栂池高原スキー場雪崩事故調査報告書

2007 年度愛知大学体育実技ⅡM
(スキー&スノーボード)
栂池高原スキー場雪崩事故調査報告書
<公式ホームページ掲載版>
愛
知
大
学
栂池高原スキー場雪崩事故調査委員会
2008 年 5 月 1 日
栂池高原スキー場雪崩事故調査報告書
2008 年 2 月 3 日に栂池高原スキー場で発生した雪崩遭難事故(以下、
「事故」と略記)
は、愛知大学の正課授業の一環としての「体育実技ⅡM」に参加していた非常勤講師お
よび学生の計 9 名が雪崩に遭遇し、そのうち国際コミュニケーション学部 2 年生の学生
2 名が亡くなるという、痛ましい事故であった。
この事故に関し、「その原因および真相を究明するとともに、再発防止策をとりまと
め、可及的速やかに常任理事会へ報告する」ことを任務とする「栂池高原スキー場雪崩
事故調査委員会」(以下、「調査委員会」と略記)の設置が 2 月 12 日の愛知大学常任理
事会で決定され外部委員 1 名を含む 4 名の人選が進められ、同月 21 日の同・大学評議
会で承認を受けた。調査委員会は日程調整を経て、2 月 29 日に第 1 回の打ち合わせ会
をもった後、諸種の資料を収集・整理するとともに、延べ 17 名に対するヒアリングを
5 日間にわたって実施した。調査委員会は 2 ヶ月間に及ぶ作業を通じて事実関係の解明
と検証を進め、原因および真相の究明と再発防止策のとりまとめに努めてきた。
これらの調査・検討の結果を踏まえ、委員会は、今回の事故の原因を明らかにし、こ
うした事故の再発を防止するための今後の方策について提言するとともに、責任の所在
についても整理を行った。
本「報告書」は、調査委員会が実施したこのような調査・検討の結果を取りまとめた
ものである。
調査委員会は、この事故により尊い命を奪われた 2 名の学生のご冥福を改めてお祈り
するとともに、こうした痛ましい事故が再発することのないよう、十全の措置が講じら
れることを切に希望する。
2008 年 5 月 1 日
栂池高原スキー場雪崩事故調査委員会
委員長
田中
正人
1
栂池高原スキー場雪崩事故調査報告書
目
Ⅰ
次
事故の状況
1
事故の概況
2
2007 年度「体育実技ⅡM」
3
事故の発生と救助活動
Ⅱ
事故の背景と原因
1
安全上の対策に関する考察
2
雪崩発生の予見可能性
3
事故原因に関する考察
Ⅲ
今後の安全上の対策(再発防止策)に関して
1
Ⅳ
安全確保のための施策
初動体制のありようについての問題点
1
第一報受電からの連絡網
2
対策本部の設置および態勢
3
危機管理マニュアルの作成の必要性
Ⅴ
責任の所在について
1
事故グループ指導者の過失
2
実施段階での指導態勢における問題
3
当該授業(体育実技ⅡM)企画段階での調査不足
4
大学の正課授業中における事故
参考資料
1
栂池高原スキー場雪崩事故調査委員会設置要綱
2
栂池高原スキー場雪崩事故調査委員会の外部協力者
3
栂池高原スキー場雪崩事故調査委員会の作業経過
2
Ⅰ 事故の状況
1 事故の概況
1)発生日時および天候
2008 年 2 月 3 日(日曜日)15:45 頃。
「栂池高原ゲレンデレポート」≪ http://www.tokyu-hakuba.co.jp/report/tsugaike_winter/≫ に
よれば、気温は山頂で−1.4℃、山麓で 0.0℃。
お た り
当日は 6:39 から翌朝にかけて、小谷村を含む北部地方に「大雪・雪崩・着雪注意報」
が発令されおり、断続的な降雪。雪質は細かく、結束性のきわめて低いサラサラ雪。
2)発生場所
長野県栂池高原スキー場(長野県北安曇郡小谷村)。
ハンの木コース、ハンの木高速ペアリフト乗り場下東方向、林間コースへの進入口か
ら約 300 メートル進んだ地点。
3)概況
愛知大学は、正課授業の一環としての 2007 年度「体育実技ⅡM」(集中講義の形で実施
されるものであり、種目はスキーおよびスノーボード)を、栂池高原スキー場で 2008 年
1 月 31 日から 2 月 4 日までの 4 泊 5 日の予定で実施しつつあった。参加学生は合計 79 名
であり、スキー担当は非常勤講師(以下「講師」と略記)5 名、スノーボード担当は科目
責任者の湯川治敏経済学部准教授(以下、「准教授」と略記)のほか、業務委託の指導員
4 名の計 5 名、合計 10 名の指導体制であった。
また、事務局から愛知大学豊橋校舎体育研究室職員(以下「体研室職員」と略記)が
同行し、「体育実技Ⅱ(球技)」および「コンディショニング」担当の卯田一平講師も、
スキー指導方法を学ぶためにこの実習に自費で自主的に参加(以下「自主参加講師」と
略記)していた。
2 月 3 日、同スキー場林間コースでは、雪崩の危険性から午前中に一度立ち入り禁止措
置がとられ、すぐ解除されたが、午後に入り、事故現場から 1000 メートル離れた斜面で
小規模雪崩跡が見つかったことから、再度立ち入り禁止となっていた。その林間コース
に第 5 班スキー担当の澤田和明指導講師(以下「5 班指導講師」と略記)が率いるグルー
プ(学生 7 名と自主参加講師)が進入し、林間コースを塞ぐ雪崩跡に遭遇した。一行が
スキー板を外し、徒歩でその雪崩跡を越えようとしていた際に、新たな雪崩に巻き込ま
れるという事故が発生した。
4)遭難者
15:45 頃に発生した新たな雪崩に巻き込まれたのは、5 名の学生と 5 班指導講師の合計
6 名であった。学生のうち 1 人はすぐに抜け出せたが、2 名が雪に埋もれ、2 名が下半身
3
雪に埋もれた。5 班指導講師は崖下に流された。しかし、雪に埋もれた 2 名の学生はパト
ロール隊員によって救出されたものの、心肺停止状態であり、低体温症であった。事故
発生から約 2 時間 40 分後に救急車に乗せられ、信州大学医学部附属病院高度救命救急セ
ンター(以下、「救命救急センター」と略記)に搬送され懸命の救命治療が施されたが、
翌 2 月 4 日に亡くなった。
2 2007 年度「体育実技ⅡM」
1)趣旨および内容
「生涯スポーツの探求」がこの授業の目的であった。すなわち、スキーおよびスノーボ
ードを生涯スポーツとして実践するための知識・技術・マナーを習得することが目的と
されていた。シラバス上ではさらに、「合宿形式の授業を通じて集団社会における行動の
