2008 年度 社会医学フィールド実習 施設介護職員の腰痛軽減とスタンディングマシン導入促進 施設介護班:植田絵美 垣野佳子 上倉英恵 辻明紀子 福沢綾子 布施恵子 村田舞 はじめに 高齢化社会に伴い、介護サービスの需要と介護職員の方々への負担は増加し、今後も更にその傾向は拡大 することが予想される。介護はさまざまな筋肉に負荷をかける動きを伴うため、介護職員の腰痛や頸肩腕痛 が頻発している。腰背部や上肢の筋負担を軽減するために介助用のリフトが開発されているが、施設にリフ トがあるにもかかわらず使用されていない実態もまだまだ見られる。ある調査では、リフトの介護施設への 導入率は 18%、使用率は 40%、スライディングボード/シートの導入率が 24%、使用率は 33%とされてい る(1)。 介護職員の健康障害には、要介護者の増大に伴う介護職員の人手不足が根本にあり、リフトの使用が普及 しないのも「時間がかかる」というデメリットが大きいようである。それでは人手不足が解消されない限り 介護職員の健康障害は予防できないのだろうか?実際にオーストラリアの病院では、人力で重いものを持ち 上げてはいけないという No lifting policy が徹底され、患者を持ち上げるときはリフトが使用されている(2)。 そこで私たちは、施設介護職員の現状を知り、体験や筋負担の評価を通じて、腰痛や頸肩腕障害の予防のた めの改善案を検討した。とくに介護者の作業負担軽減のために、 「持ち上げない介護」の実施の策を考え、ス タンディングマシン(以下スタンディングマシンのことは商品名のスカイリフトと記す)の導入促進につい て考察した。 対象と方法 対象:介護老人保健施設日和の里(介護職員) 方法: 1.日和の里を 2008 年 10/21,11/25,11/26 の3回訪問し、見学・介護体験・介護職員からの聞き取りを通じ て介護職員にかかる身体的負担を把握した。 2.介護職員の持つ、腰痛、頸肩腕障害と介護用リフトの利用に対する意識を知るために、アンケート調査 を実施した。 3.1 で観察された、肩・腰に負担のかかる姿勢を実際にシミュレーションし、作業負担を客観的に示すた め、両側の上部僧帽筋と傍脊柱起立筋群(L2-3)について表面筋電図を測定した。上部僧帽筋については、 両腕外転水平挙上を、傍脊柱起立筋群については前屈 30°を標準姿勢と定めた。標準姿勢時の筋電位を基準 として、各作業姿勢の筋負担を評価した(%RVC)。シミュレーション、肩の基本姿勢と腰の基本姿勢をそれ ぞれ2回測定後、下肢の持ち上げ介助姿勢、椅子からの起立介助、中腰ねじり姿勢、ベッドからベッドへの 移乗、仰臥位から側臥位への体位交換を行った。 4.スカイリフト使用時の被介護者にかかる圧力を、X sensor medical を用いて測定した。正しい使用法、 スリングをゆるめた使用法、円背の被介護者を模した時のそれぞれについて、上昇時と下降時に、被介護者 の背部、腰部、臀部にかかる圧力を測定した。 1 結果および考察 1)アンケート結果 図 1. ここ 1 ヶ月に腰が痛みましたか 図 2. 最近1ヵ月に入浴、移乗、および排泄介助の 時にこれらのリフトを使ったことがありますか。 図 3. リフトの使用状況 ●腰痛、肩の痛みとリフトの使用率 ・腰痛の頻度 「いつも」と「時々」を合わせると、80%の人が腰痛を有していた。 ・リフトの使用の有無 79%の人が使用していた。 ・使っているリフトの種類 スカイリフトの使用頻度は低い。 ●リフトが使いにくい理由 ・利用者が限られる。 ・スタッフ一人では使いづらい。 ・床走行式リフトをどの位置に、どの向きに置けばいいか分からない。 ・時間がかかる。 ・スペースが狭い。 ・移動させるのにスペースが要るため、ベッドに当たるなど使いにくい。また、重たい。 ・利用者さんが吊られた状態でのリフトの移動が難しい。 2 2)筋電図測定シミュレーション 表1. 表面筋電位(%RVC) 右上部僧帽筋 左上部僧帽筋 右脊柱起立筋 L2-L3 左脊柱起立筋 L2-L3 椅子から立位の補助 そのまま 303 1066 317 439 腰をいれたとき 116 426 359 373 そのまま 202 411 218 332 スライディングボードあり 203 1202 364 348 ボード+スライディングシート 129 393 290 273 一人 141 551 431 279 二人(枕を入れた人を測定) 120 342 252 234 ベッドからベッドの移乗(2 人) 体位交換(仰臥位から側臥位) 表 2. 所要時間(秒) ベッドからベッドの移乗(2 人) そのまま 7 スライディングボードあり 15 ボード+スライディングシート 32 体位交換(仰臥位から側臥位) 一人 23 二人 10 椅子からの立位の補助では、腰をいれて前傾斜角度を小さくすると、肩・腰共に楽になると考えた。筋電図 測定結果は右脊柱起立筋を除く筋では筋電位が下がった。右脊柱起立筋については、ひねりの動作が加わった 可能性がある。 ベッドからベッドへの移乗では、道具不使用のときよりもスライディングボードを入れたときのほうが筋電 位は上昇した。ボードのふちで利用者を傷つけないように大きく持ち上げたためと考えられる。 