一般医療者の HIV の基礎知識(日常診療での早期発見のために)

一般医療者の HIV の基礎知識(日常診療での早期発見のために)
1.はじめに
HIV 感染症/AIDS は 1980 年台にアメリカのロサンゼルスではじめて報告されました。わが
国では 1983 年に輸入血液製剤で感染した血友病患者が死亡し、1985 年には男性同性愛のエイズ
患者が報告されています。当初は「HIV 感染=死」と恐れられ、エイズパニックということも言
われました。近年の治療の進歩はめざましく、「HIV 感染=死」という認識は今や誤りとなりま
した。しかしながら、まだまだ多くの偏見があり、一般市民のみならず医療従事者でも誤った認
識をもたれている方が多いのが現状です。それが HIV 感染者の早期発見の障害の一因となってい
ます。HIV 感染症は治療法が確立してきており、できるだけ早期に発見し適切な時期に治療を開
始することがきわめて重要です。そのためには拠点病院などの専門医療機関のみならず、地域の
医療機関においても HIV 感染の徴候を捉え、感染診断に結び付けられるかが鍵となります。もち
ろん、本人が感染を自覚し検査を受けたいと申し出る人たちばかりではありません。一般医療者
や医師が知っておくべき HIV の基礎知識と感染者の早期発見にポイントを当て解説します。
2.わが国と三重県の HIV の現状
わが国での HIV 感染者は 2006 年のデータでも日本国籍・外国籍合わせて 952 件と過去最高と
なり増加の一途をたどっています*。図1に示すように、日本国籍男性の増加が顕著で(報告数は
787 件と過去最高)、HIV 感染者全体の約 83%を占めています。AIDS 患者も日本国籍・外国国
籍合わせて 406 件と過去最高となっており、日本国籍男性の増加が認められます(報告数は 335
件と過去最高)。
1000
日本人男
900
日本人女
外国人男
800
外国人女
合計
700
600
人 500
400
300
200
100
05
04
03
02
01
00
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98
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90
89
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86
06
20
20
20
20
20
20
20
19
19
19
19
19
19
19
19
19
19
19
19
19
19
19
85
0
年
図1.わが国のHIV感染報告数の年次推移
(厚生労働省エイズ動向委員会―平成 18 年エイズ発生動向年報より)
男性 HIV 感染者の 72%
感染経路別に見ると、同性間の性的接触が 1999 年頃から急増しており、
を占めています(図2)
。一方、女性の HIV 感染者は、絶対数では男性ほど多くないものの、異
性間性的接触が 84%と大多数を占めます(図3)。15-24 歳の若年層では、異性間性的接触での
HIV 感染が男性 99 人に対して女性 113 人と、男性より女性の方がむしろ多くなっています。つ
まり現状では HIV 感染は男性(特に同性愛者)と若年女性に確実に広まってきています。
その他*2
4%
母子感染
0%
静注薬物濫用
0%
不明
7%
異性間の性的接触
17%
その他*2
2%
母子感染
2%
静注薬物濫用
0%
同性間の性的接触*1
0%
不明
12%
異性間の性的接触
84%
同性間の性的接触*1
72%
図3.女性(報告数49名)
図2.男性(報告数787名)
(厚生労働省エイズ動向委員会―平成 18 年エイズ発生動向年報より)
*1:両性間性的接触を含む
*2:輸血などに伴う感染例や推定される感染経路が複数ある例を含む
三重県における HIV 感染者の報告数の推移(図4)は、全国と同様に増加傾向にあります。三
重県で最近問題となっているのは、AIDS 発症によって HIV 感染が判明する、いわゆる「いきな
りエイズ」の占める割合が極めて高いことです。
「いきなりエイズ」の割合は、大都市部よりもそ
の周辺自治体に多い傾向にありますが、愛知県の 27%に対し三重県は 83%と著しく高い状況に
あります。もちろん感染のリスクを自覚している一般市民に対して HIV 検査を受けるように啓蒙
することも大事ですが、医師の診断能力も問われているといえます。つまり、HIV 感染者が医療
機関を受診した際に、いかに診断に結び付けるかが鍵となります。