仕方」を学ぶこと、「冬期の自然をみつめて自然環境の恩恵を理解し、スノー・スポーツ
文化や環境保全を学習すること」も狙いとし、
「その出発点として、この実習を成立させ
てくれる「自然」が、いかなる手段を使っても、私たちの手で制御することが不可能な対
象であることを認識しなければなりません」と記されている。
2)実施状況
受講生をA、Bの 2 グループに分け、Aグループは実習期間の前半にスキー、後半に
スノーボード、Bグループは前半にスノーボード、後半にスキーの実習を行うものとさ
れ、種目の切り替えは 3 日目の昼に行われた。また、グループ内ではスキー、スノーボ
ードの技術レベルによってそれぞれ 5 班に分けて講習が行われていた。講習は初日(1
月 31 日)午後、2 日目(2 月 1 日)から 4 日目(同 3 日)にかけては午前と午後、最終
日(同 4 日)は午前の部のみと、合計 8 回に分けて実施されつつあった。タイムスケジ
ュールでは、順番に講習 1、講習 2、……講習 8 と表現されている。
・初日(1 月 31 日)午後
豊橋校舎、名古屋校舎からバス 2 台で栂池へ。栂池にある宿泊施設に到着後、開講式
を行い、15:30 から1時間半ほど、班ごとの講習 1 が実施された。夜は夕食後に食堂で
指導者の自己紹介と「自分とスノー・スポーツとの関わり」についてのスピーチ。温泉
入浴や買い物は許可。ナイターについては禁止。
・2 日目(2 月 1 日)午前・午後
各班とも午前は 9:00 から 11:30 まで講習 2、午後は 14:00 から 16:30 まで講習 3
を実施した。夕食後のナイター滑走はすべての班について許可。約 30 名程度がナイター
滑走に出、20 名は温泉、買い物等で外出した。
・3 日目(2 月 2 日)午前
前半最後の講習 4。班によってはビデオ撮影がなされ、自主参加講師が担当した。
・3 日目(2 月 2 日)午後(ここからは、事故に遭遇した B グループ第 5 班に重点を置いて記述する。)
4
この講習 5 から、種目の切り替えとそれに伴う新たな班編成に基づいて後半の講習が
始まった。午後の講習開始前、14:00 に宿舎食堂に集合し、5 分程度のミーティング。
班ごとに名前の確認後、講習 5。
当初、Bグループ第 5 班(事故遭遇の指導講師担当)は初心者 6 名の学生で構成され
ることになっていたが、技術レベルの点からさらに 2 名が加わり、合計 8 名となった。
第 5 班での講習内容は、スキーの用具の名称、危険性、練習時の用語などの説明、ス
キー着脱、ストックの持ち方、歩行、階段登行、開脚登行、直滑降、平地滑走、ブルー
クファーレン、ブルークボーゲンなどの技術指導。1回リフトに乗車、ブルークボーゲ
ンを行った。
夕食後のナイター滑走はすべての班について許可。2 日目とほぼ同数が参加。
・4 日目(2 月 3 日)午前
講習 6。第 5 班は、9:00 集合、ゴンドラに乗車し、ハンの木高速ペアリフトの緩斜面
での練習の後、林間コースに入り、同コースを通って下山した。なお、別の初心者班(第
4 班)も同じ林間コースで練習を行っていた。
・4 日目(2 月 3 日)午後
第 5 班は、14:00 に集合し、講習 7 を開始した。ゴンドラに移動。途中から自主参加
講師が同行した。14:15 にゴンドラに乗車し、14:30 に下車。学生 8 名のうち 1 名が体
調不良を訴え、そのままゴンドラにて下山した。したがって、第 5 班の一行は 5 班指導
講師、自主参加講師、学生 7 名の合計 9 名であった。
14:50 に練習を開始。15:10 に最初の林間コース入り口(ここからのコースを「第1
林間コース」と呼ぶこととする)に到着。ナイロンロープが張られ、
「林道コース閉鎖中」
との掲示があったが、同コースに進入し、滑降した。15:25 頃、中級コースを横切り、
再び林間コースに入る地点(ハンの木高速ペアリフト乗り場下から東方向、林間コース
への進入口。この地点からのコースを「第 2 林間コース」と呼ぶこととする)では、オ
レンジ色のネットが張られ、立入禁止の標識も立てられていたが、コースに進入した。
緩い下り坂を降りる途中、コースを塞ぐ雪崩跡に阻まれた。スキー板を外して徒歩で雪
崩跡を越えようとしているさなかに、新たに発生した雪崩に巻き込まれるという事故が
発生した。
3 事故の発生と救助活動
1)事故の発生
・林間コースへの進入
スキー場側は、未明からの雪で雪崩の危険があるとして、すでに 8:00 に林間コース立
ち入り禁止措置をとっていたが、9:15 にこの措置を解除していた。午後に入り、パトロ
ール中に事故現場から 1000 メートル離れた斜面で雪崩跡を発見したことから、13:00 に
再度、林間コース立ち入り禁止措置がとられた。立ち入り禁止およびコース閉鎖という
5
措置については場内放送(その内容は栂池高原スキー場パトロールセンターによれば「ゲ
レンデのお客様にお願いします。本日、林間コースは雪崩危険のため閉鎖しております。
滑走の際はゲレンデの指示に従い、立ち入り禁止区域には絶対立ち入らないようお願い
します」ということである)がなされていたが、関係者からの聞き取りによれば、場所
によっては十分に聞き取りにくいところもあり、また、雪崩の危険について聞き取れて
いた者はいなかった。
15:10 頃、第 5 班が第1林間コースに差しかかったとき、その入り口には 120 センチ
メートルぐらいの高さに太いロープが 6 メートルのコース幅一杯に張られていて、
「林道
コース閉鎖中」の看板があった。ロープの向こう側(林間コース側)からスノーボーダ
ーが数人登ってきて、滑りにくいのでスノーボードはやめたと言っていたが、5 班指導講
師はスキーならストックで押しながら滑ることが可能であると判断し、ここからは、自
主参加講師を先頭に進んだ。5 班指導講師は、ロープによる立ち入り禁止措置は圧雪作業
のためのもの、と思っていたのであり、雪崩の危険性についての認識はまったくなかっ
た。
15:25 頃、中級コースを横切って第 2 林間コース入口に到着。入り口には高さ 80 セン
チメートルくらいのオレンジ色をした格子状のプラスチックネットがコース幅一杯に張
