特殊相対性理論 1 光は粒子?波? 2 マイケルソン・モーレーの実験

特殊相対論 (J. Chiba) 2014.06.12
1
◆特殊相対性理論◆
「相対性理論(相対論)は難しい」という話を聞いたことがあるかもしれません。確かに、一般
相対性理論は高度な数学の知識を必要とします。従って、本当に理解するにはかなりの努力が必要
です。しかし、慣性系(等速直線運動をする系)の関係のみを扱う特殊相対論は、実際の素粒子原
子核実験の現場でも必要不可欠な知識であり、理解するのはそれほど難しくはありません。ニュー
トンの運動方程式は物体の速度が光速に比べて無視できる場合の近似式であって、光速に近い粒子
の運動方程式は相対論で考える必要があります。
1 光は粒子?波?
「光は粒子なのか?あるいは、波動なのか?」これは大昔から存在する疑問でした。19 世紀には
「波動」と考えるのが一般的になりつつありました。(皆さんは、量子力学で「光は粒子でもあり、
波動でもある。光だけでなく、一般に粒子と呼ばれる電子なども波動の性質も持っている」という
知識を学んだと思いますが、当時は「粒子」と「波動」は全く別物であると考えられていました。
)
波の本質は物質の振動です。従って、「波動」である光が宇宙を伝播するためには、宇宙が何らか
の物質で満たされていなければならない、と当時の人々は考えました。その仮想の物質を「エーテ
ル」と名づけ、その性質や検出手段の研究が広く行われていました。
2 マイケルソン・モーレーの実験
エーテルの検出を試みたのが、マイケルソンとモーレーです。マイケルソンが 1881 年に、マイ
ケルソンとモーレーの 2 人で 1887 年に実験をしました。
実際の実験装置はもっと複雑なのですが、単
純化した概念図を右に示します。光源 P から
出た光はハーフミラーで分けられ、一方は上に
進んで鏡 C で反射して検出器 D に入ります。
もう一方は右に進んで鏡 B で反射した後さら
に A で反射して検出器 D に入ります。エーテ
ルはこの装置に対して速度 V で右方向に流れ
ているとします。
上下方向に進む光は、すこしだけ左に傾いて
発射されることになります。そうでないと、反
射して元に戻らないからです。川の中を進む
舟をイメージすると分かりやすいかと思いま
す。光速を c とすると、上下方向の実効的な光
図1
マイケルソン・モーレー実験の概念図
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の速度 vud は、vud =
2
√
c2 − V 2 となり、右方
向や左方向へ進む実効的な光の速度はそれぞ
れ vr = c + V 、vl = c − V となります。AC 、
AB の長さを L とすると、上下方向を往復す
る時間 tud 左右方向を往復する時間 trl は、そ
れぞれ
2L
2L
1V2
tud = √
∼
(1 +
)
c
2 c2
c2 − V 2
trl =
L
2L
V2
L
+
∼
(1 + 2 )
c+V
c−V
c
c
(1)
(2)
となります。従って、2 つの経路の時間差 ∆t および光路差 ∆l = (c∆t) は
∆t =
LV2
,
c c2
∆l = L
V2
c2
(3)
となります。
この時間差(光路差)から干渉が観測できるはずです。地球の自転や*1 公転*2 程度の速度に対し
て十分な感度があり、マイケルソンらはエーテルの速度は公転速度の 40 分の 1 以下である、と結
論しました。1 回の測定では、たまたま地球の運動とエーテルの運動が同じ方向である可能性も否
定できませんが、装置を回転したり、別の季節に測定しても結果は変わらず、エーテルの存在は検
出できませんでした。
マイケルソン・モーレーの実験の結果は当時の物理学者に衝撃を与えました。この結果を説明し
ようとして、さまざまな理論が考えられました。大胆な発想の転換により、矛盾無く説明したのが
アインシュタインの相対性理論です。
3 特殊相対論とその基本概念
特殊相対性理論は、次の 2 つの原理から導き出されます。アインシュタインが 26 歳の時、1905
年に見出しました。
特殊相対性原理
すべての慣性系ですべての物理法則は全く同じ形で表わされる。
光速度一定の原理
すべての慣性系で真空中の光速は一定である。
なお、慣性系というのは、互いに等速直線運動をしている座標系のことを指します。
*1
*2
地球の全周は約 4 × 107 m ですから、1 日 (∼ 60 × 60 × 24 = 8.64 × 104 s) で割って、赤道上での自転速度は約
460 m/s になります。
地球と太陽の平均距離 1AU は 1AU ∼ 1.5 × 1011 m ですから 2π × 1AU を 1 年 (∼ 365.22 × 3.64 × 104 ∼ 3.157 s)
