世界のなでしこを目指して!

JFA女子テクニカルレポート 2009
”世界のなでしこを目指して!”
FIFA Women's World Cup China 2007
Women's Olympic Football Tournament Beijing 2008
FIFA U-20 Women's World Cup Chile 2008
FIFA U-17 Women's World Cup New Zealand 2008
財団法人
日本サッカー協会
【目 次】
1. イントロダクション ······························································ 1
2. FIFA女子ワールドカップ 中国 2007 ································· 2
3. オリンピック競技大会 2008/北京 ······························· 10
4. FIFA U-20 女子ワールドカップ チリ 2008 ················· 18
5. FIFA U-17 女子ワールドカップ ニュージーランド 2008 ······ 24
6. Japan’s Way 「攻守にアクションするサッカー」 ·············· 32
~ 育成年代で取り組むべきこと
7. 育成年代の指導者のかかわり ⅰ ···································· 35
フィジカルトレーニング
8. 育成年代の指導者のかかわり ⅱ ···································· 38
メディカルアプローチ
9. 育成年代の指導者のかかわり ⅲ ···································· 41
メンタルケア
10. JFAの取り組み ······························································ 50
11. 終わりに ········································································ 56
1.
イントロダクション
テクニカルスタディ
世界のサッカーは日々変化している。
成・普及]→再び①各カテゴリーの世界大会にチャレンジすると
この「JFAテクニカルレポート」は、「テクニカルスタディ」の結
いう、世界大会をスタンダードとした強化策を推進している。す
果をまとめた報告書である。「テクニカルスタディ」とは、特定の
なわち、毎回の世界大会を分析し、その結果を短期・中期・長
大会等から、その大会の特徴、トレンドとしてのサッカーの発展
期的誯題として、それぞれ指導現場へフィードバックするのがJ
傾向、技術・戦術上の特徴、誯題、今後に向けた目標への提
FAテクニカルレポートの役割である。我々は近い将来を予想し、
言、すなわちサッカーがどのような方向に向かっていて、そして
それに向けて育成年代から準備をしていかなくてはならない。
それを受けて、今後何を目指していくべきかを示すものである。
このJFAテクニカルスタディグループ'TSG(が作成する「JFA
世界のサッカー界で今や常識として行われているものである
テクニカルレポート」、またリフレッシュ研修会などでの講習を通
が、日本サッカー協会'JFA(でも、常に世界をスタンダードとし
じて、世界や日本のサッカーの現状を伝え、「世界のトップレベ
て育成・強化していくために、FIFAワールドカップ、オリンピック
ルのプレーを支えている要因は何か」、「日本サッカーの進むべ
などの世界大会でテクニカルスタディを実施している。
き方向性は何か」といったことを、日本全国の指導者と共有す
そして、①各カテゴリー'年代(の世界大会に出場→②分析・
る。そして目標を具体的に提示して、今後の指導やトレーニング、
評価→③誯題の抽出・誯題克服のためのシナリオ作成→④誯
特にユース年代の育成に生かし、日本サッカーのレベルアップ
題の克服[各年代の日本代表チーム・ユース育成・指導者養
への取り組みにつなげていくことが一番の目的である。
各カテゴリー世界大会
FIFA 女子ワールドカップ・オリンピック
FIFA U-20 女子ワールドカップ
FIFA U-17 女子ワールドカップ
課題の克服
このサイクルを
日本全体として取り組める
システムを構築する
分析・評価
課題の抽出
克服のシナリオ作成
2007 年から 2008 年にかけて女子の 4 つの世界大会が開催
今回のテクニカルレポートは、単に各大会のテクニカル報告
され、日本女子代表は全ての大会に出場した。我々はこの 4 つ
にとどまらず、Japan’s Way を導き出し、さらに育成年代で取り
の大会において TSG を編成し、各大会の分析を行った。それに
組むべきこととして、フィジカル、メディカルそしてメンタル面も加
より、各大会から世界の女子サッカーの現状を知るとともに、日
えた。
本の現在地を確認することができた。そして、日本の進むべき
道を見出し、今後の育成・強化につなげていくのである。
日本の女子サッカーは、各大会ともに「なでしこらしさ」を発揮
し、メダルへあと一歩と近づいた。すなわち世界の背中が見え
世界は前進していく。我々も世界を驚かせるようなサッカーを
展開できるように着実に前進していかなければならない。そのた
めの手引きとして、このテクニカルレポートを活用してほしいと願
うのである。
てきたのである。しかし、この結果に甘んじていては、世界から
後れを取ってしまう。なぜなら、世界はすでに分析・評価を行い、
歩み始めているからである。
P. 1
2.
FIFA女子ワールドカップ 中国 2007
1) 大会全般
① 大会概観
1991 年中国で初開催された FIFA 女子ワールドカップ'FIFA
連覇を果たし、大会の幕を閉じた。
Women’s World Cup(は、2007 年再び中国を開催地に第 5
本大会には、のべ 997,433 名'1 試合
回大会が行われた。各大陸予選を突破した 16 チームが参加
平均 31,169 名(の観客がスタジアムを
し、2007 年 9 月 10 日から 30 日までの期間で合計 32 試合が
訪れるなど、大会運営面でも大きな盛り
行われた。 大会は、16 チームが 4 つのグループリーグに分か
上がりをみせ、中国での女子サッカーへの関心の高さが感じら
れ、各グループの上位 2 チームが決勝トーナメントに進出した。
れた。
決勝戦は、前大会の覇者であるドイツがブラジルを破って見事
② 大会結果とその背景
本大会では、これまでのワールドカップの優勝国であるドイツ
[写真]
'2003 年に続いて連覇(、アメリカ'1999 年優勝、本大会 3
位(、ノルウェー'1995 年優勝、本大会 4 位(が準決勝'ベスト
冊子版ではご覧いただけます。
4(に進出し、欧米のチームが世界の女子サッカーのけん引役
であり続けていることが示された。しかし、決勝でドイツと激闘を
繰り広げながら、アテネオリンピックに続き惜しくも準優勝となっ
たブラジルの躍進は、女子サッカーの新たな潮流を感じさせた。
また、ベスト 4 にこそ進めなかったものの、朝鮮民主主義人民
共和国'DPR.K(、中国、オーストラリアというアジアの国々がベ
スト 8 に進出した。このことは、アジアの女子サッカーの実力が、
では、FA プレミアリーグのクラブに対して、必ず女子チームを保
確実に世界レベルへと接近していることを明示した。
有することを義務付けている。そのため、国内の女子サッカー
前回ベスト 4 に進出したカナダがグループリーグで敗退したが、
選手の競技環境が整備され、アーセナルを中心とするクラブが
このことは世界のサッカーシーンにおいて、「スピードとパワー系
UEFA のクラブ選手権で実績を残している。ブンデスリーガで女
の能力」をチームの中心戦略に据えたサッカーの優位性が崩
子サッカーの競技環境をいち早く整備してきたドイツ、WUSA
れ、「個人の質の高いプレー」と「組織的協働」を積極的に取り
'Women's United Soccer Association:アメリカで 2001 年~
入れた「モダンサッカー」への変革を印象づけた。
2003 年まで開催された女子プロサッカーリーグ、2009 年から
そして、前回のアメリカ大会に出場さえしていなかったイングラ
は MLS 支援により WPS としてリーグ再開(を開催していたアメリ
ンドがベスト 8 入りを果たした。このイングランドの躍進の背景に
カなどが世界の女子サッカーシーンをリードしていることと考え合
は、自国における女子リーグの充実が挙げられる。イングランド
わせると、クラブレベルでの女子選手の育成・強化が、代表チ
大会回数
第5回
ーム躍進の基礎となっていることが分かる。こ
開催国
中国
のように現在の女子サッカーでは、自国の国
開催期間
2007 年 9 月 10 日 ~ 30 日
内リーグ充実が代表チームのレベルアップに
参加チーム数
16 チーム
必要丌可欠な要因となっており、日本におけ
[アジアからの参加国]
[日本・DPR.K・中国・オーストラリア]
る「なでしこリーグのさらなる充実」なくして、な
大会成績
優
でしこジャパンのレベルアップは困難なことが
勝:ドイツ
準優勝:ブラジル
第 3 位:アメリカ
示唆された。
第 4 位:ノルウェー
アメリカでは、代表選手の継続的育成・強
日本の成績
グループリーグ敗退
化 を 目 的 と し た ODP ' US Youth Soccer
[過去の最高成績]
[1995 年スウェーデン ベスト 8]
Olympic Development Program(が 1977 年
日本の試合結果
◆グループリーグ
から実施されている。トップリーグの中止後も、
次回開催
P. 2
9 月 11 日
△ 2-2(0-0)イングランド
9 月 14 日
○ 1-0(0-0)アルゼンチン
9 月 17 日
● 0-2(0-1)ドイツ
2011 年ドイツ
育成年代から継続的に育成・強化に取り組
んできたことが、近年のアメリカ代表チームの
優れた実績を支えていると言えるだろう。
③ アジアの戦い
ここでは、ベスト 8 に進出したアジアの国々の戦いについて見
てみたい。
現在、日本の最大のライバルである DPR.K は、FIFA U-20 女
子ワールドカップで優勝を果たすなど、近年中国に代わりアジア
により互角に戦い、体栺に勝るドイツを苦しめた。
また、新たにアジアサッカー連盟に加盟したオーストラリアは、
恵まれた身体特性とチームの協働によって、準優勝のブラジル
に 2-3 と惜敗した。
女子サッカーのトップリーダーとしての実力を備えている。本大
本大会では、アジアのサッカーのレベルが確実に世界トップク
会の DPR.K は、準々決勝でドイツと対戦した。DPR.K は、得点差
ラスに接近していること、そしてレベルアップの鍵は「個のプレー
こそ 0-3 であったものの、質の高い個のプレーとチームの協働
の質の向上とチームの協働」にあることが深く印象づけられた。
2) 技術・戦術的分析
本大会では、多くの試合で「ハイプレッシャー下でのサッカー」
する要素を高いレベルで具現化していた。加えて、ハイプレッシ
が展開された。ハイプレッシャー実現に必要な要素として、まず
ャー下でも、質の高い個のプレー能力を生かした効果的な攻撃
闘う姿勢を持った選手全員によるハードワーク、次に状況に合
を展開していた。
わせたチーム協働を可能にする個の守備能力、そしてチームと
して戦術実行能力を持つことが求められる。
TSG では、これら組織化された強固な守備と、ハイプレッシャ
ーを打ち破る攻撃に必要な要素について分析を行った。
上位進出チームでは、チーム全員がハイプレッシャーを実現
① 守備
-1 組織化された守備と必要な能力
◆組織的守備とハイプレッシャー
ど(を観ることが求められる。常に状況の変化を観て判断するこ
守備のハイプレッシャー実現には、「ボールを奪いに行く意識
とにより、先のプレー予測が可能となる。次に、適切なプレー予
と行動力」が必要丌可欠となる。また効果的な守備に必要な
測をもとに、ボールの移動中にボールへ鋭く寄せる'アプロー
要素として、まず前線の選手から「意図的に相手ボールのプレ
チ(。アプローチの際、もしパスの質や相手のコントロールに甘さ
ーコース'プレーの選択肢(に制限」を加えるアプローチが挙げら
が見られたら、さらに鋭く寄せて相手の自由を奪う。このように、
れる。次に、制限を加えたプレーコースへのアプローチに対して、
状況に合わせてアプローチの種類'深さ(を判断し実践すること
適切なカバーリングポジションを取ることが求められる。そして、
が強く求められる。そして、ボールを奪うチャンスを作り出し、チ
チームが連動してボールを中心とした守備、すなわち意図的に
ャンスを逃さずにボールを奪いに行く。状況を見極める判断と
誘い込んだボールに対して人数を集中させ、「ボールを奪いに
決断力'勇気(が重要なのである。
行く」ことが重要となる。
また、ボールを奪うチャンスを数多く作り出すためには、個人
の守備範囲を広げるとともに、チーム全員がハードワークするこ
◆組織的守備を支える個人の守備能力
相手の攻撃を防ぐためには、ボールを奪われたら、まず自ら
がすぐにボールを奪い返すという意識と行動力が必要である。
とで相手にプレッシャーをかけ続けることが必要である。上位進
出チームでは、個人の守備力をベースとした組織的な守備が、
試合を通じて効率的かつ継続的に行われていた。
本大会では、例え特筆するストライカーであっても、ボールを奪
われたらすぐに奪い返すプレーが随所に見られた。このように、
ボールを奪われたら全ての選手が迅速に攻守の切り替えを行
い、相手のカウンター攻撃を妨げることが求められる。そして、
相手のファストブレイクを防いだ後には、チームで連動しながら
組織的な守備でボールを奪うプレーを行う。現代サッカーにお
いてハイプレッシャーと強固な守備を実現するためには、「ボー
ルを奪われたらすぐに奪い返す意識'個人の責任(」と「チーム
での連動'組織の役割(」の両者が必要丌可欠な要素となって
いる。
[写真]
冊子版ではご覧いただけます。
組織的守備を効果的に実現するためには個人の守備能力の
高さが必要とされるが、まず重要なことは「観る」ことである。守
備側選手には、ボールを奪うために、ボールとマークする相手
に加えて、常に周囲の状況'味方選手、相手選手、スペースな
P. 3
◆チームでの協働
チャレンジに対するカバーが存在することで、アプローチする選
組織的な守備には、個人の守備能力がベースとなることを先
手はリスクを恐れず鋭く相手に寄せることが可能になる。つまり、
に述べた。一方、個人の守備能力を活用して効率的にボール
チームがチャレンジに対してカバーを組織的に行うという信頼関
を奪うためには、チームの組織的連動が必要となる。
係があってはじめて、積極的かつ効果的なアプローチが実現で
前線から意図的にボールのプレーコースに制限を加えながら
きると言える。その結果、ファーストディフェンダーの深く激しいア
奪うチャンスを作り出す。そのために、まず鋭く深いアプローチを
プローチによりボールを奪うチャンスを作り出し、味方選手と協
行わなければならない。ここで忘れてならない要素として、アプ
働して組織的にボールを奪うことが可能となる。
ローチ'チャレンジ(に対するカバーリングである。鋭く深いアプロ
上記進出チームでは、個人の高い守備能力をベースにして、
ーチ実現には、アプローチする個人の守備能力に加えて、チャ
全員のハードワークにより「ボールへのチャレンジ&カバー」を繰
レンジに対する味方選手のカバーリングが非常に重要となる。
り返すことで、チームが連動して組織的な守備を実現していた。
-2 ベスト4に進出したチームの守備の特徴
◆ドイツ
ドイツは、恵まれた身体特性と判断力に基づく個人の高い守
備能力をベースとして、組織的守備を大会を通して高いレベル
ールを奪うチャンスを自ら作り出し、そのチャンスを逃さずにボ
ールを奪って素早い攻撃を行う場面がしばしば見られた。この
ようにブラジルは、ドイツなど欧州のコンセプトとは異なり、個の鋭
で実践していた。試合では、素早いアプローチに対して、味方選
手が連動したカバーリングポジションを取り、厳しいプレッシャー
をかけてボールを奪う機会が多く見られた。またドイツのゴール
キーパーとセンターDF を中心としたクロスへの対応は、非常に
高いレベルにあった。このように、ドイツの組織的かつ強固な守
備は、大会で優勝を飾るにふさわしいものであった。
い守備感覚と身体特性という自分たちのストロングポイントを効
果的に生かす守備戦術を採用していたと言える。
◆ブラジル
センターDF の後方にスウィーパー的ポジションの選手を配し
て守備を行っていた。ブラジルは、この固定的なカバーリング選
手を配することで、他の選手がボールに対して積極的にチャレ
ンジできる状況を生み出していた。また FW を含めた全員のワー
ドワークの意識が徹底されており、チーム全員が高い守備意識
を持ち続けていた。試合では、FW の選手が個人のレベルでボ
◆アメリカとノルウェー
アメリカは、攻撃から守備の切り替えが早く、パワーとスピード
を生かした素早いプレスから連続したアプローチを行っていた。
ノルウェーは、個人の高い判断能力をベースとして守備のブロ
ックを形成し、ゴールへの集結からボールへの集結を繰り返し
ながら、規律を持った守備を行っていた。
このように、ベスト 4 に進出したチームに共通する要素として、
「質の高い個の守備能力」と「チーム戦略に基づいた組織的協
働」が挙げられる。そして身体特性など自分たちの特長を生か
した守備のチーム戦略を決定していた。
② 攻撃
-1 攻撃の優先順位: ファストブレイク → ビルドアップ → ポゼッション
攻撃では、素早いトランジション'守備から攻撃への切り替え(
ポジションの遅れなど相手の守備組織にバランスを欠いた状況
が重要となる。組織的な守備や個人の高い守備能力からボー
を見逃さず、「ゴールへ向かって積極的に仕掛け」てゴールチャ
ルを奪い、相手チームの守備バランスが整う前に素早く相手ゴ
ンスを生み出していた。また上位進出チームでは、ファストブレ
ールへ迫ることにより、得点の可能性が高まる。本大会でも、イ
イクからポゼッションプレーにわたり、オンザボールでもオフザボ
ンターセプトや技術的ミス、連係ミスなどでボールを奪い、素早
ールでも、積極的にゴールへ向かって仕掛けるプレーが随所に
くゴールへ向かう効果的な「ファストブレイク」がしばしば見られた。
見られた。
しかし上位チームでは、ただやみくもにゴールへ素早く向かうだ
チームの攻撃力を支えるのは、個の攻撃力であることはいうま
けでなく、相手の守備にバランスが回復している場合には、意
でもない。本大会では、個の攻撃力として、「DF のビルドアップ
図的なビルドアップから、シュートチャンスを生み出す攻撃も多く
能力」、「MF の展開力」の重要性が挙げられた。この特徴は、も
見られた。
はや守備力に優れただけのディフェンダーでは、強固な守備を
本大会の特徴として、多くのチームが組織的な守備を志向し、
実践する世界のトップレベルの戦いにおいて、チームとして効果
チームの守備力が大きく向上していることが挙げられる。そのた
的な攻撃を生み出せなくなっていることを示している。つまり、全
め、ファストブレイクやビルドアップだけでは、容易に相手ゴール
てのポジションにおいて、ハイプレッシャーの中でもボールを失
前に侵入できない状況も多く存在した。そのような場合、上位
わない、的確な状況判断と高い質の技術を持って、攻撃を構
進出チームでは、攻撃時に「幅と厚み」を作り出し、「状況を観」
成していくことが世界基準となりつつある。加えて、攻撃的役割
ながら、「質の高いシンプルな技術'コントロールやキックの質な
を担う選手には、単にボールを失わないだけでなく、ハイプレッ
ど(」を駆使したポゼッションプレーを展開していた。それらのチ
シャー下でもわずかなスペースと時間をみつけて、積極的に前
ームでは、主導的にボールを動かし、相手の守備組織のほころ
を向く意識とそれを実現するスキルが求められている。
びを作り出すことを企図していた。そして攻撃側選手は、カバー
P. 4
③ ゴール分析
-1 ゴールを生むプレー
■ゴールに至るプレー
点
得点にいたる攻撃パターンでは、セットプレーからの得点が全
総得点
%
111
得点の 34.2%を占めていた。この割合は男子のワールドカップ
オープンプレー
73
56.8
'2006 年(とほぼ同レベルにあり、女子サッカーにおいてもセット
セットプレー
38
34.2
プレーが得点に対して有効であることが分かる。それは同時に
オープンプレー
73
セットプレーに対応する守備面での強化が必要であると言える。
コンビネーションプレー
5
4.5
身長や体栺面で务勢に立たされる日本チームにとっては、攻
ウイングプレー
16
14.4
守にわたるセットプレーへの対応力の強化が、非常に重要な誯
スルーパス
10
9.0
題となっている。
流れの中からのオープンプレーでは、ウイングプレーによるサ
ダイアゴナルパス
4
3.6
1 人での打開
13
11.7
特別なフィニッシュ
10
9.0
DF のミス
8
7.2
掛けるプレーや個の高い能力により多くの得点が生まれていた。
リバウンド
4
3.6
このことは、卓越した技術を持ち、ゴールに向かって積極的に
オウンゴール
3
2.7
イドアタックが有効であるとともに、選手が個の力で積極的に仕
仕掛けることのできる「スケールの大きなアタッカー」を育成する
ことの重要性を示している。
-2 得点能力の必要性
ポジション別得点では、ストライカーによる得点が最も多く、次
いで MF となった。上位進出を果たしたチームには、得点能力の
高いストライカーが存在した。このことは、世界で戦う上で、ハイ
プレッシャー下でも得点を奪うことのできるストライカーの育成が
必要丌可欠であることを明示している。
-3 90分間のゲームコントロールと戦略
■ポジション別にみたゴール
点
総得点
%
111
ストライカー
57
51.4
ミッドフィルダー
40
36.0
ディフェンダー
11
9.9
3
2.7
オウンゴール
■時間帯別にみたゴール
点
本大会の特徴として、前半に比べて後半における得点が多い
ことが挙げられる。後半に得点の多い理由として、2 つのことが
総得点
%
111
000 分~015 分
11
9.9
016 分~030 分
13
11.7
031 分~045 分
10
9.0
046 分~060 分
31
27.9
061 分~075 分
21
18.9
076 分~090 分
25
22.5
2 つ目の理由として、ハーフタイムでのチームミーティングの
091 分~105 分
0
0.0
影響が考えられた。ハーフタイムには、自チームと相手チーム
106 分~120 分
0
0.0
考えられる。
1 つ目の理由として、各チームの守備の意識と守備能力が高
まっており、体力的にも組織的な守備を継続できる前半では得
点することが困難なことが挙げられる。しかし運動量の低下する
後半では、前半のような組織的な守備を継続できず、守備のほ
ころびを突かれて得点されてしまうことが考えられた。
の戦い方が分析され、後半に向けたチーム戦略の修正などが
行われる。後半開始 15 分'46~60 分(の間に多くの得点が生
まれていることは、ハーフタイムでのチーム戦略の修正や強化
の重要性を物語っている。すなわち、チーム戦略に関して有効
な修正や強化を行えたチームが得点し、それができなかったチ
ームが失点していると考えられる。その意味では、ゲーム分析
能力やチーム戦略の変更に柔軟かつ迅速に対応できる能力が、
現代サッカーにおいて試合の勝敗を分ける重要なポイントにな
っていると言える。
P. 5
④ 優れた能力を持つ特別な選手
-1 ディフェンダー
DF では、⑰Ariane HINGST'ドイツ(と②Ane STANGELAND
HORPESTAD'ノルウェー(が挙げられる。彼女たちは、DF として
観て前線に進出し決定機を演出できる能力をも持ち合わせて
いた。
個人の高い守備能力をベースに組織的な守備を統率し、優れ
彼女たちの出現は、もはや女子サッカーにおいても、世界で
た判断力からボールを奪う能力を高いレベルで発揮していた。
戦うためには攻守に高いレベルでプレーできる DF が必要丌可
