病と生きる(二) ほんとうの悲しみ

病と生きる(二) ほんとうの悲しみ (2015.11.12 護念寺報恩講二日目)
受念寺副住職・大谷大学大学院・園田病院神経内科 岸上 仁
□ALS の患者さんの言葉
●向き合うとはどういうことか。
●寄りそうとはどういうことか。
□苦悩の中にあるもの
●老人ホームでの話
●ALS の患者さんとの話
●「…その悲しみはないほうがよいと、死に直面しても歓びの日々である方がよいと、誰が
評価できようか。悲しいのは当たり前ではないか。それを「スピリチュアル・ペイン(痛
み)」というならば、痛いのが普通であって、ことさらその人に援助の手を伸べなければな
どと思う方がスピリチュアルに思い上がった姿勢であろう。」(『医療現場に望む哲学』p.
153)
●全人的苦痛(Saunders DC (ed). The Management of Terminal Malignant Disease (2nd
ed). London: Edward Arnold, 1984: 232-241.)
身体的苦痛
精神的苦痛
社会的苦痛
霊的苦痛(スピリチュアルペイン)
→根源的苦痛 人生の「意味」を失い生きられなくなること
●アナトールフランス『エピクロスの園』「賭博者」 □有見と無見
□小悲・中悲・大悲
●金子みすゞ「さびしいとき」
私がさびしいとき、よその人は・・・
私がさびしいとき、お友達は・・・
私がさびしいとき、お母さんは・・・
私がさびしいとき、仏さまは・・・
●親鸞聖人『高僧和讃』
小慈小悲もなき身にて 有情利益は思うまじ 如来の願船いまさずは 苦海をいかでかわたるべき
□苦悩にふさわしく
「ドストエフスキーは『私は私の苦悩にふさわしくなくなるということだけを恐れた』と言っ
た。」(フランクル『夜と霧』)
□苦悩の意味が変わるということ—ほんとうの希望
●死産の母
●法蔵菩薩の物語「嘆仏偈」(真宗聖典十三頁)
「仮令身止 諸苦毒中 我行精進 忍終不悔」
(たとひ身を諸の苦毒のうちに止るとも、我が行、精進にして、忍びて終に悔いじ)