*2007 年には HIV 感染者数が 1,000 名を越えたと報告されておりますが、HIV 感染者数はまだ
まだ増加することが予想されます。
20
日本人男
日本人女
外国人男
18
16
外国人女
合計
14
12
人 10
8
6
4
2
年
図4.三重県のHIV感染報告数の年次推移
(三重県感染症情報センターWeb サイトより)
20
07
20
06
20
05
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04
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02
20
01
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00
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99
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97
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96
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19
94
19
93
19
92
19
91
19
90
19
89
0
3.HIV 感染者の自然経過と治療開始時期
HIV 感染初期には一過性の高ウイルス血症となり 50~90%の患者にインフルエンザ様や伝染性
単核球症様などといわれる一過性の症状が現れると言われています(急性 HIV 感染症)。その後
は血中のウイルス量が減少し無症状期に入ります(無症候性キャリア)
。無症候性キャリアの間も
ウイルス増殖は持続し、免疫機能の指標である CD4 陽性 T リンパ球が徐々に減少します。この
間に免疫能の低下に伴って色々な疾患に罹患することもあります。そして 5 年から 20 年程度の経
過後、CD4 陽性 T リンパ球数が概ね 200/μL 未満になると AIDS の指標疾患である日和見疾患
に罹患します(AIDS 発症)。一旦 AIDS を発症すると、悪性腫瘍や致死的感染症を併発するなど、
日和見疾患の治療が必要となり、免疫機能の回復にも長期間を要することになります。HIV 感染
者には AIDS 発症前すなわち CD4 陽性 T リンパ球数が 350/μL を下回った時点から多剤併用抗
レトロウイルス療法(HAART)を開始して免疫機能回復・維持を図り AIDS 発症を予防するこ
とが推奨されています。またパートナーなどへの伝播の予防という観点からもより早期の診断が
必要です。
4.HIV 感染の早期診断
早期診断といっても、①急性 HIV 感染症の診断、②無症候性キャリアの発見、②AIDS 発症者の
確定診断があります。いずれにしても HIV 感染を疑って抗体のスクリーニング検査を行わねば診
断は出来ません。検査に結び付けるには、まずは病歴の聴取が重要です。それぞれについて簡単
に説明します。
①急性 HIV 感染症
急性 HIV 感染症の症状は発熱、リンパ節腫脹、咽頭炎、皮疹など非特異なものが多く、感冒と診
断されていることが多いようです。これら臨床症状は平均的には対症療法のみで 2 週間程度の経
過で軽快します。無症状な場合から何週間も症状が持続する場合まであり、有症状期間のみでは
診断は出来ません。男性同性愛者であったり、性行為感染症(Sexually Transmitted Disease:
STD)の既往や、性風俗業の従事者や利用者というような病歴や STD リスクの聴取が重要であり、
このようなリスクファクターのある患者には HIV 検査を勧めるべきです。但し、もちろん HIV
よりはるかに頻度の高いインフルエンザや伝染性単核球症などの除外診断が重要な事は言うまで
もありません。
②無症候性キャリアの早期発見
AIDS 発症前患者は、急性期 HIV 感染症の症状のほかに、STD などの HIV と同じ感染経路の疾
患で医療機関を受診していることが多くあります。また、ゆっくりと細胞性免疫機能が破壊され
ていきますが、発症前の比較的免疫機能の保たれている時期から生じやすい疾患もあります。こ
れらの疾患での医療機関受診は HIV 感染診断のチャンスとなります。STD や免疫機能の低下に
よって引き起こされる疾患で HIV 感染を疑って検査を行ったほうがよい疾患の具体的なものを
表に挙げます。特に年齢や性別を問わず感染原因のはっきりしないウイルス性の急性肝炎は性的
