北海道における有害大気汚染物質の地域特性 環境保全部 環境科学部 芥川智子 岩田理樹 秋山雅行 酒井茂克 1 はじめに 一般環境 北海道では、大気汚染防止法に基づき、平成 9 年 沿道 稚内 10 月から有害大気汚染物質モニタリング調査を実 発生源周辺 施し、今年で 11 年を経過した。この間、本道全域で 清浄地域 の概況を把握するため、年度ごとに地点を変えて調 留萌 査を実施した。その結果、環境基準及び指針値が設 網走 滝川 定されている物質の中で、ベンゼンについては短期 根室 江別 的に基準値を超過するケースが見られているが、他 北広島 伊達 帯広 千歳 根室落石岬 釧路 の物質は基準値等を大きく下回っている状況にある。 室蘭 また、道内の室蘭地区は、ベンゼン濃度が特に高 い地域として国が指定した5地域の1つとなり、事 業者が平成 13 年から3年間「地域自主管理計画」を 図1 有害大気汚染物質モニタリング調査地点図 策定し、排出抑制対策を実施した。道では室蘭市と ともに発生源調査、周辺環境調査を行い、対策の効 果等を検証してきた。その結果、依然として短期的 ○分析方法:有害大気汚染物質測定方法マニュアル には高濃度が出現する場合はあるが、年平均値でみ (環境省)に準拠 ると、環境中濃度は顕著に減少し、平成 16 年度から 環境基準(3μg/m3)を達成している。 3 結果及び考察 平成 19 年度に実施した千歳市(一般環境・沿道) 今回、 平成 9 年度から 19 年度に実施した有害大気 汚染物質モニタリング調査(一般環境、道路沿道、 のベンゼン濃度の結果を図2に示す。年平均値は、 発生源周辺)、及び清浄地域における環境モニタリ 一般環境が 1.5μg/m3、沿道が 1.7μg/m3であり、12 ング調査の結果から、ベンゼン濃度等について、気 月を除き沿道>一般の傾向が見られ、自動車による 象条件や発生源からの影響などの地域特性について 局所的な影響が明らかであった。また、両地点とも 検討したので報告する。 冬季に顕著な濃度上昇が見られ、寒冷地の季節的な 特徴も示された。 2 調査方法 ○調査地点:表 1 及び図1に示す。 4 千歳(一般) 千歳(沿道) H9 (10月~) H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 H18 H19 一般環境 沿道 発生源 周辺 清浄地域 釧路 千歳 - - 帯広 江別 滝川 網走 千歳 帯広 根室 稚内 留萌 千歳 伊達 北広島 北広島 北広島 千歳 帯広 釧路 稚内 留萌 千歳 ベンゼン濃度(μg/m 3 ) 表 1 有害大気汚染物質モニタリング調査地点 - 室蘭 3 (環境基準値:3μg/m3) 2 1 根室 落石岬 0 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 図2 ベンゼン濃度の経月変化 (平成 19 年度結果) ※地点によっては測定頻度が6回/年以下と少なく、年平均値 として環境基準等と直接的な比較ができない地点がある。 1 2月 3月 各地域区分(一般環境、沿道、発生源周辺)ごと 沿道については、 全体的に減少傾向が表れていた。 のベンゼン濃度の年平均値の経年変化を図 3 に示す。 同一地点で実施した平成 11、12、13 年度の北広島の 一般環境については、毎年調査地点を変えている 調査では、ベンゼン濃度は2年間で2分の1に減少 3 が、各地点とも、近年は 1.0μg/m 前後で推移してい した。また、平成9年度(10 月~)、14 年度、19 た。 年度の千歳の調査結果からは、10 年間で 2 分の1以 下に減少しており、自動車からの影響が小さくなっ 5 ていることが示された。 3 ベンゼン濃度(μg/m ) 一般環境 4 発生源周辺(室蘭市)については、排出抑制対策 3 の効果が表れ、顕著な減少傾向が見られた。ベンゼ 2 ン濃度は 10 年間で5分の1となり、平成 16 年度に 環境基準を達成した後、同レベルで推移している。 1 (調査主体:室蘭市) 0 H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 H18 また、発生源からの影響をほとんど受けない清浄 H19 地域である根室市落石岬のベンゼン濃度の年平均値 (釧路) (帯広) (江別)(滝川) (網走) (千歳)(帯広) (根室)(稚内) (留萌) (千歳) は 0.32~0.49μg/m3と低濃度レベルで推移していた。 5 3 ベンゼン濃度(μg/m ) 沿道 平成 19 年度の調査地点の年平均値、及び平成 18 4 年度の全国平均値(環境省:平成 18 年度有害大気汚 3 染物質モニタリング調査結果)を図 4 に示す。 2 年平均値は室蘭(発生源周辺)>千歳(沿道)> 1 千歳(一般環境)>落石(清浄地域)の順であり、 全国平均値とほぼ同程度であった。 0 H9 H10 (千歳) (伊達) H11 H12 (北広島) H13 H14 H15 H16 H17 H18 清浄地域である落石は 1 年間を通じてベンゼン濃 H19 (千歳) (帯広) (釧路) (稚内) (留萌) (千歳) 度が低く、一般環境と比較して 1/3 以下の値であっ た。 発生源周辺(室蘭) 一方、発生源周辺の室蘭のベンゼン濃度は 0.78~ 9 5.7μg/m3で、調査日による濃度のばらつきが大きか った。発生源の拡散シミュレーションの結果、気象 6 の状況によって発生源の影響は敷地内だけではなく 3 一般環境へ影響を及ぼすことが示唆された。 0 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 H18 H19 図 3 ベンゼン濃度の経年変動 (平成 9~19 年度) ベンゼン濃度(μg/m ) 6 北海道結果 (H19年度) 3 ベンゼン濃度(μg/m 3) 12 全国平均(H18年度) 4 2 0 千歳(一般) 千歳(沿道) :一般環境 室蘭 :沿道 落石 :発生源周辺 一般環境 :清浄地域 図 4 ベンゼンの地点別濃度(年平均値) 2 沿道 発生源周辺 清浄地域における大気粉じんの後方流跡線による流入経路別解析 環境保全部 1 はじめに 本研究は、清浄地域における大気エアロゾルおよ び含有成分の長期モニタリングによって、広域的な 環境変動の動向および機構解明、濃度評価基準の設 定等を目的として進められている。今回は、人為汚 染の主な指標である非海塩硫酸イオン(nss-SO42-) や、金属成分等の動向について、流跡線解析により 流入経路別の濃度長期変動状況等の検討を行ったの で報告する。 2 試料採取地点 試料は、根室市落石において採取した。また、利 尻島仙法志、札幌及び釧路においても比較対照のた め採取を行った。 2-1 根室市落石(地球環境モニタリングステーショ ン) 根室市落石は根室市街地の南側約 20km に位置し、 地球環境モニタリングステーションは太平洋に向か って南に突き出た落石岬の南端に設置されている。 周囲は原野であり、北側約 1.5km に落石の集落およ び漁港が存在する。 2-2 利尻町仙法志(国設利尻酸性雨離島局) 利尻島は日本の北端、稚内市の西側約 30kmに位 置し、周囲を日本海に囲まれている。島の形状はほ ぼ円形であり、中央には利尻山(海抜 1721m)がそ びえている。国設利尻酸性雨離島局は島の南端、仙 法志の海岸から北側約 1km の地点に設置されている。 周囲は原野であり、南側の海岸沿いに仙法志の集落 および漁港が存在する。 2-3 札幌(対照都市域) 試料採取は北海道環境科学研究センター屋上にお いて行った。北海道環境科学研究センターは札幌駅 の北西約 2kmに位置し、周囲は住宅地域であり、 西側約 300m に交通量の多い幹線道路が走っている。 2-4 釧路(対照都市域) 試料採取は釧路支庁屋上において行った。釧路支 庁は釧路駅の南約 1.5km に位置する。周囲は商業・ 住宅混在地域である。 3 試料採取 流跡線解析のための試料は一日単位の採取法であ る大気中浮遊粉じんを対象とした。また、より長期 大塚英幸、秋山雅行 の連続した情報を得るため、比較参照として、1 ヶ 月単位で浮遊粒子状物質を採取した。 3-1 大気中浮遊粉じん(TSP):ハイボリウムサンプ ラー(HV)を用いて、石英繊維ろ紙上に 1300 l/min の流量で採取した。 3-2 浮遊粒子状物質(SPM):ローボリウムサンプラー (LV)を用いてメンブランろ紙上に吸引流量 20 l/min で 1 試料につき 1 ヶ月間、通年採取した。 4 分析および解析条件 4-1 分析 試料は恒温恒湿(20℃、50%)室に 48 時間放置後、 秤量した。なお、HV 及び MV 用ろ紙は目的に応じて 分割使用した。 