米国大学図書館における ILL 活動の発達と現状

特集:文献複写サービスの過去・現在・未来
UDC 02:000.000:000.000
米国大学図書館における ILL 活動の発達と現状
伊藤
倫子*
図書購入予算が減少を続ける現在,米国図書館はインターライブラリー・ローン(ILL)を利用し図書館間のリソース・シェアリングを
効果的に行うことで対応している。世界的な減少傾向に反し,米国の ILL 活動は以前活発であるが,その要因として,図書館が IT を積極
的に活用し,図書館のサービスやマネジメント技術の向上を図ってきた点が指摘できる。一方で,新しいサービスの導入や電子リソースの
急激な増加に伴い,図書館は新たな問題に直面している。本稿は,米国における ILL 活動について概観し,ILL サービスの変化,発展,あ
るいは課題について述べる。
キーワード:インターライブラリー・ローン,文献デリバリー,大学図書館-米国,著作権法,フェア・ユース
模の大きさが明確になったと思われる。
1.はじめに
ILL(Interlibrary Loan)と呼ばれる図書館間相互貸借
とはいえ,
「ディスカバリー・ツール」等の新サービスの
導入や電子リソースの急激な増加に伴って明らかになった
を 主 題 と す る 学術 雑 誌 として Journal of Interlibrary
Loan , Document Delivery & Electronic Reserve と
問題は,米国図書館の ILL 活動に複雑な影響を及ぼしてい
る。本稿では,米国における ILL 活動について概観した後,
Interlending & Document Supply が著名である。後者の
編集者で様々な ILL 関係の文献や情報を網羅的に紹介する
雑誌論文や書籍の一部を複写提供する「文献デリバリー」
に焦点を置き,そのサービスの変化,発展,あるいは課題
大英図書館出身の Mike McGrath は,米国における ILL
活動について度々注目してきた。McGrath は,米国の
について述べる。なお,米国では図書館による研究目的の
ための資料の複写提供を一般的に「Document Delivery」
National Center for Education Statistics1) が発表した
2008 年度の米国大学図書館における ILL の貸与件数が
と称するが,図書館が関与しない,営利企業による文献の
提供も同じく「Document Delivery」と呼ばれるため,本
1,100 万件(3,827 校中 87%が回答)を超えたことを指摘
し,世界的には減少傾向にある ILL 活動が米国においては
稿では,図書館間の文献複写提供を含む相互貸借活動を総
称して「ILL」
,返却を伴う資料の貸借(returnable)を「相
依然活発である要因として,米国(の図書館あるいは関連
産業)は IT を積極的に活用し革新的なアプローチでサー
互 貸 借 」, 返 却 を 伴 わ な い 文 献 の 複 写 提 供 ( n o n returnable)を「文献複写」と呼ぶ。
ビスやマネジメント技術の向上を続けていること,ユー
ザーの声に耳を傾けていること,経費意識があること,協
2.ILL によるリソース・シェアリング
力関係の構築に積極的な文化があること等を掲げ2),
「米国
はこの分野における革新の最前線だ」3)と評価した。
全ての利用者に必要な情報を自館の所蔵資料のみで提供
できる図書館は存在しない。米国において,図書館間にお
参考までに,日米の大学図書館における ILL 活動を比較
してみよう。
北米にある 126 の大学図書館で構成する ARL
ける協力体制を構築し,所蔵資料を相互貸借によって共有
する必要性は 19 世紀半ばからすでに認識されていたが,
(Association of Research Libraries)が公表した 2008~
2009 年度の統計によれば,ARL 参加館の貸出件数の中央
このリソース・シェアリングを実現できる体制が整うのは,
世界中の情報へのアクセスの促進と図書館のコスト削減を
値は 35,589 件であった4)。同時期の日本の大学図書館によ
る ILL 活動について,
「学術情報基盤実態調査」5)の平成 20
目的として設立した OCLC(Online Computer Library
Center,1967 年発足当時の名称は Ohio College Library
年度の「図書館間相互協力」の項を参照すると,調査に参
加した 750 国公私立大学図書館の 1 校あたりの他機関への
Center)が参加館同士の ILL を可能にするオンライン・シ
ステムを開発した 1970 年代のことである6)。しかし,ILL
資料貸出・文献の複写提供(受付)の平均はそれぞれ 133
件・976 件となっている。ARL 統計については更に後述す
は日数も経費もかかる上,他館への借用依頼は自館の蔵書
が利用者のニーズに満たないと認めることでもあり,消極
るが,この比較によって,米国大学図書館の ILL 活動の規
的なサービスとして捉える傾向があった7)。
しかし,1990 年代に入り,資料の多様化に加えて学術雑
*いとう みちこ University of Kansas Libraries
East Asian Library, University of Kansas Libraries, 1425
Jayhawk Blvd. Lawrence, KS USA 66045-7544
Tel. (785)864-4669
(原稿受領 2011.7.19)
誌の価格高騰,さらに 2000 年代から始まる米国経済の弱
体化により,各大学図書館は予算の大幅な削減を迫られ,
