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Philharmony January 2014
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今月のマエストロ
ファビオ・ルイージ
オペラで名を上げ、
大成を予感させる指揮者 文
堀内 修
今
月
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マ
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ス
ト
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フ
ァ
ビ
オ
・
ル
イ
ー
ジ
この指揮者なら安心できる。ウィ
ーンやミュンヘンの歌劇場で、若い
ルイージはオペラを愉しむ人に、安
心感を与えていた。
スター歌手を
えた特別な公演
は、その歌劇場の音楽監督か、ほか
から招かれたスター指揮者が指揮す
る。ドイツやオーストリアの歌劇場
の音楽監督も、ウィーンやミュンヘ
ンに来れば、レパートリーになって
いるオペラの、日常的な上演を指揮
することになる。毎日の上演の中か
ら、若い指揮者が頭角を現すのはな
かなか困難だ。1990 年代、ルイー
これからというところで亡くなって
しまった。だがもうひとりが残って
いる。
オペラとコンサートの両方で
キャリアを積み上げる
アバドやムーティがそうであるよ
うに、ルイージも早くからオペラと
コンサートの両方で活躍していた。
実をいえば、いまその片方だけとい
うのは難しい。指揮者の評価は、劇
場とコンサートホール、両方が
っ
てこそ上がる。小澤征爾が積極的に
オペラに取り組み、ウィーン国立歌
ジは頭角を現した。
劇場の音楽監督となって、名声を築
歌劇場に通い慣れた聴衆からの
信頼と期待
ルベルト・フォン・カラヤンから忠告
いたのも、キャリアの早い時期にヘ
されたからだという。もちろん、ジ
この指揮者なら安心してオペラに
ェノヴァ出身でグラーツでキャリア
没入できる。毎回一流どころの歌手
を始めたルイージには、よくわかっ
が出演する、ウィーンやミュンヘン
ていたはず。グラーツの歌劇場でオ
やベルリンで歌劇場に通い慣れた聴
ペラ指揮者としてのキャリアをはじ
衆にそう感じさせるだけだって、容
めたルイージは、同じ時期に自分で
易じゃない。だがルイージはそこを
オーケストラを結成し、コンサート
抜けて、先に進んだ。当時のオペ
指揮者としてのキャリアもはじめて
ラ・ファンの下馬評には、将来の大
いる。
物候補として、2 人の指揮者の名が
両方が必要なのは、指揮者として
挙がっていた。どちらも名前がイタ
の評価を上げるためだけではない。
リア系なので、やがてアバドとムー
指揮する音楽そのものが違ってくる
ティみたいに、オペラの世界を活気
からだ。指揮者としての音楽的成熟
づかせるだろうと思われていたのだ。
には、コンサート指揮者としての力
それがマルチェルロ・ヴィオッティ
量もオペラ指揮者としての力量も、
とファビオ・ルイージだった。
欠かせない。
オペラ・ファンの予想通りにはな
ルイージはその両方を、じっくり
らず、ルイージの少し先輩であった
と手がけ、キャリアを、そして芸術
スイス出身の指揮者ヴィオッティは、
家としての成長の段階を、登ってい
リタン・オペラ日本公演に、首席指
グラーツの交響楽団からウィーン交
揮者ファビオ・ルイージが同行した。
響楽団やドレスデン・シュターツカ
当初音楽監督のジェームズ・レヴァ
ペレへ。オペラ指揮者としては、ド
インが指揮することになっていたの
イツやオーストリアの歌劇場のレパ
だが、来日できなくなり、ルイージ
ートリー指揮者からメトロポリタン
が 3 つの演目のうち 2 つを振った。
歌劇場の首席指揮者へと、歩を進め
大震災と原子力発電所の事故のあ
てきた。
と 3 か月だったから、公演そのも
指揮者としての評価が上昇するの
のが危ぶまれる事態だったが、メト
と、指揮者としての実力が上昇する
ロポリタン・オペラは立派に公演を
のが、一緒になっているのがルイー
敢行した。スター歌手が何人も出演
ジらしい。少し聴かないでいるうち
をキャンセルし、新たにキャストを
にひと回り大きくなっていて、ブル
組み直さざるを得なくなったのだが、
ックナーは立派になるし、シューマ
さすがにメトロポリタン・オペラだ
ンは繊細になってと、確実に上に、
あるいは前に、進んでいった。
安心できる指揮者は、いつの間に
か、興奮できる指揮者になっていた
のだった。
堂々と伝統を背負った 2010 年、
そして震災後の公演の立役者と
なった 2011 年の来日公演
った。立て直しは驚嘆に価した。ミ
ミ役にバルバラ・フリットリをすえ
ての《ボエーム》は、この歌劇場の
日本公演でも指折りの上演となった
し、主役が何人も交代してしまった
《ドン・カルロ》だって、天下のメト
ロポリタン・オペラの水準を維持し
た。
いま思えば、あの時メトロポリタ
コンサート指揮者としてルイージ
ン・オペラの公演は、傷ついた日本
は 2010 年に来日している。ウィー
への、この上なく優しい治療薬だ
ン交響楽団との日本公演だった。ウ
ったのだ。そして公演の立役者は、
ィーンの 2 人の大音楽家、ベートー
《ボエーム》と《ドン・カルロ》を指
ヴェンとブラームスのプログラムを
揮した首席指揮者、ファビオ・ルイ
指揮したのだが、これぞウィーンの
ージだった。
正統的ベートーヴェン、正統的ブラ
ームス、という演奏だった。最初か
ら風変わりな個性派ではなかったル
大指揮者を予感させるいま、
N響との共演に期待
イージだけれど、堂々と伝統を背負
少し前にルイージはドレスデンの
った指揮者になっていた。
歌劇場と決別している。ドレスデン
そしてオペラ指揮者ルイージだ。
を拠点としてオペラ指揮者としての
忘れもしない、2011 年のメトロポ
才能が花開くと予想していたので、
Philharmony January 2014
った。オーケストラ指揮者としては
今
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フ
ァ
ビ
オ
・
ル
イ
ー
ジ
どうなることかと思った。メトロポ
の先がある。地位はともかく、大成
リタン・オペラが首席指揮者に迎え
し、大指揮者としての栄光を得るの
た理由は、上演から明らかだった。
は、もっと先になるのではないか。
ルイージは、ウェルザー・メスト
だがNHK交響楽団の指揮台に
がウィーンに移った後を受け、チュ
立つには、ちょうどいい時期だろう。
ーリヒ歌劇場の音楽総監督に就任し
もう待てないし、これで終わりでも
ている。どうなることか、どころで
ない。聴くのはもちろんオーケスト
はない。ヨーロッパとアメリカの主
ラ指揮者としてのルイージで、ブル
要歌劇場で、オペラの世界をリード
ックナーが聴けるが、
《カルミナ・ブ
してゆくようになったのだ。
ラーナ》では、きっと劇場の指揮者
一歩一歩階段を登り、それととも
としてのルイージも垣間見えるはず
に音楽家としての円熟味を加えてい
だ。
ったルイージは、そろそろ頂上に達
したろうか? いや、たぶんまだこ
プロフィール
オペラ指揮の名手として、年を追
うごとに評価を上げ、人気を集めて
きたファビオ・ルイージ。2011 年に
メトロポリタン歌劇場の首席指揮者
に就任し、2012 年にはチューリヒ
歌劇場の音楽総監督にもなって、世
界のオペラ界を動かす重要な指揮者
のひとりとなっている。
ルイージは 1959 年ジェノヴァ生
まれのイタリアの指揮者で、ジェ
ノヴァのニコロ・パガニーニ音楽院
でピアノを学んだ後、オーストリ
(ほりうち・おさむ 音楽評論家)
弦楽団の音楽監督、ライプツィヒ放
送交響楽団の芸術監督、そしてウィ
ーン交響楽団の首席指揮者などを歴
任している。
当然ウィーン・フィルハーモニー
管弦楽団やパリ管弦楽団、ロイヤ
ル・コンセルトヘボウ管弦楽団など、
世界の一流オーケストラへの客演も
多く、コンサート指揮者としての評
価を上げてきた。日本ではNHK交
響楽団に客演したほか、パシフィッ
ク・ミュージック・フェスティバルの
ア、グラーツの音楽院でミラン・ホ
芸術監督も務めた。
1984 年にグラーツ歌劇場でキャリ
力を入れ、ドレスデンの歌劇場の音
ルヴァートに指揮法を師事している。 一方ルイージはオペラの指揮にも
アを始めている。グラーツでは新た
に交響楽団を組織し、7 年にわたっ
て芸術監督を務めていた。その後ド
イツ、オーストリア、そしてスイス
とドイツ語圏の歌劇場や交響楽団で
活動を続けた。スイス・ロマンド管
楽総監督時代にも、ウィーン国立歌
劇場をはじめ、各地で幅広いレパー
トリーを指揮している。ヴェルディ
に定評があるが、ワーグナーやシュ
トラウス、モーツァルトでもその評
価は高い。 (堀内 修)
Philharmony January 2014
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©Marco Borggreve
今月のマエストロ
アレクサンドル・
ヴェデルニコフ
緩急強弱を自在に操り、
ドラマと造形をきちんと聴かせる 文
山崎浩太郎
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ル
ニ
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アレクサンドル・ヴェデルニコフ
は、モスクワのボリショイ劇場の音
楽監督として長く活躍した経験の持
ち主である。
いうまでもなくボリショイ劇場は、
サンクトペテルブルクのマリインス
キー劇場とともに、伝統と格式を誇
るロシアのオペラとバレエの、二大
劇場の 1 つだ。
1991 年のソヴィエト連邦解体後、
共産党政権によってそれまで手厚く
保護されてきた劇場は、市場原理の
導入によって大きな変革を迫られる
ことになった。そのなかで、ゲルギ
エフの活躍で混乱をのりきり、むし
ろ大きく発展したマリインスキー劇
場に比べると、ボリショイ劇場の方
は自由化の荒波にもまれ、音楽監督
も数年での交替がくり返されるなど、
もうひとつ冴えない時期が続いてい
た。
低迷をようやく脱したのが、2001
年から 9 年にわたる、ヴェデルニコ
フ時代だった。最後の年に行われた
来日公演では、我々もその充実ぶり
をうかがうことができた。
「ヴェデルニコフ」という
ロシアの音楽家
ところで、ボリショイ劇場にとっ
てアレクサンドル・ヴェデルニコフ
という名前は、この指揮者が登場す
る前から、なじみ深いものだった。
同じ名前の父親が、この劇場を代
表するバス歌手として、長く活躍し
ていたからである。この人は 1927
年のキーロフ近郊に生れ、モスクワ
音楽院で学んだのち、1958 年にレ
ニングラード・キーロフ劇場(現在
のマリインスキー劇場)からモスク
ワのボリショイ劇場に移った。
スラヴ系には伝説的なシャリアピ
ンなど、すぐれたバス歌手の伝統が
あるが、この人もその系譜に連なる
名歌手のひとりだった。ソ連人民芸
術家に選ばれ、かつては日本でも非
常に人気の高かったショスタコーヴ
ィチのオラトリオ、《森の歌》のソ
リストも十八番にしていた人である。
1970 年にボリショイ劇場が初め
て日本公演を行ったときに、その一
員として初来日し、《ボリス・ゴドノ
フ》で日本の舞台に立っている。当
時はよりロシア語風に、ヴェジョル
ー ニ コ フ(Vedyornikov) と 表 記 さ
れていたが、現在はヴェデルニコフ
(Vedernikov)と書かれるようにな
っている。
近年はヤルヴィやユロフスキなど、
親子兄弟がみな有名指揮者という一
家もあるが、ヴェデルニコフ家の場
合は、歌手から指揮者へと継承され
たわけである。
なお、ついでに述べておくと、ヴ
ェデルニコフという姓の有名音楽家
はロシアにもう一人いるので、混同
されやすい。
ア ナ ト リ ー・ヴ ェ デ ル ニ コ フ
(1920 ∼ 1993) の こ と で あ る。 リ
ヒテルと同じゲンリヒ・ネイガウス
門下のすぐれたピアニストだったが、
政治的な理由で冷遇されていた。日
没後になってようやく、遺された録
音を通して、きわめて高く評価され
るようになった。
白系ロシア人の両親のもとに中国
のハルビンで生まれ、1935 年に来
日公演も行うが、翌年に家族でソ連
に帰国。しかし両親がスターリンの
粛清で逮捕され、父親が処刑される
悲劇に遭遇する。そして本人も 60
歳になるまで、国外公演を許されな
かった。ソ連という 1 つの時代を生
きた「もう 1 人のヴェデルニコフ」
ピアノとトランペット、いわばプ
リマドンナとテノール、2 人のオペ
ラ歌手がその力を存分に発揮できる
ように、けっして出しゃばらずに、
のせている。この指揮者がボリショ
イ劇場の音楽監督で、オペラとバレ
エの指揮に長けていると知って、な
るほどこれはオペラの呼吸だと、納
得がいった。
そして 2009 年には、ボリショイ
劇場の来日公演の《エフゲーニ・オ
ネーギン》で、オペラでの指揮ぶり
を生で聴くことができた。チェルニ
だが、直接の血縁関係はないようだ。
ャコフの演出は、ちょっとした音の
豊かな経験からの
活力ある音楽づくり
情表現に活用した見事なものだった
動きやリズムを登場人物の心理や感
が、その仕掛けがしっかりとわかる
さて、私がヴェデルニコフの指
ように、緩急強弱を一瞬で出し入れ
揮に初めて接したのは、CDを通
させたヴェデルニコフの音楽づくり
してだった。マルタ・アルゲリッチ
が、欠かせない役割を果たしている
が 2006 年のルガーノ音楽祭で演奏
ことにも、深く感心させられた。
したショスタコーヴィチ《ピアノ協
そのあと、ボリショイ劇場のオー
奏曲第 1 番》のライヴ録音で、スイ
ケストラを指揮したチャイコフスキ
ス・イタリア語放送管弦楽団を指揮
ーのバレエ音楽《くるみ割り人形》
して伴奏をつとめていたのが、この
全曲や、合唱と歌手をくわえたロシ
人だったのである。
ア・オペラ名場面集のCDが海外盤
この曲ではピアノとともにトラン
で発売されていることを知り、これ
ペット独奏も大活躍するが、この録
らも聴いてみた。いわゆるロシア風
音では若きセルゲイ・ナカリャコフ
の、泥臭さを前面に出すことは控え、
が輝かしい名技を披露して、アルゲ
感情表現をむき出しにすることなく、
リッチの向こうを張っている。この
そのドラマと造形をきちんと聴かせ
2 人だけでもすばらしいのだが、そ
てくれる。このあたりに、ヴェデル
れに加えて、両者をもりたて、生気
ニコフの育ちの良さがよくあらわれ
に満ちた音楽を展開する指揮者の巧
ているのだろうと感じた。
みな手腕にも、注目しないわけには
今回のプログラムには、グラズノ
いかなかった。
フの小品のあと、チャイコフスキー
Philharmony January 2014
本に紹介される機会も少なかったが、
今
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マ
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ク
サ
ン
ド
ル
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ヴ
ェ
デ
ル
ニ
コ
フ
の《ヴァイオリン協奏曲》と《バレ
ダンサーの躍動感など、劇場と演奏
エ音楽「眠りの森の美女」》(抜粋)
会、双方の経験を豊かにもつ指揮者
がならぶ。チャイコフスキーの 2 曲
ならではの、活力ある音楽づくりに
は、前者ではソリストをひきたてる
期待したい。
緩急の変化、後者では舞台公演での
(やまざき・こうたろう 演奏史譚)
プロフィール
1964 年モスクワ生まれのロシア
席指揮者を務めて、国外でも知名度
の指揮者。一流音楽家を両親にもち、 を高めた。2009 年のボリショイ劇
父親はロシアを代表するバス歌手で、 場来日公演でのチャイコフスキーの
ボリショイ劇場で活躍した同名のア 《歌劇「エフゲーニ・オネーギン」》
レクサンドル・ヴェデルニコフ。母 (チェルニャコフ演出)での名指揮
