社会科における「マンガ授業論」の構築 ― 谷川彰英実践

社会科における「マンガ授業論」の構築
― 谷川彰英実践「マンガによる授業づくり」を手がかりとして ―
教科教育専攻
社会科教育専修
坪
野
修教 08-021
谷
和
樹
1.本研究の目的
今日、
「マンガ」に関する多くの研究者たちは、
「マンガ」に内在する教育的価値を認め、
幅広い分野で授業実践を行ってきた。だが、先行研究では「マンガ」の教材化を図る授業
論の構築がなされていない現状である。そこで、このような問題意識に基づき、本研究で
は、近年の先行研究、谷川彰英(前筑波大学副学長、日本社会科教育学会会長)実践『マ
ンガによる授業づくり』に焦点を当てた分析をするとともに、社会科における「マンガ授
業論」の構築を試みたい。
なお、この「マンガ授業論」こそ、「マンガ」の教材化を図る授業論として、筆者が提
起するものである。
「マンガ授業論」の定義としては、学習者の対象の理解や問題の解決と
いった観点から、
「マンガ」を授業に活用し、子どもたちの学習を活性化させ深化させるた
めの理論と方法を示すものである。また、
「マンガ授業論」は、社会生活や社会通念の変革、
よりよい社会を形成するための「問題解決力」や「社会的実践力」、を育成すべく実践指向
的な学習方法として社会科授業論に提起するものである。
2.本研究の概要
(1)第一章
社会科における「マンガ授業論」の必要性
本章では、谷川実践『マンガによる授業づくり』に焦点を当てた分析をするとともに、
1)役割体験学習論に基づく谷川実践の教育的意義、2)「マンガ」を活用した授業の教育的
意義、3)社会科教育における「マンガ」を活用した授業の教育的意義、の 3 つに基づき社
会科における「マンガ授業論」の必要性を提起した。なお、この 1)から 3)の詳細について
は以下のとおりである。
1)では、谷川実践が、「マンガ」の教材化に焦点を当てていたため、「マンガ」を活用し
た授業の教育的意義を理論的に分析されていなかった。そこで、筆者は、
『マンガによる授
業づくりⅠ~Ⅲ』、計 13 の授業分析を試みたところ、ある共通点を見いだすことができた。
すなわち、それは、授業者が学習者に「人物や役割を意図的に組み込んで学習させていた」
ということである。これより、筆者は、理論的な分析をする手がかりとして、井門正美(秋
田大学教授)の提起した役割体験学習論に着目した。この理論より、谷川実践の「マンガ」
を活用した授業の教育的意義は「役割」から再構成することが可能になったのである。
2)では、谷川実践から捉えた「マンガ」の教育的価値を手がかりとして、馬居政幸(静
岡大学教授)の提起した「マンガリテラシー」の観点から「マンガ」を活用した授業の教
育的意義を明らかにすることができた。すなわち、
「マンガ」は、学習者の対象の理解を促
進し、その中で培われる「マンガリテラシー」より学習意欲を高める効果があるのである。
従って、
「マンガ」を活用した授業の教育的意義は、教科書によって与えられた知識だけで
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は理解できない事柄や日常生活では体験できない事柄の学習、日常生活を自省する学習の
ために必要な題材を提供できるのである。また、学習教材を「マンガ」仕立てにするとい
うことは、子どもたちの対象の理解を促進し、学習意欲を高める効果があるのである。
3)は、これら 1)と 2)を踏まえた上で、谷川実践から捉えた実践者らの問題意識を手が
かりとして、社会科教育における「マンガ」を活用した授業の教育的意義を明らかにする
ことができた。すなわち、授業者は、子どもたちとって身近な「マンガ」を授業に活用す
ることで、学習者の対象の理解や問題の解決といった観点から対象への親近感や切実性が
高まり、子どもたちの学習を活性化させ深化させられるのである。従って、社会科教育に
おける「マンガ」を活用した授業の教育的意義は、学習者がよりよい社会を形成するため
に、社会における人間の存在、学問・科学のあり方、社会の中で人間がどのように生きて
いくか、を考え実践する往復的関係にある社会科の授業を構成することができるのである。