で割って、公転速度は約 3 × 104 m/s となります。
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3
ミンコフスキー空間・四次元時空
特殊相対論では、以下に示すように座標変換に対して「空間座標」と「時間座標」が入り混じり
ます。これは、それまでのニュートン力学の「絶対時間」「絶対空間」の概念を根本から覆すもの
でした。
ミンコフスキーは、1907 年に 3 次元空間と時間をまとめて 4 次元時空という概念を導入しまし
た。この概念の導入により、特殊相対論は理解が容易でかつ数学的にも扱いやすくなりました。4
次元時空は次の 4 つの座標軸から成ります。
(x0 = ct,
x1 = x,
x2 = y,
x3 = z)
(4)
ある時刻にある場所で起こった物理的事象をこの 4 次元座標で表し、それを世界点と呼びます。
ある粒子が運動しているとき、その運動の 4 次元空間での軌跡を世界線と呼びます。
ローレンツ変換とガリレイ変換
ある慣性系 K と、K に対して x 軸方向に速度 v で運動している慣性系 K’ を考えます。K 系で
の座標を (t, x, y, z)、K’ 系での座標を (t′ , x′ , y ′ , x′ ) とするとニュートン力学における座標変換は簡
単で、以下のようになります。
t′ = t,
x′ = x − vt,
y ′ = y,
z′ = z
(5)
これをガリレイ変換と言います。
ガリレイ変換は光速一定の原理に反することは明らかです。K 系と K’ 系が t = t′ = 0 で原点が
一致しており、その瞬間に光を発したとします。時刻 t = t1 の瞬間に、その光は K 系では x1 = ct1 、
K’ 系では x′1 = ct1 に届いているはずです。一方、ガリレイ変換によれば、x′1 = x1 −vt1 = ct1 −vt1
ですから明らかに矛盾しています。
特殊相対論における座標変換はローレンツ変換と呼ばれています。実は、ローレンツ変換はアイ
ンシュタインの特殊相対性理論が発表される前にマイケルソン・モーレー実験を矛盾なく説明する
ために導入されたものです。何故このような変換式が必要なのか分からないが、実験データに合
う、ということで導入されました。最初に述べた2つの原理、特殊相対性原理と光速度一定の原理
を用いるとローレンツ変換は自動的に導出されます。
特殊相対論では通常速度は無次元量 β = v/c で表します。γ = (1 − β 2 )−1/2 を用いて、ローレ
ンツ変換は以下の行列で表現されます。

 
ct′
γ
 x′   −βγ
 ′ =
 y   0
z′
0
−βγ
γ
0
0

0 0
ct
 x
0 0 

1 0  y
0 1
z




(6)
なお、本テキストでは空間部分を慣性系の移動方向の 1 次元 (x 軸)に限定します。3 次元への拡
張は(式がかなり複雑になりますが)原理的には簡単です。y 座標および z 座標は全く変化しませ
んので、上記の 4 行 4 列の行列を以下のように、2 行 2 列だけで表記することにします。
(
ct′
x′
)
(
=
γ
−βγ
−βγ
γ
)(
ct
x
)
(7)
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4
さて、ガリレイ変換では矛盾が明らかであった上記の例、光を時刻 t = 0 で原点から発した場
合について考えてみましょう。世界点 A(K 系では四次元座標 (ct = ctA , x = xA , y = 0, z = 0)
で表わされます) の K’ 系における座標はローレンツ変換によって変換されます。従って、ct′A =
γctA − γβxA 、x′A = γβctA − γxA となります。(ct′ )2 − (x′ )2 を計算すると、γ = (1 − β 2 )−1/2
を用いて、(ct′ )2 − (x′ )2 = (ct)2 − x2 となることは簡単に分かります。この式は K 系でも K’ 系
でも光速は一定で c であることを示しています。ここで示した世界点の考え方とローレンツ変換の
式をしっかりと学習してください。「絶対時間」の概念に(無意識のうちに)慣れてしまっている
ので、時間も変換されるというローレンツ変換には違和感を覚える人も多いかもしれません。しっ
かりと考えてください。
ちなみに、ガリレイ変換を同様の行列で表現すると、以下のようになります。
(
ct′
x′
)
(
=
1
−β
0
1
)(
ct
x
)
(8)
ローレンツ逆変換
K’ 系の座標を K 系の座標から求めるのがローレンツ変換でした。逆に K 系の座標を K’ 系の座
標から求めるにはどうすれば良いでしょうか?
