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● パーヴォ・ヤルヴィ首席指揮者就任!
特集
MESSAGE from PAAVO JÄRVI
首席指揮者としての初シーズンにあたって、
あらゆるジャンルのオーケストラ作品の中から
わた
多岐に亘る傑作を選びました。選曲に際して
は、
テーマ性を持たせると言うより、
ロマン派か
ら現代まで幅広い作品を含めることで、
できる
だけ多様性を持たせていますが、一つの例外
として今シーズンのプログラムにはリヒャルト・
シュトラウスが度々登場することにお気づきで
しょう。
これはN響との初レコーディングを視野
に入れているからです。
また私がとても大切に
している音楽も組み込みました。
ブルックナー、
マーラーといったドイツ・ロマン派の作品、
それ
にベルリオーズ《幻想交響曲》
などの卓越した
フランスの作品も演奏します。
エストニア生まれの私としては、故郷の作
品を入れないわけにはいきませんから、
トゥー
ル
《アディトゥス》
も採り上げます。
それに素晴ら
しいソリストを大勢呼んでいます。五嶋みどり、
ジャン・イヴ・ティボーデ、
ジャニーヌ・ヤンセン、
カティア・ブニアティシュヴィリ、マティアス・ゲル
ネ、
リリ・パーシキヴィ、
エリン・ウォール、
そしてト
ルルス・モルクなど名手揃いです。
N響
首席指揮者としての初めてのシーズン、
との演奏を通してお互いを知り合いたいと思っ
ています。
そして一層親密な関係が構築でき、
よ
りよく通じ合えるための音楽という言語を共有
できるようになれればと願っています。
シーズンを通して、皆さんが楽しんでいただ
ければ幸いです!
NHK交響楽団首席指揮者
パーヴォ・ヤルヴィ
©Jun Takagi
PROGRAM A
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
3
期待のN響首席指揮者
就任記念公演
©Julia Baier
いよいよ今月はパーヴォ・ヤルヴィのN響首
席指揮者就任記念公演が行われる。
パリ管弦楽団音楽監督、ドイツ・カンマー
フィルハーモニー管弦楽団芸術監督を務め、
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィー
ン・フィルハーモニー管弦楽団、ニューヨーク・
フィルハーモニック、ロイヤル・コンセルトヘボ
ウ管弦楽団、ドレスデン国立管弦楽団など
への客演を続けている、まさに世界中から
引っ張りだこの、現在のオーケストラ界を牽
引する指揮者、パーヴォ・ヤルヴィ。一挙手一
投足が注目を浴びる彼が新しいパートナーと
して選んだオーケストラはN響だった。つい
にN響との新しい音楽づくりが始まり、その
音楽世界に触れられる日がやってきた。
文 ◎編 集 部
明確な構想をもって臨んだ
2015年2月定期公演
今年2月には、10年ぶりにN響定期公演
に登壇したパーヴォ・ヤルヴィ。次期首席指
揮者とオーケストラとの将来を占う試金石と
なる公演とあって、大きな期待感で連日会
場は沸いた。その期待は予想を上回る成果
として実った。マーラー《交響曲第1番「巨
人」》
は「奇跡の名演」
(平野昭氏[音楽学者])
と
の評価を獲得、R. シュトラウス《交響詩「英
雄の生涯」》
でもまた、N響の音楽性を存分
に引き出す奥深い演奏に絶賛が寄せられ、
Paavo Järvi
今月のマエストロ
パーヴォ・ヤルヴィ
Paavo Järvi
4
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
i
名演奏は録音にも残された。
し始めた重要な作品。巨大な編成、オーケス
誰もがこのマエストロとN響とのコンビ
トレーションやソリストの使い方すべてに天
ネーションに輝かしい未来を確信したことだ
賦の才能が宿っています。私にはマーラーの
ろう。それはパーヴォ・ヤルヴィのオーケストラ
言わんとしていることは、初めて聴いた瞬間
の音楽性や潜在能力を瞬時に見抜く眼力
からすんなりと理解できました。スコアをつぶ
と、信頼感を大切にする音楽づくりの真摯な
さに調べる以前に。マーラーの語る言葉は
姿勢の反映であるにちがいない。首席指揮
どういうわけか私の心に響くのです」
( 同イン
者就任前にもかかわらず、この2月の定期公
タビューより)
。説得力のあるマーラーを聴かせ
演の出演ではすでに、明確な構想をもって
てくれるに違いない。
N響に臨んでいた。
Bプログラムは、前述の経緯によってR.
「私の最も敬愛する指揮者のひとり、ウォル
シュトラウスのプログラムが組まれた。交響
フガング・サヴァリッシュ氏とN響の歴史があ
詩《ドン・キホーテ》、交響詩《ティル・オイレン
り、またドイツ・オーケストラの巨匠とともに歩
シュピーゲルの愉快ないたずら》、
そして
《歌劇
んできたこのオーケストラにはドイツ音楽の
「ばらの騎士」組曲》の3曲。
本流が脈々と流れています。ですからドイツ
「N響はアンサンブルのバランス調整力に
古典派からドイツ・ロマン派をともに再認識し
秀でています。これはR. シュトラウスを演奏
たいのです。特にR. シュトラウスをきっちり
する上で不可欠の要素です。徹底的に練ら
と取り上げていこうと思います」
(2013年11月
れた音楽のテンポやバランスを意図された
のインタビューより)
との決断は聴衆に大喝 采を
とおりに緻 密 に演奏するには、いかにオー
もって受け入れられた。
ケストラが緊密に結ばれて演奏するかにか
大きな手応えを感じたのは聴衆だけでは
かってきます」
( 同インタビューより)。パーヴォの
なく、パーヴォ自身もこう語る。
手腕が光ることだろう。なお、今回もソニー・
「オーケストラとの絆を深めることが最大の
ミュージックによるライヴ・レコーディングが実
目標ですが、その手応えを得ることができま
施され、R. シュトラウス交響詩チクルスとして
した」
(2015年2月インタビューより)。
CD のリリースが予定されている。
Cプログラムでは多彩な作曲家の作品が
並ぶ。バルト海に面するヨーロッパ北部の国、
冷静な解釈と音楽への情熱と
エストニア出身のパーヴォは、同国出身の作
曲家の作品紹介に早くから力を注いできた。
オーケストラとの信頼関係がすでに築か
「エルッキ・スヴェン・トゥールはエストニアで
れ、首席指揮者就任記念公演は満を持して
は人気を博したプログレッシブ・ロック・バンド
行われる。マーラー《交響曲第2番「復活」》
のリーダーでした。彼とは若いころから親交
を取り上げるAプログラムは、2月の《交響曲
があります。エストニア人として誇りに思って
第1番「巨人」》
に続くマーラー・シリーズとな
いるだけでなく優れた作曲家だからこそ、ぜ
る。パーヴォ自身の言葉によると、
「マーラー
ひとも紹介したいと思いました」
(同インタビュー
が自分の存在の根源にかかわる問題を直視
より)
と話す。
PROGRAM A/B/C
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
5
パーヴォ・ヤルヴィはまた、かつてソ連であっ
せ持つ彼はもっと知られるべき。不当に見過
た国出身という生育環境の影響から、20世
ごされています。愛してやまぬ彼の作品をぜ
紀のロシア音楽への親近感について明言し
ひとも取りあげたい」
(同インタビューより)
とバル
ている。
トークへの愛着を熱く語っている。
ショスタコーヴィチの《ヴァイオリン協奏曲
冷静な分析力でオーケストラやソリストとと
第1番 》では 五 嶋 みどりが 独 奏を務める。
もに緻密な音楽づくりをしながらも、折々に
パーヴォはソリストからの信頼も厚い。彼女
見せる音楽への果てしない情熱。いよいよ
との共演も楽しみだ。
N響首席指揮者としてのパーヴォ・ヤルヴィが
そしてバルトークについては「私の最も得
姿を現す演奏会の幕が上がる。
意とする作曲家のひとり」
と言う。
《管弦楽の
ための協奏曲》
についても、
「20世紀の管弦
楽曲の最高傑作。知性と作曲の才能をあわ
* N 響ホームページでは、パーヴォ特集コーナーを
設置。就任記念ビデオ、インタビュー動画などをご覧
いただけます。
プロフィール
2015 年 10月、パーヴォ・ヤルヴィはNHK交響楽団を首席指揮者就任後初めてのコンサートで指揮し、
同年12月、恒例のベートーヴェン《第9 》を指揮するために再び日本を訪れる。このシーズンではR. シュ
トラウスに焦点を当て、第1弾としてソニー・クラシカルから《英雄の生涯》と《ドン・フアン》をリリースした。
2015/16シーズンはまた、ヤルヴィにとってパリ管弦楽団の音楽監督としての最後のシーズンであり、同楽
団を率いてブダペスト、ウィーン、ベルリン、ミュンヘン、フランクフルト、ブリュッセルへ秋にツアーを行い、復
活したエラート・レーベルでラフマニノフの管弦楽曲をレコーディングする。この最終シーズンの幕開けを飾る
のがアルヴォ・ペルトの生誕80 周年を記念するウィークエンド・コンサートであり、同じくエストニア出身の作曲
家エルッキ・スヴェン・
トゥールの《 Sow the Wind 》の世界初演も指揮する。ヤルヴィはウィーン交響楽団の
共同委嘱作でもある同曲のオーストリア初演を、2016 年 4月、ウィーン・コンツェルトハウスで行う。
2004 年からドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の芸術監督を務めるヤルヴィは、同楽団との
2014/15のシーズンをサンクトペテルブルクの白夜祭におけるブラームスの交響曲チクルスで終えた。ヤル
ヴィは同楽団とともに再びブラームス交響曲全曲を2015 年 12月にウィーン・コンツェルトハウスで演奏する
他、
ブラームスとベートーヴェンを特集したコンサートをアムステルダム、パリ、ハンブルク、バーデン・バーデン、
ベルリンで指揮する。
今後の活動には、高い評価を受けているフィルハーモニア管弦楽団とのニルセン交響曲チクルスの継
続、ウィーン交響楽団、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、
ドレスデン国立歌劇場管弦楽団、ベルリン・
フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン国立歌劇場管弦楽団との再共演が挙げられる。ヤルヴィはまた2016
年 5月のプラハの春音楽祭のオープニング・コンサートでチェコ・フィルハーモニー管弦楽団を指揮し、桂冠指
揮者を務めるh
r交響楽団(フランクフルト放送交響楽団)
および桂冠音楽監督を務めるシンシナティ交響楽
団とも再共演する。
パーヴォ・ヤルヴィは毎年7月にエストニア南海岸で開催されるパルヌ音楽祭とヤルヴィ・アカデミーの芸
術顧問を務めている。ショスタコーヴィチ、オイストラフといったソビエトの著名な芸術家が夏を過ごした同地
で5年前から開催されているこの音楽祭の目的は、エストニアの若手音楽家の研鑽の場を提供することであ
り、アカデミー・オーケストラは今やエストニアで最も優秀な音楽専攻学生の活躍の舞台となり、パーヴォと
父ネーメ・ヤルヴィのマスタークラスは、世界を目指す新進気鋭の指揮者の教育の場となっている。この、1
週間にわたって開催される音楽祭の有終の美を飾るのは、世界の主要オーケストラからパーヴォ・ヤルヴィに
よって選抜された当代一流の演奏者のアンサンブルで構成されるパルヌ音楽祭オーケストラである。
6
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
特集◎パーヴォ・ヤルヴィ首席指揮者就任!
