えば第 り、韓国からの訪問者 (8,910人)が最も多 ド教育により155億豪ドルの外貨収入を得 一に留学が挙げられる。 しかしながら、 様々 く、台湾 (7,320人) 、中国 (6,294人) 、アメ た。そのうち中国出身者は34億豪ドル、イ な教育サービスが発達したオーストラリア リカ合衆国 (2,832人) の順となっている21)。 ンド出身者は24億豪ドル、韓国出身者は11 では学位修得を目的としたいわゆる「正規 −7− 出 典:Perry HOBSON (2007)1E?<A:C8;( A;E( !8?9C@= , Australian International Education Conference, p.4 日本国際観光学会論文集(第19号)March, 2012 留学」だけではなく、ELICOSと呼ばれる リアにおける高等教育機関で私費留学生の 行われるようになった。たとえば1997年11 英語コースにおける語学研修や外国人向け 受け入れが活発になったのは1989年の高 月に同市にて教育観光に関する学術会議が のスタディツアーなども充実している。そ 等教育における規制緩和以降である。 行われ、1999年12月に首都教育観光プロジ のため、図−3に見られるように、いわゆ オーストラリアにおける1989年の高等 ェクト (National Capital Educational Tourism る「正規留学生」が多い中国からの訪問者 教育の規制緩和では私費留学生受け入れの Project :NCETP)が設立された (NCETP だけでなく、学位修得目的の留学生が少な 大綱化が行われたが、それと同時に大学の n.d.: web) 。 い日本からの訪問者もオーストラリアの教 新設や改組が相次いだ。特に財政基盤の弱 現在のオーストラリアにおける教育観光 育産業では目立った存在である。 い新設大学にとって学費収入をもたらす私 はオーストラリア人や特定の出身国の訪問 費留学生の受け入れは重要事項であった。 者を対象としたものだけでなく、さらに多 しかしながら、同国における新設大学は一 様化が進んでいる。そのため、TAは海外 部の分野を除くとアメリカ合衆国やイギリ からの教育目的の訪問者の調査を包括的に スの伝統的な大学ほど知名度が高くない。 行い、 2007年に先述の『教育観光レポート』 より多くの学生に注目してもらうため、オ を出版した。学生ビザを有する留学生の数 ーストラリアの諸大学では編入プログラム や教育機関に在学する留学生の数は今まで やELICOSでの語学研修、大学主催のスタ もオーストラリア統計局 (ABS:Australian ディツアーなど、通常の学位留学より期間 Bureau of Statistics)やAEIが発表してき が短く、参加しやすい教育プログラムを開 た。しかしながら、従来の統計では学生ビ 発した。 ザを持たない短期の語学研修生やオースト ELICOSの本来の役割は非英語圏の学生 ラリアの教育機関を介さないスタディツア に英語を教えることであるが、少なくとも ーなどが対象外であったため、TAの試み 1990年代からは教室での座学に加え、学外 は画期的であると言えよう23)。 出 典:Tourism Australia(2007)&:?EI( でのエクスカーションに力を入れている場 『教育観光レポート』によると、教育を !8?9C@=($>789:, TA, p.12 合も見られる。さらに、フルタイムで10週 目的としたオーストラリアへの訪問者は 間以上学習を行わなければオーストラリア 2006年には36万5000人であった (TA 2007: 教育目的のオーストラリア訪問には様々 では学生ビザが必要でないため、先進国や 1) 。この数は同国における同年の訪問者の な形態がある。たとえば2008年における中 それに準じた国々からオーストラリアへ教 7%であり、絶対数としてはそれほど大き 国からの学生ビザを有する留学生の場合、 育目的の渡航を行う場合、学外でのアクテ くない (TA 2007: 5) 。しかしながら、参加 40.9%が大学などの高等教育機関に在籍し ィビティを重視する場合も考えられる。集 者1人あたり1万3000豪ドル弱の高い消 ている。同年のインドからの留学生は51.1 中英語コースはオーストラリア以外の国々 費があったため、同年のインバウンド観光 %がTAFEなどの職業訓練校に在籍してい にも存在するため、様々なアクティビティ 消費の33%を占めている (TA 2007: 5) 。 る。他方、バブル期の日本で海外語学研修 でコースの付加価値を付けることは「消費 さらに同レポートによると、オーストラリ が流行したように、ウォンが強くなった韓 者」である学生を引きつける上で確かに重 アにおける同年の教育目的の訪問者のうち、 国にとって海外での研修はもはや高嶺の花 要であろう。 学生ビザを伴わないインフォーマルな訪問 ではない。2008年の韓国からオーストラリ 他方、オーストラリアにおける教育観光 者は分かっているだけでも9万2000人で アへの留学生は36.2%がELICOSに在籍し は国内向けにも発展しており、すでに1990 あった (TA 2007: 1) 。同国における同年の ている (AEI 2009b: Research Snapshot) 。 年代には十分な知識と経験が蓄積されてい 国際教育観光市場は40億豪ドル規模にま た。日本における修学旅行が国内から海外 で成長し、国際教育市場の規模を考えれば へ発展したように、オーストラリアでも教 目立った存在である (TA 2007: 1) 。 