Title 東京の石垣とシダ植物( fulltext ) Author(s

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Issue Date
東京の石垣とシダ植物( fulltext )
松倉, 愛; 犀川, 政稔
東京学芸大学紀要. 自然科学系, 59: 69-75
2007-09-00
URL
http://hdl.handle.net/2309/70836
Publisher
東京学芸大学紀要出版委員会
Rights
東京学芸大学紀要 自然科学系 59 pp.69 ~ 75,2007
東京の石垣とシダ植物
松倉 愛・犀川 政稔
環境科学 *
(2007 年 5 月 25 日受理)
MATSUKURA, A. and SAIKAWA, M.: Colonization of ferns on the stone walls in Tokyo. Bull. Tokyo Gakugei Univ. Natur. Sci., 59:
69-75 (2007)
ISSN 1880-4330
Abstract
Most of the stone walls in Tokyo are made of a number of natural stones piled up one by one, in which the narrow space between
stones is filled with concrete cement. However, plants can invade into the space as time passes. In the present study, 42 stone walls
were checked for colonization by vascular plants. The pH of soil in the narrow space and the canopy closure were checked at each
stone wall, as well as its size, angle against the ground level and facing direction. Of the 42 stone walls examined, 29 were situated
in the metropolitan area, where Pteris multifida and Cyrtomium fortunei in the Pteridophytes were the most abundant of the 60 plants
counted. On the other hand, stone walls in the suburbs were found to host many more plant species than those in the metropolitan
area, i.e., 82 species of plants were counted from 13 stone walls checked. Although the most abundant species were Athyrium
niponicum and P. multifida, again in the Pteridophytes, they were not as conspicuous in appearance as the two fern species found in the
metropolitan area.
Key words: Cyrtomium fortunei, Pteridophytes, Pteris multifida, stone wall, Tokyo
Department of Environmental Sciences, Tokyo Gakugei University, 4-1-1 Nukuikita-machi, Koganei-shi, Tokyo 184-8501, Japan