られており、
「立入禁止」の文字表示が付いた丸い立入禁止マークの標識があった。第1
林間コースで問題がなかったので、ネットを跨いで自主参加講師を先頭に進んだ。跨げ
ない学生もいたので 5 班指導講師がネットの支柱とされていたストックを抜いてネット
を倒し、全員通過後ネットを元に戻した。この地点・時点でも、5 班指導講師も自主参加
講師も、圧雪作業のためと思い、雪崩の危険性という認識はまったくなかった。
特に自主参加講師は、球技担当の講師でスキーの経験はほとんどなく、学生と同様に
知識習得のために参加しており、雪崩の危険性について判断できる知識をもち合わせて
いなかったと言える。
・雪崩跡との遭遇
第 2 林間コースに入ってから 300 メートルほど進んだ地点で、雪崩跡にぶつかった。
事故発生前に現場に残されていたこの雪崩跡は、幅は林道幅一杯の 6 メートル、長さは
30 メートル、深さは山側 120 センチメートル、谷側 70 センチメートル程度であった。大
きなお盆を伏せたような形で雪がコースを塞いでおり、スキーでは滑って通り得ない状
態であった。5 班指導講師は、最初は道を塞ぐ雪に戸惑ったが、すぐに雪崩であることに
気付き、初めて危険性を感じ、急いで抜け出すことを考えた。まず 5 班指導講師がスキ
ー板を外し、雪を踏み固め、道を作りながらコースの谷側を進んだが、なかなかはかど
らず、自主参加講師にも道作りを依頼した。
自主参加講師が雪崩跡を谷側に沿って 30 メートルぐらい進み、雪崩跡を通り抜けそう
だったので、学生にスキーを持って歩いて進ませた。
6
・新たな雪崩の発生
雪崩跡を通過中の 15:45 頃、新たな雪崩が発生し、5 班指導講師とそれに続いていた
先頭の学生 5 人が巻き込まれた。新たな雪崩によって、さらに深さ 50〜60 センチメート
ルの雪がかぶさった。救助活動中も同じ箇所で小規模な雪崩が発生しており、「立ち木も
雪崩防止柵もすり抜ける雪崩(すり抜け雪崩)
」(2008 年 2 月 24 日付『中日新聞』記事)
が発生したと思われる。
学生 5 名のうち 1 名はすぐ抜け出せたが、2 名が雪で埋もれ、2 名は下半身が埋もれた
状態となった。既に雪崩跡を越えていた自主参加講師と、まだ渡り始めていなかった最
後尾の 2 名の学生は巻き込まれなかった。5 班指導講師は林道から 20 メートルくらい崖
下に飛ばされ、雪に埋もれたが、どうにか脱出した。
2)救助活動
・事故発生の連絡
崖下に落ちた 5 班指導講師が崖下からよじ登る途中で、宿泊施設にいる体研室職員に
携帯で連絡を取ろうと試みた。しばらくして着信に気付いた同職員から 5 班指導講師に
電話がつながり、救助を依頼した。同職員が宿泊施設の主人の車でパトロールセンター
に出向いて通報した(16:07 受理)。
同職員から、他の調査のため現地に出張し(詳細は後述)
、宿泊施設に宿泊していた新
井野洋一経済学部教授(以下「教授」と略記)の携帯に電話があり、同教授が応答に出
たが切れた。間もなく宿泊施設の主人が同教授の部屋に来て事故発生を告げた。
科目責任者でスノーボード担当の准教授の携帯電話には、スノーボード講習中で第 2
鐘の鳴る丘から第1鐘の鳴る丘へ移動中に同職員から連絡が入った。同准教授は、学生
にグループで宿舎に帰るように指示して、急いで宿泊施設に帰り、宿泊施設の主人の車
でパトロールセンターに赴いた。パトロールセンターには既に同教授が到着していた。
・パトロール隊の到着と救助活動
自力で脱出した学生と雪崩を免れた学生 2 名の計 3 名が、自主参加講師の指示でコー
スを少しずつ戻りかけると、リュックサックを背負った 2 名の外国人(1 名はスキー、1
名はスノーボード)に出会い、救助を求めた。外国人 2 名はスコップとゾンデ棒で救助
を手伝い、搬送の時点まで事故地点に残っていた。
パトロールセンターへの通報から 5 分後、パトロール隊員 2 名が事故現場に到着した。
雪崩に埋もれた 2 名の学生が救助されたが、ともに心肺停止状態で、AEDの反応がな
く、心肺蘇生を開始した。救出後、搬送用雪上車が来るまでの間、雪崩の危険が少ない
場所に移動したり、2 名の心臓マッサージを続けたりしていた。
その後、さらに数名のパトロール隊員が来て、下山の道を開けたが、その間にも同じ
場所で 1〜2 度小規模の雪崩が発生したので、無事な者は先に下山することとなり、パト
ロール隊員数名を残し、5 班指導講師・自主参加講師はスキーで、学生はスノーモービル
7
でパトロールセンターへ向かい、17:30 過ぎにパトロールセンターに到着した。
・病院への搬送
2 名を麓へ下ろすための搬送用雪上車の事故現場到着には、その速度ゆえに、また、二
次災害を避け、迂回するなどしたために時間がかかり、搬送開始は 17:55 であった。な
お、横沢医院院長が消防無線で雪崩事故発生を知り、北アルプス広域北部消防署の 2 台
目の救急車で自主的にパトロールセンターに駆けつけた。同院長は、パトロール隊員の
運転するスノーモービルで消防署の救命士 2 名とともに現地に向かい、下山中の雪上車
に乗り移り、人工呼吸を行うなど医療措置が行われた。
2 名の学生は救出後 2 時間ほどしてパトロールセンターに到着し、2 台の救急車にそれ
ぞれ収容され、低体温症の治療など最大限の治療が可能な松本の救命救急センターへ搬
送された。
搬送された 2 名の学生には、教授の指示で准教授と体研室職員の 2 名が付き添うこと
となり、本実習の旅行手配会社(以下「旅行社」と略記)の車で救急車を追いかけた。
20:10 過ぎ、松本の救命救急センターに救急車が到着した。
旅行社の車で救急車を追いかけた准教授と体研室職員は、20〜30 分遅れて救命救急セ
ンターに到着した。
23:30 から 24:00(2 月 4 日 0:00)にかけて、学生 2 名の家族・親族が救命救急セ
ンターに到着した。
2 月 4 日 1:30 頃、太田副学長が救命救急センターに到着。この時点で病院には、准教
授、体研室職員、旅行社社員 2 名が詰めていた。学生 2 名には、それぞれの家族・親族
が付き添っていた。
2 月 4 日 9:50 に 1 名の学生が、同日 20:55 に 1 名の学生が死亡。
・他の被災学生等への対応