4-1-1 水溶性成分 (SO42-、NO3-、Cl-、NH4+、Na+、 K+、Ca2+、Mg2+) ろ紙の 1/8 を 50ml の純水に浸して、30 分超音波 抽出を行い、抽出液をポアサイズ 0.2μm のメンブレ ンフィルターでろ過後、イオンクロマト法により定 量した。 4-1-2 金属成分 ろ紙の 1/16 を HNO3 、HF 及び H2O2 により高圧加 熱分解した。その後、いずれも残さを少量の硝酸、 水で溶解し、定容後 ICP-AES 及び ICP-MS(検量線法) によって定量した。 4-2 流跡線解析 流跡線解析は、国立環境研究所地球環境研究セン ターの「対流圏モニタリングデータ評価のための気 象データ解析システム(通称 CGER-GMET)」により、 ヨーロッパ中期予報センター(ECMWF)のデータを用 いて行った。 5 結果と考察 気塊の流入経路と各成分濃度との関係につい て検討するため流跡線解析を行った。気塊流入経 路の区分として図 2 に示す領域Ⅰ∼Ⅳ(Ⅰ:ロシ ア側、Ⅱ:中国・朝鮮半島・日本(主に本州)側、 Ⅲ:太平洋側、Ⅳ:カムチャツカ半島側)を設定 した。各試料の代表領域(1∼3 日前における流跡 線存在確率が 5 割以上)を求め、領域毎の nss-SO42- 及び金属成分の平均大気中濃度を算出 した。各領域の出現頻度を表1に示す。 nss-SO42-、V 及び Al の領域別大気中濃度を図 3 に 示す。各年度ともに、領域Ⅱにおける濃度が最も高 い場合が多く、表 1 に見るように気塊流入頻度も多 い。このことから、落石のような清浄地域において も、黄砂の飛来や大陸及び本州方面からの汚染気塊 の流入による影響が大きいと示唆される。長期的な 濃度変動を見ると、nss-SO42-については各領域とも に明確な傾向は認められなかったが、Al については 領域Ⅱで増加傾向が認められ、特に 2000 年以降は高 濃度を示す年度が多く、黄砂飛来回数の増加 2)を反 映した結果このような傾向を示したと考えられる。V では領域Ⅱで増加傾向を示している他、領域Ⅲにお いても若干の増加傾向を示した。V は重油燃焼の指 標元素として知られており、増加の要因としては、 nss-SO42-の領域Ⅲにおける変動とも類似しているこ とから、大陸における石油消費量の増加 3)や、落石 沖数 km を通る北米航路における荷動量の増加 4、5) に伴う重油燃焼排出ガスの影響が考えられる。 以上で解析対象とした TSP 試料は週 1 回程度のい わばスポット採取であるため、1 年を通した平均的 な動向を知るためには、連続採取による SPM 試料の 結果が適している。図 4 に SPM および金属成分の大 気中濃度年度平均値の推移を示す。また、比較のた め都市域 2 地点におけるデータを並べて示した。清 浄地域 2 地点間の濃度差を見ると、多くの元素が落 石において最も低い濃度を示す中で、V は他の元素 と異なった傾向を示していた。V は年間を通じて落 石において利尻より高く推移しており、釧路におい ても V の濃縮係数が他都市と比較して高い調査結果 が得られている。これらのことは道東地区において 何らかの重油燃焼の影響があることを示唆している。 また、季節変動を見るために、図 5 に落石及び利尻 において採取した SPM 試料による Pb 及び V の大気中 濃度を示す。Pb が概ね利尻の方が高く推移している のに対して、V は特に夏季に落石の方が高くなって いる。夏季の根室地方における主風向は南であり、 太平洋方面からの V の供給が示唆される。 6 おわりに 粒子状物質の評価に際して、気塊の流入経路を 領域区分することにより、発生源の影響の大小を 捉えることが可能となり、バックグラウンド濃度 を把握する際の重要な判断基準とすることがで きると考えられる。今後は流跡線による区分方法 の検討を行い、領域別による濃度比較のための精 度を向上させることが必要と考えられる。 文献 1. 秋山ら、清浄地域の空気質に関する研究-流跡線解析によ る 検 討 -, 北 海 道 環 境 科 学 研 究 セ ン タ ー 所 報 , 26, 91-93 (1999) 2. 大塚ら、清浄地域における大気エアロゾル中の金属成分 -1997∼2001 年度における動向について-, 北海道環境科学研 究センター所報, 29, 33-39(2002) 3. http://www.bp.com/statisticalreview. 4. 国土交通省海事局, 平成 18 年度版海事レポート(概要), 6-8 (2007 ) 5. ( 財 ) 日 本 海 事 広 報 協 会 , 数 字 で 見 る 日 本 の 海 運 ・ 造 船 2007,40-41(2007) 利尻(国設利尻酸性雨離島局) 根室市落石 (地球環境モニタリングステーション) (国立環境研究所地球環境センター) 図1 図2 採取地点 表1 代表領域出現割合 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 期間平均 Ⅰ (%) 37 39 37 38 39 39 38 29 36 37 Ⅱ (%) 41 41 37 33 46 39 49 36 38 40 Ⅲ (%) 15 11 9.3 16 8.7 9.8 2.1 18 11 11 Ⅳ (%) 7.3 8.7 16 13 6.5 12 11 18 15 12 出現数 (回数) 41 46 43 45 46 51 47 45 47 領域区分図 Al 0 .7 0 111111111111111 0 .6 0 3 3 0 .5 0 大気中Pb濃度(ng/m ) (SPM試料) 12.00 μg/m 0 .4 0 利尻Pb 0 .3 0 落石Pb 10.00 0 .2 0 8.00 0 .1 0 Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ 03 02 01 20 6.00 4.00 20 年度 20 99 00 20 19 19 98 97 19 19 19 96 95 0 .0 0 2.00 04 .4 03 .4 02 .4 01 .4 00 .4 99 .4 97 .4 98 .4 0.00 n ss-S O 423 .5 3 .0 3 大気中V(ng/m ) SPM試料 3 2 .5 4.5 利尻V μg/m 2 .0 落石V 4.0 1 .5 3.5 1 .0 3.0 0 .5 Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ 2.0 1.5 03 02 20 年度 2.5 20 00 01 20 20 19 19 99 98 97 19 19 19 96 95 0 .0 1.0 0.5 V 0.0 .4 97 3 .0 0 10 .4 98 10 .4 99 10 .4 00 10 .4 01 10 .4 02 2 .5 0 1 .5 0 図5 SPM 試料中金属成分の大気中濃度 1 .0 0 0 .5 0 Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ 図3 03 20 01 02 20 年度 20 20 00 99 19 97 98 19 19 96 19 95 0 .0 0 19 ng/m 3 2 .0 0 領域別大気中濃度(落石) 図4 SPM及び金属成分大気中濃度の経年変化 10 海鳥に付着した色素の分析 環境保全部 ○田原 るり子、加藤 拓紀 この2つの分画の UV-Vis 吸収スペクトルを測 1 はじめに 平成 19 年 8 月、釧路市内の海岸において羽がオ 定したところ、この物質の極大吸収波長(以下 レンジ色に染まっている海鳥が発見され、一部は )はジエチルエーテル中で 470 nm、 「λmax」と略す。 すでに死亡していた。これを受け、演者らはこの ジクロロメタン中で 480 nm 付近であることがわ オレンジ色の物質の同定を試みた。この調査にお かった。 いては、現地における事前調査の結果、この物質 は海鳥の胸のあたりの羽を中心に付着していたこ 2.2 石油製品付着の有無について と、洗剤で洗浄することができたこと、蛍光は発 オレンジ色を呈する色素のうち、主要な合成色 しないことがわかっていた。染まっていた羽は光 素であるアゾ色素の一部は、ガソリンやローソク 沢感が失われていなかったので、演者らはこの物 の着色に用いられることがある 1b)。そこで、この 質は染料であると判断した。しかしながら、市場 色素が石油製品に使われていたものである可能性 には用途に応じて数千種類の色素が流通し 1a)、食 について、GC / MS クロマトグラム中での石油製 品用、化粧品用などの一部の色素を除いた多くの 品特有の n-アルカンパターンの有無によって確 ものについては、用途と色調のみが明示され、構 認を行った 4)。得られたマスクロマトグラムには、 2)。