FDG-PET が診断に有用であった卵巣癌肝転移の一例

青森臨産婦誌
症 例
FDG-PET が診断に有用であった卵巣癌肝転移の一例
弘前大学医学部産科婦人科学教室
齋 藤 美 貴 ・ 坂 本 知 巳 ・ 湯 澤 映
丸 山 英 俊 ・ 佐 藤 重 美 ・ 水 沼 英 樹
弘前大学医学部第二外科学教室
袴 田 健 一 ・ 鳴 海 俊 治 ・ 豊 木 嘉 一
渡 辺 伸 和 ・ 佐々木 睦 男
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に肝転移巣切除を行い,寛解状態とすること
は じ め に
ができた症例を経験したので報告する。
FDG-PETとは,
ブドウ糖に類似した物質
症
である 18 F-FDG(フルオロデオキシグル
例
コース)を標識として,腫瘍の亢進した糖代
患 者:49 歳,4 妊 2 産。
謝をPositron Emission Tomography を用い
既往歴:20 歳頃から十二指腸潰瘍加療,37
1)
て画像化する代謝画像である 。超音波や CT
歳右耳下腺腫瘍摘出。
などの従来の形態画像に比べ,
特異度が高く,
家族歴:特記事項なし。
一度に全身多臓器の検索ができるため,特に
現病歴:右下腹部張り感にて前医を受診
悪性が疑われる病変の判定や癌転移巣の発見
し,
平成 6 年 9 月 20 日に悪性卵巣腫瘍疑いと
で役立つとされている2)。本年 4 月からは適
して当科を紹介され,初診した。主な治療経
用要件の限定はあるが,一部の疾患について
過はまとめて,
表 1 に示した。平成 6 年 10 月
保険収載された。
19 日に初回手術を施行し,
卵巣癌
(stage Ⅲ b,
今回我々は,腫瘍マーカーの上昇と肝臓の
endometrioid adenocarcinoma)であり,術後
腫瘤陰影により,再発を疑った卵巣癌 Ⅲb 期
CAP療法を 3 クール施行後,平成 7 年 2 月
の症例において,肝転移の判定と他部位で
1 日 second look operation を施行し,CR を
の再発の有無を確認することを目的として
確認した。以降,
当科の治療プロトコール
(周
FDG-PET を全身の検索に用いた。結果的
期的化学療法)を終了し,平成 8 年 9 月以降
― 38 ―
第 17 巻,2002 年
青森臨産婦誌
表 1 治療経過
<手術療法>
1 . 平成 6 年 10 月 19 日
子宮全摘術,両側付属器切除,大網部分切除
2 . 平成 7 年 2 月 1 日
骨盤リンパ節および傍大動脈リンパ節郭清,虫垂切除,大網切除
3 . 平成 10 年 8 月 21 日
骨盤内腫瘤摘出術
4 . 平成 12 年 3 月 3 日
肝 (S7) および横隔膜部分切除,骨盤および回腸壁転移腫瘤摘出
<抗癌剤療法>
1 . 平成 6 年 10 月 19 日
CDDP 100 mg 腹腔内投与
2 . 平成 6 年 11 月 10 日∼ 1 月 6 日 4 週毎
平成 7 年 2 月 22 日∼平成 8 年 8 月 22 日 3 ヶ月毎
CAP 療法 ( CDDP 70 mg, FAR 50 mg, CPA 400 mg) 10 回
3 . 平成 8 年 9 月 17 日∼平成 10 年 6 月 1 日 ( 再発入院時まで )
UFT - E 150 mg 3 × 1 / 日
4 . 平成 10 年 6 月 10 日∼ 7 月 26 日 3 週毎
平成 10 年 9 月 3 日∼ 7 日,12 月 10 日∼ 14 日
TP 療法(taxol 210 mg, CDDP 15 mg × 5 日間) 5 回
5 . 平成 12 年 3 月 30 日,5 月 10 日,7 月 5 日,10 月 13 日,平成 13 年 4 月 20 日
TJ 療法 (taxol 210 mg, CBDCA 450 mg) 5 回
6 . 平成 13 年 5 月 16 日
TAE 施行 ( MMC 5 mg, DSM 300 mg)
7 . 平成 13 年 11 月 9 日
CN 療法 ( NDP 120 mg, CPA 400 mg)
抗癌剤総投与量:CDDP 1,175 mg, CBDCA 2,250 mg, NDP 120 mg, FAR 500 mg,
CPA 4,400 mg, taxol 2,100 mg, MMC 5 mg
マーカーの CA 125 が一時低下したものの,
再上昇したため,
