開口の少ない区画火災の燃焼率に関する模型実験手法の検証

大成建設技術センター報 第 45 号(2012)
開口の少ない区画火災の燃焼率に関する模型実験手法の検証
実規模実験と縮小模型実験の比較
中村 正寿*1・道越 真太郎*1・長谷見 雄二*2
Keywords : full-scale test, compartment fire, combustion efficiency, scale law
実規模実験,区画火災,燃焼率,相似則
1.
はじめに
筆者らは,可燃物量に対して開口の少ない室におけ
る火災について模型実験を行い,開口形状や火源位置
などの火災室の幾何学的条件の違いが燃焼率に影響す
ること及びそれまで定量的手法が無かった燃焼率の推
定に縮小模型実験が有効であること(燃焼率に関する
相似則)を確認した
1)
。これにより,コア回りの居
室・倉庫等の開口の少ない室について燃焼率を考慮し
た合理的な耐火設計の見通しが得られた。
しかし,当該実験は,実規模より小さい 1.2×1.8×
1.2m3 と 0.6×0.9×0.6m3 の区画模型を用いた,模型縮
尺 1/2 での検討であった。実験空間,安全および経済
写真-1 実規模区画(右)および実験装置(左)
Photo 1 Picture of experimental compartment ( right )
and apparatus ( left )
上の制約により実施が容易な実験の大きさには制限が
あるので,実規模火災を対象とする場合には模型縮尺
がより小さくなることが予想される。模型規模が大き
2.
実験方法
く異なる実験を比較して,模型縮尺が小さいときにお
けるスケール効果の有無を検討する必要がある。また, 2.1
実験概要
縮小模型実験により推定した燃焼率に基づいて耐火設
実規模実験と縮小模型実験との違いや燃焼率へのス
計を行うならば,その検討結果は建物の安全性に直接
ケール効果の有無を確認するために,本実験では,写
影響するし,そもそも火災は複雑な現象であるから,
真-1 と図-1 に示すような実規模の火災区画(以降「実
実規模での燃焼率を実測し縮小模型実験における結果
規模区画」)を製作した。表-1 に示すように,開口形状
と比較しておくことは大切である。
を変えて 2 回の実験(F-1,F-2)を行い,同表に示し
そこで本研究では,開口の少ない実規模の区画火災
の燃焼率を縮小模型実験で推定できるか確認すること
を目的として,実規模の区画火災実験を行い,縮小模
型実験
1)
との比較により,実規模火災と縮小模型実験
た既報 1)の縮小模型実験(M,S)と比較した。
2.2 相似則
フルード数の保存などから導かれた相似則 2) 3)から延
長して得た,式(1)(2)で表される実効発熱速度と燃焼率
の相違点や燃焼率に関するスケール効果の有無を検討
に関する相似則
した。
を検討する。
1)
に対するスケール効果の影響の有無