ILL によるリソース・シェアリングはその重要性を増して
いく。再び ARL による統計8)に注目し,参加館の貸借件数
― 401 ―
情報の科学と技術 61 巻 10 号,401~409(2011)
の中央値の推移を見ると,基点とする 1986 年から比較し
て借用件数が 300%,貸出件数が 121%に増加している。
サービスで 2-3 日以内に利用者が所属する図書館に送付さ
れる。ILLiad 等の ILL 用システムを経由せず通常の予約・
2009 年における借用件数と貸出件数の中央値はそれぞれ
28,187 件と 35,589 件で,貸出件数が借用件数より多いが,
貸出手続きとして処理されるため,「Circulation-Based
Resource Sharing」とも呼ばれている。上記の 2008-9 年
その理由として,ARL 参加館は蔵書が比較的充実してお
り,
中小規模の図書館への貸与が多いからだと考えられる。
度 ARL 統計の貸借件数のランキングによると,OSU
(Ohio
State University)の借用件数・貸出件数がそれぞれ 96,431
とはいえ,2000 年において 20,475 件だった借用件数が
2009 年までに 37.6%増加している点から,大規模図書館
件と 148,084 件でいずれも第 2 位を占めているが,借用件数
の約 70%(68,872 件)
,貸与件数の約 63%(92,860 件)注2)15)
であっても自館の蔵書だけでは利用者のニーズに対応しき
れなくなっていることが指摘できよう。また,ARL の統計
が OhioLINK を利用した相互貸借であり,OhioLINK の活
発なリソース・シェアリング活動が伺われる。
では相互貸借と文献複写の区別がないためそれぞれの増減
について確認できないが,
増加傾向にあるのは相互貸借で,
2.2
RAPID(Rapid Access, Processing and Information
16)
電子ジャーナルの普及により文献複写はむしろ減少傾向に
あ る と 報 告 さ れ て い る 9) 。 し か し , 筆 者 が 勤 務 す る
Delivery)
CSU(Colorado State University)が開発した RAPID
University of Kansas の文献複写は,依頼・受付ともそれ
ぞれ毎年 20,000 件を超えており,文献複写への強いニー
システムの始まりは,1997 年 7 月にコロラドを襲った 500
年に 1 度といわれる集中豪雨だった。豪雨によって発生し
ズがあることが伺える注1)。
とはいえ,ILL が手間と経費のかかるサービスであるこ
た鉄砲水のため CSU 図書館の地階は完全に水没,たった 2
時間の間に所蔵資料の半数が失われ,
キャンパスは 2 日間,
とは否めない。自館の蔵書が利用者のニーズに応えていな
いという負い目からか,ILL は図書館が補完的に行う無料
図書館は 2 週間以上の閉鎖となった。
幸い,
大学のサーバー
への被害はなく,完全にオンライン化していた ILL サービ
サービスであったため,経費回収が目的であっても,利用
者に課金する図書館は未だごく少数に限られる10)。
スは 6 時間後に再起動したという。失われた所蔵資料の代
替を如何に迅速かつ低コストで利用者に提供するかが喫緊
さて,ARL が 2004 年に行った調査によれば,スタッフ
が処理に関わる場合(mediated)の ILL にかかる総経費
の課題となった図書館は,閲覧できなくなった資料を CSU
と提携関係にある 6 大学図書館から複写,利用者による依
(人件費・送料等を含む)は,借用側図書館で平均$17.50,
貸与側で平均$9.27 であった 11)。貸与側が借用側に請求す
頼から資料の送付までを 24-48 時間以内に完了させるシス
テムを構築,7 週間後に始動させることになる。これが文
る ILL 料金に定額はないが,貸与側が負担する経費を ILL
費用と考えれば,借用側にかかる負担は 1 件に付き$26.77
献複写専用自動処理システム,RAPID の原型となった17)。
RAPID 参加館は特定の「ポッド」と呼ばれるグループ
になる。また,文献複写依頼の場合,著作権料に関する手
続きや支払いは借用側の責任となっている。さらに,請求
に属し,複写依頼・受付は所属するポッド内で行われる。
RAPID は互恵性を重んじるため,RAPID システムによる
依頼が出されてから資料の送付完了までにかかる日数は
(borrowing turnaround time)平均 7.6 日であった。従っ
ILL 費用は基本的に無償となっている。通常の複写依頼の
場合,ILL スタッフが依頼資料の書誌情報を確認してから
て,ILL サービスの時間短縮,経費削減による効率化が重
要な課題となってきた。以下にサービス改善の具体例とし
処理されるが,RAPID システムは自動処理(unmediated)
を特色としている。RAPID システムは各図書館が利用す
て,コンソーシアムによる相互貸借と,RAPID システム
による文献複写を取り上げよう。
る ILL システムと連動しているため,利用者がオンライン
で入力・送信した依頼状に ISSN か OCLC の総合目録デー
2.1 コンソーシアムにおける ILL:OhioLINK
タベース WorldCat のアクセス番号があれば,RAPID シス
テムに自動的にデータが送信される。RAPID システムは
現在,米国図書館のほとんどが,大小様々なコンソーシ
アムか個別の図書館間で結ばれた互恵関係の枠内で ILL
参加館の所蔵資料データを配架場所・請求番号・巻号・文