スライディングボードとシートの両方を使ったときは、右脊柱起立筋を除いて筋電位は減少した。しかしな がら、時間は道具不使用時と比べて約 4 倍かかった。 体位交換のときは、1人でやったときよりも 2 人のときのほうが時間は短縮した。 実際に日和の里の介護職員の方で、特殊入浴介護の際スライディングボードのみを用いて特殊浴槽用リフト からベッドへの移乗を行っているのを見たが、スライディングボードは本来座位の状態でベッドから車椅子 への移乗する時などに用いられるものである。介助道具は正しい使い方をしないと筋負担軽減効果が乏しい と考えられる。 3 3)圧力測定 図 4. 正しい使用(上昇時) 図 6. ゆるめたとき(上昇時) 図 8. 円背の人に使用(上昇時) 上 下 右 左 圧力 41.8 43.3 50.6 81.4 上 下 右 左 圧力 48.9 36.0 48.4 60.2 上 下 右 左 圧力 47.1 39.2 41.1 68.9 図 5. 正しい使用(下降時) 図 7. ゆるめたとき(下降時) 図 9. 円背の人に使用 (下降時) 4 上 下 右 左 圧力 43.3 39.3 47.4 56.9 上 下 右 左 圧力 45.9 33.4 45.7 48.3 上 下 右 左 圧力 83.6 72.2 81.9 220.0 図 10. フルサポート型(上昇時) 上 下 右 左 右足 左足 図 11. フルサポート型(下降時) 圧力 26.1 32.9 38.6 28.8 220.0 219.8 上 下 右 左 右足 左足 圧力 44.1 28.7 47.0 29.3 98.4 93.3 *ピーク時圧力が振り切っているのは、座位の状態の坐骨結節による圧力が含まれるためである。 ・ スリングを緩めている場合、左右わき腹に強い圧力かかっており、特に左では早い段階でピークに達し ていた。これは上昇時、下降時両方で認められる。使用者の体感としては、横から締めつけられるよう に感じた。 ・ 正しく装着した場合とゆるめに装着した場合とで、トータルの圧力に大きな差異はないようであるが、 ゆるめに装着するとそれぞれの部位にかかる圧力のばらつきが大きい。 ・ 円背の人に使用した場合、左右にかかる圧力はさらに顕著である。 (特に上昇時)左右わき腹が締め付け られる感じが持続する。体感では後ろよりもむしろ胸の圧迫が苦しく、呼吸がしにくい。円背の人への 適用は慎重にすべきである。 ・ フルサポート型の場合、鼠径部に不快感がある。しかし危惧されていた「締め付けられるような感じ」 は、さほど強くなかった。足に負担がかかる分、腰部の負担は軽減された。 提案 ①スカイリフトについて ・ 足がリフトの車輪や金属部分に当たって怪我をする恐れがあるので、足を置く部分を傾斜させる。また、 介助者が利用者の足を持ち上げる負担を減らすために、キャタピラ状に動くようにする。 ・ 前面のクッションと利用者の接触面積をなるべく広くするために、材質を柔らかいものにする、あるい はウォータークッションを用いるなど。 ・ スリングをリフトに引っ掛ける作業に時間がかかる上、力が要るので、利用者にも負担がかかる。スリ ングの固定方法を変える。 ・ 持ち手が少なく、特に介助者がいない方向への回転が難しいので、ハンドルをつける。 ・ 新しく介護施設を作るときは、リフトの使用を想定して通路を幅広く取り、スペースが大きい(特にト 5 イレなど)設計にする。 ・ このような施設の設計や増築が難しく、トイレでスカイリフトを使用できない場合、一度キャスター付 の便座にスカイリフトで移乗させ、その状態でトイレに移動する。スカイリフトで移乗する際には、ト イレの前にカーテンを備えつけて周りから見えないように移乗用のスペースを作る。 ②リフト以外での改善点 ・一人ではなく二人で作業した方が、一人あたりの負担も軽い上、時間が大幅に短縮できる。 ・ベッドからベッドへ臥位の利用者を移乗させる際に、スライディングボードを使用することは筋負担軽減 につながらない。ただ、スライディングシートを併用すれば負担が軽減する可能性はある。 ・ベッドは高さを調節して使用する。ベッドの高さが低いと、移乗がしにくい上、スカイリフトを使った立 ち上がりの際、利用者の体に余計な負担がかかる。 ③新しいリフトの提案 利用者をリフトで吊り上げようとするのではなく、介助者の腰を固定し、機械の力で腰を持ち上げる形式 のリフトを開発する。利用者にリフトを適用しにくい場合でも用いることができ、スリングなどを装着する 手間もかからない。 謝辞 最後になりましたが、本実習を行うにあたり大変お世話になりました介護老人保健施設「日和の里」の皆様、 社 会 医 学 講 座 衛 生 学 の 北 原 照 代 先 生 、 辻 村 裕 次 先 生 、 様 々 な 助 言 を 頂 き ま し た Japanese Nursing Support(JNS)代表の保田淳子さん、およびアイ・ソネックスの西さんにお礼申し上げます。 参考文献 1) http://www.jniosh.go.jp/results/2007/0621/machine.html 2) http://www.noliftjapan.com/ 6
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