なお、これは、筆者の問題意識である社会科における授業の問題点(教師中心の学習者受
動型授業や教科書中心の知識伝達型授業)を克服すべくものとして社会科における「マン
ガ授業論」の必要性を提起したのである。
(2)第二章
「マンガ授業論」の構築
本章では、社会科における「マンガ授業論」の必要性より、「マンガ授業論」の体系化
に基づき、
「マンガ授業論」の実践形態を提起した。すなわち、これが、本研究の目的であ
る「マンガ授業論」の構築過程である。なお、この詳細については以下のとおりである。
まず、「マンガ授業論」の体系化にともなう土台として、筆者は以下に示した五つを構
想した。
第一に、「マンガ授業論」の定義としては、学習者の対象の理解や問題の解決といった
観点から、
「マンガ」を授業に活用し、子どもたちの学習を活性化させ深化させるための理
論と方法を示すものである。
第二に、「マンガ授業論」は、社会生活や社会通念の変革、よりよい社会を形成するた
めの「問題解決力」や「社会的実践力」、を育成すべく実践指向的な学習方法として社会科
授業論に提起するものである。
第三に、「マンガ授業論」は、「マンガ」を用いた授業設計理論として、役割体験学習論
を援用している。
第四に、「マンガ授業論」は、授業を「参加」と言う視点から捉えた学習方法論として、
「参加型」授業論を援用している。
第五に、「マンガ授業論」は、授業展開方法として、1)マンガ家の作品を授業に用いる
方法、2)学習者自身が「マンガ」を用いて学んだ考えや主張を自己表現する方法、3)教師
が作成した「マンガ」を授業に用いる方法、の 3 つを想定している。
なお、これまで本論では「マンガ」という語を定義せずに使用してきたが、筆者は次の
2 つに基づき「マンガ」と位置づけたい。1 つ目は、「マンガ」の定義として、呉智英(漫
画評論家、京都精華大学客員教授)が定義した、
「コマを構成単位とする物語進行のある絵」、
「現示性と線条性とが複合した一連の絵」、と定めたい。2 つ目は、「マンガ」の位置づけ
として、呉が分析した、最広義の総称とする意味で「マンガ」と定めたい。
これより、筆者は、五つの構想に基づき「マンガ授業論」の体系化を図ることができた。
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次に、「マンガ授業論」の実践形態を提起するために必要な、「マンガ」を活用した授業
の3類型を構築した。それが図 1-1 に示したものである。
図 1-1
これは、横軸を「マンガ」の形態と
「マンガ」を活用した授業の3類型
してストーリーマンガとストーリー
マンガ以外の 2 つに区分し、縦軸を「授
業参加」の形態として「マンガ」作品
読解型と「マンガ」作品状況再現型と
「マンガ」作品制作型の 3 つに区分け
した。この「マンガ」を活用した授業
の3類型は、学習者が「マンガ」作品
を段階的に学習活動する過程として
位置づけたものである。つまり、この
3類型は学習者の学習活動上の取り組みが段々高度になっていく「授業参加」の形態なの
である。これより、授業者は学習活動上の「マンガ」の位置づけを設定することが可能に
なるのである。また、授業者は「マンガ」を活用した授業の様々な実践形態を体系的に把
握することが可能になるのである。
最後に、「マンガ授業論」の意義として、「マンガ授業論」は、社会科における授業での
問題点を克服するために、学習者が一方的に知識を獲得する活動ではなく、学習と実践と
の統合を目指した活動が進められることが明らかになったのである。これは、学習を共同
体への参加とみなす状況的学習論の視点から捉えることができた。また、「マンガ授業論」
は、社会科の究極の目標である公民的資質の育成に焦点をあて、社会生活や社会通念の変
革、よりよい社会を形成しようとする「問題解決力」や「社会的実践力」、を育成すべく実
践指向的な学習方法として明らかになったのである。
(3)第三章
「マンガ授業論」に基づく授業実践の提起
本章では、「マンガ授業論」に基づく「役割交代」に着目した授業実践を提起した。
まず、筆者は、子どもたちの実態や問題意識から、1)多様な価値観を各々が受け入れら
れる題材の学習、2)子どもたちがあたかも正しいような概念や社会通念を自省するための