献複写の可否に至るまで登録し,情報の更新も各参加館に
サービスを行っている。こうした提携館同士の ILL は基本
的に無料か,有料であっても優先的に処理される。州規模
義務付けている他,オープンアクセスで公開されている資
料情報も登録している。従って,自館に所蔵があったり,
のコンソーシアムによるリソース・シェアリングはカリ
フォルニア州,イリノイ州,ミシガン州等で行われている
オープンアクセスで入手できる資料の依頼は依頼館に差戻
され,他館からの提供が必要な依頼のみが,所蔵が確認さ
が,ここでは 1996 年にオンライン・サービスを始めた,
オハイオ州内 89 の大学および公共図書館によるコンソー
れた図書館に送信される。受付館は,所蔵しない文献の複
写依頼に対応する必要もなく,受信した依頼状には書誌情
シアム,OhioLINK による相互貸借を取り上げる12)13)14)。
OhioLINK 参加館は同じ LIS(Library Information
報の他,自館で使用する請求番号・配架情報が記載されて
いるため,迅速に文献の出庫ができる。必要な作業は資料
System)を利用しているため,あわせて 4,800 万点を越え
る参加館の所蔵資料が専用総合カタログで検索できる。オ
をスキャナで読込み,Ariel や,最近高い評価を受けてい
る Odyssey 等18)の文献伝送システムで依頼館に送付するだ
ンライン上で閲覧手続きを行えば,請求された資料が専用
けだ。
― 402 ―
情報の科学と技術 61 巻 10 号(2011)
無償提供による経費削減,スタッフの労力軽減,24 時間
対応の自動処理による時間短縮,高価なハードウェアを必
ア・ユース」を適用するか「Rule of 5」を適用するかは各
図書館に委ねられている。ARL が 2010 年に発表した調査
要としないシステム等により,2001 年に試行版が公開され
て以来,RAPID は文献複写サービスの理想的なモデルと
報告によれば,ほとんどの ILL 担当者が適用範囲が曖昧で
解釈を必要とする「フェア・ユース」ではなく,法的拘束
して注目を集めた。参加館には 24 時間以内に全工程を終
了することが求められているが,利用者による文献複写依
力はないものの,より制限がはっきりした「Rule of 5」を
遵守しているという 22) 。また,利用者からの複写依頼が
頼の送信から受付館による複写物の伝送までにかかる時間
は平均 14 時間弱まで短縮され,文字通り「RAPID」なサー
「Rule of 5」の適用外と判断された場合は,図書館は資料
に対する著作権料をコピーライトクリアランスセンターを
ビスを実現している。現在 RAPID は 201 の参加館を有し,
複写依頼の成功率は 96%にのぼる19)。年会費・人件費を考
通じて出版社に支払うか,文献複写の代りに出版社から資
料を購入することになる。
慮に入れれば,RAPID は完全に無料というわけではない
が,2007 年の報告によれば,RAPID による文献複写で依
上記のように,米国著作権法は図書館の所蔵資料の複製
を認めているため,多くの図書館が,研究のための個人利
頼館が負担する費用は 1 件につき$5.41 であった20)。前述
の ARL による調査と比較すれば,大幅な経費削減に成功
用という限定で自館の資料(マイクロフィルムや雑誌論文,
書籍の一部)の電子複写・送付「デスクトップ・デリバリー」
したと言えよう。
を受付けるようになった。厳密に言えば図書館間で行う活
動ではないが,この業務は多くの場合 ILL 部門が担当して
3.図書館の複写サービスと米国著作権法
現在,米国図書館の文献複写はほとんどの場合 PDF 等
いる。来館に費やす時間を研究に使えるように便宜を図る
のも図書館の務め,という利用者への気配りに溢れたサー
の電子ファイルの送受信で処理されている。IT 技術の発展
に伴い,資料の送付方法は郵送から FAX へ,さらに電子
ビスだが,実際に,ネットを通じた e ラーニング等の遠隔
教育や複数のキャンパスを州の各地に持つ大学が増加して
ファイルの送信へと発展したが,図書館による資料の複
製・送付方法に対して規制が設けられなかったことが幸い
い る た め , 今 後 重 要 性 が 増 す と 思 わ れ る 。 ACRL
(Association of College & Research Libraries)は図書館
したと言えるだろう。以前は,受信した電子ファイルは印
刷の上利用者に提供されていたが,現在は各図書館が持つ
に対して遠隔教育への学習支援を提言,図書館に来館でき
ない利用者に対しても来館者と同様のサービスを提供でき
専用のオンライン・ストレージへ自動転送されている。文
献複写で提供された学術資料の不適切な流出・拡散を防ぐ
る環境を作るようガイドラインを設置 23)したが,自館所蔵
資料の「デスクトップ・デリバリー」は,こうしたガイド
ため,利用者へはストレージへのアクセス権を与えるのみ
に留め,ファイルも一定期間を過ぎれば消去される。電子
ラインへの対応とも言える。
資料の普及に伴って深刻化した図書館と出版社の対立につ
いては後述するとして,ここでは図書館による資料の複写
4.IT 環境が図書館にもたらした変化:ILL の観点
から
サービスを著作権法の観点から簡単に説明しておく。
米国著作権法は第 106 条で著作権者の創作物に対する独
遠隔教育の発展に見られるように,IT の急速な進化は大
学の教育環境を大きく変えた。世界をつなぐオンライン・
占的権利を保護し,同 107 条と 108 条でその権利に対する
除外・制限規定を設けている21)。まず,第 107 条「独占権
ネットワークの前で,