親はモスクワ音楽院オルガン科教授
のナタリヤ・グレエワ。
モスクワ音楽院に学び、1988 年
からモスクワ放送交響楽団(現チャ
イコフスキー交響楽団)とスタニス
ラフスキー&ネミロヴィチ・ダンチ
ェンコ記念国立モスクワ音楽劇場の
指揮者として音楽活動を開始。1995
年にロシア・フィルハーモニー交響
楽団を創設し、2004 年まで芸術監
督兼首席指揮者を務めた。2003 年
以降はロシア国立交響楽団の指揮者
陣に加わり、国外ツアーなどにも同
行している。
コンサートとともに舞台公演(オ
ペラとバレエ)を指揮活動の両輪と
し、2001 年から 2009 年までモスク
ワのボリショイ劇場の音楽監督兼首
は記憶に新しい。
現在は 2009 年からデンマークの
オーデンセ交響楽団の首席指揮者を
務めるほか、各地の一流歌劇場、オ
ーケストラに客演している。NHK
交響楽団とは 2009 年 3 月に急病の
指揮者の代役としてオーチャード
ホールで初めて共演、続いて 2011
年 5 月に客演したときには、チャ
イコフスキー、ラフマニノフなど
ロシア・プログラムを指揮した。ま
た、2013 年 5 月には東京二期会公
演の《歌劇「マクベス」》(コンヴィ
チュニー演出)の指揮を行い、夏の
札幌では、パシフィック・ミュージ
ック・フェスティバルの客演指揮者
を務めた。
(山崎浩太郎)
A
第 1774 回 NHKホール
1/25 [土]開演 6:00pm
1/26 [日]開演 3:00pm
[指揮]
1774th Subscription Concert / NHK Hall
25th(Sat.) Jan, 6:00pm
26th(Sun.)Jan, 3:00pm
ファビオ・ルイージ
[conductor]Fabio Luisi
[コンサートマスター]
堀 正文
[concertmaster]
Masafumi Hori
オルフ
カトゥリ・カルミナ(36 )
Carl Orff(1895-1982)
Catulli carmina, cantata
序幕
第1幕
第2幕
第3幕
大詰め
Praelusio
Actus Ⅰ
Actus Ⅱ
Actus Ⅲ
Exodium
[ソプラノ]
[soprano]
[テノール]
[tenor]
[合唱]
[chorus]
[ピアノ]
[piano]
モイツァ・エルトマン
ヘルベルト・リッパート
東京混声合唱団
(合唱指揮/松井慶太)
梅田朋子、楠本由紀、
成田良子、野間春美
Mojca Erdmann
Herbert Lippert
Tokyo Philharmonic Chorus
(Keita Matsui, chorus master)
Tomoko Umeda, Yuki Kusumoto,
Ryoko Narita, Harumi Noma
休憩 Intermission
Philharmony January 2014
Program
Program
A
オルフ
カルミナ・ブラーナ(60 )
Carl Orff
Carmina burana, cantata
フォルトゥーナ(運命の女神)世界の支配者よ
第 1 部 春に
芝草の上で
第 2 部 酒場で
第 3 部 愛の法廷
ブランシュフルールとヘレネー
フォルトゥーナ、世界の支配者
Fortuna imperatrix mundi
Ⅰ Primo vere
Uf dem Anger
Ⅱ In taberna
Ⅲ Cour d’amours
Blanziflor et Helena
Fortuna imperatrix mundi
[ソプラノ]
[soprano]
[テノール]
[tenor]
[バリトン]
[baritone]
[合唱]
[chorus]
[児童合唱]
[children chorus]
モイツァ・エルトマン
ティモシー・オリヴァー
マルクス・マルクヴァルト
東京混声合唱団
(合唱指揮/松井慶太)
東京藝術大学合唱団
(合唱指揮/阿部 純)
東京少年少女合唱隊
(合唱指揮/長谷川久恵)
Mojca Erdmann
Timothy Oliver
Markus Marquardt
Tokyo Philharmonic Chorus
(Keita Matsui, chorus master)
Tokyo Geidai Choir
(Jun Abe, chorus master)
The Little Singers of Tokyo
(Hisae Hasegawa, chorus master)
Soloist
モイツァ・エルトマン
Mojca Erdmann
©FBroede
ソプラノの新星モイツァ・エルト
マンは、その澄んだ歌声と美貌で、
世界で最も注目を集めている歌手の
1 人である。
ハンブルク生まれ。ケルン音楽
大学でハンス・ゾーティンに師事。
2002 年ドイツ連邦コンクール第 1
位および現代音楽特別賞を受賞。
2006 年ザルツブルク音楽祭にモ
ーツァルト《ツァイーデ》のタイト
らの騎士》ゾフィー、《魔弾の射手》
エンヒェン、《こうもり》アデーレ
等の各役でヨーロッパの歌劇場に
多数出演。現代音楽でも、2004 年
ムスバッハ演出の《武満徹∼マイ・
ウェイ・オブ・ライフ》(世界初演)
でベルリン国立歌劇場にデビュー。
2010 年リーム《ディオニソス》(世
界初演)、2012 年ベルク《ルル》の
主役を務めた。N響とは初共演。
(柴辻純子)
ル・ロールでデビュー。その後、《ば
テノール
ヘルベルト・リッパート
Herbert Lippert
オーストリアを代表するテノー
ル歌手の 1 人であるヘルベルト・リ
ッパートは、1957 年リンツ生まれ。
ウィーン少年合唱団のメンバーとし
て、ソリストも務めた。現在、ウィ
ーン国立歌劇場など一流歌劇場で活
躍。ゲオルク・ショルティやウォル
フガング・サヴァリッシュなどの巨
匠指揮者に認められ、サヴァリッシ
ュ & N響とは、1991 年のハイドン
《天地創造》、1995 年のバッハ《ヨ
ハネ受難曲》、2001 年のメンデルス
ゾーン《エリア》などで共演。ショ
ルティの録音では、ワーグナー《ニ
ュルンベルクのマイスタージンガ
ー》(1995 年)のダーヴィット、モ
ーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》
(1996 年)のドン・オッターヴィオ
などに起用される。また、ウィー
ン・フィルハーモニー管弦楽団のメ
ンバーたちとオペレッタのアリアの
録音も残す。 (山田治生)
Philharmony January 2014
ソプラノ
Soloist
Program
テノール
ティモシー・オリヴァー
A
Timothy Oliver
アメリカ出身のリリック・テノー
ル、ティモシー・オリヴァーはドイ
ツの主要歌劇場であるドレスデン国
立歌劇場と契約して活動を始めた。
2012/2013 シーズンはそこで《フィ
デリオ》のヤキーノ、《イドメネオ》
のアルバーチェなどを歌った。そ
のシーズン・オープニング公演であ
ったヘンツェ《われわれは川に来
日一番の力強い歌唱」と高く評価さ
れた。また 2008 年のバイロイト音
楽祭で新演出《パルシファル》の第
4 の 小 姓 を 歌 い デ ビ ュ ー、2010 年
にアメリカ、サンタフェ・オペラの
夏の音楽祭に《魔笛》のモノスタト
スでデビューした。バッハ《マタイ
受難曲》福音史家などもレパートリ
ーに入っている。
た》を 2012 年 9 月の初日公演で歌
(片桐卓也)
い、『ディ・ヴェルト』紙から「この
バリトン
マルクス・マルクヴァルト
Markus Marquardt
©Karl Forster
2012 年のウィーン国立歌劇場日
本公演の《サロメ》でヨカナーンを
歌って、初来日を飾ったマルクス・
マルクヴァルトは、1970 年、ドイ
ツのデュッセルドルフ生まれ。同地
のローベルト・シューマン音楽大学
でヴェルナー・レヒテに師事。1996
年から 2000 年までシュトゥットガ
ルト州立歌劇場のメンバーを務め
る。2000 年からはドレスデンのザ
クセン州立歌劇場を中心に活躍。レ
パートリーは、ザラストロ、レポレ
ルロ、シャープレス、フィガロ、パ
パゲーノ、オランダ人、カルディヤ
ック、ヨカナーン、リゴレット、ジ
ャ ン ニ・ス キ ッ キ な ど。2013 年 10
月にウィーン国立歌劇場で《アイー
ダ》のアモナズロを演じた。12 月
∼翌年 1 月には、ライプツィヒ歌劇
場で《ワルキューレ》のウォータン
を歌う。N響とは初共演。
(山田治生)
Chorus
東京混声合唱団
Tokyo Philharmonic Chorus
東京混声合唱団は 1956 年、東京
語の合唱作品がまだ少なかった創立
藝術大学声楽科の卒業生有志により
当初からほぼ毎年つづけて、その数
創立。中心メンバーの田中信昭が常
は 200 曲を超える。近年では海外の
任指揮者に就任、以後、日本におけ
作曲家にも委嘱するなど、創作の幅
る合唱音楽の発展をリードするかた
は多彩に広がっている。
ちで実績を刻んできた。年間 100 回
現在、指揮者陣は田中信昭、松原
を超える一般公演や子どものための
千振、大谷研二、山田和樹、松井慶
催し、内外のオーケストラとの共演、
太、伊藤翔ほか。
放送出演などに加えて海外公演も多
数行い、日本の合唱作品の海外への
(関根礼子)
紹介にも貢献。作曲委嘱活動は日本
合唱
東京藝術大学合唱団
Tokyo Geidai Choir
東京藝術大学合唱団は、声楽科
1 年・2 年・3 年の学生からなる総勢
160 名余の合唱団で、例年 11 月に
行われる合唱定期演奏会を活動の主
軸とする。2012 年はドヴォルザー
クの《スターバト・マーテル》、2013
年はブリテンの《戦争レクイエム》
などを演奏し、好評を博している。
また、朝日新聞社主催による 12 月
の《メサイア》公演は今年で 63 回
を数え、伝統ある公演として広く認
められている。
今回は特別に、この合唱団で多く
の演奏会を経験した大学院生や卒業
生を中心としたメンバーが集結。ホ
ールに響きわたる歌声とハーモニー
を楽しませてくれるだろう。
Philharmony January 2014
合唱
Chorus
Program
児童合唱
東京少年少女合唱隊
A
The Little Singers of Tokyo
ヨーロッパの伝統音楽に基づく日
ラ劇場との共演も多く、近年では
本初の本格派合唱団として 1951 年
2010 年に東京・春・音楽祭ムーティ
設立、2011 年に創立 60 周年を迎え
指揮オルフ《カルミナ ・ ブラーナ》
た。グレゴリオ聖歌から現代作品ま
に出演し高い評価を得る。2011 年
でレパートリーは幅広く、委嘱作品
7 月には創立 60 周年記念演奏会「手
も多い。15 歳から 19 歳までの中心
をつなごうコンサート 2011」をサ
メンバーをはじめとし、幅広い年齢
ントリーホールで開催。英国よりエ
構成で演奏活動を行っている。
ディンバラ聖メアリー大聖堂聖歌隊
年 2 回 の 定 期 公 演 の ほ か、1964
を招聘し、日本各地からの合唱団
年の訪米以来海外公演は 31 回を数
300 余名と共に東北地方へのオマー
える。国内外のオーケストラ、オペ
ジュ演奏を捧げた。
1895-1982
オルフ
カトゥリ・カルミナ
同世代のストラヴィンスキーやヒ
ア(貴族の夫人に与えた、サッフォ
ンデミットに影響を受けながらも、
ーの詩に基づく偽名)へ寄せる愛情
カール・オルフが《カルミナ・ブラー
を表す詩は 3 つの幕に再構成され、
ナ》で切り拓いた原始的なリズムと
性愛の悦びが、時には打楽器で荒々
音響・旋律の世界は、作曲家として
しく、時にはア・カペラで声高に賛
の新境地を示すものとなった。オル
美される。曲の最初と最後に、この
フは、過去の作品をお蔵入りにした
3 つの幕を挟み込むようなかたちで
上で、この様式のさらなる洗練を目
同じ楽曲が置かれる(終結部のほう
指す。1930 年、オルフは古代ロー
はごく短いが)のは、《カルミナ・ブ
マの詩人であり、ユリウス・カエサ
ラーナ》と同様。若い男女が交歓の
ルやキケロとの同時代人でもあった
悦びを歌うものの、その傍らでは前
ガイウス・ヴァレリウス・カトゥルス
作での「運命の女神」にあたる役割
( 紀 元 前 84?∼ 紀 元 前 54) に よ る
を担わされた老人が、そんな若い男
古代ラテン語の詩 7 篇に無伴奏合唱
女の営みをくだらぬものとして切り
(ア・カペラ)の音楽をつけていた。
1943 年にはこのうちの 6 曲を改作し、
さらに 6 曲を付け足して、「舞台劇
(Ludi Scaenici)」というタイトルを
もつ舞台付カンタータへと生まれ変
わらせる。オーケストラも《カルミ
ナ・ブラーナ》のような大編成では
なく、ピアノ 4 台と数多くの打楽器
だけとされ、楽曲の原初性は極限ま
で推し進められた。
カトゥルスが、不実な恋人レスビ
作曲年代:1930 年、1943 年
初演:1943 年 11 月 6 日、ライプツィヒ歌劇場。
パウル・シュミット指揮
楽器編成:ティンパニ 1、カスタネット、シロ
フォン、グロッケンシュピール、メタロフォ
捨て、愛とその儚さが同時に描かれ
る。
この後オルフは、《カルミナ・ブ
ラーナ》《カトゥリ・カルミナ》、そ
して 1953 年に初演された大管弦楽
による《アフロディーテの勝利》を
「三部作」としてまとめるが、《カル
ミナ・ブラーナ》以外の 2 作はめっ
たに上演されず、今回の演奏は貴重
な機会となる。 (広瀬大介)
ン(鉄琴)、リソフォン(石琴)、ウッドブロ
ック、マラカス、タンブリン、トライアング
ル、大太鼓、アンティーク・シンバル、シンバ
ル、タムタム、ピアノ 4、ソプラノ・ソロ、テ
ノール・ソロ、合唱
Philharmony January 2014
Carl Orff
Program
Carl Orff
1895-1982
オルフ
カルミナ・ブラーナ
A
カール・オルフが、作曲家として
大きな名声を得るようになるのは比
較的遅い時期であり、むしろそれま
では指揮者・教育者としての活動が
中心であった。とりわけドロテア・
ギュンター主宰による、音楽や舞
踏を教える「ギュンター・シューレ
(学校)
」 に 1925 ∼ 1936 年 ま で 参
加していたことが、その後に本格化
する作曲活動に決定的な影響をもた
らす。また、音楽学者クルト・ザッ
クスとともにモンテヴェルディの劇
作品を研究したことも、自らが作る
劇作品の確立に少なからぬ示唆を与
えた。さらには、パウル・ヒンデミ
ットの提唱した「実用音楽」の理念、
そしてユーリトミクス(リトミック
の一種)にも共感を寄せ、1930 年代
には児童のための「教育音楽」を作
るようにもなった。
これらの活動を通じ、指揮者・教
育者として積み重ねたオルフの実践
と理論の構築は、1937 年に初演され
た《カルミナ・ブラーナ》によって、
最良のかたちで結実する。ギュンタ
ー・シューレでの活動は、原始的な
リズムを積み重ねる作風へと結びつ
く。モンテヴェルディの研究は、そ
れ以前(つまりオペラの歴史が始ま
る以前)の劇的作品への興味をかき
立てた。また、現代の人間にとって
すぐには理解できない古代語をテク
ストに用いることで、テクストその
もの、言葉の響きそのものと直結し
た旋律とリズムを生みだし、言葉と
音楽をそれまでとは異なるやり方で
結びつける契機ともなる。教育音楽
に傾倒したのも、もともとは 18 世
紀以降にソナタやフーガといった形
式の可能性が
み尽くされてしまっ
た現状への批判から発したものであ
った。可能な限りシンプルな楽曲形
式が採られるのは、誰にとっても親
しみやすい音楽のあり方を追求した
結果であろう。
オルフがこの作品のために選んだ
テクストは、19 世紀初頭にドイツ・
ミュンヘン南郊のボイレン修道院で
発見された写本に拠る。11 ∼ 13 世
紀に成立したと考えられるこの写本
には、当時の学生・修道僧による世
俗的な詩が数多く収められていた。
オルフはここから、春を主題とする
歌、酒場での歌、愛の歌の 3 種類に
分類できる詩を選び出して 24 曲に
構成する。曲の歌詞はその多くが中
世ラテン語だが、古フランス語、中
高ドイツ語なども用いられ、これら
の言葉がもつ耳慣れぬ響きは、素朴