図- 3 オーストラリアにおける教育目的 の訪問者数 (2006年) 5−3 オーストラリアにおける教育観光 の重要性 育観光の重要性はインバウンドのプログラ 現在のオーストラリアはヨーロッパの主 ムが発達する前から国内で見られる。たと 6.おわりに 要国と肩を並べるインバウンド教育大国に えば首都のキャンベラは海岸線を持たない 以上、近年のオーストラリアにおける教 成長した。しかしながら、1960・70年代の ためビーチリゾートの開発ができないが、 育観光の重要性について考察してきた。前 オーストラリアは国費・公費での留学生受 教育観光を通して政治を学べるメリットが 半ではオーストラリアにおける国際観光に 22) け入れが中心であったため、アメリカ合衆 ある 。従来からキャンベラには観光教育 ついて概説し、後半ではそのうち同国にと 国やイギリスと比べると私費留学生の受け に関する専門家や業界団体が少なからず存 って有望な外貨収入源である「教育観光」 入れの点では後発的であった。オーストラ 在していたが、さらに組織的な取り組みが について注目した。ここでは、教育機関が −8− 日本国際観光学会論文集(第19号)March, 2012 学習目的で提供している移動を伴うプログ educational tourism boost”, http://www. Department of Resources, Energy and ラムとその社会的な現象の両方の視点から abc.net.au/news/stories/ 2 0 0 5 / 0 3 / 2 3 / Tourism, !"#$%&'( %)*#&!$+( ,-.!&( 考察してきた。 1329976.htm, Accessed August 17, /,%0#$1&( -!( -( 02-).1( '-+( 3454 , 学生ビザを伴わない短期の語学研修やス 2009, March 23, 2005. DRET, Canberra, 2010. タディツアーなど、インフォーマルな教育 A B S , " J 1 $ & 1 - & ( - $ $ % J- 2 & ( - ) *( DAVIDSON, プログラムは学位留学と比べれば統計的な *1K-$!#$1&H(-#&!$-2%-! JANUARY % ) ! 1 $ ) - ! % " ) - 2 ( 1 * # . - ! % " )( 調査が十分整備されてこなかった。しかし 1989, ABS CATALOGUE NO. 3401.0, J % & % ! - ! % " ) ( Q ( ! " # $ % & '( ながら同プログラムは提供する教育機関に 1989. "KK"$!#)%!%1&, CRC for Sustainable とって副収入になるだけでなく、所属学生 Australian Capital Tourism, Education Tourism Pty Ltd, Gold Coast, 2010. の国際交流活性化や将来における優秀な人 Tourism, -?@:9ABCA;( .A7C:AB( !8?9C@= H! DOUGLAS, Norman et al. eds. &7><CAB( 材獲得など、いくつかのメリットも挙げら Canberra, n.d. %;:>9>@:( !8?9C@= , John Wiley & Sons れる。さらに個々の教育機関にとってメリ Australian Education International, Australia Ltd, Brisbane, 2001. ットがあるだけでなく、オーストラリア全 !9A;@;A:C8;AB( >E?<A:C8;( C;( :L>( LCML>9( HOBSON, Perry, 1E?<A:C8;(A;E(!8?9C@=, 体的に見ても知豪派を増やすことになり、 >E?<A:C8;( @><:89H Australian Education Australian International Education なおかつ経済的にも十分な貢献が期待でき International, Canberra, 2009a. Conference, Melbourne, 2007. る。 Australian Education International, JASSO,“Shift of Number and Percentage オーストラリアにおける教育観光の重要 %;:>9;A:C8;AB( @:?E>;:( ;?=N>9@( 344GH of International Students”, http://www. 性はTAの『教育観光レポート』にも現れ Australian Education International, jasso.go.jp/statistics/intl_student/ ている。 『教育観光レポート』は学生ビザ Canberra, 2009b. ref08_01_e.html, Accessed April 22, 2009, を伴わない短期の語学研修やスタディツア Australian Education International, n.d. ーなどを含み、従来の調査よりも包括的で -?@:9ABCA;(@:?E>;:(=8NCBC:I(C;(:L>(LCML>9( 南出眞助「日本の高校のオーストラリア修 ある。なおかつ観光関連の政府機関が教育 >E?