量子電磁力学 - 高エネルギー物理学研究室

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2008/06/05
量子電磁力学
2.1
Klein-Gordon 方程式と反粒子
相対論的波動方程式を導こう。
E2=p2+m2 の式を
E → ih
−
r
∂ r
, p → −ih∇ の関係式を使って演算子に置き換えると
∂t
∂ 2φ
+ ∇ 2φ = m 2φ
∂ 2t
―――(2.1)
が得られる。これを Klein-Gordon 方程式(相対論的なシュレディンガー方程式)という。
この方程式を満たす、エネルギーE、運動量 p の自由粒子の解は
rr
φ = Neip⋅x −iEt
―――
(2.2)
である。エネルギー固有値は
E = ± p2 + m2
となり、負エネルギーの解が表れた。負エネルギーの解、つまり負のエネルギーの粒子は
どんどん低いエネルギー状態に遷移が可能であり、安定した状態を取ることはできない。
この状態を歴史的にどう議論してきたかは興味あることである。
例; Dirac の空孔理論:Dirac 方程式に従う電子を例にとったとき、真空は全て負エネル
ギーの電子で満たされるとした。
この話題は、あとは教科書に譲ることにする。
式(2.2)で負エネルギーの粒子は、時間を逆向きにとれば正エネルギーの粒子の運動ととれ
る。つまり
e+, E>0
e-, E<0
t
と解釈しなおす。例えば、電子の流れ(電流を)考えると、負電子が右向きに流れている
ことは、正電子が左向きに流れていることになる。よって、負エネルギーの解は正エネル
r
r
ギーの反粒子として意味を持つことがわかる。同様に反粒子の運動量は p → − p となる。
ここで粒子→反粒子として、正エネルギーを定義できたので、粒子の安定性の問題は避け
られた。また、相対論的方程式より、反粒子が存在する示唆が与えられた。
例:反粒子の解釈で以下のような散乱が可能になる。下図(b)においては真空から粒子が生
成されたことになる。ここで、素粒子物理学の基礎概念として、1体問題から多数の粒子
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が同時に存在する場合も扱わなければならないことがわかる。詳細は「場の理論」の授業
に譲る。
2.2
Dirac 方程式
歴史的には 2.1 の解釈の前に、Klein-Gordon 方程式に伴う負の確率(ここでは飛ばした)
と負のエネルギーの問題を避けるために、Dirac は時間に対して一階の微分方程式を提案し
た。なぜなら連続の方程式
∂ρ rv r
+∇⋅ j = 0、
∂t
におおて、Klein-Gordon 方程式では時間の 1 階微分が初期条件によってしまうのでうれし
くない(歴史的には確率密度に電荷 e を与え、電子の電荷電流密度として解釈しなおして
この困難を避けた)。ただし、空間微分の回数を減らしたため、φは多成分となる(例:長
島さん教科書 p39)。
一階の微分方程式は
i
r r
∂ψ
= Hψ = Eψ = (α ⋅ p + βm)ψ
∂t
―――
(2.3)
⎡ψ 1 ⎤
⎥ のような列ベクトルとする。成分は2とは限らない)
⎣ψ 2 ⎦
(注:ここでψは多成分ψ = ⎢
この式を Klein-Gordon 方程式と比較する。
3
3
i =1
j =1
E 2 = p 2 + m 2 = (∑α i pi + βm)(∑α j p j + βm)
この式を解くと
αi2=β2=1
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α iα j + α jα i = α i β + βα j = 0
の関係式が導かれる。この関係式を満たす行列をディラック行列と呼ぶ。
最低次元のディラック行列は 4 次元(長島教科書p40)であり、4 つの行列は Dirac-Pauli
表現で
⎛⎛ 0
(α1 ,α 2 ,α 3 , β ) = ⎜⎜ ⎜⎜
⎝ ⎝σ 1
σ1 ⎞ ⎛ 0 σ 2 ⎞ ⎛ 0 σ 3 ⎞ ⎛ I 0 ⎞⎞
⎟, ⎜
⎟, ⎜
⎟, ⎜
⎟ ⎟ ―――(2.4)
0 ⎟⎠ ⎜⎝ σ 2 0 ⎟⎠ ⎜⎝ σ 3 0 ⎟⎠ ⎜⎝ 0 − I ⎟⎠ ⎟⎠
でσi はパウリ行列で
⎛0 1⎞
⎟⎟,
⎝1 0⎠