1.はじめに
である(Kinchin,1986)
。そこで私たちは今回東京の石
垣にはどのようなシダ植物が,他の植物に比べてどの程
石垣は石を急な傾斜地に積み重ねて作った人工構造
度生息しているかについて調査した。
物である。年月が経つとやがて石と石の隙間に植物が侵
2.材料と方法
入するが,東京の都心部ではその中でもシダ植物がよく
目立つ。Simmons(1974)によれば,イギリスWorcester
ではWeobley城 の 石 灰 岩 の 石 垣などにチャセンシダ
調査地域は東京の都心部(文京区小日向,中野区,文
(Asplenium trichomanes)
,イチョウシダ(Asplenium ruta-
京区御茶ノ水,品川区と台東区上野)と郊外(小金井市
muraria)
,Ceterach of ficinarum,コタニワタリ(Phyllitis
貫井南町と神奈川県横浜市港北区)の7か所で,調査し
scolopendrium)
,Polypodium vulgareとAsplenium adiantum-
た石垣数は42であった(表1)
。植生調査にあたっては
nigrumが生息するという。また,同じくイギリスのExeter
植物名をノートに記録するほか,名前のわからない植物
ではチャセンシダが石垣の石と石の隙間に生息するそう
は採取したり,写真に撮ったりした。石垣そのものにつ
* 東京学芸大学(184-8501 小金井市貫井北町 4-1-1)
- 69 -
東 京 学 芸 大 学 紀 要 自然科学系 第 59 集(2007)
3.結果
いても,石垣の面積,面している方角,材質,傾斜角,
それに空隙率を測定した。石と石のすき間の土壌は採取
して持ち帰り,pHも測定した。なお,調査対象とした植
石垣の植生調査は,都心部(東京都中野区,文京区,
物はシダ植物以上の維管束植物で,コケ植物は種の同
品川区,台東区)の29か所と郊外(東京都小金井市と神
定が困難なために除外した。調査期間は2006年7月から
奈川県横浜市)の13か所の計 42か所で実施した(表1)
。
2007年3月までであった。
各調査地域における調査は(1)石垣全体の撮影,
(2)
(1)都心部の石垣植生とシダ植物
空隙率を知るための全天写真の撮影,
(3)石垣の材質に
29か所の石垣のうち石を積み上げただけのものが12,
ついてのメモ,
(4)クリノメーター(手製)を使った石
石の隙間にセメントを流し込んだものが15,石ではなく
垣の傾斜角の計測,
(5)巻尺を使った石垣の面積の計
コンクリートブロックを用いたものが 2か所であった(表
測,
(6)磁石を使った石垣が面する方角の計測,
(7)pH
1)
。また,そのうちの3か所の石垣が東向き,他の3か
測定のための土壌の採取,および(8)名称不明な植物
所が西向き,13か所が東南東から西南西にかけての南よ
の採取,の手順で実施した。pHはTOA HM-30V(東亜
り,残る10か所の石垣が東北東から西北西にかけての
ディーケーケー,新宿区高田馬場)を用いて測定した。
北よりに面していた(表 2)
。
また,石垣の植生と比較する目的で,各石垣の近くの平
都心部の石垣で観察された植物は60 種で,それらは
地においても植物種の名前を記録した。
表 3に示してある。表 3には植物名と,それぞれの植物
空 隙 率 の 測 定 は 全 天 写 真 を 撮り,ソフトウエ ア
の生息が認められた石垣の番号(石垣番号)が示されて
CanopOn2(takenaka-akio.cool.ne.jp/etc/canopon2/index.
いる。たとえばイノモトソウ(Pteris multifida; 図1)の
html)を用いて算出した(図6)
。使用したカメラボディー
場合は,
(01)
(02)
(04)
(05)
(08)
(09)
(11)
(12)
(13)
はキャノン(東京都大田区下丸子)製のCanon EOS kiss
(14)
(15)
(17)
(19)
(20)
(21)