<A:C8;( @><:89H Australian Education 学旅行」 『オーストラリア研究紀要』第36 と文化交流を有望な市場とみなしているこ International, Canberra, 2009c. 号,2010年,21-29頁。 と自体が注目的であり、観光教育の世界的 Australian Education International, MISTILIS, Nina, 1E?<A:C8;(!8?9C@=(A;E( な潮流に対して少なからぬ影響を与える可 16789:( %;<8=>( :8(-?@:9ABCA( D98=( 1E?<A:C8;( :L>(#;CF>9@C:I(%;:>9;@LC7(&:?EI, Australian 能性を持っている。 &>9FC<>@( C;( 344G, Australian Education School of Business, Sydney, n.d. ただし、AEIの留学生調査である『リサ International, Canberra, 2009d. 光武幸「スパツーリズム 過去・現在・将 ーチ・スナップショット』シリーズとは異 Australian Government, 1E?<A:C8;( 来展望」 『日本国際観光学会論文集』第9号, なり、本研究で参考にしてきた『教育観光 !8 ? 9 C @ = ( , A < : @ L > > : , A u s t r a l i a n 2002,50-55頁。 Michael et A B( レポート』は単発の調査である。そのため、 Government, Canberra, 2009. 文部科学省「平成20年度高等学校等にお 従来から統計調査が十分行われてきた留学 Australian Learning and Teaching ける国際交流等の状況について」http:// 生や観光客とは異なり、同レポートのみで Council, -<AE>=C<(2>A9;C;M(A;E(!>A<LC;M( www.koryuren.gr.jp/download/2010.1.28. は教育観光客の数を複数の年で比較して各 C;( 1E?<A:C8;AB( !8?9C@= , Australian pdf,2011年11月30日閲覧, 2010年。 時代のトレンドを導き出すことが困難であ Learning and Teaching Council, Sydney, 文部科学省『文部科学白書2008』文部科学 る。他方、本研究では十分活用できなかっ 2009. 省,2008年。 たが、先述の簡易版『教育観光ファクトシ Australian-Universities.com, “Study National Capital Educational Tourism ート』は引き続き刊行される可能性がある。 Tourism in Australia”, http://www. Project, “Background”, http://www. 他にも各大学やTAFE等が独自にビザなし australian-universities.com/study/ ncetp.org.au/about/background.html, 教育プログラムに関する記録を残している australia/tourism/, Accessed August 5, Accessed August 17, 2009, n.d. 可能性もあるので、教育観光の時代的なト 2009, n.d. 西川喜朗「オーストラリアにおけるファー レンド分析や未来図については今後の課題 BTR %;:>9;A:C8;AB( JC@C:89( &?9F>I( 5OOP H ムスティについて」 『オーストラリア研究 にしたい。 BTR, Canberra, 1997. 紀要』第35号,2008年,83-88頁。 Commonwealth Department of Tourism, 恩地宏「政策の変更が観光振興にもたらす )A:C8;AB(1<8:8?9C@=(&:9A:>MI, Australian 影響に関する考察」 『宮城大学事業構想学 Government Publishing Service, 部紀要』第4号,2001年,107-120頁。 Canberra, 1994. Philippine Educational Tourism Services, 参考文献 ABC News Online,“Canberra hoping for −9− 日本国際観光学会論文集(第19号)March, 2012 “About Us”, http://educationaltourism. 山中雅夫「オーストラリアのツーリズムと australian-universities.com/study/ info/index.php?option=com_content&tas 産業政策」 『オーストラリア研究紀要』第 australia/tourism/, Accessed August 5, k=view&id=16&Itemid=41, Accessed 36号,2010年,31-48頁。 2009, n.d. 10) オーストラリアの高等教育機関による August 17, 2009, n.d. Philippine Information Agency, 註 オフショアを伴う海外交流には、たとえば 以下の研究が挙げられる。 “Commentary: Make way for CHED's education tourism”, http://www.pia.gov. 1) たとえば、関連した市販書として以下 竹腰千絵「オーストラリアにおけるトラン ph/?m=12&fi=p070702.h t m & d a t e = のものがあげられる。DOUGLAS, Norman スナショナル・エデュケーション」 『オセ 07/02/2007, Accessed August 17, 2009, et al. eds. &7><CAB(%;:>9>@:(!8?9C@=, John アニア教育研究』第16号,2010年,8-21頁。 n.d. Wiley & Sons Australia Ltd, Brisbane, 我妻鉄也「オーストラリア高等教育のマレ SPARKS, Beverley, FREDLINE, Liz and 2001. ーシアにおけるオフショアプログラム展 NORTHROPE, Chelsea, &:?EI(!8?9C@=(8;( 2) たとえば関連した報告書として以下の 開」 『オセアニア教育研究』第14号, 2008年, :L>( 08BE( .8A@: , CRC for Sustainable ものがあげられる。 20-35頁。 Tourism Pty Ltd, Gold Coast, 2003. Commonwealth Department of Tourism, 杉本和弘「アジア太平洋地域におけるオー 杉本和弘「アジア太平洋地域におけるオー )A:C8;AB( 1<8:8?9C@=( &:9A:>MI, Australian ストラリア高等教育のグローバル戦略」 『オ ストラリア高等教育のグローバル戦略」 『オ Government Publishing Service, セ ア ニ ア 教 育 研 究 』 第11号,2005年, セ ア ニ ア 教 育 研 究 』 第11号,2005年, Canberra, 1994. 17-28頁。 17-28頁。 WEILER, Betty ed., 1<8:8?9C@= , BTR, 11) See, 鈴木勝「食文化を活用した国際ツーリズム Canberra, 1992. !"#$%&'(")(!R1(0"2*(."-&!(344S, 振興」 『大阪観光大学紀要』第7号, 2007年, 3) 光武幸「スパツーリズム 過去・現在・ CRC for Sustainable Tourism Pty Ltd, 15-23頁。 将来展望」 『日本国際観光学会論文集』第 Gold Coast, 2005. 竹腰千絵「オーストラリアにおけるトラン 9号,2002,50-55頁。 12) See, スナショナル・エデュケーション」 『オセ 4) 恩地宏「政策の変更が観光振興にもた % ) ! 1 $ ) - ! % " ) - 2 ( 1 * # . - ! % " )( アニア教育研究』第16号,2010年,8-21頁。 らす影響に関する考察」 『宮城大学事業構 J % & % ! - ! % " ) ( Q ( ! " # $ % & '( Tourism Australia, &:?EI(!8?9C@=($>789:, 想学部紀要』第4号,2001年,107-120頁。 "KK"$!#)%!%1&, CRC for Sustainable Tourism Australia, Canberra, 2007. 5) 鈴木勝「食文化を活用した国際ツーリ Tourism Pty Ltd, Gold Coast, 2010. Tourism Australia, TA7A;U( .LA;MC;M( ズム振興」 『大阪観光大学紀要』第7号, 13) ABS, :9>;E@( C;( :9AF>B( :8( -?@:9ABCA , Tourism 2007年,15-23頁。 *1K-$!#$1&, AUSTRALIA JANUARY Australia, Canberra, 2009. 6) 山中雅夫「オーストラリアのツーリズ 1989, ABS CATALOGUE NO. 3401.0, Tourism Malaysia, “MALAYSIA ムと産業政策」 『オーストラリア研究紀要』 1989. PROMOTES EDUCATION TOURISM 第36号,2010年,35-38頁。 14)BTR, IN VIETNAM”, http://www. 7) 南出眞助「日本の高校のオーストラリ BTR, Canberra, 1997. p.21 tourismmalaysia.gov.my/corporate/ ア修学旅行」 『オーストラリア研究紀要』 15) 日本からの近年の来豪者のトレンドに mediacentre.asp?news_id=321&page= 第36号,2010年,27-28頁。 関しては以下の報告書を参照されたい。 news_desk&subpage=archive, Accessed 8) 西川喜朗「オーストラリアにおけるフ Tourism Australia, TA7A;U( .LA;MC;M( August 17, 2009, March 2009. ァームスティについて」 『オーストラリア :9>;E@( C;( :9AF>B( :8( -?@:9ABCA , Tourism Tourism Malaysia,“Education Tourism” , 研究紀要』第35号,2008年,83-88頁。 