米国化学教育における「化学工業」と

日本科学教育学会研究会研究報告
Vol. 29
No. 9(2015)
米国化学教育における「化学工業」と「エンジニアリング」の重要性
―高等学校化学教科書と NGSS の内容分析を踏まえて―
The Significance of “chemical industry” and “engineering” in chemical education in the United States:
Based on content analysis of high school chemistry textbooks and NGSS
郡 司 賀 透
GUNJI
Yoshiyuki
静 岡
大 学
Shizuoka University
[要約]米国の現代科学教育改革の特色の1つに,
「エンジニアリング」の重視がある.しかし,日本
の科学教育の文脈において,
「エンジニアリング」の意味,重要性等々が共通に理解されているとは言
い難い.そこで,
「エンジニアリング」及び,「エンジニアリング」と関わりの深い「化学工業」を記
述する米国の高等学校化学教科書の内容分析を行った.また,NGSSに繰り返し登場する「エンジニ
アリングデザイン」の記述内容を調べた.
その結果,高等学校化学教科書では,
「化学工業」の単元において「エンジニアリング」が記述され
続けている事実及び,教科書改訂を重ねるたびに「エンジニアリング」として,化学工学に関する学
問内容を強調する傾向が認められた.NGSS では,
「エンジニアリング」の実践的で行為的な側面が重
視されていた.また,関連書籍を調べたところ,
「エンジニアリング」の実践を実現するため,いくつ
かのサイクル型教授モデルが提起されていた.
[キーワード]化学工業,エンジニアリング,ケムコム,NGSS
世代スタンダード Next Generation Science Standards」
1.はじめに
米国の現代科学教育改革の特色の1つに,
「エンジニ
(以下,NGSS と略記する)を発表した.NGSS に
アリング」の重視がある.日本では,
「エンジニアリン
は,科学的探究と同じレベルで,「エンジニアリング
グ」を「工学」と訳すことが一般的である.けれども,
デザイン」が記述された.
「エンジニアリング」と「工学」が,意味的にすべて
また,
「エンジニアリング」に関わりが深いものに,
一致する訳ではない(村上,2006)
.しかも,日本の科
「化学工業」がある.アメリカ化学会 American
学教育の文脈では,
「エンジニアリング」の意味,重要
Chemical Society(以下,ACS と略記する)は,1988
性等々が共通に理解されているとは言い難い.
年から高等学校化学教科書の Chemistry in Community
本稿は,高等学校段階の化学カリキュラムに焦点を
(略称 ChemCom であり,
以下,
ケムコムと略記する)
当てて,
「化学工業」と「エンジニアリング」を調べた
を発行し,第 6版まで改訂を重ねている.そこで,
ものである.化学に着目した理由は,18 世紀に化学
ケムコムにおける
「化学工業」
及び,
「エンジニアリング
が誕生した時点において,すでに化学工学を含んでい
デザイン」に注目して,記述内容の変化や特徴を明ら
た背景にある(村上, 2006)
.この歴史的背景は,科
かにすることにした.
学に関する他の学問領域にはみられない特徴である.
このユニークさが,科学教育における「エンジニアリ
2.研究の目的
米国の高等学校科学教育全体における「エンジニア
ング」の重要性を,鮮明ににするのではないかと考え
リング」と,米国の高等学校化学教育における「化学
たからである.
米国では,2013 年,全米研究協議会 National Research
工業」及び「エンジニアリング」の重要性を探る.
Council(以下,NRC と略記する)が「科学に関する次
― 41 ―
日本科学教育学会研究会研究報告
Vol. 29
No. 9(2015)
3.研究の方法
この一文をみる限り,エンジニアリングは実践的行
1)NGSS および関連書籍の文献調査
NGSS における「エンジニアリングデザイン」の記述
内容を調べる.また,関連書籍から,科学教育におけ
為的側面でありプロセスを含む一方,テクノロジーは
アウトプットの側面を重視したものになっている.
フレームワークと NGSS における「エンジニアリン
る「エンジニアリング」の教授モデルを調べる.
2)高等学校化学の教科書調査
グ」には,すべての市民が学ぶべき,リテラシー的
ケムコムにおける「化学工業」の単元の構成と,項
性格が現れている(NRC,2013b)
.
目の1つである「原料から製品へ」における記述内容
の変化を精査する.
