論文 - 政策研究大学院大学

売却物件に関する情報提供が不動産競売の落札価格及び入札件数に与える影響について
~不動産競売物件情報サイトの利用による効果の実証分析~
<要旨>
担保不動産競売市場において、競売となった物件の売却を促進するためには、買受希望
者に対して広く物件に関する情報を提供することが不可欠であると考えられる。2003 年に
民事執行法が改正され、物件明細書の内容を不特定多数の者に提供する方法について、執
行裁判所に物件明細書を据え置く方法に代えて、最高裁判所規則によって定めることが可
能となった。これにより、全国の地方裁判所で不動産競売物件情報サイト(BIT システム)
を利用したインターネットによる情報提供が徐々に広まることとなった。本論文では、不
動産競売物件情報サイトの利用による情報提供が落札価格及び入札件数に与える影響を検
証するため、東京地方裁判所本庁及び千葉地方裁判所本庁において行われた不動産競売デ
ータを用いて、DID 分析を行った。分析の結果、千葉地方裁判所では、インターネットによ
る情報提供の開始前の 2005 年 11 月に比べて、開始後の 2006 年 11 月の落札価格は 61.0%
上昇させており、入札件数も 6.9 件増加させていることが確認された。以上を踏まえ、担
保不動産競売における売却物件に関する情報提供を通じた担保不動産競売市場における取
引の円滑化のための政策的な提言を行った。
2014 年(平成 26 年)2 月
政策研究大学院大学 まちづくりプログラム
MJU13605
一見 篤史
1
目次
1. はじめに .......................................................................................................................... 3
2. 金融市場における担保不動産競売と任意売却の役割 .................................................... 4
2.1
担保不動産競売とは .................................................................................................. 4
2.2 任意売却とは ............................................................................................................. 6
2.3 担保不動産競売市場における売却価格が与える金融市場への影響 ......................... 7
3. 担保不動産競売における売却物件に関する情報提供 .................................................... 9
3.1
インターネットによる情報提供 ................................................................................ 9
3.2 内覧制度の創設による情報提供 .............................................................................. 10
4. 売却物件に関する情報提供が担保不動産競売に与える影響について ......................... 10
4.1 問題の背景と検証する仮説 ..................................................................................... 10
4.2 売却物件に関する情報が担保不動産競売に与える影響についての実証分析 .........11
4.3 担保不動産競売と任意売却における価格差の実証分析 ......................................... 15
5. まとめと政策提言 ......................................................................................................... 17
5.1 まとめ ...................................................................................................................... 17
5.2 政策提言 .................................................................................................................. 18
6. 今後の課題 .................................................................................................................... 19
2
1. はじめに
担保不動産競売市場は、不動産業者が仲介する一般的な不動産取引物件と比較し、買受
希望者対して売却物件に関する情報が十分に提供されないこと、瑕疵担保保証などが一切
ないこと、強制的に所有権移転がされるため占有者との交渉にコストがかかること、など
の理由により一般消費者が参加しづらい取引市場となっている。そのため、一般的な不動
産取引市場における価格よりも低い価格で取引をされていると言われている。
従来、買受希望者が担保不動産競売による売却物件の情報を入手しようとした場合、執
行裁判所へ赴き、そこに据え置いてある情報から売却物件の情報を取得する必要があった。
しかし、2002 年 7 月から東京地方裁判所及び大阪地方裁判所においてインターネットによ
