2-3 地質環境の長期安定性と「想定外」の地質 事象

2-3 地質環境の長期安定性と「想定外」の地質
事象
●代表者
小坂和夫(地球システム科学科・教授)
●分担者
村瀬雅之(地球システム科学科・助教)
高橋正樹(地球システム科学科・教授)
安井真也(地球システム科学科・准教授)
金丸龍夫(地球システム科学科・助教)
中尾有利子(地球システム科学科・助教)
竹村貴人(地球システム科学科・准教授)
【研究の目的および概要】
本研究の目的は,地質環境についての相異なる二つの見方,すなわち,長期的に安定した大地(「動かざるごと
大地の如し」)という見方と未曾有の大災害をもたらす大地(
「自然が牙をむく」)という見方との双方に配慮し,
「想
定外」の地質事象に起因する災害にいかに対処すべきかを知ることにある.大地は,実際には一体どのように「動
かない」のか,そして千年に一度「動いた」場合には,どのような「未曾有の大災害」を及ぼすことになるのかを明
らかにする.さらに,「動かざること大地の如し」という我々の見方自体が,ひとたび動けば「未曾有の大災害」に
なることと,どのように関連しているのかを正しく理解することを目指す.
以下,それぞれの地質プロセスごとに「長期安定性」
,
「想定外」の地質事象を明らかにする.
・地震活動については,測地測量データに基づいて,非地震時に定常的に継続していると思われる地殻変動(長
期的変動)から断層にどのように歪みが蓄積され,地震(短期的イベント)に至るのかについて議論をおこなう.
このため,定常時の変動が大きいことで知られる台湾台東縦谷断層での水準測量調査をおこなう.また,2000 年の
大規模な群発地震により被害が出た神津島にて,水準測量調査をおこない,現在の地殻活動の状況を把握する.
(村
瀬)
・ 火山活動については,詳細な火山地質調査および磁気岩石学的手法に基づいて,火山活動の休止期と活動期と
の関連性を明らかにし,モデル化を試みる.
(高橋・安井・金丸)
・ 斜面災害については,堆積物調査および堆積物年代測定に基づいて,斜面災害の「免疫性」について,モデル
化を試みる.(小坂)
・ 堆積環境及び地下環境については,デルタシステムの泥質堆積物が地震時に揺れを増幅するメカニズムを解明
するために,生物相や構成鉱物など微視的な要素に基づいた現世堆積物の形成過程を理解する.デルタシステム
の泥質堆積物は地震時に大規模な側方流動などの想定外の災害を引き起こす可能性がある.この目的を達成する
ため,海洋調査と室内試験による観察・分析を行う.海洋調査は東京湾多摩川河口付近(範囲は多摩川流入域から
沖合 1 ∼ 7km ほどまで)において調査船上よりセンサーを投下し pH や溶存酸素などの測定を行なう.室内試験は,
海洋調査で採取した海底泥試料を用いた顕微鏡観察,X 線回折分析を行う.
(中尾・竹村)
以上の各結果に基づいて,地質環境の長期安定性の特徴と,そこに潜む「イベント事象」
,それに起因する「想定
外」の地質災害について総括する.
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【研究の結果】
・地震活動については:
1:台湾の路線の 2010 年からの繰り返し測量により,2010-2011 年の約 8mm/ 年の上下変動速度が,2011-2012 年に
は約 40mm/ 年に加速した事が検出された.
2:神津島の 2006 年からの繰り返し水準測量によって,島内で 2011-2012 年の間に約 2mm/ 年の変動速度を検出し
た.
・火山活動については:
1:磁気岩石学的手法により,浅間前掛火山吾妻火砕流の噴出間隔および定置温度の推定を行った結果,あるフ
ローユニットと,その上位のフローユニットとの間隔は 30 分以内であること,その定置温度は 600 度を上回
ることが明らかとなった.
・斜面災害については :
1:年代測定に適した堆積物が得られなかったため,斜面災害の発生確率を考察した.任意の渓流 i の長さを Li
(km)
,その流域における年間斜面崩壊発生確率を pi(/yr),一つの斜面崩壊で発生する土砂の量を s(m3 )と
3
すると,渓流 i における年間土砂生産量の期待値 v(m
/yr)は,vi = pi s(m3/yr)
,n 年間の土砂生産量の期待値
i
3
は各年が独立事象として,n vi = n pi s(m3 ),となる.渓流 i における土石流に関する「貯留の限界」を V(m
)
i
とすると,「免疫期間」N(yr)は,N vi ≧ Vi から,N pi s ≧ Vi ,N ≧ Vi / pi s(yr),となる.