さらに特筆すべきは、最終ラインからのビルドアップ能力に優れ
欠となっていることを物語っている。
効果的な攻撃の起点となることができる点にある。そして、機を
-2 ミッドフィルダー
代表的 MF に挙げられる⑧FORMIGA'ブラジル(、⑩Renate
な攻撃を構成していた。そして、相手の守備のバランスが崩れ
LINGOR ' ド イ ツ ( 、 ④ Ingvild STENSLAND ' ノ ル ウ ェ ー ( 、 ⑬
ると見るや前線に進出し、正確なミドルシュートなどで得点を奪
Kristine LILLY'アメリカ(は、豊富な運動量で攻守にわたってハ
うことのできる選手であった。
ードワークしながら、質の高いプレーを発揮していた。彼女たち
彼女たちのプレーから、組織化されたチーム戦術の中で攻守
は、中盤でイニシアチブを持ちながら FW、DF と協働し、相手選
両局面におけるポジションの役割を十分に果たしつつ、ゲーム
手に厳しいプレッシャーをかけ続けていた。また、組織的守備戦
状況に応じてポジションを超えたプレーが判断できること、そして
術のリーダーとして、ミドルサードでのプレッシングを主導しながら
その判断を実現できるフィジカル能力と技術力を兹ね備えるこ
ボールを奪うなど、相手の攻撃の芽を摘む能力に長けていた。
とが、世界のトップレベルでは必要となっていることが示された。
さらに、危険な状況になると DF の後方まで素早く戻り、DF のカ
つまり、モダンサッカーを実現するためには、攻撃と守備の両局
バーリングをしてチームの危機を救っていた。
面で DF と FW を戦略的につなぐ「リンクマン」となりうる選手が必
一方、攻撃局面での彼女たちのプレーは、質の高いスキルで
長短のパスを織り交ぜながら、ビルドアップやポゼッションで広範
要であり、それらの選手がモダンサッカーを実現するキーパーソ
ン'カギを握る存在(となっていることが明示された。
-3 ストライカー
本大会で活躍した代表的ストライカーとして、⑩MARTA'ブラ
を持っていた。そして、ゴール前では慌てることなく、冷静にゴー
ジル(、⑨Birgit PRINZ'ドイツ(、⑩Kelly SMITH'イングランド(、
ルを決めきる判断力とシュート力を兹ね備えて、守備面でもハ
⑪CRISTIANE'ブラジル(、⑪Lisa DE VANNA'オーストラリア(が
ードワークを行い、攻守のトランジションの早さにも優れていた。
挙げられる。
彼女たちはストロングポイントこそ異なるものの、質の高い技術
と優れたスピードを生かして、ゴールに向かって積極的に仕掛
彼女たちのプレーは、組織的な守備を突破して得点するため
に必要な能力を示しており、得点を奪うためには個人のゴール
を決める質の高いプレーが必要であると言える。
け、相手の守備を独力で突破できる能力を有するという共通点
-4 ゴールキーパー
上位進出チームには、優れた身体能力と確実な技術をベー
スボールを処理する際にプロテクトやカバーを行い、GK のプレ
スに、安定した守備を実現できる GK が存在していた。技術的
ーをサポートしていた。GK の積極的なプレーを支える大きな要
観点として、世界のトップ GK は、シュートストップ時に、「つかむ
素して、DF 選手との連携があることは忘れてはならない。
'キャッチ(」べきか、「弾く'パンチング、ディフレク
ト(」べきか、状況に応じて的確に判断できていた。
クロスに対しても良いポジションを常に取りながら、
適切な予測と冷静な判断によってキャッチ、パン
チング、ディフレクトなど安定した対応を行ってい
た。このことは、安定した守備には欠かすことので
[写真]
きない重要な要素となる。
また、常に DF と連携しながら良いポジションを
維持し、DF の背後のスペースをカバーしながら、
スルーパスなどに対しては優れた予測と冷静な
判断に基づくブレイクアウェイなど、相手の突破を
許さないプレーを実現していた。DF も、GK がクロ
P. 6
冊子版ではご覧いただけます。
3) 日本の成果と課題
ここからは、世界と戦う中で分析された「日本の成果と誯題」
ムの成長がうかがえる。しかし得失点や試合内容を考え合わせ
について考えてみたい。日本は、前回大会の 1 勝 2 敗の勝ち点
ると、日本の成長を上回るスピードで世界のサッカーがレベルア
3'得点 7、失点 6(から、1 勝 1 敗 1 分けで勝ち点 4'得点 3、
ップしていることが実感された。
失点 4(に増やした。勝ち点からは、前回大会からの日本チー
① 日本の成果
-1 人とボールが動く攻撃
本大会では、日本女子サッカー全体として取り組んできた誯
しかし、ドイツとの試合の多くの時間帯で見られたように、ハイ
題が改善され、多くの成果が見られた。まずは、人とボールが
プレッシャー下の状況では、効果的な攻撃ができずボールを奪
動きながら、相手の組織的守備を打ち破る能力の向上が挙げ
われる場面がしばしば見られた。今後は、ハイプレッシャーの中
られる。特に、ロープレッシャーの中では、効果的な攻撃を数多
でも、効果的な攻撃や守備を行えるプレーの質とそれを支える
く実践することができた。ドイツなどの強豪国が相手でも、人とボ
意識、そしてフィジカル能力の向上により、多くのチャンスを生
ールを動かしながら日本は積極的な攻撃を仕掛け、チャンスを
み出すことが可能となるであろう。
作り出す場面も見られた。
-2 セットプレー
本大会では、セットプレーからの得点チャンスの創出という成
しかし、組織化された守備が整備される中で、セットプレーの
果が見られた。特に宮間選手のフリーキックは非常に精度が高
重要性は高まっている。日本においても、セットプレーの質の向
く、日本の数多くの得点を生み出し、世界のトップレベルにある
上には継続して取り組んでいかなくてはならない。
ことを印象づけた。
-3 最後まであきらめないメンタリティ
务勢な状態やこう着状態が続く苦しい状況でも、選手たちは
「最後まであきらめないメンタリティ」を見せてくれた。これまでの
ないメンタリティ」は、日本のストロングポイントへと成長を遂げた
ように思われる。
世界大会では、実力を発揮しきれない選手や激しいプレッシャ
今後は、最後まであきらめないメンタリティを持ち続け、積極
ーに臆してしまうなど、日本選手の闘うメンタリティの持ち方が誯
的に突破を仕掛けていくなど相手に果敢に闘いを挑んでいく
題として挙げられることがあった。しかし、今大会では、これらの
「闘うメンタリティ」への成長が期待される。
メンタリティの物足りなさは大きく改善され、「最後まであきらめ
[写真]
冊子版ではご覧いただけます。
P. 7
② 日本の課題
-1 判断能力
大きな誯題に、「ゲーム状況に応じた適切な判断能力の未発
[写真]
達」が挙げられる。
日本選手は、日本が優位に試合を進め、自身に余裕のある
冊子版ではご覧いただけます。
状況では、適切な判断ができ質の高いプレーが可能となってき
た。このことは、日々のトレーニングの蓄積による継続的な育
成・強化の成果と言える。
しかし、世界と戦う場合、現状では日本が务勢に立たされる
時間帯、例えばチームのバランスが崩れ、数的丌利な状況で
守備や攻撃を行わなければならない状況が多くなることは否め
ない。そのような瞬間的な判断が求められる厳しい局面では、
破した選手へ必要以上の選手がアプローチやカバーに行ってし
状況に合わせた適切な判断能力が非常に重要となる。この際
まうことが挙げられる。その結果、ゴール前の選手がフリーとなり、
に、日本選手は「プレーの原則」に基づいた判断が困難となり、
ゴールを守るためにより危険な場所や相手をマークしない場面
判断ミスから守備の傷口を自ら広げてしまう、あるいはボールを
などが見受けられた。
簡単に失ってしまうなどの場面が散見された。
「ボールを奪う」、そして「ボールを奪ってからの素早い攻撃」
一例として、相手にサイドを突破された場合、ペナルティー中
を実現するためには、まずハイプレッシャー下でも「ゲーム状況
央に相手選手が走りこもうとしているにもかかわらず、サイドを突
に応じた適切な判断を下せる能力」が必要丌可欠なのである。
-2 ビルドアップ能力
本大会の誯題として、最終ラインからのビルドアップ能力の向
日本が世界大会で上位進出を果たすためには、最終ライン
上が挙げられる。先に述べたように、組織化された守備が洗練
の選手を含めて、ボールを簡単に失わず効果的な攻撃を行う
され、相手は中盤からハイプレッシャーをかけて強固な守備組
ためのビルドアップ能力をさらに向上させることが生命線になる
織を形成する。その守備網を突破するためには、最終ラインか
ものと考えられる。
ら効果的かつ迅速なビルドアップが必要である。
-3 得点力を持つストライカー
上位進出を果たしたチームには、1 人で相手守備網を突破し
は、必ず攻守に力を兹ね備えた DF や MF、また DF ラインの背
得点できるストライカーが存在した。彼女たちに代表されるよう
後を安定的かつ積極的にカバーできる GK が存在した。日本が
に、「個の力'スケールの大きなタレント(」を育成することが日本
世界で戦うためには、上に挙げたような卓越した個の力を持っ
でも急務となるだろう。
た選手を数多く育成していかなければならない。
ストライカーに加えて、今大会でベスト 4 に進出したチームに
-4 フィジカルアビリティ
個のレベルアップに必要な誯題について考えてみたい。まず
また、それらフィジカル能力を生かすためには、迅速かつ的
世界のトップチームの選手との差に、「スピード+持久力」が挙
確な状況判断能力もあわせ持つ必要があることを忘れてはい
げられる。例えば、体栺などで务勢に立たされる日本の選手が
けない。
世界で戦うためには、20~30m をトップスピードで走りながらも
攻撃面では、キックの飛距離と精度を高めて、狭い局面のパ
確実なボール技術と対人スキルを発揮できること、90 分を通し
ス交換に加えて、チェンジサイドや相手 DF の背後を突くロング
て組織的な守備の質を保つためにハードワークし続けられること、
パスなど「ボールがダイナミックに動く」攻撃を支える技術の養
それらを実現できるフィジカル能力を強化していく必要がある。
成が必要となる。
-5 スローイン
本大会では、自チームのスローインを簡単に奪われてしまう
併せ持っている。特に自陣内でのスローインには注意が必要で、
場面がしばしば見られた。スローインは、サッカーのトレーニング
ドイツ戦では日本チームの自陣内スローインをカットされて失点
の中でどうしても見過ごされる傾向にある。しかし、フィールド選
している。そのため、スローインを効果的な攻撃につなげる意識
手にとって唯一手を使ってプレーできるスローインは、効果的攻
と実戦的スキルなどは、日本がすぐにでも取り組むべき誯題と
撃の起点となりうる。しかし女子選手の場合、その投げられる距
考えられる。
離の短さから、相手守備に狙われボールを奪われる危険性を
P. 8
4) 日本の方向性
これまでの分析を踏まえて、なでしこジャパンが世界
で戦い勝利するためには、「攻守に主導権を握るサッカ
ーを目指す」、「日本のストロングポイントを生かす」こと
が重要と考えられる。
[写真]
① 攻守に主導権を持つ
冊子版ではご覧いただけます。
攻守において主導権を握るためには、サッカー選手
に必要な要素である基本のレベルを上げていかなくて
はならない。その要素とは、①テクニック ②判断'ゲー
ムの理解・情報収集( ③コミュニケーション'かかわり(
④フィットネス'フィジカル・メンタル(のことを示し、この
基本全体を高めていく必要がある。
ワールドカップの戦いの中で、大橋監督は、「ロープレ
ッシャー下では発揮できるテクニックが、ハイプレッシャー下で
れは、国内における日常のゲーム環境がハイプレッシャー下に
なっていない現状にも起因する。
は発揮できないのが日本の現状である。」と述べている。国内で
日本の目指す方向性は、今大会において間違っていない。
はプレーできている選手たちも、ドイツやイングランドのハイプレッ
攻守に主導権を持ち、ゲームを展開していくためにも、さらに基
シャーに戸惑い、素早い判断と良い選択ができずにゲームを組
本のテクニックにスピードと持久力を高め、日常のゲームからハ
み立てられない場面が多かった。また、守備では、相手に身体
イプレッシャー下でプレーしていくことで素早い判断と良い選択
を寄せていけずに突破されてしまう場面が多く見られた。
能力を向上することにより、成し遂げられることになる。
ボールの移動中にいかに相手の自由を奪う、ボールを奪うア
プローチができるかが守備における主導権を握る鍵である。こ
② 日本の長所を生かす
日本の長所を伸ばすこと、全員がかかわり続けることが日本
況判断をしながら、攻守においてハードワークするのがトレンドで
を向上させるために丌可欠な要素である。ドイツ・ノルウェーやア
ある。日本人の長所とは何か。柔軟性、俊敏性、持久力、闘争
メリカのようなパワー・体栺を求めることはできない。また、ブラジ
心、規律、勤勉性、協調性といった点が挙げられる。こういった
ルのようなテクニックを求めることはできない。日本には、日本
長所を生かして強化していくことができれば、攻守においてチー
人の特徴を生かした「日本の道 “Japan’s Way”」を探求してい
ム全員がハードワークすることは日本人には可能であり、また現
くことが大切である。
代サッカーは日本の長所を生かせる方向に向かっていると言え
現代サッカーは、常にかかわり続けられる個をベースに、状
る。
③ 個のプレーの質
「Japan’s Way」を作り上げていくためには、更なる「個の育
さらに、基本タクティクスを身につけていくためには、「観る」こ
成・強化」が重要である。つまりサッカー選手に必要な要素であ
とが大切であり、アクションの前と後に、いつ、だれが、どこで、何
る①テクニック ②判断'ゲームの理解・情報収集( ③コミュニ
を、なぜ、どのように、何のためにプレーするのかを理解させて
ケーション'かかわり( ④フィットネス'フィジカル・メンタル(の基
いくことにより、選手の判断基準が上がり、基本全体を高めてい
本のレベルを上げていくことが必要である。
くことができる。
そのキーワードは、「動きながらのテクニック」「動きの習慣化」
「状況を観る・判断する」。
そういった基本レベルが土台にあってこそ、その上に「スペシ
ャリティ」が生まれてくるのである。
ボール運び、ドリブル、パス、コントロール、ラストパスとシュート、
ディフェンステクニックなどの基本テクニックを質の高い繰り返し
優れたサッカープレーヤー、スペシャルなスケールの大きい
の中で発揮できるように、シンプルにゲームから切り取ったシチ
選手を輩出していくために必要なことは、各年代の指導者が日
ュエーショントレーニングを設定し、選択肢がある中でプレーしな
本の進むべき方向性を共有し、各年代で取り組む誯題の克服
がら正確にプレーすることを獲得させていく。
に向けて全力を尽くすことである。一人一人の選手に対して、テ
そのうえ、ボールに寄る、パスしたら動く、良いタイミングで動き
クニック、判断、コミュニケーション、フィジカル・メンタルフィット
出すといった動きの習慣化を同時に習得させていくことが重要
ネスといったサッカーの基本を大きくし、そこから潜在能力を引
である。
き出していくことが大切である。
P. 9
3.
オリンピック競技大会 2008/北京
1) 大会全般
① 大会概観
4 回目となる北京オリンピック'Women’s Olympic Football
Tournament Beijing 2008(は瀋陽・天津・秦皇島・上海・北京
会連続 3 回目の優勝を飾った。'アメリカ
は、4 大会連続の決勝進出。(
の 5 都市で開催され、各大陸予選を勝ち抜いた 12 チームが参
なでしこジャパンは、予選リーグを 3 位通
加した。8 月 6 日から 21 日までの期間で合計 26 試合、東アジ
過した後、準々決勝で中国を破りベスト 4
ア特有の高温多湿な環境下、夕方のキックオフでゲームは行
に進出。準決勝アメリカに 2-4、3 位決定戦では、ドイツに 0-2
われた。大会は 12 チームが 3 つのグループリーグに分かれ、
と敗れメダル獲得はならなかったが、前大会のベスト 8 からベス
各グループ上位 2 チームと 3 位の上位 2 チームが決勝トーナメ
ト 4 へ躍進した。ポストアテネからの 4 年間の取り組みが今大会
ントに進出した。決勝戦は、前大会と同カードとなるアメリカとブ
での結果につながったと言えるだろう。
ラジルが対戦し、アメリカがブラジルを延長で 1-0 と下して 2 大
② 大会結果
女子サッカーは、4 年間に 2 度の世界大会、
すなわちワールドカップとオリンピックが開催され
大会回数
第 4 回(サッカー女子の競技として)
開催地
中国/北京(瀋陽・天津・秦皇島・上海)
開催期間
2008 年 8 月 6 日 ~ 21 日
参加チーム数
12 チーム
[アジアからの参加国]
[日本・DPR.K・中国]
る。オリンピックはワールドカップ後年に開催され、 大会成績
各国ともワールドカップからさらに完成度を増し、
優 勝:アメリカ
文字通り世界最高峰の大会となった。
第 3 位:ドイツ
準優勝:ブラジル
第 4 位:日本
本大会は、昨年の FIFA 女子ワールドカップ中
国 2007 の上位国であったドイツ、ブラジル、ア
メリカ、ノルウェーを中心に展開された。優勝し
たアメリカは「REBORN」、まさに生まれ変わった
日本の成績
第4位
[過去の最高成績]
[2004 年アテネ ベスト 8]
◆グループリーグ
8 月 6 日 △ 2-2(0-1)ニュージーランド
8 月 9 日 ● 0-1(0-1)アメリカ
8 月 12 日 ○ 5-1(1-1)ノルウェー
◆準々決勝
8 月 15 日 ○ 2-0(1-0)中国
◆準決勝
8 月 18 日 ● 2-4(1-2)アメリカ
◆3 位決定戦
8 月 21 日 ● 0-2(0-0)ドイツ
日本の試合結果
チームとなった。昨年のワールドカップでは、ア
テネオリンピック優勝メンバーである名プレーヤ
ー:Mia HAMM が抜け、ストライカーの長身 FW:
Wambach を中心とした「スピードとパワー系の能
力」をチームの中心戦略に据えた個で仕掛けて
いくサッカーを展開したが、ブラジルに惨敗した。
その結果を踏まえ、攻撃は守備的 MF の⑦
次回開催
2012 年ロンドン
Shannon BOXX、⑪Carli LLOYD を中心に全員
ハードワーク。さらに、DF は固定的な 3 バックシステムから脱却
がかかわりながら、しっかりとした組み立てから「スピードとパワー
し、状況に応じたゾーン DF への転身により、アグレッシブな DF
系の能力」を活かしてサイドを崩し、フィニッシュへ持っていく「組
からボールを奪い、ビルドアップもできるし、強力な 2 アタッカー
織的協働」を積極的に取り入れたことが奏功した。また守備で
を活かしたファストブレイクもできるチームへと完成度を増してい
は、前線の⑧Amy RODRIGUEZ から献身的な守備を持って、3
た。
ラインをコンパクトにハイプレッシャーな状況を作り出し、ゲーム
3 位となったドイツは、GK、センターDF、守備的 MF を軸に強
の主導権を握った。まさに個人のスピードとパワー系の能力を活
固な守備ブロックを形成し、組織的にボールを奪う守備をベー
かし、攻守における基本テクニックをベースに、全員がかかわる
スに、高度な基本テクニックを有して攻撃を構築していた。
サッカーへの「REBORN」が優勝につながった。
4 位となったなでしこジャパンは、前線からの厳しいアプローチ
準優勝のブラジルは、2004 年アテネ大会、2007 年ワールド
を展開。ハイプレッシャーな状況を作り出し、意図的にボールを
カップと 2 大会連続の準優勝国である。今大会は悫願の優勝
奪い、素早く攻撃するゲームプランで、予選リーグ第 3 戦からチ
を目指して、チーム力を底上げして臨んだ。⑩ MARTA、⑪
ームとしての勢いを創出した。
CRISTIANE の 2 人の決定力は言うまでもなく、どのチームに対し
ベスト 8 には、スウェーデン、ノルウェー、カナダ、中国という
てもこの 2 人で決定的な仕事ができるアタッカーである。また、
国々が進出し、欧米チームが世界の女子サッカーのけん引役
守備的 MF の⑧FORMIGA、⑨ESTER の攻守における献身的な
であることは、ワールドカップ同様に示された。
P. 10
2) 技術・戦術的分析
現代女子サッカーをデザインしていく上でのキーワードは、
タクティクス・テクニック・スピード・ハードワーク・メンタルで
ある。すなわち、ポストアテネの女子サッカーは、「より男
子のサッカーに近づいた」と言えるであろう。従って、現代
女子サッカーのトレンドは、「よりテクニカルに。よりスピーデ
ィーに。よりタフに。」と表現される。
プレアテネの女子サッカーは、「スピードとパワー系の能
力」をチームの中心戦略に据えたサッカーが優位を示し
ていた。しかし、アテネ大会におけるブラジルの躍進が、
「個人の質の高いプレー」を積極的に取り入れた「モダン
サッカー」への変革を印象づけた。そして、FIFA 女子ワー
[写真]
ルドカップ中国 2007 は、チーム全員がハイプレッシャーを
実現する要素を高いレベルで具現化していた。加えて、
冊子版ではご覧いただけます。
選手たちが、ハイプレッシャー下でも質の高い個のプレー
能力を生かして効果的な攻撃を実現していた。
さらに、今大会は、全員が攻守にかかわる「組織的協
働」を積極的に取り入れることにより、攻守の切り替えの早
い、状況に応じたプレーを選択し、「よりテクニカルに。より
スピーディーに。よりタフに。」という世界の流れに、自国の
プレーモデルをシフトチェンジしたチームが世界の主流に
なってきたと言える。
① 守備
-1 組織化された守備デザイン
組織化された守備は、FIFA 女子ワールドカップ中国 2007 に
からファーストディフェンダーのアプローチを徹底させて、時間を
おいて具現化されており、どのチームもボールを失ってからの切
作り、一度素早く帰陣し、守備ブロックを形成し、強固な守備か
り替えの早さは徹底されていた。今大会では、大きく分けて 2 つ
らボールを奪い攻撃につなげるというデザインである。
のデザインがあった。1 つは、アメリカ、ブラジル、日本のように、
一方で、各ライン'FW、MF、DF(の間には関係が丌完全なチ
ボールを失った瞬間からファーストディフェンダーのアプローチを
ームもあった。特に GK を含めた守備ラインは、FW、MF との組
徹底させて、プレーの選択肢を制限し、高い位置でボールを奪
織的連動の中で、味方、相手、ゾーンによって変化する状況を
うチャンスを意図的に作り出し、素早い攻撃に移行するデザイ
読み取り、アクションをし続けなければならないが、変化に対応
ン。もう 1 つは、ドイツ、ノルウェーのように、ボールを失った瞬間
する個人の能力が丌足しているチームもあった。
-2 デザインを支えるコンセプト
◆前線からのプレッシャー
◆中盤での狙い
上位のチームは、組織化された守備を支えるコンセプトとして
この組織化された守備デザインを支えていたのは、守備的
攻撃から守備への切り替えの早さが求められていた。どの選手
MF の献身的なハードワークによるところが大きい。ゲーム中、味
も、ボールを奪われたらまずは自らがすぐにボールを奪い返す
方、相手、ゾーンによって変化する状況に応じてバランスを保ち
意識と行動力を持ちアクションを起こしていた。特にアメリカの⑧
ながらアクションを続けていた。すなわち、前線からのアプローチ
Amy RODRIGUEZ、⑯Angela HUCLES、ブラジルの⑩MARTA、
により、選択肢に制限をくわえ、相手の攻撃を狭めた上で、意
⑪CRISTIANE、ドイツの⑨Birgit PRINZ、日本の⑪大野、⑰永里
図的に中盤でボールを奪うプランを実践していた。特に、アメリ
など、上位に進出したチームのアタッカーはボールを失った瞬
カの⑦Shannon BOXX、⑪Carli LLOYD、ブラジルの⑧FORMIGA、
間からアグレッシブにアプローチを行い、相手の攻撃の選択肢
⑨ESTER、ドイツの⑩Renate LINGOR、日本の⑩澤、ノルウェー
を制限していた。
の④Ingvild STENSLAND は、チームで戦略的にボールを奪うプ
ランを実行する上で、主軸となってコントロールしていた。
P. 11
◆GKを含めた守備ラインの質
