介護福祉士ファーストステップ研修における教材の

教材➌
利用者・家族の思いを
感じとる力を養う事例展開
― 映像資料「ハルさんの物語∼ある高齢者と家族∼」の利用について ―
CONTENTS
1 本DVDの視聴を通じての理解
2 DVDのあらすじと見どころ
3 研修教材としての活用
133
映像資料「ハルさんの物語∼ある高齢者と家族∼」の利用について
本DVDには「実名」を含め個人のプライバシーに関わる情報が含まれています。
これは登場いただいたご本人・ご家族の特別のご厚意によるものです。DVDの取り
扱いについては、格別の倫理的配慮をお願いいたします。
1 本DVDの視聴を通じての理解
■ 1 「利用者・家族」の思いを理解する
本DVDの視聴に当たっては、ぜひ、ハルさん本人の表情と声をよく見て、
よく聞いてください。また、ご家族の語るハルさんへの思いや思い出をよく聞
いてください。私たちが携わる高齢者介護の仕事において大切なのは、ただ利
用者を客観的に「あれもできない」
「これもできなくなった」、あるいは「これ
はできる」「こんな能力もまだある」とみていく力だけではありません。自分
自身の人生の歴史と思いをもつ、利用者その人の「心のあり様」に即して、そ
の「意欲や能力」を考察していく力です(85 頁図3参照)
。とはいえ、このD
VDを作成したのは、決して「認知症高齢者の介護」の理解の普及を図ってい
くためだけではありません。一人の老婦人の暮らし方や生きてきた姿、また家
族とのかかわりを通して、「老いを支える」介護の意味と役割を考えていきた
いと思ったからです。つまり、「老い」や「病」、「障害」によって生活面にお
いてさまざまな不自由が生じたとしても、長い人生を過ごしてきた利用者その
人の納得できる「老いの時間」「人生」を支えていくことが、高齢者介護の仕
事の意義であると理解してもらいたかったからです。
134
■ 2 「生活支援」としての介護サービスを理解する
研修教材等として本DVDを視聴していく際には、まず第1部の現在のハル
さんの行動や姿を見ていただき、次に第2部でその生きてきた歴史を見ていた
だきたいと思います。そして、再度第1部をご覧いただくことで、
「生活者とし
て」今を懸命に生きるハルさんの姿とそれを支える家族の思いとを、併せて理
解することができると思います。
また、本DVDの視聴を通して、
「管理」や「指導」ではなく「生活支援」と
しての認知症高齢者介護の仕事とは、本来、一定の専門的な知識・技術、経験
が求められることを理解していただきたいと思います。と同時に、認知症高齢
者の地域での生活を支えていくためには、専門職や家族ばかりではなく、地域
のさまざまな関係者の見守りや協力が必要であることも知っていただきたいと
思います。
「尊厳を支える」介護の実現のためには、介護サービスの質やそのあ
り方こそが大きな意味を有しているのです。
長い人生を苦労されて生きてきた結果、不自由なところやできないところが
増えてきたとしても、その人がその人であることに変わりありません。専門職
としての介護福祉士には、利用者その人が人生の最後の時間まで、その人の人
生の主人公であることができるように、
「生活の支援」の視点をもつことが求め
られています。
2 DVDのあらすじと見どころ
■
第1部
◆プロローグ(ハルさんの横顔)
寺本ハルさん(88 歳)は、10 年前にご主人を亡くしました。現在は2つのデ
イサービスを各々週3回と週2回、訪問介護を週1回利用しながら、ひとり暮
135
らしを続けています。
介護保険の申請は5年前でした。
◆発端
ハルさんの家から少し離れたところに次男夫妻が住んでいます。ハルさんが
認知症を発症したのは、介護保険を申請する数年前、すなわち、夫と死別して
2∼3年後だったようです。「私の靴下を盗んだんじゃないの!?」。ところが、
介護福祉士でもある嫁の周江さんは、発症に気づきませんでした。
―なぜ気づかなかったのか。
周江さんは、当時の心の動きを振り返ります。そして夫の欽弥さんも、従来
からの性格の延長線上で母親の変化をとらえていたと言います。
◆迷路
現在は、次男夫妻がしばしばハルさんの家を訪ねますが、発症当時、家族は
幾度となく迷路に迷い込みました。
「嫁が物を盗った」とあたり構わずふれ回る
ハルさんに、周江さんは気持ちの余裕を失っていきます。
そして訪れる「空白の1年」。それがなぜ起こり、どのように解消したのか、
そこには想定外のドラマが潜んでいます。
◆受診
