特集 IPv6ソリューション SIPにおける IPv6-v4変換装置の 開発について About the Development of the IPv6-v4 Conversion Device in SIP 松原 倫哉 MATSUBARA Tomoya 概要 現在のIP電話サービスは、IPv4での普及が進んでいる。しかし、今後 IPv6の普及が進むにつれ、IP 電話システムも徐々に IPv6化されることが予想される。IPv4から IPv6への移行期には、IPv4端末と IPv6端末の相互接続が必要となるが、既存のトランスレータ技術では呼制御プロトコルとして主に使用 されているSIP通信を相互接続することができない。 我々は、 IP電話システムの IPv6へのスムーズな移行手段を提供することを目的として、 SIP専用の IPv6-v4 変換装置を開発している。変換装置を評価した結果、端末間で遅延無く通話ができることを検証し、実 装方式の有効性を確認することができた。今回は、現在普及している IP電話に限定して開発したが、今後は、 プレゼンス、インスタントメッセージへの対応や、音声以外のメディアへの対応を検討していく。 1. はじめに ブ・アンド・ゲノム・インフォマティクス(株) (以下、W&G) では、VoIP(Voice Over IP)に関する研究・開発を継続的に 2003年に相次いで IP電話サービスが開始されて以来、IP電 行っており、現在、SIP専用の IPv6-v4変換装置の開発に取り 話は、企業向けだけでなく、コンシューマ向けにも本格的な 組んでいる。 普及が始まっている。現在の IP電話サービスは、IPv4での普 本 稿 で は 、ま ず S I P の 概 要 に つ い て 解 説 し 、S I P 専 用 の 及が進んでおり、呼制御プロトコルとして主にSIP(Session IPv6-v4変換装置について述べる。 Initiation Protocol)が採用されている。SIPは、インター ネットアーキテクチャに沿って設計されており、IPv6との親和 性が高い。そのため、IPv6での IP電話サービスにおいても、 2. SIPの概要 SIPが呼制御プロトコルの主流になるものと考えられている。 2.1 SIPとは 既に IPv6とSIPを組み合わせた IP電話システムが構築され始 SIPとは、IP ネットワーク上でマルチメディアセッション めており、今後ますます増えていくものと予想される。 を管理するためのシグナリングプロトコルである。IETF IPv4から IPv6への移行期には、IPv4端末と IPv6端末の相 (Internet Engineering Task Force)のSIP ワーキンググ 互接続が必要となる。しかし、既存のトランスレータ技術で ループで提案され、現在はRFC3261で標準化されている。 はSIP通信を相互接続することができない。インテック・ウェ SIPによって実現される代表的なサービスとして、IP電話が 36 INTEC TECHNICAL JOURNAL 2006 第6号 ある。SIPは、Webで利用されているHTTPとよく似たテキス 2.2 SIPの構成要素 トベースのプロトコルであり、開発者にとっては実装しやすく、 SIPの構成要素には、SIP端末とSIPサーバの2種類がある。 インターネットアプリケーションとの親和性が高いという特徴 SIP端末は、UA(User Agent)と呼ばれ、IP電話機、携帯 がある。また、SIPは、セッションの開始・変更・終了のみ行 端末、ゲートウェイ、ソフトフォン等が該当する。SIPサーバ い、セッション上で交換されるメディアの種類については定め は、SIP端末の管理装置にあたり、端末に対して呼制御や付加 ていない。そのため、音声を交換する IP電話だけでなく、画像 サービスを提供する。SIPは、もともと端末間で直接情報をや を交換するビデオ会議、インスタントメッセージ、プレゼンス り取りできるP2P型のプロトコルであり、サーバを使用せず 等、様々なサービスに利用することができる。例えば、IP電話 に端末間でダイレクトに通話することができる。しかし、SIP の場合、メディア情報の記述にSDP(Session Description サーバを利用することにより、グループ管理、転送、ピックアッ Protocol)、メディアの転送にRTP/RTCP プ等に対応した付加価値の高い IP電話システムを構築するこ (Real-time Transport Protocol/ RTP Control Protocol) を使用す とができる。 る(図 1参照)。 アプリケーション層 SDP (メディア情報の記述) SIP RTP/RTCP (メディアの転送)(セッションの開始・変更・終了) トランスポート層 TCP UDP SIPの基本シーケンスを図2に示す。