マルコフモデルを用いたフットサルの試合分析 01D8104023K 小池 光太郎 中央大学理工学部情報工学科 田口研究室 2005 年 3 月 あらまし:本研究では,フットサルの試合からデータの 集計をおこない,フットサルマルコフモデルを作成する. そして,作成したモデルを用いてシミュレーションをお こない,チームの特徴や,勝敗の要因を分析する. キーワード:マルコフモデル,平均訪問回数 1 はじめに フットサルに関わらず,スポーツにおけるチームの強 さには理由がある.しかし,フットサルにおいて,戦力 を数値的に分析する研究は少ないのが現状である. そこで,本研究ではフットサルの試合のモデルを作成 し,作成したモデルを用いて試合の分析をおこなう. 2 マルコフモデル 2.1 マルコフ連鎖と推移確率行列 マルコフ連鎖は,マルコフ性をもった状態空間が離散 的な確率過程である.マルコフ性は,「時点 n で状態 i に いたとき,つぎの時点 n + 1 に状態 j へ推移する確率が, 時点 n − 1 以前の状態は無関係である」 という仮定のこと である.状態空間は,状態のすべての集合であり,状態 は,時点 n における確率過程 X n がとりうる値である. マルコフ連鎖は,状態 i から状態 j へ推移する確率 p ij を行列の形に並べた推移確率行列 P によって推移の構造 を表現することができる. 2.2 高次の推移確率と時点 n における状態確率 時点 n ( n = 0, 1, 2, L )で状態 i にいたとき,m ステップ ( m = 1, 2, L )後の時点 n + m で状態 j にいる確率 pij(m ) は N pij( m ) = ∑ pik( m−1) pkj k =1 ( N は状態数) (1) で与えられる.式(1)を行列の形で表わすと P ( m ) = P ( m−1) P (2) となり,式(2)より P (m) = P m が与えられる. 時点 n で状態 i にいる確率 P{ X n = i} を qi (n) とし, qi (n) を行ベクトルの形に並べた π (n) = (q1 (n), q 2 (n), L , q N (n)) を時点 n における(状態確率)分布という. とくに,n = 0 の ときの分布π (0) を初期分布という. 2.3 吸収的マルコフ連鎖 吸収的マルコフ連鎖は,一度その状態に推移したらい つまでもその状態に留まる吸収状態と,それ以外の一時 的状態の2種類の状態をもつマルコフ連鎖のことである. 平均訪問回数:一時的状態 i から出発したマルコフ連鎖が, いずれかの吸収状態に推移するまでに一時的状態 j を訪 問する平均回数. 吸収確率:一時的状態 i から出発したマルコフ連鎖がいつ かは吸収状態 j に推移する確率. 平均吸収時間:いずれかの吸収状態に推移するまでの平 均ステップ数. 3 フットサルマルコフモデル 3.1 フットサルの概要 フットサルでは,ポジションが頻繁に入れ替わるが, 基本的にはピヴォ(P) ,アラ 2 人(A1,A2) ,ベッキ(B) , ゴレイロ(G)の計 5 人が軸となっている. 3.2 データの集計方法及び状態空間の定義 データは第 10 回全日本フットサル選手権東京都大会 の準々決勝,準決勝,決勝の計 3 試合を使用する. データの集計方法は,各チームの各ポジションを選手 とし,ボールが選手間を行き来する回数を数える.その とき,各選手が自陣,敵陣にいる場合の二つを考える. 交代は考えない.また,各選手が得点する,シュートで ボールがピッチの外へ出る,その他が原因でボールがピ ッチの外へ出る回数も数える(以後,Play off という) . 以上に基づいて状態数が 24 個の状態空間を定義する. 3.3 集計結果に基づいた推移確率行列の決定 3.2 節に基づいてデータの集計をおこなう.そして,集 計結果を行列 A ,要素を aij とし,i 行の行和 sumi を求め る. A と sumi から推移確率行列 P (24 次の正方行列) を求める. P の各要素 p ij は ⎧ aij ⎪ ⎪ sumi pij = ⎨ 1 ⎪ 0 ⎪ ⎩ (1 ≤ i ≤ 20, 1 ≤ j ≤ 24) (21 ≤ i ≤ 24, 1 ≤ j ≤ 24, i = j ) (21 ≤ i ≤ 24, 1 ≤ j ≤ 24, i ≠ j ) と表わされる. 4 モデルの整合性と分析 4.1 マルコフモデルを用いた試合のシミュレーション フットサルマルコフモデルを用いてシミュレーション をおこなう.シミュレーションは 4 つのルールに従う. z 試合は前半 20 分,後半 20 分の計 40 分おこなう. z 延長戦はおこなわない. z キックオフ時は自陣のピヴォからおこなう. z キッキング等のファウルは考えない. シミュレーション実行時における状態の推移は,確率 的に決まると仮定し,各状態間の推移は乱数を用いてラ ンダムに決める.