有機化学自習課題 1 1. 形式電荷とローンペア(1):形式電荷の計算 形式電荷は、分子中の原子それぞれについて与えられる数値で、その原子が「所有」して いる電子数が本来の価電子数といくつ違っているかを示す値です。 (共有結合に使われている 電子は、結合している原子が1つずつ「所有」していると考えます。) 形式電荷は次の式で計算します。 形式電荷=価電子数 – ローンペア数!2 – 共有結合数 形式電荷には次の性質があります。 (1) 形式電荷は一般的には –1 +1 の範囲で、0 であることが一番多い。 (2) 分子中の形式電荷の総和は、その分子が持っている電荷に等しい。 形式電荷を持つ原子は、原子の右上に + または – の符号をつけます。目立つように + 、– の ように符号を○で囲むこともありますが、必須ではありません。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 例1:次の構造式に形式電荷をつけなさい。 考え方: H 原子はすべて、価電子が1で共有結合が1つあり、ローンペアはありませんから、形式 電荷は 1 – 0 2 – 1 = 0 となります。 O 原子は価電子が6で、共有結合が3つ、ローンペアが1つありますから、形式電荷は 6 – 1 2 – 3 = 1 となります。従って、形式電荷は+1 です。 答え: −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 問1.次の構造式に形式電荷をつけなさい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 同じ原子が同じように結合していても、ローンペアの位置・数が異なると、電子配置が異 なりますので、形式電荷が違ってくることがあります。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 問2.次の構造式に形式電荷をつけなさい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 左の2つの分子は、異なる分子です。分子が持っている電子の数が違うからです。一方、 右の2つの分子は、電子の配置が異なるだけで、原子核の配置と電子の数は同じです。従っ て、これらは同じ分子を2通りの異なる方法で書き表したものと言えます。このように、同 じ分子で電子配置のみが異なる構造のことを「共鳴構造」と言います。 http://wwwro.meijo-u.ac.jp/labs/ro001/education/index_orgchem.html 2 有機化学自習課題 2. 形式電荷とローンペア(2):ローンペアを見つける 前ページの問題では、ローンペアはすべて構造式に書き込まれていました。しかし、実際 の化学反応を考える時には、分子の総電荷または各原子の形式電荷だけが書いてあることが 多いため、ローンペアを自分で見つけなくてはなりません。まず、形式電荷がわかっている 構造式について、ローンペアを見つける練習をしましょう。 前ページの式から、次の式が導かれます。 ローンペア数=(価電子数 – 共有結合数 – 形式電荷) 2 この式を使って、ローンペアを見つけてみましょう。形式電荷が – の時には、 「 – 形式電荷」 の項が「+1」になることに注意してください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 例1:次の構造式にローンペアを書き込みなさい。 考え方: 形式電荷はどこにも書かれていませんから、すべて 0 です。H 原子は、価電子が1で共有 結合が1つあるので、ローンペア数は (1 – 1 – 0) 2 = 0 です。O 原子は価電子が6で、共有 結合が2つありますから、ローンペア数は(6 – 2 – 0) 2 = 2 です。そこで、O 原子上にロー ンペアを2つ書き込みます。 答え: −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− この例だと簡単過ぎてピンと来ないかも知れませんが、どんな構造式でもこのルールでロ ーンペアの数が求められる、というのが大事なところです。つまり、 「結合の数(単結合か多 重結合かも含めて)と形式電荷が決まると、ローンペアの数が自動的に決まる」のです。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 例2:次の構造式(ジアゾメタン)にローンペアを書き込みなさい。 考え方: 急に難しくなりましたが、ひるんではいけません。H 原子は例1と同様に、ローンペア数 は 0 です。C 原子はどうでしょうか。価電子数は4、共有結合は3、形式電荷が –1 ですから、 ローンペア数=(4 – 3 + 1) 2 = 1 ですね。真ん中の N 原子は、価電子数が5、共有結合が4、 形式電荷が +1 ですから、ローンペア数=(5 – 4 – 1) 2 = 0 です。右端の N 原子は、価電子 数が5、共有結合が3、形式電荷が0ですから、ローンペア数=(5 – 3 – 0) 2 = 1 です。C 原子と右端の N 原子にローンペアを1つずつ書き込みましょう。 答え: −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 問1:次の構造式にローンペアを書き込みなさい(ローンペアがない場合は「なし」と書く)。 http://wwwro.meijo-u.ac.jp/labs/ro001/education/index_orgchem.html 3 有機化学自習課題 3. 形式電荷とローンペア(3):構造式に形式電荷とローンペアをつける 次に、形式電荷もローンペアも明記されていない構造式について、それらを見つけてみま しょう。たとえば、硝酸 HONO2 の 構造式を書いてみます。原子は下のようにつながってい ます。説明のために、3つの O 原子に a, b, c とラベルをつけてあります。 