医療人類学におけるHIV/AIDS研究

総 説
医療人類学におけるHIV/AIDS研究
道信良子
1
HIV/AIDS Research in Medical Anthropology
Ryoko MICHINOBU
手の運動の基本パターンと機能
中村眞理子,澤田雄二
5
Fundamental movement patterns and functions of the human hand
Mariko NAKAMURA, Yuji SAWADA
呼吸リハビリテーションにおける作業療法−慢性閉塞性肺疾患患者の場合−
後藤葉子 11
Pulmonary Rehabilitation for Patients with Chronic Obstructive Pulmonary Disease
in the view of Occupational Therapy
Yoko GOTO
原 著
医療系女子学生の骨の健康に対する関心の有無と骨の健康に良い食品の摂取頻度
井瀧千恵子,林裕子,門間正子,高橋英子,山田惠子
15
Intake frequency of foods considered good for bone health of female nursing and paramedical
students interested and not interested in health of bones
Chieko ITAKI, Yuko HAYASHI, Masako MOMMA, Hideko TAKAHASHI, Keiko YAMADA
男子学生(高校生,専門学校生,大学生)の痩せ願望の有無による体型評価と体型誤認
高橋英子,川端朋枝,山田正二,宮下洋子,大浦麻絵,山田惠子
23
Perception and misconception about one's own physique of high school, vocational school and
university male students desiring weight loss
Hideko TAKAHASHI, Tomoe KAWABATA, Shoji YAMADA, Yoko MIYASHITA,
Asae OHURA, Keiko YAMADA
長期療養型病床群における終末期高齢者家族の看取りの過程
深澤圭子,長谷川真澄,平山さおり,横溝輝美
31
This study was conducted to examine the process by which families take care of elderly persons
nearing the end of life in a long-term nursing-home setting
Keiko FUKAZAWA, Masumi HASEGAWA, Saori HIRAYAMA, Terumi YOKOMIZO
通院脳卒中患者の健康関連QOLとその要因に関する検討
神島滋子
Factors Affecting Health Related Quality of Life in Stroke Outpatients
Shigeko KAMISHIMA
39
看護教員の教育活動からみた看護技術に対する認識
福良薫
47
Recognition of nursing techniques by analyzing the educational activities of nursing teachers
Kaoru FUKURA
看護学生の学習の取り組みに影響する要因の研究
本吉美也子
55
Research on factors that affect approaches to learning for nursing students
Miyako MOTOYOSHI
自転車こぎ運動中における外側広筋の酸素化レベルと有酸素能力との関係
神林勲,森田憲輝,金木裕次郎,石村宣人,中村寛成,内田英二,藤井博匡,武田秀勝
63
Relationships between aerobic capacities and muscle oxygenation level at vastus lateralis during
incremental cycle exercise
Isao KAMBAYASHI, Noriteru MORITA, Yujiro KANAKI, Nobuhito ISHIMURA,
Tomonari NAKAMURA, Eiji UCHIDA, Hiromasa FUJII, Hidekatsu TAKEDA
社会的不適応を示す軽度発達障害児に対する家族参加型集団作業療法の保護者の視点から見た意義
仙石泰仁,舘延忠,中島そのみ,長沼睦男
71
Effectiveness of Family-Centered Group Occupational Therapy for Mild Developmental
disordered Children with Social Skill problems in parents repots
Yasuhito SENGOKU, Nobutada TACHI, Sonomi NAKAJIMA, Mutuo NAGANUMA
半側空間無視患者に対する机上検査結果とADL場面での無視症状との関連
佐々木努,仙石泰仁,大柳俊夫,舘延忠,中島そのみ,須鎌康介
79
Correlation between the performance on the desk tasks and in ADL of the neglect patients
Tsutomu SASAKI, Yasuhito SENGOKU, Toshio OHYANAGI,
Nobutada TACHI, Sonomi NAKAJIMA, Kosuke SUGAMA
健常学齢児の平衡機能に関する研究
瀧澤聡,仙石泰仁,中島そのみ,舘延忠
85
The study of equilibrium function in normal primary school students
Satoshi TAKIZAWA, Yasuhito SENGOKU, Sonomi NAKAJIMA, Nobutada TACHI
報 告
非喫煙看護師育成をめざした看護大学生への喫煙防止教育の試み
−母子看護学領域からの教育介入後3ヶ月と1年の評価−
今野美紀,丸山知子,石塚百合子,杉山厚子,吉田安子,木原キヨ子
A trial of educational intervention to prevent smoking behavior of undergraduate nursing
students:Evaluation at three months and one year after educational intervention by the
maternal-child nursing section
Miki KONNO, Tomoko MARUYAMA, Yuriko ISHIZUKA,
Atsuko SUGIYAMA, Yasuko YOSHIDA, Kiyoko KIHARA
91
本学看護学科1・2年次学生の道徳的推論
堀口雅美,大日向輝美,木口幸子,田野英里香,福良薫,稲葉佳江
97
Moral reasoning of first- and second- year nursing students
Masami HORIGUCHI, Terumi OHINATA, Sachiko KIGUCHI,
Erika TANO, Kaoru FUKURA, Yoshie INABA
健常者の情報処理の特性を評価するための新しい二重課題法の開発
北島久恵,大柳俊夫,仙石泰仁,中島そのみ,三谷正信,舘延忠
105
Development of a new method to evaluate information processing of normal human being using
dual task paradigm
Hisae KITAJIMA, Toshio OHYANAGI, Yasuhito SENGOKU, Sonomi NAKAJIMA,
Masanobu MITANI, Nobutada TACHI
札幌医科大学附属病院リハビリテーション部における小児理学療法の現状
小塚直樹,谷口志穂,澤田篤史,管野敦哉,舘延忠,仙石泰仁,石川朗,横串算敏
111
Pediatric Physical Therapy in Division of Rehabilitation, Sapporo Medical
University
Naoki KOZUKA, Shiho TANIGUCHI, Atsushi SAWADA, Atsuya KANNO,
Nobutada TACHI, Yasuhito SENGOKU, Akira ISHIKAWA, Kazutoshi YOKOGUSHI
その他
看護学生の臨地実習における同意書のあり方に関する検討経過
−本学看護学科と附属病院看護部との検討会からの報告−
澤田いずみ,木原キヨ子,今野雅子,印部厚子,和泉比佐子,井瀧千恵子,加藤由美子,
上林康子,香西慰枝,田中鈴子,萩原直美,林裕子,福良薫,堀口雅美,松谷涼子,吉田安子,
高村美智子,稲葉佳江
The Process of Discussion about the Informed Consent Form of Clinical Practice in
Undergraduate Nursing Education:The Report from the Committee of the Department of
Nursing, Sapporo Medical University and Division of Nursing, University Hospital
Izumi SAWADA, Kiyoko KIHARA, Masako KONNO, Atuko INBE, Hisako IZUMI, Chieko
ITAKI, Yumiko KATOU, Yasuko KAMIBAYASHI, Yasue KOUSAI, Suzuko TANAKA, Naomi
HAGIWARA, Yuko HAYASHI, Kaoru FUKURA, Masami HORIGUCHI, Ryoko MATSUYA,
Yasuko YOSHIDA,Michiko TAKAMURA, Yosie INABA
平成15年度大学院保健医療学研究科修士・博士論文要旨
115
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
医療人類学におけるHIV/AIDS研究
道信 良子
HIV/AIDSに関連する領域は学際性の高い研究領域であり、臨床や疫学的研究の他に社会科学系の研究
も盛んに行われ、HIV/AIDS蔓延の抑制にその知見が活かされている。本総説では、社会科学系の一領
域である医療人類学におけるHIV/AIDS研究の主要な理論的モデルを概説する。さらに、HIV感染予防
活動における各モデルの可能性と限界を明らかにし、より効果的な予防対策の実現に向けた理論モデル
の展開への道筋を立てる。
<キーワード> HIV感染, AIDS,
医療人類学, 人類学理論
HIV/AIDS Research in Medical Anthropology
Ryoko MICHINOBU
In addition to biomedical understanding of HIV infection, largely from clinical and epidemiological perspectives, social
science research on HIV infection and related issues is actively being pursued, providing important knowledge to
reduce the destructiveness of HIV/AIDS prevalence. This article reviews major theoretical models in medical
anthropology on HIV/AIDS, analyzing the opportunities and limitations of each model when applying it to the actual
intervention programs. It also discusses a new theoretical model that could contribute to developing more effective
prevention programs.
Key words: HIV infection, AIDS, Medical anthropology, anthropological theory
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:1(2004)
はじめに
いに答えるために、医療人類学の立場からの社会的責任を
確認することを目的とする。具体的には、HIV/AIDS研究
Human immunodeficiency virus(以下HIV)は1970年代
における医療人類学の主要な理論モデルを概観し、さらに
後半から世界各地に徐々に広められ、2001年までに全世界
HIV感染予防の実践における各モデルの可能性と限界を検
の推計累積感染者数は約4000万人に達した 。累積感染者
討することにより、予防活動のさらなる発展に寄与するこ
数の約88%はサハラ砂漠以南アフリカやアジア太平洋地域
とのできる理論モデルの展開への道筋を立てる。
1)
なお、日本の医療人類学者によるHIV/AIDS研究は短期
1)
の開発途上国で報告され、その約46%は女性である 。
2001年の全世界の新規HIV感染者数は約500万人、Acquired
の調査や既存の資料の二次分析によるものが多く、長期の
immunodeficiency syndrome (以下AIDS)による死亡者数
フィールド・ワークに基づく研究は筆者を含め数人の研究
は約300万人であり、HIV/AIDSの大流行は収束の兆しも見
者によってなされているのが現状である3,4)。日本では十
せない1)。日本では、1990年から2003年までの13年間に、
分な理論的検討がなされていないことから、本総説が概観
新規HIV感染者及びAIDS患者数は急増し、2003年末の累積
する理論的動向は主として欧米諸国におけるものとした。
HIV感染者とAIDS患者数はそれぞれ約5700人と約2900人を
医療人類学
報告した2)。HIV/AIDSは生物医学的現象であると同時に
社会文化的現象であり、このような世界的蔓延を制御する
医療人類学は、「病気や健康保持に対する人間の観念や
には学際的な取組みが必要である。
本総説は、HIV/AIDS研究と予防実践において社会科学
行為についての人類学的研究」である5)。人類学は、ヒトを
はどのような知的貢献を果たすことができるのかという問
さすギリシャ語のanthroposから作られた言葉で、広義には
札幌医科大学保健医療学部一般教育科
道信良子
著者連絡先:道信 良子 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学保健医療学部一般教育科
─ ─
1
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
「人間についての総合的研究」を行う学問であり、自然人類
6)
釈学、それを社会学において継承したWeberの行為と意味
学、考古学、文化人類学の3分野から成立する 。医療人類
論、さらにSchutzの現象学的社会学などにおく。解釈学的
学は、人類学的理論と方法論の応用領域であり、人類学の
人類学は人間の社会生活全体を象徴的なテキストとみな
3分野において発展した理論や方法論を人間の健康、病気、
し、人間を複雑な意味の体系の中に生きるものとする理論
医療に係る問いに応用し、その理論的・方法論的多様性を
である9)。
強みとする。したがって医療人類学はいずれの立場からの
医の領域における解釈学的アプローチでは、人間の健康
研究も可能であるが、ここでは文化人類学の観点からの医
や病気は複雑な意味の織り込まれたテキストであり、病気
療人類学に限定して述べる。
治療とはその意味を解釈する営みにほかならない。さらに
文化人類学の理論的特徴は、文化の相対的で包括的な見
健康や病気の意味は一つの体系的なまとまりをもって健康
方であり、現地調査(フィールド・ワーク)に基づいたデ
観や病気観となり、それらは生活世界全体にかかわる世界
7)
ータを採用する 。医療人類学の目的の一つは基礎研究と
観と連動する。
して人間の健康、病気、医療に関する知識を広げることで
Mueckeは、タイ北部の女性性産業労働者とその顧客の
あり、もう一つは応用研究として臨床や公衆衛生活動にお
間に爆発的に蔓延したタイのHIV/AIDSについて、農村の
ける保健医療サービスを改善したり、そのような公的サー
女性たちが都市に出稼ぎをして性産業で働くこととその結
ビスが行き届かない地域で発生する健康問題の解決に寄与
果HIVに感染することへの女性たち自身の解釈に着目し、
することである。実際に、発展途上国への医療援助の実践
次のように説明した10)。タイ社会において、農村の若年女
から生じた国際的な公衆衛生活動や精神医学の領域におい
性が性産業で働くことは、家族の一員として貧窮する家族
て積まれた多くの研究成果は医療人類学の源流となってい
を助けるという伝統的な娘役割を果たすものである。この
る8)。
行為は、娘が両親へ恩を返し、それにより功徳を積むこと
ができるという文化的意味をもつ。このような功徳を積む
HIV/AIDSと医療人類学
行為において不運にも感染することは、女性が生まれなが
らに業が深いと考えられていることや、伝統的娘役割を果
医療人類学者によるHIV/AIDS研究が始められたのは
たすためであっても不特定多数の男性と関係を持つような
1980年代である。1986年には“The AIDS Pandemic: A
生業を選んだことの結末であるという、仏教における運命
Global Emergency”と題された論文が医療人類学の主要な
論で解釈されている。
学術雑誌であるMedical Anthropologyに掲載された。同雑
HIV/AIDSに係る現象を当該社会の文化全体の中で解釈
誌において、1992年と1997年にはHIV/AIDS関連論文の特集
学的に説明するとき、それはまずリスク行為の根底に潜む
が組まれた。医療人類学の今一つの主要学術雑誌でありア
文化的意味(健康観、病気観、世界観)を明らかにするも
メリカ医療人類学会が刊行するMedical Anthropology
のである。さらにそのようなリスク行為の解釈学的理解は、
Quarterlyや健康科学全般を網羅する学術雑誌Social Science
リスクを生じさせる文化的背景を十分に理解したうえでの
& Medicineにおいても、HIV/AIDSは1990年以降の医療人
予防対策の推進に応用できるものである。しかしこのアプ
類学の主要な研究テーマとなっている。
ローチの限界は、HIV/AIDS蔓延の原因を文化的意味に還
医療人類学におけるHIV/AIDS研究の特色の一つは、
元し、貧困、経済危機、戦争といった社会経済的問題を看
HIV感染と感染予防、AIDS発症と治療実践を社会・文化
過するきらいがあることである。さらに解釈学的アプロー
的脈絡のなかで理解することであり、もう一つは現地調査
チには歴史的視点が欠けており、文化的意味が変遷するこ
を行いその社会・文化に生きる人々の立場からHIV感染や
とや支配者層による文化の意味の操作があることを見逃し
AIDS発症の経験を理解することである。これらは異文化
ている。例えば、性産業に従事し伝統的娘役割を果たすと
理解あるいは他者理解における文化人類学の基本的立場及
いう「文化的意味」は、タイ政府による観光産業推進のた
び方法論であり、非西洋社会におけるHIV/AIDS問題の解
めに利用され、タイ北部農村や山岳の貧しい少女たちが外
決に不可欠なものとなっている。
国人相手に働くことを正当化した。農村や山岳民族の女性
がタイの支配層により卑しめられてきたという社会的事実
解釈学的アプローチ
やタイにおける観光産業は国際開発援助の恩恵を受けて発
展したという世界経済のあり方は、その重要性にも拘らず
医療人類学者によるHIV/AIDS研究は、解釈学的アプロ
見過ごされている。
ーチと構造主義の系譜を引く文化の政治経済学的アプロー
文化の政治経済学的アプローチ
チに大別され、近年ではこの二つを統合する動きが活発で
ある。人類学における解釈学的アプローチは解釈学的人類
学Interpretive anthropologyと呼ばれ、その理論的基盤を
世界規模で保健医療サービスが計画され実践される現代
Schleiermacher からDiltheyそしてGadamerと続くドイツ解
において、国際医療機関が採用する近代西洋医学は世界の
─ ─
2
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
隅々に浸透している。医療人類学者はこのことが人間の医
決されなければならないことを明らかにする。このアプロ
療文化の多様性を失わせかねないことを懸念する。それは
ーチの限界は、病気や予防行為が発生する社会・経済的構
人間の身体、健康、病、癒しについての観念の多様性とそ
造を分析の主たる対象とするために、人間の「病い」をめ
れが人間社会に示唆するものを失うことになるからであ
ぐる多様な経験や主観的意味に十分に接近することが困難
る。近代西洋医学は水準の高い医学であっても、それもま
なことである17)。
た近代という特定の文化の中で生まれた知識と技術の体系
解釈主義と構造主義を超えて
であり、人間にとっての唯一普遍のものではない11)。これ
らのことから医療人類学者は、アジアやアフリカや南米な
ど非西洋社会において伝統的に維持されてきた医学体系
解釈学的アプローチは健康や病気に係る意味や人間の主
(中国医学や先住民の医学など)に関する研究を積むこと
観的経験に接近し、文化の政治経済学的アプローチは健康
により、近代西洋医学の相対化を試みてきた8)。
や病気の条件となる社会構造に着目する。Scheper-Hughes
近代西洋医学の普及に政治性を認めその支配力に対して
とLock18, 19)は、この二つのアプローチを統合するモデルの
積極的に異議を唱えるのがBaerら12)やSinger13,14)が提唱す
展開を次のように試みた。彼女らは人間の「身体」を分析対
る 文 化 の 政 治 経 済 学 的 ア プ ロ ー チPolitical economy
象とし、「身体」に表現されるものに人間の意味と社会の構
approachである。彼らは、政治学や経済学の理論と方法論
造の双方を読み取ろうとした。
「身体」とは生物学的存在
に依拠しながらも、あくまで文化人類学の立場から人間の
であると同時に象徴的存在であり、それは特定の社会・歴
健康、病気、治療の政治性やそれらの経済構造との係りを分
史的構造のなかで意味づけられてその意味を表現する媒体
析する。
となる。例えば、HIV感染者、AIDS患者、ハイ・リスク
このアプローチを支える理論は、社会の生産様式が人間
集団に属する人々の「身体」は、社会の構造的不平等や矛
生活の社会・政治・精神的過程を決定するというマルクス
盾を表し、さらにはそのような社会で生きるこれらの人々
主義である。Baerらによると「健康」とは、健康的な生活
のHIV/AIDSをめぐる経験とそれに対する意味づけを表象
12)
を維持・促進するための資源へのアクセスにほかならない 。
する。HIV感染リスクやAIDS発症の苦悩は「生きられた
資本主義社会では富裕層がそれを独占し、この資本主義特
経験lived experience」として身体に刻み込まれているとい
有の階層的不平等が、貧困層に病いを蔓延させる要因であ
う。
LockとScheper-Hughesの試みは、
「身体」
、
「構造」
、
「主
るという。このアプローチの発展には、Wallersteinの世界
15)
システム論 も貢献し、ミクロの現象を主たる研究領域と
体」という社会科学における古典的なテーマを扱いつつ、
してきた文化人類学にマクロの社会文化的現象を分析する
批判解釈学Critical interpretive approachという医療人類学
理論的視座を与えた。解釈学との違いは、これらが[観念]
における新たなアプローチを展開させた20)。しかし、HIV
や「意味」ではなく人間社会の「構造」に着目することであ
感染者やAIDS患者の苦悩は身体のレベルに還元できない
る。
とする意見や、構造的限界の中で生きる人々の経験は「苦
文化の政治経済学的アプローチは、HIV/AIDS蔓延の社
悩」のみではないとする批判が向けられている21)。
会的要因でありHIV感染予防活動の発展を阻害する要因と
見做されている貧困、経済問題、社会的不平等、紛争と戦
結びにかえて―医療人類学的HIV/AIDS研究の課題
争といったマクロな社会問題に切り込む視座を提供する。
Waterstonは、ニューヨークのマンハッタンに位置する、
HIV/AIDSの臨床研究は、HIVの発見とそれに続く遺伝
ホームレス、慢性的な精神病患者、麻薬薬物常用者などの
子構造の解明、さらには感染者体内におけるウィルス産生
総称で呼ばれる人々に対する支援住宅に住まう女性たちを
と抑制のメカニズムを解明することにより、AIDS発症の
対象とする研究を行い、マンハッタンの貧困女性に対する
制御に多大な貢献をした。しかし全世界の感染者・患者数
HIV予防対策の現状と課題について次のように分析する16)。
の相当数を開発途上国が抱えている現状において、臨床面
アメリカのHIV予防対策は、それが位置づく近代西洋医学
のみからの取組みでは解決できない社会文化的問題が山積
の理論体系の枠組みとそれを支える個人主義の思想に基づ
している。
いており、感染要因を「個人」の性的指向やリスク行動に
臨床研究と並びHIV/AIDS対策において中心的な役割を
求め、個人が位置づく社会構造や文化的背景を顧みない傾
果たしてきた疫学においても次のような現象の認識に関す
向にある。しかし現実には、ホームレス等に対するHIV予
る基本的態度や方法論における転換が起きており22)、医療
防対策は、ホームレス住宅事業や医療サービス事業の改善
人類学がHIV/AIDS研究において保持してきた立場に共鳴
等の政治・経済的問題を国家及び地域レベルで解消するこ
する。第一に、感染予防の研究や実践は「個人」や「集団」
とから始めなければならない16)。
に加えて「コミュニティ」全体を対象とする必要がある。
文化の政治経済学的アプローチは、病気と予防が医学体
特定の「個人」や「集団」を対象とする場合にも「個人」や
系をこえて政治・経済的体系との関連において理解され解
「集団」を取り巻く社会・生態的環境作用に十分な注意を払
─ ─
3
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
う必要がある。第二に、HIV感染予防の研究と実践は包括
16)Waterston A:Anthropological research and the politics of HIV
的である。HIV/AIDS問題は自然科学と社会科学を含む多
prevention: towards a critique of policy and priorities in the age
様な専門領域の結集による学際的な取組みを必要とし、そ
of AIDS. Soc. Sci. & Med. 44:1381−1391,1997
の高い学際性が包括的な知見と実践を生む。第三に、感染
17)Scheper-Hughes N:Three propositions for a critically applied
medical anthropology. Soc. Sci. & Med. 30:189−197,1990
予防の実践は専門家が現地のコミュニティを離れた後も現
地の人々によって主体的に継続されるような持続性を必要
18)Scheper-Hughes N, Lock M:Speaking "truth" to illness:
とする。これらの動向において、医療人類学者は文化の専
metaphors, reification, and a pedagogy for patients. Med. Anthro.
門家としての積極的な貢献を期待されており、それに応え
Quar. 17:137−140,1986
るには人間の健康と病いに関する解釈学的理論と構造主義
19)Scheper-Hughes N, Lock M:The mindful body: a prolegomenon
的理論をより精緻化するとともに、それを統合する理論の
to future work in medical anthropology. Med. Anthro. Quar. 1:6−
41. 1987
さらなる展開が望まれている。
20)Lock M, Scheper-Hughes N:A critical-interpretive approach in
文 献
medical anthropology: rituals and routines of discipline and
dissent. In Medical anthropology: contemporary theory and
method, revised edition, Sargent C & Johnson T eds. Westport,
1)UNAIDS:Report on the global HIV/AIDS epidemic. July 2002
Praeger. 1996, p41−70
(Web 公開資料:http//www.unaids.org/epidemic_update/
21)DiGiacomo SM:Metaphor as illness: postmodern dilemmas in
report_july02/english/embargo.htm)
the representation of body, mind and disorder. Med. Anthro. 14:
2)厚生労働省エイズ動向委員会:HIV感染者とAIDS報告者の都道
109−37,1992
府県別累積報告状況. 2002 (Web公開資料 : エイズ予防情報ネッ
22)Beeker C, Guenther-Grey C, Raj A:Community empowerment
ト http://api-net.jfap.or.jp/mhw/mhw_Frame.htm)
3)佐藤知久:共通性と共同性−HIVとともに生きる人々のサポート
グループにおける相互支援と当事者性をめぐって.民族学研究
67:79−98,2002
4)Michinobu R:HIV Risk and Changing Sexual Behavior: Factory
Women Workers in Northern Thailand. Bangkok, White Lotus
Press, 2004 (in press)
5)波平恵美子:医療人類学. 石川栄吉他編. 文化人類学事典. 東京, 弘
文堂,1994, p69
6)祖父江孝男:人類学.石川栄吉他編.文化人類学事典.東京,弘
文堂,1994, p391−392
7)波平恵美子:文化人類学,第2版.東京,医学書院,2002,
p210−211
8)Foster G, Anderson B:Medical anthropology. New York, John
Wiley & Sons, 1978
9)Geertz C:The interpretation of cultures. New York, Basic Books,
1973
10)Muecke, MA:Mother sold food, daughter sells her body: the
cultural continuity of prostitution. Soc. Sci. & Med. 35:891−901,
1992
11)波平恵美子:文化人類学,第2版.東京,医学書院,2002, p214
12)Baer H, Singer M, Johnsen JH:Toward a critical medical
anthropology. Soc. Sci. & Med. 23:95−98,1986
13)Singer M:AIDS and US ethnic minorities: the crisis and
alternative anthropological responses. Hum. Org. 4:89−95,1992
14)Singer M:Why does Juan Garcia have a drinking problem?:The
perspective of critical medical anthropology. Med. Anthro. 14:77−
108,1992
15)Wallerstein I:The capitalist world-economy. New York:
Cambridge University Press,1979
─ ─
4
paradigm drift and the primary prevention of HIV/AIDS. Soc. Sci.
& Med. 46:831−842,1998
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
手の運動の基本パターンと機能
中村眞理子,澤田 雄二
本論は、ヒトの手の動きに関する研究を概観したものである。ヒトの手は、物体を把持し操作する中で
重要な役割を果たしている。Schlesiger以来、多くの研究者が様々な作業を対象として把握のパターン
を分類した。その中でNapierはpower gripとprecision gripという2つの主要なパターンを提唱してい
る。また鎌倉らは物体をつかむのに適応して手の形が決定されるとした。これらの研究から、手の形の
パターンの分類は完成したといえる。随意運動中の手指の動きに関する研究では、円板を握るという目
的を持った動きは、単純な指の屈伸と比較して手指関節は精密な調整をして動いていることを示唆して
いる。手の機能の評価や発達・加齢に関する研究は、ヒトの手の理解に有用である。様々な動作での指
関節の動きの特徴を明らかにしていくことにより、リハビリテーション場面で、より滑らかで確実な動
作の訓練を行うことができると思われる。
<キーワード> 手指,手,機能,動作パターン
Fundamental movement patterns and functions of the human hand
Mariko NAKAMURA, Yuji SAWADA
This paper reviewed the research articles of movement patterns of the human hand. The human hand plays an
important role in the grasping and prehension of objects. Since the report of Schlesinger, many researchers have
classified hand movement patterns during various tasks, especially prehension. Napier classified two major
prehensile patterns: 1)a power grip, 2)a precision grip. Kamakura et al. determined the static grasping patterns of the
hand. From these reports, it may seem that the classification of handling patterns during hand tasks have been fully
explored. On the other hand, other studies have been focused on the dynamic voluntary finger. From the report of
Nakamura et al., it was suggested that deliberate activities of the finger and sophisticated joint movements provided
various adjustments to grasp the disk, as compared to the simple finger extension movement. The study of the
evaluation of hand movement and the study development of hand function in infancy and aging also give us some
perspectives for understanding human hands. Furthermore, we examined the characteristics in the finger joint
movement of many different hand tasks. These studies will be helpful to restore both smooth and secure movements
of rehabilitative training.
Key words: finger, hand, function, movement patterns
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ.7:5(2004)
Ⅰ.はじめに
手および指の動きは、いまだに明らかにされていないこと
が多く、脳に支えられたともいえる手の働きは、人間の手
手の機能障害に対する評価と治療は、作業療法士の重要
な役割である。ヒトの日常生活では、手の動きは必要不可
の精密なコントロールや協調性、様々な要因が複雑に絡み
合ってもたらされることが伺われる(図1)
。
欠である。ヒトの手は、つまむ・握る・抑える・なでるな
手(手指)はどの様に動くのか、ヒトは手をどの様に動
ど実に様々な機能を持ち、その組み合わせで目的とする動
かすのかというテーマではいろいろな研究があるが、本論
作を遂行する。そして、手はヒトと環境が交流するための
文では作業療法の視点から、これまでおこなわれている手
装置でもある。そのように考えると、ヒトの手は、適応能
指に関する研究報告を軸に、日常生活で使用する手の機能
力や自立能力と密接な関係にある。様々な場面に対応する
(主として運動機能)の面からヒトの手の特徴をまとめる。
札幌医科大学保健医療学部作業療法学科
中村眞理子,澤田雄二
著者連絡先:中村眞理子 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学保健医療学部作業療法学科
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札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
Ⅲ.ヒトの手の特徴と構造
運動の意図
手と足の違いを論じている本の中で、手と足の違いは
手のかたち・
軌跡・力の程度
『多くの動物には四肢がある。哺乳類は前肢・後肢を歩行
予測・調節
に、鳥類は前肢を羽に。人間は後肢で立つことによって前
肢を歩行という仕事から解放した。
』2)とある。また、手と
運動指令
足の違いについて『足は、自分の身体を動かすために用い
筋活動
られている。もちろん身体を支えることを含めてである。
目的的な
手の動き
これに対して、手は自分以外の物を支えたり、動かす為の
体性感覚・視覚情報
物である。…(人が)後肢で立つ、あるいは歩くかぎりに
おいて、手はあいている。あいているということは自分の
身体以外のものを支えたり動かしたりできるということで
図1 手の動きの概念図
ある』3)とも説明されている。いずれにしても、手は何か
その中で我々の手指機能に関する研究がどの段階に位置づ
対象に対して作用するものと考えられる。
けられるのか、今後の研究の方向づけを行う。
ヒトの手は27個の骨と18の手内筋からなる。手と同じ大
きさでこれほど皮膚・運動感覚の終末器官がたくさん集ま
Ⅱ.上肢機能における手の役割
っている身体部位はない。
ヒトの手の構造についてNapier4)は、先端が平たくがっ
手とは、人体の肩から出た枝と広辞苑には記されている。
しりしている指、大きな手掌、第1中手骨と第2中手骨の
しかし、解剖学的に手といわれるのは手関節より末梢の部
間の大きな開き、第1中手骨基部の鞍関節、適度な母指の
分であり、前述したものは上肢と呼ばれるべきである。上
長さなどがヒトの手の特徴であり、これゆえに高度な手の
肢(肩、肘、手関節、手を含む)の機能を考えるとき、そ
機能が実現したと述べている。つまみに対しては、この母
れぞれの部位の役割を説明できる。肩は目的の所に手を伸
指の長さが重要で、人類は示指の長さに対して長い母指を
ばす方向を定める方向舵、肘は目的の所に手を伸ばす伸縮
もっている。長さの比は示指:母指=100:60である5)。
装置、手関節は微調整器、そして手は目的を果たす効果器
手は物を握るために、その形状を変えなければならない。
である1)。これらの総合的な機能が上肢機能といわれるも
物を握る場合、3つの異なる方向に走っているアーチ(手
のである(図2)
。それゆえ、作業療法では上肢機能を評
弓)に従って手はくぼむ(図3)
。手根の凹に一致する手
価する場合、把握・把持機能(開き離しの機能を含む)
、
根アーチ(横アーチ)
、手根から広がり、相応する中手骨
到達機能、物品操作機能の3つの分類を用いる。効果器で
と指骨によってそれぞれの指に形成されている中手指節ア
ある手部のない上肢はほとんど機能を果たすことは出来な
ーチ(縦アーチ)
、そして対立運動によって出来る斜めの
い。そして、手指が効果的に作用するためには、目と手の
アーチである。これらのアーチは基部の横のアーチを除い
協応性・手指感覚機能・体幹の安定性・肩甲骨の固定機
ては意識的に大きく変えることが出来る6)。正常な手では
能、それに知的機能などが関与している。日常生活におけ
安静時において、縦と横のアーチが形成されている。
る動作では、運動機能と知覚機能が共に働き、両者間に緊
横のアーチ
密なフィードバック機構が存在してはじめて行いうる。
縦のアーチ
握りと母指との対立で重要
斜めのアーチ
人体
機械
機能
(手指)
効果器
(手首)
微調整器
つかむ
にぎる
作 つまむ
用 ひっかける
すくう
おさえる
小
方
向
(前腕)
(肘)
伸縮装置
長
さ
効
果
器 調
位 整
置
(上腕)
(肩)
方向舵
目
的
動
作
・リーチ
・動かす
・保つ
・持つ
・投げる
・触わる
・コミュニ
ケーション
など
動作
日
常
生
活
動
作
整容
食事
用便
入浴
衣服脱着
器具の使用
教養など
母指との対立を可能にし、
把持・把握に重要
実 職業
務
動
家事
作
図3 手指の構造
大
方
向
手指は中手指節間関節、近位指節間関節、遠位指節間関
節(以下、MP関節、PIP関節、DIP関節)という3つの関
図2
上肢の機械的要素の模式図 (文献1から引用)
─ ─
6
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
節を持つ。それらは目的に応じて互いに調和しながら屈曲
7)
伸展をおこない、手指の円滑な動きを可能としている 。
するときには常に働いていること、虫様筋はDIP、PIP関節
を伸展させたり、伸展位を保ったりするときには常に働い
ていること、骨間筋は、開始肢位はどうあれ、最終肢位
Ⅳ.手の研究の概説
が<MP屈曲+PIP伸展+DIP伸展>であるときには常に作
用していることなどがここから明らかである。
Ⅳ−1.手の形態分類・把握のパターン分類
手は、日常生活において、物のつまみや把持、物体の操
Ⅳ−3.つまみの力の調節
作といった重要な役割をしている。これまでに多くの研究
手の重要な特徴のひとつは、物体をつかみ保持する把握
者によって、手の把持パターンの分類が試みられてきた。
機能である。ヒトは直接対象物をみていなくても、コップ
Schlegingerは、手の操作パターンを機能的観点から把握
などをすべりおとすことなく把握することが出来るだけで
(grasp)とつまみ(pinch)に大別し、パターン分類を試み
なく、すべりおちないぎりぎりの把握力で効率よく物をつ
た8)。一方、Napierは、手と手掌面によって物体を操作す
かみあげていると考えられる。日常生活場面において要求
るパターンをpower gripと規定し、物体と指先との接触に
される手の機能にはこの他に、道具を操作したり、硬さの
よる微細な手の動作をprecision grip(handling)と規定し
違いや素材の違いによる力の調節、外部からの影響(外乱)
た9)。その後、物体と手の皮膚面との接触をもとに、手の
に対して力を調整するなど、時間的変化に対応する機能が
10)
操作パターンの分類が鎌倉らによって試みられてきた 。
要求される。例えば、道具を扱うときには、手は外部から
これらによって手の機能についての分類が完成した。しか
の複雑な影響(外乱)を受け、道具を保持したり、適切か
し、これらの分類に共通していることは、手と手指の動き
つ必要な力を維持する状況において、力の調節は常に必要
の過程を記述したものではなく、目的動作の最終段階で認
となる。健常者の母指と示指によるつまみの最中に外部か
められた手指の形態を分類したものであるということであ
らの外乱負荷刺激をあたえ、つまみ保持の力の経時的変化
る。
とこれに関する筋電図の変化を調べたところ以下のことが
明らかとなった。①負荷に対する最小つまみ力は、対象物
(最大つまみ力の2.5%、5%、10%)の重さに20gから50
Ⅳ−2.手の動きの特徴(EMG・動作解析)
指はMP関節、PIP関節、DIP関節という3つの関節を持
gを加えた力を必要とした。②外乱負荷刺激の増加に伴い、
つ。個々の関節はどのような運動をするのかという問題に
つまみ力は減少した。③外乱負荷刺激により生じた垂直方
対しては動作解析による研究がある。手指三関節の関係に
向への力に対し母指球筋群、第一背側骨間筋の筋電図の振
ついては、従来の手指の伸展や屈曲に際して、手指のどの
幅が増加した。④開眼時では、外乱負荷刺激を加えてから
関節から運動が開始され、どの関節が運動の終了を示すの
のつまみの立ち上がり、および筋電図の発現するまでの時
か、という手指関節運動の出現順と終了順についての解析
間がともに閉眼時のものに比べて短かった21-22)。Gordonら23)
11−17)
が報告されている
。さらに、単に手指を屈曲伸展させ
は被検者自ら負荷を与える実験をおこなっており、これら
る動作と円板把持という目的動作では、関節運動の出現順
の研究からつまみ力の調整に体性感覚、視覚情報が重要で
および終了順に違いがあること、また把持する円板の大き
あることが示唆された。つまみ対象物素材の違いと調節の
さの違いにより、関節間の角度変化の割合、動作時間、角
関係について調べたものでは、素材の違いにより、つまみ
度変化のパターンの違いが認められることが明らかになっ
力のピーク値、安定値ともに素材の摩擦係数の大きさによ
18)
ている 。臨床的には、運動障害を示す患者の手指の随意
り、負荷量の増加に対するつまみ力の増加率に違いがみら
的運動を評価するとき、手指の各関節の関節可動域
れた。接触面の素材を無作為に変えた実験から、前施行の
(Range of Motuon:ROM)の変化をもとに、障害の程度を
素材が現施行の素材よりすべり易い場合、より大きなつま
把握する方法が一般的である。病的指(鷲手)で示された
み力が出現することが認められた。また、筋電図から素材
運動範囲と健常手のそれとの比較を行い、障害の程度を把
と重さの関係により関与する筋の活動割合に違いが認めら
握しようという試みがある。しかし、この研究では、鷲手
れており24)、つまみの機能を日常生活に適応していく過程
変形によって生じた手指関節のROMを静的にとらえてい
で、対象物の素材の違いによる特性を考慮する必要が示さ
るのみであり、動きのなかで生じるROMの変化について
れた。この力の調節能力は、片麻痺の回復段階が高いstage
はふれられていない19−20)。
Ⅴ、Ⅵであっても困難である25)。
個々の関節運動や動作がどの筋や筋群によって担われて
いるかをわかりやすく要約したのはlandsmeerとLongであ
Ⅳ−4.手の機能の発達と老化
7)
る 。1本の指に付着する2つの手内筋と2つの手外筋の協
手の機能の発達は、成熟した3指握りの発達と関連して
力と機能分担のありさまを解き明かしている。ほとんどす
おり、自由に使えるようになる4∼6歳くらいで利き手が
べての動作において指伸筋は活動していること、深指屈筋
あらわれる26)。もちろん、手の最終的な完成は、解剖学的
はDIP、PIP両関節を屈曲させたり、その屈曲位を保ったり
発達や運動コントロールだけでなく、感覚認知も含まれる。
─ ─
7
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
approaches to acquiring, analysing and interpreting the anatomical
一方高齢者については、加齢によって握力が低下すること
は、よく知られているが
27-28)
evidence. J Anat 197:121−140,2000.
、巧緻動作については、ペグ
29)
30)
を用いたもの の他にも、動的指標追跡作業 、繰り返し
6)鎌倉矩子:手指の運動学.総合リハ18(6)
:465−471,1990.
タッピング作業31)などが実施されており、いずれも加齢に
7)Landsmeer:The coordination of finger-joint motions. J Bone and
Joint Surg 45A:1654−1662,1963.
よる低下が指摘されている。手の機能に影響を与える器質
的な老化については変形性関節症(OA)があげられる。
8)Schlesinger G:Der mechanische Aufbau Der Kunstlichen Glider,
in Ersatzgliedern und Arbeitshilfen. Springer, Berlin.1919.
手指関節の変形性変化の自然経過と日常生活での使用形態
との関係を明らかにすることを目的として、全ての指の関
9)Napier J:The prehensile movements of the human hans. J Bone
and Joint Surg 38B(4):902−913,1956.
節を調べた解剖学的研究では、手の痛みや機能障害に関す
る受診歴がない全ての手の中で、どこかの関節に必ず変形
10)鎌倉矩子:手のかたち手の動き.医歯薬出版.1989.
性関節症(Osteoarthritis:OA)が認められている。また、
11)今村宏太郎,長谷芳文,群家則之 他:指関節運動の動作解析.
日手会誌5:295−298,1988.
OAの発生機序として、1本の指のなかでは末梢の関節ほ
どOAの発生率が高いこと、1つの関節のなかでは遠位面
12)山口隆男,斉藤之男,市村三知子 他:手指関節に動作の解析,
バイオメカニズム4:89−97,1978.
の方が発生率が高いこと、関節面では橈側および尺側に発
生率が高いことなど、一般的な加齢変化の経過の一般原則
13)楠瀬孝一,山内裕雄,宮崎弘 他:つまみ動作における母指・侍
32)
史の関節角度について−フレキシブルゴニオメーターによる測
が明らかになっている 。従来、OAは手を酷使する特定の
定.日手会誌9(4):541−545,1992.
職業に関して報告されてきたが、加齢変化としての進行様
式が明らかになり、高齢者の手指機能を検討する上での一
14)新田豊彦,山内裕雄,斉藤之男 他:ヒトの手指関節運動の基礎
要因であることがわかった。今後はさらに趣味活動を含め
的研究.−(第一報)3関節の運動順序について−.整形外科
た日常生活での手の使用形態・負荷との関係を明らかにす
25(13):1258−1259,1974.
15)秋山寛治,今村宏太郎,岩崎勝郎 他:手指関節運動の動的解析.
る必要があろう。
日手会誌8(1):104−108,1991.
Ⅴ.結 語
16)鳥山貞宣:X線映画よりみた手の運動.整形外科11:36−38,
1960.
多様性をもつ手の動きの中で、当初、手の動きの分類は
17)伊達洋次郎:頸髄障害における部位別にみた手指運動障害.整形
外科28:1373−1376,1977.
動作を記述するためにおこなわれ、病的な動きの解析や、
発達研究などに役立っている。ヒトの動作のなかの効果器
18)Nakamura M , Miyawaki C, Matsushita N, et al:Analysis of
としての手という従来の見方は、いわゆる肩から末梢にか
voluntary finger movements during hand tasks by a motion
けての縦の機能の繋がりである。今回、手指の研究では対
analyzer. J Electromyography and kinegiology. 8(5):295−
立という特徴的な機能をもつ母指に注目した報告が多いな
303,1998. 19)Malaviya NG, Husain S:Finger dynamography:A
かで、母指に限定していないものを軸にまとめた。具体的
complimentary technigue for functional evaluation of the hand. J
な動作の獲得を目指す作業療法の視点から考えると、物体
Hand surg 18(B):631−634,1993.
を把持するのみでなく操作する五指間の動きの関係性、1
20)Srinivasan H:Uniberse of finger postures and finger
本1本の指の独立した動きの中での協応、いうなれば、横
dynamography:A conceptual methodological tool for assessing
の機能の繋がりを検討する必要性を強く感じている。また、
and recording the motor capacity of the finger. Handchirergie 15:
今後、手の老化を運動的な面と器質的な面さらに日常生活
3−6,1983.
活動との関係から明らかに出来れば、手の機能の維持、低
21)中村眞理子,澤田雄二,坪田貞子:外乱負荷刺激に対する
Precision Grip(精密把握)の調節.作業療法12:259−268,
下予防という観点のリハビリテーションへの応用の手がか
1993.
りとなることを期待している。
22)中村眞理子,澤田雄二,坪田貞子:物体保持中に与えられる負荷
文 献
に対する予測と調節.北海道作業療法10(1):1−5,1993.
23)Gordon AM,Forssberg
H,Johansson RS,et al:The
integration of haptically acquired size information in the
1)原武朗 他:自助具−機能障害と道具の世界−.医歯薬出版.
programming of precision grip. Exp Brain Res 83 : 483−488,
1977.
1991.
2)鈴木良次.手のなかの脳.東京大学出版.1994.
24)中村眞理子,澤田雄二,坪田貞子 他:精密把握における把握素
3)坂本賢三.機械の現象学.岩波哲学書.1975.
材の影響.北海道作業療法学会誌11(1):3−7,1994.
4)Napier J:The evaluation of the hand. Scientific Amer 207:
25)澤田雄二,中村眞理子,坪田貞子:日常生活動作中のつまみの運
56−62,1962.
5)Mary w. Marzke, R.F.Marzke:Evolution of the human hand :
─ ─
8
動学的解析−健常手と麻痺手の比較−.作業療法ジャーナル28
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
(5):371−375,1993.
26)Rosenbloom L, Horton ME:The moturation of fine prehension.
Dev Med and Child Neurol 13:3−8,1971.
27)木村みさか,荒井多聞,筒井康子 他:高齢者を対象にした体力
測定の試み.日本公衛誌34:33−40,1987.
28)Mathiowetz V, Kashman N, Vollans G, et.al:Grip and pinch
strength:Normative data for adults. Arch Phys Med Rehabil 66:
69−74,1985.
29)江藤文夫,原澤道美,平井俊策:手指巧緻動作における加齢の影
響.日老医誌20:405−409,1983.
30)千葉進,松本博之,小林信義 他:上肢巧緻動作におよぼす加齢
の影響−高齢者における加齢の影響.日老医誌24:132−137,
1987.
31)York JL, Biederman I :I effects of age and sex on reciprocal
tapping performance. Perceptual and Motor Skills 71:675−684,
1990.
32)Nakamura M, Murakami G, Isogai S, et al.:Resional specificity in
degeneratibe changes in finger joints:an anatomical study using
cadavers of the elderly. J Orthp Sci 6:403−413,2001.
─ ─
9
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
呼吸リハビリテーションにおける作業療法
−慢性閉塞性肺疾患患者の場合−
後藤 葉子
慢性呼吸器疾患は今後、死亡原因の上位を占めるであろうと危惧されており、それに伴い呼吸リハビリ
テーション(呼吸リハ)の推進と有効性の実証が推奨されている。慢性閉塞性肺疾患の主症状である労
作時の息切れは活動を制限し、そのために運動機能低下や心循環系の効率低下によるdeconditioningと
いう2次的障害を引き起こす。その結果、日常生活や社会生活にも大きな影響がおよび QOLを低下さ
せる深刻な問題となる。海外では呼吸リハに多くの職種が関わり包括的におこなわれているが、残念な
がら日本においては内科系疾患(内部障害)に作業療法士が積極的に関わる機会は少ないのが現状であ
る。呼吸リハを充実させるには、広い視野で多面的に患者を捉えていく姿勢が重要である。彼らのかか
える多くの問題を解決するにあたっては、多職種の協業が必須であり、作業療法士もその専門性を大い
に発揮できる職種であると考える。
<キーワード> 呼吸リハビリテーション、作業療法、慢性閉塞性呼吸器疾患
Pulmonary Rehabilitation for Patients with Chronic Obstructive Pulmonary Disease
in the view of Occupational Therapy
Yoko GOTO
Chronic obstructive pulmonary disease(COPD)is one of the leading causes of morbidity and mortality in the world.
There are various guidelines recommend defining the effects of the pulmonary rehabilitation. COPD is characterized
by progressive breathlessness. In the advanced stage, patients suffer from dyspnea when doing minor exertion or
even at rest, resulting in a gradual impairment of their physical ability. Such disability causes a reduction in their
activities of daily living and affects their quality of life. In Japan, there are few occupational therapists approaching
patients with visceral impairment. It is important for us to support patients with COPD to keep their condition stable for
as long as possible. To promote comprehensive pulmonary rehabilitation, we need a partnership involving various
kinds of experts including occupational therapist.
Key words: Pulmonary Rehabilitation, Occupational Therapy,Chronic Obstructive Pulmonary Disease
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:11(2004)
はじめに
させ、また、風邪などの感染により容易に急性増悪をきた
しうるので、日常生活上きめ細かいケアを必要とする。わ
呼吸不全とは、臨床的には動脈血酸素分圧(arterial
が国では、1985年に在宅酸素療法(home oxygen therapy;
oxygen pressure; PaO2)が60Torr以下とされており、この
HOT)が健康保険適用となったことで、多くの慢性呼吸不
状態が1ヶ月以上持続するものを「慢性呼吸不全」という。
全患者が病院から在宅へと生活の場を移すことが可能とな
代表的な疾患としては、不可逆性の気道閉塞を示す慢性閉
り、予後の延長・生活の質(quality of life; QOL)の向上を
塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease;COPD)
、
もたらした。わが国のHOTの特徴として、基礎疾患に肺結
肺結核後遺症、肺線維症などがある。慢性呼吸不全患者の
核後遺症が多いことがあげられるが、今後は肺結核後遺症
主症状は、労作時の息切れ(呼吸困難)であり、これは低
患者が減少し、肺気腫症や慢性気管支炎などのCOPDが主
酸素血症に由来することが多い。息切れは日常生活を制限
体を占めるものと予想されている。世界的にみても現在
札幌医科大学保健医療学部作業療法学科
後藤葉子
著者連絡先:後藤 葉子 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学保健医療学部作業療法学科
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札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
成要素と成果はCランクであり、ADLについての記載は
COPDは死因第6位であるが、2020年には第3位になるだ
1)
ろうとWHOは推測している 。呼吸リハビリテーション
されていなかった8)。本邦においても呼吸リハの重要性
(以下呼吸リハ)は、1993年の国立衛生研究所(National
が認識されつつあり、2003年「呼吸リハビリテーション
Institute of Health:NIH)ワークショプにおいて新たな定
マニュアル−運動療法−」が発表され9)、包括的呼吸リ
義が提唱されたのに続き2)、1997年には米国心血管・呼吸
ハへの取り組みがなされている。
リハビリテーション協会(American Association of
Cardiovascular & Pulmonary Rehabilitation : AACVPR)と
2.肺気腫患者のADL
米国胸部疾患専門医会(American College of Chest
ADL(activities of daily living)とは、普段無意識に行
Physicians: ACCP)が共同で科学的根拠に基づいた実践的
っている最も身近な食べる・着替える・入浴する・排泄
ガイドラインを発表し3)、呼吸リハの推進と有効性の実証
する・歩くなど基本的な動作の総称であり、疾病や障害
が推奨されている。
によりADL低下を招くと予想以上の不自由さを実感する
こととなる。筆者らの肺気腫患者の不安調査では、入院
本邦における呼吸リハは、理学療法の分野で行われてい
呼吸リハにより運動機能は改善傾向を示し、疾患に関す
る術直後などの早期の呼吸管理、肺理学療法などが広く知
る教育効果が得られた症例であっても退院後のADLに不
られており、医師や理学療法士、看護師が中心に担当して
安を抱えている症例が非常に多かった10)。米国胸部疾患
きた。米国では呼吸療法士、栄養士、薬剤師、心理士、宗
学会によるCOPD重症度別に肺気腫患者のADLを詳細に
教家など多職種が関係しており、作業療法士も構成スタッ
検討したところ、StageⅡ群(中等度)以上でADL障害
4)
フの一員を担っているが 、残念ながら日本においては内
が表面化し、上肢を挙上する動作や腹圧がかかる動作が
部障害に作業療法士が積極的に関わる機会は少ないのが現
早期から障害されていた。さらに自験例においてStage
状である。その背景には、
“作業療法”についての一般的
にかかわらず、指示どおり酸素を使用していない患者が
な理解が稀薄であったという経緯が推測される。
多く認められ、生命予後への影響などを考えた場合、極
めて重大な問題である11)。洗髪・入浴・更衣・整容など
1.呼吸リハビリテーション・プログラム
の動作は上肢挙上、体幹の屈み動作、反復動作を含んで
われわれの日常生活は様々な活動の複合から成る。食
おり、また排便は腹圧をかけることから、これらの動作
事・更衣・排泄・整容・入浴などの身の回り動作および
は肺気腫患者にとっては負担となる動作とされている。
移動動作を日常生活活動(Activities of daily living :
上肢挙上では胸郭の可動性が制限され、COPD患者では
ADL)
、さらに活動が拡大した家事動作、買い物、外出、
上肢を挙上したときに健常者に比べより多い代謝・換気
公共交通利用などを手段的日常生活活動(Instrumental
需要を生じると報告されている12)。また、CODP患者は
ADL:IADL)と呼ぶ。
呼吸補助筋と腹部呼気筋をより多く使用するため、呼吸
COPD患者の主症状は労作時の息切れである。呼吸困
補助筋の異常緊張による努力性呼吸パターンがエネルギ
難が活動を制限し、そのために運動機能低下や心循環系
ー消費の増大を招く。一方、Stageにかかわらず、指示
の効率低下によるdeconditioningという2次的障害を引き
どおり酸素を使用していない患者が多いことは、酸素使
起こす。その結果、日常生活や社会生活にも大きな影響
用下での動作の煩雑さ、酸素使用への羞恥心、短い時間
がおよび、COPD患者のQOLを低下させる深刻な問題と
だったら酸素を使用しなくても自覚症状が出現しないな
5)
なる 。したがって、COPD患者の呼吸リハでは、運動
どの理由が考えられ、生命予後への影響などを考えた場
機能の向上と共にADLの拡大や、さらにIADLにまで結
合に極めて重大な問題といえる。
びつけたプログラムが重要である。Kidaらによると、米
これまで障害者のADL評価としてBarthel Index、FIM
国での呼吸リハプログラムには一般的な運動療法、肺理
などの様々な評価法が紹介されているが、最近ではより
学療法はもとより、疾患に関する教育98.0%、服薬指導
詳細にADL状況を把握するため各々の障害に対応した
92.0%、家族教育76.0%、ADLアップ84.0%、精神的サポ
ADL評価を使用する傾向がみられる。呼吸不全患者の場
ート78.0%などが高い割合で盛り込まれているのに対し、
合は呼吸困難感などの自覚症状によりADLが障害されて
日本では酸素療法84.2%、禁煙指導65.8%を除き50%を超
いることが多く、既存のADL評価表では天井効果を示す
える項目はなく、ADLアップと家族教育は19.8%、精神
場合がある。すなわち、呼吸不全患者のADL評価では動
6−
的サポートにいたっては1.0%という低い結果であった
作の遂行が“できる”
、
“できない”だけではなく、動作
7)
。一方、1998年にAACVPRより出された「呼吸リハビ
方法、呼吸困難感、疲労度、酸素使用状況なども評価し
リテーション・プログラムのガイドライン第2版」によ
なければ真の問題点抽出は困難となる。また、ADL評価
ると、科学的根拠に基づく呼吸リハ効果は、下肢のトレ
を基にした実際の呼吸リハでは、筋力トレーニングなど
ーニング、呼吸困難のみがAランク、上肢のトレーニン
の運動療法が重要視されると同時に、いかにエネルギー
グ、QOLはBランク、心理社会的、行動的、教育的な構
消費を抑え呼吸困難感を最小限に留めた方法で目的動作
─ ─
12
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
を遂行させてADLの改善に結び付けていくかが重要とな
害されることから、身の回り動作レベルのADLはある程
る。日常生活指導に際しては、まず初めに個々の異なる
度維持されていても、余暇、家事や家庭内の軽作業とい
居住地、家屋状況、酸素使用、介助体制などの生活環境
ったIADLを行うレベルにまでは達していない状況が伺
を把握した総合的な生活機能を評価し、必要な指導事項
われる。外出 や人付き合いの機会が減少する15)、家の中
を見極めていく。一般論ばかりではなく個別対応での実
で非活動的に過ごす時間が長くなる、息切れによる動作
践的指導を取り入ることで、指導効果は高まる。
の制限や高不安・抑鬱傾向の存在が感情的行動となって
現れる10)、さらに高齢患者が多いことは、加齢や引きこ
もりがちの生活環境といった生理的・社会的な弊害も考
3.肺気腫患者のHRQL
健康に関連したQOLをHRQL(health-related QOL)
と呼
えられる。
ぶ。筆者らはsickness impact profile(SIP)13)を使用して
肺気腫患者34名のHRQL評価を行った14)。SIPはBergner
4.COPDと作業療法
らによって開発された健康に関連している異常(機能不
COPDのような完治が困難な慢性疾患患者にとって
全)の行動面に基づいた国際的なgeneric HRQL測定法で
は、長い罹病生活の中でいかにADL能力を維持・拡大し、
ある。SIPの基本概念は、疾病はヒトの行動や役割に影
QOLを高く保持していくかが大きな課題となる。1993年
響を及ぼすことを前提に、疾病に関連した機能不全
に提唱された新たな呼吸リハの定義では、
「呼吸リハと
(dysfunction)を行動から評価するものである。SIPは身
は、肺疾患をもつ個人とその家族のための、通常学際的
体的領域(Physical)
、心理社会的領域(Psychosocial)
、
な専門家チームにより提供される多面的継続サービスで
それ以外の領域(Other life-quality )の3領域から構成さ
あって、かかる個人の最大限の自立および地域社会にお
れた12部門、136項目から成る。スコアが低いほどHRQL
ける役割回復を達成し、維持することを目標とする」と
は良好な状態を示す。
している 1)。息切れにより日常の活動が障害される
われわれが先に行ったHRQL調査では、肺気腫患者は
COPD患者は、できるだけエネルギーを節約した効率の
広汎なHRQL低下が認められた(図1)
。身辺処理より
良い生活の工夫が自立への一歩に結びつき、また身体的
も歩行・階段昇降といった運動量の多い行動 がより障
だけではなく精神的にも満足した生活を過ごすことがで
100
悪
Summary
Indices
S I P(%)
80
Physical
Scales
Other Life of
Quality Scales
Psychosocial
Scales
60
40
良
20
W
RP
HM
E
SR
EB
AB
C
SI
M
BC
M
A
ys
Ps
Ph
O
ve
r
al
l
ica
yc
ho
l
so
cia
l
0
図1 HRQL(Sickness Impact Profile )結果(n=34)
<最良:0%∼最悪:100%>
①+②+③:Overall
①Physical
②Psychosocial
③Other life quality
①Physical(身体的)
A:ambulation(移動)
M:mobility(可動性)
BCM:body care and movement
(身辺介護と運動)
②Psychosocial(心理社会的)
SI:social interaction(社会相互性)
C:communication (コミュニケーション)
AB:alertness behavior(行動の変化)
EB:emotional behavior(感情的行動)
─ ─
13
③Other life quality(その他)
SR:sleep and rest(睡眠と休息)
E:eating(栄養摂取)
HM:home management(家庭管理)
RP:recreation and pastimes(レク・娯楽)
W:working(雇用)
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
精神心理状態(不安),ADL,QOL.日呼管誌9:432−437,
きるようになって初めて、QOLの向上に繋げることが可
2000
能になると思われる。つまり、呼吸リハは身体的な機能
改善のみに注目したのでは、十分な成果は得られないと
11)後藤葉子,上月正博,渡辺美穂子,他:COPD重症度別にみた肺
気腫患者の日常生活における障害.日呼管誌9:231−237,1999
考える。ADLと呼吸パターンのマッチングや効率の良い
動作方法の習得は、日常生活をより快適に過ごす上で重
12)McSweeny AJ, Grant I, Heaton RK, et al.:Life quality of
要となる。しかし、さらにCOPD患者のQOLにまで視野
patients with chronic obstructive pulmonary disease. Arch Intern
を広げた場合、家事・外出・交通機関の利用などの
Med 142:473−478,1982
IADLの拡大や不安・抑鬱の緩和といった心理社会的な
13)Bergner, M., Bobbitt, R. A., Carter, W.B., et al.:The sickness
問題、居住空間を含む生活環境整備にも対応できる方策
impact profile:development and final revision of a health status
が要求されるのではないだろうか。
measure. Med. Care, 19,787−805,1981.
14)後藤葉子,上月正博,渡辺美穂子,他:慢性肺気腫患者の身体的
おわりに
因子とQOL, 日呼管誌8:258−264,1999
15)斉藤拓志,合田 晶,宮本顕二:在宅酸素療法患者のQOL−全
COPD患者の呼吸リハビリテーションを充実させるには、
広い視野で多面的にCOPD患者を捉えていく姿勢が重要で
ある。病気の回復や生命予後の改善は医療の重要な目的で
はあるが、患者が生活に満足しているか、疾病や治療によ
ってそれがどのように妨げられているかといった、患者側
の主観的な意識に関する検討も医療行為をおこなう上で重
要となる。今後、彼らのかかえる多くの問題を解決するに
あたっては、多職種の協業が必須であり、作業療法士もそ
の専門性を大いに発揮できる職種であると考える。
文 献
1)Gulsvik A:The global burden and impact of chronic obstructive
pulmonary disease worldwide. Monaldi archives for Chest Disease
56:261−264,2001.
2)Fishman AP:NIH Workshop Summary. Pulmonary rehabilitation
research. Am J Respir Crit Care Med 149:825−833,1994
3)Pulmonary Rehabilitation:Joint ACCP/AACVPR evidence-based
guideline. Chest 112:1363−1396,1997
4)Bickord LS, Hodgkin JE:National pulmonary rehabilition survey. J
Cardiopulm Rehabil 15:406−411,1995
5)後藤葉子,上月正博,渡辺美穂子,他:慢性肺気腫患者の身体的
因子とQOL, 日呼管誌8:258−264,1999
6)Kida K, Kudoh S and The Project Team:Pulmonary rehabilitation
program survey in North America and Europe. Am J Respir Crit
care Med 153:A781,1996
7)Kida K, Kudoh S and The Project Team:Pulmonary rehabilitation
program survey in Tokyo. Am J Respir Crit care Med 153:
A781,1996
8)American association of Cardiovascular & Pulmonary
Rehabilitation:Guidelines for Pulmonary Rehabilitation
Program.2nd ed, Human kinetics, IL,1998
9)日本呼吸管理学会リハビリテーションガイドライン作成委員会・
他(編):呼吸リハビリテーションマニュアル−運動療法−,
日本呼吸管理学会/日本呼吸器学会/日本理学療法士協会,2003
10)後藤葉子,上月正博,渡辺美穂子,他:重症肺気腫患者における
─ ─
14
国アンケート調査結果−,厚生省特定疾患「呼吸不全研究班」
,
平成5年度研究報告書. 64−71.1994
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
医療系女子学生の骨の健康に対する関心の有無と
骨の健康に良い食品の摂取頻度
井瀧千恵子1,林 裕子1,門間 正子1,高橋 英子2,山田 惠子3
札幌市および仙台市に在住する医療系女子学生257名(平均年齢19.7±1.9歳)を対象に、骨の健康に対
する意識の有無により食品摂取頻度に差があるかどうかを調査した。骨の健康に対する関心がある者
(以下、関心あり群)と関心のない者(以下、関心なし群)の2群にわけて解析を行った。対象者の
73.2%が骨の健康に関心を持っていた。関心あり群の38.8%、関心なし群の8.7%が骨の健康のために実
行していることがあると回答し、関心あり群での割合が高かった(p<0.001)。骨の健康に必要とされ
る栄養素を含む食品の中で牛乳・乳飲料、大豆製品の摂取頻度が、関心あり群で有意に高かった(p<
0.05)。食品摂取頻度を数量化した総得点は関心あり群で有意に高かった(p<0.001)。定期的に運動し
ている者の割合は関心あり群で30.6%、関心なし群で36.2%であり、有意な差は認められなかった。以
上の結果より、医療系女子学生に対して骨の健康に対する食生活の知識と関心を与える必要性が示唆さ
れた。
<キーワード> 医療系女子学生,骨への関心,食生活,骨密度
Intake frequency of foods considered good for bone health of female nursing and
paramedical students interested and not interested in health of bones
Chieko ITAKI1, Yuko HAYASHI1, Masako MOMMA1, Hideko TAKAHASHI2, Keiko YAMADA3
The aim of this study was to determine whether consumption of foods considered good for bone health was
associated with interest in the health of bones. The study subjects were 257 female nursing and paramedical
students aged 18 through 20 in a self-administered food frequency questionnaire survey. They were divided into two
groups, one interested in bone health and the other not. A total of 73.2% of subjects were interested in bone health.
Though 38.8% of the subjects interested in bone health answered "I am doing something good for bone health", only
8.7% of the subjects not interested in it did. Subjects who were interested in bone health more frequently drank milk
or milk-related beverages and soybean products than those who were not interested in it. The total quantified food
intake was higher in subjects who were interested in bone health than for those who were not interested in it. The
percentages of students who exercised regularly of both subjects who were interested in bone health and those who
were not were 30.6% and 36.2%, respectively and there was no significant difference between the groups.The
results of our questionnaire survey suggested the efficiency of education about bone health.
Key words: Female nursing and paramedical students, Interest in bone health, Dietary life, Bone mineral density
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:15(2004)
と下降し、閉経を迎えると急激な骨量の喪失を起こす2)。
Ⅰ.はじめに
そのため骨形成が最も活発である20歳前後に骨量を増やし
骨粗鬆症は、中年以降の女性に多く見られ、その要因は
ておくことが望ましい。
骨量に影響する要因として、運動や骨形成に関与する栄
多様であるが、成人期以降の生活習慣に大きく影響を受け
る病気であると言われている 。女性の骨量は思春期から
養素の摂取があり、骨形成には、カルシウム、ビタミンD
増加し、20歳前後までに最大に達し、40代以降はゆっくり
やタンパク質などを摂取する食生活並びに骨に負荷を与え
1)
札幌医科大学保健医療学部看護学科1、東北文化学園大学教務部2、札幌医科大学保健医療学部一般教育科3
井瀧千恵子,林裕子,門間正子,高橋英子,山田惠子
著者連絡先:井瀧千恵子 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学保健医療学部看護学科
─ ─
15
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
る運動が重要であることが知られている3)。そのような観
ら1つを選択させた。
(2)と(3)の実行内容や理由
点から、我々は前回、女子看護学生の骨の関心の有無が骨
については自由記載とした。
(Ⅱ)の食品摂取状況につ
密度や食生活を含む生活習慣とどのように関わっているの
いては「骨の健康にとって大切な食生活についておきき
かについて検討し報告した。その結果、骨に関心をもって
します」と記載した上で、骨の健康に必要とされるカル
いる者の約4割が運動習慣を有していたが、骨の関心の有
シウム7∼9)、マグネシウム8)、ビタミンD8、10)、ビタミン
無による運動習慣の差は認められなかった。また、食生活
K11、12)、イソフラボン11)を含む以下の食品の摂取頻度を
に関する調査では、関心のある群で乳製品を毎日摂取する
調べた。
(1)牛乳と乳飲料、ヨーグルト、チーズ、牛
者の割合が高いという結果を得られたが4)、調査が骨の健
乳を使ったアイスクリーム類の4品目…主としてカルシ
康に対する関心の有無と食生活に関連した項目を含んでい
ウムの供給源、
(2)大豆食品(納豆、豆乳、豆腐、油
なかったために、骨の健康に対する関心の有無と食生活に
揚げ、大豆水煮、きなこなど…カルシウム、マグネシウ
関して正確なデータを得ることはできなかった。そこで、
ム、ビタミンK、イソフラボンの供給源、
(3)色の濃
今回は骨に対する関心の有無と運動や食生活の関係を知る
い野菜(春菊、小松菜、ホウレンソウ、ブロッコリーな
目的で、改良した質問紙を使用し同時に対象者の人数を増
ど)…カルシウム、ビタミンKの供給、
(4)骨ごと食
やして、骨に対する関心の有無と骨の健康に良い食品の摂
べる小魚(煮干し、しらす干し、サクラエビなど)…カ
取頻度を検討した。その結果をもとに、骨量蓄積の適齢期
ルシウムの供給、
(5)海藻(ノリ、ワカメ、コンブ、
にある女子学生が骨に関心を持ち、骨の健康に良い食品を
モズクなど)…カルシウム、マグネシウムの供給、
(6)
摂取する有効性を考察し、医療系学生に対する教育の必要
魚(かれい、サケ、ウナギ、サバなど)…ビタミンDの
性を論じた。
供給。さらに、骨の健康に対して悪影響を与えるため摂
り過ぎに注意したほうが良いとされている(7)ハンバ
Ⅱ.研究方法
ーガーなどのファストフード、甘い飲料、スナック菓子、
(8)ダイエット食品についても摂取頻度を調査した。
1.調査対象
(1)については、・ほとんど摂らない、・ときどき摂
札幌市および仙台市に在住する医療系女子学生を対象
る、・毎日1本(個)
、・毎日2本(個)以上の4つの
に2003年8月から11月にかけてアンケート調査を行っ
選択肢から、
(2)から(7)については・ほとんど食
た。札幌市にある医療系女子学生135人(有効回答率
べない、・月に1∼2回、・週に1∼2回、・週に3∼
98.5%)
、仙台市にある医療系女子学生124人(有効回答
4回、・ほとんど毎日の5つの選択肢から選択させた。
率100%)から回答を得た。札幌市と仙台市の対象者の
(8)ダイエット食品については、・毎日利用する、・
身体特性に差が見られなかったので、合わせて分析した。
ときどき利用する、・ほとんど利用しない、・全く利用
対象者の身体特性は年齢:19.7±1.9(平均±SD)歳、身
しないの4つの選択肢から選択させた。
(Ⅲ)の運動につ
長:158.3±5.8㎝ 、体重:51.9±6.5㎏、BMI:20.7±2.2で
いては運動の有無を・はい、・いいえで質問し、はいと
ある。また対象者の一部に対して骨密度の測定を行った。
答えたものの内容については自由記載とした。
3.骨密度の測定方法
2.調査方法および調査内容
記名式による調査は講義時間を利用して行い、質問紙
超音波踵骨骨密度測定装置(AOS100:アロカ社)を
はその場で回収した。骨に関する意識調査には、先に発
用い、踵骨に超音波を照射し、超音波の音速(SOS)と
表した論文4)と同様に雪印乳業株式会社生活研究所が現
超音波の透過指標(TI)を計測し、音響的骨評価値
代の若い女性が骨の健康についてどう思っているかを調
(OSI)を算出した。演算式はOSI=TI×SOS2 であり、
査した質問紙5)を用いた。食物摂取状況に関する質問は
これを骨量の指標とした。
松田ら6)の簡易食物摂取状況調査票を一部改変して用い
た。
4.解析
質問紙の内容は、
(Ⅰ)骨に対する意識、
(Ⅱ)骨の健
骨に対する意識調査の中で、骨の関心の有無により対
康に関する食品の摂取状況、
(Ⅲ)運動習慣の有無であ
象者を「骨の健康に関心がある群」
(以下関心あり群)
る。
(Ⅰ)の骨に対する意識に関する質問は(1)骨の
と「骨の健康に関心がない群」
(以下関心なし群)の2群
健康への関心の有無、
(2)骨の健康のために実行して
に分けて解析を行った。さらに食品摂取頻度を以下に示
いることの有無とその内容、
(3)骨粗鬆症にならない
す基準で点数化した。方法の項で述べた乳製品につい
自信の有無とその理由である。
(1)と(2)について
て、・ほとんど摂らない、・ときどき摂る、・毎日1本
は、・ある、・ない、の2つの選択肢から、
(3)につ
(個)
、・毎日2本(個)以上をそれぞれ0点、1点、2
いては、・かなり自信がある、・まあ自信がある、・あ
点、3点として数量化し、2点以上を充足群、2点未満
まり自信がない、・全く自信がない、の4つの選択肢か
を不足群とした。(2)から(6)の食品群について
─ ─
16
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
は、・ほとんど食べない、・月に1∼2回、・週に1∼
を『関心なし群』とし、以下この2群間の比較を行った。
2回、・週に3∼4回、・ほとんど毎日をそれぞれ0点、
関心あり群188名中73名(38.8%)
、関心なし群69名中6
1点、2点、3点、4点として数量化し、週に3∼4回
名(8.7%)が「骨のために実行していることがある」と
以上摂取するものを良好と考え、
(2)から(6)のの
回答し、関心あり群の割合は関心なし群に比べその割合
得点の合計が15点以上を食品摂取頻度良好群とした。
が有意に高かった(p<0.001)
(図2−A)
。実際に骨の
(7)の食品群については、・ほとんど食べない、・月
健康のために実行しているものとして記入された内容を
に1∼2回、・週に1∼2回、・週に3∼4回、・ほと
表1に示したが、
「牛乳やヨーグルトなどを毎日摂取す
んど毎日をそれぞれ4点、3点、2点、1点、0点、
る」と答えたものが多かった。
「歳をとっても骨粗鬆症
(8)のダイエット食品については、・毎日利用す
にならない自信があるか」という質問に対し、
「かなり
る、・ときどき利用する、・ほとんど利用しないをそれ
自信がある」
、
「まあ自信がある」を『自信あり』
、
「あま
ぞれ0点、1点、2点、3点と数量化した。(7)と
り自信がない」
、
「全く自信がない」を『自信なし』とし
(8)の食品群については・月に1∼2回または・ほと
て関心の有無で比較すると、関心あり群の37名(19.7%)
、
んど利用しないを取りすぎていないものとして良好と考
関心なし群の24名(34.8%)が自信があると回答し、関
心なし群で自信ありと答えたものが有意に多かった
え、
(7)と(8)の得点の合計が11点以上を悪影響の
ある食品の非摂取群とした。群間の比率の差の検定には
(p<0.05)
(図2−B)
。
χ2検定を行った。平均の差の検定には対応のないt検定
を行った。また、骨密度と体格・食品摂取総得点の関連
A
骨の健康のために実行していること
実行していない
にはPearsonの相関係数を求めた。p<0.05未満を有意差
B
骨粗鬆症にならない自信
まったくない
あまりない
実行している
まあある
かなりある
あり、p<0.1未満を有意傾向ありとし、統計処理には
関心あり
関心あり
“SPSS for Windows 11.5J”を用いた。
*
***
5.倫理的配慮
調査は講義時間を利用して記名式で行ったが、研究目
関心なし
関心なし
的と研究方法の概要の説明を行い、調査結果は統計処理
0
し個人が特定されないこと、講義の成績には影響しない
50
100
0
割合(%)
50
100
割合(%)
ことを説明し、同意が得られた学生に対して協力を求め
図2 骨に対する関心の有無と骨の健康に関する意識
た。
***:p<0.001, *:p<0.05,n.s: not significant
Ⅲ.結 果
表1.骨の健康のために実行していること(n=82)
1.骨の健康に関する意識調査
牛乳・ヨーグルトなど乳製品を摂る*
青年期にある医療系女子学生が自分の骨の健康に対し
てどのような意識を持っているかを調べた。
「自分の骨
の健康に関心があるか」という問いに対し、
「ある」と
答えたものが188名(73.2%)
、
「ない」と答えたものが69
66
カルシウムを摂る
運動する
8
7
小魚などの魚を摂る**
日光にあたる
3
3
名(26.8%)であった(図1)。方法に示したように、
「自分の骨の健康に関心がある」と答えたものを『関心
あり群』
、
「自分の骨の健康に関心がない」と答えたもの
*:牛乳・ヨーグルトなどからカルシウムを摂ると答えた者を含む
**:小魚などからカルシウムを摂ると答えた者を含む
2.骨の健康に大切な食品の摂取頻度
乳製品の摂取頻度を図3に示した。「牛乳や乳飲料」
関心なし
を毎日1本以上摂取するものの割合は関心あり群で有意
に高かった(p<0.05)
。さらに「牛乳や乳飲料」
「ヨーグ
69名
ルト」
「チーズ」
「アイスクリーム」の4品目のうち、い
ずれか1品目を毎日摂取しているものを『乳製品摂取良
関心あり
188名
好群』として関心の有無で比較すると、関心あり群の
103名(54.8%)
、関心なし群の26名(37.7%)が良好群で
あり、骨に関心がある者のほうが乳製品を多く摂ってい
た(p<0.05)
(図4)
。次に骨の形成に必要なビタミン、
図1 女子学生の骨の健康に対する関心
ミネラルを多く含む食品の摂取頻度を図5に示した。図
─ ─
17
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
魚」
(p<0.1)で有意な傾向が認められた。さらにこれら
牛乳・乳飲料
関心あり
の食品5品目を解析で示した方法で数量化し、5品目の
*
関心なし
合計得点が15点以上を一般食品摂取頻度良好群とし、関
ヨーグルト
関心あり
心の有無で比較した。関心あり群の29名(15.4%)
、関心
n.s.