る情報提供サービスである不動産競売物件情報サイト(以下、
「BIT システム」と言う。)で
の情報提供が始まったことにより、一定期間内であれば「いつでも」「誰でも」「無料で」
担保不動産競売による売却物件の情報を入手することができるようになった。
本稿は、BIT システムを利用した売却物件に関する情報提供が担保不動産競売における落
札価格及び入札件数に与える影響について、2005 年 11 月に開札された不動産競売データと
2006 年、2010 年、2013 年の各 11 月に開札された不動産競売データを用い、DID 分析
(Difference-in-Difference Estimator)により実証分析を行い、評価を行う。
担保不動産競売市場に関する統計的分析についての先行研究としては、次のようなもの
がある。才田(2003)は、首都圏の不動産競売情報を元に、競売で落札された土地の価格
をヘドニック関数により導出することで、バブル崩壊後の競売市場における地価動向を探
っている。田口・井出(2004)は、大阪地方裁判所で 1997 年から 2000 年に実施された不
動産競売市場データから回収率と落札率を計算することで、競売市場を通じた不良債権処
理の現状を分析し、最低売却価額の役割と競売市場の整備の必要性を示している。井出・
田口(2006)は、大阪地方裁判所で 1997 年から 2002 年に実施された不動産競売のデータ
を用いて、最低売却価額の引き下げが可能となった 1998 年に法改正の効果を検証し、最低
売却価額制度の抜本的な見直しを論じている。丸岡(2010)は、2010 年 9 月から 12 月の競
売データを用いて、明渡猶予制度等の法的保護に基づく占有が不動産競売市場に与える影
響について、実証分析を行っている。
なお、BIT システムの稼働による担保不動産競売市場への効果について記載した論文はな
い。
金融機関は、新規の貸出金利を設定する際、信用補完分を上乗せしている。担保不動産
競売による回収額を高くすることにより、信用補完に必要なコストが下がれば、貸出金利
も低くなり、社会全体の厚生を増大させることができる。本稿では、不動産競売市場にお
ける情報提供が落札価格及び入札件数へ与える影響を確認するとともに、売却物件に関す
る情報提供を通じた担保不動産競売市場における取引の円滑化のための政策提言を行う。
3
2. 金融市場における担保不動産競売と任意売却の役割
債権者は、債務不履行を起こした債務者からの弁済が期待できなかった場合、担保物件
を処分して債権の回収を図ることとなる。担保物件を処分し債権回収を図る方法としては、
強制的に担保物件を処分する「担保不動産競売」の他に、債務者(担保物件所有者)が債
権者(抵当権者)の同意のもと物件を売却し弁済を行う「任意売却」という方法の二つが
ある。本章では、この二つの方法の概要を整理した上で、担保物件からの回収額の増加が
金融市場に与える影響についての考察を行う。
2.1 担保不動産競売とは
図- 1
担保不動産競売の流れ
不動産競売とは、債権者が民事執行法に基づき、所有者の不動産を強制的に換価し、そ
の換価代金により債権の回収を図る制度である。つまり、債権者の申し立てにより、執行
裁判所は、該当不動産を差押え、一定期間の入札期間を設け、その間に入札があった中で、
最高の価格を提示した入札者(最高価買受申出人)に、その価格での物件の所有権を移転
4
し、その売却価格を債権者に配当する手続きとなる。
不動産競売には、債務名義に基づく強制執行の手続きである強制競売と、担保権の実行
手続きである担保不動産競売がある。本稿では、後者の担保不動産競売について記載する
こととする。
担保不動産競売は、大きく「差押」「換価」「配当」の流れで行われ、競売手続きの流れ
は図‐1 のようになる。
2.1.1 差押
担保不動産競売は、債権者が対象不動産の所在を管轄する地方裁判所に担保不動産競売
の申し立てを行うことから始まる。担保不動産競売の申し立てがなされると、執行裁判所
は手続きを開始すべきかどうかの判断を行い、開始すべきと判断された場合は、担保不動
産競売の開始決定をし、その中で差押えを宣言する。差押え後、開始決定が債務者及び所
有者に送達されることとなる。
2.1.2 換価
売却実施のための準備段階として権利関係調査、債権関係調査、売却条件決定がある。
権利関係調査は、差押え物件の売却条件を決めるための調査であり、裁判所執行官によ
る現況調査及び評価人による評価からなる。現況調査では、裁判所執行官が現地訪問を行
い、目的不動産の占有状態、間取り、権利関係などを調査し、室内及び外観の写真や聴き
取り内容とともに現況調査報告書としてまとめる。評価とは、適正価格での売却の実現を
目的としており、専門の知識を持つ評価人(裁判所から選定された不動産鑑定士)により
不動産の価額が算出される。この評価額が売却基準価額の基礎となる。
債権関係調査では、不動産の売却代金から配当等を受けるべき債権者の範囲、債権額及
び優先順位を把握するための手続きであり、裁判所書記官は、配当要求の終期を定めて債
権届出の催告をし、競売申立を行った者以外の債権者から配当要求及び交付要求が行われ
る。
その後、現況調査、評価及び申立債権者から提出された資料に基づき、裁判所書記官は
物件明細書を作成し、執行裁判所は売却基準価額を決定することとなる。物件明細書は、
物件の表示や買受人が引き受ける権利関係等の概況を記載したものである。執行裁判所は
債権調査、優先債権の内容が判明したところで、剰余の有無・超過の有無の判断を行い、
売却実施処分に進むこととなる。売却実施処分がなされると、物件明細書、現況調査報告
書及び評価書(これらの資料を併せて「3 点セット」と呼ばれる。
)の各写しが、売却実施
日の一週間前までに執行裁判所に据え置かれ、一般の閲覧に供することとなる。これによ
って、買受希望者に対して売却物件の権利関係に影響を及ぼすような情報を提供している。
なお、現在、3 点セットは、インターネットでもダウンロード可能となっている。
売却の方法は、民事執行法及び民事執行法規則において競り売り、期日入札、期間入札