題材の学習、の 2 つより授業を構成した。これより、筆者は、谷川実践の中にある『沈黙
の艦隊』を教材化した授業方法とは異なる、「マンガ授業論」に基づく「役割交代」に着
目した授業方法を提起した。すなわち、谷川実践では学習者自らが支持する政治家のみに
役割を担っていたが、筆者の授業実践では、谷川実践にはない、選んだ(支持する)政治
家から選びたくない(支持しない)政治家に交代させる内容の授業方法に焦点をあてたの
である。なお、本実践は、
「マンガ」を活用した授業の3類型から捉えると「第 1 類型の1
-1」から「第2類型の2-1」へと、
「授業参加」の形態を段階的に学習活動する過程と
して位置づけている。
次に、筆者の授業実践の効果と意義を明らかにするために、谷川実践『沈黙の艦隊』の
授業展開を比較すると、子どもたちが選択したある役割から異なるある役割に交代させる
ことにより、子どもたちの自我と役割との葛藤、役割葛藤(ある役割を担っている行為者
内における矛盾や対立の状態を意味する)をより促すものであった。すなわち、筆者の授
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業実践は、学習者が「役割交代」した役割葛藤の中で、複数の役割視点が交錯する状況下
で多角的な視点を獲得していたのである。また、その獲得した視点の中で、学習者は、多
角的な視点から問題状況を考察し、考察対象の理解が容易になったのである。
最後に、「役割交代」に着目した授業実践のまとめとして、子どもたちの感想結果から
本実践をまとめた。これは、子どもたちが、ある役割から異なるある役割に交代した時の
役割葛藤の中で、複数の役割視点が交錯する状況下で多角的な価値観に気づくこと、つま
り役割葛藤を個人内の問題に帰するだけではなく、社会関係や社会構造に目を向けさせる
ためのものとして有用であったのである。
3.本研究のまとめと課題
(1)本研究のまとめ
本研究のまとめとして、以下六点が明らかになった。
第一点は、役割体験学習論より、谷川実践の教育的意義が明らかになった。
第二点は、「マンガリテラシー」より、「マンガ」を活用した授業の教育的意義が明らか
になった。
第三点は、社会科教育における「マンガ」を活用した授業の教育的意義が明らかになっ
た。
第四点は、「マンガ授業論」が、「マンガ」の教材化を図る授業論として、学習者の対象
の理解や問題の解決といった観点から、
「マンガ」を授業に活用し、子どもたちの学習を活
性化させ深化させるための理論と方法を示すことができた。
第五点は、「マンガ授業論」の体系化に基づき、「マンガ授業論」の実践形態を提起する
ことができた。
第六点は、「マンガ授業論」は、社会科における授業での問題点を克服するために、学
習を共同体への参加とみなす状況的学習論の視点から、学習は、学習者が一方的に知識を
獲得する活動ではなく、実践との統合を目指すものとして明らかにすることができた。
以上より、
「マンガ授業論」は、学習者の対象の理解や問題の解決といった観点から、
「マ
ンガ」を授業に活用し、子どもたちの学習を活性化させ深化させるための理論と方法を示
すことができたのである。また、
「マンガ授業論」は、社会生活や社会通念の変革、よりよ
い社会を形成するための「問題解決力」や「社会的実践力」、を育成すべく実践指向的な学
習方法として社会科授業論に提起することができたのである。
(2)本研究の課題
本研究の課題は以下 3 つである
1つ目は、「日本漫画新聞」について、教師や子どもたちが、学習活動上でどのように
活用するか、あるいは学習者にとってどのような効果が得られるのかを考察していきたい。
2つ目は、授業で活用する「マンガ」の著作権について、学校などの教育機関において、
教師や子どもたちが「マンガ」を複製(コピー)することは、著作権法 35 条により例外的
に認められるのだが、その許容範囲を捉える必要がある。
3つ目は、「マンガ授業論」を取り扱う教科について、社会科に限らず、他教科の領域
についても展開したい。
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