スケジューリング・シンポジウム2011予稿集, pp.146-152 (2011) 顧客,従業員計測によるレストランのサービス改善 Improving Restaurant Service by measuring customers and staffs ○新村 猛 1 産業技術総合研究所 サービス工学研究センター がんこフードサービス株式会社 1 Takeshi Shimmura Center for Service Research, national Institute of Advanced Industrial Science and Technology [email protected] 竹中 毅 3 産業技術総合研究所 サービス工学研究センター 3 Takeshi Takenaka Center for Service Research, national Institute of Advanced Industrial Science and Technology [email protected] 上岡 玲子 2 産業技術総合研究所 サービス工学研究センター 2 Ryoko Ueda Center for Service Research, national Institute of Advanced Industrial Science and Technology [email protected] 蔵田 武志 4 産業技術総合研究所 サービス工学研究センター 4 Takeshi Kurata Center for Service Research, national Institute of Advanced Industrial Science and Technology [email protected] Abstract It is important for Japanese economy to enhance a productivity of service industries. The Japanese restaurant industry hires 4 million staffs and, is one of the biggest service industries in Japan. However, some characteristics of service products prevent the service industries from improving the service productivity. In this paper, we introduce case studies to enhance the service productivity. In the first study, Information Sharing System is created to improve a service quality. In the second study, Operation measurement system is developed to improve a service operation and a labor scheduling. These systems are introduced to the actual restaurants to discuss the improvement of the service quality and productivity. 節によって外食産業は大きく売上げが変動するた め,労働力の調整として従業員の約 90%をパート 社員が占めている.また,従業員の約 6 割が 30 歳 先進諸国の経済におけるサービス産業の重要性 未満,離職率が 20%を超える現状を考えると,労 が非常に高まってきている.2008 年度では日本の 働構造の改善は今後も重要な課題である[4]. GDP の約 73%をサービス産業が占め,サービス産 第 2 点は競争激化による低価格化である.1970 年 業は製造業と共に“成長の双発エンジン”と位置 代にチェーンストアシステムを導入した日本の外 づけることができる[1].外食産業は 2008 年時点 食産業は,大量出店による規模の経済性を追求し, で国内市場規模は 24.4 兆円,従業員数は 410 万人 外食の低価格化を実現した.これによって外食産 と全就労人口の約7%を占める巨大産業である [2].サービス産業の一翼を担う外食産業の成長は, 業の裾野は一気に拡大し,1970 年代に約 8 兆円で あった外食産業の市場規模は一気に拡大した.し 当該産業のみならず日本経済の成長にとっても大 かし,大量出店による店舗数の増加は同時に飲食 きな戦略課題である. 店舗間の競争激化を招く結果となった.日本の外 しかし,外食産業の生産性はサービス産業の中 食企業は,他社との競争に打ち勝つためにより独 でも最も低水準にある[3].サービス産業の生産性 自性の高いサービスを顧客に提供する必要性が生 が低い要因としてサービス財の特性(変動性,消 じている[5]. 滅性,同時性,非可視性)が挙げられるが[3],外 外食産業におけるこれらの諸課題を解決するた 食産業はその構造に起因する生産性向上阻害要因 め,近年サービス工学の概念が提唱され,従来の を抱えている.第 1 点は労働力の構造である.季 1 はじめに 学問的領域を超えた研究が行われている[6].