なリズムと簡素な管弦楽によって増
幅される。さらにこれらが人類にと
って不変の運命であり、われわれは
愛の悦びで、段階を踏みながら徐々
輪に操られているに過ぎない、とい
に盛り上がるクライマックスを築く。
うニ短調の楽曲〈フォルトゥーナ
舞踏を伴う舞台での上演が前提とさ
(運命の女神)世界の支配者よ〉が
れた作品だが、近年では演奏会形式
曲の最初と最後に置かれ、作品全体
による上演の機会が多い。
を挟み込む。
この作品が初演された当時、すで
大管弦楽を擁してはいるが、むし
にドイツではナチ党が政権を握り、
ろ室内楽的に彩られる第 1 部〈春
初演の前年にはベルリン・オリンピ
に〉前半では、3 回繰り返される有
ックを成功させている。作風のわか
節形式によって作曲された楽曲が多
りやすさから、政府もこの曲をプロ
い。後半は〈芝草の上で〉と題さ
パガンダ目的で使おうとした。党と
れ、ヴァイオリンのピチカートや
オルフの関わりについての最新の研
華々しいファンファーレが曲を華や
究では、「オルフはドイツを離れる
かに彩る。第 2 部〈酒場で〉では男
ことはなかったが、ナチ党には入党
声だけで酒を賛美する詩が力強く歌
せず、同情的な言動を寄せたことも
われる。1 曲だけ登場するテノール
なく、全国音楽院の役職にも就かず、
独唱が、焼かれる白鳥の哀れさをも
御用作曲家 と見なされるようなこ
のがたり、バリトン独唱が大修道院
ともなかった」という評価が定着し
院長に扮して
け事を賛美したかと
つつある。この曲、そしてオルフと
思えば、老いも若きも皆が飲めと合
いう多面的な音楽家自身の高い評価
唱が咆哮する(酒飲みは昔も今も変
わらない、ということか)。第 3 部
〈愛の法廷〉では、ソプラノ独唱・
バリトン独唱・合唱が、後の《カト
ゥリ・カルミナ》でも強調される性
が確立したのは、戦後の混乱の後、
オイゲン・ヨッフムやフェルディナ
ント・ライトナー等の指揮者の尽力
に依るところが大きい。
(広瀬大介)
作曲年代:1935 年∼ 1936 年
ーバ 1、ティンパニ 1、グロッケンシュピール、
初演:1937 年 6 月 8 日、フランクフルト歌劇場、 シロフォン、カスタネット、ラチェット、ス
ベルティル・ヴェッツェルスベルガー指揮
レイベル、トライアングル、アンティーク・シ
楽器編成:フルート 3(ピッコロ 1)、オーボエ ンバル、シンバル、タムタム、鐘、テューブ
3(イングリッシュ・ホルン 1)、クラリネット ラー・ベル、タンブリン、小太鼓、大太鼓、チ
3(Es クラリネット 1、バス・クラリネット 1)、 ェレスタ 1、ピアノ 2、弦楽、ソプラノ・ソロ、
ファゴット 2、コントラファゴット 1、ホル テノール・ソロ、バリトン・ソロ、合唱、児童
ン 4、トランペット 3、トロンボーン 3、テュ 合唱
Philharmony January 2014
運命の女神フォルトゥーナが回す車
Program
Program
B
B
第 1773 回 サントリーホール
1/15 [水]開演 7:00pm
1/16 [木]開演 7:00pm
[指揮]
[conductor]
1773rd Subscription Concert / Suntory Hall
15th (Wed.)Jan, 7:00pm
16th (Thu.)Jan, 7:00pm
ファビオ・ルイージ
Fabio Luisi
[ピアノ]
[piano]
[コンサートマスター]
[concertmaster]
ルドルフ・ブフビンダー
堀 正文
Rudolf Buchbinder
Masafumi Hori
モーツァルト
Wolfgang Amadeus Mozart(1756-1791)
ピアノ協奏曲 第 20 番 ニ短調 K.466
Piano Concerto No.20 d minor K.466
(31 )
Ⅰ アレグロ
Ⅱ ロマンツェ
Ⅲ ロンド:アレグロ・アッサイ
Ⅰ Allegro
Ⅱ Romanze
Ⅲ Rondo: Allegro assai
休憩 Intermission
ブルックナー
Anton Bruckner(1824-1896)
交響曲 第 9 番 ニ短調(ノヴァーク版) Symphony No.9 d minor
(64 )
(Edition by Nowak)
Ⅰ 荘重に、神秘的に
Ⅱ スケルツォ:活発に、生き生きと
Ⅲ アダージョ:遅く、荘重に
Ⅰ Feierlich, misterioso
Ⅱ Scherzo: Bewegt, lebhaft
Ⅲ Adagio: Langsam, feierlich
Soloist
Philharmony January 2014
©Marco Borggreve
ピアノ
ルドルフ・ブフビンダー
Rudolf Buchbinder
1946 年、チェコのリトムニェジ
アノ協奏曲シリーズを自身の指揮と
ツェ生まれのオーストリアのピアニ
ピアノによって務めて、好評を博し
スト。5 歳でウィーン国立音楽大学
た。
に史上最年少で入学した記録を持つ。
録音ではすでに 100 枚以上のアル
現代を代表する巨匠のひとり。ウィ
バムをリリースしている。とりわけ
ーン・フィルハーモニー管弦楽団や
ベートーヴェン、モーツァルト、ブ
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽
ラームス作品には定評があり、確か
団をはじめとする世界のトップクラ
な技巧と確信に満ちた格調高い表現
スのオーケストラと共演し、ザルツ
によって、新たなウィーンの伝統の
ブルク音楽祭など世界中の主要な音
体現者となっている。
楽祭にも定期的に出演している。
N響とはブロムシュテットが指揮
2013 年 11 月のウィーン・フィル
した 2010 年 4 月定期以来の共演。
来日公演では、ベートーヴェンのピ
(飯尾洋一)
Program
Wolfgang Amadeus Mozart
1756-1791
モーツァルト
ピアノ協奏曲 第 20 番 ニ短調 K.466
B
モーツァルトの協奏曲は、他のジ
ャンルと同様に長調を主調とする作
品が圧倒的に多い。モーツァルトの
協奏曲全体のうち、編曲や断片を
にあったと想像される。作曲家側も
長調作品とは違った腕の振るい方を
したに違いない。
第 1 楽章 アレグロ ニ短調 4/4 拍子。
*
リトルネルロ形式。冒頭はフォルテ
現存するが、短調作品は本日演奏
でなくピアノで始まり、主旋律がは
される《ピアノ協奏曲第 20 番 ニ短
っきりせずにむしろ曖昧のままに進
調》(K.466)と《第 24 番 ハ短調》
んでいく。
除いたすべての完成作品は 37 曲
(K.491) の 2 曲 の み で あ る。18 世
紀後半は全般的にみて長調の作品が
第 2 楽章 ロマンツェ 変ロ長調 2/2
拍子。ロンド形式。中間部における
偏愛された時代であった。1760 年
激情的な短調は穏やかな主要主題と
代から 1780 年代の間はとくに長調
極端なまでの対比を生み出す。これ
作品への傾斜が激しかったようで、
らは、長調の作品にはなかなか見出
主にこの 30 年間で協奏曲を書いた
すことのできない特別な表現と言え
作曲家の中には、モーツァルト並に
るだろう。
短調作品が少ない場合も多く(ヨハ
第 3 楽章 ロンド:アレグロ・アッサ
ン・クリスティアン・バッハ、アーベ
イ ニ短調(コーダはニ長調)2/2 拍
ル、ロゼッティ等)、短調作品を全
子。ロンド形式。コーダにおける長
く書いていない場合(ボッケリー
調への転換の鮮やかさも短調作品な
ニ、ヴァンハル、イグナーツ・ヨー
らではである。
ゼフ・プレイエル等)も稀ではない。
*ピアノ協奏曲が 23 曲、ヴァイオリン協奏曲が
5 曲、ホルン協奏曲が 3 曲(
《第 1 番》は未完の
可能性が高いので省く)
、その他の管楽器のため
の協奏曲が 4 曲、協奏交響曲が 1 曲、フルート
とハープのための協奏曲が 1 曲の計 37 曲。
以上のように考えれば、モーツァ
ルトの短調協奏曲から特別な印象を
受けることは、現代の我々のみなら
ず、18 世紀後半の聴き手にも大い
作曲年代:具体的な作曲期間は不明だが、
『自作
品目録』の日付は「1785 年 2 月 10 日」
初演:1785 年 2 月 11 日、ウィーン、作曲者独奏
(父レオポルトの書簡による)
初版:1796 年、オッフェンバッハのヨハン・アン
(安田和信)
ドレ社
楽器編成:フルート 1、オーボエ 2、ファゴッ
ト 2、ホルン 2、トランペット 2、ティンパニ 1、
弦楽、ピアノ・ソロ
1824-1896
ブルックナー
交響曲 第 9 番 ニ短調(ノヴァーク版)
アントン・ブルックナーは、19 世
紀後半のオーストリアを代表する作
曲家である。ワーグナーの音楽の世
界に深く傾倒したブルックナーは、
オペラや楽劇こそ作曲しなかったも
のの、ワーグナーの偉大な後継者で
あった。ブルックナーの創作は交響
曲と宗教作品が柱となっており、し
気のために筆はなかなか進まなかっ
た。1894 年 11 月 12 日 の ウ ィ ー ン
大学での講義で彼は、「《交響曲第 9
番》の 3 つの楽章が出来上がりまし
た。最初の 2 つの楽章は完全に出来
上がりましたが、第 3 楽章は少しニ
ュアンスの訂正を施す必要がありま
す。……アダージョが、私が書いた
かもこの 2 つのジャンルは密接に結
中でもっとも美しい緩徐楽章で、私
びついている。大聖堂の大伽藍を思
はこれを弾くたびに深く心を捉われ
わせる宇宙的な音の広がりと敬虔な
ます。私がこの曲の完成の前に死ぬ
祈りこそが彼の芸術の神髄である。
ことがあれば、《テ・デウム》をこの
1887 年夏、ブルックナーは《交
交響曲の第 4 楽章に用いてほしい」
響曲第 8 番》を完成させるとすぐに
と語ったとされる。
新しい交響曲の作曲に着手した。そ
ブルックナーがフィナーレに着手
れは第 1 楽章のスケッチに記された
す る の は 1895 年 5 月 24 日 で、 亡
「1887 年 8 月 12 日」という日付に
くなる 1896 年 10 月 11 日午前中ま
示されている。しかし、以前に作曲
で作曲に取り掛かっていた。しかし、
した交響曲の改訂に取り組んだこと
彼はこの日の午後 3 時過ぎに亡くな
から、この新作の作曲は中断を余儀
る。第 4 楽章は、260 小節におよぶ
なくされ、彼が《第 9 番》の交響曲
スコアのスケッチに加えて、ピアノ
に本格的に取り掛かったのは 1891
譜のスケッチも数多く残され、これ
年に入ってからである。1892 年 10
らをもとに、第 4 楽章の補筆完成版
月 14 日に一応、第 1 楽章が書き上
が編まれている。
が り、1893 年 2 月 に 第 2 楽 章 の ス
ブルックナーはこの交響曲が自身
ケルツォが完了し、その少し前の
の最後の創作となることを深く認識
1893 年 1 月から第 3 楽章のアダー
しており、第 3 楽章で奏される金管
ジョの作曲に入っている。第 3 楽
によるコラールについて「この世か
章のスコアの最後には「1894 年 10
らの別れ」と語ったとされる。あた
月 31 日、11 月 30 日 」 と い う 2 つ
かも彼自身を祝福するかのように宗
の日付が記されている。しかし、病
教性あふれる作品で、第 3 楽章には
Philharmony January 2014
Anton Bruckner
Program
《ミサ曲第 1 番》の〈グロリア〉の
なかの「ミゼレーレ・ノービス」の
動機が用いられている。未完成に終
わった第 4 楽章に代わってブルッ
B
クナーが演奏を求めた《テ・デウム》
は、1884 年に完成して、その翌年
に初演された 5 部からなる宗教声楽
作品で、神への感謝が歌われる。
《 交 響 曲 第 9 番 》 の 初 演 は 1903
年 2 月 11 日のウィーンで、フェル
ディナント・レーヴェ指揮で行われ
た。この時レーヴェは独自の改訂を
施したいわゆる「レーヴェ版」を用
いた。なお、オーレル版、ノヴァー
ク版、コールス版などの校訂版も編
まれている。
第 1 楽章 荘重に、神秘的に。ニ短
調 2/2 拍子。すべての弦楽器が厳か
に弱音でニ音を奏し、その後ホルン
が荘重に加わる。トレモロによって
次第に高揚して主部を導く。そして
付点リズムと下降の音階を特徴とす
る第 1 主題が主調のニ短調で力強く
提示される。第 2 主題はイ長調の慈
愛に満ちた、あたかも祈りを思わせ
作曲年代:1887 年 8 月∼ 1894 年 11 月 30 日(第
1 楽章∼第 3 楽章)
。1895 年∼ 1896 年 10 月 11
日(死去の日)
(第 4 楽章未完)
初演:1903 年 2 月 11 日、フェルディナンド・レ
ーヴェ指揮、ウィーン
る主題、第 3 主題はニ短調のモデラ
ートの楽想。最後は楽章冒頭と同じ
ニ音の持続音が再現して劇的に締め
くくられる。
第 2 楽章 スケルツォ。活発に、生
き生きと。ニ短調 3/4 拍子。非常に
激しい楽想のスケルツォで、飛び跳
ねるかのような動機と主音のニ音を
荒々しく連打する 2 つの動機によっ
て展開される。中間のトリオ部分は
おだやかな嬰へ長調で、再び主部が
回帰する。
第 3 楽章 アダージョ。遅く、荘重
に。ホ長調 4/4 拍子。コラールのよ
うに荘重な和音によって感動的に始
まり、ホルンの響きは浄化されるか
のような感動を与える。神々しいば
かりに宗教的な雰囲気も感じられる
楽章で、とくに金管で演奏される和
音は教会の響きを連想させる。なお、
この楽章のコーダでは《交響曲第 8
番》のアダージョの第 3 楽章の主題
や《交響曲第 7 番》の第 1 楽章の冒
頭の主題が回想される。
(西原 稔)
初版:1903 年ウィーン、ドブリンガー社
楽器編成:フルート 3、オーボエ 3、クラリネ
ット 3、ファゴット 3、ホルン 8(ワーグナー・
テューバ 4)、トランペット 3、トロンボーン 3、
テューバ 1、ティンパニ 1、弦楽
第 1772 回 NHKホール
1/10[金]開演 7:00pm
1/11[土]開演 3:00pm
[指揮]
C
1772nd Subscription Concert / NHK Hall
10th(Fri.)Jan, 7:00pm
11th (Sat.)Jan, 3:00pm
アレクサンドル・ヴェデルニコフ
[conductor] Alexander Vedernikov
[ヴァイオリン]
[violin]
[コンサートマスター]
[concertmaster]
ジェニファー・コー
篠崎史紀
Jennifer Koh
Fuminori Shinozaki
グラズノフ
演奏会用ワルツ 第 1 番 作品 47(8 )
Aleksandr Glazunov(1865-1936)
“Valse de concert” No.1 op.47
チャイコフスキー
Peter Ilich Tchaikovsky(1840-1893)
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品 35
Violin Concerto D major op.35
(35 )
Ⅰ アレグロ・モデラート―モデラート・
アッサイ
Ⅱ カンツォネッタ:アンダンテ
Ⅲ 終曲:アレグロ・ヴィヴァチッシモ
Ⅰ Allegro moderato – Moderato assai
Ⅱ Canzonetta: Andante
Ⅲ Finale: Allegro vivacissimo
休憩 Intermission
チャイコフスキー
Peter Ilich Tchaikovsky
バレエ音楽「眠りの森の美女」
“The Sleeping Beauty”, ballet op.66
作品 66(抜粋)
(43 ) (excerpts)
Ⅰ 序奏
Ⅱ 1) 行進曲(フロレスタン二十四世と
家来の登場)
[プロローグ]
Ⅲ 3) パ・ド・シス(妖精たちの贈り物)
[プロローグ]̶ アダージョ
Ⅳ 6) ワルツ[第 1 幕]
Ⅰ Introduction
Ⅱ 1) March (Entrance of King Florestan
XXIV and court)[Prologue]
Ⅲ 3) Pas de six (The fairies present their gifts)
