世界を変えるお金の使い方

世界を変えるお金の使い方
責任編集
山本良一 東京大学 生産技術研究所教授
編集協力
川村久美子 武蔵工業大学 環境情報学部助教授
高岡美佳 立教大学 経済学部助教授
編集
Think the Earth プロジェクト
ダイヤモンド社
1
世界を変えるお金の使い方
山本良一
2
東京大学 生産技術研究所教授
この 本は 、お 金をどのように 使うべ
それではな にゆえ に 個人も 企業も
きか に つ い て 論じた 本です 。すなわ
た だひたすらお 金をもうけようとして
ち 環境の 保全と社会の 中の 様々な 問
いるのでしょうか 。生活を安定させた
題の 解決の ため に お 金をどの ように
い 、アメリカン・ドリームを 実現して
使えばよいかを示すことが 目的です 。
豪華な 暮らしがしたい 、成功を収め 事
百円から数千円というわずかなお 金か
業をひたすら拡大したいためなのでし
らでもできる社会貢献を紹介していま
ょうか 。個人にとっては“限りない 浪
す 。読者の 皆さん が 近所の 本屋さん
費と限りない 快楽消費”がその 人生の
へ 行って すぐ 気が つ か れ るように 、
目的な のでしょうか 。アメリカの 環境
ビジネスコー ナ ー の 書棚にあるほと
学者、ア ラン ・ダ ー ニングはそ の 著
んどの 本は 、いか に 労せ ず に 楽々と
『ど れ だ け 消 費 す れ ば 満 足な の か
お 金をもうけるか 、だまされずに 資産
(How Much is Enough?)
』の 中で、ど
を形成するか に つ いて 書かれた 本ば
のレ ベ ル の 消費なら地球は 許容でき
かりです 。筆者の 調べ た 限り、お 金
るのかと問いかけています 。彼が 指
をどのように 使えば“世のため 、人の
摘しているように 、世界がショッピン
ため 、地球のためになるか ”をやさし
グモー ル 化することに 伴って 自然と
く教示した 本がほとんど見当たらない
社会は 大きな 犠牲を払わされているの
のは不思議と言えば 不思議です 。
です 。インド 生まれ のノー ベ ル 経済
学者、アマル ティア・センは 自らの 利
うな 事例を紹介しています 。1秒の 間
益を最大化することしか 念頭にない 消
に 人口増加2.4人(7,700万人/年)、炭
費者を 、“ 合理的な 愚か 者(rational
酸ガスの 排出量760トン
(2001年推計)、
fool)”と呼んでいます 。自己利益をひ
大気中の 炭酸ガス 蓄積量380トン 、大
たすら追求し 、浪費と快楽消費に 明け
気中の 酸素減少量710トン 、地表の 平
暮れる、この“合理的な 愚か 者”の せ
均温度上昇0.00000000167℃
いかどうか 、実際、世界は 環境破局と
(0.053℃/年)、グリーンランドの 氷の
社会崩壊の 危機に 怯えているのです 。
融解量1,600トン 、中国の 砂漠の 拡大
面積78m 2などです 。一秒一秒、地球
世界を駆けめぐった 有名な 電子メー
環境は 劣化するば かりで 人類社会の
ルをもとに 作られた 書籍、『世界がも
様々な 問題は深刻化しつ つあることが
し 100人の 村だったら』
(池田香代子
わかります 。地球温暖化に 関する 政
再話)によれば 、52人が 女性、48人が
府間パネル(IPCC)の 第三次報告書で
男性で 30人が 子供、70人が 大人、そ
は“ 過去50年間の 平均温度上昇は 人
のうち 7人が お 年寄り。20人は 栄養が
為的起源による炭酸ガス濃度増大によ
十分ではなく、1人は 死にそうで 、15
る ”ことが 初めて 公式に 認められまし
人は 太りすぎ 。すべて の 富のうち 6人
た 。現在の 大気中の 炭酸ガス 濃度は
のアメリカ人が 全体の 59%を持ってい
371ppmv(ppmv=100万分の 1、体積
る。す べて の エネル ギーのうち 20人
分率)、IPCCの 予測では 2100年には
が 80%を使い 、80人が 残り20%を分け
540∼970ppmvに 達するとされていま
あ っ て い る 。 6 3 億 人の 住む 地 球を
す 。その 結果、地球表面の 平均温度
「100人の 地球村」に 縮小してみた 時、
は1.4∼5.8℃まで上昇し、特に 北半球
見えて 来るの は 貧富の 差が 隔絶した
の 高緯度地方は 10℃も 上昇すること
病める世界です 。
が 予想され て います 。こ のままでは
