1931年におけるポンド先物為替相場データの検討 - Info Shako

1931 年におけるポンド先物為替相場データの検討
高橋秀直1
1.はじめに
本稿では,拙稿において十分に検討できなかった 1931 年 1 月から 9 月までの 1 カ月物と
2 カ月物のポンド・ドルおよびポンド・マルク先物相場の動きを,日次データを利用して検
討する2。すでに,先行研究では,直物および 3 カ月物先物相場について検討がなされてき
た。本稿の目的は,新たなデータを提供することで,先行研究の情報の欠落を補うことで
ある。
2008 年以降のリーマンショックに始まる国際的な金融市場の混乱をいかに理解するのか
という問題は,現時点でも依然として重要である。しかしながら,歴史的に大きな金融危
機は限られている以上,大規模なサンプルを集めて経済学的な仮説を統計的に検証すると
いう方法にはおのずと限界がある。そのため,歴史上大きな出来事を参照対象として,現
在の出来事と過去の出来事の共通性と違いを明らかにするという方法が,仮説・検定の手
法と併用されることがある。
特に,2008 年以降の国際金融危機と対比されるべき出来事は,1929 年からの大恐慌では
なく,1931 年の欧州における国際金融危機であるという指摘がなされている3。筆者も,1931
年の欧州金融危機にかかわる 1931 年 9 月におけるイギリスの金本位制離脱をめぐる状況に
ついて検討してきた4。特に,ロンドンの外国為替市場にその影響が強く表れていることを
明らかにした。先行研究では,ポンド・ドルレートについて,限定された情報に依拠して
きた。このため,筆者は,この限界を乗り越えるために,当時のロンドン外国為替市場で
いかなるデータが得られるのかを調査した。その結果,拙稿において,当時の外国為替市
場のデータについていくつかの点を明らかにできた。
本稿の構成は以下の通りである。第 2 節において,1920 年代のロンドンにおける外国為
替相場の情報について概観する。第 3 節において,外国為替レートデータを検討する。最
後に,結論を述べる。
1
2
筑波大学 人文社会系
高橋秀直(2009)「1931 年の「ポンド危機」―ロンドン外国為替市場における直物・先
物レートとビッド・アスクスプレッドの検討―」
『社会経済史学』75(3)
,27-45 頁。
3
James, H. (2009), The creation and destruction of value, Harvard University Press,
Cambridge,Massachusetts;Allen W.A. and Moessner R.(2011), “The international
propagation of the financial crisis of 2008 and a comparison with 1931”,BIS working
papers No.348.
4
高橋秀直「1931 年の「ポンド危機」」
。
2.1920 年代におけるロンドンにおける外国為替レートの情報
筆者の研究を含む先行研究が明らかにしたように,1920 年代のロンドンにおいて,外
国為替取引が拡大した。その結果,投資家・貿易業者を含め先物為替市場に関わる人々も
多くなった。そうなると先物為替市場の情報が必要とされるようになる。それに応じて,
当時の出版物がその情報を提供した。
① 『フィナンシャル・タイムズ』紙に掲載された情報
1924 年 3 月 24 日月曜
5 つの市場相手の 1 ヶ月物の先物為替相場が掲載開始
ニューヨーク,パリ,ミラノ,ブリュッセル,アムステルダム
1925 年 11 月 24 日水曜 スペイン(マドリード)市場が加わる。
1926 年 9 月 7 日
火曜
1928 年 1 月 20 日金曜
ベルリンとチューリヒ市場が加わる
1930 年 1 月 1 日水曜
6 つの市場相手の 1,2,3 ヶ月先物為替相場が掲載開始
Dominion rate として,南アフリカ,オーストラリア,ニュー
ジーランド相手の 1,2,3 ヶ月先物相場が掲載開始
② 『エコノミスト』誌に掲載された情報
1933 年 7 月 8 日号から London rates of exchange の項目を,Ⅰspot rates, Ⅱforward
rates に分割して掲載開始。
金本位制が再建された 1925 年以降であるにも関わらず,扱う情報が次第に詳しくなってい
ることがわかる。これを見ると,金本位制が再建されても先物為替市場への関心が薄らい
だのではないと判断できる。また,この事実は,金本位制再建後においても,欧米各国の
間で外国為替取引の網の目が維持されていた事実とも整合的である5。
3.先物ポンド・ドルレートおよびポンド・マルクレートの推移
ロンドン市場における先物ポンド・ドルおよびポンド・マルクレートを,日次単位で観
察するためには,
『フィナンシャル・タイムズ』紙掲載のデータを利用する必要がある。
『フ
ィナンシャル・タイムズ』紙のデータは,前日終値のビッド・アスクレートを掲載してい
る6。拙稿において,既に,直物及び 3 か月物先物ポンド・ドルおよびポンド・マルクレー
5
高橋秀直「再建金本位制下における欧米各国の外国為替市場のネットワーク構造―国際
連盟史料に基づく検討―」筑波大学『経済学論集』第 67 号(2015 年 3 月)
,73-106 頁。
6
高橋秀直「1931 年の「ポンド危機」」
。拙稿においては,ポンド・ドルおよびポンド・マ
ルク直物と 3 カ月物先物の推移しか掲載していない。本稿は,1 カ月と 2 カ月物のデータを
掲載する。
上がアスクレート