K 系は K’ 系に対して −β で動いているわけですから、ローレンツ変換の式の β を −β に変える
だけです。これをローレンツ逆変換とも呼びます。明示的に書けば、以下のようになります。
(
ct
x
)
(
=
γ
βγ
βγ
γ
)(
ct′
x′
)
(9)
四元ベクトル
4 つの成分を持つベクトル (ct, x, y, z) のことを四元ベクトル、あるいは四元座標ベクトルと呼
びます。慣性系の座標変換に際して、ローレンツ変換に従います。座標変換の際に、ローレンツ変
換に従うベクトルを四元ベクトルと呼び、座標ベクトル以外にもいくつかあります。特に重要なの
は、四元運動量ベクトル (E/c, px , py , pz ) です。E は全エネルギーで、px 等は運動量の各成分で
す。詳細については後で述べます。
一般に四元ベクトル (x0 , x1 , x2 , x3 ) では、
x20 − x21 − x22 − x23 = 一定
(10)
という関係が成り立ちます。(ローレンツ変換の式から簡単に求めることができます。)このように
ローレンツ変換に対して変化しない物理量をローレンツ不変量と呼び、非常に重要です。なぜなら
ば、どのような座標系をとってもその値が変わらないからです。
4 特殊相対論に基づく各種の現象
以下に述べる内容は直観とは合わないことが多いかもしれません。それは、我々が光速と比較す
ると非常にゆっくりと動いている中で暮らしているためです。光速に近くなると、このような不思
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議な現象が現実のものになります。なお、本節では ct = T を用います。いつも c を書くのは面倒
なためです。
同時性
慣性系 K において事象 A, B が同時刻に発生しました。慣性系 K’ でも「同時」なのはどんな時
ですか?
事象 A: (T, xA ) と事象 B: (T, xB ) の x 座標をローレンツ変換することにより、以下の式が得ら
れます。
TA′ = γ(T − βxA )
TB′ = γ(T − βxB )
(11)
従って、
TB′ − TA′ = γβ(xA − xB )
(12)
すなわち、β = 0 (K’ 系が K 系と同一) でない限り、同一の場所 (xA = xB ) で発生した事象でなけ
れば「同時」にはなりません。
ローレンツ短縮
速度 β で動いている長さ L の棒はどう見えますか?
棒を K’ 系に固定し、その両端を事象 A, B とします。事象 A: (TA , xA ) と事象 B: (TA , xB ) を
ローレンツ変換して
x′A = γ(xA − βT )
x′B = γ(xB − βT )
(13)
従って、
x′B − x′A = γ(xB − xA )
(14)
左辺は静止している K’ 系における棒の長さですから、動いている系 (K 系) における棒の長さ
(xB − xA ) は 1/γ 倍だけ短くなります。これをローレンツ短縮と言います。
ちょっと待て!棒を K 系に固定して同じように計算したら、K’ 系での棒の長さは 1/γ 倍ではな
く γ 倍になるではないか!どうしてくれる・・・このパラドックス(?)が解決できれば、あなた
は相当に深く特殊相対論を理解したことになるでしょう。頑張って考えてみてください。
時間の遅れ
動いている時計の進み方はどうなりますか?