もっと幅広く,すべての市民が学ぶべきものとして
エンジニアリングデザインの実践を強調することにあ
4.結果と考察
る.例えば,人々が変化を願う状況において,受け入
1)NGSS における「エンジニアリングデザイン」
れ可能な規準と制約を特定しつつ,多様な解策を考え
2011 年に NRC は NGSS の発表に先だって,新しい
出して評価しながら,その原型をつくり検証し,1つ
「K-12 科学教育のフレームワーク A framework for K–
の解決に最適化することによって,問題を定義できる
12 science education」
(以下,フレームワークと略記す
ようになることを,生徒は期待されている(下線は筆者に
る)を提示していた.フレームワークの「エンジニア
よる).
リングデザイン」の定義のねらいは,以下の通りである
(NRC,2013b).
2)サイクル型の「エンジニアリングデザイン」教授
モデル
フレームワークの定義は,2つのありふれた思い違いに対処した
ものになっている.1つめは,エンジニアリングデザインが応用科
それでは,高等学校科学教育において,
「エンジニ
学ではないことである.エンジニアリングデザインは科学的探究と
アリングデザイン」を具体的にどのように実践しよう
異なる目的と成果を有するものの,エンジニアリングの実践は科学
としているのか.
その教授モデルについて,
はじめに,
の実践とかなり共通する.2つめは,人間の必要と望みに合うように
NGSS における第 9-12 学年の「エンジニアリングデ
自然界を改良する,すべてのやり方としてテクノロジーを扱うという
ザイン」をみることにしよう.
ものである.テクノロジーは,コンピュータや電子機器だけに関連し
定義する
社会的で世界的に
も重要な問題に関
する規準と制約の
広範囲にわたる留
意点に注意する。
ているわけではない(下線は筆者による).
エンジニアリングデザインは,科学的探究とは異な
るものの,科学の実践と共通する部分があることが示
唆されている.テクノロジーもまた,いわゆる「ハイ
最適化する
テク」だけではないと提起されている.エンジニアリ
検証され洗練され
る複合的な解決と
して社会と環境へ
のアセスメントを
行い,トレードオ
フを考慮し,規準
を順位付ける。
ングとテクノロジーの違いについても言及がみられる
(NRC,2013b)
.すなわち,
「エンジニアリングデザイン」は,より古い用語「テクノロジ
解決する
大きな問題を,
個々に解決できる
小さな問題に分解
する。
図1 「エンジニアリングデザイン」の要素間の相互
カルデザイン」を置き換えたものである.問題解決のための系
関連性
統的な実践としてエンジニアリングを定義すること,および,
【出典】NRC:Next Generation Science Standards,Vol.2,
エンジニアリングデザインの実践の成果としてテクノロジーを
National Academy Press,106,2013b.
定義することと一貫している.
― 42 ―
日本科学教育学会研究会研究報告
NGSS によれば,第 9-12 学年では,
「社会的でグロ
Vol. 29
証拠に基づ
く議論に関
わる
ーバルな重要性を有する課題を含む複雑な問題に生徒
No. 9(2015)
情報のコミ
ュニケーシ
ョン
を関与させる.この問題は,一度に対処できるように
なるまで,より単純化された問題に分解される必要が
ある.生徒はまた,様々な解決の可能性を比較するた
説明を構成
する/解決
をデザイン
する。
めの量的方法を使えるようになるために,規準と制約
問いかける
/問題を定
義する
数学を使
い,コン
ピュータ
を使って
考える
を量的に測定できることが期待される.問題解決にお
ける創造性が尊重されながら,ある問題への最良の解
決を特定することが重視される.この場合,いかにし
モデルを開
発し,利用
する
て以前に他者が解決しているのかの調査研究を含むこ
探究活動を企画し,
遂行する
データを
分析し,
解釈する
ともある.生徒は,様々な状況下での解決を検証する
情報を得て
評価する
ため数学と(または)コンピュータシュミレーション
図2 エンジニアリングにおける経験に基づく実践の
を使い,規準の順位付けを行い,トレードオフに配慮
サイクル
し,社会と環境への影響を見積もることが期待」され
【出典】Frank Banks and David Barlex: Teaching STEM in
ている.
the Secondary School,Routledge,170,2014.