また、食品用色 n-アルカンパターンが見られなかったので、色素 素を除いて、系統的な同定作業についても報告さ は石油製品に使われたものではないことがわかっ れていないことから、有機化合物の構造決定など た。 造式は明らかにされていない に使われる分光装置を用いて、色素の基本骨格の 2.3 元素分析 同定を試みた。 色素の構造を知る手掛かりとして、黄色から赤 2 方法 色を呈する色素に使われることがある 15 種類の 2.1 化学的性質について 金属元素を ICP 発光分析法で測定した。その結果 色素はアセトンや n-ヘキサンなどの有機溶媒 カルシウムなどの 5 種類の元素が検出されたが、 に溶け、水に不溶であったことから、「第 4 版実 カルシウムは海塩由来であり、亜鉛、アルミニウ 基本操作Ⅰ」3)に準拠し、溶媒抽 ム、鉄及びマンガンは土壌由来である可能性が高 出による分画を行うことで色素の化学的性質を検 かった。その他の元素については、検出下限未満 討した。このとき、有機溶媒としてジエチルエー あるいはごく微量でしか検出されなかった。 テル及びジクロロメタン、水相には後述の可視・ 分析対象元素(下線は検出された元素) 験化学講座1 紫外線吸収スペクトル(以下「UV-Vis 吸収スペク 亜鉛、アルミニウム、アンチモン、カドミウム、 トル」と略す。)測定の妨害とならないように酸性 カルシウム、クロム、コバルト、チタン、鉄、銅、 水溶液には塩酸、塩基性水溶液には水酸化ナトリ 鉛、ニッケル、バリウム、砒素、マンガン ウム水溶液を用いた。 この物質は水相の pH の変化とは無関係に有機 2.4 色素の同定について 溶媒に分配され、呈色も変化しなかったので、中 以上の結果から、この調査で対象としている色 性物質であることがわかった。また、有機溶媒に 素は、油溶性の中性物質で黄色から橙色の呈色を ジエチルエーテルを用いた場合には黄色、ジクロ 示すこと、金属は含まないことがわかった。色素 ロメタンを用いた場合は橙色を呈しており、この の呈色は基本骨格の他に、置換基や溶媒などで変 物質の吸収スペクトルは溶媒の影響を受けること 化するため、基本骨格の性質から、必ずしも全て がわかった。 の色素の骨格が類推可能ではないが、この色素の 溶解性及び呈色から、この物質はアゾ色素あるい はカロテノイド色素である可能性が高いことが推 測された 2), 5)。アゾベンゼンに代表されるアゾ色 素は分子内に-N=N-結合を持ち、このアゾ基に必 ずひとつの芳香環が結合している色素である。一 方の、天然色素のβ-カロチンに代表されるカロテ ノイド色素は分子内に長鎖の共役二重結合を持つ 色素であり、両者の構造は大きく異なっている。 そこで、色素の分子構造を同定するために、プロ トン核磁気共鳴分光測定(以下「1H-NMR」とい う。)を行った。このとき、シリカゲルカラムによ る精製で、色素は6つの分画に分けられた。その うちの 1 つの GC / MS によるマススペクトルを図 1に示す。図1からは、14 m/z 間隔のフラグメン 図1 色素のマススペクトル 液抽出による分画操作において、水相の pH の変 化に伴って水相に分配されるか、有機相の呈色が トが確認された。他の分画においても同様に 14 変化することが予想されるため、ケミカルシフト m/z 間隔のフラグメントが確認された。一方、 値 4 ~ 6 ppm のピークは-C=C-に結合しているプ 1H-NMR 測定に対しては、それぞれの分画が非常 ロトンピークであると考えられる。また、図1中 に微量であったことから、全ての分画を合わせた の 14 m/z 間隔のフラグメントパターンも、分子 上で、重水素化したクロロホルム(以下「CDCl3」 内にメチレン基が相当数存在していることを示し と略す。)に転溶し、1H-NMR に供した。転溶の ており 際、試料を乾燥したところ、橙色の物質が黒緑色 ていることを支持している。以上のことから、こ に変色し、その後 CDCl3 に溶解しても色が元に戻 の色素はアゾ色素より分子内に長鎖の共役二重結 らなかったことから、この物質は酸化されやすい 合をもつカロテノイド色素である可能性が高いこ 物質であると考えられる。 とが示された。 6b)、この色素が分子内に-C=C-結合を持っ 得られた 1H-NMR スペクトルを図2に示す。 図2のうち、ケミカルシフト値 3 ppm 以下のピー 3 考察 クは一般的に脂肪族炭化水素のプロトンに起因す 以上の検討の結果、海鳥に付着していた色素は るもので、可視光領域に吸収は持たず、精製に用 カロテノイド色素である可能性が高いことが示さ いた n-ヘキサンのものと考えられる。また、7.2 れた。カロテノイド色素は天然に存在する色素で、 ppm 付近のピークは CDCl3 に含まれるクロロホ 食品用に広く利用されている。非常に多くの化合 ルムのピークである。可視光領域に吸収を持つ物 物があるが、炭素と水素のみから構成されている 質の基本骨格に起因すると考えられるピークは、 カロテン類、それ以外を含むキサントフィル類の ケミカルシフト値 4 ~ 6 ppm(フェノール、アリ 二つに大別される。 ールアミンのプロトンあるいは-C=C-に結合した カロテノイド色素の呈色は基本骨格である共役 プロトン)、8 ppm 付近(芳香族あるいはヘテロ 二重結合構造によるものである。共役二重結合は 芳香族のプロトン)のものと考えられる 6a)。この うち、4 ~ 6 ppm のピークは 8 ppm 付近のピーク 無極性であるため、λmax は溶媒の影響をほとんど 受けない 6c)。しかしながら、この色素のλmax は溶 よりもピーク面積の合計値が大きく、分子内には 媒によってシフトしているので、分子内に溶媒の 芳香族あるいはヘテロ芳香族のプロトンよりも、 影響を受ける極性置換基が分子内に存在している フェノールやアリールアミンのプロトンあるいは と考えられる。このため、この色素はカロテノイ -C=C-に結合しているプロトンが多く存在してい ド色素のうち、キサントフィル類である可能性が ることを示している。このピークがフェノールの 高く、前述のとおり油溶性、水に不溶、酸及びア プロトンであれば、この物質はフェノール性の弱 ルカリ性水溶液に不溶、中性及び酸化されやすい 酸性物質で、アリールアミンのプロトンであれば、 という性質を持っているので、キサントフィル類 塩基性物質である。どちらの場合においても、液 図2 色素の 1H-NMR スペクトル のうち、パプリカ色素、マリーゴールド色素、フ 6) R. M. Silverstein, G. C. Bassler, T. C. ァフィア色素あるいはヘマトコッカス藻色素であ Morrill 著、荒木峻、益子洋一郎、山本修 る可能性が高いと考えられた。 訳;有機化合物のスペクトルによる同定法 (第 4 版) 4 謝辞 −MS, IR, NMR, UV の併用−、 東京科学同人、東京、1983 年 本検討を進めるにあたり、多大なるご協力とご a) 4章 プロトン核磁気共鳴法 助言をいただきました北海道大学大学院地球環境 b) 2章 質量分析法 科学研究院 中村博教授に深く感謝申し上げます。 c) 6章 紫外分光法 参考文献 1)西久雄;色素の化学 インジゴからフタロシ アニンまで、共立出版、東京、1985 年 a) p 19 b) p 58 2) The Society of Dyers and Colourists, American Association of Textile Chemists and Coulourists;Colour Index, Third Edition Volume 4, 1979 3) 日本化学会(編) ;第 4 版実験化学講座1 基 本操作Ⅰ、丸善株式会社、東京、平成 2 年 4)田原ら,環境化学,Vol. 17, p 395-411, 2007 5) 谷村顕雄、片山脩、遠藤英美、黒川和男、吉 積智司(編);天然着色料ハンドブック、光 琳、東京、1979 年 遺伝子導入細胞を用いたダイオキシン類簡易測定法の開発と モニタリングへの適用に関する研究 環境保全部 山口勝透、姉崎克典、芥川智子、大塚英幸 環境科学部 岩田理樹 北海道立衛生研究所 小島弘幸、武内伸治、小林智、高橋哲夫、神和夫 1 はじめに 列を上流に持つレポーター遺伝子を導入した安定 ダイオキシン類の測定には、高分離ガスクロマ 型発現細胞株(DR-EcoScreen)を用いたバイオア トグラフ/高分解能質量分析計(HRGC/HRMS) ッセイ法(DR 細胞アッセイ法)であり、従来のバ を用いて個々の異性体を測定する方法が公的機関 イオアッセイ法に比べて 2,3,7,8-TeCDD に対し高 及び民間分析機関に広く用いられている。精確な い感受特性を持っていることから、ダイオキシン 濃度を求めるには極めて優れた方法であるものの、 類濃度が極めて低い大気試料や食品試料に対して 試料の前処理及び機器分析に多大な時間と労力を も本法を適用し、そのスクリーニング法としての 要し、分析機器の維持管理に多額の費用がかかる 有用性について評価を行った。