σ 1 = ⎜⎜
⎛0 − i⎞
⎟,
0 ⎟⎠
σ 2 = ⎜⎜
⎝i
⎛1 0 ⎞
⎟⎟,
⎝ 0 − 1⎠
σ 3 = ⎜⎜
――――(2.4.1)
である。
式(2.3)に左からβをかけて、Dirac のγ行列 γ
(iγ μ ∂ μ − m)ψ = 0
μ
r
≡ ( β , βα ) を導入すると式(2.3)は
――――(2.5)
と簡単にかける。この方程式は4つ(4 連)の微分方程式である。
つまりディラック方程式には 4 つの解が存在することになる。
[HW] ψの 4 成分を別々にして、それぞれの成分ψ1、ψ2、ψ3、ψ4 が満たす方程式をあ
らわに書き出せ。
[HW]γ行列の公式
γ μ γ ν + γ ν γ μ = 2 g μν 、 γ0†=γ0、(γ0)2=I、γk†=(βαk)†= αkβ=-γk、(γk)2=-I を示せ。
またエルミート共役の結果はγμ†=γ0γμγ0 と書けることも示せ。
Klein-Gordon 方程式のところで、粒子・反粒子二つの解が現れることを確認したが、Dirac
方程式では4つ(2 倍)になった。この 2 倍は粒子のどのような状態に対応しているかこれ
から見ていく。
Dirac 方程式は基本的に 2 行 2 列のパウリ行列をもとにする 4 行 4 列の行列で表されてい
⎛u ⎞
るので、式(2.3)と式(2.4)をもとにψを 2 成分スピノール u,v を使ってψ ≡ ⎜⎜ ⎟⎟e
⎝v⎠
と、
⎡u ⎤ ⎡ m σ ⋅ p ⎤ ⎡u ⎤
E⎢ ⎥ = ⎢
⎥⎢ ⎥
⎣v ⎦ ⎣σ ⋅ p − m ⎦ ⎣v ⎦
⇒
( E − m)u = σ ⋅ pv
( E + m)v = σ ⋅ pu
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――― (2.6)
rr
ip⋅x −iEt
とする
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と表せる。
静止した粒子(p=0)を考えると、Eu=mu, Ev=-mv となるので、u の状態が正のエネルギ
ーをもつ粒子を、v の状態が負のエネルギーを持つ粒子(つまり反粒子)を表していること
がわかる。ここで u、v が 2 次元の列ベクトルであることを思い出して、それぞれの状態が
何に対応しているかを考える。賢明な学生ならパウリ行列σがある時点で、u,vの 2 成分が
スピンに関係しているだろうという推測ができると思う。
⎛1⎞ ⎛ 0⎞
式(2.6)下に置いて、ψ1、ψ2の u 成分がスピン関数 ⎜⎜ ⎟⎟, ⎜⎜ ⎟⎟ とすると
⎝0⎠ ⎝1⎠
⎛ ⎛1⎞ ⎞
⎛ ⎛0⎞ ⎞
⎜ ⎜⎜ ⎟⎟ ⎟
⎜ ⎜⎜ ⎟⎟ ⎟
⎜ ⎝ 0 ⎠ ⎟ ipr⋅xr −iEt
⎜ ⎝ 1 ⎠ ⎟ ipr ⋅xr −iEt
ϕ1 = N ⎜
ϕ
e
,
=
N
2
⎜ σ ⋅ p ⎛ 0 ⎞ ⎟e
σ ⋅ p ⎛1⎞⎟
⎜⎜
⎜⎜
⎜⎜ ⎟⎟ ⎟⎟
⎜⎜ ⎟⎟ ⎟⎟
⎝ E + m ⎝0⎠⎠
⎝ E + m ⎝1⎠⎠
(注:N は規格化定数)-----(2.7)
と表せる。ここで、非相対論の場合を考えると、|E|-m, |p|<<|E|, m なので正エネルギ
ーの場合は u>>v である。
同様に式(2.6)上を用いて、ψ3、ψ4 を求めることができる。
[HW] ψ3、ψ4 を求めよ。ここで v は負エネルギー解より E-m の E は負エネルギーで、正
エネルギーE→-|E|と変換すると E-m=-(|E|+m)と表せる。
よって 4 つの解が得られたことになる。ψ1、ψ2は正エネルギーに、ψ3、ψ4 は負エネルギ
ーに対応する。
2.2.1 ヘリシティー
上記(2.7)の式で、運動量 p=0、E=m の場合の波動関数は
⎛1⎞
⎛0⎞
⎛0⎞
⎛0⎞
⎜ ⎟
⎜ ⎟
⎜ ⎟
⎜ ⎟
⎜0⎟
⎜1⎟
⎜0⎟
⎜0⎟
ϕ1 = ⎜ ⎟,ϕ 2 = ⎜ ⎟,ϕ 3 = ⎜ ⎟,ϕ 4 = ⎜ ⎟
0
0
1
0
⎜ ⎟
⎜ ⎟
⎜ ⎟
⎜ ⎟
⎜0⎟
⎜0⎟
⎜0⎟
⎜1⎟
⎝ ⎠
⎝ ⎠
⎝ ⎠
⎝ ⎠
であり、2 次元のスピン演算子 s = σ / 2 を 4 次元に拡張した
⎛σ 0 ⎞
⎟⎟ のΣ3 は上記波動関数を固有関数としてもっている(固有値は±1/2)。
S = Σ / 2, Σ = ⎜⎜