(22)
(23)
(25)
(26)
Digitalと同EOS 5Dである。これらのボディーにシグ
(27)
(28)
(29)というように石垣番号が長く連なってお
マ(神奈川県川崎市麻生区)製の魚眼レンズ(SIGMA
り,この種が調査した都心部の29か所の石垣のうち石垣
8 mm F3.5 DG CIRCULAR FISHEYE)を装着した。受
01から石垣29までの22か所で生息していたことがわか
光部が小さいEOS kiss Digitalのカメラボディーで撮影し
るようになっている。ヤブソテツ(Cyrtomium fortunei; 図
た場合,そのままでは全天写真とはならない。したがっ
2)の場合は13の石垣番号が連なっている(表 3)
。石垣
て,まず天頂が中心となるように1コマを撮り,次にカメ
近くの平地に生息する植物もチェックした(表 4)
。
ラを前方と後方に傾けて,それぞれ1コマを撮って1つ
都心部の石垣で確認された60 種のうちもっとも多く認
の写真に合成した。その際,画像編集用ソフトウエアの
められたのはイノモトソウで,ヤブソテツがそれに次い
PhotoShop CS2日本語版を使用した。 EOS 5Dを使用し
だ。いずれもシダ植物である。イノモトソウが認められ
た場合は無修正で全天写真となった。
た石垣はpH 5.07(石垣11)~ 8.65(石垣29)
,空隙率は
17.0(石垣08,22)~ 56.7%(石垣12)と幅が広く,イ
表1.調査地域,石垣の材質および調査した石垣の数
調査日
都心部
郊外
2006 年
9月 4日
10 月 21 日
10 月 21 日
10 月 21 日
11 月 24 日
2007 年
1 月 20 日
2006 年
7 月 21 日
7 月 29 日
8月 4日
8 月 23 日
調査地域
石垣の材質 *
NS NS+CS CB
茗 荷 谷
御茶ノ水
上 野
品 川
中 野
6
2
0
1
2
1
2
1
1
2
1
0
0
0
1
茗 荷 谷
1
8
0
小 金 井
小 金 井
小 金 井
横 浜
0
0
0
4
3
1
3
2
0
0
0
0
ノモトソウは石垣の高さ,幅,面する方角には無関係に
生息していた。確認されなかった7か所のうち6か所の
石垣数
石垣はイノモトソウが生息する値の範囲内であったが,
1か所だけはpHが 8.93と高い値を示した。
ヤブソテツは13か所の石垣で認められた。イノモト
ソウが認められなかった石垣(石垣10)以外の12か所
29
はイノモトソウが確認された石垣と同じ石垣であった。
すなわち石垣の環境はpH 5.07(石垣11)~ 8.33(石垣
14)
,空隙率は17.0(石垣08)~ 56.7%(石垣12)となっ
ており,イノモトソウの場合の範囲内であった。
ヤブソテツは石垣近くの平地ではまったく見られな
13
かったが(表 4)
,イノモトソウは石垣(石垣07)直下の
*NS,天然石; CB,コンクリートブロック; CS,セメント
平地で1.5 m2 ほどの広さに群生しているところが確認さ
れた。その群生地はプレハブ物置の北側の陰で,建設
用の砂利が捨てられていた。シダ植物はこの2 種のほか
- 70 -
松倉・犀川: 東京の石垣とシダ植物
表 2.都心部における調査地
石垣番号
(01)
(02)
(03)
(04)
(05)
(06)
(07)
(08)
(09)
(10)
(11)
(12)
(13)
(14)
(15)
(16)
(17)
(18)
(19)
(20)
(21)
(22)
(23)
(24)
(25)
(26)
(27)
(28)
(29)
日付
9月 4日
9月 4日
9月 4日
9月 4日
9月 4日
9月 4日
9月 4日
9月 4日
10月21日
10月21日
10月21日
10月21日
10月21日
10月21日
10月21日
11月24日
11月24日
11月24日
11月24日
11月24日
1月20日
1月20日
1月20日
1月20日
1月20日
1月20日
1月20日
1月20日