更に、本法を用い という課題がある。通常、ダイオキシン類の測定・ た市販魚介類のダイオキシン類含有量に関するス 分析をする際には、発生源試料や環境試料の媒体 クリーニング試験を行ったので併せて報告する。 毎に設定されている基準値等に対して、その測定 結果が十分に低い値であるか、または超過する値 2 方法 であるかが問題であり、それを判定(スクリーニ 2-1 試料 ング)することが先決事項となってくる。そこで、 排ガス試料(31 検体)、燃え殻・ばいじん試料 現在では、迅速で安価な簡易測定法である生物検 (44 検体)及び大気試料(69 検体)はトルエン抽 定法(バイオアッセイ法)を公定法として認める 出液を、食品試料(魚介類 26 種 50 検体)は可食 動きがあり、環境省は平成 17 年に排ガス、燃え殻 部をホモジナイズしたものを、HRGC/HRMS 法用 及びばいじん中のダイオキシン類測定において 4 及び DR 細胞アッセイ法用にそれぞれ分取した。 種のバイオアッセイ法を採用した。しかしながら、 2-2 HRGC/HRMS 法 これらのバイオアッセイ法はライセンスの関係で 前処理及び機器分析にあたり、排ガスは「JIS K 一部の企業が実施しているに過ぎず、広くダイオ 0311」に、燃え殻・ばいじんは「特別管理一般廃 キシン類調査に活用できる状況にないという現状 棄物及び特別管理産業廃棄物に係る基準の検定方 がある。 法(平成 4 年厚生省告示第 192 号)」に、大気は「ダ そこで我々は、芳香族炭化水素受容体(AhR) イオキシン類に係る大気環境調査マニュアル(環 を介した遺伝子発現作用を指標とした迅速で安価 境省、平成 18 年 2 月)」に、食品は「食品中のダ なレポーター遺伝子アッセイ法を開発し、発生源 イオキシン類及びコプラナーPCB の測定方法暫定 試料(排ガス、燃え殻、ばいじん)中に含まれる ガイドライン(厚生省、平成 11 年 10 月) 」にそれ ダイオキシン類汚染レベルを HRGC/HRMS によ ぞれ準じて実施した。 る機器分析法(HRGC/HRMS 法)の結果と比較し、 2-3 その有用性について検討した。また、本法はマウ 前処理:排ガス及び燃え殻・ばいじん試料は、京 ス肝腫瘍細胞(Hepa1c1c7)に高感度 AhR 応答配 都電子工業(株)製自動前処理装置 SPD- 600 で処理 DR 細胞アッセイ法 換算後 し、約 0.7mL の DMSO 溶液に調整した。大気試 12 DR細胞による測定値 (cell-based ng-TEQ/g) 料は、 多層シリカゲルカラムと HPLC で前処理し、 50µL の DMSO 溶液に調整した。食品試料(魚介 類)は、ホモジナイズ試料を凍結乾燥し、ソック スレー抽出を行い、硫酸処理、多層シリカゲルカ ラム及びアルミナカラムで前処理し、50µL の DMSO 溶液に調整した。 バイオアッセイ:96-well マイクロプレートに DR-EcoScreen 細胞を播種し、2,3,7,8-TCDD 標準 液 及 び 実 施 料 を 添 加 し た 。 24 時 間 培 養 後 、 y = x - 0.042 R = 0.96 10 8 6 4 n = 44 2 0 Steady-Glo 試薬(Promega)を添加し、ルミノメ 0 ーターでルシフェラーゼ酵素活性を測定した。実 試料中ダイオキシン類濃度は、2,3,7,8-TCDD(最 2 4 6 8 10 12 HRGC/HRMSによる測定値 (ng-TEQ/g) 図2 燃え殻・ばいじん試料における HRGC/HRMS 終濃度 0.1∼10pg/mL)の検量線を用いて TCDD 法と DR 細胞アッセイ法との比較 毒性当量(TEQ 値)として算出した。 今後、簡易測定法としての活用が期待される結果 3 であった。この試験結果を受け、平成 19 年度に行 結果と考察 3-1 われた新たな生物検定法の公募に本法を申請した 排ガス、燃え殻・ばいじん 排ガス試料及び燃え殻・ばいじん試料の DR 細 ところ、公定法として採用される見込みとなった。 胞アッセイ法による測定値は、HRGC/HRMS 法に よる測定値とそれぞれ良好な相関(r=0.94, n=31 及び r=0.96, n=44)を示した(図1、図2)。換算 3-2 大気 大気試料の DR 細胞アッセイ法による測定値は、 係数(それぞれ、0.2057 及び 0.2418)で補正後の HRGC/HRMS 法 に よ る 測 定 値 と 良 好 な 相 関 DR 細胞アッセイによる値は、HRGC/HRMS 法に ( r=0.98, n=69 ) を 示 し た ( 図 3 )。 換 算 係 数 よる測定値といずれも 1/2∼2 倍の範囲内にあり、 (0.2740)で補正後の DR 細胞アッセイによる値 は、HRGC/HRMS 法による測定値と 1/2∼2 倍の 換算後 範囲内にあり、簡易測定法として有用であること DR細胞による測定値 (cell-based ng-TEQ/m 3 N) 14 が示された。一般に、大気試料はダイオキシン類 y = x - 0.36 R = 0.94 12 濃度が低いのに加え、一試料あたりの試料採取量 10 が 1,000m3 程度で、実際の分析に供されるダイオ 8 キシン類の絶対量が数十ピコグラム程度に限られ るが、この様な極低濃度試料でも DR 細胞アッセ 6 イ法は検出可能であることが明らかとなった。 4 3-3 n = 31 2 食品(魚介類) 食品試料(魚介類)の DR 細胞アッセイ法によ る測定値は、HRGC/HRMS 法による測定値と良好 0 0 2 4 6 8 10 12 14 HRGC/HRMSによる測定値 (ng-TEQ/m 3 N) 図1 排ガス試料における HRGC/HRMS 法と DR 細胞アッセイ法との比較 な相関(r=0.96, n=25)を示し、傾きが 1 に近く、 原点付近を通る回帰直線が得られた(図4)。DR 細胞アッセイ法による測定は、迅速、簡便かつ安 価であることに加え、感度が高いなど優れた性質 別を含む)についてスクリーニング試験を行った。 換算後 DR細胞による測定値( c e ll- base d pg- TE Q/ m3 ) 1 結果を図5に示す(試料名は商品名で表示)。道内 y = x R = 0.98 産、輸入品共に、クロマグロのトロ部分及びキン キを除いて通常食する身の部分は濃度が低い 0 .1 (N.D.~ 1pg-TEQ/g 程度)ことが確認された。一 方、肝膵臓は身に比べて非常に濃度が高く、EU の ガイドライン値を超過するものも認められた。ま 0 .01 た、クロマグロのトロ部分やキンキの様な油分の n = 69 多いものは比較的濃度が高く、一部 EU のガイド 0 .0 01 0 .0 0 1 0 .0 1 0 .1 ライン値を超過するものが認められた。そこで、 1 8pg-TEQ/g を超過しているクロアチア産養殖クロ 3 HRGC/HRMSによる測定値( pg- TEQ/ m ) マグロの大トロとあんこうの肝について 図3 大気試料における HRGC/HRMS 法と DR 細 胞アッセイ法との比較 HRGC/HRMS 法でも測定を行い、DR 細胞アッセ イ法による結果と比較した。なお、ボタンエビの 肝膵臓は試料不足のため実施できなかった。更に、 を有していることから、食品試料中のダイオキシ ン類濃度を把握するスクリーニング法として有用 であることが示唆された。 EU への輸出品であるホタテ貝各部位についても HRGC/HRMS 法でも測定を行い、比較を行った。 図6に示す様に、DR 細胞アッセイ法による結果と HRGC/HRMS 法による測定値は非常によく対応 DR-EcoScreen cells (cell-based pg-TEQ/g wet weight) 7 していることが確認され、実際の魚介類中ダイオ キシン類のスクリーニング試験に DR 細胞アッセ y = 0.9 1x + 0 .03 3 r = 0.9 6 6 イ法が有用であることが示された。また、TDI か 5 ら考えて、一部の食品を過度に摂取するのではな 4 く、バランスの取れた食生活が重要と考えられた。 この様に、実際に食品試料等に含まれるダイオ 3 キシン類濃度を測定し、基準値等に対する評価試 2 験をする場合、高感度である DR 細胞アッセイ法 n=25 1 でスクリーニング試験を行い、基準値等を超過し た試料または基準値付近のグレーゾーンの試料に 0 0 1 2 3 4 5 6 HRGC/HRMS (pg-TEQ/g wet weight) 7 図4 食品試料(魚介類)における HRGC/HRMS 法と DR 細胞アッセイ法との比較 3-4 市販魚介類小規模スクリーニング試験 対して HRGC/HRMS 法を用いて正確な濃度を求 めることで、多検体試料に対する試験でも迅速、 簡便かつ安価に実施することが可能となる。 