物理的な距離はもはや障害ではない。
そして利用者が図書館に要求するサービスとは,オン・デ
の制限:フェア・ユース(公正使用)
」は,研究・調査等を
目的とする場合の著作権保護物の使用・複製を認めている。
マンドのビデオ・ストリーミングを楽しみ,音楽を携帯に
ダウンロードし,オンライン・ショップで注文した商品を
ただし,利用の適切さを判断する指針として 1)目的,2)対
象となる資料の性質,3)量と重要性,4)市場への影響,と
宅配で受け取るような,早さ,便利さ,快適さだ。しかも
無料で。図書館側も,利用者の IT 環境や学習プロセスに
いう基準が設けられている。また,第 108 条「独占権の制
限:図書館・文書館による複製」は,図書館・文書館に対
適応したサービスを積極的に導入・提供してきた。だが,
急激に変化する IT 環境が作り出す問題に図書館が翻弄さ
し,著作権保護物の保存・研究・ILL 活動のための複製を
保障するが,同条は ILL 活動を特定の資料や雑誌の購入・
れ続けているのも事実だ。以下では,図書館が運用を始め
た新しいサービスと,図書館が直面する問題について,ILL
購読の代替として活用することは認めていない。
図書館が行う文献複写活動の合法性を判断する基準とし
サービスの観点から述べる。
て,議会の要請を受けて 1970 年代に設置された CONTU
(National Commission on New Technological Uses of
4.1
書誌データの可視化とグローバル化が与えるインパ
クト
Copyright Works)による,図書館・研究者・出版社の間
で合意したガイドライン「Rule of 5」がある。このガイド
OPAC に加えて多種多様なデータベース,電子ジャーナ
ル,デジタル・アーカイブ,オープンアクセス等,図書館
ラインは,1 年間に 1 つの雑誌で過去 5 年間に刊行された
論文であれば 5 本まで複写を認めている。著作権法で認め
が用意する様々な電子学術情報は,それぞれが独立してい
るため,しばしば「情報のサイロ」と揶揄されてきた。図
られる文献複写活動の範囲について,
その判断基準に
「フェ
書館の情報検索システムに不慣れな利用者は,
まずどの
「サ
― 403 ―
情報の科学と技術 61 巻 10 号(2011)
イロ」に入るかで迷い(中に何が詰まっているかわからな
いのだ)
,さらに「サイロ」によって異なる検索画面に戸惑
スごとに,あるいはアグリゲータごとに別々に行わなけれ
ばならなかった検索が一度にできるようになったのは画期
う破目になる。オックスフォード英語辞典に商標である
「Google」が動詞として登録され,
「目の前の箱」かポケッ
的と言える。
WCL を 2007 年から試験導入した UW(University of
トのスマート・フォンで「ググ」ればそれなりの情報が得
られる時代,図書館が提供する大量のデータベースに熟知
Washington)は,導入前の 2006-7 年度では 12,039 件で
あった ILL の依頼件数が 2007-8 年度には 23,053 件に,
しなくとも,Google Scholar で検索できる玉石混交な「学
術情報」24)を使えばそれなりのリサーチができてしまう。図
さらに 2008-9 年度には 36,433 件に増えたほか,学部生に
よる利用や DVD 等の視聴覚資料の依頼が増加したと報告
書館は情報リテラシー教育やデータベースのインストラク
ションを随時行っているが,それが必要だという自覚のな
している 28)。報告は,こうした増加について,書誌情報の
スクリーンから ILL のリクエスト・フォームに移動できる
い学生への対応には苦慮しているようだ。
2007 年から試行が始まった「ディスカバリー・ツール」
ため,ILL が利用しやすくなったこと,これによって主に
教員・院生に限られていた ILL サービスが学部生にも広く
(「ウェブ・スケール・ディスカバリー」
「ディスカバリー・
インタフェース」とも呼ばれる)は,図書館の所蔵資料に
認知されたことなどを理由にあげている。また,WCL は
特に書籍情報が充実しているため,導入以前は 6:4 であっ
加え,自館のデジタル・コレクションやアクセス契約した
電子リソースが同時に横断検索できる,頼もしい次世代カ
た文献複写と相互貸借の比率が導入後は逆転した。
さらに,
UW が所属しているコンソーシアム参加館の所蔵資料も同
タログだ。さらに,資料媒体による検索結果の絞り込み,
書誌情報に書籍の表紙の画像が付き,レビューが投稿可能
時に表示できるため,コンソーシアム内の ILL の増加にも
つながったという。
な上に利用者によるお薦めアイテムのリンクが用意されて
いるインタフェースはオンライン・ストアに通じるものが
WCL では WorldCat に登録されている資料すべてが検
索の対象であり,所蔵館が世界のどこにあろうと,ILL の
ある。
図書館の検索システムが,利用者が慣れ親しんだネッ
ト環境や情報検索スタイルに適応したと言えるだろう。
依頼は可能だ。UW の報告によれば,
WCL 導入後の 2007-8
年度における国際 ILL の件数は,依頼全体の 7%に留まり
こうした「ディスカバリー・ツール」サービスは Serial
Solutions の Summon,Ex Libris の Primo 等があり,導
前年度とほぼ同じだったものの,国内の ILL については,
協力関係になかった図書館への借用依頼が増え,導入前年
入する大学図書館が増え,レビューも報告されるように
なったが25),ILL サービスの観点から最もインパクトが大
度では 641 館であった依頼先図書館が,2008-9 年度まで