関心なし
なし群の4名(5.8%)が食品摂取頻度良好者であり、関
チーズ
関心あり
心あり群のほうが良好者の割合が高い傾向を示した
n.s.
関心なし
(p<0.1)
(図6)が有意な差は認められなかった。多量
アイスクリーム
関心あり
摂取が骨の健康に悪影響を与えるとされる嗜好食品3品
n.s.
関心なし
目とダイエット食品の摂取頻度を図7に示した。これら
0
20
40
60
80
100
割合(%)
時々飲む
(食べる) 毎日1本(個) 毎日2本(個)以上
ほとんど飲まない
の食品の摂取頻度は関心の有無で差が認められなかっ
た。さらにこれらの食品摂取頻度を数量化した結果を図
図3 骨に対する関心の有無と乳製品摂取頻度
8に示した。嗜好食品摂取頻度とダイエット食品の摂取
*:p<0.05,n.s.:not significant
p<0.1
18
p<0.05
16
60
14
12
割合(%)
割合(%)
50
40
10
8
30
6
20
4
10
2
0
0
関心あり
関心あり
関心なし
関心なし
図4 骨に対する関心の有無と乳製品摂取頻度の充足者※の割合
※:図3に示した4品目の乳製品について、最低1品目を毎日1本
図6 骨に対する関心の有無と骨の健康によいとされる栄養
素を多く含む食品摂取充足者※の割合
※:図6の5品目の食品について、「ほとんど食べない」を0点、「月に
1∼2回食べる」を1点、「週に1∼2回食べる」を2点、「週に3∼4
回食べる」を3点、
「ほとんど毎日食べる」を4点として数量化し、合計
点が15点以上の者を充足者とした。
(個)以上摂取している者を乳製品摂取充足者とした。
大豆食品
関心あり
*
関心なし
ファーストフード
関心あり
色の濃い葉野菜
n.s.
関心あり
関心なし
n.s.
関心なし
甘い飲料
小魚
関心あり
関心あり
#
関心なし
n.s.
関心なし
海藻
関心あり
スナック菓子
n.s.
関心なし
関心あり
白身魚・青魚
n.s.
関心なし
関心あり
n.s.
関心なし
0
ほとんど食べない
20
月に1∼2回
40
60
割合(%)
週に1∼2回
80
0
ほとんど食べない
週に3∼4回
20
40
60
割合(%)
100
月に1∼2回
週に1∼2回
ほとんど毎日
80
週に3∼4回
100
ほとんど毎日
ダイエット食品
図5 骨に対する関心の有無と骨の健康によいとされる栄養
素を多く含む食品の摂取頻度
関心あり
*:p<0.05,#:p<0.1,n.s.:not significant
関心なし
n.s.
0
5に示した全ての食品において、その食品を週に3∼4
毎日利用する
20
40
時々利用する
60
80
100
割合(%)
ほとんど利用しない 全く利用しない
回以上摂取しているものの割合は関心群で高い傾向を示
図7 骨に対する関心の有無と嗜好食品・ダイエット食品摂取頻度
し、
「大豆食品」で有意な差が認められ(p<0.05)
、
「小
n.s.:not significant
─ ─
18
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
n.s.
50
n.s.
60
40
割合(%)
割合(%)
50
40
30
30
20
20
10
10
0
0
関心あり
関心あり
関心なし
※
図8 骨に対する関心の有無と嗜好食品摂取頻度が良好な者
※:骨の健康に影響を与える3品目の嗜好品について、「ほとんど食べ
ない」を4点、「月に1∼2回食べる」を3点、「週に1∼2回食べる」
を2点、
「週に3∼4回食べる」を1点、
「ほとんど毎日食べる」を0点、
また、ダイエット食品の摂取については「毎日利用する」を0点、
「時々利用する」を1点、「ほとんど利用しない」を2点、「全く利用し
ない」を3点として数量化し、合計点が11点以上の者を嗜好品の摂取
が良好な者とした。
n.s:not significant
図10
関心なし
骨に対する関心の有無と定期的な運動習慣
n.s:not significant
3.骨の健康に対する意識と定期的な運動の実施状況
骨の健康に対する関心の有無で骨の健康のために運動
を行っている者の割合に差があるかどうかを比較した。
対象者257名の82名(32.3%)が運動を行っていた。関心
の有無で比較すると関心あり群の57名(30.6%)
、関心な
し群の25名(36.2%)が運動をしており、両群間で有意
A
B
18
34
16
32
14
総得点(点)
割合(%)
20
バランスよい食事を摂取している者
n.s.
12
10
8
6
食事摂取頻度の総得点
な差は認められなかった(図10)
。
p<0.001
4.骨密度とBMIならびに食品摂取頻度
30
札幌市在住の女子学生について骨密度を測定した。対
28
象者の平均骨密度は2.87±0.34であった。関心あり群の平
26
均骨密度は2.87±0.34、関心なし群の平均骨密度は2.88±
24
4
0.37であり、両群間で有意な差は認められなかった。図
22
2
0
20
関心あり
関心なし
関心あり
関心なし
35
図9 骨に対する関心の有無と骨の健康によい食品全体の
摂取状況
r=0.511
p=0.000
30
n=91
25
BMI
図9−A:対象者全体の中で図4、図6で示した食品の摂取を同時に充
足しており、さらに図8で示した嗜好食品の摂取が良好の者の割合を示
した。
20
15
図9−B:調査した食品摂取状況を数量化して表した図4、6、8の点
数の合計を関心の有無で比較した。
n.s.:not significant
y=2.895x+12.212
10
5
0
0
頻度の合計得点が11点以上を嗜好食品摂取頻度良好群と
1
2
3
4
5
骨密度(音骨評価)
し、関心の有無で比較した。関心あり群の110名(58.5%)
、
図11
関心なし群の37名(53.6%)が良好群であり、両群の間
骨密度とBMIの関連
で有意な差は認められなかった。さらに全ての対象者に
なものを「バランスが良い食事を摂取しているもの」と
し、関心の有無で割合に差があるかどうかを図9−Aに
示した。図に示したように関心の有無でその割合に差は
認められなかった。また、図3、5、7で示した各食品
摂取頻度を数量化した得点の合計点を関心の有無により
45
食品摂取頻度総得点(点)
対して図4、6、8で示した食品全ての摂取頻度が良好
比較した(図9−B)
。関心あり群の合計点が29.4±5.3点、
関心なし群の合計点が26.9±5.1点で、骨に関心あり群の
r=-0.08
40
p=0.455
35
n=91
30
25
20
15
10
5
0
0
1
2
3
骨密度(音骨評価)
得点が有意に高かった(p<0.001)
。
図12 骨密度と食品摂取頻度総得点
─ ─
19
4
5
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
11に骨密度とBMIの関連を示した。図に示すように骨密
する食品の摂取に関しては、全体的に摂取頻度は低いもの
度はBMIが増加すると高い価を示した(r=0.511)
。さら
の、関心あり群でより良く摂取する傾向があることがわか
に図12に骨密度と食品摂取頻度総得点を示した。骨密度
った。品目別にみても、どの食品についても関心あり群が
と食品摂取頻度総得点の間には明確な相関は認められな
摂取する頻度が高かった。特に大豆食品、小松菜などの色
かった。
の濃い野菜をほとんど食べないという者の割合が関心なし
群で多かった。豆腐、納豆などの大豆食品は乳製品と同様
Ⅳ.考 察
に比較的手間をかけずに摂取することが可能である。また
カルシウムのみならず、骨吸収を抑制しカルシウムの尿中
我々は本論文で、青年期にある医療系の女子学生を対象
排泄を抑制する作用を有するビタミンK11)、骨の構成成分
に骨の健康に関する意識調査を行い、骨の健康に対する
であるマグネシウム8)、骨粗鬆症予防効果を持つイソフラ
「関心」の有無によって、
「骨の健康に関する食生活」や骨
ボン11)などの栄養素を含む。日本人のカルシウム摂取量は
量に違いがあるか否かを検討した。
欧米に比べて著しく低いにもかかわらず、日本人の骨粗鬆
骨の健康に対する意識調査では、対象者の7割以上が
13)
「自分の骨の健康に関心がある」と答えており、西田ら
症による骨折の頻度は欧米に比べて少ない。土田らによる
40歳代の日本人女性995名を対象に行った疫学調査でカル
や木口ら4)が看護学生に実施した結果と同様であった。実
シウムの摂取量と骨密度に有意な差が認められず、カルシ
際に「骨の健康のために実行している」ものの割合は関心
ウムの摂取量で補正した平均骨密度とカルシウムを含む食
あり群で有意に高かったが、
「骨粗鬆症にならない自信」
品の摂取量との相関性を調べたところ大豆の摂取量と有意
は有意差が認められないものの関心なし群の割合が多かっ
な相関が見られた16)。またカルシウムの摂取量が日本人よ
た。これらの結果は関心を持ったことがないために骨の健
り多いにもかかわらず骨粗鬆症による骨折が多いヘルシン
康に対して正しい理解がなされていないために「自信があ
キと日本との共同研究で、日本人の血中および尿中イソフ
る」と答えている場合や、反対に骨粗鬆症と運動や日光浴
ラボン量が多いことがわかり、大豆摂取量との関連につい
のかかわりについての一定の理解があり、自身が活動的で
て報告している17)。以上の結果から、骨密度に影響を与え
健康に心配ないと考えているために関心を示さないケース
る食品としての大豆製品の有効性はもっと強調されてもよ
もあるかもしれない。現段階では関心の有無で実際の骨密
いと考える。一方野菜は、ゆでるなど加熱調理をしなけれ
度に有意な差は認められなかったが、本論文で関心あり群
ばならないため摂取に手間がかかるにも関わらず、関心あ
の方が骨の健康に良い食品の摂取頻度が良いものの割合が
り群の約半数の者が、週に3、4回以上摂取していた。調
多いことが示された。骨の健康に良い食品を意識的に長期
理に手間がかかる食材であってもビタミン、ミネラルが豊
間摂取することは、骨密度に良い影響をもたらすことを考
富に含まれる食品を多く摂取する傾向があることは、骨の
えると、骨の健康に関心を持つことが将来的な骨粗鬆症の
関心と行動が結びついている一面でもあると言える。
予防行動へつながる可能性を含んでいると考える。
多量に摂取することで骨の形成に悪影響を及ぼすと言わ
対象者の多くが乳製品の中でも牛乳・乳飲料とヨーグル
れる食品、いわゆる嗜好品の摂取頻度は予想に反して骨の
トを摂取していた。特に関心あり群の35.6%、関心なし群
関心の有無にかかわらず少なく、半数以上の者が良好なも
の18.8%が牛乳・乳飲料を毎日1本以上摂取しており、骨
のに属していた。甘い飲料やスナック菓子の摂取が青年期
の健康のために実行している内容の中で、乳製品を摂るよ
の食生活で問題となっている18)ことと比較すると、本研究
う努力していると記載していることと一致する。また、こ
の対象者は嗜好品に関する食生活は良好であると思われ
の結果は昨年の我々の調査で、骨に関心のある者が牛乳や
る。これは対象者が医療系女子大生であり、健康と栄養と
4)
ヨーグルトの摂取頻度が高いという結果とも一致していた 。
いう観点からの講義を受ける機会が多いことが影響を及ぼ
図4で示したように関心あり群の54.8%、関心なし群の
していると考えられる。
本研究で、一部の対象者について骨密度を測定した。
37.7%がいずれかの乳製品を毎日一回以上摂取していた。
これらの乳製品は調理しなくても摂取でき利用しやすい食
BMIの高いものは骨密度が高い傾向に有り、骨密度とBMI
品であるため、手軽に高頻度に摂取できる利点がある。牛
の間に有意な正の相関が認められた。骨密度とBMIの相関
14)
乳のカルシウム吸収率は野菜のカルシウムに比べて良く 、
は先行研究19)で明らかにされており、本研究でも同様の傾
また牛乳中のタンパク質には骨を強くする乳塩基タンパク
向が認められた。体重が多いことによって、骨にかかる負
14)
質が含まれている ため、カルシウムを摂取するには良い
荷が増加するため、BMIが大きいほど骨密度が高いことは
食品であると言われている。しかし、牛乳1本に含まれる
すでに知られている。青年期の女性には不必要なやせ願望
15)
カルシウム量は220mgであるため 、一日のカルシウム所
があり20、21)、ダイエットを経験している者も多く、骨量が
要量である600mgを摂取するにはその他の食品を組み合わ
ピークに達する世代の過度なやせは社会的に問題となって
せて摂取する必要がある。
おり、骨密度に影響することが予測される。今後、骨密度
骨の形成に影響を及ぼすビタミン、ミネラルを多く含有
を増加させるための指導として、食生活のみならず極端な
─ ─
20
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
痩せ願望の防止なども視野にいれる必要があると考える。
3)山田惠子:骨粗鬆症と食生活.札幌医科大学保健医療学部紀要
6:1−8,2003
食生活の全体的なバランスと骨密度の関連は現段階では認
められなかったが、先にも述べたようにバランスの悪い食
4)木口幸子,門間正子,林裕子他:女子看護学生の骨に対する関心
生活の継続は今後の骨密度に悪影響を与えると考えられ
の有無と骨量および生活習慣.札幌医科大学保健医療学部紀要
る。
「自分の骨の健康に自信がない」
、
「骨粗鬆症にならな
6:19−26,2003
い自信がある」と答えた学生も将来骨粗鬆症に移行する可
5)雪印乳業株式会社健康生活研究所編:若い女性の“骨と健康”調
査.2001
能性があることを理解し、青年期に十分な骨量を蓄積する
ための栄養摂取が必要であることを指導していく必要があ
6)松田 朗:平成9年度老人保健事業推進等補助金研究,−高齢者
の栄養管理サービスに関する研究−報告書.237−240,1998
る。
骨の関心の有無と骨の健康のために実施する運動・スポ
7)塚原典子,江澤郁子:骨粗鬆症の予防と栄養−栄養と運動,予防
の視点から−.臨床栄養 99,284−289,2001
ーツの実行には関連は認められなかった。骨の健康のため
にはウォーキングやジョギングなどの陸上での運動が必要
8)広田孝子,広田憲二:骨粗鬆症の予防と栄養−骨粗鬆症の食事療
である22)が、骨の健康のために実施している内容としてウ
法−.臨床栄養 99:290−297,2001
ォーキングなどを意識して行っている者は7名と少なかっ
9)福岡秀興:カルシウムの所要量.Health Digest 16:1−11,2000
た。これは、骨形成のために運動が必要であるという知識
10)小林 正:カルシウムとビタミンDの栄養学,健康の科学シリー
が不足していることや、運動の必要性を知っていても手軽
ズ4,成人病とビタミン,日本ビタミン学会監修,美濃真,糸川
嘉則,小林正編,学会出版センター,1996,p1−28
に取り組む状況にないことが関係していると推測される。
今回調査した医療系女子学生の7割以上が骨の健康に関
11)腰原康子,海老澤秀道:骨粗鬆症の予防と栄養−ビタミンKとイ
ソフラボン−.臨床栄養 99,305−311,2001
心を持っていることがわかった。これは対象者が医療系学
生であることの影響も大きいと考えられる。骨形成に必要
12)Hara K, Akiyama Y, Nakamura T et al.:The inhibitory effects of
とされる栄養素を多く含む食品の摂取頻度は関心あり群が
vitamin K2 (menatetrenone) on bone resorption may be related
to its side chain.Bone 16:179−189,1995
有意に高い割合であったことから、骨形成と食品に関する
知識を今後も講義などを通して推奨していく必要がある。
13)西田弘之,竹本康史,横山強他:女子看護学生の入学時から2年
しかし、骨の健康にとって食品摂取と同様重要とされる運
間の骨密度推移と生活習慣の関係について.学校保健研究 41:
動やスポーツを行っているものの割合は予想より少なく、
12−20,1999
骨の健康と運動がむすびついていない可能性が考えられ
14)上西一広,江澤郁子,梶本雅俊他:日本人成人女性における牛乳,
小魚(ワカサギ,イワシ)
,野菜(コマツナ,モロヘイヤ,オカ
た。今後、骨の健康のために必要な運動、スポーツに関す
ヒジキ)のカルシウム吸収率.栄食誌 51:259−266,1998
る知識を食品の知識と同時に提供する必要があると考え
る。また、今後は骨の健康のために手軽に生活に取り入れ
15)香川芳子監修:五訂食品成分表2003.東京,女子栄養大学出版部,
2003,p206
ることができる乳製品、大豆食品摂取の推奨のみならず骨
の形成に必要なビタミン、ミネラルを手軽に摂取できる方
16)Tsuchida K, Mizushima S, Toba M, Soda K:Dietary soybeans
法や、ウォーキングなど気軽で継続できる運動を推奨する
intake and bone meniral density among 995 middle-aged women in
Yokohama. J Epidemiol 9:14−19, 1999
必要がある。本調査の対象者の多くが将来医療職に携わる
ことから、自らが骨に関心を持つだけではなく、骨形成に
17)Adlercreutz H, Markkanen H, Watanebe S:Plasma concentration
必要な食品摂取や運動の必要性を指導する立場として十分
of phyto-oestrogens in Japanese men. Lancet 342:1209−1210,
な知識を身につけるための教育が必要であり、今後有効な
1993
18)木村みさか, 糸井亜弥, 中井怜子他:女子学生の活動量と栄養摂取
教育方法を検討していきたい。
に関する調査(第1報)平成13年度看護系大学入学生における
調査結果.京都府立医科大学看護学科紀要 12:83−89,2001
謝 辞
19)河野節子,伊藤雅子,越前昌代:食事摂取量及び活動強度が骨密
度に及ぼす影響.名古屋女子大学紀要 49:89−97,2003
本研究の趣旨を理解し、調査に協力をいただいた札幌市
および仙台市の医療系女子学生の皆様に感謝いたします。
20)高橋英子,山田正二,大柳俊夫他:青年期男女学生の体型別痩せ
志向と食生活に関する意識調査.札幌医科大学保健医療学部紀
要 5:9−16,2002
文 献
21)間 文彦,平澤久一,間 裕美子:看護学生のダイエット願望と
食生活の実態.和歌山県立医科大学看護短期大学部紀要 5:
1)深山雅人,石河 修:女性病態医学講座 骨粗鬆症.ペリネイタ
63−67,2002
ルケア 20:594−598,2000
2)水沼英樹:閉経と骨形成.松本俊夫編.骨粗鬆症.東京,羊土社,
22)Recker RRDavies KM.Hinders SM et al.:Bone gain in young
adult women.JAMA 268:2403−2408,1992
1995,p60−61
─ ─
21
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
男子学生(高校生,専門学校生,大学生)の痩せ願望の有無
による体型評価と体型誤認
高橋 英子1,川端 朋枝2,山田 正二3,宮下 洋子4,大浦 麻絵5,山田 惠子6
高校、専門学校、大学に通う男子を対象に、痩せ志向の有無を調査し、痩せ願望の有無と体型評価、体
型誤認について調査した。高校生の体重、BMIは専門学校生、大学生に比べて低かった。高校生の
30.9%、専門学校生の43.0%、大学生の38.8%が痩せ願望を有し、青年期男子の割合が思春期男子より高
かった。痩せ願望群と非痩せ願望群の体型の比較では、高校生、専門学校生、大学生共に肥満傾向にあ
るもの(BMI≧25.0)の割合が痩せ願望群で高かったが、痩せ願望群の81.9%(高校生)、74.7%(専門
学校生)、68.2%(大学生)が標準体重の範囲内であった。痩せ願望の有無によって自己の体型評価が
異なるかどうかを検討したところ、痩せ願望群で51.7%(高校生)、68.4%(専門学校生)、78.2%(大学
生)が自分の体重を「やや太っている」あるいは「太っている」と評価し、その割合は非痩せ願望群よ
り高かった。実際の体型に対して正しい評価をしているかどうかを痩せ願望の有無で比較した結果では、
痩せ願望の25.0%(高校生)、30.2%(専門学校生)、37.9%(大学生)が、非痩せ願望群の24.0%(高校
生)、28.1%(専門学校生)、22.2%(大学生)が体型誤認をしていた。痩せ願望群の体型誤認者の大部
分は実際の体型より「太っている」と評価していた。一方非痩せ願望群では反対に実際の体重より「痩
せている」と評価する者が多かった。どの年代もダイエット経験の回数が痩せ願望群で多かった。これ
らの結果は不必要な痩せ願望の背景に誤った体型評価があることを示唆している。
<キーワード> 男子高校生、青年期男子学生、痩せ願望、体格評価、体型誤認
Perception and misconception about one’
s own physique of high school, vocational school and
university male students desiring weight loss
Hideko TAKAHASHI1, Tomoe KAWABATA2, Shoji YAMADA3, Yoko MIYASHITA4, Asae OHURA5, Keiko YAMADA6
The aim of this study was to determine whether the desire for slenderness was associated with the perception and
misconception of one's own physique. The study subjects were 287 male students of high school, 321 male students
of vocational school and 170 male university students, who were targeted in a self-administered questionnaire
survey. They were divided into two groups, those desiring weight loss and those not. The results obtained for desiring
weight loss revealed that 30.9% of high school students, 43.0% of vocational school students and 38.8% of university
students desired weight loss, but 81.9 %, 74.7% and 68.2% of high school, vocational school and university students
in this group had a 18.5≦BMI<25.0, i.e., were in normal weight range, respectively. Among those desiring weight
loss, 25.0% of high school students, 30.2% of vocational school students and 37.9% of university students and in
those not desiring it, 24.0% of high school students, 28.1% of vocational school students and 22.2% of university
students had misconceptions about their weight. Almost all students who had a misconception about weight in the
group desiring weight loss overestimated their physiques, while in the other group, subjects were apt to
underestimate their physiques, irrespective of age. The number of subjects who had dieted more than 5 times was
higher among those desiring weight loss. These results demonstrated that misconception of one's own physique was
associated with their unnecessary weight loss.
Key words: High school students, Adolescent males, Desire for weight loss, Perception and misconception about
one's own physique
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:23(2004)
─ ─
23
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
はじめに
方 法
我が国の食生活は飽食の時代を迎えているが、一方では
1.調査対象
健全な食生活とは言えない様々な課題も見られるようにな
高校生、専門学校ならびに大学に在籍している男子を
ってきている。その中の一つに10代、20代の痩せ志向があ
対象に2003年6月から11月にかけてアンケート調査を行
り、若年性女性の肥満はむしろ少ない。肥満が生活習慣病
った。高校生は札幌市にある私立高校に在籍している1
1)
の危険因子のひとつであるという観点 から考えるとこの
年生289人(うち有効回答者287人)
、専門学校生は宮城
現象は望ましいとも考えられる。しかし、平成14年国民栄
県仙台市にある医療福祉系に在籍している1∼3年生
2)
養調査結果 によるとダイエットが必要なほど太っている
328人(うち有効回答者317人)
、大学生は宮城県仙台市
(BMI≧25)割合は若年女性(20−29歳)全体の7%であっ
た。一方、その26%が痩せとされる18.5未満であった。そ
にある医療福祉系大学に在籍している1∼3年生171人
(うち有効回答者170人)である。
して実際の体型が肥満でないにもかかわらず、痩せたいと
考える痩せ願望に陥っている場合が多いこと3−6)が報告さ
2.調査方法と調査内容
れている。思春期、青年期は男女ともに心身の成長期、成
1)身長と体重の調査
熟期であり、特に女性においては将来母親になるための準
身長、体重を測定し、身長、体重から Body mass
index:BMI[体重(㎏)/身長(m)2]を算出した。
備期間としても重要である。
一方、男性においては肥満者の割合が年々増加している
また理想とする体重を記入させ、それに対応するBMI
2)
ことが示されており、平成14年の国民栄養調査 では20∼
値を算出した。
2)質問紙による調査
29歳男性の17.5%がBMI値25以上を示しており、その割合
は20年前にくらべて約1.5倍に増加している。また、若年女
記名式による調査は講義時間を利用して行い、質問
性で割合の高かったBMI1値18.5以下の者の割合は8.1%であ
紙はその場で回収した。調査には山口ら6)が女子学生
78)
った。体型評価や痩せ願望に関する研究はこれまで中学生
4)
に対して行った質問紙を一部改変して用いた。
、
3∼6)
女子高校生 、青年期女子
質問紙の内容は、1)自分の体型評価、2)今後の
を対象にしたものが多く、
男子高校生、青年期男子に関する研究は少ない9∼11)。そこ
理想体型、3)理想体型になりたい目的、4)減量法
で先に我々は専門学校に通う青年期男子の体型別の痩せ願
を初めて経験した実施時期と5)経験回数である。1)
望と食生活への関心度などの調査を行った12)。その結果、
の体型評価は・痩せている、・やや痩せている、・普
青年期男子の48.9%が痩せ願望を持ち、さらに痩せる必要
通、・やや太っている、・太っている、の5つの選択
のないBMI <22群の22%が痩せ願望を持っていることが明
肢から、2)今後の理想体型は・太りたい、・部分的
らかとなった。またその一方で、男子学生は肥満傾向や食
に太りたい、・このままでよい、・部分的に痩せた
生活に対する意識が女子学生に比べて低いことが明らかに
い、・痩せたい、の5つの選択肢から、3)の理想体
なった。自己の体型を正確に認識することは、健康づくり
型になりたい目的は・美しくなりたい、・健康であり
の基礎であり、生活習慣病や様々な「不健康」予防を計る
たい、・体型が気になる、・体の調子が悪い、・強く
ための第一歩と考える。そこで、今まで対象にされること
なりたい、・何となく、・その他の7つの選択肢から
の少なかった男子を対象に、本研究で痩せ願望者の有無と
一つを選ばせた。4)の減量法を初めて経験した時期
体型評価、体型誤認を調査した。その結果、男子において
については・小学生、・中学生、・高校生、・高校卒
も3割を越える者が痩せ願望を有したが、その約7割が理
業後の4つの選択肢から、5)の経験回数は・1
想体重の範囲内であり、自分の体型を実際より太っている
回、・2∼4回、・5回以上の3つの選択肢から一つ
と認識している体型誤認の割合が痩せ願望群で多く、不必
を選ばせた。
要な痩せ願望の背景に誤った体型評価があることが示唆さ
れた。以上の結果をもとに思春期、青年期男子に対する健
3.グルーピング
2)の今後の理想体型の回答における「部分的に痩せ
康教育の必要性を考察した。
たい」
、
「痩せたい」と回答した者を『痩せ願望』
、それ
以外の「このままでよい」
、
「やや太りたい」
、
「太りたい」
と回答した者を『非痩せ願望』の2グループにわけて解
析を行った。
1
2
東北文化学園大学教務部 、北海高等学校 、北海道教育大学教育学部札幌校自然生活教育系3、札幌医科大学部医学部生物学講座4、札幌医科大学医学部
公衆衛生学講座5、札幌医科大学保健医療学部一般教育科6
高橋英子,川端朋枝,山田正二,宮下洋子,大浦麻絵,山田惠子
著者連絡先:高橋英子 〒981−8551 仙台市青葉区国見6丁目45−16 東北文化学園大学教務部
─ ─
24
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表1 男子高校生、専門学校生、大学生の身体特性
高校生
専門学校生
大学生
人数
年齢
(yrs)
身長
(cm)
体重
(㎏)
BMI
(㎏/m2)
理想体重
(㎏)
理想BMI
(㎏/m2)
285
321
170
15.3±0.5
19.5±1.6
19.1±0.8
170.7±5.6
171.9±5.9
171.7±6.0
60.7±9.5*
64.7±11.1
64.2±10.4
20.9±3.1*
21.9±3.4
21.7±3.2
−
62.9±6.6
62.7±6.7
−
21.3±1.9
21.3±1.9
表示は means ±SD
*専門学校生、大学生との間でp<0.001で有意差があった(Mann-WhitneyのU検定)。
4.解析
おいて「部分的に痩せたい」
、
「痩せたい」と回答したも
高校生、専門学校生、大学生の3群の間の体重、BMI
のを『痩せ願望』群、それ以外の「太りたい」
、
「部分的
の値の差の検定はMann-WhitneyのU検定、
「やせ願望」
に太りたい」
、
「このままでよい」と回答したものを『非
と「非やせ願望」の2群、高校生、専門学校生、大学生
痩せ願望』群として、対象者について痩せ願望の有無を
2
の3群の間の比率の差の検定にはχ 検定または Fisher
比較した。図2−Aに示したように、高校生の30.9%、
の正確な検定を用いた。なお統計処理は、SPSS for
専門学校生の43.0%、大学生の38.8%が痩せ願望を有して
Wnidows 7.5.2 J を用いた。
おり、高校生の痩せ願望者の割合は専門学校生(P<
0.005)
、大学生(P<0.10)より低かった。さらに、痩せ
5.倫理的配慮
願望者に対してどのような目的で痩せたいと考えている
調査は講義時間を利用して行い、質問紙はその場で回
のかを調べた(図2−B)
。痩せ願望者の41.6%(専門学
収した。研究目的と研究方法の概要の説明を行い、研究
校生)
、50.7%(大学生)が美容を目的に痩せたいと思っ
結果は全て統計的に処理し、個人の資料は公表しないこ
ており、その割合は大学生の方が高い傾向を示したが有
とを説明し理解と協力を求めた。
意差は認められなかった。
結 果
2.痩せ願望の有無と体型評価
『痩せ願望』群の身体特性を表2に示した。高校生、
1.身体的特性と痩せ願望の割合
専門学校生、大学生のいずれにおいても痩せ願望群の体
対象者の男子学生の身体的特性を表1に示した。身長
重、BMI値が非痩せ願望群より高かった(P<0.001)
。
は各群で差が見られなかったが、高校生に比べて専門学
A
校生、大学生の体重、BMIが高かった(P<0.001)
。図
痩せ願望
1に対象者のBMI値の分布を示した。分類は日本肥満学
高校生
会によるBMI判定規準13)を用いた。高校生の72.5%、専
(n=285)
門学校生の77.1%、大学生の79.4%が正常範囲のBMI値
非痩せ願望
p<0.005
専門学校生
(18.5≦BMI<25.0)を示したが、高校生の20.4%、専門学
校生の11.0%、大学生の12.4%がBMI<18.5の痩せ、高校
(n=321)
大学生
(n=170)
生の7.0%、専門学校生の11.9%、大学生の14.1%がBMI≧
0
20
40
BMI
18.5
22.0
25.0
30.0
高校生
¶
(n=285)
†
B
100
100
美容群
割合(%)
向にあるものの割合が低かった。次に体型希望の回答に
80
割合(%)
25.0の肥満状態にあり、高校生は専門学校生(P<0.005)
、
大学生(P<0.01)に比べて痩せの割合が高く、肥満傾
60
75
健康群
その他
50
25
専門学校生
0
(n=321)
大学生
(n=170)
0
20
40
60
80
専
100
門
学
校
生
大
学
生
図2 男子学生の痩せ願望と痩せ願望の目的
A:男子学生の痩せ願望の割合
B:男子学生の目的志向別痩せ願望の割合
χ2検定
割合(%)
図1 男子学生のBMI分布
¶:p<0.002 ,†:p<0.01(χ2検定)
─ ─
25
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表2 痩せ願望の有無による男子学生の身体特性
高校生
痩せ願望
非やせ願望
専門学校生
痩せ願望
非痩せ願望
大学生
痩せ願望
非痩せ願望
人数
年齢
(yrs)
身長
(cm)
体重
(㎏)
BMI
(㎏/m2)
理想体重
(㎏)
理想BMI
(㎏/m2)
88
197
15.3±0.5
15.3±0.5
170.9±5.8
170.4±5.4
67.5±10.0*
57.6±7.5
23.2±3.1*
19.8±2.4
−
−
−
−
138
183
19.6±1.7
19.3±1.5
171.5±6.4
172.3±5.4
70.7±11.8*
60.2±8.0
24.0±3.6*
20.2±2.2
62.7±7.0
63.0±6.2
21.3±1.7
21.2±2.1
66
104
19.0±0.7
19.1±0.8
171.0±6.1
172.4±5.9
70.3±11.9*
60.3±7.0
24.0±3.5*
20.3±1.9
62.2±7.0
63.2±6.3
21.3±1.9
21.3±1.8
表示はmeans ±SD
*痩せ願望と非痩せ願望との間でp<0.001で有意差があった(Mann-WhitneyのU検定)。
痩せ願望
BMI
22.0
25.0
30.0
高校生(n=88)
*
専門学校生(n=138)
*
大学生(n=66)
*
非痩せ願望
18.5
高校生(n=197)
専門学校生(n=183)
大学生(n=104)
0
20
40
60
80
100
割合(%)
図3 男子学生の痩せ願望の有無とBMI分布
*p<0.001(χ2検定)
全体
高校生(n=283)
専門学校生(n=319)
大学生(n=167)
高校生(n=87)
専門学校生(n=136)
大学生(n=64)
高校生(n=196)
専門学校生(n=183)
大学生(n=103)
0
痩せ
やや痩せ
普通
やや太い
痩せ願望
太い
# ¶
*
#
#
非痩せ願望
20
40
60
80
100
割合(%)
図4 男子学生の痩せ願望の有無による体型評価
#:p<0.0001,¶:p<0.02,*:p<0.001(χ2検定)
図1と同様に痩せ願望の有無によるBMI分布を図3に示
共に痩せ願望群で高かった(P<0.0001)が、一方高校
した。BMI≧25.0の割合が高校生、専門学校生、大学生
生の81.9%、専門学校生の74.7%、大学生の68.2%が標準
─ ─
26
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
学校生の28.7%(体型誤認者の95.0%)
、大学生の37.9%
体重の範囲内であった。
(体型誤認者の100%)の者が自己を実際の体重より「太
っている」と評価する体型誤認をしていた。一方、非痩
3.痩せ願望の有無と体型評価・体型誤認
せ願望群では、高校生の10.2%(体型誤認者の 42.5%)
、
我々は先に女子学生において実際の体型が標準である
にかかわらず痩せ願望が強いことを報告し、その背景に
専門学校生の17.8%(体型誤認者の63.6%)、大学生の
体型誤認があることを示した12)。そこで男子学生につい
13.5%(体型誤認者の60.8%)が反対に実際の体重より
ても自分の体型をどのように認識しているのかを質問し
「痩せている」と評価していた。すなわち実際の体型を
た。図4に示すように高校生の22.3%、専門学校生の
太っていると評価した者の割合は痩せ願望群に高く(高
34.2%、大学生の33.0%が「やや太っている」あるいは
校生:P<0.10、専門学校生:P<0.001、大学生:P<
「太っている」と評価していた。さらに痩せ願望の有無
0.0001)
、実際の体型を痩せていると評価した者の割合は
によって自分に対する体型評価が異なるかどうかを検討
非痩せ願望群で高かった(高校生:P<0.05、専門学校
したところ、痩せ願望群では高校生の51.7%、専門学校
生:P<0.0001、大学生:P<0.002)
。
生の68.4%、大学生の78.2%が自分の体型を「やや太って
4.痩せ願望の有無とダイエット経験
いる」あるいは「太っている」と評価しており、その割
合は高校生に比べて専門学校生(P<0.05)、大学生
痩せ願望の有無によって実際にダイエットを経験して
(P<0.001)で高かった。また非痩せ願望群に比べて高
いるかどうかを調査した結果を図6に示した。高校生は
校生、専門学校生、大学生共に痩せ願望群で「やや太っ
殆どがダイエットを経験していなかった。専門学校生で
ている」あるいは「太っている」と評価するものの割合
は痩せ願望者の15.3%、非痩せ願望者の49.7%、大学生で
が高かった(P<0.001)
。次に、実際の体型に対して正
は痩せ願望者の23.9%、非痩せ願望者の58.6%がダイエッ
しい評価をしているかどうかを痩せ願望の有無で比較し
ト経験を持っていなかった。高校生、専門学校生、大学
た。すなわちBMI<18.5の者が「痩せている」、18.5≦
生共に非痩せ願望者のほうがダイエット経験をしていな
BMI<25.0のものが「やや痩せている、ふつう」
、25.0≧
い者の割合が高く、逆にダイエット経験が5回以上の者
BMI<30.0のものが「やや太っている」、BMI≧30.0が
の割合は痩せ願望群で高かった(高校生:P<0.005、専
「太っている」と評価した場合に正しく評価した者とし、
それ以外を体型誤認とした。図5に示したように痩せ願
高校生
経験なし
望群では高校生の25.0%、専門学校生の30.2%、大学生の
p<0.005
非痩せ願望(n=197)
専門学校生
37.9%が、非痩せ願望群では高校生の24.0%、専門学校生
2∼4回
p<0.0001
非痩せ願望(n=183)
大学生
において、痩せ願望群は非痩せ願望群に比べて体型誤認
痩せ願望(n=67)
者の割合が高かった(P<0.05)
。体型誤認には実際より
p<0.0002
非痩せ願望(n=104)
太っていると評価する場合と、実際より痩せていると評
0
20
40
ちらのタイプなのかを調査した。痩せ願望群の体型誤認
100
p<0.05
p<0.0001
p<0.002
学
大
校
学
生
生
0
門
生
学
大
専
門
学
校
校
生
生
0
20
生
20
非痩せ願望
40
専
p<0.001
痩せ願望
C
校
40
60
高
p<0.001
体型誤認(全体に対する%)
B
高
学
大
校
専
門
学
校
高
60
生
生
0
体型誤認(全体に対する%)
20
生
体型誤認(全体に対する%)
40
80
図6 男子学生の痩せ願望の有無とダイエット経験回数
χ2検定
者の中で、高校生の21.6%(体型誤認者の86.4%)
、専門
p<0.05
60
割合(%)
価する場合があったので、体型誤認をしていたものがど
A
5回以上
痩せ願望(n=137)
の28.1%、大学生の22.2%が体型誤認をしており、大学生
60
一回
痩せ願望(n=88)
図5 痩せ願望の有無による男子学生の体型誤認
A:体型誤認をしている者の割合,B:実際の体型より太っていると評価している者の割合,C:実際の体重より痩せていると評価している者の割合
χ2検定
─ ─
27
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
いると考えていることを示したが、今回の調査では痩せ願
門学校生:P<0.0001、大学生:P<0.0005)
。
望を有しないBMI≧25.0の者は全員「太っている」あるい
考 察
は「やや太っている」と正しい評価をしていた。このこと
は肥満状態にあるにもかかわらず痩せる必要はないと考え
本研究は思春期、青年期の男子を対象にして、今まであ
まり報告の見られない男子の痩せ願望と痩せ願望の有無に
ていることを示しており、健康教育の様々なありかたの必
要性を示唆していると考える。
よる実際の体型評価や体型誤認に差がみられるかどうかを
生活習慣病の予防や健康維持のためには自己の体型を適
調査したものである。青年期の男子については教育環境の
正に評価することがきわめて重要である。しかし今回の調
違いが結果に反映するかどうかを知る目的で、専門学校生
査で、自己の体型を正しく評価していない者、すなわち体
と大学生の両者について調査を行ったが、結果的にはダイ
型誤認をしていた者の割合は高校生の24.3%、専門学校生
エット経験を除き両者に明らかな差は認められなかった。
の29.0%、大学生の28.2%に及んだ。この体型誤認をした者
結果に示したように高校生の30.9%、専門学校生の43.0%、
の割合は図5に示したように、痩せ願望の有無で差が認め
大学生の38.8%が痩せ願望を有しており、年齢の上昇と共
られなかったがその内容を見てみると、痩せ願望群では自
に増加の傾向を示した。この割合は同年代の女子の割合に
己の体型を実際より「太っている」と評価し、反対に非痩
比べると少ないが3,6,12)、先に我々が専門学校生に対して行
せ願望群では自己の体型を実際より「痩せている」と評価
12)
った調査で男子の51.1%が痩せ願望を有していた報告 に
した者の割合が多く、痩せ願望群と非痩せ願望群で体型誤
比べると、今回の対象者の痩せ願望者の割合は低かった。
認の内容に大きな差が見られた。ここに見られたような体
男子に対する報告例が少ないので、現段階では意味のある
型誤認が不必要な痩せ願望あるいは肥満であるにもかかわ
差なのかどうかについては分からない。さらに我々は専門
らず減量に関心のない無関心を引き起こす原因のひとつと
学校生と大学生に対して痩せる目的を調べたが、男子にお
考えられる。誤ったダイエット情報が氾濫している中で、
いても痩せ願望群の約半数の者が『美容』のためと回答し
最近は痩せ願望が小学生においても増加していることが報
12)
た。この割合は先の我々の結果 と同様であった。しかし
告されている21)。ストレスの発散のために子供たちがダイ
実際には痩せ願望を有する者の多く(高校生の81.9%、専
エットや化粧に関心を持っている可能性について述べられ
門学校生の74.7%、大学生の68.2%)が肥満学会によるBMI
ており、痩身願望の背景の複雑さが伺われる。今回の調査
判定基準13)で正常範囲とされる18.5≦BMI<25.0であり、高
では、高校生では不必要な痩せ願望を有しながらも実際に
校生の36.4%、専門学校生の30.6%、大学生の37.9%が全く
ダイエットを経験したものの割合は少なかった。男子では
痩せる必要のない標準体重とされるBMI≦22.0であり、日
中学1年から2年にかけて身体への意識が高まり、大学生
本のみならず14,15)、諸外国でも報告されている16)若年女子に
になると現実の体型と理想の体型が一致してくると言われ
見られる『歪んだ痩せ願望』が男子においても見られるこ
ている21)。そのため、自己のボディーイメージを獲得して
とが示された。歪んだ痩せ願望だけではなく、実際にダイ
いく青年期までに、正しく自己の体型認識ができるような
エットを行った者の割合も痩せ願望群で多く、特に5回以
医学的根拠に基づいた健康教育が必要であることが示唆さ
上の繰り返し行うダイエットの経験者は高校生に比べて専
れた。
門学校生、大学生に多く見られ、しかも痩せ願望群で多か
謝 辞
った。不必要なダイエットは摂食障害の引きがねとなるこ
17)
18)
と 、あるいは女性では月経不順 、疲労感、貧血、将来
の骨粗鬆症などの病気も引き起こすこと19)が報告されてい
本研究の主旨を理解し、調査に御協力いただきました高
る。男子におけるダイエットが健康に及ぼす影響について
校生、専門学校生、大学生に感謝します。また本研究の一
は報告が殆ど見られないが、男子においても極端なダイエ
部(研究代表者;山田正二)をご支援いただきました財団
ットは健康に悪影響を及ぼすと考えられるので、今後それ
法人北海道食品科学技術財団に感謝します。
らの点についても検討していかなければならない課題と考
文 献
える。
一方、高校生の7.0%、専門学校生の11.9%、大学生の
14.1%がBMI≧25.0の肥満状態にあった。この割合は男性の
1)Tokunaga K, Matsuzawa Y, Kotani K et al.:Ideal body weight
肥満が年々増加していると報告している厚生省の国民栄養
estimated from the body mass index with the lowest morbidity.
調査の結果2)と一致していた。また、割合は少ないが高校
Int. J. Obes. 15:1−5,1991
生の2.0%、専門学校生の2.7%、大学生の2.9%が将来の生
2)平成14年国民栄養調査結果:http://www.mhlw.go.jp/houdou/
活習慣病の危険因子のひとつ20)である肥満状態にあるにも
かかわらず痩せ願望を有していなかった。非痩せ願望群の
2003/12/h1224−4.html
3)今井克己,増田隆,小宮秀一:青年期女子の体型誤認と“やせ志
体型誤認の約半数は自分の体型を実際の体型よりも痩せて
─ ─
28
向”の実態. 栄養学雑誌 52:75−82,1994
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
4)宮城重二:女子学生・生徒の肥満度と食生活・健康状態および体
型意識との関係.栄養学雑誌 56:33−45,1998
5)池田千代子,遠藤伸子:女子学生のボディーイメージの意識調査.
保健の科学 40:567−572,1998
6)山口明彦,森田勲,武田秀勝:痩せ願望青年期女子学生の「美容」
か「健康」かの志向の違いによる体型および減量法に関する意
識について.学校保健研究 42:185−195,2000
7)竹内 聡,早野順一郎,堀礼子他: 中学生の体重イメージ.心
身医 33:692−695,1993
8)門田新一郎.:中学生の体型および自覚症状と健康意識との関連
について.日本公衛誌 44:131−138,1997
9)青山昌二,平田久雄,杉山進:学生の身体意識に関する一考察.
東京大学教養学部体育学紀要 24:25−32,1990
10)古川 裕,澤田 淳:中・高・大学生のボディーイメージ.小児
科診療 58:1946−1952,1995
11)浦田秀子,福山由美子,田原靖昭:男子学生の体型と体型意識に
関する研究.学校保健研究 43:275−284,2001
12)高橋英子,山田正二,大柳俊夫 他:青年期男女学生の体型別痩
せ志向と食生活に関する意識調査.:札幌医科大学保健医療学
部紀要 5:9−17,2002
13)片岡邦三:肥満の判定と肥満症の診断規準について.肥満研究
9:3−4,2003
14)浦田秀子:女子学生の体型と身体満足度.学校保健研究 43:
139−148,2001
15)金子信也,前田享史,佐々木昭彦 他:女子大学生のBMIと体格
についての意識.東北学校保健学会会誌 49:16−17,2001
16)Grigg M, Bowman J, Redman S.:Disordered eating and unhealthy
weight reduction practices among adolescent females. Prev. Med.
25:748−756,1996
17)生野照子:摂食障害の予防.臨床精神医学講座 S3. 東京,中山
書店、2000;p237−247
18)Rock CL, Gorenflo DW, Drenowski A et al.:Nutritional
characteristics, eating pathology, and hormonal status in young
women. Amer ・ J. Clin. Nutr. 64:566−571,1996
19)亀崎幸子,岩井信夫:女子短大生の体重調節志向と減量実施およ
び自覚症状との関連について.栄養学雑誌 56:347−358,1998
20)深谷和子:小学生に増える「痩せ願望」―ストレスとの関連か―
Kellogg’
s Update 61:3−7,2002
21)藤田佑子,鈴木里美,栗岩端生 他:思春期男子のボディーイメ
ージに関する研究.思春期学 20:363−370,2002
─ ─
29
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
長期療養型病床群における終末期高齢者家族の看取りの過程
深澤 圭子1,長谷川真澄2,平山さおり3,横溝 輝美1
長期療養型病床群で、家族が高齢者を看取る過程とその影響要因を明らかにするため、14名の家族に面
接を行った。その結果、家族が高齢者を看取る過程は6つのカテゴリーが含まれた。家族は<医師の説
明><看護職の行動><家族がとらえた高齢者の様子>から高齢者の死が近づきつつあることを察知
し、様々な<家族の行動>を行っていた。その中で<医療者に対する家族の印象>と<家族の感情>は、
肯定的・否定的なものの狭間で揺れ動いていた。また、高齢者が日々衰弱する様子から家族は高齢者の
死が近づきつつあることを察知し、医師や看護職の説明とのすり合わせをしながら高齢者の死を迎える
覚悟を強めていくことが明らとなった。この過程には<医師の説明><看護職の行動><家族がとらえ
た高齢者の様子>の3要因が影響していると考えられた。以上から、終末期高齢者の家族ケアにおいて、
高齢者自身へのケアや高齢者の状態や予後の説明の良否が家族の感情に影響することを認識し、家族の
ニードを把握して援助していくことの重要性が示唆された。
<キーワード> 長期療養型病床群、終末期高齢者、家族ケア、看取り
This study was conducted to examine the process by which families take care of elderly persons
nearing the end of life in a long-term nursing-home setting
Keiko FUKAZAWA1 , Masumi HASEGAWA2 , Saori HIRAYAMA3 , Terumi YOKOMIZO1
We conducted interviews to identify the caretaking process in 14 families who looked after elderly persons in a longterm nursing-home setting. We found various categories in the caretaking process among these families. Each family
acted together as a group when receiving explanations from doctors, and with regard to the actions of nurses and
some indications from elderly persons when their family realized that these persons were reaching in end of life.
There were both positive and negative impressions of the family concerning the medical staff and feelings of the
family. In addition, it found that family members were prepared for end of life of the elderly persons thorough this
process for them. This could be related to the explanations from doctors, actions of nurses and indications of the
elderly persons. As can be seen from these results, it is important to determine the needs of families who look after
elderly persons through care and explanation of the condition of the elderly person.
Key words: Long-term care setting, Elderly persons, End of life, Family care,Taking care
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:31(2004)
Ⅰ.はじめに
取ることが本人・家族の幸せと考える思想が定着してきて
いる。
戦前、戦後の日本において、自宅で死亡する割合は約8
2000(平成12)年度の人口動態統計2)によると、70歳以
割を占めており1)。自宅で死を迎えることが当然であると
上の高齢者が病院などの施設で死亡する割合は84%、自宅
認識していた。しかし、1961(昭和36)年の国民皆保険制
死は13.5%であり、自宅で死を迎える者が年々少なくなっ
度成立から、国民が皆平等に医療を受けることが可能とな
ている。北海道の自宅死は全国で最も低く、わずか8.1%で
り、平均寿命も飛躍的に伸びた。また、医学界では、延命
ある。終末期を含む要介護高齢者のケアの場は、病院を中
治療が最優先されるようになった。その結果、自宅の畳の
心とする施設偏重の時代を経て、介護保険の開始以降、再
上で死ぬよりも病院で最高の治療を受けて人生の最期を看
び家庭へと回帰する兆しが見えつつある。しかし、これに
札幌医科大学保健医療学部看護学科1、神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部看護学科2、天使大学看護栄養学部看護学科3
深澤圭子,長谷川真澄,平山さおり,横溝輝美
著者連絡先:深澤圭子 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学保健医療学部看護学科
─ ─
31
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
対して家族の介護力は、核家族化や女性の社会進出3)、さ
よび高齢者の基本的属性についてたずねた。
4)
データ収集期間は、2002年2月から2002年12月までで
らに親族扶養意識の変化 などにより脆弱化してきている
ある。
とみるのが一般的である。そのため、病院やその他の高齢
者施設において死を迎える高齢者が、すぐに減少するとは
2.分析方法
考えにくい。
また、平成7年度の人口動態統計から死亡場所に老人ホ
面接の録音テープから逐語録を作成し、逐語録および
ームが加えられ、看取りの場所として位置づけられた。特
口述筆記のメモを素データとしてグラウンデット・セオ
別養護老人ホームの約8割は入所者や家族の希望があれば
リー・アプローチを参考に、帰納的質的に分析した。家
5)
看取りを含めた終末期ケアを実施する意志があり 、入所
族からみた高齢者の様子や医療者の対応、その時の家族
者や家族で施設内での看取りを希望する人は増加している
の心情や行動をあらわす語りを抽出、コード化し、さら
6)
7)
といわれている 。また、菊井ら は、わが国における死
に意味内容の類似性に基づきカテゴリー化した。また、
の受容とは、人生の発達段階における人間の成熟した肯定
看取りの過程を入院前、入院時、入院中、臨終時、死後
的で力強い生活活動を言い、達成感などを伴い、死にゆく
の5期に分けて整理した。コード化、カテゴリー化の作
者と看取る者の共同作業で達成するという見解を示してい
業は、3名の研究者間で吟味、決定し、分析の妥当性を
る。これらのことから、今後、高齢者と家族の多様なニー
確保した。
ズに対応するために、長期療養型施設における終末期ケア
3.倫理的配慮
の充実が求められている。
研究協力の可否については、対象者の自由意思に基づ
終末期患者の家族を対象とした先行研究は、1990年代か
らみられるようになり、家族の体験を明らかにしたもの8)∼11)、
くことを保障するために、まず紹介してもらう病院の看
家族への看護援助に関するもの12)∼14)がある。しかし、その
護管理者から家族へ連絡・確認をしてもらい、さらに研
ほとんどが癌患者の家族を対象としており、癌以外の疾病
究者が面接の目的・方法などについて依頼文を郵送し
のある高齢者の家族を対象とした研究は、在宅での看取り
た。その後、研究者が電話で研究参加の意思確認を再度
に関するもの15)∼17)であった。国外においても長期療養型施
行い、訪問日時を調整した。また、訪問時にも対象者の
18)
意思を最終的に確認した。
設で高齢者の死を看取った家族の研究はごくわずかである 。
そこで本研究では、長期療養型施設において死を迎えた
面接に際し、研究目的・方法、答えたくない質問に答
高齢者の家族ケアを検討するために、長期療養型病床群で
えなくてよいこと、途中で研究参加を取りやめたいとき
高齢者の死を看取った家族の看取りの過程とその影響要因
には何時でも申し出てよいこと、データは本研究の目的
を、高齢者の入院中に焦点をあて明らかにすることを目的
以外に使用することはなく、個人のプライバシーは守ら
とした。
れ、データ分析や研究成果の発表の際に個人が特定され
ないようにすること、録音したテープは研究終了後に消
Ⅱ.研究対象と方法
去することを説明し、研究参加の同意書を交わした。
Ⅲ.研究結果
1.対象およびデータ収集方法
対象は、S市とその近郊にある療養型病床群をもった
病院で死を迎えた高齢者の看取りをした家族14例であっ
1.対象の概要
た。療養型病床群をもつ病院の看護管理者に電話および
対象は、8つの病院から紹介された高齢者の看取りを
文書にて研究主旨を説明し、対象者の紹介を依頼した。
した家族14名であった。性別は、女性が11名、男性が3
対象の選定条件は、過去1年以内に療養型病床群で死亡
名であった。平均年齢は63歳で、最高年齢が79歳、最低
した65歳以上の患者の家族で、死亡した高齢者の性別、
年齢が41歳であった。高齢者との続柄は、妻が5名、長
病名および対象者との続柄は問わないこととした。
男または長女が6名そして嫁が3名であった。職業は、
データ収集は、半構成的面接により1対1でインタビ
専業主婦が10名、パートタイマーが2名、無職が2名で
ューを行った。面接場所は、対象者の希望する場所(自
あった。また、健康状況は、良好が8名、高血圧など慢
宅または研究者の所属する大学施設内)とし、1対象者
性疾患を有する者が6名であった(表1)
。対象者が看
につき1時間程度、1回実施した。面接内容は、対象者
取りをした高齢者の性別は、男性が8名、女性が6名で、
の了解を得てテープレコーダーに録音した。了解の得ら
死亡時の平均年齢は83.8歳、最高年齢が95歳、最低年齢
れない場合は口述筆記することを了承してもらった。面
が72歳であった。死亡原因は、心不全が3名、肺炎や呼
接内容は、高齢者の入院から死に至る経過、その時の家
吸不全が4名、老衰が2名などであった。高齢者の平均
族の気持ちや行動、医師やケアスタッフなどに何を期待
入院期間は2年7カ月間であり、最長入院期間は7年3
し望むかなどを自由に語ってもらった。また、対象者お
カ月間であった(表2)
。
─ ─
32
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表1 終末期高齢者を看取った家族の概要
健康状況
職 業
年 齢
事例
良好
主婦
72歳
A
良好
主婦
41歳
B
良好
パート
59歳
C
良好
主婦
59歳
D
良好
無職
66歳
E
高血圧
無職
70歳
F
良好
パート
49歳
G
良好
主婦
70歳
H
左関節痛
主婦
74歳
I
高血圧
主婦
65歳
J
肝臓病
主婦
65歳
K
良好
主婦
53歳
L
胃潰瘍
主婦
62歳
M
腰痛
主婦
79歳
N
《治療方針》では、
「今となっては対症療法しかあ
りません」
「高齢なので抗癌剤治療や放射線治療は体
続 柄
妻
長女
長女
嫁
長男
長男
嫁
妻
妻
長男
妻
長女
妻
妻
力が許さないでしょう」
「点滴を入れなおすのも苦痛
を伴うので、もう点滴をはずしてもよいでしょうか?」
のように高齢者が既に積極的な治療を施す状態ではな
いという説明を家族は受けていた。
《繰り返し説明》は、
「先生からその都度連絡をい
ただき、時間をつくって本当にまめに、変わったこと
がある時には必ず説明してくれました」と述べている
ように、高齢者の《現在の状態》《予後の見通し》《治
療の方針》について家族に繰り返し説明されていた。
2)看護職の行動
<看護職の行動>は、家族が認識していた看護職の
行動であり、《高齢者の様子の説明》《協力の依頼》
《医師の説明時に同席》《高齢者への直接ケア》《定期
表2 終末期高齢者の概要
事例
A−1
B−2
C−3
D−4
E−5
F−6
G−7
H−8
I−9
J−10
K−11
L−12
M−13
N−14
性 別
男性
男性
女性
男性
男性
女性
男性
男性
男性
女性
女性
女性
女性
男性
年 齢
74歳
77歳
86歳
88歳
88歳
96歳
86歳
72歳
72歳
87歳
95歳
79歳
92歳
81歳
死 因
心不全
呼吸不全
肺炎
老衰
肺炎
老衰
心不全
肺炎
敗血症
肺癌
心不全
肝硬変
上顎・口腔癌
胆嚢癌
入院期間
2年
4年4カ月
1年9カ月
1年9カ月
2年
7年
7年3カ月
6カ月
3年
3カ月
2年
3年
2年
5カ月
的な話し合い》の5つのサブカテゴリーが含まれた。
《高齢者の様子の説明》には、
「看護婦さんには嫌
なことをされると、やめれー!やめれー!と言ってい
たけど、私たち(家族)には、もう声も聞かれなかっ
た」
「お変わりないですよ」
「看護婦さんと先生からは
お話しはしょっちゅう何回もありました」のように、
家族が病院にいない間の高齢者の様子を面会時に看護
職が説明し、定期的に高齢者の情報を共有していたこ
とが語られた。しかし、
「食べる機能は残っているの
にね、これだけ食べなかったら、私どもとしても病院
で餓死したら困るのですよ」のように高齢者に拒食が
あり病院が迷惑しているという内容の説明も含まれて
いた。
2.看取りの過程−入院中
《協力の依頼》は、
「冷たいものでも、塩分でもか
高齢者の入院中において家族が高齢者の死を受け入
まわないので、とにかく身体に入れたいから運んでく
れ、看取りをしていく過程には、<医師の説明><看護
れと言われました」のように、拒食のある高齢者の摂
職の行動><医療者に対する家族の印象><家族がとら
食を促すために家族として協力してほしいという依頼
えた高齢者の様子><家族の行動><家族の感情>の6
があった。
つのカテゴリーが含まれた。
《医師の説明時に同席》には、
「看護婦さんも一人
1)医師の説明
くらいいたかな」のように、医師の説明の際に看護婦
<医師の説明>は、家族が医師から受けた説明であ
が同席していたことが語られたが、
「看護婦さんはい
り、《現在の状態》《予後の見通し》《治療方針》《繰り
ましたが、特別話されていませんでした」のように、
返し説明》の4つのサブカテゴリーが含まれた。
医師の説明の際に看護職は同席するだけと認識してい
《現在の状態》は、
「もう口から食べることは無理
た。
です」や「脳のダメージが強いから、なかなか自分で体
《高齢者への直接ケア》は、
「
(高齢者に対し)音楽
温をコントロールできない」などのように高齢者の現
やラジオを聞かせてくれ、入浴や更衣など定期的なケ
在の状態について家族は医師から説明を受けていた。
アもしてくれました」
「車椅子から立ち上がろうとし
《予後の見通し》では、
「今日、明日の問題ではな
て危険なので看護婦長は(抑制を)外せないと言った」
いが、明後日以降の保障はできかねます」
「もう片肺
のように、良くも悪くも高齢者に対して実施された直
が全く機能していないので、本当にいつ、どのように
接ケアの内容が語られた。
なるか、わかりません」
「会わせたい人がいるのなら、
《定期的な話し合い》には、
「しょっちゅう、皆さ
会わせたほうがいいですよ」などのように、高齢者の
んのお部屋の人を1カ月のうちに何人か交代に呼んで
死が迫っていることをほのめかす内容の説明を家族は
は先生とお話し合いがあるのです。1カ月の報告を看
受けていた。
護婦さん方に、このようにしていますとか、こういう
─ ─
33
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
やり方でよいですか?とか、本当に良くしてくれまし
命メモして、それを電話で、
(親戚に)言って、どう
た」のように、医療者と家族が高齢者のケアの方針に
しますかってことを伝えて、私はそれに関して一切意
ついて定期的に話し合いの場があり良かったという語
見を言わないんです」
「入院した時から携帯電話を持
りが含まれた。
ちまして、夜中でも何時でも電話もらえるようにして
2年3カ月間、常に枕元に置いておきまして、朝起き
3)医療者に対する家族の印象
<医療者に対する家族の印象>は、《肯定的な印
ると、あっ今日も何もなかったんだって」のように、
象》と《否定的な印象》の2つのサブカテゴリーが含
高齢者の入院中、家族は常に病院と連絡がとれる状態
まれ、医療スタッフの日常の言動から家族が捉えた具
にし、医師の説明などを他の家族員に伝えるなどの連
体的な印象が語られた。
絡体制を整えていた。
《肯定的な印象》は、
「良いケアをしてくれた」
「優
《意志決定とその表明》は、
「私たちは、苦痛のな
しい」
「親切」
「心配してくれる」
「教えてくれる」
「任
いようにして、過度の治療はしてほしくないと話しま
せられる」
「態度が良い」
「尽くしてくれる」などのよ
した。それは生前、義母が話していたので」
「苦しい
うに、医療者が高齢者や家族に対して好ましい関わり
状態が続くのであれば本人もかわいそうだから、でき
をしていたことについて、肯定的な印象が語られた。
れば蘇生しないので見送ってやりたいと話したら、じ
《否定的な印象》は、
「聞きにくい」
「要望が受け入
れてもらえない」
「説明がない」
「人によっては対応に
ゃあそれはしませんからと先生から話がありました」
「
(事前に医師から延命するか聞かれ)まだその時期で
違いがある」などが含まれ、家族が医療者に期待する
はないので考えさせて欲しいと言いました」のように、
ケアが受け入れられなかったことについて否定的な印
事前に医師から高齢者の延命治療について家族の意志
象が語られた。
を尋ねられ、明確に延命治療を断る。または、答えを
保留するなどしていた。また、配偶者である自分では
4)家族がとらえた高齢者の様子
高齢者の入院中に<家族がとらえた高齢者の様子>
なく長男に説明されることに対し、
「私に言って下さ
は、家族が高齢者の死を受け入れていくことに関連し
いって(医師に)言ったの」のように、自分も直接聞
て家族がとらえていた高齢者の状態であり、《衰弱サ
きたいという意志を表明し、配偶者も高齢であるため
イン》が含まれた。
に説明や意志決定の場から除外されることに対する不
《衰弱サイン》は、「意識の低下」「意欲の低下」
満も語られた。
「会話ができない」
「寝返りができない」
「食べられな
《直接ケア》は、
「花の好きな人だったので、死ぬ
い」のように高齢者が今までできていたことができな
まで毎日花を持って行ったんです」
「歌の好きな人だ
くなっていく様子から家族は高齢者が徐々に衰弱して
ったから、いつもテープの歌をかけてやるの、たまに
いると認識していた。また、
「毎日行って、顔みてい
女の人のカセットに変えると顔がね、変わるんですよ」
たらそんなに長くないと自分でも感じた」のように
のように、高齢者の元気であった頃の好みを手がかり
日々の表情の変化から感じ取っている家族もいた。さ
に花、音楽などの刺激を提供したり、
「4年半、朝・
らに、
「あの中で一番重症だったんですね。それで詰
昼・晩3回毎日食事の時、よほど用事のない限り食べ
め所からすぐ見えるところにおりましたから」のよう
さしに行きました」
「義母は水虫があり特に念入りに
に、高齢者の病室が看護職の目の届きやすい場所に移
しなければならなかったので、細かな爪を切るなどい
動されたことから、高齢者の状態を推測している家族
つもしていました」などのように、食事介助、爪切り
もいた。
などの身体的ケアを行ったり「おばあちゃん寿命まで
頑張れるんだねって言って、こうじっと手を握るので
5)家族の行動
<家族の行動>には、《家族の協力》《連絡》《意
す」
「身体触ってね、こうやってマッサージしなきゃ
志決定とその表明》《直接ケア》《別れの作業》の5
駄目なんですよ。それがすごく効くのです」のように
つのサブカテゴリーが含まれ、家族が高齢者の死を受
スキンシップなど、高齢者の直接的ケアを家族なりに
け入れ、看取りをしていく過程において入院中に家族
実施していた。
《別れの作業》は、
「次男はお盆までに来札し、今
として行った行動である。
《家族の協力》は、
「兄弟が多いものですから、交
生の別れをしている」
「亡くなるちょうど一月前に、
代で行くようにして・・」
「皆に仕事で主人の病院に
その時はまだはっきりしていたから孫と会って、○○
行かないと後悔するって言われて、毎日でも通院(面
来たな、かわいいなとか言って頭をなぜてやったりし
会)できたことだけでも良かった」のように、家族が
たの」のように、高齢者の意識が清明な時に遠方の身
交代あるいは協力し、できるだけ高齢者の面会に行く
内などと会わせて今生の別れをする機会を設けてい
ように家族が努力していた。
た。
《連絡》は、
「
(自分は嫁なので)先生の話を一生懸
─ ─
34
6)家族の感情
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
<家族の感情>には、《医療者に対する感情》《高
が長くないという説明を繰り返し受けていく中で、あ
齢者に対する感情》《自分自身に対する感情》の3つ
る程度の覚悟を決めていた。そして、家族が可能な範
のサブカテゴリーに分類され、高齢者の入院中に体験
囲で高齢者の面会に行き、自分たちなりのケアを高齢
した様々な感情が語られた。
者に対し実施し、その反応に一喜一憂している姿が語
られた。また、病院との連絡や家族員同士の連絡体制
《医療者に対する感情》は、
「恩義」
「申し訳ない」
「感謝」などの肯定的感情がある一方で、
「不満」
「憤
を整え、家族で協力している様子もうかがえた。その
慨」などの否定的感情も体験しており、結局「仕方が
中で家族は、日々の高齢者の様子から衰弱していくサ
ない」として折り合いをつけている様子がうかがわれ
インを寿命ととらえ、医師や看護職の説明とのすり合
た。
わせをしながら高齢者の死を迎える覚悟を強めていく
《高齢者に対する感情》は、長い在宅介護の末に入
ようであった。また、医師や看護職の高齢者へのケア
院にこぎ着けたことや高齢者の状態が落ち着いたこと
に対して肯定的感情を抱いている一方、医療者の言動
に「安堵」し、
「一縷の望み」を持ったことが語られ
に対して敏感に否定的感情を抱いていたことも語られ
た。しかし、高齢者の入院中はいつどうなるかわから
たが、結局は高齢者を自分たちで介護できない後ろめ
ないという「危機感」を常に持っていた家族や、心身
たさから、仕方がないと折り合いをつけている様子が
の衰えを見ていく中で「覚悟」を決めていったことも
うかがわれた。これらから、家族が高齢者の死を受け
語られた。また、家族自身が高齢者の世話を十分でき
入れ、看取りをしていく過程には、<医師の説明><看
ないことに対する「悔い」
「苦悩」も含まれた。
護職の行動><家族がとらえた高齢者の様子>の3要
因が影響していると考えられる。
《自分自身に対する感情》には、入院によって家族
自身が介護から開放された「安堵」
、医師から長期に
Ⅳ.考 察
なると言われ「覚悟」をし、高齢者の視力が低下し家
族の姿を見てもらえないことに対する「辛い」という
感情があったことが語られた。
結果から長期療養型病床群において家族が高齢者を看取
7)看取りのプロセス
る過程とその要因について考察し家族ケアのあり方につい
次に6つのカテゴリー間の関連について検討したと
て検討する。
ころ、高齢者の入院中において家族が高齢者の看取り
をしていくプロセスは、図1のように示された。高齢
1.家族が高齢者を看取る過程
者の入院時から死を迎えるまでの時間軸に沿って、家
図1に示したように、長期療養型病床群において家族
族は<医師の説明><看護職の行動><家族がとらえ
が高齢者を看取る過程は、入院中の<医師の説明><看
た高齢者の様子>の各々と相互作用していく中で、<
護職の行動><家族がとらえた高齢者の様子>から家族
家族の行動>を行い、その中で<医療者に対する家族
は高齢者の死が近づきつつあることを察知し、様々な<
の印象>と<家族の感情>は、肯定的なものと否定的
家族の行動>を行っていた。その中で<医療者に対する
なものの狭間で揺れ動いている様子が明らかになっ
家族の印象>では、よいケア、優しい、親切などの肯定
た。つまり、家族は入院時より医師から高齢者の余命
的なものと、聞きにくい、説明がないなどの否定的な2
つの印象をもっていた。<家族の感情>は、入院中いつ
どうなるかわからないなどの危機感をもっており、高齢
入
院
入院中
高
齢
者
の
死
者の心身の衰退していく中で「覚悟」を決めていた。ま
た家族自身が十分なケアができなかった「悔い」
「苦悩」
などを抱いていた。このことから<医療者に対する家族
の印象>と<家族の感情>は肯定的なものと否定的なも
<医師の説明>
のの狭間で揺れ動いている様子が明らかになった。
家族
柳原19)は、癌ターミナル期家族の認知の研究において、
<家族の行動>
家族は感情の混在と相反する感情を行き来しており、多
<看護職の行動>
<医療者に対する家族の印象>
<家族の感情>
様で動的な認知であり、
“たえざるゆらぎ”であると述
<高齢者の様子>
べている。本研究において<医療者に対する家族の印
肯定的
象>と<家族の感情>に肯定的なものと否定的なものが
含まれ、<医師の説明><看護職の行動><家族がとら
否定的
えた高齢者の様子>に影響されながら、2つの相反する
感情の狭間で揺れ動いている様は、柳原の研究結果と一
図1 家族が高齢者を看取る過程(入院中)に影響する要因
─ ─
35
致すると考える。したがって、本研究で語られた家族の
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
感情は、疾病の種類や亡くなる家族員の年齢に関係なく、
動の内容によって家族の医療者に対する印象は肯定的に
終末期を看取る家族に共通する感情の動きと推測され
なったり、否定的なものになったりすると考えられる。
る。
また、医師の説明や看護職の行動を手がかりに、家族は
癌ターミナル患者の死を家族が受け入れる心理過程
高齢者の衰弱のサインを読み取り、家族の感情も肯定的
は、一般に危機理論をモデルに説明されることが多く、
なものと否定的なものとの狭間で揺れ動くのではないか
衝撃、防御的退行、承認の段階を踏んで適応へと進むと
と推察された。
20)
以上から、終末期高齢者の家族ケアにおいて、看護職
いわれている 。しかし、本研究の対象となった家族は、
入院時や入院中の<医師の説明>で繰り返し「いつ、ど
は家族から直接の要望があるなしに関わらず、高齢者の
うなるか、わかりません」と言われていた。このことか
病状や日頃の生活の様子を伝え、家族へ説明や情報を提
ら、家族にも医療者にも「高齢であるため、いつ死が訪
供することが重要である。家族としての患者の様子を知
れてもおかしくない」という暗黙の了解があったことが
りたいというニードが満たされることにより、家族は安
うかがえる。家族が医師から高齢者の状態や予後の説明
心でき、家族と医療者との信頼関係が形成されると考え
を受ける時、また、治療方針などについて家族が意志決
られる。また家族は、医師からの説明時の看護職の行動
定を求められる場合も、癌患者の家族が衝撃を受け入れ
について「ただ側にいた」という認識に留まっていた。
るのとは異なり、家族と医療者が高齢者の安らかな死と
さらに医療者に対して「聞きにくい」など《否定的な印
いう共通した目標に向かって話し合える雰囲気が語りか
象》をもっていた。医師の説明の際に看護職は義務的立
ら読みとれた。この点において、療養型病床群において
ち会いではなく、家族に対して「遠慮なく医師に尋ね、
家族が高齢者を看取る過程は、癌ターミナル患者とは異
確認をしてよいのです」
、
「聞きにくい時には代行いたし
なることを医療者は認識し、家族に関わり、ケアしてい
ます」などの説明を行い、家族の緊張を和らげ、医師と
く必要があると考える。また、家族が看取った高齢者の
の意志疎通を円滑にする役割をとることが必要であると
入院期間が平均2年7カ月間と長期であったことも家族
考える。看護職は、家族が高齢者の死の看取りのプロセ
の受け入れ過程に影響していると考えられるので、今後、
スの中で揺れ動く感情を察知し、家族の日頃の労をねぎ
入院期間別に検討する必要があろう。
らう18)など、細やかな配慮を怠ることなく行うことが重
要と考えられる。
2.家族が高齢者を看取る過程への影響要因
Ⅴ.おわりに
家族が高齢者の死を受け入れ、看取りをしていく過程
は、日々の高齢者の様子から衰弱していくサインを読み
取り、医師や看護職の説明とのすり合わせをしながら高
終末期高齢者の家族ケアについての研究は少なく、わが
齢者の死を迎える覚悟を強めていくことが明らかとな
国ではほとんど癌患者に限局されている。今回、療養型病
り、このプロセスには、<医師の説明><看護職の行
床群高齢者の死を看取った家族を対象に聞き取り調査を行
動><家族がとらえた高齢者の様子>の3要因が影響し
ったが、対象数が14例であった。また、家族の年齢が41歳
ていると考えられた。
から79歳と幅があったことや、高齢者との続柄も様々であ
<医師の説明>では、高齢者の様子の説明や情報提供
ったことから、結果の一般化には限界がある。しかし、終
とその内容、回数などが関連していると考えられる。<看
末期高齢者とその家族をサポートするには、家族と職員が
護職の行動>では、高齢者の状態やケアの内容など情報
入院時・入院中において、高齢者の身体変化の予測できる
提供の有無、看護職による高齢者の直接ケアの良し悪し
範囲内で説明し、話し合うことや、家族が日々の面会でと
21)
などが関連していると考えられる。Hampe は、終末期
らえる高齢者の様子から、やがて訪れる死を認識し、看取
患者の配偶者のニードとして「患者の状態を知りたいと
りへの準備ができていくことが本研究で明らかになったと
いうニード」をあげている。本研究の対象の語りから医
考える。以上をふまえ、さらにデータを入院時から経過に
師や看護職からの説明がなされていたことが導き出され
応じた分析を行い、家族の年齢、続柄、入院期間との関係
たことは、家族として患者の状態を知りたいというニード
についても検討していきたい。
があったことのあらわれと考える。しかしながら、<医
謝 辞
療者に対する家族の印象>の《否定的な印象》の中で
「聞きにくい」
「説明がない」
「言いにくい」などの印象
が含まれていたことは、本研究の家族は患者の状態を知
本研究を行うにあたり調査にご協力くださいましたご家
りたいというニードが必ずしも十分満たされていたとは
族の皆様、関係施設職員の皆様方には多大なるご協力をい
言えないことが推察される。終末期患者との続柄に関係
ただき、感謝申しあげます。
なく、家族は患者の状態を知りたいというニードを持っ
なお、本研究は平成13−14年度文部科学省科学研究費補
ていると考えられる。よって、医師の説明や看護職の行
助金〔基盤研究(C)
(2)
〕の助成を受けて行った研究の
─ ─
36
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
び死亡患者の配偶者のニード. 看護研究 10 :386−397,1997
一部である。
文 献
1)厚生省偏:厚生白書. 東京, 財団法人厚生問題研究会,1997,p112
2)三浦文夫編:図説高齢者白書2002年版. 全国社会福祉協議会, 2002,
p59
3)総理府編:平成10年度男女共同参画白書. 1998,p27
4)三浦文夫編:図説高齢者白書2001年度版. 東京, 全国社会福祉協議
会, 2001,p58
5)塚原貴子,宮原伸二:特別養護老人ホームにおけるターミナルケ
アの検討−全国の特別養護老人ホームの調査より−. 川崎医療福
祉学会誌11:17−24,2001
6)石井岱三:特別養護老人ホームにおける看取り.月刊福祉2:
20−25,1997
7)菊井和子,竹田恵子:「死の受容」についての一考察−わが国に
おける死の受容−.川崎医療福祉学会誌10:63−70,2000
8)伊藤美也子:がん患者の療養における配偶者の情緒体験と悲嘆作
業. 日本赤十字看護大学看護大学紀要11:68−74,1997
9)佐藤禮子, 渡辺尚子:末期患者の家族が必要とした援助. ターミナ
ルケア4:288−292,1994
10)委羽倭文子:家族へのケア. ターミナルケア4:269−271,1994
11)楠美智子, 吉井勢津子, 富田泰子, ほか:終末期看護を体験した家
族の調査. 三重県立看護短期大学紀要23:47−53,1992
12)田村恵子:家族へのケアをどうするか. ターミナルケア7:53−
59,1997
13)千崎美登子, 久保木優佳, 犬丸千絵, ほか:末期がん患者の配偶者
の予期的悲嘆へのケアプログラムの作成と評価. がん看護6:
366−370,2001
14)山下朱実, 佐藤禮子, 石井ノリ子, ほか:がん患者に付き添う家族
の援助. 日本看護学会誌8:54,1994
15)小林奈美:要介護高齢者を看取り終えた介護者の感想その満足に
関連する要因の検討―一都市における訪問看護指導対象者の調
査から―. 日本地域看護学会誌1:30−35,1999
16)深澤圭子:老人の在宅ターミナルケア成立条件―鷹栖町の遺族か
らの聞きとりによる分析―. 札幌医科大学医学部人文自然科学紀
要34:29−34,1993
17)清水マキ, 清水節子, 花田香代子, ほか:ターミナルステージを在
宅で過ごす老人患者と家族の介護状況と看護. ターミナルケア
8:44−52,1998
18)Wilson, S A, & Daley, B J:Family Perspectives on dying in Longterm Care Settings. Journal of Gerontological Nursing25:19−25,
1999
19)柳原清子:癌ターミナル期家族の認知の研究−家族のゆらぎ−.
