はじめに 近年の建設現場は機械化が進み、これに伴って安全装置や警報装置が急速に 普及してきました。移動式クレーン仕様の油圧ショベルの安全装置や、ユニッ ク車のアウトリガー・ブーム未格納警報装置、シールド坑内の動力車移動位置 検出装置や有害ガス濃度測定器などです。 しかしながら、足場の組立てや、土止め支保工、ずい道の支保工など、多く の作業は人力によるものであり、このため、人が原因となる災害はあとをたち ません。 “不安全な行動”は、 「間違い」や「うっかり」「ミス」「過失」など、さまざ まな用語で呼ばれ、災害が発生した時の直接原因として、これらの用語が長い 4 4 4 4 4 4 間使用されてきました。その結果、作業者の注意不足が指摘され、注意力に頼っ 4 4 4 た対策で解決されてしまうことが多くありました。 本冊子では、作業者の意図しない不安全な行動を「ヒューマンエラー」とし、 作業者の故意の不安全な行動を「不安全行動」とし、さまざまな作業の災害事 例に基づき、ヒューマンエラーと不安全行動の違いによる災害防止対策を紹介 しています。 目 次 建設業の労働災害発生割合 ヒューマンエラーと不安全行動 1.足場の組立て、高所等の作業 2.クレーンの作業及び玉掛けの作業 3.地山掘削及び土止め支保工の作業 4.建設機械、工事車両等の作業 5.ずい道(シールド工事)等の作業 6.地下埋設物近接の作業 7.架空線等近接の作業 8.電動工具(携帯用丸のこ盤等)の作業 9.脚立・可搬式作業台の作業 労働災害の分析におけるヒューマンエラーと不安全行動 デザイナー 七藤 裕繪/イラストレータ コンドウ トモコ 3 4 8 12 14 16 18 22 24 26 30 32 建設業の労働災害発生割合 下表の厚生労働省の資料では、 “不安全な行動”及び“不安全な状態”の双方が同 時に組み合わさったとき、単独の場合に比べて、災害の発生割合が急激に高くなって いることがわかります。 労働安全衛生法等により、 “不安全な状態” (足場に関する墜落防止基準を満たして いないなど、災害や事故を起こしそうな状態)をなくす基準が決められています。 一方、“不安全な行動” 、つまり、意図せずに不安全な行動を起こしたもの(本冊子 でいうヒューマンエラー)や、故意に不安全な行動を起こしたもの(本冊子でいう不 安全行動)は、人に対する対策が必要になります。 なお、労働災害とは、「労働者の就業に係る建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、 粉じん等により、又は作業行動その他業務に起因して、労働者が負傷し、疾病にかか り、又は死亡することをいう」と定義されています(労働安全衛生法第 2 条) 。 労働災害原因要素の分析(建設業:平成23年) 不安全な状態に起因する労働災害 (99.2%) 不安全な行動に起因する 不安全な行動及び不安全な状態 不安全な行動のみに起因する 労働災害 に起因する労働災害 労働災害 (98.5%) 98.2% 0.3% 不安全な状態のみに起因する 不安全な行動及び不安全な状態 労働災害 に起因しない労働災害 1.0% 0.5% 労働災害原因要素の分析(建設業:平成20年) 不安全な状態に起因する労働災害 (87.6%) 不安全な行動に起因する 不安全な行動及び不安全な状態 不安全な行動のみに起因する 労働災害 に起因する労働災害 労働災害 (96.3%) 84.4% 11.9% 不安全な状態のみに起因する 不安全な行動及び不安全な状態 労働災害 に起因しない労働災害 3.2% 0.5% 出所:厚生労働省「職場のあんぜんサイト」労働災害原因要素の分析より著者作成 3 ヒューマンエラーと不安全行動 ヒューマンエラー 本冊子では、作業者の意図しない不安全な行動による災害を「ヒューマンエラー」 とし、人間の行動特性(錯覚、不注意、近道行為、省略行為)のうち「錯覚」と「不 注意」を取り上げます。