特別対談
今後のN響への
期待と展望
平野昭
山野雄大
現代的な
カリスマの登場
山野◎先生は昔からずっとパーヴォはお聴き
になっていらっしゃいますか。
平野◎ドイツ・カンマーフィルとの来日公演は
全 部 聴いています。特に2006年 横 浜での
ベートーヴェンの交響曲全曲演奏が衝撃的
でした。早いテンポで、しかも普段聞こえない
内声部がすごくはっきり聞こえる。それから音
楽の作りに迷いがなく、聴いていてすごく小気
味よいと思ったんです。その後は、ドイツのボ
ンで開かれたベートーヴェン音楽祭ライヴま
で追っかけていったりなどしています。
山野◎パーヴォの小気味のよさは、ものすごく
周到な計算と、丁々発止の即興性など、いろ
いろなものが混ざっているように感じます。
平野◎たしかに徹底的に計算されていると思
います。
山野◎上から「俺の言う事を聞け」
と統率する
のではなく、同じ目線で演奏家ひとりひとりを
細かく見ながら全体のバランスをはかっている
のでしょうね。昔のカリスマ指揮者とはまた違
う種類の、現代的なカリスマだなと思います。
平野◎現在の演奏様式の流れで、いわゆるオ
リジナル楽器を使うような演奏様式があります
ね。彼は昔のピッチを使うわけではありません
が、ティンパニとかナチュラル・トランペットなど
いよいよパーヴォ・ヤルヴィが N 響 首 席
指 揮 者として1 0月の 定 期 公 演に登 場
する。公 演に先 立ち、平 野 昭 氏( 音 楽
学者)
と山 野 雄 大 氏( 音 楽 評 論 家 )に、
パーヴォとN響への期待を語っていただ
いた。
写真撮影:藤本史昭
の扱い方を見ていると、音色にもすごく敏感だ
と思うんです。それはマーラーやブルックナー
を聴くとよくわかります。どういう音楽を作りた
いかという設計図がきちんとあるんですね。
常に新鮮な驚きを
もたらしてくれる
山野◎パーヴォの音色に対する敏感さ、ある
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
7
いは音楽の設計図というものは、オーケストラ
た。もうその域に達していて、
そこから勝負をス
による反応の違いまでをも全て計算に入れて
タートさせているから、今後の共演の中でどう
いる感があります。2014年のブラームス・チク
いうふうに発展していくのか、
これはかなりハイ
ルスでもそうでした。びっくりするような大胆な
レベルな展開が見られるでしょうね。
解釈は、長年指揮しているドイツ・カンマーフィ
平野◎ N 響は楽員の皆さんひとりひとりがソ
ルだからこそのものだと感じました。
リストでやっていけるような集団ですし、世界
平野◎シューマンにしろブラームスにしろ、み
的にたくさんあるオーケストラの中でも伝統の
んながよく知る、モダン・オーケストラで聴き込
あるオーケストラです。その潜在能力をパー
んでいるような曲で、常に新鮮な
「え!?」
と思う
ヴォがどれだけ更に一層レベルアップしてくれ
ようなものがあり、楽しみにしています。こんな
るか、あるいはブラッシュアップしてくれるの
音が聞こえていいのかと楽譜を見ると、きちん
か、非常に楽しみですね。サヴァリッシュ、デュ
とアクセントが付いていたり。だからびっくりし
トワに続いて、パーヴォは N 響の歴史を語る
ますね。非常に譜面の読みが深い。
中で大きなメルクマールになると思います。こ
山野◎同感です。非常に変わった事をやって
れからますます期待ができます。
いる場合でも、よく考えてみると、その通りだな
山野◎いいタイミングでパーヴォを呼べたなと
と気付かされる。奇をてらっている訳ではな
思います。あれだけ今世界で引っ張りだこの
いけれど、すごく新しいものを感じ、新しいけ
指揮者が、よく日本にも来て下さったなと。
れど、しっかり伝統的なものを踏まえた上で今
を生きているというのが素晴らしく瑞々しい。
2015年2月定期でみせた
「奇跡の名演」
マーラー
平野◎今年2月のN響定期公演にパーヴォが
久しぶりに客演しましたが、その時のマーラー
を聴き、なんとN 響と相性が
《交響曲第1番》
いいんだと驚きました。こんなに N 響が変わ
るんだと感じた事は今までにないですね。毎
という言葉で批評を寄せま
日新聞にも「豹変」
したけれども、素晴らしい演奏でした。
山 野 ◎ 彼が N 響と共 演するのは10年ぶり
だったわけですよね。それだけの間が空いて
いるのにこの一体感は何?と私もびっくりしま
した。すごい共演でしたね。テレビ放映され
たインタビューで「技術的な指示をするというよ
りもイメージを共有し、引き出していくことが大
事なんだ」
とおっしゃっていたのが印象的でし
8
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
R. シュトラウス作品の
レコーディング
山野◎パーヴォはレコーディングにも大変熱心
ですが、着任と同時にレコーディングを始める
のはすごいですよね。選曲も、そのオーケスト
ウスというものをパーヴォで聴けるという、いろ
ラに合うレパートリーを考え抜いていますね。
いろな角度からの楽しみ方もできます。
平野◎本当にそうですね。その意味では N 響
平野◎本当にそうですね。N 響が伝統的に
という編成の大きなオーケストラと、R. シュトラ
培ってきたものを活かしつつ、パーヴォの新し
ウスのレコーディングを開始するという話を聞
い解釈で聴けるのは喜びですね。音楽の隠
き楽しみです。パーヴォとN 響の R. シュトラウ
れた重要要素をすくい上げるような、いろいろ
スは、日本市場だけでなく、おそらく世界中で
なパートを受け持つ楽員ひとりひとりの誰もが
聴かれる事になると思います。
主役であるような、そんな新しい R. シュトラウ
山野◎ドイツのオーケストラではなく、日本の
スが出来るのではないかと期待しています。
オーケストラで R. シュトラウスを、という決断
は、なにか感慨深いものが僕はありました。
平野◎これはひとつの宝物になると思うんで
す。R. シュトラウスにはコンチェルト的な要素
もいっぱいある作品が多いですし、一般の人
今後の定期公演への
期待
平野◎10月の定期公演には五嶋みどりが、
にも親しまれている曲がたくさんありますから、
来年2月の定期公演にはジャニーヌ・ヤンセン
これはいいですね。
も登場します。今年の2月には庄司紗矢香も
山野◎しかも、我々はサヴァリッシュ時代の、
出演しましたし、パーヴォの指揮ならばという
いろいろなドイツの名 匠 達が 演 奏してきた
ことで世界一流のソリストが集まるのでしょう。
R. シュトラウスがまだ記憶に残っていまして、
山野◎パーヴォの要求に応え得るだけのすご
いくつかはCD化もされていますね。その伝統
い腕前のソリストじゃないと太刀打ちできない
をよく知る楽員達がまだいて、そこに新しい楽
と思いますね。今までの共演を見てもそうで
員がどんどん入ってきていて、N 響の伝統を
すし、これからもやはりそういうクラスの人達
受け継ぎながら今のハイブリッドな R. シュトラ
が並んでいるのは当然だろうと思います。
平野◎10月の定期公演ではマーラー《交響曲
》
が演奏されます。
《復活》
という
第2番「復活」
のは、何かひとつ区切りの時に取り上げられる
ことが多く、今回もいろいろな思いが湧きます。
で大変良い成果をあげられた
山野◎
《第1番》
と、順を追って聴
ので、それに続いて《第2番》
かせてくれるというのが、またいいですね。声
楽付きの大曲で、マーラーのまだ青年期の熱
気が残る大曲をやるというのがいいですね。
平野◎その後も、できれば順番にやってほし
になる時の期待とい
いです。いつか《第8番》
うか楽しみは語り尽くせないほどあります。
山野◎任期3年とは言わずに長くやって頂き
たい。
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
9
平野◎そうですよね。指揮者の
9》
というと終楽章にばかり目が
実力は、当たり前ですが、聴衆
行きそうですけれども、僕は第
も感じ取れるんですね。ですか
2、第3楽章の作りが非常に楽し
ら前回の2月の定期公演はまだ
みです。特に第3楽章の出だし
就任前だったわけですが、ここ
の管楽器が、どういう響きをして
で一気に N 響ファン、パーヴォ・
くれるのかはすごく楽しみです。
ファン、そういう人達が増えたと
平野昭
たぶん第2楽章のスケルツォの
いうのを耳にします。そういう聴
ひらの・あきら
ティンパニのリズムも、非常にイ
衆の要望からも、このコンビが
慶應義塾大学元教授、静
ンパクトがあるものになるんじゃ
長く続くことになるのではないで
岡文化芸術大学名誉教
授。18・19世紀を中心とし
しょうか。本当に楽しみです。そ
た西洋音楽史研究。紙誌
に音楽評論執筆。
ういう中で、僕はぜひ、再評価
の必要なシューベルトのシンフォ
ニーをレパートリーとして加えて欲しいんです。
ないかと思います。
山野◎想像するだけでわくわく
します。N 響にしても何度もい
ろいろな大指揮者とやってきた
曲でもあるし、パーヴォにしてもカンマーフィル
と磨きに磨いてきた十八番でもあるから、それ
《未完成》
と
《グレート》
だけではなく。
山野◎パーヴォのシューベルトというのは僕も
が正面からぶつかるこの機会、これはすごく
非常に興味深いです。あとは、邦人作品も楽し
見ものです。それに N 響にこれだけの強力な
みです。優れた指揮者の目で邦人作品がどう
コンビが出来たというのは、他のオーケストラ
解釈されるのか。彼は現代曲もたくさん振って
や、日本の聴衆にとって、ものすごく刺激にな
いますから、やっぱり新作で何かやってくだされ
るでしょう。全体として活性化して、それがまた
ばなあと思います。またどういう組み合わせで
N 響にも波及してくる。いろいろな効果が期
聴かせてくれるのか、
そこも楽しみにしています。
待できると思います。
平野◎オーケストラがレベルアップするというの
は、それを聴く聴衆の耳も上がっていくというこ
年末の《第9》公演、
そしてさらなる飛躍へ
とですから。とにかくたくさんの
人に聴いてもらいたいですね。
平野◎定期公演もですが、首席
指揮者着任直後のベートーヴェ
(この対談は2015年6月に行われました)
ン《第9》、これは楽しみです。基
本的なテンポ感といった骨格は
変わらないでしょうが、編成が大
きくなりますから、やはり解釈の
山野雄大
姿勢を変えてくると思うんです。
やまの・たけひろ
カンマーフィルとやったような非
常にスピード感あふれるような
演奏とはまたちょっと違うものに
なるのではないかな。ただ《第
10
音楽評論家。
『 音楽の友』
『レコード芸術』
『バンドジャー
ナル』
他へ寄稿。演奏会シ
リーズ「昼の音楽さんぽ」
司
会・構成。
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
A
PROGRAM
第1817回 NHKホール
土 6:00pm
10/3 □
日 3:00pm
10/4 □
Concert No.1817 NHK Hall
October
3 (Sat )6:00pm
4 (Sun)3:00pm
[指揮]
パーヴォ・ヤルヴィ
[conductor]Paavo Järvi
[ソプラノ]
エリン・ウォール
[soprano]Erin Wall
[アルト]
リリ・パーシキヴィ
[alto]Lilli Paasikivi
[合唱]
東京音楽大学
[chorus]Tokyo College of Music
[コンサートマスター]篠崎史紀
[concertmaster]Fuminori Shinozaki
パーヴォ・ヤルヴィ首席指揮者就任記念
マーラー
(85′
)
交響曲 第2番 ハ短調「復活」
Ⅰ アレグロ・マエストーソ
Chief Conductor Paavo Järvi Inauguration Concert
Gustav Mahler (1860-1911)
Symphony No.2 c minor
“Auferstehung”
Ⅱ アンダンテ・モデラート
Ⅰ Allegro maestoso
Ⅲ 穏やかに流れるような動きで
Ⅱ Andante moderato
Ⅳ「原光」
:非常に荘重に、
しかし素朴に
Ⅲ In ruhig fliessender Bewegung
Ⅴ スケルツォのテンポで
Ⅳ“ Urlicht”: Sehr feierlich, aber schlicht
Ⅴ Im Tempo des Scherzo
*この公演に休憩はございません。
あらかじめご了承下さい。
* This concert will be performed
with no intermission.