5
を規定しているが、実際は一定の期間を定めて入札を受け付ける期間入札による方法をと
ることが多い。
売却の結果、開札期日において、買受可能額以上の額で最高額にて買受希望を申し出た
者が最高価買受申出人となり、執行裁判所による売却許可決定を経て買受人となる。売却
許可決定が確定すると、買受人は代金納付を行い、各債権者に売却代金等を分配する配当
手続きが実施される。
2.1.3 配当
買受人が、裁判所が定めた代金納付期限までに代金を納付すると、裁判所により嘱託登
記、所有権移転がされることとなる。
納付された代金をもって、配当の手続きに入る。配当手続きでは、配当期日を定めて、
債権者及び所有者を呼び出し、執行裁判所は配当期日において、各債権者の債権の元本・
利息等の額並びに配当の順位及び額を定め、裁判所書記官は、配当表を作成し、配当を実
施する。
2.2 任意売却とは
任意売却とは、住宅ローンの返済が困難となった時に債務者が債権者の合意の元、不動
産業者の仲介を通じて一般的な不動産市場の中で担保物件を売却し、売却代金により債権
の弁済を行う方法である。担保不動産競売と異なり、手続きの流れが法律で定まっている
わけではないが、一般的な流れとしては図‐2 のようになる。
図- 2
任意売却の流れ
6
まず、担保物件の所有者は、債権者に対し、任意売却についての申し出を行う必要があ
る。これは、抵当権が登記されたままでは物件を売却することができないことから、売却
価格が残債務を下回る可能性がある場合、売却前に抵当権者である債権者から売却後の抵
当権抹消について同意を得る必要があるためである。この際、債権者は売り出し価格が妥
当であるかどうかの判断を行うこととなる。売り出し価格が市場価格より不当に低額であ
れば債権者にとって債権回収が少なくなり、逆に高額すぎると売却に時間がかかり債権回
収にも時間がかかるだけでなく、債務者にとっても利息が嵩むこととなる。
売り出し価格が決定したら、所有者は不動産業者と媒介契約を締結し、一般的な不動産
取引市場での販売活動が開始される。その際、不動産業者は売却を促進するために、不動
産流通標準情報システム(レインズ)への登録、不動産会社の店頭への表示、新聞広告、
不動産仲介サイトへの掲載、物件の内覧といった様々な手段による情報提供を行い、広く
買受希望者を募ることとなる。買受希望者から買付が入った場合、利害関係者との交渉を
行う必要がある。これは、売却代金をどのように複数の抵当権者もしくは差押権者に配分
するかを調整する交渉である。この交渉の成否が、任意売却が成立するかにとって重要な
ものとなる。抵当権者や差押債権者からの同意が得られない場合、任意売却による物件処
分は行うことができず、担保不動産競売にて物件を処分することとなる。
任意売却の場合、一般的な不動産取引市場で売却するため、担保不動産競売よりも高い
価格かつ迅速に売却できることが多いと言われている。そのため、債務者が債務不履行を
起こし担保不動産から回収を図る場合、金融機関は債務者に対し任意売却を働きかける場
合が多い。また、債務者にとっても売却代金が残債務に満たさなかった場合でも、売却後
の残債務を圧縮することができ、物件の明け渡しについても買受希望者と交渉ができるた
め、任意売却に応じることが多い。
それにも関わらず、任意売却ではなく担保不動産競売に至ることもある。例えば、破産
免責手続きによって、債務が消滅している債務者にとっては、高く売却し残債務を圧縮す
るインセンティブが働かず、むしろ少しでも長い間居住することができる担保不動産競売
の方にインセンティブが働くこととなる。担保不動産競売を落札することにより物件の所
有者となった買受人は、このような占有者に対して、明け渡しを交渉する必要があり、そ
の取引コストの存在が競売物件の売却価格を引き下げている一因となっていると考えられ
ている。
2.3 担保不動産競売市場における売却価格が与える金融市場への影響
担保物件からの債権回収の最終手段とも言える担保不動産競売による回収額が低額なも
のであると、金融機関の収益が悪化し、貸し渋りといった問題が発生する可能性がある。
また、新規の貸付についても影響が出てくる。以下で、新規貸出しにおける担保不動産競
売による金融市場への影響について考察を行う。
住宅ローンの新規貸出金利は、金融機関が調達した資金の支払い利息、金融機関の事務
7
コスト及び信用補完に要する費用相当額等を計
上している。
図‐3 は、
住宅ローン【フラット 35 】
の新規貸出金利の構成のイメージ図である1。信
用補完とは、債務者の返済能力の悪化等に伴い、
元金や利息の支払いが不能となり、かつ担保物件
を処分しても担保価値の下落等により、債権を十
分に回収できないリスクを補完するものである。
過去の回収状況などから算出された期待損失分
を、貸出金利に含めることにより、債務者の信用
悪化による未回収リスクに備えるもので、保険 図- 3【フラット 35】新規貸出金利の構成
(出所)住宅金融支援機構 HP より作成
料に近い性質を持っていると言える。
図‐4 は、担保不動産競売市場における落札価格が上昇した場合、金融市場に与える影響
を示している。担保不動産競売制度による落札価額の上昇は、金融機関にとって債権の回
収額の増加を意味している。債権回収額の増加は、信用補完率の低下による取引コストを
引き下げにつながることとなり、金融の供給曲線を右にシフトさせる(S→S’)
。金融の供
給曲線が右にシフトすることにより、金融機関の貸出にとっての価格である貸出金利を引
き下げることが可能となる(r*→r’)。貸出金利の引き下げは、金融機関が貸し出しをし
たいと考え、かつ貸し出すことのできる合計量が増加する為、貸出量も増加(Q*→Q’)さ
せ、社会的余剰が増加することとなる。
図- 4
金融市場への影響
住宅を取得する際、ほぼ全員が住宅取得資金に対して制約があり、住宅ローンを利用す
ることとなる。担保不動産競売の売却価格を一般的な不動産取引市場での売却価格に近づ