1月20日
材質*
NS
NS
NS
NS
NS
CB
NS
NS+CS
NS+CS
NS+CS
NS
NS
NS+CS
NS
NS+CS
NS+CS
NS
NS
CB
NS+CS
NS+CS
NS+CS
NS+CS
NS+CS
NS+CS
NS
NS+CS
NS+CS
NS+CS
pH
7.40
7.24
6.87
7.33
7.31
6.46
5.85
6.45
8.07
5.62
5.07
6.69
6.80
8.33
7.12
5.42
8.48
7.49
6.52
7.13
8.35
7.24
7.32
8.93
8.52
6.33
7.10
7.97
8.65
傾斜角(°)
90
78
72
72
70 ~ 72
90
90
78
82
78
80 ~ 84
35
80 ~ 84
90
79
80
90
75
90
72
82
80
65
90
85
90
80
80
80
幅(m)
10
7
3
7
7
5
5
5
15
10
10
2.2
10
5
8
4
5
10
3
10
10
2
6
10
5
10
5
4
7
高さ(m)
10.0
2.5
3.0
2.0 ~ 3.0
3.0
0.5 ~ 1.0
1.0 ~ 2.0
1.0
2.5
2.0 ~ 2.5
1.6
5.0
1.0 ~ 1.2
2.0
2.5
1.0
1.5
1.5
0.8
0.6
2.0
1.5 ~ 2.5
6.0
2.5
1.0 ~ 1.5
1.0
1.6
1.6
1.5
方角
東南東
南南西
南南東
西南西
東
南東
西南西
西北西
南南西
南東
北東
北北東
西
北
西南西
東北東
東
東
南東
南南西
南西
西
西北西
西
北北西
東南東
北北東
北東
北東
空隙率(%)
27.8
46.8
32.8
54.8
43.9
28.6
17.0
25.1
15.3
24.0
56.7
26.7
47.1
50.4
40.8
30.6
46.6
31.0
36.5
21.8
17.0
34.4
27.3
17.5
31.5
34.5
32.1
25.5
*NS,天然石; CB,コンクリートブロック; CS,セメント
にイヌワラビ(Athyrium niponicum; 図3)が 6か所の石垣
間の土壌はpH 5.83(石垣41)~ 7.78(石垣30)
,空隙率
に,トラノオシダ(Asplenium incisum; 図4)が同じく6か
は19.7(石垣34)~ 69.8%(石垣36)であった(表 5)
。
所に,ホウライシダ(Adiantum sp.; 図5)が 2か所に,ゲ
pHと空隙率の値はともに都心部の場合よりも狭い範囲
ジゲジシダ(Dryopteris decursive-pinnata)とベニシダ
内にあった。
(Dryopteris erythrosora)がそれぞれ1か所の石垣に確認
都心部では29の石垣で60 種が確認されたが(表 3)
,
された(表 3)
。これらのうちトラノオシダは北東に向い
郊外では石垣あたりの植物種数が多く,13の石垣で82
た石垣(石垣11)ではスダジイ(高さ15 m)の樹下(空
種もカウントされた(表 6)
。
隙率,24%)で優占的に群生していた(表 2)
。
都心部と同じく郊外でもシダ植物(イヌワラビとイノ
これらのシダ植物のほかに都心の石垣でしばしば確認
モトソウ)が上位の1,2位を占めたが,それらの存在
された植物はカタバミ(Oxalis corniculata)
,オニタビラコ
が石垣の上でとくに目立っているわけではなかった。イ
(Youngia japonica)
,ハルジオン(Erigeron philadelphicus)
ヌワラビとイノモトソウはそれぞれ 9か所と8か所の石
とムラサキカタバミ(Oxalis corymbosa)であった(表 3)
。
垣で認められ,これら以外のシダ植物はヤブソテツが5
か所の石垣で,オオバノイノモトソウ(Pteris cretica)
,
(2)郊外の石垣植生とシダ植物
カ ニ ク サ(Lygodium japonicum)
, ス ギ ナ(Equisetum