端末の起動から通話の 終了までのシーケンスは以下のとおりである。 (1) 端末が起動すると、REGISTERリクエストをSIPサーバ IPv4/IPv6 インターネット層 2.3 SIPの基本シーケンス へ送信する。 図1 IP電話プロトコルでのSIPの位置付け SIPサーバ SIP端末 SIP端末 起動(1)REGISTER (1)REGISTER 起動 (2)200 OK (2)200 OK 発信(3)INVITE (3)INVITE リングバック トーン (4)180Ringing (4)180Ringing (5)200 OK (5)200 OK (6)ACK 着信 100Trying 100Trying リンギング 応答 (6)ACK 通話 通話 音声/ビデオ/FAX 音声/ビデオ/FAX (7)BYE (7)BYE ビジートーン 切断 (8)200 OK (8)200 OK 図2 SIPの基本シーケンス 37 特 集 (2) SIPサーバは、端末の電話番号とアドレス情報をデータ セッションの開始を要求する INVITEリクエストの例を示す。 ベースに登録し、200OKレスポンスを戻す。 SIPメッセージのフォーマットは、空白行を境に、前半が開始 (3) 端末からダイヤルすると、INVITEリクエストをSIPサー 行とヘッダ部、後半がメッセージボディ部となる。ヘッダ部に バへ送信し、SIPサーバは事前に登録されたアドレス情報 は、SIPメッセージを送受信する IPアドレス情報等、メッセー を元に INVITEリクエストを転送する。 ジ処理に必要な様々な情報が含まれる。メッセージボディ部に (4) 着端末に INVITEリクエストが届くと180Ringingレス は、メディアの能力、RTP/RTCPパケットを送受信する IPア ポンスを戻すとともに着端末のベルを鳴らす。 ドレス情報等が記述される。 (5) 着端末が応答すると200OKレスポンスを戻す。 (6) 発端末がACKリクエストを送信すると通話が開始される。 2.4 SIPにおけるIPv6-IPv4相互接続の問題点 (7) 通話を切断する場合は、BYEリクエストを送信する。 IPv4から IPv6への移行期には、IPv4/SIP端末とIPv6/SIP (8) 相手端末にBYEリクエストが届くと200OKレスポンスを 端末の相互接続が必要となる。ネットワーク層やトランスポー 戻し通話が終了する。 ト層でのアドレス変換は、既にNAT-PT(Network Address SIPメッセージには、処理を要求するリクエストと処理結果 Translation-Protocol Translation)やTRT(An IPv6 to を示すレスポンスの2種類のメッセージが存在する。図3に、 IPv4 Transport Relay Translator)と呼ばれるトランスレー タ技術がある。 これら既存のトランスレータ技術が呼制御プロトコル SIP 開始行 に適用できない理由を説明する。図4の左側の IPv6/SIP端末 SIP部 ヘッダ部 から送信された IPパケットはトランスレータに送られる。ト ランスレータは IPパケットの先頭にある IPヘッダ部のアドレス を変換するが、後続するデータ部 (アプリケーション層のメッ 空白行 セージ) のアドレスは変換しない。そのため、SIPメッセージ IPアドレス メッセージボディ部 SDP部 に埋め込まれた IPv6アドレスがそのまま IPv4ネットワーク に送信され、受信側の IPv4/SIP端末でアドレスの処理に 失敗し、SIP通信を確立できない。SIP通信を確立するには、 新たにアプリケーション層でのアドレス変換が必要になる。 図3 INVITEリクエストの例 インターネット層/トランスポート層の トランスレータ IPv4/SIP端末 IPv6/SIP端末 IPv6アドレスが埋め込 まれたSIPメッセージを 送信 SIPメッセージ IPv6アドレス データ部 IPパケット IPヘッダ部のみIPv6 からIPv4に変換 IPv6アドレス IPヘッダ部 SIPメッセージ IPv6アドレス データ部 IPパケット 図 4 既存トランスレータのSIP通信問題 38 ? IPv4アドレス IPヘッダ部 S I Pメッセージ 内 の S I P / S D P 部の I P v6 アドレスが処理できない! INTEC TECHNICAL JOURNAL 2006 第6号 3. IPv6-v4変換装置の開発 3.3 ゲートウェイ方式 IPv4/SIP網と IPv6/SIP網をそれぞれ対等なSIP網として 3.1 開発の背景/目的 相互接続する方式である (図5)。IPv6-v4変換装置がふたつ 既存の IP電話システムの多くは IPv4で運用されている。