吸収状態へ推移したときは,モデルの 推移を打ち切り,初期分布を用いてモデル再開時の一時 的状態を決める. 状態推移後に,試合時間をデータ集計時の総推移数で 割った一定量の時間を経過させる.これを平均経過時間 と定義する. シミュレーションの流れを図 1 に示す.そして,集計 した3試合のシミュレーションを100試合ずつおこない, スコアの平均,Play off までに要する平均ステップ数を出 力する.実際の試合と比較した結果を表 1 に示す.以後, 数値は平均を表わし,括弧内の値は標準偏差を表わす. 前半(後半)開始 試合再開 時点0 における 一時的状態へ推移 時点 n(n = 1, 2, L) における ある状態 j へ推移 n := n + 1 Play off? YES NO 20 分経過? NO NO 20 分経過? YES 前半(後半)終了 図 1 シミュレーションの流れ YES 表 1 実際の試合とシミュレーションの比較 Play off に要する 平均ステップ数 実際の シミュレー 結果 ション結果 スコア 試合 実際の 結果 チーム名 FIRE FOX 府中 Athletic F.C. FIRE FOX SHARKS FIRE FOX CASCAVEL TOKYO 準々 決勝 準決勝 決勝 シミュレー ション結果 5 5.000 (2.177) 4 3.900 (1.931) 2 0 4 2.100 (1.367) 0.000 (0.000) 3.570 (2.080) 3 2.750 (1.590) 5.672 (0.536) (A)P 自陣 5.195 (0.486) 6.042 (0.374) (A)A1 自陣 6.103 (0.415) 5.835 (0.405) (A)A2 自陣 5.888 (0.404) (F)B 自陣 5.694 (0.374) (A)B 自陣 5.532 (0.388) 6.847 (0.525) (F)G 自陣 5.258 (0.414) (A)G 自陣 5.520 (0.419) 5.898 5.903 (0.454) 敵陣の味方 敵陣の敵 自陣の敵 12.541 6.494 6.037 3.429 A 自陣 13.413 5.410 5.336 4.079 28.238 F 敵陣 4.229 11.509 7.223 3.113 26.074 A 敵陣 4.692 9.329 5.812 3.222 23.055 計 28.501 100% 80% 自陣敵 百分率 (F)P 自陣 (F)A1 自陣 6.962 自陣の味方 60% 敵陣敵 敵陣味方 40% 自陣味方 20% 0% A敵陣 推移開始時の状態 図 2 表 2 の平均訪問回数の百分率表示 表3 吸収状態 (F)A2 自陣 F 自陣 F敵陣 吸収状態 5.307 (0.385) 表 2 FIRE FOX 対府中 Athletic F.C.の平均訪問回数 A自陣 FIRE FOX 対府中Athletic F.C.の平均吸収時間 t i 5.365 表 1 より,シミュレーション結果は実際の試合結果に 近いので,モデルの整合性が高いことを示している. 4.2 シミュレーションの試合分析 集計した 3 試合のシミュレーションを 100 試合ずつお こなう.平均訪問回数 (対象の選手へパスが渡る回数) mij ,吸収確率 bij ,平均吸収時間 (Play off に要するステ ップ数) ti の平均と分散を求めて,試合の分析をおこなう. 表 2∼表 4 と図 2 には FIRE FOX 対府中 Athletic F.C.の 分析結果を示す. F自陣 表4 FIRE FOX 対府中 Athletic F.C.の吸収確率 bij (F)Goal (A)Goal Shoot Others (F)P 自陣 (F)A1 自陣 0.033 (0.015) 0.029 (0.013) 0.018 (0.009) 0.030 (0.019) 0.115 (0.027) 0.115 (0.022) 0.834 (0.031) 0.827 (0.033) (F)A2 自陣 0.029 (0.012) 0.016 (0.008) 0.128 (0.029) 0.828 (0.031) (F)B 自陣 0.025 (0.011) 0.015 (0.008) 0.107 (0.022) 0.852 (0.026) (F)G 自陣 0.029 (0.012) 0.013 (0.007) 0.100 (0.022) 0.858 (0.025) (F)P 敵陣 (F)A1 敵陣 0.064 (0.027) 0.035 (0.022) 0.012 (0.006) 0.013 (0.006) 0.152 (0.040) 0.132 (0.027) 0.772 (0.042) 0.820 (0.033) (F)A2 敵陣 0.025 (0.012) 0.013 (0.006) 