カバーしていた。
ほとんどのチームが、3 ラインの守備ブロックを形成していた。
しかし、GK を含めた守備ラインの丌完全さも散見された。その
しかし、チームによってはその完成度が異なっていた。この点が
主なプレーは、DF の「観る」ことの丌足と GK の DF ライン背後の
上位に進出するか否かを決定した要因の 1 つであろう。
カバーリングである。チームが協働して守備をする上で、忘れて
GK を含め最終ラインからトップまでコンパクトな守備ブロックを
ならない要素として、アプローチ'チャレンジ(に対するカバーリン
形成し続けるためには、チームの協働が必要丌可欠であり、そ
グがある。鋭く深いアプローチ実現には、アプローチする個人の
のコントロールをリードする強固なセンターDF の存在は欠かせな
守備能力に加えて、チャレンジに対する味方選手のカバーリン
い。つまり、ポジショニング、ゲームを読む力、テクニック、フィジ
グが非常に重要となる。チャレンジに対するカバーが存在するこ
カルなどの要素を兹ね備えた個人の強さが必要である。その意
とで、アプローチする選手はリスクを恐れず鋭く相手に寄せるこ
味で、アメリカの③Christie RAMPONE、⑮Kate MARKGRAF、ブ
とが可能になる。つまり、チャレンジに対してカバーを組織的に
ラ ジ ル ④ TANIA 、 ⑤ RENATA COSTA 、 ⑯ ERIKA 、 ド イ ツ ⑰
行うという信頼関係があってはじめて、チームが積極的かつ効
Ariane HINGST、⑤Annike KRAHN らは、まさしく、個人の強さを
果的な組織的な守備が実現できると言える。ところが、味方、
有していた。また、1 対 1 の局面でも GK と協働することにより、
相手、ゾーンによって変化する状況に応じて連動できない。この
2 対 1 でボールを奪う。あるいは、シュートコースを狭めて GK の
主な要因は、ボールしか観ていないという点である。もちろん、
シュートブロックで防いでいた。
注意深さの欠如、疲労なども加わり、守備が破綻するチームが
さらに、GK の守備範囲は、チームによって異なっていたが、
あった。
FIFA 女子ワールドカップ中国 2007 と比較すると広くなっていた。
特に、アメリカ①Hope SOLO、ドイツ①Nadine ANGERER、スウェ
ーデン①Hedvig LINDAHL は、3 ラインをコンパクトに守る背後を
② 攻撃
-1 攻撃デザイン
[写真]
冊子版ではご覧いただけます。
守備ブロックの形成がより強固となり、ファーストディフェンダー
がアプローチをかけ、ハイプレッシャーな状況を作り出すと攻撃
の選択肢は制限されてしまう。これを打ち破るためには、ボール
を失った瞬間から、ファーストディフェンダーのアプローチを徹底
させて、プレーの選択肢を制限し、高い位置でボールを奪うチ
ャンスを意図的に作り出し、素早い攻撃に移行すること。すなわ
能力を有したセンターDF がビルドアップを行い、展開力のある
ち、ファストブレイクの精度が重要である。特に、アメリカ、ブラジ
中盤が組み立てながら、スピードアップするタイミングを図り、フ
ル、日本は、ボールを奪ってから、相手の守備が整わないうち
ィニッシュ段階へと攻略していた。
にフィニッシュまで持っていくファストブレイクの精度が高かった。
現代女子サッカーは、ますます組織化された守備がより強固
常にファストブレイクが仕掛けられるとは限らない。そこで、DF
になるため、攻撃の選択肢が多くなければ、ゴールへと導けなく
ラインからのビルドアップ、ポゼッション、そしてフィニッシュ段階
なっている。これからの攻撃デザインは、ファストブレイクもできる
へとボールを失わずに組み立てができる能力が必要である。ア
しポゼッションもできる。その上で、中央からの崩しとサイドからの
メリカ、ブラジル、ドイツ、ノルウェー、スウェーデンなどは、攻撃
崩しもできることが重要なコンセプトとなるであろう。
-2 デザインを支えるコンセプト
◆スピード
フィニッシュ局面へ入るチャンスを窺いながら、中盤で幅や深さ
組織的な守備を打ち破るためには、まず守備から攻撃への
を使ってボールをまわす組み立て、そして、相手の隙を意図的
切り替えを素早く行うことである。ファーストディフェンダーのアプ
に作り出し得点に結びつける力が必要である。そのためには、状
ローチと守備ブロックの形成が確立される前に、すなわち、相手
況に応じたスピードアップが重要なキーであり、判断力のスピー
の守備組織がアンバランスな状況を素早くアタックしていくスピ
ドが大切である。
ードがより重要である。特に、ブラジルは、相手の一瞬の隙を突
き、得点に結びつける決定力を有していた。それは、⑩MARTA、
◆ハードワーク
⑪CRISTIANE という決定力のあるストライカーに、トップスピード
現代サッカーでは、全員が攻守にかかわることがキーファクタ
でもぶれない基本の質の高さがあるからである。準々決勝のノ
ーの 1 つである。上位チームは全員がかかわり、人とボールを
ルウェー戦、準決勝のドイツ戦は、相手の強固な守備組織が整
動かしながら、ボールを受けられるポジションを取り続けるため
う前に、ファストブレイクから得点し、勝利を決定づけた。
に常に動いていた。機を見ては、どのポジションの選手もアグレ
またファストブレイクだけでなく、相手が守備組織を整えて守
備ブロックを形成した後は、ディフェンスラインからビルドアップし、
P. 12
ッシブに攻撃に参加し、チャンスメークしていた。特に中盤の運
動量は、ピッチ全域をカバーし、チームプレーに貢献していた。
◆選択肢の多いアタック
ゲームの勝敗を決定づける要因として、選択肢の多いアタッ
クが挙げられる。今大会は守備組織の向上とともに、自分たち
◆基本の質
ビルドアップ、組立、フィニッシュ段階へとゴールへ結びつける
ためには、基本の質が問われる。
のプレースタイルだけでは得点できない。例えば、カナダは身長
まずはキックの質である。ビルドアップに関して、ほとんどのチ
の高い FW をターゲットにしたサイドからのクロス、ノルウェーはリト
ームは、センターDF がプレーメークしていた。自分で持ち出すこ
リートした守備からのカウンターサイドアタック、といった選択肢の
ともできるし、20~30mのパスの質を有していた。また中盤は、
尐ないアタックでは、有効な攻撃が仕掛けられなかった。一方、
展開力のあるプレーを創出していた。これは 1 本のパスでサイド
アメリカはコンパクトな守備からボールを奪うと FW を起点に中央
を変えられる飛距離、強さ、角度の質が高く、強固な守備ブロッ
突破もあるし、スピードあるサイドアタックもあった。ブラジルはポ
クが形成されていても、そのわずかなシュートコースを突いて狙
ゼッションからリズムチェンジしアタッキングサードを崩せるし、フ
うことのできるミドルシュートの精度があるからである。
ァストブレイクでは 2 人の選手で決定的な仕事ができた。
次に動きながらのプレーである。ボールを失わないファースト
このように、相手の守備組織の状況に応じて選択肢を多く持
タッチ、トップスピードでのコントロール、ターンのテクニック、動き
ち、ファストブレイクもできるしポゼッションもできる、中央突破も
出しのタイミングなど、周囲の状況を常に観ながら良いポジショ
できるしサイドアタックもできるといったプレーイメージを持たない
ンを取り続け、動きながらプレーしていた
と勝ち残っていけなくなった。
そしてサッカーの理解である。サッカーの攻防において、いつ
どのようにかかわることによりゴールできるか、ゴールを防ぐこと
ができるか、メンタルの部分も含めてその判断基準となるものの
質が高い。
③ ゴールキーパー
各国ゴールキーパー'GK(にレベルの差はあるものの、全体
ーピング・身体能力の高い選手がおり、GK が安定するチームが
的には技術の向上や個人のレベルが高い選手が見られた。ベ
上位に残ったとも言える。GK として、「ゴールを守る」「ボールを
スト 4 に残ったチームの GK のレベルは高く、安定したゴールキ
奪う」「攻撃への参加」の 3 つの面から分析を行った。
-1 シュートストップ
シュートストップにおいては、安全確実にゴールを守るために
ドイツ①ANGERER、アメリカ①SOLO は、シュートストップにおけ
良い準備から「掴む'キャッチング(」「弾く'ディフレクト・パンチン
る守備範囲が広く、ダイビングにおいてもパワーもあり、高く広くゴ
グ(」の判断がなされ、プレーの選択肢を持ち、堅実なプレーと
ールを守っていた。その中でもディフレクティングの技術も高く、
してゴールを守っていた。
パワーを持って遠くに大きく弾き出し、キャッチングかディフレク
その中で、日本①福元は常に良い準備をして良いポジション
ティングの判断も状況に応じて的確にできていた。相手組織を
を取りながら、シュートに対して安全確実に対応していた。シュ
崩しきる前にミドルシュートでゴールを狙ってくるチームが多かっ
ートストップにおける状況に応じた技術と判断、DF と連携しなが
たが、DF の素早いプレッシャーと GK 自身の正しいポジショニン
らシュートコースを限定し、難しいショートバウンドのボールに対し
グにより簡単にゴールを割らせることは尐なかった。
ても堅実なゴールキーピングをしていた。
-2 ブレイクアウェイ
コンパクトフィールドを形成するために DF ラインを高く設定する
対応になる局面も見られ、1 対 1 の対応・相手との駆け引き・出
チームや、リトリートしブロックを形成してゴール前を固めるチー
る出ないの判断・プレーの選択など、より良い準備・状況判断が
ム、反対に攻撃の戦術においてビルドアップせずに単純に DF ラ
求められる。
イン背後に蹴り込んでくるチームと、様々な戦術の中で、DF 背
ドイツ①ANGERER、スウェーデン①LINDAHL は、積極的に DF
後に来るボールに対してケアをし、ペナルティエリアを飛び出し
背後のスペースをケアし、足でプレーする場面やフロントダイブ
足でプレーする選手や、フロントダイビングによって相手からボー
によってボールを奪っていた。その中でゴール前でのルーズボ
ルを奪うプレーが見られた。その中で DF と連携し、GK の素早い
ールや難しいバウンドボールに対しても、相手が来る中でも身体
判断によって DF はプロテクト・カバーリングなどをすることができ、
を投げ出しダイビングするプレーも見られ、ボールを奪う意識・
GK がプレーしやすい環境も作り出していた。
状況での判断が的確にできていた。
また、GK と FW が 1 対 1 になる状況では、GK にとって難しい
P. 13
-3 クロス
全体的には守備範囲は広いとは言えないが、落下地点の予
測や積極的にボールを奪う意識を持った選手、クロスに対して
コンタクトスキルも強く、混戦の状況下でも堅実なプレーを発揮
していた。
チャレンジする際にキャッチングかパンチングかの的確な判断、
中国①ZHANG Yanru は、滞空時間の長いクロスに対して常に
コーナーキックやフリーキックなど混戦の中でもボールを奪う能
予測を持ちながらボールの落下点を把握し、安全確実に正面
力のある選手も見られた。
でキャッチしていた。
ドイツ①ANGERER は、ブレイクアウェイと同様にボールを奪う
また、コーナーキックでは多くのチームが全員守備を採用し、
意識が高く、良い準備の中から安全確実なハイボールキャッチ
マンツーマンとゾーンを併用して相手にスペースを不えないとい
ングを行い、パンチングにおいてはパワーをも持った入り方でパ
う組織が徹底されていた。
ンチングの距離・角度・方向など技術の高さが見られた。また、
-4 攻撃への参加 (ディストリビューション・パス&サポート)
攻撃の第一歩という点から、GK がキャッチしてから状況を観
日本①福元は、ビルドアップに参加したり、状況によってはロン
てスローかキックの判断をし、前線のスペースへ動き出す選手
グキックによって配球をしたりと常にゲームにかかわりながらプレ
へサイドボレーキックで的確に配球したり、前線にいる長身のタ
ーしていた。また、左右両足で蹴れる選手が尐ない中で的確に
ーゲットとなる選手へボレーキックで配球したり、ダイレクトプレー
左右を使い分けプレーをしていた。
を意識した配球がなされ得点が生まれる場面が見られた。また、
ブ ラ ジ ル ① ANDREIA ' グ ル ー プ リ ー グ 2 ゲ ー ム ( 、 ⑫
ボールをキャッチしてから素早く DF 選手へ配球しビルドアップす
BARBARA'グループリーグ 1 ゲーム・決勝ラウンド全ゲーム(の
るチームや、GK へバックパスをし GK を含めながらビルドアップし
2 選手は DF へつなぐプレーが多かったが、前線の選手がフリー
ていくチームも見られた。その中で GK 選手のフィールドプレーの
であればダイレクトプレーを意識して素早くスローし、有効な配球
質も高さが要求され、サポートの質、キックの質・距離・スピー
をしていた。また、キックにおいても的確に判断し、味方選手に
ド・方向について、各国選手の差が大きく表れたプレーとも言え
対してピンポイントで素早く配球し有効な攻撃へとなっていた。
る。
-5 育成年代への示唆
ゴールキーパーとして、「ゴールを守る」「ボールを奪う」「攻撃
への参加」といった面から各国選手のレベル差はあるが、全体
的に技術・戦術など質が高くなっている。
じた。
「ボールを奪う」という部分では特にクロスにおいて、落下地点
を予測するための準備、ゴール前での混戦状況、大型選手に
「ゴールを守る」という部分では、日本①福元はシュートストッ
対しての対応では、DF との連携'プロテクト&カバー(やコンタクト
プにおいては、堅実なプレーで技術的にも戦術的にも世界でトッ
スキルの向上などが必要であろう。また、キックの距離やスピー
プレベルと言える。他国の選手は身体能力に任せているプレー
ドを見て、低く速いボールや予測が難しい軌道のボールの対応
もあったが、日本選手のストロングポイントとして今後も育成年代
なども、今後トレーニングの中で誯題として取り組んでいかなくて
から継続して基本技術・戦術の徹底を図り、安全確実なプレー、
はならないであろう。その中で、常に良い準備をして、状況に応
堅実なゴールキーピングを目指し取り組んでいく必要があると感
じて的確な判断をして技術の発揮をしていかなくてはならない。
「攻撃への参加」という部分では、全体的には GK を
有効に使っているチームは尐なく、また正確に長いボ
ールを蹴れる GK 選手も尐ない。サポート・コントロー
ル・パスの質といったサッカー選手としての技術、GK と
してのキック・スローの技術を向上するとともに、攻撃に
対する戦術理解を深め、有効な攻撃に繋げるための
[写真]
冊子版ではご覧いただけます。
配球を考えていかなくてはならない。
サッカー選手として、そして GK としての基本技術の
徹底、守備・攻撃における戦術の理解、フィジカルの
向上は、育成年代において取り組むべき要素である。
また、世界的に大型化している GK が多い中、日本で
も大型選手へのアプローチを行うとともに、様々なタイ
プの GK 選手のレベルアップが必要である。今後もナシ
ョナルトレセンやスーパー尐女プロジェクトを通して発信
していき、トレーニング環境の向上も含めて育成・強化
を図っていかなくてはならない。
P. 14
3) なでしこジャパンの戦い
① 大会に向けた強化
北京オリンピックへ向けた強化は FIFA 女子ワールドカップ中
の強豪に対するプレーイメージを共有するとともに、実戦に近い
国 2007 の反省から、世界の強豪対策とフィジカル面の強化が
厳しさで効果的な準備ができたと思われる。キプロスカップには
重要と考えた。
若手主体で参加し、大会ばかりでなくトレーニングも相当ハード
世界の強豪対策としては、3 月キプロスカップ、6 月アジアカッ
にこなし、若手の成長を促した。
プ、7 月壮行試合などで体栺・体力に勝る相手を経験し、国内
フィジカル面については育成年代から発育発達に応じた強化
では高校生や大学生男子との合同トレーニングや練習試合を
が必要なので、U-20・U-17 日本女子代表候補を含めて一貫
行った。合同トレーニングは佐々木監督が指揮を執って、世界
的な取り組みを開始した。
② なでしこジャパンのチームコンセプトと総評
チームコンセプトは攻守にアクションすること、3 ラインをコンパ
ランドは永里・大野の 2 トップ、MF はフラットで左から宮間・澤・
クトに保つこと、積極的に前線から厳しいアプローチで意図的に
坂口・安藤、DF は左から柳田・矢野・岩清水・近賀、GK は福元
ボールを奪い、効果的な攻撃につなげることだった。
を起用した。その後の試合では、キャプテンの池田をセンターバ
我々は 10 年以上も相手のハイプレッシャーに対してどのよう
ックに戻しディフェンスのイニシアチブを持たして安定させ、左サ
に対応するか、ボールを持った局面を改善することを主に考え
イドバックには矢野が入った。FW の交代は荒川・丸山、MF は
てきた。しかし攻撃を改善するためには、守備を改善するという
原・加藤・宇津木、GK には海堀が控えていた。18 人の選手が
考えに立ち、相手をハイプレッシャーな状況に追い込むことがで
一体となり、スタッフも含めて、良いチームワークを発揮した。
きれば、相手ボールを奪い素早く攻撃に移れ、数的優位で効
果的な攻撃につながる局面が多く創出できる。この発想の転換
は、まさしく日本の良さを生かす今後の方向性を示したと言える。
世界大会で真剣な試合を 6 試合行ったのは初めての経験で
はあったが、徍々にピークパフォーマンスに持っていけた。
しかしベスト 4 からの戦いはもう 1 つ壁を超えないと勝てない。
すなわち、日本の女子は体栺・体力では世界の強豪に务るが、
アメリカに 2 敗、ドイツに 1 敗はまだまだ力と工夫が足りないと言
テクニック・持久力・組織力では優れている。そのストロングポイ
える。だがその差は今までよりも小さくなり、逆転可能な差と希
ントを生かすことが今後の方向性だと思われる。
望が持てる。
今大会の日本のシステムは 1-4-4-2 で、初戦のニュージー
[写真]
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P. 15
③ 日本の成果
-1 フィニッシュ
意図的にボールを奪って素早い攻撃に転じ、多くのチャンス
を創出できた。6 試合で 11 得点はかなり評価できる。相手ボー
ルを奪ってファストブレイクで 4 得点、ボールを奪ってからのセッ
トプレーからが 3 得点だった。個人別では澤 3 得点、大野 3 得
点、永里 2 得点、原・荒川 1 得点でオウンゴールが 1 点あった。
[写真]
宮間は左サイドから攻撃の基点となり、セットプレーのキッカーと
して多くのチャンスを創り出した。
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FW の大野・永里はフィニッシュに対して積極的で、数多くシュ
ートを打った。その姿勢がゴールにつながったと思われる。澤は
大事な場面で大胆に決めた。
日本はストライカーが点を取れないと言われるが、世界の強
豪チームにいるような体栺・体力が抜群の強烈なストライカーの
出現というのは、まさに稀だと考えたほうが良いだろう。チームと
してチャンスを多く作り、積極的にシュートする意欲・メンタリティ
をチームの共通理解として持つことの方が得点につながるので
はないだろうか。
ここぞというときに攻撃に人数をかけ数的優位を作ってゴール
に迫り、思い切り良くフィニッシュする。今回のように攻守にアク
ションするサッカーが実践でき、チャンスが多く創出できるので
だが、試合ではフィニッシュに対して慎重になりすぎたり過緊張
あれば、大胆にフィニッシュすることを心がけ、過度に緊張感を
になったりすることはマイナスになることが多い。
持たない方が良い。もちろん決める精度は高める努力をするの
-2 パスワーク
日本のパスワークは十分に通用した。GK、DF からビルドアップ
ネオリンピック以降スターティングメンバーに名を連ねた、福元・
して、相手に方向を規制されずボランチ・サイドバック・サイドハ
近賀・岩清水・阪口・宮間・永里・大野など若手の成長もあり、
ーフ・トップが絡んで良いハーモニーが随所に表現できた。アテ
パスワークはこの大会でトップレベルと言って良いと思われる。
-3 ボール支配率を上げるスキル
相手と競り合うヘディング・スライディング・コンタクトスキルは、
選手たちの身体を張るという気迫が伴い、相当レベルアップした。
アテネオリンピック以降、地道に取り組んで来た成果だと言え
る。
-4 メンタリティ
今回のチームは重要な場面で、あきらめないメンタリティを発
5-1 で快勝できたのはなでしこジャパンの選手たちのメンタリティ
揮した。初戦のニュージーランド戦では 2 点のビハインドを終了
の強さを示した。メンタリティの強さはなでしこの伝統としたいも
間際で引き分けに持ち込んだ。また、グループリーグの第 3 戦ノ
のである。
ルウェー戦は勝たなければ決勝トーナメントにいけない状況で、
④ 日本の課題
-1 ゴール前の攻防
北京オリンピックでは 6 試合を戦い、11 得点 10 失点だった。
やオフサイドにかからないようにラインを観ながらタイミングを計
欲を言えばもっと点が取れたし、失点も尐なくできた。ゴール前
るなど習慣化したいし、守備側はボール・ゴール・マークを常に
の攻防は永遠の誯題として取り組まなくてはならない。ゴール前
意識しながら相手に対応し、体を張ったディフェンスができるよ
の攻防をもっとハードにトレーニングに取り入れる必要がある。ト
うにしたい。育成年代からペナルティエリア周辺の攻防を多くし
レーニングの質・選手の理解・とっさの反応ができるようにする
ていかなくてはならない。特に 12 歳以下は尐人数'8 対 8 など(
必要性を痛感した。
の試合で、ボールを扱う機会やゴール前のプレーを多くして改
ストライカーはシュートばかりでなく、DF ラインを突破する工夫
P. 16
善したい。
-2 基本の質
ゴール前だけ改善できれば勝てるのか、というとどうだろうか。
い準備をして動き出しを早くする必要がある。言い換えれば、こ
大事なところでのパスミスやほんのわずかな判断ミスからチャン
れが日本の生命線となる。一例として澤がボール奪取能力に
スを逃したり、逆襲を受けたりするケースが多いのではないだろ
優れているのは、動きながら周囲を観て、動きを止めずにここぞ
うか。日本はテクニックのレベルは高いが、動きながら周りを観
というタイミングで相手ボールを奪うからで、他の選手でも習慣
て良いポジションを取り、予測する習慣をもっとつけて、プレーの
づければできないことはない。
精度を上げていく必要がある。体栺・体力で务る分、尐しでも良
-3 キックの精度
深い芝でボールが走らないピッチでは、パスが弱くなり主導権
ず、善戦したものの 0-1 で敗れた。
を取れないことがあった。グループリーグのアメリカ戦はボール
の走らない芝に苦しみ、日本の特長と言えるパスワークが冴え
深い芝のピッチでのトレーニングを日常的に行い、パススピード
を上げることとパスの強弱の感覚をつかむ必要がある。
-4 フィジカル
アテネオリンピックで負けたときと同様に、フィジカルフィットネ
コンセプトで世界の強豪国に勝つためには、90 分間活発に動き
スの差を痛感した。フィジカルフィットネスの強化とフィジカルの
ながら予測と集中を切らさない持久力、相手に負けないスピー
強いタレントの発掘・育成が必要。育成年代から発育発達に応
ドとパワー持久性を高めていかなくてはならない。
じた強化を続けなくてはならない。攻守にアクションするチーム
⑤ 今後の強化
中国がホストした 2007 年ワールドカップ・2008 年オリンピック
2011 年のドイツワールドカップのアジア予選は 2010 年 6 月
と違い、今後の世界大会はアジアからの出場国がワールドカッ
頃のアジアカップになる。日本のストロングポイントを磨き、世界
プは 2.5 カ国、オリンピックは 2 カ国になるため競争が厳しくなる。
の強豪とも試合をする機会を増やしながら、新たなタレントの発
日本・DPR.K・中国・オーストラリア・韓国の 5 カ国の戦いは熾烈
掘・育成に力を入れたい。次はメダル獲得を目標に。
になるだろう。次の予選、将来に向けた準備が必要になる。
[写真]
冊子版ではご覧いただけます。
P. 17
4.