ところで,NGSS には,化学を含む物理科学の内容
領域に,以下の解説が示されている(NRC,2013a)
.す
問題と制
約を特定
する
なわち,
「高等学校段階における物理科学の期待される
コミュニ
ケートし,
振り返り
を行う
パフォーマンスには,科学の実践の重点化である.モ
調査する
デルの開発と使用,探究活動の計画と遂行,データの
エンジニア
リングデザ
インの過程
分析・解釈,
数学的でコンピュータを活用する思考,説
試してみ
て,改善
する
明の構成,コア・アイディアの理解を演示する実践を
観念化す
る
含むものである.生徒はまた,デザインと評価を含む
いくつかのエンジニアリングの実践の理解を演示する
つくる
アイディ
アを分析
する
ことを期待されている」
(下線は筆者による)のであ
る.つまり,科学の実践・科学的探究の重要性を認め
図3 エンジニアリングデザインの7つの段階
つつも,エンジニアリングの実践をも想定されている
【出典】Robert M.Caprano et al.,: STEM Project-Based
のである. 図1の NGSS の「エンジニアリングデザイ
Learning., Sense Publishers,p.33,2013.
ン」については,各要素間の相互関連性が示されてい
た.近年刊行されている教師用テキストにおいても,
3)ケムコムにおける「化学工業」と「エンジニアリ
「エンジニアリング」の教授はサイクルでとらえられ
ング」
つぎに,ケムコムにおける「化学工業」と「エンジ
る傾向が確認できた.例えば,図2の教授モデルで
は,科学における経験に基づく実践のサイクルとの対
ニアリング」について報告する.ケムコムはNGSS の
比がなされており,サイクルの複雑さが強調されたも
発表を受けて改訂する性格の教科書ではない.しか
のになっている.図3は,エンジニアリングデザイン
し,第 6 版発行の際,ACSは,
「これから発表される
の過程を表したものであり,7つの段階から構成され
NGSS を支持する」と表明していた
ている.
(MacmillanEducation,2015).なお,ケムコムは,高等
学校生徒を対象にした,意思決定能力の育成すること
をも目指した化学教科書である.ケムコムは,ストー
リー仕立ての構成になっているため,ストーリーの舞
― 43 ―
日本科学教育学会研究会研究報告
Vol. 29
No. 9(2015)
台となる街の名称であるリバーウッド,電池テクノロ
学の学問内容が強調されつつあると確認できた.
ジー株式会社の WYE,窒素産業株式会社の EKS が登
意思決定能力の育成をめざすなかで,ケムコムが化
場する.今回は,第2版(アメリカ化学会,1993)
,第
学工業において,
化学工学の学問内容を強調する一方,
5版(ACS,2006)
,第6版(ACS,2012)に着目した.第
NGSS の「エンジニアリングデザイン」の実践的側面
2版は,訳書を分析した.
を受けて,科学教育の場では,教授モデルも開発され
3つのケムコムの索引をみると,エンジニアリングは
るようになっている.
ケムコムに限ったことかもしれないものの,高等学
化学工業の単元に限って登場している.ケムコムでは,
エンジニアリング化学工業との関わりが深いと思われ
校化学教育において「エンジニアリング」が学習内容
る.そこで,まず,ケムコムにおける化学工業の単元構
として強調されて,さらに,学習活動の形態としても
成を調べたところ(表1)
,3つの特徴を認めることがで 「エンジニアリングデザイン」が重視されている.学
習内容と学習活動の両面において「エンジニアリン
きた.
1つめは,多少の変更があるにせよ,主要な化学工業
グ」にアクセントが置かれるのであれば,今後,ケム
は,窒素(肥料)及び,電気化学であり続けた事実であ
コム第6版の教師用ガイド等の分析を行って,その意
る.どちらかといえば,先端的というよりも,基幹物質
図を解明する必要がある.
を製造するオーソドックスな化学工業を掲載し続けてい
る点が特徴的であった.2つめは,改訂を重ねる度に,
引用及び参考文献
グリーンケミストリーやレスポンシブルケアの考えが
入っていることである.これは環境への配慮を学習内容
として念頭においたからと考えられる.3つめは,継続
アメリカ化学会編・大木道則訳:ケムコム,526-581,
東京化学同人,1993.
して登場している「原料から製品へ」の項目の記述内容
に変化がみられることである.
表2は,その記述内容の変 American Chemical Society:Chemistry in Community
ChemCom,406-563,Freeman,2006.
化をまとめたものである.文章の内容に従い,パラグラ
フに①~④の番号を付している.表2から,3点を認め
ることができた.
1つめは,改訂しても一貫して化学工学における,
①「スケールアップ」の研究開発手法,②各工程を構成
American Chemical Society:Chemistry in Community
ChemCom,502-582,2012.