東京の郊外でチェックしたのは東京都小金井市貫井南
arvense)
,トラノオシダとホウライシダが 2か所で,オ
町の7か所と神奈川県横浜市の6か所の計13か所の石垣
ウ レ ン シ ダ(Dennstaedtia wilfordii)
,ゲ ジ ゲ ジ シ ダ,
であった。うち石を積み上げただけのものが 4,石の隙
ゼンマイ(Osmunda lancea)
,ノキシノブ(Polypodium
間にコンクリートを流し込んだものが 9であった(表1)
。
thunbergianum)
,ミゾシダ(Dryopteris africana)とミツ
石垣が面する方向については,東向きが1(石垣41)
,西
デウラボシ(Polypodium hastatum)が各1か所の石垣で
向きが1(石垣31)
,南東から西南西にかけての南(石垣
カウントされた(表 6)
。これらのうちイヌワラビ,カニク
30,32,35)または南よりが 9,北(石垣39)および北北
サ,スギナとベニシダは石垣近くの平地においても確認
東(石垣36)が各1であった(表 5)
。また,石と石の隙
されたが(表 7)
,とくにイヌワラビは複数のか所で認め
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 自然科学系 第 59 集(2007)
表 3.都心部の石垣で認められた植物
植物
アオスゲ
アカメガシワ
アキノキリンソウ
アズマネザサ
アメリカセンダングサ
アレチギシギシ
イイギリ
イヌビワ
イヌホオヅキ
イヌワラビ
イノコズチ
イノモトソウ
エノキグサ
エノコログサ
オオアレチノギク
オオイヌノフグリ
オシロイバナ
オニタビラコ
オランダミミナグサ
カタバミ
カラスウリ
キュウリグサ
クコ
クサギ
クサノオウ
クワ
ゲジゲジシダ
ケヤキ
コニシキソウ
コミカンソウ
サツキ
スベリヒユ
セイヨウタンポポ
チチコグサモドキ
ツタ
ツユクサ
ドクダミ
トラノオシダ
トランデスカンティア
ニラ
ネズミモチ
ノブドウ
ハコベ
ハゼラン
ハルジオン
ハルノノゲシ
ヒメムカシヨモギ
ビヨウヤナギ
ヘクソカズラ
ベニシダ
ホウライシダ
ホトケノザ
ミズヒキ
ムクノキ
ムラサキカタバミ
メヒシバ
ヤブソテツ
ヤマグワ
ヨモギ
ワルナスビ
確認された石垣(数字は石垣番号)
(10)
(13)
(18)
(04)
(14)
(07)
(15)
(10)
(18)
(08)
(10)
(09)
(04)
(08)
(10)
(12)
(15)
(20)
(09)
(01)
(02)
(04)
(05)
(08)
(09)
(11)
(12)
(13)
(14)
(15)
(17)
(19)
(20)
(21)
(22)
(23)
(25)
(26)
(27)
(28)
(29)
(04)
(04)
(15)
(23)
(04)
(09)
(01)
(02)
(03)
(05)
(12)
(13)
(15)
(18)
(20)
(23)
(26)
(24)
(26)
(02)
(04)
(07)
(09)
(10)
(12)
(16)
(18)
(21)
(22)
(26)
(27)
(13)
(26)
(09)
(08)
(04)
(09)
(10)
(11)
(18)
(13)
(04)
(14)
(18)
(04)
(12)
(20)
(21)
(15)
(18)
(20)
(08)
(15)
(15)
(15)
(19)
(05)
(08)
(10)
(11)
(13)
(27)
(16)
(18)
(10)
(18)
(03)
(21)
(05)
(02)
(04)
(05)
(09)
(15)
(18)
(20)
(02)
(24)
(29)
(02)
(08)
(09)
(12)
(13)
(18)
(08)
(10)
(13)
(08)
(06)
(29)
(09)
(09)
(10)
(01)
(05)
(11)
(13)
(14)
(16)
(20)
(02)
(01)
(05)
(08)
(10)