感染を疑うことが必要です。繰り返して起こっている場合や、リスクファクターのある患者にも
HIV 感染を念頭に検査を勧めるべきです。
③AIDS 発症者の早期の AIDS 診断
無治療の HIV 感染者における AIDS の発症はニューモシスチス肺炎(Pneumocystis pneumonia:
PCP)、カンジダ症、サイトメガロウイルス感染症、結核症、HIV 消耗性症候群が多いのですが、
発症から診断に至るまでに時間がかかったために死亡される患者もいます。例えば PCP で発症し
た場合では、特発性間質性肺炎などと診断された結果、ステロイドパルス療法で一時的に症状は
改善したものの再増悪を来たし、重症化してから AIDS 診断に至る例などが非常に多いのです。
このような患者でも病歴や身体所見に HIV 感染を示唆するものが多くの場合はあります。STD
の既往や口腔内カンジダの存在、過去に表にあるような疾患、すなわち帯状疱疹や肺炎を繰り返
しているなど免疫不全の存在を疑わせる所見があれば、HIV 感染症の可能性を考えることが出来
ます。
5.HIV スクリーニング検査陽性者への対応
まず、最初に強調しておかねばならないのは「HIV スクリーニング検査陽性≠HIV 感染」である
ことです。現在のスクリーニング検査用のキットは感度・特異度共に優れており、99%以上です
が、もともと HIV 感染症の罹患率は低いため、真の罹患者は多く見積もっても数万人に1人程度
と高くありません。例えば 10,000 人に HIV スクリーニングを行うと、理論上も何人かの疑陽性
者が必ず出るはずですし、その陽性者の中でも真の HIV 感染者は 1 人もいないかもしれません。
ですからスクリーニング検査陽性者には必ず確認検査が必要です。スクリーニング陽性者には、
検査結果が絶対でないことを説明し、確認検査を行ってから HIV 感染の有無を最終告知すること
になります。もし HIV スクリーニング検査陽性で判断に迷われる場合は拠点病院の担当医師にコ
ンサルトして下さい。①HIV や AIDS は現在でも社会的に偏見や差別が根強く残っていること、
②治療の進歩により予後は改善しているといった正しい情報が不足していることもあって、陽性
の告知が患者や家族に過度な心理的負担を与える可能性もあるので、検査結果の説明には充分な
配慮が必要です。
6.おわりに
拠点病院へ紹介されてくる HIV 感染患者さんのほとんどは、それ以前にも HIV 感染と密接に関
連している感染症や合併疾患で、何度も医療機関を受診していますが、残念ながら多くは HIV 感
染を見過ごされてしまっています。最後に、繰り返しになりますが、HIV 感染者が医療機関を受
診した際に、早く HIV 感染を診断することが、その患者さんのためにも、パートナーなどに感染
被害を拡大させないためにもきわめて重要であることを強調しておきたいと思います。
三重県 HIV 診療拠点病院一覧
1.三重大学医学部附属病院
津市江戸橋 2-174
059-232-1111
2.三重県立総合医療センター
四日市市大字日永 5450-132
059-345-2321
3.三重中央医療センター
津市久居明神町 2158-5
059-259-1211
4.山田赤十字病院
伊勢市御薗町高向 810
0596-28-2171
表
HIV 感染と密接に関連のある疾病
性行為感染症(STD)
性器クラミジア
尖圭コンジローム
ヘルペス感染症(性器・肛門部)
梅毒
淋病
A 型肝炎
糞口感染
B 型肝炎
血液・体液を介して感染
C 型肝炎
血液・体液を介して感染
赤痢アメーバ感染症
糞口感染
HIV 感染で発症しやすくなる疾患や徴候
ニューモシスチス肺炎(カリニ肺炎)
指標疾患であり HIV のチェックは必要
サイトメガロウイルス感染症
指標疾患であり HIV のチェックは必要
抗酸菌症(結核を含む)
指標疾患であり HIV のチェックは必要
カンジダ症(口腔、爪、膣)
口腔内カンジダは診察が容易
帯状疱疹
若年者で繰り返すものには注意
肺炎
若年者で繰り返すものには注意
原因不明の下痢の持続
原因不明の発熱の持続
脂漏性皮膚炎
真菌感染も原因と考えられている
掻痒性丘疹
難治性のもの
乾癬
難治性のもの
伝染性軟属腫
多発するもの
悪性リンパ腫
EB ウイルスに関連するものもある
子宮頸癌
ヒトパピローマウイルス(HPV)による
特発性血小板減少性紫斑病(ITP)
血小板減少を契機に診断される例もある
リンパ球減少
特に CD4 細胞数の減少と CD4/8 比の逆転