雪崩に遭った学生のうち、残る 5 名は教授が付き添い、消防署の車で栂池診療所に行
き診察を受けさせた。動揺が激しく、1 名は点滴、1 名は打撲の治療を行った。念のため
に全員がレントゲン撮影を受けたが異常はなかった。
事故に遭わなかった班に属していた学生への宿泊施設での対応はスキー担当の他の講
師 1 名に任されていた。
Ⅱ 事故の背景と原因
1 安全上の対策に関する考察
1)実施計画書
2007 年度シラバス(「授業計画の概要」)では、今回他の調査に従事した教授が科目責
任者と記されており、企画段階でも同教授が中心であった。しかし、同教授は、新カリ
8
キュラムの 3 年次生用新科目「スノー・スポーツ」の準備調査および頚部故障によるドク
ターストップもあって、科目責任者は途中で准教授に変更された。前年度については、
ほぼ同じ企画の実施に際して同教授が科目責任者兼スキー部門担当、准教授(ただし、
当時の呼称は助教授)が副責任者兼スノーボード部門担当だったのであり、専任教員 2
名が実施・運営に当たっていたのである。しかし今回は、専任教員としては同准教授の
みであり、全体を統括する存在が実質的に欠けたままでの授業実施となった。運営面で
十分な人員配置が行われていたとは言い得ない面がある。なお同教授は、新カリキュラ
ムの 3 年次生用新科目「スノー・スポーツ」が計画されている栂池高原で準備調査をす
るため 2 月 2 日 16:00 に栂池に到着し、宿泊施設に同宿していた。
また、同准教授とそれ以外の指導者たちとは、至近距離に位置しているとはいえ、他
の宿泊施設に宿泊していた。十分な情報交換が確保される構造であったかどうかについ
て疑問が残る。
参加学生に配付された実施要領(『SKI & SNOWBOARD
2007 年度』。以下「実施要領」と
略記)は、今回までの 10 年間ほぼ同じ内容のままである。また、同じ実習への参加回数
が多い指導者、すなわち連続的に参加している指導者が多くを占めていた。
こうしたことから、これまで無事故であった過去 9 年間にわたる栂池高原スキー場利
用が、慣れや緩みをもたらした、とも言わざるを得ない。
2)指導スタッフの構成と指導体制
79 名の学生に対して総員 10 名の指導者という人数は、他大学の実習と比較しても適切
なスタッフ数ということができる。しかし、前項で記したように、その内訳を見ると、
専任教員 1 名のみであった。残り 9 名は講師および業務委託された指導者であり、専任
教員とは宿泊施設を別にしていた。
今回の指導体制を見ると、専任教員 1 名は、スノーボード担当として班の指導をしつ
つ、スノーボードの各班の取りまとめを行い、かつ科目責任者の立場であったが、スキ
ーについては、メンバーの動向もはっきり掴めていないなど、相当の無理があったと言
わざるを得ない。
指導者と学生との間での、気候変化、新雪による表層雪崩等への注意、学生の状態に
ついてのミーティングによる情報の共有化の努力はなされていなかった。この点は事故
に遭った学生も指摘しているところである。参加学生に配付された実施要領に示されて
いる毎日夕食後 1 時間半の研修は、講習初日に講師の自己紹介が行われたのみであり、2
日目からの全体・班別研修時間はナイター滑走に変更され、希望学生が指導者の許可を
得て滑走に行き、他学生は宿泊施設で休憩したり、温泉に行ったり買い物を行ったりし
ていた。本来、研修時間では実技指導時には講義しきれない自然環境保全、危険因子、
安全管理などの指導を行うべきであったと考えられるが、その講習を怠っていた。
さらに、指導者間の打ち合わせ(ミーティング)も不十分であった。指導者ミーティン
9
グとしては、開講式前に班編成のためにもたれた 5 分程度の話し合いと参加義務をもた
ない夜のミーティングだけであった。班を担当する指導者のほぼ全員が十分な指導技術
と経験を有していることは、過去の指導歴や保有する資格などから事実である。しかし、
実技指導だけではなく、天候やゲレンデ状況、途中スキー・スノーボードを交代する学
生の体力、疲労度、技術発達度、ビデオ撮影順など、全体で共有し責任者が把握すべき
ことを情報交換する機会・時間は少なかったと言える。
昨年まで責任者であった教授の論文「スノー・スポーツ指導の留意点を考える〜指導
者への手記〜」(『愛知大学体育研究室体育学論叢』第 10 号、2002 年 3 月、所収。以下、
「同教授論文」と略記)の中では、講習方法や講習意義、季節スポーツへの認識、健康管
理や安全管理などに触れ、スキー・スノーボードの講習上の必要事項を的確にまとめて
いる。しかし、「講習のねらい」に掲げられた冬季の自然に対するとらえ方、また安全管
理に対する指導などは実際の講習時に学生に伝わることがなく、今回の事故の予防に効
果をもちえなかった。
「私たちの手で制御することが不可能な対象」(シラバス中の表現)である自然に対す
る捉え方、また、安全管理に関する指導などは、実際の講習時に学生に伝わることがな
く、今回のような事故の予防に効果をもつことができなかった、と言わざるを得ない。
こうしたことは、事故に遭遇した学生自身が、雪崩などの事故の危険性について実施要
領には記載がなく、指導者側からもまったく話がなかったことへの不信感を述べている
ことからも分かる。
本講習における学生への研修会の取りやめ、指導者ミーティング時間の自由参加とい
った指導・連絡・情報交換の軽視は、今年度に科目責任者が交代したために起こったこ
とではなく、長年の講習継続で事故もなく無事終了してきたことへの慢心が原因となっ
ており、過去のすべての責任者に反省が必要と考えられる。
3)事前の現地情報収集
冬山登山など危険が当然予測される場合には、気候状態やルートを含め、事前の情報
収集が不可欠であり、これを欠いての登山は「無謀」と呼ばれることとなる。今回のス
キー・スノーボード実習にあたっては、これまで 10 年に及ぶ同じ場所での実施というこ
ともあってか、改めて情報収集が行われた形跡はない。林間コースが「危険度が極めて
高い雪崩地域に指定されている」との情報は得られていなかった。
4)事故回避のための想定
先に掲げた同教授論文の中で、またシラバス中でも、「「自然」が、いかなる手段を使っ
ても、私たちの手で制御することが不可能な対象であることを認識しなければなりませ