Frank Banks and David Barlex: Teaching
STEM in the Secondary
School,Routledge,170,2014.
する「単位操作」の概念,③「熱管理」の概念,④ 廃棄 MacmillanEducation:http://www.macmillanhighered.com/C
atalog/elearningbrowseby/discipline/Chemistry/all/eBoo
物の処理から構成される事実であった.
2つめは, ②の
k(確認日:2015 年 6 月 5 日)
「単位操作」の概念をみると,
「連続式」
(第2版)
→「回分式」
・
「連続式」
(第5版)→「反応容器」
・
「熱
エネルギー変換器」
(第6版)のように,工業プロセスの
単位操作から,具体的な反応装置の説明に移行する傾向
村上陽一郎:工学の歴史と技術の論理,1-20,岩波書
店,2006.
NRC:Next Generation Science Standards,Vol.1,National
Academy Press, ,91,2013a.
であった,3つめは,③の「熱概念」をみると,エネル
NRC: Next Generation Science Standards,Vol.2,National
ギー概念の関わりを深める傾向が認められた.
Academy Press,103-107,2013b.
Robert M.Caprano et al:STEM Project-Based Learning.,
5.おわりに
以上,NGSS では,エンジニアリングの実践面と行
為面が強調され,教授モデルは,サイクル型が確認ささ
れた,また,ケムコムは,化学工学とりわけ反応工
― 44 ―
Sense Publishers,p.33,2013.
日本科学教育学会研究会研究報告
表1
単元名
単元 A
Vol. 29
No. 9(2015)
ケムコムにおける化学工業関連の単元の内容構成と変化
第 2 版 ( 1992)
化学工業:
その将来性と問題点
リバーウッドに新しい工業
誕生か?
第 5 版 ( 2006)
工業:
化学反応の応用
窒素の化学
第 6 版 ( 2012)
工業:
化学反応の応用
農業に必要な養分を供給す
る
1
化学は基本的要求に応える
1
生活における化学プロセス
1
2
社会の仲間としての産業
2
化学製品
2
肥料と窒素循環
植物養分
肥料の成分
3
クラスの活動:将来の展望
3
肥料の成分
3
4
工業製品
4
肥料と窒素循環
4
窒素循環
5
資産かそれとも負債か
5
植物養分
5
酸化還元による窒素固定
6
窒素循環
6
酸化状態の決定
7
リン酸イオン
7
化学工業製品
8
酸化還元による窒素固定
8
生活における化学プロセス
9
酸化状態の決定
化学工業の概観
窒素と化学
アンモニアの工業生産
反応速度論と平衡
ルシャトリエの原理
1
原料から製品へ
1
反応速度論と平衡
1
2
試験管からタンク車まで
2
平衡における化学系
2
3
ク ロ ー ズ ア ッ プ : EKS 社
3
ルシャトリエの原理
3
平衡における化学系
4
アンモニアの工業的合成
4
アンモニアの工業的合成
5
窒素のもう1つの顔
5
窒素のもう1つの顔
6
爆発に関する窒素の化学
6
爆発に関する窒素の化学
7
原料から製品へ
7
原料から製品へ
8
グリーンケミストリーとレスポ
8
アンモニアとエネルギーの使用
9
グリーンケミストリー
単元 B
ンシブルケア
9
単元 C
リバーウッドは何を欲するの
か?
10 リ バ ー ウ ッ ド は 何 を 欲 す る の
か?
窒素基盤製品の化学
金属加工
化学反応から電気エネルギ
ーを生成する
1
肥料
1
電気分解とボルタの電池
1
2
肥料の化学的役割
2
ボルタの電池
2
ボルタの電池
3
リン酸イオン
3
ボルタの電池と半反応式
3
ボルタの電池と半反応式
4
窒素固定
4
電気化学による蓄電
4
電気化学による蓄電
5
リバーウッドにおける窒素固定
5
バッテリー
5
電気化学系における平衡
6
工業電気化学
7
さらに環境に配慮した方法への
6 ボルタの電池における蓄電の視
覚化
7 WYE に つ い て 知 る 必 要 が あ る こ
とは何か
6
窒素のもう1つの顔
移行
8
単元 D
化学エネルギーの電気への変換
資産かそれとも負債か
化学エネルギーと電気エネ
ルギーの互換
バッテリーの工業生産
1
ボルタの電池
1
ボルタの積層電池をつくる
2
電気化学
2
電極電位
3
電気めっき
3
電気化学セル
4
工業電気化学
4
一次電池
5
工場の計画
5
6
二次電池
電池の製造とリサイクル
7 電池の寿命
8 さらに環境に配慮した方法と製
品への移行
9
単元 E
資産かそれとも負債か
総 ま と め:化 学 工 業 ,そ の 過
去・現在・未来
1
将来の発展
2
過去を顧み将来を考える
【 出 典 】第 2 版 → ア メ リ カ 化 学 会 編・大 木 道 則 訳:ケ ム コ ム ,526-581,東 京 化 学 同 人 ,1993.原 本 は 1988
年 発 行 . 第 5 版 → American Chemical Society:Ch emistry in Co mmun ity Ch emCom,406-563,Freeman,2006.第
6 版 → American Chemical Society:Ch emistry in Community Ch emCo m,502-582,20 12.