し のSIPサーバ間を接続する。 かし、今後 IPv6の普及が進むにつれ IP電話システムも徐々に IPv6化されることが予想される。IPv4で構築された既存の IP 電話システムを IPv6へ移行する手段として、SIPサーバを IPv6 IPv4/SIP網 SIPサーバ と IPv4に対応できるデュアルスタック化する方法と、新たに 登録 IPv6-v4変換装置を導入する方法がある。現時点では、既に 安定稼働している IP電話システムをデュアルスタック化するの 通話 IPv6-v4変換装置 は、リスクが高く現実的ではない。既存の IP電話システムに は極力手を加えず、新しいシステムについてのみ IPv6対応に して、IPv6から IPv4への接続手段を提供する手法が望まし 登録 SIPサーバ いと考えている。 このような背景のもと、IP 電話システムの IPv6へのスムー IPv6/SIP網 ズな移行手段を提供することを目的として、アプリケーション 図5 ゲートウェイ方式のシステム構成 レベルで動作する IPv6-v4変換装置を開発している。 ゲートウェイ方式における変換装置の主な機能は、以下の 3.2 開発のアプローチ 通りである。 先に述べた通りSIPの用途は多岐に渡り、用途によりSIPプ ● SIPサーバへの登録機能 ロトコルの使い方に違いがある。そのため変換装置のターゲッ 変換装置をSIP端末として、外部のSIPサーバへ登録する トを現在普及している IP電話に限定して開発することにした。 機能 また、IPv4と IPv6を相互に接続する際、SIPサーバとSIP端 ● 呼制御機能 末の位置関係により、ゲートウェイ方式と仮想端末方式の2種 SIP端末間のセッションを確立する機能 類の接続方式が考えられる (表1)。適用する環境に応じて接続 ● メディア転送機能 方式を選択できるように IPv6-v4変換装置を設計した。 SIP端末間で音声、ビデオ、FAX用のメディアパケットを W&Gでは、これまでに IPv4のみに対応したSIPサーバ製品 転送する機能 を商品化してきた。IPv6-v4変換装置の開発は、既存製品の ゲートウェイ方式のアドレス変換対象は、呼制御のみとなる。 IPv6対応と機能追加という形で進めている。 IPv6/SIP端末から IPv4/SIP端末に発信するときの IPv6-v4 変換装置の動作概要を示す。 表 1 接続方式の比較 ゲートウェイ方式 仮想端末方式 特徴 IPv4側と IPv6側にそれぞ れSIPサーバが存在し、SIP サーバ間を相互接続 IPv4側にのみSIPサーバが 存在し、IPv4/SIPサーバと IPv6/SIP端末を相互接続 (1) IPv6/SIPサーバから INVITEリクエストを受信する。 (2) INVITEリクエストに含まれるアドレス情報を変換装置の IPv4アドレスに変換し、IPv4/SIPサーバへ転送する。同時 に IPv4から IPv6方向へのメディア転送機能を有効にする。 (3) IPv4/SIPサーバから INVITEリクエストに対する200 OKレスポンスを受信する。 IPv4で構築された企業内 IP IPv4で構築された企業内 IP 適用例 電話システムと IPv6による 電話システムを IPv6/SIP端 末から使用する IP電話サービスを接続する (4) 200OKレスポンスに含まれるアドレス情報を変換装置の IPv6アドレスに変換し、IPv6/SIPサーバへ転送する。同時 に IPv6から IPv4方向へのメディア転送機能を有効にする。 (5) IPv6/SIPサーバからのACKリクエストを INVITEリクエ 39 特 集 ストと同様にアドレス変換し、IPv4/SIPサーバへ転送する。 200OKレスポンスを受信する。 (6) 以上により、セッションが確立し通話が開始される。 (5) 200OKレスポンスに含まれるアドレス情報を変換装置の IPv6アドレスに変換し、IPv6/SIP端末へ転送する。 3.4 仮想端末接続方式 (6) 以上により、端末登録が完了する。呼制御の動作概要は、 IPv4/SIP網に IPv6/SIP端末を収容する形で相互接続する ゲートウェイ方式と同様である。 方式である(図6)。IPv6-v4変換装置が IPv4/SIPサーバと 3.5 アーキテクチャ IPv6/SIP端末を接続する。 変換装置は、大きく分けて4つの機能モジュールから構成さ れる。変換装置のアーキテクチャを図7に示す。 IPv4/SIP網 (1) SIPプロトコル処理部 SIPサーバ SIPプロトコルの低レベル処理を行う機能モジュールで 登録 ある。具体的には、SIPメッセージの入出力処理、エン 仮想端末 通話 仮想端末 仮想端末 IPv6-v4変換装置 仮想SIPサーバ 登録 登録 コード/デコード処理、トランザクション管理などが該当 する。