ん」と記されつつも、自然の脅威についての記述はなされていない。
事故への対応に関しては、同教授論文中に、「事故時の対応は?」として 5 項目の記述
10
がなされているが、基本的にスキーヤーあるいはスノーボーダー同士の間での傷害・負
傷事故が想定されているようである。実習のための説明担当者用「スキー&スノーボー
ド集中実技ガイダンス資料」も、参加学生に配付された実施要領とほぼ同じ内容であり、
事故への諸注意や事故発生時の対応についての記述は皆無であった。
5)栂池高原スキー場林間コースの特性と指導上の危険性
前掲の同教授論文では、栂池高原スキー場の適地性について、実施時期における十分
な積雪量、多様な技術に対応できる地形をもっていること、近距離に宿泊所を設置でき
ること、事故防止体制が整っていること、あまり混雑しない練習場所を確保できること、
生涯スポーツとして卒業後に利用しやすいことなど、が掲げられている。
栂池高原スキー場のゲレンデの特徴として低所には初心者・初級者の滑走に適した緩
斜面とリフトが多数、広域に設備されている。また林間コースは、より傾斜角が少なく、
夏には車が通ることの出来るほど整備された斜面であり、初心者にとってより滑走しや
すい場所であることも事実である。
また、低所初級者用ゲレンデが標高 950〜800 メートルにあるのに対して、ゴンドラ終
点は 1580 メートルの高所にあり、それに続く林間コースは 1450〜1000 メートルの標高
を滑走できる。このため、雪は冷たく乾燥し、滑走により適している。
5 班指導講師に、このような初心者・初級者の滑走に対する好条件を指導に利用しよう
とする考えがあったことが推測される。5 班指導講師は過去にも、また本実習前の班の講
習時にも、初心者としての最初の歩行練習以外は、ゴンドラを利用し、多くの講習時間
をゲレンデ高所において実施し、林間コースでの滑走も指導に活用していた。初心者に
自信を付けさせ、スキーを楽しませよう、との考えからであった。
5 班指導講師は当日午前中に林間コース(林間コースは、午前中いったん 8:00 にとら
れた立ち入り禁止措置が 9:15 に解除されていた)に学生を引率し、滑走させていたが、
昼食をはさんで午後にも林間コースに引率した。その際、13:00 から再び立ち入り禁止
措置がとられていたことを、5 班指導講師は前もってまったく知らなかった。当日は断続
的な降雪があり、視界は良好ではなかったにもかかわらず、林間コースでの指導にこだ
わった節がある。
当日午後、雪が降る中で講習開始からゴンドラに学生を乗せ高所に引率したのは、「初
心者指導=林間コース=自信」といった固定観念が先行し、臨機応変に指導場所を選択
し得なかったためとも考えられる。
林間コースへの進入は 15:10 頃であり、引率する初級クラスの学生を急いで下におろ
す必要もなく、立ち入り禁止の警告に従っていたならば、1 つ目のリフト(ハンの木高速
ペア)に乗り、上に行ってから緩斜面で講習し、最後にゴンドラで下りることも考えられ
た。また、2 つ目のリフト(ハンの木第 3 クワッド、鐘の鳴丘スカイライナーⅣまたは丸
山第 2 クワッド)を乗り継いで下りることも考えなくてはならない(5 班指導講師は降下
11
方向へのリフトの乗車は禁止されていると理解していた)。しかし、5 班指導講師はそれ
らの選択肢にはまったく考えが及ばなかったと述べており、林間コースでの講習のみに
固執していた結果が事故を招いたとも言える。
2 雪崩発生の予見可能性
今回の事故は、事実関係としては、雪崩の危険性ゆえにとられた立ち入り禁止措置を
無視して林間コースに進入したこと、またその後に雪崩が発生したことによって引き起
こされたものである。しかし、はたして栂池高原ゲレンデの林間コースにおいて、雪崩
が起きることを予測するだけの情報があったのであろうか。林間が設けられた場所は樹
木の密生地ではなく夏は笹が生い茂る箇所であるため、笹に積もった雪が滑り落ちやす
く、また、急斜面であるために、短期間に降雪量が多い場合や、暖かい日の後の降雪時
には表層雪崩が発生しやすい場所であるがゆえに、林間コース閉鎖の措置がとられるこ
とがあるという認識をもっていたスキー場関係者もいた。
しかし、雪崩が発生しやすい場所であり、それが林間コース閉鎖の理由であるという
情報をスキー客やゲレンデを利用しスキー講習を行う者に伝達される経路はかなり限定
的であった。パトロール隊の判断により、栂池スキースクール、栂池観光協会等に連絡
はなされたが、宿泊施設への連絡は行われていなかった。事故以前において、ゲレンデ
内やリフト・ゴンドラ乗り場などに雪崩の危険性を示す掲示もなかった。ゲレンデにて
の放送には雪崩の危険による立ち入り禁止という内容が含まれていたとされるが、指導
者には聞こえていなかった。また、立ち入り禁止標識には雪崩を予想させる注意事項の
記載はなかった(事故以降に、「雪崩危険の為」という補助看板が設置されるようになっ
た)。管理されたゲレンデにおいて、初心者用に開放されている林間コースが立ち入り禁
止となったことを看板あるいは放送で知った場合に、その禁止理由に雪崩を想定するに
は、山岳経験や当地でのかなりの日数の滞在経験が必要であると考えられる。
栂池高原スキー場を長年にわたり利用し、他大学のスキー実習指導に携わった複数の
者に確認したところ、栂池高原ゲレンデ内の林間コースにおいて雪崩発生の危険性を理
解していた者は少なく、また宿泊施設の主人も雪崩の危険性を認識していなかったとい
うことからも、第5班指導講師が立ち入り禁止理由を「積雪により踏破が困難であり、圧
雪(除雪)作業を待つための指示である」と捉えてしまったことも十分考えられること
である。
また、雪崩跡に遭遇してからの行動において、雪崩に関する知識を有していた場合に
事故を防ぐ可能性があったかを考えなくてはならない。雪崩についての必要な知識とし
ては、特に事前に起きていた雪崩のもつ危険性の判断が必要とされる。その前からの降
雪の状態(降雪開始時刻、降雪量、気温、雪質など)を総合的に視野に入れ、林道を塞
ぐ雪の様子や林間の上の斜面の樹木の状況から中層雪崩か底雪崩かを判断するのであり、
木々が押し倒されたりしていない場合には表層雪崩であり、続けて雪崩が発生すること