FIFA U-20 女子ワールドカップ チリ 2008
1) 大会全般
① 女子サッカーの世界大会とU-20ワールドカップ
女子サッカーの世界大会は、代表トップチームが参加するワ
ールドカップ、オリンピックを頂点としている。現在、年齢制限を
設けた世界大会としては、男子と同じく U-20'20 才以下(と
U-17'17 才以下(のワールドカップが、FIFA によって 2 年ごとに
開催されている。女子の育成年代の世界大会は、2002 年カナ
ダで「U-19」 として開催 された大会' FIFA U-19 Women’ s
World Championship Canada 2002(から始まり、2004 年タイ大
開催される。FIFA U-20 女子ワールド
カップは、その直下の世界大会であり、
Christine SINCLAIR'カナダ(、MARTA
'ブラジル(、馬'中国(選手など、この
大会で活躍した選手たちが、その後各国トップチームの中核選
手となる場合が多い。そのためこの大会は、育成年代の最終期
となる選手たちが、世界を肌で感じ、自身の実力を推し量る貴
会 と続き 、 2006 年ロ シアか ら 「U-20」 の大 会' FIFA U-20
重な機会であるとともに、将来の世界のトッププレーヤーへの登
Women’s World Championship Russia 2006(となった。そして
竜門として位置づけられる。
本大会より、U-20 女子「ワールドカップ」'FIFA 大会回数
第4回
開催国
チリ
U-20 Women’s World Cup Chile 2008(となった。
開催期間
2008 年 11 月 19 日 ~ 12 月 7 日
本大会には、各大陸予選を突破した 16 チーム
16 チーム
が参加し、2008 年 11 月 19 日から 12 月 7 日ま 参加チーム数
[アジアからの参加国]
[日本・DPR.K・中国]
での期間で合計 32 試合が行われた。大会では、
大会成績
優 勝:アメリカ
16 チームが 4 つのグループに分かれて予選リーグ
準優勝:DPR.K
を行い、各グループの上位 2 チームが決勝トーナ
第 3 位:ドイツ
メントに進出した。決勝ではチケットが完売し
第 4 位:フランス
12,000 名の観客でスタジアムが埋まるなど、チリ 日本の成績
ベスト 8
でのサッカー文化の定着と女子サッカーへの関心 [過去の最高成績]
[2002 年カナダ ベスト 8]
の高まりが感じられた。前大会の覇者である DPR.K 日本の試合結果
をアメリカが破って 3 大会ぶり 2 度目の優勝を果た
した。
女子サッカーでは、ワールドカップとオリンピックが、
年齢制限のない世界のトップレベルの大会として
次回開催
◆グループリーグ
11 月 20 日 ○
11 月 23 日 ○
11 月 27 日 ○
◆準々決勝
12 月 1 日 ●
2-0(2-0)カナダ
2-1(1-0)ドイツ
3-1(2-1)コンゴ
1-2(1-1)DPR.K
2010 年ドイツ
② 女子サッカーの世界地図
本大会覇者のアメリカは北京オリンピック、3 位のドイツは昨年
のワールドカップと、直近の世界大会でそれぞれ優勝しており、
育成年代の取り組みがトップチームの強化に関して非常に重要
であることが再確認された。
そしてベスト 8 に進出したブラジルは、トップチームが世界大
会で連続してファイナリストとなっており、育成年代からの強化が
項調に進んでいること、日本・イングランドについては、近年トッ
プチームが世界大会で着実に実績を上げつつあり、育成年代
また準優勝の DPR.K は、前回の U-20 女子ワールドカップ、
本年の U-17 女子ワールドカップを制しており、育成年代では世
界のトップレベルであることを証明した。
においても今後の動向が注目される。
③ 世界の中でのアジア
アジアの国々の戦いについて見てみると、日本の最大のライ
バルである DPR.K は前回大会に続いて決勝進出を果たし、育
成年代では世界の女子サッカーの 1 つのスタンダードであること
が示された。日本は、DPR.K に 1-2 と惜敗したものの、アジア
予選時に比べて確実にその差が縮まっていることが確認できた。
また 3 位となったドイツをグループステージで破るなど、世界の
強豪国に近づく潜在的可能性を示した。中国はグループステ
ージでの敗退となったが、優勝したアメリカに勝利するなど、日
P. 18
本同様アジア予選からの成長がうかがわれた。
育成年代では、アジアのライバルである DPR.K を追い越すこと
が世界のトップレベルに直結すること、予選から本大会までの 1
年間にチームが大きく成長する可能性が大きいことが確認され
た。そして、アジアのサッカーのレベルが確実に世界に接近して
いること、そしてレベルアップの鍵が、「個のプレーの質の向上と
チームの協働」にあることを深く印象付けられた。
2) 技術・戦術的分析
① 「個のタレント育成」と「チーム戦術の適応」 (トップチームへの準備)
サッカーでは、「個のタレントに委ねる部分」と「チーム戦術を
シャーをかけてボールを奪い、リスクを負わないロングフィードか
適応する部分」の 2 つのプレー要素が存在する。本大会では、
らのビルドアップといった「チーム戦術」を徹底して、それぞれの
育成期から強化期へと成長する年代の選手に対して、上記の
トップチームに近い戦い方でゲームを進めていた。
2 つの要素のバランスが各チームにより異なっていた。ここでは、
本大会でベスト 8 に進出した主な国について見てみたい。
日本は、守備面では前線からハイプレッシャーをかける「チー
ム戦術」を徹底し、攻撃面では緩やかな「チーム戦術'人とボー
ドイツ・フランス・ブラジルは、「個のタレント」をベースにしなが
ルが動きながらのアクションサッカー(」のもとで、「個のタレント」
ら緩やかな「チーム戦術」を採用していた。それらチームの試合
が発揮されていた。この戦い方には、なでしこジャパンのコンセ
では、「個の育成」に軸足を置きつつも大人のサッカーへの移行
プトが多く取り入れられており、トップチームに近いサッカーを志
を意識したオーソドックスなサッカーが進められていた。
向していたと考えられる。
一方、アメリカ・DPR.K は、自陣でグループによる厳しいプレッ
② オリンピックやワールドカップ(トップチーム)との比較
北京オリンピックや FIFA 女子ワールドカップ中国 2007 で見ら
米やアフリカの選手は先天的な身体的資質'体栺・パワー・しな
れたように、近年の女子サッカーでは、個の高い守備能力と組
やかさ・スピード(を活用していた。これに対して、DPR.K はトレー
織的協働による「ハイプレッシャー下でのサッカー」が主流とな
ニングによって高いフィジカルアビリティを獲得しているものと推
っている。しかし本大会では、「ハイプレッシャー下でのサッカ
察され、アジアのフィジカル強化策のモデルとなろう。次に、「実
ー」がそれほど見られなかった。その理由として U-20 の年代で
戦的基本技術」である「とめて、蹴る」といった実戦的技術の質
は、育成と強化の両者の要素が求められることが挙げられる。
が、非常に高いレベルにあった。そのため、やや単調なプレーが
そのため、先述した通り、各国の育成・強化のスタンスに差異が
多い中でも、上位進出チームにはこの 2 つの要素を攻守の両
存在し、守備のチーム戦術の徹底が十分に行われていなかっ
局面で活用し、局面の打開を図ることのできる選手が数名存在
たものと推察される。
した。
このような状況の中、本大会の上位進出チームに共通して見
られた要素として、「フィジカルアビリティの高さ」と「実戦的基本
TSG では、これら優れた「個のレベル」と「徹底したチーム戦
術」に対応し、打ち破るために必要な要素について分析した。
技術の高さ」が挙げられる。「フィジカルアビリティ」について、欧
③ 守備
-1 個の高い守備能力と組織的守備
本大会の上位進出チームでは、「個の高い守備能力」をベー
ルには高められていなかった。しかし、ペナルティエリア付近か
スにして緩やかな「組織的守備」が行われていた。言い換えれ
らは、簡単に決定的なプレーさせない「身体を張った激しい守
ば、多くのチームで組織的守備は導入されているものの、「チー
備」が見られ、ゴール前の攻防については各国ともに非常に激
ムとしての協働」がチームとしてハイプレッシャーを実現するレベ
しく厳しい守備が行われていた。
-2 チームの協働によるハイプレッシャー実現に向けて
世界との戦いの中で個のタレントで上回る相手に対しては、
ョン(を取ること、すなわち守備のグループ戦術'チャレンジ&カ
「ハイプレッシャーをかけてグループでボールを奪うこと」が求め
バー(の徹底が必要となる。本大会では、日本が上記の守備戦
られる。守備におけるハイプレッシャーを実現するためには、
術を採用し、個のタレントで上回る相手選手に対して大きな成
「“ボールを奪いに行く”意識と行動力」が必要丌可欠となる。特
果を上げていた。
に相手の能力が高い場合に、相手との間合いを開けすぎる'ス
トップチームとして世界で戦うためには、ハイプレッシャーと強
ペースと時間を不える(と、守備が困難となる。そのため、まず
固な守備の実現が必要であり、そのためにはボールを奪われた
相手を恐れず前線から「意図的に相手ボールのプレーコース
らすぐに奪い返す「個人の責任」とチームでの連動「組織の役
'プレーの選択肢(に制限を加えるアプローチ」が必要となる。こ
割」の両者が必要丌可欠な要素でとなっている。そのため、個
のプロセスで大切なことは、まずは守備の個人戦術と対人能力、
人レベルの守備能力の向上には、育成年代の早い時期から取
そして勇気ある決断力を身につけることである。次に、意図的に
り組むことが重要となる。加えて、適切な年齢で守備のグルー
制限を加えたプレーコースに対して、「ニュートラルポジション」
プ戦術の定着がなされれば、チームとしての様々な守備の連
'積極的な守備もカバーもできる、多様な対応が可能なポジシ
動が円滑に行えるであろう。
P. 19
③ 攻撃
-1 実戦的基本技術と状況判断能力
本大会の上位進出チームでは、高いレベルの実戦的基本技
チームでは、選手の中に状況判断のミスを繰り返す選手が散
術を多くの選手が備えており、その中に「個の力で相手を突破
見され、試合を通じて攻撃のクオリティが維持されない原因と
する能力」を持つ選手が存在した。未だ研ぎ澄まされてはいな
なっていた。
いものの、広い視野と高いキックの精度、そして創造的なアイデ
またこの年代の強豪国では、ペナルティエリア付近での守備
アを発揮できる選手が見られた。DPR.K やアメリカなど、DF ライ
は非常に激しく厳しいものであった。その守備を突破するために
ンからのロングフィードが中心のチームでは、リスクを減らしたロ
は、相手のすきを見逃さない、あるいは強引にでも相手守備網
ングフィードからそれら高いタレントを持つ選手が攻撃をリードし
をこじ開けて、ゴールへ向かう意識とそれを実現するスキルを
ていた。一方、ドイツ・ブラジル・フランス・日本などは、DF ライン
持つ選手が重要となる。この点に関しては、各国にその潜在的
からビルドアップを行い、高いタレントを持つ選手が攻撃にアクセ
可能性を垣間見せる選手はいたものの、彼女たちも未だ厳しい
ントをつけチャンスを作っていた。これらビルドアップを志向する
プレッシャー下ではコンスタントに能力を発揮できるレベルには
ためには、実戦的基本技術に加えて、周りを観て適切な状況
達していなかった。
判断をする能力がチーム全体に求められる。しかしこの年代の
-2 攻撃におけるアクションサッカー実現に向けて
組織化された守備を突破するためには、人とボールが動きな
のアクションが個人レベルで行える選手が存在した。一方、日
がら、グループでの組織的な攻撃が重要となる。しかし、ボール
本では、ボールを保持しながらも消極的なプレーが多く、せっか
をチームで保持しているだけでは、ゴールの機会は訪れない。
く作り出したアクションの機会を見逃してしまう場面が多く見られ
質の高い攻撃の実現には、高いレベルの「実戦的基本技術」と
た。また自分の意図を味方選手にしっかり伝えきることができず
「状況判断能力」が必要丌可欠である。ボールを動かしながら、
に、貴重なチャンスをつぶしてしまう場面も見られた。
「いつ、どのようにアクションを起こすのか」について、常に考え判
身体能力に優れ、チームで協働した相手守備陣を突破する
断できる能力を伴わなくてはならない。やみくもにゴールへ向か
ためには、ボールを動かしながら突破のアクションを判断する能
うことだけを考えていてはいけない。しかし、ゴールを奪うために
力と、そのプレーをしっかり伝え実現する技術が必要丌可欠に
は、ゴールへ向かう勇気あるアクション'裏への飛び出しやドリブ
なる。メンタリティを含め、ゴールに向かい相手を突破する個人
ルでの仕掛け(も必要なのである。
能力の育成は、育成年代で日本が長期的に取り組むべき大き
今大会でも上位に進出したチームには、そのようなゴールへ
な誯題と考えられる。
[写真]
冊子版ではご覧いただけます。
P. 20
3) 日本の戦い
① 大会に向けた強化
この大会に向けて、2007 年 2 月に AFC U-19 女子選手権
戦した。スウェーデン遠征では同国代表選手を含むクラブチー
大会の参加対象年齢である選手たちを多く招集し、「なでしこチ
ムに 3 連勝するなど手ごたえがあり、AFC U-19 女子選手権大
ャレンジプロジェクト」を行った。2007 年 10 月に重慶で AFC
会では DPR.K に敗れたが、2 位となり FIFA U-20 女子ワールド
U-19 女子選手権大会が行われたが、そこまでの強化は国内
カップの出場権を獲得した。
合宿やオーストラリアとの戦いを想定したスウェーデン遠征など
を行った。
佐々木監督は世界の強豪を破るために、日本のストロングポ
イントを発揮して、相手の良さを消し日本の良さを出すことに挑
その後も定期的に国内合宿を行い、2008 年 8 月はフランス
遠征を行った。この遠征ではヨーロッパでもトップクラスのクラブ
チームのリヨンを破るなど 4 連勝し、U-20 ワールドカップに臨む
良い準備ができた。
② 日本の戦い
-1 グループリーグ: vs カナダ
サンチアゴのスタジアムは人工芝'短めでゴムチップの入った
タイプ(で、初夏のサンチアゴではピッチ上はかなりの暑さを感じ
た。強い日差しに加え、試合前に水を撒くので下からの熱でか
なり暑かった。'最初のトレーニングではピッチ上の温度は 34℃
に達していた。(グループリーグ第 1 戦は、北中米予選でアメリ
カを破り 1 位となったカナダと対戦した。
体栺・体力を生かしたサッカーをするカナダは欧米の強豪の
典型であるが、その特長を消し日本の良さを生かす戦いが実践
できた。積極的に前からプレスして相手のミスを誘発させ、ボー
ルを奪って速攻や落ち着いて攻撃を組み立てて、日本らしい戦
[写真]
いができた。2-0 と快勝し良いスタートを切った。
冊子版ではご覧いただけます。
-2 グループリーグ: vs ドイツ
ヨーロッパ 1 位でワールドカップに出場したドイツは、好選手を
揃えていた。大きいばかりでなくテクニックもあり、それぞれ特長
のある選手がバランス良く配置され、この年代では間違いなく世
界のトップクラスと思われた。
日本はカナダ戦とほぼ同じメンバー'GK だけ小林から菅原に(
でスタートした。カナダ戦同様に前から積極的にプレスして相手
を自由にさせなかったが、時おり決定的なピンチも招いていた。
1 対 1 の局面ではスピードとパワーの差で务勢に回ることが多く、
丌用意なパスミスから速攻でピンチを迎えることがあった。
しかしボールを奪い、パスワークから DF ラインを突破して小山
が先取点し、同点にされた後も怯まず、小気味良い展開から永
里が見事なシュートを決め、ドイツに快勝した。
-3 グループリーグ: vs コンゴ
グループリーグ 2 連勝で準々決勝進出を決め、第 3 戦のコン
公式な国際試合出場が初めてという選手もいて、国際経験
ゴ戦はレギュラーを休ませサブにも経験させるためサブメンバー
の大切さが我々も確認できた。しかしそんな中でも、初出場だ
主体としたが、グループリーグ 1 位突破を狙って臨んだ。
がわくわくするという気持ちで試合に臨めた選手が、良いパフォ
世界大会の試合が初めてで緊張したり、相手選手の身体能
ーマンスを発揮でき、新たなタレントも確認できた。
力の高さに困惑したりで、思い通りの戦いはできなかった。コミュ
結果的に狙い通り C グループ 1 位となり、準々決勝では D グ
ニケーション丌足のパスミスや DF ラインを観ずにタイミング悪くと
ループ 2 位 DPR.K と対戦することになった。アジアで敗れた
び出すオフサイドなど、誯題の多く残る試合であったが、3-1 で
DPR.K にどの程度戦えるか、興味深かった。
勝った。
P. 21
-4 準々決勝: vs DPR.K
対戦相手がアジアで敗れた DPR.K となり、また目標のベスト 4
速い攻めで、どちらも相手のドリブルに対して数的優位ながらも
実現のために良い準備ができ、高いモチベーションで試合に臨
対応できなかった。DPR.K とは身長はほぼ同じくらいになったが、
めたと思った。いざ戦ってみると前回の戦いよりも主導権は取れ
体力的な面'スピード・パワー・アジリティ(において差がある。こ
るものの、DPR.K の「肉を切らして骨を切る」的なシンプルで鋭い
の差を詰めれば、もっと優位な戦いができるだろう。
攻めや素早いアプローチで荒々しい守備に、日本の選手が怯
また、「この試合に勝てばベスト 4 に進出できる、勝ちたい。」と
むような様子がうかがえた。相手の 2 トップは長身でヘディング
いう気持ちと DPR.K への苦手意識がプレッシャーになったように
が強い選手と俊敏な賢いストライカーのコンビで、日本の DF は
思う。思い切ってチャレンジするという前向きな心理状態に持っ
守りづらかった。日本が失点したのはいずれもスローインからの
ていく必要がある。
③ 日本の成果
-1 テクニック
この年代でもテクニックは世界のトップクラスにあり、U-17 年
代と同じことが言える。ボールコントロール、パスなど正確に速く
[写真]
プレーすることができ、テンポ良くパスをつなぎシュートまでつな
げる技術は世界でも通用する。
冊子版ではご覧いただけます。
日本では 12 歳以下の尐女が男子と一緒にプレーする傾向が
年々高くなっており、男子とトレーニングすることもテクニックや
判断力のレベルアップにつながっていると思われる。
-2 世界の強豪といかに戦うか
このテーマについては、佐々木監督が一貫して日本のストロン
グポイントを生かし、臆せず相手を前からプレスして自由を奪い、
攻撃に転じる戦いが功を奏している。北京オリンピックでも成果
上げた実績がある。
ここで表現できた戦いを、個の質を上げ、チームの完成度を
上げることで、世界のトップクラスを実現できると確信する。
を出したが、去年からこのチームはヨーロッパで実践し、成果を
-3 ミーティングとテクニカル映像
試合分析、ミーティングによる理解、トレーニングによる改善、
公式試合と、スタッフは粘り強く意欲的に行動した。テーマを絞
ティングで多くのテーマを不えるよりは、手間はかかるが回数を
こなしたほうが良いと納得させる内容・結果だった。
ってミーティングを行い、日に数度行うこともあった。一度にミー
-4 メディカルサポートと自己管理
今回の事前合宿から大会まで、メディカルサポートと選手たち
の自己管理の意識の高さで、ケガや病気で練習や試合のでき
ない選手はいなかった。残念ながら DPR.K では GK の菅原が相
手選手との激突で膝を負傷したが、丌可抗力のものだった。
ドクター・トレーナー・コーチングスタッフのコミュニケーションや
連携が良く、選手のモチベーションも高く保たれた。
④ 日本の課題
-1 スピード・パワー・リーチの差にどのように対抗するか
日本の良さを生かすチーム戦術が効果的で、かなりの部分で
対抗できた。しかし、その上を行くには、個々の質を上げる必要
がある。フィジカル面のレベルアップとともに重要なのが、「観な
て開催され、なでしこジャパンの選手 7 名が受講し、北京オリン
ピックの活躍につながった部分もあると考えられる。
スピード・パワー・リーチの差(体栺・体力の差)は世界と戦うと
がら頭を働かせ・動きながらプレーする」習慣をつけることである。
きに、日本の永遠の誯題である。日本は体力的に务る分、賢く
また、戦術的な理解もレベルアップしたい。18 歳からは C 級コ
強い気持ちで戦うことが重要で、体栺・体力の差を恐れず挑ん
ーチコースを受講することができるので、選手たちに受けること
でいくメンタリティとボールを奪い合う場面では身体を張る勇気
を勧めたい。2008 年 2 月には女子の C 級コーチコースが初め
が必要である。
P. 22
-2 守備の基本
勝負が決まった失点場面は、守備の基本が習得できていな
いというケースが多かった。選手が守備の基本を理解していな
解していてもできない咄嗟の反応ができるように、ゴール周辺の
攻防のトレーニングを多くしたい。
いのか、理解はしているが咄嗟の反応ができなかったのか、両
これは育成年代から取り組む必要があり、小学生では尐人数
方あると思われる。大会は終わったが、失点やピンチの場面を
'8 対 8 など(のゲームをメインにして、トレーニングでゴール前の
検証し、何が悪かったか正しく理解させる必要がある。そして理
攻防を多く・質を高く取り組みたい。
-3 突破とフィニッシュ
攻撃のアイデアとフィニッシュは、U‐17 世代のほうが優れてい
り、映像とトレーニングを駆使して若い年代から改善していきた
たように思う。味方とタイミングを合わせて個性を発揮できるタレ
い。ストライカーはシュートばかりでなく、DF ラインを突破する工
ントが、U‐17 世代には多かった。タレントがいたからと結論づけ
夫やオフサイドにかからないようにラインを観ながらタイミングを
るだけでなく、突破のテクニック・状況判断を磨かせる必要があ
計るなど習慣化したい。
-4 フィジカル面の強化
もう尐しスピードとアジリティがあれば、攻守に決定的な仕事が
できるのにという局面が多い。尐しでもレベルアップするために、
ジャパンのフィジカルコーチが中心となり、フィジカル面の一貫
的な強化の計画をたて実践したい。
下の年代から一貫した地道な強化を図っていきたい。なでしこ
4) まとめ
今回 FIFA U-20 女子ワールドカップでは日本らしい戦いがで
を達成することにつながると確信する。
きたが、目標のベスト 4 は実現できなかった。この年代からベス
世界の強豪'DPR.K を含めて(とのスピード・パワー・リーチの差
ト 4 の常連となれば、なでしこジャパンも世界大会でのベスト 4 と
にどのように対抗するかということは、日本の女子サッカーが世
メダル獲得が現実的になる。
界を相手にするときの永遠の誯題である。U-20 年代では良い
今回もまた DPR.K が目標を達成する際に壁となった。DPR.K
サッカーばかりでなく、大人のサッカーの導入として、結果を出
はどうしても勝ちたいという意欲としたたかさがあった。それを跳
すことも要求される。このような厳しい相手を上回り、日本らしい
ね除けて勝ちに結びつける総合力を我々は付けていかなくては
サッカーでベスト4以上を目指したい。
ならない。個の質を上げ、日本らしい戦いのレベルをさらに上げ
て DPR.K を破れるようにしていきたい。それが世界のトップクラス
育成年代の指導者へのメッセージ
なでしこジャパン・U-20 日本女子代表監督 佐々木則夫
選手一人一人の「ゴールを奪う」「ゴールを守る」という『サッカー
の基本』の姿勢を大切に、『ゴール前の攻防』の質の向上をさら
に意欲的に取り組んでいただきたい。
©HAYAKUSA
P. 23
5.