に 1,264 館に増加した。こうした ILL 件数そのものの増加
きい と思われるの が,WorldCat のロー カル版, WCL
(WorldCat Local)である。WCL では,自館所蔵の資料,所
や提携関係にない図書館への依頼が費用やスタッフの確保
等の支出増加につながることを懸念し,報告は「通常の蔵
属するコンソーシアムに参加する他館の所蔵資料,さらに
WorldCat にある書誌情報の検索結果がまとめて表示でき
書構築費から ILL への著しい予算の再配分」が必要だと指
摘している。
るようになっている。検索結果の表示に問題がないわけで
はなく,例えば,同一書籍に対し複数のレコードが
4.2
WorldCat に存在していれば,検索はレコードの数だけ
ヒットする。電子ジャーナルについても,1 本の論文が複
ここで,利用者による ILL の依頼から自館で所蔵する資
料を選択・購入する POD による蔵書構築について述べて
数のデータベースに登録されていれば,同じ書誌情報が
データベース別に表示される。端的に言えば,検索結果が
おく。かつて大学図書館の蔵書構築は,利用の有無にかか
わらず,大学の研究や教育内容に即した資料を網羅的に収
「水増し」されてしまうのだ。また,WCL は(その他のディ
スカバリー・ツールも同様だが)提供するコンテンツを追
集することに重点を置いていた。が,出版点数の増加,資
料価格の上昇,
「Just in Time」で資料が提供できる ILL
加し続けているとはいえ,WCL に加わっていないリソー
ス―――例えば,NII の提供する Webcat Plus や CiNii デー
の発達等々の理由により,この「Just in Case」モデルが
正当化していた「80/20 ルール」(利用者が借りる資料の
タベースなど―――の可視性が低くなる。さらに,フルテ
キストの電子ジャーナルへの利用が集中し,例え重要で
80%は蔵書の 20%に集中する)29)は,妥当性を失う。図書
購入費が削減され,コレクションはその蔵書量のみならず
あってもインデックスのみのデータベースは利用者から省
みられなくなる問題も指摘できよう。学生がコンテンツよ
稼働率でも評価されるようになった現在,図書館の関心は
「Patron-Initiated Purchase」
「Patron-Driven Collection
り便宜性を重視し,クリック 1 つでテキストがダウンロー
ドできる電子ジャーナルの資料だけで課題を済ませてしま
Development」と称される,利用者のニーズを優先させた
蔵書構築に向けられ,POD はその手段として注目を浴び
う問題は以前から懸念されてきたが 26) ,Grand Valley
State University は,Summon 導入後は,減少傾向にあっ
た。
POD の試行は 1990 年代に始まり,すでに各地の公共・
たインデックス・データベースの利用がさらに減少した一
方,フルテキスト・データベースの利用が劇的に増加した
大学図書館から評価報告が寄せられている 30)。評価の基準
は主に,1)スピード,2)貸出回数,3)コスト,4)資料
と報告している27)。とはいえ,WCL によって,データベー
の学術性に置かれている。Oregon State University の報
― 404 ―
POD(Purchase-on-Demand)と PPV(Pay-per-View)
情報の科学と技術 61 巻 10 号(2011)
告は,POD で購入した書籍は ILL 依頼のあった日から平
均 6 日間で購入・カタログ等の手続きが完了,ILL の処理
るビッグ・ディールは―――コンテンツも増加するとはい
え―――2000 年代に入り,図書購入費を圧迫していく40)41)。
にかかる時間と同じ程度の速さで利用者に提供できたと述
べる31)。また,この 10 年間に POD で購入した書籍の稼働
前述の 2008-9 年度の ARL 統計によれば,電子資料費のほ
ぼ 90%が電子ジャーナル購入費であり,図書購入費全体に
率を調査した Purdue University は,従来の方法で選書し
た書籍の平均貸出回数が 2.410 回に留まるのに対し,POD
おける電子資料費の割合は,2003-4 年度では 25.02%で
あったのに対し,
2008-9 年度には 56.33%にまで増加した42)。
で購入した書籍は,依頼者への貸出を含めれば平均 4.114
回にのぼり,高い稼働率を示す傾向にあると報告した 32)。
こうした状況下,2009 年 1 月に ICOLC(International
Coalition of Library Consortia)43)が,2 月には ARL44)が
長期プランに基づいて特定分野の資料を網羅的に収集し,
ユニークなコレクションを作る余地があった従来の方式に
声明を発表,深刻化する世界金融危機の影響により図書館
は今後ベース予算そのものの永久的削減や二桁台の予算縮
比べ,個人のニーズにのみ対応する POD が,果たして大
学図書館の蔵書構築にふさわしい選書モデルかという疑問
小を強いられることを理由に,出版社に対して雑誌価格や
契約モデルの見直しを求めた。2010 年 11 月,英国研究図
は利用者からも聞かれる 33)。また,プログラムにかかる諸
経費や購入した資料の維持費等についての計算を含めれ
書館コンソーシアム RLUK(Research Libraries UK)は
大手学術出版社に対し,大幅な値下げがなければ,2011
ば,POD はむしろコスト高だという批判34)や,POD が無
作為な選書とならないよう専門司書による評価が必要とい
年に終了するビッグ・ディール契約の更新はないと発表し