12
が想定される。さらに、雪に不慣れな初心者の引率であれば移動(トラバース)に手間
取ることが考えられるため、引き返すべきである。しかし、このような正しい判断は、
山岳の専門的知識をもつ者であるならば可能なのであって、「立ち入り禁止区域」に危
険性を認識できずに入った者に、雪崩跡に直面して次の危険性を予測する能力を期待す
ることは難しいところである。ただし、このことは、「立ち入り禁止区域」に入ったこ
とを肯定するものではまったくない。禁止措置がとられている場所に立ち入ることは許
されるものでないことは言うまでもない。こうした危険が予想される場所においては、
指導者は、よりしっかりした知識の習得が必要であることを意味する。講習なりで、予
め雪崩の知識を得ていれば、防ぎ得た事故であると言える。
本実習は、豊橋校舎体育領域会議の主催であり、1997 年度の第 1 回(この第 1 回のみ
八方尾根スキー場で実施)以来前年度の第 10 回まですべて教授が領域会議および科目の
責任者であり、准教授は実技指導者として、また専任教員として同教授をサポートする
役割を担っていた。しかし昨年夏に同教授が首を痛めたことにより、学期途中で科目お
よび領域会議の責任者が同准教授に変更された。同准教授が栂池高原ゲレンデ林間コー
スでの雪崩に関して知識を持っていなかったことは上述したとおりであるが、同教授も
同様に林間コースには雪崩の危険性があることを知っていなかった。林間コースにおけ
る雪崩の危険性について認識できていなかったことに関しては、それを知るべき手段が
少な過ぎたことが大きな理由のひとつである。
3
事故原因に関する考察
1)2度にわたる立ち入り禁止区域への進入
まず、第1林間コース入り口で「林道コース閉鎖中」の掲示板を無視し、制止のため
のロープを越えて、林間コースに進入した。その際、5 班指導講師は「圧雪作業のため」
と認識しており、雪崩による閉鎖という事実を知らず、また危険性の認識もなかった。
次に、ハンの木コースを横切り、再び林間コースに入るポイント(第 2 林間コース入
り口)でも、立ち入り禁止の標識を無視し、遮蔽物(オレンジ色のフェンス)を越えて、
第 2 林間コースに入った。この時点でも、5 班指導講師に危険性の認識はなかった。
スキー場管理者側による「立ち入り禁止」という場内放送は 5 班指導講師には明確に
は聞き取れていなかったが、「立ち入り禁止区域」への進入は、基本的なマナー違反であ
り、指導者としてあるまじき、抗弁の余地のない行為と言うほかない。なお、アンケー
トに答えた被災学生の中には放送が聞こえ、部分的にではあるが「立ち入り禁止区域に
絶対入らないように」との放送を聞いた者もいる。
2)雪崩の危険性についての認識の欠如
「雪崩」現象そのものについての知識の欠如とその危険性についての認識の不十分さが
あった。ただし、雪崩事故に遭遇した班の指導者にのみ、雪崩の危険性認識が欠如して
13
いたわけではない。林間コースの閉鎖(=立ち入り禁止)措置が雪崩の危険によるもの
である、という意識は今回のスキー実習担当者が共通してもっていなかったようである。
3)雪崩の危険性についての情報共有化の欠如
指導者の間では、事故現場が雪崩多発地点であることについての情報ならびにその共
有が欠如していた。また、頻繁にコース閉鎖が行われており、その理由が雪崩である、
という情報の収集ができていなかった。
スキー場管理者の側は、事故現場が雪崩多発地点(パトロールセンターによれば年に 2
〜3 回)であることを熟知していたが、そうした情報はスキー場を利用する者に十分に伝
わっていなかったのであり、指導者たちは雪崩の危険について知る手段をもっていなか
った。しかしながら、雪崩の危険性についての認識の欠如は、事故に遭遇した班の指導
者を含む指導スタッフ側にのみ限られたことではなく、宿泊施設の主人にもそうした認
識はなかった。
いずれにしても、こうした実技の実施に当たっては、現地の状況についての十分な把
握は当然に必要なことであり、事前の現地確認調査などを行っていれば、林間コースの
雪崩の危険性の状況について把握できた可能性は十分考えられる。また、現地に精通し
た指導者を確保することで、現地の危険箇所を知ることも可能である。
4)事故原因のまとめ
以上見てきたように、5 班指導講師には、「立ち入り禁止」措置は雪崩の危険性ゆえに
とられたという認識はなかった。圧雪作業を行うための措置である、との認識であった。
まして、危険があると知った上で「立ち入り禁止」区域に進入したのではない。
しかしながら、こうした事情があるにせよ、「立ち入り禁止区域」への進入という行為
が招いた事故の責任を打ち消すものではない。繰り返しになるが、5 班指導講師が立ち入
り禁止区域への進入を指示した行為は、指導者としてあるまじき、抗弁の余地のない行
為というほかない。
Ⅲ 今後の安全上の対策(再発防止策)に関して
1 安全確保のための施策
1)当該科目(スキー、スノーボード)など野外授業に際して
指導者に対して自然災害の知識など危険予知に関する講習を行なっておくことが必要
とされる。
講習すべき内容としては、
① 危険予知(内的因子として、学生の不注意な行動、活動に見合わない体力など、参
加者に内在するもの、また、外的因子として、自然環境としての気象、天変地異、
14
危険動物、授業としての無理な計画など)、
② 危険因子評価(授業実施場所の踏破、野外授業中に起こりうる不利益な出来事のリ
スト作成と起こる確率、危険因子の与える衝撃度)、
③ 危険予知能力の開発、などを挙げうる。
そうした意味においては、当該スポーツに関する有資格者に講師を依頼する、あるい
は自然災害の知識や危険予知に関する講習が設定されている資格を取得しておくことが
求められる。
スキーなどアウトドアスポーツを中心に、自然災害、安全管理、傷害の実態と事故防
止、安全指導、気象などについて講習を行い、指導資格を認定する団体として、日本体
育協会、全日本スキー連盟、日本水泳連盟などがあり、また、日本赤十字社も事故防止、
救急法、応急手当などの講習を行い、救急員、安全救助員といった資格を付与している。
今回の事故に関して、スキー指導者について指導員(インストラクター)資格の有無が