下がビッドレート
直物平均
4.855
4.85
4.845
4.84
4.835
4.83
4.825
4.82
1931/4/19
1931/4/16
1931/4/13
1931/4/10
1931/4/7
1931/4/4
1931/4/1
1931/3/29
1931/3/26
1931/3/23
1931/3/20
1931/3/17
1931/3/14
1931/3/11
1931/3/8
1931/3/5
1931/3/2
1931/2/27
1931/2/24
1931/2/21
1931/2/18
1931/2/15
1931/2/12
1931/2/9
1931/2/6
1931/2/3
1931/1/31
1931/1/28
1931/1/25
1931/1/22
1931/1/19
1931/1/16
1931/1/13
1931/1/10
1931/1/7
1931/1/4
1931/1/1
1931/4/28
4.86
1931/4/25
4.865
1931/9/26
4.87
1931/4/22
図2:1931年度FT掲載一ヶ月物先物相場ビッドアスクスプレッド5-9月
1931/9/22
直物平均
1931/9/18
1931/9/14
1931/9/10
1931/9/6
1931/9/2
1931/8/29
1931/8/25
1931/8/21
1931/8/17
上がアスクレート
1931/8/13
1931/8/9
1931/8/5
1931/8/1
1931/7/28
下がビッドレート
1931/7/24
1931/7/20
1931/7/16
1931/7/12
1931/7/8
1931/7/4
1931/6/30
1931/6/26
1931/6/22
1931/6/18
1931/6/14
1931/6/10
1931/6/6
1931/6/2
1931/5/29
1931/5/25
1931/5/21
1931/5/17
1931/5/13
1931/5/9
1931/5/5
1931/5/1
ト
図1:1931年FT掲載一ヶ月物先物相場のビッドアスクスプレッド1-4月
4.87
4.865
4.86
4.855
4.85
4.845
4.84
4.835
4.83
4.825
4.82
上がアスクレート
下がビッドレート
直物平均
4.855
4.85
4.845
4.84
4.835
4.83
4.825
4.82
1931/4/19
1931/4/16
1931/4/13
1931/4/10
1931/4/7
1931/4/4
1931/4/1
1931/3/29
1931/3/26
1931/3/23
1931/3/20
1931/3/17
1931/3/14
1931/3/11
1931/3/8
1931/3/5
1931/3/2
1931/2/27
1931/2/24
1931/2/21
1931/2/18
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1931/2/12
1931/2/9
1931/2/6
1931/2/3
1931/1/31
1931/1/28
1931/1/25
1931/1/22
1931/1/19
1931/1/16
1931/1/13
1931/1/10
1931/1/7
1931/1/4
1931/1/1
1931/4/28
4.86
1931/4/25
4.865
1931/9/26
4.87
1931/4/22
図4: 1931年度FT掲載二ヶ月物先物相場ビッドアスクスプレッド5-9月
1931/9/22
直物平均
1931/9/18
1931/9/14
1931/9/10
1931/9/6
1931/9/2
1931/8/29
1931/8/25
1931/8/21
1931/8/17
下がビッドレート
1931/8/13
1931/8/9
1931/8/5
1931/8/1
1931/7/28
上がアスクレート
1931/7/24
1931/7/20
1931/7/16
1931/7/12
1931/7/8
1931/7/4
1931/6/30
1931/6/26
1931/6/22
1931/6/18
1931/6/14
1931/6/10
1931/6/6
1931/6/2
1931/5/29
1931/5/25
1931/5/21
1931/5/17
1931/5/13
1931/5/9
1931/5/5
1931/5/1
図3: 1931年度FT掲載二ヶ月物先物相場ビッドアスクスプレッド1-4月
4.87
4.865
4.86
4.855
4.85
4.845
4.84
4.835
4.83
4.825
4.82
20.3
1931/4/11
1931/4/7
1931/4/3
1931/3/30
1931/3/26
1931/3/22
1931/3/18
1931/3/14
1931/3/10
1931/3/6
1931/3/2
1931/2/26
1931/2/22
1931/2/18
1931/2/14
1931/2/10
1931/2/6
1931/2/2
1931/1/29
1931/1/25
1931/1/21
1931/1/17
1931/1/13
1931/1/9
1931/1/5
1931/1/1
1931/9/28
1931/4/27
20.35
1931/9/23
20.4
1931/4/23
20.45
1931/4/19
20.5
1931/9/18
20.55
1931/4/15
20.6
1931/9/8
図6:1931年度FT掲載一ヶ月物先物マルク/ポンド相場ビッドアスクスプレッド5-9月
1931/9/13