た45)が,米国ではすでに大規模図書館によるビッグ・ディー
う意見も見られるが,POD は概ね高い評価を受けており,
大学図書館の蔵書構築への補完的なプログラムとして定着
ルを含めた雑誌購読のキャンセルが続いていた 46)。金融系
調 査 会 社 Bernstein Research の ア ナ リ ス ト Claudio
しつつある 35)。こうしたオン・デマンドによる購入は,相
互貸借の対象からはずされがちな DVD 等の視聴覚資料に
Aspesi は 2011 年 3 月の Reed Elsevier(Elsevier 出版の
親会社)の評価報告でビッグ・ディールの破綻を宣告,ビッ
はむしろ有効な方法といえよう。
ま た , 近 年 , 出 版 社 の サ イ ト か ら 雑 誌 論 文 が PPV
グ・ディール契約を解消する大学が続出する可能性を指摘
すると共に,今後 3-5 年間における学術出版産業全体の大
(Pay-per-View)で購入できるようになった。前述の通り,
(RAPID 等の互恵プログラムを利用しない場合)ILL1 件
幅な縮小と 15-30%の減益を予測した47)48)。
ビッグ・ディール契約をキャンセルした場合,大学図書
につき,借用側図書館が負担する経費は平均$17.50 だが,
これに加えて貸与側図書館へ支払う費用や,
「Rule of 5」
館はどの程度のダメージを負うのだろうか。Aspesi は興味
深い事例を紹介している。契約解消によって 1,333 タイト
の適用範囲外と判断された場合に出版社へ支払う版権料が
上乗せされるケースもある。版権料は文献によって異なる
ル の 雑誌 への アク セス 権を失 っ た New Mexico State
University が,利用者によるキャンセルした雑誌へのアク
が,論文 1 本につき平均$36 程度,場合によっては$80-100
程度かかる場合もあり注 3),図書館の負担は小さくない。
セス数を調査した結果,平均で月に 1 回以上アクセスが
あったタイトルはキャンセルした雑誌全体の 1/3,月 2 回
PPV の論文の値段は一定ではないが,例えば,科学・技術・
医 学 関 係 の 大 手 出 版 社 Elsevier が 提 供 す る SciVerse
以上のアクセスがあったタイトルは全体の 16.9%,週 1 回
以上のアクセスがあったタイトルは 8.8%に留まったとい
(http://www.info.sciverse.com/Home)の論文は最低価格
$31.5036)で,PPV サービスに対する現在までの評価は賛否
うのだ。Aspesi はその後の報告で,ビッグ・ディールで契
約した雑誌のうち,70-90%の利用が 20-25%の雑誌に集
両論 37)38)とはいえ,文献複写に代る魅力的なオプションか
もしれない。しかし,PPV が必要となった背景を考えると,
中していたと述べる 49)。大半の雑誌がほとんど利用されな
かった要因はともかく,すでに所蔵書籍の利用率「80/20
図書館をとりまく厳しい状況が浮かんでくる。
ルール」を否定した図書館に,ニーズの少ない雑誌へのア
クセスを保証するためにビッグ・ディールを更新する余裕
4.3 ビッグ・ディールの終焉
1990 年代,大学図書館は「serials crisis」と呼ばれる学
があるはずはない。
従って,各大学は,今後コアとなる学術雑誌へのアクセ
術雑誌の価格高騰に直面した。それを解決したと思われた
のが,
「ビッグ・ディール」と呼ばれる,特定の出版社が発
スのみをライセンス契約で確保し,利用頻度の低い雑誌に
収録された論文はオンデマンドで提供する方法にシフトす
行する全て(あるいは大部分)の雑誌へのアクセスができ
る包括的ライセンス契約だった。図書館は利用できる雑誌
ると思われる。他館から文献複写で入手するか,出版社か
ら PPV で購入するか,図書館には選択肢があるように見
タイトルを飛躍的に増加させ,またコンソーシアム契約で
あれば,図書館の規模の大小にかかわらず参加館の利用者
えるが,実は厄介な問題が存在している。ビッグ・ディー
ル契約のキャンセルによる出版社の減益が PPV の価格上
全員が全ての雑誌へ平等にアクセスできるビッグ・ディー
ルは,Derk Haank(Springer Science + Business Media
昇につながった場合,果たして PPV は有効なオプション
であり続けるだろうか。また,少数ではあるが,ライセン
の CEO)曰く,「前代未聞のすばらしい発明(the best
invention since sliced bread)」39)だった。しかし,ライセ
ス契約で文献複写が禁じられている電子ジャーナルもあ
り,この場合,図書館は複写提供そのものができない。さ
ンス契約は 3-5 年単位で,しかも毎年着実に価格が上昇す
らに,図書館による文献複写サービスをめぐって,以前か
― 405 ―
情報の科学と技術 61 巻 10 号(2011)
ら存在していた出版社と図書館の間にあった対立が今年に
入って表面化する事態となった。
料を提供したければ出版社から(PPV で)購入せよ,とい
うことだ。実際に,電子ジャーナルの購読にあたって,文
4.4
献複写活動を制限する規定が契約に盛り込まれる場合があ
る。制限を課すライセンスは数こそ少なく,その内容も複
STM 声明と文献複写
紙媒体である学術雑誌が最新の研究情報の発信・流通の
中心であった時代,学術情報という知的財産の独占と共有
製を完全に禁止する,あるいは FAX に限り認める,等契
約によって異なる。また,すべての STM 出版社がライセ
をめぐる研究者,図書館,出版社の間の共生と対立関係に