⎝0 σ⎠
スピン角運動量はよく粒子の自転の角運動量に例えられるが、回転という概念は広がりを
持った質量分布が必要である。スピン角運動量は広がりのない質点粒子でも相対論的取り
扱いから必然的に出てくる量であり、座標や運動量といった変数を含まない。相対論的粒
子に付随する一つの性質として受け入れるべきである。
相対論的取り扱いでは固定したz軸の代わりに、自身の運動方向をz軸にとった場合のス
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ピンのz成分(ヘリシティ)がよく使われる。ヘリシティ h は
h = σ ⋅ p / p ―――――(2.8)
で定義され、±1の固有値を持つ。
{注:ディラック方程式(2.6)で m=0 とすれば、ヘリシ
ティがどのような量なのかわかりやすい。またよい保存量であることも一見できる。}ヘリ
シティ正は右方向に回転して進む右巻きねじに対応させる。このため、ヘリシティは正負
の代わりに右巻き、左巻きという表現をよく使う。
[HW]4 成分ヘリシティ演算子がディラックハミルトニアンと交換することを示せ。よって
ヘリシティはエネルギーと独立な観測可能量であり系を記述するよい粒子数である。
(注)軌道角運動量 L=r×p とハミルトニアンの交換関係は[H,L]=-i(α×p)である(注:
αは(2.4))
。全角運動量 J = L +
1
Σ は H と可換であり、保存するよい量子数である。
2
またこのことは、ディラック方程式と角運動量の保存において、粒子のスピンが必要であ
ることを示している。
[HW]参考として、長島教科書 p57~p61、もしくはクォークとレプトンの p121~123 を読ん
でみて下さい。理解できなくても、頭のすみに止めておくと、そのうちニュートリノの話
が出てきたときに少し理解が深まるかもしれません。
2.2.2 Dirac 粒子の磁気能率
ディラック方程式に従う粒子と電磁場の相互作用を考える。シュレディンガー方程式の場
合と同様に
r
r
r
E → E − qφ , p → p − qA
μ
μ
μ
もしくは( p → p − qA )
として電子の場合(q=-e)から式(2.6)より
( E + eφ − m)u = σ ⋅ ( p + eA)v
( E + eφ + m)v = σ ⋅ ( p + eA)u
―――――(2.9)
E>0 の解
⎛ ⎛1⎞ ⎞
⎜ ⎜⎜ ⎟⎟ ⎟
0
⎜
⎟ rr
ϕ1 = N ⎜ ⎝ ⎠ ⎟eip⋅x −iEt
σ ⋅ p ⎛1⎞
⎜⎜
⎜⎜ ⎟⎟ ⎟⎟
E
+
m
⎝0⎠⎠
⎝
で非相対論的近似を行うと
v=
σ ⋅ ( p + eA)
2m
u
これを(2.9)上式に代入すると(E=m+T, T<<m, eφ<<m と仮定)
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(T + eφ )u =
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[σ ⋅ (−i∇ + eA)][σ ⋅ (−i∇ + eA)] u
2m
こ こ で ス ピ ン 演 算 子 の 性 質 (σ ⋅ a )(σ ⋅ b ) = a ⋅ b + iσ ⋅ ( a × b ) を 使 い 、
( − i∇ × A + A × − i ∇ ) u = − i [ ( ∇ × A ) u + A × ∇ u ] = − i [ ∇ × A u + ∇ u × A + A × ∇ u ]
= ( − i∇ × A)u = − iBu
を使って式を整理する(<>は∇演算子がこの<>の中にしか作用しないことを示す。)と
Tu = [−
e
1
(−i∇ + eA) 2 − eφ +
σ ⋅ B]u ―――――(2.10)
2m
2m
となる。この式は電子と磁場の相互作用が含まれている。磁気能率μと磁場 B の相互作用
r r
(− μ ⋅ B ) を思い出すと、電子の磁気能率は
r
μ=−
e r
q r
σ =g
s
2m
2m
と書け、g をg因子(g factor)とよび g=2 である。
電子の磁気能率はg因子2を持つ。g因子は通常非常に2に近く、Dirac 方程式の予言が実
証されたことになる。実験ではg因子の 2 からの差(g-2)を異常磁気能率と定義し測定し