けることは、住宅取得希望者の新規の住宅ローンの貸出金利を信用補完が低下した分、引
き下げることとなり、広く社会全体の厚生を増大させることにつながることとなる。そし
て、住宅金融市場が円滑に機能することは、住宅市場全体が円滑に機能することも意味し
ていると考えられる。
1 【フラット
35】とは、民間金融機関と住宅金融支援機構の提携による長期固定金利の住宅ローンの名称。
8
3. 担保不動産競売における売却物件に関する情報提供
担保不動産競売に限らず、売却物件を高値で売却する為にはその物件に関する情報を広
く買受希望者に対して提供し、買受希望者を増やす必要がある。しかし、担保不動産競売
の場合、買受希望者が物件所有者から協力のもと、物件についての情報を入手することは
難しい。本章では、担保不動産競売にける売却物件の情報提供の方法について、民事執行
法上あるいは不動産競売手続きの運用上の扱いを整理する。
3.1 インターネットによる情報提供
2003 年の改正前の民事執行法 62 条 1 項では、執行裁判所は物件明細書の写しを執行裁判
所に据え置かなければならないとしていた。そのため、物件明細書等の 3 点セットは、執
行裁判所のみに据え置かれており、買受希望者は執行裁判所へ赴き、3 点セットのファイル
を閲覧する方法により、売却物件に関する情報を入手していた。また、この他にも新聞に
物件の概要のみが掲載されることで情報提供がされていた。これに対し、インターネット
を通じた 3 点セットの情報提供を行うサービスである BIT システム(Broadcast Information
Tri-set system)の運用が 2002 年 7 月から東京地方裁判所及び大阪地方裁判所において開
始された。
その後、2003 年の民事執行法改正により、従来行われていた執行裁判所に据え置く方法
に代え、物件明細書の内容を不特定多数の者に提供する方法を最高裁判所規則で定めるこ
とができるようになった(民事執行法 62 条 2 項)
。また、これを受けて、同年の民事執行
規則改正により、物件明細書の写しについてインターネットを利用した情報提供の方法が
定められ(民事執行規則 31 条 1 項)、併せて、現地調査報告書及び評価書の各写しについ
ても執行裁判所に据え置く又はそれに代わる報提供によることが可能となり(同規則 3 項)
、
インターネットによる情報提供が可能となった。
なお、2013 年 3 月末現在において、BIT システムにより 3 点セットの情報提供を行って
いる地方裁判所は、全国で 155 庁(全本庁 50 庁、支部 105 庁)となっており、いずれの地
方裁判所においても 3 点セットの据え置きも併せて行われている。
BIT システムは、最高裁判所に委託された民間の企業が運営を行っており、サイトに掲載
する利用料は、売却物件の落札代金から一律の金額が控除されることとなる。つまり、そ
の分、弁済が減るため、債務者が負担していることとなり(債務者が破産免責となってい
る場合は、債権者が負担ということになる)
、政府の負担はない2。
BIT システムの他に、裁判所が行っているインターネットを利用した情報提供サイトとし
て、民事執行事件処理システムがある3。しかし、民事執行事件処理システムについては、
東京地方裁判所、大阪地方裁判所、札幌地方裁判所、福岡地方裁判所の4つの地方裁判所
2
日経コンピュータ「国がタダでシステム利用 最高裁の不動産競売物件情報サイト」
(2002 年 9 月 13
日)より
3 民事執行事件処理システムには、BIT システムにはない、
「競売申立申請書作成ツール」が備えられてい
る点で債権者にとっては利便性が高い
9
のみの情報提供にとどまっている(2013 年 12 月末現在)。
3.2 内覧制度の創設による情報提供
2003 年の民事執行法の改正において、内覧制度が新設された(民事執行法第 64 条の 2)
。
これは、一般の不動産売買市場では買受希望者が物件の内部を確認してから購入するかを
判断するのが通常であることに対し、従来の担保不動産競売手続きでは、文書やデータで
情報が提供されるのみであったため、一般消費者による参加が難しく、落札価格が市場価
格より低額となっているとの指摘が多くあったため、情報提供拡充を図り創設された。
内覧制度の創設により、差押債権者の申し立てがあった場合、執行裁判所は執行官に対
し、内覧の実施命令を行い、これを受けた執行官は買受希望者を物件内部に立ち入らせ、
見学させることが可能となった。また、その際、正当な理由がなく物件内への立ち入りを
妨げた占有者に対しては、30 万円以下の罰金が課される罰則も規定された(民事執行法 205
条 2 項)
。なお、当該物件の占有者の占有権限が、差押債権者、仮差押債権者及び民事執行
法 59 条 1 項の規定により消滅する権利を有する者に対抗することができる場合には、内覧
に占有者の同意が必要としており、それ以外の占有者には内覧に協力義務を課している(民
事執行法 64 条の 2 第 1 項)
。
以上のように内覧制度が創設されたが、内覧制度は占有者の生活に対するプライバシー
への配慮の必要性や談合・執行妨害に利用される危険性が指摘されている。また、本来、
内覧を必要としているのは買受希望者だが、内覧の申し立ては差押債権者からのみ受け付
けられていること及び内覧日は執行裁判所が設定してしまうことなどから、現実的な制度
設計となっておらず、現状、内覧制度はほとんど執行されていない。
4. 売却物件に関する情報提供が担保不動産競売に与える影響について
4.1 問題の背景と検証する仮説
BIT システムが稼働したことにより、一定期間中であれば、インターネットにより「誰で
も」「いつでも」「無料で」3 点セットをダウンロードできるようになった。そこで、「BIT
システムの導入により情報の入手が容易となったことは、情報取得に対する取引コストを
引き下げ、落札価格を上昇させたのではないか。また、入札件数も増加したのではないか。
」
という仮説の元に、売却物件に関する情報提供が担保不動産競売の落札価格及び入札件数
に与える影響の有無について検証する。