日本赤十字武蔵野短期大学紀要 11:72−81,1998
20)鈴木志津枝:終末期の夫をもつ妻への看護−死亡前と死亡後の妻
の心理過程を通して援助を考える−. 看護研究 21:399−410,
1988
21)Hampe S. O, 中西睦子, 浅岡明子訳:病院における終末期患者およ
─ ─
37
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
通院脳卒中患者の健康関連QOLとその要因に関する検討
神島 滋子
本調査は、通院中の脳卒中患者の健康に関連した生活の質(HRQOL)に影響する要因を明らかにする
ことを目的とした。対象はS市内3施設の外来で、同意の得られた脳卒中患者334名である。方法は質
問紙を用い、自記又は聞き取りによって調査した。主な内容は、基本的属性、日常生活習慣、疾病の状
態、およびQOL測定に日本語版EuroQol5項目とHRQOLスコアを用いた。分析は統計パッケージSPSS
for windows ver.11. 5jを用いた。その結果、HRQOLスコアは平均0.775±0.204で、男性に有意に得点が
高かった。重回帰分析の結果、HRQOLには成人、高齢者共に、後遺症の麻痺、言語障害、痺れ、痛み、
健康管理のセルフエフィカシーが影響していた。さらに、高齢者では、処方薬剤数や睡眠薬使用の有無、
現在の健康状態、成人では発症時の重症感が影響していた。
<キーワード> 脳卒中,QOL,外来患者
Factors Affecting Health Related Quality of Life in Stroke Outpatients
Shigeko KAMISHIMA
The purpose of this study was to clarify the factors that influence the Health Related Quality of Life (HRQOL) of stroke
outpatients. The participants were 334 outpatients from 3 institutions in a city in northern Japan who gave their
consent. Data was collected from questionnaires, which were completed either by the participants themselves or by
one of the investigators for the participant. The questionnaire was designed to examine patient characteristics, daily
life habits and the disease state of the patients. The HRQOL score and five items from the Japanese version of
EuroQol were also used. Statistical analysis was carried outing using the statistics package SPSS 11.5J for
Windows.The average HRQOL score was 0.775 ± 0.204, with the HRQOL score of males being significantly higher
than that of females. A multiple linear regression analysis showed that HRQOL in both adults and elderly patients
was influenced by the degree of paralysis, speech disorder, numbness, and pain, and self-efficacy as measured by
the health promotion scale. In elderly patients, HRQOL was influenced by the number of medications taken, sleeping
medicine and the patient's current health status. In adult patients, HRQOL was influenced by how serious the patient
felt their illness was.
keywords: Stroke, QOL, Outpatients,
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:39(2004)
らず家族や社会にとっても重要な問題となっている2)。
Ⅰ.はじめに
脳卒中の後遺症を抱えながら生活する人々の支援にとっ
脳卒中は日本の死因の第3位であり総死亡の15.2%を占
て、生活における障害の程度と生活の質は非常に重要な視
める1)。その死亡率は昭和40年以降、男女共に徐々に低下
点と考える。健康に関連する生活の質はHealth Related
傾向を示している。しかし、平成11年の患者調査 によれ
Quality of Life(以下HRQOL)と呼ばれ、その質を測定す
ば全国の脳卒中患者は172万人と推計されており、高齢者
ることが可能となっている。HRQOLの評価に、信頼性・
の増加に伴い、患者数は増加の一途をたどっている。脳卒
妥当性を検証された測定尺度として、日本語版EuroQolが
中の発症は突然で後遺症を残すことが多く、その後の生活
活用されている。この測定用具は、質問項目が少なく利便
への影響が非常に大きい疾患である。脳卒中は、寝たきり
性が高いことから海外において高く評価されているが3−4)、
や訪問看護利用の原因の第1位となっており、患者のみな
日本において脳卒中患者への研究例はまだ稀少である。
1)
札幌医科大学保健医療学部看護学科研究生
神島滋子
著者連絡先:神島 滋子 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学保健医療学部看護学科
─ ─
39
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
っている。得点は15点から60点で、得点の高い方がセ
これまで、脳卒中患者のHRQOLへの影響要因として、
うつや不安などの精神的な要因や、痛みや障害といった疾
ルフエフィカシーは高いと判断する。
(5)病気への
5−7)
病関連の要因、睡眠障害等が報告されている
認識として、疾病の生活への影響の有無(あり、なし、
。しかし、
どちらともいえないから選択)
、発症時および現在の
生活の質全般に関わる日常生活習慣や健康管理との関連か
重症感(重症、中等度、軽症、わからない、から選択)
、
らの検討は、まだ十分とは言えない現状である。また、一
般にHRQOLは加齢とともに低下すると言われている8)が、
(6)健康関連QOL: EuroQolの現在の健康状態と
脳卒中患者の生活や加齢との関連については明らかになっ
EuroQol5項目(EuroQol 5 detentions 以下EQ-5Dとす
ていない。
る)であり、現在の健康状態は「よい」
「ふつう」
「わ
そこで、本調査は在宅で通院中の脳卒中患者のHRQOL
るい」から選択し、EQ-5Dは「移動の程度」
、
「身の回
の実態と日常生活習慣、疾病などとの関連、年齢による
りの管理」
、
「普段の活動」
、
「痛み/不快感」
、
「不安/
HRQOLの比較を通して、QOLに影響する要因について検
ふさぎこみ」より成り、各回答は「問題なし」
「いく
討した。
らか問題がある」
「非常に問題(できない。またはひ
どくある)
」から選択する。このEQ-5Dへの回答を日
Ⅱ.研究方法
本語版EQ-5Dの効用値換算表10)に基づき効用値を算出
したものがHRQOLスコアである。HRQOLスコアはす
べて「非常に問題」と答えた場合−0.111、逆にすべて
1.調査対象
「問題なし」と答えた場合1.000となり、1.000に近づく
対象者はS市内で脳神経外科を標榜している3施設の
ほどQOLが高いと評価する。
外来通院中の脳卒中患者である。主病名が脳卒中(脳梗
3)分析方法
塞および脳出血)の診断を受けており、調査日に来院し
それぞれの変数に関しては記述統計を行ったうえで
た外来通院者に対し、調査内容、方法、倫理的配慮につ
性別、年齢に関するクロス集計を行い、χ2検定また
いて説明し、同意の得られた334名であった。
対象者は聞き取り調査で質問に対する認知が可能な場
はFisherの直接法による解析を行った。次にHRQOL
合とし、質問に対する認知が不可能な者は除外した。
スコアを従属変数とし、各独立変数に関する単回帰分
析を行った。HRQOLスコアへの関連要因を検討する
2.調査期間
ためにステップワイズ法による重回帰分析を行った。
調査期間:2003年6月∼9月。
すべての有意水準は5%とした。なお、分析には統計
パッケージSPSS 11.5J for Windowsを用いた。
3.調査方法および調査内容
4.倫理的配慮
1)調査方法
対象者には、調査の内容、プライバシーを厳守、診療
方法は、無記名質問紙を用いた横断的調査である。
上の不利益にはならないことへの保証、データの取り扱
対象者の希望により自記または聞き取りにより調査し
い方法などについて十分に説明し了解を得て、同意を得
た。調査は各施設の外来で、なるべく人と離れた場所
た。
で行い、質問紙はその場で回収した。
Ⅲ.結 果
2)調査内容
質問紙の内容は、(1)基本的属性:年齢、性別、
身長・体重(これらよりBod mass Index:BMIを算出し
アンケート調査に協力を得られた対象者334名のうち、
肥満度とし、BMI25以上を肥満とした)
、就業の有無、
EQ-5Dに回答のあった334名を有効回答とした(有効回答
年収、同居者の有無、介護保険利用の有無、身体障害
率100%)
。
者手帳の有無、
(2)疾病関連項目:疾病、罹病期間、
再発の経験とその回数、後遺症の有無とその内容、合
1.対象者の背景
併症の内容、他院通院の有無、内服している薬剤種類
対象者の背景について表1に示した。対象者は334名
数、
(3)日常生活習慣:食習慣の規則性、食事で気
であり、男性65.0%、女性35.0%であった。年齢は平均
をつけていることの内容、運動の有無、睡眠状態、睡
69.7±10.3歳(33∼95歳)であり、65歳未満の成人(以下
眠時間、眠剤使用の有無、喫煙、飲酒、
(4)健康管
成人とする)27.6%、65歳以上の高齢者(以下高齢者と
理に関するセルフエフィカシー尺度:主に高齢者を対
する)72.4%であった。家族構成では独居者は18.6%であ
象に健康管理に対する自己効力を測る尺度として開発
り、高齢者は成人に比べ有意に同居有りの割合が多かっ
され、有効性が示されており9)、15項目からなってい
た(P<.05)
。就業に関しては、無職が全体で約77.8%で
る。回答は「非常に自信がある」
「まあ自信がある」
あり、成人でも53.8%が無職であった。年収は3.6%が無
「あまり自信がない」
「全く自信がない」の4段階とな
─ ─
40
回答であったが、100万円から300万円の年収のものが最
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表1.対象者の背景
人 数
項 目
全 数
家族構成
独居
同居あり
就業
あり
なし
年収
100万未満
100−300万未満
100−500万未満
500−700万未満
700万以上
無回答
介護保険の有無
あり
なし
身体障害者手帳有無
あり
なし
肥満
肥満あり
肥満なし
疾病
脳梗塞
脳出血
脳梗塞+脳出血
不明
(%)
表2.疾病関連項目についての年齢のクロス表
年齢(平均69.7±10.3)
成 人
56
±0.7
高齢者
74.9
±0.3
334(100.0) 92(65.0) 242(65.0)
p値
49(14.7)
140(41.9)
96(28.7)
19(5.7)
18(5.4)
12(3.6)
*
24(26.1) 38(15.7) p=.029
68(73.6) 204(84.3)
***
42(46.2) 31(12.8) p<.001
49(53.8) 221(87.2)
*
17(18.5) 32(13.2) p=.025
29(31.5) 111(45.9)
14(15.2) 82(33.9)
12(13.0)
7(2.9)
16(17.4)
2(0.8)
4(4.3)
8(3.3)
46(13.8)
288(86.2)
10(10.9) 36(14.9)
82(89.1) 206(85.1)
79(23.7)
255(76.3)
*
29(31.5) 50(20.7) p=.037
63(68.5) 192(79.3)
112(33.6)
221(66.4)
37(40.7) 75(31.0)
54(59.3) 167(69.0)
297(88.9)
24(7.2)
4(1.2)
9(2.7)
***
76(82.6) 221(91.3) p<.001
15(16.3)
9(3.7)
1(1.1)
3(1.2)
0 0.0
9(3.79)
62(18.6)
272(81.4)
72(13.8)
260(77.8)
項 目
有意水準
n.s.
n.s.
年齢(64歳以下を成人、65歳以上を高齢者とする)にしめされた整数は、
実数を示す。
* p<.05 ** p<.01 *** p<.001
χ2による
n.s. ; not significant
も多く、41.9%であった。身体状況については、介護保
険利用者は13.8%、身体障害者手帳を持つ者は23.7%であ
った。身体障害者手帳取得者は成人に有意に多かった
(p<.05)
。肥満者は全体で33.6%であり、成人の肥満は
40.7%と多い傾向が見られた。疾病の内訳では脳梗塞が
88.9%で圧倒的に多かったが、脳出血の割合は高齢者に
比べ成人に有意に多く認められた(p<.001)
。
再発の経験
あり
なし
どちらともいえない
後遺症の有無
あり
なし
どちらともいえない
麻痺
あり
なし
言語障害
あり
なし
不眠
あり
なし
痺れ
あり
なし
痛み
あり
なし
めまい
あり
なし
嚥下障害
あり
なし
その他
あり
なし
合併症
あり
なし
他院通院の有無
あり
なし
罹病期間
合 計
人数(%)
成 人
人数(%)
高齢者
人数(%)
有意水準
p値
81(24.3)
253(75.7)
*
10(10.9) 57(23.6) p=.011
82(89.1) 180(74.4)
0(0.0)
5(2.1)
**
66(71.7) 127(52.5) p=.004
26(28.3) 109(45.0)
0(0.0)
6(2.5)
**
38(41.3) 64(26.4) p=.008
54(58.7) 178(73.6)
*
30(32.6) 51(21.1) p=.028
62(67.4) 191(78.9)
15(4.5)
319(95.5)
7(7.6)
8(3.3)
85(92.4) 234(96.7)
65(19.5)
202(80.5)
*
25(27.2) 40(16.5) p=.028
67(72.8) 202(83.5)
20(6.0)
314(94.0)
8(8.7)
12(5.0)
84(91.3) 230(95.0)
n.s.
34(10.2)
300(89.8)
12(13.0) 22(9.1)
80(87.0) 220(90.9)
n.s.
30(9.0)
304(91.0)
9(9.8)
21(8.7)
83(90.2) 221(91.3)
n.s.
61(18.3)
273(81.7)
19(20.7) 42(17.4)
73(79.3) 200(82.6)
n.s.
67(20.1)
262(78.4)
5(1.5)
193(57.8)
135(40.4)
6(1.8)
102(30.5)
232(69.5)
293(87.7)
41(12.3)
183(54.8)
151(45.2)
mean SD
6.1 ±5.7
内服薬の種類数
5.2 ±2.9
再発回数
0.3 ±0.8
* p<.05 ** p<.01 *** p<.001
a) t検定による
n.s.; not significant
n.s.
***
71(77.2) 222(91.7) p<.001
21(22.8) 20(8.3)
***
36(39.1) 147(60.7) p<.001
56(60.9) 95(39.3)
*** a)
4.1 ±3.3
6.9 ±6.2
p<.001
a)
4.8 ±3.2
5.4 ±2.8
n.s.
a)
0.2 ±0.7
0.4 ±0.9
n.s.
χ2検定
規則的である者は83.2%であり、高齢者は規則的である
2.疾患に関連する背景
割合が高かった(p<.01)
。食事で気をつけていることは、
対象者の疾病に関連する背景について表2に示した。
初発からの罹病期間は平均6.1±5.7年であった。再発経験
塩分を控えるがもっとも多く75%であった。他野菜を多
者は20.1%であり、高齢者に有意に多かった(p<.05)
。
くとる、油を控えるなどの行動は女性が有意に多かった
再発回数は1∼5回の範囲で、1回の者が最も多かった。
が、特に気をつけていないと答えた者は男性に有意に多
後遺症のある者は57.8%であり、内容は、麻痺30.5%、言
かった。
語障害24.3%、痺れ19.5%等が多く、その他の内容として
運動については、適度に運動している者は34.4%であ
は視野障害、知覚障害などがあった。後遺症は男性
った。睡眠については、眠れないと答えた者は17.4%で、
(p<.05)有意に多く、成人と高齢者では麻痺、言語障害、
睡眠薬を使用している者はいつも・たまにを含め約24%
であった。睡眠薬の使用は高齢者に有意に多かった
痺れについては有意に成人に多かった。
合併症のある者は87.7%とほとんどが何らかの合併症
(p<.05)
。喫煙については、成人、高齢者ともに、現在
を抱えていた。内訳は高血圧が206名ともっとも多く、
喫煙よりも以前喫煙していた者の割合が上回っていた。
糖尿病、高脂血症、心臓疾患などが続いた。他の病院に
また、ほぼ毎日飲酒している者は全体で23.1%であった。
も通院している者も55%と半数を超えていた。
年齢により差を認めなかった。
4.健康管理に関するセルフエフィカシー尺度
3.日常生活習慣
日常生活習慣については表3に示した。食事の習慣が
─ ─
41
健康管理に関するセルフエフィカシー尺度は、平均
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表3.対象者の日常生活習慣
項 目
食習慣
規則的
不規則
適度な運動
している
していない
どちらともいえない
睡眠について
夜は良く眠れますか?
眠れる
眠れない
どちらともいえない
睡眠時間
4時間未満
4∼6時間
6∼8時間
8時間以上
眠剤の使用
いつも
たまに
使用無し
喫煙
現在喫煙
以前喫煙
喫煙無し
飲酒
ほぼ毎日飲む
付き合い程度
飲酒無し
人数(%)
表4.病気に対する認識の年齢による差
年 齢
成 人
高齢者
高齢者
人数(%)
p値
278(83.2)
56(16.8)
**
67(72.8) 221(87.2) p=.002
25(27.2) 31(12.8)
115(34.4)
31(9.3)
188(56.3)
34(37.0) 81(33.5)
11(12.0) 20(8.3)
47(51.1) 141(58.3)
231(69.2)
58(17.4)
45(13.5)
59(64.1) 172(71.1)
*
13(14.1) 45(18.6) p=.022
20(21.7) 25(10.3)
10(3.0)
81(24.3)
189(56.6)
54(16.2)
2(2.2)
8(3.3)
22(23.9) 59(24.4)
58(63.0) 131(54.1)
10(10.9) 44(18.2)
n.s.
n.s.
56(16.8)
118(35.3)
160(47.9)
*
6(6.5)
38(15.7) p=.043
8(8.7)
29(12.0)
78(84.8) 175(72.3)
***
25(27.2) 31(12.8) p<.001
39(42.4) 79(32.6)
28(30.4) 132(54.5)
77(23.1)
87(26.0)
170(50.9)
22(23.9) 55(22.7)
29(31.5) 58(24.0)
41(44.6) 129(53.3)
44(13.2)
37(11.1)
253(75.7)
成 人
有意水準
n.s.
合 計
人数(%)
生活への影響の有無
あり
24(26.1) 138(57.0)
なし
5(5.4)
2(0.8)
どちらともいえない
63(68.5) 102(42.1)
発症時の重症感
重症
29(31.5) 62(25.6)
中等度
13(14.1) 23(9.5)
軽症
33(35.9) 102(42.1)
わからない
17(18.5) 55(22.7)
現在の重症感
重症
10(10.9) 12(5.0)
中等度
16(17.4) 25(10.3)
軽症
62(67.4) 185(76.4)
わからない
4(4.3)
20(8.3)
* p<.05 *** p<.001 検定はχ2による。
n.s. : not significant
有意確立
人数(%)
p値
162(48.5)
***
7(2.1)
p<.001
165(49.4)
91(27.2)
36(10.8)
135(40.4)
72(21.6)
n.s.
22(6.6)
*
41(12.3) p=.038
247(74.0)
24(7.2)
表5.EuroQOL・5Dの回答状況
5D
問題がある
問題ない
人数(%)
移動の程度
187(56.0)
身の回りの管理 303(90.7)
普段の活動
237(71.0)
痛み/不快感
182(54.5)
不安/ふさぎこみ 252(75.4)
5Dのいずれか問題
−
いくらか問題があるa) 非常に問題があるb)
計
人数(%) 人数(%)
146(43.7)
1(0.3)
27(8.1)
4(1.2)
89(26.6)
8(2.4)
133(39.8) 19(5.7)
76(22.8)
6(1.8)
239(71.6) 31(9.3)
人数(%)
147(44.0)
31(9.3)
97(29.0)
152(45.5)
82(24.6)
241(72.2)
a)
「痛み/不快感」
、「不安/ふさぎこみ」では「中程度にある」の表現
検定はχ2による。
* p<.05 ** p<.01 *** p<.001
n.s.; not significant
b「移動の程度」では「寝たきりである」、「身の回りの管理」、「ふだん
の活動」では「できない」、「痛み/不快感」、「不安/ふさぎこみ」は
「ひどくある」の表現
45.9±7.2(24∼60)であった。年齢、性別およびその他
の患者の背景について有意な差は認めなかった。相関関
6.外来脳卒中患者の現在の健康状態
現在の自覚的健康状態の割合は、よい28%、普通60%、
係では健康管理に対するセルフエフィカシーの得点と
HRQOLスコアの間には弱い正の相関関係が認め(r=.175.
悪い12%であった。自覚的健康状態は性別、年齢による
p<.01)
、EQ-5Dのうち、普段の活動(p<.05)
、不安/ふ
差は認められなかった。
EQ-5Dの回答状況については表5に示した。EQ-5Dの
さぎ込み(p<.01)で有意な関連を認めた。
日常生活習慣と健康管理に関するセルフエフィカシーは
いずれかの項目において問題があると答えた者は72.2%
食事(p<.001)
、運動(p<.001)
、睡眠(p<.05)
、喫煙
で、多くの者が問題を抱えていた。各項目について問題
があると答えた者は、
「痛み/不快感」がもっとも多く
(p<.05)のすべての項目で関連を認めた。
表6.EuroQol5項目に関する成人・高齢者のクロス表
5.病気への認識
合 計
病気への認識を表4に示した。
「脳卒中になったことで
仕事や家事に影響があったか」では、影響があると答え
た者が49%と約半数であった。生活への影響は性別では
女性(p<.05)に、年齢では高齢者(p<.001)にありと
答えた者が有意に多かった。「発症時の重症感」では、
重症と答えた者は27%で、の重症感は性別、年齢に関連
は認めなかった。
「現在の重症感」は、重症は7%と少な
かった。現在の重症感は、成人に有意に重症感を持つ者
が多かった(p<.05)
。発症時と現在の症状について見る
と、発症時重症であった者172名のうち58名(63.7%)が
現在は軽症と答え、発症時中程度と答えた36名のうち27
名(75.0%)が現在は軽症と答えた。しかし、発症時
「軽症」と答えていたもののうち14名(10.4%)が「重症」
「中程度」と答えていた。
人数(%)
移動の程度
問題ない
187(56.0)
いくらか問題あり 146(43.7)
寝たきり
1(0.3)
身の回りの管理
問題ない
303(90.7)
いくらか問題あり 27(8.1)
自分でできない
4(1.2)
普段の活動
問題ない
237(71.1)
いくらか問題あり 89(26.6)
できない
8(2.4)
痛み/不快感
なし
182(54.5)
中等度
133(39.8)
ひどくあり
19(5.7)
不安/ふさぎ込み
なし
252(75.4)
中程度
76(22.8)
ひどくあり
6(1.8)
** p<.01 検定はχ2による。
n.s. : not significant
─ ─
42
成 人
人数(%)
高齢者
人数(%)
p値
66(71.7) 121(50.0)
**
26(28.3) 120(49.6) p=.002
0(0.0)
1(0.4)
81(88.0) 222(91.7)
10(10.9) 17(8.1)
1(1.1)
3(1.2)
n.s.
62(67.4) 175(72.3)
30(32.6) 59(24.4)
0(0.0)
8(3.3)
n.s.
51(55.4) 131(54.1)
37(40.2) 96(39.7)
4(4.3)
15(5.7)
n.s.
67(72.8) 185(76.4)
22(23.9) 54(23.3)
3(3.3)
3(1.2)
n.s.
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表7.HRQOLスコアに関する単回帰分析結果
成 人
項 目
表8.成人におけるHRQOLスコアに関する重回帰分析
高齢者
標準化係数 有意確率
標準化係数
有意確率
標準化係数
有意確率
β
p値
β
p値
患者の背景
性別
職業の有無
年収
肥満の有無
同居者の有無
介護保険
身障
期間
入院経験
他院通院
薬剤数
再発回数
−0.202
0.162
−0.027
0.160
0.146
0.174
0.299
0.024
−0.155
0.011
−0.145
0.023
0.053
0.125
0.798
0.129
0.165
0.098
**0.004
0.822
0.140
0.920
0.168
0.830
−0.086
0.070
−0.052
−0.053
0.026
0.278
0.353
−0.128
−0.071
0.165
−0.356
−0.142
0.180
0.275
0.422
0.410
***0.000
***0.000
***0.000
*0.047
0.270
**0.010
***0.000
*0.027
後遺症
後遺有無
後遺症数
麻痺
言語障害
不眠
痺れ
痛み
めまい
嚥下障害
その他
−0.452
−0.635
−0.392
−0.223
−0.182
−0.357
−0.330
−0.358
−0.351
−0.242
***0.000
***0.000
***0.000
*0.033
0.082
***0.000
**0.001
***0.000
**0.001
*0.020
−0.336
−0.460
−0.275
−0.222
−0.217
−0.254
−0.270
−0.227
−0.230
−0.027
***0.000
***0.000
***0.000
***0.000
**0.001
***0.000
***0.000
***0.000
***0.000
0.680
日常生活習慣
食事規則
睡眠有無
睡眠時間
眠剤使用
喫煙
飲酒
運動欠
0.052
−0.314
0.235
−0.035
0.116
−0.145
−0.143
0.621
**0.007
*0.024
0.741
0.273
0.169
0.204
0.017
−0.216
0.073
0.236
−0.097
−0.175
0.170
0.791
**0.001
0.260
***0.000
0.134
**0.006
*0.011
0.189
0.072
0.185
**0.004
健康管理に関するセルフエフィカシー
疾病に対する重症感
発症時
現在
β
(定数)
麻痺(後遺症)
その他(後遺症)
嚥下障害(後遺症)
めまい(後遺症)
性別
発症時重症感
健康管理に関するセルフエフィカシー尺度
痺れ
調整済みR2=0.375
−0.345
−0.311
−0.181
−0.253
−0.231
0.172
0.182
−0.186
p値
0.000
0.000
0.000
0.062
0.002
0.005
0.032
0.024
0.042
95%信頼区間
下限 上限
0.633∼ 0.978
−0.171∼−0.058
−0.192∼−0.062
−0.192∼ 0.005
−0.196∼−0.044
−0.146∼−0.028
0.002∼ 0.047
0.000∼ 0.007
−0.134∼−0.002
表9.高齢者におけるHRQOLスコアに関する重回帰分析
標準化係数 有意確率
β
(定数)
身障手帳の有無
現在の健康状態
痺れ(後遺症)
処方されている薬剤種類数
痛み(後遺症)
眠剤の使用
介護保険利用の有無
健康管理に関するセルフエフィカシー尺度
調整済みR2=0.377
0.22
−0.226
−0.173
−0.169
−0.182
0.156
0.137
0.125
p値
0.009
0
0
0.002
0.004
0.002
0.004
0.015
0.024
95%信頼区間
下限 上限
0.085∼ 0.605
0.053∼ 0.177
−0.114∼−0.039
−0.167∼−0.039
−0.021∼−0.004
−0.291∼−0.068
0.014∼ 0.075
0.015∼ 0.145
0.001∼ 0.007
では身体障害者手帳の有無、後遺症、睡眠、現在の重症
感が有意な関連を認めた。成人と高齢者により違いが認
められた項目は、成人では患者の背景において身体障害
者手帳意外に関連を認めないが、高齢者では、同居者の
有無や通院や薬剤数、再発回数などが関連していた。ま
た、日常生活習慣は成人では睡眠のみが関連を認めたが。
高齢者では、運動、飲酒が影響し、さらに健康管理に対
0.063
0.397
0.548
***0.000
0.100
0.226
0.120
***0.000
現在の健康状態
健康状態
−0.199
* p<.05 ** p<.01 *** p<.001
0.057
−0.283
***0.000
するセルフエフィカシーや、現在の健康状態が影響して
いた。
これらの変数を投入し、ステップワイズ法による重回
帰分析を行った結果を表8に示した。成人では、麻痺、
その他の後遺症、嚥下障害、めまい、性別、発症時の重
45.5%であった。
「痛み/不快感」の項目は、女性に有意
症感、健康管理に関するセルフエフィカシー、痺れが抽
に多く(p<.001)
、年齢では「移動の程度」は高齢者に
出された。高齢者の結果は表9に示すように、身体障害
有意に多かった(p<.01)
(表6)
。
者手帳の有無、現在の健康状態、痺れ、薬剤種類数、痛
み、眠剤の使用の有無、介護保険利用の有無、健康管理
HRQOLスコアの平均は0.775±0.204であり、基本的属
に関するセルフエフィカシーが抽出された。
性で比較すると、有意に得点が高かったのは男性
(p<.05)
、有職者(p<.05)
、後遺症のない者(p<.001)
、
Ⅳ.考 察
再発のない者(p<.01)
、介護保険を利用していない者
(p<.001)
、身障手帳を持たない者(p<.001)であった。
また、HRQOLスコアについての相関関係は、薬剤種類
1.対象者の日常生活習慣の特徴
数(r=-.301、p<.01)
、健康管理に対するセルフエフィカ
脳卒中患者の現在の日常生活習慣についてみると、単
シーと弱い正の相関を認め(r=.175、p<.01)
、罹病期間
回帰分析においては睡眠や飲酒、運動などの項目におい
(r=-.118、p<.05)
、再発回数(r=-.186、p<.01)に弱い負
てHRQOLスコアとの関連を認めたにもかかわらず、重
の相関を認めた。
回帰分析では影響要因として抽出されたのは、高齢者に
おける眠剤使用のみであった。江藤ら20)の調査において
7.HRQOLスコアに関する回帰分析
も「睡眠障害」が脳卒中後遺症患者のHRQOLに関連す
HRQOLスコアについては、それぞれの説明変数につ
ると報告されており、同様の結果が得られた。他の日常
いて成人、高齢者に分けて単回帰分析を行った。その結
生活習慣は影響要因とはならなかったが、日常生活を行
果、表7に示すように、成人、高齢者のどちらも後遺症
っていく上での自己効力感は、健康管理同様にHRQOL
─ ─
43
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
と関連することが考えられ、患者の生活への注目は重要
軽度であることが考えられ、障害の程度がHRQOLに影
と考える。
響していると推測される。また、障害の程度が「不安/
以下に対象者の日常生活習慣の特徴を述べる。食習慣
ふさぎ込み」と関連がみられたことから従って、脳卒中
については不規則であると答えた者は男性18%、女性
患者の健康関連QOLの特徴は、身体的な障害の程度と関
13%であり、健康人を対象とした平成13年厚生労働省国
連し、
「移動の程度」
、
「不安/ふさぎ込み」など移動動
民栄養調査21)でも、欠食習慣のある者の割合は、男性
作に支障がある者や不安やふさぎこみなどの問題を抱え
19.2%。女性13.0%であり、同様の結果であった。従って、
ている者が多いといえる。
対象者は脳卒中の発症後も食習慣を改善した者が少ない
EuroQolの効用値であるHRQOLスコアは平均0.775であ
ことが推測される。運動については、適度に運動してい
り、桑野ら5)の在宅脳卒中患者の調査結果(平均0.704)
る者の割合は男性52%、女性64%であり、平成8年保健
に比べると高いが、縄田ら8)の地域高齢者の調査結果
福祉動向調査22)の男女ともに53%と比較すると、ほぼ類
(平均0.831)と比較すると本調査の結果は非常に低かっ
似していたが、本調査の女性は運動を行っている割合が
た。これらの結果では、対象者の背景や障害の程度等の
多い傾向があり、脳卒中を経験することにより運動を行
状況が大きく影響することが考えられるため、詳細な比
うようになったと推測される。
較検討が必要であると考える。
喫煙の習慣では、現在喫煙者は成人では30%、女性
宇高ら11)、小泉ら12)は、脳卒中患者の社会的不利や自
19%、高齢者は男性16%、女性8%であった。平成13年
己の存在感としての就業の有無がQOLと関連すると報告
市民意識調査23)の結果(男性49%、女性23%、年齢では
しているが、本調査における単回帰分析では、就業の有
20∼50代成人は42∼44%、60∼70代では26∼16%)と比
無とHRQOLスコアとの関連は見られなかった。しかし、
較し、本調査の対象者は喫煙率が高いといえる。さらに、
身体障害者手帳の有無では成人、高齢者ともに有意な関
以前喫煙していたが現在は喫煙している者は全体で35%
連が認め、高齢者では介護保険利用も有意な関連を認め
と多い。このことから、病気によって禁煙したことが推
た。従って、後遺症としての身体障害がHRQOLスコア
測される。同様に飲酒についても、ほぼ毎日飲む者の割
と関連していると同時に、障害が社会的な不利と結びつ
合は成人では男性27%、女性15%、高齢者は男性34%、
いていることが推測される。
24)
女性4%であった。平成13年国民栄養調査 の結果(飲
「不安/ふさぎ込み」については、年齢による差が見
酒習慣を持つ者の割合は成人は男性36∼63%、女性9∼
られないことから、脳卒中の患者全体の特徴として考え
14%、高齢者は男性45∼55%、女性3∼8%)と比較し、
られる。浅田ら13)は脳卒中の発症後は身体的に影響がな
特に男性では飲酒率が低下傾向にある。
く、歩行可能な状態であっても生活の変化と心理面が相
このように、喫煙・飲酒については体に与える影響に
互に関連し、生活の縮小をもたらす可能性を示唆してい
ついて認識していると考えられる。しかし、適切な食習
る。脳卒中後のうつ状態は患者の15∼60%発生するとい
慣や運動に関しての関心は薄いことが示唆される。
われ、単に体の不自由さではなく、脳の病変自体によっ
て誘発され、無症候性の脳卒中でもうつが発症すると言
われている13−15)。したがって、多くの患者は自覚がなく
2.脳卒中患者のHRQOLの状態
脳卒中患者のQOLの関連要因を探ることは、長い療養
てもうつ傾向にあり、身体的な障害がなくても、生活の
生活または通院を余儀なくされる患者にとってのケアを
縮小から生じるうつ状態や意欲の低下などを来すことが
考える上で重要である。本調査では、質問項目が5項目
考えられる。脳卒中患者の研究では認知障害や、運動障
で患者への負担が少ないといわれる10)日本語版EuroQol
害などによる困難を取り上げているものが多い16,17)。し
を用い、日頃要介護患者などに焦点が集中しやすい脳卒
かし、このような外来患者の状況においては、障害のみ
中患者のうち、外来患者について検討した。
ならず患者の意欲などにも着目し、患者各人の退院後の
EQ-5Dのいずれかの項目で問題があると答えた者は
生活の状況に継続して注目することが必要である。
72.2%、各項目で問題がある割合は「移動の程度」44%、
「不安/ふさぎこみ」25%などであった。縄田ら8)は、高
3.成人・高齢者のHRQOLの特徴
齢者について調査し、
「問題あり」と答える者は加齢と
HRQOLスコアに関する重回帰分析の結果より、成人
ともに増えると報告しているが、一般高齢者の調査に比
と高齢者に差が見られた項目について検討する。第1に
べでも本調査の割合は非常に多かった。一方、黒田ら6)
成人では、高齢者に比べて麻痺などが残存しており、後
の介護を必要とする在宅脳卒中患者の調査では、5項目
遺症自体が直接QOLに影響されていることが推測され
それぞれの問題がある割合は「移動の程度」78.6%、
「不
る。高齢者も同様に後遺症が影響しているが、成人は麻
安/ふさぎ込み」49.3%であり本調査の方が低い割合を
痺、言語障害などの機能的な障害がHRQOLスコアに影
示した。この背景には、一般高齢者に比べて外来通院患
響しているのに対し、高齢者では痺れ、痛みといった知
者は障害を持つ割合が高いが在宅患者に比べその障害は
覚・感覚的な障害が影響しており、性質が異なっていた。
─ ─
44
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
このことは以下のことから理由が推測できる。平成12年
(結果期待)が何らかの不安によって減少し、セルフエ
18)
フィカシーも低下すると考える。
第5次循環器疾患基礎調査・脳卒中既往歴等 では、発
症時の症状は手足の麻痺45%、しびれ・視野欠損など
Ⅴ.結 論
37%と報告され、発症から平均6.1年経過しているにもか
かわらず、対象者は後遺症が残存している者が多いこと
が推測できる。さらに、成人に後遺症があると答える者
以上より、脳卒中患者のHRQOLに関しては後遺症が大
の割合が多いが、高齢者では少なく、罹病期間が長期化
きな影響を与えており、そのほか健康管理に関するセルフ
することにより、症状が回復しているか、または症状に
エフィカシーや重症感、健康状態などの自己に対する認識
対し気にならなくなっていることも推測される。
の影響も示唆された。
第2に、処方されている薬剤数は成人/高齢者による
通院脳卒中患者のHRQOLについて、基本的属性、疾病
薬剤数には有意な差が認められないにもかかわらず、服
との関連、日常生活習慣との関連について検討し、以下の
薬数とHRQOLに有意な関連が見られた。同時に眠剤使
ような知見を得た。
用の有無も関連が認められ、高齢者の服薬には、QOLへ
1.脳卒中患者の再発の経験は高齢者に有意に多いが、再
の影響が大きいことが示唆された。高齢者の多剤併用の
発回数には年齢による差は認められなかった。後遺症は
問題は副作用や費用など多くの観点から問題とされてお
成人に多く、主な症状は麻痺、言語障害、痺れなどであ
り、今後の継続した調査が必要と考える。
った。
第3に、成人においては、現在の病気に対する重症感
2.日常生活習慣において、食習慣は不規則と答えた者は
が、高齢者では現在の健康状態がそれぞれHRQOLスコ
成人27.2%、高齢者12.8%であり成人に有意に多かった。
アに影響していた。このことは、成人では社会的な役割
喫煙者は成人に、眠剤の使用は高齢者に各々有意に多か
や立場、他者との比較から自分自身の病気に対して重症
った。
感が影響し、高齢者では健康への関心が高く、自分自身
3.病気に対する認識は生活への影響があると感じている
が考える健康状態がHRQOLスコアに影響していると考
者は高齢者に有意に多かった。発症時の重症感では年齢
えられる。
による差は認められなかったが、現在の重症感では成人
第4に、成人・高齢者ともに、健康管理に対するセル
フエフィカシー尺度との関連が認められた。健康に気遣
に有意に多かった。
4.EQ-5Dにおいて、いずれかの項目で問題があると答え
い、日常生活習慣を維持するためには、
「良い結果を得
た者は72.5%であった。5項目のうち「痛み/不快感」
られる」という期待(結果期待)と「自分が行うことが
に問題を持つ者は女性に有意に多く(p<.01)
、
「移動の
できる」という期待(効力期待)によって影響されると
程度」に問題を持つ者は高齢者に有意に多かった
され、この概念を自己効力感(セルフ・エフィカシー)
という19)。セルフエフィカシーが病気への回復や生活の
(p<.01)
。
5.HRQOLスコアに関する回帰分析の結果より、通院脳
再構築への取り組みに重要な要素であり、HRQOLの程
卒中患者のQOLは後遺症の影響が大きく、成人では麻痺、
度を予測するのに役立つことが示唆された。病気対処行
嚥下障害、めまいなどであり、高齢者では痺れ、いたみ
の影響が大きかった。
動などに対するセルフエフィカシーが高ければ、自分が
健康になるための目標を達成し、健康な状態へ導かれる。
6.高齢者では後遺症の他に薬剤数や眠剤使用の有無が
本調査における健康管理に対するセルフエフィカシーの
HRQOLに影響しており、高齢者の服薬への関心が高い
平均点は45.9で、横川ら9)の地域高齢者の平均45.3と比べ
ことがわかった。両者ともに健康管理に対するセルフエ
ると統計学的に高い傾向がみられた。この尺度の質問項
フィカシーがHRQOLに影響していることが示唆された。
目には脳卒中患者が日常生活において留意すべき内容が
本研究は札幌医科大学大学院保健医療学研究科における
含まれており、そのため地域高齢者に比べて得点が高か
10)
ったことが考えられる。横川ら はセルフエフィカシー
修士論文の一部である。
とADLとの関連を示唆しているが、EQ-5Dの「普段の活
謝 辞
動」は「移動の程度」などの実際の状態よりも、患者が
自覚しているADL獲得の程度を示すと考えられており、
本調査においても行動への自信の程度を示すセルフエフ
本調査にご協力頂きました患者の皆様並びに協力施設の
ィカシーとの関連を認めたといえる。したがって、ADL
皆様に厚く御礼申し上げます。本稿をまとめるにあたりご
とセルフエフィカシーとの関連は、実際のADLよりも患
指導を賜りました新潟県立看護大学教授野地有子先生に深
者自身が自覚しているADLの自立度や困難さに関連する
く感謝いたします。また、統計処理についてご助言頂きま
ものと考えられる。また、
「不安/ふさぎ込み」につい
した札幌医科大学保健医療学部講師片倉洋子先生、貴重な
ても、行動したことによって得られる結果に対する自信
ご助言をいただきました札幌医科大学保健医療学部教授丸
─ ─
45
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
東京,金子書房,1997,p1−15
山知子先生に心より謝意を表します。
20)江藤文夫,坂田卓志:脳血管障害後遺症患者の健康関連Quality
文 献
of Lifeに影響を及ぼす要因の研究.日本老年医学会雑誌37
(7):554−559,2000
1)厚生統計協会編:国民衛生の動向.厚生の指標.50(9)
,2003
21)健康・栄養情報研究会編:国民栄養の現状∼平成13年厚生労働省
国民栄養基礎調査結果.第一出版株式会社,東京,2003,p46−
2)厚生省保健医療局生活習慣病対策室:脳卒中対策に関する検討会
47
中間報告書(日本脳卒中協会ホームページ).http://jsa-
22)厚生省大臣官房統計情報部保健社会統計課国民生活基礎調査室:
web.org/hw/hw.html,1999
平成8年保健福祉動向調査
3)池上直己ほか編:臨床のためのQOL評価ハンドブック.東京,
23)札幌市保健福祉局健康衛生部地域保健課:健康さっぽろ21∼札幌
医学書院,2001,p45−49
市健康づくり基本計画.札幌市保健福祉局健康衛生部地域保健
4)日本語版EuroQol開発委員会:日本語版EuroQolの開発.医療と
課,札幌市,2002,p55
社会8(1):109−123,1998
5)桑野美鳥,神田直,清水和彦ほか:EuroQolを用いて検討した在
24)健康・栄養情報研究会編:国民栄養の現状∼平成13年厚生労働省
宅脳卒中患者の健康関連QOL.日本老年医学会雑誌36(6):
831−833,2001
6)黒田晶子,神田直,浅井憲義:在宅脳卒中患者の介護者の健康関
連QOL∼EuroQolによる検討∼.日本老年医学会雑誌40(4):
381−389,2003
7)習田明裕:脳血管疾患の既往を持つ在宅療養者のQOLに影響を
及ぼす要因分析−老年者と壮年者の比較を通して−.東京保健
科学学会誌3(2):88−97,2000
8)縄田茂毅,山田ゆかり,池田俊也ほか:高齢者におけるEuroQol
の研究:IADL等の要因との関連についての検討.医療と社会10
(2):75−85,2000
9)横川吉晴,甲斐一郎,中島民江:地域高齢者の健康管理に対する
セルフエフィカシー尺度の作成.日本公衆衛生学会誌46
(2):103−112,1999
10)池上直己ほか編:臨床のためのQOL評価ハンドブック.東京,
医学書院,2001,p45−49
11)宇高不可思,澤田秀幸,亀山正邦:脳血管障害患者における
Quality of Lifeの評価の試み.臨床評価19(3):405−412,1991
12)小泉美佐子,神山幸枝,岸恵美子:中高年の脳血管障害患者の
QOLに関わる要因の分析.北関東医学学会誌50(4):359−365,
2000
13)浅田美紀,成瀬優知:脳卒中発症前後の生活変化と心理状態との
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14)菊本修,佐々木高伸:脳血管障害後抑うつ状態.医学のあゆみ
160(10):806−809,1992
15)岩月宏泰,奥田英隆,岩月順子:慢性期脳血管障害患者の抑うつ
に影響を与える要因.名古屋大学医療技術短期大学部紀要7:
51−56,1995
16)館野喜代美,今井幸子:高次脳機能障害を有する脳血管障害者に
対する服薬自己管理能力獲得への視点.日本リハビリテーショ
ン看護学会集録12回号:90−92,2000
17)Donna M.Langenbahn : Medication Adherence : Why So Difficult
After Stroke? Loss. Grief & Care. 9(1/2): 119−142,2001
18)健康局総務課生活習慣病対策室:平成12年第5次循環器疾患基礎
調査.Ⅱ.循環器疾患の既往等
19)A.バンデューラ.著.本明寛監訳:激動社会の中の自己効力.
─ ─
46
国民栄養基礎調査結果.第一出版株式会社,東京,2003,p124
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
看護教員の教育活動からみた看護技術に対する認識
福良 薫
本研究は、教員の看護技術に対する認識を明らかにすることを目的とした。研究対象は基礎看護科目の
一単元「清潔の援助」を担当する道内看護専門学校教員9名であり、研究方法は半構成面接法で、当単
元の授業のねらいや内容、方法についてインタビューした。結果、全員が看護技術は対人関係を包含し
た概念と認識していた。その一方で、三つの異なる認識が存在した。その一つは、看護技術は「患者の
状況から方法を導き出し決定・実施するプロセス」であるとする認識であった(5名)。しかし、その
教育活動の中心となる教材(看護事例)において、患者に適した方法を考えさせるために提示された事
例の内容は教員によって異なっていた。他の二つは、看護技術は人間関係の成立と情報収集を目的とし
た「患者理解のための手段」であるとする認識(2名)、看護技術は教科書などの「既存の手順の適用」
であるとする認識(2名)であった。以上、教員の看護技術の認識は異なっており、それが教育内容・
方法に反映していることが明らかになった。
<キーワード> 看護教員、看護技術、看護基礎教育
Recognition of nursing techniques by analyzing the educational activities of nursing teachers
Kaoru FUKURA
This study's purpose is to examine the understanding of nursing techniques of nursing teachers. The subjects were 9
nursing school teachers in Hokkaido who taught hygiene as a basic subject. The method employed was a semiconstructed interview about the purpose, content, and methods used in the class.The results indicated that all those
interviewed recognized nursing techniques to be a general concept that included personal relationships. On the other
hand, three different approaches existed. One of them was a process that was based on the situation of the patient
and place, called the process of making decisions and executing them considering situation of the patient (5 of the 9
teachers). However, the teaching materials differed because each teacher had a different approach to the
problems confronting patients. Two other approaches were : to establish a good relationship with the patient and
gather information using instrumentalities for understanding patients (2 teachers) and nursing techniques is
applying modalities based on existing textbook paradigms to the case (2 teachers). Recognition that the nursing
techniques of the teachers differed. How this was as a result of the findings described above.