時計を K’ 系の原点に置きます。時計の座標 x′ は常に x′ = 0 ですから、ローレンツ逆変換より
T = γT ′ になります。従って、動いている時計を静止している系で見ると γ 倍だけ遅くなること
になります。
逆に K に固定されている時計は K’ で見ると同じように γ 倍遅くなります。地球から光速に近
いロケットで宇宙に飛び出し、地球に戻ってきたとします。地球からみるとロケットの時間が遅く
なっていて、逆にロケットからみると地球の時間が遅くなっている。「ウラシマ効果」とか「パラ
ドックス」とか言われることもありますが、全くそんなことはありません。特殊相対論で扱うこと
ができるのは「慣性系」に限られています。ロケットが地球に戻ってくるためには、どこかで「加
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速」する必要があり、慣性系ではあり得ません。従って、この問題は特殊相対論では議論できま
せん。
π 中間子や µ 粒子は固有の平均寿命で崩壊します。その崩壊時間は粒子の速度が速いほど長くな
る、ということは良く知られており、特殊相対論による計算が実験データに完全に一致します。詳
細は次節で話します。
速度の合成
速度 β1 で動いている列車の上を速度 β2 で走っている人がいます。走っている人を止まっている
観測者が見ると、速度 β はどれほどですか?という問題に対して、ニュートン力学では β = β1 + β2
となります。実は、特殊相対論から「光速よりも早く動く物体は存在しない」という結論を導くこ
とができます。もし、そのような物体が存在すると仮定すると因果律が破れることになるからで
す。上記の設問で、例えば β = 0.7c とすると合成速度が 1.4c となり光速を超えてしまいます。速
度の合成はどのように計算すれば良いのでしょうか?
3 つの慣性系を考えます。K’ 系は K 系に対して β1 で動いていて、K” 系は K’ 系に対して β2 で
動いているとします。K” 系が K 系に対して動いている速度が、まさに合成速度になることはすぐ
に分かりますね。ローレンツ変換を 2 回繰り返すことで、K” 系の座標と K 系の座標の間の関係が
求まります。
(
ct′′
x′′
)
(
=
γ2
−β2 γ2
−β2 γ2
γ2
)(
γ1
−β1 γ1
−β1 γ1
γ1
)(
ct
x
)
(15)
上記の式の行列の掛け算を実行して、式を変形・整理すると(少し面倒ですが)次の式を導くこと
ができます。
(
ct′′
x′′
)
(
=
γ
−βγ
−βγ
γ
)(
ct
x
)
(16)
ここで、
β=
β1 + β2
1 + β1 β2
γ = (1 − β 2 )−1/2
(17)
この式の β の分母と分子をじっくり見てください。
(1 + β1 β2 )2 − (β1 + β2 )2 = (1 − β1 )2 (1 − β2 )2 ≥ 0
(18)
ですから、上記の β が 1 を超えることは決してありません。
5 粒子物理学への応用
この授業の最初に話したように、E, pc, mc2 は同じ次元を持っていて、素粒子・原子核物理学の
分野ではこれらの物理量には通常電子ボルト (eV ) という単位が用いられます。なお、E はエネル
ギー、p は運動量、m は質量であることは言うまでもないでしょう。keV, M eV, GeV, T eV 等は
キロエレクトロンボルト、などと発音することもありますが、通常はそれぞれ、ケブ、メブ、ジェ
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ブ、テブ、と発音します。本節では、c を省略します。p とあったら pc、m とあったら mc2 と補っ
て読んでください。
四元運動量ベクトル (E, px , py , pz ) が最も頻繁に使われる物理量です。ローレンツ不変量は
E − p⃗2 で、これが (静止)質量の二乗になります。すなわち
2
E 2 − p2 = m2 ,
or
E 2 = p2 + m2
(19)
です。非常に重要な関係式であり、静止している粒子のエネルギー E は質量 m に等しいことを示
しています。古典論(ニュートン力学)では、エネルギー E は運動エネルギーを指すことが多い
ので十分にその違いを理解して間違わないようにしてください。今後運動エネルギーは T で表わ
すことにします。