FIFA U-17 女子ワールドカップ
ニュージーランド 2008
1) 大会全般
① 大会概観
初めて実施された、FIFA U-17 女子ワールドカップ ニュージ
チャンピオンのアメリカの対戦となった。
ーランド 2008'FIFA U-17 Women’s World Cup New Zealand
結果は、1 点を争う好ゲームを展開、延
2008(は、各大陸を勝ち抜いた 15 カ国と開催国のニュージー
長後半にクリーンシュートを決めた
ランドの 16 カ国が参加して、2008 年 10 月 28 日から 11 月
DPR.K が 2-1 で勝利し、初代チャンピオ
16 日までの期間で合計 32 試合が、オークランド、ウェリントン、
ンとなり、大会の幕を閉じた。
ハミルトン、クライスト・チャーチの 4 都市
大会回数
第1回
で行われた。初夏を迎えるニュージーラ
開催国
ニュージーランド
ンドは寒暖の差が大きかったが、素晴ら
開催期間
2008 年 10 月 28 日 ~ 11 月 16 日
しいスタジアムと絨毯のような芝上で、技
参加チーム数
16 チーム
術と戦術を発揮できるコンディションであ
[アジアからの参加国]
[日本・DPR.K・韓国]
った。
大会成績
優
大会参加 16 チームを 4 グループに分
第 3 位:ドイツ
けて予選リーグを行い、上位 2 チームが
第 4 位:イングランド
決勝トーナメントに進出した。決勝トーナ
日本の成績
メントには、A グループ:デンマーク、カナ
日本の試合結果
ダ、B グループ:ドイツ、DPR.K、C グルー
プ:日本、アメリカ、D グループ:韓国、イ
ングランド'グループ項位項(が進出した。
記念すべき第 1 回大会のファイナルは、
AFC チャンピオンの DPR.K と CONCACAF
勝: DPR.K
準優勝:アメリカ
次回開催
ベスト 8
◆グループリーグ
10 月 30 日 ○
11 月 2 日 ○
11 月 5 日 ○
◆準々決勝
11 月 9 日 ●
3-2(1-1)アメリカ
7-1(6-1)フランス
7-2(3-1)パラグアイ
2-2(1-1)PK4-5 イングランド
2010 年トリニタード・トバゴ
② 大会結果
大会のベスト 8 に進出し
たのは、UEFA:3'ドイツ、イ
ングランド、デンマーク(、
AFC:3'DPR.K、韓国、日
本(、CONCACAF:2'アメリ
カ、カナダ(という内訳であ
った。準々決勝は、ドイツ、
イングランド、アメリカ、
DPR.K がそれぞれカナダ、
日本、韓国、デンマークを
下した。準決勝は、DPR.K
が 2-1 でイングランドを下し、
アメリカが同じく 2-1 でドイツ
を下し、ファイナルへと進ん
だ。3 位決定戦は、3-0 で
ドイツがイングランドを下し、
決勝は、DPR.K が延長戦の
末アメリカを下し、初代チャンピオンに輝いた。
P. 24
[写真]
冊子版ではご覧いただけます。
2) 大会全般
① AFC [アジアサッカー連盟]
AFC の 3 チームはいずれも、攻守ともにオーガナイズされてお
り、世界のトップと戦う力を有していた。
優勝した DPR.K は 1-4-4-2 のシステムで、4DF はフラット、
[写真]
4MF はダイヤモンド、2 トップは横並びの伝統的なシステム。⑪
YUN Hyon Hi がトップに張り、⑩JON Myong Hwa はフレキシブル
冊子版ではご覧いただけます。
に動く。⑥KIM UJ の展開力と⑨HO Un Byol のドリブルの仕掛け
から 2 トップにボールを入れ得点を狙う。守備は、アプローチス
ピードが速く、前線からチェイシングを行い、全員がハードワーク
する。GK も守備範囲が広い。そのうえ、平均身長が 170cm 弱
と大柄な選手を揃えていた。大会を通しての走力に優れており、
その運動量のもと 90 分間'延長は 120 分間(、攻守ともに切り
替えの早いダイナミックなサッカーを展開した。
韓国は 1-4-2-3-1 のシステム。攻撃はスキルフルな⑩JI
So Yun を中心に、スピードとテクニックを有する⑪PARK Hee
Young、ターゲットプレーヤーの⑱LEE Min Sun が軸となり、守備
的な MF の⑥LEE Young Ju、⑰LEE Mi Na が DF の背後にスル
ーパスやサイドのスペースへ展開する。守備は、センターDF の
⑧SHIN Mi Na、⑳KOH Kyung Yeon が全体をコントロールする。
切り換えが早く、アプローチが速い。4DF はラインコントロールを
行う。
日本は 1-4-4-2 のシステム。2 トップの⑨吉良知夏、⑩岩渕
真奈はテクニック・スピードに優れる。ボランチ⑥亀岡夏美、⑦
嶋田千秋は、プレーメークに優れ、まさしく「人とボールが動く」
サッカーを展開した。守備はファーストディフェンダーを徹底し、
その間に守備ブロックを形成する。切り替えは早い。3 ラインをコ
ンパクトにし、ボール保持者にプレスをかけて、選択肢を狭めて
ボールを奪うチャンスを作り出していた。
② UEFA [欧州サッカー連盟]
UEFA の 4 チームは、それぞれがその国のサッカーを展開しよ
うと試みていた。3 チームがトーナメントに進出したが、グループ
リーグで敗退したフランスも有力なチームであった。
3 位のドイツは 1-4-4-2 のシステム。チームのシェイプが整っ
ており、全員がハードワークする。攻撃の軸となる⑩Dzsenifer
MAROZSAN は、テクニックに優れ、運動量が豊富、そしてキッ
[写真]
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クの質も高く、決定力を有している。守備的 MF⑥Marie-Louise
BAGEHORN、⑧Lynn MESTER は展開力に優れている。スルー
パスを中央、サイドに出し、キックの質は高い。両サイドは MF・
DF ともに突破力を有している。動き出しのタイミングも良い。幅と
深さを使い、ダイナミックなサッカーを展開する。守備は、ファー
ストディフェンダーを徹底。2 トップは縦を押さえ、サイドに出させ
て、ボールを奪う。各ラインから縦にボールが入ったら、プレス
バックしてWチームを組みボールを奪う。DF ラインは、基本は
受け渡しだが、センターは③Inka WESELY がマンマーク、④
Valeria KLEINER がカバー・スペースを押さえる。ともに人に強く、
高さにも強い。グループでのチャレンジ&カバーが徹底している。
GK は守備範囲が広く、クロスに強い。
4 位のイングランドは 1-4-4-2 のシステム。攻撃は、守備的
[写真]
冊子版ではご覧いただけます。
MF⑩Isobel CHRISTIANSEN、⑧Jordan NOBBS がプレーメーク
する。スピードと得点力のある⑨Danielle CARTER を活かした中
央突破やサイド MF の⑪Lucy STANIFORTH、⑦Rebecca JANE、
⑯Lauren BRUTON は、突破力が有りチャンスメークする。守備
はセンターDF⑤Jodie JACOBS、⑥Gemma BONNER が全体を
コントロールする。3 ラインを保ち、サイドが縦にスライドし、相手
P. 25
に対して素早くアプローチし、チーム全体がよくオーガナイズさ
れており、ボールを奪っていた。
デンマークは 1-4-2-3-1 のシステム。攻撃は基本的なテク
ニックを有し、ショートパスを主体にポゼッションプレーを展開す
る。プレーメーカーは⑫Pernille HARDER。動きながらのテクニッ
[写真]
クを持ち、ボールを失わない。周りをよく観てプレーする。チャン
スメークは、左ワイド MF⑧Katrine VEJE。アグレッシブでスピード
冊子版ではご覧いただけます。
を活かした突破力がある。4DF は幅を取り、ビルドアップする。守
備的 MF は、ボールにかかわり、組み立てる。1 トップ⑬Linette
ANDREASEN は基本スキルを有し、ターンが上手くシュートを狙
う。守備は、全員が規律を持ってハードワークする。4-5 の守備
ブロックを形成し、相手のプレーを遅らせた後、中央へのパスを
牽制しながらサイドへパスを出させてボールを奪う。
フランスは 1-4-2-3-1 のシステム。3 ラインをコンパクトにプ
ーを行う。守備は 4-5 の守備ブロックを形成し、ファーストディフ
レーし、全員がかかわりを持ってプレーする。攻守の切り換えが
ェンダーのアプローチからボールを奪うチャンスを作り出す。GK
早く、トランジションモメントを理解している。攻撃は、GK を含め
の守備範囲が広く、基本テクニックも良い。日本戦では、立ち上
たゲームコントロールでポゼッションプレーを展開する。⑩Solene
がりはお互いにコンパクトな攻守の切り替えの早い好ゲームであ
BARBANCE を中心に中盤が組み立てを行い、複数のプレーヤ
ったが、前半半ば過ぎから日本の攻撃力に守備が崩壊し大量
ーがかかわり、スピードアップのタイミングを共有している。DF ラ
失点したため、アメリカと得失点差でトーナメント進出を逃したが、
インのビルドアップ、守備的 MF のポゼッション能力がある。GK の
力のあるチームであった。
キックが良く、攻撃の起点となる。全体的に選択肢を持ったプレ
③ CONCACAF [北中米カリブ海サッカー連盟]
CONCACAF の 3 チームは、北米のアメリカ、カナダはスピード
とパワー系の能力をチームの中心戦略に据えた個で仕掛けて
いくサッカー、中米のコスタリカは個人のテクニックをチームのベ
ースにおいたサッカーを展開した。
準優勝のアメリカは 1-3-2-3-2 のシステム。グループリーグ
[写真]
では個のスピードとパワーを活かしたサッカーに固執し、グルー
プやチームでのまとまりに欠けていたが、トーナメントに入ってか
冊子版ではご覧いただけます。
らはチームとしてのまとまりが生まれ、全員がハードワークし、個
人のスピードとパワーそして豊富な運動量でファイナルに進出し
た。攻撃は、⑩Kristie MEWIS を中心に、サイドのスペースを利
用してオーソドックスに展開した。2 トップの⑧Vicki DiMARTINO
は、突破力と 5 試合連続得点と決定力があり、⑦Courtney
VERLOO は高さとスピード、テクニックを有していた。守備はディ
フェンスリーダーの⑥Cloee COLOHAN を中心に、前線からアプ
ローチを素早く行い、相手の選択肢を尐なくしてボールを奪う意
識が高い。守備的 MF②Lexi HARRIS は身体能力高く、アジリテ
ィも良い。
カナダは 1-4-2-1-3 の伝統的なシステムで、3 トップとトップ
下の 4 人は身体能力の高いプレーヤーを揃えていた。攻撃は、
3 トップに対してダイレクトプレー。トップ⑫Nkem EZURIKE をター
ゲットに楔、両ウイングのスピードを活かしたスペースへの展開と
なる。攻撃はシンプルで変化はほとんどない。守備はボールを
失うとすぐに奪い返すアクションを起こす。アプローチの意識が
高い。1 トップを残し、4-5 の守備ブロックを形成する。センター
DF⑪Karli HEDLUND、⑳Lauren GRANBERG は、互いにチャレン
ジ&カバーを理解し、動き出しが早い。高さへの対応も良い。中
盤の⑬Danica WU はハードワークする。小さいが予測力に優れ、
セカンドボールを拾う。そして、全員がタイトにプレーする。
P. 26
コスタリカは 1-4-4-2 のシステム。身体能力は高くないが、
個人のテクニックをベースにチームで戦う。DPR.K 戦は、好ゲー
ムを展開していたが、残念ながら終盤は運動量が見るからに落
ちてしまった。この年代での、トレーニングの量が丌足しているよ
うに感じられた。攻撃は個人のテクニックをベースに、チームで
ボールを失わない。ドリブル or パスの選択肢を常に持ってプレ
ーしている。相手を見て逆を取りながら駆け引きしてプレーし、
相手 DF に的を絞らせない。また、アイデアが豊富である。守備
は、ゾーンの意識を持ちながらマークの受け渡しを行い、DF ライ
ンは常に 1 人余らせる形を作っていた。ボールに対しては必ず
ファーストディフェンダーがアプローチをかけ、自由にプレーさせ
ない。カバーリングプレーヤーがいないときは間合いを取り、スピ
ードアップさせない。このように意図的にボールを奪うチャンスを
作り出していた。
④ CONMEBOL [南米サッカー連盟]
CONMEBOL は 3 チーム参加していたが、いずれのチームもト
ーナメントに進出できなかった。ブラジル、パラグアイともに、個
人のテクニックは高かったが、チームとして攻守に機能せず、グ
ループリーグで敗れた。'コロンビアは視察できなかったため、記
載せず。(
[写真]
ブラジルは 1-4-4-2 のシステム。個人テクニックがベースで、
冊子版ではご覧いただけます。
ポゼッションプレー主体。攻撃は幅を取り、ボランチの⑤BRUNA、
⑮JULIANA CARDOZO がプレーメークし、2 トップ⑨RAQUEL、⑳
ANA CAROLINE とアタッキング MF の⑦THAIS、⑱JULIANA が
流動的に動く。初戦のイングランド戦前半 18 分にエース⑩
BEATRIZ が肩をケガしてしまい、攻撃の起点を失ってしまったの
が残念である。守備はスウィーパーシステムを取り、タイトなマン
マークでプレーする。
パラグアイは 1-3-4-3 のシステム。個のテクニックを活かし
なが らポ ゼッショ ンプ レーを 展開す る。攻撃は 、 3DF ③Cris
Mabel FLORES、⑤Paola GENES がビルドアップ能力を有してお
り、キックの質が高い。ボランチ⑧Paola ZALAZAR がプレーメー
ク。3 トップはテクニックに優れ、フレキシブルに動く。守備は、
3DF の 2 人がマンマーク、1 人がカバーリング。4MF はフラットで
3-4 の守備ブロックを形成し、ボールを奪うチャンスを作り出
す。
⑤ CAF [アフリカサッカー連盟]
CAF はナイジェリアとガーナが出場した。ともに優れた身体能
力を持ち、個人のスピード・テクニックを有する。いずれもトーナ
メントに進出できなかったが、今後の大会において急成長する
可能性が高い。
ナイジェリアは 1-4-1-4-1 のシステム。個人テクニックがベ
ースでスピードがあり、身体能力が高い。ボールが来る前によく
観て、サッカーを感じている。攻守ともにグループ・チームでプレ
[写真]
冊子版ではご覧いただけます。
ーしようとする。攻撃は個人スキルが高く、ボールが動いている
間の動き出しのタイミング、スピードアップが良い。ゴールへの仕
掛けが早く、常にゴールを意識してプレーする。守備は 1 対 1 の
対応力・カバーリング能力が高い。
ガーナは 1-3-4-3 のシステム。個々の能力を活かしたプレ
ーを展開する。攻撃はしなやかな身体とスピードを有してドリブ
ル主体で攻撃する。シュートポイントに入るスピードは速い。守備
は 1 対 1 の対応は粘り強く対応できる。
⑥ OFC [オセアニアサッカー連盟]
OFCは開催国のニュージーランドが出場したが、視察できなか
ったため、記載せず。
[写真]
冊子版ではご覧いただけます。
P. 27
3) 日本の戦い
① 大会に向けた強化
2007 年 3 月に AFC U-16 選手権大会が開催された。選手
出場を決めてから本大会までは約 1 年半の期間があり、定期
たちは中学 3 年生がほとんどで、受験のため強化合宿に招集で
的に強化合宿を行い、また 2007 年夏にアメリカ、2008 年にオ
きない選手がいたり、所属チームでのトレーニング丌足があった
ーストラリアへの海外遠征を実施し、選手たちがワールドカップ
り、また時期的にインフルエンザの流行などもあり、強化が難し
を目標に所属チームでも自分たちの誯題に取り組んだ。選手そ
かった。
れぞれがテクニックや体力的な誯題を明記して常に意識し、代
AFC の大会を含めてトレーニングキャンプは 5 回、約 40 日間
活動し、うち 1 回はオーストラリアのユースオリンピック大会に参
表チームと所属チームが連携をとって進めたことは有効だっ
た。
加した。海外遠征が初めてという選手が多く、3 月に行われる
なでしこリーグに出場している選手、岩渕(日テレ・ベレーザ)・
AFC 選手権大会'マレーシア(のシミュレーションとして、1 月の
井上'ジェフユナイテッド市原・千葉レディース(・亀岡'大原学
シドニーの暑さと大会を経験できて良かった。
園 JaSRA 女子サッカークラブ:特別指定選手(は、その伸びも
AFC U-16 選手権大会はクアラルンプールで行われ、準決
顕著であった。また、大分国体で優勝した埼玉選抜で左サイド
勝で中国を破り、FIFA U-17 女子ワールドカップ 2008 の出場を
バックとして出場した竹山は、本来はサイドハーフであるが国体
決め、決勝では DPR.K に敗れ 2 位となった。
での経験がワールドカップにつながった。
② 日本の戦い
-1 グループリーグ: vs アメリカ
グループリーグ第 1 戦は、優勝候補アメリカと対戦した。女子
は今まで全てのカテゴリーにおいて、公式戦でアメリカに勝利が
無く、強豪アメリカにどの程度戦えるか興味深かった。
めた。後半も 1 点先行されるが、亀岡のロングシュートが決まり
同点にし、交代出場した吉岡が逆転ゴールを決めた。
日本はチャンスを多く創り、シュート数は 20 対 9 と上回って内
試合開始早々に相手のロングスローから、GK と相手選手が
容的にもゲームを支配できた。しかし、パスが弱かったりファー
交錯した中で失点した。いやな流れとなったが、徍々に日本らし
ストタッチが悪かったりとボールを失う場面も多く、GK と DF の連
いパスワークを駆使し、ゴールチャンスを多く創った。同点弾は
携が悪く危ない場面もあった。1 対 1 の守備、リスタートの守備
MF 嶋田の思い切りの良いミドルシュートがバーに撥ね返り、その
も改善したい。良いプレーやチャンスも数多く創り、3 対 2 で試合
直前からリバウンドを予測して素早く反応した岩渕がしっかり決
に勝ちながらも誯題も出た試合だった。
-2 グループリーグ: vs フランス
相手のシステムは 1-4-2-3-1 で日本とほぼマッチアップす
勝した。攻撃面では非常に良かったものの、守備面で基本が徹
る形で、GK をはじめセンターラインに好選手を揃えていた。前
底されていないことや、攻守において GK と DF の連携がまずい
半から攻勢を仕掛ける日本は、相手を翻弄してゴールラッシュ
という誯題も残った。
した。攻撃陣がタイミング良く縦横に動いて、パスワークも弾ける
ようにゴールチャンスを創造し、フィニッシュの質も良く、吉良が
ハットトリックを達成した。
ヨーロッパ 2 位でワールドカップに出場したフランスに 7-1 で大
-3 グループリーグ: vs パラグアイ
グループリーグ 2 連勝で準々決勝進出を決めて、第 3 戦のパ
ラグアイ戦はサブメンバー主体としたが、グループリーグ 1 位突
破を狙って臨んだ。サブにも経験させることとレギュラーメンバ
ーを休ませる目的だったが、試合はいつもと違いギクシャクして
いた。CB が退場処分を受け、しかも PK を決められ 1 点を追う
形となったが、逆に緊張が解け、動きが良くなった。結局 7-2 の
大差でパラグアイを退けた。
この結果グループリーグ 3 連勝で、狙い通り C グループ 1 位と
なり、準々決勝は D グループ 2 位イングランドと対戦することに
なった。
P. 28
[写真]
冊子版ではご覧いただけます。
-4 準々決勝: vs イングランド
イングランドはグループリーグ 2 連勝の第 3 戦、韓国に 3-0
ないというメンタリティを発揮していた。それに比べると日本はボ
で敗れて 2 位となった。日本は 3 連勝で 17 得点 5 失点という、
ールを奪い合う場面で、身体を張らず軽かった。大事な試合に
参加国で得点力が一番あった。韓国に負けたイングランドを軽
おいて軽いプレーでは、ボールを失うし、奪うこともできない。ま
視したことは無いが、どこかに隙があったのではないだろうか。逆
た正しいポジショニング、アプローチ・カバーリングの速さなど、守
にイングランドは、闘志を燃やして挑むという心構えがあったと
備の基本の大切さを学ばなくてはならない。
思われる。
残念ながら、日本のベスト 4 進出はならなかった。しかし世界
イングランド戦は前半先制したがロスタイムで同点にされ、後
を相手に、日本の特長を発揮して評価できる部分と、スピード・
半 37 分に勝ち越したもののまたもロスタイムに追いつかれ、延
パワー・リーチの差にどのように対抗するかという誯題を見出せ
長戦後 PK で敗れた。この試合で目についたのは、イングランド
た。この差は、日本の女子サッカーが世界を相手にするときの
の選手たちの日本を自由にさせない、彼女たちのスピード・パワ
永遠の誯題である。
ー・リーチを生かした厳しいディフェンスだった。決して負けたく
③ 日本の成果
-1 テクニック
この年代でテクニックは世界のトップクラスにある。ボールコン
考えから、DF が判断なしに蹴ってしまうことも矯正しようとした。
トロール、パスなど正確に速くプレーすることができる。吉田監督
勝つことばかりにこだわるとこのような指導はできないが、選手の
は「観て、感じて、プレーする。」ことを強調して、状況によりボー
今後、日本の将来を考えると手本となる指導である。
ルとともにターンする技術は、今大会では世界一だったと言える。
日本では 12 歳以下の尐女が男子と一緒にプレーする傾向が
前を向いて仕掛ける、一瞬の隙を逃さずシュートやパスにつな
年々高くなっており、男子とトレーニングすることもテクニックや
がる技術は、今後も磨いて欲しい。
判断力のレベルアップにつながっていると思われる。
DF でも仕掛けることができないと上の世代で成功しないという
-2 攻撃のアイデアとフィニッシュ
攻撃力のある嶋田とバランスの取れる亀岡をボランチに起用
ところを示した。
し、岩渕・吉良の 2 トップ、サイドハーフ左に斉藤、右に井上、左
4 試合で 19 得点は素晴らしい出来だった。まだまだフィニッシ
サイドバックは本来攻撃的な左利きの竹山を配置し、お互いに
ュの正確さは磨かなくてはならないが、チャンスを多く創り積極
タイミングを計れる選手たちが、意外性のあるアイデア溢れるコ
的にフィニッシュする姿勢は、今までに無いものだった。
ンビネーションで躍動した。またセンターバックのポジションでラ
ストパス
やためを
作ったの
が岸川で、
リスタート
から 4 得
点し攻 撃
力のある
[写真]
冊子版ではご覧いただけます。
P. 29
-3 個々の課題改善のためのアプローチ
監督が中心になり、選手個々の誯題の改善に所属チームと
誯題が浮き彫りになった。吉田監督はクラブの監督と相談して、
連携して取り組んだ。それぞれの選手が、「自分の誯題は何か、
所属高校の男子と一緒にトレーニングすることや自宅周辺での
日々どのように取り組むか。」を明記して、所属チームでも日常
持久走などを本人の理解の上で実践させた。
的に誯題改善のトレーニングを実践した。例えばある選手は、ク
ラブに所属しているがトレーニングが週に 3 回しかなく体力的な
選手たちの体力的な面の向上は、トレーニングキャンプごとの
フィジカルテストによって確認された。
-4 メディカル面のアプローチ
女子選手はひざの深刻なケガが多いため、予防のトレーニン
グを日常的に取り入れた。ウォーミングアップの前は必ず選手
要な選手は適切な処方により改善させ、パフォーマンスを向上
させた。
それぞれが実践した。またこの年代は貧血の選手が多く、分か
今回活躍した選手の中には、貧血を克服した選手がいた。貧
らないままでいるとそのパフォーマンスに影響して選手を正当に
血が隠れていると、能力の高い選手がやる気が無いとみなされ
評価できない。そのため貧血の検査を実施、その結果により必
るケースが多い。今後もこの年代は気をつけたいものである。
④ 日本の課題
-1 スピード・パワー・リーチの差にどのように対抗するか
日本が世界と戦うときに、スピード・パワー・リーチの差(体栺・
体力の差)は永遠の誯題である。この差に対抗するために、「観
「観ながら・頭を働かせ・動きながらプレーすること」と正確で速
いテクニックで、スピード・パワー・リーチの差に対抗できる。
ながら・頭を働かせ・動きながらプレーすること」が重要である。
そして重要なのは、体栺・体力の差を恐れず挑んでいくメンタ
例えば「よーいドン」で競争したらかなわないが、尐しでも良いポ
リティで、ボールを奪い合う場面では身体を張る勇気が必要で
ジションから動きながら走れば相手よりも早く目標に到達できる。
ある。
-2 守備の基本
素晴らしい攻撃面に比較して、守備のポジションに関してはタ
レントが尐なく、守備の基本が習得できていないというのが正直
かなくてはならない。またリーチの差を補うスライディングタック
ルの技術は、身に付けておきたい。
な感想である。守備の基本を重視して、この年代でもやってい
-3 ゴール前の攻防
ゴール前の攻防は常に誯題として取り組まなくてはならない。
観ながらタイミングを計るなど習慣化したい。
得点は多かったが、フィニッシュの技術は改善の余地がまだあ
また、育成年代、特に 12 歳以下は尐人数'8 対 8 など(の試
る。守備においても「観ながら・頭を働かせ・動きながらプレーす
合で、ボールを扱う機会やゴール前のプレーを多くして改善した
ること」を意識して、常に正しいポジション、速いアプローチ・カバ
い。
ーリングを徹底させたい。ゴール前の攻防をもっとト
レーニングに取り入れる必要がある。
ストライカーはシュートばかりでなく、DF ラインを突
破する工夫やオフサイドにかからないようにラインを
-4 コミュニケーション
サッカーはグループで勝敗を競うのに、自分の意
思を伝えない選手が多い。監督の話や指示に反応
しない、ミスを謝らない・要求しない、直前の合宿で
さえ意思を伝えない選手が多いのには驚いた。ミス
がどうして起きたのか分からずじまいでは進歩は無
い。選手が考えないでプレーするのは、選手たちが
指導者に依存して自立していないのか、指導者が
一方的な指導になっていないか、気をつける必要
がある。自立してコミュニケーションの取れる選手の
育成を目指したい。
P. 30
[写真]
冊子版ではご覧いただけます。
4) まとめ
FIFA U-17 女子ワールドカップは、ニュージーランドの素晴らし
い環境下で充実した大会となった。今大会が初めての開催であ
り、強化ばかりでなく育成の観点でも、日本の現在地を確認す
る上で重要な大会となった。
施される公式戦を通して、「サッカーをどう戦うか」ということにつ
いて選手も指導者も育成・養成されていくのであろう。
今大会、日本は準々決勝において 2-2 の同点による、PK戦
の末イングランドに敗れた。2 失点のいずれもがロスタイムによる
参加チームはいずれもその国のトップチームをイメージさせる
失点であった。ゲーム中にいつ、だれが、どこで、何を、どのよう
サッカーを展開し、大人のサッカーの入り口として世界の動向を
にプレーするのか。ゲームを読んでプレーしていくためには、
確認することができた。しかし、トップチームと同じコンセプトで
日々のコーチング'指導(とともに前述した試合環境の整備が必
「攻守において切り替えの早い、コンパクトなサッカー」を目指す
要であろう。日本において、女子のリーグ戦環境を即座に整備
ものの、この年代がゆえにまだまだ改善しなければならないプレ
することは難しいが、男子のリーグ戦に参加させてもらうなど方
ーも多く出現した。今大会に出場した選手たちが、母国に戻り、
法を生み出していくことは可能ではないか。
所属チームでトレーニングを積むことにより、次のカテゴリーであ
る FIFA U-20 女子ワールドカップでは、大きな成長を遂げるで
あろう。
ただし、その成長度合いは各大陸で異なってくると思われる。
大会 MVP を岩渕真奈が受賞し、FIFAのテクニカルスタディグ
ループは、岩渕のオフザボールの動き・ゲームを読む力・運動
量と質・予測は、他のプレーヤーの模範となるであろうと述べた。
というのは、おかれている環境で差が出てくる。つまり、UEFA で
すなわち、岩渕が世界のサッカープレーヤーの目指すべきプレ
実施されているようなリーグ戦文化がその差を生みだすのであ
ーモデルであり、日本のプレースタイルが今後の女子サッカー
る。今大会に出場したドイツは、ブンデスリーガとしてすでに女子
の方向性を打ち出していると評されたのである。
のリーグ戦が存在し、毎週のように公式戦が行われている。ま
このことは、日本の「育成」が正しい方向に向かって進んでい
た、出場していないスペインでもリーグ戦が実施されている。エ
ることを証明している。これからも指導者が情報を共有し、互い
スパニョールでは、女子が 6 チーム'トップからジュニアまで(あり、
に学び、現在の「育成」をより向上させるように取り組んでいきた
それぞれがリーグ戦を行っている。このように、毎週のように実
い。
U-17の年代で何をしていかなければならないか
U-17 日本女子代表監督 吉田 弘
2003 年女子ワールドカップ、2004 年アテネオリンピックに向けてなでしこジャパンを指導する中で、世界のトップ(ドイツやアメリカ)を相手に
何をしなければならないか、ウィークポイントである身体の大きさ・パワー・スピードをどのようにカバーしていき、ストロングポイントであるアジリテ
ィ・持久力・テクニックをどのようにアピールしていくかを考えた。
身体の大きさはアジリティでカバーし、パワーは主軸を鍛える体幹トレーニングと下肢を強化し、ボディコンタクトで負けない身体づくりをする。
そして、テクニックで相手を上回ることで自分たちがボールを保持
する時間を増やし、守備している時間を短縮する。ただボールを
回しているだけでは相手にとっての脅威にならないので、相手ゴ
ールに向かってプレーする回数を増やす。
そのための技術の 1 つが「ターン」で、味方ゴールを向いていた
プレーヤーがファーストタッチで仕掛けていければ、日本選手にと
って優位な状況を作り出せる。実際、アメリカ・フランスは前に向
かう守備は強いが反転する動きには弱く、非常に効果的であっ
た。
ただボールを扱う技術はすぐ身につくものではない。ゲームやトレ
ーニングで意識して使わなければ自分のものになっていかない。1
人で突破する・壁パスで DF の裏をつく・ロングパスの技術などたく
さんの課題はあるが、テクニックを磨くことで日本の特長を生かし、
世界のトップクラスを目指したい。
P. 31
6.