Australia, Canberra, 2009. http://www.tourism.gov.my/en/ 9) ELICOSに関する課外活動の報告は少な 16) 文部科学省「平成20年度高等学校等 activities/default.asp?activity_id=15, からず行われているが、たとえば以下の団 における国際交流等の状況について」 Accessed August 17, 2009, n.d. 体による一般向け報告を参照されたい。 http://www.koryuren.gr.jp/d o w n l o a d / 我妻鉄也「オーストラリア高等教育のマレ Australian Learning and Teaching 2010.1.28.pdf,2011年11月30日閲覧, 2010年。 ーシアにおけるオフショアプログラム展 Council, -<AE>=C<(2>A9;C;M(A;E(!>A<LC;M( なお、日本人による海外インターンシップ SPEAKS, Beverly et al, &!#*+( DAVIDSON, Michael et al, "J1$&1-&( -$$%J-2&( -)*( %;:>9;A:C8;AB(JC@C:89(&?9F>I(5OOP, 開」 『オセアニア教育研究』第14号, 2008年, C;( 1E?<A:C8;AB( !8?9C@= , Australian は英語力の問題により困難な場合が多く、 20-35頁。 Learning and Teaching Council, 2009. 代替措置としてより間口の広い教育目的の WEILER, Betty ed., 1<8:8?9C@= , BTR, Australian-Universities.com, “Study ボランティア・ツアーに参加しているとい Canberra, 1992. Tourism in Australia”, http://www. うことも想定される。インドや東南アジア −10− 日本国際観光学会論文集(第19号)March, 2012 からオーストラリアへインターンシップに www.abc.net.au/news/stories/2005/03/ 訪問する事例は以下の資料を参照されたい。 23/1329976.htm, Accessed August 17, MISTILIS, Nina, 1E?<A:C8;(!8?9C@=(A;E( 2009, March 23, 2005. :L>(#;CF>9@C:I(%;:>9;@LC7(&:?EI, Australian 23) ただし、可能ならば単発の報告書では School of Business, Sydney, n.d. なく、定期的な統計調査を複数回実施され 17)文部科学省 (2010) 前掲稿。 ることが望ましい。 18) オーストラリア以外の諸外国は本稿の 主なテーマでは無いので詳細は省略するが、 たとえば以下の資料を参照されたい。 マレーシア: Tourism Malaysia, “MALAYSIA PROMOTES EDUCATION TOURISM IN VIETNAM”, http://www. tourismmalaysia.gov.my/corporate/ m e d i a c e n t r e . a s p ? n e w s _ i d = 321 &page=news_desk&subpage=archive, Accessed August 17, 2009, March 2009. Tourism Malaysia,“Education Tourism”, http://www.tourism.gov.my/en/activities/ default.asp?activity_id=15, Accessed August 17, 2009, n.d. フィリピン: Philippine Educational Tourism Services, “About Us”, http://educationaltourism. info/index.php?option=com_content&tas k=view&id=16&Itemid=41, Accessed August 17, 2009, n.d. Philippine Information Agency, “Commentary: Make way for CHED's education tourism”, http://www.pia.gov. ph/?m= 1 2 & fi = p0 7 0 7 0 2 . h t m & d a t e = 07/02/2007, Accessed August 17, 2009, n.d. 19) 文部科学省『文部科学白書2008』文部 科学省,2008年,286頁。 20) 文部科学省 (2010)前掲稿。当該統計は 引率者と生徒で構成される団体旅行のみで、 留学など個人的なものは除く。 21)同上 22) たとえば以下のような一般向けの事業 案内がある。 Australian Capital Tourism, 1E?<A:C8;( !8?9C@= , Australian Capital Tourism, Canberra, n.d. さらに、キャンベラにおける教育観光は以 下のニュースでも取り上げられている。 ABC News Online,“Canberra hoping for educational tourism boost”, http:// −11−
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