4 まとめ 我が国における食品中のダイオキシン類濃度に ① 排ガス及び燃え殻・ばいじんにおける HRGC/ 関する基準は、耐用一日摂取量(TDI)として 4pg- HRMS 法による測定結果と DR 細胞アッセイ法 TEQ/kg・day が示されているのみで、各食品中の による測定結果は良好な相関を示した。それぞ 濃度に関するものは示されていない。そこで、欧 れの換算係数で補正後の DR 細胞アッセイの結 州連合(EU)での輸出入に関わるガイドライン値 果は、HRGC/HRMS 法による測定値といずれも 8pg-TEQ/g を指標に、市販魚介類 20 検体(部位 1/2∼2 倍の範囲内にあり、簡易測定法として良 験の結果、DR 細胞アッセイ法は精度良くスクリ 好な結果であった。 ② 大気試料及び食品試料(魚介類)においても非 ーニングを行うことが可能であることが示され 常に良好な相関を示し、極低濃度領域における た。また、HRGC/HRMS 法と組み合わせること スクリーニング試験法としても DR 細胞アッセ で、多検体試料でも迅速、簡便かつ安価にスク イ法が使用可能であることが示された。 リーニングが可能なことが示唆された。 ③ 市販魚介類を用いた小規模スクリーニング試 ダイオキシン類濃度(cell-based pg-TEQ/g-wet) 試料 道内産天然クロマグロ 部位 赤身 中トロ 〃 大トロ 〃 クロアチア産畜養クロマグロ 大トロ 台湾産天然メバチマグロ ハラス 南氷洋産ミンククジラ 身 道内産あんこう 身 肝 〃 道内産真ゾイ 身 道内産キンキ 身(皮含む) アルゼンチン産赤エビ 身 インドネシア産ブラックタイガー 身 道内産ボタンエビ 身 ミソ(肝膵臓) 〃 道内産毛ガニ(ボイル) 身 ミソ(肝膵臓) 〃 道内産ホタテ貝 貝柱 ヒモ 〃 生殖巣 〃 中腸腺 〃 0 5 8 8 10 15 20 ND (< 0.1) ND ND ND ND EU の許容基準濃度 図5 市販魚介類中ダイオキシン類小規模スクリーニング試験結果 ダイオキシン類濃度(pg-TEQ/g-wet) 25 DR細胞 HRGC/HRMS 20 15 10 8 5 0.1 DR細胞の 検出下限濃度 中 腸 腺 生 殖 巣 ヒ モ 貝 柱 肝 う あ ん こ 道産ホタテ貝 ク ロ マ グ ロ 大 トロ 0 図6 市販魚介類における HRGC/HRMS 法と DR 細胞アッセイ法との比較 人畜排泄物に起因する女性ホルモン活性物質の動態 環境保全部化学物質第二科 1. はじめに ○永洞 真一郎 化チタン添加紫外線照射法における半減期はそれぞれ 260 分お 水環境において検出される女性ホルモン活性(エストロゲン活 よび 310 分と求められた。この結果から、本実験に用いた紫外線 性)は、人工化学物質よりはむしろ人畜排泄物に含まれる天然女 ランプでは酸化チタン微粒子表面でのβエストラジオールの分解 性ホルモン物質そのものに起因すると考えられている。このことは、 を誘起できないものと考えられた 3)。次に 10 倍希釈した液肥による 下水処理場等が女性ホルモン活性物質の排出源であることを示 分解試験の結果を図 2 に示す。この図から、オゾン曝気法は良好 唆している。もとより、動物の排泄物には女性ホルモン活性物質が な分解曲線を示し、その半減期は 11 分程度と算出された。一方、 高濃度で含まれていることが知られており、一時期騒がれた魚類 次亜塩素酸ナトリウム溶液添加法においては、添加直後にはβエ のメス化現象も、人工化学物質よりは天然女性ホルモン物質の影 ストラジオール濃度が急激に減少したものの、その後はほとんど 1) 実際、バイオアッセイ法により求 減少せず、βエストラジオール濃度に応じて添加量を調節しなけ められた女性ホルモン活性の強さは、ノニルフェノールやビスフェ ればならないことが示された。また、紫外線照射法および酸化チタ ノール A といった人工化学物質よりもβエストラジオール(βE2) ン添加紫外線照射法においては、βエストラジオールの分解はき やエストロン(E1)といった天然女性ホルモン物質の方が強い活性 わめて遅く、4 時間後にも 10%程度しか減少が認められなかった。 響の方が大きいとする説もあり 2) を示すことが明らかとなっている 。 一方、わが国では家畜排泄物法が 2004 年 11 月から施行され これは、10 倍希釈した液肥においても紫外線の透過が強く抑制さ れていることによるものと考えられた。 ているが、北海道の水環境において家畜排泄物に起因する水質 次に、10 倍に希釈した液肥を各分解法で処理した残液のバイ 汚濁の発生を示唆するデータも散見される。こうした事故が発生し オアッセイの結果を図 3 に示す。この図から、オゾン曝気法におい た場合、天然女性ホルモン物質による環境影響も懸念されること ては女性ホルモン活性、急性毒性ともに認められず、人畜排泄物 から、人畜排泄物中に含まれる天然女性ホルモン物質の簡便な の分解法として最適と考えられた。紫外線照射分解法および酸化 削減法に関する検討を行ったので報告する。 チタン添加紫外線照射法においては、女性ホルモン活性、急性 2. 調査方法 毒性はそれぞれ ECx10=0.088CR および IC50=0.10CR、ECx pH=7.0 に調整した緩衝溶液にβエストラジオールを添加し、紫 10=0.073CR および IC50=0.096CR であり、ともに差異は見られず、 外線照射分解法、酸化チタン添加紫外線照射法、次亜塩素酸ナ 酸化チタンによる光触媒作用が得られていないことが明らかとなっ トリウム溶液添加法およびオゾン曝気法の 4 種の分解法によるβ た。一方次亜塩素酸ナトリウム溶液添加法においては、女性ホル エストラジオール濃度の時間変化を測定した。測定時間は 0∼4 モン活性は削減されているものの、急性毒性の上昇が認められた 時間とした。βエストラジオール濃度の測定は、高速液体クロマト (IC50=0.051CR)。これは、液肥中に含まれる有機物が塩素化さ グラフィー/蛍光検出法により行った。次に、実際にウシ糞尿を利 れ、毒性の強い物質が生成したためと推察された。 用したバイオガスプラントより採取した発酵液肥(上澄)をpH=7.0 謝辞 に調整した緩衝溶液で 10 倍に希釈し、同様に分解試験を行った。 HPLC によるβエストラジオールの分析、酸化チタンによる化学 また 4 時間後の分解残液は、液々抽出法により溶媒抽出した後、 物質の分解試験にあたり、当センター環境保全部の田原るり子研 酵母 Two-Hybrid 法により女性ホルモン活性を、発光微生物法に 究職員のご助言を賜りました。ここに記して謝意を表します。 より急性毒性を求めた。 参考文献 3. 調査結果と考察 1)西川洋三, 環境ホルモン. 日本評論社(2003) 図 1 にβエストラジオールのみによる分解曲線を示す。この図 から、次亜塩素酸ナトリウム添加法は、本実験条件下ではきわめ 2)Nishikawa et al., Estrogenic activities of 517 chemicals by Yeast Two-Hybrid assay. J. Health Sci. 46 282-298(2000) て速やかに分解されることが示された。オゾン曝気法も分解時間 3)Ohko et al., 17β-Estradiol degradation by TiO2 photocatalysis とともにβエストラジオール濃度の現象が観察され、本実験条件 as a means of reducing estrogenic activity. Environ. Sci. 下における半減期は 7.5 分と求められた。紫外線照射法および酸 Technol. 