音の多重度の減少または周波数帯域制限による音質低下

音の多重度の減少または周波数帯域制限による音質低下
尾田政臣
(立命館大学)
キーワード:音楽選好、周波数制限、多重音
Deterioration of sound quality by decreasing the number of notes or limiting the frequency bandwidth
Masaomi ODA
(College of Letters, Ritsumeikan Univ.)
Key Words: music preference, bandwidth limiting, multi-pitch tone
目 的
近年、MP3 プレイヤーに代表される音楽プレイヤーで、電
車などの騒音下でも音楽を楽しむスタイルが一般化している。
騒音があり、周波数の再現性も良くない環境での試聴が行わ
れる背景を考察する。オーケストラの音質が良いと感じられ
るのは、数多くの楽器の音が複合され、豊かな音質として感
じるためであろう。音の多重性が少ないほど音質劣化の影響
を受けないのではないかと仮説を設定し、実験的に検証を試
みた。原曲と、帯域制限した曲、同時に鳴っている音の数を
減少させた曲とを比較評価する方法を用いた。
方 法
被験者は 64 名(男 21 名、女 43 名)平均年齢 19.8 歳。
音の多重度を減少させる目的で、MIDI 形式の楽譜から同時に
鳴る音の数を減じた(7~10 個の音符がある場所から2~3 個
減)曲を作成した。これに、楽曲のパートの数を 2、5、10 パ
ート減じた曲並びに元の原曲を加え刺激とした。なお、音の
数が減少することによる音量低下を防ぐために音量が各課題
で一定になるように、正規化した。
一方、帯域通過型フィルターを用いて、再現周波数を制限
した曲を作成した。通過させる帯域は 200Hz~3000Hz とした。
刺激は、F.ショパン 幻想即興曲、W.A.モーツアルト Horn
Concerto No.4, J.S.バッハ GAVOTTO から 20 秒間を切り出し
たものを原曲とした。刺激として用いた曲を表1に示す。た
だし、課題間にまたがる影響を小さくするため、刺激の提示
順序は同じ曲が連続しないように、T1,T3,T6,T2,T5,T4,T7 の
順とした。第1刺激を 20 秒間提示し、2 秒間の無音の後、第
2 刺激を 20 秒聞かせた。その後、10 秒以内に音質評価を行う
ように教示した。評価は第1刺激の音質を 100 として、第2
刺激の音質を 0~200 の値で評価するよう教示した。
実験は、通常の大学の教室で被験者を一堂に会して行われ
た。教室は横長で 149 名収容可能であった。天井は石膏ボー
ド、床ビニールタイル、3方壁吸音ボード、後方ガラス窓。
ノート PC の Windows Media Player を使用して再生し、教室
天井より吊るされた Bose400II ステレオスピーカーを使用し
て被験者が十分クリアに聞こえる音量で刺激音を流した。
結 果
各課題の比較結果を図1に示す。男女間での評価の違いは
なかった。グラフから以下の評価結果が読みとれた。
T1:音数を削減すると、音質劣化がみられた。
T2:ホルン協奏曲の原曲と周波数制限曲の比較では、周波数制
限曲の音質評価値が低かった。
T3: ホルン協奏曲の2パート減と周波数制限では周波数制限
曲の音質が低く評価された。
T4: ホルン協奏曲の原曲と2パート減では後者の評価値が高
かった。しかし、統計的検定では差が無かった。
T5:ガボット原曲と周波数制限曲では、後者の音質が著しく低
かった。
表1
刺激一覧
課題
曲名
第1刺激
第2刺激
T1
即興幻想曲
原曲
音数減
T2
ホルン協奏曲
原曲
周波数制限
T3
ホルン協奏曲
2パート減
周波数制限
T4
ホルン協奏曲
原曲
2パート減
T5
ガボット
原曲
周波数制限
T6
ガボット
5 パート減
周波数制限
T7
ガボット
10 パート減
周波数制限
T6:ガボット 5 パート減曲と周波数制限曲では、後者の評価値
が著しく低かった。
T7: ガボット 10 パート減曲と周波数制限曲では、後者の評価
値が著しく低かった。
T2,T3,T4 の比較から、原曲と比べ2パート減曲では音質劣
化が感じられないが、周波数制限曲は2パート減曲に比べ、
音質劣化があると評価された。T5,T6,T7 の結果を総合すると、
原曲に比べ周波数制限曲とパート減曲は音質が劣化している
と評価された。ただし、5 パートも 10 パートの減少もほぼ同
様の評価となった。
考 察
(1)音数の少ない即興幻想曲では評価が原曲より低下した
ことから、音の多重性が減少すると音質が低下すると考えら
れる。
(2)ホルン協奏曲では2パート減で影響がなかったのは、
原曲のパートが多かったことにより、音質低下の影響が小さ
かったからと推察される。
(3)今回の実験条件では周波数制限曲が、5 パート減、10
パート減の曲に対して、同じ程度に評価が低下したことから、
周波数の制限の影
響の方が大きいこ
とが示唆された。し
かし、本実験の周波
数制限は人間にと
って感度が良い
4000Hz 帯も制限し
たことによる影響
も大きい可能性が
あり、今後の検討が
必要である。
図1
音質評価結果