[Prologue]– Adagio
Ⅳ 6) Waltz[Act 1]
Philharmony January 2014
Program
Program
C
Ⅴ 4) 終曲(カラボスとリラの精)
[プロローグ]
Ⅵ 5) 情景(宮殿の庭)
[第 1 幕]
̶ アレグロ・ヴィーヴォ
Ⅶ 18)間奏曲[第 2 幕]
Ⅷ 30)終曲と大詰め[第 3 幕]
Ⅴ 4) Finale (Carabosse and the lilac fairy)
[Prologue]
Ⅵ 5) Scene (The garden of the palace)[Act 1]
– Allegro vivo
Ⅶ 18)Entr’acte[Act 2]
Ⅷ 30)Finale et apotheosis[Act 3]
Soloist
Philharmony January 2014
ヴァイオリン
ジェニファー・コー
Jennifer Koh
1994 年、チャイコフスキー国際
オリン曲を組み合わせた「バッハ・
コンクールで最高位(第 1 位なし
アンド・ビヨンド」というリサイタ
第 2 位)を獲得したジェニファー・
ル・シリーズに取り組み、CDも制
コー。韓国系の両親のもと、シカ
作。2012 年には、フィリップ・グラ
ゴに生まれた。1988 年、11 歳でシ
スのオペラ《浜辺のアインシュタイ
カゴ交響楽団と共演。カーティス
ン》(ロバート・ウィルソン演出)で
音楽院でハイメ・ラレードに師事し
ヴァイオリン独奏を担った。
た。これまでに、ニューヨーク・フ
N響とは今回が初共演。縁深いチ
ィルハーモニック、クリーヴランド
ャイコフスキーの協奏曲をどう弾く
管弦楽団、フィラデルフィア管弦楽
か、楽しみだ。
団、マリインスキー劇場管弦楽団な
どの一流楽団と共演。2009 年から
バッハと現代作曲家の無伴奏ヴァイ
(山田治生)
Program
Aleksandr Glazunov
1865-1936
グラズノフ
演奏会用ワルツ 第 1 番 作品 47
C
リムスキー・コルサコフの愛弟子
であり、晩年のチャイコフスキー
とも親交を結んだアレクサンドル・
グラズノフは、19 世紀ロシア音楽
の後継者であり、若くして国際的
な活躍を見せた。16 歳で発表した
《交響曲第 1 番》がフランツ・リス
トに高く評価され、1884 年にワイ
マールで国外初演されたのを端緒に、
《交響曲第 2 番》と《交響詩「ステ
ンカ・ラージン」》が 1889 年のパリ
万博で、《交響曲第 4 番》と《第 5
番》が 1897 年にロンドンで、それ
ぞれ作曲家自身の指揮で紹介された。
彼の 3 つのバレエはすべて、クラシ
ック・バレエの創始者マリウス・プテ
19 世紀末にロシア音楽が国際化
し、国内ではコンサート文化が一段
と定着した時代にふさわしい音楽を
提供したのがグラズノフであった。
その作風は先駆者たちの輝かしい成
果を様式的に洗練させたものであり、
良くも悪くも保守的である。モダニ
ズムの台頭と革命による価値転換の
影響を受けて、いったんは演奏レパ
ートリーから姿を消したものの、し
っかりと調性に根を下ろし、どこか
懐かしい感じのするグラズノフの音
楽は、今なお再評価の時を待ってい
る。
2 曲 あ る《 演 奏 会 用 ワ ル ツ 》 は
1893 年と 1894 年に相次いで作曲さ
ィパによって振り付けられ、帝政ロ
れ た。《 第 1 番 》 は、1893 年 12 月
っている。1905 年、師のリムスキ
もにリムスキー・コルサコフの指揮
シア・バレエの黄金時代の掉 尾を飾
ーに代わってサンクトペテルブルク
音楽院院長に就任して以後、20 年
以上にわたり動乱時代の音楽院を支
え、ショスタコーヴィチ等、新しい
世代の作曲家にロシア音楽の伝統を
伝えた。
作曲年代:1893 年
初演:1893 年 12 月 18 日、リムスキー・コルサコフ
の指揮、サンクトペテルブルクの貴族会館ホール
にて
の演奏会で、《序曲「謝肉祭」》とと
で初演されている。曲は複合 3 部形
式で、都会的な洗練された旋律がゆ
ったりと歌われ、木管楽器やハープ
による対位旋律が華やかな彩りを添
える。
(千葉 潤)
楽器編成:フルート 2、ピッコロ 1、オーボエ 1、
イングリッシュ・ホルン 1、クラリネット 3、フ
ァゴット 2、ホルン 4、トランペット 2、トロ
ンボーン 3、ティンパニ 1、グロッケンシュピ
ール、トライアングル、シンバル、大太鼓、小
太鼓、ハープ 1、弦楽
1840-1893
チャイコフスキー
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品 35
チャイコフスキーの《ヴァイオリ
ン協奏曲》といえば、《ピアノ協奏
曲第 1 番》と並んで、今ではロマン
派を代表する名作として知られてい
るが、音楽の本場ウィーンでの初演
は、かの音楽批評家ハンスリックか
ら「悪趣味」「安酒の臭い」などと
屈辱的な批判を受けた。新大陸とは
違い、西欧にロシア音楽が進出する
には、なお偏見と闘わねばならなか
ったのである。
この作品は、結婚生活の破綻や生
涯にわたるパトロンの出現といった
嵐のような年月の直後、イタリア旅
行を終えてスイスのクラランに落ち
着いた 1878 年 3 月に着手され、モ
スクワ音楽院時代の学生で、「男友
達」でもあったヴァイオリニストの
コーテクの助言を受けながら、ほぼ
ひと月で完成された。当時サンク
トペテルブルク音楽院教授だったレ
オポルド・アウアー(革命後アメリ
カに渡り、ジンバリスト、ハイフェ
ッツ、ミルシテイン等を教えた)が、
演奏困難を理由に初演を拒否し、モ
スクワ音楽院教授アドルフ・ブロツ
キーがその任を引き受けることにな
った。この作品は彼に献呈されてい
る。
第 1 楽章では、主要主題がヴァ
イオリン独奏によって提示され、再
現部の前にカデンツァが配置される
などの独創性が見られる。展開部で
は、第 1 主題がポロネーズ風のリズ
ム(4 拍子ではあるが)を伴って何
度も現れるが、ロシアではポロネー
ズが長らく国歌として奏された時期
があり、《交響曲第 4 番》第 1 楽章
と同様、ここでも英雄的、軍楽的な
含意が感じられる。
第 2 楽章は当初の稿が気に入らず、
「カンツォネッタ」(イタリアの小唄
の意)と題されたこの楽章に差し替
えられた。最後の音型の繰り返しか
ら、次の楽章の主題へと切れ目なく
つづく。
ロシアの民族性豊かな第 3 楽章は
ロンド形式。その主題は民俗舞曲ト
レパークに由来し、中間部では、バ
グパイプ風の伴奏の上でジプシー風
の情熱的な旋律が奏される。
(千葉 潤)
作曲年代:1878年3月5日∼30日(自筆譜による) 楽器編成:フルート 2、オーボエ 2、クラリネ
初演:1881 年 12 月 4 日、アドルフ・ブロツキー ット 2、ファゴット 2、ホルン 4、トランペッ
のヴァイオリン独奏、ハンス・リヒター指揮、ウ ト 2、ティンパニ 1、弦楽、ヴァイオリン・ソロ
ィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Philharmony January 2014
Peter Ilich Tchaikovsky
Program
Peter Ilich Tchaikovsky
1840-1893
チャイコフスキー
バレエ音楽「眠りの森の美女」作品 66(抜粋)
C
チャイコフスキーのバレエ第 2 作
《眠りの森の美女》は、この時代の
ロシアならではの所産である。1881
年、民主的な大改革で知られるアレ
クサンドル 2 世が暗殺される。帝位
を継いだアレクサンドル 3 世は、革
命運動の弾圧や検閲など徹底した反
動政策に訴え、その後治安はますま
す悪化の一途を
っていく。こうし
た中、バレエ《眠りの森の美女》は
多額の国家予算を注ぎ込んで完成さ
れ、1890 年、戒厳令下のサンクト
ペテルブルクで初演された。この途
方もない企画の仕掛け人は、帝政ロ
シアの文化官僚イヴァン・フセヴォ
ロジスキー。フランス貴族文化をこ
よなく愛する彼の目論見は、ロシア
が誇る作曲家チャイコフスキーと
クラシック・バレエの創始者マリウ
ス・プティパの力を結集し、帝政ロ
シアの文化的威信を国内外に示す芸
術作品を創り出すことであった。絶
対王政下のフランスで誕生し、帝政
ロシアで芸術として開花したバレエ
ほどこれにふさわしいジャンルはな
い。しかもそれは、モーツァルトの
音楽を理想とするチャイコフスキー
の「ロココ趣味」をも満足させるも
のであった。時としてリュリやラモ
ーの響きさえ彷彿させる《眠りの森
の美女》は、ルイ 14 世時代の貴族
文化の豪華な様式化であると同時に、
バレエの最後に 100 年の眠りから
目覚めるフロレスタン王国の姿には、
没落しつつあった帝政ロシア再興の
悲願が込められているのである。
本公演の演奏は指揮者のヴェデル
ニコフによる独自の抜粋版である。
娯楽的なディヴェルティメントを中
心とする組曲とは違い、バレエ全体
の展開を音楽で
ることができるよ
うに工夫されている。次に筋書きに
沿って各曲の特徴を記していこう。
ドラマティックな第 1 曲〈序奏〉
では、バレエの中心となる悪の妖精
カラボスの主題(ホ短調)と善の妖
精リラの主題(ホ長調)が相次いで
提示される。どちらも様々に変形さ
れながら全体を循環し、バレエの展
開を担っていく。オーロラ姫の誕生
を祝う第 2 曲〈行進曲〉は、バロ
ック風の典雅な弦楽合奏で開始され、
王の到着とともにクライマックス
を迎える。つづく第 3 曲〈パ・ド・
シス〉ではハープの序奏に伴われて
6 人の妖精たちが登場し、アダージ
ョでは木管楽器の独奏がそれぞれの
踊りを表現する。つづいて村人たち
の踊る華やかな第 4 曲〈ワルツ〉は、
チャイコフスキー独特のシンフォニ
ックな音楽。多彩な木管楽器の組み
合わせが主旋律や対旋律を彩り、金
レオポルド・アウアーが弾く予定で
ションを掛け合わせる。第 5 曲〈終
あった)を挿んで、いよいよ 2 人の
曲〉は、最初に提示された 2 つの主
婚礼と王国の復活を祝う盛大な宴の
題の展開部であり、オーロラ姫の死
始まりである。第 8 曲〈終曲〉(マ
を予告するカラボスの呪い(クラリ
ズルカ)の合間には、物語の原作者
ネットの低音のほの暗い響きを晩年
シャルル・ペロー(ルイ 14 世時代の
のチャイコフスキーは偏愛した)に
童話作家)の主人公たちが、それぞ
対し、その眠りと愛による目覚めを
れに相応しい音楽とともに登場する。
予言するリラの対立を表現する。
そして最後は、フランス王アンリ 4
ロシアの民族舞踊を模倣した第 6
世の賛歌を引用した行進曲「アポテ
曲〈情景〉と、ヴァイオリン独奏が
印象的な第 7 曲〈間奏曲〉(当初は、
《ヴァイオリン協奏曲》で言及した
オーズ」が全曲を荘厳に締めくくる。
(千葉 潤)
作曲年代:1888 年∼ 1889 年
ファゴット 2、ホルン 4、トランペット 2、コ
初演:1890 年 1 月 15 日(旧ロシア暦 1 月 3 日)
、 ルネット 2、トロンボーン 3、テューバ 1、テ
リッカルド・ドリゴ指揮、サンクトペテルブルク ィンパニ 1、大太鼓、シンバル、小太鼓、トラ
イアングル、タンブリン、グロッケンシュピ
のマリインスキー劇場にて
楽器編成:フルート 2、ピッコロ 1、オーボエ ール、ハープ 1、ピアノ 1、弦楽
2、イングリッシュ・ホルン 1、クラリネット 2、
Philharmony January 2014
管群は 3 拍子に 2 拍子のシンコペー
名
曲
の
深
層
を
探
る
シリーズ 名曲の深層を探る 第 14 回
カール・オルフと音楽教育
文
宮 幸次
20 世紀ドイツの代表的な作曲家、
カール・オルフとの出会いから話を
進めたいと思う。
古い話になるが、私が最初にオル
フと出会ったのは 1977 年 7 月、ザ
ルツブルク郊外にあるモーツァルテ
ウムのオルフ研究所玄関前であった。
間もなく 82 歳を迎えようとしてい
た彼は、玄関脇の花壇の草むしりを
していたのである。またその横には、
後ほど登場するオルフの一番弟子で
あったグニルド・ケートマン女史も
一緒にいるではないか。
最初は全く気が付かず、着ている
衣服も 2 人ともいわゆる普通の仕事
着、軍手もせずに素手のままで黙々
と仕事をしていたのである。まさか、
あの偉大な作曲家が草むしり? 私は
恐る恐る声をかけ、そして目があっ
た時の驚きは、今でも鮮明に記憶に
残っている。泥のついたグローブの
ような大きな手、しかし柔らかく温
もりが伝わってきて、私にとっては
劇的な握手であった。これが私との
最初の出会いである。
この話からも、オルフの温かい人
柄を理解できるだろう。前置きが長
くなってしまった。そろそろ本題に
入ることにしよう。
音楽の才能にあふれる少年時代
オルフと言えば、
《カルミナ・ブラ
ーナ》
、
《カトゥリ・カルミナ》を生
みだした大作曲家である。しかし彼
は、音楽教育にも力を注いだのであ
る。ここで、彼の足跡を追ってみた
い。
彼は 1895 年 7 月 29 日に祖父母、
両親共に音楽家の由緒ある一族の長
男として恵まれた環境下に生まれた
が、両親からの音楽指導は受けず、
ほとんどが独学だったと自叙伝に記
している。少年オルフは、詩や物語
を書くことや自作の人形劇のために
曲をつけたり、ピアノで即興弾きを
したり、常に創作することを楽しむ
生活を送っていたと言う。
その後 16 歳の時に、ミュンヘン
高等音楽学校(現在のミュンヘン音
楽大学作曲科)へ、正規の作曲の指
導は全く受けず、すべて独学で入学
したのである。このように彼は、早
くから音楽の才能を発揮し、学生時
代の習作のなかには、日本の歌舞伎
の『寺子屋』を題材にした《Gisei》
(犠牲)と題するオペラ作品を残し
ている。この時期から東洋音楽に造
詣を深め、研究はギリシャ時代にま
で ることとなるのである。
楽教育に多大な影響を与えることに
このギリシャ時代の音楽は、オル
をする中で、プロのダンサー、歌い
フ独自の作品のスタイルの基を築き
手、出演者らの音楽や動きのリズム
上げるきっかけとなった。それに加
の悪さが気になり、不満を抱くよう
え、短期間ではあったが、ミュンヘ
になったからである。つまり、音楽
ン、マンハイム、ダルムシュタット
と動きに関して、再教育が必要だと
各地の歌劇場での指揮の仕事も、音
感じるようになったのだ。
オルフの自宅
オルフとケートマン女史
なる。それというのも、指揮の仕事
Philharmony January 2014
音楽と舞踊の学校を創設
原始的なリズムを用いる作風へ
名
曲
の
深
層
を
探
る
そんな矢先、当時ダンス界で名を
く寄与したと考えられる。
馳せたダンサーのドロテー・ギュン
ター女史に出会った。2 人はお互い
の理想を実現させるために、音楽と
動きの学校を創設することになった。
学校設立計画は即刻果たされ、ギ
ュンター学校と名付けられ、青年女
子を対象にした舞踊家および舞踊の
指導者の養成を目的に、校長と舞踊
の責任者がギュンターに、音楽監督
と指導をオルフが受け持った。
彼は、かつて劇場で得た経験やギ
リシャ音楽の研究などの成果をも
とに、舞踊家養成について試行錯誤
を繰り返し、結果として誰もが演奏
できる易しい音楽によって教育する
方法を編み出した。それは、創作・
演奏・享受などと言った音楽的機能
を区別しない未分化の状態の音楽で、
誰もが参加できる音楽、具体的には
儀式での音楽やお祭りの音楽なども、
そのひとつと考えられよう。
このような音楽の教育を導入する
ことによって、ギュンター学校の学
生達は踊りながら歌ったり、演奏し
たり、伴奏したり、自由自在に楽し
く音楽を操ることができるようにな
ったのである。舞踊にとって、踊り
と音楽がひとつになることは重要で
あり、音楽に関してもそれが本来の
姿であると考えていたようである。
“舞踊と音楽との融合”
、これは、
ギュンター学校時代に確立されたオ
ルフの音楽教育に対する考えの基本
のひとつであり、後に作曲される
《カルミナ・ブラーナ》の成立に大き
学校放送によるオルフの音楽教育
ことばのリズムと響きを音素材に
1944 年ギュンター学校はヒトラー
率いるナチスの強制接収を受け閉校