ている。陽子の磁気能率を測定すると g=2.79 となり、基本粒子でないことがわかる。また
中性子も磁気能率 g=-1.91 をもち基本粒子でないことがわかる。中性子は電荷を持たないの
に磁気能率を有している。これはまさに中性子に構造(もしくは有限の大きさ)があるこ
とを示唆している。逆に電子、μ粒子の磁気能率はそれぞれ ge~gμ=2.0023 でほぼ 2 で基本
粒子であることがわかる。2 からのわずかなずれは QED の高次効果による
2.2.3 保存カレント
Dirac 方程式のエルミート共役(行列なので、複素共役ではない)をとると
− i∂ μ ϕ†γ μ† − mϕ† = −i∂ 0ϕ†γ 0† − i∂ k ϕ†γ k† − mϕ† = −i∂ 0ϕ†γ 0 + i∂ k ϕ†γ k − mϕ† = 0
ここでγ行列のエルミート共役 γ
めに ϕ ≡ ϕ
μ†
は 0 成分と 1-3 成分で変換性が異なる。共変型を保つた
γ を定義し、常識の右から γ 0 をかけると
† 0
i∂ μϕ γ μ + mϕ = 0 ―――――― (2.11)
が導ける。Dirac 方程式(2.5)と共変型(2.11)を使って連続の方程式
ϕ γ μ ∂ μ ϕ + (∂ μ ϕ )γ μ ϕ = ∂ μ (ϕ γ μ ϕ ) = 0 が導ける。
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よって ϕ γ
μ
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∂ρ
( + ∇ ⋅ j = 0) を満たす jμ(カレント)となって
ϕ は連続の方程式 ∂ μ j μ = 0 ∂t
いる。
4
[HW]
ρ ≡ j 0 が確率密度 ∑ ϕ i となることを示せ。
2
i =1
2.2.4 反粒子状態(荷電共役変換)
荷電共役変換とは粒子と反粒子とを入れ替える演算である。粒子と反粒子の違いは電荷に
ある。荷電共役変換(ψ→ψc)を施した Dirac 方程式の波動関数(ψc)はディラック行列を
使って
ϕ C = iγ 2γ 0ϕ T = iγ 2ϕ *
と表せる
[HW]上記を示せ。
2.3 相対論的反応断面積
2.3.1 電磁場 Aμによる Dirac 粒子の散乱
μ
μ
μ
Dirac 方程式(2.5)に電磁場がある場合の方程式は p → p − qA として
(iγ μ ∂ μ − m)ϕ = qγ μ Aμϕ = γ 0Vϕ ――――(2.12)
この式を1次の摂動で取り扱う{注:(E+∙∙∙)ψ=Vψの形で V を定義}。摂動による状態
の時間変化を考える場合、状態ψi から状態ψf への遷移振幅 Sfi は V = qγ 0γ μ A μ と q=-e(電
子の場合)を用いて
S fi = −i ∫ ϕ†f ( x)(−e)γ 0γ μ Aμ ( x)ϕi ( x)d 4 x
μ
= ie ∫ ϕ f ( x)γ μ A ( x)ϕi ( x)d 4 x
2.23 節でやったように ϕ γ
μ
ϕ = 0 は連続の方程式 ∂ μ j μ = 0 を満たすカレントと考えられた
ので、 jμfi = −eϕ γ μϕ をカレント(電流?)と定義すると
S fi = −i ∫ jμfi ( x) A μ ( x ) d 4 x
――――(2.13)
と書ける。この反応を図式すると
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ψi
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ψf
Aμ
となる。
2.3.2 カレントの表式
Dirac 方程式の時間発展する解は
ϕ = ueip ⋅ x
と書けるので、入射粒子の4元運動量を pi、終状態の粒子の運動量を pf とすると
jμfi = − eu γ μ ue
i ( p f − pi )⋅ x
――――(2.14)
とかける。ここで u は式(2.7)のように4次元のスピノールである。
2.3.3 電磁場の Aμの表式
電磁場 Aμも通常荷電粒子によって生成されている。ここで電磁場 Aμが電子によって生成
されるとし、その電子の始状態の運動量を p1、終状態の粒子の運動量を p2 とすると、その
カレントは
μ
j21