治療を目的として平成 14 年
4 月 1 日に入院となった。
入院時現症:身長 158 cm,体重 55 kg。眼球
結膜に貧血,黄疸を認めなかった。腹部は平
坦,軟で下腹部正中および右季肋下に手術創
を認めた。体表リンパ節は触知しなかった。
入院時検査成績:感染症,末血・凝固検査,
生化学検査に異常は認められず,腫瘍マーカー
は CA 125 が 114 IU/ml と上昇していた。
図 1 CT 画像
画像診断経過:入院後の CT 検査では,肝
肝臓の腫瘤陰影を矢印で示した。
右葉 dome 下の low density area の増大が認
は外来で経過観察していた。しかしながら,
められた(図 1)
。当院第二外科医師の意見と
平成 10 年以降は再発が明らかとなり, 2 度
して,同部位の切除は可能であるが,他部位
の開腹手術とレジメを変更しながら表に示す
への転移巣の有無についての検討が必要であ
ような数種の化学療法を施行した。平成 13
り,FDG -PET を考慮してはどうかとのこ
年 5 月に前年切除した部位とは異なる肝転移
とであった。このため秋田県立脳血管研究セ
巣が CT でみられ,腫瘍動脈塞栓術を行った
ンターに依頼し,FDG- PET 検査を施行し
ものの消失せず,化学療法を施行した。腫瘍
ていただいた(図 2)
。肝S 7 / 8 境界部に CT
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青森臨産婦誌
図 3 摘出標本
射能の分布や時間経過を撮影する検査法であ
る。FDG を用いたPET は,脳を中心とする
組織の糖代謝を測定する手段であったが,ブド
図 2 FDG-PET 画像
ウ糖代謝の旺盛な癌細胞はFDG が高い集積
脳,膀胱には生理的集積あり。
肝転移巣への集積は矢印で示した。
を示すため,癌の局在診断に用いられるように
なった。初期の研究的運用から,1997 年には高
度先進医療となり,2000 年には「FDG-PET
上指摘される腫瘤に一致した高度のFDG 集
検査の臨床的有用性と医療経済効果に関す
積を認め,その他の部位にFDG 異常集積を
る全国調査報告」が発表された3)。本年 4 月
認めなかった。この結果を踏まえ外科的切除
には保険適用となり,てんかんの病巣検出や
を行うこととした。
虚血性心疾患の心筋組織のバイアビリティ診
入院後の経過:平成 14 年 5 月 17 日に肝
断のほかに,癌の診断としては,肺癌,乳癌,
(S 8 )部分切除,横隔膜部分切除を施行し
大腸癌,頭頸部癌,脳腫瘍,膵癌,転移性肝
た。腹腔内の癒着が高度であったが,観察し
癌,悪性リンパ腫,悪性黒色腫,および原発
た腹腔内では播種性結節を認めなかった。腸
不明の癌が適応となっている。
間膜リンパ節も術中迅速病理に提出したが,
坂本 1)は,一般の核医学でよく用いられる
悪性所見を認めなかった。肝腫瘍は肝表面に
99 mTcなど,1 本のγ線を放出する放射性同
も露出し横隔膜と強固に癒着していたた
位元素を用いるシンチグラフィーや Single
め,横隔膜の一部を合併切除した(図 3)。
Photon Emission Tomography(SPECT)に
術後 CA 125 は半減し,
化学療法
(weekly TJ
比べ,PET では①検出感度が高い,②解像度
2 クール)施行にてCA 125 が 14 IU/ml とな
に優れる,③体内での吸収を補正することが
り退院した。現在外来経過観察中だが,CA
できるため定量性に優れる,④炭素,酸素,
125 は 9 IU/ml と再発兆候は認められていな
窒素,フッ素など生体構成元素の核種が用い
い。
られるので,利用可能な核種が多く,生理的
な情報が得られるなどの利点を挙げている。
考
察
その反面,PET で用いられるポジトロン放
PET はポジトロン(陽電子)という種類の
出核種は半減期が短いため,施設内にサイク
放射線を出す放射性薬剤を患者に投与し,放
ロトロンを設置して陽電子放出核種を製造
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第 17 巻,2002 年
青森臨産婦誌
表 2 結腸・直腸癌の肝転移の鑑別診断成績
モダリティ
TP
FN
TN
FP
sensitivity
CT scan
18
3
CT portography
34
1
FDG - PET