に追いやられ、50 歳のオルフは教育
の仕事から一時離れざるをえなくな
った。
その 3 年後、オルフはベルリン・
オリンピック開会式で披露される青
少年のためのマスゲームの音楽監督
を務めたのだが、これが教育の仕事
再開の契機となった。1948 年のあ
る日、バイエルン放送局学校放送部
の責任者であったシャムベックから、
オリンピック開会式のような音楽を、
子どもを対象にした学校放送用とし
て制作して欲しい、との依頼があっ
たのだ。
この学校放送は当初数回の予定で
計画されたが、ギュンター学校での
一番弟子であった、グニルド・ケー
トマン女史の協力のもと、実に 5 年
間にわたり 47 回も放送された。
オルフは前述のギュンター学校で
の成果となった“舞踊と音楽との融
合”に加え学校放送の経験から、こ
こで新たに音楽教育に“ことば”を
取り上げ、言語である話しことばの
もつリズムや音声を音素材のひとつ
として捉え、子ども達への指導に活
用し、
“ことば”を音楽教育の出発
点としたのである。
5 年間にわたる学校放送の集大成
と し て、5 巻 か ら な る 教 育 用 作 品
Philharmony January 2014
オルフと子ども達
《オルフ・シュールベルク》が生まれ、
言ではない。
ドイツのショット社より出版された。
オルフの音楽教育は、過去や現在
同時に放送の録音テープが数か国に
に限らず、また、クラシック、ポピ
紹介され、徐々に広まっていくこと
ュラー、古典、伝統音楽、現代音楽
となった。
など、洋の東西を問わない、どのよ
《オルフ・シュールベルク》は彼
うなジャンルの音楽にも対応できう
自身の考えだけではなく、ケートマ
る素地をつくるための音楽教育とい
ン女史や子ども達とともに試行錯誤
えよう。
を重ねながら、自然に積み上げられ
最後に、学校放送から生まれた
てできあがったものであり、そこに
《オルフ・シュールベルク》には、
「子
は系統性こそあるが、いわゆる教則
どものための音楽」という副題がつ
本ではなく、あくまでも指導を通し
いているが、ギュンター学校時代に
てできあがった作品を、ひとつの見
青少年を対象に作曲された《シュー
本として示しているものである。彼
ルベルク》もあるので、付け加えて
の音楽教育は《シュールベルク》の
おきたい。
成立に凝縮されていると言っても過
(みやざき・こうじ 武蔵野音楽大学教授)
A
*2月定期公演の聴きどころ*
Program
2 月の定期公演は、N響正指揮者
語を背景にもつこの作品も、鮮やか
の尾高忠明がオール・シベリウス・プ
に作り上げてくれるだろう。弦楽合
ログラムを、イギリスの巨匠ネヴィ
奏中心の《アンダンテ・フェスティ
ル・マリナーが、モーツァルト、ド
ヴォ》は、厳かで、美しい小品であ
ヴォルザークを特集した 2 つのプロ
る。
グラムを指揮する。
名曲《ヴァイオリン協奏曲》では、
壮大で鮮やかなシベリウスに期待
中国出身のワン・ジジョンがソリス
トを務める。巨匠メニューインに才
多彩なレパートリーを誇る尾高は、
能を見出され、数々のコンクールの
英国音楽のスペシャリストとして知
優勝を経て、現在はベルリンで研鑽
られるが、近年は北欧の音楽にも力
を積む。クレーメルやテミルカーノ
を入れている。なかでもシベリウス
フら、著名演奏家や指揮者と共演を
は、音楽監督を務める札幌交響楽団
重ね、2012 年にルツェルン音楽祭
と 2015 年の作曲家生誕 150 年に向
でリサイタル・デビューを果たした。
けて交響曲全曲演奏を開始するなど、
「アジアの若手」として欧州で注目
研究を深めている作曲家だ。Aプロ
される彼女のフレッシュな演奏も楽
は、民族叙事詩『カレワラ』を題材
しみだ。
に作られた《交響詩「四つの伝説」
》
を中心に、シベリウスの音楽の魅力
が伝わる選曲となっている。
マリナーの十八番、
モーツァルトを特集したプログラム
主人公の冒険や数々の勇敢な挑
ネヴィル・マリナーの指揮者とし
戦、人々の生活や喜怒哀楽などが描
てのキャリアは、1958 年に創設した
かれた『カレワラ』は、フィンラン
アカデミー室内管弦楽団と深く結び
ド民族の高い精神性を打ち出し、フ
ついている。バロック音楽の演奏を
ィンランド人の民族意識を目覚めさ
目的に設立され、やがて古典派から
せ、シベリウスをはじめ、多くの芸
ロマン派へとレパートリーを拡大し、
術家たちの創作意欲をかきたててき
同団体とともに世界的に名を広めた。
た。
またマリナーのスコアを忠実に再現
《四つの伝説》は、有名な〈トゥオ
する、スマートな音楽作りは、数多
ネラの白鳥〉を含む 4 曲から成る交
くの録音でも親しまれている。
響詩で、まさに、シベリウスの真髄
Bプロはモーツァルトを特集す
といえる作品。尾高は、音楽を丹念
る。映画『アマデウス』の音楽を担
に磨き上げる指揮者だが、壮大な物
当し、交響曲とピアノ協奏曲の全集
ト演奏に定評があるマリナー。本年
2014 年には 90 歳を迎えるが、端正
で品格のある音楽作りは、往時のま
まで、今回披露される《ハフナー交
響曲》とモーツァルトの三大交響曲
のひとつ《第 39 番》も、忘れ難い
演奏となるだろう。
《ピアノ協奏曲第 22 番》のソリス
トは、1993 年にクララ・ハスキル国
際ピアノ・コンクールでオーストリ
ア人として初めて優勝したティル・
フェルナー。師のブレンデルが「知
性と感性をもつピアニスト」と褒め、
新時代の正統派として期待を集める
俊英だ。モーツァルトがウィーンの
聴衆のために書いたこのピアノ協奏
曲では、彼の瑞々しく温かみのある
音色をじっくり聴きたい。
豊かな色彩と叙情性あふれる
ドヴォルザーク・プロ
Cプロでは、ドヴォルザークの 2
曲の交響曲を取り上げる。ドヴォル
ザークの作品は、作曲当時からイギ
リスでも高く評価され、1891 年にケ
ンブリッジ大学から名誉博士号を授
与された。その記念演奏会で自ら指
揮した《第 7 番》と、第 3 楽章の甘
くロマンティックなワルツが人気の
《第 8 番》を組み合わせた。
2010 年 9 月定期と 2011 年NHK
音楽祭、2 年連続でN響とブラーム
ス《交響曲第 1 番》で名演を聴かせ
たマリナーは、ドヴォルザークの交
響曲でも、明晰な指揮で作り上げた
豊かな色彩と叙情性、旋律の美しさ
が際立つ音楽で、ホールを満たして
くれるだろう。 (柴辻純子)
*2月の定期公演*
◉ 2/8(土)6:00pm、2/9(日)3:00pm (Aプロ)NHKホール
指揮:尾高忠明
ヴァイオリン:ワン・ジジョン
シベリウス/アンダンテ・フェスティヴォ
シベリウス/ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品 47
シベリウス/交響詩「四つの伝説」作品 22 「レンミンケイネンと乙女たち」「トゥオネ
ラの白鳥」「トゥオネラのレンミンケイネン」「レンミンケイネンの帰郷」
◉ 2/19(水)7:00pm、2/20(木)7:00pm (Bプロ)サントリーホール
指揮:ネヴィル・マリナー
ピアノ:ティル・フェルナー
モーツァルト/交響曲 第 35 番 ニ長調 K.385「ハフナー」
モーツァルト/ピアノ協奏曲 第 22 番 変ホ長調 K.482
モーツァルト/交響曲 第 39 番 変ホ長調 K.543
◉ 2/14(金)7:00pm、2/15(土)3:00pm (Cプロ)NHKホール
指揮:ネヴィル・マリナー
ドヴォルザーク/交響曲 第 7 番 ニ短調 作品 70
ドヴォルザーク/交響曲 第 8 番 ト長調 作品 88
Philharmony January 2014
録音を完成させるなど、モーツァル
Program
オルフ
Orff
カトゥリ・カルミナ 歌詞対訳
対訳:細川哲士
Translation: Satoshi Hosokawa
Catulli Carmina
C
Ludi scaenici
舞台劇
“Rumoresque senum severiorum
ommes unius aestimemus assis”
“ 気難しい老人たちのたわごとなどは
ぜんぶまとめて、一銭の値をつけてやろう。”
Personae
登場人物
Catullus
Lesbia, amica
Caelius, amicus
Ipsitilla, meretrix
Ameana, meretrix
Amatores et meretrices
カトゥルス[テノール]
レスビア(カトゥルスの恋人)
[ソプラノ]
カエリウス(カトゥルスの友人)
イプシティルラ(遊女)
アーメアーナ(遊女)
恋する若者たちと遊女たち
*カトゥルスとレスビアのみが歌手によって歌
われ、他の人物はト書きで登場するのみである
Chorus:
Juvenes, juvenculae, Senes
合唱:
若者たち[男声]
、娘たち[女声]
、老人
たち[男声]
PRAELUSIO
序幕
Juvenes, juvenculae, novem senes
若者たち、娘たち、9 人の老人
舞台下、下手に若者たち、
Ante scaenam sinistra juvenes,
上手には娘たちが、後ろ向きに坐っている
dextra juvenculae consederunt retro,
media in parte pulpiti, supra scaenam senes 中央奥の壇の上に老人たち
Juvenes, Juvenculae
若者たち、娘たち
EIS AIONA!
エイス アイオナ、
(永遠に)!
Eis aiona!
tui sum!
eis aiona!
エイス アイオナ、
(永遠に)!
私はあなたのもの!
エイス アイオナ、
(永遠に)!
訳注:序幕を特徴づける「エイス アイオナ」という感嘆詞のような耳慣れないこのギリシャ語表現は、お
とこしえ
ほ
(新約聖書「ローマ人への手紙」I,
そらく次の言葉をふまえている。
「造物主(神)は永遠に讃むべきもの」
25. その他)
ぼくはあなたのもの!
Juvenes
若者たち
Tu mihi cara,
mi cara amicula,
corculum es!
あなたはかわいい、
Juvenclae
娘たち
[corculum es!]
Corcule, corcule,
dic mi, dic mi
a te me amari?
[あなたがとてもいとしくて]
Juvenes
若者たち
O tui oculi,
ocelli lucidi,
fulgurant, efferunt
me velut specula.
おお、あなたのその目
Juvenclae
娘たち
specula, specula,
tu mihi specula?
鏡ね、鏡ね
Juvenes
若者たち
O tua blandula, blanda
blandicula, tua labella.
おお、あなたのうるわしい、あまい
Juvenclae
娘たち
[cave, cavete!]
[ご用心、みなさんご用心!]
Juvenes
若者たち
ad ludum prolectant.
それは遊びにさそいます、
Juvenclae
娘たち
[cave, cavete! cavete!]
[ご用心、みなさんご用心、ご用心!]
おお、わがいのち!
エイス アイオナ、
(永遠に)!
私はあなたのもの!
エイス アイオナ、
(永遠に)!
ぼくのかわいい娘よ!
あなたがとてもいとしくて
いとしいひと、いとしいひと
私に言って、私に言って
私を愛しているって!
輝くつぶらなその瞳
稲妻と光って
鏡のように、ぼくを奪う
あなたは、私にとっては鏡ね?
そそるような、そのくちびる、
Philharmony January 2014
Tui sum
o mea vita
eis aiona
tui sum!
eis aiona!
Program
C
Juvenes
若者たち
O tua lingula, lingula,
usque perniciter
vibrans ut vipera.
おお、あなたの舌よ、
Juvenclae
娘たち
Cave, cavete,
cave meam viperam,
nisi te mordet.
ご用心、みなさんご用心、
Juvenes
若者たち
Morde me!
ぼくを嚙め!
Juvenclae
娘たち
Basia me!
わたしにキスして!
Juvenes, Juvenclae
若者たち、娘たち
Ha!
はーァ!
Juvenes
若者たち
O tuae mammulae.
mammulae, mammulae, mammulae,
mammae molliculae
dulciter turgidae, gemina poma!
おお、あなたのおっぱい
Juvenes, Juvenclae
若者たち、娘たち
Ah!
ああ
Juvenes
若者たち
mea manus est cupida,
o vos papillae horridulae!
mea manus est cupida, cupida,
illas prensare.
ぼくの手はどうしても
Juvenclae
娘たち
[suave, suave lenire.]
絶えず敏捷に
震えている、まるで蛇のように
わたしの蛇にご用心、
さもないとあなたを嚙んでしまうから!
おっぱい、おっぱい、おっぱい、
柔らかい乳房よ
甘くむっちりとした双子のりんごだ!
おお、あなたたちの固くなった乳頭を
ぼくの手はどうしても、どうしても
それを握りしめたい。
[そっと、そおっと、さすってね]
Juvenes
若者たち
illas prensare, vehementer prensare,
それを握る、はげしく握りしめる。
Juvenes, Juvenclae
若者たち、娘たち
ha!
はーァ!
娘たち
O tua mentula,
mentula, mentula, mentula.
おお、あなたのおちんちん
Juvenes, Juvenclae
若者たち、娘たち
mentula, penipeniculus.
cupide saliens peni peni culus
ちんち、ちんぽこよ
Juvenclae
娘たち
velut pisciculus.
まるでお魚みたいよね
Juvenes
若者たち
is qui desiderat tuam fonticulam.
それはあなたの泉を恋しがっている
Juvenes, Juvenclae
若者たち、娘たち
Ah!
ああ
Juvenclae
娘たち
mea manus est cupida.
coda, codicula, avida, avida!
mea manus est cupida
illam captare.
わたしの手はどうしても
Juvenes
若者たち
petulanti manicula!
はやる手で
Tu es Venus, Venus es!
あなたはヴィーナス
Juvenclae
娘たち
O me felicem!
おお、幸せなわたし!
Juvenes
若者たち
In te habitant omnia gaudia,
omnes dulcedines,
omnes voluptas.
In te, in tuo amplexu
In tuo ingenti amplexu
tota est mihi vita!
あなたには、すべての喜びが、やどり
Juvenclae
O me felicem!
娘たち
ちんちん、ちんちん、おちんちん
それははげしく飛び跳ねる
よくばりやさんの尻尾を、棒を
わたしの手はどうしても
それを捕まえたい。
すべての甘美が
すべての逸楽が。
あなたには、あなたの抱擁には
あなたの大いなる抱擁には
ぼくのいのちのすべてがある。
おお、幸せなわたし!
Philharmony January 2014
Juvenclae
Program
C
Juvenes, Juvenclae
若者たち、娘たち
Eis aiona!
eis aiona, eis aiona, eis aiona
エイス アイオナ、
(永遠に)
Senes
老人たち
[Eis aiona!]
エイス アイオナ、エイス アイオナ……
[エイス アイオナ]
senes rident
老人たち、あざ笑う
Senes
老人たち
O res ridicula!
immensa stultitia.