= −eu γ μ uei ( p2 − p1 )⋅ x
――――(2.15)
と表せる。このカレントが Maxwell 方程式を満たす条件より
μ
□2 Aμ = j21
――――(2.16)
となる。式(2.15)を式(2.16)に代入し q=( p2 -p1)とすると式(2.16)は
Aμ = −
1 μ
j21 ――――(2.17)
q2
となる。
2.3.4 Dirac 粒子同士の散乱-1(Trace 公式)
ここで全ての道具立てが揃ったので、Dirac 粒子同士の散乱を計算する。実際にはミューオ
ンが入射して電子(標的)により散乱される過程を計算する。入射粒子と標的粒子が同じ
(電子電子散乱)場合は、最終的に観測される電子が入射粒子だったのか、標的粒子だっ
たのかを識別することが不可能になり、その分計算過程が増えるので、ここでは異種粒子
同士の散乱を考える。散乱の様子をファインマンダイアグラムで表すと、
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μ(pa)
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μ(pc)
Aμ(q2)
e(pb)
e(pd)
である。この反応の散乱振幅は式(2.13)、(2.14)、(2.17)より
⎛ 1⎞
Sca = −i ∫ jμca ( x)⎜⎜ − 2 ⎟⎟ jdbμ d 4 x
⎝ q ⎠
⎛ 1⎞
= −i(−eucγ μ ua )⎜⎜ − 2 ⎟⎟(−eud γ μ ub )(2π )4 δ ( 4 ) ( pa + pb − pc − pd )
⎝ q ⎠
となる。ここでδ関数の意味は 4 元運動量移行の保存である。
⎛ 1 ⎞
⎟(u γ μ ub ) を不変振幅 M と定義する。
2 ⎟ d
⎝q ⎠
ここで − e (ucγ μ ua )⎜⎜
2
散乱断面積は散乱振幅の2乗より M2 を計算する必要がある。ただし、M は全スピン状態に
ついての平均を取る必要があるので、M2 を再定義して
e4
1
1
[(ucγ ν ua )(ud γ ν ub )]†[(ucγ μ ua )(ud γ μ ub )]
M = 4
∑
∑
q (2s電子 + 1) (2sミューオン + 1) 電子スピンミューオンスピン
2
=
1
e4
1
[ud γ ν ub ]†[ud γ μ ub ]}{
{
∑
∑[ucγν ua ]†[ucγ μ ua ]}
4
(2sミューオン + 1) ミューオンスピン
q (2s電子 + 1) 電子スピン
=
e 4 νμ ミューオン
L電子 Lνμ
q4
となる。ここで 1/(2s+1)の因子は粒子の始状態のスピンがわからないので、全スピン状態に
ついて平均を取ってあり、Σスピンは終状態が全てのスピン状態を含むので和をとっている。
この Lνμ
電子 を計算する必要がある。
ここでエルミート共役の括弧は
ν=0 の場合
[u d γ 0ub ]† = [u†d γ 0γ 0ub ]† = [u†d γ 0γ 0ub ]† = [u†b γ 0†γ 0†u d ] = [u†b γ 0γ 0ud ] = [ubγ 0u d ]
ν=i の場合
i
0† i†
† 0 i
[u d γ iub ]† = [u†d γ 0γ iub ]† = [ −u†d γ iγ 0ub ]† = [ −u†
b γ γ u d ] = [u b γ γ u d ] = [ u b γ u d ]
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となり、エルミート共役は単に粒子 b と d の順序を入れ替えただけである。各行列の成分
をあらわに示すと
1
(ub( s ) )i (γ ν )ij (ud( s ) ) j (ud( s ) ) k (γ μ ) kl (ub( s ) )l
∑
∑
∑
∑
∑
2 スピン i =1, 4 j =1, 4k =1, 4l =1, 4
Lνμ
電子 =
=
1
(ub( s ) )l (ub( s ) )i (γ ν )ij (ud( s ) ) j (ud( s ) ) k (γ μ ) kl
∑
∑
∑
∑
∑
2 スピン i =1, 4 j =1, 4k =1, 4l =1, 4
∑u
(s)
u ( s ) = ∑ ui ui = p/ + m より