2:このモデルをもとに,山梨県北部に関する既存研究のレビューから,Li = 2 ∼ 5(km)の渓流に関して,pi =
3
3
100 ∼ 10-1(/yr)
,s = 102 ∼ 10(m
)
,Vi = 105(m3 )が得られ,土石流の「免疫期間」N(yr)は,105 / 10-0.5・102.5
3
Li = 2 ∼ 5(km)の渓流をおよそ 20 と見積もると,50 年に一回程
= 10(yr)となり,千年に一回程度となる.
度の土石流が発生する計算になる.
・堆積環境及び地下環境については:
1:多摩川河口デルタは東京湾流入域から数 km の比較的近い場所で急激に深度が増加し,前置部が見られる.
この前置部に向けて,海底面近傍での pH の低下が見られた.
2:今回,試料を採取した全地点(7 カ所)において,試料は硫黄臭がし黒色を呈しており,珪藻遺骸を多く含み
有機物質からなる腐泥であった.また,海底面近傍の溶存酸素も低いことから,多摩川河口の広い領域で還
元環境が維持されている状況であることを確認した.
3:採取した試料中の生物試料の観察を行った結果,珪藻遺骸の内部にフランボイダルパイライトの存在を確認
した.
4:最も上流から採取された試料から,数種の有孔虫(生体・遺骸不明.未同定)と一個体の淡水生の貝形虫(遺骸.
キャンドナ科)の産出を確認した.
【研究の考察・反省】
・地震活動については,台湾では,非地震的に断層が滑る断層クリープが発生している領域と,将来地震発生が予
想される固着域の中間地域にあたり,間欠的にスロースリップイベントが発生している可能性が示唆された.神
津島の 2011-2012 年の島内変形は,変形のパターンは測量を開始した 2006 年以降の 7 年間ほぼ変化はないが,変
動量は例年と比較して小さく,活動は低調な状態が続いている
・斜面災害については,小規模な災害を伴う事象が恒常的な姿であり,その結果として数 10 年に一度の大災害が
もたらされると推定されるが,モデル構築に必要な各種地質情報が不足している.また,pi(/yr)と気象・気候
変動との関係,s(m3 )の実証的な確率密度関数が不明なこと,Vi(m3 )は現河床堆積物から推定したおおよその
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(「桁」での)値でしかないこと等,解決すべき課題は多い.
・堆積環境及び地下環境については,考察として,パイライトは結晶生成時に鉄イオンと共にヒ素を取り込むこと
が知られており,本研究で確認されたパイライトは海成堆積物中のヒ素の起源となるものであると考えられる.
また,パイライトは溶出に伴い,間隙水の化学組成を変化させ強度を低下させる作用があることから,地震時の
増幅に関与するパラメータの一つであると考えられる.
反省点として,多摩川河口岸およびその周辺の水路岸の堆積物には,これまでに,確認されている貝形虫類は
一切産出しなかった.これは,多摩川河口では嫌気状態が維持され,貝形虫類が生息できない腐泥が分布してい
ることが原因と考えられる.腐泥中に汽水生と海生の貝形虫類の遺骸が産出しない理由については,腐泥の分布,
厚み,腐泥下の堆積物について着目して明らかにする必要がある.
以上の各結果に基づいて,地質環境は長期的に安定しているように見えて(「動かざるごと大地の如し」
),実際
には次の「想定外」の地質事象に向けて着々と「準備を進めている」ことが具体的な形として見ることができる.
【研究発表】
M. Murase et al. (2012), A preliminary report on the large aseismic creep detected by precise leveling survey at the
central part of the Longitudinal valley fault, Southeast Taiwan (2008-2012). The 11th Japan-Taiwan Int l Workshop on
Hydrol. & Geochem. Res. Earthq. Prediction, Tusukuba.
名古屋大学,日本大学,北海道大学(2013)
,精密水準測量による神津島における上下変動(2006-2013 年)
,第 125
回火山噴火予知連絡会
T. Kanamaru and K. Furukawa (2012), Magnetic properties of the pyroclastic deposits of the Tenmei eruption of Asama
volcano, central Japan. Amer. Geophys. Union fall meeting 2012.
金丸龍夫・古川邦之(2012),浅間火山天明噴火堆積物の岩石磁気,日本火山学会 2012 年秋季大会.
【研究成果物】
なし
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