あきれたことだ!
Nil, nil,
nihil durare potest
tempore perpetuo,
cum bene Sol nituit,
redditur Oceano
decrescit Phoebe,
quaemodo plena fuit.
venerum feritas, saepe fit aura levis.
何事も、何事も
Tempus amoris cubiculum non est
Sublata lucerna
nulla est fides;
perfida omnia sunt.
O vos brutos,
vos stupidos,
vos stolidos!
Lanternari, tene scalam!
Audite ac videte!
Catulli Carmina
時というものは愛の寝室ではない
愚行の極みだ!
何事も存続することあたわずだ
永遠の時のまにまに
太陽も輝きを終え
大海に連れ戻される
月も欠ける
満ちていたのに
恋の熱風も時として微風に変わる
灯火をかかげても
誠意には値しない。
すべてが不実だ。
おお、おまえたち分別なき者どもよ
おまえたち馬鹿者よ
おまえたち愚か者よ!
ランプ番、梯子をもて
聴きそして見よ!
カトゥルスの歌を。
訳注:
「灯火をかかげても」という歌詞は、
「賢い花嫁は、あかりをかかげて花婿を迎える」
(マタイ伝 25.3)
をふまえている。
Juvenes, Juvenclae
若者たち、娘たち
Audiamus!
さあ、ご一緒に、聴くとしましょう!
訳注:序幕の詞は、なんと、カール・オルフの作らしい。第 1 幕以降の詞はカトゥルス本人の詩。カール・オ
ルフは 116 ある原詩から 13 作を選び取り、順序を変えてひとつの劇に仕立てている。その際、原作の「男
ぶし」が「女うた」にかわっているところがある。各詩節の末尾にラテン語定本の番号を CC85(Catulli
Carmina の 85 番)のように添えた。
Scaena 1
第1幕
第1場
Catullus ad columnam
カトゥルス柱にもたれている
chorus
合唱
Odi et amo,
quare id faciam, fortasse requiris.
Nescio, sed fieri sentio et excrucior.
(CC85)
嫌いつつも愛してしまう、
Intrat Lesbia
レスビア登場
Scanea 2
どうしてそうなのと、聞かれてみれば
さあね。でも行く末は分かっていて苦しい。
第2場
Catullus et Lesbia
カトゥルスとレスビア
Catullus, chorus
カトゥルス、合唱
Vivamus, mea Lesbia, atque amemus
rumoresque senum severiorum
omnes unius aestimemus assis.
生きよう、レスビア、そして愛しあおう。
Soles occidere et redire possunt:
nobis cum semel occidit brevis lux,
nox est perpetua una dormienda.
お日様は沈んでもまた昇るけれど
Catullus
カトゥルス
Da mi basia
ぼくに頂戴
chorus
合唱
Da mi basia mille, deinde centum,
dein mille altera, dein secunda centum,
deinde usque altera mille, deinde
centum.
ぼくに頂戴、千のくちづけ、そのあと百の、
Dein, cum milia multa fecerimus,
conturbabimus illa, ne sciamus,
aut nequis malus invidere possit,
cum tantum sciat esse basiorum.
(CC5)
さらに幾千のくちづけをすれば
気難しい老人たちのたわごとなどは
ぜんぶまとめて、一銭の値をつけてやろう。
短い光がひとたび沈めば、ぼくたちには
ともに眠るべき永遠の夜となる。
それとは別の千と、もうひとつの百
続けて別の千と
百
もう数え切れない、何が何だか分からない、
悪い奴に呪いを掛けられたりしないように
キスの数を知られてしまって。
Philharmony January 2014
Actus I
Program
Scaena 3
第3場
C
Catullus et Lesbia ad columnam
considunt
カトゥルスとレスビア柱にもたれて、
Catullus
カトゥルス
Ille mi par esse deo videtur,
ille, si fas est, superare divos,
qui sedens adversus identidem te
spectat et audit dulce ridentem,
それはぼくには神に等しく見える
Lesbia
レスビア
[ridentem]
座っている
そう言って差し支えなければ神々に勝るとも
それが君の前に座って、君を見つめ、
そして聴き入る君のやさしい笑い声を。
[笑い声を]
Catullus
カトゥルス
misero quod omnis
eripit sensus mihi: nam simul te,
Lesbia, adspexi, nihil est super mi...
それは可哀そうなぼくからすべての
Lesbia
レスビア
[super mi...]
分別を奪ってしまう。だからぼくは、
レスビアよ、君を見るや、言葉を失い
[言葉を失い]
Catullus
カトゥルス
lingua sed torpet, tenuis sub artus
flamma demanat, sonitu suopte
tintinant aures, gemina teguntur
lumina nocte.
舌はもつれ、妙な火が四肢をかけめぐり、
Lesbia
レスビア
[nocte]
耳は鳴り
両の目は夜の闇に
閉ざされてしまう。
[夜の闇に]
Catullus in Lesbiae gremio indormit
カトゥルスはレスビアの膝の中で眠ってしまう
chorus
合唱
Otium, Catulle, tibi molestumst:
その閑暇が、
カトゥルス、
あなたには毒なのね
Intrant amatores
恋する若者たち登場
chorus
合唱
otio exultas nimiumque gestis.
otium et reges prius et beatas
perdidit urbes.
(CC51)
あなたは閑暇に有頂天、いい気になりすぎ
閑暇は、かつて王たちも、立派な都も
滅ぼしました。
Scaena 4
レスビアは眠っているカトゥルスから離れる
第4場
レスビアは酒場で恋する若者たちに向かって
Lesbia in taberna saltat coram
amatoribus.
Interim Catullus expergiscitur.
Intrat Caelius.
Catullus desperat
カトゥルス絶望する
Catullus
カトゥルス
踊る
その間にカトゥルス目覚める
カエリウス登場
Caeli! Lesbia nostra, Lesbia illa,
カエリウスよ我らがレスビアあのレスビアが
illa Lesbia, quam Catullus unam
あのレスビア、カトゥルスが自分や親よりも
plus quam se atque suos amavit omnes, ただひたすら愛したその女が
chorus
合唱
Nunc in quadriviis et angiportis
glubit magnanimi Remi nepotes.
(CC58)
いまや四辻で、狭い路地裏で
Catullus
カトゥルス
O mea Lesbia!
おお、ぼくのレスビア!
Scaena 5
第5場
Catullus, chorus
カトゥルス、合唱
Nulli se dicit mulier mea
nubere malle
quam mihi, non si se Juppiter
ipse petat.
Dicit: sed mulier cupido
quod dicit amanti,
in vento et rapida scribere
oportet aqua, ha!
(CC70)
私の彼女は、私以外とは
Catullus et Caelius exeunt
カトゥルスとカエリウス退場
Applaudunt senes discentes:
“Placet, placet, placet,
optime, optime, optime!”
ゆかいなり、ゆかいなり、ゆかいなり
かのレムスの末裔どもの皮むきをするとは!
結婚しない、と
たとえジュピターご自身が
望もうと、いやよ。
そう言っているが、女が
恋人に言うことは
風や流水に書き付ける
ことこそふさわしい。
老人たちこう言って喝采する
これはいい、これはいい、これはいい!
Philharmony January 2014
Lesbia Catullum dormientem relinquit
Program
Actus II
第2幕
C
Scaena 1
第1場
Nox. Catullus in via ante Lesbiae casam
dormit.Somnians videt in casa tralucida
Lesbiae sese in lecto cubantis amplexibis
fruentem.
夜。カトゥルスがレスビアの家の前の路上で
いる。
chorus
合唱
Jucundum, mea vita, mihi proponis
amorem.
Hunc nostrum inter nos perpetuumque
fore.
Di magni, facite ut vere promittere
possit,
atque id sincere dicat et ex animo,
ut liceat nobis tota perducere vita
aeternum hoc sanctae foedus amicitiae.
(CC109)
わがいのちよ、君に約束する
Lesbia permulcet amicum
レスビア恋人をさすってあげる
Lesbia
レスビア
Dormi, dormi,
Dormi ancora.
おやすみ、おやすみ
寝ている。自分がレスビアの透き通った家の、
ベッドの中で抱き合って楽しんでいる夢を見て
二人の間のこの愛が楽しく永久に続くこと
偉大なる神々よ、この約束が正しくあって
彼女も真面目に心から語っていますので
この聖なる愛の誓約が我らが命つきるまで
存続するようにしてください。
もっとおやすみ
訳注:ここはイタリア語。
Scaena 2
Scena lasciva
第2場
戯れ場
カトゥルス(夢で)自分に代わるカエリウスを
Agnoscit Catulls suo loco Caelium.
Catullus expergiscitur; casa tenebris
obruitur.
Catullus desperat.
カトゥルス絶望する。
Catullus
カトゥルス
O mea Lesbia!
おお、ぼくのレスビア!
chorus
合唱
Desine de quoquam quicquam bene
velle mereri
誰からであれ恩を返してもらおうと思うのは
見てしまい、目を覚ます。家は闇につつまれて
いる。
やめよ
誰かが義理堅くあり続けられると思うことも
みんな忘恩の徒だ、よくしてやっても何のこ
とは無い
いやそれどころか、うんざりされ、邪魔にさ
れるだけ
丁度私がいい例で、誰よりも酷く、辛くされ
たのは
私の唯一無二の親友だったその男からだ。
老人たちこう言って喝采する
Applaudunt senes discentes:
“Placet, placet, placet,
Optime, optime, optime!”
これはいい、これはいい、これはいい!
Actus III
第3幕
Scaena 1
ゆかいなり、ゆかいなり、ゆかいなり
第1場
Lux. Catullus ad columnam
日中。カトゥルス柱にもたれている
chorus
合唱
Odi et amo.
Quare id faciam, fortasse requiris.
Nescio, sed fieri sentio et excrucior.
(CC85)
嫌いつつも愛してしまう、
Ipsitilla perbella puellula
ad fenestram apparet
Scaena 2
どうしてそうなのと、聞かれてみれば
さあね。でも行く末は分かっていて苦しい。
とびきりの美女イプシティルラ
窓辺に現れる
第2場
欲望にかきたてられカトゥルスは
Inflammatus venere Catullus
epistulam scribit
恋文を書く
Catullus
カトゥルス
Amabo, mea dulcis Ipsitilla, meae
deliciae, mei lepores,
iube, ad te veniam meridiatum.
おねがいだ、ぼくのイプシティルラ
Et si iusseris illud adiuvato,
ne quis liminis obseret tabellam,
neu tibi libeat foras abire.
そう言ってくれるのなら、もう一つお願い
ぼくの恋人、ぼくのお気に入り
君のところに昼寝においでと命じておくれ
戸にカンヌキはかけないでおいて、それと
外出しようという気をおこさないでおくれ
Philharmony January 2014
aut aliquem fieri posse putare pium.
Omnia sunt ingrata, nihil fecisse
benigne
immo etiam taedet obestque magis:
ut mihi, quem nemo gravius, nec
acerbius urget,
quam modo qui me unum atque
unicum amicum habuit.
(CC73)
Program
C
Sed domi maneas paresque nobis
novem continuas fututiones.
ちゃんと家にいて準備しておいておくれ
Verum, si quid ages, statim iubeto.
Nam pransus iaceo et satur supinus
pertundo tunicamque palliumque.
(CC32)
本当にしてくれるならすぐに言っておくれ
Scaena 3
連続9回愛を交わすのだから
朝食後横になっていると、棒が立ってきて
トゥニカと外套に穴をあけてしまうのだ。
第3場
多淫な女、アーメアーナ
Ameana, puella defututa, progressa
incursat Catullo
出てきてカトゥルスにからだをぶつけてくる。
Catullus
カトゥルス
Ameana puella defututa tota milia me
decem poposcit,
ista turpiculo puella naso,
decoctoris amica Formiani. propinqui,
quibus est puella curae, amicos
medicosque convocate: non est sana
puella, nec rogate qualis sit: solide est
imaginosa.
(CC41)
アーメアーナ、このすきもの女は
しめて一万両もおれに請求しやがった
このししっ鼻女は
フォルミアの破産した男の情婦だ
この女の面倒をみている近親者よ
おなじみさんやお医者さんを集めておくれ
この女はまともではないぜ、聞いても無駄
自分がどんなかを、まるで勘違いしている
訳注:「フォルミア(地名)の破産した男」は、カエサル配下の軍人で、土木・機械担当のマームッラをさ
す。蓄財によりローマで最初に戸建ての豪邸を造り、カエサルとの性的関係を取り沙汰された。
Catullus Ameanam propellit
Scaene 4
カトゥルス、アーメアーナを押しのける
第4場
恋する男たちやうろつく遊女たちの中にカトゥ
Inter amatores ac meretrices ambulantes
Catullus solam identidem petit Lesbiam
ルスは何度もレスビアひとりを捜し求める
chorus
合唱
Miser Catulle, desinas ineptire, et quod
vides perisse perditum ducas.
Fulsere quondam candidi tibi soles,
cum ventitabas quo puella ducebat
哀れなカトゥルス、馬鹿な真似はよしなさい
amata nobis quantum amabitur nulla.
Ibi illa multa tum iocosa fiebant,
quae tu volebas nec puella nolebat.
どんな女よりも、あいつは俺達に愛されていた
失ったと思う物は、失った物とみなしなさい。
かつてはまぶしい太陽がお前に輝いていて
女が連れていく所にお前は良く訪れたものだ。
そこには、ああした多くの喜びがあって
お前が望めば娘たちも、いや、とは言わず
本当に太陽がお前に輝いていたのだった。
Nunc iam illa non vult:
tu quoque impotens noli,
nec quae fugit sectare, nec miser vive,
sed obstinata mente perfer, obdura.
今や彼女はそれを望まず、
Vale puella, iam Catullus obdurat,
nec te requiret nec rogabit invitam:
at tu dolebis, cum rogaberis nulla.
Scelesta, vae te! Quae tibi manet vita!
さらば女よ、すでにカトゥルスは決心したぞ。
Quis nunc te adibit? Cui videberis
bella?
Quem nunc amabis? Cuius esse
diceris?
Quem basiabis? Cui labella mordebis?
At tu, Catulle, destinatus obdura.
(CC8)
誰がお前に近づくか? 誰に言われるのか、
Catullus inter amatores
titubans corruit
Intrant Caelius et Lesbia.
Lesbia conspecto Catullo exclamat:
“Catulle”. Catullus prosiliens:
“Lesbia”, repellit eam.
Scaena 5
お前もできないのだし
逃げる女を追うのはやめ、惨めに生きるのはよせ
むしろ、きりりと心で耐え、持ちこたえよ。
お前を求めない、いやがる女にお願いしない。
でもつらくはないか、誰にも求められなくて
呪われよ悪女、
どんな人生を送ろうというのか?
きれいだと
これからは誰を愛し、自分を誰のものと言うの
か?
誰とキスするのか? だれの唇をかむのか?
でもお前、カトゥルスよ、堅忍し持久せよ。
カトゥルス恋する男たちの中に
よろめいて倒れこむ
カエリウスとレスビア登場
レスビアはカトゥルスを見るなり叫ぶ
「カトゥルス」。カトゥルスは駆け寄って
「レスビア」と、彼女をはねのける
第5場
Catullus ad columnam
カトゥルス柱にもたれている
Catullus, chorus
カトゥルス、合唱
Nulla potest mulier tantum
se dicere amatam
vere, quantum a me Lesbia
amata mea es:
Nulla fides ullo fuit umquam in
foedere tanta,
quanta in amore tuo ex parte
reperta mea est.
(CC87)
どんな女も真実愛されたと
いうことはできない
ぼくのレスビア、君がぼくに
愛されたほどには
どんな約束の信義もかつて
守られたことはなかった
君への愛が、ぼくの側に
見出せるほどには
Philharmony January 2014
Fulsere vere candidi tibi soles.
Program
C
Nunc est mens diducta, tua, mea
Lesbia, culpa,
atque ita se officio perdidit
ipsa suo,
ut iam nec bene velle queat tibi, si
optima fias,
nec desistere amare,
omnia si facias.