i =1, 2
スピン
[HW]
∑u u
i i
i =1, 2
Lνμ
電子 =
=
= p/ + m ,
∑v v
i i
i =3, 4
= p/ − m を示せ。
1
( p/ b + m) li (γ ν ) ij ( p/ d + m) jk (γ μ ) kl
∑
∑
∑
∑
2 i =1, 4 j =1, 4k =1, 4l =1, 4
1
{( p/ b + m)(γ ν )( p/ d + m)(γ μ )}ll
∑
2 l =1, 4
1
= Tr[( p/ b + m)(γ ν )( p/ d + m)(γ μ )]
2
となる。
(付録)トレース定理とγ行列の性質(クォークとレプトン p130)
1
Lνμ
{Tr ( p/ bγ ν p/ d γ μ ) + mTr(γ ν p/ d γ μ ) + mTr( p/ bγ ν γ μ ) + m2Tr (γ ν γ μ )}
電子 =
2
ここで、m の 1 次の項は奇数個のγ行列を含んでいるので0.
Tr ( p/ b γ ν p/ d γ μ ) = 4{ pνb p dμ + pbμ pνd − ( pb ⋅ p d ) g νμ }
Tr (γ ν γ μ ) = 4 gνμ
ν μ
μ ν
2
νμ
Lνμ
電子 = 2{ p b p d + p b p d − ( p b ⋅ p d − m ) g }
2.3.5 Dirac 粒子同士の散乱-2(散乱断面積)
電子の質量を me ミューオンの質量を mμとすると、
2
M =
=
e 4 νμ ミューオン
L電子 Lνμ
q4
4e 4 ν μ
{ pb pd + pbμ pνd − ( pb ⋅ pd − me2 ) gνμ }{ pνa pμc + pμa pνc − ( p a ⋅ p c − mμ2 ) gνμ } ――(2.18)
4
q
8e 4
≈ c
{( pb ⋅ p a )( pd ⋅ p c ) + ( pb ⋅ p c )( pd ⋅ p a )}
a 4
(p − p )
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ここで最後の式変形で、高エネルギー反応を扱うという仮定のもと、粒子の質量を無視し
た。
2
[HW] 意欲のある人は式(2.18)の M を正確に書いたときに
2
M =
8e4
{( pb ⋅ p a )( pd ⋅ p c ) + ( pb ⋅ p c )( pd ⋅ p a ) − me2 p c ⋅ p a − mμ2 pd ⋅ pb + 2me2mμ2 }
4
q
となることを示せ。
断面積は散乱振幅 Sca の 2 乗を単位時間 T・単位体積 V で割った量を基に
2
S ca
断面積 =
⋅ (終状態の数 )
TV ⋅ (入射フラックス)
と表せる。
微分断面積は、入射粒子のフラックスを F、終状態の数を dLips(ローレンツ不変な位相空
間因子)として
2
M
dσ =
dLips
F
dLips = (2π ) δ
4
( 4)
d 3 pc
d 3 pd
( pc + pd − pa − pb )
(2π )3 2 Ec (2π )3 2 Ed
――――(2.19)
として表せる。
2
(注) Sca で出てくるデルタ関数の 2 乗は
(2π )4 iδ 4 ( pi − p f )
2
[
= (2π ) δ 4 ( pi − p f ) ∫ e
4
(
)
i pi − p f x
]
[
]
d 4 x = (2π ) δ 4 ( pi − p f ) ∫ d 4 x = (2π ) δ 4 ( pi − p f )VT
4
4
と計算される(長島教科書 p97)。
r
r
話を簡単にするために重心系( pa = − pb )の場合を考える。この場合 dLips は
dLips = (2π ) 4 δ ( 4 ) ( pc + pd − pa − pb )
=
d 3 pc
d 3 pd
(2π )3 2 Ec (2π )3 2 Ed
1 d 3 pc 1
δ ( Ec + Ed − Ea − Eb )
4π 2 2 Ec 2 Ed
重心系で s = Ea + Eb ( ≡ W ) と定義すると s = Ec + Ed 、 pc = − pd より
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1 pc2 dpc dΩ