以上のことから、静止している粒子の四元運動量ベクトルは (m, 0, 0 , 0) と書けることが分
かりますね。動いている粒子ではどうなるでしょうか?粒子が K’ 系で静止しているとします。
E ′ = m, p′ = 0 です。ローレンツ逆変換を施しましょう。
(
)( ′
) (
)
) (
E
γ βγ
E (= m)
mγ
=
=
px
βγ γ
p′x (= 0)
mβγ
(20)
この式から、β で動いている粒子のエネルギーと運動量はそれぞれ E = mγ, p = mβγ であるこ
とが分かります。
β が非常に小さい (β ∼ 0) とき、γ = (1−β 2 )−1/2 ∼ 1+ 12 β 2 ですから、E = mγ ∼ m(1+ 12 β 2 ) =
m + 21 mβ 2 になります。第二項は古典論における運動エネルギーになっているのが分かりますね。
崩壊する粒子の寿命
地上には宇宙線が降り注いでいます。宇宙線の大部分は µ 粒子と呼ばれるレプトン、すなわち
電子の仲間です。宇宙空間を飛び回っている陽子などの粒子が地球に飛び込んだ時、大気中の窒素
分子などと核反応を起こします。その核反応で、湯川秀樹が予言した π 中間子と呼ばれる粒子が
生成されます。π 中間子には、プラスまたはマイナスの荷電を持つ π + 、π − と荷電を持たない π 0
の 3 種類あります。そのうち、荷電を持つ π 中間子は 26 ナノ秒という短い時間で µ 粒子に崩壊し
ます。
π ± → µ± + νµ (ν̄µ )
(21)
生成された µ 粒子は約 2.2 マイクロ秒で電子に崩壊します。
µ+ → e+ + ν̄µ + νe
(22)
µ− → e− + νµ + ν̄e
(23)
光が 2.2 マイクロ秒の間に走る距離は ct ∼ (3 × 108 ) × (2.2 × 10−6 ) ∼ 6 × 102 m ですから、µ 粒
子が光速で走っていたとしても地表に到達することは非常に稀なはずです。
実際には、走っている粒子は γ 倍だけ時間の進みが遅いので寿命も延びます。µ 粒子の質量は約
106 MeV なので、例えば 1 GeV のエネルギーを持つ µ 粒子は崩壊するまでに平均 6 km 進むこと
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ができ、一部は地表まで到達するわけです。さらにエネルギーの大きな µ 粒子は、さらに長い距離
を崩壊せずに飛行します。
6 衝突の運動学
「静止している質量 mb の粒子Bに速度 β で走っている質量 ma の粒子Aが衝突しました。衝突
後の 2 つの粒子の運動を求めなさい。なお、2 つの粒子は x 軸上でのみ運動するものとします。」
これは大学入試でも時々見られる非常に基本的な問題です。これを解いてみましょう。
古典論
β ∼ 0、すなわち粒子Aの速度が光速に比べて非常に小さい時には、非相対論(古典論)でもか
なり正確な近似で計算することができます。相対論での計算と対比するために、詳しく書いてみま
す。衝突前の粒子Aの運動エネルギー、運動量をそれぞれ Ta , pa とし、衝突後のそれらを Ta′ , p′a
などと表記することにします。エネルギー保存、運動量保存から以下の方程式が成り立ち、
Ta = Ta′ + Tb′
pa = p′a + p′b
(24)
(25)
さらに、エネルギーと運動量の関係式
Ta =
p2a
,
2ma
Ta′ =
p′a
,
2ma
p′b
2mb
(26)
2mb
pa
ma + mb
(27)
2
Tb′ =
2
を用いて、p′a , p′b を求めると、
p′a =
ma − mb
pa ,
ma + mb
p′b =
と求まります。このような簡単な計算でも、計算ミスが心配です。簡単なケースを想定して計算し
て、答えをチェックするのが一番楽です。この場合でしたら、粒子Bを壁だと考える(mb = ∞)
と上記の結果が正しいらしいことが確認できます。
相対論
β が大きくなると、古典論の計算は成り立たなくなり、相対論的に計算しなければいけません。
相対論でも考え方は同じですが、運動エネルギーではなく、全エネルギーを保存する式を立てる必
要があります。
Ea + mb = Ea′ + Eb′
pa (+0) =
p′a
+
(28)
p′b
(29)
さらに、エネルギーと運動量も相対論的に関係式を立てなければいけません。
Ea2 = m2a + p2a ,