PROGRAM A
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
15
Program A|SOLOISTS
エリン・ウォール(ソプラノ)
©Alexander Vasiljev
カナダ、カルガリーの生まれ。米国のウエスタン・ワシントン大学および
シェパード音楽学校で声楽を学んだ後、シカゴ・リリック・オペラの研修機
リリック・オペラ創立 50 周年記念公演で
関に所属。2004 年 9月、シカゴ・
あるモーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》で、公演当日にドンナ・アンナの代役
を引き受け大成功を収める。同役で2009 年 4月にメトロポリタン歌劇場
に初出演。瑞々しい美声が魅力のソプラノで、バロック音楽から21 世紀
の作品に至る広いレパートリーを手掛け、北米および英国では絶大な人気を誇っている。オペラでは
モーツァルト、演奏会ではマーラーの交響曲のソリストとして評価が高い。NHK交響楽団とは2011
年 12月、デュトワ指揮のマーラー《交響曲第 8 番「一千人の交響曲」》のソリストとして共演している。
[吉田光司/音楽評論家]
リリ・パーシキヴィ
(アルト)
©Rami Lappalainen / Unelmastudio Oy Ltd
フィンランドのメゾ・
ソプラノ。1992 年スウェーデン王立音楽アカデミー
卒業後、ロンドン王立音楽院で学ぶ。1995 年からフィンランド国立歌劇
場はじめ、欧州の歌劇場に多数出演。2004 年エクサン・プロヴァンス
音楽祭の細川俊夫《班女》
(世界初演)、
フィンランドのカイヤ・サーリアホ
《遥かなる愛》にも出演を重ね、現代音楽でも活躍する。2007 年のエ
クサン・プロヴァンス音楽祭ではフリッカ役で成功を収め、ワーグナーも彼
女の重要なレパートリーとなった。
パーヴォ・ヤルヴィ、エサ・ペッカ・サロネン、サイモン・ラトルら、世界的な指揮者との共演でマーラー
歌手としても高い評価を得ている。
《交響曲第 2 番「復活」》はアルトの声域になるが、彼女のしなや
かで濃密な美しい声は力強く広がるだろう。2013 年フィンランド国立歌劇場芸術監督に就任。N
響とは初共演。
[柴辻純子/音楽評論家]
16
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
Program A|CHORUS
東京音楽大学(合唱)
創立は、私立の音楽大学では最も古い1907(明治
40 )
年。声楽教育にも力を入れ、著名な教授陣のもと
に多くのコンクール入賞者、オペラ歌手、声楽家を輩
出している。
2012 年 9月には創 立 105 周 年 記 念オペラ、プッ
チーニ《ボエーム》を広上淳一指揮、粟國淳の演出に
より、同大学 100 周年記念ホールで公演した。これま
でに海外演奏旅行なども行っており、実績は数多い。
N響とは1995 年にベートーヴェン《荘厳ミサ曲》をヘルベルト・ブロムシュテット指揮で共演したほ
か、2005 年、2009 年と度々共演を重ね、2010 年にはマーラー《交響曲第 2 番「復活」》、2014
年 12月の定期公演ではドビュッシー《ペレアスとメリザンド》にシャルル・デュトワの指揮で出演した。
メンバーは声楽専攻の学生を中心とする。そのなかから数年後にオペラ歌手としてデビューする人
もあり、なかにはトップ・クラスの歌手として活躍する人材も出ている。
[関根礼子/音楽評論家]
PROGRAM A
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
17
Program A
マーラー
交響曲 第2番 ハ短調「復活」
今やマーラー( 1860 ∼ 1911 )は、その作品がオーケストラのレパートリーの中核をなす
ほどの作曲家として知られているが、実際のところ彼の活動の中心は歌劇場の指揮者と
しての任務にあった。そのため、彼の創作スタイルは、いくつもの構想を同時に練り、アイ
ディアを書き留めては寝かせるというものであった。それらは、歌劇場がオフシーズンとな
る夏に、集中的な作業によって作品に仕立て上げられるのである。本作ではこの試行錯
誤の過程が 6 年にわたって続けられ、最終的には素材の由来も作曲の経過も個々に異
なる5 つの楽章が、人間の死から救済へと橋渡しされる標題的性格のもとに配置された。
《交響曲第 1 番》
を
1888 年、ライプツィヒ歌劇場副指揮者の地位にあったマーラーは、
という題名の
完成させると直ちに次の作品に着手して9 月10日に完成。自筆譜の《葬礼》
と「第 1 楽章」
という表記があることから、彼
下に「交響曲ハ短調」の文字( 取消線で削除 )
が《葬礼》に対して交響詩と交響曲の 2 つの可能性を探っていたことがわかる。
一方、1887 年からマーラーは民謡テキスト集『子供の不思議な角笛』に基づく歌曲の
創作を開始。
『角笛』は、アルニムとブレンターノが 19 世紀初頭に歌い継がれていた民
謡のテキストだけを記録して1806 年と1808 年に出版した詩集である。創造の霊感のま
まに小さな着想の芽を自由に膨らませてゆくタイプのマーラーは、自分の思うままに手を
加えられる「原石」に大きな魅力を感じたに違いない。神への純粋な信仰を歌う《原光》、
風刺の効いた《魚に説教するパドバの聖アントニオ》のいずれも、1893 年夏にオーケスト
ラで演奏される歌曲として完成する。
『角笛』のテキストに基づく歌曲群の創作過程でマーラーは、長らくあたためていた《葬
礼》
を交響曲に拡大する方策として、
《原光》
をそっくりそのままひとつの楽章に転用すると
いう新機軸を採用した。さらに、歌詞を外した《聖アントニオ》の旋律をスケルツォ楽章の主
要部に据え、
《葬礼》
とほぼ同時期に着想したアンダンテ楽章を第 2 楽章へと模様替えした。
第 5 楽章はひらめきから生まれた。1894 年 2 月、ハンス・フォン・ビューローの葬儀がハ
ンブルクで営まれ、マーラーはこれに参列。後に友人ザイドル宛に書かれた書簡による
と、合唱がクロプシュトックの「復活」
と題されたテキストによるコラールを歌いはじめたとき、
彼はまるで稲妻に打たれたかのように「聖なる受胎」
を受けたという。クロプシュトックの
18
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
原詩は 5 行 5 節からなるが、マーラーは第 2 節までを使い、残りは自らの手で書き下ろした。
マーラー自身、かつての恋人バウアー・レヒナーや友人マルシャルクに向かって、おお
むね次のような趣旨の説明をしている。
「《ニ長調交響曲》
( 第 1 番)で主役を演じた英雄
を、私は第 1 楽章で墓場へ運びます。汝はなぜ生きたのか? なぜ苦しんだのか? その答
「 歌曲」
えを私は第 5 楽章で与えたのです」。このように、マーラーはこの作品で「交響曲」
という既成ジャンルを解き放つと同時に、人間の死と再生というテーマのもとで多様な創
作要素を有機的に結び合わせたのである。
第 1 楽章 アレグロ・マエストーソ。終始厳粛かつ荘重な表現で。ハ短調、4/4 拍子、ソナ
タ形式。葬送の性格を持つ第 1 主題と弦による静穏な第 2 主題は、グレゴリオ聖歌の《ディ
エス・イレ(怒りの日)》の動機や新たな動機群とともに変容を続け、2つの大きな展開部を
「少なくとも5 分の休憩を入れる」
という作曲家の指示がある。
構成する。第 1 楽章のあと
第 2 楽章 アンダンテ・モデラート。非常にゆっくりと! 決して急がずに! 変イ長調、
3/8 拍子。2 つの音楽部分が変奏を重ねていく。
第 3 楽章 穏やかに流れるような動きで。ハ短調、3/8 拍子。3 つのスケルツォとそれら
に挟まれた 2 つのトリオからなる。
第 4 楽章 《原光》:非常に荘重に、しかし素朴に。変ニ長調、4/4 拍子。3 部構成。
冒頭に「おお、赤い小さなバラよ」
と歌われる3 音の上行動機が、変化しながらあちらこち
らに現れ、新しい展開を生み出していく。第 5 楽章へアタッカで続く。
第 5 楽章 スケルツォのテンポで。ヘ短調、3/8 拍子。拡大したソナタ形式。響きの激
流のなかで「最後の審判」が告知され、
「ディエス・イレ」の動機や復活の諸動機がせめぎ
合う。
「大いなる呼び声」
( 初期稿での標題 )の局面に至ると、黙示録に登場する金管楽器
群が離れた場所から鳴り渡り、復活の合唱へと移行する。
「死者は救済されて蘇る。人
は生きるために死ぬ」
という宣言で全曲は締めくくられる。
[山本まり子]
作曲年代
《葬礼》
(第 1 楽章)
と《アンダンテ・モデラート》
(第 2 楽章)
は1888 年作曲。歌曲《魚に説教するパ
は1893 年 7月8日完成、
《原光》
(第 4 楽章)
は同年 8月1日完成。
ドバの聖アントニオ》
(第 3 楽章)
全曲は1894 年 6月に完成
初演
第1楽章∼第3楽章の初演は1895年3月4日、ベルリン。全曲の初演は1895年12月13日、ベルリン。
いずれも作曲者自身の指揮で
楽器編成
フルート4
(ピッコロ4)
、オーボエ4
(イングリッシュ・ホルン2)
、Esクラリネッ
ト2、
クラリネッ
ト3
(バス・クラリネッ
、ファゴッ
ト4
(コントラファゴッ
ト1)
、ホルン10
(舞台外にホルン4)
、
トランペッ
ト6
(舞台外にトランペッ
ト
ト1)
4)
、
トロンボーン4、テューバ1、ティンパニ2、
シンバル、サスペンデッド・シンバル、
タムタム、
トライアングル、
大太鼓、小太鼓、鞭、グロッケンシュピール、テューブラー・ベル、舞台外に打楽器
(ティンパニ1、シンバ
ソプラノ
・
ソロ、アルト
・
ソロ、混声合唱
ル付大太鼓、
トライアングル)
、ハープ2、オルガン1、弦楽、
PROGRAM A
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
19
マーラー 交響曲 第2番 ハ短調「復活」歌詞対訳
Mahler Symphony No.2 c minor “Auferstehung”
訳◎檜山哲彦| Translation: Tetsuhiko Hiyama
IV. URLICHT
第4楽章|原光
O Röschen roth!