(11)
(12)
(13)
(14)
(15)
(25)
(27)
(28)
(29)
(08)
(09)
(08)
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松倉・犀川: 東京の石垣とシダ植物
られた。
物を調査した。その結果彼は石垣とレンガ壁の隙間に6
郊外の石垣でこれらのシダ植物のほかにしばしば確認
種のシダ植物を認めたが,石垣の石が石灰岩であること,
された植物はカタバミ,オニタビラコ,ハルジオンとセ
また,レンガ壁の隙間にはモルタルが流し込まれている
イヨウタンポポ(Taraxacum officinale)
,それにチチコグ
ことから6 種とも石灰岩を好む種であると考えた。6 種の
サモドキ(Gnaphalium purpureum)
,ツタ(Parthenocissus
うち,チャセンシダとイチョウシダとAsplenium adiantum-
tricuspidata)とドクダミ(Houttuynia cordata)であった
nigrumの3 種がチャセンシダ属であったが(Simmons,
(表 6)
。
1974)
,東京の都心部でも同じ属のトラノオシダが,調
査した29石垣中6か所で確認された。しかし,都心部で
表 4.都心部の石垣近くの平地で認められた植物
アオスゲ
アカメガシワ
アキノノゲシ
アシボソ
アズマネザサ
アメリカセンダングサ
イイギリ
イヌタデ
イヌビワ
イヌホオヅキ
イノコズチ
イノモトソウ
ウツギ
エノキ
エノコログサ
オオアレチノギク
オオバコ
オシロイバナ
オニタビラコ
オランダミミナグサ
カタバミ
カラスノエンドウ
キヅタ
キツネノマゴ
キュウリグサ
クチナシ
クワ
クワクサ
コナスビ
シロザ
セイタカアワダチソウ
セイヨウタンポポ
タケニグサ
タチツボスミレ
タネツケバナ
チチコグサモドキ
チドメグサ
ツタ
ツメクサ
ツユクサ
はトラノオシダよりもイノモトソウが最も高い頻度,す
ドクダミ
トラデスカンティア
ニラ
ネジキ
ネズミモチ
ハコベ
ハルジオン
ハルノノゲシ
ヒメムカシヨモギ
ヘクソカズラ
ホトケノザ
ミズキ
ミズヒキ
ムクノキ
ムラサキカタバミ
メヒシバ
ヤブガラシ
ヤブミョウガ
ヨウシュヤマゴボウ
なわち29石垣中22か所の石垣で出現し,ついでヤブソ
テツが合計13の石垣で確認された(表 3)
。東京の石垣
はコンクリートブロックを積み上げたものをのぞけば,
石は石灰岩ではないが,ほとんどの場合,石と石の間に
セメントが流し込まれているので,東京における石垣の
シダ植物も石灰岩を好む植物と思われた。しかし,石垣
の隙間の土壌のpHを測ったところ,どこもほぼ中性から
弱アルカリ性で,中には酸性を示す石垣(石垣11)もあ
り,そこにはトラノオシダも生息していた。よって,東
京の都心部に生息するこれらのシダ植物はとくに好アル
カリ性というわけではないことがわかった。シダ植物は
小さくて軽い胞子で繁殖するし,いったん隙間に定着す
ると地下茎が太くなって除去しにくいので石垣に生育し
やすいものと思われる。イノモトソウは植物図鑑にも「人
家の側,石垣の間,土塀の下,崖面などにふつうにはえ
4.考察
る」という説明がある(牧野,1974)
。
東京の郊外では,石垣あたりの植物数が都心部よりも
石垣は人工構造物であり,そこに生活する植物もし
多く,13か所の石垣に82 種が確認された。この場合も
ばしば草取りによって取り除かれる。そのためか,その
種数が多く確認されたのはシダ植物で,調査した13の石
植生に関する研究は少なく,私たちが調べたところで
垣中イヌワラビが 9か所の,また,イノモトソウが 8か所
はイギリスに2 例があるのみであった(Simmons,1974;
の石垣に認められた。イヌワラビは平地にふつうに生育
Kinchin,1986)
。SimmonsはWorcesterにおいて石垣とレ
する植物なので,これもアルカリ性を好んで石垣に生息
ンガ壁に生息する地衣類,蘚類,苔類,シダ類と被子植
するわけではないものと思われる。