36 4175-4181(2002) UV照射法 TiO2添加-UV照射法 120% 100% 100% 100% 100% 80% 80% 80% 80% 60% 40% 60% 40% 60 60 120 180 240 時間(分) 0% 0 UV照射法 60 120 180 240 時間(分) 0 60 120 180 240 時間(分) 減少率(%) 80% 60% 40% 20% 120% 120% 120% 100% 100% 100% 80% 80% 80% 60% βE2 E1 40% 20% 0% 60% 60 120 180 240 時間(分) βE2 E1 40% 40% 20% 0% 0 60 120 180 240 時間(分) βE2 E1 60% 20% 0% 0 次亜塩素酸Na添加法 減少率(%) βE2 E1 100% TiO2添加-UV照射法 減少率(%) 120% 0% 0 60 120 180 240 時間(分) 0 60 120 180 240 時間(分) 10 倍希釈液肥におけるβエストラジオール(βE2)およびエストロン(E1)の減少曲線 -20 20 60 20 40 10 60 80 0 0.0001 100 0.01 濃縮係数(CR) 1 20 40 10 60 80 0 0.0001 100 0.01 濃縮係数(CR) 1 -20 20 0 発光強度比 40 10 発光強度比 20 -20 20 0 発光減衰率(%) 0 次亜塩素酸Na添加法 0 発光強度比 -20 20 TiO2添加-UV照射法 20 40 10 60 80 0 0.0001 100 0.01 1 濃縮係数(CR) 10 倍希釈液肥の各分解法による分解残液の女性ホルモン活性および急性毒性 発光減衰率(%) UV照射法 発光減衰率(%) オゾン曝気法 発光減衰率(%) 減少率(%) 20% 各分解法によるβエストラジオールの減少曲線 オゾン曝気法 図3 40% 0% 0 120 180 240 60% 20% 時間(分) 図2 40% 0% 0 図1 60% 20% 0% 減少率(%) 120% 減少率(%) 120% 20% 発光強度比 次亜塩素酸Na添加法 120% 減少率(%) 減少率(%) オゾン曝気法 80 0 0.0001 100 0.01 濃縮係数(CR) 1 北海道の水環境における医薬品類汚染の実態調査 環境保全部化学物質第二科 兵庫県立大学大学院 1. はじめに ○永洞 真一郎 中瀬 龍太郎 ルター(Whatman 社製 GF/C;保持粒径 1.2μm)でろ過し、ろ液中 近年、ヒトや家畜などに使用される医薬品類およびケア用品 の化学物質を固相抽出法により抽出した。その後溶媒を用いて溶 (Pharmaceuticals and Personal Care Products : PPCPs と略記)によ 出し、誘導体化や内部標準物質の添加を行った後 GC/MS による る水環境汚染が世界的に問題視されている。こうした化学物質は 分析を行った 生理活性を有することから、生態系を構成する生物、とりわけ水棲 品名を表 1 に示す。 生物への影響が懸念される。しかしわが国では、医薬品類の消費 3. 調査結果と考察 2) 。分析対象とした医薬品類の名称、用途、主な商 量や分解性といったデータが明らかになっておらず、環境に対す 表 2 に、分析対象とした医薬品類の検出件数、検出最大濃度 る負荷量や PEC(Predicted Environmental Concentration : 環境 および最小濃度を示す。この表から、様々な医薬品類が河川水 中予測濃度)は環境試料の測定結果から算出せざるをえない状 中から検出されることが明らかとなった。また、河川表層水と下水 況である。そうした中で、特に抗菌剤や抗ウイルス薬が環境中に 処理場放流水では、下水処理場放流水の方が検出頻度が多く、 放出されることは、細菌やウイルスが薬剤耐性を獲得する危険性 検出濃度も高めであることが示された。これは、下水処理場などの 1) がある ことから特に細心の注意が払われるべきと考えられる。 人畜排泄物処理施設が水環境中の医薬品類汚染の起源となっ 医薬品類は農薬類とは異なり、比較的水溶性が高いことから、 ていることを示している。また、検出された医薬品類の中で、ディ 高速液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析装置(LC/MS/MS) ート、クロタミトン、リドカインは夏季に濃度が上昇する、明瞭な季 による分析が望ましいとされているが、非常に高価な装置であるた 節変動が認められた。これらの医薬品類は虫よけスプレーの成分 め一般的ではない。そこで本研究では、全国の地方公害研究所 とかゆみ止めに多く含まれる成分であり、使用量の増加に伴う濃 に配備されているガスクロマトグラフィー/質量分析装置(GC/MS) 度変動と推察された 3)。また、抗菌剤としてヘルスケア用品などに を用いて本道河川水中の医薬品類の調査分析を行ったので報告 幅広く使用されているトリクロサンが河川水および下水処理場放 する。 流水から検出された。この物質は、紫外線の照射などによりダイオ 2. 調査方法 キシンが生成すると報告されており 4)、環境影響が懸念される。 北海道内の 3 河川(R1∼R3)の表層水及び 2 下水処理場 さらに、A 型インフルエンザ治療薬として使用されるアマンタジ (STP1 および STP2)の放流水を試料とした。試料水はガラスフィ ンが河川水および下水処理場放流水から検出された。この物質 はパーキンソン病における症状改善薬としても用いられるが、環 表 1 分析対象とした医薬品類 境中からの検出報告はきわめて少なく 5)、今後の詳細調査が必要 物質名 ディート クロタミトン リドカイン カルバマゼピン トリクロサン メキシレチン クレマスチン クロルフェニラミン ジフェンヒドラミン エテンザミド イソプロピルアンチピリン イブプロフェン ケトプロフェン ナプロキセン ジクロフェナク メフェナム酸 フェルビナク フルルビプロフェン クロフィブリック酸 ベザフィブラート ニフェジピン アマンタジン 用途 虫よけ剤 かゆみ止め 局所麻酔剤 抗てんかん薬 抗菌剤 抗不整脈剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 抗高脂血症剤(代謝物) 抗高脂血症剤 抗高血圧剤 抗ウイルス剤 主な製剤・製品名 ディート オイラックス キシロカイン テグレトール イルガサン メキシチール ダジベール ポララミン レスタミン エテンザミド SG ブルフェン カピステン ナイキサン ボルタレン ポンタール セルタッチ フロベン ベザトール アダラート シンメトレル と思われる。また、本道において使用量が多いと思われる家畜用 抗菌剤などは、GC/MS による分析が困難であることから、分析が 可能な装置の配備が望まれる。 参考文献 1)清野ら, 金目川,鶴見川,多摩川における薬剤耐性大腸菌の 分布.水環境学会誌. 27, 693-698 (2004) 2)永洞ら, 第 16 回環境化学討論会講演要旨集. 768-769(2007) 3)中瀬ら, 日本分析化学会北海道支部 2008 年冬季研究発表会 講演要旨集. 114(2008) 4)兼俊ら, 塩素化 2-ヒドロキシジフェニルエーテル類の環境衛生 化学的考察. 2, 環境化学. 515-522(1992) 5)永洞ら, 第 42 回日本水環境学会年会講演集. 311(2008) 表 2 分析対象とした医薬品類の検出件数、検出最大濃度および最小濃度 物質名 ディート クロタミトン リドカイン カルバマゼピン トリクロサン メキシレチン クレマスチン クロルフェニラミン ジフェンヒドラミン エテンザミド イソプロピルアンチピリン イブプロフェン ケトプロフェン ナプロキセン ジクロフェナク メフェナム酸 フェルビナク フルルビプロフェン クロフィブリック酸 ベザフィブラート ニフェジピン アマンタジン 用途 虫よけ剤 かゆみ止め 局所麻酔剤 抗てんかん薬 抗菌剤 抗不整脈剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 解熱鎮痛剤 抗高脂血症剤(代謝物) 抗高脂血症剤 抗高血圧剤 抗ウイルス剤 河川水における 検出数/試料数 13/15 20/20 15/15 16/20 6/6 15/15 8/15 8/20 3/20 15/20 4/15 1/20 2/20 2/20 2/20 2/20 12/20 0/14 0/6 6/20 5/20 15/15 最小値 ND 0.22 0.16 ND 0.06 0.06 ND ND ND ND ND ND ND ND ND ND ND ND ND ND ND 0.04 最大値 0.37 1.7 0.84 0.19 0.24 0.25 0.22 0.10 0.38 0.16 0.07 0.08 0.31 0.07 0.26 0.34 0.33 ND ND 1.9 0.11 0.31 下水処理場放流水における 最小値 検出数/試料数 0.21 1/1 1.6 3/3 1.2 1/1 0.16 3/3 0.24 2/2 1.1 1/1 0.13 1/1 ND 1/3 ND 2/3 ND 1/3 0.04 1/1 0.05 2/2 0.31 2/2 ND 1/2 0.21 2/2 ND 1/2 0.34 2/2 0/0 ND 0/2 0.68 2/2 Tr 3/3 0.17 2/2 最大値 0.21 1.7 1.2 0.28 0.37 1.1 0.13 0.27 0.44 0.25 0.04 0.12 0.50 0.18 0.26 0.30 0.41 ND 1.2 0.18 0.19 釧路川硫酸イオンδ34S 値と釧路湿原東部湖沼の釧路川逆水量解析への応用 環境保全部 環境科学部 1.