赤くかわいいばらよ!
Der Mensch liegt in größter Noth!
Der Mensch liegt in größter Pein!
Je lieber möcht’ ich im Himmel sein!
Da kam ich auf einen breiten Weg;
Da kam ein Engelein
und wollt’ mich abweisen.
Ach nein! Ich ließ mich nicht abweisen!
Ich bin von Gott und will wieder zu Gott!
Der liebe Gott wird
mir ein Lichtchen geben,
Wird leuchten mir bis in das ewig selig
Leben!
(aus “Des Knaben Wunderhorn”)
人はみな、ひどく悩んでいる!
これならいっそ、天国へ行こう!
そうして、広い道を歩いてゆくと
天使が
追い返そうとした
おっと、追い払われてなるものか!
神から生まれて、神のもとへ戻るのだ!
神さまは、きっと、
ちいさな光をさずけ
終わりのない幸せな生へ
導いてくれる!
《こどもの不思議な角笛》
より
第5楽章
V.
Aufersteh’n, ja aufersteh’n wirst du,
Mein Staub, nach kurzer Ruh!
Unsterblich Leben! Unsterblich Leben
Wird der dich rief, dir geben!
20
人はみな、ひどく苦しんでいる!
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
よみがえる、よみがえるのだ
わが塵よ、しばしの憩いののち!
不 壊の命、不滅の命をこそ
召命のおかたは与えたまう!
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
Wieder aufzublüh’n wirst du gesät!
Der Herr der Ernte geht
Und sammelt Garben
また花ひらくために、おまえは蒔かれる!
穫り入れの主は歩みつつ
死に果てたわれらを
Uns ein, die starben!
われらの穂をあつめたまう!
O glaube, mein Herz, o glaube:
信じるがいい、わが心よ
Es geht dir nichts verloren!
失われるものはなにひとつない!
Dein ist, dein, ja dein, was du gesehnt!
Dein, was du geliebt, was du gestritten!
O glaube: Du wardst nicht umsonst
geboren!
Hast nicht umsonst gelebt, gelitten!
心から焦がれたものはみな、わがもの!
Was entstanden ist, das muss vergehen!
Was vergangen, auferstehen!
Hör’ auf zu beben!
Bereite dich, zu leben!
命さずかったものは、死にゆく定め!
O Schmerz! Du Alldurchdringer!
Dir bin ich entrungen!
O Tod! Du Allbezwinger!
Nun bist du bezwungen!
Mit Flügeln, die ich mir errungen,
In heißem Liebesstreben
Werd’ ich entschweben zum Licht,
Zu dem kein Aug’ gedrungen!
Sterben werd’ ich, um zu leben!
Aufersteh’n, ja aufersteh’n wirst du,
Mein Herz, in einem Nu!
Was du geschlagen,
Zu Gott wird es dich tragen!
(Klopstock/Mahler)
PROGRAM A
愛し、競って求めたものはみな、わがもの!
信じるがいい、
生まれた意味を
生きて、悩んだ意味を!
滅びたものは、必ずよみがえる!
震えるのは、やめよ!
生きる、と心をかまえよ!
悲痛よ! すべてを貫くもの!
おまえからわたしは逃れた!
死よ! すべてを伏させるもの!
いまや、おまえは追い払われた!
みずから得た翼をひろげ
焦がれる思いもあつく
わたしは光へ飛びゆく
いかなる眼も迫ったことのない光へ!
死にゆこう、生きるために!
よみがえる、よみがえるのだ
心よ、いまこのとき!
心よ、力あるはばたきが
おまえを神のもとへと運びゆく!
(クロプシュトック/マーラー)
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
21
B
PROGRAM
第1818回 サントリーホール
水 7:00pm
10/14 □
木 7:00pm
10/15 □
Concert No.1818 Suntory Hall
October
14(Wed) 7:00pm
15(Thu) 7:00pm
[指揮]
パーヴォ・ヤルヴィ
[conductor]Paavo Järvi
[チェロ]
トルルス・モルク
[cello]Truls Mørk*
[ヴィオラ]佐々木 亮*
[viola]Ryo Sasaki*
[コンサートマスター]伊藤亮太郎
[concertmaster]Ryotaro Ito
*
パーヴォ・ヤルヴィ首席指揮者就任記念
R. シュトラウス
交響詩「ドン・キホーテ」
(43′
)
作品35*
序奏:中庸の速度で
主題:中庸に─マッジョーレ
第1変奏:気楽に
第2変奏:勇敢に
第3変奏:中庸の速度で
第4変奏:いくぶん幅広く
第5変奏:きわめてゆっくりと
第6変奏:速く
第7変奏:前よりもやや静かに
第8変奏:気楽に
第9変奏:速く、嵐のように
第10変奏:きわめて幅広く
終曲:きわめて静かに
・・・・休憩・・・・
Chief Conductor Paavo Järvi Inauguration Concert
Richard Strauss (1864-1949)
“Don Quixote”, phantastische
Variationen über ein Thema ritterlichen
Charakters, sym. poem op.35*
Introduktion: Mäßiges Zeitmaß
Thema: Mäßig – Maggiore
Variation I: Gemächlich
Variation II: Kriegerisch
Variation III: Mäßiges Zeitmaß
Variation IV: Etwas breiter
Variation V: Sehr langsam
Variation VI: Schnell
Variation VII: Ein wenig ruhiger als vorher
Variation VIII: Gemächlich
Variation IX: Schnell und stürmisch
Variation X: Viel breiter
Finale: Sehr ruhig
・・・・intermission・・・・
R. シュトラウス
交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの
)
愉快ないたずら」作品28(15′
Richard Strauss
“ Till Eulenspiegels lustige Streiche”,
nach alter Schelmenweise in
Rondeauform, sym. poem op.28
R. シュトラウス
)
歌劇「ばらの騎士」組曲(22′
Richard Strauss
“Der Rosenkavalier”, suite
22
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
Program B|SOLOISTS
トルルス・モルク
(チェロ)
©Stéphane de Bourgies / Virgin Classics
力強さと気品を兼ね備えた、当代屈指のチェリスト。1961年ノルウェー
に生まれ、1982年のチャイコフスキー国際コンクール等で入賞。以後、世
界各地でリサイタルや室内楽の公演を行い、ベルリン・フィルハーモニー管
弦楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、パリ管弦楽団、ロイヤル・コン
セルトヘボウ管弦楽団等の著名オーケストラと共演を重ねている。現代音
楽にも積極的に取り組み、日本でも2001年デュトワ&N響のペンデレツキ
《コンチェルト・グロッソ――3つのチェロとオーケストラのための》の世界初演にソリストとして参加。
CDリリースも数多く、2002年にはブリテン《無伴奏チェロ組曲》でグラミー賞を受賞した。N響定期に
はこれまで4回登場し、2005年にはパーヴォ・ヤルヴィとも共演。今回は2009年以来の出演となる。
[柴田克彦/音楽評論家]
佐々木 亮(ヴィオラ)
埼玉県出身。東京藝術大学附属音楽高等学校を経て、東京藝術大
学、ジュリアード音楽院を卒業。1991年日本現代音楽協会室内楽コン
「朝日現代音楽賞」受賞。1992年東京国際音楽コンクー
クール第1位、
ル室内楽部門第2位。留学時代にヴァイオリンからヴィオラに転向した。
アメリカではアスペン音楽祭、マールボロ音楽祭に参加。卒業後は、ソロ、
室内楽、オーケストラ奏者として全米各地で演奏活動を行った。
2004年NHK交響楽団に入団。2008年から首席奏者。オーケストラ奏者としての活動はもとより、
室内楽やアンサンブルにも力を注いでいる。東京クライス・アンサンブルのメンバー。
《交響詩「ドン・キホーテ」》では、ヴィオラ独奏で従者サンチョ・パンサをコミカルに、表情豊かに聴か
せてくれるだろう。
[柴辻純子/音楽評論家]
PROGRAM B
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
23
Program B
R. シュトラウス
交響詩「ドン・キホーテ」作品35
いわゆる
「交響詩の大家」
として、
リヒャルト・シュトラウス
( 1864 ∼ 1949 )が本当にその名
声を揺るぎないものとしたのは、1895 年に発表した交響詩《ティル・オイレンシュピーゲル
の愉快ないたずら》以降の話である。交響詩を創始したフランツ・リストは、それまでソナタ
形式にがんじがらめに支配されていたオーケストラ音楽からいったん離れ、さまざまな表
現の可能性を試した。シュトラウスはこのリストのやり方を、さらに独創的な形で敷 衍して
見せた。前述の《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》では、何度も繰り返され
る主要主題の間にさまざまな別の主題を挟み込むロンド形式が用いられ、ティルがあち
こちに出没していたずらを繰り返すさまが描かれた。
《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》、そして《ツァラトゥストラはこう語った》
( 1896 年 )が大きな成功を収めた後のシュトラウスが選んだ題材は、17 世紀初頭に執筆
された、スペインの作家ミゲル・デ・セルバンテスの名作『ドン・キホーテ』。スペインの小さ
な村ラ・マンチャに住む郷士アロンソ・キハーナ。田舎の穏やかな暮らしを楽しむこの男は、
いにしえの騎士が活躍した物語を読み、そのあまりのおもしろさに、所有する土地すら売
り払って、新たな本を買い、ありとあらゆる騎士道物語を渉 猟する。これらを読むうち、キ
ハーナは精神の平衡を徐々に失い、物語と現実世界との区別がつかなくなっていく。