δ ( Ec + Ed − Ea − Eb )
4π 2 4 Ec Ed
dLips =
W = Ec + Ed = ( pc2 + mc2 )
dW = pc dpc (
1
+ ( pc2 + md2 )
2
1
2
1
1
+ )
Ec Ed
を使って
dLips =
1 pc dΩ
4π 2 4 s
――――(2.20)
となる。また
また、F は粒子の速度を va = pa / Ea として、粒子 a,b が直線的に衝突するとして
r r
F = va − vb (2 Ea )(2 Eb )
――――(2.21)
と表せる{単位体積中に 2E 個の粒子があるように規格化}。
p
p
r r
F = va − vb (2 E a )(2 Eb ) = 4 E a Eb a + a = 4 p a s ――――(2.22)
E a Eb
よって
dσ
1 1 pc
=
M
dΩ CM 64π 2 s pa
2
――――
(2.23)
(
実験室系の場合は、μが静止している、つまり p a = m μ
0 0 0 ) の状態である。
この場合は、電子の速度を光速と仮定して
r
r
pb
r
F = vb ( 2 E a )(2 Eb ) =
4 E a Eb = 4m μ pb
Eb
dLips =
1
( 4π ) 2
r 2
p d dΩ
r となる(クォークとレプトン p138-139。長島教科書 2 巻付録 C の
mμ pb
b 参照)。よって
r
dσ
1 pd
=
dΩ LAB 64π 2 pr b
2
2
1
M
mμ2
2
――――
(2.24)
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となる。この式は電子と陽子の散乱の章で使う。
2.3.6 Dirac 粒子同士の散乱-3(マンデルシュータム[Mandelstam]変数)
a+b→c+d 反応で、ローレンツ不変な変数であるマンデルシュータム変数を定義する
s = ( pa + pb ) 2
t = ( pa − pc ) 2
――――
(2.25)
u = ( pa − pd ) 2
ここでsは全エネルギーの2乗、t は運動量移行(伝播光子のエネルギー)の2乗に対応し
ている。
[HW] s + t + u = ma2 + mb2 + mc2 + md2 を示せ。
ここで式(2.24)の変数を使って式(2.18)を書き直す。粒子の質量が無視できる場合は
s = ( pa + pb ) 2 ~ 2 pa ⋅ pb
= ( pc + pd ) 2 ~ 2 pc ⋅ pd
t = ( pa − pc ) 2 ~ −2 pa ⋅ pc
= ( pb − pd ) 2 ~ −2 pb ⋅ pd
――――(2.26)
u = ( pa − pd ) 2 ~ −2 pa ⋅ pd
= ( pb − pc ) 2 ~ −2 pb ⋅ pc
なので
2
M ≈
2e4 2
(s + u 2 ) ――――(2.27)
2
t
と表せる。
2.3.7 Dirac 粒子同士の散乱-4(e+e-→μ+μ-散乱断面積)
次に電子陽電子衝突実験で e+e-→μ+μ-反応の反応断面積を求める。
e- μ-→ e- μ-散乱で右辺の e-を左辺に移項し e+に(pa→-pd)、左辺の μ -を右辺に移項しμ +
に(pd→-pa)にする{a+b→c+d ⇒-d+b→c-a}になる。
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μ- (pa)
e+ (-pd)
μ- (pc)
e- (pd)
e- (pb)
e- (pb)
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μ- (pc)
μ+ (-pa)
[HW] pa→-pd の置き換えでマンデルシュータム変数 s と t が入れ代わることを示せ。
よって s↔t の置き換えを(2.26)に行い
2
M
≈
2e4 2
(t + u 2 )
2
s
――――(2.28)
となる。
[HW](2.25)について重心系で粒子の質量が無視できる場合、
s ~ 2 pa ⋅ pb = 4 pa2
t ~ −2 pa ⋅ pc = −2 pa2 (1 − cosθ )
――――(2.29)