表 5.郊外における調査地
石垣番号
(30)
(31)
(32)
(33)
(34)
(35)
(36)
(37)
(38)
(39)
(40)
(41)
(42)
日付
7 月 21 日
7 月 21 日
7 月 21 日
7 月 29 日
8月 4日
8月 4日
8月 4日
8 月 23 日
8 月 23 日
8 月 23 日
8 月 23 日
8 月 23 日
8 月 23 日
材質 *
NS+CS
NS+CS
NS+CS
NS+CS
NS+CS
NS+CS
NS+CS
NS
NS+CS
NS
NS+CS
NS
NS
pH
7.78
6.52
6.07
6.77
6.24
7.00
7.37
6.95
6.90
6.89
6.91
5.83
7.65
傾斜角(°)
83
83
90
70 ~ 80
80 ~ 84
77
60
75
75 ~ 78
70 ~ 72
78
78
65
幅(m)
10
8
8
10
8
10
10
10
10
10
8
10
10
高さ(m)
1.0 ~ 1.8
1.0 ~ 1.2
0.4
1.4 ~ 1.6
1.3 ~ 1.6
0.5 ~ 2.5
1.3
1.4 ~ 2.0
1.7 ~ 2.0
3.0 ~ 3.5
1.6
2.0
4.0
方角
南
西
南
西南西
南南東
南
北北東
西南西
西南西
北
南南東
東
南東
空隙率(%)
31.3
24.1
58.5
35.7
19.7
45.6
69.8
48.3
36.7
37.1
46.3
51.8
32.0
*NS,天然石; CS,セメント
- 73 -
東 京 学 芸 大 学 紀 要 自然科学系 第 59 集(2007)
表 6.郊外の石垣で認められた植物
植物名
アオスゲ
アカメガシワ
アズマネザサ
アメリカセンダングサ
アレチノギク
イヌコリヤナギ
イヌワラビ
イノコズチ
イノモトソウ
エイザンスミレ
エノキグサ
エノコログサ
オオアレチノギク
オオイヌノフグリ
オオバノイノモトソウ
オオレンシダ
オニタビラコ
オヒシバ
カタバミ
カニクサ
カラスウリ
カラムシ
キクイモ
ギシギシ
クサノオウ
クワ
クワクサ
ゲジゲジシダ
コウヤボウキ
コケオトギリ
コナスビ
コニシキソウ
コブナグサ
コムラサキ
シソ
シャガ
スギ
スギナ
ススキ
スミレ
セイタカアワダチソウ
確認された石垣(数字は石垣番号)
(35)
(40)
(33)
(40)
(41)
(36)
(42)
(36)
(36)
(32)
(33)
(35)
(36)
(37)
(38)
(39)
(41)
(42)
(41)
(30)
(32)
(33)
(34)
(35)
(38)
(41)
(42)
(34)
(35)
(40)
(42)
(33)
(42)
(33)
(36)
(30)
(32)
(42)
(33)
(37)
(38)
(39)
(41)
(42)
(42)
(34)
(35)
(36)
(37)
(39)
(41)
(37)
(38)
(32)
(35)
(41)
(41)
(34)
(40)
(42)
(42)
(40)
(33)
(38)
(33)
(35)
(37)
(42)
(38)
(39)
(30)
(32)
(33)
(33)
(37)
(37)
(36)
(36)
(42)
植物名
セイヨウタンポポ
ゼンマイ
タチカタバミ
タチシノブ
タチツボスミレ
タチバナモドキ
タツナミソウ
タデ科 sp.
チチコグサモドキ
チヂミザサ
チドメグサ
ツタ
ツボスミレ
ツルウメモドキ
ドクダミ
トラノオシダ
ニョイスミレ
ノキシノブ
ノコンギク
ノブドウ
ノミノフスマ
ハハコグサ
ハルジオン
ハルノノゲシ
ヒトリシズカ
ヒメジョオン
ヒメムカシヨモギ
ヘクソカズラ
ホウライシダ
ミズヒキ
ミゾシダ
ミツデウラボシ
ムラサキカタバミ
メヒシバ
ヤエムグラ
ヤブガラシ
ヤブソテツ
ヤマノイモ
ユウガギク
ランタナ
ワルナスビ
表 7.郊外の石垣近くの平地で認められた植物
アシボソ
アズマネザサ
アヤメ
イタチシダ
イヌワラビ
イネ科 sp.