ただし、担保不動産競売市場においても、インターネットによる情報提供が行われるよ
うになったものの、一般的な不動産取引市場と比較すると、買受希望者に対し、未だに売
却物件に関する情報提供が十分ではなく、物件の品質についての不確実性があると考えら
れる。一般的な不動産取引市場では、売主の協力が得られ、物件の内覧が可能であり、イ
ンターネットや新聞広告等を通じた積極的な販売活動が行われるため、担保不動産競売に
おける落札価格は一般的な不動産取引価格よりも低いと言われている。また、担保不動産
10
競売物件よりも任意売却物件の方が、仲介不動産業者による販売活動が積極的なため、早
期に売却が可能であると言われている。そこで、
「売却物件に関する情報が十分でなく、物
件の品質に不確実性を伴う担保不動産競売の落札価格は、任意売却の売却価格よりもどの
程度価格を下げているのだろうか。また、金融機関は任意売却による回収を図る方が、ど
の程度早期回収が可能か。
」という問題意識のもと、担保不動産競売と任意売却の売却価格
の差の有無と処分日数を検証したいと思う。
4.2 売却物件に関する情報が担保不動産競売に与える影響についての実証分析
4.2.1 データ
本稿では、実際に行われた不動産競売の個別データを用いることとし、次のようにデー
タベースを構築した4。不動産競売は、裁判所の管轄地域ごとに実施されるが、本稿で用い
るデータは、東京地方裁判所(本庁)及び千葉地方裁判所(本庁)が管轄する地域の不動
産競売事件を対象とし、種別をマンションに限定して抽出している。
これらの地方裁判所を選択した理由は、東京地方裁判所が 3 点セットの据え置きに加え
て、2002 年 7 月から BIT システムによるインターネットの情報提供を開始したのに対し、
千葉地方裁判所は 2006 年 4 月から BIT システムによる情報提供も開始したためである。そ
こで、千葉地方裁判所を Treatment Group とし、東京地方裁判所を Control Group として、
この 2 つの地方裁判所を DID 分析の手法を用いることにより、効果の測定を行った。この
地域において、千葉地方裁判所が BIT システムによる情報提供を開始する半年前(2005 年
11 月)に開札された物件の落札価格と入札件数と、情報提供開始半年後(2006 年 11 月)
の開札案件、その 4 年後(2010 年 11 月)の開札案件及び直近(2013 年 11 月)の開札案件
をそれぞれ比較することにより、BIT システムによる情報提供の効果を時系列で観測するこ
ととした(図‐5 参照)
。時系列で観測をすることにより、BIT システムの効果の浸透度を
観測する。なお、種別を分譲マンションに限定した理由は、土地と建物の一体価格であり、
物件が標準化されていることから、情報提供に着目した比較が容易となると考えたからで
ある。
図- 5
BIT システムでの情報提供開始時期と比較時期
4
データについては、
「月間競売落札ニュース」
(エステートタイムズ)
、「3 点セット」及び「不動産競売
格付けセンター」
(981.jp)の情報から収集・作成した。
11
4.2.2 モデル
BIT システムの効果を検証するために、下記の 2 つのモデルを構築することとする。
(a) lnBP = 𝛼1 + 𝛽1 𝑃𝐷 + 𝛽2 𝐶𝐷 + 𝛽3 (𝑃𝐷 × 𝐶𝐷) + ∑ 𝛽4 𝑋𝑖 + 𝜀1
𝑖
(b) N
= 𝛼2 + 𝛽5 𝑃𝐷 + 𝛽6 𝐶𝐷 + 𝛽7 (𝑃𝐷 × 𝐶𝐷) + ∑ 𝛽8 𝑋𝑖 + 𝜀2
𝑖
(a)のモデルは、BIT システム導入による落札価額へ及ぼす影響の効果を捉えようとする
ものであり、落札価格の対数(lnBP)を被説明変数としている。同様に、(b)のモデルは、
入札件数(N)を被説明変数とし、BIT システム導入が入札件数へ及ぼす影響の効果を捉え
ようしている。
PD は、地方裁判所を示すダミー変数で、千葉地方裁判所なら 1 を、東京地方裁判所なら
0 をとっている。また、CD は千葉地方裁判所による BIT システムの導入前後を示すダミー
変数で、2006 年 4 月以降の開札案件であれば 1 を、それ以前の開札案件であれば 0 をとっ
ている。
その他のコントロール変数は、表‐1 の通りである。S56 以前ダミーは、1981 年以前に建
築された物件を1とするダミー変数である。1981 年の建築基準法改正によって新たに耐震
基準が設けられたため、法改正前に 建築された物件は法改正後の耐震基準を満たしていな
い可能性があり、法改正後に建築された物件に比べ地震に対する安全性が低いと考えられ
るため、負の係数になると予想される。𝛼1~2 は定数項、𝜀1~2は誤差項を示す。また、基本
統計は表‐2 の通りである。
表- 1
使用するコントロール変数
変数
内容
𝑋1
ln 駅からの距離
最寄駅からの道路距離
𝑋2
ln 総戸数
マンションの総戸数
𝑋3
ln 階数
専有部分が所在する階数
𝑋4
ln 占有面積
占有部分の床面積
𝑋5
ln 築後年数
マンションの築後の経過年数
𝑋6
S56 以前ダミー
1981 年以前に建設されたマンションを 1 とするダミー
変数
𝑋7
所有者ダミー
占有が所有者であれば 1 をとるダミー
𝑋8
src ダミー
鉄骨鉄筋コンクリート構造であれば 1 をとるダミー
12
表- 2
基本統計量
2005年_2006年比較
観測数
平均
標準偏差
最小値
最大値
ln 落札価額
268
16.4103 0.729192 13.83747 18.83279
入札件数
268 10.09328 7.685939
1
65
千葉地方裁判所ダミー
268 0.231343
0.42248
0
1
BIT導入後ダミー
268 0.585821 0.493501
0
1
千葉地方裁判所ダミー×BIT導入後ダミー
268 9.673859 8.164327
0 18.83279
ln 駅からの距離
268 6.422669 0.865971 3.401197 8.517193
ln 総戸数