他の 2 つの「近道行為」と「省略行為」は不安全行動です。 さらに、「無知・教育不足」や「場面行動・パニック」もヒューマンエラーに含め 解説を行っています。 「知識がなかった」はエラーではないという説があります。し かし、建設業の場合は危険作業が多いことから、作業者のほとんどが免許・技能講習・ 特別教育などのいずれかの修了者です。 作業者はクレーンやバックホウの運転技術を習得していますが、例えば、送電線に 接触していなくても近づいただけで感電してしまったとき、 「知識がなかった」こと で「無知・教育不足」と分類し、ヒューマンエラーとします。 ヒューマンエラーの対策としては、次の 2 点が効果的です。 ① 指差呼称により、作業者が作業ごとに注意喚起をする ② 安全衛生教育により、作業者が危険個所を知る なお、「不注意」は注意の対極にあるのではありません。建設工事の作業現場と危 険が隣り合わせになっていることと同様に、緊張した作業の中に「不注意」が常に潜 んでいます。「不注意」をすべて除去することは不可能ですから、適度な緊張を適所 に設ける取組みが必要です。 参考:近畿地方整備局「あんぜん」第244号 不安全行動 本冊子では、作業者の故意の意図的に作り出した不安全な行動による災害を「不安 全行動」として取り上げています。 高所で足場を解体している時に「今まで大丈夫だから安全帯は面倒なので使うこと をやめよう」や丸のこ(携帯用丸のこ盤)で木材を切断する時に「安全カバーは邪魔 だからヒモで縛ろう」など、危険とわかっていながら手間や時間を省いてしまうこと 4 があります。また、マンホール内に入る時に「下水が流れているけど浅いからガス濃 度測定はいらない」と危険を軽視することや「他の人たちもやっている」という悪習 慣ができてしまうこともあります。これらの行動によって、多くの災害が発生してい ます。 1 .労働災害の発生 労働災害は、安全衛生管理活動の欠陥によって、さまざまな基本原因の 4 M(人的 要 因(Man)、 設 備 的 要 因(Machine) 、 作 業 環 境 的 要 因(Media) 、管理的要因 (Management)の 4 つの視点。 4 つの頭文字をとって 4 Mと呼ばれています)が 絡み合い、直接原因である労働者の不安全な行動あるいは機械や物の不安全な状態が 作り出されて発生する、と言われています。 労働災害発生までの仕組み 安全衛生管理活動 の欠陥 〈直接原因〉 〈事故、災害〉 4 M(人間、 設備、 〈基本原因〉 不安全な行動(人) 事故(正常でない) 作業、管理) 不安全な状態(物) 災害(人が被災) 出所:東京労働局、三重労働局などのホームページより著者作成 厚生労働省は、次頁の表のように、労働者の不安全行動として12項目、機械や物の 不安全状態として 8 項目をあげています。 2 .労働災害の防止対策 労働災害の防止対策は、直接原因となる不安全な行動をもたらす「基本原因」に着 目します。基本原因は、①作業者(人間) 、②設備(物) 、③作業(作業方法や作業環 境など)、④安全衛生管理(安全衛生管理体制、教育、作業手順、適正配置、健康把握) を指します。これらが 1 つだけで労働災害が発生することは少なく、複雑に入り組ん でいるので、分析に基づいてそれぞれに災害防止対策を施します。 具体的には次のようなものが代表的事例です。 ① 作業者(人間) ○近道行為や省略行為の行動特性に基づくもの ・安全通路があることを知りながら、杭打機脇の近道を通り抜けようとした ・溝掘り作業で土止め材料を用意していたが、設置を省略した 5 厚生労働省の分類方式による不安全行動と不安全状態 【労働者の不安全行動】 【機械や物の不安全状態】 [1] 物自体の欠陥 [1] 防護・安全装置を無効にする 設計不良 安全装置をはずす、無効にする 組立・工作の欠陥 [2] 安全措置の不履行 [2] 防護措置・安全装置の欠陥 機械・装置を不意に動かす 無防護 [3] 不安全な状態を放置 防護不十分 機械などを運転したまま離れる [3] 物の置き方、作業場所の欠陥 [4] 危険な状態を作る 通路が確保されていない 荷などの積み過ぎ 物の置き場所の不適切 [5] 機械・装置等の指定外の使用 物の積み方・置き方の欠陥 欠陥のある機械・用具などを用いる [4] 保護具・服装等の欠陥 機械・用具などの選択を誤る 手袋の使用禁止をしていない 機械などを指定外の方法で使う 保護帽を備えつけていない [6] 運転中の機械・装置等の掃除、注油、 安全帯を備えつけていない 修理、点検等 運転中の機械・装置など [5] 作業環境の欠陥 照明の不適当 [7] 保護具、服装の欠陥 有害ガスなどの作業環境の欠陥 保護具を使用しない 保護具の選択の誤り [6] 部外的・自然的不安全な状態 物自体の欠陥 [8] 危険場所への接近 防護装置の欠陥 動いている機械などへ接近する 交通の危険、自然の危険 [9] その他の不安全な行為 確認なしで次の動作を行う [7] 作業方法の欠陥 飛び降り、飛び乗り 不適当な機械・装置の使用 [10] 運転の失敗(乗物) 不適当な工具・用具の使用 [11] 誤った動作 作業手順の誤り [12] その他 [8] その他 出所:厚生労働省「職場のあんぜんサイト」安全衛生キーワード“不安全行動”より著者作成 ○危険軽視や悪習慣に基づくもの ・架空線は気を付けていれば大丈夫と、バックホウで切断した ・丸のこは軍手禁止なのに、悪習慣から軍手を使用し指を切断した ② 設備(物) ○危険を防護する設備の欠陥に基づくもの ・素線切れしている玉掛けワイヤーを使用したら、切れて吊り荷が落下した ○標準化の不足に基づくもの ・運転したまま機械(ユニック車)から離れたら、坂道を逸走した 6 ③ 作業(作業方法や作業環境など) ○不適切な作業方法、作業環境に基づくもの ・定格荷重以上の荷を吊り上げたら、移動式クレーンが転倒した ・フォークリフトのツメで荷を吊り上げて運搬したら、カーブで横転した ・台風が近づいているのに作業を行って、足場が倒壊した ・有機溶剤で塗装しているのに、防じんマスクを代用使用して中毒になった ④ 安全衛生管理(安全衛生管理体制、教育、作業手順、適正配置、健康把握) ○教育の不足に基づくもの ・当該作業前に安全教育を行ったが、難しくて伝わっていなかった ・作業状況が変わったにもかかわらず、作業手順の再教育をしていなかった ○適正配置、健康把握に基づくもの ・高年齢者に重量物を運搬させたところ、ギックリ腰となった ・糖尿病の作業者が真夏に直射日光を一日中浴びていたら、熱中症になった 指差呼称 指差呼称とは、点検(確認)時、点検(確認)箇所に指を差して、 『○○ヨシ!』 と声に出して確認する方法です。鉄道の運転士から始まったと言われていますが、建 設業や近年では医療の現場でも採用されています。 建設現場では、ヒューマンエラーの防止に活用され、朝礼時の服装点検や顔色点検、 朝礼直後の危険予知(KY)実施時のかけ声に、ほとんどの現場で行われています。 指差呼称の基本は、次の 2 点です。 ① 対象物(人)を見て、指を差す ② 差した指を耳元近くまで戻しながら確認して、 『○○ヨシ!』と指を振り下ろす 大きい声を出すことによって、注意力を覚醒させましょう。ただ、基本にこだわる 必要はまったくありません。最初は指差し確認となっても十分でしょう。 指差呼称の効果が、厚生労働省「職場のあんぜんサイト」安全衛生キーワード“指 差呼称”(http://anzeninfo.mhlw.go.jp/yougo/yougo72_1.html)に掲載されて いますので、参考となります。 7
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