(CC75)
こんな風にぼくの魂は、君の過ちによって、
レスビアよ、なってしまった
そしてまた魂の献身によって、
魂そのものが失われてしまった
だからいま、君がどんな良いことをしても、
好きになれない
君がどんなひどいことをしようが、
愛さずにはいられない。
レスビア絶望して家に逃げ込む
Lesbia desperans in casam fugit
Finitur ludus scaenicus
舞台劇終わる
Exodium
大詰め
娘たちと若者たち
Juvenculae atque juvenes,
diu iam non curantes specutaculum,
denuo incitati, mutuo rursus
incenduntur ardore.
情念の焔に焼かれる
Juvenes, Juvenculae
若者たち、娘たち
Eis aiona!
Tui sum.
エイス アイオナ、
(永遠に)
Senes
老人たち
Oime!
オーララー
Juvenes, Juvenculae
若者たち、娘たち
Eis aiona
Accendite faces!
Jo!
エイス アイオナ、
(永遠に)
もう長いこと舞台のことは気にかけず
互いに再度もとに急ぎ戻って
ほのお
私はあなたのもの
松明を燃やすのだ!
イオーッ!
オルフ
Orff
カルミナ・ブラーナ 歌詞対訳
対訳:細川哲士
Translation: Satoshi Hosokawa
Carmina Burana
FORTUNA IMPERATRIX MUNDI
フォルトゥーナ(運命の女神)
世界の支配者よ
1. O Fortuna
1. おお、フォルトゥーナ
chorus
合唱
O Fortuna
velut luna
statu variabilis,
semper crescis
aut decrescis;
vita detestabilis
nunc obdurat
et tunc curat
ludo mentis aciem,
egestatem,
potestatem
dissolvit ut glaciem.
おお、フォルトゥーナ
Sors immanis
et inanis,
rota tu volubilis,
status malus,
vana salus
semper dissolubilis,
obumbrata
et velata
michi quoque niteris;
nunc per ludum
dorsum nudum
fero tui sceleris.
むごいさだめよ
Sors salutis
et virtutis
michi nunc contraria,
est affectus
et defectus
健康と
月のように
その姿、変わりやすく
つねに満ちたり
欠けていったり
いまわしい生きざまで
あるときはじっとそのまま
またあるときは遊び心で
目を配り
貧困だろうが
権勢だろうが
氷を溶かすように溶かしてしまう
そしてうつろなる
お前は回る輪で
不穏な安定状態
うわべだけの落ち着き
つねにとりとめなく
雲隠れ
と思いきや
寄り添ってきたりする。
今、私は、背中を
あらわにして、さし出そう
お前の悪辣な遊びのために。
力の運が
今や、私に背を向けている。
愛欲や
衰弱は
semper in angaria.
Hac in hora
sine mora
corde pulsum tangite;
quod per sortem
sternit fortem,
mecum omnes plangite!
つねにその苦役の下にある。
さあここで、今このとき
ためらうことなく
弦を爪弾き歌うがいい
めぐり合わせで
運命が強者をも打ち負かすということを、
皆ともに胸をたたいて嘆きましょう!
(CB17) =(Carmina Burana original text No.17 )中世の原典の 17 番に相当。各詩節の末尾にも番号を添えた。
2. Fortune plango vulnera
2. フォルトゥーナから受けた傷を
chorus
合唱
Fortune plango vulnera
stillantibus ocellis
quod sua michi munera
subtrahit rebellis.
Verum est, quod legitur
fronte capillata,
sed plerumque sequitur
Occasio calvata.
フォルトゥーナから受けた傷を嘆いている
目から涙をしたたらせて
私にくれたごほうびを
はん と
叛徒のごとく持ち去ってしまったので
本当なのだ、本に書いてあることは
額には髪が豊かなのに
大部分、続いて起こるのだ
は
禿げとなる機会が(そしたら捕まえられない)
In Fortune solio
sederam elatus,
prosperitatis vario
flore coronatus;
quicquid enim florui
felix et beatus,
nunc a summo corrui
gloria privatus.
フォルトゥーナの玉座に
Fortune rota volvitur:
descendo minoratus;
alter in altum tollitur;
nimis exaltatus
rex sedet in vertice
caveat ruinam!
nam sub axe legimus
Hecubam reginam.
フォルトゥーナの輪はめぐる
(CB16)
私は胸張って座っていた
繁栄の様々な
花に飾られて
だから私は花と咲いて
恵まれて幸せだったのが
今や私は高みから崩れおちた
栄光を失って
私は小さくなって身を落とし
ほかの者が高みに持ち上げられ
おおいに高められる
王は頂点に座し
没落を恐れるがいい
なぜなら車軸の下に我々は見てとる
あの(トロイアの)王妃ヘカベーを
I
PRIMO VERE
第1部
春に
3. Veris leta facies
3. 春の楽しげな姿は
semichorus
小合唱
Veris leta facies
mundo propinatur,
hiemalis acies
victa iam fugatur,
in vestitu vario
Flora principatur,
nemorum dulcisono
que cantu celebratur.
春の楽しげな姿は
Flore fusus gremio
Phebus novo more
risum dat, hac vario
iam stipate flore.
Zephyrus nectareo
spirans in odore.
Certatim pro bravio
curramus in amore.
フローラのふところに身を投じ
Cytharizat cantico
dulcis Philomena,
flore rident vario
prata iam serena,
salit cetus avium
silve per amena,
chorus promit virginum
iam gaudia millena.
竪琴を歌でひく
世界から乾杯で迎えられ
冬の刃は
もう敗走させられている
様々な色の衣をまとった
(花の精)フローラが世を支配し
森のこころよい
鳥の歌声で讃えられる
フェブス(太陽)はあらためて
ほほえみを送る
ここで様々な花々に囲まれて
(春を告げる西風の)ゼフィロスは
神酒の風の中を、吹いている
さあ急いで、愛のご褒美をめざして
駆け出そう
うぐいす
やさしい(鶯の)フィロメーナ
様々な花でほほえむ
今すがすがしい草原。
鳥は群れをなしてとびまわっている
森の愛くるしい場所を。
乙女たちの輪舞は導き出している
すでに千もの楽しみを
(CB138)
4. Omnia Sol temperat
4. すべてを太陽は制御する
baritone
バリトン
Omnia Sol temperat
purus et subtilis,
novo mundo reserat
faciem Aprilis,
ad amorem properat
すべてを太陽は制御する
清く軽やかな太陽は
あたらしい世界に開示する
四月の姿を。
世の主たる太陽の心は
animus herilis,
et iocundis imperat
deus puerilis.
愛に向かって急ぐ
Rerum tanta novitas
in solemni vere
et veris auctoritas
iubet nos gaudere;
vias prebet solitas,
et in tuo vere
fides est et probitas
tuum retinere.
万物のこれほどの新しき様は
Ama me fideliter!
fidem meam nota:
de corde totaliter
et ex mente tota
sum presentialiter
absens in remota,
quisquis amat taliter,
volvitur in rota.
愛してください私を誠実に
そして戯れる人々に君臨する
子供の姿の神キューピッドが。
めぐり来る春の中にあってこそ
そして春の権威は
われらに遊べと命ずる
通いなれた道を示し
そしてあなたの春に
あなたの愛を持ち続けることは
誠実でもあり正直でもある
私の信義に着目してください
すべて心から
そして全霊をこめて
私はおそばにおります
たとえ不在で遠くにいても
このように愛する者は誰であれ
車に縛り付けられ回される
(CB136)
5. Ecce gratum
5. ほら、楽しい春が
chorus
合唱
Ecce gratum
et optatum
Ver reducit gaudia,
purpuratum
floret pratum,
Sol serenat omnia.
Iamiam cedant tristia!
Estas redit,
nunc recedit
Hyemis sevitia.
ほら、楽しい
Iam liquescit
et decrescit
grando, nix et cetera;
bruma fugit,
et iam sugit
今や溶けていく
そして待ち望んだ
春が喜びを連れ戻す
牧場は紅・紫に
花咲いて
太陽はすべてを輝かせる
今しも悲しいことども去るがいい!
夏が戻り
いま消え去る
厳しい冬が
そして小さくなる
ひよう
雹、雪などが
短か日は逃げ去り
そして今、春は吸っている
Ver Estatis ubera;
illi mens est misera,
qui nec vivit,
nec lascivit
sub Estatis dextera.
夏の乳房を
Gloriantur
et letantur
in melle dulcedinis,
qui conantur,
ut utantur
premio Cupidinis;
simus jussu Cypridis
gloriantes
et letantes
pares esse Paridis
得意になり
心が惨めなのは
生きもせず
恋にも落ちない者、
夏の右手にいるのに、
陽気になっているのだ
甘い蜜の中で
懸命に
用いようとする者は、
キューピッドのご褒美を。
ヴィーナスの命を受けて
得意になり
陽気になろう
あのパリスのお仲間となって
(CB143)
UF DEM ANGER
芝草の上で
6. Tanz
6. 踊り
orchestra
管弦楽
7. Floret silva
7. 森は高貴にはなやぐ
chorus
合唱
Floret silva nobilis
floribus et foliis.
森は高貴にはなやぐ
semichorus
小合唱
Ubi est antiquus
meus amicus?
Hinc equitavit,
eia, quis me amabit?
私の昔の彼は
chorus
合唱
Floret silva undique,
nah min gesellen ist mir wê.
森は至る所ではなやぐ
semichorus
小合唱
Gruonet der walt allenthalben,
森は至る所で青々としている
花と葉で
いま、いづこに?
ここから馬に乗って去っていった
ああ、これから私を愛してくれるのは誰?
彼を求めるのが私の苦悩
wâ ist min geselle alse lange?
Der ist geriten hinnen,
o wî, wer sol mich minnen?
私の彼はこんなに長く何処にいるの?
あの人はここから馬に乗り去っていった
ああ、誰が私を愛してくれるのか?
(CB149)
8. Chramer, gip die varwe mir
8. お店のお方、この紅をくださいな
female semichorus
女声小合唱
Chramer, gip die varwe mir,
die min wengel roete,
damit ich die jungen man
an ir dank der minnenliebe noete.
お店のお方、この紅をくださいな
Seht mich an,
jungen man!
lat mich iu gevallen!
私を見つめてくださいな
Minnet, tugentliche man,
minnecliche frouwen!
minne tuot iu hoch gemout
unde lat iuch in hohen eren schouwen
そこの立派な旦那さんがた
Seht mich an,
jungen man!
lat mich iu gevallen!
私を見つめてくださいな
Wol dir, werit, daz du bist
also freudenriche!
ich will dir sin undertan
durch din liebe immer sicherliche.
この世のすべて、こんにちは
Seht mich an,
jungen man!
lat mich iu gevallen!
私を見つめてくださいな
ほほを赤く染めたなら
若い男の人が皆
私に恋してしまうよう。
そこの若いお兄さんたち
楽しくさせてあげるから。
かわいい女を愛していかない?
愛は心を気高くし
大きな名誉をもたらします。
そこの若いお兄さんたち
楽しくさせてあげるから。
あなたは歓喜に満ちている
私はあなたが好きだから
ずっとあなたのしもべでいたい。
そこの若いお兄さんたち
楽しくさせてあげるから。
(CB16*,158a)
9. Reie
9. 輪舞
chorus
合唱
Swaz hie gat umbe,
daz sint allez megede,
die wellent ân man
ここで輪になって回るのは
それはみんな乙女たちで
その乙女たち男無しですませたいのか
allen disen sumer gan!
Ah! Sla!
みんなこの夏を過ごすのに
semichorus
小合唱
Chume, chum, geselle min,
ih enbite harte din,
ih enbite harte din,
chume, chum, geselle min.
おいで、おいで、ぼくの友だち
Suzer rosenvarwer munt,
chum uñ mache mich gesunt
chum uñ mache mich gesunt,
suzer rosenvarwer munt
甘いバラのお口よ
ああ! スラ!
(CB167a)
ぜひとも君にお願いするんだ
ぜひとも君にお願いするんだ
おいで、おいで、ぼくの友だち
来てぼくを元気にしておくれ
来てぼくを元気にしておくれ
甘いバラのお口よ
(CB174a)
chorus
合唱
Swaz hie gat umbe,
daz sint alles megede,
die wellent ân man
allen disen sumer gan!
Ah! Sla!
ここで輪になって回るのは
それはみんな乙女たちで
その乙女たち男無しですませたいのか
みんなこの夏を過ごすのに
ああ! スラ!
(CB167a)
10. Were diu werlt alle min
10. たとえ世界全部がぼくの物だとしても
chorus
合唱
Were diu werlt alle min
von deme mere unze an den Rin
des wolt ih mih darben,
daz diu chunegin von Engellant
lege an minen armen.
Hei!
たとえ世界全部がぼくの物だとしても
(CB145a)
あの海からライン河に至るまでだが
それでもぼくはあえて捨てよう
イングランドの王妃様が
ぼくの腕の中で寝てくださるのなら
ヘイ!
II
IN TABERNA
第2部
酒場で
11. Estuans interius
11. はげしい怒りに中から燃えたぎって
baritone
バリトン
Estuans interius
ira vehementi
in amaritudine
loquor mee menti:
factus de materia,
cinis elementi
similis sum folio,
de quo ludunt venti.
はげしい怒りに中から燃えたぎって
Cum sit enim proprium
viro sapienti
supra petram ponere
sedem fundamenti,
stultus ego comparor
fluvio labenti,
sub eodem tramite
nunquam permanenti.
賢い男なら当然
Feror ego veluti
sine nauta navis,
ut per vias aeris
vaga fertur avis;
non me tenent vincula,
non me tenet clavis,
quero mihi similes
et adiungor pravis.
おれは運ばれる
Mihi cordis gravitas
res videtur gravis;
iocus est amabilis
dulciorque favis;
quicquid Venus imperat,
labor est suavis,
que nunquam in cordibus
habitat ignavis.
おれにとって沈んだ心は
にがにがしくも、
おのれ自身に
語りかける
おれは軽い組成の
材料で出来ているから
木の葉さながら
吹く風に弄ばれてしまうのだ。
基礎となる足場を
石の上に
築くのだろうが
おれは馬鹿だから
流れる水のように
同じ空の下に
決してとどまることがない。
船頭をなくした舟のように
空の道を通る
渡り鳥のように
どんな綱もおれを繫ぎ止めることはなく
どんな鍵もおれを閉じ込めはしない
おれは似た者同士を追い求めては
悪い奴らとつるんでしまう。
ゆゆしきこと。
快楽は楽しいさ
蜜より甘いよ
ヴィーナスの命ずることはなんでも
甘美な苦役
それは決して、やわな心には
住みつかないぞ。
広い道をおれは進む
Via lata gradior
more iuventutis,
inplicor et vitiis
immemor virtutis,
voluptatis avidus
magis quam salutis,
mortuus in anima
curam gero cutis.
(CB191)
若者然として
悪徳に染まって
美徳を忘れる
悦楽を渇望する、
救済よりも。
魂が死んでしまっているおれは
皮膚の世話に専念する。
ケルンの大詩人アルキポエータ作(抜粋)
Archipoeta
12. Olim lacus colueram
12. むかしは湖水に住んでいました
tenor
テノール
Olim lacus colueram,
olim pulcher extiteram,
dum cignus ego fueram.
むかしは湖水に住んでいました
male chorus
男声合唱
Miser, miser!
modo niger
et ustus fortiter!
みじめ、みじめ、
tenor
テノール
Girat, regirat garcifer;
me rogus urit fortiter;
propinat me nunc dapifer,
下僕は回す、また回す(焼き串を)
male chorus
男声合唱
Miser, miser!
modo niger
et ustus fortiter!
みじめ、みじめ
tenor
テノール
Nunc in scutella iaceo,
et volitare nequeo
dentes frendentes video:
今度は小皿の上に横たわり
male chorus
男声合唱
Miser, miser!
modo niger
et ustus fortiter!
みじめ、みじめ
(CB130)
むかしは目立ってきれいでした
こんな私が白鳥だったころには、
真っ黒になって
すっかり焼かれてしまったよ。
強く私を薪が焼く
給仕が私を食卓に、
真っ黒になって
すっかり焼かれてしまったよ。
飛び回ることもできないで、
ガチガチ嚙み合う歯が見える、
真っ黒になって
すっかり焼かれてしまったよ。
訳注:白鳥は当時、高級食材。詩人の比喩でもあった。
13. Ego sum abbas
13. 我こそは大修道院院長なり
baritone
バリトン
Ego sum abbas Cucaniensis
et consilium meum est cum bibulis,
et in secta Decii voluntas mea est,
et qui mane me quesierit in taberna,
post vesperam nudus egredietur,
et sic denudatus veste clamabit:
我こそは悦楽郷の大修道院院長なり
baritone, male chorus
バリトン、男声合唱
Wafna, wafna!