平衡を保っていたのが「フェア・ユース」の概念だ。だが,
ンス契約で複製を禁じているわけではない。むしろ,その
他の学術分野の電子ジャーナルにおいてもライセンスによ
電子環境の急速な発達は,三者間のバランスを崩しつつあ
る。2008 年 4 月,学術資料を出版社の許諾なく e リザー
る規制が設けられている点を考えれば,STM 声明は電子学
術出版社全体が共有する関心といえよう。前述の通り,図
ブで提供したのは著作権の侵害行為であるとして出版社 3
社が Georgia State University を訴えた。この裁判を,知
書館は著作権法によって ILL 活動の権利が保障されている
が,ライセンス契約に ILL への禁止条項があれば,図書館
的財産を商業化する出版社による「学術的なフェア・ユー
スに対する宣戦布告なき戦争の一部(part of undeclared
はそれに従わざるを得ない。
つい先日も,化学分野のデータベースへの不正アクセス
war on academic fair use)」50)と批判した論調があるよう
に,学術情報の共有を求める図書館・研究者と,それに付
権がオンライン・ショップで販売されていたという報道 60)
があったばかりであれば,出版社が,著作権を所有する電
随する著作権(によって得られる版権料)の保護を主張す
る出版社との対立は深刻だ。クリエイティブ・コモンズと
子文献の不正流出に伴う損失を懸念することは理解でき
る。だが,STM 声明やライセンス契約が規制しているのは,
いう概念にもとづいたオープンアクセスの発達を背景に,
所属する研究者に機関リポジトリへの執筆論文のセルフ・
図書館が長期にわたり,著作権法を遵守し,CONTU ガイ
ドラインに従って行ってきた 1 本単位の文献の複写提供な
アーカイブを義務づける大学が増えているが,この裁判に
よって,商業出版社の管理下からの学術情報の「独立」を
のだ。声明は,学術情報によって利益をあげることにのみ
関心をおき,PPV という新しいビジネス・モデルで電子環
求める声は一層強くなった。
2011 年 5 月 31 日付で発表された STM(International
境下のドキュメント・デリバリーを完全に管理下に置こう
とする商業出版社によるマーケット戦略だ,という批判が
Association of Scientific, Technical & Medical
Publishers)による声明は,図書館の文献複写活動の権利
出ても無理はない61)。
利用者にとって重要なのは,必要な文献が入手できるか
に制限を課す内容であり,著作権をめぐる出版社と図書館
の「第二戦線」と捉えられた51)。この声明は,ILL による
どうかであって,その提供者が他の図書館か出版社からか
は大した問題ではない。図書館としても,PPV で文献が購
国際的なリソース・シェアリング活動を推奨する国際図書
館 連 盟 IFLA ( International Federation of Library
入できるなら,利用者のニーズに応えるという使命を全う
できよう。むしろ PPV によるカラー図版や高画質のファ
Associations and Institutions)52)と,国際 ILL 活動における
北米研究図書館の法的権利を主張する ARL の調査報告 53)54)
イルを望む利用者もいるだろう。だが真の問題は,こうし
た 声 明 に よ る 「 静 か な 威 嚇 戦 ( quiet campaign of
に対応して発表された。STM 声明は,法制度の異なる二国
間においては著作権法に準拠しない ILL 活動が行われる可
intimidation)
」やライセンス契約による ILL への規制が,
図書館が長期にわたって指針としてきた著作権法の解釈に
能性があると指摘し,
「二国間あるいは多国間で行われるド
キュメント・デリバリーは出版社(中略)によって直接交
「議会の審議を経ることなく(without the intervention of
Congress)」厳しい制限を課し,さらに,ILL 活動を通し
渉された許諾によって管理されるべき」という指針を提示
した 55)。これに対して ARL は,北米研究図書館は法律に
て実現してきたリソース・シェアリングに対し,深刻なダ
メージを与える危険性なのだ62)。
準拠する限り国際 ILL 活動に参加する権利を持つと再度宣
言56)57),さらに,およそ 200 の図書館コンソーシアムから
雑誌を中心とした従来の学術情報流通モデルへのアン
チ・テーゼとも受け取れるオープンアクセスが未だ成長途
なる国際組織 ICOLC(International Coalition of Library
Consortia)も 6 月 22 日付で ARL 報告を支持する声明を
中である現在,図書館による文献複写活動は今後も重要な
サービスであり続けると思われる。ARL 報告は電子ジャー
出した58)59)。
STM 声明に対する図書館側の反応は主に国際 ILL 活動
ナルのライセンス契約の際,著作権法で認められた ILL 活
動が妨げられないよう契約内容を確認することを求め,ま
への制限に関するものだが,声明が提示する指針のほとん
どは国内の文献複写活動に対する規制である。
その主張は,
た今後増加するであろう電子書籍の ILL に関しても,出版
社と図書館に共通の理解が得られるよう働きかける必要が
「エンドユーザーへのデジタル・ドキュメント・デリバリー
は権利保有者(=出版社)によって管理・調整されるのが
最善」であり,図書館による複写サービスは,
「印刷の上,
オンサイト(=図書館内)による提供であれば妥協できる
(good compromise)」