0.166 (0.037) 0.796 (0.038) (F)B 敵陣 0.025 (0.011) 0.013 (0.006) 0.188 (0.041) 0.775 (0.042) (F)G 敵陣 0.014 (0.015) 0.007 (0.008) 0.091 (0.087) 0.438 (0.397) (A)P 自陣 (A)A1自陣 0.014 (0.006) 0.018 (0.008) 0.016 (0.009) 0.022 (0.011) 0.090 (0.018) 0.110 (0.020) 0.880 (0.023) 0.850 (0.024) (A)A2自陣 0.016 (0.007) 0.018 (0.009) 0.102 (0.019) 0.865 (0.022) (A)B 自陣 0.015 (0.007) 0.020 (0.010) 0.107 (0.020) 0.857 (0.023) (A)G 自陣 0.015 (0.007) 0.016 (0.008) 0.096 (0.018) 0.873 (0.021) (A)P 敵陣 (A)A1敵陣 0.016 (0.007) 0.017 (0.008) 0.035 (0.023) 0.039 (0.022) 0.174 (0.036) 0.126 (0.026) 0.776 (0.040) 0.817 (0.036) (A)A2敵陣 0.016 (0.007) 0.019 (0.010) 0.115 (0.027) 0.850 (0.030) (A)B 敵陣 0.019 (0.009) 0.039 (0.022) 0.178 (0.038) 0.764 (0.041) (A)G 敵陣 0.000 (0.000) 0.000 (0.000) 0.000 (0.000) 0.000 (0.000) (F)P 敵陣 4.913 (0.393) (A)P 敵陣 5.101 (0.422) (F)A1 敵陣 5.623 (0.464) (A)A1 敵陣 5.756 (0.422) (F)A2 敵陣 5.789 (0.444) (A)A2 敵陣 5.310 (0.486) (F)B 敵陣 5.563 (0.418) (A)B 敵陣 5.888 (0.414) (F)G 敵陣 4.185 (2.900) (A)G 敵陣 1.000 (0.000) まず,表 2 と図 2 を見ると,FIRE FOX は敵陣内でも 自陣内でも約 45%とあまり変わらない頻度でパスをまわ している.本数にして約 1 本の差である.対して,府中 Athletic F.C.は自陣内では約 50%であるが,敵陣内では 40%弱まで落ち込む.本数にして約 4 本の差がある.よ って,FIRE FOX は敵陣でも自陣と同じようにパスをま わしていることがわかる.一方,府中 Athletic F.C.は敵 陣では思うようにパスをまわせていないことがわかる. おそらくFIRE FOXの守備が機能していたと考えられる. 次に表 3 を見ると,FIRE FOX の敵陣にいるピヴォが ボールを保持している状態から得点する確率が 0.064 と 他より高い値を示している.対して,府中 Athletic F.C. は目立った高い値はないが,0.03 を超える選手が 3 人い るので,バランスよく得点していることがわかる. 最後に表 4 を見ると,ゴレイロを除いた選手の中で, FIRE FOX の敵陣にいるピヴォがボールを保持している ときの値が一番低い.府中 Athletic F.C.のピヴォもチー ム内では一番低い値であり,両チームとも敵陣にいるピ ヴォを執拗にマークしていたことがわかる. 4.3 勝敗の要因分析 4.2 節でおこなった 100 試合の結果から,勝敗の分か れ目となる要因を分析した. 3 試合に共通することは, 敵陣でもボールをまわせるこ と,そして敵陣にいるピヴォへいかにボールを集めて攻 撃の起点を作れるかが勝利に近づけると推測できた.ま た,ベッキの守備能力も重要である.また,3 試合に共通 していることではないが,攻撃のバリエーションを増や すことも勝利の要因となることが推測できた. 5 おわりに マルコフモデルを用いることでフットサルの試合のほ ぼ再現できた.そして,再現した試合から各チームの試 合運びの特徴,勝敗の分かれ目となる要因を考察した. 参考文献 [1] 廣津信義,マイク・ライト, マルコフモデルを利 用したサッカーチームの評価と布陣変更の最適 化, 2004 年オペレーションズリサーチ学会春季 研究発表会,pp.234−235. [2] 村松さおり, 確率モデルによるテニスの試合分 析, 中央大学情報工学科卒業研究論文,2000. [3] 森村英典,高橋幸雄,マルコフ解析,OR ライブ ラリー18,日科技連出版社,東京,1979.
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