問題とされたが、当該スポーツ種目の技術面だけでなく、自然災害、安全管理、傷害の
実態と事故防止、安全指導、気象などについても十分な知見をもつ者が指導に当たらね
ばならない。他方、現地の状況把握については、体育実技実施前に先発隊を現地に派遣
し、危険箇所の把握などをしておくこと、あるいは現地に詳しい指導者の採用もひとつ
の方法であろう。
スキー実習などを主催する側が、情報の共有化のために、またマンネリ化を防止し、
常に安全管理に努めるためには、
① 講習(集中授業)に参加する専任教員の増員、
② 専任教員の役割分担の徹底と引継ぎの際の連絡事項の確認、
③ 非常勤の宿泊施設の統一、
④ 全指導スタッフ間での打ち合わせの実施(時間と打ち合わせ内容の明確化)、
⑤ 宿舎における夜の学生向け研修会の実施と学生の健康度チェック、
などを実施しなければならない。
再発防止のためにも、事故対応のマニュアルを作成することが重要である。そのマニ
ュアルには、
① 事故を想定した具体的な対応、
② 現場状況の迅速かつ正確な把握と救助、
③ 受傷者への応急処置、
④ 対策本部の設置、
⑤ 上部組織・保護者・関係機関への連絡、
⑥ 細部にいたる記録、
といった事項が含まれねばならない。
15
2)学外での諸活動をも含む包括的な安全管理体制の確立
東京大学でのマニュアル『野外活動における安全衛生管理事故防止指針』(東京大学環
境安全本部、2006 年 4 月初版)などを参考に、野外におけるさまざまな教育研究活動の
際に遭遇しかねない危険を回避し、事故を防止する措置を講じなければならない。
同マニュアルには、正課に関わる活動に際し、
「指導教員は野外活動における学生の安
全衛生管理と事故防止に責任を負い、参加者・学生はそうした注意義務を守って、安全
衛生管理・事故防止に努める義務がある」との基本認識に立って、事故を未然に防ぐた
めの事前調査、事故発生時の連絡体制などが記されている。
こうした「安全管理」のための規程は、「東京大学の野外における教育研究活動に関す
る安全衛生規程」だけでなく、北海道大学、筑波技術大学、名古屋大学、大阪大学など
でもすでに設けられていること、何よりも、「安全本部」という組織が学内に設けられて
いること(近隣の豊橋技術科学大学でも同様である)に注目すべきであろう。
東京大学の『野外活動における安全衛生管理事故防止指針』には、
① 野外活動に行く前の十分な準備、適正な計画、責任体制、「安全衛生管理計画」の
届出などについて、
② 現地での活動中の注意事項として、天候、健康状態などによる計画の見直し、ない
し中止、大学との連絡網の整備確保について、
③ 事故発生時の現場での対応、大学の対応について、
詳細な記述がなされている。
愛知大学としても、こうした学内外の諸活動に共通する「安全管理マニュアル(指針)」
を策定することが求められる。
3)今後新たな犠牲者を出さないために
スキー場側は、事故発生ポイントが雪崩多発地点であることを熟知していた。しかし、
そのことをスキー客、特に初心者や子供連れ、そして宿泊施設などに周知徹底し、危険
の大きさ・切迫性を喚起する手段は、より具体的に言えば、掲示板設置場所や場内放送
設備および放送内容は、必ずしも効果的ではなかったように思われる。この点は、事故
後のスキー場管理者による改善措置(「雪崩の危険」を告知する補助看板を追加し、また、
林間コース閉鎖時の放送に「初心者、お子さま連れのお客さまはゴンドラリフトの下り
線で下山してください」との言葉を追加したこと)から推定できる。
今後、2 度と今回のような痛ましい事故が発生しないようにするために、また、新たな
犠牲者を出さないようにするために、
①
情報の周知方法・手段に関して、より有効な掲示板設置場所の点検、場内放送設備
の拡充と内容の点検、
②
危険が想定される場合の閉鎖基準の見直しと閉鎖措置の徹底化、
③
とりわけ、ゲレンデの横に設けられている林間コースは、初心者にとってうってつ
16
のり
けのコースではあるが、その林間は急勾配の斜面を切り開いた法面であって、まさ
に雪崩の起こりやすい場所でもあることの周知徹底、
④
初心者用の林間コースを雪崩の危険から守る防護柵などの設置、
⑤
今回、搬送開始と病院到着までに時間がかかったことについての改善措置
が必要であろう。以上の方策をスキー場側に求めたい。
Ⅳ 初動体制のありようについての問題点
1 第一報からの連絡網
愛知大学豊橋校舎守衛室での事故第一報受電は大町署から 2 月 3 日 16:50 であった。
守衛室からは、学生が事故に巻き込まれたということから、豊橋事務部長兼教学課長
(当時。以下同じ)に連絡がなされた(16:55)。これは守衛の「業務マニュアル」に従
ったものである。
直ちに同部長から事務局長、局長から学長、副学長に連絡とマニュアル通りの連絡活
動をしたが、有事の際に連絡すべき学内関係者の範囲等連絡網・連絡体制をしっかり想
定・整備しておき、守衛室からできるだけリストにある者全員に連絡を入れるなど、水
平的な連絡を取り入れた連絡網を作る必要がある。
また大学には、連絡体制とともに、携帯電話が普及している状況の中で、情報の速や
かな共有化を可能とする体制をも検討してみる必要があろう。
2 事故対策本部の設置および態勢
2 月 4 日 10:00 頃、学長を本部長とする事故対策本部が設置された。しかし、現地が
抱えている諸問題を把握し、後方支援のための対策をとるという性格の事故対策本部と
いうよりは、通常の責任体制の枠内での大学本部の対策会議であった。共通教育科目と
しての「体育実技」実施中の事故ということを考えれば、教学部長、キャンパスに残っ
ている体育関係者、現地の事情に詳しい教職員、医療関係者、心理カウンセリングの専
門家や女子学生対応のできる教職員など、想定される諸問題に対応できる対策本部が機
動部隊的に結成されるべきであったとも考えられる。
また、2 月 3 日の太田副学長の現地入りを始めとして、4 日から 9 日までの間、多くの
教職員が、しかも入試業務に繁忙を極めていた時期に現地に派遣された。彼らに対する
指揮系統、彼らの配置、活動内容に関わって、彼らを有効に活用する点からも、後方支
援のできる事故対策本部機能の充実が望まれるところである。
3 危機管理マニュアルの作成の必要性