その 研究拠点として 2008 年に産業技術総合研究所は サービス工学研究センターを設立し,サービス工 学の基盤技術を開発すると共に技術をサービスの 実現場に投入し,サービス産業の生産性改善を試 みている.本稿では,従業員のプロセス可視化技 術,情報共有システムを活用した外食産業におけ る生産性改善事例について述べる. 2 プロセス可視化技術を活用した飲 2-2. システムの概要 従業員の位置情報を計測するため,従業員が身 につけて作業することが可能な自蔵センサモジュ ールを開発した(図 1) .自蔵センサモジュールは 加速度,地磁気センサらを組み合わせることで, 従業員の1歩ごとの運動を計測し,また,店舗内 に設置した RFID の電波を受信することで,位置 の補正を行いながら自律的に位置を計測し記録す る.このデータを活用して,従業員の作業軌跡情 報を再生することが可能になる. 食店舗のサービス改善支援 2-1 はじめに 1970 年以降,主に製造業分野で開発された従業 員の作業計測技術をサービス産業に導入する試み が始まった.外食産業分野においても,厨房の動 線分析やマニュアルと調理師の作業比較による作 業シフトや設備改善方法の研究[8],VTR や行動観 察手法を用いた調理作業改善方法の研究などが行 われている[9]. しかし,サービス産業の現場特性が,サービス 提供現場における従業員の作業計測技術の導入を 困難にしている.第 1 点はサービス財の特性であ る.外食産業の場合,店舗に来店する客数,時間 帯,注文数は常に変動する.店舗作業は毎日変化 するため,飲食店舗の作業改善を行う場合,常時 作業計測を行うことが要求される.第 2 点は顧客 のプライバシーやサービス空間の問題である.厨 房などのバックヤードの改善であれば,計測員や VTR 機器の配置はさほど問題にならないであろ う.しかし,客席を含む顧客接点の作業改善を行 う場合は客席で働く従業員の作業を計測する必要 があるが,顧客のプライバシー問題や客席の雰囲 気を勘案すると,従来の方法による作業計測は非 常に困難である. この問題を解決するため,歩行者デッドレコニ ング(PDR: Pedestrian Dead-Reckoning)による位置 計測技術と店舗内を撮影した写真から対話的に構 築可能なモデラ技術を活用し,飲食店の従業員の 作業計測および可視化を可能にする屋内測位シス テムを開発して実店舗に投入し,従業員の作業改 善活動支援を実施した. 図 1: 自蔵センサモジュールと骨伝導マイク サービスプロセスを可視化するためには,従業 員の動線に加えて提供サービス内容を計測する必 要がある.そのため,自蔵センサモジュールで計 測した位置情報と時刻同期された VTR 画像(図 2)を用いて,立つ,座る(サービス提供)歩く (ものを運ぶ) ,立位の安定した作業(材料を切る 等)をする,立位の活発な作業(料理を盛る等) をするといった基本動作を認識するための学習デ ータを作成した. ● ● ● ● 図 2: 自蔵センサの位置情報と VTR 画像 (○が自蔵センサの位置) さらに従業員のサービス内容を具体的に可視化 するため,従業員の発話内容を骨伝導マイクで記 録し,また,販売時点情報管理システム(POS) で注文内容,注文時刻や会計時刻を計測した.こ れらを,時刻同期の取れた従業員の位置情報と組 み合わせることで,顧客とのコミュニケーション, 注文伺い,会計などのレベルで従業員のサービス 内容が推定可能な作業内容辞書を作成した. 作業内容辞書を参照しながら,正解が未知なデ ータから AdaBoost を利用し,作業内容の推定を試 み,エラー率 27%で推定可能であることを確認し た.推定された作業内容,作業軌跡を 3 次元 CG の画面上で再生し,従業員が作業内容計測結果を 検討するとともに,時間帯別客数,注文量,売上 などの統計量などから計測時間帯の営業状況を確 認することのできる情報提示機能を開発した.図 3に作業内容学習・推定のフローを,図4に計測 データ提示画面の例を示す. 図3: 作業内容学習,推定フロー サービス計測を実施した.計測データを活用して サービス改善を実施するため,店長 1 名,作業シ フト管理者 1 名,調理責任者 1 名,接客係 7 名か らなる QC サークルを A 店舗内で結成した.まず 現状のサービス提供状況を計測するため,接客係 7 名のうち出勤者が 2011 年 1 月 12 日から 1 月 18 日にかけて自蔵センサ,骨伝導マイクを装着して サービス提供を実施した.次に,QC サークルメ ンバーで計測データ,POS データを活用して推定 された作業内容,作業軌跡データをもとに,サー ビス改善の方法を検討した.検討の結果,従業員 と顧客とのコミュニケーション時間を KPI として 作業改善を行った.飛び込み客の多い B1 フロア にて改善後のサービス提供状況を確認するため, 2011 年 2 月 3 日から 9 日にかけて 14:30〜16:30 の B1 フロアの出勤者を対象に自蔵センサ,骨伝導 マイクを装着してサービス提供を実施し,データ 計測を行った. 第 1 回目(2011/1/12-18),第 2 回目(2011/2/3-9) の同時間の作業データから,接客係と顧客とのコ ミュニケーション時間比率を計算し,本システム を活用したサービス改善方法および課題を検討し た. 2-4. 