序奏の冒頭では、快活なキハーナのモティーフが、フルートとオーボエにより、ニ長調で
描かれる。やがてチェロのソロによって、キハーナ改め、
「ドン・キホーテ」が登場。その姿
は、曲冒頭の主題がニ長調からニ短調へと変化したものであり、快活さは影を潜め、騎
士としての冒険へ赴こうとする悲壮感、そして精神の闇へと沈んだ哀れさと滑
さが表現
される。彼に従うのは、実直な農夫サンチョ・パンサ。ヴィオラ・ソロが描き出すのは、快
活に動き回りながら、ところ構わずしゃべりまくる、愛すべきその姿。シュトラウスは原作か
ら11 のエピソードを順不同で選び出し、これをドン・キホーテとサンチョ・パンサの主題に
よる変奏曲に仕立てた。風車に突撃し( 変奏 1 )、羊の群れに飛び込むドン・キホーテ( 変
奏2)
。まだ見ぬ貴婦人に思いを馳 せ( 変奏 5 )、田舎娘に求愛( 変奏 6 )。目隠しをされて
天 翔る馬( 実際はただの木馬 )に乗せられ( 変奏 7 )、小舟に乗るも転落してずぶ濡れに( 変
奏8)
。やがて決闘に敗れることで精神の桎 梏から解き放たれ、キハーナに戻って穏やか
24
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
な余生を過ごす( 変奏 10 )
までが、これ以上ないほどの練達の手腕で音楽的に描き出さ
れる。
ソナタ形式という手法に絡めとられ、進歩主義的な発展・止揚の過程を描くことを宿命
づけられていたドイツ音楽。だが、変奏曲は、こうした発展とは無縁であり、主題はただ
形を変えて繰り返され、新しいものを生み出すことはない。ブラームスも《交響曲第 4 番》
最終楽章で変奏曲を用い、ソナタ形式の限界を暗示したことが思い起こされよう。ドン・
キホーテの徒労に終わった冒険を変奏曲という形式で描いたシュトラウス。この作品は、
ブラームスなども抱いていた絶望を共有し、それを引き継ぎつつ、先鋭的に描こうとした
ことのあらわれではないか。シュトラウスがまじめさと、多少の皮肉を込めて描いた自称
「英雄」の姿は、次作《英雄の生涯》で、より具体的な形で描かれることになる。
[広瀬大介]
作曲年代
1897 年 4月∼12月29日
初演
1898年3月8日、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団。チェロ・ソロはフリードリヒ・グリュッツマッヒャー、指揮
はフランツ・ヴュルナー
楽器編成
フルート2 、ピッコロ1 、オーボエ2 、イングリッシュ・ホルン1 、クラリネット2( Es クラリネット1 )、バス・ク
トランペット3 、
トロンボーン3 、テューバ1 、テ
ラリネット1 、ファゴット3 、コントラファゴット1 、ホルン6 、
トライアングル、小太鼓、タン
ノール・テューバ1 、ティンパニ1 、シンバル、サスペンデッド・シンバル、
ブリン、大太鼓、グロッケンシュピール、ウィンド・マシン、ハープ1 、弦楽、チェロ・ソロ、ヴィオラ・ソロ
PROGRAM B
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
25
Program B
R. シュトラウス
交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの
愉快ないたずら」作品28
次代を担う若手作曲家として期待を担ってきたリヒャルト・シュトラウスが、初めて手痛
い挫折を味わったのは、1894 年、31 歳の時にワイマールで初演した初めての歌劇《グ
ントラム》が、酷評を受けた時だった。この《グントラム》の失敗を契機として、シュトラウス
の作風は徐々に変遷を遂げていく。作品にはそれまで見られなかった数々の特徴、すな
わちニーチェ作品の思想的な影響や、自画像的な題材への偏愛があらわれるようにな
り、それらはこの後に生まれる《ツァラトゥストラはこう語った》
《ドン・キホーテ》
《 英雄の生
涯》
といった作品に共通するテーマとなる。ただ、シュトラウス自身はこうした作曲の動機
や曲の標題的な説明を、
《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》の初演を務め
る指揮者フランツ・ヴュルナーに対してさえも、積極的に明かそうとはしなかったことは興
味深い。シュトラウス自身がいやいやながらも披露した曲の説明によると、この曲ではティ
ル・オイレンシュピーゲルの次のようなエピソードが描かれているとされる。
ティルの主題→馬を駆って市場を荒らす→僧衣をまとい道徳を説く→騎士に扮して美
女に求婚→断られ人類への復讐を決意→俗物の学者と討論→逮捕され裁判にかけら
れる→絞首刑→ティルの主題
《グントラム》初演の翌年に作曲されたこの《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないた
ずら》では、
《グントラム》に酷評を浴びせかけた同じ評論家が、手のひらを返したかのよ
うな賛辞を送るのに驚かされる。実際、これほどの賛辞はシュトラウスにとっても初めて
の経験であり、その後に作られる《サロメ》
《 ばらの騎士》
と同様のセンセーションを巻き
起こした作品でもあった。賛辞は主に、そのユーモアあふれる音楽の内容と、それを描
写するオーケストラの巧みさを称えるものである。しかし、その内容は全てがティルの愉快
なエピソードに彩られているわけではなく、
「人類への復讐を決意」
「 絞首刑」など、前作
《グントラム》の失敗を相当根に持っていたのではないか、と思わせるような箇所すら散
見される。また、絞首刑の場面でトロンボーンによって威嚇的に吹き鳴らされる、ティルの
死をあらわす長 7 度の下行音型は、ワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》で死をあらわす
モティーフを変形して用いたものである( 初演当時の数少ない批判のなかには、この《トリスタ
ン》の引用を不
26
だと考える向きもあった )
。
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
曲の冒頭に登場するのは「昔々、ひとりのいたずら者がいた」
という物語を説き起こす
と続く快
ヴァイオリンの主題、そして6 小節目からは「その名はティル・オイレンシュピーゲル」
活なホルンの主題である。この 2 つの旋律はどちらもティルその人をあらわすものと考え
られるが、いずれもシュトラウスによってひとひねりが加えられている。ヴァイオリンの旋律
では、普通に聴くと最初の音と3 番目の音が拍頭に来ると思いがちだが、実はいずれも4
拍目、2 拍目という弱拍であり、聴き手をすんなりと
「ティルの世界」へとは導いてくれない。
ホルンの旋律も同様で、曲全体は 6/8 拍子と指定されているにもかかわらず、その旋律は
6 拍の枠には収まっておらず、むしろ7/8 拍子や 3/4 拍子の旋律と考えねばならない箇所
すらある。一見親しみやすそうでありながら、聴き手を常に欺き続けるようなこの旋律に
見られるように、曲全体も主にリズムにおけるはぐらかしの手法を用いて、ティルの荒ぶる
「いたずら魂」が表現されている。ちなみに、作品の副題には「ロンド形式」
と書かれてい
るが、必ずしも形式の約束事に厳格に従っているわけではなく、自由なソナタ形式とも解
釈できる。ヴァイオリンとホルンの主題が使われつつ、曲の最初と最後を効果的に締めく
くるそのたたずまいを
「ロンド」
という言葉であらわしたのだろう。
[広瀬大介]
作曲年代
1894 年秋∼1895 年 5月6日
初演
ケルン、1895年11月5日、フランツ・ヴュルナー指揮
楽器編成
フルート3 、ピッコロ1 、オーボエ3 、イングリッシュ・ホルン1 、クラリネット2 、小クラリネット1 、バス・クラ
トランペット6 、
トロンボーン3 、テューバ1 、ティ
リネット1 、ファゴット3 、コントラファゴット1 、ホルン8 、
トライアングル、ラチェット、弦楽
ンパニ1 、大太鼓、シンバル、小太鼓、
PROGRAM B
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
27
Program B
R. シュトラウス
歌劇「ばらの騎士」組曲
20 世紀に入って作られたオペラのなかでも、おそらく最高の人気と上演回数を誇って
いるであろうリヒャルト・シュトラウスの《ばらの騎士》。物語の舞台はマリア・テレジア女帝
の治める18 世紀のウィーン。陸軍元帥・侯爵夫人マリー・テレーズ・ウェルデンベルクは夫
の留守中に、愛人であるロフラーノ伯爵家の跡継ぎオクタヴィアンと情熱的な愛の一夜を
明かす。そこへ、田舎ケルンテンからやってきたオックス・フォン・レルヒェナウ男爵が登場。
武器の売買で財産を成し、貴族の爵位を手に入れた商人ファーニナル家の娘ゾフィーと
婚約するために(そしてその財産を手に入れるために)、ウィーンへとやってきたと告げる。オ
クタヴィアンは婚約の誓いである「銀のばら」
を持ってファーニナル家を訪れるが、当のゾ
フィーに一目惚 れ。ゾフィーも、不作法で女にだらしのないオックスに愛想を尽かす。オクタ
ヴィアンは罠を仕掛け、オックスとゾフィーの結婚をご破算にすることに成功。元帥夫人は、
若い 2 人の前途を祝して2 人を結びつけ、自らの恋にも幕を引く。第 1 幕の最後に置かれ
た元帥夫人の別れの決断、そして第 3 幕最後の女声による三重唱によって、これまでどれ
だけ多くの観客の紅 涙が絞られたことだろう。
1911 年の初演直後から、オペラの聴きどころを集めたオーケストラ組曲がさまざまな
編曲で登場し、シュトラウス自身も曲中のワルツを集めた 2 種類のメドレーを編曲した。現
在オーケストラ・ピースとしてもっぱら演奏されるのは、1945 年にブージー & ホークス社か
ら出版された「組曲」である。ところが、どのような資料をみても、それがシュトラウス自身
の編曲なのか、あるいは第三者によるものなのかが、はっきり明示されていない。研究者
の間では、この作品の編曲はポーランドの指揮者アルトゥール・ロジンスキによって、1933
年から1945 年の間に、亡命先のロンドンでなされたもの「らしい」
とされている。今となっ
ては、その真偽はもはや確かめようがない。
ただ、本当にシュトラウスが手がけたのかどうかは、作品自体がその答えを語っている。
シュトラウス自身がこの種の編曲ものを手がける際は、声楽の含まれない間奏曲や前奏
曲を細切れに並べ、つなぎ目の補筆は最小限にとどめた。この組曲は、シュトラウスなら
ば用いないだろう第 2 幕の二重唱や第 3 幕の三重唱などがそのまま登場し、曲間もどこか
ぎこちない。とりわけ、ハ長調のファンファーレが鳴り響くシンプルな終結部(オペラには含
28
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
まれない )
は、モティーフや対位法的技法から見ても創意に欠け、およそシュトラウスの個
性が反映された音楽とは考えがたい。この編曲がシュトラウス以外の人物によって行わ
れたことは、ほぼ疑いない。
曲は以下のような順序で推移する。最後の〈オックスのワルツ〉
を除けば、ほとんどオペ
ラの筋書き通りに曲が並べられているが、第 3 幕の三重唱の音楽に入る前に、第 2 幕冒頭
の音楽がつなぎとして挿入されている。実際の筋書きにほぼ沿った音楽展開のおかげで、
曲全体の見通しもはっきりし、現代における人気曲としての地位を勝ち得たのだろう。
第 1 幕:前奏曲→第 2 幕:銀のばらの献呈場面とそれに続くオクタヴィアンとゾフィーの
二重唱→その 2 人がこっそり 引をしているところをヴァルツァッキとアンニーナに捕まる
場面→オックスのワルツ
〈わしと一緒ならば〉→第 3 幕:元帥夫人とオクタヴィアン、ゾフィー
の三重唱→オクタヴィアンとゾフィーの二重唱→オックスが退場する際のワルツ→フィナーレ
(オクタヴィアンのモティーフを援用したオリジナルの旋律 )
[広瀬大介]
作曲年代
オペラ作曲 1910 年。オペラ初演 1911 年。編曲 1933∼1945 年?