1931/9/3
1931/8/29
1931/8/24
1931/8/19
1931/8/14
1931/8/9
1931/8/4
1931/7/30
1931/7/25
1931/7/20
1931/7/15
1931/7/10
1931/7/5
1931/6/30
1931/6/25
1931/6/20
1931/6/15
1931/6/10
1931/6/5
1931/5/31
1931/5/26
1931/5/21
1931/5/16
1931/5/11
1931/5/6
1931/5/1
図5:1931年度FT掲載一ヶ月物マルク/ポンド先物相場ビッドアスクスプレッド1-4月
20.6
20.55
20.5
20.45
20.4
20.35
20.3
1931/9/28
1931/4/27
1931/4/7
1931/4/3
1931/3/30
1931/3/26
1931/3/22
1931/3/18
1931/3/14
1931/3/10
1931/3/6
1931/3/2
1931/2/26
1931/2/22
1931/2/18
1931/2/14
1931/2/10
1931/2/6
1931/2/2
1931/1/29
1931/1/25
1931/1/21
1931/1/17
1931/1/13
1931/1/9
1931/1/5
1931/1/1
1931/4/23
20.3
1931/9/23
20.35
1931/4/19
20.4
1931/9/18
20.45
1931/9/13
20.5
1931/4/15
20.55
1931/9/8
20.6
1931/9/3
図8:1931年度FT掲載二ヶ月物先物マルク/ポンド相場ビッドアスクスプレッド5-9月
1931/4/11
1931/8/29
1931/8/24
1931/8/19
1931/8/14
1931/8/9
1931/8/4
1931/7/30
1931/7/25
1931/7/20
1931/7/15
1931/7/10
1931/7/5
1931/6/30
1931/6/25
1931/6/20
1931/6/15
1931/6/10
1931/6/5
1931/5/31
1931/5/26
1931/5/21
1931/5/16
1931/5/11
1931/5/6
1931/5/1
図7:1931年度FT掲載二ヶ月物先物マルク/ポンド相場ビッドアスクスプレッド1-4月
20.6
20.55
20.5
20.45
20.4
20.35
20.3
について検討している。本稿では,1 カ月物および 2 カ月物先物ポンド・ドルレートおよび
ポンド・マルクレートを検討する。
『フィナンシャル・タイムズ』誌に掲載されているものは,直物のビッドとアスクレー
ト,
先物のビッド・アスクレートのプレミアムとディスカウント値である。図として掲載した
データは以下のように作成した。まず,直物のビッドとアスクレートの平均値を,直物レ
ート
とした。それを基準にして,先物レートのプレミアムとディスカウント値を差し引きして,
先物のビッドレート値とアスクレート値を作成した。
まず,図 1 から図 4 までのポンド・ドルレートの推移を観察すると,1931 年 7 月以降に
1 カ月物および 2 カ月物先物ポンドがドルに対して急落していることがわかる。
次に,図 5 から図 8 までのポンド・マルクレートの推移を観察すると,1931 年 5 月以降
にマルクはポンドに対して下落傾向を示している。そして,1931 年 7 月以降,マルクはポ
ンドに対して急落している。
この動きの背後には,1931 年 5 月のクレディット・アンシュタルトの倒産から始まるオ
ーストリアの金融危機,7 月のドイツ金融危機,そして,9 月のイギリスの金本位制の停止
へと至る欧州各国を伝播した国際金融危機がある。
4.結論
本稿は,1931 年 1 月から 9 月までのポンド・ドルおよびポンド・マルクレートの 1 カ月
物および 2 カ月物の先物レートの推移を,日次データを用いて検討した。
1931 年の欧州における国際金融危機は,リーマンショック以降の国際金融危機と対比さ
せるべき出来事として重要視されている。筆者もこの時期の研究を行ってきた。だが,先
行研究は,週単位データを利用したこと,当時の外国為替市場の動向を十分に検討しなか
ったことなどの問題を抱えていた。筆者はその点を改善するため,いくつかの調査を行っ
てきた。本稿では,拙稿では十分に検討できなかったデータを紹介することで,先行研究に
おける情報の欠落を補うことを目的とした。
既に筆者の研究も含めたロンドン外国為替市場の研究が存在する。その結果,両大戦間
期における国際金融史に対して,外国為替市場という観点からも検討が加えられつつある。
金融史研究だけではなく経済史研究において,歴史における「連続性」と「断絶性」とい
う視点が重要である。今までの研究では,1919 年から 1939 年までの国際金融史は,金本位
制の再建と崩壊という観点から物事を評価するという観点が強かった。しかしながら,外
国為替市場という観点を加えると,別の視点を得ることができた。1925 年の金本位制の再
建の時期及び 1931 年の金本位制の機能停止時において,ロンドン外国為替市場は一時的な
混乱に見舞われながらも,1920 年代から 1930 年代を通じて,一貫してロンドンに定着・機
能し続けたことが明らかになった。この意味で,ロンドン外国為替市場という観点は,歴
史における「連続性」の一端を明らかにすることとなった。この意味で,ロンドン外国為
替市場の研究は,国際金融史研究における意義を主張することができるといえよう。