35
4
specificity
accuracy
7
5
86 %
58 %
76 %
1
10
97 %
9%
76 %
16
0
90 %
100 %
93 %
TP ; true positive, FN ; false negative, TN ; true negative, FP ; false positive
(文献 7 より改変引用)
表 3 膵がん術前評価での肝転移・リンパ節転移の診断能
肝転移 陽性
肝転移 陰性
PET positive
21
2
Sensitivity 61.8 %
PET negative
13
63
Specificity
96.9 %
合計
34
65
Accuracy
84.8 %
リンパ節転移 陽性
リンパ節転移 陰性
PET positive
9
0
Sensitivity 21.4 %
PET negative
33
31
Specificity 100.0 %
合計
42
31
Accuracy
54.8 %
( 文献 8 より引用 )
し,専用の装置で薬剤に合成し,さらに品質
ているが,このうち 17 例が卵巣癌であった
管理のための検定をした上で検査に用いる必
(境界悪性 3 例,Ⅰ期 4 例,Ⅱ期 5 例,Ⅲ期 5
要があり,これが初期投資のコストが大きく
例)
。感度,特異度,正診率は,MRI検査に
なる原因で,人手もかかるため維持費がかか
おいて,85 %,83 %,85 %であり,FDG -
ることになると述べている。
PFT検査では,71 %,83 %,55.5 %であっ
再発診断におけるFDG-PETの適応を,
た。また,
MRI+FDG−PET検査で,
85 %,
4)
は結腸・直腸癌において次のように
83 %,85 %であった。17 例のうち 10 例で転
述べている。第 1 にX線CT,MRI,USなど
移を認め,FDG-PET検査の検出率は 94 %
で局所や肝などに腫瘤があって再発が疑われ
であった(骨盤腹膜 2 / 3 ,大網 3 / 3 ,腸管
るが判定困難な時に,良悪性の鑑別をする場
2 / 2 ,肝表面 3 / 3 ,胸壁 1 / 1 ,対側附属器
合。第 2 はすでに再発が確認され手術を考慮
1 / 1 ,横 隔 膜 下 3 / 3 ,大 動 脈 リ ン パ 節
伊藤ら
する症例で,他部位での再発の有無を確認す
1 / 1 )。一方,CT 又は MRI検査による検
る場合。第 3 は CEA などの腫瘍マーカーの
出率は 40 %であった(各々 2 / 3 , 2 / 3 , 0 / 2 ,
上昇がみられ再発が疑われるが,再発巣の存
0/3,0/1,1/1,0/3,0/1)
。また卵巣癌
在 が 不 明 な 場 合 で あ る。本 症 例 は ま さ に
術後の経過観察中に腫瘍マーカーのみが上昇
1 , 2 の条件に合致する例であった。
した 8 症例に,MRI,CT,FDG-PET をほ
婦人科悪性腫瘍は保険適応とはなっていな
ぼ同時期に行い,再発巣の検出率を比較して
いが,
FDG-PETの有用性が低いわけではな
いる。いずれもその後の臨床経過から再発部
い。吉田 5)は超音波検査で卵巣癌を疑った 23
位が確認された症例であり,MRI,CT,FD
症例に対してFDG-PETの有用性を検討し
G-PET 検査における再発巣の検出率は,そ
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第 17 巻,2002 年
青森臨産婦誌
れぞれ 50 %,37.5 %,100 %であった。この
FDG-PET 像では,
解剖学的情報が不十分で
ため,FDG- PET 検査は卵巣癌原発巣の検
あるため,参照画像として同一断面の CT あ
出においては,MRI検査と組み合わせても
るいは MRIと比較することが必要であるこ
正診率を上げることは出来なかったが,転移
とである。
巣や再発巣の検出率は非常に高く,特に腸管
お
表面や横隔膜下など他の検査法では検出困難
わ
り
に
な部位では,非常に有用な検査法であると結
今回我々は,FDG-PET での診断が治療
論付けている。実際,FDG -PET にて発見
方針決定に大変有意義であった卵巣癌肝転移
され切除可能であった卵巣癌再発症例の報告
の一例を経験した。FDG-PET は癌転移の
6)
は散見される 。
診断において低侵襲で高い診断能を有してい
画像を用いての肝転移の診断については,
