外国の農産物はなぜ安いか

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【提言】
外国の農産物はなぜ安いか
全国農地保有合理化協会副会長森永正彬
家庭菜園をやっての実感〉
私のささやかな家庭菜園での野菜作りは、なによりの楽しみである。しかし、土作りから始まり、苗
や資材の購入、植え付け、水やり、風雨対策、そして何より大変な害虫や病気との戦いなど、素人には
なかなか大変な手間と技術と労力を要し、気も抜けない。そして数ヶ月たってようやく収穫となっても、
質・量ともに満足のゆく結果はなかなか得られない。そして、厳密に計算したことはないが、実感とし
ては、私の作ったトウモロコシも白菜も、ホームセンターで購入した諸資材はもちろん、労賃まで見込
めば、そのコストはおそらく一個千円を超えるであろう。
ところがスーパーや八百屋の店頭では、私の「貴重な作品」など及びも着かない見事な出来映えの「商
品」が山と積まれて、一個百円前後で売られている。農家の手取り価格はさらにそれを大幅に下回って
いるのである。プロとはいえ、なぜ農家はこんなに立派なものを沢山、しかも安く作ることができるの
かと感嘆し、尊敬してしまう。
ところがそれでも、日本の農産物は「高い」というのが「定評」になっている。
それは、エコノミストも、マスコミも、サラリーマンも主婦も、外国産の農産物や他の工業製品と対
比して、相対的な感覚からそう見ているのであつて、実際のコスト要因を正確に理解していないという
面もあると思われる。
農産物が一般に土地の生産力や気象など自然条件に依存していること、生産サイクルの時間が長いこ
となど工業生産と異なる大きなハンディキャップがあることは、だれでも解っているはずである。
米や麦、大豆、飼料作物など、いわゆる土地利用型作物については、機械化が進み、単位あたりの労
働力依存度は低く、コスト面では機械施設の償却費のウエイトが高い。その意味でスケールメリットの
追求による「効率化」の徹底がたえず指摘されることになる。それでも、施肥、水管理、用排水路や畦
畔などの管理、草取り、病害虫防除、台風など異常気象対策など、きめ細かでかっかなり過酷な対応が
要求され簡単に効率化できない作業も多い。
野菜など園芸作物についてはさらに個人の技術や労働力への依存度が高く、連作障害対策、病害虫対
策、品質・安全対策など栽培面できめ細かな管理が必要なこと、収穫作業などの機械化が遅れていてス
ケールメリットの追求が困難なこと、収穫後の調整、鮮度保持、輸送などのコストが大きいことなど、
もっと認識されていいのではなかろうか。
これらのことは、農業生産者はもちろん農業関係者なら誰でも解っていることで、何を今更というと
ころであるが、農業・農村の現場を知る人が極めて少数派になった現在、あえて強くアピールすること
も無意味ではあるまい。
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外国の農産物はなぜ安いか
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外国の農産物はなぜ安いか〉
以上のように、農産物はその特性からやむを得ざるコストがかかるものであるが、外国の農産物価格
はなぜあんなに「安い」のであろうか。
まず、国際貿易が多い麦、大豆、トウモロコシについてみれば、土地利用型作物の典型で機械化も進
み、広大な土地でスケールメリットを追求すれば単位あたりコストは低くなる。ところでその輸出国は、
米国、カナダ、豪州、ブラジル等特定の少数国で占められている。これらの国は、日本などとは基本的
に条件が異なることは明らかである。単に自然的、地理的条件だけでなく、歴史的「生い立ち」が違う
のである。初めから広大な土地をタダ同然で取得し、まとまった大規模農場で大きな機械を使って農業
を始めることができた国である。(ちなみに、豪州の1戸当たり平均農業経営面積は約3千4百haと想像
を絶する広さである。)これらの国は、アジアともヨーロッパとも違う、世界的に見てむしろ異質の地域
なのである。これらの国では、農業構造政策という概念すらないといわれている。
このように穀物など土地利用型農業では、「土地条件の違い」が決定的にコストの差となる。日本農業