はじめに 近年、釧路湿原東部湖沼(塘路湖、シラルトロ湖、 達古武沼)では、富栄養化が著しく進行し、アオコの 発生や、水生植物の多様性が著しく損なわれる等、自 然生態系の悪い方向への改変が起きている。そのうち、 シラルトロ湖では、流域の農業活動がほとんど無いと いった特徴があり、温泉分譲地からの排水や釧路川 逆水による栄養塩負荷の影響が懸念されている。 シラルトロ湖の植物プランクトンは、窒素制限環境に あること、また、釧路川流域は、酪農による乳牛飼育が 盛んであり、そのような河川水の場合、硝酸性窒素 (NO3-N)濃度が高くなることが知られているため、シラ ルトロ湖への釧路川逆流による NO3-N 負荷は、湖内 植物プランクトンの増殖に、大きく影響を与えると懸念 される。 ところで、シラルトロ湖における釧路川逆流量の見積 もりは、現地の人々の私信により釧路川逆水の現実は 知られてはいるものの、他の釧路湿原東部湖沼である、 達古武沼や塘路湖と異なり、流出河川へのアプロー チが困難であることから、逆流量の見積もりはまだ行 われていない。NO3-N に代表される溶存無機態窒素 の釧路川逆流による負荷量を見積もることは、湖内環 境を評価する上で、非常に重要であるにも関わらず、 逆流量が見積もられない限りその把握は不可能であ る。 釧路川は、その上流部に硫酸イオン(SO42-)を豊富 に含む数種の温泉(川湯温泉、砂湯、池の湯、屈斜 路温泉)の存在があり、そのため、通常の河川に比べ て、SO42-濃度が高くなっている。そこで、今年度は、こ の SO42-の硫黄安定同位体比(δ34S)に着目し、釧路 川全体のそれらの特性を把握すると同時に、シラルト ロ湖に対する釧路川逆流量を、この硫酸イオン硫黄 安定同位体比(δ 34S-SO42- ) を用いて推定する手法 を試みた。 ○三上英敏、 丹羽忍 五十嵐聖貴、上野洋一 橋」、「開発橋」、「瀬文平橋」、「開運橋」、「五十石橋」、 「シラルトロ合流前」、「二本松橋」、「釧路湿原大橋」の 13 地点、支流で「トウ別川(下トウ別橋)」、「磯分内川 (磯分内橋)」、「オソベツ川(下オソベツ橋)」、「ヌマオ ロ川(ヌマホロ橋)」の 4 点、そして、屈斜路湖への流入 であり川湯温泉の影響を受けている、「湯川(湯川河 口)」で調査を実施した。さらに、釧路川水系の δ 34S-SO42- 値の起源解析用として、SO42- 濃度の高い 「川湯温泉(足湯)」、「砂湯」、「池の湯」、「屈斜路温 泉」の 4 温泉水と、釧路沿岸の「海水(弁天ヶ浜)」の計 5 種の試料採取を行った。また、シラルトロ湖内とその 流域として、湖内2点(Sta.1 と Sta.2)と、流入「シラルト ロエトロ川」、「温泉排水」及び「冷泉橋」で調査を実施 した。 湯川河口 砂湯 川湯温泉 (足湯) 池の湯 屈斜路温泉 (ホテルA) 眺湖橋 美登里橋 札友内橋 万翠橋 トウ別川合流後 下トウ別橋 (トウ別川) 南弟子屈橋 磯分内橋 (磯分内川) 開発橋 瀬文平橋 ヌマホロ橋 (ヌマオロ川) 下オソベツ橋 (オソベツ川) 開運橋 五十石橋 シラルトロ湖 シラルトロ合流前 二本松橋 シラルトロエトロ川 温泉排水 Sta.2 冷泉橋 Sta.1 釧路湿原大橋 2.方法 図1に調査地点を示した。シラルトロ湖流域を除く釧 路川水系では、本流で、「眺湖橋」、「美登里橋」、「札 友内橋」、「万翠橋」、「トウ別川合流後」、「南弟子屈 弁天ヶ浜 (海水) 図1 調査地点 (●河川及び湖沼地点、▲δ34S 起源地点) シラルトロ湖流域を除く釧路川水系河川水の現地 調査は、2007 年 5/22-23、7/31-8/1、8/28-29、9/25-27、 11/13-14 の、年 5 回実施した。その内、後半3回は、シ ラルトロ湖内とその流入の調査も実施した。 一方、δ34S-SO42-値の起源調査は、河川水と異なり、 δ34S-SO42-値が季節的に大きく変動しないと考えられ たため、それぞれ 1 回ずつ行った。「川湯温泉」は 2006 年 12/22、「砂湯」は 2007 年 11/12、「池の湯」と 「屈斜路温泉」は 2007 年 10/24、「海水(弁天ヶ浜)」は 2007 年 10/23 にサンプリングを行った。 調査項目は、必要に応じて、流量、主要イオン類、 栄養塩類、δ34S-SO42-値等である。 lciu rid e( C l) Ca 3.結果と考察 3−1.釧路川の主要イオン特性と SO42-負荷量 図2に、釧路川眺湖橋における主要イオン組成 の起源解析に関して、パイパーダイアグラムを示 した。 h lo 4 Y 20 Ⅰ Ⅳ ) P C 20 g (M Su lfa i um 40 40 es Mgng +a M 60 60 Ⅲ C) +a C(lSO + S4 ) + OC a (C te m 80 80 Ⅱ 80 60 40 20 3 CO 60 40 na te 60 Ca rbo 0 4 100 SO ) (K 100 0 80 20 40 80 20 naHC te O (C + O3 C 3) + O BiH caC3O rbo 3 S 0 100 SO 4 MM gg W Km a+ssiu 60 40 L NPota +K a) + (N a m N 40 60 (H diu 20 80 B So 100 0 ) N 20 80 0 100 0 20 Ca Ca 40 60 80 100 Cl Cl 本流 C:眺湖橋(屈斜路湖流出・釧路川最上流) 温泉影響 Y:湯川(屈斜路湖流入口・川湯温泉) 各温泉 S:砂湯、L:池の湯、P:屈斜路温泉 B:仁伏温泉*1、W:和琴温泉*1 (比較参照) 普通河川 N:ヌマオロ川 *1:北海道立地下資源調査書 (1980) 図2 「湯川河口」で 530∼830mg/L、「屈斜路温泉」で 2300 mg/L、「砂湯」で 108 mg/L、「池の湯」で 175 mg/L と、屈斜路湖集水域の他の温泉(和琴温泉や 仁伏温泉等)に比べて、遙かに高濃度であった(北 海道立地下資源調査所,1980)。 まず、釧路川最上流・屈斜路湖流出口である「眺 湖橋」(C)は、塩分影響を受けている水質区分で ある「Ⅳ型」に位置し、一般的な河川水水質であ る「Ⅰ型」 (重炭酸カルシウム型)とは異なる性状 を示す。その「眺湖橋」の主要イオン類の水質を 決定しているのは、HCO3-が全くない湯川やその割 合が低い屈斜路温泉に代表される温泉群と、HCO3濃度の高い(アルカリ度の大きな)砂湯、池の湯、 仁伏温泉、和琴温泉の温泉群、そして一般河川(参 考位置 N)との混合によって成り立っていると思 われる。湯川の pH は、約 2 と強い酸性を示してい るが、アルカリ度の大きな温泉群によって中和さ れていると考えられる。 釧路川の流下過程に伴う主要イオン類の水質変 遷は、 「眺湖橋」から下流に進むにつれて徐々に「Ⅳ 型」から「Ⅰ型」に近づいていく。これは、支流 群が一般的な水質傾向である「Ⅰ型」に位置し、 これらによる混合影響を受けていることによる。 釧路川本流の SO42-濃度は、 「眺湖橋」 で約 70mg/L という高濃度であったが、流下するに従って徐々 に低下し、釧路湿原区域内である「二本松橋」で は、20mg/L 前後になる。しかしながら、 この 20mg/L という値も、通常の河川水のレベル(10mg/L 以下) に比べると、明らかに高い傾向であった。 表1に、釧路湿原区域内の「二本松橋」SO42-負 荷量に対する、その「眺湖橋」負荷量の割合につ いて示した。「二本松橋」負荷量に対する、「眺湖 橋」負荷量の割合は、55.9%∼80.8%であり、釧路 湿原区域内を流下する釧路川の SO42- の半量以上 (平均で 7 割程度)は、屈斜路湖に由来する。 表1 「二本松橋」SO42-負荷量に対する、その「眺 湖橋」負荷量の割合 釧路川眺湖橋(屈斜路湖出口)の主要イオ ン組成とその起源解析(河川水は 2007 年 8 月 28-29 日調査を採用) 図2には、屈斜路湖集水域とは関係の無い、ヌ マオロ川(N)のデータもプロットされているが、 これは、屈斜路湖集水域の一般河川の水質組成も 大方この位置にプロットされると予想できるため、 参考として図示した。今回サンプリングした各温 泉等の SO42-濃度は、川湯温泉を流下してくる湯川 2007年 5/22-23 7/31-8/1 3日以前降雨 降雨3日後 と融雪影響 眺湖橋負荷量 [ton/day] 二本松橋負荷量 [ton/day] 眺湖橋負荷量/二本松橋負荷量 [%] 93 116 80.8 67 87 77.1 8/28-29 9/25-26 11/13 晴天時 わずかな 降雨影響 降雨時 47 68 68.7 48 66 72.3 34 61 55.9 3−2.釧路川水系のδ34S-SO42-値 図3に、9/25-27 と 11/13-14 の釧路川水系の δ34S-SO42-値について、各起源のその値と共に示し た。