実効発熱速度: L2.5 Q eff  L2.5 Q eff
*1
*2
技術センター 建築技術研究所 防災研究室
早稲田大学
燃焼率
41-1
 Q nom

: Q eff Q nom  Q eff
(1)
(2)
大成建設技術センター報 第 45 号(2012)
なお本報では,可燃物(燃料)が完全燃焼した場合の
発熱速度を公称発熱速度( Q ),実際の発熱速度を実
nom
効発熱速度( Q eff )と呼ぶ。燃焼率は,公称発熱速度
に対する実効発熱速度の割合( Q Q )とする。式
eff
nom
(1)(2)では代表寸法を L で表し,縮小模型の物性値に
「’」を添えた。
2.3
実験条件
表-1 に本実験(F-1,F-2)の条件と計測結果の概要
を示す。同表には,本実験の比較対象となる既報
1)
の
実験概要も記載した。本実験で用いた実規模区画の内
部の大きさは,ISO9705 ルームコーナー試験装置と同
じであり,既報
1)
の区画模型とも幾何学的に相似であ
1)
る。既報 の区画模型は実規模区画の 1/2 及び 1/4 で,
本論ではそれぞれ中規模模型,小規模模型と呼ぶ。ま
Fig.1
図-1 実規模区画の概要
Diagram of full-scale compartment
た,各実験を,区画(模型)の大きさに合わせて,F,
M 及び S から始まる記号で表す。
となるが,既報
1)
ではこれと同じ開口条件の実験は行
本実験では,開口形状を変えて2条件で燃焼率を計
っていない。そこで,条件の近い実験として M-2-1,
測した。実験 F-1 は開口形状を幅 516mm,高さ 516mm
M-2-2,S-2-1 及び S-2-2 と F-2 を比較することとした。
とした。実験 F-2 は開口形状を幅 73mm,高さ 1900mm
開口の縦横比(縦/横)は M-2-1, S-2-1 > F-2 > M-2-2,
とした。F-1 と F-2 とで開口因子は同じである。それぞ
S-2-2 であり,F-2 はこれらのうちで中間の開口形状と
れの実験で当量比 0.75 及び 1.0 における燃焼率を計測
なる。また,縮尺を同じにすれば,これらの開口因子
した。なお当量比は,開口因子から算定される区画内
は一致する。
への流入空気量のすべてが燃焼に寄与した場合の発熱
速度( Q =1500AH0.5[kW], AH0.5:開口因子[m2.5], A:
2.4
開口面積[m2], H:開口丈[m])に対する公称発熱速度の
割合( Q
Q )として計算した。
枠に,図-1 のように内部の大きさがルームコーナー試
実験 F-1 は,実験 M-1 及び S-1 と幾何学的に相似で
に,鉄板(厚さ 0.6mm),けい酸カルシウム板(20,
ある。実験 F-2 の開口を中・小規模模型の縮尺にする
24mm)の順で留め付けて壁,床および天井を構成した
max
nom
max
実験区画
実規模区画は,角型鋼管および軽量鉄骨でできた外
験装置と同じ 2400mm×3600mm×2400mm となるよう
と,幅 36.5mm 高さ 950mm,幅 18.25mm 高さ 475mm
表-1 実験条件および計測結果の概要
Table 1 Summary of experimental conditions and results
実験名称
間口
[mm]
区画寸法
奥行
[mm]
高さ
[mm]
開口寸法
幅
丈
[mm]
[mm]
F-1
2400
3600
2400
516
516
F-2
2400
3600
2400
73
1900
M-1
1200
1800
1200
258
258
M-2-1
1200
1800
1200
26
1200
M-2-2
1200
1800
1200
91
516
S-1
600
900
600
129
129
S-2-1
600
900
600
13
600
S-2-2
600
900
600
46
258
41-2
註 F-1,F-2 以外の実験の詳細
は文献 1 を参照のこと
公称
開口因子 発熱速度
Q nom [kW]
[m2.5]
216
0.19
288
216
0.19
288
38.1
0.03
50.9
38.1
0.03
50.9
38.1
0.03
50.9
6.8
0.01
9.0
6.7
0.01
9.0
6.7
0.01
9.0
当量比
燃焼率
Q nom Q max
Q eff Q nom
0.75
1.00
0.75
1.00
0.75
1.00
0.74
0.99
0.75
1.01
0.75
1.00
0.74
1.00
0.75
1.00
0.92
0.78
0.89
0.90
0.96
0.81
0.95
0.93
0.96
0.90
0.89
0.77
0.95
0.91
0.91
0.89
大成建設技術センター報 第 45 号(2012)
ものである。これらの構成材料の目地からの空気や既
せ当量比を 0.75 から 1.0 にすると,公称発熱速度から
燃ガスの流入出を防ぐために,区画の外側から鉄板の
の実効発熱速度の低下量が顕著となった。一方,実験
目地を塞ぐようにアルミテープを貼った。天井のけい
F-2 では,公称発熱速度と実効発熱速度の差に実験 F-1
酸カルシウム板の落下防止のために,厚さ 6mm のセラ
ほどの変化はなかった(図-3)。
ミックファイバーブランケットで表面を保護した。ま
実験 F-1 の燃焼率は,幾何学的相似が保たれた縮小
た,実験 F-2 では,開口を設けた壁を除く床と壁にも
模型実験である M-1(縮尺 1/2)と S-1(縮尺 1/4)の
同様の保護を施した。火源として,プロパンガスを燃
計測方法
400
流出する既燃ガス(燃焼反応後のガス)を集煙フード
で収集した。集煙フードの排気ダクト内を通過する既
燃ガスの流量と濃度から酸素消費法
4)
によって以下の
ように実効発熱速度を計測した。

1 X  X  X 
E E
 m
Q eff   EX Oo 2 
X CO  o
 EX O2  CO
1  X O2  X CO2  X CO 
2

 29
o
O2
o
CO2
m o 


o
CO
m e
1  (  1)