がこれらの国に対抗するなどとても無理であることは明らかであろう。しかも、これらの国では、農業
労働力賃金水準も我が国よりかなり低いようである。
これらの国以外にも農産物の輸出国はあるが、その多くはアジアや南米の諸国である。これらの国の
低コスト要因は、自然条件もあるが、最大のものは「低賃金労働力」であろう。
ちなみに私は以前パイナップル缶詰の輸入自由化の際、沖縄で勤務しその対策に関わったが、当時、
国際果物メジャーによるパイン生産は低賃金労働力を求めて以前のハワイなどからフィリピンやタイに
移動しており、沖縄がいくら効率化に努力しても、コストではとても対抗できないとの感を深くしたこ
とを記憶している。
このように、外国の農産物が安い最大の理由は、「土地が広い」ことと「労賃が低い」ことにある。逆
にいえば、日本の農産物が「高い」最大の理由は「土地の狭さ」と「労賃の高さ」にあるということに
なる。しかしこれが世界的に見て「異常である」とか、日本の農家や農政が特に「劣っている」からと
かいうことはできない。むしろ輸出国の「土地の広さ」や「労賃の低さ(労働条件の劣悪さ)」が異常な
のではないか。
中国の農村部と都市の賃金格差が最近クローズアップされているが、農村部の「低さ」がより深刻な
問題なのである。いずれ全国的に賃金水準が上昇すれば、中国の競争力は弱まるであろう。ただし、中
国などアジア諸国の競争力は、単に低賃金のみにあるのではなく、教育水準、技術力、勤勉さなど、か
って我が国の最大の武器と思われていたことが、彼の地に奪われつつあることにも留意しなければなら
ない。
そのほか農産物の「安さ=輸出競争力」の要因としては、その国の制度や政策にも依存している。多
くの国では多かれ少なかれ、それぞれ自国農業の保護が行われている。欧米でも政府による価格支持や
直接支払い、輸出補助などが行われており、我が国の保護水準が特別高いわけではない。
なお、時期によって変動はあるが、為替水準が概して円高基調であることも、海外農産物の割安感に
つながっているものと思われる。
農産物の競争力という点でいえば、価格、コストだけでなく、「品質」や、「安全性」、「信頼性」など
も重要な要素となりつつある。この点では、概してわが国産は外国産より評価が高く、最近は輸出の可
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能性も高まっている。見方をかえれば、外国産の「安さ」は、「品質」や「安全性」を犠牲にしているお
それもある。外国の「安い」輸出農産物は、「有機・無農薬」とか「生産者の顔が見える」とかを期待す
るのは困難であろうし、いつまでも「非GM」であり続けることもむずかしいのではなかろうか。
〈グロ-バル市場化は貫徹されうるか〉
もちろん日本の農産物価格の相対的「高さ」を全面的に是認し、コストの低減をあきらめていい訳で
はない。
日本農業も、国際化した社会のなかでの商品生産という経済活動である以上、コスト引き下げがたえ
ず追求されるべきこと、そのために構造改革を進める必要があること、その有力な手法の一つが市場競
争であることは否定しない。
これまでも現在も、農家も農政も必死にこれに取り組んでいる。
「日本農業が世界的に見て特別に非効率でコスト引き下げ努力がされていない」とか、「それは過保護
で競争原理が働いていないからである」とか、極端には「完全に自由化すれば効率化され国際的に競争
できる」とかいう認識は誤りである。
土地条件とか労賃水準とかに決定的に差異がある以上、いくら努力しても、構造改革を進めても、対
等な競争条件になりえない。完全に自由化すれば、日本農業は壊滅するおそれが強い。
さらなる市場化やグローバル化は世界経済全般で必至の方向であるが、あらゆるものが国際商品化さ
れているわけではなく、今後もそうはならないであろう。あらゆる分野でグローバル市場化が貫徹され
うるとは思えない。特に「土地」や「人」は、自然環境や民族の歴史や文化や精神と深く関わり、自由
に動かせないというだけでなく、なにより、「貨幣経済」や「市場」などという「手段」以前の、根源的
絶対的価値である。
以上のような事実、いわば「あたりまえのこと」さえ認識しない、軽率でいわれ無き「日本農業たた
き」は看過してはならないし、ましてやこれによって農家や農業関係者はけして弱気になったり誇りを
失なってはならない。