Ea′ = m2a + p′a ,
2
2
Eb′ = m2b + p′b
2
2
(30)
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以上の方程式から p′a , p′b を求めれば良いわけです。
実は、私自身で上記の方程式を解いたことはありません。(多分)かなり面倒であると予想され
ます。面倒くさいことを厭わない人は、一度計算してみてください。
それでは、どのようにして解くと簡単になるのでしょうか?相対論の計算では、重心系(Center
of Mass; CM 系) の概念が鍵となります。重心系とは、全ての粒子の運動量ベクトルの和がゼロに
なる系のことです。それに対して、元の慣性系のことを実験室系 (Lab 系) と呼びます。以下に、こ
の衝突の運動学を求める手順を示します。
まず、重心系が、実験室系に対してどのように動いているかを求める必要があります。(20) 式を
良く見ると、粒子の速度 β は、その粒子のエネルギーと運動量を用いて、β = p/E と書けること
が分かります。多粒子の場合も同様です。実験室系における [運動量の和] を [エネルギーの和] で
割ったものが重心系の速度になります。この節の問題の場合は、従って、
βcm =
pa
Ea + mb
(31)
になります。衝突前の粒子Aのエネルギーと運動量をそれぞれ Ea∗ , p∗a 、粒子Bのそれを Eb∗ , p∗b と
すると、ローレンツ変換より次のように求まります。
(
(
Ea∗
p∗a
Eb∗
p∗b
)
(
γcm
−βcm γcm
−βcm γcm
γcm
γcm
−βcm γcm
−βcm γcm
γcm
=
)
(
=
)(
)(
)
Ea
pa
(32)
mb
0
)
(33)
重心系を使うと便利なのは、衝突後の粒子の運動量が簡単に決まる、ということです。衝突後の
運動量は、衝突前の運動量の符号を変えれば良いだけです。(何故、そのように求まるか、良く考
えてみなさい。)運動量の絶対値は衝突前後で同じですから、エネルギーは不変です。従って、衝
突後の粒子Aの四元運動量ベクトルは (Ea∗ , −p∗a ), 粒子Bのそれは (Eb∗ , −p∗b ) となります。
実験室系での四元運動量ベクトルは、上記の CM 系でのそれをローレンツ逆変換するだけです。
すなわち、
(
(
Ea′
p′a
Eb′
p′b
)
(
=
)
(
=
γcm
βcm γcm
βcm γcm
γcm
γcm
βcm γcm
βcm γcm
γcm
)(
)(
Ea∗
−p∗a
Eb∗
−p∗b
)
(34)
)
(35)
で求まります。(32) 式と (34) 式から
2
2
2
Ea′ = γcm
(1 + βcm
)Ea − 2γcm
βcm pa
p′a
=
2
−γcm
(1
+
2
βcm
)pa
+
2
2γcm
βcm Ea
(36)
(37)
は比較的簡単に求まります。同様に粒子Bについても、(33) 式と (35) 式から
2
2
Eb′ = γcm
(1 + βcm
)mb
p′b
=
2
2γcm
βcm mb
(38)
(39)
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10
と求まります。
(36)、(37) 式の [第一項の係数の二乗]-[第二項の係数の二乗] を計算してみましょう。
2
2
2
4
2
{γcm
(1 + βcm
)}2 − (2γcm
βcm )2 = γcm
(1 − βcm
)2 = 1
(40)
Ea′ − p′a = Ea2 − p2a
(41)
従って、
2
2
が成り立っているのは明らかです。(38)、(39) 式から粒子Bについても同様のことが言えます。
運動量保存側は実験室系でも成立しているわけですから、
2
p′a = pa − p′b = pa − 2γcm
βcm mb
(42)
になっているはずです。(31) 式を変形して得られる Ea = pa /βcm − mb を (37) 式に代入すれば同
じ関係式が比較的簡単に求まります。
最後に、β が非常に小さい時に、相対論で得られた結果が古典論と一致することを確認します。
pa の 2 次以上の項を無視すれば、
βcm =
pa
pa
→
E a + mb
ma + mb
となりますので、(42) と (39) 式は古典論の計算と一致することは明らかです。
(43)