初演
ウィーン
(コンツェルトハウス)
、1946年9月28日。指揮はハンス・スワロフスキー
楽器編成
フルート3(ピッコロ1 )、オーボエ3(イングリッシュ・ホルン1 )、クラリネット3( Es クラリネット1 )、バス・
トランペット3 、
トロンボーン3 、テューバ1 、
クラリネット1 、ファゴット3(コントラファゴット1 )、ホルン4 、
シンバル、小太鼓、
トライアングル、
タンブリン、
グロッケンシュピール、
ラチェッ
ティンパニ1 、大太鼓、
ト、ハープ2 、チェレスタ1 、弦楽
PROGRAM B
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
29
C
PROGRAM
第1819回 NHKホール
金 7:00pm
10/23 □
土 3:00pm
10/24 □
Concert No.1819 NHK Hall
October
23 (Fri) 7:00pm
24(Sat )3:00pm
[指揮]
パーヴォ・ヤルヴィ
[conductor]Paavo Järvi
[ヴァイオリン]
五嶋みどり
[violin]Midori
[コンサートマスター]伊藤亮太郎
[concertmaster]Ryotaro Ito
パーヴォ・ヤルヴィ首席指揮者就任記念
Chief Conductor Paavo Järvi Inauguration Concert
トゥール
(9 ′
)
アディトゥス
(2000/2002)
Erkki-Sven Tüür (1959-) Aditus (2000 / 2002)
ショスタコーヴィチ
ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調
作品77(36′
)
Dmitry Shostakovich(1906-1975)
Violin Concerto No.1 a minor op.77
Ⅰ ノクターン:モデラート
Ⅱ Scherzo: Allegro
Ⅱ スケルツォ:アレグロ
Ⅲ Passacaglia: Andante
Ⅲ パッサカリア:アンダンテ
Ⅳ Burlesca: Allegro con brio
Ⅰ Nocturne: Moderato
Ⅳ ブルレスカ:アレグロ・コン・
ブリオ
・・・・休憩・・・・
・・・・intermission・・・・
バルトーク
)
管弦楽のための協奏曲(40′
Béla Bartók(1881-1945)
Concerto for Orchestra
Ⅰ 「序章」
:アンダンテ・
ノン・
トロッポ―
Ⅰ Introduzione: Andante non troppo – Allegro
アレグロ・ヴィヴァーチェ
vivace
Ⅱ 「対の遊び」
:アレグレット・スケルツァンド
Ⅱ Giuoco delle coppie: Allegretto scherzando
Ⅲ「悲歌」
:アンダンテ・
ノン・
トロッポ
Ⅲ Elegia: Andante non troppo
Ⅳ「中断された間奏曲」
:アレグレット
Ⅳ Intermezzo interrotto: Allegretto
Ⅴ「終曲」
:ペサンテ─プレスト
Ⅴ Finale: Pesante – Presto
30
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
Program C|SOLOIST
五嶋みどり
(ヴァイオリン)
©Timothy Greenfield-Sanders
現代を代表するヴァイオリニストの1 人。大阪府生まれ。11 歳で
ひのき
ニューヨーク・フィルハーモニックと共演して以来、世界の檜舞台で
活躍。オーソドックスなレパートリーだけでなく、同時代の作品の初演
や紹介にも熱心に取り組む。現在は、南カリフォルニア大学ソーント
ン音楽学校弦楽学部「ハイフェッツ・チェアー」兼特別教授としてフル
タイムで後進の指導にあたっている。また、世界各地で社会貢献活
動にも尽力し、日本では認定NPO法人「ミュージック・シェアリング」
を
設立して、学校、病院、施設などでの演奏を行う。2007 年より国連ピース・メッセンジャー。NHK交
響楽団との共演は2002 年以来。N響定期公演への登場は28 年ぶりとなる。ショスタコーヴィチの
《ヴァイオリン協奏曲第 1 番》は、1997 年にクラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管
弦楽団と録音を残すなど、彼女の十八番のレパートリーの1つである。
[山田治生/音楽評論家]
PROGRAM C
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
31
Program C
トゥール
アディトゥス
(2000/2002)
エストニア出身のエルッキ・スヴェン・トゥール( 1959 ∼ )の音楽キャリアは、プログレッ
イン ・ ス ペ
シヴ・ロックのバンド In Spe からはじまる。後にタリン音楽院で作曲を本格的に学び、
1980 年代後半から現代作曲家に転身。ロックの他、グレゴリオ聖歌、マーラーや R. シュ
トラウスの管弦楽法、ミニマル音楽など、多様な音楽を参照して緻密に構成された楽曲
《アディトゥス》はトゥール
を聴けば、
「ロック・バンド出身の」
という枕 詞はもはや不要だ。
が作曲家として歩み出した際の指導者で精神的な支柱でもあった、同郷の作曲家レポ・
スメラ( 1950 ∼ 2000 )の死を悼んで作曲された。タイトルの「 aditus 」はラテン語で「接近、
入り口、はじまり、偶然」
を意味し、鎮魂ではなく、むしろスメラの魂への祝祭歌といえる。
本作は演奏会用序曲の性格を持ち、トゥールの考案した「ベクトル書法」
が曲全体を司る。
「ベクトル書法」は和音の声部誘導・連結方法。変異と増殖を繰り返しながら曲全体のテク
スチュアを生成する和音は、遺伝子のような螺旋状の構造を想起させる。曲はテューブラー・
ベルと金管の滑り落ちるような下行音型から劇的に幕を開ける。その下行音型のエネル
ギーは弦楽に受け渡され、以降、半音階を主体とする音のベクトルは上昇と下降を繰り返し、
随所で打楽器群による楔が打たれる。中間部ではオーボエやフルートの衝動的な身ぶりが
散発する一方で、音の高低、静と動といった対照的な複数のベクトルが常に蠢き衝突し合
い、激しい音の波に まれるような感覚に襲われる。これまで比較的滑らかに動いていた
音の流れは再現部で重厚な足取りとなり、緊張感が高まる。このまま衝撃的な結末を迎え
ると思いきや、その予想は見事に裏切られる。弦楽器と木管のトリルの間から柔和な響きの
分散和音が浮き立ち、ウィンド・チャイムの煌めきとともに昇天する。
[高橋智子]
作曲年代
2000 年/ 2002 年改訂
初演
2000年12月1日、マインツ、ラインラント・プファルツ州立管弦楽団、ラルフ・オットー指揮
楽器編成
フルート2 、オーボエ2 、クラリネット2 、バス・クラリネット1 、ファゴット2 、ホルン4 、
トランペット3 、
トロン
トムトム、グロッケンシュピール、テュー
ボーン3 、テューバ1 、ティンパニ1 、タムタム、ヴィブラフォン、
ブラー・ベル、大太鼓、ウッド・ブロック、サスペンデッド・シンバル、ウインド・チャイム、弦楽
32
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
Program C
ショスタコーヴィチ
ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 作品77
交響曲と弦楽四重奏曲、そしてオペラに注目が集まりがちなショスタコーヴィチ( 1906
∼ 1975 )
だが、彼が残した弦楽器のための 4 曲の協奏曲は、どれも最高に充実した 20 世
紀を代表する傑作である。その主たる理由は、もちろん、ヴァイオリンのダヴィッド・オイスト
ラフとチェロのムスティスラフ・ロストロポーヴィチという稀 代 の名手との深い信頼関係にあ
る。彼らの高い技術と芸術性、同時代人ならではの作品への理解が、これらの協奏曲に
及ぼした影響力ははかりしれない。
ショスタコーヴィチがこの作品に着手したのは 1947 年 7月である。革命 30 周年を祝う
カンタータ《祖国の詩》や映画音楽《若き親衛隊》等の作曲による中断を挟んで、第 1 楽
章、第 2 楽章がそれぞれ 1947 年 11 月、12 月に完成されている。そして第 3 楽章の作曲
を進めるなか、ショスタコーヴィチを含むソ連の指導的作曲家たちが新年早々クレムリン
に招集された。党書記ジダーノフは、前年に発表されたムラデリのオペラ《偉大な友情》
を槍 玉にあげ、12 年前の《ムツェンスクのマクベス夫人》における形式主義的誤りが再び
繰り返されていると批判、ソ連音楽界の有害分子を告発するよう求めた。戦後の東西対
立を背景にした、新たな文化・芸術統制のはじまりである。これに追い討ちをかけるよう
に、1月13日にはユダヤ人俳優ソロモン・ミホエルスがベラルーシのミンスクで殺害される。
ショスタコーヴィチの《交響曲第 8 番》が難解であると非難された際、敢然とその擁護に立
ち上がった人物である。スターリン体制末期におけるユダヤ人排斥運動を象徴する出来
事であった。直接の関連性は薄いとはいえ、
《ヴァイオリン協奏曲第 1 番》の後半はこうし
た一連の出来事を背景に作曲されたのである。ショスタコーヴィチはごく内輪の友人たち
に新作を披露し、その反応から確かな手ごたえを得ていたものの、結局、激化する一方
の形式主義批判のあおりを受けて発表を見送ることに決めた。
7 年間も留め置かれたこの作品が復活する機会は、スターリン没後 2 年目にやってき
た。1955 年 12 月、オイストラフ初のアメリカ・ツアーの目玉演目として、アメリカの興行主が
幻の協奏曲を提案したのである。しかし、そのためには前もって母国で初演する必要が
あった。こうして同曲は、1955 年 10 月29日、オイストラフの独奏、ムラヴィンスキー指揮の
PROGRAM C
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
33
レニングラード・フィルハーモニー交響楽団によって初演された。2か月後の12 月29日に
は、オイストラフの独奏、ミトロプロス指揮のニューヨーク・フィルハーモニックで西側初演
が行われ、同じコンビによるレコーディングも実現した。スターリン体制末期にお蔵入りと
なった作品が、今度は東西の緊張緩和の象徴として復活したのである。
《ヴァイオリン協奏曲第 1 番》には、通常の協奏曲とは異なるユニークな工夫が数々見ら
れる。全体は協奏曲の通例である3 楽章構成ではなく、スケルツォや緩徐楽章、それにロ
ンド・フィナーレからなり、交響曲の 4 楽章構成に匹敵する。編成ではホルンとテューバ以
外の金管楽器が省かれる一方、チェレスタやハープ、シロフォンが導入され独特の雰囲気
を醸しだしている。通常、第 1 楽章最後に置かれるカデンツァは、独立した楽章に匹敵す
る内容にまで拡大されて、第 3 楽章と第 4 楽章の間を橋渡しする役目を担っている。
第 1 楽章 ノクターン:モデラート、イ短調、4/4 拍子。2 つの主題が自由に変形・変容
する形式で、終始一貫、ヴァイオリン独奏が暗い叙情にあふれた歌を紡いでゆく。
第 2 楽章 スケルツォ:アレグロ、変ロ短調、3/8 拍子。次第に対声部にショスタコーヴィ
チの音名象徴( D − S − C − H[レ−ミ♭−ド−シ])が見え隠れし、最後のヴァイオリン独奏
ではその移調形が明確に奏される。他方、トリオに相当する舞曲風の音楽には、ユダヤ
のクレズメルの音調がこだましているようだ。中央部分ではスケルツォ主題によるフガート