結果と考察 接客時間に対するコミュニケーション時間比率 の平均は第 1 回目が 22%,第 2 回目が 23%であっ た.僅かではあるが,顧客と従業員とのコミュニ ケーション時間比率が改善されたことが確認でき た.計測日別の接客時間比率を図 5 に,1 回目,2 回目計測時の従業員の作業軌跡例を図 6 に示す. 図4:計測でデータ提示画面例 2-2. 実店舗への導入 平成 23 年 1 月 12 日から 2 月 9 日にかけて,日 本料理店 A(東京都中央区,2 フロア,営業面積 222 ㎡,客席数 111,従業員約 40 名)で従業員の 図5: 接客時間比率(B1 フロア 14:30-16:30 の間) 3 顧客情報の計測によるサービス改 善支援技術 図 6-1: 1 回目計測時の作業軌跡(1 月 16 日) 図 6-2: 2 回目計測時の作業軌跡(2 月 3 日) すでに述べたように,従来の作業計測法ではサ ービス提供現場で従業員の作業を常時計測するこ とは事実上不可能である.しかし,本システムは 図 6 が示すように従業員の作業軌跡を常時計測, 可視化することが可能である.図 6-1 の左上方は バックヤードであるが,接客係が持ち場以外の場 所に行き来していることがわかる.従業員の作業 軌跡を可視化することで,サービス提供現場にお ける作業の無駄を削減することが可能であること がわかる. また,本システムは位置,発話内容,POS デー タをもとに従業員作業内容まで推定し,常時計測 することが可能である.サービス提供現場では, 同じ作業時間でも“顧客と会話をする”などのサ ービス価値向上につながる作業と, “バックヤード で待機する”といった価値向上に関係の無い作業 が存在する.本システムを用いてサービスを可視 化し,サービスオペレーションを変更することで, 図 5 に示すように顧客接点増加による価値向上に つながる作業比率を向上させることが可能である. 3-1 はじめに 1980 年代,外食産業は小売業分野で開発された POS システムを導入し,従来紙伝票や記憶で保存 していた顧客の注文情報を電子化し,接客従業員 が注文情報を携帯端末で入力すると調理場に転送 できるようにした[10].POS システムにより,情 報伝達速度を速めると共に情報喪失を防ぐことが 可能になり,従来よりも早く,正確に顧客に料理 を提供することができるようになった.しかし, POS は顧客の注文データを紙媒体に印字して従業 員に提示していたため,従業員は注文情報を網羅 的に確認することはできなかった. 2000 年代に入り,著者らは POS に登録された注 文情報を液晶ディスプレイで一括提示し,時間経 過や追加注文をリアルタイムで更新することがで きる Process Management System(PMS)を開発した [11].PMS によって従業員は店舗の注文状況を常 に参照することが可能になり,生産性を大きく向 上させることができた.しかし,PMS は顧客の注 文情報のみを情報計測,提示の対象としているた め,料理と共に大きな価値の源泉である接客サー ビスの質的向上を図ることができない. この問題を解決するため,PMS の技術およびシ ステムを基盤として顧客ニーズや要求を計測,共 有することのできる Information Sharing System (ISS)を開発して実店舗に導入し,顧客ニーズ計測 を実施した. 2-2,システムの概要 ISS のシステムの概要を図 7 に示す.本システ ムは,ある従業員が把握してハンディー端末に入 力した顧客情報を, POS や PMS のように調理場に 転送するだけではなく,従業員全員が情報共有す ることを目的としている.以下,開発した機能を 個別に説明する. POS システムでは,ハンディー端末は情報入力 デバイスとしてのみ使用されており,情報を受信 する端末として活用されてこなかった.そこで, 接客係が注文情報を入力するハンディーターミナ ルに顧客情報入力機能を付加した.この機能を用 3-3,ISS の導入 日本料理店 A および C(4 フロア,面積 111 ㎡, 客席数 222,調理場数 1,調理場所数 8)に ISS を 導入した.B,C 店共に飲食店舗としては大型店で あり,従業員による顧客情報の共有が困難な店舗 である.ISS 導入前に,A,B 店の従業員に対して 操作教育を実施した後,2010 年 11 月 3 日に B 店 に, 同年 11 月 15 日に A 店に ISS の実機を導入し, 約 3 ヶ月間にわたって ISS を使用して顧客情報を 従業員が収集,共有してサービス提供を実施した. 従業員が収集・入力した顧客情報内容を集計, 分析するために ISS サーバーを経由して各端末に 図 7: ISS のシステム構成図 送信すると共に ISS サーバーに登録,保存した. 登録された顧客情報は ISS サーバーから店舗-本 いて,ある従業員が把握した“急いでいる顧客” “子 社を結ぶ VPN 網を経由して本社に転送し,店舗名, 供が注文した料理”など,従業員同士で共有する 顧客情報計測時刻,情報入力者,情報入力場所, ことが望ましい顧客情報を入力できるようにした. 顧客情報内容で構成される顧客情報データベース また,他の従業員はハンディー端末が受信した顧 を作成した. 客 ID,テーブル情報,顧客情報,入力時間を参照 ISS によるサービス改善状況を把握するため,A, することができるようにした. B 店の店長1名,副店長1名,接客責任者1名, 調理場でも顧客情報を参照することができるよ 調理責任者1名にインタビューを実施した.