O2

 X CO2  X CO X

o
O2
300
600
200
400
100
200
0
0
1200
1800
2400
時間(s)
図-2 発熱速度および区画内平均温度(F-1)
Fig.2 Heat relese rate and average temperature in the compartment
during test F-1
0
(4)
o
o
X Oo2 1  X CO2  X CO  X O2 1  X CO
 X CO
2
1  X
(3)
発熱速度(kW)
本実験では,写真-1 のように実規模区画の開口から
(5)
600
400
800
ECO:CO が CO2 となる時の単位酸素消費量当りの発熱量 566kJ/mol。
m o :計測系に流入する空気量(g/s)
300
600
200
400
100
200
X i :排煙ダクト内を通過するガス中の化学種 i の濃度分析値
X io :計測系に流入する空気中の化学種 i の濃度分析値
 :Chemical expansion factor4)。周囲空気の酸素濃度を 20.95%
として,プロパンで 1.0838 とした。
 :計測系に流入した酸素が消費される割合 4)
公称発熱速度は,質量流量計で計測したプロパンガ
スの流量に単位質量当りの発熱量を掛けた値とした。
実規模区画内部の 12 点に熱電対を図-1 に示すように
設置し区画内部温度を計測した。
3.
実験結果と考察
発熱速度(kW)
E :単位酸素消費量当りの発熱量。プロパンは 409.6kJ/mol。
0
0
0
600
1200
1800
2400
時間(s)
図-3 発熱速度および区画内平均温度(F-2)
Fig.3 Heat relese rate and average temperature in the compartment
during test F-2
1.00
F-1
M-1
S-1
0.95
実験 F-1 の発熱速度の計測結果を図-2 に,実験 F-2
の結果を図-3 に示す。実験 F-1 と実験 F-2 の燃焼率と
中・小規模模型との比較を図-4 及び図-5 に示す。なお,
図-2 と図-3 の 1200~1800 秒の間で実効発熱速度が 0
0.90
0.85
0.80
となっているのは,計測値を補正する基準データを得
0.75
るために,既燃ガスの計測を中断して,実験場周囲の
0.70
空気の濃度を計測したからである。また,これらの図
中の○で示した実効発熱速度計測値を用いて,表-1,
図-4 及び図-5 に示した燃焼率を計算した。
実験 F-1 では,図-2 のように公称発熱速度を増加さ
41-3
区画内平均温度(℃)
2.5
区画内平均温度(℃)
実効発熱速度
公称発熱速度
区画内平均温度
800
料とするバーナーを床面中央に設置した。
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
図-4 実規模実験 F-1 と縮小模型実験の燃焼率の比較
Fig.4 Comparison of measured combustion efficiency
between reduced-scale tests and full-scale test F-1
大成建設技術センター報 第 45 号(2012)
中間となった。特に当量比 1.0 ではこの 3 実験での燃
焼率の差は 0.04 であり良く一致したと言える(図-4)。
実験 F-2 の燃焼率は,開口条件が近い M-2-1,M-2-2,
0.95
S-2-1 及び S-2-2 と当量比 1.0 では概ね一致した。これ
0.90
らの結果から,当量比 1.0 の火災を対象とした場合に
0.85
は,式(1)(2)の燃焼率に関する相似則は,模型縮尺が
0.80
1/4 以上であればスケール効果を気にする必要はなく,
実火災の燃焼率を推定できると考えて良い。また,本
実験のような開口の少ない火災では,大体の場合,可
F-2
M-2-1
S-2-1
1.00
F-2
M-2-2
S-2-2
0.75
0.70
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
燃物量の割に流入空気量が少なく当量比は 1.0 以上と
予想されることから,本実験手法は実務上有効である
と言える。
一方,当量比 0.75 については,図-4 と図-5 の通り,
図-5 実規模実験 F-2 と縮小模型実験の燃焼率の比較
Fig.5 Comparison of measured combustion efficiency
between reduced-scale tests and full-scale test F-2
燃焼率がそれほど低下していない割に縮尺の違いによ
謝辞
るばらつきが大きい。この原因は,当量比 0.75 は,燃
料支配型火災から換気支配型火災への過渡期であるた
めに,縮尺が異なると火災性状が一致しづらかったた
めと考えられる。既報 1)と同様に,当量比 0.75 に対し
本実験の実施に際し,国土交通省国土技術政策総合研究所
の鍵屋浩司氏から計測方法についてご助言を頂きました。こ
こに感謝の意を表します。
ては本相似則の適用は難しいと判断される。
参考文献
4.
まとめ
開口の少ない実規模の区画火災の燃焼率を縮小模型
実験によって推定できることを確認するために,実規
模区画で実験を行い,縮尺が 1/2,1/4 の縮小模型実験
と結果を比較した。当量比 1.0 では,実規模実験と縮
小模型実験の燃焼率は良く一致した。このことから,
開口の少ない火災については実務上重要である当量比
1.0 において,模型縮尺が 1/4 以上であれば,燃焼率の
相似則は成立し,実火災の燃焼率を縮小模型実験で推
定できることが確認された。
コア回りの居室・倉庫等の開口の少ない室について
は,本実験手法によって推定した燃焼率を用いること
で火災室温度の予測精度が向上し,より合理的な耐火
設計が可能となる。今のところ,検討対象毎に幾何学
的相似模型が必要であるが,実務適用を通して実験デ
ータの蓄積と分析を行うことで,模型の緩和条件や燃
焼率の簡易予測式を検討する予定である。
41-4
1) 中村正寿,道越真太郎,坂本成弘,長谷見雄二:模型実
験による燃焼率の推定 開口の少ない区画火災の燃焼率
と火災温度,大成建設技術センター報,Vol.44,41,pp.16,2011.
2) Heskestad, G. : Physical Modeling of Fire, J. Fire and
Flammability, Vlo.6, pp.253-273, 1975.7.
3) 斉藤孝三, 江守一郎 : 鉄道車両火災の模型実験と相似則,
日本機械学会論文集(B 編), 46 巻 407 号, pp.1348-1354,
1980.7.
4) Parker, W.J. : Calculations of The Heat Release Rate by Oxygen
Consumption for Various Applications, J. Fire Sciences, Vol.2,
pp.380-395, September/October, 1984.