が展開される。
第 3 楽章 パッサカリア:アンダンテ、へ短調、3/4 拍子。17 小節のパッサカリア主題に
よる9 つの変奏が展開される。ショスタコーヴィチはパッサカリアを偏愛したが、なかでも
この楽章は厳粛・清澄な美しさで際立っている。徐々に音楽が沈静すると、先立つ楽章
の主要主題を回想する力強いカデンツァへと移行し、その高揚のまま終楽章に突入する。
第 4 楽章 ブルレスカ:アレグロ・コン・ブリオ、イ長調、2/4 拍子。ロンド形式。チャイコ
フスキーの協奏曲を彷 彿させる土俗的でユーモラスな音楽だが、後半では第 3 楽章の
パッサカリア主題が回帰し、プレストのコーダを熱狂的に終結させる。
[千葉 潤]
作曲年代
1947 年 7月21日∼1948 年 3月24日。ダヴィッド・オイストラフに献呈
初演
1955年10月29日、エフゲーニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
楽器編成
フルート3(ピッコロ1 )、オーボエ3(イングリッシュ・ホルン1 )、クラリネット3(バス・クラリネット1 )、ファ
ゴット3(コントラファゴット1 )、ホルン4 、テューバ1 、ティンパニ1 、シロフォン、タンブリン、タムタム、
ハープ2 、チェレスタ1 、弦楽、ヴァイオリン・ソロ
34
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
Program C
バルトーク
管弦楽のための協奏曲
《管弦楽のための協奏曲》は 1943 年の夏から秋にかけて、バルトーク( 1881 ∼ 1945 )
がニューヨーク州の保 養 地サラナクレイクに滞 在していたときに書かれた作 品である。
クーセヴィツキーからオーケストラ作品の作曲依頼が来たのは、この年の初夏のこと。白
血病におかされていた作曲家がその後およそ2か月のうちに総譜を書き上げたことは、
一種の奇跡のようにこれまで語り継がれてきた。
とはいえ、この伝説にはいくらかの誇張が含まれている。というのも素材やアイディアの
一部は、以前から作曲家の頭の中にあったと考えられるからだ。実際、1942 年 8 月、楽
譜出版社がバッハの《ブランデンブルク協奏曲》のような、オーケストラのための「協奏曲」
を作曲することをバルトークに提案した際、彼はそのような音楽をすでに書きはじめてい
ることを明かしている。その頃思い描いていたことが、最終的にどこまで《協奏曲》のスコ
アに反映されているのかははっきりしない。ただ少なくとも第 2 楽章の最初のスケッチは
クーセヴィツキーの依頼より以前の時期にさかのぼるものであることが、これまでの研究
で明らかになっている。
その点をふまえると、サラナクレイクにおけるバルトークの作業がどのようなものだった
のか、おおよその見当がついてくる。おそらく彼は、第 1・3・5 楽章において「苦悩から歓
喜へ」
と向かうベートーヴェン的な楽章構成を踏襲する一方で、すでにある程度かたちを
なしていた比較的軽い素材の音楽を、間にはさみ込むことを決めたのだ。
容態は安定していたとはいえ、37 度台の微熱が続いていたことを考えるならば、作品
の完成度には目をみはるものがある。第 2 楽章のみならず、第 1 楽章や第 5 楽章でも随所
で名人芸的な技術が要求されることからも分かるように、タイトルと作品の内容との間に
も破 綻はない。その一方で、第 1 楽章と第 3 楽章では同じ主題を変形させながら用いるこ
とで、無駄の少ない、堅 牢な構成を実現している。
圧巻なのは終楽章だ。ヴァイオリンやバグパイプといった伝統楽器の響きをオーケスト
ラに模倣させるだけではあきたらず、展開部では豚飼いの角笛風の主題をもとにフーガ
まで書いている。プリミティヴな「農民音楽」の語法とベートーヴェン的なソナタ形式の枠
組みを接合させるという年来の試みを、バルトークがここであらためて分かりやすく、輝か
PROGRAM C
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
35
しい響きで表現しえたことは、彼の音楽の受容にとっても、オーケストラ音楽の歴史にとっ
ても、幸運なことだったとやはりわれわれは言わなければならないだろう。
:アンダンテ・ノン・トロッポ、3/4 拍子─アレグロ・ヴィヴァーチェ、3/8
第 1 楽章 「序章」
拍子。序奏付きのソナタ形式。序奏の伴奏音型はハンガリー民謡の五音音階とおそらく
関連を持つ。主部は 3/8 拍子のきびきびした第 1 主題を中心にコンパクトに書かれている。
展開部では金管のファンファーレ主題が転回型を伴いつつ、華やかに展開される。
第 2 楽章 「対の遊び」:アレグレット・スケルツァンド、2/4 拍子。3 部形式。主部は鎖
のような構造になっており、ファゴット、オーボエ、クラリネット、フルート、トランペットがそ
れぞれに二重奏を聴かせていく。短い金管のコラールをはさんで、再現部はふたたびファ
ゴットから。ただし、最初の時より楽器の数が増え、味わいはいっそう複雑なものとなる。
:アンダンテ・ノン・トロッポ、3/4 拍子。3 部形式。主部の主題は第 1
第 3 楽章 「悲歌」
楽章の序奏の素材をもととしている。中間部のヴィオラの主題はおそらくハンガリー民謡
をふまえたもの。
の嘆き歌の歌詞構造( 8 音節、4 行構造 )
:アレグレット。冒頭部分(A)の主題は変拍子をとも
第 4 楽章 「中断された間奏曲」
なう、
「農民音楽」風の旋律。第 2 の部分(B)の主題はおそらく、ハンガリーで人気があっ
た「愛国的な」流行歌〈ハンガリーよ、お前は美しい、お前は素敵だ〉
を変形させたもの。
冒頭部分が再現された後、ショスタコーヴィチ《交響曲第 7 番「レニングラード」》の「戦争
の主題」によく似た旋律が割って入ってくる。そしてそれを受けて、第 2 の部分と冒頭部分
が静かに回想される。
第 5 楽章 「終曲」:ペサンテ、2/4 拍子─プレスト、2/4 拍子。ソナタ形式。民俗音楽
の語法を随所に取り込んだ無窮動のフィナーレ。コーダは長大で、クライマックスではフー
ガ主題が金管楽器群によって高らかに演奏される。
[太田峰夫]
作曲年代
1943 年 8月15日に着手、1943 年 10月8日に完成
初演
1944年12月1日、
ボストン・
シンフォニー・ホールにおけるボストン交響楽団の演奏会にて。セルゲイ
・
クー
セヴィツキー指揮による
楽器編成
フルート3(ピッコロ1 )、オーボエ3(イングリッシュ・ホルン1 )、クラリネット3(バス・クラリネット1 )、ファ
トランペット3 、
トロンボーン3 、テューバ1 、ティンパニ1 、大
ゴット3(コントラファゴット1 )、ホルン4 、
太鼓、シンバル、サスペンデッド・シンバル、小太鼓、
トライアングル、タムタム、ハープ2 、弦楽
36
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
短期連載(全4回)
音楽史の中の
交響曲 金澤正剛
音 楽 学 の 第 一 線 で 活 躍 する 研 究 者 が 、
交 響 曲 や オーケストラを 入り口 に 自 由 なテ ーマで 執 筆 する 短 期 連 載 シリーズ 。
前 回 に 引き続き、金 澤 正 剛 さん によるシンフォニーを 軸 にした
音 楽 史 をお 送りします。
第2回
「シンフォニア」
の発展
17世紀はヴァイオリン属弦楽器が台頭した時代としても知られる。
すでに16世紀半ばから北イタリアのクレモナではアンドレア・アマティ
が、ブレシアではガスパロ・ダ・サロがヴァイオリンの製作を開始してい
た。17世紀に入るとヴァイオリン属楽器は、それまでのヴィオール属[1]
楽器に代わる合奏用楽器として人気を集めるとともに、独奏楽器とし
て注目を集めることとなった。18世紀以後急速に発展することとなる
管弦楽のルーツは、まさにここにあったわけである。同時に、それに
1… ヴァイオリン属の前身と
もいえる弦楽器属で、いず
れも6弦をもち、楽器本体や
弓の形もヴァイオリンとは異
なる。
対応して器楽合奏曲もさかんに作曲されるようになり、代表的な曲種
として、ソナタやコンチェルトと並んで、シンフォニアも現れるようにな
る。ただし当初はこれらの曲種の区別は明確ではなく、いずれもポリ
フォニー様式または舞曲調の短い合奏曲で、いまだ楽章には分かれ
ていなかった。なかには同じ作品が「シンフォニア」
と呼ばれたり、
「ソ
ナタ」
と呼ばれたりした例もある。
そのような初期の
「シンフォニア」
は1607年から1615年の間に次々
と発表された。主な作曲家としてはアドリアーノ・バンキエーリをはじ
め、サロモーネ・ロッシ、アントニオ・トロイロ、ロドヴィーコ・ヴィアダーナ、
そしてドイツ系ヴェネチア人のジョヴァンニ・ジロラモ・カプスベルガー
らを挙げることができる。いずれもヴァイオリンの故郷クレモナとブレ
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
37
シア、またはそれに近い北イタリア出身であることが注目される。
彼らのシンフォニアは単一楽章ではあるものの、ルネサンスのポリ
フォニー様式の影響で、いくつかの異なる主題が次々と現れることが
多い。そのため、曲全体は必然的に主題の異なる短い部分の連続と
なるが、次第に各部分が対照的に異なるという性格を強調して、変
化をつけることが多くなる。したがってテンポや拍子を変えたり、ポリ
2…単旋律をハーモニーで支
える方法で作曲された音楽。
フォニーとホモフォニー[2]
を対比させたりして、効果的な表現を求め
る例も次第に多くなってくる。さらにひとつの部分を完全に終止して
いったん締めくくり、あらためて次の部分に移る、というような例も現
れる。後年の多楽章構成への芽生えが、世紀の半ばころまでにはみ
られるようになる。
一方で、独立した楽曲としてのシンフォニアの中に、前奏曲的な性
格をもつものもみられるようになる。その最初の例と思われるのは
1608年にブレシア近郊出身のチェザリオ・グッサーゴが出版した《ソ
ナタ集》
にみられるもので、そこに含まれている28曲のソナタまたはコ
ンチェルトに加えて、
「好みに応じてそれらに付け加えて演奏してもよ
いシンフォニア8曲」
が収録されている。さらに世紀半ばから後期にか
けては、舞踊組曲の前奏曲としてシンフォニアが作曲される例が現れ
る。その最も初期の例としては、1626年から1637年にかけてマント
ヴァ出身のジョヴァンニ・バッティスタ・ブオナメンテが出版した3つの
曲集からのものがあり、標準的な組み合わせではシンフォニアに続い
てガリアルド、コレンテ、ブランドという3つの舞曲が演奏される。その
ような例は、世紀後半になるとさらに数多く現れるようになる。その代
表的な例にはジョヴァンニ・マリア・ボノンチーニが1671年に発表した
《合奏曲集作品5》があり、そこではシンフォニアに続いてアレマンド、
コレンテ、サラバンドという組み合わせが標準となっている。しかし一
方ではジョヴァンニ・ブオナヴェントゥーラ・ヴィヴィアーニ(1638‐1692
以後)
が1678年に出版した曲集《音楽の奇想さまざま》
のように、シン
フォニアがソナタや舞曲とともに単独で収録されている例もある。
イタリアのオペラは、17世紀半ば頃までには序幕(プロローグ)付き3
幕立てという構成が定着し、シンフォニアは声楽曲から独立して、幕
の前後で演奏されるようになった。その最も初期の例には1631年頃
にローマで初演されたステファノ・ランディの《聖アレッシオ》
があり、序
幕、第2幕、第3幕に先立って、いずれも2分余りの短いシンフォニア
が演奏されている。17世紀中期以降、モンテヴェルディの後を継い
で活躍したピエトロ・フランチェスコ・カヴァルリ、アントニオ・チェスティ、