員単 うに,接客係がハンディー端末で入力した顧客情 報を注文情報表示用の液晶ディスプレイに表示し, ビューでは ISS の導入によって改善できたサービ ス内容と改善要望をそれぞれ自由に回答してもら 調理係が参照できるようにした.調理係は,ハン ディー端末と同様の情報を確認することができる. った. レジ係が会計を行う際,当該顧客がどのような 3-4 結果と考察 状況であったかを確認することができるように, 計測対象期間で,A,B 店合計 360 の顧客情報 会計時に顧客 ID を入力するとその ID で入力され が計測された. 内容はクレームに関するものが101, ている顧客情報の一覧をレジ画面で表示し,たと 顧客の状況に関するものが 259 である.表1に計 えば料理が遅れた顧客であればそれをわびたりす 測された顧客情報の詳細を示す. ることができるようにした.この機能を活用する 表2にサービス改善に関する従業員インタビュ ことで,顧客との最後の接点である会計時により ー結果を示す.ISS によって顧客情報の共有レベ きめ細やかな接客ができるようにした. ルが向上し,従来よりもきめ細やかな顧客対応が できるようになったことが確認できる. 表1: 計測された顧客情報の明細 図8: ISS レジ画面のメッセージ表事例 表2: 従業員インタビューの結果 謝辞 本研究の一部は,平成 22 年度経済産業省委託 事業「IT とサービスの融合による新市場創出促進 事(サービス工学研究開発事業) 」 ,として行なわ れた. 参考文献 表2にあるように,従業員は ISS によって顧客 情報の共有状況が改善されたと評価している.し かし,表1をみると従業員が積極的に共有してい る情報とそうでない情報とが存在している.たと えば,サービス提供速度に関するクレーム情報共 有頻度は高いが,サービス品質に関するクレーム 情報共有はあまり行われていない.サービス提供 速度は従業員同士が情報共有することで改善する ため,ISS によって情報共有が進んだと考えられ る.一方,サービス品質に関するクレームは従業 員同士が情報共有するよりも責任者が当該顧客に 対処することのほうがより適切であるため,ISS を使用するのではなく人間が直接対処したと考え られる.このように,ISS で情報共有することで 改善するサービス項目と,人間が直接対処するほ うが望ましいサービス項目とが存在すると考えら れる.今後は,より大規模に顧客データを計測, 分析すると共に顧客満足調査をあわせて行うこと で,ISS を活用した情報共有によるサービス品質 向上手法を検討することが望まれる. 4 おわりに これらの研究で,IT を活用した顧客,従業員計 測による情報可視化技術を活用することで,サー ビス提供現場の改善およびサービス品質向上に活 用可能であることがわかった.今後は,これらの 技術をもとに,よりユーザビリティーの高い技術 を開発することで,外食産業のみならずサービス 産業の生産性向上を図るべきである. [1] 一橋ビジネスレビュー(2007) [2] 日本フードサービス協会: 外食産業データ, http://www.jfnet.or.jp/data.htm/(2010) [3] 新村猛,赤松幹之,竹中毅,大浦秀一,調理 行動分析と顧客情報を用いたレストランでも プロセス改善に関する研究,日本経営工学会 誌,Vol.62, No.1 pp.12-20 (2011) [4] 竹中毅,新村猛,外食産業におけるサービス 工学の実践,第 51 回人工知能学会大会, (2010) [5] Muller, C.C., The business of restaurants: 2001 and beyond, Hospitality Management, Vol.18, pp.401-413 (1999) [6] 内藤耕編,サービス工学入門,東京大学出版 (2009) [7] 佐久間 章行,作業研究における新手法の動 向,本経営工学会誌,Vol.28, No.1, pp.20-26 (1977) [8] 児玉昇平,村川三郎,ファミリーレストラン 厨房における調理人の動作・動線に関する 調査研究(建築計画), 日本建築学会中国支 部研究報告集,社団法人日本建築学会, Vol. 27,pp.589-592,(2004) [9] 松浪晴人,人間工学会第 51 回大会(2010) [10] Stein, K, Point-of-Sale Systems for Foodservice. Journal of the American Dietetic Association, Vol.105, No.12, p1861 (2005) [11] T.Shimmura, T.Takenaka, M.Akamatsu: Improvement of Restaurant Operation by sharing Order and Customer Information, International Journal of organization and collecting intelligence, Vol.1, No.3, pp54-70 (2010)
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