私たちは“地球温暖化地獄”を今世紀
一方世界は 刻々とダイナミックに 変
中に 経験することになるでしょう。
化しています 。この 世界の 変化を1秒
に 切り取って みたらどうなるでしょう
人類を 深刻な 危機に 陥れるそ の 原
か 。前著『1秒の 世界』では 、次の よ
因は 一体何な の でしょうか 。“ 浪費と
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快楽消費”を追求する市場経済のグロ
分の 職業を 神の 召命に 応えるため の
ーバルな 拡大なのでしょうか 。それと
義務と考え、鋼鉄の 意志で 経済活動を
も 暴走する 科学技術文明の せいな の
行ったピューリタンこそが 近代資本主
でしょうか 。国立環境研究所の 初代所
義を形作ったとマックス・ウェー バ ー
長を 勤めた 市川惇信によれ ば 、市場
は 説い ています 。つまり、鉄の 意志
経済も 科学技術も 進化システ ムであ
で 金もうけを続けることが 最高に 道徳
り、私たち 個人がそれをどう考えるか
的な 生き 方な の だというの です 。ま
にかかわらず 自律的に 発展していくと
た 、金貨や 銀貨など貨幣そのも の に
いいます。嫌だからといって、市場経
も人々は魅入られ 、呪力を感じ、その
済と科学技術の 発展から誰も逃れられ
獲得に 全力を挙げました 。例えば 、エ
ないのです。であるならば 発展の 方向
ジプト人にとって 金は太陽神ラーの 肉
を環境と社会に配慮されたものへと制
体そのものであり、永遠の 生命のシン
御することはできないものでしょうか。
ボルでした 。ドル の 紙幣やコインには
「神の 信認にかけて
(In God We Trust)
」
一方に お い て 、近代の 科学技術と
というモットーが 記されています。
市場経済は私たちに 巨大な 恩恵をもた
らしました 。その 科学技術文明の 繁栄
商品を購入するという行為は 、知識
に 貨幣や 市場の 果たした 役割の 重要
情報の 塊としての 商品を選択するとい
性は 今や 誰もがよく理解しているとこ
う行為でもあるので「貨幣による投票」
ろです 。
とみなすこともできます 。言い 換えれ
貨幣(お 金)は 価値の 尺度であり 、
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ば 、市場とはもっともニ ーズ の 高い
支払い の 手段であり、また 蓄積するこ
商品(知識・情報)がどれであるかを発
とが 可能なも の です 。市場を 通じて
見する装置であるとも 言えます 。市場
商品と貨幣を交換することが 、実は 社
を 通じて 売れ 筋の 商品情報、すなわ
会全体の 経済的豊かさをもたらすと言
ち 消費者が 望んでいるも の は 何かと
うの がアダム・スミスの「見えざる手」
いう情報を容易に 入手することが 可能
の 話として 有名です 。つまり、私利私
なわけで 、これを個人が 行うとすれば
欲の 追求が 神の 見えざる 手に 導かれ
莫大な 時間と費用を要することになり
て 公共善をもたらすというのです 。自
ます 。市場はこの 意味で 、オーストリ
ア の 経済学者、F.A.ハイエクの 言うよ
済的価値を評価したところ 36∼58兆ド
うに 人類が 生来的、不可避的に 持つ
ル(1998年の アメリカドル 値)で 、こ
無知を 克服するた め の 社会的装置で
れは 当時の 世界の GDP値に 匹敵する
あると言ってもよいでしょう。
額です 。最近になってケンブリッジ 大
学の アンドリュー・バ ームフォードら
しかし 資本主義市場経済は 社会主
は『自然保護の 経済的理由』と題して
義計画経済より 優れ て い るとい って
サイエンス 誌に 論文を 載せ て います
も 、本当にそれほど素晴らしいものな
が 、環境保護コストに 対してそれから
のでしょうか 。深刻な 環境問題や 社会
得られる経済的価値は 約100倍である
問題がなぜ 起こるのでしょうか 。実は
と見積もっています 。このように 、大
市場は 様々な 意味で 完全ではありませ
変価値の ある 公共財が 無料で 勝手に
ん 。例えば 未来の 世代や 人類以外の
利用され て い る の で す 。そ の 結果、
生物種が 参加することはできません 。
地球全体で 様々な 環境問題が 起きて
また 、個人や 企業もきわ めて 短期的