。図書館に来館しない利用者に電子資
あると提言している。
5.終わりに:国際 ILL への展望
以上,米国大学図書館の ILL サービスの現状について具
体例を紹介し,さらに,電子リソースをめぐって現在起き
― 406 ―
情報の科学と技術 61 巻 10 号(2011)
ている問題を ILL の観点から述べた。米国の経済に回復の
見通しがなく,図書館の財政は今後さらに厳しくなると予
想される一方で,電子環境下において急速に進んだ書誌情
報の可視化により,ILL の重要性は高まっている。特に,
国際 ILL によるリソース・シェアリングの必要性と可能性
が認識されるようになってきた。IFLA が提唱する国際リ
ソース・シェアリングのガイドラインは,
「各国は,
『出版
物の普遍的流通』の促進のため,自国の出版物を他国の図
書館に供給する特別な責務がある」63)と謳うが,言語・文
化・法律・情報インフラの違いという壁に加え,財政的・
学術的・政治的推進力もなく,実際の国際 ILL 活動は限られ
たものだった64)。しかし,IT の発展に伴い,より組織的な
国際 ILL システムの確立が可能となった。日米間における
GIF(Global Interlibrary Loan Framework)プロジェク
トは比較的早くから運用が始まった国際 ILL プログラムの
例である。GIF プロジェクトの詳細は先行研究に拠るとし
て,その始まりは 1995 年の日米文化交流会議 CULCON に
おいて,日米間の情報流通の不均衡を是正し,
「学術情報資源
の国際的共有と相互流通」を図るものであったことを述べて
おく65)66)67)。
学術研究のグローバル化と国際協力が進み,WorldCat
の書誌レコードの 57.5%が英語以外の言語資料によって
占められている現在,米国においても,多くの図書館が国
際 ILL 活動に積極的になってきた68)。前述の,国際 ILL 活
動に関する図書館と出版社の対立については,現在進行形
の問題であり,今後どのような影響を及ぼすかは未知数で
ある。しかし,IFLA が提唱し,また GIF プロジェクトの
根底となった理念が「学術情報資源の国際的共有と相互流
通」であり,ILL はその理念を実現する互恵活動であるな
ら,デューク大学の Kevin Smith が指摘するように,
「も
し米国の図書館が国外の研究機関へ資料を貸与するべきで
はないと示唆するなら,それは国外の研究機関からの借用
もできなくなってしまうということだ。それは米国の研究
にとって深刻な損失となる」だろう69)。ARL が提唱するよ
うに,国際 ILL 活動の促進にあたって,著作権やフェア・
ユースの解釈について,貸借両図書館が遵守できる国際ス
タンダードを設けることが望ましく,またそれを支える理
念が,学術交流の発展であり,知的財産とその著作者に対
する尊敬の念であることを願っている。
注記
注 1 E-mail from Lars Leon, Head of ILL, University of
Kansas, to the author, 6/17/2011.
注 2 E-mail from Jennifer Kuehn, Assistant Professor,
Collection & Technical Service, OSU Libraries, to the
author, 6/23/2011.
注 3 E-mail from Lars Leon to the author, 7/1/2011.
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Abstract: With budget reductions, academic libraries in the United States use interlibrary loan and document
delivery services as a means to effectively share resources. Despite the fact that the number of ILL
transactions is decreasing globally, it has increased for many libraries in the US. This can be attributed to the
fact that US academic libraries have taken innovative approaches to improve ILL services and management
including constantly applying new information technology. On the other hand, the introduction of new services
and the increase of e-resources have created new problems. This paper discusses the ILL activities in the US
academic libraries to illustrate the change, development, and challenges the libraries are facing.
Keywords: Interlibrary Loan / document delivery / academic libraries-United States / copyright Law / fair use
― 409 ―
情報の科学と技術 61 巻 10 号(2011)