Keywords: Nursing teacher , Nursing technique , Nursing education
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:47(2004)
Ⅰ 緒 言
を明確にし、その問題解決のために看護の諸技術を具体的
な方法に組み立て実施することである。そのため、看護実
看護は、健康から病気の過程にある人々を対象として、
健康の維持増進・病気の予防・健康回復・苦痛の緩和を目
践には問題解決に必要な科学的側面と人間関係に基づく倫
理的側面があり、これらが統合された行為であるといえる。
的に健康を生活面から支援する実践活動である。その実践
このような看護実践力の基礎を育成する看護基礎教育で
とは、対象者が身体的、心理社会的統合体としての人間で
は、専門知識のほか、看護の諸技術、観察能力、対人関係
あることを前提に、健康と生活における人間の反応につい
能力、倫理的能力などについて学習することになる。さら
て看護の専門的知識をもとに分析・総合して看護上の問題
にまた、看護の目的を達成するために対象者に適した方法
札幌医科大学保健医療学部看護学科
福良薫
著者連絡先:福良薫 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学保健医療学部看護学科
─ ─
47
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
間であった。
を選択し構成する能力、すなわち科学的思考力の育成が求
1)
められる。実践の特性について、中村 は「人の経験のな
かでも能動的なもので、各人が身を以てする意思的で、決
2.研究方法
1)データの収集方法と内容
断と選択の伴った優れて場所的、時間的なものである。さ
らに実践のなかの特殊なものが技術である」と述べている
データの収集は看護技術の教育内容・方法を知るこ
ように、技術は実践の中核と考えられる。したがって看護
とを目的とし、半構成面接法で行った。面接時間は約
技術教育は実践能力育成にとって不可欠な課題である。し
60分とし、一人につき1回行った。同一の単元におけ
かし、看護技術についてはその概念自体未だ統一されてお
る授業内容から対象者の認識を比較検討するため、看
護技術の項目の中で「清潔の援助」に対する教授方法
らず、看護技術教育は今もなお「どのような手順で行うか」
(教育目的、内容、方法、教材)に焦点を絞って面接
を中心に教授されている現状にある。
我が国の看護教育は歴史的にみて、医師による診療の補
した。面接の内容は① 清潔の援助の授業構成、② 教
助を目的にした手順教育に始まり、長いこと手順中心の技
授に際し大切にしている点とその展開方法、③ 教授
術教育が行われてきた。しかし、その後の看護の発展とそ
上困難を感じる点、④看護技術の教育を受けた時ある
の役割機能の拡充、医学・医療技術の進歩や保健医療に関
いは臨床での経験で感じたことである。同意を得て録
わる社会情勢の変化などを背景にして、社会からはより質
音した面接内容から逐語録を作成した。面接内容の解
の高い看護への期待が高まってきた。そうした社会的要請
釈の妥当性を高めるために、シラバス、授業計画書、
を受け、厚生省(現厚生労働省)は平成元年と8年の2回
授業で用いた資料などを同意のもとに収集した。
2)データの分析
にわたり、看護教育カリキュラムの改正を行った。改正の
面接で得られた逐語録を精読して授業内容と方法、
主旨はいずれもより専門性の高い判断に基づいた看護実践
力の育成にあった。特に平成8年の改正では看護実践の能
その目的や意図を抽出し要約した。要約した内容と前
力育成をより重視し、各教育機関にその教育内容と方法の
後の文脈から「看護技術に対する認識」を解釈し、9
2,3)
開発を望むものであった
名の解釈内容の共通性・相違性について比較検討し
。しかしその一方で、臨床現
た。
場からはカリキュラム改正後も看護師の実践力が低下して
4,5)
。その背景には最近の学生の社
分析の信頼性の確保については、会話の内容を忠
会・生活体験の少なさや6−8)、マニュアル思考への傾向が
実・正確に逐語録に転写し、不明な点は授業内容に関
考えられ9)、現代学生に合った教育方法の検討も看護教育
する資料(シラバスなど)と照合したり、直接対象者
の課題といえる。
に確認するよう努めた。また、妥当性は専門領域のス
いると指摘されている
ーパーバイザーや他の研究者との検討を繰り返し行う
近年の看護技術教育に関する研究では、医療事故の多発
ことにより確保した。
を機に技術教育への関心が高まり、手技・手順の習得に注
目した教育技法の工夫や技術習得度を測定する評価システ
ムの考案10−14)、または技術の科学的根拠や判断力の育成を
3.倫理的配慮
焦点にした研究15−17)が報告されるようになった。しかし、
実施に当たり各教育機関の施設長に研究を依頼し、研
「看護技術教育とは何をどのように教えることなのか」と
究の承諾を得た。そこで該当教員の紹介を受け、本人に
いった教育の本質を問うような研究はほとんど見当たらな
研究の目的、インタビューの内容、音声を録音すること、
い。
途中で中止できること、その際不利益を被らないこと、
本研究は、こうした看護技術教育の現状をふまえ、今後
収集したデータの研究終了後の破棄について文書および
の看護技術教育の向上に資する基礎的資料を得ることを目
口頭で説明し、
「同意書」への署名をもって、本研究へ
的に、教員の看護技術に対する認識の実態を明らかにする
の協力開始とした。
ことにある。看護技術を教授する9名の教員を対象に担当
Ⅲ 結 果
授業の内容と方法についてインタビューし、そこで語られ
た意味内容から看護技術に対する認識について検討したの
で報告する。
1.対象教員の概要(表1)
対象者9名の教員は全員女性であった。また、全員が
Ⅱ 研究対象および方法
3年課程看護専門学校卒業者であり、うち一人は助産師
学校を卒業していた。臨床経験年数は5.5∼7年、教育
経験年数は3∼25年の範囲であった。
1.対象
北海道内の公立看護専門学校(3年課程)において、
基礎看護学分野で「清潔の援助」を教授している教員9
2.対象教員の看護技術に関する教授方法の特徴と認識
名を対象とした。調査期間は2002年5月∼8月の4ヶ月
─ ─
48
最初に研究対象となった9名の教員のインタビュー内
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表1 対象者の背景
対象者
所属校の
一学年の定員
(名)
A
B
C
D
E
40
30
50
35
30
F
40
G
H
I
30
50
25
対象者の教育背景
専門学校3年課程
専門学校3年課程
専門学校3年課程
専門学校3年課程
専門学校3年課程
専門学校3年課程
助産師養成課程
専門学校3年課程
専門学校3年課程
専門学校3年課程
臨床経験
(年)
教員経験
(年)
担当科目
12
6
5
7
5.8
3
6
5
12
9
基礎看護学
小児看護学
基礎看護学
基礎看護学
基礎看護学
5.5
25
基礎看護学
8
5
5
5
5
4
基礎看護学
基礎看護学
基礎・成人看護学
容を概観し、当該単元の実際の教育内容と方法、そのね
的な授業の展開とそのねらいについて面接内容を分析
らいについて分析した。さらに、技術教育上大切にして
した結果、看護技術の教授方法には特徴的な3つのタ
いる点、困難を感じながらも工夫している点に関する記
イプがあった。これらの教授方法のうち、特に内容と
述内容を抽出し、これらの内容と対象者のねらいをあわ
方法およびその目的について述べられている各対象者
せて解釈し、各対象者の看護技術に対する認識とした。
の発言内容を表3に示した。これら3つの教授方法か
その結果、9名の対象者全員が看護技術に対する共通
の認識を有していたが、一方で、具体的な教授方法とそ
ら、以下に示す異なった3つの認識が明らかとなった。
(1)看護技術は「患者の状況から方法を導き出し決
のねらいから看護技術に対する3つの異った認識が明ら
定・実施するプロセス」である(9名中5名)
。
(2)
かになった。以下にそれらについて述べる。
看護技術は「患者理解のための手段」である(9名中
1)看護技術に対する共通した認識(表2)
2名)
。
(3)看護技術は教科書などの「既存の手順の
対象教員9名全員に共通した教授方法は、看護技術
演習において、学生同士でお互いに患者役と看護者役
適用」である(9名中2名)
。これら3つの認識につ
いて以下に述べる。
を体験させていたことであった。この演習方法を取り
認識1−患者の状況から方法を導き出し決定・実施する
入れたねらいと、看護技術教育として大切であると述
プロセス
べられている各対象者の発言内容を表2に示した。お
互いに体験させるという演習方法のねらいとしては、
対象者A∼Eの5名に共通していたのは、看護事例
を提示してその事例への看護援助方法を考えさせると
自分の行為を相手がどのように感じるのかを体験させ
いう教授方法であった。この教授方法のねらいとして
ることで、看護技術が「相手がある行為」であること
「状況をもとにどこに注意し、患者をどのようにとら
を学生に理解させることを目的としていた。こうした
え、どう援助していくのか考えさせる」
、
「患者の状態
ことを学生に理解させるために大切にしていると語ら
や問題点、解決するための方向性で援助方法が決定す
れていた言葉は表2に示したように、
「生活する人間」
、
る」
、
「基本はあってもその人(患者)によって修正し
「生活習慣がある個人」
、
「価値観を持っている存在」
、
て使わなければならない」といった発言が示すように、
「技術は単に技ではなく、人間を相手にするというと
対象者A∼Eは看護技術を患者の状況から援助方法を
ころを大切にしてほしい」
、
「プライバシーや安全の保
導き出し、決定し、実施していく過程であると認識し
持」
、
「同意を得る」であった。これらの言葉に象徴さ
ていた。つまり、技術はその事例の状況に応じて方法
れるように、全員が看護技術の対象は「個別の人間」
を変化させるものであり、一定の手順ではないと考え
であると認識していた。そして看護技術は看護者−患
ていた。したがって、考えることが苦手である近年の
者間の人間関係によって成り立っていること、実施に
学生に対し、思考力の育成をはかるために、デモンス
際しての対象者への説明と同意、プライバシーの保護、
トレーションをする前に学生に方法や注意点を自分達
相手の立場の理解といった患者の人間としての尊厳が
で考えさせるという点でも共通した教授方法をとって
前提であることなどが共通した認識であった。以上の
いた。
ことから、対象者全員が看護技術は「対人関係を包含
学生に教材として提示していた事例は表3に示した
した概念である」という共通の認識を持つことが明ら
ように、疾患や治療内容、自立度、可動域などの患者
かとなった。
の健康状態、性別、年齢、職業などの社会背景、そし
て生活習慣、嗜好、患者の希望などの個人の価値体系
2)看護技術に対する3つの異なる認識(表3)
9名の対象者は、看護技術は「対人関係を包含した
概念である」という共通の認識を持っていたが、具体
─ ─
49
を含む生活の有り様に関するものであった。しかし、
これらの情報の提示は5人の対象者間で異なってい
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表2 看護技術に対する共通の認識
対象者の演習方法とそのねらい、技術教育上大切にしている点をまとめた。なおこの表は、対象者の発言を著者が忠実に要約したものである。
対
象
者
A
演習の方法
・練習は学生同士でおこなう。
・学生全員が「患者役」を体験する。
ねらい・技術教育上大切にしている点
・どんなやり方が自分にとって気持ちがいいのか、患者にはさせたく
ない思いなどをわかってほしい。
・行った行為には、相手の反応があることを理解させる。
・患者は24時間生活している人間であるということを大切にして欲しい。
B
・全員が、患者役と看護者役および観察者役
を体験する。
・体を拭きあう際には体を露出するため必ず
学生に同意をとる。
・人に身体をゆだねなければならないことや、人に世話をされる気持
ちを考えさせ、患者の立場に立つことを学ぶ。
・看護を世話する際に何処に気をつけなければならないか考えさせる。
・患者には患者個人の生活習慣や、その土地の文化、育った家庭の習
慣があるのでそれらを大切にして欲しい。
C
・演習は、学生同士、患者役・看護者役を互
いにやる。
・人に身体を見られる時にどんな気持ちがするのかを例にプライバシ
ーを考えさせる。また、保温に気を遣われないとどんな思いをする
かという学生の体験から、患者の安全・安楽を考えさせる。
・患者の生活習慣、清潔習慣から個別性があることを理解し、患者の
価値観を尊重できる人になって欲しい。
D
・タオルを濯ぐたびにお湯の温度を計測し、 ・身体を拭いた後に寒さを感じたり、どんなお湯のかけられ方が気持
その温度のお湯で絞ったタオルで学生同
ちの良い洗髪なのか、どんなケリーパッド(洗髪用具)の当てられ
士、体を拭きあい、その時の体感温度を確
方が安定するのかなど、学生が実際に体験することで相手がどのよ
認させる。
うに感じるのかを考えさせる。
・看護用具の当て方などをお互いに工夫さ
せ、安定感を体感させる。
E
・デモンストレーションは患者への説明から
行い、その後学生間で練習させる。
・大体の手順はあっても、患者役の反応で手
順を変化させる必要があることを強調する。
F
・技術が未熟でも快適さを与えることが比較
的可能な足浴を取り上げて、お互いに実施
させる。
・患者さんにきちんと説明してから援助することを伝える。
・技術を単に技という風にとらえず、人間を相手にするものなので、
その時々の相手の反応や全身の状況などを考えながら技術を提供し
て欲しい。
・学生が看護者役のときには、患者役の時の気持ちよかった体験を踏
まえて、工夫した援助を出来るようにする。
・プライバシーに関することや、安全を守ることを最低限意識させた
いので、自分の行動の変化と患者さんの反応の関係をしっかり理解
する癖を付けさせたい。
G
・学生が看護者役と患者役になり互いに練習
・学生が互いに体験しあい、教員にやってもらった時の様にやれるよ
させる。その際、教員がお湯で絞ったタオ
うになりたいという気持ちになり、お互いに反省して改善できるよ
ルで体を拭いて見せ、同じ感覚で拭ける事
うになる。
を目標に練習させる。
・コミュニケーション技術を土台として、患者に援助の必要性をきち
・学生同士で練習させる。
・患者が痛みを感じないで、気持ちよく触られるということがどんな
んと伝え、同意を得ることを大切にする。
H
ことか、どんな風に腕を掴まれると良いのかなどを体感させる。
・相手の反応を見て身体を拭く強さを加減したり、自然な会話をしな
がら援助するほうが患者にとって安楽であることを理解して欲しい
(学生のうちはなかなかできない)。
I
・肌の露出の少ないものは、学生に同意を得
て全員の前で患者役をやってもらい、その
後学生同士で練習する。
・患者役が快適か、援助に時間がかかりすぎないか、保温に留意でき
たか、ライバシーが保護できたかなどについて考えさせる。
・患者役を体験して、どのように感じたか、その経験から何を大切に
していくのかを考える。
・患者が困っていないか、相手が不便じゃないかなどについて、患者に言
われる前に気づいてほしい(相手の不便さを前もって察知して欲しい)
。
─ ─
50
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表3 対象者の教授方法の特徴とその目的
対象者の教授方法の特徴とその目的についてまとめた。なおこの表は、対象者の発言を著者が忠実に要約したものである。
対
象
者
A
教授方法(内容と方法)
事例を提示して、援助内容を考えさせる。
事例の内容:疾患、可動域
症状の時期
B
対象者の年齢、性別
事例を提示して、援助内容を考えさせる。
事例の内容:疾患および治療上の制限
可動域、自立度
生活習慣及び嗜好
C
患者の疾患への理解度
事例を提示して、援助内容を考えさせる。
事例の内容:疾患、治療上の制限
疲労感の有無
自立度、生活習慣
認
識
1
・事例の状況を基に、どこに注意し、どのように患者をとらえ、
どう援助していくのかを、これまでの疾患等の学習をふまえて
考えさせる。
・デモンストレーションを見せる前に考えさせる。
・患者の状況からどのような援助が必要か、どのような方法で実
施するかを考えさせる。
・デモンストレーションを見ることは単なる模倣になるので、方
法を可能なかぎり自分達で考えさせる。
・方法を決定するには段階があるので、患者の状態や問題点、解
決するための方向性によって援助方法が決定することを理解さ
せたい。
・デモンストレーションや手順書を最初に提示するとそれにとら
われてしまうので、大枠の説明の後、具体的な方法や順序は自
分達で考えさせる。
D
事例を提示して、援助内容を考えさせる。
・事例を与えることで、一般的なマニュアルが事例によっては修
事例の内容:年齢、性別、社会背景
疾患・治療、自立度
正が必要なことを理解させられる。
・患者はすべて違う人格なので、看護技術の基本があってもその
その日の体調
患者の希望
E
F
G
のではなく、考えさせたい。
・清潔の援助が身体に与える影響を理解させる
倦怠感が強く自分では動けない高齢者の
・対象者のその時々の反応や、全身の状況などを全体としてとら
事例を提示して援助方法を考えさせる。
えて看護技術を提供していくということを理解させたい。
・学生の考えたことを大切にしたいので、デモンストレーション
・入浴時の動作など家で練習できるものにつ
を行う前に自分達で方法を考えさせたい。
・看護技術はコミュニケーションを広くしたり、患者理解の手段
であるから、できないと言うことは許されないため、練習によ
・カリキュラム上、空き時間を作って半強制
的に練習させる。
って技術を習得させる。
・援助の実施中に相手の反応を観察する余裕が持てるようになる
・演習のはじめは、高度な手技を要すことな
ために、手早くスムーズな動作を体で習得させる。
・心地よい手技を提供することで患者との信頼関係ができ、患者
く爽快感を与えやすい足浴を行い、実施後
H
人によって修正して使う必要があることを理解させたい。
・学生は見たことを基本にしてしまうので、マニュアルを与える
家で入浴前後にバイタルサインを測らせる。
いては、その都度練習するよう指導する。
認
識
2
目 的
が自分の気持ちを語ってくれるようになる。
お互いに気持ちよい体験をさせる。
・実習で患者に実施する前に、学内で学生同
・爽快感を相手に与えるためには、どの程度行動できなければな
らないかを理解させる。
士で何度も練習させる。
・すべての項目について、テキストを読んだ
・最初に手順書通りにやってみて、患者の快適度を確認しながら、
後ビデオを見せ、次に教員がデモンストレ
ーションを行い、全員でやってみる。
順序を変えてみるなどの工夫を繰り返し、手順の一連の流れと
コツをつかんでほしい。
・取り上げている項目は、ベットメーキング、 ・体験することに意義がある。
認
識
3
シーツ交換、寝衣交換、モーニングケア、口腔 ・体験したことから、振り返り自分のものにしていく。
清拭、全身清拭、足浴、洗髪、陰部清拭、
食事の介助、排泄、剃毛、導尿、浣腸、筋
注、採血、無菌操作、死後の処置。
I
・教科書をベースにした手順書に沿ってデモ
ンストレーションを見せ、お互いにやって
みる。
・一連の流れができることが目標である。
・経験によって手技に自信ができて心に余裕ができる。
─ ─
51
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
Ⅳ 考 察
た。
認識2−患者理解のための手段
対象者F、Gの2名は患者に心地良さを提供できる
9名の看護教員を対象にした今回の結果から、看護技術
ようになるまで手技の練習を繰り返し実施(訓練)さ
に対する認識として教員間で共通した認識と、異なる3つ
せる点で共通していた。対象者Fは「看護技術はコミ
のタイプの認識が明らかになった。そこで、本稿ではこれ
ュニケーションを広くしたり、患者理解の手段である」
らの看護技術に対する認識にもとづいた教授方法につい
と言い、
「援助の実施中に相手の反応を観察する余裕
て、看護教育に求められている「人々の健康上の問題を解
が持てるようになるためには、手早いスムーズな動作
決するため、科学的根拠に基づいた看護を実践できる基礎
を体で覚えなければならない。それらの達成のために
能力」の育成という視点で検討する。
強制的に技術の練習を繰り返させる」とその理由を語
平成8年のカリキュラム改正の基本的な考え方に示され
った。対象者Gは「心地よい手技を提供することで信
ている「科学的根拠に基づく看護の実践」とは、対象者の
頼関係ができ、患者が自分の気持ちを語ってくれる」
健康状態を査定することで、対象者の看護問題の解決方法
と言い、
「その心地よい手技による技術を実施し、目
として看護行為を選択し、実施・評価することを意味して
的を達成した時、初めて患者の全体像を捉えることが
いる。実践には「専門職業人としての共感的態度および倫
出来る」と語っていた。
理に基づいた行動」18)も内包している。さらに、看護は身
以上の発言が示すように、この2名は心地よい手技
体的・心理社会的統合体である人間として対象者を理解す
として訓練された看護技術を提供することで信頼関係
ることを基盤としながら、その健康や生活を支援する活動
を構築し、患者の心情を語って貰う道具、すなわち看
であるため、対象教員全員が看護技術について「対人関係
護技術は患者理解のための手段であると考えていた。
を包含した概念である」という共通の認識を持っていたこ
認識3−既存の手順の適用
とは当然とも考えられる。しかし一方で、看護技術の教授
対象者H、Iの2名は、教科書等の既存の手順を提
方法には特徴的な3つのタイプがあり、対象者9名のうち、
示し、より多くの技術項目を体験させる点で共通して
2名が「看護技術は患者理解のための手段である」
(認識
いた。対象者Hは「すべての項目について、テキスト
2)
、また他の2名が「看護技術は既存の手順の適用であ
を読んでビデオを見せ、次に教員がデモを見せ全員で
る」
(認識3)と認識していた。対象者の健康状態を検討
やってみます」と言い、多くの技術項目を体験するこ
する以前に既存の手順や方法が存在し、その実施を通して
とで、どの看護技術にも共通する基本的な要素を自分
対象者を理解していく過程を、科学的根拠に基づいた看護
でつかんで欲しいと語った。また、対象者Ⅰは、
「教
の実践と言えるのであろうか。手順重視の教育は、従来医
科書をベースにした手順書に沿ってデモを見せ、お互
師の指導のもとに診療の補助をするための手順教育を受け
いにやってみます」と言い、その手順書を基にした看
てきた看護教育の発生と歴史が背景にあると推測される。
護技術の習得状況で履修の合否を判定していると語っ
氏家19)は判断基準とその根拠となる知識の内容と量におい
た。これらの発言例が示すように教科書や教育機関で
て、看護職以外の職種がおこなうケア技術と看護職者がお
手順書を作成し、その内容と順序に沿ってデモンスト
こなう看護のケア技術が異なると述べている。すなわち、
レーションを見せ、学生に実施させていたことから、
看護援助は健康状態とその人間的な反応を観察し、その観
既存の手順を中心とした教授方法という特徴があっ
察内容を専門的知識により分析・判断した結果として、方
た。
法を導き出している点で、他の職種の援助と異なっている
しかし一方で、教員Hの「現場では演習と異なるの
のである。方法の決定に看護者としての判断が伴わない既
でちょっとしたコツを伝える」や教員Iの「病棟では
存の手順を教育するのであれば、看護の専門職者としての
原則は同じなのに違った方法をとっている事を学生は
実践能力を育成することにはならないと言える。
理解できない」などの発言も聞かれ、臨床ではその場
米国看護系大学協議会(American Association of Colleges
の状況によって既存の方法を変化させる必要があると
of Nursing)では看護学学士教育の基本20)(The Essentials of
も述べていた。すなわちこの2名は看護技術は既存の
Baccalaureate Education for Professional Nursing Practice)
手順をその場の状況に応じて適用するものだと考えて
として、看護実践の中核となる4つの技能、① Critical
いた。しかしそのような場の状況に応じることやコツ
Thinking, ② Communication, ③ Assessment, ④ Technical
は自らの経験によって各自が獲得していくものである
Skillsの習得 を挙げている。看護技術教育ではこれらの技
と考えていたため、
「ちょっとしたコツ」や「原則は
能は不可分な関係にあり、山内21)は何故この技術を選択す
同じである異なった方法」についての根拠などは学生
るのか、その技術の与える影響は何かなどの“クリティカ
に示していなかった。
ル・シンキング”を抜きにした技術教育はあり得ないこと
や、手先が覚えることと知的な思考過程を経て技術を学ぶ
ことの違いを強調している。しかしながら、知的な思考過
─ ─
52
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
程が充分であっても、実際に対象者に具体的行為として提
教科書等に書かれている手順そのものを看護技術であると
供されなければ、思考過程は看護実践おいて何の意味もな
考えていた訳ではない。
「現場では演習と異なるのでちょ
い。したがって繰り返し一定の動作を訓練することは技術
っとしたコツを伝える」や「病棟では原則は同じなのに違
を身につけるための1側面であり、動作を繰り返し練習す
った方法をとっている事を学生は理解できない」などの発
るには手順が必要である。すなわち、
「看護技術は患者理
言から、教科書を使って一般的な方法を説明する一方で、
解のための手段である」
(認識2)と考える教員達や、
「看
臨床場面で看護技術を対象者に実施する際には、状況によ
護技術は既存の手順の適用である」
(認識3)と考える教
って手順を変化させる必要があると考えてたことは明らか
員達の教授方法は看護技術の一側面を強化しているに過ぎ
である。しかし、いかなる判断に基づいて原則を変更して
ない。対象者の状況を観察し、看護援助の方法を判断した
いくのかを学生に示せないために、多くの技術項目を体験
り、自分の行為が対象者に与える影響を考えるといった思
させることによって、状況に応じる方法を体得させようと
考力の側面を統合した教育こそが、看護の実践能力育成に
していた。先に述べたように今回の対象者の教育背景や臨
つながると考える。
床経験・教育経験とそれぞれの認識の間の関係は明らかで
一方、状況に応じて必要な援助を組み立てることが看護
はなかったが、比較的教員歴の浅い教員(4名中3名が5
技術であるとする教員達の認識(認識1)は、新カリキュ
年未満)が看護技術を「手順である」と認識していた。授
ラムがねらいとする看護の実践者を育成していると言える
業の過程は教員が課題と教材を学習者に提示し、活動を起
のだろうか。事例を提示し、看護行為を決定するために、
こしていく教授過程と、学習者がこれを受け止め、自己の
対象者の健康状態やその場の状況を考えさせ、実施させる
活動に転化していく学習過程とが統一された過程といわれ
という教授方法は、先に述べた思考力という看護技術のも
ている23)。担当教員は自分の認識する看護技術を、学習者
う一つの側面を同時に育成することになる。また、教員D
に理解可能な具体的内容として再構成し、学習者に教授し
が行っていたように入浴前後にバイタルサインを測定させ
なければ、教育者の認識を学習者に転化することはできな
るといった教授方法も、看護援助による生体への影響を評
いのである。厚生労働省の看護師等養成所の運営に関する
価する思考を育成することになるであろう。しかし、この
指導要項24)によると、5年以上看護業務に従事し、専任教
教員達が提示していた事例に含まれる対象者の状態を判断
員としての研修を受講またはこれと同等の学識を有すると
22)
するための情報内容は必ずしも共通ではなかった。三枝
認められた者が看護師養成所の専任教員になることができ
は技術について対象物の性質によってその使い方が規定さ
ると定められている。また、同運営要項によると学生数
れると述べている。看護技術の対象が人間であるなら、援
120名以内では8名の教員で運営が可能であるとされてい
助方法を導き出すためには、技術を規定するための対象者
る。こうした指導要項を背景にして、看護専門学校では教
の性質、すなわち対象者の情報が必要となる。しかし、こ
育経験の長短に関わらず、各教員が割り振られた複数の授
の点については5名の教員間でも共通認識には至っていな
業を担当しなければならないのが実情である。看護技術の
かった。どの様な情報を使って教育することが有効である
認識が統一見解にいたっていないひとつの原因として、こ
のかについては、今後の検討課題であると考える。
のように教育者の育成が不十分なまま技術教育を担当しな
こうした認識の違いは、何故生じたのであろうか。人の
認識は過去の経験から形成されると考え、対象者への半構
ければならないという教育現状も考えられる。今後、日本
の看護技術教育が一定のコンセンサスを得るためにも、
成の質問において看護技術の教育を受けた時の印象や、臨
「看護技術とは何か」
、
「何をどのように教授することでよ
床経験によって看護技術の考え方が変化しているかなどを
り質の高い看護実践力を育成することになるのか」を検討
質問した。また、対象者が教育を受けた時代の指定規則や
していくと同時に、看護基礎教育を担う教員の教育力の育
教育課程から認識形成の過程を推測することができると考
成に力を入れていく必要があると考える。
え、表1に示すように対象者の教育背景を調査した。しか
なお、本研究は平成14年度札幌医科大学大学院保健医療
し、インタビューにおいて対象者の大半は、学生時代や臨
学研究科修士論文の一部をもとに加筆・修正したものであ
床における「看護技術」について殆ど意識してはいなかっ
る。
た。また、教育課程の違いも明らかにはされなかった。こ
謝 辞
の原因として、対象者数が9名と少なかったことや面接手
法による限界などが考えられ、この点については今後の検
討課題と考えられる。
本研究にご協力下さり、快く面接を承諾下さいました公
最後に、看護実践の中核となる看護技術に対する考え方
立看護専門学校の教員の皆様に心より感謝申し上げます。
が統一見解にいたらず、それぞれ異なる教育展開をしてい
また本研究の指導をして下さいました稲葉佳江教授、大日
るという看護技術教育上の課題について検討してみたい。
向輝美助教授に心より感謝申し上げます。さらに原稿を作
今回、看護技術を「既存の手順の適用」であると認識して
成するに当たり、貴重なご助言をいただきました一般教育
いた教員達の発言に注目してみると、この教員達は決して
科山田惠子助教授に感謝致します。
─ ─
53
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
209−212,1988
文 献
20)American Association of Colleges of Nursing:The Essentials of
Baccalaureate Education for Professional Nursing Practice.
Washington DC, American Association of Colleges of Nursing, 1998
1)中村雄二郎:臨床の知とは何か.東京,岩波新書,1996,p70−
21)山内豊明:看護学基礎教育における技術教育とその保証に向け
71
て.Quality Nursing 7:20−26,2001
2)小山眞理子:看護教育のカリキュラム.東京,医学書院,2000,
22)三枝博音:技術思考の探求.東京,こぶし文庫,1995,p19
p29−37
3)看護職員の養成に関するカリキュラム等改善検討会:看護職員の
23)天野正輝:教育課程の理論と実際.東京,樹村房,1993,p110−
111
養成に関するカリキュラム等改善検討会中間報告.看護教育37:
24)厚生労働省健康政策局看護課監修:看護六法平成15年度版.東京,
348−357,1996
4)二ッ森栄子:臨床側とともに考える基礎技術到達度.看護教育
34:661−668,1993
5)田川則子:新カリキュラム卒業生の実態と課題.看護管理4:
4−10,1994
6)野々村典子:看護技術と学生の生活技術との関連−手指の動
き−.北里看護学誌1:11−18,1998
7)大日向輝美,三尾弘子:看護系大学生の手指の動きに関する研究
生活技術と看護技術における身体運動機能の側面より.日本看護
学会誌9:10−19,2000
8)佐藤真澄,松田日登美,柿原加代子:看護短大生における生活体
験及び生活習慣の変化「基礎看護技術」の及ぼす影響.日本赤十
字愛知短期大学紀要13,1−10,2002
9)風岡たま代,阿部裕子,山口由子ほか:判断に基づく行動の育成
をねらった看護技術教育の検討−思考に焦点を当てて−.神奈川
県衛生短期大学紀要28:20−26,1995
10)柿原加代子,松田日登美,木村美智子:洗髪の基本動作における
習得状況と経時的分析.日本赤十字愛知短期大学紀要10:25−36,
1999
11)臼井雅美,渡部節子,鈴木良子ほか:筋肉内注射技術の学習方法
と卒業後の注射技術習得意識との関係について.日本看護研究学
会22:47−58,1999
12)伊藤道子,相澤里香,石井範子:基礎看護技術における看護学生
の無菌操作の技術修得状況.秋田大学医療技術短期大学部紀要
4:95−101,1996
13)加藤圭子:生活行動援助の基礎的知識と技法の修得に関わる看護
学科1年次の教育評価に関する研究.北海道大学医療短期大学紀
要8:39−56,1995
14)村瀬貴美子,落合眞喜子:看護技術チェックリストを用いた技術
評価を試みて.九州国立看護教育紀要1:33−41,2001
15)犬塚久美子:場面設定を用いた看護技術演習の検討.聖隷学園浜
松衛生短期大学紀要24:5−11,2001
16)小林たつ子,石井八重子:学生の思考過程形成に関する研究PBL
を看護技術論に導入して.日本看護学会論文集30回看護教育:
136−138,1999
17)久米弥寿子,小笠原知枝,田中結華ほか:基礎看護学における看
護技術の指導法の検討−問題解決領域の指導法−.大阪大学看護
学雑誌4:16−26,1998
18)前掲書3)
19)氏家幸子:基本的看護技術の教育をめぐる諸問題.看護展望13:
─ ─
54
新日本法規,2003,p172
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
看護学生の学習の取り組みに影響する要因の研究
本吉美也子
本研究は授業における看護学生の学習への取り組みを分析し、学習を促進または阻害する要因を明らか
にすることで、効果的な教育的アプローチの示唆を得ることを目的とした。調査対象者は基礎看護学系
の授業を受講していた看護大学生15名であり、3つのグループに分けてインタビューを実施し分析した。
その結果、具体的イメージの含まれた教材の提示は、学習者の認識を深める上で大きな役割を果たして
いることが示された。また、授業全体を活気づけ、学習動機を促進し認識を深めるにはグループ学習に
よる討議が大きく影響していた。さらに、学習動機の喚起と維持には、既知の知識の揺らぎや他者の存
在、そして指導者の方向性の明示が重要であった。以上によりこれらの要因を有効に活用するような教
育的アプローチが重要であることが示唆された。
<キーワード> 看護学生、学習への影響要因、具体的イメージ、グループ学習、学習動機
Research on factors that affect approaches to learning for nursing students
Miyako
MOTOYOSHI
This goal of this research was to determine what factors affect the progression of nursing students learning in class,
analyzing their approaches to learning to obtain suggestions for effective educational approaches, and discovering
factors that encourage or hinder learning.The subjects were 15 nursing students who were learning basic nursing
subjects taught at a nursing university. They were divided into three groups for interviews.The results of the analysis
indicated that presenting teaching materials with practical images played a large role as a medium to deepen
students understanding. In addition, discussion through small-group learned the greatly enlivened the whole class,
and deepen development of promotion and recognition of learning motives. Further more, to promote and maintain
learning motives, questioning current knowledge, the presence of other people, and clear direction by leaders were
important.Therefore, educational approaches that are able to make good use of these factors that encourage
learning are important.
Key words: nursing student, effective factors for learning approaches, practical images, group learning, learning
motives,
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:55(2004)
Ⅰ はじめに
み重ねる教育的アプローチが必要である。
授業は学習者、教師、教材の3つの要素が相互に複雑に
看護基礎教育においては科学的思考を基盤として、自立
関係し、一定の目的に向かって展開する過程である。この
的な判断力や看護実践力を育てることが必要とされてい
ような学習過程のなかで学生は提示された教材や教師およ
る。しかし暗記が中心の受験勉強をしてきた今の学生は、
び学習者同士の相互作用により知識や技能を獲得し、思考
与えられた問題を決まった方法で解く学習はできても、自
力、判断力を身につけ、その結果行動を変容し新しい能力
ら問題を発見し、解決するという学習活動を習得する機会
を形成するといわれている1−2)。そしてこの過程を進めてい
にほとんど恵まれていないのが現状である。したがって、
く活動が学習活動であり、これは教材を手がかりとして自
授業の中で学生が自らの学習課題に対し興味をもって取り
然や社会や自己に対する認識を深める過程でもある3)。さ
組み、考えを深めながら課題を達成してゆく学習経験を積
らに学習活動は、教師と学習者及び学習者間の相互作用に
東札幌病院
本吉美也子
著者連絡先:本吉美也子 〒003−8585 札幌市白石区東札幌3条3丁目7−35
─ ─
55
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
いた。実施期間は全授業終了後の2002年7月15日∼19日、
より知識の獲得や認知活動の発達がなされる集団過程とも
3)
インタビュー時間は各グループ30分∼60分である。
いえる 。したがってこの両過程を授業の中で有効に進行
インタビューの内容は①これまでの授業を通じておも
させるための教育方法の検討が必要といえる。
またこのような学習過程に加えて、学習者の学習意欲の
しろいと感じたことや興味を持てたこと、やる気にさせ
喚起も重要な要素となる。Brunerは教室活動において子ど
られたことはどんなことか、②学習がうまく進まなかっ
もたちの関心を喚起するにあたっては、短期的、外発的に
たことがあったか。それはどんなことか、③自分の学習
興味を喚起するのではなく、学習すること自体に対する興
を進めるのに妨げになったり、やる気をそがれたことは
味を喚起する内発的動機づけの必要性を示している4)。さ
あるか。それはなぜか。これらの内容を中心に授業への
らに学習への動機づけと学ぶ力の関係について稲垣は、内
感想を自由に語れるようにした。
発的動機づけの原型は知的好奇心と向上心が重要な構成要
素であり、これらを喚起するために他者との交渉から生ま
3.データ分析方法
れる社会的な内発的動機づけも重要である5)としている。
インタビューでの録音を逐語録としてデータとし、学
したがってこれらの動機づけを考慮した授業方法も各教育
習に影響を与えたと思われる事柄(とくに課題への興味
の分野で検討されている。
や関心、意欲、態度)に関する発言に着目し、その発言
これまでの看護学生の学習の取り組みに関する調査研究
を抽出し要約した。それがどのように学習に影響してい
では、学生の実態を把握することで望ましい教育的関わり
るのかを解釈し、共通した内容となるものに分類し命名
の示唆を得ようとするもの6−10)や、主体的な学習態度の育
した。
成を目指した何らかの学習の取り組みおよびその成果を見
ようとするものがある11−14)。しかし看護教育における学習
4.信頼性と妥当性の検討
取り組みに関する調査方法のほとんどが質問紙を用いた量
インタビューでは、研究者が正しく内容を聞き取れて
的研究であり、実際に授業全体の中で学生はどのようにし
いるか随時学生に確認することでデータの信頼性を高め
て学習に取り組み、何がどのようにその取り組みに影響し
た。分析に関しては、看護教育学に精通している教員の
たのかは明確にはされていない。したがって本研究では、
指導を受け、分析内容の妥当性を高めた。
質的なアプローチにより、学生の学習への取り組みが変化
したプロセスを分析し、その中で学生の学習を促進および
5.倫理的配慮
阻害させている影響要因を明らかにし、今後の看護教育に
対象者の権利を保護するために、①研究への参加はい
おける効果的な教育的アプローチへの示唆を得ることを目
つでも拒否する権利があること、②研究への参加の有無
的とした。
による成績への影響はないこと、③個人に関わる情報は
厳重に保護されること、④発表においては個人が特定で
Ⅱ 方 法
きない形となること、⑤研究を断っても不利益にならな
いこと、を口頭および書面で説明した。また研究協力の
同意の意志について書面で確認した。
1.対象者
対象者は保健医療系大学で開講されている看護専門科
Ⅲ 結 果
目を受講していた看護学科2年生58名のうち研究に賛同
を得られた15名である。なおこの授業は抑制を受けてい
る痴呆老人への看護を題材に用い、看護倫理の基本的概
学生へのインタビューで得られたデータから、学習への
念の形成を目的としているものであり、講義、演習、グ
取り組みを促進および阻害する要因について分析し、内容
ループ討議、グループ発表会によって構成されていた。
の類似性の高いものに分類したところ以下の10項目に整理
また受講者は10のグループに分けられていた。
された。
1.具体的な事例の提示:これは「具体的な事例を与えら
2.データ収集の方法
れたことで、わかりやすく具体的に考えられた」
、
「施設
本研究では、学習への取り組みに関する半構造化イン
見学時に経験したのと同じ痴呆の人がビデオでは長所を
タビューを学生に実施する質的調査による研究方法を用
引き出されているのを見てすごいと思った」など、具体
いた。インタビューにあたっては、意見が活発に取り交
的な事例が示されたりビデオで実際の場面をみたことで
わされやすいグループでのインタビューとした。1グル
具体的に考えることができ、かつ理解しやすかったとの
ープ単位は4名∼6名とし、3つのグループに分けた。
内容であった。
このときのグループは基本的には授業での同一グループ
2.演習体験の効果:これは「演習で、抑制はするのもさ
のメンバーで構成されていたが1グループだけ人数の関
れるのも嫌だとの気持ちはわかった」
、
「実際に抑制され
係上2つのグループのメンバーが混在した編成となって
ている人はすごい不快だろうなと思った」など、演習体
─ ─
56
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
を減退させていったとの内容であった。
験により感覚的な実感として抑制を理解することがで
き、その後の話し合いの場にも広がりを持たせることが
9.指導者による方向性の明示:これは「そんなとき先生
の一言にはハッとさせられ、そういう考えかたもあった
できたとの内容であった。
と思った」と、話し合いの方向性が見えなくなり、行き
3.他者の意見による気づき:これは「他の人の意見を聞
くことで気づくことも多かった」
、
「グループ発表で他の
詰まったときに、指導者が助言してくれたことにより、
意見を聞くことでグループでの話し合いの幅が広がっ
後の話し合いの方向性を決めることができたとの内容で
あった。
た」など、グループ討論や発表会で他者の意見を聞くこ
とでグループでの話し合いの中身が広がったり、新たな
10.成果の発表があること(ないこと):これは「時間の
ことに気づいたり、学びが深まっていったとの内容であ
終わりに発表しなといけないと思うと焦りや勢いが出て
った。
活発になるが、ないとわかると時間を持て余してまとま
4.グループメンバーとの関係性:これはグループメンバ
らない」など、授業の中で発表の場が設定されるとまと
ーの関係性に起因する内容であり、
「自分一人だと自分
めたり調べたりする学習が進行するが、発表が設定され
が困るだけだが、グループだと一人じゃないから責任が
ていないとやる気を失ってしまうとの内容であった。
あり迷惑をかけられないと思う」
、
「結構みんな助けてく
これらの影響要因の内容から学生の学習への取り組み
れたり、助け合ってできる。意見を言ってもどんどん膨
を促進させるもの、促進と阻害と両面あるものに分類す
らむから楽しい」
、という仲間そのものの存在により互
ると、促進させるものとしては(1)具体的な事例の提
いに支え合い、討議も活発になる内容のもの。
「今はみ
示、
(2)演習体験の効果、
(3)他者の意見による気づ
んな自己主張が強いから言いやすいが、停滞気味のグル
き、
(4)参加型の授業の効果、
(5)テーマに対する興
ープの雰囲気では自分も停滞気味になりグループの雰囲
味、
(6)異なる意見に対する興味、
(7)指導者による
気に左右される」など、グループメンバーの雰囲気や場
方向性の明示、
(8)成果の発表があること、があった。
面の違いによって意見の出方が変わるというもの。
「友
また阻害と促進両面あるものとしては、
(1)グループ
達同士での話し合いでは、一つの意見に同調し過ぎて脱
メンバーとの関係性、
(2)知識不足、
(3)成果の発表
線しずれて話し合うこともある」など同調性が強すぎる
がないこと、があった。
なお、学生の発言から分析された各影響要因および、
ことにより学習のテーマからはずれてしまうとの内容で
学習への取り組みに対する影響の分類を表1に示した。
あった。
5.参加型の授業の効果:これは「受け身じゃなく参加型
Ⅳ 考 察
の授業で頭を使って考え、楽しかった」などグループワ
ークや発表会で、仲間と意見を交えること自体に楽しさ
や意義を感じ、意欲を持って討議に参加することができ
1.学習過程における認識の深化発展
たとの内容であった。
認識の形成は段階的であり、その段階間の思考の行き
6.テーマに対する興味:これは「抑制について時間をか
来により深化発展するといわれている15−16)。本研究の結
けて考える機会があって良かった」
、
「抑制ってこの授業
果から授業においても、教材および他者の存在により認
をやらなければ考えなかったし、カルチャーショックだ
識の発展が促進されたことがうかがわれた。
った」など、抑制というテーマに対して目新しさから興
味を持つことができたとの内容であった。
ここで本研究の対象学生の認識の発展を促す要因とな
ったのは、教材として提示された抑制を受けている痴呆
7.異なる意見に対する興味:これは「今回は絶対的に抑
制はしない派が多かったから、抑制は仕方ないという意
老人の事例や、ビデオ学習による具体的な場面、身体的
感覚をともなう演習体験であった。
見が出たときに盛り上がった」
、
「少数派にはすごい突っ
「具体的な事例の提示」
、
「演習体験の効果」での内容
込まれた(質問が出た)
」など、自分とは異なる意見に
が示すように、この授業で示された事例は学生にとって
対してはより興味が強く引かれ、質問を積極的にしたく
思考しやすいテーマであり、具体性に富んでいることか
なり、討議も活発になるとの内容であった。
らイメージしやすく、認識を深めてゆくには適したもの
8.知識不足:これは「具体的に考えなさいと言われたけ
であったと考えられる。さらにビデオ学習で視聴した看
ど、具体的なことは本当にわからないことに気づいて、
護援助の実例も、イメージしやすいという点でより認識
調べないことには始まらないので、今回初めてグループ
過程を深めるうえでの助けとなっていた。また、演習で
で本を探してきた」など知識が不足していることに気づ
の抑制される体験は、抑制を感覚的・個別的な認識とし
き学習を深めようとした一方で、
「考えていったら知識
て捉えることができ、その先の事例の展開について考え
がないので解決できない問題に行き当たりどうにもでき
る助けとなっていたと考えられる。
なくなってトーンダウンしていった」など、知識がない
高村は、認識を形成するにあたって具体的・具象的な
ことで話し合いが行き詰まり先がみえないことでやる気
実体的イメージの形成なくしては真の概念形成はないと
─ ─
57
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表1 影響要因とインタビューでの発言例
学習への取り組
みに対する影響
促
進
的
内
容
促
進
的
及
び
阻
害
的
内
容
発 言 例
影響要因
・具体的な事例を与えられたことで、わかりやすく具体的に考えられた
・倫理性から発展して実践において具体的に何をすればいいのかまで一貫して考えれたことがよかった
・ビデオは可能性が見えてよかった
具体的な事例の提示
・変わっていく姿が見れてジンときた
・施設見学時に経験したのと同じ痴呆の人がビデオでは長所を引き出されているのを見てすごいと思った
・ビデオみたら本当にできるんだから、ちゃんと抑制しないでやるべきなんだと思った
・演習でしかも20分だってわかっていてもいやだなと思うのに、演習でもないのによく知りもしない看護婦さんにや
られて出ていかれたら絶対いやだ
・実際に抑制されている人はすごい不快だろうなって思った
演習体験の効果
・演習は抑制っていう体験で、時間は短かったけど、顔がかゆいのかけないとか、そういうことがわかってやってみ
たことはよかったのでいろいろ意見がいえる
・演習で、抑制はするのもされるのも嫌だとの気持ちはわかった
・他の人はどう思ってるか聞けてよかった
・グループでの話し合いを進めるうちに考えとか結構変わっていった
・いろいろな意見があってそれが面白かった
・他の人の意見を聞くことで気づくことも多かった
・いろんな意見があった方が勉強になる
・自分たちと違う意見を言っているグループでもよく聞けばああ確かにこういう考え方もあるよなって思った
他者の意見による気づき ・話し合いが止まることはなかった
・みんな思いもしないようなことを言ったりしていい刺激だった
・もし自分が(抑制は)仕方ないと思っても周りの人とかが違う意見を出してくれたら、自分でああそうかって気づ
くかもしれないし、それじゃないと変わっていかない
・他のグループの発表も正反対の発表とかあって、それはそれで、自分の考えを固めるという意味でも刺激になった
・グループ発表で他の意見を聞くことで自分達のグループでの話し合いの幅が広がった
・思っていてもうまく言えなかったことが、他のグループで言葉になっていて、人の意見を聞くのはすごいと思う
・受け身じゃなく参加型の授業で頭を使って考え、楽しかった
・この話し合ったことにすごい意味がある。これが一番身になる、結局考えることが大事
・常に何かをしているから、眠くならなかった
参加型の授業の効果
・グループワークはいつも白熱する
・グループでの学習は活発になるのでよかった
・いろんなことが考えられるし勉強しようっていう気になるからグループワークは好き
・こういうこと(抑制について)を時間をかけて考える機会があってよかった
・抑制についていろんな意見があって、それをみんな言いたかった
・知識がなくても(興味があったので)自分の考えを持っていれば話せた
・これから先、臨床に出たときも考えて行けると思うから、いいきっかけになった
テーマに対する興味
・抑制について保健医療総論で考える機会があったので余計に白熱した
・抑制っていう結構ちゃんと考えざるを得ないようなテーマで正解がないから話しやすい
・議題に興味を持つか持たないかで活発になるかならないかが変わってくる
・抑制ってこの授業をやらなければ考えなかったし、カルチャーショックだった
異なる意見に対する興味 ・今回絶対的に抑制はしない派が多かったから、抑制は仕方ないという意見が出たときに盛り上がった
・少数派はすごい突っ込まれた(質問が出た)
・先生が言ってくれたこともヒントっていうか、学習をする上ではポイントにして調べて行けたからよかった
指導者による
・そんなとき先生の一言はハッとさせられ,そういう考えかたもあったと思った
方向性の明示
・講義では看護倫理の三つの視点みたいのを与えてくれたら話がしやすかった
・方向性が全然違って話しあってたこともあったけど楽しかった
・自分一人だと自分が困るだけだからいけど、グループだと一人じゃないから責任があるし迷惑とかかけられないと
思う
・結構みんな助けてくれたり、助け合ってできる。意見を言ってもどんどん膨らむから楽しい
・自分のちょっとした意見でも無駄にされないのはよかった
・グループによっては発言しやすい雰囲気、しにくい雰囲気がある
グループメンバーとの ・今はみんな自己主張すごいから言いやすいけど、停滞気味のグループの雰囲気だったら、自分も停滞気味になりグ
ループの雰囲気とかに左右される
関係性
・始めはきっかけを見つけるまでお互いに様子をうかがって黙ってて、どうしようっていうときもあったけど、のっ
てきたら結構みんなしゃべった
・先生に突っ込まれたけど、それに答えられる人がいたから、時間外まで(調べたり)やらなくってもいいかなと思
った
・抑制を絶対しないってことを発表会で突き通せたことは、グループ的には満足
・みんな抑制しない方向に考えてたからもめることもなくよかった
・友達同士での話し合いでは、一つの意見に同調し過ぎて路線ずれて話し合うこともある
・具体的に考えなさいと言われたけど、具体的なことは本当にわからないことに気づいて、調べないことには始まら
ないので、今回初めてグループで本を探してきた
・先生の質問に答えれないことで知識がないのがわかり、それで具体的援助を考えることは倫理的じゃないと言われ
たことで、次の発表までに集まろうということになった
・授業中知識がないことに気づいて調べに行きたくなった
・話し合ってみないと自分の知識のなさがわからないので、
(先生に)調べろと言われてもどうにかなると思って調
知識不足
べない
・考えていったら知識がないので解決できない問題に行き当たりどうにもできなくなってトーンダウンしていった
・知識をもって調べろと言ってもここ(教室)じゃ出来ないし、自分たちで考えられる範囲では出尽くしてしまい話
が進まなかった
・情報がないので話が発展しなかった
・知識が無いと同じところに戻ってきちゃってそれ以上先に進めない
・知識のないことで困ることは多かった
・時間の終わりに発表しなといけないと思うと焦りとか勢いとか出て活発になるけど、ないとわかると時間を持て余
してまとまらない
成果の発表があること
・発表できる状態じゃなかったことで焦りを感じたので集まった
(ないこと)
・発表を目的にグループで話し合うことでグループでの意見が出るから発表は大切
・発表しなくていいと思うとまとめなくなる
─ ─
58
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
している17)。つまり、学習者の認識の形成過程は段階的
ていたグループの討議は停滞気味となっていた。高島に
であり、そのなかで何らかの概念形成を確立するには、
よれば、グループ学習のデメリットとして「ディスカッ
形成すべき概念の本質的な構造を正確に反映した感性的
ションに慣れていないと、他者批判になったり討論をお
イメージが段階を進める上での媒介となるとしている。
それて寡黙になったりしがち」である20)ことを指摘して
したがって形成すべき概念を反映した具体的内容を含ん
いる。討議が停滞気味のグループではグループの凝集性
だ教材は、学習者の認識の段階を進める媒介として働く
が低く対立に耐えられない関係性であったため、意見が
のであり、この授業のなかでも提示された事例や演習体
一致することに意義を見い出し、意見を深める方向へは
験が、その具体的・具象的な実体的イメージとして、認
発展せず結果として学習の進行を阻害したのではないか
識を深める役割を果たしたといえる。
と考えられる。
これらのことから学生は、提示された事例を媒介とし
このようにグループ討議による集団過程は、認識の深
てビデオの実例や資料の助けを通し、看護実践とは何か
まりおよび学習活動を活発にするうえで欠かせない役割
について具体的に考えることでその認識過程を進行させ
を発揮してゆくといえる。しかしそれは必ずしもうまく
ていたことがうかがえる。したがって学習活動において
機能するものではない。メンバーそれぞれがグループと
認識過程を深めるためには、学習テーマに則した事例の
して討議に参加する意味の理解や、参加の仕方の技術を
提示など、感覚的、感性的、具体的に把握できる教材を
ある程度身につけていなければ効果は発揮できない。教
提供し、それを媒介として発展的に活用できるような条
師はこのような場合も想定して、グループ討議が効果的
件を整えることが望ましいといえる。
に学習に活用されるように働きかける必要がある。
3.学習への動機づけ
2.グループ学習の影響
高村が認識の形成を図るには集団的討論過程が不可欠
学生の学習課題への認識の深まりは、積極的で持続的
である18)としていたように、本研究においても、グルー
な学習活動により促される。そこで重要になってくるの
プ討議での仲間との話し合いや発表会での意見交換によ
が学習活動への動機づけである。
本研究の学習への影響要因の内容で、学生自身の学習
り学習者間の相互作用が起こり、認識が深まったと思わ
活動への動機を喚起したものとして考えられるのは、
れる。
「他者の意見による気づき」では、グループでの話し
合いを進めるうちに自分の考えと異なる意見がさまざま
「テーマに対する興味」、「異なる意見に対する興味」、
「具体的な事例の提示」である。
あることに気づいている。そして、自分とは異なる意見
これらの内容は、認識の形成過程においても重要な役
に対しても、その意味について考えながら討議すること
割を果たしていたが、それと同時に学習者の興味を喚起
で、テーマに対する多様な認識も深められ、そこで深ま
し学習動機を持続させる役割も担っていた。この授業の
った認識を再度獲得する機会となっていった。
中で学生は、
「抑制」という聞き慣れない事柄に対する
グループ学習では他者の存在により、別な観点から問
興味に加えて、提示される事例の変化や他者とのさまざ
題を眺めたり、学習者のやり方に対してある種の批判を
まな意見を交換するなかで、既存の考えや知識にずれが
加えるという形で、それまで気づかなかった問題をはっ
生じ、知的な好奇心を持続させていたと考えられる。
きりさせ、無視されがちなことがらに注目させ、解釈・
19)
好奇心は、すでに学習者が持っている知識をゆさぶる
仮説の探索を適切に方向づけてゆくことができる とい
ことによって喚起されるといわれている21−25)。人は通常、
う利点があり、ここでもこれらの利点が生かされていた
自分がすでに獲得してきた知識を使って環境に働きか
といえるであろう。
け、これを自分のうちにとりこもうとする。そしてその
また「グループメンバーとの関係性」や「参加型の授
過程において、予期に反しそれまで自分がもっていた知
業の効果」では、グループ討議を通じて他者の存在その
識や考え方との違いに揺らぎを感じることで興味をも
ものによる安心感、責任感が生まれ、それがさらに討議
ち、知的好奇心が喚起され、それらについて調べてみた
への意欲を支え、認識過程の発展を促進させていたと考
り考えたりするよう動機づけられるのである26)。ここで
えられる。グループ学習の利点として先に述べたことに
もこのような過程をたどりながら学生の知的好奇心が喚
加えて、ただ単に他者が学び手のさまざまな試みを『見
起され、興味が持続していたものと思われる。
守っている』というだけでも知的努力を動機づけ、その
高田は、動機づけは学習活動において必要不可欠な条
能動性を増幅させる19)ことが示されている。この授業に
件であるとし、その機能として「喚起的機能」と「維持
おいてもグループ内での安定した人間関係と支援体制
し方向づける機能」の2つをあげている3)。学習活動は
は、学生が自分自身で踏み出そうとする意欲を支え、学
喚起されたからといって、それが必ずしも維持・持続さ
習活動の進展に促進的に働いていたのである。
れるとは限らない。そこで後者の「維持し方向づける機
しかしその一方で、意見が一致したことに満足感を得
─ ─
59
能」が重要となる。つまり動機づけは学習の導入段階ば
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
体的に把握できる実体的イメージの含まれた教材を提供
かりでなく、学習の全過程に渡って配慮していく必要が
27)
し、それを媒介として認識過程を進展させる条件を整え
ある 。本研究の対象学生も、学習への動機づけが「知
る必要がある。
識不足」および「指導者による方向性の明示」によって
2)グループ学習による討議により認識が深まりその段階
さらに維持し、方向づけられていたのである。
「知識不足」では、わからないことをわかるようにし
を押し進めていたことから、学習者間の集団過程を用い
たいという知的好奇心に加えて、どのような知識を補え
ることは、認識を深化発展させるのに欠かせない条件で
ば自分たちにとってこの問題が解決できるかという目処
ある。しかしながら、メンバー間での相互作用が機能し
をもてたことが学習への意欲につながっていたと思われ
なかったり、提示された課題が自分達自身によって解決
る。つまり知識不足に気づいても、どのようにすればそ
可能であると思えない場合、学習の進展を妨げてしまう。
れを補って解決へつなげてゆけるのか見通しが立ち、方
したがってこのような場合指導者は、学生が効果的に学
法を理解していることによりさらなる学習動機につなげ
習過程を進められるよう常に働きかける必要がある。
てゆけたのである。ここでは同時に「知識不足」に気づ
3)継続的な学習への取り組みを図るために、学習動機を
いたことで、解決の目処が立たないと判断しそれ以上の
喚起・維持させる必要がある。そのためには既知の知識
やる気を失い、学習活動を停滞させてしまうグループも
を揺るがす働きかけをすること、および学生に迷いが生
見られていた。これは知識がないことで、その先どう進
じたときには指導者が方向性を明示することが重要であ
めてゆけばよいかわからず学習動機が低下していったと
る。
考えられる。したがって、提示された課題に対して自分
さらにこれらのことに加え、授業を行う上で学習者の
達自身によって解決可能であると思える適度な難易度で
特性をよく把握し、期日の設定といった外発的動機づけ
あることは、学習動機の継続に大きく影響するのである。
もうまく利用することが有効であることが示唆された。
このような解決の目処をもてるという点においては、
「指導者による方向性の明示」も重要であった。自力で
今回の研究では学生の発言にもとづいてデータ分析を行
解決できない問題にぶつかったときに、指導者の助言に
ったため、この授業において実際に学生がどの程度学習に
よって、新たな方向性が開かれたり、やるべきことをみ
よって知識や理解が深まっているのかは確かめられていな
つけられたりすることで、再び学習動機をもつことがで
い。今後は教育者側の学習評価も用いて、実際に学生の学
きていた。したがって学生の学習が行きづまる様子があ
習の深まりがどの程度であったのか比較検討しながら、学
れば、適宜方向性を示し、学習動機を低下させないよう
習の深まりに影響した要因を探求する必要がある。
本稿は平成14年度札幌医科大学大学院保健医療学研究科
に指導する必要があるだろう。
このように未知なるものに対する知的好奇心に始まっ
た課題への興味は、その折々に与えられた他者の異なる
看護学専攻修士課程における論文の一部を加筆・修正した
ものである。
意見や指導者の方向性の明示、具体的な教材に刺激を受
謝 辞
けながら、学生は授業におけるテーマについての興味関
心を継続しつつ学習が進行できたものと思われる。
これとは別に「成果の発表があること(ないこと)
」
本研究を行うにあたってお忙しいなか研究の主旨を理解
は外発的な動機づけとなっていた。ここで学生は具体的
しインタビューに協力して頂きました看護学生の皆さんに
な日時の決まった目前の目標があることで、それに向け
お礼を申し上げます。皆さんが一生懸命に語ってくれた姿
て意見をまとめたり、不明な点を調べるという行動につ
を思い浮かべることは、研究を進めていく上でとても励み
なげられていた。このように目前の目標により学習活動
になりました。ありがとうございました。
が喚起されやすい学習者には、そこでの学習に対する取
文 献
り組みが持続し学びを深められるよう、この動機づけを
うまく利用してゆく工夫が必要となるだろう。
1)天野正輝:教育方法の探究.東京,晃洋書房,1995,p143−145
Ⅴ.まとめ
2)高村泰雄:教授過程の基礎理論.城丸彰夫,大槻健編.教育の過
程と方法,講座日本の教育6.東京,新日本出版社,1976,
以上のことから、学生の学習への取り組みを促進および
阻害させている要因およびそれらに対する教育的アプロー
p41−42
3)高田喜久司:学習指導の理論と実践.東京,樹村房,1995,p9−
チについて以下のようにまとめられた。
10
1)具体的イメージの含まれた教材の提示は、学習者側の
4)J.S. Bruner.鈴木祥蔵,佐藤三郎訳:教育の過程.東京,岩波書
認識を深化発展させる媒介として大きな影響をあたえて
いた。認識の深化発展を図るには、感覚的、感性的、具
店,1963,p89−104
5)稲垣佳世子:自己学習における動機づけ.波多野誼余夫編.自己
─ ─
60
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
学習能力を育てる.東京,東京大学出版会,1980,p37−39
6)福沢節子:主体性を高める教育の方法を探る.第22回日本看護学
会集録(看護教育)
,346−348,1991
7)野副美樹,村本淳子,行広栄子,ほか:本学学生の教室内におけ
る学習態度に関する研究.東京女子医科大学看護短期大学研究
紀要 15:53−60,1993
8)中村幸栄:看護学生の自己教育力に関する研究.京都府立医大医
療短期技術大学紀要 3:111−120,1993
9)永嶋由理子:看護学生の学習意欲の検討.山口県立大学看護学部
紀要 5:39−45,2001
10)佐藤みつ子:看護学生の「自己教育力」に関与する要因について.
第22回日本看護学会集録(看護教育):201−203,1991
11) Harvey TJ: Student nurse attitudes toward different
teaching/learning methods. Nurse education today 10(3):181−
185,1990
12)Ghazi,F,&Henshaw, B.A: How to keep student nurses
motivated 13(8):11−17.1998
13)澤井映子:看護学生の自己学習能力の意識.日本看護研究学会雑
誌 19(3):96−97,1996
14)若狭紅子:成人看護学実習「グループワーク」が学生に与えた影
響.東京女子医科大学短期大学紀要 18:55−63,1996
15)前掲書 2)p47−49
16)庄司和晃:認識の三段階連関理論.東京.季節社,1985,p13−
54
17)高村泰雄:物理学教授法の研究.東京.北海道大学図書刊行会,
1987,p38−47
18)前掲書 2)p50−62
19)稲垣佳世子,波多野誼余夫:人はいかに学ぶか.東京.中公新書,
1989,p120
20)高島尚美:討議を取り入れた学習法 第5章グループ学習,村本
淳子編.わかる授業をつくる看護教育技法2.東京.医学書院,
2001,p164
21)Loewenstein,George:The psychology of curiosity. A review and
reinterpretation. Psychological Bulletin.116(1),75−98.
1994
22)Sandoval,Jonathan:Teaching in subject matter areas.
ScienceAnnual Review of Psychology.46, 355−374. 1995
23)黒岩督:教室での学習と動機づけ.浜名外喜男編.教育心理学.
東京.樹村房,1994,p43−77
24)波多野誼余夫,稲垣佳世子:知的好奇心. 東京.中央新書,
1973,p58−70
25)前掲書 1)p146−148
26)前掲書 19)p46−51
27)前掲書 3)p164−167
─ ─
61
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
自転車こぎ運動中における外側広筋の酸素化レベルと有酸素能力との関係
神林 勲1,森田 憲輝2,金木裕次郎3,石村 宣人4,中村 寛成4
内田 英二5,藤井 博匡6,武田 秀勝6
自転車エルゴメーターを用いた漸増負荷運動中、近赤外分光法(NIRS)により測定された外側広筋の
酸素化ヘモグロビンとミオグロビン[oxy(Hb+Mb)]は、運動強度とともに低下する。そして、その
低下率には二酸化炭素排泄量から推定された乳酸性アシドーシスに相当する仕事量や酸素摂取量付近で
増加するという加速ポイントが認められている。本研究の目的は、この加速ポイントのoxy(Hb+Mb)
レベルと全身性有酸素能力(最高酸素摂取量と換気性閾値)との関係を検討することである。被検者に
は12名の健康な男子を用いた。漸増負荷運動は1分間に30ワットの漸増率のランプ負荷法により疲労困
憊まで実施した。運動中の酸素濃度、二酸化炭素濃度および換気量は自動呼気分析装置によりbreath
by breath法で測定された。NIRSによって得られるoxy(Hb+Mb)は個人の相対的変化を示している。
そこで、個人間の比較を可能にするため、oxy(Hb+Mb)を漸増負荷運動前の安静時の平均値を100%、
運動後に実施された15分間の動静脈血虚血中の最低値を0%とする百分率で表した。運動強度の増加に
伴い、oxy(Hb+Mb)は直線的な減少を示した。その後、筋組織での脱酸素飽和度が加速されたことを
意味する急激なoxy(Hb+Mb)の低下が、12名の被検者中10名に認められた。この加速ポイントにおけ
るoxy(Hb+Mb)(%oxy@AP)の被検者10名の平均値は75.3±8.7%であった。%oxy@APは最高酸素摂
取量と有意な負の相関関係(r=-0.804、p<0.01)があり、また、換気性閾値での酸素摂取量とも有意な
負の相関関係(r=-0.935、p<0.01)があった。これらの知見は、APにおける筋酸素化レベルは全身性の
有酸素能力を反映する指標であることを示唆する。
<キーワード> 筋酸素動態、外側広筋、最高酸素摂取量、換気性閾値、ランプ負荷運動
Relationships between aerobic capacities and muscle oxygenation level at vastus lateralis during
incremental cycle exercise
Isao KAMBAYASHI1 , Noriteru MORITA2 , Yujiro KANAKI3 , Nobuhito ISHIMURA4 , Tomonari NAKAMURA4
Eiji UCHIDA5 , Hiromasa FUJII6 , Hidekatsu TAKEDA6
Muscle oxygenated hemoglobin and oxygenated myoglobin [oxy
(Hb+Mb)] measured by near infrared
spectroscopy (NIRS) in the vastus lateralis sharply decreased near the work and metabolic rate where significant
lactic acidosis was detected by excess carbon dioxide production, as work rate was increased during incremental
cycle exercise test. The aims of this study were to determine relationships between the level
of oxy
(Hb+Mb) where
・
this signal sharply decreased and general aerobic capacities [peak oxygen uptake (VO2peak) and ventilatory
threshold (VT)]. Twelve healthy male subjects participated in the study. Work rate was increased in a ramp
pattern (30 watt・min-1) until volitional fatigue. Breath by breath method was used to measure gas exchange with a
metabolic chart. Oxy
(Hb+Mb) signals were expressed as percentage oxygenation relative to the overall change
from the rest (100%) to the minimum level (0%) obtained during 15-min ischemia after exercise. As work rate
was increased, oxy
(Hb+Mb) began to decrease linearly. Afterwards, a sharp decrease, which the rate of muscle
tissue oxygen desaturation accelerated, was observed in 10 of the 12 subjects. Mean oxy
(Hb+Mb)・level at the
accelerated point (%oxy@AP)
was
75.3
±
8.7
%.
The
%oxy@AP
was
significantly
correlated
with VO2peak (r
・
= -0.804, p < 0.01) and VO2@VT(r = -0.935, p < 0.01), respectively. These findings suggest that the level of
muscle oxygenation at AP reflects general aerobic capacities.
Key words: Muscle oxygenation, vastus lateralis, peak oxyen uptake, ventilatory threshold, ramp exercise
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:63(2004)
─ ─
63
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
Ⅰ.緒 言
Ⅱ.方 法
近年、近赤外領域の連続光を用いた近赤外分光法(Near
infrared spectroscopy、以下NIRS)の開発により、局所レ
A.被検者
ベルでの組織酸素動態を非侵襲的に、長時間・連続的に測
大学運動部に所属し、日常定期的に運動を行っている
定することが可能となった1-13)。漸増負荷法を用いた自転車
健常な男子学生12名(年齢21.4 ± 2.0歳、身長172.3 ± 6.3
こぎ運動中における活動筋の酸素動態についても、多くの
㎝、体重63.1 ± 4.1 ㎏)を対象に測定を行った。被検者
報告がなされている。しかしながら、その中で運動中の筋
が所属する運動部は多岐に亘っていたが、自転車競技選
酸素動態を解析して最高酸素摂取量(Peak oxygen uptake、
手や自転車を日常のトレーニングに用いている者はいな
以下VO2peak)や無酸素性作業閾値などの全身性の有酸素
かった。測定に先立ち、被検者全員に本研究の目的、方
法および予想される危険について十分な説明を実施し、
1-3,12)
能力との関係を検討したものは数少ない
。
自主的な参加の同意を得た。
1)
Belardinelliら は自転車こぎ運動の主働筋である外側広
筋の酸素化ヘモグロビンとミオグロビン[oxygenated
hemoglobin and oxygenated myoglobin、以下oxy
(Hb+Mb)
]
B.実験の概要
は運動強度の増加とともに緩やかに低下し、換気性閾値
図1に本研究の測定プロトコルを示した。被検者に呼
(Ventilatory threshold、以下VT)付近から急激に低下する
気ガス分析用のマスク、心電図の電極およびNIRSのプ
現象を観察した。そして、このoxy(Hb+Mb)の低下が加
ローブを右脚外側広筋上に装着し、自転車エルゴメータ
速される点(Accelerated point、以下AP)とVTにおける
ー上で左脚を下死点(Bottom dead center)まで伸展さ
酸素摂取量および運動強度との間に非常に高い正の相関関
せた状態で右脚を弛緩させ3分間の安静をとらせた。安
係を報告している。同様な報告が乳酸性閾値との関連で、
静後直ちに無負荷で3分間のウォーミング・アップを行
Grassiら によってもなされている。しかしながら、これ
わせ、その後、1分間に30Wattの増加率でランプ負荷
までAP出現時におけるoxy(Hb+Mb)レベルの個人差につ
運動を疲労困憊まで実施させた。ペダリング頻度はメト
いては検討されていない。
ロノームに合わせて60rpmを維持するように指示し、安
3)
NIRSによって得られるoxy(Hb+Mb)の動態は個人内の
静時から運動終了まで上体の姿勢変化が出来る限り生じ
相対的な変化であるため、被検者間の比較はできない。個
ないように留意させた。疲労困憊は指示されたペダリン
人間の比較を行う有効な手段として、動脈血流遮断による
グ頻度を維持できていないことを数名の検者が主観的に
。これは安静時やウ
判断した。運動終了後、マスクおよび電極をはずして被
ォーミング・アップ時のoxy(Hb+Mb)を100%、阻血キャ
検者を椅子へ移動させ、NIRSのプローブ装着位置より
リブレーションによる最低値を0%としてoxy(Hb+Mb)を
近位側に幅75㎜の止血帯(瑞穂医科学工業社製)を装着
表す方法である。この方法を用いることで、APにおける
した。先行研究を参考に、疲労困憊から約10分間の座位
oxy(Hb+Mb)レベルの高さを個人間で比較することが可
安静後、止血帯に500㎜Hgの圧を加えて右脚の動脈血流
能となる。
を約15分間遮断した12,13)。止血帯の開放後、引き続き5
4,6,8,9,14-16)
阻血キャリブレーションがある
分間の回復期を設けた。
AP出現の生理学的機序は、乳酸生成の亢進による血中
二酸化炭素濃度の増加やpHの低下がBohr効果(ヘモグロ
ビン酸素解離曲線の右傾)をもたらし、酸素の解離が増加
C.Oxy
(Hb+Mb)の測定
右脚外側広筋のoxy(Hb+Mb)および全ヘモグロビン
1)
することで生じるとされている 。よって、乳酸生成の亢
進が遅い者ほどAP時の筋酸素化レベルが低くなると考え
NIRS measurment
られる。先行研究において、局所的な酸化能力の優劣と全
Gas measurement
身性有酸素能力に密接な関係にあることが報告されており17-20)、
AP時の筋酸素化レベルと全身性有酸素能力との間にも関
連があると仮定できる。
そこで本研究は、AP時のoxy(Hb+Mb)を運動後の阻血
3-min
rest
3-min
W-up
incremental
exercise
10-min rest
15-min arterial occlusion
5-min
recovery
キャリブレーションによるスケールで表し、全身性の有酸
・
素能力(VO2peakとVT)との関係を検討することを目的
Start
Exhaustion
Cuff on
Cuff off
Fig. 1 Experimental protocol in this study.
とする。
札幌医科大学大学院保健医療学研究科1・浅井学園大学生涯学習システム学部2・札幌市八条中学校3・北海道教育大学大学院教育学研究科4・國學院短期大
学5・札幌医科大学保健医療学部6
神林勲,森田憲輝,金木裕次郎,石村宣人,中村寛成,内田英二,藤井博匡,武田秀勝
著者連絡先:武田秀勝 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学理学療法科
─ ─
64
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
量の測定をパーソナル・コンピューターに接続された
NIRS(オムロン社製HEO-200)を用いて行った。プロ
ーブは受光部と送光部の距離が3㎝のものを使用し、近
赤外光は760nmと840nmの波長を用いた。プローブは膝
上約10∼15㎝の外側広筋上に装着した。装着の際は運動
中の振動によってずれず、また、測定部位が圧迫されて
局所的な阻血が生じないように、専用のベルトを用いて
適切な圧で固定し、さらに、その上から伸縮性のあるテ
ープで固定した。運動中の発汗による受光部の曇りを防
ぐため、プローブと皮膚の間には透明なプラスチック製
ラップを挿入した。NIRSの計測はプロトコルを通して
0.5秒の時間間隔で行い、10秒毎に平均化した値を分析に
供した。
NIRSによって得られるoxy(Hb+Mb)の値は各個人の
Fig. 3 A typical example in detection of the accelerated point
(AP) during incremental exercise. L1 (y = -6.53x + 115.33, r
= -0.980) and L2 (y = -7.95x + 122.38, r = -0.964) show
regression line above and below the AP, respectively.
相対的な変化を表していることから、動脈血流遮断によ
る阻血キャリブレーション4,6,8,9,14-16)によってoxy(Hb+Mb)
D.呼気ガス分析
自動呼気ガス分析装置(ミナト医科学社製AE−280S)
を評価した。評価の方法は3分間の安静時におけるoxy
(Hb+Mb)の平均値を100%、15分間の動脈血流遮断中
を用いて安静時から運動終了まで酸素摂取量(以下
に得られた最低値を0%とし、得られたoxy(Hb+Mb)を
VO2)、二酸化炭素排泄量(以下VCO2)および換気量
相対値(%)で表した。図2に全プロトコル中のoxy
(以下VE)をbreath by breath法により測定し、これら
・
・
・
・
・
、二酸化炭素当
のデータから酸素当量(以下VE/VO2)
(Hb+Mb)の変化を示した。
・
・
量(以下VE/VCO2)およびガス交換比(以下RER)を
算出した。得られたデータは8呼吸毎に移動平均処理を
行い、さらに10秒毎に単純平均したものを分析に用いた。
・
VO2peakは心拍数(以下HR)が180bpm以上、RERが1.1
以上を満たした10秒間の平均値の最大値とした。呼気ガ
スの分析と同時にHRを胸部双極誘導により連続的に記
録した。
・
VTの判定は、運動強度の増加に比較して①VEが非直
・
・
・
・
線的に増加する時点、②VE/VCO2が変化せずにVE/VO2
・
・
が増加する時点、および③VO2の増加に対してVCO2の
増加が上回る時点の3つの基準21,22)で2名の検者が個別
Fig. 2 Change of oxy(Hb+Mb) signals during the experimental
protocol. R; rest, W; warm-up(unloaded cycling), Exercise;
incremental (ramp) exercise until volitional fatigue, ischemia;
arterial occlusion wht cuff inflation.
に実施し、その平均値をVTとした。なお、VTは相当す
・
・
る酸素摂取量(VO2 at VT、以下VO2@VT)で評価し、
出現時の運動時間も算出した。
Oxy(Hb+Mb)は運動負荷の増加とともに低下し、疲
労困憊に至る前に脱酸素化限界に達したり、疲労困憊ま
E.統計処理
で低下し続けたりする。このoxy(Hb+Mb)の低下の過
得られた各変数は平均値±標準偏差で表した。変数間
程において、低下の割合が急激に増加した点をAPとし
の平均値の検定には対応のあるt検定を用いた。また、
て相当するoxy(Hb+Mb)
(%oxygenation at AP、以下
相関関係の検討にはピアソン積率相関分析を行った。危
%oxy@AP)を求めた。算出は2名の検者により視覚的
険率はいずれの場合も5%以下をもって有意とし、記載
3)
については5%および1%とした。
に判定されたAP の前後において、oxy(Hb+Mb)が直
線的に変化する部分を1次回帰によって直線で表し、2
Ⅲ.結 果
つの回帰直線の交点におけるoxy(Hb+Mb)をAP時の酸
素化レベルとした(図3)
。また、AP出現時の運動時間
も算出した。AP出現の再現性を確認するため、被検者
・
A.VO2peakおよびVT
・
12名中8名において同様の自転車こぎ運動を2週間の間
表1にVO2peakとVTの値を被検者全員(n = 12)の平
隔を設けて2度実施させた。なお、1回目をTest 1、2
均値で示した。VO2peak とVO2@VTにはr = 0.888(p <
回目をTest 2とした。
0.01)の正の相関関係が認められた。VO2@VTは報告さ
─ ─
65
・
・
・
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
れている一般健常人(23.2 ± 3.9 ml・㎏ -1・min-1)と持久
増加に伴って直線的に低下し始めた。そして、運動開始
-1
性競技者(49.3 ± 5.7 ml・㎏ ・min )の値 の間に位置し
から約5分後にAPが出現した。AP出現後、oxy
ていた。また、VTの出現時間は6.0 ± 0.9 minであった。
(Hb+Mb)はさらに直線的に低下し、脱酸素化限界に達
漸増負荷運動における最大到達負荷と運動継続時間はそ
する者、またそのまま疲労困憊まで低下し続ける者がみ
-1
23)
・
れぞれ317.5 ± 32.1 Wattと637 ± 61秒、VO2peak出現時
のHRとRERは187.6 ± 2.5 bpmと1.46 ± 0.05であった。
られた。本研究では12名中2名の被検者においてoxy
(Hb+Mb)は直線的に低下し続け、APを判定すること
が出来なかった。プロトコルを通して全ヘモグロビン量
B.プロトコル中のoxy
(Hb+Mb)の変化
には大きな変化が認められなかった。
図2にプロトコル中のoxy(Hb+Mb)の変化例を示し
た。安静時において一定を保っていたoxy(Hb+Mb)は、
C.APの再現性
AP出現の再現性を検討するため、被検者12名中8名
無負荷でのウォーミング・アップにより増加し、負荷の
に対して同様な測定を2度実施した。最大到達負荷は2
Table 1. Peak oxygen uptake, ventilatory threshold and the
level of muscle oxygenation at the acceleralated point in
subjects.
・
・
・
VO2peak
(ml・kg-1・min-1)
n=12
VO2@VT
(ml・kg-1・min-1)
n=12
%oxy@AP
(%)
n=10
mean
52.2
31.7
75.6
SD
5.6
5.1
8.2
回の測定で等しかった(310 ± 14.6 vs. 313.5 ± 10.9
Watt)
。APは8名全員において判定することができた。
Test 1およびTest 2のAP出現時の運動負荷はそれぞれ
143.8 ± 12.2 Wattと141.1 ± 11.8 Wattであり、両者の間
にはr = 0.984(y = 0.91 x + 15.14、p < 0.01)の正の相関
関係が認められた。
・
VO2peak; peak oxygen uptake, VO2@VT; oxygen uptake at
ventilatory threshold; %oxy@AP; muscle oxygenation level
at the accelerated point.
D.全身性有酸素能力と%oxy@APとの関係
%oxy@APは63.4∼84.2%の範囲であり、被検者間で約
20%の開きが認められた。平均値については表1に示した。
APの出現時間は4.9 ± 1.3 min-1であった。図4に%oxy
・
@ A P と V O 2m a x お よ び V T と の 相 関 関 係 を 示 し た 。
・
VO2peakとの間にはr = −0.804(p < 0.01)の負の相関関係
・
が、同様にVO2@VTとの間にもr = −0.935(p < 0.01)の
負の相関関係が得られた。
Ⅳ.考 察
本研究で得られた主要な結果は、阻血キャリブレーショ
ンに評価されたAP時の筋酸素化レベル、すなわち%
・
・
oxy@APはVO2peakおよびVO2@VTと有意な負の相関関係
にあったことである(図4)
。このことから、局所的な指
標である%oxy@APは全身性の有酸素能力と密接な関係が
あることが示唆される。
AP出現の生理学的機序については、乳酸の生成に伴う
代謝性アシドーシスがヘモグロビン酸素解離曲線にBohr効
果をもたらすことによって生じるとされている。乳酸は筋
細胞内での緩衝作用により二酸化炭素の過剰生成と血中重
炭酸イオンの減少を導き、これによって血液は酸性化され、
ヘモグロビン酸素解離曲線は右傾する。Stringerら24)は漸
増負荷運動中、動静脈から血液を採取し、血中の酸素分圧、
ヘモグロビン酸素飽和度、重炭酸イオン濃度、pHおよび
乳酸濃度を測定した。その結果、静脈血中の酸素分圧は安
Fig. 4 Relationships between the level of muscle oxygenation
at the accelerated point (%oxy@AP) and general aerobic
capacities. The upper and bottom panels show the relation
with peak oxygen uptake and oxygen uptake at ventilatory
threshold, respectively.