まず、余っている価電子で二重結合を作ります。上に書いてあるのはσ結合だけですが、 これにπ結合を書き足します。π結合を作るべき数は、実は組成式から計算できます。 π結合の数+環の数=(C の数 2 + N の数 – {H, ハロゲン}の数 + 総電荷 + 2) 2 この式は、炭化水素の不飽和度を求める式(C の数 2 – H の数 + 2) 2 を一般化したも のです。硝酸には環状構造はありませんから、π結合の数は(0 2 + 1 – 1 + 0 + 2) 2 = 1 と なります。1本のπ結合をどこに作りましょうか。第2周期の元素は4本まで結合を作るこ とができますから、N にもう1本手を出してもらいましょう。 次に、形式電荷を割り当てます。まだローンペアの数が確定していないので、1ページの 式は使えません。そのかわりに、次の式で各原子に「仮の」形式電荷を割り当てます。 形式電荷(仮割り当て)= 共有結合数 – 最外殻を埋めるのに必要な電子数 「最外殻を埋めるのに必要な電子数」は、H なら 1、C なら 4、N なら 3、O なら 2、ハロ ゲンなら 1 です。上の例では、次のようになります。(四角を数で埋めてください) H の形式電荷(仮)= – =0 N の形式電荷(仮)= – = +1 Oa の形式電荷(仮)= – =0 Ob の形式電荷(仮)= – =0 Oc の形式電荷(仮)= – = –1 こうして割り当てた「仮の」形式電荷の総和が分子の総電荷に等しければ、この割り当て を採用します。上の例では、形式電荷(仮)の総和は 0 + 1 + 0 + 0 – 1 = 0 で、総電荷と合っ ていますから、このまま採用できます。 最後に、ローンペアの数を2ページの式で確定させます。(四角を数で埋めてください) H のローンペア数 = ( – – ) 2=0 N のローンペア数 = ( – – ) 2=0 Oa のローンペア数 = ( – – ) 2=2 Ob のローンペア数 = ( – – ) 2=2 Oc のローンペア数 = ( – – ) 2=3 (完成) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 問1:次の構造式にπ結合・形式電荷・ローンペアを書き込みなさい。[ ] の右上に書いてあ るのは総電荷です。π結合を作る位置が2通り以上ある場合は、どこに作っても構いません。 http://wwwro.meijo-u.ac.jp/labs/ro001/education/index_orgchem.html 4 有機化学自習課題 4. 形式電荷とローンペア(4):三重結合がある場合 下の構造式(アジ化水素、中性分子)に形式電荷とローンペアをつけてみましょう。a, b, c は N 原子を区別するためのラベルです。 前ページの式に従って、「π結合の数+環の数」を計算すると、下のようになります。四角 を数で埋めてください。 π結合の数+環の数 = ( !2 + – + + 2)÷2 = 2 この分子には環状構造はありませんから、π結合の数が2です。2本のπ結合は、二重結 合2本でもよいし、三重結合1本でもよいのです。すると、下の3通りのつけ方が考えられ ますね。 実はこのうち1つは不適切な構造になります。次のステップで、形式電荷を仮割り当てし てみると、そのことが明らかになります。 (i) H の形式電荷(仮) = Nb の形式電荷(仮)= (ii) H の形式電荷(仮) = Nb の形式電荷(仮)= (iii) H の形式電荷(仮) = Nb の形式電荷(仮)= – – – – – – =0 = +1 =0 = +1 =0 = +1 Na の形式電荷(仮)= Nc の形式電荷(仮)= Na の形式電荷(仮)= Nc の形式電荷(仮)= Na の形式電荷(仮)= Nc の形式電荷(仮)= – – – – – – = +1 = –2 =0 = –1 = –1 =0 (i)では Nc の形式電荷が –2 になっています。これは Nc 上に電子が偏りすぎていることを意 味しています。σ結合が1本しかないのに、π結合を一つも割り当てなかったのが原因です。 そこで、この構造は不自然なものとして捨てます。残りの2つは有効な構造です。これにロ ーンペアを書き入れて構造式を完成させてください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 問1:次の構造式にπ結合・形式電荷・ローンペアを書き入れなさい。[ ] の右上に書いてあ るのは総電荷です。π結合を作る位置が2通り以上ある場合は、すべての構造を書いてくだ さい。 (2通り) (3通り) http://wwwro.meijo-u.ac.jp/labs/ro001/education/index_orgchem.html 5 有機化学自習課題 5. 形式電荷とローンペア(5):環構造がある場合 下の構造式に形式電荷とローンペアをつけてみましょう。a, b は N 原子を区別するための ラベルです。 3ページの式に従って、「π結合の数+環の数」を計算すると、下のようになります。四角 を数で埋めてください。 π結合の数+環の数 = ( !2 + – + + 2)÷2 = 2 答えは「2」になりましたが、今回は分子に環状構造があります。C-Na-C が作る三角形で す。そこで、π結合の数は、答えの2から環の数の1を引いて、2 – 1 = 1 になります。 π結合をどこにつけましょうか。C-C、C-N につけると C の手が5本になってしまうので、 いけませんね。Na と Nb の間しかありませんので、ここを二重結合にします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 問1:上の構造式に形式電荷とローンペアを書き入れなさい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 問2:下の構造式にπ結合・形式電荷・ローンペアを書き入れなさい。