空白の1年の後、周江さんはハルさんの様子に違和感を抱くようになりまし
た。ひとり暮らしにも不自由がみられるようになり介護保険を申請。週1回訪
問介護を利用し、買い物などを手助けしてもらうことにしたのです。ところが
今度は、
「ヘルパーがドロボーをした」と言うようになりました。それから2年
後、次男夫妻はようやく受診にたどり着きます。そして診断。診断名を聞いた
時、周江さんは、「なぜかホッとした」と言うのです。
◆葛藤
介護保険のサービスに加え、次男夫妻の訪問などで在宅生活を続けるハルさ
136
んですが、認知症の進行とともにひとり暮らしに困難さが増してきます。そん
な中、
「ハルさんにとって何が最良の選択なのだろうか」と家族は葛藤を続けま
す。
「したいこと」と「できる」ことは食い違い、それを測る物差しも人それぞ
れで違います。
■
第2部
◆人生
寺本ハルさんは、大正 10 年に熊本県の天草で生まれました。漁師だった父
親と釣りに行ったこと、舟を漕いだこと、父親と母親の馴れ初めなどがハルさ
んの口から語られます。なかでも繰り返されるのは「祖母の記憶」です。その
記憶はハルさんの人生に大きな影響を与えているようです。
戦中、ハルさんは満州に渡ります。そこで生涯の伴侶となる正男さんと結婚
します。
戦争が終わり、満州から引き揚げてき正男さんとハルさんは、やがて大阪・
大正区に腰を落ち着けます。DVDには収録していませんが、ハルさんは「裸
一貫で暮らし始めました」と振り返っています。
やがて、自宅を建て子どもが生まれ、正男さんとハルさん夫妻と家族は、い
くつかの家族模様を残しながら時代を生き抜いていきます。次男の欽弥さんが
語る「両親の物語」は、見どころの一つです。同時に、ハルさんの人生観や価
値観も語られます。
◆思い
ハルさんは、今住んでいる大正区と故郷天草の風景をよく混同するのだとい
いす。天草は遠い故郷というだけではなく特別の場所。そこには「見果てぬ夢」
がありました。
老い、そして、認知症。ハルさんの心の中は時々乱れます。
ある日のエピソードから、ハルさんの心に押し寄せる「辛さ」に思いを馳せ
137
ていきます。
◆家族
家族として介護福祉士として、周江さんは、どのようにハルさんと向かい合
っているのでしょうか。噛みしめるように「気持ち」が語られます。「そうじ
ゃないと長くつきあえないと思う」。その言葉は大きな示唆に富んでいます。
そして、次男の欽弥さんは語ります。
「(いくつかの問題があるかもしれない
けど)それが、自分の生活の場なんですよね」
。
「生活の支援」の意味と深さを味わってください。
3 研修教材としての活用
■ 1 視聴後のグループ討議のテーマとして考えられること
①
ハルさん自身、日常生活の中で普段どのようなトラブルや不安があると思う
かを、話し合ってみてください。
②
見守る家族の側として、ハルさんの日常生活の中で、どのようなトラブルを
抱えているのか、またどのような点が一番の不安であると思うかを、話し合
ってみてください。
■ 2 視聴後の個人作業・グループ作業として考えられること
①
ハルさんやご家族の話に沿う形で、おおよその生活史(年表)を作成してみ
てください。また、そのハルさんが生きてきた時代に合わせて、その時代の
状況(例えば、戦時中、戦後復興期、高度経済成長期等)やトピックとなる
出来事(終戦、東京オリンピック、大阪万博、改元等)についても、わかる
範囲で整理してみてください。
138
②
映像の姿から日常的な生活行為(IADL、具体的には「買い物」
「食事作り」
「掃
除」「洗濯」「服薬管理」
「「片付け」等)において、ハルさん自身の「できるこ
と」と「できないこと」を想像して、整理してみてください。
③
再度、DVD を視聴して見て、ハルさんの思い、家族の思い等について話し合
ってみてください。
④
ハルさんの映像を見て、普段の自分自身の経験とも照らし合わせながら、認
知症を有する高齢者とコミュニケーションを図っていくうえで配慮すべきこ
となどについて、話し合ってみてください。
※これは撮影の裏話ですが、このDVD作成にあたってハルさんが一貫して協力
的だったわけではありません。事前取材では気持ちよく協力の了解がいただけ
ましたが、撮影当日に実際ビデオが回りだすと机に伏して拒否的となりました。
その後、お願いする形で話し合いを進めた結果、納得したうえで映像にあるよ
うなお話をしてくださいました。つまり、自然に見える会話にもかなりの配慮、
技術が含まれています。
139