静時からV-slope法で求められた無酸素性作業閾値に達する
までに、27.4Torrから21.2Torrへと有意に低下したことを
認めた。そして、無酸素性作業閾値以降において重炭酸イ
オンの急激な減少、pHとヘモグロビン酸素飽和度の顕著
─ ─
66
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
な低下を観察している。これらの結果は、NIRSによって
ている。Hamaokaら5)は足関節背屈運動における腓腹筋の
測定されたAP出現の生理学的背景を支持するものである。
初期脱酸素化速度は、ST線維とFTa線維の合計占有率と
Oxy(Hb+Mb)は酸素の供給と消費のバランスを示す指
有意な正の相関関係にあることを認めている。また、安静
標である4,14)。そのため、APはBohr効果以外に筋血流量の
時の筋においても動脈血流遮断により生じた初期脱酸素化
減少によるNIRSプローブ下の酸化ヘモグロビン量の低下
速度は、ST線維占有率が高い筋ほど速いことが報告され
によっても生じる可能性が考えられる。本研究においては
ている10)。これらの先行研究から、運動や虚血によっても
漸増負荷運動時における外側広筋への筋血流量について言
たらされたoxy(Hb+Mb)の低下に関する指標は、筋線維
及することはできない。漸増負荷運動時の筋血流量につい
組成と密接な関係にあることが示唆され、今後、APにつ
て検討した先行研究では、①運動強度の増加に伴って直線
いてもさらなる研究が望まれる。
的に増加するという報告25,26)や、②VT強度以上ではレベリ
Belardinelliら1)やGrassiら3)は自転車エルゴメーターを用
ングオフするという報告27)がある。①の場合ではAP出現
いた漸増負荷運動中における外側広筋のoxy(Hb+Mb)の
に筋血流量の影響はない。②の場合は筋血流量が一定にな
変化を測定し、その減少が加速するAPを認めた。一方で、
れば酸化ヘモグロビンの増加をもたらす要因がなくなるこ
oxy(Hb+Mb)は直線的に低下し続けることを認めている
とから、組織での酸素利用率が一定でもoxy(Hb+Mb)が
研究2,12)や、4種類の変化パターンを報告している研究14)
急激に低下する可能性がある。しかしながら、APはVTよ
もある。本研究では12名の被検者中10名にAPを判定する
りも約1分前に出現していることから、②の影響もなかっ
ことができたが、2名の被検者においてoxy(Hb+Mb)は
たと考えられる。
運動中直線的に低下し、APを判定することはできなかっ
漸増負荷運動中における乳酸生成の亢進は動員される筋
た。研究間で用いられている漸増負荷法は同一ではないも
線維タイプと関係すると考えられる。運動強度の増加に伴
のの、本研究も含めこれら研究間の違いをもたらす要因に
って運動に動員される筋線維の数が増加し、その動員は
ついては明らかではない。本研究でAPが認めらなかった
ST線維からFT線維の順で生じる28)。また、Sale29)はVTの
2名の被検者の専門種目は陸上競技の長距離走とクロスカ
強度を超えると、非常に多くのFT線維が動員されるとし
ントリースキーであり、筋線維タイプが他の被検者に比較
ている。FT線維はST線維に比較して毛細血管の発達度が
してよりST線維型であると推察される。このことが、AP
低く無酸素的代謝に優れ、骨格筋型乳酸脱水素酵素がST
の判定を困難なものにしたのかもしれない。
線維の3倍の高値を示すことが報告されている30)。また、
Ⅴ.総 括
FT線維はST線維よりもミトコンドリア含有量が少ない31,32)。
解糖系で生成されたピルビン酸がミトコンドリアでの利用
速度を上回れば筋細胞質内に乳酸が蓄積し始めることか
自転車漕ぎ運動による漸増負荷運動(ランプ負荷法)を
ら、ミトコンドリア含有量が少なければ乳酸生成の亢進が
12名の健康な男子に疲労困憊まで実施させ、外側広筋の筋
高まる。よって、筋線維組成がFT線維優位型である者は
酸素動態[oxy(Hb+Mb)
]を近赤外分光法(NIRS)によ
運動中、乳酸生成の亢進が早いと考えられる。
って測定した。また、運動中、breath by breath法により
漸増負荷運動における主働筋の筋電図積分値を調べた研
11,33-35)
究
呼気ガスデータを連続的に記録し、最高酸素摂取量
・
では、VTなどの無酸素性作業閾値の付近から筋電
(VO2peak)と換気性閾値(VT)を測定した。漸増負荷運
図積分値は急増することが報告されている。FT線維は活
動中、12名中10名において先行研究で報告されているoxy
動電位や発火頻度が高く、発火の同期化が生じやすいこと
(Hb+Mb)の低下が加速する点(AP)が認められ、APを
が報告されており36)、FT線維の運動への動員が筋電図積
安静時のoxy(Hb+Mb)を100%、運動終了10分後に行われ
分値の急増を招来すると考えられる。運動強度の増加に伴
た15分間の阻血キャリブレーション中に得られた最低値を
い、同一の強度でoxy(Hb+Mb)の顕著な低下と筋電図積
0%とする相対値で評価した(%oxy@AP)
。そして、AP
分値の顕著な増加という鏡像現象が認められている11)。こ
と全身性有酸素能力(VO2peakとVT)との関係を検討し
れらのことから、FT線維の運動への参画による乳酸生成
た。結果は以下の通りである。
の亢進がAPを生じさせると推察され、%oxy@APが低い
1)%oxy@APは75.3 ± 8.7 %であり、被検者間に約20 %
者ほどST線維優位型の筋線維組成を有していると考えら
の個人差が認められた。
れる。VO2peakやVTがST線維占有率と有意な正の相関関
2)VO2peakは52.2 ± 5.6 ml・㎏ -1・min-1、VO2@VTは31.7 ±
係にあることを報告している先行研究18,37)はこの仮説を支
5.1 ml・㎏ -1・min-1であった。
持すると思われる。
3)%oxy@APとVO2peakにはr =−0.804(p < 0.01)
、VO2
・
現在までのところ、筋線維組成とAPとの関係を検討し
た研究は見当たらない。しかしながら、局所運動中に
・
・
・
・
・
@VTにはr =−0.935(p < 0.01)といずれも有意な負の相
関関係が得られた。
NIRSによって測定されたoxy(Hb+Mb)の低下に関する指
以上の結果より、阻血キャリブレーションによって評価
標は、筋線維組成と有意な相関関係にあることが報告され
されたAP出現時における筋酸素化レベルの値は全身性の
─ ─
67
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
の検討―.体力研究,85:96−106,1994.
有酸素能力と密接な関係にあることが示唆された。
15)塩崎知美・狩野豊・渡辺重行ら:近赤外分光法による高齢者の
文 献
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中・長距離ランナーと非鍛錬者の筋酸素動態の比較.北海道教
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─ ─
68
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札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
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─ ─
69
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
社会的不適応を示す軽度発達障害児に対する家族参加型集団作業療法の
保護者の視点から見た意義
仙石 泰仁,舘 延忠,中島そのみ,長沼 睦男
学習障害児やその周辺障害児で学校において不適応行動を示す16名とその家族を対象とし、ソーシャル
スキルの改善と生活への般化を目的とした集団作業療法を3年間、月2回3∼4時間実施した。集団作
業療法では家族機能の改善を図るように内容を配慮し、企画運営に両親が、そして、指導場面には兄弟
姉妹も参加した。本研究はこの取り組みの治療的意義を両親へのアンケート調査から検討することを目
的に行った.その結果、生活習慣、対人関係、運動技能、学習態度、情緒面で改善が認められた。特に、
家庭内での行動や対人関係に関した事が顕著な効果としてあげている点が特徴と考えられた。しかし、
実際の友人の数や学業成績については変化が指摘されない子どもが多かった。
<キーワード> ソーシャルスキルズトレーニング、発達障害、集団作業療法
Effectiveness of Family-Centered Group Occupational Therapy for Mild Developmental disordered
Children with Social Skill problems in parents repots
Yasuhito SENGOKU, Nobutada TACHI, Sonomi NAKAJIMA, Mutuo NAGANUMA
Sixteen children with mild developmental disorder and their families were treated as subjects in a family-centered
group occupational therapy. Family-centered group occupational therapy was conducted over three years, twice per
month for 3 to 4 hour each session. Siblings were invited to join the therapy sessions, and parents were involved in
planning of therapy activities, as well as providing play activity at home. The effects of the occupational therapy were
assessed using parent's report. The results indicated self-care, communication, motor function, attitude of study and
emotion to show most improvements, whereas number of friend, school record less improvements. In particular,
significant changes occurred in managements of daily living and communication at home.
Key word: Social Skills Training, Developmental Disorder,Group Occupational Therapy
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:71(2004)
はじめに
要であると考えられている。現在、小集団での治療的な関
わりは作業療法だけでなく心理、教育などの分野でも実践
学習障害(Learning Disability;以下LDとする)や注意
報告3−5)がされており、具体的にはレクリエーション、心
欠 陥 ・ 多 動 性 障 害 ( Attention deficit hyperactivity
理劇、話し合い活動などが取り入れられている。ソーシャ
disorder;以下ADHD)といった障害を持つ子どもたち
ルスキルの獲得を目的とした治療・教育を計画するに当た
の中には、友人関係や学校生活上に様々なトラブルを起こ
っては、活動の内容を考慮するとともに、活動で学習され
してしまうものが多いことは臨床的にも経験することであ
た様々なスキルを如何に日常生活の中で般化していくのか
る。そして、このような問題が将来、自立生活を行う上で
が重要な視点となる。しかしながら、医療や教育の現場で
の大きな問題を生じさせる原因の一つになっている。社会
実践されている様々なソーシャルスキルトレーニングの効
適応や集団適応上の問題はソーシャルスキルと関連してい
果を、子ども達の日常生活や社会生活にまで影響をおよぼ
ることが知られており1、2)、挨拶や様々な社会的な習慣とい
すためには、指導の形態、内容、保護者への援助方法など
った技能的な側面、自己・他者の能力を適切に評価できる
検討すべき課題が山積している現状にある。作業療法では
能力などの改善が学校生活への適応や仲間関係の確立に必
生活の中で行われる様々な活動を治療的に用いることが治
札幌医科大学保健医療学部作業療法学科1、札幌肢体不自由児総合療育センター2
仙石泰仁,舘延忠,中島そのみ,長沼睦男
著者連絡先:仙石泰仁 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学保健医療学部作業療法科
─ ─
71
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
療原理のひとつであり、治療内容も生活と密接に関わりな
2.集団作業療法の内容
がら計画できる利点がある。しかし、現状では作業療法士
我々が実践している集団作業療法は、①活動を両親と
の活動の場が医療機関や通園センターなどに限られている
伴に企画立案し、家庭でも継続的に行えるものを取り入
ため、子ども達が日常関わる人や環境を直接治療的に用い
れて行う、②セッションには対象者の同胞や近所の友人
ることができないことや、治療を生活習慣の一部として位
も自由に参加し、集団作業療法で取り入れている活動が
置づけることの困難さがある。
地域でも遊びとして共有できるようにする、③治療場面
本研究の目的は、これらの問題を解決するためのひとつ
を離れても両親の交流を促すために両親の懇話会も企画
の試みとして、地域での学習障害児やその周辺障害児、お
する、という家族機能の援助を基本理念において運営し
よびその家族への支援を目的とした集団作業療法の実践と
た。治療は1ヶ月に2回、3∼4時間程度行い、感覚統
その効果について検討することにある。本稿ではその一環
合遊具を使った自由遊び、マット運動のような室内での
として、集団作業療法に参加した子どもの保護者である両
粗大運動やスキー、スケートなどの屋外でのスポーツ、
親(以下両親)を対象にソーシャルスキルの改善に関する
グループでの規則のあるレクリエーション、絵画や革細
アンケート調査を実施し、本作業療法の意義について検討
工などの手工芸活動、加えて各セッションに話し合いと
した。
称したコミュニケーション活動を取り入れた。更に、屋
外での社会的な活動、例えば家族と一緒のサマーキャン
方 法
プや様々な場所の見学も取り入れた。各セッションでは、
自由遊びと話し合い活動は必ず行い、これらの活動以外
の2∼3程度の活動を組み合わせて実施した。両親は、
1.集団作業療法の対象
集団作業療法に参加している対象者は11歳から15歳ま
子どもの活動中に次回の活動内容について話し合いを行
での男児10名、女児6名の計16名(小学生9名、中・高
ったり、学校教員や塾の講師などを招いて懇談会も数回
生7名)とその家族である。治療期間は2年(18ヶ月∼
開催した。指導者として児童精神科医1名、作業療法士
24ヶ月)が6名、3年(26ヶ月∼36ヶ月)が10名であり、
2∼3名、小学校教員2名、学生ボランティア5∼10名
3名は注意散漫・多動的な行動特性が、6名はコミュニ
が参加した。指導者の役割は活動の進行と子どもへの援
ケーション上の問題、7名は情緒的な未熟さが学校生活
助が主なものであり、治療終了後に活動中の子ども達の
の中で観察されていた。また、診断は作業療法に参加す
様子について随時情報交換を行い次回のセッションでの
る以前に9名がLD、4名が軽度の精神発達遅滞
配慮点などについて話し合いも行った。表2ではセッシ
(Mental Retadation;以下MR)
、3名がADHDと児童
ョンの流れを、
「クリスマス会の準備」を行った活動を
精神科医により診断されていた。15名が普通学級に、1
例に示した。セッション内容の打ち合わせを約2週間前
名が特殊学級に在籍していた。対象者の詳細は表1に示
から行い、年度始めに計画した内容の詳細を両親が中心
した。
となって検討した。指導者側からは医師と筆者が参加し、
活動の難易度を子ども個々の能力に適合できるように助
言したり、実施上の配慮点などについて話し合った。当
表1 対象者の概要
知能指数
調査時学年
参加
年数
55
小学5年
2
自分の感情コントロールができない
100
小学5年
2
多動・多弁
104
中学2年
2
言語的なコミュニケーションがとれない、消極的
59
65
中学1年
2
言語的なコミュニケーションがとれない、消極的
53
57
64
高校2年
2
人前でしゃべれない・いつも言いなり
ADHD
107
105
109
小学5年
2
言語的なコミュニケーションがとれない、自己中心的
女
非言語性LD
107
114
95
高校1年
3
自己中心的、情緒面の未熟さ
8
女
非言語性LD
81
92
70
小学6年
3
コミュニケーションが上手にとれない・情緒面で未熟
9
男
非言語性LD
100
115
83
小学5年
3
情緒的に未熟で感情のコントロールができない
10
男
ADHD
73
50
105
中学1年
3
多動・多弁、固執性
11
男
言語性LD+ADHD
114
113
112
小学6年
3
感情のコントロールができない
12
男
発達性行為障害
73
71
76
中学2年
3
自己抑制ができない・算数の遅れ・文章理解ができない
13
男
言語性LD+ADHD
83
72
95
中学1年
3
多動・言葉の遅れ
14
男
言語性LD
104
110
97
小学6年
3
消極的、感情のコントロールができない
15
女
MR
61
74
54
小学6年
3
友人ができない・学習の遅れ
16
女
MR
54
62
62
小学6年
3
衝動的・学習の遅れ
Case
性別
1
女
2
男
3
診 断 名
TIQ
VIQ
非言語性LD
88
119
ADHD
91
85
男
言語性LD
84
69
4
女
MR
58
5
男
MR
6
男
7
PIQ
─ ─
72
行 動 特 徴
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表2 集団作業療法実施の例(クリスマス会の準備)
参加者:対象児12名、同胞8名
指導者:児童精神科医1名、作業療法士3名、塾講師2名、学生ボランティア15名
時間軸
内 容
2週間前 年間計画に基づいて次回活動の打ち合わせ
時間・場所・内容・準備内容の決定
1週間前 準備状況の最終確認
指導者の動き
活動の難易度を子どもの個々の能力に適合でき
るように助言
活動が実際に実施できるかどうかの助言
情報の集約
当 日 集合+自由遊び
遊具の設置・安全確保・家庭での状況の確認
保護者の動き
活動内容・時間・場所・必要物
品・経費などの検討
役割分担
準備状況の報告
家庭での様子について指導者への
報告
挨拶+活動内容についての話し合い
進行と活動メニューについて説明し子ども個々 次回の活動についての話し合い
に目標を聞く
ナンバーゲーム(数字や干支、服装の特徴などに会わせ 進行と個別的に活動参加への援助(活動への期
てグループに分かれる)
待、グループ意識の促進)
マット運動(ジャンプ、体当たりなど)
進行と個別的に活動参加への援助(技能面での
援助や賞賛、励まし)
製作活動についての説明とグループ分け
進行、クリスマス会に向けての雰囲気作り、活
リースづくりグループとろうそくづくりグループに分か 動内容・工程・道具の使用方法についての説
れて製作
明、子どもの意志決定への援助、製作への技術
的な援助
休憩とおやつ
製作活動について巧くできたところや反省点に
ついて話しながら子ども自身のまとめを促す
国語学習と絵画学習の時間
個別的に活動参加への援助(活動内容の理解、
規定された単語を用いての文章づくり学習とクリスマス 技能面での援助、賞賛と励まし)
カード作りに各自参加する
次回活動の難易度を子どもの個々の能力に適合
できるように助言
活動が実際に実施できるかどうかの助言
反省会(活動内容を振り返り自己評価、次回活動への期 進行と自己評価への援助
待)
製作活動の準備
子どもへの賞賛と励まし
おやつの準備
製作活動について巧くでき
たところや反省点について
話しながら子ども自身のま
とめを促す
日は、自由遊び・話し合い・集団レクリエーションとし
「両親との会話量」「兄弟(姉妹)との会話量」「兄弟
てのナンバーゲーム、マット運動、リースもしくはろう
(姉妹)と遊ぶ量」の3項目について「多くなった」、
そく作りを行う製作活動、国語もしくは絵画学習・反省
「まあまあ多くなった」
、
「変化なし」の3段階で、また、
会という内容を実施した。指導者の役割としては、セッ
「兄弟(姉妹)と喧嘩」する量を「多くなった」
、
「まあ
ションの進行、安全の確保、子どもに対する活動参加へ
まあ多くなった」
、
「変化なし」
、
「減った」の4段階で回
の援助などがその主なものであった。特に、活動参加へ
の援助は、集団レクリエーションでは活動への期待感や
グループ意識が持てるような声かけを行ったり、製作活
動では何を作るのかを決める意志決定を援助したり技術
的な補助を行うなど、活動の内容によって配慮点を決め
援助した。両親は、家庭での様子の報告、次回セッショ
ンについての話し合い、活動の準備などを役割として担
っていた。
3.アンケート調査方法
調査対象は集団作業療法に参加している子どもの両親
16名である。調査内容(表3)は、生活習慣、友人との
関係、運動技能、学習活動、情緒の5項目について回答
を求めた。それぞれの下位項目としては生活習慣につい
て、寝坊、夜更かし、外出時にノロノロするなどといっ
た「時間の管理」
、身のまわりの片付けに関する「整理
整頓」
、家庭での手伝いなどの「役割認識」の3項目に
ついて「改善した」
、
「まあまあ改善した」
、
「変化なし」
の3段階で回答を得た。対人関係については家庭内での
表3 アンケート内容
Ⅰ.生活習慣に関して
1.毎日の生活で時間の管理ができるようになりましたか
2.毎日の生活で身の回りの整理整頓ができるようになりましたか
3.家庭での役割を意識し実行できるようになりましたか
Ⅱ.対人関係に関して
1.家庭でご両親と話をすることが多くなりましたか
2.兄弟(姉妹)と話をすることが多くなりましたか
3.兄弟(姉妹)と遊ぶ(行動を共にする)ことが多くなりましたか
4.兄弟(姉妹)とけんかをすることが多くなりましたか
5.友人が増えましたか
6.友人と積極的に交流するようになりましたか
7.友人の話を家庭でする機会が増えましたか
Ⅲ.運動や体力に関して
1.運動が上手になったと感じますか
2.体力(持久力)がついたと感じますか
3.身のこなしが素早くなった(瞬発性)と感じますか
4.運動が好きになった(嫌がらなくなった)と感じますか
Ⅳ.学習面および学習態度に関して
1.学習面で変化がありましたか、あった場合にはその教科を書い
てください
2.学校生活での変化を、先生から報告をされたことがありますか
3.家庭で勉強に取り組むことが多くなりましたか
Ⅴ.情緒的な側面で変化がありましたら記載してください
─ ─
73
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
答を得た。更に、友人との関係について、
「友人の増加」
(人数)
「積極的な交流」
「家庭での友人の話」の3項目について
12
「多くなった」
、
「まあまあ多くなった」
、
「変化なし」の
10
3段階で回答を得た。運動技能に関しては体育などでの
改善した
まあまあ改善した
かわらない
8
活動や身体を使った遊びの技能が上達したかどうかとい
う「運動の上達」
、体力がついたかという「持久力」
、身
6
のこなしが素早くなったかどうかという「瞬発性」
、運
4
動が好きになったという「取り組み」の4項目について
2
「多くなった」
、
「まあまあ多くなった」
、
「変化なし」の
0
3段階で回答を得た。学習面については、
「成績の変化」
時間の管理
を「変化があった」
「まあまま変化があった」
「あまりか
整理整頓
役割認識
図1 生活習慣(N=16)
わらない」の3段階で、
「学校生活での変化に関する教
師からの報告」は「ある」
「なし」で回答を得た。
「家庭
2名中0名、LD児9名中4名であった。
「整理整頓」
学習への取り組み」は「自分からする」
「自分からまあ
ではそれぞれ2名、0名、5名、
「役割認識」では2名、
まあする」
「促されるとする」
「促されるとまあまあする」
1名、6名であった。いずれの項目でも改善したと回答
「あまり変わらない」の5段階で評定を求めた。また、
した両親はLD児、ADHD児、MR児の順に多かった。
それぞれの項目について具体的な内容について自由記載
更に、参加年数別にみると「時間の管理」で改善したと
形式で回答を得た。情緒面での変化も自由記載形式で回
回答した両親は、参加2年目の6名中2名、3年目の10
答してもらった。
名中8名であった。
「整理整頓」ではそれぞれ1名、6
名、
「役割認識」では4名、5名であった。
「時間の管理」
「整理整頓」で参加年数が長いほど改善される傾向にあ
4.分析方法
った。
アンケート調査の分析は全体の単純集計と、学年別、
疾患別、集団作業療法への参加年数別に集計し比較検討
した。学年別では小学生と中・高生に、参加年数では18
2.対人関係
ヶ月∼24ヶ月以内の2年と26ヶ月∼36ヶ月以内の3年に
2-1.家庭内での対人関係
分類した。
家庭内での対人関係のうち、
「両親との会話」につ
いて改善したと回答した両親は10名、
「兄弟との会話」
と「兄弟との遊び」ではそれぞれ11名、8名であった
5.倫理的配慮
集団作業療法による対象児の変化を捉えるためのアン
(図2)
。学年別の比較では「両親との会話」が増加し
ケート調査は、研究の目的、方法、結果の処理について
たと回答した者は小学生9名中5名、中・高生7名中
は統計的に処理され個人が特定されないことに関する説
5名であった。また、
「兄弟との会話」ではそれぞれ
明書を調査票の1ページ目に記載し、同意の署名を得た
5名と2名、
「兄弟との遊び」では7名と1名であり、
後に行った。
小学生で兄弟との関係が増加しやすい傾向にあった。
疾患別にみると「両親との会話」が増加したと回答し
結 果
たものはADHD児3名中3名、MR児2名中1名、
LD児9名中6名であった。
「兄弟との会話」ではそ
れぞれ3名、2名、6名、「兄弟との遊び」は1名、
調査への回答は16名全員から得られ回収率は100%であ
った。以下に、各項目の結果について述べる。
1.生活習慣
増えた
まあまあ増えた
かわらない
減った
(人数)
生活習慣のうち、
「時間の管理」について「改善した」
12
「まあまあ改善した」と回答した両親は5名、
「整理整頓」
10
と「役割認識」ではそれぞれ7名、9名であった(図1)
。
8
学年別の比較では、
「時間の管理」が改善したと回答し
6
た者は小学生9名中3名、中・高生7名中2名、
「整理
4
整頓」ではそれぞれ4名と3名、
「役割認識」では5名
2
と5名であり、
「役割認識」において中・高生での改善
0
両親との会話
兄弟との会話
兄弟との遊び
が多く認められた。疾患別にみると「時間の管理」で改
善したと回答した両親はADHD児3名中1名、MR児
─ ─
74
図2 家庭内での対人関係(N=16)
兄弟喧嘩
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
増えた
まあまあ増えた
かわらない
(人数)
16
改善した
まあまあ改善した
かわらない
(人数)
10
14
8
12
10
6
8
4
6
4
2
2
0
友人の増加
友人との積極的な交流
0
家庭での友人の話
運動の上達
図3 友人との対人関係(N=16)
持久力
瞬発性
運動への取り組み
図4 運動技能(N=16)
2名、5名という結果で、ADHD児では家族との会
3.運動技能
運動技能では、
「運動の上達」が12名、
「持久力」14名、
話が、LD児では家族との関わり全般で改善が認めら
れた。参加年数別の改善状況では、
「両親との会話」
「瞬発性」9名、
「取り組み」10名が改善したという結果
では参加2年の6名中3名、3年目の10名中7名が増
であった(図4)
。学年別の比較では、
「運動の上達」を
加したと回答していた。
「兄弟との会話」ではそれぞ
感じている両親が小学生で9名中8名、中・高生10名中
れ3名、8名、
「兄弟との遊び」では1名、7名が増
4名であった。同様に「持久力」ではそれぞれ8名、6
加したことを報告しており、すべての項目で参加年数
名、
「瞬発性」で5名、4名、
「取り組み」で7名、3名
が長いほど改善される傾向にあった。また、
「兄弟喧
という結果で、概ね小学生で改善が認められた。疾患別
嘩」は2名が増加、4名が減少を報告していたが、そ
にみると「運動の上達」は、ADHD児3名中2名、M
の内LD児が増加2名、減少3名とほとんどを占めて
R児4名中3名、LD児9名中7名で改善が認められて
いた。
「持久力」では、それぞれ2名、4名、8名、
「瞬
おり疾患による特徴が顕在化していた。
発性」で2名、3名、4名、
「取り組みで」2名、3名、
2-2.友人との対人関係
友人との対人関係では、
「友人の増加」を感じてい
5名で改善があった。すべての項目で改善が認められて
る両親は1名、
「積極的な交流」が増えたと回答した
いるが、特に、
「運動の状態」と「持久力」で多くの子
両親は4名、
「家庭での友人の話」が植えたと回答し
どもに改善傾向が認められた。参加年数別にみると「運
たものは9名という結果であった(図3)
。学年別の
動の上達」を感じている両親は、参加2年目の6名中3
比較では「友人の増加」を感じている両親は小学生9
名、3年目の10名中9名であった。
「持久力」ではそれ
名中0名、中・高生7名中1名、
「積極的な交流」で
ぞれ5名、9名、
「瞬発性」で2名、7名、
「取り組み」
はそれぞれ1、3名、
「家庭での友人の話」で6、3
で2名、8名であり、明らかに参加年数が長いほど改善
名であり、小学生では家庭で友人の話をする機会が増
が認められるという結果であった。
えているが、実際に友人が増えたり積極的な交流が改
善点として得られているのは中・高生が若干多いとい
4.学習面
成績の改善を認めている両親は16名中7名(図5)で
う結果であった。疾患別にみると「友人が増加」した
のはLD児だけであったが、
「積極的な交流」はAD
HD児3名中1名、MR児4名中2名、9名のLD児
では1名とLD児がむしろ少ない傾向にあった。
「家
(人数)
10
庭での友人の話」では各疾患とも改善が認められるも
のが多くADHD児で2名、MR児で3名、LD児で
4名という結果であった。参加年数別にみると「積極
的な交流」が増えたものは参加2年目の6名中3名、
5
3年目の10名中1名であった。「家庭での友人の話」
ではそれぞれ2名、6名であり、家庭での状況で参加
年数が長いほど改善が認められるという結果であっ
た。
0
変化があった
まあまあ変化があった
図5 学習上の変化(N=16)
─ ─
75
変わらない
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
考 察
変わらない
1.集団作業療法の意義と家族機能
LDやADHD、自閉症などの発達障害を対象とした
まあまあ促されるとする
集団訓練の効果として、自己有能感の増加や行動制御能
促さるとする
力の獲得、交友範囲の拡大、自己表現力の向上などがそ
の主なものとして報告6、7)されている。本研究でも、両
まあまあ自分から
親からの報告では同様の変化が子ども達に認められてお
自分からする
(人数)
0
1
2
3
4
5
り、我々が行っている集団作業療法が対象疾患に対する
治療として妥当であったことを示唆する結果が得られた
と考えている。LD児や広汎性発達障害児に対する長期
図6 家庭学習の取り組み(N=16)
追跡調査8、9)では予後の特徴として、読み書きや主症状
としての認知障害などがより顕在化してくるとともに、
あり、科目としては「算数」がもっとも多く4名、他に
二次的症状として情緒的内向性や行動上の問題が社会生
「国語」
「英語」
「全教科」と回答したものも含まれてい
活を営む上で大きな支障をきたし、治療対象として焦点
た。学年別の比較では小学生が9名中6名、中・高生で
化されてくることが示されている。この情緒的・社会的
7名中1名と、小学生に改善が認められる傾向を示した。
問題に対しては、集団での治療的な取り組みが有効なア
疾患別では、ADHD児は3名中2名、MR児は4名中
プローチの一つとして考えられる。一方、牟田ら3)は小
1名、LD児は9名中4名と、ADHD児に改善が認め
集団指導の効果に関する研究の中で、指導の効果が上が
られる傾向にあった。参加年数別では2年の6名中4名、
らなかった2名の症例の特徴として家族への援助が不十
3年の10名中3名が改善したと回答していた。
「教師か
分であったことを報告しいる。また、柄沢10)は学習障害
らの報告」で学校生活上で変化していると報告されたも
児の同胞に出現した不登校状態とその改善について報告
のは全体で4名で、全員が小学生であった。その主な内
し、障害児と同胞との相互関係で生じる問題が障害児へ
容は、
「行動の落ち着きがでてきた」
、
「指示に従えるよ
更に悪い影響を与えることを指摘している。これらの報
うになった」
、
「集団での行動についていけるようになっ
告は、集団指導をより有効なものとしていく上で、ソー
た」というものであった。
「家庭学習への取り組み」で
シャルスキルの獲得と運用だけでなく、子どもの主要な
は(図6)
、自発的に取り組めるようになったものは4
環境である家族関係の問題へも対応していくことの重要
名、促されるとするようになったものが7名、変化がな
性を示している。近年、家族中心サービス(Family-
いものが5名という結果であった。学年別では、小学生
Centerd Service)という概念が注目されるようになり、
の9割に当たる8名が変化しているのに対し、中・高生
子どもの療育メンバーとして両親が参加する試みが
では3名と少なかった。疾患別では、ADHD児1名、
報告11-13)されている。この概念の基本的な原則は、
「両親
MR児3名、LD児6名に変化が認められ、特にLD児
は子どもの一番いい状態を知っており、また、子どもの
に家庭学習への取り組みに変化があったとの報告が多か
ために一番いい状態を望んでいる」11)ということである。
った。
このためにサービス提供者は、両親と子どもがニードを
明確に定めるための適切な情報提供を前提として、両親
5.情緒面
の主張を援助し、両親と子どもの絆を強くしていく援助
自由記載による情緒面での主な改善点としては、
「家
が要求されている。このような、家族機能の障害や家族
族で話をする機会が増え家庭内が明るくなった」という
構成員に生じる様々な問題に焦点を当て、総合的に治療
ものが最も多く、その他に「自分の気持ちをいえるよう
を組み立てていくという考え方は注目に値すると考え
になった」
「表情が明るく穏やかになった」
「慎重な行動
る。作業療法は生活の中で行われる様々な活動を治療的
が出てきた」
「不安定になるとまつげや眉毛を抜く行動
に用いることを治療原理としており、日常的な家族の活
がなくなった」
「パニックが減った」
「積極性が出てきた」
動における問題に注目し支援を行う家族中心サービスの
「優しくなった」
「サークルの日は満足して安定している」
概念とも共通点が多いと思われる。実際に、今回の取り
といった回答が得られた。しかし、
「自己主張が出て育
組みでも、子どものソーシャルスキルの問題と家庭や学
てづらくなった」
「学校の問題が大きい、暗い」
「怒りっ
校での不適応行動の関連を分析し、それに基づいて具体
ぽくなってきた」といった意見も少ないながら認められ
的な支援方法を検討する過程で作業療法士の担う役割は
た。
大きいかったと感じている。
今回の我々の取り組みにおける子どもの変化とこれま
での集団訓練の効果に関する研究との相違は、家族と会
─ ─
76
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
話が増え、家庭学習への取り組みが改善し、家庭内が明
上がりやすかったのではないかと思われる。一方、LD
るくなったなど、家族と関係したことを効果としてあげ
児では学習を行うという意欲そのものは情緒的な問題が
ている点であると考える。この傾向は、先に示した予後
軽くなることで増加する可能性も指摘4)されており、家
研究とは異なり参加年数が長いほど顕著となっており、
族との関わりが改善してきていることが大きく影響して
集団作業療法に家族も積極的に参加する今回の取り組み
いることが推測された。このような疾患によって改善点
の特徴的な効果であると考えている。
に相違はあるものの、多くの項目では同様の改善傾向が
認められたが、今回の調査結果からは対象とした子ども
達の疾患別の配慮点を示すには至らなかった。
2.ソーシャルスキルの改善と家族からの評価
我々の取り組みでは、ソーシャルスキルを社会的相互
作用において適切な行動結果が得られる能力と定義づけ
4.今後の指針
14-15)
て行っている
。この定義づけは、場面設定や標的行
本研究における集団作業療法の意義は両親に対するア
動と目標となる行動変容を明確に特定していないため、
ンケート結果から得られたもので、訓練場面だけでなく
状況によって変化する行動を包括的に捉えることがで
日常生活上での般化された行動変化を評価の基準として
き、様々な要因が介在する集団活動におけるソーシャル
いる。そのため、調査項目の多くに改善が認められたこ
スキルを規定する上で適切なものと考えている。一方で
とは、集団作業療法を計画した当初の目的はある程度達
は、今回の定義づけでは治療の効果として示す具体的な
成されていると考える。しかし、アンケートによる評価
標的行動を特定しづらくなり、治療の効果を客観的に示
は主観的観察によるものであり、より客観的な評価を示
す上で工夫が必要となる。本報告で行ったような両親の
すことが効果のより詳細な検討には必要である。また、
子どもに対する評価は、子ども達が生活している環境の
集団作業療法に導入した活動の多くがレクリエーション
中で個々に求められている課題を反映したものであり、
的な内容であり、子どもの変化と活動内容との関連につ
社会的相互作用の中で包括的に行動を捉える上では有用
いては明確化されていない。更に、家族中心サービスを
な一方法であると考えられる。つまり、一つのソーシャ
前提とした集団作業療法を実施する上ではすべての活動
ルスキルの改善、例えば話し相手に対して注目するとい
内容を両親とともに発案していくが、活動内容が場当た
ったスキルが獲得されるといったことは調査から明らか
り的になってしまったり、マンネリ化してしまう危険性
にならないが、子どもが家族や周囲の大人から期待され
も考えられる。この様な評価や治療立案過程の曖昧さは、
ている行動に変化が生じていることを本調査は示してい
両親、子どもそして治療者間のニードのずれを生じさせ、
ると思われる。また、評価の客観性の乏しさという調査
結局は子どもの行動改善に適切な課題を提供できなくな
方法上の限界は、両親や同胞も参加する集団活動の中で
る可能性もある。そのため、子ども一人一人に適切と考
子どもの変化を実感できる環境を提供すること、今回行
えられる活動の要素と、子どもの行動変化との関連につ
ったような調査を継続的に行っていくことで結果の信頼
いて分析できるような評価が必要である。また、この様
性を高めていけると考えている。
な評価が可能となることで、両親にも効果的な活動や家
庭での取り組みを考えていく上での有用な情報を提供で
3.学年別・疾患別効果
きるようになるのではないかと思われる。
学年別に見ると小学生が中・高生に比べると改善が認
められた項目が多くなっていた。特に、小学生では兄弟
本研究の一部は平成11年度文部省科学研究費補助金
(課題番号09770555)によって行われた。
との関係の改善や家庭での友人の話をする機会の増加、
謝 辞
家庭学習への積極的な取り組み姿勢の増加といった、主
に家庭内での行動の変化がその中心となっていた。中・
高生では役割認識や友人の増加そして積極的な交流とい
治療に関するご助言や論文を作成するに当たり示唆をい
った、家庭外での対人的な内容が中心であり特徴となっ
ただいた故佐藤剛先生に深謝すると伴に、先生のご冥福を
ていた。このような学年による相違は、加齢に伴う環境
お祈り致します。
の拡大を反映していると考えられ、治療内容を設定して
文 献
いく上でも配慮する必要がある。疾患別ではADHD児
では家族との会話や学習成績で、LD児では家族との関
わりや家庭学習への取り組み姿勢において改善が認めら
1)Tali H, Malka M:Loneliness, Depression, and Social Skills Among
れていた。ADHD児の学習面での問題は、その行動制
Students with Mild Mental Retardation in Different Educational
御機能の未熟さにより学習課題そのものに集中できない
Settings. The Journal of Special Education 32:154−163,1998.
ことが一つの要因となっていることが考えられ、行動制
2)佐藤容子:LD(学習障害)とソーシャルスキル.LD(学習障
御が可能になるにしたがい学習効果が他の疾患に比べて
─ ─
77
害)−研究と実践−6:2−14,1998.
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
3)牟田悦子、加藤醇子、中山修:LD児地域サポートの一環として
の小集団指導−その目的・内容・効果について−.小児の精神
と神経36:239−244,1996.
4)杉浦龍代、今橋寿代、斉藤久子:学習障害・自閉症児のグループ
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─ ─
78
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
半側空間無視患者に対する机上検査結果と
ADL場面での無視症状との関連
佐々木 努1,仙石 泰仁2,大柳 俊夫3,舘 延忠2,中島そのみ2,須鎌 康介1
半側空間無視(以下、USN)患者に用いる机上検査で測定される能力がどのように日常生活活動(以
下、ADL)に反映されているのかを検討するために、USN患者20名を対象として、机上検査結果と
ADL場面でのUSN症状との関連性を分析した。結果、現在臨床で用いられている机上検査と特異的
な関連性を示す具体的臨床症状は少なく、既存の方法で施行した机上検査、ADL評価では症状の発現
に関連する能力の細分化は困難であると考えられた。この様な結果が得られた主要な原因としては、机
上検査、ADL遂行に複数の能力が内包されていることが考えられた。USN発現に関与している能力
の細分化をより明確にするための新しい評価手続きの開発が示唆された。
<キーワード> 半側空間無視、机上検査、日常生活活動、作業療法
Correlation between the performance on the desk tasks and in ADL of the neglect patients
Tsutomu SASAKI1, Yasuhito SENGOKU2, Toshio OHYANAGI3 , Nobutada TACHI2
Sonomi NAKAJIMA2, Kosuke SUGAMA1
To investigate how abilities measured by desk tasks, such as line bisection, line cancellation, affect on the
performance of neglect patients in the activities of daily livings (ADL), we analyzed the correlation between the results
of desk tasks and the performance in ADL of twenty neglect patients. Present study showed that no specific
correlation between them appeared. We concluded that it would most provably hard to fractionate the abilities that
caused neglect phenomenon by means of the traditional evaluation methods. These would be mainly due to that so
many abilities involved in both desk tasks and ADL performance. It would be suggested that we need to develop a
new evaluation procedure to fractionate the abilities that cause neglect phenomenon.
Key word: Unilateral Spatial Neglect, Desk task, ADL, Occupational Therapy
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:79(2004)
はじめに
する作業療法にとって、積極的に関わる必要のある症状の
一つである。
作業療法の臨床場面では、USNの有無を、線分二等分
半側空間無視(以下、USN:Unilateral Spatial Neglect)
は、Heilmanら によると「大脳半球病巣反対側に提示さ
課題、線分抹消課題、塗り絵などの机上検査やADL動作
れた刺激を報告する、刺激に反応する、与えられた刺激を
の直接的観察から判定している。しかし、机上検査を用い
定位する、ことの障害であり、感覚障害、運動障害では説
たUSNの判定は十分に確立されておらず、用いる検査に
明ができないもの」と定義される。USNは、右半球損傷
よって判定が異なることも臨床的に経験される。一方では、
により左側にこの症状を呈する場合が多く2)、本論文での
机上検査を用いたUSNタイプ分類の可能性を指摘する報
USNは左側のUSNを意味するものとする。USNを示
告が散見されるようにもなってきており4,5)、検査の開発
す患者の日常生活活動(以下、ADL:Activities of Daily
や症状との関連などについて分析を進める必要がある。特
Living)自立は、USNを示さない患者に比べて、著しく
に作業療法士は、机上検査によるUSN出現パターンの違
1)
3)
阻害されることが知られており 、生活障害を治療対象と
いが、どのようにADL場面に反映されているのか精査す
札幌医科大学大学院保健医療学研究科1、札幌医科大学保健医療学部作業療法学科2、札幌医科大学保健医療学部一般教育科3
佐々木努,仙石泰仁,大柳俊夫,舘延忠,中島そのみ,須鎌康介
著者連絡先:仙石泰仁 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学保健医療学部作業療法科
佐々木努 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学大学院保健医療学研究科
─ ─
79
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表1 対象者のプロフィール
症例
性別
年齢
経過
HDS−R
半 盲
眼球運動障害
1
♂
65
0.5
多発性脳梗塞
診断名
右FTPO
損傷部位
20
有
有
2
♂
70
0.5
脳梗塞
右FTPO
9
有
有
3
♂
41
2
脳出血
右F
7
無
有
4
♂
75
0.5
脳出血
右Th
11
無
無
5
♂
66
0.3
脳梗塞
右tpo
24
無
無
6
♀
65
4
くも膜下出血
右FTPO
29
無
無
7
♂
74
9
脳梗塞
右P
23
有
無
8
♂
52
3
脳梗塞
右FTP
28
有
無
9
♂
84
1
脳梗塞
右TO
10
無
無
10
♀
67
1
脳出血
右ThBg
23
有
無
11
♂
65
8
脳出血
右FTP
16
無
無
12
♀
88
1
脳梗塞
右FTP
9
無
有
13
♀
81
1
脳梗塞
右FTP
29
無
無
14
♂
65
1
脳梗塞
右FTPBg
23
無
無
15
♂
82
13
脳出血
右Bg
23
無
有
16
♂
72
3
脳梗塞
右FP
15
無
無
17
♀
80
6
脳梗塞
右TP
17
無
無
18
♂
72
3
脳梗塞
右FTPTh
12
無
無
19
♀
54
2
くも膜下出血
右FTP
19
無
無
20
♂
73
0.5
脳梗塞
右FP
21
無
無
※1 経過の単位:「年」 ※2 損傷部位:F=前頭葉 T=側頭葉 P=頭頂葉 O=後頭葉 Th=視床 Bg=基底核 小文字=小病巣
※3 HDS−R=長谷川式簡易知能検査 ※4 視野検査、眼球運動検査は対座法にて行った
ることが求められるが、本邦では1994年の永倉ら6)が報告
しただけであり、その後、追試を含め検討が行われていな
い。
そこで、本研究では、永倉らの報告で調査されている臨
床症状の項目数を増やし、USN検出のために用いる机上
検査とADL場面で観察されるUSN症状との関連性を分
析した。そして、各机上検査が臨床症状の背景となってい
る能力障害の評価指標に成り得るか否かを検討した。
方 法
図1−A 線分二等分課題
1.対象者
対象者はUSNを呈した右半球損傷患者20名(男性14
名、女性6名)で、平均年齢は69.6±11.1歳であった。急
性期の意識障害などの影響を考慮し、発症から3ヵ月以
上経過している者とした。また、USN症状以外の症状
として意識障害や失語、失行がなく、更に痴呆がないか
あっても日常のコミュニケーション能力は保たれてお
り、本研究における検査指示を理解できる者とした。尚、
対象者はインフォームド・コンセントを行った上で本研
究の参加に同意した者に限った。対象者の詳細なプロフ
ィールを表1に示した。
2.手続き
図1−B 線分抹消課題
①手続き1:「机上検査」
本研究では机上検査として、a)線分二等分課題、b)
線分抹消課題、c)塗り絵課題、d)模写課題の4課題
を用いた。対象者は車椅子座位にて、検査用紙を正面に
提示し、時間的制約を課さず課題の遂行を求めた。各課
─ ─
80
題はそれぞれ1回の実施とした。各課題の詳細とUSN
判定基準は以下の通りである。
a)線分二等分課題
A4用紙(横)水平に長さ20㎝、太さ1㎜の線分
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
た。
が1本描かれている図板(図1−A)を対象者に提
以下、各課題でUSNありと判断された対象者を、
示し、線分の正中に鉛筆で印しを付けるよう求めた。
7)
各課題における“USN(+)群”と表記する
判定はFukatsuら の基準を参考に、患者の記した
(例;線分二等分課題“USN(+)群”
)
。
主観的正中が客観的正中に対して2㎝以上右側へ偏
位した場合をこの課題におけるUSNありと判断し
②手続き2:「ADL場面でのUSN症状」
た。
各対象者のADL場面におけるUSN症状の有無、介
b)線分抹消課題
助状況について担当作業療法士への質問紙にて調査を行
対象者には図1−Bに示すようなA4用紙(横)
に長さ3㎝の線分35本が、傾き、間隔をランダムに
い症状の把握を行った。質問調査を依頼した3名の作業
配置された図板が提示され、紙面全体にある線分全
療法士は皆経験5年以上であり、対象者を継続して治療
てに鉛筆で印しをつけるように指示された。判定は
および観察している。この担当作業療法士への質問紙調
福井の無視前線の変移に関する研究8)基づいて、紙
査とともに著者自身も観察を行い、質問紙調査と著者に
面左側1/5の範囲以上に線分への印が記入されて
よる観察が一致した症状のみUSN症状ありとした。検
いない者をこの課題におけるUSNありと判断し
討したADL場面でのUSN症状は以下の7項目であ
た。
る。
a)移動動作中に左側にぶつかる
c)塗り絵課題
塗り絵課題としてはデイジー画の塗り絵9)(図
b)左側へ曲がるべきところを曲がらない
1−C)を用いた。判定は線分抹消課題の基準と同
c)車椅子の左側ブレーキをかけ忘れる
様に刺激図の左側1/5の範囲以上に未記入がある
d)食事場面で左側の食べ残しがある
10)
場合、もしくは入れ子現象 が認められた場合をこ
e)更衣動作時に左側に不完全がある
の課題におけるUSNありと判断した。
f)整容動作時に左側に不完全がある
g)訓練室や病室で左側にある物品に気が付かない
d)模写課題
立方体模写(図1−D)を用い、USNの判定は
立方体の左側が適切に模写されていない場合とし
3.分析方法
それぞれの机上検査でUSN(+)と判断された患者
が、各ADL場面でのUSN症状が観察されるか否かに
ついて1×2のクロス表を作成した。 作成したクロス
表を基に、直接確率計算を用いた有意水準を5%とした
分析を行った。また、ADL項目で“介助”と判定され
た場合は、USNが顕在化しているか否かが不明である
ため統計処理の対象値からは除いた。
結 果
1.机上検査によるUSN症状
すべての対象者がいずれかの課題においてUSNを呈
図1−C 塗り絵課題
していた。14名が線分二等分課題“USN(+)群”
、
13名が線分抹消課題“USN(+)群”と判断された。
更に、18名が塗り絵課題“USN(+)群”
、18名が模
写課題“USN(+)群”と判断された。線分二等分課
題、線分抹消課題で7割、塗り絵課題、模写課題で9割
以上のUSN検出率が認められ、使用する机上検査の違
いによりUSN検出率の違いも明らかとなった(表2)
。
2.ADL場面でのUSN症状
全対象者の中で、
「左側にぶつかる」が観察された者
は6名、
「左側に曲がるべきところで曲がらない」では
7名、
「車椅子左側ブレーキのかけ忘れ」は11名、
「食事
図1−D 模写課題
場面での左側の食べ残しがある」は3名、更衣動作、整
─ ─
81
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表2 机上検査結果
症例
線分二等分課題
線分抹消課題
塗り絵課題
模写課題
1
+
+
+
+
2
+
+
+
+
3
−
+
+
+
4
+
−
−
+
5
+
+
+
+
6
+
+
−
+
7
+
−
+
+
8
−
+
+
+
9
+
−
+
+
10
+
−
+
−
11
+
+
+
+
12
−
−
+
−
13
+
+
+
+
14
+
−
+
+
15
+
+
+
+
16
−
+
+
+
17
−
−
+
+
18
+
+
+
+
19
+
+
+
+
20
−
+
+
+
USNあり総数
14名
13名
18名
18名
*
100%
80%
4
3
*
*
6
7
6
7
7
60%
10
15
無
有
40%
10
11
6
5
20%
4
3
2
0%
ぶつかる
曲がる
* p<0.1
ブレーキ
食事
更衣
整容
物品
** p<0.05
図4 塗り絵課題“USN(+)群”のADL場面でのUSN症状
*
*
100%
*
5
80%
6
7
5
6
60%
9
15
無
有
40%
6
7
10
11
5
2
3
0%
ぶつかる
4
曲がる
* p<0.1
4
7
5
80%
*
ブレーキ
食事
更衣
整容
物品
** p<0.05
図5 模写課題“USN(+)群”のADL場面でのUSN症状
8
12
*
*
100%
20%
2
60%
40%
*
*
無
傾向が少なく、ADL場面におけるUSN症状の出現頻
有
9
10
度の違いが認められた。
5
20%
2
2
3.机上検査とADL場面でのUSN症状の関連
0%
ぶつかる
曲がる
ブレーキ
* p<0.1
食事
更衣
整容
線分二等分課題“USN(+)群”14名のADL場面
物品
でのUSN症状の特徴としては、
「車椅子の左側ブレー
** p<0.05
キをかけ忘れる」
(p=0.07)
、
「訓練室や病室で左側にあ
図2 線分二等分課題“USN(+)群”のADL場面でのUSN症状
る物品に気が付かない」
(p=0.09)に関連傾向が見られ
*
100%
*
*
た。また、「食事場面で左側の食べ残しがある」(p=
3
0.01)は有意な関連が認められた(図2)
。線分抹消課題
4
80%
5
“USN(+)群”に関しては、
「訓練室や病室で左側に
4
6
ある物品に気がつかない」
(p=0.09)と「食事場面で左
10
60%
7
40%
無
10
側の食べ残しがある」
(p=0.09)
、更に「整容動作時に
有
左側に不完全がある」
(p=0.07)に関連傾向を認めた
7
20%
4
(図3)
。塗り絵課題“USN(+)群”では「食事場面
3
3
で左側の食べ残しがある」
(p=0.01)
、
「整容動作時に左
3
1
0%
ぶつかる
曲がる
* p<0.1
ブレーキ
食事
更衣
整容
側に不完全がある」
(p=0.03)に有意な関連を認めた
物品
(図4)
。模写課題“USN(+)群”に関しては、
「食
** p<0.05
図3 線分抹消課題“USN(+)群”のADL場面でのUSN症状
事場面で左側の食べ残しがある」
(p=0.01)に有意な関
連を認め、
「整容動作時に左側に不完全がある」(p=
容動作で左側に不完全が観察される者はそれぞれ6名と
3名であった。
「左側にある物品に気が付かない」は11
0.07)に関連傾向を認めた(図5)
。
以上の結果をまとめると、線分二等分課題USN(+)
名に観察された。
「ブレーキのかけ忘れ」
、
「左側の物品
群は、
「左側のブレーキかけ忘れ」
「訓練室や病室での左
に気が付かない」でUSN症状が観察される傾向が強く
側の物品に気が付かない」の2つの症状が、線分抹消課
見られ、一方、食事場面や整容動作場面では観察される
題USN(+)群は、
「訓練室や病室での左側の物品に
─ ─
82
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
められる項目について
気が付かない」という症状が観察される傾向にあった。
しかし、一つの机上検査課題USN(+)群にのみ観察
本研究では、線分抹消課題と「左側の物品に気がつか
される特有のUSN症状は認められないという点も明ら
ない」
、線分二等分課題と「左側ブレーキのかけ忘れ」
、
「左側の物品に気がつかない」という生活の中で認めら
かとなった。
れるUSN症状との間に関連傾向を認めている。線分二
考 察
等分課題の課題方略に関して、石合12)は、線分の左端探
索欠如による線分イメージの欠落がUSNを顕在化させ
ると述べている。この課題特性から考えると、線分二等
1.机上検査結果とADL場面でのUSN症状との関連
6)
永倉ら が行った研究と本研究との共通点はADL項
分課題は、例えば線分の右端を見て、左端を確認すると
目が複数の机上検査と関連を持ち、個々の机上検査と特
いう注意の変換(alteration)を必要としている課題と考
えられる。この線分二等分課題の特性から考えると、
異的な関連が見られなかったことである。
Ferber11)によると線分抹消課題は単一刺激内の視覚的
「左ブレーキかけ忘れ」は右側のブレーキを掛けた後、
探索能力を測定するものとされている。したがって線分
左のブレーキを掛けるという方向特異的な注意の変換が
抹消課題USN(+)群では、空間全体の探索能力が欠
できなくなった結果として顕在化した行動とも考えられ
如したことにより「左側の物品の気付かなさ」という行
る。また、
「左側の物品に気がつかない」というUSN
6)
動が観察されたものと推察される。一方、永倉ら の報
症状は、線分抹消課題と線分二等分課題それぞれで関連
告では「何も考えずに右に曲がる」という行動と線分抹
が認められており、空間的探索能力と方向特異的な注意
消課題の間に関連傾向を認めている。この行動も、空間
の変換能力の障害が、症状の発現に関与していることが
全体の探索能力が欠如したことにより左側の曲がるべき
推察された。しかし、これまでの先行研究6)では、自発
場所を発見することに失敗したものと考えられるが、本
画課題や手指構成模倣と移動動作場面でのUSN症状の
研究でも同様の分析項目を設けたにも関わらず本研究で
関連が指摘されているが、本研究と同様の関連を認めた
はこの関連性は認められなかった。このように研究によ
報告はない、そのため、本結果を一般化するには、さら
り生活上認められるUSN症状と机上検査の関連性が異
に症例数増やし統計的分析を含め検討する必要がある。
なる要因の一つとしては、USN症状が出現する障害構
造の多様性が推察される。具体的には、
「何も考えずに
3.今後の課題
右に曲がる」という活動一つを見ても、症状の発現には
本研究では、各机上検査で測定している能力がADL
空間的探索能力障害だけでなく、知的機能や注意機能、
場面に反映されているか否かについて分析を行った。そ
記憶機能など複数の機能障害が影響していることが考え
の結果、机上検査とADL場面での症状に明確な関連が
られる。実際に、知的機能が維持された対象者では、検
認められたものは僅かであった。更に、本研究と同様の
査上では症状が認められても、日常生活の中では無視側
検討を行った先行研究6)との比較でも共通した関連はほ
に注意を向けるよう自己修正を意識することで生活場面
とんど認められなかった。この要因として、現在臨床場
でのUSN症状は改善することも経験される。また、本
面で用いられているADL動作評価基準では、USN症
結果では「食事場面で左側の食べ残しがある」と「整容
状として現れる動作を適切に判定することが困難である
動作時に左側に不完全がある」というUSN症状は、い
こと、また、机上検査方法では測定する能力をより焦点
ずれの机上検査でUSN(+)となっても観察されてお
化した手法の開発が必要なことが示唆された。
り、検査で測定される複数の機能障害との関連も示唆さ
近年、座標系という視点に基づいた分析方法が報告
れていた。この様に、生活上に生じるUSN症状の出現
され13, 14)、Chatterjee13)はこの視点からの評価としてUS
には複数の機能が関与していると考えられるにも関わら
N患者に写真を取らせることで、類似する机上検査結果
ず、本研究や先行研究でもADL場面で観察されるUS
を示した数名の患者に異なるタイプのUSN症状を顕在
N症状の把握を、既存のADL評価に準じて標的行動の
化させることができることを報告している。彼らの特徴
「ある」
、
「なし」で判断したことも、両者の関連性を不
は座標系という視点から課題の施行方法を規定している
明確にした要因と思われる。そのため、生活場面で見ら
ことである。また、単一机上検査施行中の対象者の姿位
れるUSNの重症度を分析できるような独自の動作分析
を変えることで異なるタイプのUSN症状が顕在化でき
方法の確立や出現頻度、環境要因との関わりなどを含め
ることも報告されている14)。今後は、この座標系という
たUSN症状の評価を検討する必要がある。また、机上
視点から課題設定を規定した条件下で単一の机上検査を
検査も測定される機能要素をより特定化できるような検
施行するとともに、日常生活の中でUSN症状を適切に
査方法の確立も今後の課題である。
評価できる動作分析方法について検討する必要があると
考えている。
2.机上検査結果とADLにおいて特異的な関連傾向が認
─ ─
83
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
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spatial conditions on visual line bisection.Tohoku J.Exp.Med.
161:329−333,1990.
8)福井圀彦:半側無視.総合リハ11:623−628,1983.
9)首藤和弘,神谷美千子,丸橋みゆき,ほか:ぬりえ課題での半側
空間無視現象.作業療法10:26−32,1991.
10)武田克彦:半側空間無視の神経機構.神経進歩30:859−870,
1986.
11)Ferber S,Karnath HO:How to assess spatial neglect - Line
bisection or cancellation tasks?.J of Clinical and Experimental
Neuropsychology 23:599−607,2001.
12)石合純夫:半側空間無視と眼球運動異常.神経進歩40:506−512,
1996.
13)Chatterjee A :Picturing unilateral spatial neglect : viewer versus
object centred reference frames. J of Neurology, Neurosurgery,
and Psychiatry 57:1236−1240, 1994.
14)Mennemeier M, Chatterjee A, Heilman KM : A comparison of the
influences of body and environment centered reference frames on
neglect. Brain 117:1013−1021, 1994.
─ ─
84
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
健常学齢児の平衡機能に関する研究
瀧澤 聡1,仙石 泰仁2,中島そのみ2,舘 延忠2
健常の小学校の児童を低学年群(7歳と8歳)、中学年群(9歳と10歳)、高学年群(11歳と12歳)に分
けて、平衡機能を比較検討した。対象となったのは、札幌市立M小学校に在籍する学級担任が体育科目
で優れた児童と評価した、低学年群(38名)、中学年群(36名)、高学年群(38名)、計112名であった。
重心動揺検査の結果、加齢に伴い、開眼・閉眼両条件で動揺面積や軌跡長が漸次減少するものの、統計
的な有意差は認められなかった。しかし、開眼・閉眼条件間では全ての学年群で有意さが認められ、ま
た、加齢に伴い測定値のばらつきも少なくなり、更に、動揺面積に比べると軌跡長の成熟が早い傾向が
認められた。本研究結果からは、学齢期における重心動揺は、幼児期のような著しい減少傾向はないが、
成人がとる値に向けて個人差が減少しながら接近していくという特徴が考えられた。また、重心動揺検
査で測定される平衡機能の成熟過程が、被験者の発育や前庭感覚、固有感覚、視覚機能の成熟を適切に
反映している可能性が示唆された。
<キーワード> 健常学齢児,平衡機能,重心動揺検査
The study of equilibrium function in normal primary school students
Satoshi TAKIZAWA1, Yasuhito SENGOKU2, Sonomi NAKAJIMA2, Nobutada TACHI2
The equilibrium function of normal primary school students divided into three groups--lower grade (age 7 and 8, total
38), middle grade (age 9 and 10, total 36), and higher grade (age 11 and 12, total 38) -- was studied using
stabilometry. The (total 112) students were evaluated by the teachers as rating high in athletic ability. The results
showed that a difference in the length and area of movements of the center of gravity between eyes open testing and
eye closed testing was significantly large. However there were no differences noted in tests. The interesting features
of these results were that, firstly, the score of the eyes closed testing was larger than that of the eye open testing;
secondly, the older the students, the more the score gradually decreased in both tests; and thirdly, the maturity of the
testees (those with high athletic ability) was more outstanding than that of other study reports. The first and second
resulting features were similar to the other study reports. The third resulting feature suggests that students' growth
and athletic ability might affect this.
Key words: Normal primary school students, Equilibrium function, Stabilometry
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:85(2004)
Ⅰ.はじめに
る検査の一つであり、立位姿勢保持時の身体重心の揺れの
速さ・方向性・集中度合を継時的に測定し、症状の客観的
ヒトの平衡機能の測定方法は、体平衡機能検査、眼振検
評価を行える有用な測定方法である。重心動揺計は、被験
査、迷路刺激反射、視刺激反射に大別されている。その中
者が検出台に直立し彼らの身体動揺を台座にある荷重検出
でも体平衡機能検査は運動発達との関連が深いことが知ら
計で荷重の変化を測定するため、その測定値は床反力の変
れており、リハビリテーションのみならず学校教育の現場
化を示し、実際には足圧中心点の移動を記録している。し
でも子どもの発達状況を確認する手段として利用される事
かし、記録された値は重心動揺を的確に反映しており、一
の多い検査である。
般的には重心動揺と同義に捉えられており8)、本研究でも
重心動揺検査は体平衡機能検査の静的平衡機能を測定す
それに従うものとする。この重心動揺の検査方法は、直立
札幌医科大学大学院保健医療学研究科理学療法学・作業療法学専攻感覚統合障害学分野1、札幌医科大学保健医療学部作業療法学科2
瀧澤聡,仙石泰仁,中島そのみ,舘延忠
著者連絡先:瀧澤聡 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学大学院保健医療学研究科
─ ─
85
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
姿勢を一定時間とり続けなければならず、姿勢保持の耐久
表1.検査項目
性や検査中の集中性が必要とされ、一般的には15歳から16
歳以降でなければ正確に測定できないとされている。その
一方で、発達的な観点からの幼児や学齢児を対象とした研
究も散見され、健常児では一定の発達的変化を示す傾向も
報告されている1)∼5)。
内 容
検査項目(全5項目)
軌跡の外周に囲まれた面積
外周面積
X軸とY軸方向の総軌跡長XY 1分間の身体の総移動距離
単位軌跡長
1秒間の平均軌跡長
単位面積軌跡長
60秒間直立の総軌跡長を外周面積で除した値
重心動揺実効値(RMS)
重心動揺の集中している円の半径
しかし、学齢児に関する研究は10年から20年前の研究で
あり、近年の児童の体力や運動機能の低下、それとは反比
開眼では2m前方で目の高さに合わせた一辺が1.5㎝
例するように身長と体重は増加する傾向との関連からの報
の正方形の赤い固定指標を注視させ、閉眼では軽く眼
告はない。平衡機能はそれらの現象と密接な関連が指摘さ
瞼を閉じさせた。重心動揺計(日本電気三栄製1G06)
1)
れており 、現在の児童における平衡機能について発育や
の検査台上での開眼、閉眼各々60秒間の動揺を、AD
運動能力の条件を統制し研究する意義は大きいと思われ
変換器を介してパーソナルコンピューター(FMV−
る。
BIBLONUⅢ13)にサンプリング率20Hzで入力し
た。AD変換器の分解能は12ビットで、入力した動揺
本研究では、学校教育の中で運動能力が比較的優れてい
記録を三栄製プログラムを使って解析した。
ると判断された学齢児を対象に、その平衡機能の特性を重
3)検査項目
心動揺検査を用いて分析してすることを目的として行う。
検査項目は、外周面積、総軌跡長、単位軌跡長、単
Ⅱ.方 法
位面積軌跡長、重心動揺実効値の5項目について分析
を行った。それぞれの項目の詳細については表1に示
した。
1.対象
4)解析方法
対象はS市にあるM小学校(児童数658名、19学級、
職員数37名(2003年4月現在)
)の児童120名である。対
分析には低学年群(7歳と8歳、男子20名、女子20
象児の選定基準として聴覚障害、視覚障害、身体の障害
名、計40名)
、中学年群(9歳と10歳、男子20名、女
を有さず健康であること、教科の体育の成績が3段階評
子20名、計40名)
、高学年群(11歳と12歳、男子20名、
価「たいへんよい、よい、がんばりましょう」で、
「た
女子20名、計40名)に分け、各学年群および男女の比
いへんよい」と評価されている児童を、各学年から20名
較を行った。それぞれの学年群で重心動揺検査項目に
ずつ(男子10名、女子10名)それぞれの学級担任に抽出
ついて平均値と標準偏差を算出するとともに、分散分
してもらった。検査を実施するにあたり、選定された児
析を行い有意な差(P<0.05)を求めた。
童の保護者に研究協力のための同意書の提出を求め、同
Ⅲ.結 果
意が得られた児童のみ対象とした。また、研究協力の拒
否者が出た場合は、再度上述した基準に従って同様の手
続きをした。
1.有効対象者数
対象児の内8名が検査が最後まで試行できなかった
2.重心動揺検査の方法
り、集中ができず適切なデータが測定できなかった。従
1)測定環境
って測定時間の60秒間をロンベルグ姿勢で、開眼・閉眼
M小学校内にある通級指導教室の1室を使用した。
ともに姿勢を維持することができた112名が有効対象者
教室の大きさは横380㎝、縦800㎝、高さ300㎝で、中
となった。内訳は低学年群38名(男子19名、女子19名)
、
央に間仕切りとなる移動用の壁を設置し縦の長さを
400㎝とし実施した。重心動揺計を検査室のほぼ中央
中学年群36名(男子17名、女子19名)、高学年群38名
(男子19名、女子19名)であった。
に設置し、児童の心理的緊張を発生させないように、
また児童が検査に最大限集中するように、検査室の壁
2.身体発育状況
面や窓には白いカーテンで覆った。検査の実施期間は、
身長と体重は表2に示すように、加齢に伴い増加し身
2003年2月から5月であった。検査の時間帯として、
長および体重ともにすべての群間に有意差(P<0.05)
本校の中休み時間(午前10:20∼10:45)を設定した。
検査に際しては、検査前に体育などの激しい身体活動
を行っていないことを条件とした。
表2.身長と体重
身長(㎝)
2)測定方法
重心動揺の測定は、日本平衡神経学会の検査基準に
従った。被験者は裸足、ロンベルグ姿勢で直立させた。
M小学校(2003)
低学年群
中学年群
127.1
139
全国平均(2003) 119.15
─ ─
86
体重(g)
高学年群 低学年群
中学年群
高学年群
150.4
26.6
36.3
42.8
130.7 142.875
22.775
29.125
37.25
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表3.各測定項目の結果
外周面積(㎝2)
単位軌跡長(㎝/s)
総軌跡長(㎝)
RMS(㎝2)
単位面積軌跡長(㎝)
開 眼
閉 眼
開 眼
閉 眼
開 眼
閉 眼
開 眼
閉 眼
開 眼
閉 眼
男子 低学年群
3.6±1.7
5.6±4.2
73.6±16.8
94.0±34.4
1.2±0.2
1.4±0.6
2.2±0.9
2.2±0.8
22.8±7.1
19.8± 6.3
中学年群
4.2±1.6
6.6±3.0
76.7±11.8 102.6±27.7
1.0±0.2
1.7±0.4
1.8±0.7
2.1±0.9
20.9±9.5
18.7±10.6
高学年群
3.2±1.0
4.5±2.0
65.6±11.3
90.2±24.2
1.0±0.1
1.5±0.4
2.2±1.0
2.5±0.8
21.4±6.4
21.5± 5.4
女子 低学年群
4.7±3.0
6.6±3.8
70.9±22.1 100.2±33.2
1.1±0.1
1.6±0.5
1.8±0.9
2.1±0.7
18.2±6.2
18.3± 7.6
中学年群
3.3±1.9
4.4±3.0
61.9±14.1
77.3±19.0
1.0±0.2
1.2±0.3
2.4±1.0
2.4±0.9
21.9±7.7
20.7± 7.0
高学年群
4.0±2.0
5.3±2.9
63.7±14.6
91.8± 9.1
1.0±0.2
1.5±0.4
2.2±1.1
2.4±0.9
19.4±9.8
20.5± 9.5
男女 低学年群
4.2±2.5
6.1±3.9
72.4±19.3
96.9±33.0
1.2±0.3
1.5±0.6
2.2±0.8
2.0±0.9
20.4±7.0
19.0± 7.0
中学年群
3.7±1.8
5.4±3.1
68.9±14.9
89.2±26.5
1.1±0.2
1.4±0.4
2.2±0.9
2.0±0.8
21.4±8.5
19.8± 8.8
高学年群
3.6±1.6
4.9±2.5
64.6±12.9
91.0±26.4
1.0±0.2
1.5±0.4
2.5±1.0
2.3±0.9
20.4±8.2
21.0± 7.6
(開眼) (閉眼)
(開眼) (閉眼)
(開眼) (閉眼)
12
(開眼) (閉眼)
*
10
外
周
面
積
*
*
8
6
(cm2) 4
* p<0.05
2
0
140
総 120
軌 100
跡 80
長 60
X 40
Y 20
(cm) 0
*
(開眼) (閉眼)
(開眼) (閉眼)
*
*
* p<0.05
低学年群 低学年群 中学年群 中学年群 高学年群 高学年群
低学年群 低学年群 中学年群 中学年群 高学年群 高学年群
図3 総軌跡長XY
図1 外周面積
低学年群(男子N=19名、女子N=19名)、中学年群(男子N=17名、
低学年群(N=38名)、中学年群(N=36名)、高学年群(N=38名)
女子N=19名)、高学年群(男子N=19名、女子N=19名)
(開眼) (閉眼)
12
(開眼) (閉眼)
(開眼) (閉眼)
(開眼) (閉眼)
*
2.5
10
外
周
面
積
6
4
2
*
*
(開眼) (閉眼)
*
単
2
位
軌 1.5
跡
1
長
8
(cm2)
(開眼) (閉眼)
* p<0.05
(cm/s)
0.5
* p<0.05
0
子
子
子
子
子
子
子
子
子
子
子
子
男
男
男
女
男
女
男
女
男
女
女
女
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
群
群
群
群
群
群
群
群
群
群
群
群
中
低
低
高
高
高
高
中
中
低
中
低
0
低学年群 低学年群 中学年群 中学年群 高学年群 高学年群
図4 単位軌跡長
図2 外周面積の開眼・閉眼条件における各学年の男女差
低学年群(男子N=19名、女子N=19名)、中学年群(男子N=17名、
低学年群(N=38名)、中学年群(N=36名)、高学年群(N=38名)
女子N=19名)、高学年群(男子N=19名、女子N=19名)
があった。
には開眼条件と閉眼条件の値の比較で外周面積と同じく
いずれも有意差があった(P<0.05)
。
単位軌跡長における各学年の開眼条件と閉眼条件の値
3.重心動揺検査
重心動揺検査の測定値を表3に示した。外周面積につ
の比較(図4)では、低学年群から高学年群にかけて開
いて、各学年における開眼条件と閉眼条件の値の比較で
眼条件での値で漸次減少傾向がみられたが、閉眼条件下
は(図1)
、低学年群から高学年群にかけて開眼・閉眼
では認められなかった。開眼と閉眼のそれぞれの条件の
ともにそれらの値が漸次減少傾向を表していた。いずれ
間では有意差(P<0.05)が認められた。男女差につい
の群においても閉眼条件下の値が高く有意差が認められ
ては、中学年群において有意差はあるものの一定の傾向
た(P<0.05)
。男女差では(図2)
、学年間、開眼・閉
は認められなかった。
眼条件間でばらつきがあり、閉眼条件の中学年群で有意
RMSと単位面積軌跡長に関して、開眼条件と閉眼条
件の比較をしたが、両条件下での各学年間でいずれも有
差はあるものの一定の傾向は認められなかった。
総軌跡長の各学年における開眼条件と閉眼条件の比較
(図3)では、低学年群から高学年群にかけて開眼条
件・閉眼条件での値で漸次減少傾向がみられた。全体的
─ ─
87
意差が認められなかった。
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
告では、1.88±0.53㎝2、1.96±0.37㎝2とされている。先
Ⅳ.考 察
行研究と今回の結果を比較すると、全学年群における外
周面積の範囲では1.7∼6.7㎝2とバラツキが少ないこと、
1.身体発育状況
また、学年別では水田の報告とほぼ同様の結果ではある
重心動揺には身長、体重などの身体要因が関連するこ
とが報告されており 、本研究対象者の身体発育特徴を、
ものの、低学年群では重心動揺面積が狭い傾向にあった。
現在および過去の同年齢の児童との比較から示す必要があ
健常成人との比較では高学年群で3.6±1.6㎝2であり健常
る。2003年に文部科学省が示した「学校保健統計調査」6)
成人の水準には達していないことが推測され、成熟過程
によると、身長の全国平均は、低学年群が119.15㎝、中
を分析するためには、中学生以降の測定も行う必要性が
学年群が130.7㎝、高学年群が142.875㎝、体重の全国平均
あることが考えられた。
1)
RMSは、外周面積と同様に身体の揺れの範囲を示すが、
は、低学年群が22.775g、中学年群が29.125g、高学年群
が37.25gである事が報告されている。本研究における被
仙石ら3)は軽度発達障害リスク児群と健常幼児群(いず
対象者群と全国平均の差では、身長では8㎝前後、体重
れも4歳∼6歳)の重心動揺検査の結果から、外周面積
では3.9∼7.2gの範囲で本研究対象児で有意に大きく、本
において明確な健常成人との差があるが、逆にRMSでは
研究では身体成熟の比較的早い子どもを対象にしている
それが近似していたことより、リスク児群では、多くの
と考えられた。
一過性の動揺があったと推測した。本研究において、開
眼条件下での学齢児のRMS測定値の範囲は1.3∼3.5㎝2で
あった。これは仙石らの示した健常幼児群が0.5∼2.0㎝2、
2.重心動揺面積と重心動揺距離
重心動揺面積(表4)は、身体の揺れの範囲を示す指
リスク児群が0.91∼1.93㎝2より広い値であった。さらに
標であるが、児童では正確な測定値に関する報告が少な
本研究結果のRMSでの学年間の差は認められず、一過性
の動揺は少なかったことがその要因と考えられた。
7)
く平沢 が報告した平均値のみの年齢別推移では、外周
重心動揺距離(表5)は身体の揺れの大きさを示す指
2
面積の開眼条件(7歳∼12歳)は男子が2.5∼5.8㎝ 、女
子が3.1∼4.9㎝ の範囲であった。また、小島 の報告で
標であり、坂口2)の報告では正確な測定値が記載されて
は男子が3.5∼12㎝2、女子が6∼8.5㎝2の範囲、坂口2)は
いないものの、総軌跡長の開眼条件(7歳∼12歳)で、
2
1)
50∼105㎝の範囲であるとしている。近年の報告では宇
2
4∼17㎝ の範囲(7歳∼12歳)と報告している。また
野11)が6歳から11歳の児童で行った研究で、開眼条件で
8)
本研究と同様の年齢幅で研究を行っている水田 は、開
107.82±13.59㎝としている。一方、総軌跡長の健常成人
2
眼条件における外周面積が、低学年群で5.0±2.0㎝ 、中
学年群で3.1±1.6㎝ 、高学年群で3.2±1.0㎝ であったこ
における開眼条件での報告として、日本平衡神経科学会
とを示している。一方、健常成人では日本平衡神経科学
9)
2
2
会 が参考値として提示している外周面積の正常値では、
2
2
の正常値としては20歳代男女それぞれ76.8±17.4㎝、
72.3±17.4㎝、八木10)の報告で20歳代男女で76.3±9.07㎝、
9)
69.8±4.78㎝という結果であった。一秒間の移動距離であ
10)
20代の男女で、2.07±0.96㎝ 、1.82±0.82㎝ 、八木 の報
表4.外周面積(開眼条件)の比較(㎝2)
本研究
平沢(1979)
小島(1980)
男子
1.9∼5.8
2.5∼5.8
3.5∼12
坂口(1989)
日本平衡神経科学会(1995)
八木(1989)
女子
1.4∼7.7
3.1∼4.9
6∼8.5
男女 低学年群
4.2±2.5
中学年群
3.7±1.8
3.1±1.6
20代男
高学年群
3.6±1.6
3.2±1.0
2.07±0.96
1.88±0.53
20代女
1.82±0.82
1.96±0.37
4∼17
水田(1993)
5.0±2.0
表5.総軌跡長(開眼条件)・単位軌跡長(開眼条件)の比較
総軌跡長(㎝)
本研究
単位軌跡長(㎝)
坂口(1989)
宇野(1998)
日本平衡神経科学会(1995)
八木(1989)
本研究
水田(1993)
1.9∼5.8
男子
1.4∼7.7
3.1∼4.9
6∼8.5
男女 低学年群
72.4±19.3
50∼105
107.82±13.59
1.2±0.3
1.4±0.3
中学年群
68.9±14.9
1.2±0.2
1.2±0.4
高学年群
64.6±12.9
1.1±0.1
1.2±0.7
女子
20代男
76.8±17.4
76.3±9.07
20代女
72.3±17.4
69.8±4.78
─ ─
88
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
しかし、学齢期はさまざまな能力において個人差が大き
る単位軌跡長では、開眼条件で低学年群が1.4±0.3㎝、中
8)
学年群が1.2±0.4㎝、高学年群が1.2±0.7㎝と、水田 が報
く、それは重心動揺においても反映され小児期における
告している。今回の結果では、総軌跡長の高学年群は平
一つの特色とみなされている14)。そのため健常児童であ
均値で64.8㎝であり、先行研究が示している健常成人の
っても能力的な差は明らかに存在し、通常学級に在籍す
値より総軌跡長が短いという特徴的な値が得られてい
る児童を健常児童とし被験者にするためには、適切な基
た。また、低学年群でも72.4±19.3㎝であり日本平衡神経
準を設ける必要があると考えられる。本研究では、運動
9)
科学会 が提示している20歳代女の72.3±17.4㎝に近似し
能力が比較的優れていると教師が判断した児童を対象と
ている。水田8)は外周面積では15歳前後、総軌跡長では
して焦点化することで、学齢期の平衡機能の個人差を抑
10歳前後から成人と有意差がなくなり成熟してくる事を
制できたと考えている。また、学齢期の運動能力面と身
指摘しているが、本研究結果でも時期の前傾傾向はある
長や体重などの発育面の特徴として男女差が少ない時期
ものの外周面積に比べると軌跡長の成熟が早く、姿勢制
であることが挙げられている。文部科学省が毎年実施し
御の発達に一定の特性があることが考えられた。重心面
ている「体力・運動能力調査」15)では、学齢期の新体力
積はメニエール病などの前庭覚障害において、総軌跡長
テストの合計点が、小学校1年生で男子女子とも30点、
は小脳障害などの固有受容覚障害で特異的に増加する傾
小学校4年生で男子女子同じく43点、小学校6年生で男
向にあることが指摘されている16)。総軌跡長の後に外周
子60点、女子61点となっていた。さらに発育面でも同様
面積が成人の値に近づくという本結果からは、姿勢制御
の傾向が、先に示した文部科学省の調査報告からも推定
の発達に前庭覚と固有受容覚がおよぼす過程を反映して
される。本研究結果でも、平衡機能面においても男女差
いる可能性も考えられる結果であった。
が認められず、上述の調査結果を反映した結果が得られ
ていると考えている。
3.開眼・閉眼条件の差異
身体の動揺は、視覚情報がある場合に減少することが
5.学齢の重心動揺の特徴
知られている。本研究では検査項目の外周面積、総軌跡
重心動揺の測定値は、加齢に伴う発達経過においてば
長XY、単位軌跡長において、各群の開眼条件と閉眼条
らつきが減少するという報告が多い3)。仙石ら3)は開眼
件に有意な差が認められた。このことは、上記のように
条件下での外周面積の範囲を、健常幼児(4歳∼6歳)
身体の平衡機能に視覚機能が、密接に関与していること
で3.6∼11.4㎝2、坂口2)は5∼21㎝2と報告している。こ
12)
13)
を示している。Odenrickら とRiachら は、発達期に
れらに比較して本研究では、開眼条件の外周面積の範囲
おいて開眼条件と閉眼条件の動揺面積の差が小さいと
は1.7∼6.7㎝2であり、幼児期よりもばらつきが少なくな
し、その要因として視覚情報処理機能の発達を示唆して
っていることが認められ、総軌跡長や単位軌跡長などの
いる。ここでいう発達期とは幼児期と考えられるので、
測定値でも同様の結果であった。学齢期(7歳から12歳)
学齢期では視覚情報処理機能が成熟することで、平衡機
における重心動揺は、幼児期のような著しい減少傾向は
能にも影響を与えていると考えられる。本研究の検査結
ないが、成人がとる値に向けて漸次減少するという報告
果からもOdenrickら12)とRiachら13)の仮説を支持できる
が多く1)、本研究の結果からもその妥当性が確認できた
と考えており、学齢期の平衡機能では視覚機能の発達が
と考えている。
重要であることを示唆する結果であると思われる。
文 献
4.男女差
小島ら1)や臼井14)などの報告では、小児期では男子よ
1)小島幸枝,竹森節子:小児の身体平衡の発達について.耳鼻臨床
り女子の方が重心動揺が小さいことを示しているが、本
研究結果はこれらの先行研究と異なるものであった。中
73:685−671,1980
2)坂口正範:小児の重心動揺および頭部動揺の年齢的変動.