π結合を作れる位置 が2通り以上ある場合は、すべての構造を書いてください。 (2通り) (3通り) (3通り) http://wwwro.meijo-u.ac.jp/labs/ro001/education/index_orgchem.html 有機化学自習課題 6 6. 形式電荷とローンペア(6):6電子化学種がある場合 ボラン (BH3)の構造を考えてみましょう。 結合が B と H だけなので、二重結合は考える必要がありません。いきなり形式電荷の仮割 り当てをしてみます。形式電荷の仮割り当ては、 「共有結合数 – 最外殻を埋めるのに必要な電 子数」でした。B は最外殻に3つの電子を持ちますから、埋めるのに必要な電子は5個です。 H の形式電荷(仮)= 1 – 1 = 0 B の形式電荷(仮)= 3 – 5 = –2 ??? おかしいですね。ボランは中性分子なので、形式電荷の合計は 0 にならないといけません。 それなのに、–2 とはどういうことでしょうか。 実は、3ページで紹介した形式電荷の仮割り当ては、このように失敗することがあるので す。どのような場合かと言うと、 「6電子(セクステット)の原子が存在するとき」です。普 通の安定分子では、水素以外の原子の最外殻には8電子(オクテット)が入っていますが、 時たま2個足りない6電子の原子が存在する場合があるのです。ボランはその典型例です。 6電子の原子が1つ存在すると、仮の形式電荷の合計は分子の総電荷よりも2だけ小さく なります。その理由は、3ページの仮割り当てのルールは「すべての原子がオクテットであ る」と仮定しているからです。セクステットの原子が1つあるとき、仮の形式電荷の計算で は、実際には存在しない電子を2つ数えています。このため、仮の形式電荷の合計は真の総電荷 に比べて2だけマイナス方向にずれてしまうのです。 6電子(セクステット)の原子が1つあると、仮の形式電荷の合計は真の総電荷よりも 2だけ少なくなる。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 問1:下の構造式について「仮の」形式電荷を計算し、合計が分子の総電荷と一致していれ ば○、していなければ をつけなさい。 ( ) ( ) ( ) ( ) ( ) ( ) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− では、どの原子がセクステットなのでしょうか。これを判定するには、「不自然に小さな形 式電荷(仮)を持つ原子が怪しい」と考えます。ボランの場合だと、B の形式電荷(仮)が –2 でした。これはあり得ない値なので、B がセクステットであると判断できます。セクステッ トの原子の形式電荷は、仮の値に 2 を加えたものになります。つまり、ボランの B の正しい 形式電荷は 0 です。 CH3+の場合は、C の形式電荷(仮)が –1、H の形式電荷(仮)が 0 です。この時は、「電 気陰性度がそれほど高くないのに負の形式電荷(仮)を持つ原子が怪しい」と考えましょう。 この場合は、C がセクステットとなり、正しい形式電荷は –1 + 2 = +1 となります。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 問2:問1で をつけた構造式で、セクステットの原子を○で囲みなさい。 有機化学で重要なセクステットの化学種として、中性のホウ素化合物(BH3 の誘導体)、カ ルボカチオン(CH3+の誘導体)、カルベン(CH2:の誘導体)があります。 http://wwwro.meijo-u.ac.jp/labs/ro001/education/index_orgchem.html 7 有機化学自習課題 7. 形式電荷とローンペア(7):B, Al, P, S を持つ化合物 形式電荷とローンペアは、価電子の数を数える手段ですから、第3周期の元素(Al, Si, P, S, Cl)は周期表で同じ族の第2周期の元素(B, C, N, O, F)と同じように扱うことができます。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 問1:下の構造式に形式電荷とローンペアを書き入れなさい。また、セクステットの原子が あれば○で囲みなさい。π結合はすでに記入してあるので、新しく作る必要はありません。 (下の C に何もつい ていませんが、印刷ミ スではありません!) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 補足として、3ページの「π結合と環の数」の式を、B, Al を含む化合物について拡張して おきましょう。 π結合の数+環の数=({B,Al}の数 3 + {C, Si}の数 + 総電荷 + 2) 2 2 + {N,P}の数 – {H,ハロゲン}の数 この式を使う機会はまずありません。有機化学の初学者が B や Al を含む二重結合を取り 扱うことはほとんどないからです。次のような物質(ボラジン)の構造式を描く際に必要に なりますが、学部で学ぶ有機化学の範囲を越えています。 また、セクステットの原子が1つあると、上で求めたπ結合の数は1つ減らさないといけ ません。上図のボラジンの B 原子は、左の書き方だとすべてオクテット、右の書き方だとセ クステットになります。このように、π結合の書き方によってオクテットかセクステットか が変わることもあります。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 問2:問1の最後の物質は、実は上の式でπ結合の数を求めると1になります。π結合を1 つ置いた構造を2通り書き、形式電荷とローンペアを書き入れなさい。 http://wwwro.meijo-u.ac.jp/labs/ro001/education/index_orgchem.html
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