u ~ −2 pa ⋅ pd = −2 p (1 + cosθ )
2
a
となることを示せ。ただし、θは重心系での散乱角である。
(2.23)、(2.28)、(2.29)を用いると
dσ
1 1 pc 2e 4
4 p 4{(1 − cos θ ) 2 + (1 + cos θ ) 2 }
=
2
4
dΩ CM 64π s pa 16 p
=
=
e4 1
(1 + cos 2 θ )
2
64π s
α2
4s
(1 + cos 2 θ )
全断面積は dΩ[≡2πd(cosθ)]についてθを 0 からπまで積分して(φ方向は1周積分して 2π
が出た)
σ=
4πα 2
――――(2.30)
3s
となる(1.4 節の例題参照)。
[HW] 現在日本の B ファクトリー実験は重心系エネルギー10GeV で BB 中間子を大量生成
し実験を行っている。σ (e + e → μ + μ ) は何 pb か?pb は 10-12×b(10-24cm2)=10-36cm2
+
−
+
−
である。また現在 B ファクトリーは 1034cm-2s-1 という高ルミノシーティーで実験を行って
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いる。毎秒何個のμ+μ-対が生成されていることになるか?
2.3.8 不変振幅 M の計算に対するファインマン側
2.3.4 で見た不変振幅 M を基に、Feynman(ファインマン)によって発見されたファイン
マン側をまとめる。
μ(pa)
μ(pc)
Aμ(q2)
e(pb)
e(pd)
をファインマンダイアグラムという。このダイアグラムに対応する不変振幅は
⎛ 1 ⎞
⎟(u γ μ ub )
2 ⎟ d
⎝q ⎠
M= − e (ucγ μ ua )⎜⎜
2
と記述でき、この過程の断面積は(2.19)より、入射粒子のフラックス F と、位相空間因子
2
M
dLips と記述できる。
dLisp(終状態の状態数に対応する量)を使って dσ =
F
反応断面積は、その反応過程に対応するファインマンダイアグラムを描き、次のルールを
使うことで不変振幅 M がわかる。
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平面波を含めて、以下のように書いてもわかりやすい。
ここで 2.3.3 節の考察より、内線-伝播関数(Propagator)-はフォトンの満たす方程式のグ
リーン関数となっている。同様に内線が電子の場合は、伝播関数はディラック方程式
( p/ − m )ϕ = −eγ μ Aμϕ のグリーン関数で
−1
p+m
= − /2
となる(注:実際には-i がかかる。QL の p143)。
( p/ − m )
p − m2
2.3.9 コンプトン散乱
例としてコンプトン散乱( γ + e → γ + e )の不変振幅 M は
−
−
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より
( p/ + k/ + m)
(eγ μ )ε μ u ( p )
( p + k )2 − m2
( p − k/ + m)
M 2 = u ( p ' )ε μ (eγ μ ) /
(eγ ν )εν '* u ( p )
2
2
( p − k) − m
M 1 = u ( p ' )εν '* (eγ ν )
2
M = M1 + M 2
2
について電子のスピン平均した振幅を計算する必要がある(QL p149-151、長島教科書 p113
参照)。ここでεは光子の偏極ベクトルで直線偏光の場合は独立な 2 つの偏極ベクトルとして
r
r
ε 1 = (1,0,0), ε 2 = (0,1,0), と取れる。
これを元に実験室系での微分断面積をせっせと計算するとクライン-仁科の公式
r r 2⎤
dσ
α 2 ⎛ ω' ⎞ ⎡ ω ω'
=
⎟ ⎢ + − 2 + 4(ε ⋅ ε ') ⎥
2 ⎜
dΩ 実験室系 4m ⎝ ω ⎠ ⎣ ω ' ω
⎦
2
→
→
が導ける。ここで k=(ω,k)、k’=(ω’,k’)と置いている。
もし、もっと計算をしたい人は、教科書を見てコンプトン散乱の式を導き出してみなさい。
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