268 3.821118
ln 階数
268 1.292773 0.682967
ln 占有床面積
268 3.942532 0.488248
ln 築後経過年数
268 2.732682 0.633753 0.693147
S56以前建築ダミー
268 0.283582
0.45158
0
1
所有者ダミー
268 0.496269 0.500922
0
1
srcダミー
268 0.347015 0.476911
0
1
0.81588 1.609438 6.144186
0
2.70805
2.56341 5.931794
3.73767
2005年_2010年比較
観測数
平均
標準偏差
最小値
最大値
ln 落札価額
247 16.33894 0.774105 13.83747 18.99172
入札件数
247 10.52632 7.562633
1
40
千葉地方裁判所ダミー
247 0.348178
0.47736
0
1
BIT導入後ダミー
247 0.550607 0.498442
0
1
千葉地方裁判所ダミー×BIT導入後ダミー
247 9.029766 8.192551
0 18.99172
ln 駅からの距離
247 6.378706 0.913388 2.302585 8.517193
ln 総戸数
247 3.914596 0.928532 0.693147 7.641084
ln 階数
247 1.547844 0.763428
ln 占有床面積
247 3.906695 0.558197 2.551007 5.931794
ln 築後経過年数
247 2.712134 0.704942 0.693147 3.828641
S56以前建築ダミー
247 0.234818 0.424746
0
1
所有者ダミー
247 0.481781 0.500683
0
1
srcダミー
247 0.157895 0.365383
0
1
0 3.850147
2005年_2013年比較
観測数
平均
標準偏差
最小値
最大値
ln 落札価額
215 16.31718 0.927722 10.59663 18.79912
入札件数
215 10.89302 7.452823
1
38
千葉地方裁判所ダミー
215 0.288372 0.454062
0
1
BIT導入後ダミー
215 0.483721 0.500901
0
1
千葉地方裁判所ダミー×BIT導入後ダミー
215 7.920125 8.232933
0 18.12362
ln 駅からの距離
215 6.455743 0.892664 3.401197 9.341369
ln 総戸数
215 3.877167 0.897953 2.197225 6.190315
ln 階数
215 1.228422 0.733327
ln 占有床面積
215 3.876082 0.550918
ln 築後経過年数
215 2.776695 0.649374 0.693147 3.806663
S56以前建築ダミー
215 0.251163 0.434694
0
1
所有者ダミー
215 0.502326 0.501161
0
1
srcダミー
215 0.265116 0.442425
0
1
0
2.70805
2.56341 5.931794
4.2.3 検証結果とその考察
モデル(a)の結果は表‐3 の通りである。モデル(a)において、落札価格は BIT 開設により
1%水準で有意に正の結果となった。落札価格は 55.6%~77.2%の上昇となっており、BIT シ
ステムの導入により情報取得が容易になったことが、情報取得に対する取引コストを低下
させ、落札価格の上昇に寄与したものと考えられる。
13
表- 3
推定結果(落札価格)
モデル(b)の結果は、表‐4 の通りである。モデル(b)において、入札件数は 1%水準で有
意に正の結果となった。入札件数は、BIT システム導入により、2.7 件~6.9 件増加したこ
とが示されている。ただし、入札件数は BIT システムの導入により増加しているものの増
加幅は減少傾向となっている。これはさまざまな理由が考えられる。例えば、インターネ
ットによる情報提供が一部にのみ利用されている可能性である。通常、インターネットが
開設された場合、最初に興味のある者(不動産競売の場合、不動産業者が考えられる)が
利用し、徐々にそのサイトの影響が一般消費者に拡大していくことが考えられる。しかし、
BIT システムの場合、最初に不動産業者が利用したが、その後、一般消費者への周知がされ
なかったため、一般消費者へは浸透せず利用の拡大に発展しなかった可能性があると考え
られる。その他にも、BIT システムの導入により、落札価格が上昇した結果、転売による利
鞘確保を目的として、安値で入札していた不動産業者が、落札できなくなり、市場から退
出していった可能性も考えられる。
14
表- 4
推定結果(入札件数)
4.3 担保不動産競売と任意売却における価格差の実証分析
4.3.1 データ
2008 年 4 月から 2013 年 10 月に任意売却もしくは担保不動産競売により処分がされた物
件かつ住宅金融支援機構が第一順位の抵当権を保有している債権のうち、物件所在地が東
京都内の分譲マンションの個別データを用いた5。なお、2.1 と同様、種別をマンションに
限定することにより、処分方法に着目した効果を検証したいと思う。
4.3.2 モデル
担保不動産競売と任意売却による価格差を検証するために OLS 推定式を基に、次の(c)及
び(d)のモデルを構築する。
(c) lnP = 𝛼3 + ∑ 𝛽9 𝑋𝑗 + 𝜀3
𝑗
(𝑑) D = 𝛼4 + ∑ 𝛽10 𝑋𝑗 + 𝜀4
𝑗
(c)のモデルは、被説明変数に処分価格の対数(lnP)としており、担保不動産競売によ
る処分価格と任意売却による処分価格の比較を分析している。処分価格とは、担保不動産
競売の場合は落札価格、任意売却の場合は売却価格を用いている。(d)のモデルは、担保不
動産競売と任意売却の処分日数(D)による比較を行っている。処分日数は、担保不動産競