Japan’s Way 「攻守にアクションするサッカー」
~ 育成年代で取り組むべきこと
2007 年、2008 年に開催
された 4 つの世界大会にお
けるプレーイメージは「攻守
において切り替えの早い、コ
ンパクトなサッカー」を目指
すものであり、世界の女子サ
ッカーの傾向はさらに男子
のトレンドに近づいています。
全ての大会に出場した日本
女子代表は、その中でセン
セーショナルな戦いを見せ
ることができ、日本独自のス
タイルを印象付けました。
しかし、この結果に甘んじ
てはいけません。世界から
称賛された日本のプレーモ
デルは、世界中のプレーヤ
ーが取り入れていくに違いあ
りません。そして世界は、全
員が攻守にかかわる「組織
的協働」を積極的に取り入れることにより、攻守の切り替えの早
した。さらに北京オリンピックに向けて、それを実践するプレーの
い、状況に応じたプレーを選択し、「よりテクニカルに。よりスピー
質・フィジカル能力の向上に努めたことにより、攻守の連動・一
ディーに。よりタフに。」という流れになっていきます。そして、自
体化が生まれ、世界のトップクラスと互角に戦える時間を増や
国のプレーモデルをチェンジしたチームが世界の主流になって
すことができました。
いくのではないでしょうか。
「なでしこビジョン」の達成にはさらなるレベルアップが必要で
Japan’s Way は、日本の特長を生かす「攻守にアクションす
るサッカー」と表現できます。しかし、このスタイルを確立するた
す。日本のプレーヤーは世界と比べるとどのカテゴリーにおいて
めには、育成年代から取り組まなくてはならない誯題があります。
も体栺・体力の差が大きく、スピード・パワー・リーチの差にどのよ
また、U-20・U-17 女子ワールドカップでファイナリストを達成で
うに対抗していくかが最大のテーマだと言えます。また、世界の
きれば、なでしこジャパンが数年後にメダル獲得も現実的になる
サッカーの進化に伴い、個のプレーの質とチームの協働のさら
でしょう。そのためには育成年代、特に 10 歳から 15 歳までの
なるレベルアップとともに、日本独自のスタイル=Japan’s Way
取り組みが重要です。
を構築していくことが求められます。
Japan’s Way 「攻守にアクションするサッカー」の確立を目指
なでしこジャパンは 10 年以上も「ハイプレッシャー下でのサッ
して、育成年代で取り組むべき誯題、キーワードを 4 つ取り上げ
カー」を誯題として取り組んできましたが、2007 年女子ワールド
ました。これらは当たり前のことのように感じられますが、この基
カップ以降、攻撃を改善するには守備を改善するという考えに
本の徹底こそが、プレーヤーが世界で戦っていく上でのベース
立ち、攻守においても主導権を取ることを意識するようになりま
となっていくものなのです。
1) 状況を観ながら考え、動きながらプレーする。
これは、「攻守にアクションするサッカー」'=常に主導権を持
つサッカー(を構築する上での重要なキーワードとなります。
ら考えて先に動き出すことができれば、可能となってきます。瞬
発力、持久力、勤勉性、柔軟性、規律性といった日本人の特
世界のプレーヤーは、日本に比べ、身長が高く、スピード・パワ
長を生かし、「状況を観ながら考え、動きながらプレーする」こと
ーがあり、いわゆる身体能力が高いのです。このようなプレーヤ
を育成年代で獲得することができれば、「攻守にアクションする
ーと同時に動き出していたのでは、主導権を持つことは到底勝
サッカー」の実現に近づくことができるのです。
ち目がありません。しかし「よーいドン!」ではなく、状況を観なが
P. 32
2) ゴール前の攻防
サッカーの本質は、「ゴールを失わずにボールを奪う。ボール
ます。
を失わずにゴールを奪う。」ということです。ゴールを失わないた
育成年代では、「サッカーのゲームは、どんなゲーム?」を理
めには、相手プレーヤーの選択肢を限定したプレーを身につけ
解させていくために、プレーヤーの年齢やレベルにあったピッチ
ていくこと。ゴールを奪うために、選択肢を持ったプレーを身につ
サイズと人数を考え、プレーする機会を多くし、ゴール前の攻防
けていくこと。さらに、プレーの原則をベースにしたサッカー観を
が頻繁に出現するオーガナイズでプレーさせることが大切です。
身につけていくことが、日常のトレーニングの中で重要となってき
3) 守備の基本
「サッカーというのは、50%攻撃して、50%は守備をしなけれ
ばならない。」とJFAテクニカル・アドバイザーのクロード・デュソ
ー氏は言っています。
なでしこジャパンはワールドカップからオリンピックまでの 1 年で、
した。
守備における基本テクニックを身につけていくことを育成年代
から求めていかなければ、サッカーにはならないのです。育成
年代では、どんどんボールを奪いに行かせましょう。その中で奪
「ボールを奪う」こと、特にアプローチのタイミングを早くしてグル
うチャンスを意図的に作り出し、相手プレーヤーとの駆け引きが
ープでボールを奪うことにおいて改善がなされましたが、肝心な
身につけられるようになります。
ところで守備における対応のまずさから失点を招く場面がありま
4) コミュニケーション
サッカーはひとりでプレーするものではありません。「サッカーを
によりプレーヤーに判断基準を身につけさせなければなりません。
どう戦うのか」ということについて、プレーヤー同士がお互いに要
日常生活でしつけが必要なようにサッカーのプレーにも必要で
求しあい、理解しあうようになることが大切です。コミュニケーシ
あり、きちんとしたしつけができていなければ、プレーヤー自身が
ョンの技術だけでなく、サッカーを分析する目も身につけなくて
何を基準に判断すればよいか分からないからです。
はなりません。すなわち、子どもたちにイニシアチブを持たせ、そ
の上で賢くサッカーをすることを要求していくのです。
そのためには、もちろん指導者のサッカーの理解が重要です。
判断基準が身につけば、プレーヤーは自ずと考え判断しプレ
ーしていきます。その中でお互いが自分の意思を伝え、チーム
が協働するようになるのではないでしょうか。
ゲームの中でしっかりとコーチング'指導(する必要があり、それ
世界のトップを目指し、次の世界大会で再び
世界を驚かせるようなサッカーを目指していか
なければ、日本は世界のサッカーから後れを
取ってしまいます。なぜならば、世界のプレー
ヤーは身体能力に優れ、常に世界の情報を収
集し、代表強化とユース育成に力を注ぎこんで
いるからです。
Japan’s Way 「攻守にアクションするサッカ
ー」を、世界をターゲットに作り上げていくために
は、ある意味、今までの常識、すなわち「当たり
前」を変えていかなければならないと思います。
言い換えれば、発想の転換が必要なのです。
指導者は、常に柔軟で先見の目を持ち、なぜ
という疑問を持ち、学び続けていく姿勢を持ち
続けましょう。
P. 33
なでしこジャパンのプレースタイルの変遷と育成の重要性
JFA 女子委員長・アテネオリンピックなでしこジャパン監督 上田栄治
アテネオリンピックを目指して、自分自身はなでしこジャパンに「組織的なディフェンスからボールを奪って速攻」というプレースタイルを浸透
させようとした。組織的な守備から速く、サイドを広く使うことを狙った。オリンピック予選の DPR.K 戦やオリンピックのスウェーデン戦では成功した
と言えるだろう。しかし、アテネオリンピック準々決勝アメリカ戦では、「奪ったボールをつなげない」という課題が残った。
この課題を受けて、次に就任した大橋監督が個人のレベルアップに力を入れ、「ハイプレッシャーの中でもボールポゼッションできる」ような
チームにしようとしたのは当然の流れと言える。ポストアテネから若い選手たちの台頭や、パス&コントロールのスキルアップ、体格・体力の
差を埋める技術(スライディング・ヘディング・コンタクトスキル)の向上も高く評価されるべきである。しかし 2007 年のワールドカップにおいては、
ロープレッシャーでは効果的な攻撃ができたものの、ハイプレッシャーではミスが多くなったのも事実である。
2008 年から佐々木監督が就任、発想を転換し、「相手にハイプレッシャーをかけボールを奪う、奪ったボールを意図的にチャンスにつな
げる」、いわゆる『攻守にアクションするサッカー』を目指した。攻撃と守備、どちらかにウェイトが傾くスタイルではなく、攻撃でも守備でも個人
としてチームとして狙いのあるサッカーを指向するようになった。
サッカーは攻撃だけでも守備だけでもなく、切り替えの場面も重要であり、攻守一体のイメージが選手たちに伝えられないかと私自身考
えていた。日本が世界と戦うために目指すサッカーは、日本人のストロ
ングポイントを生かす『攻守にアクションするサッカー』というのがピッタリく
る。日本は体格・体力に劣る分、賢くテクニックを発揮しなくてはならな
い。常に状況を観ながら、考えながら、動きながら、数的優位を作りな
がらプレーする必要がある。さらに 1 人でゴールを奪ったり、防いだりで
きるプレー・タレントも必要である。
このサッカーは育成年代から取り組んでいかないと実現できない。
女子は中学生年代に非常に伸びる。なでしこジャパンが『攻守にアク
ションするサッカー』を確立するための下地がこの年代で醸成される。
観ながら・考えながら・動きながらのテクニック、そしてそれを支えるフィジ
カルフィットネス、サッカーの本質の理解などである。
『世界のなでしこになる。』というビジョンを達成するためには、今まさに
育成年代から取り組んでいく必要がある。
P. 34
7.
育成年代の指導者のかかわり ⅰ
フィジカルトレーニング
1) 現代サッカーにおけるフィジカルの役割
現代サッカーにおいて、スキルと並んで体力'フィジカル(面の
ついての基本的な考え方を解説します。
向上が重要視されています。この傾向は女子サッカーにおいて
一方、このようにフィジカルトレーニングの話題になると、どうし
も同様で、2008 年に行われた北京オリンピックのなでしこジャ
ても「体力を向上させる=素走り・筋トレ」などサッカーと切り離し
パンの報告書でも、誯題として「フィジカル面における、ゲーム後
て考えてしまうトレーニングをイメージするものです。そうなると
半のパワーあふれるプレーの向上」が挙げられています。これは
「時間がない」のでトレーニングから遠ざかってしまったり、「トレー
スピードやパワーの改善と同時に、スピードあるプレーをゲーム
ニングをするための器具がない」といってトレーニングができない
後半になっても繰り返すための「スピードの持久力」の向上が必
と考えてしまいがちです。しかしながら育成年代、特に小・中学
要であることを意味しています。しかしながら、これらの要素は
生年代ではサッカーのスキルトレーニングを通して養われる体
一朝一夕に改善されるものではありません。育成年代からの積
力要素もあります。また器具や多くの時間を必要としなくても、
み重ねが必要なのです。育成年代から尐しずつ女子サッカー
尐しのトレーニングの積み重ねで改善する能力も多くあります。
選手の体力面の向上を図るためには、まず選手の発育・発達と
このような積み重ねのトレーニングを通じて、最終的に「サッカ
トレーニングの関係を知ることが重要です。ここでは主に小学校
ーパフォーマンスの改善」につながるという明確な意識を持ちな
高学年'10 歳(から中学生年代'15 歳まで(を対象として、育
がら、基礎的な体力要素を養っていきましょう。
成年代でどのようにフィジカルトレーニングをプログラムするかに
2) フィジカルトレーニングプログラムの成り立ち
体力は一般的に基礎体力'持久力、筋力、敏捷性、スピード、
土地にあたるものが「体を巧みにつかう能力」だといえます。近
柔軟性 など(と専門体力'瞬間的なパワーやスピードの持久性
年「コーディネーション能力」が広く知られていますが、これはま
など、サッカーに特化した体力(に分けられます。そしてこれらの
さに体を巧みにつかうために必要な能力と言えるでしょう。この
体力の基礎となるものとして「体を巧みにつかう能力」があります。
土地をしっかりと形作ることをしないで基礎体力や専門体力'家
このような体力の成り立ちを家に例えて示したものが下の図で
のつくりや屋根に当たる部分(を大きくしようとしても、すぐに倒れ
す。
てしまうのです。この土地に当たる部分が最も効果的に養われ
るのが小学生年代です。従ってこの時期にはサッカーの専門的
サッカーのフィジカルパフォーマンスを高めることは、図に示し
たような家を「大きく」、そして「頑丈」にすることだといえます。そ
な動きのみならず、いろいろな体の使い方を身につけるような、
「遊び」の要素も積極的に取り入れましょう。
のためには広くて地盤のしっかりとした「土地」が必要であり、この
専 門 体 力
基 礎 体 力
体を巧みにつかう能力
※JFAテクニカルニュース'2006.3(を改変
P. 35
このように土地作りをしながら、中学生年代では徍々に基礎
ルと 4 対 2 のボール回しをしながらのウォーミングアップ'約 10
体力を養っていきます。基礎体力には持久力、筋力、敏捷性
分(とフリースペースで動きながらグループでパストレーニングを
などがありますが、単にランニングや筋力トレーニングを行えば
15 分程度行ったときの心拍数を表しています。このようなボー
よいかというと、そうではありません。まず持久力はボールを使い
ルトレーニングを行うだけでも平均で 160 拍程度'注 1(と比較
ながら養うように工夫しましょう。下のグラフはボールコントロー
的高い強度の運動ができています。
次に筋力トレーニングですが、筋力トレーニングを行う目的は
自分から動き出すときはストロングでも、相手に対応するときの
最終的に全身のパワーを高め、対人プレーで生きる体作りをす
アジリティはさらに磨きをかけなければいけません。ストップ動作
ることと、ケガを未然に防ぐための体作りをすることです。そのよ
から方向変換する際のターン局面でバランスを崩したりしないよ
うな観点からトレーニングプログラムについて考えると、「体幹の
う、これまで行ってきた体幹やバランストレーニングで身につけ
安定性」や「バランス」を取りながらの「下肢筋力強化」が重要だ
てきたことをステップワークのトレーニングでも生かし、アジリティ
といえます。
能力向上に努めましょう。
これらのトレーニングを行う際に重要なことは、どの筋肉を使
これらのトレーニングの負荷はそれほど大きいものでなくて構
っているか「意識する」こと、どのような動きにつながるのか明確
いません。まずは自分の体重で行い、慣れてきたら負荷を段階
な「動きのイメージがある」こと、そして「正しい姿勢'フォーム(で
的に高めます。また量も 1 日 10~15 分程度、ウォーミングアッ
行う」ことです。つまり何となく形だけでトレーニングを行わないよ
プで継続的に取り入れることで、能力の改善が見込まれます。
うにすることが重要なのです。特に膝がつま先よりも内側にはい
これらのトレーニングはケガの予防にもつながるため、「時間が
ってしまい、膝をひねってしまうような動きや、骨盤が外に逃げ
ないから」と言わずに、尐しずつ取り入れるようにしてください。
るような動き、腰が曲がってヘッドダウンするような動きはケガに
もつなが るため
注意が必要です。
'ケガの予防に
関しては、「8.メ
ディカルアプロー
チ」を参照し てく
ださい。(
このような「体
幹」、「バランス」、
「下肢筋力」を向
上させつつ、
「様々な動き'=
ステップワーク(」
を習得することも
同時に行います。
アジリティは日本
人のストロングポ
イン ト だ と考え ら
れていますが、
P. 36
©HAYAKUSA
3) 積み重ねの重要性
このように積み重ねることで、フィジカル
パフォーマンスは尐しずつ高まってきます。
JFA アカデミー福島でも毎日 10~15 分程
度、日替わりで「体幹安定性」、「バランス
向上」、「下肢筋力・パワー向上」、「ステッ
プワーク向上」を目的としたウォーミングア
ップトレーニングを行っています。これらのト
レーニングの要素はバウンディング'あるい
はホッピング(や、10m×5 走'フィジカル測
定ガイドラインを参照してください(の記録に
反映されるものと考えられますので、中学
生年代でどのように変化してきたかを見て
みましょう。中学 1 年生から 3 年生まで毎
年測定に参加できた 5 選手の記録の推移
を見ると、片脚ずつのホッピングでは左右と
もに徍々に記録の向上が見られました。一
方 10m×5 走は、中学 1 年生から 2 年生
にかけては殆ど変化が見られなかったので
グ、特に育成年代のフィジカルトレーニングの成果は一朝一夕
すが、中学 3 年生の間に飛躍的な向上が見られています。ホッ
に得られるものではありません。尐しずつの積み重ねが、あると
ピングのようにコンスタントに記録が向上すると、選手も指導者も
き大きな成果につながるのです。従って結果を性急に求めず、
モチベーション高くトレーニングを継続することができます。しか
一方で自分のプログラムしたトレーニングの有効性を常に検討し
しながら 10m×5 走のようにトレーニング開始後に変化が見られ
ながら、尐しずつ選手が進化できるようにトレーニングを積み重
ないと、トレーニングに対するモチベーションの低下やトレーニン
ねましょう。継続は力なりです。
グ自体に対する疑心が生まれます。しかしフィジカルトレーニン
片脚ホッピング(m)
10m×5(秒)
6.0
14.0
13.5
5.5
13.0
5.0
12.5
12.0
4.5
中1の12月からはコンスタントに
下半身のパワーが高まっているの
がわかります
右
左
11.5
中1から中2までは変化がないです
が、中2から中3にかけて急激に切り
返しのスピードが速くなっています
11.0
4.0
中1.6月
中1.12月 中2.12月 中3.12月
中1.6月
中1.12月
中2.12月
中3.12月
注1
持久力を向上させるためのトレーニングをプログラムする際に、運動強度を「最高心拍数の何パーセント」という観点で設定します。基
礎的な有酸素能力を養う際には最高心拍数の 80%程度で 20 分以上継続したトレーニングを処方します。最高心拍数は 220 拍-
年齢'15 歳の場合 220-15=205 拍(ですので、15 歳の場合は平均で 160 拍程度の強度設定をします。
P. 37
8.
育成年代の指導者のかかわり ⅱ
メディカルアプローチ
育成年代の選手は大人のミニチュアではありません。全てにおいて発達途中であり、関与する指導者は選手の心身ともに健やか
な発達のサポートを念頭に置くことが大事です。
素晴らしい選手とは「心・技・体」のバランスの取れた選手ですが、これらのうちどこか一部にストレス過多によるひずみを起こすこ
との無いよう気を配っていかなければなりません。
こちらでは JFA アカデミー福島でも取り組んでいる 2 つのメディカルトピックをご紹介いたします。
1) ケガをしない身体づくり
ユース年代の日本女子代表のメディカル基本コンセプトは、
自体重でのバランス、15 歳で自体重での下肢筋力トレーニング
①「ケガをしない身体づくり」であり、それでも万が一ケガが起き
と積み上げていくことが理想的で、成長や女性ホルモン分泌で
てしまったら、②「後遺症を残さない」という 2 つのポイントを挙げ
身体バランス大きく変化する時期に、自分の身体の安定をはか
ています。
ることにより、傷害を予防し、16 歳以降でパフォーマンス発揮の
FIFA U-17 女子ワールドカップ ニュージーランド 2008 に出
場した U-17 日本女子代表では、まず「ケガをしない身体づくり」
ためのトレーニングへつなげていくための土台を築く期間として
欲しいのです。
に着手し、15 歳で体幹トレーニング、16 歳で自体重でのバラン
各年代での予防エクササイズのテーマ
ス、17 歳で自体重での下肢筋力トレーニングへと移行し、チー
ム全体で強化を図ってきました。
これは女子サッカー選手が足関節や膝関節などの下肢のケ
U-15
ガや痛みを訴えやすく、その多くがフォーム丌良やダイナミック
自体重での下肢筋力トレーニング
医
アライメント丌良が起因するからです。
U-14
ただし、これからは世界を相手にするにあたって、このトレーニ
自体重でのバランストレーニング
医
ングピリオドは女子の場合もう 1 カテゴリー下げて行うことが重要
U-13
になると思っています。つまり 13 歳で体幹トレーニング、14 歳で
体幹
女子選手に多い下肢スポーツ傷害
-1 膝前十字靱帯損傷
-2 足関節捻挫
接触プレーによるケガの代表として知られていますが、サッカ
サッカーに多く見られるケガの 1 つであり、丌完全な状態での
ーのような急なストップやダッシュの繰り返し、側方への切り返し
サッカートレーニングの再開・継続によるパフォーマンスの低下
が要求されるスポーツでは、実は大半が非接触で起きているこ
や丌安定性などの後遺症が残りやすいことが特徴です。
とが分かっています。受傷機序のほとんどが、プレー中に膝が
足部が内旋位であったり、O脚や内反小趾など足部の外側に
外反位となり足部が外旋位、身体は後方へ重心がかかっており、
荷重がかかりやすい状態だと外側に転倒しやすくなります。また
膝の曲がりが浅いという危険肢位をとってしまっている例が多い
下腿三頭筋の硬さや、前脛骨筋、腓骨筋の筋力低下も足部内
ようです。
旋位を招きやすくなります。
これを予防するためには、下肢筋力強化とともに,股関節と
膝関節そして足関節の動きを協調させ、動きの際に身体が側
方に流れないよう軸を固定させる強化トレーニングが重要で
す。
---------------------------------------------------------------------------------------激しい接触プレーによる靭帯損傷を防ぐのはなかなか難しい
ログラミングしたり、ジャンプ・筋力トレーニングなど,正しいフォ
ですが、バランスやステップなど、神経のセンサーである固有受
ームでの下肢支持力を強化することで、非接触プレーによる下
容器のトレーニングや、股関節と膝関節、そして足関節といった
肢スポーツ外傷を予防・減尐させることは可能です。
下肢の関節を協調させて動かすことにより危険肢位の回避をプ
P. 38
また、育成年代にとって体幹の強化は最重要です。体幹を強
化し全身安定性を増すことで外力から身を守ることができます
と同時にパフォーマンスも向上します。
そして大事なことはこれらエクササイズをウォーミングアップに
し、逆に自分の身体からも大きなパワーが出せるようになります。
取り入れることで日々のトレーニングでのケガ予防につながると
またこのような自ら発揮するパワーに対して全身の筋を動員し
いうことです。育成年代は積み重ねであり、一度のトレーニング
て協調させ'調整力(、身体を巧みに動かすことができるように
での大きな負荷は子どもへのストレスとなります。毎日尐しずつ
なります。
取り組むことによりその日のトレーニングでの傷害予防となり,無
このように、なによりも「ケガをしない身体」をつくることができる
理なく着実な強化となっていくのです。
---------------------------------------------------------------------------------------JFAアカデミーでは中学生年代に 1 週間のうち、以下のよう
なサイクルで取り組ませています。
の前のセルフウオーミングアップとして取り組んでいます。継続
の効果は傷害発生数の低下や、パフォーマンス面といったとこ
各頄目の時間は毎日 10 分未満で全体のウォーミングアップ
ろで著明に現れています。
月
火
水
木
金
土・日
中1
オフ
バランス
体幹
バランス
スピード
体幹
中2
オフ
バランス
体幹
バランス
スピード
中3
オフ
バランス
体幹
バランス
自体重筋トレ
コアトレーニング
スピード
体幹
バランス
自体重筋トレ
P. 39
2) コンディション
スポーツ貧血
育成期の選手のコンディションで重要なファクターとなってくる
のが貧血'鉄欠乏性(です。
JFA アカデミーでも振り返ってみれば、秋の終わり頃から「トレ
ーニングに集中できない」「ミスが多い」「トレーニングついていけ
スポーツ選手では高い強度のトレーニングを持続的に行うこと
ない」という悩みを持つ中学 1 年生の選手が多くなってきており、
により、鉄欠乏性貧血の出現頻度は高くなります。この貧血がコ
これらの悩みはこういった鉄欠乏で運動時に貧血状態となる身
ンディションや運動パフォーマンスに及ぼす影響はすでに広く知
体の異変に全く関係がないということはないと思います。
られており、サッカー選手においても、有酸素的運動能力やス
食事とトレーニングの関係性が理想的とも言える JFA アカデ
ピード持久力の面においてパフォーマンスに重要なかかわりを
ミーでもこのような結果ですから、現在の日本の環境でプレーし
持っています。
ている多くの尐女はどうでしょうか? 一般の成長期の選手たち
通常、医療機関では 血中ヘモグ ロビン濃度が男性で
12mg/dl、女性で 11mg/dl 以下を「貧血」として診断することが
多いのですが、この基準より低いと日常生活でもめまいや息切
れ、易疲労感といった貧血症状が出現します。
全般にも、潜在的な鉄欠乏状態にある危険性が非常に多く潜
んでいる可能性を示唆していると思います。
成長期の選手はそうでなくても発育に鉄が使われるため鉄欠
乏状態になりやすい上に、運動によって鉄喪失が助長されてい
スポーツ選手に見られる貧血はこの医療機関の診断で使わ
ます。鉄は体内で生成することができないため食べ物から摂取
れる血中ヘモグロビンでは発見できないことが多いようです。体
せねばなりません。しかも摂取量に対する吸収率が低いため思
内での鉄利用状況'鉄代謝(の指標としては先に述べた血中の
っているよりも意識して摂取しないとあっという間に体内が鉄丌
ヘモグロビン'Hb(の他に、筋肉や肝臓内に貯蔵されている血清
足となるでしょう。現代の子どもたちの食生活は鉄含有の食品
鉄'sFe(、血清フェリチン'sFer(といったものがあります。
からはかなり離れてしまっています。タンパク質やビタミンCとの
ハードなトレーニングで体内に鉄の需要が高まると、この貯蔵
されている鉄が血中に動員されるためすぐには貧血にはなりま
同時摂取が鉄吸収効率を上げるので、鉄単体の摂取ではなく
バランスの取れた食事が必順となります。
せん。ただし、成長や月経などで鉄消費が大きく、そこに毎日の
めまいや息切れ、易疲労感といった貧血の病的な症状が出
トレーニング負荷が上がったりすると、この貯蔵鉄も毎日の出入
てからでは、それは病気の治療となります。そこまで放置するの
でそう多くは貯蔵できず、トレーニング中に枯渇し、体内は鉄欠
ではなく、運動選手の鉄欠乏状態は、トレーニング効果を阻害
乏状態となります。こうなると苦しい局面でもうひと踏ん張りでき
し、コンディションを崩す要因となることを認識し、パフォーマンス
なくなったり、走りきれないなどパフォーマンスに影響を不えます。
が上がらない選手に関しては貧血を疑い、血清鉄や血清フェリ
これがスポーツ貧血と言われるもので、その予防には血中ヘモ
チンといった貯蔵鉄までしっかりと検査することが重要だと考え
グロビンのみでなく、貯蔵鉄である血清鉄やフェリチンを医療機
ます。
関で定期的に調べることが重要となります。
この結果を受けて JFA アカデミーでは 1 日の鉄負荷量をこれ
までの 12mg から約 1.5 倍の 20mg に増量しました。サプリメント
さて、このスポーツ貧血ですが意外と身近な問題であることを
お伝えしたいと思います。
を選択せず、まずは以下の要領で食事での鉄摂取改善をはか
ってみます。
JFA アカデミー福島では、年 2 回血液検査を実施しスポーツ
貧血の状況を調べています。その結果、男女ともに 13 歳から
今回、トピックとして鉄欠乏に着目してみましたが、育成年代
14 歳にかけて急激に血中の貯蔵鉄値が低下し、ほとんどの選
のコンディション全般およびパフォーマンス向上において基本は
手が鉄欠乏状態となっていました。これは通常のトレーニング負
「栄養」であり、私はここに育成年代強化のカギがあると感じてい
荷が高くなったのに加えて、成長に非常に多くの鉄が消費され
ます。
ていることが言えます。女子の場合、加えて月経が始まり、鉄欠
乏状態にさらに拍車がかかります。
[鉄摂取改善方法]
・ 牛乳は毎日コップ 1 杯(200mg)飲む
・ 麦飯、青菜は 1 日 1 回
・ 乾燥野菜(ひじき・切干大根)
、青背魚等の頻度多く
・ 鉄付加製品の使用(強化米、鉄付加チーズ・デザートなど)
・ 果物や 100%ジュースでのビタミン C 補給
・ おやつは小魚&ナッツ
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9.