ワフナ、ワフナ!
baritone
バリトン
quid fecisti sors turpissima?
Nostre vite gaudia
abstulisti omnia!
残忍きわまる運命よ、お前はなにをした?
baritone, male chorus
バリトン、男声合唱
Wafna, wafna! Ha ha!
ワフナ、ワフナ! ハ、ハ!
のんべえ
そしてわが集会は飲兵衛と共にあり
さい
わが思い、賽の神デキウス学派の中にあり
そして朝、我を酒場に尋ね来し人は
夕刻には、裸になって出て行くだろう
そして身包みはがれてこう叫ぶ
我らが人生の喜びを
すべて持ち去ってしまうとは!
(CB222)
14. In taberna quando sumus
14. 酒場にいる時には
male chorus
男声合唱
In taberna quando sumus,
non curamus quid sit humus,
sed ad ludum properamus,
cui semper insudamus.
Quid agatur in taberna,
ubi nummus est pincerna,
hoc est opus ut queratur,
si quid loquar, audiatur.
Quidam ludunt, quidam bibunt,
quidam indiscrete vivunt.
Sed in ludo qui morantur,
ex his quidam denudantur,
quidam ibi vestiuntur,
quidam saccis induuntur.
Ibi nullus timet mortem,
sed pro Baccho mittunt sortem:
酒場にいる時には
(墓)土がどんなものかは心配せず
遊びに打ち込む
それでいつも汗だくだ
酒場でなにがやられているかといえば
そこではお金が酒注ぎ係
どういうことか知りたい人は
私の言うことを聞いてもらいたい。
ある者どもは博打をし、ある者は酒を飲む
ある者どもは自制心を無くして生きている。
だが博打に打ち込んでいると
そのために裸にされてしまうことになる
ある者はそうした時、服を調達してもらうが、
ある者は袋にということに。
そこでは誰もが死を恐れず
バッカスのために、運を投ずる。
Primo pro nummata vini,
ex hac bibunt libertini;
semel bibunt pro captivis,
post hec bibunt ter pro vivis,
quater pro Christianis cunctis,
quinquies pro fidelibus defunctis,
sexies pro sororibus vanis,
septies pro militibus silvanis.
まず最初は酒代を持つ人を祝して
Octies pro fratribus perversis,
nonies pro monachis dispersis,
decies pro navigantibus,
undecies pro discordantibus,
duodecies pro penitentibus,
tredecies pro iter agentibus.
Tam pro papa quam pro rege
bibunt omnes sine lege.
八杯目は倒錯の修道士のために
Bibit hera, bibit herus,
bibit miles, bibit clerus,
bibit ille, bibit illa,
bibit servus cum ancilla,
bibit velox, bibit piger,
bibit albus, bibit niger,
bibit constans, bibit vagus,
bibit rudis, bibit magus.
女主人が飲む、旦那が飲む
Bibit pauper et egrotus,
bibit exul et ignotus,
bibit puer, bibit canus,
bibit presul et decanus,
bibit soror, bibit frater,
bibit anus, bibit mater,
bibit iste, bibit ille,
bibunt centum, bibunt mille.
貧乏な奴が飲めば、病人も
Parum sexcente nummate
durant, cum immoderate
bibunt omnes sine meta.
Quamvis bibant mente leta;
sic nos rodunt omnes gentes,
et sic erimus egentes.
お金が百六摑みあってもたいして続きはしない
それをだしに解放奴隷たちが飲むのである
次いで牢に入っている者のために飲み
そのあと三杯目には生ける者のために飲む
四杯目は全キリスト教徒のために
五杯目は死せる信徒のために
六杯目は尻軽の修道女たちのために
七杯目は森に潜む逃亡兵のために
九杯目は脱走僧のために
十杯目は船乗りのために
十一杯目は謀反人のために
かいしゆんしや
十二杯目は改 悛 者のために
十三杯目は旅人のために
教皇のためにも国王のためにも
皆、無礼講で飲むのである。
兵士が飲む、坊さんが飲む
男が飲む、女が飲む
女中と一緒に下男が飲む
早いのが飲む、遅いのが飲む
白いのが飲む、黒いのが飲む
落ち着いてるのが飲む、浮浪人が飲む
武骨者が飲む、賢者が飲む
追放された奴が飲めば、よそ者も
子供が飲む、白髪頭が飲む
司教が飲めば、首席司祭も
修道女が飲む、修道士が飲む
おばあさんが飲む、おかあさんが飲む
こっちの女が飲むと、あっちの男が飲む
百人が飲む、千人が飲む
そもそも際限がないのだから
皆がとことん飲んでしまう
いい気持ちで飲んではいるのだが。
たしかにだれかれとなく俺たちを𠮟りはする
たしかに俺たちは貧乏になりはする。
Qui nos rodunt confundantur
et cum iustis non scribantur.
Io io io io!
(CB196)
𠮟る側の奴らも、俺たちとごちゃ混ぜになって
正しき者のリストに書き込まれないようになれ
イオ、イオ、イオ、イオ!
訳注:
「正しき者のリスト」とは、最後の審判の際に証拠書類となるもの。
III
COUR D’AMOURS
第3部
愛の法廷
15. Amor volat undique
15.(愛神)キューピッドはどこもかしこも
children chorus
児童合唱
Amor volat undique;
captus est libidine.
Juvenes, iuvencule
coniunguntur merito.
キューピッドはどこもかしこも飛び回る
soprano
ソプラノ
Siqua sine socio,
caret omni gaudio;
tenet noctis infima
sub intimo
cordis in custodia:
相手がいないと
children chorus
児童合唱
fit res amarissima.
ことはいちじるしく厄介なことになる
16. Dies, nox et omnia
16. 昼も夜もそしてすべてが
baritone
バリトン
Dies, nox et omnia
michi sunt contraria,
virginum colloquia
me fay planszer
oy suvenz suspirer,
plu me fay temer.
昼も夜もそしてすべてが
O sodales, ludite,
vos qui scitis dicite
michi mesto parcite,
grand ey dolur,
おお、仲間たち、君らは遊ぶがいい
欲望に捕まって
若者たちは乙女らと
当然つるむ。
喜びは皆無で
底なしの夜を
封じ込める
心の奥底に。
(CB87.4)
私には裏目にはたらく
乙女たちとの会話は
私を嘆きに誘い
たびたび溜息をつかせ
私をおびえさせる。
物知りの君らは語るがいい
哀れな私は勘弁してほしい
私の苦しみは大きいのだ
attamen consulite
per voster honur.
でもね、相談にはのっておくれ
Tua pulchra facies,
me fay planszer milies,
pectus habet glacies.
A remender
statim vivus fierem
per un baser.
あなたのきれいなお顔は
おねがいだから
私を千度も嘆きにさそう
その胸には氷が張りつめているのだ
処方としては、
ただちに生気を取り戻すようにしたい
たった一度のくちづけで
(CB118.5)
17. Stetit puella
17. 乙女は立っていた
soprano
ソプラノ
Stetit puella
rufa tunica;
si quis eam tetigit,
tunica crepuit.
Eia.
Stetit puella
tamquam rosula;
facie splenduit,
os eius fioruit.
Eia.
乙女は立っていた
赤いトゥニカを着て
誰かがそれに触ると
トゥニカが音をたてた
エイヤー
乙女は立っていた
小さなバラのように
顔を輝かせ
その口は花開いていた
エイヤー。
(CB177)
18. Circa mea pectora
18. ぼくの胸のまわりには
baritone, chorus
バリトン、合唱
Circa mea pectora
multa sunt suspiria
de tua pulchritudine,
que me ledunt misere.
Manda liet,
manda liet,
min geselle
chǒmet niet!
Tui lucent oculi
sicut solis radii,
sicut splendor fulguris
lucem donat tenebris.
Manda liet,
ぼくの胸のまわりには
多くのため息がある
君が美しいので
それでぼくが惨めにいたぶられる
歌よ、伝えよ
歌よ、伝えよ
我が恋人
来ず、と
君の瞳が輝く
陽の光のように
稲妻のきらめきのように
闇に光をあたえつつ
歌よ、伝えよ
manda liet,
min geselle
chǒmet niet.
Vellet deus, vallent dii
quod mente proposui:
ut eius virginea
reserassem vincula.
Manda liet,
manda liet,
min geselle
chǒmet niet.
歌よ、伝えよ
我が恋人
来ず、と
神よ、神よ、叶えて下さればよかったのに
ぼくが心に決めたことを
あの子の処女の縄を
ぼくがはずしてしまうんだ!
歌よ、伝えよ
歌よ、伝えよ
我が恋人
来ず、と
(CB180.5)
19. Si puer cum puellula
19. 男の子が女の子とともに
six solo men
6 人の男声合唱
Si puer cum puellula
moraretur in cellula,
felix coniunctio.
Amore suscrescente,
pariter e medio
avulso procul tedio,
fit ludus ineffabilis
membris, lacertis, labiis
Si puer cum puellula
moraretur in cellula,
felix coniunctio.
男の子が女の子とともに
小部屋にとどまっていたら
幸せな結合が。
愛がむくむく増大し
ともにどちらからともなく
退屈は遠くにかなぐり捨て
えも言われぬ遊びが始まる
からだで、うでで、くちびるで
男の子が女の子とともに
小部屋にとどまっていたら
幸せな結合が。
(CB183)
20. Veni, veni, venias
20. 来てくれ、来てくれ、来るがいい
double chorus
二重合唱
Veni, veni, venias,
ne me mori facias,
hyrca, hyrce, nazaza,
trillirivos!
来てくれ、来てくれ、来るがいい
Pulchra tibi facies
oculorum acies,
capillorum series,
o quam clara species!
お前は顔がきれいで
私を死なせないように
ヒルカ、ヒルケ、ナザザ
トリルリリヴォス
目の輝き
髪のウエーブ
なんと明るいその姿
Rosa rubicundior,
lilio candidior,
omnibus formosior,
semper in te glorior!
バラよりも赤く
ユリよりも白く
何よりも美しく
いつもお前が自慢のたねだ
(CB174)
21. In trutina
21. 揺れ動く心の秤の上で
soprano
ソプラノ
In truitina mentis dubia
fluctuant contraria
lascivus amor et pudicitia.
Sed eligo quod video,
collum iugo prebeo;
ad iugum tamen suave transeo.
揺れ動く心の秤の上で
22. Tempus est iocundum
22. 今は歓びの時
chorus
合唱
Tempus est iocundum,
o virgines,
mondo congaudete
vos iuvenes.
今は歓びの時
baritone
バリトン
Oh—oh,
totus floreo!
Iam amore virginali
totus ardeo,
novus, novus amor est,
おお、おお
baritone, chorus
バリトン、合唱
quo pereo!
もう死んでしまいそう!
female chorus
女声合唱
Mea me confortat
promissio,
mea me deportat
negatio.
私に約束してくれたなら
あれかこれかと揺れ動くのは
気楽な恋、対、つつましさ。
でも私は目に見えるほうをえらんで
首をくびきにさしだして
甘いくびきに向かって進む
(CB70.12a)
おお、乙女たちよ
さあさ一緒に楽しもう
若者たちよ
ぼくはすっかり花盛り
もうあの娘への愛で
完全に燃え上がっている
新しい、新しい恋だ
私は安心
私なんかいやだと言ったら
私は絶望
soprano, children chorus
ソプラノ、児童合唱
Oh—oh,
totus floreo,
iam amore virginali
totus ardeo,
novus, novus amor est,
おお、おお
soprano, female & children chorus
ソプラノ、女声・児童合唱
quo pereo.
もう死んでしまいそう!
male chorus
男声合唱
Tempore brumali
vir patiens,
animo vernali
lasciviens.
真冬の時季に
baritone
バリトン
Oh—oh,
totus floreo,
iam amore virginali
totus ardeo,
novus, novus amor est,
おお、おお
baritone, male chorus
バリトン、男声合唱
quo pereo.
もう死んでしまいそう!
female chorus
女声合唱
Mea mecum ludit
virginitas,
mea me detrudit
simplicitas.
清らかな私の心は
soprano, children chorus
ソプラノ、児童合唱
Oh—oh,
totus floreo,
iam amore virginali
totus ardeo,
novus, novus amor est,
おお、おお
soprano, female & children chorus
ソプラノ、女声、児童合唱
quo pereo.
もう死んでしまいそう!
ぼくはすっかり花盛り
もうあの娘への愛で
完全に燃え上がっている
新しい、新しい恋だ
男はじっとこらえているが
春になったら
心はきまま
ぼくはすっかり花盛り
もうあの娘への愛で
完全に燃え上がっている
新しい、新しい恋だ
私をもてあそび
素直な私の気持ちは
私を奈落に突き落とす
ぼくはすっかり花盛り
もうあの娘への愛で
完全に燃え上がっている
新しい、新しい恋だ
chorus
合唱
Veni, domicella,
cum gaudio,
veni, veni, pulchra,
iam pereo.
いらっしゃい、お嬢さん
baritone, chorus, children chorus
バリトン、合唱、児童合唱
Oh—oh,
totus floreo,
iam amore virginali
totus ardeo,
novus, novus amor est,
quo pereo. (CB179)
おお、おお
23. Dulcissime
23. 誰よりもいとしい人よ
soprano
ソプラノ
Dulcissime,
totam tibi subdo me! (CB70.15)
誰よりもいとしい人よ
BLANZIFLOR ET HELENA
ブランシュフルールとヘレネー
24. Ave formosissima
24. ようこそ、この上なく美しい人よ
chorus
合唱
Ave formosissima,
gemma pretiosa,
ave decus virginum,
virgo gloriosa,
ave mundi luminar,
ave mundi rosa,
Blanziflor et Helena,
Venus generosa. (CB77.8)
ようこそ、この上なく美しい人よ
FORTUNA IMPERATRIX MUNDI
フォルトゥーナ、世界の支配者
25. O Fortuna
25. おお、フォルトゥーナ
chorus
合唱
O Fortuna
velut luna
statu variabilis,
おお、フォルトゥーナ
歓びをたずさえて
来て、来て、かわいいお嬢さん
ぼくはもう死にそうです!
ぼくはすっかり花盛り
もうあの娘への愛で
完全に燃え上がっている
新しい、新しい恋だ
もう死んでしまいそう!
私のすべてをあなたに投げ出します
貴重な宝石
ようこそ、乙女たちの飾り
栄光の処女
ようこそ、世界の灯り
ようこそ、世界のバラ
ブランシュフルールかヘレネーか
高貴なるヴィーナスよ
月のように
その姿、変わりやすく
semper crescis
aut decrescis;
vita detestabilis
nunc obdurat
et tunc curat
ludo mentis aciem,
egestatem,
potestatem
dissolvit ut glaciem.
つねに満ちたり
Sors immanis
et inanis,
rota tu volubilis,
status malus,
vana salus
semper dissolubilis,
obumbrata
et velata
michi quoque niteris;
nunc per ludum
dorsum nudum
fero tui sceleris.
むごいさだめよ
Sors salutis
et virtutis
michi nunc contraria,
est affectus
et defectus
semper in angaria.
Hac in hora
sine mora
corde pulsum tangite;
quod per sortem
sternit fortem,
mecum omnes plangite!
健康と
(CB17)
欠けていったり
いまわしい生きざまで
あるときはじっとそのまま
またあるときは遊び心で
目を配り
貧困だろうが
権勢だろうが
氷を溶かすように溶かしてしまう
そしてうつろなる
お前は回る輪で
不穏な安定状態
うわべだけの落ち着き
つねにとりとめなく
雲隠れ
と思いきや
寄り添ってきたりする。
今、私は、背中を
あらわにして、さし出そう
お前の悪辣な遊びのために。
力の運が
今や、私に背を向けている。
愛欲や
衰弱は
つねにその苦役の下にある。
さあここで、今このとき
ためらうことなく
弦を爪弾き歌うがいい
めぐり合わせで
運命が強者をも打ち負かすということを、
皆ともに胸をたたいて嘆きましょう!