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日本科学教育学会研究会研究報告
表2
Vol. 29
No. 9(2015)
ケムコムにおける項目「原料から製品へ」の記述内容の変化
第 2 版 ( 1988)
① こ れ ま で の 実 験 で 行 っ た 化 学 反 応 は ,そ の ま ま 化 学 工 業 で も 物 質 の 合 成 に 使 わ れ て い る も の が 多 い .低 価 格
で,高品質の物質を大量に作るには,化学反応を行う物質の量を増やさなければならない(これをスケール
ア ッ プ と い う ).こ の ス ケ ー ル ア ッ プ に は ,4 つ の 点 が 非 常 に 重 要 で あ る .そ れ は 化 学 工 学 つ ま り 装 置 の 問 題 ,
利潤,廃棄物,および安全操業の問題である.
②化学工業におけるコストを下げるために技術者がする1つの方法は,その方法を連続的にすることである
③ 化 学 技 術 者 は ,工 業 の 生 産 系 を ど の よ う に 設 計 す る か 決 め る に 当 た っ て ,い ろ い ろ な 問 題 を 解 決 し な け れ ば
ならない.学校の実験では試験管中で少し発熱するだけで,たいしたことはないと思うかもしれない.しか
し巨大なタンク中で何千リットルの反応が起こると,そのとき発生する熱量は大きいものになるから,注意
深く予想をたて,それをどのように処理するか決めなければならない.
④ も う 1 つ 工 業 で 問 題 に な る の は ,化 学 反 応 に 際 し て 生 じ る 欲 し く な い 物 質 の 処 理 で あ る .前 に 不 要 と 思 わ れ
て い た も の が ,ほ ん の 少 し 手 を 加 え る だ け で ,別 の 生 産 に お け る 重 要 な 中 間 体 と し て 使 え る こ と が 分 か っ た .
そこで,これら廃棄物は,環境を汚染するのではなく,新しい収入のもととなったのである.
第 5 版 ( 2006)
①これまでの実験で行った化学反応は,そのまま化学工業でも物質の合成に使われているものが多い.しか
し,低価格で,高品質の物質を大量に作るには,化学反応を行う物質の量をスケールアップしなければなら
ない.このスケールアップには,4つの点が非常に重要である.すなわち,エンジニアリング,利潤,廃棄
物,および安全操業の問題である.
② 工 業 的 な 反 応 は し ば し ば ,回 分 式 ,す な わ ち ,反 応 物 を 生 成 物 に 変 換 す る プ ロ セ ス を 一 回 で 終 わ ら せ る よ う
に行われる.回分装置を付け足して,もっと多くの製品を生産することができる.ナイロンの工業的製造も
また回分式であった.
( 略 )も っ と な じ み が あ り ,し か も 安 価 な の は ,工 業 的 製 造 を 連 続 式 に す る こ と で あ る .
す な わ ち ,反 応 物 が 反 応 容 器 に 速 や か に 流 れ 込 み ,製 品 が 絶 え ず 流 れ 出 す と い う も の で あ る .化 学 技 術 者 は ,
絶え間のない良好な操業を確かなものにするため,注意深く流量,時間,温度,および触媒の組成をコント
ロールする.
③ 化 学 技 術 者 は ,工 業 の 生 産 系 を ど の よ う に 設 計 す る か 決 め る に 当 た っ て ,様 々 な 難 題 に 直 面 す る .学 校 の 実
験 で は 試 験 管 中 や ウ ェ ル プ レ ー ト で 少 し 発 熱 す る だ け で ,た い し た こ と は な い と 思 う か も し れ な い .し か し ,
発熱性の工業プロセスでは,巨大なタンク中で何千リットルの反応が起こる.エンジニアは,大量の熱を放
出する予想と管理を行う必要がある.さもなければ,危険で損失の大きい破壊的な状況を潜在的に生み出し
てしまう,反応温度の上昇が起こるかもしれないのである.