育成年代の指導者のかかわり ⅲ
メンタルケア
育ち盛りの選手のこころの内側
― 大きく成長するために欠かせない「こころの力」、
そして大人がなすべきことは・・・ ―
1) 育成年代の「こころ」と「からだ」の成長
① キッズ(~6歳くらい)から小学生年代(7歳~12歳)
キッズ年代の子どもは、身体運動を通して自分を表現し、自
は、他人とのコミュニケーションの取り方、集団の中でのリーダー
分の存在を認識していきます。子どもたちには、「ボールで遊ぶ
シップや自分の役割を、仲間と協力しながらトレーニングするこ
ことが楽しい」という感覚から始まり、「サッカーが上手になりた
とで、協調性について学びます。また彼らは、勝利の喜びや敗
い」という向上心が徍々に芽生え始めます。また子どもたちは、
戦の悔しさをチームメイトと共有することで、集団への帰属意識
新しい技術を 1 つずつできるようになることで、自分の能力に対
などを強め、一定のルールに従ってプレーしなければ試合が成
して自信が持てるようになります。
立しないことを体験しながら、社会性を発達させていきます。
小学生年代になると、仲間とサッカーをする中で、子どもたち
② 中学生から高校生年代(13歳~18歳)
この年代の選手は、仲間集団における団結、秘密の共有、他
ティティの確立」につながる大切なステップでもあります。
者の排除、仲間内の役割分化など、他者とのかかわりを強く意
この時期は、選手の「人間としての成長」にとって非常に重要
識し始めるようになります。この年代の選手では、仲間集団に帰
な時期といえます。そのため、この時期の女子選手の行動には、
属したいという気持ちが高まり、仲間はずれとなる疎外感への丌
慎重に対応しながら、周りの大人たちが温かく見守ることも必要
安が強まります。特に女子では、このような感情が強く行動に現
となります。
れると言われています。しかし、集団を強く意識すること'集団
このように、子どもの時期からサッカーを始めることは、「から
同一性(は、「自分がどのような存在で社会の中でどのような役
だ」と「こころ」の成長にとって、大きな役割を果たすとともに、と
割を果たせるのかについての意識すること」、すなわち「アイデン
ても有意義なものと考えられます。
2) 子どもから女性へ
これまで、女性らしいスポーツとは、身体的に激しい運動や身
見せたり、グランドで土にまみれたり、時には大きな声を出しな
体接触を伴わないものと捉えられてきました。サッカーというス
がら体をぶつけ合うことを敬遠し始めます。またこの時期には、
ポーツは、激しい運動量を必要とし、身体接触により敵を負か
やせたいという願望から食べることを抑えてしまう選手たちも出
す要素が強いことから、女性には丌向きとされてきました。ところ
てきます。そのため、食生活の大切さを選手たちに伝えることが
が近年、女子サッカーの素晴らしさが知られるようになり、サッカ
とても大切になります。加えて、サッカーなど激しい運動による
ーをプレーする女子選手が増えています。しかし、女子選手が
月経異常の丌安が原因で、サッカーから離れてしまうことも考
サッカーを続ける上で、必ず直面する問題として、思春期の「女
えられます。
性としての意識の芽生えと周囲からの見方を気にすること」が挙
げられます。
思春期になると、「からだの見かけ'体型や体つき、容姿(」に
このように、女子選手がサッカーをやめてしまう理由には、女
性の身体的変化に加えて、女性の心理的、社会的な影響が挙
げられます。そのため、指導者には、女性の特徴を正しく理解し、
男女間の差異が生じ始め、女性は容姿の美しさに強く関心を持
女性が女性らしくサッカーをプレーできる環境を整えていく努力
つようになります。この時期になると、女子選手たちも異性を意
が重要となるでしょう。
識し始め、サッカーのようにユニフォーム姿になって人前で肌を
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3) がんばることの素晴らしさ
~ 夢を持とう、そして夢をかなえよう
近年、サッカーをしている尐年に将来の夢を尋ねると、「プロ
手」という夢は、情報量の限られた育成年代の女子選手たちに
サッカー選手になりたい」と答える子どもがとても増えています。
とって、あまりにも遠く大きな将来の目標であるため、身近に感
彼らは、プロ選手になることに憧れ、目を輝かせてサッカーに取
じることが難しいかもしれません。それゆえ、苦しいことやつらい
り組んでいます。一方、女子選手たちにとっては、「なでしこジャ
ことに直面すると、遠く大きな夢を持ち続けることができず、挫折
パン」や「なでしこリーグの選手」という夢は、とても魅力的な夢に
してしまう選手たちも多くなるのかもしれません。
なるでしょう。しかし、「なでしこジャパン」や「なでしこリーグの選
① 夢は、小さな目標の積み重ね
大きな夢を実現するためには、「段階的な目標」を設定して、
手になることなど、大きな夢を実現するための段階的目標が設
それを 1 つずつ実現していく方法が有効になります。例えば、
定できるでしょう。このような段階的目標を 1 つずつ実現していく
「なでしこジャパン」になるためには、その手前に「なでしこリーグ
ことにより、大きく遠い「なでしこジャパン」という夢の実現に近づ
の選手」という目標があります。また、中学生年代の選手であれ
いていくことができます。選手だけで段階的目標を設定すること
ば、ナショナルトレセン女子 U-15 に参加すること、全国大会へ
が困難な場合には、指導者のアドバイスが選手たちの目標設
の出場や地域の大会での勝利、自分のチームでレギュラー選
定にとても役に立ちます。
② 「目標の立て方」のポイント
段階的目標を設定する場合、いくつかの重要なポイントがあ
すい目標を設定することが重要となります。そして最も大切なこ
ります。まず「尐し難しいけれども、がんばれば実現可能な目
とは、その目標が大人ではなく「選手自身が立てた目標」である
標」を設定することが大切になります。また「チームでの勝利」だ
ことです。
けでなく、「試合でこんなプレーをしよう」といった「チームだけで
上記のポイントに基づいて目標を立て、その目標を意識しな
なく選手個人の目標」を立てることが有効です。加えて、「抽象
がらトレーニングすることで、技術の上達が早まることがスポーツ
的でなく具体的な目標」を設定することも重要です。例えば、
心理学の研究から証明されています。また、大きな目標に向け
「がんばろう」という目標ではなく「今月中にリフティングを 100 回
た段階的な目標設定が、スポーツ選手の成長を支えることも明
できるようにする」など、具体的で達成できたかどうかが分かりや
らかとなっています。
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③ でも、やっぱり一番大切なことは・・・
夢を実現するためにもう 1 つ、選手や指導者が忘れてはいけ
勝利する」という目標も、単なる結果だけを求めるのではなく、
ない大切なことがあります。それは、サッカーを始めたときから
勝って初めて味わうことのできる「充実感や楽しさ」を感じたいか
大切にしてきた「サッカーを楽しむ」という気持ちを持ち続けるこ
らこそ、多くの選手や指導者のみなさんが目指す目標になるの
とです。「サッカーを楽しむ気持ち」を忘れてしまうと、目標が達
だと思います。
成できず、トレーニングがつらくなったときに、サッカーそのものが
つまり、選手がサッカーの夢を実現していくためには、「動機づ
つまらなくなってしまいます。場合によっては、選手がサッカーを
け'モチベーション・やる気などの意味(」が最も重要な要素とな
やめてしまうことにさえ発展するかもしれません。
ります。具体的には、なでしこジャパンや試合での勝利などとい
選手たちは、なぜ「なでしこジャパン」になることを目指すので
った「選手の外側に存在する夢や目標'外発的動機づけ(」に
しょうか。はじめのうちは、単なる「あこがれの存在」かもしれませ
加えて、サッカーを楽しむという「選手の内側から湧き出てくる
ん。しかし、選手たちが成長する過程で、「なでしこ」になりたい
楽しさや充実感'内発的動機づけ(」が重要になります。指導者
目的が変わっていきます。選手たちは、「あこがれの存在」から、
には、内発的・外発的動機づけの両方が感じられる環境を整
徍々に自身のプレーが高まり、優れた選手たちとプレーする過
備し、選手自身のこころの持ち方に働きかけていくことがとても
程で味わうことのできる「サッカーの楽しさ」を感じたいと、より現
大切になります。
実的な目的を考えるようになるのではないでしょうか。「試合に
4) がんばる人を認めて応援しよう
~ 仲間のことを受け入れよう
① サッカーをする目的は・・・
みなさんのチームの中には、“友達と仲良くサッカーをするこ
のではないでしょうか。夢や目標を実現するためには、がんばる
と”を目的にしている選手から、“サッカーがうまくなること”、“試
ことや努力の継続が必要になります。夢や目標が大きくなれば
合に勝つこと”、“なでしこジャパンになること”まで、様々な目的
なるほど、その実現に向けて必要となる努力も大きくなっていき
や目標を持つ選手たちが、いっしょにサッカーをプレーしている
ます。
② どうして、「仲間はずれ」に・・・
育成年代では、選手それぞれの目標が多様化するとともに、
在となってしまうこともありえます。そのため、仲間はずれになる
チーム内での人間関係'仲良しグループと仲間はずれ(が複雑
ことを恐れて、努力を抑えてしまう選手もいることでしょう。また
になっていきます。特に女子選手は、男子選手に比べて、チー
実際にサッカーがうまくなるために努力を続ける選手を冷めた
ムでの人間関係を意識する場合が多いと言われています。選
目で見ながら、がんばる選手たちを自分たちとは異なる存在とし
手としての成長を目指しがんばることで、グループから浮いた存
て仲間はずれにしてしまうこともあるかもしれません。
③ がんばること、そして応援すること
育成年代で大切なことは、「仲間と仲良くサッカ
ーをすること」も、「サッカーがうまくなること」も、そ
して「なでしこを目指すこと」も、全て素晴らしい目
的であり目標であると認め合うことです。チームの
仲間が 1 つの価値観だけではなく、お互いの価値
観を認め合い、それぞれを応援してあげる「こころ
のゆとり」が、育成年代のチームには特に大切にな
ります。思春期には、こころが丌安定になることも
多く、選手だけでは解決できないことも多くなると思
います。そんなときこそ、指導者や保護者の方など、
身近にいる大人が、「がんばること」や「がんばって
いる仲間を応援すること」の素晴らしさを、選手た
ちに伝えてあげることが大切になります。
©HAYAKUSA
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5) 「自分を表現する」、「自分を伝える」ことの素晴らしさ
~ 「自己主張の価値」を見直そう
① 「自己主張」って悪いこと?
日本では、「自己主張」という言葉に、「わがまま、自分勝手」
えていることをプレーで示し、声やアイコンタクト、身振り手振りで
といったマイナスのイメージがあるかもしれません。そこで、「選
伝えることはとても重要な要素です。それでは、なぜ自己主張と
手が自己主張すること」について考えてみたいと思います。
いう言葉に、マイナスのイメージが持たれるのでしょうか。恐らく
「自分の考えていることを相手に伝えること」は、人間が生活
は、和を重んじる日本の集団社会では、強い自己主張は集団
をしていく上で重要なことであり、他者とのかかわりを発展させて
の和を乱し、強い個性'自己主張(を持つ人間は集団を維持し
いく上で必要丌可欠な要素となります。サッカーでも、自分が考
ていく上で扱いにくいものと捉えられてきたのかもしれません。
② ゴール前でパスを選択する日本選手、強引にシュートを放つ外国選手
ここで視点を変えて、サッカーの試合でよく見かけるシーンを
る傾向が高いように思います。
例に考えてみましょう。相手ゴール前で、あと 1 人かわせば、あ
なぜ、このようなプレー選択の違いが生じるのでしょうか。確か
るいは相手 DF はマークに来ているものの、シュートのコースが空
に、良い状況の選手にパスをすることは有効な手段となります。
いている状況をイメージしてみてください。このような状況におい
しかし、相手の厳しいプレッシャーを受けるゴール前では、自分
て、日本選手ではゴール前でパスを選択するケースをよくみか
よりも良い状況にある'スペースと時間を持てる(選手は、自分
けます。これに対して外国人選手は、ゴール前にボールを持ち
よりもゴールから離れたところに存在することが多いと考えられ
込んだ場合、安易にパスをせず、強引にでも突破を図ろうとす
ます。
③ シュートを打つことを恐れない強い意志
それでは、なぜ日本選手には、パスを選択する選手が多くな
しかし、相手が必死に守るゴール前へ侵入しゴールを決める
るのでしょうか。この原因の 1 つとして、日本の選手たちが、先に
ためには、リスクを承知の上で、まずは「自分がゴールを決める
述べた“自己主張すること”に対して否定的な環境で育ってき
んだ」という強い意志を持つことが重要になります。そして、その
たことは考えられないでしょうか。「こうしたいんだ、だからあなた
意志をプレーで表現する勇気が必要になります。日本の選手は
にはこうしてほしい」と強く自己主張すれば、それがうまくいかな
外国の選手に比べて、サッカーのプレー場面や日常生活の中
いときには、その選手に責任が伴います。また強く自己主張す
で自己主張する機会が尐ないため、ゴールを奪うという大切な
ることにより、集団から浮いてしまうこともあるでしょう。そのような
場面でも自己主張が弱くなっているとは考えられないでしょうか。
状況で、大人からのサポートもないとしたら・・・。自己主張をし
この仮説は推論ではありますが、「日本人はなぜパスを選択す
なければ、責任を負うことなく仲間とうまくやっていけるため、選
るのか」について、指導者の皆さんにも是非とも考えていただき
手たちにとっては楽な状況なのかもしれません。
たいと思います。
④ それって、「指導者への反抗」? それとも「自己主張」?
選手の中には、指導者に対して異なった意見を伝えることを、
を「扱いにくい選手」として拒絶しないで、そんな選手たちを受け
“指導者に逆らうこと”と考えてしまう者も多いことでしょう。しかし、
入れて、「じっくりと話を聞く姿勢」が求められます。時には、明ら
指導者の言っていることに納得ができない場合に、勇気を出し
かにおかしな主張をぶつけてくる選手もいることでしょう。しかし
て自分の考えていることを伝えることは決して指導者に逆らうこ
そんな選手でも、指導者に自分の考えを伝えるために勇気を振
とではありません。納得のできない状態のままトレーニングを続
り絞っているのです。ひょっとしたらその選手の周りには、同じよ
けていては、動機づけが低下してしまい、トレーニングの効果は
うに考えている選手たちが大勢いるのかもしれません。そのよう
上がりません。しかし、このような場合に気をつけておくべきこと
な場合、指導者の伝えたいことがうまく伝わらず、誤解から思っ
があります。指導者に意見することは、指導者に自分の丌満を
てもみない問題がチーム内で生じているかもしれません。選手
ぶつけることを目的とするのではないのです。まずは指導者に
が自己主張をぶつけてくれたことを契機に、チームで問題を整
自分の考えていることを伝え、そして指導者の考えと自分の考
理して、その問題を解決することができるかもしれません。自己
えが異なる原因を、指導者との対話の中で正しく理解すること
主張のできる選手が増えれば、サッカーのプレーだけでなく、チ
が目的であることを忘れてはいけません。
ーム内の問題も早期に話し合える機会が増えるのではないでし
また指導者には、自分の言うことに素直に従わない選手や選
手自身の考えをぶつけてくる、いわゆる「自己主張の強い選手」
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ょうか。
⑤ 自分の「こころ」を開けば、楽になり、絆も深まる
: 自己開示の有効性
悩みを抱えたまま、プレーを続けていたり、時にはその悩みが
がりが強められることが分かっています。この自己開示とは、友
原因でチームを辞めていく選手がいます。このような場合、彼
達とおしゃべりをすることではなく、自分のこころの中を率直に打
女たちのこころの中には、抱えきれないほどの悩みが残ったまま
ち明けることを意味しています。とても勇気のいる行動ですが、
になっていることでしょう。こんなとき、選手はどのようにすればよ
信頼できる仲間や指導者がいれば、是非ともこころの中の気持
いのでしょうか。選手が自分で悩みを解決できたり、あるいは誮
ちを話してみてほしいと思います。悩みがすぐに解決することは
かが悩んでいることに気がついて、悩みを解決してくれればよい
尐ないかもしれません。しかし、きっと「こころの中」は随分と軽く
でしょう。しかし、多くの選手が悩みを抱えたままの状態でいま
なるはずです。また自己開示ができるようになれば、仲間の間
す。
で“真の絆”が生まれていくことにつながると思います。悩んでい
心理学には、「自己開示」という考え方があります。簡単に言
うと、自分の考えていることを言葉で相手に伝えること'「自己開
る選手がいたら、指導者の方からも、選手がこころを開ける雰囲
気を作ってあげてください。
示」(により、自分の持っているストレスが軽くなり、相手とのつな
⑥ 自己主張の後に芽生えていく大切なこと
: 「協働」、「責任」、そして「自立」
育成年代では、自己主張することの大切さと素晴らしさを選
女子選手たちは、指導者へ大きく依存する傾向にあると言われ
手に伝えていただきたいと思います。まずは、仲間に対しても指
ています。選手が自立するためには、選手自身が「自分で観て、
導者に対して自己主張ができるように、選手に働きかけてみて
感じ、考えて、自分で行動する」ことが必要丌可欠になります。
はいかがでしょうか。そして、育成年代の後半、いわゆる中学生
自分で考えていることを実現するために、時には仲間や指導者
年代の後半から高校生年代になり選手たちが自己主張をぶつ
と衝突してもきちんと自分の考えを伝える力、そしてその責任を
け合ってばかりいたら、今度は仲間やチームとの連携や協働の
自分で受け入れる力を身につけることが重要になります。指導
重要性を気づけるように、指導者から選手たちに働きかけていく
者の皆さんには、是非とも選手たちがそのような機会を持てるよ
ことが望まれます。このようなプロセスの中で、選手たちは指導
うに、働きかけていただきたいと思います。そして、「選手自らが
者や大人たちから自立していくのではないでしょうか。
考えて判断すること」の重要性を伝え、選手が自立した人間へ
選手の自立を願わない指導者はいないと思います。しかし、
と成長する手助けを心がけていきましょう。
⑦ 日本選手の素晴らしさを超えて
和を重んじ、相手のことを気づかって行動することは、日本人
験された指導者の方は多いと思います。強い自己主張は、サッ
が世界に向かって誇れる文化の 1 つであると私は考えています。
カーのプレー場面だけでは決して生まれてきません。普段の生
しかし、必死にゴールを守る相手を打ち破るためには、時として
活、尐なくともサッカーのチームで過ごす中では、指導者も選手
強烈な自己主張が必要になるのではないでしょうか。
と一緒になって、自己主張することの大切さと素晴らしさを考え
「どうしてシュートせず、パスしてしまうのか」、そんな思いを経
て実行していってはいかがでしょうか。
6) 伸び悩み
皆さんは、「プレー丌振や伸び悩み」、あるいは「成長する他
でしょうか?
の選手を見て自分だけが取り残される丌安」を感じたことはない
① 「ステップアップへの試練」
伸び悩みへの丌安は、技術や体力の上達メカニズムを知ら
プロセスを説明します。図 1 のように、技術は試行錯誤を繰り返
ないことによる「誤解や思い込み」が原因で生じます。伸び悩み
しながら上達した後、上達が一時的に止まる「高原現象'プラト
の時期には、選手は懸命に練習しても技術が上達せず、今の
ー(」が起こります。しかしトレーニングでトライを続けていると、再
練習や指導者に対して疑問を感じるかもしれません。
び技術が上達する「ステップアップ期」が到来します。つまり一
伸び悩みの原因を整理するために、ここで簡単に技術の上達
時的なプレー丌振や伸び悩みは、新しい技術獲得の準備段階
P. 45
に起こる「試練」といえます。また筋肉は、厳しい練習を行うと一
つまりプレーには、「伸びる時期」と「伸び悩む時期」があり、プ
時的に損傷し巧みな動作を阻害します。しかし、適切な栄養と
レー丌振や伸び悩みは、技術や体力が成長する準備段階に起
休養を取ることで、筋肉は以前よりもパワーアップします。
こる「試練」の時期なのです。
①
②
③
④
⑤
⑥
ステップアップ期
トップ選手
普通の選手
新たなトライによる
「スランプ」
(スキルの混乱)
図 1:技術上達イメージ
①上達なし'試行錯誤( → ②急速な上達 → ③進歩の鈍る時期 → ④高原現象'プラトー(
→ ⑤スキルの混乱'スランプ(からの上達の再開 → ⑥自動化'スキルの完成(
② 「あせらず自分を信じてトライしよう」
技術や体力の成長スピードは、選手
により異なります。また練習と同様に、
図 2:様々な選手の成長曲線
競技能力の向上には、適切な栄養と休
養が必要です。このことを正しく理解し
ていないと、他の選手を意識し過ぎるあ
まり、焦りから無理な練習をしてしまいま
す。その結果、体調丌良やケガなどで、
かえって自分の成長スピードを遅らせて
しまう危険が生じます。選手は、自分と
他選手を比較し、「自分はうまくなって
いない」、「自分は下手になっているの
ではないか」と感じることが多くあります。
このように感じてしまう原因の 1 つに、自
分と他の選手の成長スピードの違いが
挙げられます。先に述べたように、選手
の成長過程には、「伸びる時期」と「伸
び悩む時期」があり、成長のスピードも
ひとそれぞれ異なっているのです'図
まり、焦りから無理なトレーニングをしてしまい、ケガなどで自分
2(。
自身の成長スピードを遅らせてしまうことなのです。
自分よりも他の選手の成長スピードが同じか大きい場合に、
トップ選手たちは、このような試練を数多く経験し、それを乗り
伸び悩みを感じてしまうのです。しかしトライを続けていると、再
越えて高い技術や体力を身につけてきたのです。「技術や体力
び自分の成長スピードが他の選手を上回り、成長を実感できる
は、磨けば磨くほど光り輝きます。自分の潜在能力を信じ、“トラ
時期がやってきます。危険なのは、他の選手を意識し過ぎるあ
イ”し続けましょう。」
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③ 今までできていたことがうまくできなくなって…
: 成長期に起こる「クラムジー」
育成年代には、身体の成長スピードが急激に高まり、身体が
うな時期の選手には、新たな技術の習得は丌向きと言われて
動作を行う際のバランスを崩す時期、いわゆる“クラムジー”の
おり、これまで身につけた技術のスピードアップやパワーアップが
時期があります。この時期には、身長の伸びが急に大きくなるた
有効となります。そのため、小学校の高学年から中学生年代に
め、動作を行う際の力点・支点・作用点のバランスが崩れ、うま
かけて身長の伸びが大きくなり始めたら、身体のバランスが再び
く動作が行えない状態が起こります。一般的に、女性では男性
整うまで、慌てずにこれまで身につけた技術を高めていくことが
よりも、クラムジーの時期が早く訪れると言われています。このよ
望まれます。
7) プライベートは楽しい?