イノコズチ
エノキグサ
エノコログサ
オニタビラコ
カタバミ
カニクサ
カラスウリ
カラスビシャク
キク
キヅタ
ケヤキ
ゲンノショウコ
コウゾリナ
コニシキソウ
コブナグサ
コムラサキ
ゴンズイ
シソ
ジャノヒゲ
ジュウニヒトエ
ジュズダマ
シロツメクサ
スギナ
セイタカアワダチソウ
セイヨウタンポポ
セキショウ
タチツボスミレ
タネツケバナ
チチコグサモドキ
チヂミザサ
チドメグサ
ツタ
ツユクサ
ツルヒメソバ
ドクウツギ
ドクダミ
ナンテン
ニョイスミレ
ハルジオン
ハルノノゲシ
ヒオウギズイセン
ヒメムカシヨモギ
ヘクソカズラ
ベニシダ
ホソバマンネングサ
マルバドコロ
ミズヒキ
メヒシバ
ヤツデ
ヤブガラシ
ヤブカンゾウ
ヤブマメ
ヤブラン
ヤマノイモ
ユウガギク
ヨメナ
ワレモコウ
確認された石垣(数字は石垣番号)
(35)
(36)
(37)
(38)
(39)
(39)
(36)
(42)
(33)
(34)
(35)
(41)
(35)
(38)
(34)
(34)
(33)
(37)
(39)
(41)
(42)
(40)
(41)
(30)
(35)
(38)
(40)
(41)
(41)
(36)
(33)
(36)
(37)
(39)
(42)
(38)
(41)
(30)
(31)
(36)
(39)
(33)
(37)
(42)
(33)
(35)
(38)
(39)
(40)
(42)
(32)
(37)
(40)
(41)
(30)
(40)
(41)
(42)
(40)
(42)
(30)
(32)
(37)
(41)
(35)
(38)
(38)
(32)
(39)
(38)
(40)
(41)
(36)
(37)
(40)
(42)
(33)
(42)
(32)
(36)
(38)
(39)
(41)
(36)
(41)
(40)
(40)
(37)
(39)
5.おわりに
石垣の植生調査は,都心部(東京都中野区,文京区,
品川区,台東区)の29か所と郊外(東京都小金井市と
神奈川県横浜市)の13か所の,計 42か所の石垣で実施
した(表1)
。その結果,都心部の29か所の石垣では60
種の植物が認められ,そのうちの7 種がシダ植物であっ
た。すなわち,イノモトソウ,ヤブソテツ,イヌワラビ,
トラノオシダ,ホウライシダ,ゲジゲジシダとベニシダ
である。とくにイノモトソウとヤブソテツは60 種中の1
位と2 位の出現頻度を示し,大多数の石垣に目立って生
育していた。一方東京の郊外では,13か所の石垣に82
種の植物が認められ,そのうちの14 種がシダ植物であっ
た。すなわち,イヌワラビ,イノモトソウ,ヤブソテツ,
オオバノイノモトソウ,カニクサ,スギナ,トラノオシ
- 74 -
松倉・犀川: 東京の石垣とシダ植物
引用文献
ダ,ホウライシダ,オウレンシダ,ゲジゲジシダ,ゼン
マイ,ノキシノブ,ミゾシダとミツデウラボシである。
これらのうちのイヌワラビとイノモトソウの出現回数は
牧野富太郎.1974.牧野新日本植物図鑑.北隆館.
82 種中1位と2 位であったが,これらのシダ植物の2 種
Kinchin, I. M. 1986. Mural ecology: an interesting
は都心のイノモトソウとヤブソテツの場合とは異なって
alternative or a useful adjunct. School Science Review
他の植物よりとくに目立つということはなかった。また,
67:480-487.
これらのシダ植物はイギリスの石垣に生じるシダ植物と
Simmons, G. E. 1974. Looking at walls. Nat. Sci. Sch.
は異なり,酸性の石垣にも生じることがわかった。
12(3)
:66-75.
図1 イノモトソウ(Pteris multifida)
。成葉は胞子をつくらない幼葉と著しい形態的な違いがあるが,両者とも羽片と
羽片との間の主軸に翼がある。
図 2 ヤブソテツ(Cyrtomium fortunei)
。この属はテリハヤブソテツやオニヤブソテツなど近縁種との区別がむずかし
い。本研究ではこれらを含めヤブソテツとした。
図3 イヌワラビ(Athyrium niponicum)
。人間が生活するところにもっともふつうに生息するシダである。
図4 トラノオシダ(Asplenium incisa)
。この種は1回あるいは2回羽状複葉の細い葉をもっているが,図示したもの
は前者である。
図5 ホウライシダ(Adiantum sp.)
。この属は園芸品種などがあって種の同定が難しい。本研究ではすべてを含めてホ
ウライシダとした。
図6 加工した全天写真をCanopOn 2に取り込んだ一例。この石垣(石垣 31)における空隙率が 24.1%であることを
示している。なお,黄色い曲線は黄道を示しており,撮影日のこの場所における日照時間は171分である。
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