売は「競売申立から配当期日まで」を、任意売却は「任意売却の申し出から配当日まで」
5
住宅金融支援機構のデータを用い、コントロール変数に欠落や異常値があるデータは除外している。
15
の日数を用いている。説明変数には、担保不動産競売による処分を 1 とする競売ダミーを
用いた。𝛼3~4は定数項、𝜀3~4は誤差項を示す。その他のコントロール変数は、表‐5 通りで
ある。また、基本統計量は、表‐6 の通りである。
表- 5
使用するコントロール変数
変数
内容
𝑋1
競売ダミー
不動産競売による処分を 1 とするダミー
𝑋2
築後経過年数
マンションの築後の経過年数
𝑋3
占有床面積
占有部分の床面積
𝑋4
破産者ダミー
債務者が破産している場合 1 とするダミー
𝑋5~10
年次ダミー
物件処分した年(2008 年~2013 年)を各々1 とするダミー
𝑋11~59
市区ダミー
23 区及び都内各市を各々1 とするダミー
表- 6
基本統計量
4.3.3 推定結果とその考察
モデル(c)及び(d)の推定結果を表‐7 に示す。
モデル(c)において、競売ダミーについては、1%水準で統計的に有意に負となった。こ
れは、担保不動産競売における売却価格は、一般不動産取引市場で行われる任意売却と比
較し、9.2%価格を引き下げていることを示しており、担保不動産競売制度に存在するリス
クの分、入札価格を低めに設定していることを反映した結果だと考えられる。
また、モデル(d)において、競売ダミーについては、1%水準で統計的に有意に正となっ
た。担保不動産競売による債権回収は、任意売却と比較し 135 日多く必要であることがわ
かった。
16
表- 7
推定結果
ln 処分価格
係数
標準偏差
係数
標準偏差
競売ダミー
-0.0921513
築後経過年数
-0.0364287
占有床面積
0.00000678
0.00000433
破産者ダミー
0.0090557
0.0252449
-18.1842 8.512814 **
2009年ダミー
-0.058131
0.0185617 ***
-9.94369
2010年ダミー
0.122944
0.0195887 ***
-50.1396 6.605494 ***
2011年ダミー
0.1182339
0.0197096 ***
-53.0974 6.646258 ***
2012年ダミー
0.0841506
0.0202188 ***
-42.3744 6.817943 ***
2013年ダミー
0.1289683
0.0228603 ***
-52.1876 7.708684 ***
市区ダミー
定数項
0.0108935 ***
処分日数
0.0013327 ***
(省略)
17.12388
補正R-square
サンプル数
135.9306 3.673371 ***
1.79623 0.449382 ***
-0.00111
0.00146
6.25918
(省略)
0.1541262 ***
125.4094 51.97267 **
0.5542
0.3381
3383
3383
***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%の水準で統計的に有意であることを示す。
5. まとめと政策提言
5.1 まとめ
本研究は、担保不動産競売市場における BIT システムを通じた売却物件に関する情報提
供が担保不動産競売市場における落札価格及び入札件数への影響についての分析を行った
ものである。
BIT システムの導入により一定期間内であれば「いつでも」
「誰でも」
「無料」で担保不動
産競売による売却物件の情報を入手することが可能となったことは、落札価格を 55.6%~
77.2%上昇させた。また、BIT システムの導入は、入札件数も増加させた。このことは、情
報取得を容易にし、情報取得に対する取引コストを低下させることにより、担保不動産競
売に参加する者を増やし、落札価格も増加させることを示していると考えられる。
しかし、売主の協力が得られるため売却物件に関する情報を得られやすい任意売却によ
る売却価格と、売主の協力が得られないため情報が十分に提供されない担保不動産競売に
よる売却価格を比較した結果、担保不動産競売市場では売却価格が 9.2%低いことがわかっ
た。また、担保不動産競売の手続きの中で債権回収を図ると、回収に 135 日多く日数が必
要であることが判明した。このことは、金融機関が債権回収を行う際に、任意売却による
回収を図った方が迅速かつ高い回収額が可能であることを示している。逆に、残債務圧縮
を必要としない破産免責が決定しているような債務者にとっては、任意売却により物件を
処分するのではなく、長く物件に居住できる担保不動産競売にインセンティブがあること
が確認された。
金融システムが円滑に活動し、社会的な余剰を増大させるためには、担保不動産競売市
場により多くの人が参加し、その人たちが正しく価格を評価できるような制度設計を行い、
一般の不動産取引市場との価格差を縮める必要があると考えられる。
17
5.2 政策提言
以上、本稿での分析結果やその考察を踏まえ、以下の 3 つの政策提言を行う。
①競売物件の所有権に対する制度改正
担保不動産競売市場においては、強制的に執行されるため、売主(所有者)の協力が得
られず、売却物件の情報が十分でないことが問題となっている。そのため、担保不動産競
売における売却物件に対する所有権の取り扱いを変更することで、情報提供を拡充するこ
とが可能になると考える。
所有権に対する取り扱いを変更する方法として、担保不動産競売の開始決定時に、物件
の所有権を裁判所名義へ移転するという方法が考えられる。裁判所が所有者となることで、
裁判所の主導の元、内覧の実施などの情報提供を十分に行うことが可能となり、買受希望
者が負担している物件の品質に関する不確実性が少なくなる。また、所有者が裁判所とな
るため、占有者との明渡し交渉に必要な取引コストも削減可能であり、担保不動産競売市