学年群では閉眼条件での外周面積、総軌跡長XY、単位
軌跡長で有意に女子で低値であるものの、項目によって
Equilibrium Res 48:341−350,1989
3)仙石泰仁,舘延忠,佐藤剛:軽度発達障害リスク児の平衡機能に
男子の測定値が小さいものもあり、男女間で一定の傾向
関する研究.札幌医科大学保健医療学部紀要 2:39−44,1999
は認められなかった。この様な結果が得られた要因の一
4)田中敏明,江刺家修,大畠純一ほか:小児期の重心動揺における
つとして、被験者の選定方法があると考えられる。本研
究で用いた選定基準は、学校教育の中で運動機能や体力
発達.北海道理学療法 3 :11−16,1986
5)国分充,葉石光一,奥住秀之:幼児期の身体動揺に視覚が及ぼす
が比較的優れているものとした。これまでの重心動揺研
影響の動揺方向による差異.Equilibrium Res 53:299−305,1994
究では、学齢児を被験者とする場合「健常児」や「正常
6)文部科学省:学校保健統計調査.2003
児」と記述されているが、
「健常」の意味について言及
7)平沢彌一郎:日本人の直立能力について.人類誌 87:81−92,
したり、選定基準を明確に示している報告はなかった。
─ ─
89
1979
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
8)水田啓介,宮田英雄:ヒトの直立姿勢.総合リハ 21:985−990,
1993
9)日本平衡神経科学会運営委員会:重心動揺検査のQ&A.手引き
(1995)
.Equilibrium Res 55:64−77,1996
10)八木一記:ヒト直立時重心動揺の多変量解析(第1報)−重心動
揺から見た年齢変化−日耳鼻 92:899−908,1989
11)宇野功一:軽度発達遅滞児におけるバランス反応の研究.感覚統
合障害研究6:8−14,1998
12)Odenrick P,Sandstedt P:Development of postural sway in the
normal child.Human Neurobiol 3:241−244,1984
13)Riach CL,Hayes KC:Maturation of postural sway in young
children.Develop Med Child Neurol 29:650−658,1987
14)臼井永男:重心動揺の発達的変化.理学療法科学10:167−173,
1995
15)文部科学省:平成14年度体力・運動能力調査報告書,2003
16)八木一記:ヒト直立時重心動揺の多変量解析(第2報)−重心動
揺のパターン認識−日耳鼻92:909−922,1989
─ ─
90
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
非喫煙看護師育成をめざした看護大学生への喫煙防止教育の試み
−母子看護学領域からの教育介入後3ヶ月と1年の評価−
今野 美紀,丸山 知子,石塚百合子,杉山 厚子,吉田 安子,木原キヨ子
本研究の目的は看護大学生に母子看護学領域から喫煙防止教育を行い、喫煙知識、喫煙態度、喫煙行動
に関して縦断的変化を明らかにすることである。2年生48名中47名の女子看護大学生の回答を分析対象
とした。教育介入は、講義、演習、自己学習から構成した。事前調査、教育実施後3ヶ月及び教育実施
後1年の時点で喫煙知識、喫煙態度、喫煙行動、対象特性を質問紙にてデータ収集した。結果は統計的
分析及び事例毎の検討をした。その結果、喫煙知識は経時的に正解得点が増え、学生の知識獲得に教育
介入が貢献していると考えられた。喫煙態度では、禁煙志向の高まりは3ヶ月後の短期効果として認め
られたが、1年後は介入前と同程度となった。喫煙行動では、喫煙未経験者が新たな喫煙者にならなか
った点では有効であったが、3ヶ月後に喫煙経験者が機会喫煙者となり、すでに喫煙経験のある者には
本教育介入は有効とはいえなかった。今後は、対象者の卒業後1年・3年の喫煙状況についても追跡し
ていく。
<キーワード> 看護学生、喫煙防止、母子看護学
A trial of educational intervention to prevent smoking behavior of undergraduate nursing students;
Evaluation at three months and one year after educational intervention by the maternal-child nursing section
Miki KONNO, Tomoko MARUYAMA, Yuriko ISHIZUKA,
Atsuko SUGIYAMA, Yasuko YOSHIDA, Kiyoko KIHARA
The purpose of this study was to clarify the longitudinal effect of educational intervention by the maternal-child section
in the relation to knowledge about and attitude toward smoking, as well as smoking behavior of undergraduate
nursing students. The subjects were 48 sophomore nursing students, of whom 47 female students were analyzed
statistically. The educational intervention consisted of lectures, a seminar, and a self-learning method. We surveyed
smoking knowledge, attitude, behavior and related factors of the female nursing students before the intervention, and
at 3 months and 1 year after the intervention. The main results were as follows.The knowledge about smoking
increased longitudinally, while their attitude toward smoking increased the smoking cessation tendency at 3 months,
it was almost unchanged at 1 year after the intervention. One positive result was that students with no experience of
smoking did not try to smoke during the one year, but smokers who had smoked occasionally since their teens
reported that they tried to smoke again after 3 months. This educational intervention was good for providing
knowledge about smoking to students, but it was not effective for changing the behavior of smokers. We intend to
follow them up after they become first-year and third- year staff nurses in order to evaluate the educational
intervention and determine their smoking status.
Key words: Nursing student, Smoking prevention, Maternal-child nursing
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:91(2004)
Ⅰ はじめに
看護学生が将来の看護師として母子と家族の喫煙問題に積
極的に関わっていけるよう喫煙に関する正確な知識を持
1)
筆者らは母子看護学の立場から、女性の喫煙問題 や子
2)
どものいる家庭の受動喫煙問題 等に関心をもってきた。
ち、喫煙行動を選択しない態度や技術を育む教育を行い、
縦断的に評価することは重要と考えている。岡田3)4) は
札幌医科大学保健医療学部看護学科
今野美紀,丸山知子,石塚百合子,杉山厚子,吉田安子,木原キヨ子
著者連絡先:今野美紀 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学保健医療学部看護学科
─ ─
91
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
看護学生を対象に「喫煙に関する教育プログラム」を開発
ただし、個人の変化を追跡できるように、先行研究7)を
し、喫煙を開始したばかりの喫煙本数の少ない者に対して
参考にして質問紙には自分で決めた番号を記入してもら
は、喫煙行動を抑制する効果があることを明らかにしてい
った。そして、教育介入開始から約3ヶ月後と約1年後
る。わが国の看護学生を対象にした喫煙に関する教育を検
にそれぞれ事後調査1及び2を筆者らの授業終了時に実
5)
6)
討したものでは、禁煙教育実施直後 から2年間の評価 、
施した(図1)
。
あるいは在学中から卒後1年までのコホート調査研究7)は
教育介入は、講義、演習、自己学習から構成した(表
みられたが、喫煙防止教育を受けた看護大学生を対象に、
1)
。調査内容は喫煙知識、喫煙態度、喫煙行動、対象
卒業後の本人の喫煙行動や患者への禁煙指導への取り組み
特性から構成した(表2)
。
等から縦断的に教育効果を検討したものはみられなかっ
得られた回答は統計プログラムソフトSPSS for
た。そこで本研究の目的は看護大学生に母子看護学領域か
Windows 11J、JSTATにより解析した。事前調査、事後
ら喫煙防止教育を行ない、学生の喫煙知識、喫煙態度、喫
調査1及び事後調査2の回答結果の比較は、Friedman
煙行動を縦断的に明らかにすることである。今回は教育介
検定、多重比較を行った。なお喫煙行動の変化について
入後約3ヶ月と1年の結果について報告する。
は喫煙者が少数であった為、事例毎にその特徴を検討し
た。教育の効果は、喫煙知識が増えるか、喫煙態度が禁
Ⅱ 方 法
煙志向となるか、喫煙行動として、喫煙を新たに開始す
1.対象
表1.教育介入の教授方法と内容
札幌市内のA医科大学看護学科2年生で、母子看護学
系の教科目(1単位15時間)を受講する者である。看護
学科のある棟内は禁煙であるが、敷地内には開放型の喫
内 容
教授方法
講義
30分2回
・中高生の喫煙実態、能動喫煙の急性影響・慢性影響、受
動喫煙の影響、小児のライフスキル育成、広告分析ポイ
ント、小児の関心への動機づけ(美容、スポーツ、勉強
煙場がある。
などの視点で)
・スライド、CD−ROMの視聴覚教材を使用した
演習
2. 調査時期
事前調査は200X年10月に、事後調査1は教育介入開始
・喫煙動機、対処方法の話合い奨励
から約3ヶ月後の200Y年1月に、そして事後調査2は教
育介入開始から約1年後の200Y年9月に行った。
高校生女子が友人から喫煙を勧められた場面の呈示
30分1回 ・喫煙者/非喫煙者を問わない3∼4名グループの形成
・グループ見解の報告会の実施
自己学習
・「子どもの健康とたばこ」
レポート提出(A4版用紙
3枚以内)
・小児の能動喫煙・受動喫煙の影響、小児の喫煙行動と心
3.調査方法
理社会的要因との関連、看護師が小児の喫煙問題に対し
初回講義終了時に研究の主旨と、調査は任意であり、
てできることの点での考察を求める
調査拒否は成績評価に影響しない等の内容を口頭と文書
で説明し、無記名の質問紙と研究同意書を配付回収した。
(
教
育
介
入
講
義
・
演
習
・
自
己
学
習
事
前
調
査
事
後
調
査
2
事
後
調
査
3
事
後
調
査
4
配大
布学
48 2
部年
1
回月
収
48
部
回
収
率
100
%
配大
布学
47 3
部年
9
回月
収
47
部
回
収
率
100
%
大
学
卒
業
後
1
年
目
秋
実
施
予
定
大
学
卒
業
後
3
年
目
秋
実
施
予
定
)
事
後
調
査
1
配大
布学
51 2
部年
10
回月
収
48
部
回
収
率
94.1
%
図1.
調査の進め方
表2.調査内容
項目
内 容
事前調査
喫煙知識 (A)喫煙に関連する病気や症状を問う13 回答する
項目(無関係な1項目含む)
正解1点 不正解 0点と得点化
喫煙態度 (B)自作喫煙態度尺度:14項目からなり、 回答する
3段階での同意の程度を示す
(α=0.71)
例「子どもは成長発達への影響が大
きいので喫煙すべきではない」賛成
3点、どちらでもない2点、反対1
点に得点化、高得点ほど禁煙志向に
ある
(C)将来の喫煙意思:「絶対に吸わない」
∼「絶対に吸う」までの5段階回答
(D)喫煙者の禁煙準備:無関心期、関心
期、準備期、実行期、維持期の5段
階評価
喫煙行動 (E)過去1ヶ月間に1本以上タバコを吸 回答する
った(=喫煙者)か否か
(F)現在喫煙者→禁煙への取り組みの有
無、他者への受動喫煙防止行動等
対象特性 性別、年齢、居住形態(家族と同居、一 回答する
人暮らし)
、本人の喫煙経験の有無、友
人・両親・同胞の喫煙の有無、日常生活
における悩みの程度*、など
─ ─
92
事後調査1・2
回答する
回答する
回答する
*印のみ
回答する
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
経験があった。対象者の日常生活における悩みとして、
る者はいないか、禁煙するか、等の点から評価した。
「学習上の悩み」と「友人関係の悩み」を尋ねた。
「学習
Ⅲ 結 果
上の悩み」においては、事前調査では「大いにある」と
述べていた者が約10%で、80%以上が「多少ある」と述
べていた(図2)
。しかし、事後調査1、2と経時的に
1.対象者の特性
「大いにある」と回答したものが増えていった。また、
事前調査では、48名(女子47名、男子1名)より回答
を得た。一般的に喫煙率には男女差があるため、男子1
「友人関係の悩み」においては、事前調査時には「多少あ
名の回答は全体の統計分析の際には除き、以後の統計デ
る」が半数以上を占めていたが、事後調査1、2と経時
ータはこの47名の女子の結果である。対象者の年齢は平
的にその回答が減っていった。そして事前調査において
均20.1±1.7歳であり、そのうち未成年者が15名(31.9%)
は回答がなかった「大いにある」と述べたものが、事後
であった。居住形態では、家族と同居32名(68.1%)
、一
調査1、2において出現してきた。
人暮らし13名(27.7%)
、学生寮2名(4.3%)であった。
対象者の周囲の喫煙者では父親(61.7%)、親友
2. 喫煙知識
「喫煙に関連する病気や症状」を問う13項目の合計得
(31.9%)
、同胞(29.8%)
、母親(14.9%)の順に多かった。
点(13点満点)の平均値は、事前調査は6.5±2.1、事後調
喫煙経験者は15名(31.9%)おり、10代のうちから喫煙
査1は8.5±2.2、事後調査2は9.5±2.2で、事前調査と事
(%)
後調査1との間、及び事前調査と事後調査2との間で
120
(前者P<0.01、後者P<0.01)
、また、事後調査1と事
100
後調査2との間で有意差(P<0.05)がみられた。項目
80
毎に調査時期による違いを比較検討した結果(図3)、
全くない
あまりない
多少はある
大いにある
60
事前調査においても肺癌、喉頭癌、気管支喘息など呼吸
器系の疾患および喫煙には無関係なB型肝炎の得点平均
40
値が0.8以上と高かった。それ以外の疾病に関しては、事
20
前調査と事後調査1及び2との間で平均値が有意に上昇
0
した。
事前調査
事後調査1 事後調査2 事前調査
学習上の悩み
事後調査1 事後調査2
3.喫煙態度
友人関係の悩み
自作喫煙態度尺度において、合計得点の平均値では事
図2.日常生活における悩み
前調査(36.3±3.3)と事後調査1(37.3±3.3)との間に
(点)
1.2
**
**
1
0.8
0.6
**
**
**
*
**
*
*
**
**
*
心
筋
梗
塞
自
然
流
産
*
事前調査
事後調査1
事後調査2
**
0.4
0.2
0
子
宮
頚
癌
乳
幼
児
突
然
死
症
候
群
胃
潰
瘍
く
も
膜
下
出
血
知
能
低
下
歯
周
病
低
出
生
体
重
児
喉
頭
癌
気
管
支
喘
息
︿
B
型
肝
炎
﹀
肺
癌
*p<0.05、**p<0.01
< >喫煙が本病に無関係を示す
図3.喫煙知識
─ ─
93
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
(点)
3.5
*
*
3
*
*
2.5
事前
調査
事後
調査1
事後
調査2
2
1.5
1
0.5
0
女
性
は
非
喫
煙
︿
喫
煙
は
個
人
の
嗜
好
で
周
囲
に
は
無
関
係
﹀
医
師
は
医
療
者
と
し
て
非
喫
煙
で
あ
れ
看
護
師
は
医
療
者
と
し
て
非
喫
煙
で
あ
れ
構
内
禁
煙
看
護
師
は
非
喫
煙
に
よ
る
手
本
と
な
る
役
割
あ
り
病
院
・
薬
局
で
は
タ
バ
コ
は
不
売
構
内
に
自
販
機
を
非
設
置
看
護
師
は
禁
煙
希
望
者
支
援
役
割
あ
り
病
人
は
健
康
の
為
に
非
喫
煙
看
護
師
は
妊
婦
・
小
児
へ
の
防
煙
教
育
役
割
あ
り
︿
喫
煙
と
健
康
問
題
は
重
要
で
な
い
﹀
親
は
子
ど
も
の
為
に
非
喫
煙
子
ど
も
は
成
長
の
為
に
非
喫
煙
*p<0.05
< >逆採点を示す
図4.喫煙態度
(%)
えない」と回答した割合が増えたが、事後調査2ではそ
120
の割合は事前調査並みに低下した。事前調査、事後調査
100
1及び事後調査2のいずれの調査時に「絶対に吸う」と
80
回答した者はいなかったが、
「たぶん吸う」
「どちらとも
絶対に吸う
いえない」と回答した者は、喫煙者と喫煙経験者であっ
たぶん吸う
60
どちらともいえない
た。
たぶん吸わない
絶対に吸わない
40
4. 喫煙者の特徴(表3)
20
調査のいずれかの時点で喫煙者であることを記したの
0
事前調査
事後調査1
はケースA∼Eの5名で、いずれも10代のうちから喫煙
事後調査2
経験があった。事前調査時の喫煙者は3名(ケースA∼
図5.将来の喫煙意思
C 6.4%)で、非喫煙者は44名(93.6%)であった。事
後調査1の喫煙者は5名(ケースA∼E 10.6%)で、
有意差(P<0.05)を認め、教育介入3ヶ月後に態度が
非喫煙者は42名(89.4%)であった。事後調査2の喫煙
禁煙志向に変化した。しかし、事前調査と事後調査2
者は事前調査と同一の3名であった。喫煙継続者(ケー
(36.4±3.8)との間、そして事後調査1と事後調査2の合
スA、B、C)と禁煙継続者(ケースD、E)の特徴を
計得点平均値の間で有意差を認めなかった。さらに項目
以下に示す。喫煙知識においては、禁煙継続者は経時的
毎に調査時期による違いを比較検討した結果(図4)
、
に得点が増えたが、喫煙継続者のケースA、Cにおいて
「看護師は医療に携わる者として喫煙すべきではない」
は事後調査1よりも事後調査2において得点が低下し
「看護師は喫煙しないことで健康習慣のよい手本となる
た。
役割がある」の項目においては、事後調査1に比較して
喫煙態度に関しては、禁煙継続者では喫煙態度尺度合
事後調査2では得点が有意に低下していた。事前調査、
計得点が経時的に低下しなかったケース(E)と事後調
事後調査1及び2の調査時点を通して、妊婦を含む親や
査1では一旦、得点低下があったものの、事後調査2で
小児への禁煙、防煙については多くが同意を示した。
は上昇したケース(D)であったが、喫煙継続者ではケ
将来の喫煙意思では(図5)
、
「絶対に吸わない」と回
ースDと同様なケースB、Cの場合と反対に事後調査1
答した者の割合が、事前調査、事後調査1及び2の調査
よりも事後調査2で得点が低下したケース(A)がみら
時点を通して約60%と変化しなかった。
「たぶん吸わな
れた。そして将来の喫煙意思では、禁煙継続者では「多
い」と回答した者を加えると約90%の者がタバコを吸わ
分吸う」と回答したものがいなかったが、喫煙継続者で
ない意思を表した。事後調査1において「どちらともい
は回答があった。そして、生活上の悩みに関して、喫煙
─ ─
94
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表3.喫煙者の特徴 −喫煙知識・喫煙態度・喫煙行動・日常の悩み事より−
項 目
ケースA
7
9
7
関心期
関心期
関心期
29
35
32
多分吸う
どちらともいえず
多分吸う
(なし)
あり
あり
喫煙せず
換気しながら
戸外で吸う
多少あり
大いにあり
多少あり
大いにあり
大いにあり
大いにあり
喫煙知識
病気13点満点
Pre
Post1
Post2
喫煙態度
Pre
禁煙準備性
Post1
Post2
喫煙態度尺度
Pre
(範囲14∼42点) Post1
Post2
将来の喫煙意思 Pre
Post1
Post2
喫煙行動
Pre
禁煙への取組み Post1
Post2
受動喫煙防止行動 Pre
Post1
Post2
友人関係の悩み Pre
Post1
Post2
勉強の悩み
Pre
Post1
Post2
ケースB
5
8
9
関心期
×
×
35
32
37
多分吸う
多分吸わない
どちらともいえず
(なし)
×
あり
喫煙せず
×
×
多少あり
多少あり
あまりない
多少あり
多少あり
多少あり
ケースC
5
8
7
関心期
関心期
関心期
35
31
32
どちらともいえず
多分吸う
多分吸う
(あり)
あり
あり
喫煙せず
別室で吸う
喫煙せず
多少あり
多少あり
多少あり
多少あり
大いにあり
大いにあり
ケースD
6
7
9
−
準備期
維持期
32
31
35
多分吸わない
どちらともいえず
どちらともいえず
−
あり
−
−
喫煙しない
−
多少あり
多少あり
あまりない
多少あり
多少あり
多少あり
ケースE
5
10
11
−
準備期
維持期
39
40
40
どちらともいえず
どちらともいえず
多分吸わない
−
なし
−
−
喫煙しない
−
あまりない
あまりない
あまりない
多少あり
多少あり
多少あり
注1)Pre:介入前,Post1:プログラム開始後3ヶ月,Post2:プログラム開始後1年
注2) 「×」:無回答,「−」:該当せず
継続者では事前調査、事後調査1及び2の調査時に、勉
喫煙態度では、喫煙態度尺度の合計得点の変化より、教
強の悩みを「大いにあり」と回答した者がいたが、禁煙
育介入直後の短期効果は認めるものの、1年を経過すると
継続者にはいなかった。
禁煙志向が介入前と同程度となり、先行研究6)と同様の傾
向を示した。そして母子看護学領域の対象となる妊婦を含
Ⅳ考 察
む親、小児の禁煙・防煙には多くが同意した態度であった
が、性や職業による禁煙志向に対しては、その同意が少な
本調査は、対象者の任意参加であり、参加していない者
く、先行研究8)と同様の傾向であった。学生は、看護学の
の喫煙行動は把握できない。一般に、喫煙に関する調査に
学習が進み、看護における対象者の多様な価値観を尊重す
おいて、喫煙者からの調査回収率が低いことが言われてお
ることを教育され、性や職業によってあらゆる行動に規制
り、本調査の調査票未回収者は喫煙者であることが推測さ
が加わることへの反発を覚えたと推測される。また、態度
れる。しかし、喫煙経験や喫煙行動については成人に達し
を持続させる上では、環境の影響を考慮する必要があると
ない年齢の対象者であっても記載があり、得られたデータ
思われ、敷地内が喫煙可能である大学の学習環境も直後に
は信頼性のあるものと思われる。
高まった禁煙志向を維持できない間接的な影響を及ぼして
事前調査の実施時期は10月で、後期の授業が開始したば
いる可能性も推測される。
かりで学習課題などが少ない時期である。事後調査1の実
喫煙行動では、喫煙未経験者が新たな喫煙者にならなか
施時期は1月と時節柄飲酒機会が多くなり、喫煙行動へ影
った点では有効であったが、事後調査1で喫煙者が増えた
響を及ぼしていると考えられる。そして後期開講科目のま
点では、すでに喫煙経験のある者には、本教育介入は有効
とめの時期にきていたことは勉強の悩みに影響している可
ではなかったと考える。しかし、調査時点のいずれの時期
能性がある。同様に事後調査2の実施時期は試験が近い時
でも禁煙に取り組み、喫煙態度に改善がみられた者もいる。
期の回答である。勉強の悩みに影響している可能性が推測
事前調査では喫煙行動について回答したが、その後の事後
される。
調査では回答しなかった者や喫煙態度に改善が見られなか
喫煙知識では経時的に正解得点が増え、全体的には本教
った者には、自己の喫煙行動とその認知的評価との間に不
育介入は学生の知識獲得に貢献していると考えられる。し
協和が生じたことが考えられる。本研究は教育介入を受け
かし、喫煙による乳幼児突然死症候群の発症率上昇や小児
なかった対照群を持たない為、結果を本教育介入のみによ
の知的発達面への悪影響、歯周病や子宮頚癌のなりやすさ
る効果と言い切ることができない研究方法の限界がある。
等は正解が低く、授業で取り上げても十分身についていな
今後は、10代からの喫煙経験者に影響力のある教授内容
いことが伺われる。これらの内容に関しては今後、教授方
を検討していく必要がある。美を追求する美容専門学校9)
法の検討が必要である。
においても禁煙は常識になりつつある。健康を追求する医
─ ─
95
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
科大学においても敷地内全面禁煙化など学習環境の改善も
早期に取り組む必要があり、さらに就職後、喫煙を開始す
る看護師が多い現状8)から、本研究の対象者においても継
続的な調査が必要であると考える。
文 献
1)丸山知子,杉山厚子,大日向輝美,他:3都市における中高年女
性の飲酒と喫煙に関する研究(第3報)喫煙の実態と健康習慣
に関する検討.母性衛生 43:164−169,2002
2)今野美紀,綿谷靖彦:慢性疾患患児の親の受動喫煙防止行動につ
いて−母子6事例との面接を通して−.北海道小児保健研究会
会誌平成14年度:34−36,2002
3)岡田加奈子:看護学生を対象とした「喫煙に関する教育プログラ
ム」
.看護教育 38:414−425,1997
4)岡田加奈子,川田智恵子,畑栄一,他:受講した看護学生の「喫
煙に関する授業」への受けとめ.日本看護研究学会雑誌 25:
57−68,2002
5)寺山和幸,吉田京子,八幡剛浩,他:ヘルス・アクティブな看護
婦(士)育成のための看護学生のライフスタイル研究(1)
−市立名寄短期大学看護学科のカリキュラムに禁煙教育を導入
して−.地域と住民 14:51−56,1996
6)寺山和幸,竹内徳男,望月吉勝:将来の看護職者の喫煙行動に対
する喫煙防止教育プログラムの効果.北方産業衛生41:24−28,
1997
7)大井田隆,石井敏弘,尾崎米厚,他:看護学生の喫煙行動および
関連要因に関するコホート研究.日本公衆衛生雑誌47:562−570,
2000
8)大井田隆,尾崎米厚,望月友美子,他:看護婦の喫煙行動に関す
る調査研究.日本公衆衛生雑誌 44:694−701,1997
9)東京美容専門学校ホームページ http://www.tahb.ac.jp/event/
nyugaku2002.html
─ ─
96
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
本学看護学科1・2年次学生の道徳的推論
堀口 雅美,大日向輝美,木口 幸子,田野英里香,福良 薫,稲葉 佳江
初学時における看護学生の道徳性を知ることは教育方法を検討する上での資料となる。そこで看護学生
52名を対象に1年次と2年次での道徳性の実態について調査を行った。回収数は1年次43部、2年次52
部でいずれも有効回答率は100.0%で以下の結果が得られた。1)社会的規範の遵守に関する道徳性を
知るため自動販売機の使用方法についてたずねたところ、「正規の方法で購入する」と回答したのは1
年次19名(44.2%)、2年次23名(44.2%)であった。2)DIT(Defining Issues Test)日本版のうち、
3つの例話をもとに道徳的発達段階の分布を検討した結果、例話2では1年次30名(69.8%)、2年次
40名(76.9%)が第4段階であった。例話1、3においても1年次と2年次は同様の分布であった。以
上より初学時の学習者は、他者との相互行為の有無により道徳的判断が変化する可能性を有しているこ
と、さらにその道徳的発達段階は1、2年次ともに「法と秩序」志向の段階にあることが示唆された。
<キーワード> 看護学生、道徳性、道徳的発達段階
Moral reasoning of first- and second- year nursing students
Masami HORIGUCHI, Terumi OHINATA, Sachiko KIGUCHI,
Erika TANO, Kaoru FUKURA, Yoshie INABA
The purpose of this survey was to clarify the moral reasoning of first- and second- year nursing students. Data were
collected via questionnaire responses gathered from 43 nursing students of the first year and 52 nursing students of
the second year. Morals and the level of moral development were analyzed from the perspective of the inclination of
nursing students to use a soft-drink vending machine and the responses to three stories in which moral dilemmas
were presented. These three stories were based on the DIT(Defining Issues Test ) which has been developed for
the Japanese adolescent.The results of the survey can be summarized as follows.1.Nineteen of the first- year and
23 of the second- year nursing students expressed that they would buy a soft drink the right way.2.Based on the
second story, 30 of the first- year and 40 of the second- year nursing students were classified into stage 4 of moral
development. For the first and third stories, the results were similar for the first year and the second year nursing
students.The survey suggested that moral judgments could be changed by a mutual act with another person in
nursing students in the first year and second year. In addition, it was shown that they had reached the stage of
compliance with law and order in their moral development.
Key words: Nursing students, Morals,Moral development
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:97(2004)
Ⅰ 緒 言
我々は先に、看護学科の1年次の学生を対象に道徳的推
論および道徳的発達段階に関する調査を実施し、道徳的推
人間は学校や家庭、職場などさまざまな集団の中で生活
論は社会的環境による影響を受けること、および道徳的発
しており、共同生活が成立するためには守られるべき道理、
達段階は社会秩序の維持に価値が置かれる段階にあること
すなわち道徳がある。道徳は知識、情意、そして行為から
を報告した2)。教育活動の対象である看護学生の道徳性の
成り立つものでその本質は道徳性である。何が道徳的であ
実態を知ることは教育方法を検討する上で有益と考える。
そこで今回は道徳的推論と道徳的発達段階を合わせて道
るのか、なぜ道徳的であるのかということについての知識
1)
が前提とあって道徳的行為につながる 。
徳性とし、看護学生の1年次と2年次の時点における道徳
札幌医科大学保健医療学部看護学科
堀口雅美,大日向輝美,木口幸子,田野英里香,福良薫,稲葉佳江
著者連絡先:堀口雅美 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学保健医療学部看護学科
─ ─
97
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
性の実態について調査を行った。道徳的推論は社会的規範
のいずれかに相当する内容となっており、その度数分布
意識、人生観と仕事および社会的存在に関する価値意識か
を示した。具体的な質問内容は表2∼6と図1∼3に、
ら構成した。また道徳的発達段階はコールバーグの3水準
道徳的発達段階の判定方法はコールバーグによる方法に
6段階の道徳的発達段階3)と道徳判断の方法には山岸の
基づき、その算出方法は表7の注に示した。
4)
DIT(Defining Issues Test:道徳的論点検査)日本版 を
Ⅲ 結 果
用いた。
Ⅱ 方 法
1.調査対象の概要
調査対象である平成13年度入学生52名のうち、回収数
は1年次43部、2年次52部でいずれも有効回答率は
1.調査対象および調査時期
本学看護学科平成13年度入学生52名で1年次の調査は
100.0%であった。調査対象の平均年齢は1年次19.2±1.9
平成13年10月に、2年次は平成15年2月に実施した。い
歳、2年次20.5±1.8歳であった。性別と就業経験は表1
ずれも調査当日に登校した学生に対し、提出は任意であ
に示した。
り、成績には関与しないことを文書と口頭で伝え、調査
票の回収は当日もしくは後日にした。
2.社会的規範意識:学年別の回答状況
満員の地下鉄で高齢者が立っている場合にどうするか
という問いに対して、どのような状況にあっても譲ると
2.調査方法
無記名自記式質問紙を用いた集合調査を行った。調査
答えた人が1年次ではもっとも多く、2年次では「その
内容は基本的属性、社会的規範意識、人生観と仕事に関
他」がもっとも多い回答であった。
「その他」の内容で
する価値意識、社会的存在としての価値意識、および
は「自分の体調が悪いとき以外は譲る」というのが主で
DIT日本版に基づく道徳的発達段階とした。なお、道徳
的発達段階の定義、例話の詳細については先の報告2)を
表1 調査対象の基本的属性
参照されたい。
結果は各質問項目を学年別に集計した。名義尺度の資
料については1年次と2年次でχ2検定を行い、有意水
準を1%とした。道徳的発達段階については山岸の例話
1学年
2学年
性別
男性
2( 4.7)
3( 5.8)
女性
41(95.3)
49(94.2)
就業経験
常勤経験あり
アルバイト、パート経験あり
1∼3に関する質問が道徳的発達段階(第2∼5段階)
2( 4.7)
2( 3.8)
38(88.4)
48(92.3)
2( 3.8)
3( 7.0)
経験なし
単位:人(%)
質問1: 満員の地下鉄(バス、JR)であなたが
座っている目の前に、高齢者の方が来て
立っていました。あなたならどうしますか。 1学年
どのような状況にあっても譲る
19
5
5
3
11
友達と一緒にいる場合は座っている
多くの状況で座っている
友達や知り合いと一緒にいるときは
譲る
2学年
0%
17
5
20%
4
40%
4
22
60%
その他
80%
100%
質問2: あなたが横断歩道を渡ろうとしたとき、
あなたの目の前で車椅子の障害者の方が
自力で車道から歩道に車椅子を乗り上げ
られなくて困っている様子でした。あな
たならどうしますか。
0
11 3
38
1学年
どのような状況にあっても手伝う
そのまま通り過ぎる
人が見ているときは手伝う
0
45
2学年
0%
20%
40%
友達と一緒の時は通り過ぎる
7
60%
80%
その他
100%
質問3:ある人が、自動販売機でコインを入れな
くても飲料水を手に入れる方法を教えて
くれました。あなたならどうしますか。 1学年
19
14
6
2 2
正規の方法で購入する
友達と一緒ならやってみる
さっそくその方法でやる
2学年
23
12
7
5
5
周りに誰もいなかったらその方法で
やってみる
その他
0%
20%
40%
60%
図1 社会的規範意識
─ ─
98
80%
100%
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
質 問
26
1)親が年老いたら、世話をしたり面倒をみ
たりすることは人として大切である
1学年
2)今の社会は、高齢者に対する配慮が足り
ない
1学年
3)今の社会は、障害者に対する配慮が足り
ない
1学年
4)人間の能力は個人で異なるのだから、
能力によって地位や待遇に差があっても
当然である
5)重要なことは、皆で話し合って決める
よりも、リーダーの決断の方が間違いが
少ない
1学年
6
2学年
7
6)自分と考え方の違う人にも、その人には
その人の考える理由や動機がある
1学年
7)自分がどうしてもやりたいことがあるのに、
無理にがまんしてやらないのは間違いである
1学年
8)自分の目標に向かってやり遂げるためには、
多少悪いことをするのもやむを得ない
1学年 0
9)人間としてやってはいけないことは、
どんな理由があろうともやるべきでない
1学年
9
28
2学年
2
16
3
2学年
7
5
24
7
6
26
15
35
9
33
36
2学年
5
18
6
16
15
16
9
8
12
13
10%
2
5
26
13
16
0%
20%
1
19
11
2学年
10
20
7
4
10
15
11
2学年 0 2
3
8
15
2学年
0
2 0
7
19
0
3
8
20
12
2学年 0 2
0
6
22
18
0
2 0
27
13
1学年 0 2
3
6
18
19
2学年
5
16
30%
大いに思う
5
2
16
40%
50%
かなり思う
60%
いくらか思う
8
70%
80%
あまり思わない
1
90%
100%
全く思わない
図2 社会的存在としての価値意識(1)
質 問
26
10)困っている人を助けることは人道的な
ことである
1学年
11)自分の生活を犠牲にしてまで、社会奉仕
活動をする必要はない
1学年 1
12)ゴ ミ の 選 別 処 理 や 地 域 の 美 化 を 守 る
ことは、その地域に住むものとして当然
である
1学年
13)地域に住む人々が気持ちよく暮らすため
には、お互いがまんしなければならない
1学年
4
2学年
4
14)多少自分の考えや生き方と違っても、
周りとの和が大切である
17
24
2学年
23
15
19
18
2学年
15
2学年
15)周 り の 人 と 軋 轢 を 生 じ る 生 き 方 は 、
そ の 人 が 損 を す る だ け で あ る
1学年
2
2学年
3
16)自分や人々の自由は、法や道徳などの
社会的規範によって守られている
1学年
2
17)自分や人々の権利は、人としての義務を
果たすことによって守られている
1学年
13
21
13
12
3
2
13
2
11
22
17
0
9
0
7
0
13
15
20%
25
30%
大いに思う
40%
かなり思う
0
16
19
15
50%
60%
いくらか思う
0
6
17
17
10%
0
7
23
9
7
0%
2 0
24
6
2学年
10
22
18
6
2学年
0
13
17
6
0
10
24
5
0
9
15
1学年
10
11
14
18
10
4
16
10
2学年
4
5
70%
あまり思わない
80%
90%
0
100%
全く思わない
図3 社会的存在としての価値意識(2)
あった。車椅子を使用している障害者の方が困っている
てみる」
「さっそくその方法でやる」と回答した人を合
場面では「どのような状況にあっても手伝う」と回答し
わせると、1年次、2年次とも約40%であった(図1)
。
た人が1年次、2年次とももっとも多く、その理由とし
て「車椅子の大変さを知っているから」
「危険だから」
3.人生観と仕事に関する価値意識:学年別の回答状況
という内容が主であった。自動販売機に関する質問では
「ふだんどのようなことを大切にして生きていきたい
「正規の方法で購入する」と回答した人が1年次、2年
か」という質問に対し、
「身近な人との愛情を大切にす
次とも約40%であった。ただし、
「友達と一緒ならやっ
ること」を第1位とした人が1、2年次とももっとも多
─ ─
99
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表2 人生観と仕事に関する価値意識
単位:人
質 問
選 択 肢
1.人の生き方にはいろいろあると思いますが、あなた
①経済的に豊かになること
はふだんどのようなことを大切にして生きたいと思
っていますか。以下の項目で、あなたにとって価値
②身近な人との愛情を大切にすること
が高いと思う順に第1位から第3位まで順位をつけ
てください。
③社会や人々のために役立つこと
④自分の趣味や関心ごとを中心に暮らすこと
⑤社会的地位や高い評価を得ること
⑥毎日が楽しいこと
⑦その他
2.人の生き方と同様に、
「働く」ことに対しての考えに
①豊かな生活を楽しむ
もいろいろあると思います。あなたは、「人が働く」
ということをどのように意味づけていますか。あな
②経済的自立をする
たにとって「働く」意味で大切に思っている順に第
1位から第3位まで順位をつけてください。
③社会の一員として社会や人々に役立つ
④自分の才能を生かす
⑤社会的地位や高い社会的評価を得る
⑥仕事を通して他の人々と社会的関わりをもつ
⑦その他
学 年
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
第1位
1
1
22
25
1
3
4
1
0
0
15
20
0
1
6
7
14
22
10
5
7
6
0
0
4
6
1
4
第2位
1
5
16
18
8
2
7
8
2
2
8
15
1
1
6
11
13
13
3
5
9
6
1
3
10
11
0
1
表3 例話1・2・3に関する学年別回答状況
第3位
16
15
1
4
8
10
10
11
4
3
1
7
3
1
7
8
7
5
8
11
9
5
5
3
6
16
0
2
単位:人(%)
質 問
選 択 肢
例話1について:
①盗んだほうがよい
Aさんは薬を盗んだほうがよかったかどうか
②わからない
③盗まないほうがよい
合計
例話2について:
①飲ませたほうがよい
医師は奥さんに死ぬための薬を飲ませたほうがよいか ②わからない
どうか
③飲ませないほうがよい
④無回答
合計
例話3について:
①盗み(D)
盗み(D)と詐欺(E)を比べてどちらのほうがより ②同じ・わからない
非難されるべきか
③詐欺(E)
合計
1学年
8 (18.6)
25 (58.1)
10 (23.3)
43(100.0)
24 (55.8)
16 (37.2)
2 (4.7)
1 (2.3)
43(100.0)
4 (9.3)
24 (55.8)
15 (34.9)
43(100.0)
2学年
13 (25.0)
22 (42.3)
17 (32.7)
52(100.0)
15 (28.8)
25 (48.1)
12 (23.1)
0 (0.0)
52(100.0)
5 (9.6)
25 (48.1)
22 (42.3)
52(100.0)
χ2検定
n.s.
有意差あり
(χ2=10.25)
P<0.01
n.s.
※例話1・2・3の具体的な内容は文献2)を参照のこと
く、次いで「毎日が楽しいこと」を第1位とした人であ
2年次とも80%以上であった。一方、
「重要なことは皆
った。また、
「人が働くことの意味」をたずねると1年
で話し合って決めるよりリーダーの決断のほうが間違い
次、2年次とも「経済的自立」をあげた人がもっとも多
が少ない」ということついて「あまり思わない」
「全く
かった(表2)
。
思わない」という回答を合わせると1年次、2年次とも
90%以上であった。
「多少自分の考えや生き方と違って
も周りとの和が大切である」という質問では、
「かなり
4.社会的存在としての価値意識:学年別の回答状況
社会的存在としての価値意識として17項目についてた
思う」
「いくらか思う」という回答を合わせると1年次、
ずねた。
「親が年老いたら世話をしたり面倒をみたりす
2年次とも約78%であった(図2、図3)
。
ることは人として大切である」
「今の社会は障害者に対
する配慮が少ない」
「自分と考え方の違う人にもその人
5.DIT日本版に基づく道徳的発達段階:学年別の特徴
の考える理由や動機がある」
「困っている人を助けるの
ここではまず例話1、2、3に対する回答状況につい
は人道的なことである」ということに対し、
「大いに思
て述べた後、例話別にみた道徳的発達段階の分布につい
う」「かなり思う」という回答を合わせると、1年次、
て述べる。
─ ─
100
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表4 「例話1」に関する学年別回答状況
項 目
1)我々の社会の法律が,そのことを是認するかどうか
2)愛する妻のことを思ったら盗むのが自然かどうか
単位:人(%)
道徳的発
達段階*
4
3
3)Aさんは刑務所に行くような危険を冒してまで,
2
奥さんを助ける必要があるかどうか
4)Aさんが盗むのは自分のためなのか,それとも純
3
粋に奥さんを助けるためなのか
5)薬を発見した薬屋の権利は尊重されているかどうか
4
6)Aさんは夫として奥さんの命を救う義務があるか
4
どうか
7)我々が,他の人に対しどうふるまうかを決めると
5
き根本となる価値は何だろうか
8)金持ちを守るだけの無意味な法の庇護により,薬
1
4□
2
屋は許されてしまっていいのかどうか
9)この場合,法律が社会の構成員の最も基本的な欲
5
求の実現を阻んでいないかどうか
10)このように欲が深く,残酷な薬屋は盗まれても当
3
然かどうか
11)このような非常事態でも,盗むことが,薬を必要としている
5
社会の他の人々の権利を侵害することにならないかどうか
いくらか
あまり
全く
学年 非常に重要 かなり重要
重要
重要でない 重要でない
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
9(20.9)
10(19.2)
12(27.9)
15(28.8)
13(30.2)
7(13.5)
8(18.6)
9(17.3)
3( 7.0)
5( 9.6)
4( 9.3)
5( 9.6)
16(37.2)
13(25.0)
8(18.6)
10(19.2)
5(11.6)
15(28.8)
2( 4.7)
1( 1.9)
6(14.0)
9(17.3)
11(25.6)
12(23.1)
17(39.5)
18(34.6)
12(27.9)
13(25.0)
6(14.0)
10(19.2)
9(20.9)
5( 9.6)
5(11.6)
7(13.5)
7(16.3)
17(32.7)
10(23.3)
17(32.7)
15(34.9)
11(21.2)
4( 9.3)
4( 7.7)
12(27.9)
15(28.8)
11(25.6)
19(36.5)
10(23.3)
11(21.2)
6(14.0)
12(23.1)
13(30.2)
7(13.5)
16(37.2)
20(38.5)
18(41.9)
14(26.9)
11(25.6)
13(25.0)
14(32.6)
8(15.4)
15(34.9)
14(26.9)
12(27.9)
12(23.1)
14(32.6)
20(38.5)
12(27.9) 0( 0.0)
10(19.2) 1( 1.9)
4( 9.3) 0( 0.0)
5( 9.6) 3( 5.8)
11(25.6) 1( 2.3)
11(21.2) 9(17.3)
13(30.2) 3( 7.0)
17(32.7) 9(17.3)
14(32.6) 1( 2.3)
16(30.8) 6(11.5)
15(34.9) 1( 2.3)
18(34.6) 8(15.4)
8(18.6) 1( 2.3)
3( 5.8) 5( 9.6)
5(11.6) 6(14.0)
13(25.0) 13(25.0)
6(14.0) 2( 4.7)
9(17.3) 3( 5.8)
18(41.9) 7(16.3)
21(40.4) 14(26.9)
9(20.9) 2( 4.7)
5( 9.6) 3( 5.8)
無回答
合 計
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
1(1.9)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
※道徳的発達段階については文献2)を参照。表4では道徳的発達段階の第5段階と第6段階を合わせて第5段階としている。
表5 「例話2」に関する学年別回答状況
項 目
1)奥さんの家族は安楽死させることに賛成かどうか
2)医者のなすべき義務は何だろうか
単位:人(%)
道徳的発
達段階*
3
4
3)我々の生活を統制し,自由な死を禁ずるような社
1
4□
2
会が必要なのかどうか
4)医者はそれを事故のように見せることができるか
2
どうか
5)社会は,生きることを望まない者に,生きること
5
を強制する権利をもつかどうか
6)医者は奥さんの苦しみに同情して飲ませるか,それとも死なせて
3
はかわいそうだから,なんとか励ましてあげた方がいいのか
7)他者の命を絶つことを手伝うことが,本当にその
5
人の人格を尊重する行為かどうか
8)いつ命をおえるべきかは,神のみが決めることか
4
どうか
9)どちらの方が,ひどいことをしたと,世間の人々
3
から思われるか
10)医者は,自分自身の行動の基準として,どのよう
5
な価値に一番重きをおいているのか
11)死にたい者に,責任や義務も顧みず死ぬことを許
4
してしまって,社会はうまく機能するかどうか
12)社会が自殺や安楽死を許すことが,個人の生命の
5
保証を脅かさないかどうか
いくらか
あまり
全く
学年 非常に重要 かなり重要
重要
重要でない 重要でない
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
27(62.8)
20(38.5)
12(27.9)
14(26.9)
8(18.6)
8(15.4)
1( 2.3)
0( 0.0)
9(20.9)
17(32.7)
4( 9.3)
4( 7.7)
16(37.2)
20(38.5)
1( 2.3)
0( 0.0)
0( 0.0)
0( 0.0)
12(27.9)
10(19.2)
4( 9.3)
3( 5.8)
10(23.3)
11(21.2)
10(23.3)
18(34.6)
18(41.9)
27(51.9)
16(37.2)
15(28.8)
1( 2.3)
1( 1.9)
12(27.9)
17(32.7)
11(25.6)
11(21.2)
16(37.2)
22(42.3)
3( 7.0)
2( 3.8)
3( 7.0)
1( 1.9)
10(23.3)
18(34.6)
8(18.6)
3( 5.8)
15(34.9)
15(28.8)
4( 9.3)
11(21.2)
13(30.2)
8(15.4)
11(25.6)
18(34.6)
2( 4.7)
4( 7.7)
14(32.6)
12(23.1)
16(37.2)
18(34.6)
7(16.3)
6(11.5)
8(18.6)
7(13.5)
7(16.3)
3( 5.8)
16(37.2)
13(25.0)
17(39.5)
20(38.5)
11(25.6)
17(32.7)
1( 2.3)
1( 1.9)
0( 0.0)
2( 3.8)
8(18.6)
10(19.2)
12(27.9)
10(19.2)
7(16.3)
3( 5.8)
9(20.9)
9(17.3)
3( 7.0)
3( 5.8)
16(37.2)
16(30.8)
21(48.8)
18(34.6)
3( 7.0)
10(19.2)
11(25.6)
20(38.5)
4( 9.3)
6(11.5)
1( 2.3)
2( 3.8)
0( 0.0)
0( 0.0)
0( 0.0)
1( 1.9)
27(62.8)
36(69.2)
1( 2.3)
2( 3.8)
3( 7.0)
9(17.3)
1( 2.3)
1( 1.9)
15(34.9)
25(48.9)
12(27.9)
29(53.8)
2( 4.7)
0( 0.0)
3( 7.0)
5( 9.6)
3( 7.0)
2( 3.8)
無回答
合 計
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
1(1.9)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
1(1.9)
0(0.0)
1(1.9)
0(0.0)
1(1.9)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
2(3.8)
0(0.0)
1(1.9)
0(0.0)
1(1.9)
0(0.0)
1(1.9)
0(0.0)
1(1.9)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
※道徳的発達段階については文献2)を参照。表5では道徳的発達段階の第5段階と第6段階を合わせて第5段階としている。
ねたところ、1年次では「我々が他の人に対しどうふ
1)
「例話1」に関する学年別の回答状況
例話1は「ハインツのジレンマ」として知られてお
るまうかを決めるとき根本になる価値はなんだろう
り、妻の命を救うために夫は薬を盗むかどうかという
か」
(第5段階)について「非常に重要」と回答した
葛藤について取り上げている。夫(Aさん)は薬を盗
人がもっとも多かった。2年次では「愛する妻のこと
んだほうがよいかどうかという質問に対し、1年次、
を思ったら盗むのが自然かどうか」
(第3段階)
、
「こ
2年次とも「わからない」とした人がもっとも多かっ
の場合、法律が社会の構成員のもっとも基本的な欲求
た(表3)
。さらに11項目についてその重要度をたず
の実現を阻んでいないかどうか」
(第5段階)につい
─ ─
101
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表6 「例話3」に関する学年別回答状況
単位:人(%)
道徳的発
項 目
達段階*
1)親切な老人をだますというのは盗むよりもっとひ
3
どいことなのかどうか
2)盗みとだましとるのと、どちらの方が、より法律
4
に反する反社会的行為か
3)倉庫に押し入ってとるのと、だましとるのと、ど
2
ちらの方が利口な方法か
4)露骨に悪いことをやるのと、表面的には穏やかで下
3
心があるのと、どちらの方が卑しいことだろうか
5)資本主義社会で荒稼ぎをしている会社の倉庫から
1
4□
2
盗むことは、動機によっては悪くないのかどうか
6)どちらの方が、人間関係の基礎にある価値をふみ
5
にじっているか
7)Dの場合は直接的に困る人はおらず、Eに比べる
4
と大きな害はないのかどうか
8)Eは後悔して後で返すことがあるかどうか
3
9)どのような行為が最も深く他者をふみにじり、そ
のことにより自己をおとしめるだろうか
10)個人的におさまるかもしれないEと、社会的事件とな
るDと、どちらの方が社会的影響が大きいだろうか
11)どちらの方が,自らの行為が引き起こす結果を深く
考え、引き受ける意志を強くもっているだろうか
5
4
5
いくらか
あまり
全く
学年 非常に重要 かなり重要
重要
重要でない 重要でない
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
1
2
7(16.3)
8(15.4)
2( 4.7)
2( 3.8)
1( 2.3)
1( 1.9)
5(11.6)
5( 9.6)
0( 0.0)
1( 1.9)
14(32.6)
14(26.9)
1( 2.3)
3( 5.8)
7(16.3)
9(17.3)
17(39.5)
13(25.0)
2( 4.7)
3( 5.8)
14(32.6)
11(21.2)
14(32.6)
19(36.5)
7(16.3)
10(19.2)
3( 7.0)
0( 0.0)
10(23.3)
13(25.0)
1( 2.3)
1( 1.9)
15(34.9)
24(46.2)
1( 2.3)
7(13.5)
11(25.6)
8(15.4)
17(39.5)
20(38.5)
9(20.9)
2( 3.8)
15(34.9)
16(30.8)
15(34.9)
15(28.8)
18(41.9)
15(28.8)
7(16.3)
2( 3.8)
22(51.2)
12(23.1)
9(20.9)
11(21.2)
8(18.6)
8(15.4)
15(34.9)
12(23.1)
15(34.9)
17(32.7)
4( 9.3)
13(25.0)
10(23.3)
15(28.8)
11(25.6)
11(21.2)
7(16.3)
6(11.5)
13(30.2)
19(36.5)
17(39.5)
20(38.5)
5(11.6)
15(28.8)
23(53.5)
23(44.2)
5(11.6)
3( 5.8)
19(44.2)
17(32.7)
8(18.6)
10(19.2)
5(11.6)
3( 5.8)
19(44.2)
19(36.59
2( 4.7)
10(19.2)
0( 0.0)
4( 7.7)
3( 7.0)
5( 9.6)
15(34.9)
29(55.8)
1( 2.3)
7(13.5)
10(23.3)
16(30.8)
1( 2.3)
3( 5.8)
7(16.3)
13(25.0)
2( 4.7)
7(13.5)
0( 0.0)
2( 3.8)
3( 7.0)
13(25.0)
1( 2.3)
3( 5.8)
無回答
合 計
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
1(1.9)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
1(1.9)
0(0.0)
1(1.9)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
1(1.9)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
※道徳的発達段階については文献2)を参照。表6では道徳的発達段階の第5段階と第6段階を合わせて第5段階としている。
表7 例話別にみた道徳的発達段階の学年別分布および平均値
道徳的発達段階
例話1
例話2
例話3
学年
1
2
1
2
1
2
第1段階
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
第2段階
2(4.7)
3(5.8)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
単位:人(%)
第3段階
第4段階
第5段階
第6段階
無 効
合 計
平均値
18(41.9)
20(38.4)
10(23.3)
8(15.4)
8(18.6)
7(13.5)
22(51.1)
25(48.1)
30(69.8)
40(76.9)
31(72.1)
40(76.9)
0(0.0)
0(0.0)
1(2.3)
1(1.9)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
0(0.0)
1(2.3)
4(7.7)
2(4.6)
3(5.8)
4(9.3)
5(9.6)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
43(100.0)
52(100.0)
3.9
4.0
4.2
4.3
4.3
4.4
注1)道徳的発達段階の判定方法;例話ごとに一番重要から四番目に重要と選択された項目の段階に、それぞれ4、3、2、1の得点を与え、例話ごと
に段階の値(例えば、段階2なら2、ただし段階4 1/2は4.3)と得点を掛けたものを加え、平均化して段階に換算する。
例:例話1 一番重要(項目1) 二番(項目2) 三番(項目3) 四番(項目4)
↓ ↓ ↓ ↓
段階4 段階3 段階2 段階3
(4点×4+3点×3+2点×2+1点×3)/10=3.2
注2)平均値は無効を除いて算出した。
て「非常に重要」と回答した人がいずれも同数であっ
た(表4)
。
3)
「例話3」に関する学年別の回答状況
例話3では詐欺と盗みを比較してどちらがより悪い
2)
「例話2」に関する学年別の回答状況
のかというジレンマについて取り上げた。盗みと詐欺
例話2では例話1に続いて、安楽死のジレンマにつ
とではどちらがより非難されるべきかという質問に対
いて取り上げている。医師は奥さんの頼みを聞いて奥
し、1年次、2年次とも「同じ・わからない」と回答
さんに死ぬための薬を飲ませたほうがよいかどうかと
した人がもっとも多かった(表3)
。さらに11項目の
いう質問に対し、1年次では「飲ませたほうがよい」
、
重要度をたずねると、1年次では「どのような行為が
2年次では「わからない」がもっとも多く、有意性が
もっとも深く他者をふみにじり、そのことにより自己
2
認められた(χ =10.25、df=3、p<0.01)
。さらに12項
をおとしめるだろうか」
(第5段階)を「非常に重要」
目に関して重要度では、1年次「奥さんの家族は安楽
と回答した人がもっとも多かった。2年次では「どち
死をさせることに賛成かどうか」
(第3段階)を「非
らのほうが人間関係の基礎にある価値をふみにじって
常に重要」と回答した人がもっとも多かった。2年次
いるか」
(第5段階)を「非常に重要」と回答した人
ではそれを「非常に重要」と回答した人は減少し、
がもっとも多かった(表6)
。
「他者の命を絶つことを手伝うことが本当にその人の
人格を尊重する行為かどうか」
(第5段階)を「非常
4)例話別にみた道徳的発達段階の分布
例話ごとに各個人の道徳的発達段階を判定した結果
に重要」と回答した人と同数であった(表5)
。
─ ─
102
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
を表7に度数分布として示した。例話1・2・3いず
た。一方、
「重要なことは皆で話し合って決めるよりリー
れも1年次、2年次ともに第4段階に分布が集中して
ダーの決断のほうが間違いが少ない」という質問では1年
いた。例話2において第5段階を示したものが1年次、
次、2年次ともに90%以上が否定的であった。また「多少
2年次に各1名いた。道徳的発達段階の平均値は1年
自分の考えや生き方と違っても周りとの和が大切である」
次3.9∼4.3、2年次4.0∼4.4であった。
という質問では、
「かなり思う」
「いくらか思う」という回
答を合わせると1年次、2年次ともに約78%であった。こ
Ⅳ 考 察
のことから、社会のあるべき姿や個人の尊重を重視しつつ、
対人関係では和を尊重していることが推察される。
ここでは道徳性を道徳的な価値意識と道徳的発達段階の
道徳的発達段階に関しては山岸の尺度を用いた。コール
2つの観点からとらえ、前者は社会的規範意識、人生観と
バーグの定義では第6段階まであるが、日本では必ずしも
仕事に関する価値意識、社会的存在としての価値意識で構
そのままあてはまらないこと、またコールバーグ自身の定
成した。道徳的な価値意識は、社会的存在としての人間が
義にも不明瞭な点があることから、山岸は第5段階と第6
他者との相互行為の過程で個人間の利害や権利の対立・葛
段階を合わせて第5段階としている4)。今回の報告でもコ
藤が生じたときにこれを解決する上で重要な役割を果たす5)。
ールバーグの第6段階は第5段階と同じ段階として取り扱
まず社会的規範意識では、高齢者、車椅子を使用してい
っている。
そこで例話別の回答状況をみると、安楽死のジレンマに
る人、自動販売機という3種類の対象について質問をした。
高齢者の場合、一見しただけでは援助の必要性の判断は困
ついて取り上げた例話2で「奥さんに死ぬための薬を飲ま
難であるが、車椅子を使用している人では明白であり、ま
せたほうがよいかどうか」という質問に対し1年次と2年
た自動販売機の場合は他者との相互行為がない場合という
次の間で有意性が認められ、2年次では「わからない」と
設定とした。1・2年次ともに高齢者に対しては基本的に
いう回答がもっとも多かった。2年次の調査は基礎看護実
は席を譲るという意識があった。ただし、
「自分の体調が
習の終了直後であったことから、具体的な体験の種類や頻
悪いとき以外は譲る」という「その他」の回答が多かった
度などは異なるにしても、生命や健康に直接的にかかわっ
ことから、その場面での相手の状況だけでなく自分の状況
たり、医療者と患者側の両方の立場から考えたりする機会
にも左右される要素が含まれていることが推察される。一
をもつという体験が影響したことも考えられる。
方、車椅子を使用している人に対しては1・2年次とも
道徳的発達段階の分布では例話1・2・3いずれにおい
「どのような状況にあっても手伝う」という回答がもっと
ても1年次、2年次ともに第4段階に分布が集中していた。
も多かったことから、自分のことよりも援助の必要性が明
第4段階は「水準2:慣習的水準」で「法と秩序」志向の
らかな状況に直結した行動をとることが考えられる。
段階であり、1年次から2年次の間で道徳的発達段階は同
対象が自動販売機の場合は、不正な方法が道徳的でない
じ段階にあることが確認された。
という知識のあることを前提に、社会的規範を遵守するか
以上より、初学時の学習者において社会的規範意識は援
否かという葛藤を中心とした設定である。1・2年次とも
助の必要性が明白かどうか、および他者との相互行為の有
に「正規の方法で購入する」という人と「不正な方法をや
無により判断内容が変化する可能性を有していること、お
ってみる」という人がほぼ同じ割合であった。他者との相
よびその道徳的発達段階は「法と秩序」志向の段階にある
互行為のない状況では社会的規範意識が曖昧になり、良心
ことを前提として教育方法を精選していく必要性が示唆さ
との葛藤を生じにくくなることが考えられる。以上のこと
れた。
から、社会的規範意識は援助の必要性が明白かどうか、お
本研究は平成12∼15年度文部科学省科学研究費補助金基
よび他者との相互行為の有無により判断内容が変化する可
盤研究C(課題番号12672283)の助成を受けた研究の一部
能性を有していることが示唆された。
次に人生観に関する価値意識では、1・2年次とも「身
である。
近な人との愛情を大切にすること」や「毎日が楽しいこと」
文 献
に価値をおく傾向が見られ、自己を中心とした生活を重視
している様子、すなわち自己中心性の一端が推察される。
また仕事に対する価値意識では「経済的自立」を重視して
1)尾渡達雄:倫理学と道徳教育.東京,以文社,1989,p22−23
おり、この点は1・2年次ともに経済的には依存状況にあ
2)堀口雅美,大日向輝美,酒井英美,ほか:基礎看護学における看
ることがこの結果に反映しているものと考えられる。
護倫理教育の検討〈本学看護学生の道徳的推論と道徳的発達段
社会的存在としての価値意識では「親が年老いたら世話
階の特徴〉
.札幌医科大学保健医療学部紀要4:25−33,2002
をしたり面倒をみたりすることは人として大切である」
3)ローレンスコールバーグ:道徳性発達における普遍的なものと相
「今の社会は障害者に対する配慮が少ない」などの質問に
対し、1年次、2年次とも80%以上が非常に肯定的であっ
─ ─
103
対性,永野重史編.道徳性の発達と教育〈コールバーグ理論の
展開〉
.東京,新曜社,1985, p22−23
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
4)山岸明子:青年期における道徳判断の発達測定のための質問紙の
作成とその検討.心理学研究51(2):92−95,1980
5)片瀬一男,高橋征仁,菅原真枝:道徳意識の社会心理学.東京,
北樹出版,2002,p8
─ ─
104
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
健常者の情報処理の特性を評価するための新しい二重課題法の開発
北島 久恵1,大柳 俊夫2,仙石 泰仁3,中島そのみ3,三谷 正信4,舘 延忠3
日常生活で複数の課題を同時並列的に処理する能力は重要であり、この能力を測定する方法として二重
課題法という研究手法が用いられることが多い。しかし、リハビリテーション分野では治療に結びつけ
るという視点からの臨床的な評価方法は十分検討されていない。本研究では、二重課題に対する応答を
一つの運動反応に限定した二重課題を開発し、健常者42名による実験を行い、二重課題として成立して
いるかを検討した。課題は単一課題である視覚弁別課題と聴覚弁別課題、また同じ視聴覚刺激を用いて
弁別を行う二重課題とした。30名で単一課題と比較して二重課題の反応時間が遅延していた。また反応
時間の遅延率も先行研究と類似していた。この結果から運動反応を限定した本課題でも同時並列的な処
理能力を従来の二重課題法と同様に測定できることが示唆された。
<キーワード> 二重課題法、情報処理、健常者
Development of a new method to evaluate information processing of normal
human being using dual task paradigm
Hisae KITAJIMA 1, Toshio OHYANAGI 2, Yasuhito SENGOKU 3,
Sonomi NAKAJIMA 3, Masanobu MITANI 4, Nobutada TACHI 3
During activities of daily living, the ability to process many activities simultaneously is important for us. A methodology
which is termed as the dual task paradigm is often used to investigate this ability. However, this paradigm is not
reported for assessment from the viewpoint of connecting treatment for patients in the field of rehabilitation. Through
this research we shall try to develop a new method of dual task assessment, whereas the response to the dual task is
limited to not two but only one. We tested our approach with forty-two normal subjects and examined whether the
new method is achieved as dual task paradigm or not. We implemented two single tasks (visual discrimination task
and auditory discrimination task) and one dual task that demanded simultaneous discrimination of visual and auditory
stimuli. As compared with reaction time of single tasks, the one for dual task increased for thirty of the subjects. In
addition, the rate of delayed reaction time is similar to the one to previous studies. For the results our tasks will can
measure the ability to process concurrent and parallel information during dual task performance.