変換装置の特徴として、IPv6用と IPv4用の2つの SIPプロトコル処理部を持つことが挙げられる。 登録 (2) 呼処理部 呼制御に関するSIPメッセージ(INVITE/ACK/CANCEL/ IPv6/SIP網 BYE/レスポンス)のアドレス変換モジュールである。本 図6 仮想端末方式のシステム構成 モジュールが、SIP端末間のセッションを確立する。 (3) 端末登録処理部 仮想端末方式における変換装置の主な機能は、以下の通り 端末登録に関するSIPメッセージ(REGISTER)を処 である。 理するモジュールである。接続方式により処理が異なり、 ● 仮想端末登録機能 ゲートウェイ方式ではREGISTERリクエストを内部的に SIP端末からの登録要求を異種ネットワーク上のSIPサー 処理し、仮想端末方式ではアドレス変換処理する。内部の バへ転送する機能 データベースには、端末の登録情報が蓄積される。 ● 呼制御機能 (4) メディア転送部 SIP端末間のセッションを確立する機能 音声、ビデオ、FAX用のメディアパケットを転送する ● メディア転送機能 機能モジュールである。 SIP端末間で音声、ビデオ、FAX用のメディアパケットを メディア転送部 転送する機能 音声、 ビデオ、FAXパケット 仮想端末方式のアドレス変換対象は、端末登録と呼制御と なる。IPv6-v4変換装置に IPv6/SIP端末を接続するときの動 REGISTER 端末登録処理部 作概要を示す。 (1) IPv6/SIP端末からREGISTERリクエストを受信する。 REGISTER INVITE/ACK/CANCEL/BYE/レスポンス 呼処理部 (2) IPv6/SIP端末と1対1に対応する仮想端末を内部に生成 する。仮想端末には、変換装置の IPv4アドレスが割り当 IPv6/SIPプロトコル処理部 IPv4/SIPプロトコル処理部 てられる。 (3) REGISTERリクエストに含まれる IPアドレス情報を仮想 端末のアドレスに変換し、IPv4/SIPサーバへ転送する。 (4) IPv4/SIPサーバからREGISTERリクエストに対する 40 IPv6/SIP網 IPv4/SIP網 図7 IPv6-v4変換装置のアーキテクチャ INTEC TECHNICAL JOURNAL 2006 第6号 3.6 評価 開発した IPv6-v4変換装置の動作を検証した結果、IPv4/SIP 特 集 端末と IPv6/SIP端末の間でセッションを確立し、通話がで きることを検証した。また、変換装置における音声パケット の遅延がほとんどなく、音声品質に影響が出ないことを検証 した(表2)。これにより変換装置のアドレス変換の実装方 式の有効性を確認することができた。 表 2 IPv6-v4変換装置の性能 構成1 構成2 CPU Intel Celeron 566MHz Intel Celeron 2.8GHz メモリ 128MB 512MB 同時接続数 30チャネル 92チャネル 音声パケットの平均遅延 0.34msec 0.53msec 今後の宿題を示す。 (1) IPv6/SIP端末との接続評価 現状入手可能な IPv6/SIP端末の種類が少ない。そのた め、変換装置の評価は、フリーのソフトフォンであるSIP Communicatorを使用した。今後、他の端末でも評価す る必要がある。 (2) プレゼンス、インスタントメッセージへの対応 SIPは、IP電話だけではなく、プレゼンスやインスタン トメッセージの通信基盤としても使用することができる。 今回の開発では、IP電話をサポート対象としたが、今後、 プレゼンスやインスタントメッセージにも対応していかな ければならない。 (3) SIP端末の高機能化への対応 SIP端末が高機能化するにつれ、セッション上で様々な メディアを取り扱うようになる可能性がある。例えば、 データ会議、アプリケーション共有、ファイル転送等が 考えられる。今後、これらの対応を検討していく予定である。 4. おわりに 今後は、開発した IPv6-v4変換装置を実環境に適用し、運用実 績を増やしていく予定である。また、 今回の開発では、IPv6-v4 変換の対象をSIPプロトコルに限定したが、SIPと既存イン ターネットアプリケーションとの連携を実現すべく、SIP以外 松原 倫哉 MATSUBARA Tomoya インテック・ウェブ・アンド・ゲノム・インフォマティクス株式会社 先端 IT事業部 IPテレフォニー事業グループ ● VoIPシステムの開発に従事 ● のプロトコルへの対応を進めていく。 41
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