場への参加者が増加することが期待され、落札価額の上昇につながると考えられる6。なお、
借家人に対しては、賃貸契約を締結する際に建物に対する抵当権の設定に関する事項につ
いての重要事項説明がされているため、借家人保護の観点からも問題ないと考えられる。
また、不落となった物件の扱いについては、元の所有者に所有権を戻すことで、現行の担
保不動産競売においての不落物件と同様の取り扱いとなる。
②インターネット利用による情報提供の拡充
現在 4 つの地方裁判所でのみ利用可能な民事執行事件処理システムを早期に全国の地方
裁判所で利用可能とすべきであると考える。それにより、BIT システムとの競争原理を働か
せ、利便性及び利用率の向上を図ることが必要であると考える。また、インターネットを
利用した入札も可能とするように制度改正を行うことで、担保不動産競売へ参加するため
の取引コストを削減することにより、落札価格の上昇が期待される。
③担保不動産競売手続きの迅速化
もし、情報提供の拡充が困難であれば、裁判所は、担保不動産競売の処分手続きを迅速
化していく必要があると考える。担保不動産競売による手続きが長期間かかると債務不履
行となった債務者が担保物件に長期間居住し続けることが可能となり、より高値で売却で
きる任意売却による処分を選択しないインセンティブが発生することとなる。このような
担保不動産競売の件数増加は、その分、不動産競売執行に要する時間が増え、債権者の取
引コスト増大につながることとなる。担保不動産競売を迅速化するために明渡猶予制度に
よる占有者への保護政策は廃止するか、現在の 6 ヶ月という猶予期間を縮小し、長期間担
保物件に居住し続けるという選択肢を排除すべきだと考えられる。また、担保不動産競売
市場手続きを迅速に行うために、非司法競売制度の導入を検討することも考えられる7。
6法的に保護された第三者による占有は、
所有者による占有と比べ、落札価格を
8%下落させる。
(丸岡(2010))
非司法競売制度とは、抵当権設定時に債権者と債務者が執行契約を締結し、競売手続きを両者が合意し
た民間の競売実施者に委ねる制度。米国で行われており、司法競売で最も時間がかかる競売申立から命令
までの期間を短縮することが可能と言われている。
(福井(2006)
)
7
18
以上による制度変更を行うことにより、担保不動産競売市場により多くの人が参加し、
その人たちが正しく価格を評価できるようになり、一般的な不動産取引市場での売買に近
い価格で取引が行われるようになると、より一層住宅金融市場が活性化し、社会全体の余
剰は拡大することとなる。情報提供の拡充のために、裁判所へ所有権を移転させること、
及びインターネットの利用を促進するような制度改正を行うことの意義は大きいものでは
ないかと考える。また、もし情報提供の拡充が困難であれば、債務者が担保不動産競売に
よる処分ではなく任意売却による処分を選択するインセンティブが生じるような制度に変
更していくべきであると考える。
6. 今後の課題
担保不動産競売に自ら居住目的の一般消費者の参加を促し、需要の拡大を図るためには、
物件に関する情報提供を拡充し、物件の品質についての不確実性を解消する必要があると
考えられる。物件の品質についての不確実性を解消するために必要な情報提供としては、
一般の不動産取引で行われている物件の内覧を担保不動産競売においても行うことである
と考える。内覧制度の活用を増やすためには、現行制度の差押債権者からの申し立てでは
なく、買受希望者からの申し立てで実施できるように制度変更する必要があるだろう。
今回の分析では、内覧実施による担保不動産競売市場への影響について実証分析に基づ
く評価を行うことができなかった。今後、内覧制度を利用した競売案件データの蓄積が進
めば、内覧による売却物件に関する情報が担保不動産競売に与える影響を分析でき、一般
消費者の入札件増加と落札価格上昇に向けたより具体的な提案が可能であると考えられる
ため、この点について今後の課題と考えられる。
謝辞
本稿の執筆にあたり、安藤至大客員准教授、
(主査)、岡本薫教授(副査)
、西脇雅人助教
授(副査)
、戎正晴客員教授(副査)から、丁寧かつ熱心な御指導を賜りました。また、福
井秀夫教授(プログラムディレクター)
、矢崎之浩助教授をはじめとするまちづくりプログ
ラムの教員の皆様、及び丸岡浩二氏(まちづくりプログラム 2010 年度修了)からも、御多
忙にもかかわらず、貴重な御意見を賜りました。ここに記し、深く感謝を申し上げます。
また、まちづくりプログラムの学生の皆様にも、多くの御意見を賜りました。ここに記
し、深く感謝を申し上げます。
最後になりますが、本学での研究及び有益な学習の機会を与えていただきました派遣元
並びに学生生活に快く協力してくれた妻及び子供たちなど家族にも深く感謝をいたします。
なお、本稿は、個人的な見解を示すものであり、筆者の所属機関の見解を示すものでは
ありません。また、本稿における見解及び内容に関する誤りは、すべて筆者の責任にある
ことを申し添えます。
19
参考文献等

才田知美(2003)
『競売不動産からみた首都圏地価の動向』日本銀行ワーキングペーパ
ーシリーズ

田口輝幸・井出多加子(2004)
『不動産競売市場における不良債権処理の現状と最低価
格の役割:大阪地裁マンションデータによる実証分析から』日本不動産学会誌

井出多加子・田口輝幸(2006)
『不動産競売市場の規制改革-最低売却価額の検証と価
額変更ルールの提言』日本経済研究

丸岡浩二(2011)
『第三者占有が不動産競売市場に与える影響について-短期賃借権廃
止と明渡猶予制度に関する実証分析』政策研究大学院大学まちづくりプログラム修士
論文

福井秀夫(2006)
『司法政策の法と経済学』日本評論社

福井秀夫(2007)
『ケースからはじめよう法と経済学』日本評論社

降旗 順一郎 (2011)
『すぐに役立つ不動産競売・任意売却のしくみと手続き』三修社

大垣尚司(2012)『金融から学ぶ民事法入門』勁草書房

法曹界編(2012)
『例題解説
不動産競売の実務(全訂新装)
』法曹界
20