いるの です 。これまで 経済学はこれ
な 利益を考えて 市場で 取引をしていま
らの 問題に 対してほとんど為すところ
す 。個人や 企業が 環境に 排出する 汚
がありませんでした 。以前は「環境問
染物質の 処理費用や 、生態系が 人類
題に 対する 経済学者の 最大の 貢献は
に 提供するサービスに つ いて の 費用
沈黙を守ることだ 」とからかわれたこ
は市場に 内部化されていない のです 。
ともありました 。しかし 、現在はそう
例えば 、企業は 化石燃料を 燃や す 際
ではありません 。環境経済学が 発展し
に 、大気中の 酸素を 無料で 消費し 、
てきているのです 。
炭酸ガスを無料で 放出しています 。メ
リーランド 大学の ロ バ ート・コンスタ
市場の 失敗を 補正するため には ま
ン ザ 達は 地球生態系のもたらす サ ー
ず 社会制度を 変えなけ れ ば なりませ
ビスと財の 経済的価値の 概算を行って
ん 。例えば 、環境汚染物質に 課税し 、
います 。炭素の 貯留、土壌の 有機物
それを社会福祉費用に 充てるというよ
の 蓄積、生物多様性の 維持、栄養循
うな 政策です 。税財政システムをグリ
環、大気汚染物質の 除去、炭素供給
ーン 化したり、リサイクル 法等を整備
農作物、魚介類等に つ いて 年間の 経
するの は 政府の 役割です 。今日にお
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い ては 政府も 万能の 力を 保有して い
ること、投資すること自体をあきらめ
るわけではなく問題によっては国際機
て 、ボイコットする以外に 方法は ない
関、地方自治体、NPO、市民と共同で
ものでしょうか 。
解決に 当たらなければなりません 。む
しろ 市民こそが 地球環境問題や 社会
そこで 考案され 、提唱され 、実行に
問題の 解決に 起ちあがるべきな の で
移されてきた の が 環境配慮購入(グリ
はないでしょうか 。しかし 市民一人ひ
ーン 購入)であり、倫理的購入(例え
とりの 力は 限りなく小さく、暴走する
ば 途上国の 生産者に 配慮した 貿易、
市場経済と科学技術文明の 前には無力
フェアトレード )であり、社会的責任
のように 映ります 。持続可能な経済社
投資(SRI)
です 。バングラデシュのグ
会を実現するための 市民にとっての 有
ラミン 銀行のように 、貧困削減のため
効な 変革の 手段は ないも の でしょう
に 少額無担保融資を実施して 成果を上
か 。それを考えるには、市場経済の 原
げている例もあります 。そしてまた 環
点に立ち戻って考えるしかありません。
境保全や 社会的問題の 解決の ため に
活動しているNPO/NGOや 地方自治体
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市場とは 自己利益を追求する企業と
などに 寄付す るという手段もありま
消費者が 、製品とサービスを取引する
す 。都市からふるさとへ 寄付をして 個
場所でした 。ある製品やサービスを購
性的な 町作りを進めるという“寄付に
入することが 、直ちにそれを生産した
よる投票”も地域再生の 手法のひとつ
企業や そ の 開発を 行った 科学技術者
として 注目され て い ます 。さらに 環
に 拍手を送り、激励することになって
境・社会問題の 解決のための 政権公約
い ます 。環境に 過剰な 負荷を 与え 、
(マニフェスト)
を調べて 政治家、政党
様々な 社会的問題を抱えながら生産さ
に 投票するグリーン 投票という方法も
れたような 製品・サービスを購入した
あるでしょう。製品や サービスをお 金
り、あるいは 社会・環境問題にほとん
で 取引する 貨幣経済の 他に 、最近、
ど無関心で 、飽くことなき利潤追求に
地域通貨あるいはエコマネーで“善意
狂奔する企業に 投資・融資することを
の 価値”を取引するボランティア 経済
どうしてもしたくないと考える 消費者
も 少しず つ ではあります が 、徐々に
はどうすれば 良いでしょうか 。購入す
広まり始めています 。
すなわち、製品・サービスの 購入の
善)のために 購入、投資、寄付するこ
正にそ の 瞬間こそが 、大げさに 言え
とも 大変重要であると思うのです 。あ
ばあなたが 世界を 変える“その 時 ”な
なた の 使うお 金は 将来、何百倍、何
の です 。あなた は 購入、投資、寄付