以上見てきたように、事故対策本部の設置とその作動については、いくつもの問題点
のあったことが指摘しうる。2 度と起きてはならない今回の事故を教訓に、防災体制と同
17
様、こうした事故の際の対応についてマニュアルを作成し、危機管理体制を構築してお
く必要のあることは明らかであろう。早急な対応が望まれる。
Ⅴ 責任の所在について
1 事故グループ指導者の過失
事故に遭遇したグループの担当であった 5 班指導講師の責任は否定し得ない。司法当
局の判断に委ねるほかないが、刑事上、業務上過失致死傷罪(刑法 211 条)に問われ、立
件される可能性は存在する。
他方、民事上、不法行為に基づく損害賠償責任(民法 709 条)を問われる可能性もある。
(なお、報道等で今ひとりの「指導者」とされてきている自主参加講師については、本
学の他の科目(「体育実技Ⅱ(球技)
」および「コンディショニング」)の非常勤講師では
あったが、今回の参加は、指導者としての知見を習得するための個人的な自費参加であ
った。スキーの経験は、4〜5 度で、今回のスキーは 5 年ぶりくらいと浅く、学生を指導
する立場にはなかったことを指摘しておきたい)。
2 実施段階での指導態勢における問題
指導者の間での、気候変化、新雪による表層雪崩等への注意、学生の状態についての
ミーティングによる情報の共有化のための努力がなされていなかった、と思われる。
参加学生たちに配布された実施要領に掲げられた「私たちの手で制御することが不可
能な対象」(シラバス中の表現)である自然に対する捉え方、また、安全管理に関する指
導などは、実際の講習時に学生に伝わることがなく、今回のような事故の予防に効果を
もつことができなかった、と言わざるを得ない。
3 当該授業(体育実技Ⅱ)企画段階での調査および審議不足
企画段階では教授が領域会議の責任者兼科目責任者であったのが、途中で准教授に変
更されたという経緯がある。管理運営面での人員配置など、安全面での留意事項につい
て、十分な審議・検討がなされていなかった、と考えられる。また、指導責任体制につ
いて、今回は専任教員が科目責任者 1 名のみであり、相当に無理があったことは科目責
任者本人が認めていることであり、できればスキー、スノーボード担当それぞれに責任
者を置き、全体の総括責任者・オーガナイザーを単独で置くなど、企画段階での工夫が
必要であったと言い得る。
過去 10 年以上にわたる栂池高原スキー場利用から来る慣れが緩みをもたらした、とも
考えられる。こうしたことから、従来からほとんど変わらない計画を遂行し、指導態勢
面での十分な準備・対応を欠いた体育領域会議の責任も重いと言わねばならない。
18
4 大学の正課授業中における事故
大学は安全配慮義務を果たす義務を学生に対して負っている。正課授業において死傷
者を出したことについて、大学には債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。指導者を
本学が非常勤講師として委嘱した事実があり、その指導者に過失があった以上、その責
任を免れることはできない。
また別途に、不法行為に基づく損害賠償責任を問われることとなる。
以上の民事上の法的責任とは別に、大学は高等教育機関として、社会的責任の取り方
に十二分の配慮が求められる。
19
資料1 栂池高原スキー場雪崩事故調査委員会設置要綱
栂池高原スキー場雪崩事故調査委員会設置要綱
栂池高原スキー場雪崩事故調査委員会設置要綱案を以下のとおり提案いたします。
1.名称
栂池高原スキー場雪崩事故調査委員会(以下、この要綱において「委員会」という。
)
2.位置付け
常任理事会の下に設置する。
3.委員会の任務
2008 年 2 月 3 日(日)に「体育実技Ⅱ」の集中講義中におきた栂池高原スキー場における雪
崩事故に関して、その原因及び真相を究明するとともに再発防止策をとりまとめ、可及的速やか
に常任理事会へ報告する。
(1)事故の事実関係の把握に関すること。
(2)事故原因の調査に関すること。
(3)当該授業科目の今後の取り扱い及び再発防止策に関すること。
(4)その他、委員長が必要と認めた事項に関すること。
4.委員会の構成
委 員 長
1名
※常任理事会から委嘱・発令する。
委
若干名
※但し、常務理事は除く。
員
調査委員会は、その任務を遂行するために当該授業科目責任者、引率指導教員等及び関係者に
出席を求め、事情を聴取する他、資料の提出その他必要な協力を求めることができる。
5.委員会の任期
調査結果を常任理事会に報告するまでとする。
6.委員会事務局
委員会事務局は、企画・広報課とする。
以
上
20
資料2 栂池高原スキー場雪崩事故調査委員会の委員と外部協力者
1
栂池高原スキー場雪崩事故調査委員会委員
委員長
田中
正人(愛知大学法学部長)
委
員
浅野
俊夫(愛知大学文学部人文社会学科教授)
委
員
酒井
強次(愛知大学監事)
他に、外部委員(国立大学教員)
2
1名
栂池高原スキー場雪崩事故調査外部協力者
北アルプス広域消防本部関係者
栂池高原スキー場パトロールセンター関係者
栂池高原スキー場宿泊施設関係者
長野地方気象台関係者
長野県大町警察署関係者
白馬観光開発株式会社関係者
横沢医院関係者
21
資料3 栂池高原スキー場雪崩事故調査委員会の作業経過
栂池高原スキー場雪崩事故調査委員会の作業経過
(1)
2 月 29 日(金)
委員意見交換
(2)
3 月 10 日(月)
事故遭遇外の受講生 4 名から聴取、委員意見交換
(3)
3 月 14 日(金)
提出資料に基づき現地関係者 4 名から聴取
(4)
3 月 18 日(火)
提出資料に基づき現地関係者・事故対策本部関係者 6 名から聴取
委員意見交換
(5)
3 月 31 日(月)
提出資料に基づき事故対策本部関係者等 2 名から聴取、
聴取困難と思われる事故遭遇学生 3 名からの提出資料確認、
委員意見交換
(6)
4 月 1日(火)
(7)
4 月 7 日(月)
事故対策本部長(学長)から聴取、委員意見交換
常任理事会へ経過報告
(8) その他随時
事故関係者等への文書による照会および回答確認
(9)
4 月 27 日(日)
委員意見交換、「報告書」最終点検
(10)
5 月 1 日(木)
常任理事会へ報告
22