川湯温泉街を流下する湯川の、屈斜路湖に流 入する直前である「湯川河口」におけるδ34S-SO42値は、17.8∼18.5‰であった。川湯温泉「足湯」の 21.2‰と比較して妥当な値であった。 18.2 ‰ 4.4 ‰ 1.4 ‰ 18.5 ‰ 18.5 ‰ 4.4 ‰ 1.4 ‰ 21.2 ‰ 14.7 ‰ 18.5 ‰ 14.5 ‰ 21.2 ‰ 14.6 ‰ 14.6 ‰ 14.0 ‰ 13.9 ‰ 13.6 ‰ 6.5 ‰ 13.7 ‰ 13.5 ‰ 13.6 ‰ 13.0 ‰ 7.1 ‰ 12.0 ‰ 12.6 ‰ 13.4 ‰ 11.8 ‰ 11.5 ‰ 13.3 ‰ 11.2 ‰ 13.1 ‰ 12.9 ‰ 12.8 ‰ 11.4 ‰ 10.2 ‰ 10.4 ‰ 少しずつ加わることによって、本流流下過程にお いて、徐々にδ34S-SO42-値が低下していくものと考 えられた。 図4に、4 回の測定を実施した、 「湯川河口」、 「眺 34 2湖橋」及び「二本松橋」における、δ S-SO4 値の 変動について示した。 「湯川河口」と「眺湖橋」の 34 2δ S-SO4 値は、大きく変動していなかった。一方 の「二本松橋」においては、降雨時である 11/13 にその値がやや低下した。理由は、支流群の負荷 寄与の影響と同様に、降雨によって 10‰以下の SO42-がより過剰に負荷されてくるためと思われる。 釧路湿原東部湖沼への釧路川逆流量見積もりのた めに用いるδ34S-SO42-値として、降雨時の釧路川を 対象とすることから、全季節的な平均δ 34S-SO42値を用いるよりは、降雨時であるこの 11/13 の δ 34S-SO42- 測定値を使用することが望ましいと考 えられた。特にシラルトロ湖の解析を行う場合、 11/13 の「シラルトロ合流前」10.2‰を使用して解 析を行うと良い。 20 20.6 ‰ 図3 釧路川水系のδ34S 値 9.9 ‰ 20.6 ‰ (左図:河川水は 9/25-27 のデータ、右図:河川水は 11/13-14 のデータ) 2300 mg/L と、特に SO42-濃度が高かった屈斜路 温泉(1000m ボーリング)のδ34S-SO42-値は、18.5‰ と、湯川と同様な値を示していた。一方、それら に比べて、砂湯と池の湯は、その値が低く、それ ぞれ、4.4‰と 1.4‰であった。 屈斜路湖流出口である、釧路川「眺湖橋」の 34 δ S-SO42-値は、14.3∼14.7‰であり、各温泉の混 合状態を良く反映していた。 釧路川流下過程においては、下流に進むに従っ て、徐々に低下する傾向を示し、釧路湿原区域内 である「二本松橋」のδ34S-SO42-値は、10.4∼12.8‰ で あ っ た 。 海 水 試 料 で あ る 、「 弁 天 ヶ 浜 」 の δ34S-SO42-値は、20.6‰であり、世界的標準値と類 似した(Allen, 2004)。釧路川下流部の「釧路湿原 大橋」のその値は、海水の値と大きく異なってお り、釧路湿原区域内のδ34S-SO42-値として、海水起 源は考慮しなくて良いと判断された。 ところで、北海道内で測定された、種々の δ34S-SO42-値(三上手持ちデーター)として、降水 7.4‰、化学肥料-3.2∼9.2‰がある。釧路川「二本 松橋」の SO42-負荷量に対する「眺湖橋」の寄与割 合は大きいが、支流からの 10‰以下の SO42-寄与が δ34S-SO4 [‰] 11.7 ‰ 15 10 5 湯川 眺湖橋 二本松橋 0 5/22-23 図4 8/28-29 9/25-26 11/12-13 「湯川河口」、「眺湖橋」及び「二本松橋」 における、δ34S-SO42-値の変動 3.3 シラルトロ湖への釧路川逆流量解析 シラルトロ湖流域において、最も SO42-負荷が大 きいのは、流量の大きなシラルトロエトロ川であ る。 9/27 及び 11/14 における、Sta.1、Sta.2 及びシラ ルトロエトロ川試料について、δ34S-SO42-値の調査 を行った。9/27 のシラルトロ湖内とシラルトロエ トロ川の水質は、どちらかというと晴天時に近い データであり、11/14 はどちらかというと降雨影響 直後の試料である。湖水のδ34S-SO42-値は、9 月と 11 月とで類似しており、また Sta.1 と Sta.2 との地 点間の差も小さく、-1.4∼0‰であった。シラルト ロエトロ川は、晴天時の 9 月で-4‰以下の低い値 を示していたが、11 月には、湖水レベルの値 (-0.6‰)まで上昇した。 一方、釧路川「シラルトロ合流前」は、9 月で 12.9‰、11 月で 10.2‰(図3)と、シラルトロ湖 湖水やシラルトロエトロ川と大きく異なった。シ ラルトロエトロ川や釧路川のδ34S は、降雨影響に より、前者は高くなり、後者は低くなる。この要 因については、前述のように、降雨影響によって、 -3‰∼9‰のδ34S 値を有する SO42-の混合があるた めと推察される。 ところで、釧路川逆流水とシラルトロエトロ川 河川水の寄与による、δ34S の混合計算の関係式は、 次の通りである。(農業環境技術研究所, 2006) ( qi + qk )・Cmix・δmix = qi・Ci・δi + qk・Ck・δk ただし、 qi :シラルトロエトロ川の流量 Ci :シラルトロエトロ川の SO42-濃度 δi :シラルトロエトロ川のδ34S-SO42-値 qk :釧路川逆流量 Ck :釧路川逆流水の SO42-濃度 δk :釧路川逆流水のδ34S-SO42-値 Cmix :混合された時の SO42-濃度 δmix :混合された時のδ34S-SO42-値 また、シラルトロ湖流域からの SO42-負荷につい て、その大部分は流量の大きなシラルトロエトロ 川に由来している。そこで、流域からの SO42-負荷 について、シラルトロエトロ川以外による負荷は、 ほとんど無いと仮定すると、Cmix とδmix は、それ ぞれ湖水の SO42-濃度とδ34S 値に類似すると考え られ、次式の様に表現できる。 ( qi + qk )・CLake・δLake ≒ qi・Ci・δi + qk・Ck・δk ただし、 CLake :シラルトロ湖の SO42-濃度 δLake :シラルトロ湖のδ34S-SO42-値 実際に、釧路川逆流量を見積もると、日平均に 換算して 2680 m3/day という結果が得られ、シラル トロエトロ川流量に対する釧路川逆流量として表 現すると、2.94%という結果が得られた。 3.4 シラルトロ湖への窒素負荷 表2に、植物プランクトンの増殖に大きく寄与 するであろう溶存無機態窒素(硝酸態、亜硝酸態 及びアンモニア態窒素の総和:DIN)について、各 流入水と釧路川逆流水の負荷量について示した。 釧路川逆流による負荷量については、DIN のほと んどが NO3-N であると考えられたため、先に求め た逆流量値を用いて NO3-N 負荷量の値を表記した。 流量の大きなシラルトロエトロ川の DIN 負荷量 が最も大きかったが、濃度の高い釧路川逆流によ る負荷量もその半量程度を占めた。さらに流量は 小さいが非常に高濃度の DIN を含む温泉排水の負 荷量も比較的大きかった。 以上のことから、窒素制限下であるシラルトロ 湖の富栄養化を防止するためには、DIN 負荷量を まず減少させることが重要であり、シラルトロエ トロ川の DIN 発生源は、大部分が自然由来と考え られ制御困難であることから、温泉排水や釧路川 逆流による DIN 負荷量を低減させることが重要と 考えられる。 表2 溶存無機態窒素の負荷量 溶存無機態窒素 負荷量 [kg/day] シラルトロエトロ川 冷泉橋 温泉排水 8/30 3.1 0.10 0.02 9/27 1.2 0.20 0.68 11/14 2.4 0.17 0.69 平均 2.2 0.16 0.46 釧路川逆流 1.2 4.引用文献 この式の qk(釧路川逆流量)以外のファクター について、実測値が得られており、釧路川逆流量 の見積もりが可能となる。 次に、その釧路川逆流量を計算するために与え る実測値について、シラルトロエトロ川と湖水に 関しては、それぞれ 9 月と 11 月の平均値を与え、 釧路川逆流水に関しては、降雨時で無いと逆流現 象は生じないことから、11 月の値を与えることと した。 Allen, D.M. (2004): Sources of ground water salinity on islands using 18O, 2H, and 34S, Ground Water, Vol.42, p17-31. 北海道立地下資源調査書(1980):北海道の地熱・ 温泉(D)北海道東部. 農業環境技術研究所(2006) :水環境保全のための 農業環境モニタリングマニュアル 改訂 版.
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