Key words: Dual task paradigm, Information processing, Normal human being
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:117(2004)
Ⅰ.はじめに
すと作業の遂行に混乱が生じる現象が見られ、対象者の日
我々の日常生活の中では話しながらメモを書くことやテ
常生活を阻害する大きな要因になっている1)2)3)4)5)。2つ
レビを見るというように、2つの活動を同時に行わなけれ
の課題を同時に並行処理する能力を測定する方法として、
ばならない場面が多い。この様な複数の課題を並列処理す
認知心理学の分野では二重課題法という実験方法が用いら
る能力は日常生活では必要不可欠であり、環境への適応や
れている。これは被験者に2つの異なる課題を同時に遂行
対人関係においても重要な能力の一つである。しかし、パ
させて、それらの課題の遂行能力やエラー数を分析する方
ーキンソン病の方では歩行しながら話しができなくなる方
法である。この方法を用いて、これまでに同時処理能力に
や家具などに気をとられると歩けなくなるなどの症状を示
関連する要因となる処理資源の容量6)や処理資源の配分7)、
したり、痴呆症状を示す高齢者では1度に多くの指示を出
更にその配分を調節する実行機能8)が検討されている。こ
札幌医科大学保健医療学研究科1、札幌医科大学保健医療学部一般教育科2、札幌医科大学保健医療学部作業療法学科3、
札幌医科大学医学部附属病院機器診断部4
北島久恵,大柳俊夫,仙石泰仁,中島そのみ,三谷正信,舘延忠
著者連絡先:仙石泰仁 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学保健医療学部作業療法学科
─ ─
105
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
の方法は上述したパーキンソン病や高齢者の症状を把握す
表1 課題と評価
るのに有用であると考えられるが、現在までのところリハ
視覚弁別課題
ビリテーション分野ではこの方法を治療へ結びつけるとい
う視点から臨床評価として採用している報告はない。
健常者に対する二重課題法の報告では、Szameitat7)は健
提示刺激
●または▲
標的刺激
●
聴覚弁別課題
二重課題
500Hzまたは1500Hz ●または▲と500Hzまたは
のビープ音
1500Hzのビープ音を同時
500Hz
●と500Hz
刺激提示回数 1課題あたり25回、そのうち標的刺激をランダムに10回
常者に3種類の視覚刺激や聴覚刺激を同時に提示し、標的
刺激提示時間
200(ms)
刺激に対して右手指と左手指で反応する課題を行い、単独
刺激間間隔
1800∼2000(ms)の間のランダムな時間
で施行した時よりも同時に施行した時で反応時間が遅延す
る結果を示した。また呉ら9)は健常者に視覚で提示された
反 応
標的刺激の提示で左クリック
評 価
標的刺激の提示から左クリックまでの反応時間
加算課題と聴覚提示による暗算課題の2つの課題を用い
て、聴覚提示の暗算課題の難易度に比例して加算課題の反
応時間が遅延するという結果を報告した。また、パーキン
非標的刺激
ソン病1)、ADHD10)、統合失調症11)、アルツハイマー病12)な
ど認知障害のある様々な疾患に対しても二重課題法を用い
た報告が散見され、健常者と比較して著明な同時処理能力
標的刺激
がこれらの疾患で低下していたことが報告され、認知機能
の評価として二重課題法の有用性が指摘されている。しか
し、これらの先行研究では認知障害を持った対象者が実験
25 回の刺激
内容を正確に理解すること、そして特に2つの課題に対し
てそれぞれの2つの反応を遂行する事の困難さが指摘さ
れ、対象者の基準として痴呆などの知的障害をもつ対象者
図1 視覚弁別課題
の除外1)13)や検査遂行に影響するような運動障害がないこ
と2)が規定されている。そのため報告されている検査方法
し、静かな室内で外部からの光を遮断するように配慮
では作業療法の主要な対象となる慢性期や重度の脳血管障
した。被験者は椅子に座り手指をマウスの上に置き、
害、神経難病の患者には応用することが困難な状況にある。
下顎をフレームに固定した状態で課題を遂行した。
そこで、我々は従来の検査遂行上の困難さを解決するた
2)実験に用いる課題と手順
めに、視覚刺激と聴覚刺激を用いた二重課題において2つ
課題は筆者らが作成した視覚弁別課題と聴覚弁別課
の課題に対する反応を1つにする二重課題法の開発に取り
題、二重課題である(表1、図1)
。視覚弁別課題は
組んだ。特に本研究では、我々が開発した検査法を健常者
CRTの中央に表示される黒色で直径1.5㎝の円と底辺
に対して行い二重課題法として成立しているか否かを先行
と高さが1.5㎝の三角を提示刺激とし、標的刺激は円と
研究と比較し検討した。
した。また聴覚弁別課題は500Hzと1500Hzのビープ音
を提示刺激とし、標的刺激は500Hzのビープ音とした。
Ⅱ.対象と方法
二重課題は視覚弁別課題と聴覚弁別課題で用いた提示
刺激を同時に提示することとし、標的刺激は円と
500Hzのビープ音とした。全課題とも1回の実験で25
1.対象
対象者は実験への同意が得られた過去に整形学的疾患
回の提示刺激が出現することにし、そのうちランダム
の既往がない健康成人42名(男24名、女18名)とし、年
に標的刺激が10回出現するように設定した。また被験
齢は21歳から46歳、平均年齢は27.6±6.5歳で全員右利き
者には標的刺激が提示されたときに、できるだけ早く
であった。
右手でマウスの左クリックをする反応を要求した。全
課題とも提示刺激および標的刺激の提示時間は
200ms、刺激間間隔は1800∼2000msの間のランダムな
2.方法
時間に設定した。なお、視覚弁別課題と二重課題の場
1)実験機器と環境
実験機器として、パーソナルコンピューター
合、提示刺激が表示されていない間は、一辺が1.5㎝の
(CPU:PentiumⅡ 266MHz、メモリ:192MB、OS:
黒色の正方形をCRT中央に表示し、被験者が視覚刺激
Windows 2000)
、Microsoft PS2マウス、19インチの
の提示される位置に注意を向けられるようにした。実
CRTディスプレイ(Iiyama HM903D)を使用し、提示
験の手順は被験者ごとに視覚弁別課題、聴覚弁別課題、
刺激は、Microsoft Visual Basic .NETとDirectX 8.1を用
二重課題をランダムな順で実施した。
3)データ解析
いて作成した。
実験環境として、被験者の前方60cmにCRT を配置
─ ─
106
データは刺激の提示からマウスでクリックするまで
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
の反応時間を計測した。解析で用いたデータは、標的
刺激に対する10回の反応時間のうち最も速い値1個と
A
遅い値2個を除く7個のデータから平均値を算出し
た。また1000msを超えるものを除外した。
統計処理として、各課題(視覚弁別課題、聴覚弁別
B
課題、二重課題)の反応時間を繰り返し測定の分散分
析(ANOVA)を用いて比較した。その後に課題間の
C
比較にはBonferroniの検定を行った。
Ⅲ.結 果
D
反応時間の平均は視覚弁別課題312±46msec(平均値±
標準偏差)、聴覚弁別課題357±55msec、二重課題379±
68msecであり、各課題で有意差が認められ(F(2.78)
E
=52.826、p<0.01)
、視覚弁別課題、聴覚弁別課題、二重課
time
題の順で有意に遅延していた(図2)
。対象者ごとの課題
間の比較では、全対象者で視覚弁別課題は他の課題よりも
反応時間が早かった。しかし、聴覚弁別課題では二重課題
図4 反応時間の模式図
聴覚弁別課題遅延群)
。この聴覚弁別課題延長群と二重課
A;視覚弁別課題,B;聴覚弁別課題,C;二重課題(時間
差で別々に行われた場合)D;(A+B)二重課題(同時に
行われた場合)E;二重課題(実際の反応時間)
題が聴覚弁別課題より遅延していた30名(以下、二重課題
り、両群間に各課題とも有意差は認められなかった(t=
遅延群)の2群での各課題の反応時間(図3)では、視覚
0.074、t=0.8、t=1.712、p>0.05)
。
よりも反応時間が遅延する対象者が12名認められた(以下、
弁別課題は312±45msec、313±51msec(二重課題遅延群、
Ⅳ.考 察
聴覚弁別課題遅延群)、聴覚弁別課題は353±56msec、
376±50msec、二重課題は390±71msec、351±55msecであ
1.全対象者における二重課題の反応時間の特徴
500
一般に反応時間は情報の入力から一連の情報処理過程
*
*
反応時間(msec)
を経て運動出力までの時間とされ、脳内の情報処理を間
*
450
接的に反映していると捉えられている。本研究の特徴は
400
全ての課題への反応を1つにすることで、対象者が実験
350
課題を遂行しやすくなるだけでなく、各課題における反
応時間を比較することができ、更に各課題の情報処理を
300
推測することができるという点である。本研究の結果は
250
従来の研究結果6)7)8)14)15)16)17)と同様に二重課題の反応時
間が最も遅延していた。図4に模式的に反応時間の関係
200
視覚弁別課題
聴覚弁別課題
二重課題
性を示したが、二重課題の反応時間が各刺激への反応時
間を合計した時間になるならば、視覚と聴覚刺激が独立
図2 全対象者の平均反応時間(*p<0.01)
して時間差で処理されると考えられる(図4C)
。また、
500
(msec)
450
NS
NS
NS
視覚と聴覚刺激が独立して同時に処理されるならば二重
二重課題遅
延群
聴覚弁別課
題遅延群
400
課題の反応時間は遅延しないと考えられる(図4D)。
本研究結果では、二重課題の反応時間が視覚弁別課題と
聴覚弁別課題の反応時間を合計した値より短縮してお
り、この短縮した時間が二重課題における視覚および聴
350
覚刺激の同時並列的な情報処理に起因していると考えら
300
れる。このため、反応時間から見ると本研究の方法でも
250
先行研究で報告されている二重課題と同様に同時並列的
な処理能力を測定できることが考えられた。また、単一
200
視覚弁別課題
聴覚弁別課題
二重課題
課題と二重課題との間の反応時間の差では、視覚弁別課
図3 両群の課題ごとの平均反応時間(NS: Not Significant)
─ ─
107
題や聴覚弁別課題と比較して二重課題の反応時間は各々
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
究で用いた課題は10分程度で実施することができ、使用
67msec、21msec遅延していた。この遅延時間と健常成
人を対象とした先行研究と比較するとStablum
8)
する機器はパソコンとマウスだけであるため病院や施
の実験
設、家庭などでも容易に実施でき汎用性が高いといえる。
では二重課題の反応時間は単一課題の反応時間と比較し
て29msec遅延、Verhaeghen14)の実験では105msec遅延し
文 献
ていることが報告されている。単一課題の反応時間に対
する二重課題の反応時間の遅延率をそれぞれ算出する
と、我々の結果は視覚弁別課題に対して1.21倍、聴覚弁
1)O'Shea S,Morris ME, Iansek R:Dual task interference during
別課題に対して1.06倍の遅延率であり、先に示した
gait in people with Parkinson disease:effects of motor versus
8)
14)
Stablum は1.11倍、Verhaeghen は1.16倍の遅延率と本
cognitive secondary tasks.Phys Ther 82:888−897,2002
研究と近似した値であった。この遅延率は並列的な情報
2)Haggard P, Cockburn J, Cock J et al:Interference between gait
処理における課題の負荷量として考えられ、健常成人で
and cognitive tasks in a rehabilitating neurological population.J
は課題にかかわらず並列的情報処理に共通した情報処理
Neurol Neurosurg Psychiatry69:479−86,2000
システムが存在する可能性も考えられる結果であった。
3)奈良進弘:注意障害とアルツハイマー型痴呆.OTジャーナル
2.聴覚弁別課題遅延群と二重課題遅延群の二重課題にお
4)小川敬之:高齢障害者を対象とする集団.OTジャーナル37:
34:1105−1108,2000
ける反応時間の特徴
795−799,2000
本研究では対象者の中に二重課題よりも聴覚弁別課題
5)博野信次:痴呆症患者の日常生活活動の評価と支援.PTジャー
の反応時間が遅延する聴覚弁別課題遅延群が存在してい
た。二重課題遅延群は同時並列的な情報処理においての
ナル34:313−320,2000
6)Brown RG,Marsden CD:Dual task performance and processing
限界を示した群であるが、聴覚弁別課題遅延群は、視覚
resources in normal subjects and patients with parkinson's disease.
および聴覚刺激が同時に提示されることによって脳内の
Brain 114:215−231,1991
情報処理が互いに促通された可能性も考えられる。
7)Szameitat AJ,Schubert T,Muller K et al:Localization of
Verhaeghen14)の研究でも我々と同様に二重課題の反応
Executive function in dual-task performance with fMRI.J Cogn
時間が早くなったことを報告しており、この両群には情
Neurosci 14:1184−1199,2002
報処理上に質的な差異があると考えている。今回の聴覚
8)Stablum F, Umilta C,Mogentale C et al:Rehabilitaion of
弁別課題遅延群の結果に関しては、類似した情報が同時
excutive deficits in closed head injury and anterior communicationg
に入力される場合に二重課題を遂行するのが容易になる
というcross-talkモデル18)が当てはまると考えているが、
artery aneurysm patients.Psychol Res63:265−278,2000
9)呉景龍,水原啓暁,西川
一:人間の視聴覚情報の並列処理に
同時に類似した情報が提示されることによって二重課題
おける反応時間特性.システム制御情報学会論文誌14:18−25,
の遂行が難しくなるという説18)もあり今後さらに検討が
2001
必要であろう。さらに、聴覚弁別課題遅延群にとって聴
10)Schachar R,Logan G:Are hyperactive children deficient in
覚弁別課題や二重課題が容易すぎたという可能性もあ
attentional capacity? J Abnorm Child Psychol 18:493−513,1990
り、個人の最大限の情報処理能力が反応時間に反映され
11)Fuller R,Jahanshahi M:Concurrent performance of motor tasks
なかったかもしれない。この問題を解決するには本研究
and processing capacity in patients with schizophrenia. J Neurol
で用いた課題を改良し課題の難易度を高くすることが必
要である。二重課題の遂行は前頭葉との関連性が指摘さ
Neursurg Psychiatry 66:668−671,1999
12)Baddeley AD,Baddeley HA,Bucks RS et al:Attentional control
れている7)ことから、我々は刺激弁別における最終的な
in Alzheimer's disease.Brain124:1492−1508,2001
判断を行っている前頭葉に入力される情報量、つまり標
13)Dell'Acqua R,Pashler H, Stablum F.:Multitasking costs in close-
的刺激や非標的刺激の種類や量を操作することで課題の
head injury patients..A fine-grained analysis. Exp Brain
難易度を変化させ、本研究と比較していきたいと考えて
いる。
Res152:29−41. 2003
14)Verhaeghen P,Steitz DW,Sliwinski M J et al:Aging and DualTask Performance:A Meta-Analysis.Psychol
3.開発した二重課題の今後の臨床応用
Aging18:443−
460,2003
従来の二重課題法は、対象者に要求する反応が粗大運
15)Guttentag RE,Madden DJ:Adult age difference in the
動6)19)である場合や左右の1∼3指で同時にボタンを押
attentional capacity demands of letter matching.Experimental
7)
すという複雑な動作 などであり、対象者が限定される
という問題点があった。本研究で用いた方法ではこれま
Aging Research13:93−99,1987
16)Light LL,Kennison R,Prull MW,La Voie D,Zuelling A:One-
で二重課題法を実施できなかったリハビリテーション対
trial associative priming of nonwords in young and older adults.
象者に実施することが可能になると考える。また、本研
Psychology and Aging11:417−430,1996
─ ─
108
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
17)Light LL,Prull MW,Kennison RF:Dividing attention aging,and
priming in exemplar generation and category verification.
Memory&Cognition28:856−872,2000
18)Pashler H:Dual-Task interference in simple tasks: data and theory.
Psychol Bull 116:220−244,1994
19)Fearing MK, Browning CA,Corey DM,Foundas AL:Dualtask performance in right- and left-handed adults: a finger-tapping
and foot-tapping study.Percept Mot Skills92:323−334,2001
─ ─
109
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
札幌医科大学附属病院リハビリテーション部に
おける小児理学療法の現状
小塚 直樹1,谷口 志穂2,澤田 篤史2,管野 敦哉2
舘 延忠3,仙石 泰仁2,石川 朗1,横串 算敏2
平成15年4月より、札幌医科大学医学部附属病院リハビリテーション部において、発達障害を中心とし
た小児のリハビリテーション治療を開始した。開始から平成16年3月時点までに、治療に関わった症例
は21症例である。これらの症例に関して、そのプロフィールと実施した治療内容を中心に紹介し、加え
て著変を示した1症例の報告をする中で、リハビリテーション部における小児リハビリテーションの現
状と今後の展望を紹介することを本稿の目的とした。
<キーワード> 札幌医科大学医学部附属病院、小児リハビリテーション、小児理学療法
Pediatric Physical Therapy in Division of Rehabilitation, Sapporo Medical University
Naoki KOZUKA1, Shiho TANIGUCHI2, Atsushi SAWADA2, Atsuya KANNO2,
Nobutada TACHI3, Yasuhito SENGOKU3, Akira ISHIKAWA1, Kazutoshi YOKOGUSHI2
In this paper we present a current situation of pediatric physical therapy in the Division of Rehabilitation, Sapporo
Medical University. In addition, we present the results of a survey of 21 case studies and 1 detail case report. Age,
sex, diagnosis, purpose of hospitalization, content of physical therapy and so on were assessed for developmentally
disordered children under therapeutic intervention during a twelve-month period between April, 2003 and March,
2004.
Key words: Division of Rehabilitation, Sapporo Medical University, Rehabilitation for Developmentally Disordered
Children, Pediatric Physical Therapy
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:105(2004)
Ⅰ はじめに
Ⅱ 治療対象とした症例(表1)
平成15年4月から、附属病院の機能を高度化する目的の
今回報告する症例は、平成15年5月から平成16年3月末
一つとして、保健医療学部理学療法学科および作業療法学
日時点までに治療対象となった入院患者である。対象総数
科教員が直接的にリハビリテーション部の診療に参画し、
は21名、男児14名、女児7名、年齢は0歳から29歳(平均
患者に対するより高い医療サービスの提供を行ってきた。
年齢4.6±6.2歳)
、理学療法実施期間中に入院していた診療
とりわけ我々は、リハビリテーションを必要とする小児患
科は、小児科16名、脳神経外科1名、初期治療を救急集中
者に対する治療、および当該治療スタッフに対する直接的、
治療部で実施し、後にリハビリテーション科に転科した3
間接的支援を行ってきた。この経過の中で、治療対象とし
名、初期治療を第2外科で実施し、後に小児科に転科した
て関わった症例の詳細をまとめ、加えて著変を示した1症
1名となっている。
例の報告をするとともに、リハビリテーション部における
小児リハビリテーションの現状と今後の展望を紹介するこ
1.主たる入院目的(表2)
とを本稿の目的とした。
21症例の入院目的について解説する。交通事故による
多発外傷の3名(症例1、2、5)は、外傷後の全身管
札幌医科大学保健医療学部理学療法学科1、札幌医科大学附属病院リハビリテーション部2、札幌医科大学保健医療学部作業療法学科3
小塚直樹,谷口志穂,澤田篤史,管野敦哉,舘延忠,仙石泰仁,石川朗,横串算敏
著者連絡先:小塚直樹 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学保健医療学部理学療法学科
─ ─
111
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表1 21症例の疾患名と所属した診療科(平成15年4月∼平成16年3月)
症例
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
氏名
US
SM
NN
AT
SM
NS
MK
NY
YR
NY
KE
YM
HK
KH
KY
SJ
IK
TR
TY
IR
OY
初診時年齢
性別
7歳
男
7歳
女
8歳
男
2歳
男
5歳
女
1歳
女
2歳
男
5歳
男
4歳
男
8ヶ月
男
2歳
女
2歳
女
3歳
男
3歳
男
3歳
男
5ヶ月
女
4歳
男
1歳
男
29歳
男
5ヶ月
男
9歳
女
平均年齢:4.6±6.2歳
疾 患 名
PT実施期間中に所属した診療科
多発外傷
外傷性SAH・右仙骨骨折
肥満症
難治性癲癇
外傷性SAH
West症候群
化膿性髄膜炎
Leigh脳症
EBウィルス感染症
メンケス病
ウィルス性脳炎
脳炎
川崎病
精神運動発達遅滞
精神運動発達遅滞
Down症候群
小脳腫瘍摘出術後
アデノウィルス脳炎
喘息発作・癲癇
難治性癲癇
Down症候群、脳梗塞
救急集中治療部→リハビリテーション科
救急集中治療部→リハビリテーション科
小児科
小児科
救急集中治療部→リハビリテーション科
小児科
小児科
小児科
小児科
小児科
小児科
小児科
小児科
小児科
小児科
小児科
脳神経外科
小児科
小児科
小児科
第2外科→小児科
PT:理学療法、SAS:睡眠時無呼吸症候群、SAH:くも膜下出血
表2 対象とした21症例の主たる入院目的と入院期間(平成15年4月∼平成16年3月)
症例
1
2
3
4
5
6
氏名
性別
疾 患 名
主たる入院目的
入院期間
US
SM
NN
AT
SM
NS
初診時年齢
7歳
7歳
8歳
2歳
5歳
1歳
男
女
男
男
女
女
多発外傷
外傷性SAH・右仙骨骨折
肥満症
難治性癲癇
外傷性SAH
West症候群
7
8
9
10
MK
NY
YR
NY
2歳
5歳
4歳
8ヶ月
男
男
男
男
化膿性髄膜炎
Leigh脳症
EBウィルス感染症
メンケス病
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
KE
YM
HK
KH
KY
SJ
IK
TR
TY
IR
OY
2歳
2歳
3歳
3歳
3歳
5ヶ月
4歳
1歳
29歳
5ヶ月
9歳
女
女
男
男
男
女
男
男
男
男
女
ウィルス性脳炎
脳炎
川崎病
精神運動発達遅滞
精神運動発達遅滞
Down症候群
小脳腫瘍摘出術後
アデノウィルス脳炎
喘息発作・癲癇
難治性癲癇
Down症候群、脳梗塞
外傷後の全身管理とリハビリテーション
外傷後の全身管理とリハビリテーション
SAS改善手術前の減量
精査・投薬コントロール
外傷後の全身管理とリハビリテーション
1回目:精査・投薬コントロール
2回目:投薬コントロール
感染症後の全身管理
精査・投薬コントロール
感染症後の全身管理
1回目:精査・投薬コントロール
2回目:投薬コントロール
感染症後の全身管理、投薬コントロール
感染症後の全身管理、投薬コントロール
精査・投薬コントロール
精査
精査
心臓手術後の全身管理、アレルギー治療
腫瘍摘出術後の化学療法・放射線治療
感染症後の人工呼吸管理
喘息治療
精査・投薬コントロール
脳梗塞発症後の全身管理
平成15年5月7日∼7月11日
平成15年5月21日∼6月5日
平成15年5月29日∼8月8日
平成15年5月12日∼8月24日
平成15年6月3日∼7月18日
平成15年6月8日∼8月15日
平成15年10月27日∼平成16年1月29日
平成15年7月6日∼10月1日
平成15年7月7日∼8月3日
平成15年7月8日∼10月27日
平成15年7月9日∼11月13日
平成15年12月19日∼2月6日
平成15年7月18日∼9月17日
平成15年7月28日∼9月11日
平成15年8月29日∼9月10日
平成15年10月8日∼10月31日
平成15年10月15日∼10月31日
平成15年11月6日∼11月25日
平成15年11月20日∼継続中
平成15年11月24日∼継続中
平成15年11月25日∼12月4日
平成16年1月15日∼継続中
平成16年1月8日∼継続中
SAS:睡眠時無呼吸症候群、SAH:くも膜下出血
る。今回の場合、外傷や感染症による中枢神経障害を起
理と後遺障害に対するリハビリテーションである。中枢
神経の感染症や器質的損傷による脳症、脳炎、髄膜炎の
因とする運動退行に対する機能回復的理学療法が6件
6名(症例7∼9、11、12、18)は感染症および損傷後
(症例1、2、5、9、17、21)
、基礎疾患に対する精査
の全身管理、乳児難治性癲癇の3名(症例4、6、20)
や治療中の精神運動発達促進を目的とする理学療法が11
は精査と投薬コントロール、Down症候群の2名(症例
件(症例4∼6、8、10、11、12、14∼16、20)
、呼吸障
16、21)は、それぞれ心臓手術後の全身管理と脳梗塞発
害に対する理学療法3件(症例7、18、19)
、減量を目
症後の全身管理となっている。他の症例は基礎疾患に対
的とした運動療法が1件(症例3)であった。
する精査と治療を目的として、入院した。
Ⅲ 症例供覧
2.実施された理学療法(表3)
21症例に対して実施された理学療法について解説す
─ ─
112
臨床経過を本誌に掲載するにあたって、その主旨および
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
表3 21症例の理学療法に関するまとめ(平成15年4月∼平成16年3月)
症例
1
氏名
US
初診時年齢
7歳
性別
男
多発外傷
疾 患 名
PT期間
PT治療内容
2
SM
7歳
女
外傷性SAH・右仙骨骨折 2週2日
3
4
5
6
7
8
9
NN
AT
SM
NS
MK
NY
YR
8歳
2歳
5歳
1歳
2歳
5歳
4歳
男
男
女
女
男
男
男
肥満症
難治性癲癇
外傷性SHA
West症候群
化膿性髄膜炎
Leigh脳症
EBウィルス感染症
10週1日
2週2日
4週2日
10週1日目
4週6日
7日
11週
10
11
12
13
14
15
16
17
NY
KE
YM
HK
KH
KY
SJ
IK
8ヶ月
2歳
2歳
3歳
3歳
3歳
5ヶ月
4歳
男
女
女
男
男
男
女
男
メンケス病
ウィルス性脳炎
脳炎
川崎病
精神運動発達遅滞
精神運動発達遅滞
Down症候群
小脳腫瘍摘出術後
3週2日目
9週2日
6週2日
1週5日
3週2日
2週2日
1週
7週4日目
18
19
20
21
TR
TY
IR
OY
1歳
29歳
5ヶ月
9歳
男
男
男
女
アデノウィルス脳炎
喘息発作・癲癇
難治性癲癇
Down症候群
5週2日
1週1日
7週2日
5週5日
7週4日
初期:呼吸器理学療法・全身調整運動
中∼後期:運動機能改善
初期:全身調整運動
中∼後期:運動機能改善
減量改善の運動療法
精神運動発達促進の運動療法
精神運動発達促進の運動療法
精神運動発達促進の運動療法
呼吸器理学療法
精神運動発達促進の運動療法
初期:全身調整運動
中∼後期:運動機能改善
精神運動発達促進の運動療法
精神運動発達促進の運動療法
精神運動発達促進の運動療法
運動機能改善
精神運動発達促進の運動療法
精神運動発達促進の運動療法
精神運動発達促進の運動療法
初期:呼吸器理学療法・全身調整運動
中∼後期:運動機能改善
呼吸器理学療法・全身調整運動
呼吸器理学療法・全身調整運動
精神運動発達促進の運動療法
運動機能改善
退院後PT
当院外来follow中
終了
耳鼻科転科
札幌市発達医療センター
当院外来follow中
北海道立札幌療育センター
夕張市立病院転院
札幌市ひまわり整肢園
終了
滝川市子供療育センター
当院外来Follow
北海道立札幌療育センター
終了
北海道立旭川療育センター
北海道立旭川療育センター
北海道立札幌療育センター
継続中
継続中
パレット(楡の会訪問リハ)
継続中
継続中
PT:理学療法、SAS:睡眠時無呼吸症候群、SAH:くも膜下出血
人権に配慮する旨の十分な説明を行った上で、保護者より
③ブルンストロームの回復段階テスト:手指Ⅰ、上肢Ⅰ、
同意が得られた症例である。
下肢Ⅴ
④ADL:FIM→12点、基本動作→左への寝返りのみ自力
[症例1]氏名:US(男児、7歳)
、家族構成:両親と兄弟
で何とか可能であるが、その他要介助、移乗動作→全介
3人の5人家族。
助であった。
受傷機転はH15.5.7.に発生した交通事故であり、それ
による多発外傷を呈した。
⑤平衡機能:頭部のコントロール不十分、立ち直り反
①診断名:くも膜下出血、脳内血腫、瀰漫性軸索損傷、
応±、座位での平衡反応は陰性
右肺挫傷、血気胸、肝破裂、右上腕骨骨折、骨盤骨折、
[主たる問題点]
C2-3頚髄損傷(神経症状なし)
#1 右肺上葉の換気減少、分泌物貯留
②救急搬送時の全身状態:意識レベルは、GCS7
#2 心身活動性の低下
#3 右半身麻痺を伴う運動退行
(E1/M4/V3)
、バイタルサインはpulse 96/min、BP 120/-、
RR 19/min、BT36.2°、他に左呼吸音減弱、右偏視(+)
[初期評価後の理学療法プログラム]
#1に対して:換気介助と排痰を目的とする呼吸理学療
の所見があった。
法
[経過]
第10病日:weaning・気管切開施行
#2と3に対して:半座位からの起き上がり、端座位で
第13病日:理学療法開始
の重心移動による全身の賦活
[再評価]
(第32∼34病日)
第14病日:ICUより一般病棟へ転棟
第21病日:作業療法開始
①全身状態:意識レベルは、GCS15(清明)
第22病日:水分、食物の経口摂取開始、スピーチカニュ
②筋緊張:体幹と右下肢において低緊張、右下肢末梢部
ーレ使用で会話可能、右上肢シーネ除去(荷
に痙性が軽度存在する。
筋力:右上肢筋力3+、両下肢共4以上
重禁忌)
③ブルンストロームの回復段階テスト:手指Ⅵ、上肢Ⅴ、
第33病日:右上肢荷重許可
下肢Ⅴ
[理学療法初期評価]
(第13∼15病日)
①全身状態:意識レベルは、GCS11(E4/V1/M6)
、簡単
④ADL:FIM→103、
(立位場面での要介助による減点)
、
な従命可能だが、再現性や自発性が乏しい。右上葉の無
基本動作・移乗動作→自立
気肺があり、肺全体の著明な湿性ラ音が聴診できた。
⑤平衡機能:立位での平衡反応はパラシュート反応、背
②筋緊張:体幹と右上下肢において明らかな低緊張を認
屈反応不十分、背臥位で下肢協調運動障害+、両膝立ち
め、自発運動の減少と共に、片麻痺の様相を呈していた。
位・端座位で体幹協調運動障害+、歩行器を開始したが、
─ ─
113
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
監視レベル(歩幅不規則・右への重心移動不十分)であ
このような観点から、広く対応できる個々の技術力を高
った。
めることは重要であると考える。
高次脳機能検査:年齢相応と判断できた。
2.専門的小児リハビリテーションのために
[主たる問題点]
今回対象とした症例の平均年齢は4.6±6.2歳である。現
#1 右半身麻痺と協調運動障害を伴う運動退行
在使用しているリハビリテーション部のスペースは、そ
#2 体幹と右下肢において低緊張
もそも成人のリハビリテーションを想定して設計したも
[再評価後の理学療法プログラム]
#1と2に対して:ボール上での座位保持、両膝立ち位
のであり、清潔性、静粛性など小児リハビリテーション
でのボール押し、ボール蹴り、両膝立ち位、立位、片脚
を円滑に実施していく場所であるとは言い難い。乳幼児
立位の保持、重心移動(両膝立ち・立位)
、歩行器での
の治療環境として妥当なスペースが確保できることが望
歩行練習を筋緊張の調整と平衡機能の促通、協調運動の
ましいと考える。
症例1のように機能回復的な理学療法を受けた群につ
改善に配慮しながら展開した。
いては、当然の事ながら作業療法の必要性があり、作業
療法スタッフとの緊密な連携も今後の重要な課題であ
[考察]
る。また精神遅滞を伴う症例も散見されたことから、言
初期の理学療法は、ICU入所時は呼吸理学療法と全身
語療法との連携も同様に重要である。
の関節拘縮予防、全身の活性を高める調整運動を実施、
一般病棟へ転棟した後から心身活動性を高めながら体幹
を中心とした筋収縮と全身の協調性を促通することを主
3.強力なチームワークのために
目的とした。その後、心身の改善に伴い、難易度の高い
発達障害に対するリハビリテーションのように、治療
治療内容へ徐々に移行した。現在は本症例は極軽度の協
の必要性が長期にわたる場合は、幼稚園、学校など、以
調運動障害が残っているが、ADLは自立し、独歩にて復
前在籍していた施設、あるいは今後在籍するであろう施
学、特に問題なく生活している。また定期的な身体評価
設との連絡と情報交換も必要となる。現時点ではその対
と相談窓口の意味から、外来での理学療法を継続してい
応が個々の理学療法士に委ねられており、業務が繁忙し
る。
ている。理想的な大学病院の形態としては、ケースワー
カーのような専任の連絡調整係となる一つの窓口が存在
画像診断上、右片麻痺による運動障害と協調運動障害
し、十分に機能することが必要かと考える。
が予測されたため、初期からその点を考慮した治療内容
を設定し、慎重な経過観察をしてきた。本症例の運動機
今後、小児科病棟からの依頼が増加すると予想される
能の劇的な回復は、個体自身の持つ回復力もさることな
が、現在は基礎疾患に対する治療経過の情報収集、小児
がら、チームとしてその回復力を最大限に発揮させるこ
科病棟との連携作業が個々の理学療法士に委ねられてい
とができた結果と捉えている。しかしながら、頭部外傷
る。回診やカンファレンスなどの参加による効率的な情
後遺症の特徴として、長期的にみて高次脳障害や発達段
報収集と連携作業に向けた基盤作りが必要かと考える。
階における潜在していた障害の出現が懸念される1)ため、
小児リハビリテーションにおいては、個々の技術力も
今後の理学療法継続と家族や学校への指導を含め理解・
大切であるが、チーム医療を支えるシステムの力が重要
協力の必要性を感じる。
である2)。大学病院というハードウェアーとマンパワー
というソフトウェアーが有機的にかつ、輻輳的に融合す
Ⅳ 今後の展望
るシステムを構築していくことが今後の課題となる。
文 献
1.患者の動向より
今回の治療対象を検討した場合、中枢神経系の感染症、
外傷、その他を原因とする中途障害に対する機能回復的
1)加藤祝也:脳外傷の運動療法.吉尾雅春編.運動療法学総論.東
な理学療法を受けた群、先天性の中枢神経障害による発
達障害を起こし、精査や投薬治療を目的として入院して
京,医学書院,2001,p155−158
2)小塚直樹:脳性麻痺の運動療法.吉尾雅春編.運動療法学各論.
いる期間に精神運動発達促進を目的とする理学療法を受
けた群、呼吸障害に対する理学療法を受けた群に大別す
東京,医学書院,2001,p165−185
3)冨田豊:神経・筋・骨系疾患.冨田豊編.小児科学.東京,医学
ることができる。これらの患者の動向は、一般的な肢体
不自由児施設とは大きく異なるが、大学病院の機能を考
書院,2003,p74−79
4)冨田豊:感染症.冨田豊編.小児科学.東京,医学書院,2003,
えた場合、当然のことであり、今後もこの動向は引き続
くものと考えられる。したがって理学療法の守備範囲は
p127−129
5)内山靖:小脳性運動失調症の運動療法.吉尾雅春編.運動療法学
発達援助だけにとどまらず、広く網羅する必要がある。
─ ─
114
各論.東京,医学書院,2001,p139−154
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
看護学生の臨地実習における同意書のあり方に関する検討経過
−本学看護学科と附属病院看護部との検討会からの報告−
澤田いずみ1,木原キヨ子1,今野 雅子2,印部 厚子2,和泉比佐子1,井瀧千恵子1,
加藤由美子2,上林 康子1,香西 慰枝2,田中 鈴子2,萩原 直美2,林 裕子1,福良 薫1,
堀口 雅美1,松谷 涼子2,吉田 安子1,高村美智子2,稲葉 佳江1
本報告は、平成15年度、札幌医科大学保健医療学部看護学科と札幌医科大学医学部附属病院看護部が、
看護学生の臨地実習における同意書のあり方に関して検討を行った経過を報告するものである。検討の
経過において、同意書の導入には、責任体制や事故時の対応といった実習の指導体制の確立、看護技術
項目と水準の明確化が必要であることが確認された。同意書のあり方に関しての検討は、書面を用いる
か否かだけの検討ではなく、安全な実習を保障することの大切さを確認する機会となった。実習施設や
対象者の特性に応じた同意のあり方に関して検討することは不可欠と思われ、実習施設と教育機関が共
に検討しそのプロセスを共有することが重要である。1年に亘り検討を行った結果、同意に関するガイ
ドラインとして「臨地実習における同意に関する取り扱い」を作成するに至り、平成16年度の実習にお
いて同意書を導入することとなった。今後、同意書を実際に導入した際の課題について検討を進めてい
く予定である。
<キーワード> 同意書、看護基礎教育、臨地実習
The Process of Discussion about the Informed Consent Form of Clinical Practice in Undergraduate Nursing Education
−The Report from the Committee of the Department of Nursing, Sapporo Medical University and Division of Nursing, University Hospital−
Izumi SAWADA1, Kiyoko KIHARA1, Masako KONNO2, Atuko INBE2, Hisako IZUMI1, Chieko ITAKI1, Yumiko KATOU2
Yasuko KAMIBAYASHI1, Yasue KOUSAI2, Suzuko TANAKA2, Naomi HAGIWARA2, Yuko HAYASHI1, Kaoru FUKURA1
Masami HORIGUCHI1, Ryoko MATSUYA2, Yasuko YOSHIDA1, Michiko TAKAMURA2, Yosie INABA1
This report presented the process of discussion about the informed consent form of clinical practice in undergraduate
nursing education. The discussion was held in the Committee of the Department of Nursing, Sapporo Medical
University and Division of Nursing, University Hospital from April in 2003 to March in 2004. Though the process of
discussion, it was confirmed that establishment of guidance and support for nursing students and delimitation of
standard of nursing techniques were necessary in clinical practice. In other words, it was important not only to discuss
how informed consent should be done but to discuss how the safety of clinical practice should be ensured. Therefore
it is essential that educational facilities and clinical institutions discuss about informed consent suited for characteristic
of institutions and subjects. As a result of the discussion, the guide for informed consent was redacted to introduce
the informed consent form of clinical practice in September, 2004. In future, the actual problems on introduction of the
informed consent form should be explored and reviewed.
Key words: Informed Consent Document, Undergraduate Nursing Education,Clinical Practice,
Bull.Sch.Hlth.Sci. Sapporo Med.Univ. 7:109(2004)
技術教育のあり方に関する検討会報告書」1)(以下、厚労省
Ⅰ.はじめに
の「報告書」
)のなかで、看護学生の臨地実習に係る保健
平成15年3月厚生労働省より、
「看護基礎教育における
師助産師看護師法(以下、保助看法)の適用における“臨
札幌医科大学保健医療学部看護学科1、札幌医科大学医学部附属病院看護部2
澤田いずみ,木原キヨ子,今野雅子,印部厚子,和泉比佐子,井瀧千恵子,加藤由美子,上林康子,香西慰枝,田中鈴子,萩原直美,林裕子,福良薫,
堀口雅美,松谷涼子,吉田安子,高村美智子,稲葉佳江
著者連絡先:澤田いずみ 〒060−8556 札幌市中央区南1条西17丁目 札幌医科大学保健医療学部看護学科
─ ─
115
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
地実習における患者の同意を得る方法”に関して見解が示
術への指導のあり方などについて検討を行っている。
された。これを受けて、多くの看護教育機関ならびに受け
臨床実習検討会の構成メンバーは、看護学科では、各領
入れ機関において、看護学生の臨地実習における同意書へ
域(成人看護学、小児看護学など看護学の各領域)からで
の関心が高まっている2∼4)。しかし、同意書を実際に運用す
きるだけ1名以上が参加するよう構成されている。看護部
るためには、教育機関と受け入れ機関の双方で、同意書を
では、看護部副部長を始め、外科、内科、産科、小児科、
用いることの意義、患者の権利、学生の教育内容など様々
精神科等での実務経験をもった看護師長と副看護師長で構
な側面から検討し、教育機関の教育目標や、受け入れ機関
成されており、実習に関して看護学の領域を網羅した検討
の特性に見合った方法を探る過程が必要不可欠である。
が行えるメンバーである。
平成15年度において、札幌医科大学保健医療学部看護学
平成15年度の臨床実習検討会の開催状況と検討内容につ
科では、主な実習受け入れ機関である札幌医科大学医学部
いて、表1に示した。同意書のあり方に関して5回の臨床
附属病院看護部と1年に亘り、看護学生の臨地実習におけ
実習検討会が行われ、看護部、看護学科に検討内容を報告
る同意書のあり方に関する検討を行った。その結果、平成
し、各々から意見を聴取し集約していく過程を踏み、でき
16年度の実習から同意書を導入することとなった。今回、
るだけ多くの指導者と教員の意見を反映できるようにし
この検討過程を報告し、看護学生の臨地実習における同意
た。
に関する取り扱いに関して、当学科と看護部の見解を提示
Ⅲ.同意書に関する検討の目的と範囲
したい。
Ⅱ.同意書のあり方に関する検討を行った組織体制
1.検討の目的
同意書に関して検討を行うに際して、検討の目的と検
検討を行った組織は、
「本学医学部附属病院看護部と保
討課題について以下のように定めた。検討の目的は、看
健医療学部看護学科との臨床実習等の検討会(以下、臨床
護学生の臨地実習における同意書の必要性を検討し、看
実習検討会)
」である。臨床実習検討会は、本学の看護学
護学科と看護部に会としての見解を提示することとし、
生の主な臨床実習受け入れ機関である医学部附属病院看護
以下の3点を検討課題とした。
課題1:受け持ち対象者に同意書を使用することの意
部と継続的に実習に関する課題について検討する会であ
義
り、平成12年から年に5、6回の検討が行われている。年
課題2:同意を得る内容と方法の整理
度ごとに検討課題を設定し、これまでも実習評価や看護技
課題3:同意書を実際に使用する場合の課題
表1 同意書に関する検討経過と今後の予定
日程
平成15年
5月20日
7月28日
8月29日
10月∼2月
平成16年
2月10日
検討が持たれる場
第1回
臨床実習等の検討会
3月19日
囲を超える内容を含むため、検討範囲を明確にし、これ
・検討課題(同意書)の確認
を超える内容については保留課題とし、臨床実習検討会
課題1:同意書を使用することの意義
第2回
課題3:同意書を実際に使用するにあ
臨床実習等の検討会
たっての課題に関する検討
第3回
課題2:同意を得る内容と方法の整理
臨床実習等の検討会 ・現在の同意を得ている状況の確認
・現行における課題(内容)の確認
各機関における検討
看護学科 ①検討会検討内容の確認
看護部
(時臨床指導 ( 各 領 域 検
・同意書を使用することの意義について
者委員会・
討)
・同意を得る内容について
師長)
②同意を得る方法についての検討
(学内メンバ
・現行の同意を得る方法の課題
ーで集約)
・今後の、同意の得る方法について
看護部・看護学科の検討結果報告
第4回
と課題検討
臨床実習等の検討会 ・現行の同意を得る方法の課題の確認
・今後の同意を得る方法に関する検討
看護部
2月∼3月
同意書の導入の検討に際しては、臨床実習検討会の範
検討事項
看護学科
(必要時臨床 (必要時各領
指導者委員
域検討)
会・師長会)
第5回
臨床実習等の検討会
の役割はあくまでも見解提示にあると位置づけた。
2.検討範囲
臨床実習検討会で検討する範囲については次のように
定めた。本会で検討する同意を得る対象は実習で受け持
ちを依頼する患者(対象者)とした。それ以外の同室患
者、及び同病棟の患者への同意、事故発生時の対応等に
関する施設間での同意、地域実習における地域住民に対
する同意等については、今回の検討内容から除外し、保
留課題とした。
Ⅳ.同意書に関する検討経過と結果
各機関(看護部・看護学科)への
検討結果の提供と調整意見の収集
最終見解のまとめ
①同意書を使用することの意義
②同意を得る内容と方法
(同意書のあり方に関する提案を含む)
③同意書を実際に使用する場合の課題
④保留課題の確認
上記の3点の課題について以下のように検討がなされ
た。
1.受け持ち対象者に同意書を用いることの意義について
─ ─
116
検討の過程で、同意書を用いることの意義については
以下の意見が出された。
1)対象者に説明する際に書類があったほうが分かりや
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
正当性、手段の相当性をもって行われることの3点を挙
すく説明できる。
げている1)。また、実習目的や手段の正当性を明確にし、
2)誰が、いつ、何を、どのように説明したのかが明確
なものとして記録に残る。
対象者にわかりやすく説明したうえで、同意を得るため
に書面を用いることも一つの方法であるとしている。検
3)どのようなことが行われるのか、断ることや中断し
ても差し支えないことなどについて、対象者に文面
討結果からも、実習の指導体制を確立し、対象者の安全、
をもって明確に説明されることで、対象者が主張し
権利を保障するために同意書は意義があることが確認さ
やすくなるなど権利を保障することになる。
れた。
4)学生に対する教育的メリットとして、学習としての
実習が保障されることになり学生に安心感を与え
る。さらに、対象者に協力を求めたい内容が伝わる
ことで、学生が実習をイメージしやすくなり、学生
の積極性を引き出したり、学生が対象者に対する責
任について確認したりする機会になる。
5)教員や実習指導者にとって、学生への教育・指導の
責任を確認する機会となる。
6)実習施設・実習指導者並びに対象者が、学生が実習
することの意義を理解する機会となる。
以上のように、同意書は、①大学ならびに教員、実習
施設ならびに実習指導者、そして学生が、対象者に対す
る責任と実習の意義を確認するために意義があること、
②これらの責任と対象者の持つ権利について対象者にわ
かりやすく説明するために意義があることが確認され
た。厚労省の「報告書」では、保助看法の学生への適用
の考え方として、臨地実習における患者の同意、目的の
表2 臨床実習において受け持ちとなることに同意を得る内容
1.実習開始にあたり受け持ちとなることの諾否の確認
2.受け持ちになることへの同意を得るにあたっての説明事項
①学生の学校名、学年、学習の習熟度、実習目的、実習期間
②学生に受け持たれていることに対する質問・不快感等をいつで
も表現できることの保障
③学生に受け持たれることを断る権利の保障
④学生が実習で行う看護の内容および実施するときの条件
i)実習で行う看護の内容
ii)実施するときの条件−看護師の指導のもとに実施すること
⑤男子学生(特に産科で)が受け持つ場合
⑥個人情報は対象者の援助を行う者の間では共有されるが、それ
以外の者に対しては情報は漏れないことの保障。
⑦学生が無資格者であることについて
⑧対象者に受け持ちとなってもらうことの意味について
3.実習中に、適宜同意を得ている事項
看護師は全ての看護行為について説明・確認・同意を得てから
行っており、学生が一緒に行う場合も同様にそれぞれの看護行
為を行う際に同意を得ている。
臨地実習説明書の例
臨地実習同意書の例
○○看護学校○年生の○○実習にあたり、平成○年○月○日よ
り平成○年○月○日までの間、受け持ちとして日常生活の援助及
び診療の補助等の看護援助をさせていただきたく存じます。
なお、学生の臨地実習は、以下の基本的な考え方で臨むことに
しております。看護教育の必要性をご理解いただき、ご協力をお
願いいたします。
私(患者)は、○○看護学校○年生(学生氏名)が、
1:学生が看護援助を行う場合、事前に十分かつ分かりやすい説
明を行い、患者・家族の同意を得て行う。
とおり説明を受け、納得したので同意します。
○○病院○○病棟における臨地実習において私(患者)
の受け持ちとなり、看護援助を行うことについて別紙の
2:学生が看護援助を行う場合、安全性の確保を最優先とし、事
前に教員や看護師の助言・指導を受け、実践可能なレベルに
まで技術を修得させてから臨ませる。
3:患者・家族は、学生の実習に関する意見や質問があれば、い
つでも教員や看護師に直接たずねることができる。
4:患者・家族は、学生の受け持ちに同意した後も、学生が行う
看護援助に対して無条件に拒否できること。拒否したことを
理由に看護及び診療上の不利益な扱いを受けない。
5:学生は、臨地実習を通して知り得た患者・家族に関する情報
については、これを他者に漏らすことがないようにプライバ
シーの保護に留意する。
日付:平成 年 月 日
患者氏名:
代理同意人氏名:
日付:平成 年 月 日
説明者:実習施設 氏名
学校養成所 氏名
図1.厚労省「報告書」による「臨地実習説明書の例」と「臨地実習同意書の例」1)
─ ─
117
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
2.同意を得る内容について
行う看護援助を行う場合の安全確保について(指導
同意を得る内容の検討にあたっては、まず、現行の口
責任)
、③対象者・家族の質問する権利の保障、④
頭で同意を得ている内容の確認を行い、さらに課題につ
対象者・家族の実習を断る権利の保障、⑤対象者・
いて検討を行った。結果として挙げられた受け持ち対象
家族のプライバシーの保護に関することとした。説
者に同意を取るべき内容を表2に示した。
明主体は実習施設と大学の連名とし、各施設説明者
実習の諾否を得るには、実習の意義、実習の内容、指
の署名の欄を設けた。
導体制、個人情報の扱われ方、質問することと断る権利
・「臨地実習同意書」には、学校名、学年、学生氏名、
の保障の説明が必要であることが確認された。これらの
施設名が明記され、対象者の実習に同意する意向を
内容は、厚労省の「報告書」にある「臨地実習説明書の
示す文書と対象者または代理同意人、連署人の署名、
例」と「臨地実習同意書の例」
(図1)の内容をほとん
日付で構成されるものとする。厚労省の「報告書」
ど網羅していることが確認された。ただし、具体的な説
で示された同意書には「連署人」の記載はないが、
明内容については実習の目的や実習の場によって異なる
対象者が未成年者の場合には保護者の同意も必要と
ものであり、看護学の各領域、実習施設、対象者の特性
考え、連署人の署名欄を設けた。
(小児や痴呆のある高齢者など)により、説明内容は考
(2)同意書の用紙と保管場所
慮されるべきである。いずれにせよ、同意書を用いるに
同意書は3枚綴りとして、同意人、実習施設管理者、
しても口頭で行うにしても、上記の内容を対象者にわか
大学実習責任者が各々保管することとした。
りやすく説明した後に同意の諾否を得ることが必要であ
3)同意を得る具体的な方法について
ることが確認された。
同意書を用いて同意を得る場合の具体的な方法につ
いて、いつ、誰が、だれに、どのように、何を行うか
3.同意を得る方法について
に関して検討し、結果を表3にまとめた。
「誰が」説
1)同意書を用いるか否かについて
明を行うかについては、本来ならば実習指導者と教員
同意書を用いるか否かについては、①社会情勢から
の両者で対象者のところへ赴き説明をするべきであ
見て同意書を用いて得るのが妥当であるとする見解
る。しかし、両者が同時に説明しなくとも説明責任を
と、②書面による同意が望ましいが現行では難しく
果たせることと、同時に実施することの実現困難性も
(対象者の特性、家族の状況、同意書に慣れていない
考え、aからdの4通りの方法を案とした。いずれに
文化により)
、口頭での同意または「必要時、書面に
せよ、実習指導者と教員が対象者を訪れ、実習につい
よる同意を実施する」としてはどうかとの見解の2つ
表3 同意を得る方法に関する当検討会の指針
が出され、これらについて検討がなされた。
同意書を用いることは臨床場面では定着してきてい
ること、実習の受け持ちを断れることを知らずに我慢
していた患者の事例、精神科領域での同意書の実施の
例などが挙げられ、以下の結論に至った。
対象者に同意を得る際には同意書を使用したほうが
より分かりやすく説明を行えると考えられること、ま
た、国民の権利意識及び医療に対する安全への関心が
高まってきている時代であることから同意書は必要と
考えた。同意書を得られない場合には実習の依頼はし
ないことを基本とした。しかし、現状においては、対
象の特性により、同意書を用いて同意を得ることが困
難な場合もありうると考えた。その際には、同意書を
用いない根拠と、同意書の代わりに同意を得た方法を
記録として残すことが必要であると考えた。
2)同意書の内容について
討論の結果、同意書の内容は基本的に厚労省の「報
告書」で示された「臨地実習説明書」と「臨地実習同
意書」に若干の訂正を加えて用いることで合意された。
(1)
「臨地実習説明書」と
「臨地実習同意書」の構成要素
・「臨地実習説明書」の基本項目は、①学生が行う看
護援助についてそのつど同意を得ること、②学生が
内 容
施設で対象者を選定した時点で。
(できる限り実習開始前)
a.入院中の管理責任者である師長が行う。
b.対象者と接する機会の多く、信頼関係の築かれてい
る看護者が行う。
だれが
c.施設によって異なると考え、もっとも対象者または
対象者の家族の関係の取れている人が望ましく、施
設の判断にゆだねる。
d.師長または看護スタッフと教員が共に説明を行う。
基本的には対象者本人に同意を得るものとする。ただし、
以下の場合は、連署人もしくは代理同意人に同意を得る
ことにする。
a.対象者が未成年者である場合には、連署人として必
ず保護者の同意を得ることにする。
b.発達段階(新生児など)および認識力等の問題から
だれに
対象者本人に同意を得ることが難しい場合には、代
理同意人として家族もしくはそれにあたる者から同
意を得ることにする。
c.精神科領域では、病状や入院形態を考慮し、同意を
得る対象と連署人の必要性について、主治医・看護
者と協議し決定する。
a.文書及び口頭で同意を得ることとし本人・家族とも
同意書に署名を得られない場合は原則として実習を
依頼しない。
どのように
b.文書を用いず同意を得た場合は、文書を用いなかっ
た根拠と同意を得た手続きについて記録として残す
こと。
同意を得る内容(表2)について、文書(「臨地実習説明
なにを
書(案)」と「臨地実習同意書(案)」参照)を用いて説
明をする。
─ ─
118
方法項目
いつ
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
ての説明を行い、対象者からの同意をその後に得るこ
行為を実施する場合の同意書について検討が必要であ
とは言うまでもない。
る。
「誰に」については、本人であることが基本である
Ⅴ.具体的ガイドラインの作成
が、前述通りに対象者が未成年者である場合には連署
人として保護者の署名を必要と考えた。また、新生児
や認識力等の問題から本人からの同意が困難な場合に
以上のような検討経過と結果を最終報告としてまとめ、
は、代理同意人の署名が必要と考えた。精神保健福祉
看護部並びに看護学科に提示した。この最終報告を受けて、
法適用の病院においては、法律が定める入院形態を考
看護部長と看護学科長が協議し、検討会で保留となった検
慮する必要があると考え、同意を得る方法については
討課題の解決と実施に向けて、
「臨地実習における同意に
主治医、病棟スタッフの判断を必要とすると考えた。
関する取り扱い」
(以下「取り扱い書」
)を作成するに至っ
以上、同意を得る方法について述べたが、これらは
た。
あくまでも基本的な考え方であり、具体的方法につい
上記の「取り扱い書」は、①保健医療学部と看護部の
ては、実習の特性に応じて、各領域・受け入れ施設間
「臨地実習における同意」に関する合意書、②臨地実習で
での討論が必要である。また、同意書を用いる際の具
の同意に関する取り扱い方法、③臨地実習における看護技
体的なガイドラインが領域、施設ごとに必要と考えら
術項目と水準、④保健医療学部と実習施設における臨地実
れた。
習に関わる責任体制ガイドラインで構成されている。①の
合意書は看護部長と保健医療学部長が取り交わす書面であ
4.同意書を用いる際の今後の課題について
り、臨地実習における同意のあり方について、施設責任者
同意書を用いて同意を得る場合、今後さらに詳細な検
が責任を持っていることを意味している。②は、合意書に
討を要する課題ならびに保留となった課題として以下の
よって交わされた同意の手続き方法と内容を教員と実習指
点が挙げられた。
導者が実際的に運用していくために作成した(資料1)
。
1)学生に習得させる看護技術の範囲ならびに指導体制
③は、検討課題でも挙げられていた看護技術の水準につい
「臨地実習説明書(案)
」の「実践可能なレベルに
て記されたもので、厚労省の「報告書」による、
「臨地実
まで技術を習得させて」という文章については、この
習において看護学生が行う基本的な看護技術水準」を参照
ような実習体制をどのようにつくるかについての検討
に提示しているが、現在領域ごとに検討しており、実習開
が重要である。また、体験させる看護技術の範囲につ
始までに作成予定である。④は、指導・監督責任体制(資
いて大学側が明確な方針を示すことが課題である。
料2)
、実習中の事故に関する考え方、事故発生時の対応
2)実習施設と大学の実習に対する責任のあり方
について記されている。実際に使用する臨地実習説明書と
「臨地実習説明書(案)
」の署名者は病院、大学が
同意書を資料3に示した。附属病院での実習においては、
連名となっており、同意書の内容については両方が責
複写式の用紙が作成され使用される予定である。また、検
任をもっているという意味づけとなる。同意書の説明
討課題であった受け持ち以外の対象者への同意や利用者へ
における教員の参加の仕方、事故時の対応も含めた施
の周知についても、院内及び実習病棟内に教育機関として
設側・大学側が持つべき責任のあり方については検討
の協力依頼について掲示する方向で、準備が進められてい
課題である。
る。
この取扱書に基づき、平成16年度10月の実習より、臨地
また、施設間で取り交わす契約において、施設責任
者、大学責任者にそれぞれどの職位者が記されること
実習において同意書を導入する予定である。
になるのかに関しても、今後の検討を要する。
Ⅵ.おわりに
3)集団を対象とする場合の同意のあり方
地域住民のような不特定多数の対象者に同意を得る
ことは困難であり、地域看護など地域住民や集団を対
象とした場合、考え方の整理が必要である。
今回、検討過程を終えて強調したいのは、同意書のあり
方に関しての検討は書面を用いるか否かだけの検討ではな
4)受け持ち以外の対象者への同意に関わる実習施設の
オリエンテーション
かったという点である。検討を行う過程において、安全な
実習を保障することの大切さを再確認し、同意を得る方法
受け持ち以外の対象者への同意については、実習施
に関しての課題とともに、指導の責任体制や事故時の対応
設が入院案内などに教育機関である性質を併せ持って
といった実習の指導体制についても振り返る機会となっ
いることを明文化したり、入院時オリエンテーション
た。実習施設や対象者の特性に応じた同意のあり方に関し
で説明するなどの必要性について検討を要する。
て検討することは不可欠と思われ、実習施設と教育機関が
5)侵襲性の高い看護行為の同意に関する検討
共に検討しそのプロセスを共有することが重要である。
受け持ち以外の対象者に対して、侵襲性の高い看護
─ ─
119
今後は実施を通して、実施に関する評価を行うとともに、
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
新たな課題についても検討を進めていきたいと考えてい
る。
文 献
1)厚生労働省医政局看護課:看護基礎教育における技術教育のあり
方に関する検討会報告書.2003
2)正木治恵:「看護基礎教育における技術教育のあり方に関する検
討会」報告書をめぐって.看護展望28:50−55,2003
3)茂野香おる:「看護基礎教育における技術教育のあり方に関する
検討会報告書」を読んで.看護教育44:644−647,2003
4)木村光江:臨地実習において学生が行う看護技術の法的根拠.看
護教育3:195−200,2004
資料1
札幌医科大学保健医療学部
①対象者が未成年者である場合は、対象者本人の他、連署人として必ず保護者の同意を得る。
②発達段階(新生児等)及び/あるいは弁識力等の問題から対象者本人の同意が困難な場合は、代理同意
臨地実習での同意に関する取り扱い方法
人として家族またはそれに相当する者から同意を得る。
③精神科領域では、病状や入院形態を考慮し、同意を得る対象と連署人の必要性について、主治医・看護
学生の臨地実習において、その対象者の人権擁護と実習関係者の責任遂行のために対象者への説明と同意
に関して以下のような方法で行う。
者と協議し決定する。
4)口頭で同意を得た場合は、「臨地実習同意書」(備考欄)に文書を用いなかった理由と同意を得た手続き
について記録し保管する。
1 目的
5)受け持ち対象者への説明と同意は、「臨地実習説明書」(様式1)・「臨地実習同意書」(様式2)・「看護技
1)学生の受け持ち対象者の権利を保障するために、対象者から同意を得るまでの過程を明確にする。
術項目と水準」(別紙1)を用い、以下①∼⑨の内容を保証する。なお、同意書を用いない場合においても、
その過程とは、対象者の決定に際し、大学及び/あるいは実習施設の実習担当者が学生の実習目的と内容
必要に応じて以下の説明を行ってから同意を得る。
を十分に説明し理解を得た上で、その同意を書面によって得ることをいう。
①学生の氏名、学校名、学年、学習の習熟度、実習目的、実習期間
2)対象者と学生に対し、実習の意義、及び看護実践の範囲と指導・監督の責任を明確に示す。
②対象者を受け持つことに関する学習上の意義
3)大学学部と担当教員、実習施設ならびに実習指導者の各々の責任範囲を明確にする。
③学生に受け持ちに対して、対象者・家族はいつでも質問や意見、不快感等を表現できる
④学生の受け持ちについて、いつでも断る権利
2 同意の対象となる範囲と種類
⑤学生からの質問などで、話したくないことは黙秘する権利
1)学生の受け持ち対象者には、受け持ちに際し同意書を得ることを原則とし、日々の看護行為においては
⑥対象者・家族の個人情報が対象者のケアを行う者の間で共有されることの承諾と、それ以外に情報は漏
随時口頭で説明し同意を得て行う。
洩されないこと
2)受け持ち対象者以外の看護行為は、随時口頭で説明と同意を得る。
⑦学生が実習で行う看護行為及び実施時の条件(別紙1「臨地実習における看護技術項目と水準」)
ただし、これらの説明と同意、看護の内容、指導状況の要点は所定の記録に留めておく。
⑧学生の看護行為は、その都度説明と同意を得る
実習用記録用紙例
⑨学生は無資格者であるため、安全確保の指導・監督体制
札医大保健医療学部看護学科 学年 学生名 ○○○○○○ 月日
患 者 名
看護援助の内容
指導監督状況
指導者サイン
なお、男子看護学生の場合は、これらの説明の上で看護行為及び実施時の条件などについての対象者の心
情を傾聴し、十分配慮する。
4 同意書の作成と保管
同意書は、「臨地実習説明書」・「臨地実習同意書」(両面式)をもって一式とする。
1)「臨地実習説明書」への署名は、大学の担当教員と実習施設の説明当事者の署名によって成立する。
日付は、説明日を記載する。
2)「臨地実習同意書」は、実習期間内に提出されることを原則とする。日付は、同意を得た月日を記載する。
備考欄は、受け持ちに当たって記録するべきと実習関係者が判断した事柄、途中で断られた場合、継続困
3 同意の手続き方法
難と実習関係者が判断した場合は、その日付と理由を記載する。
受け持ち対象者の同意は文書によって得る。同意書が得られない場合は、実習への協力依頼を行わないこ
3)同意書の保管は、原本とその複写2部とする。原本は実習施設側が、複写は大学及び同意人が保管する。
とを原則とするが、実習の特性によっては以下の指針に基づき大学の担当教員と実習施設関係者とで協議し
保管方法は、大学側は各科目責任者が保管する。実習施設は施設側の対応方法をもって行う(例:他の同意
柔軟に対応する。
書と同様にカルテに保管)。
1)受け持ち対象者を選定した時点で同意を得る。対象者の選定は、原則として実習開始前に決定するよう
努力する。
5 本学看護実習における責任体制
2)説明と同意は、大学及び実習施設双方の事情、実習の特性などを考慮して以下のいずれかの方法で行う。
大学と実習施設における本学看護実習の責任体制は、「別紙2 保健医療学部と実習施設における看護実習
①入院病棟の管理責任者である看護師長が行う。
責任体制ガイドライン」を基本に考える。
②実習施設側の判断のもとに、他の看護関係者(看護有資格者)等が行う。
(平成 16 年7月作成)
③実習施設の看護関係者等と大学の担当教員が一緒に行う。
3)同意を得る対象は、原則として受け持ち対象者本人である。ただし、以下の場合は連署人もしくは代理
同意人に同意を得る。
資料1.臨地実習での同意に関する取り扱い方法
─ ─
120
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
資料2
札幌医科大学保健医療学部
2 学生の実習中の看護事故に関する基本的考え方
ここでいう看護事故(過誤を含む)とは、看護学生が行った援助行為により、対象者に何らかの身体的危
別紙2
保健医療学部と実習施設における臨地実習に関わる責任体制のガイドライン
害を加えた状況をいう。
以下に、看護実習における指導・監督責任の根拠となる基本的な考えを示す。
本別紙では、札幌医科大学保健医療学部看護学科担当教員と各実習施設の指導者が学生指導するにあたり、
各々の指導・監督体制のガイドラインを示す。また、大学及び担当教員、実習施設及び実習指導者の責任の
無資格者である看護学生の看護行為については、①∼③の条件を満たすことが求められる。
あり方、看護事故時の対応方法についてのガイドラインを示す。
①臨地実習は看護師をめざす学生が必要な技術を修得する上で必須の学習である。看護行為はその目的に適
って正当であること
1 指導・監督責任体制
②実習での看護技術が療養上の世話または診療の補助として一般の看護業務に準じて相当な行為であり、教
大学担当教員と実習指導者の指導・監督は以下のような体制で行うことを基本とする。
育機関及び実習施設の指導監督のもとで行われること
③患者・家族の同意のもとに実施されること
看護学生による事故は、これらの条件整備の是非、あるいは事故の形態や過失の程度によってその責任の
表 実習時の指導・監督体制
実習指導者(実習施設側)
所在が問われることになる。
担当教員(大学側)
・実習施設に関するオリエンテーション
・実習全般の教育計画とオリエンテーション
・対象者の選定
・対象者選定にあたっての学習進度に係る責任
・説明と同意に関する対象者への責任
・説明と同意に関する対象者への責任
・具体的な看護援助に関する指導・監督
・看護過程の指導
対象者への実施と安全性に関する責任
学生の学習過程と内容の習熟度に関する責任
・看護過程の指導
・具体的な看護援助に関する指導・監督
健康課題/看護問題と援助計画の妥当性に関する
安全に実施するための指導責任
<参考>
1 看護学生の責任
・看護学生は対象者に対し、安全に看護行為を実施する注意義務を有する。
ただし、その注意義務は学生の学習レベルにおいて行いうる範囲と程度に限られる。
・学生であっても、事故発生時の過失が重大なときは法的責任の対象となりうる。
2 実習施設側の責任
説明と同意を含む実施前後の安全性に関する責任
指導
・実習全般に関わる責任
実習指導者が十分な指導を行ったにも拘わらず学生に重大な過失があったり、教員の教育指導が徹底してい
なかった場合は、実習施設から学校側に対し、求償権を行使される可能性がある。
学生と指導者間の調整など
3 教員の責任
・実習期間中の生活指導
・教員は、学生が看護事故の当事者である場合は指導監督義務の懈怠として責任を問われることがある。
・実習評価(最終責任)
・実習評価
・学生が事故を起こした場合の対象者に対する第一義的責任は実習先である病院等の施設である。 ただし、
その内容は、事故があった場合の指導上の責任や、受け持ち対象者の選定及び実習内容の判断ミス等である。
1)非常勤実習教員は、実習期間での学生指導業務にのみ責任があり、学生の生活指導、教育全般、実習評
価に関する最終的責任は大学教員にある。
参考:厚生労働省「看護基礎教育における技術教育の在り方に関する検討会報告書」
2)学生の行う看護援助の指導監督は、本学「看護技術項目と水準」を指針として判断する。
杉谷藤子:「看護事故」防止の手引き、日本看護協会出版会、
ただし、対象者及び学生の特性によって、個別的に実施する際の看護技術の水準は異なるため、 一律に水
石井トク:看護と事故防止、医学書院
準のみで判断することは困難である。そのため、学生の対象者への援助の実施及び実施時の指導・監督体制
は、学生の学習進度・習熟度、対象者の状況(発達段階、健康状態の重篤性や特殊性、意思、精神状態等)
から安全面を総合的に判断し、決定する。
3)医療機関において、学生が受け持つ対象者・家族に対する主たる責任は、実習指導者、病棟看護師長、
看護部長、病院長にある(最終的には医療契約に基づく)。
それ以外の施設では、当該施設における保健医療活動の責任者にある。
4)実習中の学生の行動に対する監督責任は、大学の担当教員、当該科目担当責任者、看護学科長、保健医
療学部長、学長にある。
なお、ここでいう対象者とは、実習目的に則って看護学生が直接的に看護援助を行う入院患者、保健医療福
祉施設入所者、在宅療養者、学生の保健活動の対象となった小集団などをさす
資料2.保健医療学部と実習施設における臨地実習に関わる責任体制のガイドライン
資料3
様式1
様式2
臨 地 実 習 説 明 書
臨 地 実 習 同 意 書
札幌医科大学保健医療学部看護学科 年生の 実習にあたり、平成 年 月
日から平成 年 月 日までの間、 様の受け持ちとして日常生活の援