38
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
フランチェスコ・プロヴェンツァーレらのオペラでは、シンフォニアは序
曲としてばかりでなく、各幕の冒頭でも演奏されることが少なくない。
いまだに単一楽章ではあるものの、次第に長さは長くなり、構成も内
部がいくつかに細分化され、なかには楽章に分かれる寸前の例もみ
られるようになる。たとえばカヴァルリの《ジャゾーネ》
(1649年)のシン
フォニアは緩いテンポの2拍子に始まり、後半で急速な3拍子となる
が、そのような構成がフィレンツェ出身のリュリによってパリに持ち込ま
れ、緩−急−緩のテンポ構成によるいわゆるフランス風序曲になっ
たと主張する学者もいる。
宗教的集会における聖書朗読の延長として生まれたオラトリオは、
本来、器楽をほとんど含まないのが常であったが、世紀も終わりに近
くなると、シンフォニアを含むようになった。しかもそのころのオラトリ
オは、集会の前後に分けて演奏することが多くなったため、2部構成
を取るようになったが、その場合、第1部と第2部の初めでシンフォニ
アを演奏するという例が多くみられるようになった。なかでも特にア
レッサンドロ・ストラデルラの《洗礼者聖ヨハネ》
(1675年)の序曲は、2
つの点で歴史的な作品とされる。すなわちこの曲は、コンチェルト・グ
ロッソ[3]の知られているかぎり最も初期の例のひとつであり、また同
時に単一楽章ながら全体の構成が急−緩−急という3つの部分か
ら成っている、ということである。そのような構成のシンフォニアは、そ
の後アレッサンドロ・スカルラッティによってオペラやオラトリオの序曲と
3…弦楽合奏と小編成の独
奏楽器群(コンチェルティー
ノ)
が交互に入れ替わりなが
ら演奏する楽曲。
してさかんに作曲されるようになり、さらに彼の弟子たちによって受け
継がれ、いわゆるナポリ楽派においてさかんに作曲されたため、緩
−急−緩の構成をもつフランス風序曲に対して、イタリア風序曲として
知られるようにもなった。それらの序曲はやがてオペラやオラトリオか
ら切り離して、単独で演奏されるようにもなった。従来の学説では、そ
れが急−緩−急の3楽章構成へと発展し、古典派の交響曲が生ま
れるルーツとなったとする説が強かったが、実はもうひとつ別のルート
があるように思われる。それは声楽曲とは無縁の、純粋な器楽曲とし
ての「シンフォニア」の存在である。
たとえばストラデルラも声楽とは無関係に、単独の器楽曲としての
シンフォニアを20曲余り残している。ただしそれらは本質的にはヴァイ
オリン・ソナタ、またはトリオ・ソナタ
[ 4]
に他ならない。曲の長さは10分
近いものもあり、構成も複数の部分に分かれていて、すでに多楽章と
いってよいものもある。たいていの場合はゆっくりとしたテンポで始ま
4… ヴァイオリンやフルートな
ど2つの旋律楽器と通奏低
音によって演奏される楽曲。
り、早くなったり、遅くなったりを繰り返し、最後は軽快なテンポで終わ
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
39
る。模倣の手法などもみられ、テンポや拍子を変えながら変化に富
んだ展開を示す。それは当時盛んとなった「ダ・キエーザ」
(「教会の」の
意)
の様式と一致する。
17世紀後半、大規模な器楽合奏が盛んだったのは宮廷よりもむし
ろ教会においてであった。特に北イタリアには優秀な合奏団を抱え
る教会が少なくなかったが、なかでも突出していたのがボローニャの
聖ペトロニオ聖堂であった。ヨーロッパ中から優れた器楽の演奏家
を集め、弦楽合奏を基本として、それにトランペットやオーボエを加え
て華麗な器楽様式を発展させていた。代表的な音楽家としては最年
長のマウリツィオ・カッツァーティをはじめ、ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィ
ターリ、ジュゼッペ・トレルリ、
ドメニコ・ガブリエルリ、
トマゾ・アントニオ・
ヴィターリ、ジュゼッペ・アルドロヴァンディーニ、フランチェスコ・マリア・
マンフレディーニらが挙げられる。実は若き日のアルカンジェロ・コレル
リもまた、ローマに行く以前にこの教会の楽団で活躍していた。彼ら
の器楽曲は主としてソナタ、コンチェルト、シンフォニアの3種類であっ
たが、最初のうちはそれらの区別は明確ではなく、
「ソナタ」
と題され
た曲が実質的にはトランペット協奏曲だったり、
「シンフォニア」
がスト
ラデルラの例と同様、トリオ・ソナタだったりしたが、世紀の変わり目頃
から次第にその定義も明確となり、
「ソナタ」は独奏曲または重奏曲、
「シンフォニア」は合奏曲、
「コンチェルト」は独奏付きの合奏曲と区
別されるようになった。
彼らの器楽曲は基本的に教会における礼拝用であるため、
「ダ・キ
エーザ」の名で呼ばれたが、その特徴としてはポリフォニーの要素を
含み、緩急を交互に繰り返す部分、ないしは楽章から構成されるとい
うものであった。やがてその基本形として、緩−急−緩−急の4楽章
構成が定着するが、さらに最初の緩の部分が次の部分の序となり、
ついには省略されるに及んで、オペラのイタリア風序曲と同様の急
−緩−急の3部構成をとるものも現れるようになった。一方、合奏に
おける器楽構成も、弦楽合奏に、最初はトランペットを加える程度で
あったが、次第に他の管楽器を付け加えるようになった。このように
して18世紀半ばに近代的な管弦楽が現れるのにともない、
「シンフォ
ニア」
も近代的な
「交響曲」への道を進むこととなる。
金澤正剛(かなざわ まさかた)
国際基督教大学名誉教授。著書に『古楽のすすめ』
『 中世音楽の精神史』
『キリス
ト教と音楽』
ほか。
40
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015
築力や端正な表現で驚嘆させただけに、続く
11月定期公演の
聴きどころ
《第5番》でも聴き手の耳を洗う快演が期待
される。
前半のマーラー《リュッケルトによる5つの
歌》のソロは、イギリス生まれの若手実力派
ソプラノ、ケイト・ロイヤル。世界のマエストロ
の信頼厚い彼女は、サイモン・ラトル指揮す
る《 交 響 曲 第2番「 復 活 」》の CD でもソロ
を歌っており、今回はそうした実績あるマー
ラーの歌曲集での柔らかく深い歌唱が聴き
ものだ。また歌曲集と同時期の作でテイスト
11月の定期公演は、ディエゴ・マテウス、ネ
が共通する《交響曲第5番》のアダージェット
ヴィル・マリナー、ウラディーミル・フェドセーエフ
を前に置いたプログラミングも心憎い。
の3人の指揮者が登場する。1924年生まれ
のマリナー、1932年生まれのフェドセーエフと
1984年生まれのマテウス、さらには1923年
マリナーとプレスラー
円熟味あふれる両大家の共演
生まれのメナヘム・プレスラーと今年のショパ
ン国際コンクールの最高位受賞者も加わっ
Bプロは、公演時91歳の両大家の共演
た顔ぶれは、長老格 vs 超新星の趣。音楽界
が大きな話題。イギリスの巨匠ネヴィル・マリ
の歴史と未来を伺い知る、興味津々のひと
ナーは、28年ぶりにN響に登場した2007年
月となる。
以来たびたび客演し、円熟味あふれる至芸
を披露している。いっぽうのメナヘム・プレス
ベネズエラ出身の俊英マテウス
快演に期待
ラーは、1955年に結成され2008年に解散
したボザール・トリオで活躍した名ピアニスト。
その後は第一線でソロ活動を行い、昨年末
Aプロを指揮する今年31歳のディエゴ・マ
にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の
テウスは、活躍顕著なグスターボ・ドゥダメル
ジルヴェスター・コンサートに出演するなど意
と同じく、世界的な注目を集めるベネズエラ
気軒昂だ。本演目のモーツァルトは、昨年か
の音楽教育プログラム「エル・システマ」出身
らソナタ全曲録音を開始(!)
した作曲家。第
の俊英。2011年27歳でヴェネチア・フェニー
1弾 CD を聴くと、慈愛と滋味あふれる音楽
チェ歌劇場の首席指揮者に抜擢され、同年
のみならず、明瞭なタッチに驚かされる。映画
にはサイトウ・キネン・オーケストラ、2013年に
『アマデウス』のサントラを担当したマリナー
はN響も指揮した。そこで評価を得ての定
も、モーツァルトは十八番。飛び切りチャーミ
期初登場となる今回のメインは、チャイコフ
ングな《第17番》
における円熟の共奏は、歴
スキーの《交響曲第5番》。日本での前記2
史的瞬間と言っても過言ではない。
回の客演で《第4番》
を取り上げ、堅 牢な構
後半のブラームスの交響曲は、マリナー
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
41
がN響で再三取り上げており、昨年11月に
季》から収穫の喜び漲る〈秋〉、民族色全開
も《第 1番》の名演を聴かせたばかり。今回
のハチャトゥリヤン《ガイーヌ》、華麗なチャイコ
は《第4番》の古典的な造型を明快に描き、
フスキーの《序曲「1812年」》
という、マエス
温かくエレガントな表現で魅了するに違い
トロのタクトで最も聴きたい、ファン感涙のプ
ない。
ログラム。彼のトレードマークともいうべき
《ガ
イーヌ》の〈レズギンカ舞曲〉
を含めた迫力満
重鎮フェドセーエフによる
迫力満点のプログラム
点のロシア管弦楽曲集を、充実のN響サウ
ンドで味わえるのは、この上ない喜びだ。
前半は、今年10月に開催されるショパン
Cプロは、83歳を迎えたロシアの重鎮ウラ
国際コンクールの覇者が、ファイナルで演奏
ディーミル・フェドセーエフの指揮。1974年
した協奏曲を聴かせる。多くのスターを輩出
以来コンビを組むモスクワ放送交響楽団(現
した当コンクールの優勝者の実力は保証付
チャイコフスキー交響楽団 )
との豪快かつ躍動感
きだし、フェドセーエフの老練なサポートも強
に充ちた演奏で知られる彼だが、N響とは
い味方。新たな才能とのいち早い出会いに
2013年に初共演。スケールの大きな巨匠芸
胸が躍る。
で感嘆させ、今年4月の共演でも高い人気
を集めた。それゆえ同年続いての登場は実
[柴田克彦/音楽評論家]
に嬉しい。しかも今回は、グラズノフの《四
11月の定期公演
A
土 6:00pm
11/14 □
日 3:00pm
11/15 □
マーラー/交響曲 第5番 嬰ハ短調 ─ アダージェット
マーラー/リュッケルトによる5つの歌
チャイコフスキー/交響曲 第5番 ホ短調 作品64
NHK ホール
指揮:ディエゴ・マテウス
ソプラノ:ケイト・ロイヤル
B
モーツァルト/ピアノ協奏曲 第17番ト長調 K.453
ブラームス/交響曲 第4番 ホ短調 作品98
サントリーホール
指揮:ネヴィル・マリナー
ピアノ:メナヘム・プレスラー
水 7:00pm
11/25 □
木 7:00pm
11/26 □
C
金 7:00pm
11/20 □
土 3:00pm
11/21 □
NHK ホール
ショパン/ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11 または 第2番 ヘ短調 作品21
グラズノフ/バレエ音楽「四季」作品67 ─「秋」
「ばらの少女たちの踊り」
ハチャトゥリヤン/バレエ組曲「ガイーヌ」─「剣の舞」
「子守歌」
「レズギンカ舞曲」
チャイコフスキー/序曲「1812年」作品49
指揮:ウラディーミル・フェドセーエフ
ピアノ:
「第 17 回ショパン国際ピアノコンクール」最高位
42
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | OCTOBER 2015