7)
他の癌での診断成績の報告となるが,表 2 ,
る。今後普及・発展していく検査法の一つと
考えられる。
表 3 2)に示した。結腸・直腸癌の肝転移の存
文
在 診 断 で 最 も 高 い 感 度 を 示 す の は,CT
portography で 97 %の sensitivity がある。
し か し,specificity は著しく低くわずか
9 %である。これに比べると通常のX線CTは,
sensitivity 86 %,specificity は 58 %にと
どまる。他方,FDG-PETは sensitivity,
specificity, accuracy ともに 90 %以上とい
う好成績を示す。CT は病変の存在診断には
比較的安定した診断能を有するが,病変のサ
イズが小さい場合など,悪性所見を示す所見
が十分現れず,良性のものか転移なのか診
断 が 困 難 な 場 合 が 少 な く な い。こ れ に 対
し,FDG-PET像は転移巣と正常肝組織と
のコントラストが高いために,小さな病変で
あっても明瞭に区別できることが多い。ただ
し,
PET の分解能を考慮すると直径 10 mm 以
下の病巣では部分容積効果によって集積の過
小評価が問題となると言われている 4)。
FDG - PET検査の実施上の注意点とし
ては,次の 3 点が挙げられている8)。第 1 に
FDG は腎臓から排泄されて,検査時間中,
刻々膀胱に集積するため,撮影中膀胱を持続
洗浄することが必須であること。第 2 は,糖
尿病の患者,ブドウ糖液や高カロリー輸液を
受けている患者は,絶食時でも血糖値が高く
なっており,腫瘍へのFDG の集積が抑制さ
れ偽陰性の原因となるため,FDG 静注時の
血糖は 120 mg/dl 以下であることが好まし
いこと。第 3 は,骨盤内,後腹膜領域などの
献
1) 坂本攝.PETに関する解説的講演.
JSAWI2002;
23
2) 東達也, 中本裕士, 石守崇好, 佐藤則子, 佐賀
恒夫, 小西淳二. 新世紀における核医学の展望 FDG-PET の有用性と経済効果を中心に Ⅳ疾
患別臨床的有用性と医療経済効果 8. 肝臓・膵臓
腫瘍における FDG-PET の臨床的有用性と医
療経済効果 . Innervision 2001;16:93-97
3) (社) 日本アイソトープ協会医学・薬学部会サイ
クロトロン核医学利用専門委員会 FDG - PET
ワーキンググループ .FDG-PET 検査の臨床的
有 用 性 と医療経済効果に関する全国調査報告.
RADIOISOTOPES 2000;49(3)
4) 伊藤健吾, 加藤隆司. ポジトロン核医学の最先
端 FDG - PET 検査のがん診療への臨床応用 大腸癌. 日本医学放射線学会雑誌 2002;62:270277
5) 吉田好雄. 卵巣癌における FDG-PET 検査の
有用性の検討. JSAWI 2002;24
6) Robert E. Bristow, M.D., Fiona Simpkins, M.D.,
Harpreet K. Pannu, M.D,Elliot K. Fishman,
M.D., and F. J. Montz, M.D.. CASE REPORT
Positron Emission Tomography for Detecting
Clinically Occult Surgically Resectable
Metastatic Ovarian Cancer. Gynecologic
Oncology 2002;85:196-200
7) Vitola JV. Delbeke D. Sandler MP. Campbell MG.
Powers TA. Wright JK. Chapman WC. Pinson WC..
Positron emission tomography to stage
suspected metastatic colorectal carcinoma to
the liver. American Journal of Surgery
1996;171:21-26
― 42 ―
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青森臨産婦誌
8) 伊藤健吾, 加藤隆司. 臨床PETの実際 腫瘍の
FDG-PET 大腸癌. 臨床画像 2001;17:566574
― 43 ―