千倍にもなってあなた や あなた の 子
行為に お い て 合理的な 選択をするこ
孫に 帰ってくることになります 。お 金
とによって 歴史形成へ の 主体的参加
を合理的に 使用することによって 人と
をすることが 可能なのです 。
自然、人と人との 関係を修復し 、回復
していくことができるのです 。最近、
今や ユビキタス 技術によって 、い
福井豪雨の 被災者に 匿名で宝くじの 賞
つでもどこでも 誰でもがあらゆる環境
金2億円を寄付した 日本人が 現れた こ
性能情報、CSR(企業の 社会的責任)
とは 、私たちの 心に 希望の 灯を 点し
情報を含む 膨大な 情報を容易にリア ル
ました 。また 新潟中越地震の 被災地な
タイム で 入手できる 時代が 到来し つ
どで 、数多くの ボラン ティア が 災害
つあります 。ICタグや 携帯電話によっ
復旧に 汗を流している姿も私たちに 勇
て 瞬時に 製品の 生産履歴や 生産した
気を 与えます 。現代に お い て 損なわ
企業の CSR経営情報を入手することも
れ 見失われて いる 、人間と人間、人
可能になりつ つあります 。またどのよ
間と自然、人間と神との 間に 本来存在
うな NPOがどの ような 環境問題や 社
する関係性を取り戻さなければなりま
会問題の 解決の ため に 活動している
せ ん 。人間は 自分ひとりで 生きて い
の か 、どうすれ ば あなたはそれらの
るわけではなく、自然に 支えられ 、他
活動を 支援できるの か に つ い ても 知
の 人々と 支えあって 生きて い る の で
ることができます 。企業はいうまでも
す 。だからこそ「環境改善と社会改善」
なく、私たち市民一人ひとりにも 社会
を常に 心がけて お 金を積極的に 使い
的責任があり、その 責任を購入、投資、
た いと思うの です 。この 本はその た
寄付、投票などの 様々な 場面で 果た
めのささやかなガイドブックです 。
していくことができるのです 。
この 本がきっかけとなって 、さらに
大量の「社会貢献の ため の お 金の 使
このようにお 金の 価値を知り、それ
を社会貢献(環境保全・改善や 社会改
い 方」に 関する本が 出版されることを
期待しています 。
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あなたがお金を使う瞬間、
それはあなたが
世界を動かしている瞬間でもあります。
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今あなたのお財布に入っているお金は、
社会のシステムであると同時に、
あなたの意志であり、選択であり、
それを伝える道具でもあります。
お金は万能ではなく、お金でなんでも解決できるはずもないけれど、
使い方によっては、世界を変える原動力になるのです。
例えば、あなたの100円を、砂漠緑化のための苗木にする。
例えば、あなたの500円を、識字教育のための教科書にする。
苗木が買えたとしても、それを運び、植えて育てる人がいなければ、
砂漠は緑の大地にはならないし、教科書を提供できたとしても、
そこに学べる環境があり、教える人がいなければ、
子どもたちの未来は変わらない。
でも、あなたのお金をきっかけに
一人ひとりのアクションが積み重なれば、
大きな変化を起こすことができる。
この本では、その入り口となる50の事例を選びました。
もちろんそれは、無数にある活動のほんの一部でしかありません。
遠くにあることばかりではなく、
あなたの足下、身近なところにもたくさんのテーマがあります。
どんな未来を歩みたいと思い、
どのような動きに目を向け、どう参加するか。
何を選び、何を買い、何を支えるか。
あなたの意志とあなたのお金が、世界を変えていく。
9
【この 本の 構成】
■見開き2ページにひとつずつ 、全50項目の「世界を変えるお 金の 使い 方」
を紹介しています。
各項目の 金額は取材先の 各団体からの 情報をもとにしています。
■右ページには、さらに詳しい 内容を知り、アクションする入り口として、
各団体のホームページの 情報などを掲載しました。巻末にも各団体の 連絡先を掲載しています。
■左ページには、私たちの 暮らしに関わる身近な話題や 、隠れたお 金の 話などのトピックスを紹介。
【アイコンの 説明】
X =換算に使ったデータ(1ドルは110円で計算しています)
h =補足情報