助及び診療時の看護援助をさせていただきたく存じます。
なお、学生の臨地実習は、以下の基本的な考え方で臨むことにしております。看護
私は、札幌医科大学保健医療学部看護学科 年生学生 が、 病院 病
教育の必要性をご理解頂き、ご協力をお願い申し上げます。
棟における臨地実習において、私の受け持ちとなり、看護援助を行うことについて別紙
1.学生が看護援助を行う場合、事前に十分かつ分かりやすい説明を行い、同意を得
て行います。
のとおり説明を受け、納得しましたので同意します。
2.学生が看護援助を行う場合、安全性の確保を最優先とし、事前に教員や実習指導
者の助言・指導を受けてから臨ませます。
3.学生の実習に関する意見や質問がありましたら、いつでも教員や実習指導者、あ
るいは看護責任者に直接たずねることができます。
日付:平成 年 月 日
患 者 氏 名:
4.学生の受け持ちに同意した後も、学生の行う看護援助に対して無条件に拒否する
ことができます。また拒否したことを理由に看護及び診療上の不利益な扱いを受ける
代理同意人または
ことは決してありません。
連 署 人 氏 名: (続柄 )
5.学生は、臨地実習を通して知り得た個人的情報について、これを他者に漏らすこ
とのないようプライバシーを保護することを約束します。
本書は、1週間以内に大学教員、看護師長あるいは看護関係者に提出して下さいますよ
うお願い致します。
備考
日付:平成 年 月 日
説明者:
実習施設:
役職・氏名(自署):
札幌医科大学保健医療学部看護学科
役職・氏名(自署):
資料3.臨地実習説明書と臨地実習同意書
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札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
平成15年度大学院保健医療学研究科修士・博士論文要旨
学 位 の 種 類 看護学修士
氏 名 恩 田 和 世
学位授与年月日 平成16年3月31日
学位論文の題名 看護専門職としての臨床判断能力の教育背景による特徴
−高等学校看護専攻科と大学の卒業生の事例解釈から−
論文審査担当者 主査 稲 葉 佳 江
副査 影 山 セツ子 杉 山 厚 子
緒 言
看護者の臨床判断能力は看護の質を左右する。近年の看護に対する社会からの要請と、それに応えるべく看護の質の
向上をめざし、看護の大学教育化が急進している一方で、2002年の高等学校5年一貫看護師教育の開始、准看護師教育
の併存など、さまざまな教育体制のもとで臨床看護師を育成している現状がある。これまで臨床看護における教育の影
響を分析した研究はあるが、臨床判断能力の教育背景による特徴を分析した研究、特に高等学校における看護教育との
関係をみたものはほとんど見あたらない。看護における様々な教育背景は、臨床実践に影響を与えるのではないかと考
える。
研究目的
今後の看護教育への示唆を得ることを目的に、事例の状況やケアの必要性・方法選択などの知識を活用した分析・総
合の過程とその根拠づけや関連性などの科学的思考性と倫理的側面から、教育背景による臨床判断能力の特徴を明らか
にする。
研究方法
対象は高等学校看護専攻科と看護系大学の卒業後2、3ヶ月の臨床看護師(以下、高卒者、大卒者という)各6名の
12名である。方法は事例を用いた半構成的インタビューによりデータを収集する質的研究で、解釈的アプローチを用い
た。使用したのは褥瘡裁判の事例を初学者でもわかりやすいように身近なデータと患者の経過を追加し改変したもので
ある。質問内容は、褥瘡発生の予測される時期、褥瘡悪化の原因、悪化予防のための対策についてで、分析は質問の3
つの観点と回答全体から対象の捉える倫理的側面を抽出した4観点から行った。研究期間は2003年6月8日∼7月13日
であった。研究の倫理的配慮として、対象者には参加・中断の自由、データの取り扱い、発表の際の個人情報の守秘な
どを確約し、十分説明の上同意書を得、承諾を得てインタビュー内容を録音した。
結 果
褥瘡発生の時期の予測では、両者とも搬送された時点と述べた。しかしデータの科学的解釈、根拠づけにおいて、両
者とも直接目に見えるアルブミンやヘモグロビンの低下、意識障害や運動麻痺などのデータは活用していても、身長・
体重から予測される骨突出や高齢者の身体状況、高血圧持続による脳出血再発の生命の危機については言及していなか
った。また、褥瘡悪化の原因や悪化予防の対策では、高卒者は褥瘡部の清潔・除圧など具体的ケアに視点をあて、円座
の使用やマッサージの弊害を指摘していたのに対し、大卒者は栄養低下、ADL拡大の必要性など全身的ケアに目を向
け、その改善のための医療チームの協働等に言及していた。さらに看護の倫理的側面では、大卒者は患者の夫に日常生
活の世話を任せていることに批判的で看護の欠如を指摘しており、看護業務の範囲の自覚や看護者としての責任を強調
していたが、高卒者は家族を含めたケアを容認し、看護の責任という点の指摘はほとんどなかった。
考 察
今回の結果から、高卒者は局所的なとらえで、大卒者は全体的なとらえをしていることが明らかになった。臨床判断
には、多くの知識を統合し、データからその対象に生じている状況を読みとり解釈し、援助に生かす知的活動である科
学的思考に加え、対象の尊厳を守り権利を擁護し、最良のケアを行うための他職種との協働等、倫理的に判断すること
が必要となる。看護職に必要とされる他者への理解や愛情、職業意識などは成人期以降の確立といわれている。対象と
した高卒者の学習する時期には現実認識、物事の客観的把握、問題対処能力は十分備わっているとはいえない。また、
思春期・青年前期には具体的・実際的学習はできても、抽象的・概念的学習は困難である。今回の結果にあらわれた高
卒者の褥瘡部位に視点のあたった原因追求・対策と、大卒者の全体的・総合的アプローチの違いは、教育目的そのもの
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札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
の相違性に加え、学習者の発達的特性によると考えられる。
結 論
教育背景により臨床判断の視点に特徴があり、高等学校看護専攻科修了者は直接褥瘡部位に視点があたり、局所的・
現実的とらえであるのに対し、看護系大学卒業者は全体から広い視野で看護並びに対象を捉えていることが明らかとな
った。それは学校の教育目的と学習者の発達的特性によるものと考えられる。以上のことから、看護という高度に専門
的な職業に関する基礎教育では、学習者の人間的成熟が必要であり、認知的発達に加え社会性や道徳性の獲得が十分と
はいえない学習者の発達的特性から、思春期・青年前期における看護教育の改善点が示唆された。また今後ますます質
の高い臨床判断能力を求められる看護の社会性からも看護教育の制度上の課題が明らかになった。
学 位 の 種 類 看護学修士
氏 名 今 崎 裕 子
学 位 授 与 月 日 平成16年3月31日
学位論文の題名 緊急帝王切開を体験した女性の出産後約1年半までの心理状態
論文審査担当者 主査 丸 山 知 子
副査 石 塚 百合子 大日向 輝 美
緒 言
緊急帝王切開(以下緊急帝切)は女性にとり予測しない手術分娩であり、出産後の感情に影響することが報告されて
いる。また、スウェーデンの調査では緊急帝切をした女性は不本意な出産体験となり、産後1年にわたりトラウマとし
て残ることが報告されている。しかし、わが国における緊急帝切を体験した女性に関する研究は、わずかでありその心
理状態についても明らかではない。今後さらに医療の高度化が進み、ハイリスク出産による緊急帝切の増加が予測され
ることから、このような出産体験をした女性のケアを充実することは重要な課題と考える。
研究目的
緊急帝王切開を体験した女性の出産後約1年半までの心理状態を構成する因子の抽出とその関連性を明らかにする。
研究方法
本研究はグラウンデッド・セオリー・アプローチを参考にした質的帰納的方法を用いた。
1.対象:札幌市内の1施設に研究協力を依頼し、紹介された緊急帝切の出産後約1年半までの研究に同意の得られた
女性。
2.データ収集:60∼90分の半構成的面接を行い了解を得たうえでテープに録音した。
面接内容は「緊急帝王切開を体験した時から現在までの気持ち」について自由に語ってもらった。
3.データ分析:分析はデータを抽象的に解釈しコード化した。またコード間の比較を行いながら類似性と相違性に従
って分類しサブカテゴリー、カテゴリーを抽出した。
倫理的配慮
研究協力を辞退することで不利益が生じないこと、途中での辞退や質問に対する答えを拒否できることを保証し、プ
ライバシーの保持を約束した上で同意書にて承諾を得た。
結果および考察
対象者は、緊急帝切後1年1ヶ月∼1年7ヶ月までの女性5名で、年齢は27歳∼33歳、出産時の妊娠週数は38週∼41
週であった。緊急帝切の適応は全員が胎児仮死であり、自然流産の既往のある者が1名いた。
分析の結果、≪緊急事態に伴うパニック状態≫、≪医療者の対応に対する反応≫、≪緊急帝王切開分娩になった自責
の念≫、≪緊急帝王切開への反応と母親としての不全感≫、≪夫と周囲の人から受けるサポートのやすらぎと期待≫、
≪生活のゆとりによる子育てのつらさから喜びへの変化≫の6カテゴリーを抽出した。
対象者全員が出産時の状況について「頭の中がからっぽで何も考えられない状態」といった≪緊急事態に伴うパニッ
ク状態≫であった。その状況に対し、≪医療者の対応に対する反応≫として緊急帝切に関する医師の説明不足への怒り
や判断に対する疑問が表出された。これらが、産後1∼2ヶ月間の緊急帝切に対する恐れや不安に繋がったと考える。
このことから、手術直後から退院までの期間に緊急帝切に対する十分な説明が必要性と考える。次に≪緊急帝王切開分
娩になった自責の念≫は、正常出産である経膣分娩ができなかったということによって生じており、同時に帝王切開に
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札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
よって母親になりきれていないという気持ちの≪母親としての不全感≫があった。この背景には女性自身の出産や母親
に対するイメージや期待、さらに夫の言動が影響していた。この因子は≪夫と周囲の人から受けるサポート≫や子育て
への慣れによる生活のゆとりと子どもの元気な成長によって次第に≪子育てのつらさから喜び≫へと変化していた。こ
のような否定的感情から肯定的感情への転換の時期は産後3ヶ月頃であった。その頃を境に子どものかわいさ、母とし
ての喜びを実感し≪緊急帝王切開への反応≫として「創部は出産の証拠」と肯定的にとらえるよう変化した。また、≪自
責の念≫と≪母親としての不全感≫も同様の経過を示し、産後約1年半では「次回出産は普通分娩で、緊急帝切だけは
回避したい」という次子出産への不安や期待に変化していた。
結 語
本調査より緊急帝切を体験した女性への支援は、出産直後から退院までの期間にその体験をどう受けとめているか、
また、帝王切開について理解できるよう十分説明することが必要であり、それは退院後の不安の軽減につながると考え
る。退院後の継続的ケアとして、出産や母親としての自己の受容に関する気持ちの把握と夫を含むサポートのあり方が
重要な視点であり、さらに、次子の出産に対する気持ちや不安への心理的ケアも重要であることが示唆された。
学 位 の 種 類 看護学修士
名 前 加 藤 隆 子
学位授与年月日 平成16年3月31日
学位論文の題名 小児がんで子どもを亡くした父親の悲嘆過程に関する研究
論文審査担当者 主査 影 山 セツ子
副査 石 塚 百合子 村 上 新 治
緒 言
小児がんは、近年の医療進歩により治癒が期待されているが、子どもの病死の上位を占めている。その治療は長期間
厳しい治療が続き、患児のみならず両親の身体的・精神的苦痛ははかり知れない。日本においては小児がんによる死別
後の両親の研究は母親に焦点が当てられ、父親の悲嘆として調査されたものは限られていた。そこで本研究では子ども
を亡くした父親がどのような悲嘆を体験し、かつどのように子どもの死を受け入れ自己を変化させていくのか、その悲
嘆過程を明らかにすることを目的とした。
方 法
研究デザイン:グラウンデッド・セオリー・アプローチを参考にした質的帰納的研究
対象者の選択:対象者は、死別後3年以上経過し学童期までの子どもと死別している父親。
データ収集・分析:60∼90分程度の半構成的面接を1回行い、対象者の了解を得て録音した。対象者のうち一人は内
容確認のため追加面接を実施した。分析はデータのコード化、サブカテゴリー化を進め、カテゴリーを抽出した。質的
研究の専門家のスーパーバイズを受けること、対象者全員に分析結果を確認することで妥当性と信頼性を高めた。
倫理的配慮:対象者に口頭及び文書にて守秘義務、研究協力を辞退する権利などを説明し同意を得た。
結 果
1.対象者の概要
対象者は、小児がんで子どもを亡くした父親5名(年齢39歳から49歳)であった。亡くなった子どもの性別は男児
2名、女児3名、年齢は2歳4ヶ月から11歳、病名は急性リンパ性白血病2名、神経芽細胞腫3名、闘病期間は6ヶ
月から6年、死別後の期間は3年から10年であった。
2.小児がんで子どもを亡くした父親の悲嘆過程
小児がんで子どもを亡くした父親の悲嘆過程のカテゴリーとして、1【死別の悲しみ】
、2【子どもを亡くした悲
しみとの対峙】
、3【子どもの死を認める作業】
、4【子どもの死の受容】
、5【価値観の変容】
、6【悲しみの受け止
め方の変容】
、7【子どもとの絆の維持】という7つのカテゴリーが抽出された。
対象者は、子どもとの死別直後に子どもの死に対する知的な認識の段階である【死別の悲しみ】を体験していた。
次に対象者は、日常生活を営み【子どもを亡くした悲しみとの対峙】と【子どもの死を認める作業】を繰り返しな
がら、さまざまな悲しみを体験し、子どもの死を実感するようになった。この段階で対象者は、子どもの死を情緒
的にも認識するようになり、【子どもの死の受容】に至った。以上のプロセスの中で対象者は、人生観や生命観の変
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札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
化などの【価値観の変容】と変わらぬ悲しみ、悲しみに対する気持ちの切り替え、悲しみの緩和という【悲しみの
受け止め方の変容】を体験していた。このような悲嘆過程を支える礎となっていたものは、【子どもとの絆の維持】
であった。
考 察
本研究の対象者が体験していた悲嘆過程は、先行研究と比べ母親の体験と大きな違いはなく、父親にとっても子ども
の死は大きな衝撃であり、深い悲しみを体験していた。その中で父親が体験した罪責感や後悔は、母親とは質的に異な
るものがあった。父親は、母親に比べ看病に関わる時間が少なかったことや普段の生活の中で子どもと関わる時間が持
てなかったことに対する罪責感や後悔の念も抱いていた。また、仕事を持つ父親にとって、仕事や職場での対人関係は
辛さを忘れさせる場であり、癒しの場や子どもとのつながりを保つ場となっていた。これらの体験は、仕事という社会
的役割を持つ父親の特徴であった。さらに男性の役割期待が感情表出を妨げているという研究報告もあるが、本研究の
対象者の多くは悲嘆過程の中で泣くことを体験しており、必ずしも男性の役割期待が子どもを亡くした父親の感情表現
を妨げているとはいえない。
本研究の結果から、家族を支える父親としてだけでなく、子どもを亡くした父親個人として父親を理解することの重
要性、父親に対する闘病中からの関わりの必要性、死別後のサポート体制の確立に対する示唆が得られた。対象者数の
限界があり、本研究の結果が小児がんで子どもを亡くした父親の悲嘆過程として一般化するには限界がある。さらに対
象者数を増やし検討を重ねること、悲嘆に影響を与える要因を明らかにすることなどが今後の課題である。
学 位 の 種 類 看護学修士
氏 名 神 島 滋 子
学位授与年月日 平成16年3月31日
学位論文の題名 外来脳卒中患者の服薬行動に関する研究−アドヒアランスの視点から−
論文審査担当者 主査 平 野 憲 子
副査 鬼 原 彰 門 間 正 子
緒 言
脳卒中は日本3大死因の一つで、総死亡の15%以上を占める。脳卒中は後遺症を残し生活への影響が大きく、社会的
にも多くの問題を抱える疾患である。脳卒中の慢性期の治療の中心は服薬であるが、脳卒中患者の服薬に関する調査は
少ない。患者がどのように医療上の指示をとらえ、実行するかについては、患者自身の努力が必要であり、患者側の生
活に基盤を置いた概念であるアドヒアランスの視点から患者の服薬の現状を捉えることが重要である。
研究目的
1.外来通院中の脳卒中患者のアドヒアランスに関連する日常生活と服薬の現状を明らかにすること
2.服薬行動とアドヒアランスに関連する要因間の関係について検討すること
研究方法
調査対象は、脳神経外科外来に通院する脳梗塞および脳出血の患者で、同意の得られた334名であった。外来の待合
い時間を利用した無記名の質問紙による自記式または聞き取りによる調査を実施した。質問紙の内容は、基本的属性、
健康状態として日本語版EuroQol(1998)、健康管理に対するセルフエフィカシー尺度(横川、1999)、日常生活習慣、
服薬行動Self-reported Medication-Taking Scale(Morisky、1986)
、疾病の状況、服薬に対する考えなどである。分析
は、統計パッケージSPSS 11.5 for Windowsにて記述統計分析および多変量解析を行い、有意水準は5%未満とした。
倫理的配慮は、口頭および文書を用い、対象者の自由意志の尊重、不利益を被らないこと、匿名性・秘密の保持、デー
タの安全な保管と廃棄などについて説明し、同意を得た。
結 果
年齢は69.7±10.3歳(35∼95歳)で、65歳未満の成人が27.6%、65歳以上の高齢者が72.4%であった。男性は65%、女
性は35%であった。EuroQol5項目で一つでも問題がある者は72%と多く、HRQOLスコアは0.775±0.204であった。日
常生活習慣では食事、睡眠、運動などの対処行動を行えている割合は女性に有意に多かった。健康管理に対するセルフ
エフィカシーは食事、運動、睡眠などで有意差があり日常生活習慣との関連を認めた。脳卒中患者の特徴として
EuroQol5項目中の不安やふさぎ込みなどにみられる精神的な問題、自立していても身体の機能および知覚の障害を多
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札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
く残しているなどの問題が明らかになった。日常生活習慣では食事で塩分を控え、運動するようにつとめているが、他
の生活習慣の改善は行えていないことがわかった。一方、服薬種類数は平均5.2であり、HRQOLスコアとの負の相関、
再発回数との正の相関が見られた。服薬行動は低群(0∼2点)34.4%、中群(3点)39.8%、高群(4点)25.7%であ
り、有意な関連が認められた項目は、EuroQolの「不安/ふさぎ込み」、「通院の経済的負担」、薬に対する考えなどで
あった。ステップワイズ法によるロジスティック回帰分析の結果、服薬行動「低」群に影響を与える要因は「肥満であ
る」
「薬の量を多いと思う」
「運動をしていない」
「説明を受けた経験がない」
「長期服薬への不安がある」であり、
「高」
群に影響を与えているのは「薬は効果があると感じる」
「食事が規則的である」であった。
考 察
脳卒中患者の現状として、健康状態はEuroQolなどの結果により後遺症による身体状況に影響されるだけでなく、意
欲低下や鬱状態にも関連する不安・ふさぎ込みの問題が大きいことが考えられた。生活については、病気になったこと
で塩分を控え、運動を行うことに関する認識は高いが、他の食事全体のバランスや飲酒などについては関心が低いこと
がわかった。また、日常生活習慣とセルフエフィカシーには関連が認められ、患者の日常生活習慣の背景には個人のセ
ルフエフィカシーが関与していることが示唆された。ロジスティック回帰分析により服薬行動と関連が認められたのは、
基本的属性ではなく、日常生活習慣、病気や薬への不安や効果感といった個人の考えや認識、医療者からの説明などの
関わりの有無があげられた。
以上のことから、アドヒアランスは生活を基盤とした概念であり、本調査による服薬行動への影響要因も患者の生活
に密着していることが確認された。従って、服薬行動にいたるプロセスとして、患者のうつ状態などの精神的な面に着
目しながら、日常生活習慣などの傾向について把握し、服薬に関わる考え方について理解することが重要である。更に、
それぞれの患者の持つ長期の服薬、薬の量、薬害への不安などを緩和できるような情報の提供および支援を継続的に行
うことが必要と考える。このような支援により、患者は自分の飲んでいる薬の効果を認め、必要のないと感じる薬に関
しても相談し、適切な判断や服薬行動を身につけていくことでアドヒアランスを向上させていくことにつながるものと
考える。
学 位 の 種 類 看護学修士
氏 名 澤 崎 惠 美
学位授与年月日 平成16年3月31日
学位論文の題名 臨地実習で倫理的問題に出会ったときの看護学生の反応に関する分析
論文審査担当者 主査 稲 葉 佳 江
副査 笠 井 潔 加 藤 欣 子 緒 言
人間は自律的な存在であり、固有の価値を持つ。価値とは信念の体系であり、個人の自己の思考・行動の拠り所であ
る。患者にとっての価値と専門職側の価値が様々な状況において対立した場合には、両者のバランスをとりながら調整
していく必要がある。そのためには、臨床場面において倫理的問題が存在することを感じとり、対象者にとって最善の
結果が得られるような判断を行う能力(倫理的判断力)が必要である。看護基礎教育における倫理的判断力育成に向け
て現状を把握するために、臨地実習で倫理的問題に出会ったときに看護学生は何を感じ、考え、どんな行動をとってい
るのかを明らかにする。
方 法
対象:道内の3年課程の看護専修学校2校の3年生95名を対象に事前調査を実施した。臨地実習で看護援助を実施す
る際に、安全・安楽・自立・自律を巡って何が最善なのか判断に迷った体験があると回答し、インタビューへの了解を
得られた学生の中で、大学、短大、他の専修学校に在学したことや社会人経験のない7名(8事例)を選択した。
分析:半構成面接法によるインタビューを録音し、逐語録を作成した。逐語録の記述を要約し、Fry(1998)の6つ
の倫理原則(善行・無害・正義・自律・誠実・忠誠)の観点で内容分析を行った。
倫理的配慮:研究目的、自由意志で参加すること、拒否できることを文書で説明し、同意書で確認した。対象者の承
諾を得て録音し、看護学生の守秘義務に関わるため、施設名等は匿名でインタビューを行った。
結 果
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札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
倫理原則間の対立が見られたのは3事例であった。看護師が患者に嘘をつき、希望していた外出を諦めさせた事例で、
学生は「安全を守るためであっても患者に嘘をつくことには変わりない」と悩んだ。この事例では、患者に真実を告げ
なければならない「誠実の原則」および、患者の自律を尊重する「自律の原則」が患者の害になることを回避する「無
害の原則」と対立していた。院内で迷子になったことがある患者が、安全のために名札を付けさせられていた事例では、
学生は失礼と感じていた。この事例では「自律の原則」および、患者の立場になって考える「誠実の原則」と「無害の
原則」が対立していた。安全のために看護師の介助が必要なのにもかかわらず、好きなように歩こうとする患者の事例
では、学生は「患者の希望をかなえることで危険にさらしてしまう」と考えた。ここでは「無害の原則」および「自律
の原則」が、医療資源の平等な分配をめざす「正義の原則」と対立していた。しかし、倫理原則間の対立が存在しない
場合であっても、学生は葛藤を感じ、悩んでいた。コミュニケーション不足により倫理原則間の見せかけの対立が生じ
ていたものが2例あった。学生が患者のニードを考慮して計画した自動運動を患者が拒否した事例で、学生は患者の意
思を尊重しようと運動を中止した。これは情報提供の不足により、「自律の原則」と善を行う「善行の法則」が対立し
ているようにみえたものである。食事制限が必要な患者に対して徒に説明を繰り返し、患者の苦悩を学生が理解するこ
とができなかった事例では、「無害の原則」と「忠誠の原則」があたかも対立しているかのようにみえていた。学生が
倫理原則に沿った行動をとっていなかったことで倫理的問題を作り出してしまった事例も3例あった。ADL拡大をめ
ざして患者に食事の自力摂取を無理強いしたり、患者と意思疎通をはかろうとしなかったり、あるいは、不適切な方法
で保清を実施していた事例である。このように学生が倫理的問題を作り出した事例では、善意で看護援助を行おうとし
ているにもかかわらず、コミュニケーションやアセスメントの不足から患者に苦痛を与える結果となってしまった。
考 察
卒後には、臨床で日常的に生じる、様々な価値が複雑に絡みあった問題を解決する能力が求められる。ゆえに看護基
礎教育における倫理的問題への動機づけが必要である。問題の存在を感じとった学生の多くは、誰かに相談したり、何
らかの援助を検討するなど、問題を解決するための行動を起こしていた。しかし、問題があると感じたにもかかわらず、
問題解決のための行動には至らないケースがあった。これには自己の知識や経験の乏しさからの自信の欠如、学生であ
るから仕方がないという傍観者的立場が影響を及ぼしていたと思われる。患者のニーズや価値観を把握するには、対象
者と十分にコミュニケーションをとる必要があるが、看護援助を巡って患者とすれ違っていることを学生が感じていて
も、患者がどう思っているのか知ろうとする意欲が弱い傾向がみられた。倫理的判断力育成に向けて、学生が感じたこ
と、考えたことを表出できるような支援が必要である。また、善意からであったとしても、アセスメントが不十分であ
ったり、実施した看護援助について客観的に評価できないために倫理的問題が生じる危険性が示され、看護教育・実践
における科学性と倫理性の統合の必要性が示唆された。
学 位 の 種 類 看護学修士
氏 名 丸 岡 里 香
学位授与年月日 平成16年3月31日
学位論文の題名 高校生のライフスキルと健康行動の関連
論文審査担当者 主査 丸 山 知 子
副査 傳 野 隆 一 吉 野 淳 一
緒 言
思春期の健康行動はその後の成人の健康習慣に影響するといわれている。従来日本の健康教育は知識偏重であったが
思春期の成長と健康行動にライフスキルの関連が重視されるようになってきた。しかし、喫煙などの健康問題とライフ
スキルの関連については明らかになってきているが、現在の高校生の日常生活行動との関連は明らかになっていない。
今後、思春期の健康教育においてこれらを明らかにすることが重要な視点であると考えた。
研究目的
1.高校生のライフスキルと健康行動の現状について明らかにする。
2.高校生のライフスキルと健康行動の関連について明らかにする。
研究方法
1.対象 :北海道内の男女共学全日制公立高等学校に通学する高等学校の生徒。
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札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
2.調査期間 :平成15年10月1日から11月10日
3.調査方法 :教諭や養護教諭を通して20校に研究協力を依頼し、承諾が得られた9校に無記名自記式質問紙を持参、
または送付した。質問紙の配布は同意書と共に担任または養護教諭が行い、その場で記入し封印して回収した。
4.調査内容 :生徒の背景(性別、学年、家族状況)、健康に関する項目、自尊感情尺度としてローゼンバーグの10
項目(全般的SE)、ポープの友人関係領域10項目(友人関係SE)、家族関係領域10項目(家族関係SE)、社会的ス
キルを測るためにKiss18項目、調査者が作成した目標設定・問題解決行動についての8項目で構成した。
5.分析方法 :統計ソフト「SPSS11.5.1forWindows」を用い単純集計、クロス集計、相関分析、χ二乗検定、t検
定、KruskalWallis検定、Mann-Whitney検定を行なった。
6.倫理的配慮 :調査への協力は自由であり、学校、個人は特定されず、データは終了後破棄することを保証した。
結果と考察
1.対象の背景 :高校生1,289名に配布し1,288名より回収した(回収率99.9%)。そのうち有効回答は1,256名(有効回
答率97.4%)であった。性別は男子599名(47.7%)
、女子657名(52.3%)であった。
2.健康行動 :主観的健康観では、「現在自分は健康度と思う、まあまあ健康だと思う」が約91%であった。心身の
疲労について「ストレスを感じている」と答えた者は約90%、
「疲労」は約95%、
「毎日ぐっすり眠れない」者は約
48%であった。ストレスの原因は「学校生活」が最も多かった。食生活では、
「朝食を欠食する者」は約12%、
「不
規則な食事時間」は44%、
「偏食」は約43%、
「夕食を家族ととらない」者は約26%であった。性に関する項目では、
「現在の性について良かったと思う」629名(50%)
、
「嫌だと思う」84名(7%)であった。嫌だと思うと答えた者
の70名(83%)が女子であった。理由は「なんとなく」が28名、「性差別を感じる」が14名であった。男女交際に
ついては、
「精神的な支え」を望む者が最も多く、性行為については、
「本人同士がよければよい」が約52%であり、
これまでの先行研究と同様に高校生の性行為を容認する割合が高かった。
6.ライフスキル :平均値は全般的SE26.0±2.5、友人関係SE20.3±3.6、家族関係SE21.2±3.9であり、社会的スキル
は55.7±10.5、目標設定・問題解決行動は16.8±3.4であった。
7.ライフスキルと健康行動の関連 :分析の結果「友人関係SEとストレス感」、「家族関係SEとストレス感」、「家族
関係SEと食生活」に各々関係がみられた。
8.ライフスキルの高い群、低い群を比較すると家族関係SEと友人関係SEの低い群にストレスや疲労を感じる者、毎
日眠れない者の割合が多くみられた。
9.家族関係SEの低い群に朝食を欠食する者、不規則な食事時間の者、夕食を家族ととらない者の割合が多が多くみ
られた。
結 語
本調査を通して、高校生の健康行動は友人や家族関係における自己受容との関連があることが示唆された。また、多
くの生徒は疲労やストレスを感じており、その原因を学校生活と考えていることも見逃せない。特に家族関係はストレ
スと食生活との関連が示唆されたことから、健康教育の視点は家族関係に注目する必要があると考える。このようにラ
イフスキルと健康行動は切り離して考えることはできないことから、今後、高校生の健康教育においては、友人や家族
関係における自己受容の観点や、心身の疲労とその背景を十分把握した上で、集団的、個人的アプローチが必要である
と考える。
学 位 の 種 類 理学療法学修士
氏 名 杉 原 俊 一
学位授与年月日 平成16年3月24日
学位論文の題名 左半側空間無視患者におけるリハビリテーション工学的手法を用いた視空間認知評価の検討
論文審査担当者 主査 田 中 敏 明
副査 吉 尾 雅 春 松 嶋 範 男
緒 言
半側空間無視(USN)は、「病巣と反対側の刺激に反応しない、またそちらを向こうとしない現象」と定義され、
現在USN患者に対する評価は主に2次元的な机上の検査と3次元の生活場面での行動観察が中心である。そこで本研
─ ─
129
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
究はHead Mounted Display(HMD)の利用による机上検査とリハビリテーション工学的手法用いた歩行の特殊検査
により、USN患者の空間認知障害を分析し、理学療法における歩行等の日常生活動作訓練への応用を検討することを
目的とした。
方 法
被験者は研究内容を理解し同意を得られ、「日常生活動作・訓練場面におけるUSN症状の評価」で左USNを有しC
Tスキャンによって右半球損傷が確認された脳血管障害患者8名である。医学的情報として診断名、病巣部位、発症か
らの期間を測定し、身体特性及び機能・能力障害評価を実施した。
2次元的な検査として(1)線分抹消試験、星印抹消試験による通常評価。(2)特殊評価として上方からDVカメ
ラにて撮影した通常評価用紙の周囲環境を除き、HMDの眼鏡状液晶ディスプレー画面に拡大したズーム・イン条件
(ZI)
、
(3)更に、もう一つの特殊評価として(2)の条件でDVカメラのレンズを0.7倍に変更し検査用紙を縮小した
ズーム・アウト条件(ZO)で検査を実施した。分析方法としては線分抹消試験では中央列の4本を除き、紙面を中心
で2分割した各々の紙面の抹消した線分の正答率を求め、また星印抹消試験においても検査用紙を6つの区分に分割し
(左側左、左側正中、左側右、右側左、右側正中、右側右)
、各々印をつけた星の数を区分毎の正答率として算出し空間
性注意能力の指標とした。
3次元的な検査として歩行を獲得し本検査可能であった被験者2名に対し、圧・力センサーを貼付したアルミプレー
トの障害物を回避しながら、4mからなる実験通路を通過した。通路は最小通過有効幅より開始し、最小通過有効幅よ
り更に1/2肩幅の5%、10%、25%になる長さのプレートが通路に突出する4条件で3試行実施した。分析方法とし
ては、圧・力センサー及びビデオ解析より、検出された部位毎の衝突回数、4つの通路幅における衝突回数、また衝突
力、時間の計測より3次元としての左視空間認知の分析を実施した。
結 果
2次元評価として線分抹消試験は通常条件で紙面左側正答率94.4%、紙面右側正答率100%。紙面が拡大するZIで紙
面左側正答率61.8%、紙面右側正答率91.7%。紙面が縮小するZOで紙面左側正答率79.9%、紙面右側正答率91.7%であ
った。通常条件と比べZIで左側正答率が低下し、ZOで左側正答率が上昇し、各々の条件による違いを認めた(P<0.05)
。
また星印抹消試験においても同様の傾向を示した。3次元評価として本実験では両者左肩を中心に衝突させており、U
SN患者の歩行分析においては障害度によって各々の違う回避パターンの特性を認めた。
考 察
今回HMDの評価によって、ZI条件では通常評価に比べ左側紙面の正答率の低下を認めた。また、ZI条件に比べ周辺
領域の情報を呈示したZO条件では正答率が上昇した。このことからZI条件では周辺視野を含まず、より評価用紙とい
う物体に集中したことより、物体を中心とした固有の軸が強調され、無視範囲が正常に比べ相対的に広がったものと考
える。またこれは若干、周辺視野を含んだZO条件ではZI条件に比べ正答率が上昇したことからも理解できる。
座標系理論によると、HMDによる特殊評価は、より物体中心座標系での視覚情報処理に近いものと考えられる。こ
のため被験者はHMDを使用しない場合に比べ、評価用紙を物体とした左側を見落としたと推測される。
2症例の衝突時ビデオ観察と圧−力センサーによる障害物回避歩行分析では、衝突時の状況について異なる回避パタ
ーンとなった。これはUSN患者の歩行分析においては障害度によって各々の回避パターンに特性があるものと考えら
れる。また、2症例については身体機能による影響が考えられるため、今後動的条件3次元視空間評価の分析としては
歩行条件、身体機能別回避パターン等の分析も必要である。
以上より、本研究の被験者においてはHMD技術利用によるUSN患者の特殊検査は、従来の2次元的検査に比べU
SNの障害像をより反映する可能性が見出された。また、机上検査を主体とした2次元主体の静的検査と歩行等の3次
元主体での動的検査では半側空間無視の発現が異なる可能性を示すと考えられた。
─ ─
130
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
学 位 の 種 類 理学療法学修士
氏 名 廣 島 玲 子
学位授与年月日 平成16年3月24日
学位論文の題名 複合面運動と一面運動における股関節屈曲筋力増強効果の比較
論文審査担当者 主査 宮 本 重 範
副査 澤 田 雄 二 片 寄 正 樹 緒 言
筋力低下は、臨床理学療法で頻繁に取り上げられる問題の一つであり、筋力増強を目的とした運動療法は疾病、障害
を問わず幅広い患者層に処方されている。筋力トレーニングでは、主働作筋に対して、高負荷下で屈曲・伸展のみのよ
うな一面上の運動がよく行われるが、人間の日常生活やスポーツ場面では屈曲に外転・内旋を伴うなどの複合面上を動
く機能的動作が多く、一動作で多くの筋肉や関節を使う。人の動きと同じ複合面上の運動は、一面上での運動と比べ、
これら動作においてより効果をあげる事ができるのではないかと考えるが、複合面運動と一面運動を比較する研究や文
献は少ない。本研究では、Proprioceptive Neuromuscular Facilitation(以下PNF)パターンを応用した複合面運動と
Straight Leg Raise(以下SLR)
(股関節屈曲,膝伸展)を用いた一面運動を6週間トレーニングし、その股関節屈曲筋
における筋力変化を比較、検討することを目的とした。
方 法
対象者は、非運動群10名、複合面運動群11名、一面運動群11名の計32名であった。対象者は18∼25歳の健常男性で、
身体に整形外科的疾患のない者とした。全対象者には書面および口頭により本研究の趣旨を十分に説明し、同意の得ら
れた者のみを被験者とした。非運動群を含む全対象者は6週間の運動トレーニング開始時および終了時に、等速度性筋
力測定機器(Cybex6000)を使用して、股関節屈曲筋における最大トルク・体重比を測り、3群間で筋力増強効果を比
較検討した。運動群は、週3回の割合で、指示された運動を6週間継続して実施した。本研究では、複合面上で同時に
各運動方向(三次元)に抵抗を加え、その抵抗量を定量化するために被験者に滑車を用いて重錘を上げさせた。抵抗量
は各被験者の8Repetition Maximum(指示された運動を正しい方法で代償動作なく8回継続して施行できる重さ)を
目安とし、理学療法士は滑車からの最大抵抗量や運動方向を毎回設定し、その抵抗量で運動群対象者に運動を3セット
繰り返させた。6週間のトレーニング期間中には対象者の筋力増強能力に応じ同抵抗量で回数を8−15に徐々に増加し、
15回を3セット可能なレベルに到達した時には新たな抵抗量で8RMを設定するというように適時抵抗量を増加した。
トレーニング中は全運動対象者に毎回理学療法士が運動を直接指導監督した。統計学的処理は、Cybex測定より得られ
た最大トルク・体重比を運動前と運動後で比較し、T検定を用いて各運動群における筋力増強効果を検討した。運動群
間での比較には反復測定による二元配置分散分析及びTukeyHSD検定を用いて比較検討をした。
結 果
運動群はトレーニング前と比較して股関節屈曲筋力は増強を示した。複合面群は一面群よりも低負荷下運動であった
にもかかわらず、より筋力増強の傾向を示したが、三群間では統計的有意差はなかった。
考 察
複合面運動群は一面運動群と比べ、少ない負荷量で股関節屈曲筋力がより増強した。筋力増強メカニズムには神経的
要因と筋肥大要因が含まれる。本実験で複合面運動群が施行したPNF運動パターンに類似した運動がPNFによる神経
筋機構への促通効果として報告されている運動ニューロンの興奮や中枢神経への覚醒、活性効果を起こし、筋力増強メ
カニズムにおける神経的要因を刺激し、一面運動より筋力が増強したと推測する。一方、高負荷下での一面運動は股関
節屈曲筋および周囲筋が主働作筋力増強よりも主に骨盤・下肢の安定性維持に働いたと推測する。本研究の結果より股
関節屈曲筋においてPNF運動パターンに類似した複合面運動はSLR一面運動と比べ、低負荷下で筋力増強効果が高い可
能性が示唆された。今後、更に抵抗量やその増加率を改善し、複合面上および一面上での各筋の活動を動作解析と並行
して研究していく必要がある。
─ ─
131
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
学 位 の 種 類 作業療法学修士
氏 名 伊 藤 健太郎
学位授与年月日 平成15年3月31日
学位論文の題名 算数学習の評価表の開発とその有用性の研究
−多職種が連携をして算数学習に困難を抱える子供をサポートするために−
論文審査担当者 主査 舘 延 忠
副査 武 田 秀 勝 稲 葉 佳 江
はじめに
文部科学省は、2003年に今後の特別支援教育の在り方について最終報告を行った。その中で、通常学級に在籍する軽
度発達障害児に対して、これまで以上に教育的支援を行わなければならないことが明示された。子供一人一人に適した
指導を行うためには、子供のもつ学力の評価が必要である。しかし、我が国には、諸外国のような学習能力の評価法が
ほとんど見あたらない。そこで小学校算数科の教科学習の評価表(以下、チェックリスト)を開発し、その有用性につ
いて検討した。
研究方法
チェックリストの開発にあたっては、小学校における算数科の指導指針として文部科学省が作成した「小学校学習指
導要領解説算数編」をもとにし、全国の小学生が身につけなければならないことをチェックリストとしてまとめた。チ
ェックリストは各学年とも、「数と計算」「量と測定」「数量計算」「図形」「用語・記号」の5つの領域に分けられ、学
習項目は学年の学習内容にあわせて各学年21∼34項目から構成した。チェックリストでは、それぞれの項目で「十分に
身につけている」
「ほぼ身につけている」
「まだ不十分である」の3段階で評価できるようにした。また、その基準とし
て、子どもの理解度が80%以上を「十分」
、80∼60%を「ほぼ」
、それ以下を「まだ」と、日常の指導やテストなどをも
とに評価するよう説明を加えた。今回作成したチェックリストを用いて、札幌市立A小学校6年生100名(男子52名、
女子48名)を対象に、その担任教師3名が評価を行った。チェックリストの結果をもとに、通過率を算出し、項目間・
領域間・学年間の相関分析を行った。また、市販の学力検査<教研式学力検査(NRT)>の正答率との関連について
クロス集計し、得点傾向について比較した。さらに、頭部外傷を受傷し、医師から学習障害と診断されている13歳女児
B児を対象にチェックリストを用いた学習評価を行い、医学的診断や心理学的検査結果との関連について分析した。
研究結果と考察
まず、チェックリストの各学習項目における、通過率を求めた。通過率は、各項目で「十分」または「ほぼ」と評価
された児童数の全対象児童100名に占める割合とした。実際に教師が評価を行うと、各項目の通過率は84∼96%の範囲
となった。全13項目のうち、少なくとも一項目で「まだ」と評価された児童は19名いた。「まだ」の評価が一項目もな
い81名と、「まだ」の評価が一項目でもある19名の2群に分けた。チェックリストでの評価を用い、両群において、領
域と項目で相関分析を行った。
「まだ」のない群では、領域内での相関が高く、
「まだ」のある群では相関しなかった。
学力検査とチェックリストの関連については、学力検査の学年の平均正答率は69.2%であり、チェックリストで「ま
だ」と評価された児童は全て、この平均正答率よりも低い正答率であった。特に通過率の高い5つの項目で「まだ」と
評価された8名では、4名が正答率35%以下であり、学力検査でも得点が極端に低い傾向にあった。また、過去の先行
研究からも同様の結果が得られており、これらの結果から、基準関連妥当性があるといえた。
次に、B児の心理検査からの結果は、情報処理能力及び結晶的知識の習得度ともにボーダーラインにあると判断され
た。学習及び認知処理の特徴としては、時系列的に、また、考える道筋を提示された課題では正常域に入るものがある
こと、また、視−運動課題における短期的な記銘力も比較的保たれているという結果であった。一方、図形の構成や、
視覚的な手がかりを基にした形態の認識・記憶想起課題では明らかな能力の低下が認められた。チェックリストの結果
では、
「数と計算」の領域では単純計算はできるが、
「速さ・時間・距離」のように数値の関係性を理解しなければでき
ない「量と測定」領域との関係で課題が困難となっていた。同様に、図形課題では「面」や「頂点」「辺」、「平行」と
「垂直」などの用語や関係が困難なため課題遂行ができず、
「図形」領域と「量と測定」領域の関連が、学習を阻害する
要因となっていた。このような多領域間の関連から学習が阻害されている状況は、健常児童における学習のつまずきと
は異なっていた。B児では、形態認知の障害と情報処理特性としての同時処理能力の低下が、単位量や図形に対する言
語的な意味づけや概念化を阻害していると推察され、この認知的な障害が健常児とは異なる学習困難を引きおこしてい
ると考えられた。
─ ─
132
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
また、本結果は1症例に対する検討であり、その結果を学習障害児全てに当てはめることはできないが、チェックリ
ストを用いることで学習障害児の特異的な教科学習上の問題を明確化できる可能性があると推察される。
まとめ
本研究では小学校の算数の学習を評価するためのチェックリストを作成し、健常児童100名と学習障害児1名を対象
に、その信頼性と妥当性について検討を行った。その結果、チェックリストが健常児童の学習進度を適切に評価できる
こと、学習の遅れを具体的に把握できること、学習障害児の障害特性に応じた学習困難を明らかにできる、簡便な方法
の一つとなることが確認できた。
学 位 の 種 類 作業療法学修士
氏 名 佐々木 努
学位授与年月日 平成16年3月31日
学位論文の題名 空間座標系理論に基づいた視空間認知障能力の評価法開発
論文審査担当者 主査 仙 石 泰 仁
副査 青 山 宏 田 中 敏 明
はじめに
ヒトの“行為”は、“自己と空間あるいは物体との時空間的関係性を把握しながら行っている”といえ、このような
行為は“空間行為”と呼ばれている。この時空間的関係性の把握に障害を来たした場合、空間行為障害が顕在化する。
この障害は、頭頂葉損傷による視空間認知能力の低下に起因することが多く、その代表的症状として半側視空間無視
(以下、USN)がある。USNは臨床場面ではよく遭遇する症状であり、日常生活活動(以下、ADL)自立の妨げ
となることが広く指摘されている。現在の臨床では、机上検査やADL場面でのUSN症状の有無を評価するアプロー
チが多く行われている。しかし、個々の症例に着目した場合、USNの出現形態が異なることは広く知られている。こ
の出現形態の違いの背景となる何らかの能力の違いを評価することができれば、より高い治療効果が期待できるはずで
ある。
本研究では、USNの評価に関して、これまでの症状の有無のみに着目した評価だけではなく、その背景にある能力
障害を評価するための評価指標の模索を行った。更に、その評価指標を用いた評価環境を試作し、その評価環境に用い
る機器としての信頼性と妥当性について検討を行った。
評価指標の模索
能力障害を評価するための評価指標を模索するために、既存の方法で施行した机上検査(Ⅱ部)と座標系という視点
に基づいて分析された机上検査(Ⅲ部)を実施した。それらの机上検査結果とADL場面でのUSN症状の関連性を詳
細に調べた。対象者はUSN患者20名(Ⅲ部では18名)とした。なお、対象者には口頭で研究内容を事前に説明し、同
意を得た。既存の方法で施行した机上検査結果からは、机上検査結果とADL場面でのUSN症状との間に明確な関連
性は認められなかった一方、座標系という視点に基づいた机上検査の結果からは、“あるタイプ”の結果を示した患者
に特有のADL障害が認められる傾向が示され、座標系という視点から分析された机上検査が評価指標と成る可能性が
示唆できた。しかしながら、“あるタイプ”の結果を示さない患者においては、更に別の評価指標が必要であることも
明らかとなった。机上検査が静的な要素の強い検査方法であることと、ADL障害が動的な要素の多い複合的な障害で
あるという事実から、運動反応などの動的な要素を含む評価指標の有効性が考察された。
評価環境の試作とその評価環境に用いる機器の信頼性と妥当性
ヒトの視空間認知の戦略を“座標変換”という視点で分析が行われている。座標変換とは、眼球、頭部、体幹、肢そ
れぞれに対する空間や物の位置を一つの表象へ変換することであり、ヒトの行為はこの表象に基づいていると考えられ
ている。また、この座標変換過程では、視覚、固有受容覚、前庭覚など、諸感覚の統合状態が重要であるといわれてい
る、このモデルは、空間座標系理論として知られている。本節では、この理論に従って座標変換過程を評価するための
動的な指標を用いた評価環境を試作し、用いる機器について、その信頼性と妥当性の検討を行った。この評価環境は、
刺激座標が変化する視覚刺激に対する頭部反応を分析するものである。本評価環境に用いる機器の信頼性及び妥当性と
して、1)呈示視覚刺激、2)視覚刺激呈示機器、3)頭部反応測定機器の三点について検討し、それらを確認した。
今後は、この評価環境での健常者及び患者を対象としたデータを収集し、評価環境としての信頼性と妥当性、及び有効
─ ─
133
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
性を検討していく必要がある。
学 位 の 種 類 作業療法学修士
氏 名 中 村 充 雄
学位授与年月日 平成16年3月31日
学位論文の題名 母指と示指による精密把握中の小指の協応について
論文審査担当者 主査 澤 田 雄 二
副査 青 山 宏 乗 安 整 而 緒 言
把持(つまみ)と把握(にぎり)は手の基本的な機能である。その中心的な役割を担っているのが母指である。しか
し、手指は1本1本で機能することはほとんどなく、母指も例外ではない。他に対応する指の役割があってはじめてそ
の機能を果たしている。これまで、各指についての研究が多く、指を一つの機能単位として捉えられてきているが、手
を1つの機能単位と考えるなら、ADLでの手の機能は独立した手指の動きだけでなく、手指が相互に関連しているこ
とも重要であると考えられる。ADL動作の中で、手指がどのように相互に関連して運動を行なっているのかはいまだ
に解明されていない。本研究において、手指が協応して運動しているか否かを明らかにするために、母指と示指による
精密把握中の小指の運動との関連を検討することを目的とした。
方 法
右利きの健常男女10名を対象に行なった。手指間の協応を検討するために、精密把握力を調整して標的を追従させる
2つの課題(0.2Hz)を行なわせ、その精度を測定した。課題1は、加圧―保持―減圧の追従を、小指屈曲、小指伸展、
自然状態の3つの肢位で測定した。課題2はランプの最大振幅で保持した状態で小指の屈曲・伸展運動を行なうことに
よる外乱課題を行なった。試行順番は学習効果を取り除くためにランダムに設定し、疲労の影響を考慮して、試行間に
は十分な休憩を挟んで測定した。被験者は椅子に座り、上肢を自然の状態で下垂し、肘関節90度屈曲し、前腕中間位の
状態で肘掛にかけた。前腕の前方にピンチ力計が設置され、手関節から先は固定のないフリーの状態であった。
データレコーダに保存した2つの波形は、AD変換したのち、マイクロソフトのエクセル2000にて分析を行なった。
AD変換は、サンプリング周波数500Hzで行なった。標的とそれに追従した波形の誤差を測定した。誤差は、│追従波
形−標的│の総和で算出し、誤差が小さいことは追従能力(力の調整能力)が高いこととした。検定は、統計処理ソフ
トSPSSにてt検定を行なった。
結 果
課題1では、いずれの被験者においても、保持、加圧追従、減圧追従の順に誤差が大きく出現する傾向にあった。保
持区間で小指の肢位が自然状態のとき、誤差が一番小さく、このことは小指屈曲、小指伸展よりも力の調節能力が高い
ことを示している。また誤差の方向で、小指伸展は他の2つの肢位よりも、追従波形が標的まで至らない部分の誤差が
大きい傾向が見られた。小指が自然状態のときは、加圧追従時に小指に運動が見られた群と見られない群が確認された。
小指が、屈曲方向に動きがみられる群は、動きが見られない群に比べ有意に誤差が少なかった。課題2では、自然状態
からの小指の随意運動を行なったときの誤差を比較すると、有意に誤差が大きく出現していた(p<0.05)。屈曲運動
では、自然状態と伸展運動に比べ、追従波形が標的を越えた部分の誤差が大きい傾向が認められ、また伸展運動では、
自然状態と小指屈曲に比べ、追従波形が標的まで至らない部分の誤差が、有意に大きく出現していた(p<0.05)。こ
れらの結果から、精密把握における力の調節に、小指の肢位や関節運動が関連していることが示された。さらに小指は
自然状態のときが一番力の調節能力が高いことが明らかになった。また、精密把握による保持中の小指の肢位や関節運
動の運動方向と、誤差の出現方向に関連があることがわかった。
考 察
小指が自然状態であることが最も誤差が少なく、小指を屈曲させた状態や伸展させた状態で誤差が大きく出現してい
た。これは、小指を屈曲伸展させて、浅指屈筋と深指屈筋の筋活動を起こすことで、小指の筋活動が連動して示指の関
節運動をおこし、示指による力の調節能力に影響を与えていたのではないかと考えられる。また、母指・示指は正中神
経、小指は尺骨神経と、筋肉の支配神経が異なってはいるが、加圧追従時に小指が屈曲方向に運動することで誤差が少
なくなっていることから、小指は力の調節に対して協応して働いていることが考えられる。
─ ─
134
札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
結 語
動作を遂行する上での各指の間での協応に注目して、精密把握中の母指と示指の力の調節の変化を小指との関連で検
討した。結果、小指の肢位や随意運動で、力の調節能力が低下し、母指と示指による精密把握の力の調節に、小指が影
響を与えていることが確認され、精密把握において、主となる指(母指、示指)のみが、力の調節を行なっているので
はなく、他の指も積極的に関わっていることが示唆され、手指で行なわれる粗大・巧緻動作は、各指が関連して、協調
して遂行されているものと考えられた。ADL上での手の機能評価や治療を行なう際には、手指間の協応も考慮する必
要性があると考えられる。
学 位 の 種 類 理学療法学博士
氏 名 谷 口 圭 吾
学位授与年月日 平成16年3月31日
学位論文の題名 機能評価のためのヒト長腓骨筋における筋内コンパートメントの形態学的分析
論文審査担当者 主査 乗 安 整 而
副査 村 上 弦 山 下 敏 彦 笠 井 潔 宮 本 重 範
緒 言
運動機能障害を分析し治療を行う際に筋の機能および解剖を熟知することは、効果的な理学療法の実践に不可欠であ
る。近年、多くの骨格筋が一次筋神経枝によって支配される筋区画である神経筋コンパートメントと呼ばれるより小さ
な要素から構成されることが明らかにされつつある。また、この筋区画は機能的な要求に応じて各々の区画が独立して
選択的に活動することを示す研究も報告されている。猫の長腓骨筋を観察して電気生理学的に検討した結果、前筋区画
および後筋区画が長腓骨筋内に存在することが認められている。ヒトの長腓骨筋を用いた研究では、それを支配する浅
腓骨神経から起こる筋枝の筋内分布様式をもとに筋を分割した報告があるが、筋内コンパートメントの形態特性の観点
から筋の区画化を試みた研究はみられない。一方、筋の形状特性は筋線維の張力発揮や短縮距離といった筋機能に深く
関わることが一般的に知られている。本研究では、ヒト長腓骨筋において支配神経の分岐様式から同定される神経筋区
画を確認した上で、筋内コンパートメントにおける形状特性を肉眼解剖学的に明らかにすることを目的とした。
方 法
筋標本は、本学解剖実習用固定屍体の下腿8肢を研究材料として使用した。形状特性として筋線維の走行方向、羽状
角と呼ばれる腱・腱膜と筋束がなす角度および腱組織の位置関係を筋の浅層と深層の両面から分析した。また、長腓骨
筋を支配する浅腓骨神経から分岐する筋内の神経枝パターンも観察した。筋形態の描写および計測は、標本の関心領域
をデジタルカメラに取り込みそのデジタル画像をコンピューターに転送後、画像処理・解析ソフト(photoshop6.0 and
NIH image program)を用いて行った。
結 果
長腓骨筋は4つの明確な区画、anterior superficial(AS)、posterior superficial(PS)、anterior deep(AD)and
posterior deep(PD)portionsを有することが認められた。筋内の浅部および深部区画は遠位の停止腱から続く腱膜に
よって分離される。さらに、これらの両筋区画の各々が筋線維の走行により前部と後部区画に区分される。AS、PS
およびADの筋区画間では羽状角に有意な差は認められないが、PD区画の羽状角は他の3つの筋区画に比して有意に
大きい。また、これらの形状に基づいて分類した筋区画は神経支配様式により定められた筋区画と一致した。一貫して
4つの筋枝が存在し、各筋枝が4筋区画の各々に進入することが確認された。
考 察
本研究で得られた所見は、長腓骨筋の筋内コンパートメントが形状特性を基にして解剖学的に規定されることを明ら
かにするとともに、解剖学的神経筋区画の存在は動作遂行に対応して各筋区画が異なる活動を示す機能的な特異性と関
連のある可能性も示唆している。今後、この形態学的な筋区画化の試みは長腓骨筋のもつ機能的多様性を解明する生理
学的研究における解剖学領域からの基礎的な提供を可能にすると予測される。また、足関節・足部の疾病で生じた筋機
能不全や筋萎縮を呈する患者に対して、この筋内コンパートメントを指標としてMRI・診断学的超音波を用いた画像検
査や筋電図学的評価を行うことは、筋機能再教育や筋力増強の目的で実施される理学療法において、効率の良い最適な
治療プログラムの構築に寄与すると考えられる。
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札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
学 位 の 種 類 理学療法学博士
氏 名 神 林 勲
学位授与年月日 平成16年3月31日
学位論文の題名 Age-associated alteration of muscle oxygenation and energy metabolism during exercise
in human tibialis anterior muscle
論文審査担当者 主査 武 田 秀 勝
副査 乾 公 美 吉 尾 雅 春 藤 井 博 匡 森 谷 緒 言
加齢は骨格筋に非常に大きな影響を与える。これまでに加齢による筋量の減少とそれに伴う筋力の低下、酸化系酵素
活性の低下とそれに伴う最大酸素摂取量の減少などが報告され、これらが高齢者の運動能とQOLの低下を導くと考え
られる。近年、運動中の骨格筋における酸素化レベルとエネルギー代謝をそれぞれ近赤外分光法(NIRS)と核磁気共
鳴分光法(31P MRS)を用いて非侵襲的に測定することが可能となった。しかしながら、これまで加齢が運動中の筋酸
素化レベルとエネルギー代謝に与える影響については明らかにされていない。そこで本研究は、加齢が運動中の筋酸素
化レベルとエネルギー代謝に与える影響を検討することを目的とし、また、それらがニードルバイオプシー法により採
取された骨格筋組織の組織化学的および生化学的特性とどのような関係にあるかも合わせて検討した。
方 法
本研究の目的および方法は札幌医科大学およびデンマークの2つの自治体で構成された倫理委員会の承認を受け、そ
の主旨に同意した健康な若年男性7名(30.3±2.1歳)と高齢者5名(60.4±1.0歳)を被検者とした。運動負荷としては
自作の木製エルゴメーターによる動的な足関節背屈運動を用いた。被検者は最大等尺性随意力の15%に設定された負荷
を5秒に1回の頻度で4.5㎝挙上させる運動を3分間実施した(計36回の筋収縮)。運動中の筋酸素化レベル[oxy
(Hb+Mb)
]の測定はNIRSにより0.5秒の時間分解能で行われ、oxy(Hb+Mb)は安静時の平均値を100%、キャリブレ
ーションによって得られた最低値を0%とした相対値で表された。同様に、運動中のリン酸化合物(PCrおよびATP)
と筋細胞内pHを31P MRSにより測定した。NIRSと31P MRSのプローブは前脛骨筋(TA)上の同じ位置に装着した。す
べての測定が終了後、ニードルバイオプシー法により筋組織をTAから採取した。そして、組織化学的分析としてミオ
シンATPase染色により筋線維組成を分類し、アミラーゼPAS染色により筋毛細血管の視覚化を行った。また、生化学
的分析としてミトコンドリア系酸化酵素であるクエン酸合成酵素活性を測定した。なお、本研究は一部、文部科学省の
科学研究費の補助を受けて実施された。
結 果
高齢者群は若年者群と比較して、Type IIA線維占有率、クエン酸合成酵素活性および筋毛細血管発達度において有
意に低い値を示した。運動中におけるoxy(Hb+Mb)の平均値は、高齢者群(78.17±4.26%)が若年者群(91.57±
2.09%)に比較して有意に低かった。また、カフによる虚血で得られた運動直後の脱酸素化速度と推定された筋内酸素
貯蔵量から計算された運動中の酸素消費量は高齢者群が若年者に比較して有意に低値を示した。運動中のoxy
(Hb+Mb)
は単位面積当たりの毛細血管数と有意な正の相関関係が認められた(r=0.789、p<0.01)
。筋エネルギー代謝の指標の1
つとされる無機リン酸とクレアチンリン酸比(Pi/PCr ratio)は運動中、高齢者群で高くなる傾向を示し、また、筋細
胞内pH は低くなる傾向が認められた。Pi/PCr ratioと筋細胞内pHは、いずれもType I線維とType IIA線維の合計占有
率と有意な相関関係が得られた。
考 察
運動中のoxy(Hb+Mb)レベルと筋毛細血管密度は高齢者群で有意に低値を示し、両変数の間には有意な正の相関関
係が認められた。このことから、加齢によって減少した筋毛細血管密度が筋への酸素供給の減少をもたらし、運動中の
oxy(Hb+Mb)レベルの低下をもたらしたと考えられる。推定された運動中の筋酸素消費量も高齢者群で有意に低値を
示したことから、ミトコンドリアにおける有酸素的なエネルギー産生も低下していると推察される。クエン酸合成酵素
活性が高齢者群で有意に低かったことは、この結果を支持すると思われる。Pi/PCr ratioは筋収縮中におけるATPの利
用と再合成の状態を反映していると考えられている(PCr shuttle system)。高齢者群では若年者群に比較してPi/PCr
ratioが高い傾向にあり、有酸素的なエネルギー産生の低下によりPCrの再合成が十分になされていないことが示唆され
る。そして、高齢者群では若年者群よりも運動中にアシドーシスの傾向にあったことから、エネルギーの不足分を解糖
系に依存していたと思われる。運動中のPi/PCr ratioや筋細胞内pHは、いずれもType I線維とType IIA線維の合計占
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札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
有率と有意な相関関係が認められたことから、加齢による筋エネルギー代謝への影響についてはエネルギー供給の面の
みではなく、消費面からの検討を行う必要があるだろう。
結 論
加齢は下肢筋における運動中の酸素化レベルとエネルギー代謝を低下させ、それには筋毛細血管発達度が密接に関係
していることが明らかとなった。本研究の知見は、リハビリテーション科学の発展と高齢者のQOLの向上に役立つと
思われる。
学 位 の 種 類 作業療法学博士
氏 名 一 原 里 江
学位授与年月日 平成16年3月31日
学位論文の題名 情動と認知の相互作用に関する神経生理学的研究
論文審査担当者 主査 村 上 新 治 副査 青 木 藩 斉 藤 利 和 青 山 宏 澤 田 雄 二 意味や目的をもって生き生き作業に取り組むことが、人間のもっている能力を引き出し、認知能力、遂行能力などの
改善に寄与するという考えは、作業療法の中核であり、近年再び注目されている。しかし、主体性や動機付けが、なぜ
認知機能や遂行機能の改善に有効に作用するかについての根拠は明らかにされていない。そこで、本論文は、情動、動
機付けに関連する前頭眼窩野(OFC)と認知機能に関連する前頭連合野背外側部(DLPFC)が相互に密接な線維連絡
を持つことから、この2領域の神経機構の相互作用に注目し、情動・動機付けが認知・遂行機能に与える影響を神経生
理学的に検討した。
第2章では、前頭眼窩野のワーキングメモリー課題に対する関与、並びに背外側部との相違を明らかにするために、
遅延眼球運動課題遂行中のサルの前頭眼窩野及び前頭連合野背外側部から単一ニューロン活動を記録し、解析した。そ
の結果、課題関連活動を示した前頭眼窩野ニューロンのうち61%が報酬期間に活動を示した。一方、背外側部ニューロ
ンのうち43%が手がかり刺激呈示期活動、38%が遅延期間活動、62%が反応期活動を示し、いずれも前頭眼窩野よりも
高い割合を示した。また、遅延期間活動を示した背外側部ニューロンのうち、74%は刺激の呈示される方向による選択
性を示し、68%は興奮性の持続的発火パターンを示した。このことから、前頭眼窩野と背外側部は、ワーキングメモリ
ー課題の異なった側面に関与していること、すなわち前頭眼窩野は、報酬関連活動に見られるように、行動結果の評価
に主として関連し、一方、背外側部は情報の貯蔵や操作・処理などの認知的活動に関連していることが明らかになった。
第3章では、前頭眼窩野が関与していると考えられる行動結果を評価する機構が、背外側部で担われている情報の貯
蔵や操作・処理機構にどのような影響を与えているのかを明らかにするために、数回連続して試行を正解すると報酬を
与えるODR−1課題と、正解ごとに報酬を与えるODR−2課題を用いて検討した。行動データから、ODR−1課題では
報酬の出現が近づくに伴い、眼球運動開始までの行動潜時が短縮しエラー率も低くなることがわかり、動機付けが高ま
ることが明らかとなった。また、両領域から得られた遅延期間活動を示すニューロンを報酬操作と刺激の呈示方向の違
いによる効果から分類すると、前頭眼窩野では報酬操作のみに影響を受けるニューロンが多数見出された。一方、背外
側部では、報酬操作と方向選択性の両方の影響を受けるニューロンが38%見出されたが、報酬操作による影響を受けず
方向選択性のみを示したニューロンも23%見出された。また、報酬期間活動を示した前頭眼窩野ニューロンの42%、背
外側部ニューロンの41%が、報酬出現の近接に伴い報酬期間活動の増加を示した。また、報酬の出現する試行で報酬期
間活動を示した前頭眼窩野ニューロンの80%がfree rewardに応答したのに対して、背外側部ニューロンでは78%が応
答しなかった。これらのことより、前頭眼窩野は報酬期待に関連すると同時に、報酬が得られたかどうかの評価に関連
すること、背外側部は報酬期待と認知機能の統合に関与する一方で、認知機能にのみ特化した働きを担っていることが
明らかになった。
以上から、その行動の遂行が、自分にとって価値あることであるかどうかを評価し、それにより動機付けを調節する
機構と、動機付け入力に影響される認知や遂行機能に関する神経機構の存在が明らかになった。情動や動機付けと認知
の相互作用に関わる神経基盤が、意味や目的をもって作業に取り組むことで、患者のもっている能力や自主性を引き出
し、認知や遂行能力の改善に寄与することの背景になっているのではないかと考えられる。
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札幌医科大学保健医療学部紀要 第7号 2004
札幌医科大学保健医療学部紀要投稿規定
(2005年3月より適用)
1.投稿資格:原則として本学の教員、大学院生、研究生、訪問
研究員、及び本学に関わりを有する者とする。
但し、年報・紀要編集委員会(以下、編集委員
会という)からの依頼論文の著者はこの限りで
はない。
2.投稿内容:他誌に未発表のものに限る。
3.原稿の種類:1)投稿論文は邦文または欧文の総説、原著、報
告、修士及び博士論文要旨、その他とする
総説は、ある課題について広く研究の動向
を紹介するものをいう。原著は、自分自身
の研究成果をまとめ、結論を得たものをい
う。症例や実践などの報告は、珍しい臨床
経験や新しい試みについて記述したものを
いう。その他は、上述のどの領域にも属さ
ないものをいう。
4.原稿の書き方:1)ワードプロセッサーを用いて、A4判で字
数を1枚に40字×30行(1,200字、ダブ
ルスペース)とする。外国語の原語綴は
行末で切れないように、その言葉の頭で
改行する。ワードプロセッサーにない文
字や記号は手書きで明瞭に記載する。
2)現代仮名遣いに従い医学用語を除き当用
漢字とする。
3)度量衡はCGS単位に限る。
4)文中の外国人名、地名、科学用語は原語
(タイプ印書)あるいはカタカナを用い、
固有名詞、ドイツ語のみ頭文字は大文字
とする。
5)記載順序は標題、所属学科名、著者(邦
文の場合はそれぞれに英文を明記する。)
著者名の姓は大文字とし、名の頭文字は
大文字とする(例:Shigeru
Y O S H I D A )、 邦 文 要 旨 ( 欧 文 は
Abstract)、キーワード、本文、文献、
図表、英文要旨(欧文の場合は邦文要旨)
の順に記述する。
6)文中にしばしば繰り返される語は、略語
を用いて差支えないが、文中の初出の時
に完全な用語を用い、以下、略語を用い
ることを明記する。
7)本文は、各専門領域の慣習に従うことと
する。
8)邦文要旨は、原著、症例報告および臨床
研究には400字程度の内容要旨をつける。
英文要旨は英文題名、ローマ字著者名、
英文所属、邦文要旨と同内容の要旨
(200語程度)とする。
9)修士及び博士論文要旨については、別に
定める。
5.キーワード:原著5個以内、報告及びその他は3個以内とす
る。キーワードから論文が確実に検索できる
よう具体的、的確なものとする。
6.本文枚数:1)邦文の原著は文献を含め、12,000字以内とする。
(図表は含まない。)
2)欧文の原著はA4判のタイプライター用紙に
上下、左右に充分な余白をとり、ダブルスペ
ースで28行以内(1行は60打字)とし、30枚
以内とする。
3)邦文の報告、その他は文献を含め、原則とし
て6,000字以内とする。
4)欧文の報告、その他は文献を含め、原則とし
て6,000字以内とする。
5)依頼論文は編集委員会で定める。
2)著者名は、3名までは記載し、それ以上は、
「∼ほか」
、または、「∼et al」とする。
3)文献の記載順序
イ.雑誌:引用番号)著者名:題名.雑誌名
巻:頁∼頁,西暦年号
(例)1)大柳俊夫,松島範男:遺伝情報解析システムの構築
とタンパク質リピート配列の研究.札幌医科大学保健
医療学部紀要1:1−7,1997
2)Walker J M, Akinsanya J A, Davis B D, et al: The
nursing management of elderly patients with pain in
the community: study and recommendations. J. Adv.
Nurs. 15:1154−1161,1990
ロ.単行本
a:引用番号)著者名:書名.(巻).
(版).発行地,発行所,西暦年号,p頁−頁
(例)3)秋山洋:手術基本手技.東京,
医学書院,1975,p54−76
4)Goligher JC,Duthie HL, Nixon H.H:Surgery of the
anus rectum and colon. London, Bailliere Tindall,
1980, p424−501
b:引用番号)著者名:分担項目名.編者名.
書名.
(巻)
.
(版)
.発行地,発行所,
西暦年号,p頁∼頁
(例)5)小黒八七郎:大腸検査法の進歩.小黒八七郎,吉田
茂昭編.大腸癌−診断と治療.東京,日本メディカル
センター,1996,p69−78
6)Allen A, Hoskins AC:Colonic mucus in health and
disease. Diseases of the Colon. rectum, and anal canal.
Kirsner JB & Shorter RG ed. Williams & Wilkins,
Rochester, 1988, p65−94
8.図・表・写真
1)原著、総説、報告、その他は10個以内とする。それ
以上の場合は、編集委員会に問い合わせてください。
2)依頼原稿は編集委員会で定める。
3)そのまま印刷できる明瞭なもので、大きさは手札判
(8.3×10.8㎝)を原則とする。
4)挿入箇所を原稿の欄外に鉛筆で指示する。
5)印刷は、原則として白黒とする。
6)アンケート等での質問項目等は、原稿に載せないで
ください。
9.校 正: 初校のみを著者校正とする。校正にあたり改変、
組み替えは認めない。
10.論文の採択:採択の決定は編集委員会が行う、審査の結果、
修正を求めることがある。
11.原稿の送付:投稿原稿は正本1部のほか、コピー2部(図表
を含む)ただしコピーの表紙の所属、氏名は削
除しておくこと。
また、査読終了後に、修正後の原稿及びフロッ
ピーディスクを提出すること。
12.規定の改正:投稿規定は改正することがある。
7.文 献:1)文献は、原則として本文中に附した引用番号
順に配列する。ただし止むを得ない場合は、
各専門領域の慣習に従うことを認める。
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139
※1)本誌は毎年、3月に刊行する。
2)別刷は著者の実費負担とする。必要部数を表紙に朱書
すること。
3)原稿提出先は、本学部事務局学務課気付編集委員会と
する。
4)英文(要旨も含む)には、英語を母国語とする有識者
のサイン入りの英文校正証明書を添付すること。
編 集 後 記
今回記念すべき紀要の編集作業に携わることが出来ました。保健医療学部の、あるいは各学科の業績をこ
のようにまとめてみますと、改めて本学が世に応えているものの質の高さを感じるとともに、その期待に対
してこれからも応え続けていける責任があるものと考えております。本学は近い将来、組織改編により独立
行政法人を経営主体とする大学に生まれ変わるでしょう。新しい時代の局面に伴う変化を迎えたとしても、
本学教職員一同が心を一つにして、現在までに培ってきた普遍性をもって、大きな波を乗り越えていくもの
と思います。
(小塚直樹)
大学前プロムナードの秋の彩りも消え、雪の舞う季節となり、保健医療学部紀要第7号ができあがりま
した。保健医療学部に勤務して初めて本学部の紀要編集を担当させていただき、論文投稿者、査読者、学務
の方、編集委員の皆様などのご努力によって初めてこうして発刊が可能となることを実感でき、委員をさせ
ていただき大いに感謝しております。
保健・医療という共通の部分をもちながら、3学科ごとに異なる内容を基礎とする学部の特殊性があり、
紀要に対する考え方やめざす方向なども随分違いが見られると感じました。院生の大学院終了後論文掲載の
場としての紀要であるという考えの一方で、教員の原著論文としての投稿も多く、総合的な論文掲載雑誌と
して内容のレベルが問われているように思いました。大学間競争が厳しくなったと言われる昨今、総合医学
系大学として教育と技術の伝達のみではその存在は難しく、基盤としての専門性と研究の深さが不可欠であ
ると考えます。異なる目的や研究方法の他分野の研究者が多いことはお互いの研究に有利となりプラスにな
ると思います。今まで以上に、学科間交流を担う場と学外へ発信する場として紀要を活用することも重要か
と思いました。これからの保健医療学部全体の研究活動が充実し発展していく足がかりの一つとなるように
多くの方々に本紀要を読んで頂けることを願います。
編 集 委 員
紀要編集委員
松嶋範男(委員長、一般教育科)、高橋義信(一般教育科)
、
平野憲子(看護学科)、片倉洋子(看護学科)
、
小塚直樹(理学療法学科)、青山 宏(作業療法学科)
編集事務担当者(学務課)
中川 誠、浅野直行、佐藤和江
(片倉洋子)
札幌医科大学保健医療学部紀要
第 7 号
2004年3月 発行
編 集 年報・紀要編集委員会
発 行 札幌医科大学保健医療学部
〒060−8556
札幌市中央区南1条西17丁目
TEL(011)611−2111
代表
印 刷 (社福)北海道リハビリー