④ 工 業 で 問 題 に な る の は , 化 学 反 応 に 際 し て 生 じ る 欲 し く な い 物 質 の 処 理 で あ る .( 略 ) 前 に 不 要 と 思 わ れ て
いたものが,ほんの少し手を加えるだけで,別の生産における重要な中間体として使えることが分かった.
そこで,これら廃棄物は,環境を汚染するのではなく,新しい収入のもととなったのである.付言すれば,
最近開発された触媒と新製法あるいは改良された製法は,会社に対して,効率性を向上させて,必要なはじ
めの物質(原料)の量を少なくしている.
第 6 版 ( 2012)
①これまでの実験で行った化学反応は,そのまま化学工業でも物質の合成に使われているものが多い.しか
し,工業における化学反応は,低価格で,高品質の物質を大量に作るには,化学反応を行う物質の量をスケ
ールアップしなければならない.このスケールアップには,4つの点が非常に重要である.すなわち,エン
ジニアリング,利潤,廃棄物,および安全操業の問題である.
③ 化 学 技 術 者 は ,工 業 の 生 産 系 を ど の よ う に 設 計 す る か 決 め る に 当 た っ て ,様 々 な 難 題 に 直 面 す る .そ の 1 つ
が,エネルギーの管理,通常,熱エネルギーの管理の問題である.学校の実験では反応によって放出された
り,発生したりする熱は比較的少ないものである.反応を工業的な量にまでスケールアップすれば,このエ
ネ ルギー伝達が決定的に重要である.もしも,熱エネルギーを適切に除去しなければ,危険で損失の大きい
破壊的な状況が生じてしまうのである.アンモニア生産の場合,多くの反応が吸熱であり,熱エネルギーを
反応系に付加しなければならない.もしも,このエネルギーインプットが正しく行われないと,コストが上
昇し,利潤が減少する.
④ 化 学 工 業 は ま た ,化 学 反 応 に 際 し て 生 じ る 欲 し く な い 物 質 の 処 理 の 問 題 に 直 面 す る .反 応 が 工 業 的 規 模 で 生
じれば,大量の廃棄物が蓄積してしまう.廃棄物とは,望ましい反応生成物でないものである.そのため,
廃 棄 物 は ,過 剰 な 反 応 物 ,反 応 に よ っ て 生 じ た 他 の 物 質( 副 生 成 物 ),あ る い は 過 剰 な 熱 エ ネ ル ギ ー に 関 連 し
ている.
( 略 )前 に 不 要 と 思 わ れ て い た も の が ,ほ ん の 少 し 手 を 加 え る だ け で ,別 の 生 産 に お け る 重 要 な 中 間
体として使えることが分かった.そこで,これら廃棄物は,環境を汚染するのではなく,新しい収入のもと
となったのである.アンモニアの生産では,メタンを水素ガスに変える際,二酸化炭素が廃棄物として発生
していた.しかし,この二酸化炭素は,重要な農薬である尿素の生成に使用できるものである.その結果,
ア ンモニア生産設備では,しばしば尿素も製造するようになった.
⑤ 付 言 す れ ば ,最 近 開 発 さ れ た 触 媒 と 新 製 法 あ る い は 改 良 さ れ た 製 法 は ,会 社 に 対 し て ,効 率 性 を 向 上 さ せ
て,必要なはじめの物質(原料)の量を少なくしている.例えば,ハーバーボッシュ法の工程改良は,工程
の効率を向上させている.この効率性は反応容器のデザインの改良,改善された熱エネルギー変換器の使
用,工程の各段階における新しい触媒の開発から生まれるものである.
【 出 典 】第 2 版 → ア メ リ カ 化 学 会 編・大 木 道 則 訳:ケ ム コ ム ,542-543,東 京 化 学 同 人 ,1993.原 本 は 1988
年 発 行 . 第 5 版 → American Chemical Society:Chemistry in Community ChemCom,443-444,Freeman,2006.
第6 版 → American Chemical Society:Chemistry in Community ChemCom,541,2012. 記 述 内 容 は 一 部 省 略 を し
ている.
― 46 ―