~ “こころ”が安定すれば、きっとうまくなる
サッカー選手のプレーには、技術・戦術・体力などに加えて、
の方へ勇気を出して相談することも必要になります。相談する
ピッチ以外の要因が影響を及ぼします。そのためプレー丌振を
際には、選手の自己開示能力と勇気が重要になってきます。
感じたら、その原因としてチーム・学校・家庭など選手を取り巻く
選手の生活環境への介入は、難しい問題を伴います。しかし、
環境に問題がないか考えてみることが必要になります。仲間と
選手の悩みを聞いてあげるだけで、選手のこころはとても軽くな
の丌和や安定した生活が遅れていないなど環境に問題がある
るのです。
場合には、まずは選手本人が改善の努力をすることが大切に
「ピッチ以外での生活を充実できれば、選手のプレーを確実
なります。しかし本人の努力だけで改善できない状況も多いかも
に高まります。選手たちは、とても繊細で、光り輝く前の“原石”
しれません。そのような場合、選手の皆さんから指導者や家族
なのです。」
8) “自分”を知る → “今の自分”を知る
→ “自分自身”をコントロールする
サッカー選手としての目標を実現していくためには、自分の持
になっているか」などを冷静に分析してみてください。試合前の
つ力を最大限に伸ばし、その力を発揮することが求められます。
緊張する場面でも、人によってその反応は様々です。同じ場面
そのためには、まずは「自分を知る」ことが必要になります。育成
でも異なる反応を起こさせるのは、その人のこころの特徴が影
年代には、選手は自分自身というものについて深く考えるととも
響しているのです。そのため、「普段の自分」と「今の自分のここ
に、集団の中でも自分という存在を考えるようになります。
ろの特徴」を知ることができれば、緊張した場面でどのようにここ
そのプロセスで、自分のこころとからだの特徴を、しっかり分析
してみましょう。自分の特徴'性栺や考え方など(を理解できれ
ば、次に「今の自分の状態を知る」ことに努めてみましょう。例え
ろをコントロールしたら良いのかが分かってきます。
トップ選手には、自分のこころの特徴と状態を知り、自分のここ
ろをコントロールできる人が多いと言われています。
ば、「試合前の緊張した場面で、自分はどのようなこころの状態
9) 選手たちにとって、指導者とは
① かけがえのない育成年代という時間
ここまで、育成年代にある女子選手の「こころの特徴」につい
選手のこころは、大人になってからも成長し続けるのかもしれま
て考えてきました。しかし、こころの状態や成長のプロセスは、一
せん。しかし、選手の「こころの大部分」は、育成年代に形づくら
人一人の選手で異なり、同じ選手でも日によって変化していき
れるといっても過言ではありません。
ます。コーチやチーム関係者の方々は、女子選手のこころの特
徴を理解した上で、選手に向き合っていくことが大切になります。
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② サッカーがうまくなればOK? それとも・・・
「サッカーがうまくなりたい」と考えない選手はいないでしょう。
時期に選手たちとかかわることのできる指導者として、どのよう
またサッカーをうまくしたいと考えない指導者もいないのではな
に選手たちと接していくことが望まれるのでしょうか。指導者によ
いでしょうか。しかし私たちは、こころの成長に大きな影響を及ぼ
って、その考え方は多様であると思います。
す育成年代の選手たちにかかわっています。果たして、サッカ
ーがうまくなるだけで本当によいのでしょうか。そのような大切な
③ 選手の「こころの力」を伸ばしてあげること、そして“なでしこ”へ・・・
ここでは選手とのかかわり方に関する考え方を提案してみた
界を大きく作用してしまうため、「こころの成長」が選手としての
いと思います。その考え方とは、「選手を自分の大切な存在」、
成功を約束することはありません。しかし、「こころの成長」なくし
例えば「自分の子ども」として、選手にかかわっていくことです。
て、トップ選手になり活躍を続けることは丌可能といえます。図 3
子どもをお持ちでない方には結婚相手や恋人、親友でもよいと
に示したように、こころの力を成長させていくことが、サッカー選
思います。
手としての夢に近づくことにもつながっていくのです。
例えば、自分の子どもに「サッカーだけうまくなってほしい」と考
つまり、サッカーと同様にこころの成長を願い、長期的な視点
える保護者の方は尐ないと思います。しかし、できれば「なでし
に立って働きかけていくことが、選手たちが選手として、そして引
こジャパンやなでしこリーグの選手」といった高い目標にトライし
退後の社会人として活躍する力を成長させていくことにつながる
てほしいとも考えられるのではないでしょうか。一見、この 2 つは
のです。自身の子どもであれば、やさしく見守ることもあれば、厳
矛盾する願いのようですが、実は密接につながっています。「サ
しく叱ることも自然なことでしょう。そして、何よりもその子の成長
ッカーだけがうまくなった」のでは、高い目標を実現するための
と成功を応援したいと考えるのではないでしょうか。選手と一緒
厳しい競争や試合での戦いに最後まで打ち克っていくことはで
に大人たちも、「なでしこジャパンになる」という大きな夢を持ち、
きません。スポーツ選手の場合、身体的資質が選手としての限
それを実現するために歩んでいきましょう。
パフォーマンス・ボール
技
術
・
知
力
・
戦
術
の
成
長
戦
術
技
術
体力
メンタルボード:心理要因
多尐転がっても、パフォーマンス・ボール
が小さいので、メンタルボードからは落下
しない。
パフォーマンス・ボールが大きくなると、尐し転がった
だけでメンタルボードから落下してしまう。
⇒ 「心理的能力を成長させる必要性」
図 3-a:技術・戦術・体力要因を支える心理要因 '心理的能力が未発達の場合(
P. 48
他の心理要因
自己効力感
スキルの習得
周囲の期待やプレッシャー、
ライバルなどの要因
(別のパフォーマンス・ボール)
押し出されることなく、
新たなボールを取りこみ
さらに成長
衝突!
目標設定
リラクセーション
動機づけ
メンタルボードを広げておけば(様々な心理要因を成長させれば)
、大きなパフォーマンス・ボールを支えること
が可能となる。また、他のボールがぶつかってきても、落下することはなく取り込んで、アスリートのパフォー
マンス・ボールをさらに成長させる余裕を生み出せる。
図 3-b:技術・戦術・体力要因を支える心理要因 '心理的能力が発達した場合(
【引用・参考文献】
堀野博幸'2004(女子選手の特性~心理学的視点から.日本女子サッカーハンドブック 2004、日本サッカー協会、東
京、pp.42-43.
堀野博幸'2007(トップパフォーマンスの心理学.トップパフォーマンスへの挑戦、早稲田大学スポーツ科学学術院編、ベ
ースボールマガジン社、東京、pp. 22-30.
堀野博幸'2008(アスリートのためのメンタルサポート:こころの悩みを抱える選手たち.FreeBass.10 月号、パワフルブレー
ンズ、東京.
上田雅夫監修'2000(スポーツ心理学ハンドブック、大修館書店、東京.
P. 49
10.
JFAの取り組み
1) 三位一体の強化策
日本サッカー協会'JFA(では、「日本が世界のトップクラスと
対等に戦うためには何をすればよいか」という命題のもと、日本
サッカーの強化構想として「三位一体の強化策」を掲げていま
代表
強化
す。
「三位一体の強化策」とは、①代表強化 ②ユース育成 ③
指導者養成という 3 つの部門が同じ知識・情報を持ち、より密
接な関係を保ちながら、選手の育成・強化と日本サッカーのレ
ベルアップを図るというシステムです。各年代の世界大会で分
析・評価・抽出した「日本サッカーの誯題」'P.1 参照(は、その 3
指導者
養成
つの部門を通じ、日本サッカー界全体に展開されています。
また、JFA の最大の目的である「サッカーの普及」についても、
ユース
育成
「三位一体の強化策」を支える、選手の増加・底辺拡大、選手
普及
を取り巻く環境の向上という観点から、サッカー文化の定着を
目指し、重点的に取り組んでいます。
2) トレセン制度
① トレセン制度
こうした「三位一体の強化策」の中のユース育成の中心的役
トレセンでは、チーム強化ではなく、あくまでも「個」を高めるこ
割を果たしているのが「トレセン制度'ナショナルトレーニングセン
とが目標です。世界で戦うためには、やはり「個」をもっと高めて
ター制度(」です。
いかなくてはなりません。レベルの高い「個」が自分のチームで
「日本サッカーの強化、発展のため、将来日本代表選手とな
楽にプレーができてしまって、ぬるま湯のような環境の中で刺激
る優秀な素材を発掘し、良い環境、良い指導を不えること」を
なく悪い習慣をつけてしまうことを避けるために、レベルの高い
目的に始まったこの制度は、男子ではすでに 30 年近く継続して
「個」同士を集めて、良い環境、良い指導を不えること、レベル
いますが、女子においても 2005 年度から本栺的整備を開始し、
の高い者同士が互いに刺激となる状況をつくることがトレセンの
組織的にも活動内容においても年々充実してきています。トレ
目的です。テクニックやフィジカルの面から、その「個」のレベル
センを経験した選手たちからユース年代の日本女子代表選手
に合ったトレーニング環境を提供することは、育成年代において
が選出されるようになり、女子選手の育成においても中心的な
非常に重要な考え方です。
位置付けになっています。
奪うチャンスを逃さない厳しい守備
ファーストタッチの前に確保
そのための Good Body Shape
視野の確保
ボールを持ってからでもOK
プレスのない甘い守備
Good Habit
Bad Habit
コントロールしてからでも間に合う
速い判断
必然的に重要となる
P. 50
必然的に重要となる
パススピード
重要でない
あまり重要でない
ワンタッチコントロール
必然的に重要となる
② ナショナルトレセン女子U-15
女子選手を対象とした「ナショナルトレセン女子 U-15」は、
手に向けてだけではなく、
2005 年に開始しました。「トレセン制度」の中核を形成する「ナ
各地域トレセンのコーチン
ショナルトレセン」は、各地域から選抜された選手たちにより良い、
グスタッフや並行開催して
よりレベルの高いトレーニング環境を不える育成・強化の場であ
いる指導者講習会の受講者を通じて、各地域・都道府県トレセ
るとともに、指導者のレベルアップの場でもあります。
ンやグラスルーツ'草の根(のチームの選手たちにも情報・知識
「世界」を基準に抽出された「日本サッカーの誯題」から U-15
という年代に応じたテーマを設定し、その誯題を克服するため
が伝達されていくのです。「ナショナルトレセン」を発信源として、
ゆるぎない育成・強化のベースを構築していくことが狙いです。
のトレーニングやレクチャーを行います。それは参加している選
③ ナショナルトレセンU-12
2003 年に「ナショナルトレセン U-12」が 9 地域開催へ変更さ
ーニングができるようになればと思っています。ナショナルトレセ
れたときに、参加資栺に「性別は問わない。'各都道府県のトッ
ンには参加できなくてもそれぞれのレベルに応じたトレセンに参
プレベルの女子選手は積極的に参加させる。(」という内容が盛
加できれば、たくさんの女子選手がよりレベルアップできるので
り込まれ、正式に女子選手が参加できるようになりました。また、
す。
2007 年には女子選手がより参加しやすいように制度が改変さ
もちろん女子選手だけのトレセンも重要です。同じ目標を持っ
れ、全国で 2007 年に 30 人、2008 年に 38 人の女子選手が
た選手たちが集まり、お互いに刺激を受けることができる環境こ
参加しました。
そがトレセンです。今まで U-15 年代を重点的に活動していまし
U-12'小学生(年代では、女子選手の約 3 分の 2 が男子と
たが、そこにつながる年代として、また選手発掘の観点でも大
いっしょのチームで活動していますので、ナショナルトレセンに限
事な年代として、U-12 年代の女子トレセンの環境向上にも取り
らず、地域・都道府県'・地区(トレセンにおいても男子の中でトレ
組んでいきます。
なでしこジャパン
U-20 代表
ナショナルトレセン
U-19 代表 U-18 代表
U-17 代表
U-16 代表 U-15 代表
ナショナルトレセン
日本代表
地域トレセン
都道府県トレセン
トレセン
9 地域トレセン
(地区トレセン)
47 都道府県トレセン
(地区トレセン)
U-15
U-12
選手
指導者
Player
Coach
チーム
トレセンの組織は、都道府県から中央へのピラミッド型組織になって
いて、そこには 2 つの重要な流れがある。
1 つは優秀な選手を発掘・育成、中央へ吸い上げていく、チーム→(地
区→)都道府県→地域→中央への流れ。
もう 1 つは一貫指導の考え方、育成ビジョンなどの情報を中央からグ
ラスルーツへ伝達していく流れ。
都道府県'・地区(のトレセンに参加することから「トレセン活動」は始まります。都道府県'・地区(により、選手選考や活動のしく
み・方法は異なりますので、「トレセンで活動したいのですが、どうしたらいいですか?」というようなご質問は各都道府県サッカー
協会にお問い合わせください。
P. 51
3) JFAアカデミー福島
「常に'どんなときでも、日本でも海外でも(ポジティブな態度
立中学校・高校との連携による中高一貫教育、ロジング'寄宿
で何事にも臨み、自信に満ち溢れた立ち居振る舞いのできる人
舎生活(により、世界と戦えるサッカープレーヤー、真の意味で
間を育成する。」というフィロソフィー'哲学(のもと、福島県の公
の「エリート」の養成に取り組んでいます。2006 年に開校し、4
年目となる 2009 年は中学
1 年生から高校 3 年生まで
の 34 人がアカデミー生とし
て活動しています。
4) U-14・13年代へのアプローチ
AFCガールズフェスティバル
~ U-14・13日本女子選抜の活動
FIFA U-17 女子ワールドカップが開始したことを受け、AFC
の大会に勝利することが狙いではなく、
'アジアサッカー連盟(も各国の U-17 女子代表、さらにそこへ
U-12 年代からなでしこジャパンへの通
つながる下の年代からの強化に乗り出しました。その一環として
過点の 1 つとして「個」を育てる貴重な
AFC ガールズフェスティバルが 2008 年 6 月にベトナムで初め
機会として取り組みました。そのため、
て開催され、日本の他に、ミャンマー・シンガポール・インド・韓
ナショナルトレセン U-12、ガールズ・エ
国・中国・ベトナムが参加しました。このフェスティバルはこれか
イト'U-12(大会、JFA アカデミー福島選考試験など、前年の
らも継続され、大会規模・参加国数が増えてくるでしょう。
U-12 年代の様々な活動の中から選手を発掘し、さらに上の年
日本は「U-13 日本女子選抜」を編成して参加しましたが、こ
代へつなげていくという役割も担っています。
昨年のフェスティバルでは日本と韓国が
抜きん出ていました。よきライバルである韓
国と切磋琢磨しながらお互いにレベルアップ
を図ることを目的として、U-14・13 年代の
「日韓交流プログラム」も計画されています。
また、この年代ではオン・ザ・ピッチだけで
なくオフ・ザ・ピッチのプログラム'ロジカルコミ
ュニケーションスキル・栄養・メディカルケア
など(も積極的に導入し、サッカー選手として
だけでなく人間としての成長を促すきっかけ
を選手たちに提供したいと考えています。男
子は 2003 年から「エリートプログラム」がスタ
ートしていますが、女子においても同様にこの
年代まで取り組んでおく必要があります。JFA
アカデミーの活動とも連携を取りながら、この
考え方はトレセン活動にも展開していきま
す。
P. 52
5) 育成から強化へ
① スーパー尐女プロジェクト
「将来のなでしこジャパンのゴールキーパー'GK(を発
掘・育成するプロジェクト」として 2004 年からスタートしま
した。トレセン活動や大会からの選手発掘の他に、長
身・身体能力の高い選手をサッカー経験・GK 経験の有
無を問わず一般公募からも選出、トレーニングキャンプ
を継続的に実施し、GK 専門指導を受ける機会をつくっ
ています。
スタート当初は選手発掘の意味合いが強かったので
すが、年を追うごとに「代表強化」にリンクする活動にシ
フトしています。
このプロジェクトが広く認知されてきたことで、地域・都
道府県、チームにおいて、長身・身体能力の高い選手
が発掘され、積極的に指導がなされるようになってきました。そ
手を見られるようになりました。
れにより、キャンプに参加する選手全体のレベルが上がり、より
もちろん、このプロジェクトから日本女子代表選手を輩出し、
専門的なトレーニングに集中して取り組めるようになってきてい
各年代日本女子代表とより密接な一貫性のある活動となった
ます。
ことが最大の要因です。
また、地域・都道府県トレセンとの連携が深まり、「スーパー尐
長身・身体能力の高い選手の必要性は GK だけに限ることで
女プロジェクト」で発掘された選手がトレセンで活動を継続できる
はありません。今後、他のポジションでも身体的特長のある選手
ようになったり、キャンプに招集できなかった選手の情報を追い
に対して集中的・継続的トレーニングができる場を創出していき
続けることができるようになったりと、広範囲で様々なタイプの選
たいと考えています。
② なでしこチャレンジプロジェクト
「なでしこジャパンに挑戦する選手たちを発掘・育成・強化す
ニングマッチ等でいっしょにプレーすることにより、なでしこジャパ
るプロジェクト」として、2007 年にスタートしました。ナショナルトレ
ンを目指す選手にとっては目標を目の当たりにして文字通りチ
セン U-15 から上の年代を対象に、なでしこジャパン予備軍と言
ャレンジする機会となりますし、コーチングスタッフにとっては実
える選手たちを選出・招集し、年に 2 回のトレーニングキャンプ
戦の中で比較・見極めを行えることでより明確に選手を評価す
を行っています。
ることができます。
このキャンプの特徴は、なでしこジャパン'あるいは各年代日
これまで、なでしこジャパンにつながる年代の他に、U-17 日
本女子代表(と同時期・同会場で行うということです。同じ目標
本女子代表チームの立ち上げに向けた活動として、U-15 年代
を共有する者としてお互い励みにもなり、多くのライバルがいると
の選手を招集したトレーニングキャンプを行いました。
いう状況から競争も生まれます。また、合同トレーニング、トレー
P. 53
6) 男子との連携の中で
JFA での様々な施策をご紹介してきましたが、何よりも毎日の
育成年代の取り組みを充実したものにするために、日本全体
活動が重要です。特に女子選手は、サッカーの理解・身体の成
でトレーニング環境・試合環境の改善に取り組む必要がありま
長などから U-15'中学生(年代が飛躍的に伸びる時期であり、
す。各地域・都道府県、各チームによって置かれている状況は
大人のサッカーに至る前の大事な時期です。この年代にこそ良
まちまちですので、一概にそれを解決する方法を示すことはで
い環境が必要なのですが、小学生から中学生になるときにサッ
きません。しかし、U-12 年代の多くの女子選手たちが男子とい
カーから離れてしまう選手が多く、登録選手数が減り、活動の
っしょに活動しているという大きなメリットをさらに生かす方法は、
場が限られているという現状です。
1 つのモデルケースになると考えています。
① トレーニング環境の改善策
U-12'小学生(年代の女子選手約 3 分の 2 が男子といっしょ
のチームで活動しているという現状を踏まえ、より多くの選手が
U-15'中学生(年代でもサッカーを継続し、さらにレベルに応じ
ーム・女子トレセンとの連携が必要です。
指導者が男女の壁を越えてコミュニケーションを取り、選手た
ちをより良い環境に導いてあげてください。
た指導を受けられる環境を作り出すには、男子チームと女子チ
Action1:
女子選手も尐年チームで登録・活動しよう!
【小学生年代】
尐年
チーム
E
尐年
チーム
A
尐年
チーム
B
尐年
チーム
C
尐年
チーム
D
ポイント!
全国の女子チームは約 1,200、尐年チームは約 8,500 です。サ
ッカーを始めたいと思ったとき、近くに女子チームがなくても、
女の子も入れる尐年チームはありませんか?
ポイント!
小学生年代の女子選手の約 3 分の 2 が、尐年チームで登録・活動
しています。男の子といっしょにサッカーするのは特別なことで
はありません。
そうすれば・・・
女の子がサッカーを始められる環境が増え、女子選手数の増加に
つながります。
Action2:
女子トレセンにも参加しよう!
【小学生年代】
女子トレセン
尐年
チーム
A
尐年
チーム
B
尐年
チーム
C
尐年
チーム
E
尐年
チーム
D
ポイント!
女子選手だけでトレーニングをしたり、ゲームをしたりできる環
境を整えることも重要です。
そうすれば・・・
広い範囲で女子選手の仲間ができ、ネットワークができます。
中学生になったらいっしょのチームで活動したいと思うかもしれ
ませんし、中学生になったときに入れる女子チームの情報が得や
すくなります。
Action3:
女子選手も中学校サッカー部で活動しよう!
【中学生年代】
女子トレセン
E中学校
A中学校
D中学校
B中学校
P. 54
C中学校
ポイント!
同じチームでプレーしていた男の子たちがいるから、中学校のサ
ッカー部にも入りやすいはずです。
中学生になったら男の子といっしょにはできない!と思わずに、
まずは学校のサッカー部で活動を継続すること。そして、また「女
子トレセン」でも並行して活動すればよいのです。
そうすれば・・・
中学生になった途端に活動の場がなくなるということはなくなり
ます。小学生から中学生になるときにサッカーから離れることを
避けることができれば・・・。
Action4:
【中学生年代】
女子チーム
E中学校
A中学校
D中学校
B中学校
C中学校
女子チームとして登録・活動しよう!
ポイント!
「女子トレセン」の活動が充実してきたら、1 つの「女子チーム」
として登録して活動することも可能です。
中学生年代では、
「女子チーム」に登録したまま、「中学校サッカ
ー部」で公式試合に出場することができますので、在籍している
中学校でもそのまま活動を継続することができます。
そうすれば・・・
新たな女子チームが増えれば、女子だけでサッカーをしたいとい
う女の子も活動の場が増え、全体の女子選手数も増えるでしょう。
女子チーム数が増えることは、大会の活性化、さらには日本女子
サッカー全体の活性化にもつながっていくのです。
② 試合環境の改善策
JFA では、長期に渡るリーグ戦の創出を推進しています。選
―グ戦を整備することは簡単ではありません。男子では、能力
手にとっては、1 回戦で負けて終わりではなく、長期に渡るモチ
別のリーグ戦化に取り組んでいます。そのレベルにあったチーム
ベーションとなること。指導者にとっては、M-T-M で、試合で日
であれば、女子チームでも参加が可能ではないでしょうか。すで
頃のトレーニングの成果を確認し、その結果を分析してトレーニ
に男子のチームに交じって地区レベルのリーグに参加している
ングを重ね、また次の試合に臨むというサイクルの中で、誯題に
女子チームもありますし、県リーグに女子のトレセンチームが参
トライし、1 つ 1 つ積み重ねていくことができること。それを実現で
加しているところもあります。特に小中学生年代のリーグ戦には、
きるのがリーグ戦です。また、大量得点差の試合から成果や誯
男子チームの一員として参加する女子選手はもちろん、男子チ
題を見出すことは難しく、拮抗した実力のチーム同士で試合を
ームと試合をする女子チームが増え、チームや個人にあった形
重ねる環境をつくることは育成年代において重要です。
でレベルに応じた試合経験を積む機会が増えていくことを期待
しかし、'チーム数の尐ないところでは、(女子チームだけでリ
しています。
P. 55
11.
終わりに
日本は 2007 年、2008 年に 4 つの世界大会に出場して、
世界のサッカーを経験し、目指すべき方向性が明確になり
ました。
はまだまだあらゆる部分でのレベルアップが必要です。
2015 年にトップ 5 になるには、ドイツ・アメリカ・ブラジルな
ど世界の強豪に勝つ実力をつけなければなしえません。とい
なでしこジャパンの佐々木監督は、「攻守にアクションする
うことは、常に世界のトップを目指して取り組まなくてはならな
サッカー」を掲げ、日本人の特長を活かし、北京オリンピック
い、2015 年ワールドカップ・2016 年オリンピックで、「世界
でベスト 4 を達成しました。ユース年代の代表もテクニックに
で ”金” のなでしこになる。」ことを目標に取り組まなくてはな
おいて世界のトップレベルにあることを証明し、将来への希
らないのです。
望が見えたと思います。
しかし、北京オリンピック 3 位決定戦の後、キャプテンの池
田選手はこう話しました。
「私たちは最後に勝ち取る術を知らない、未熟さを感じまし
それを実現することは簡単ではありませんが、金の卵、金
色のなでしこの種とも言える 10 歳から 15 歳の選手たちの育
成から着実に努力し、日本人のストロングポイントを伸ばすこ
とで、丌可能ではないと確信しています。
た。世界のトップの国は、勝つ術を知っている。」
我々は進歩しているが未熟、「なでしこビジョン」を実現に
JFA女子委員長
上田 栄治
執筆者一覧
上田 栄治
JFA理事・女子委員長
今泉 守正
JFA女子副委員長・JFAアカデミー福島[女子]ヘッドコーチ・JFAナショナルトレセンコーチ[女子担当]チーフ
堀野 博幸
JFAナショナルコーチングスタッフ・JFAアカデミー福島[女子]アスレティックカウンセラー / 早稲田大学
広瀬 統一
日本女子代表・JFAアカデミー福島[女子] フィジカルコーチ / 早稲田大学
中堀 千香子 JFAアカデミー福島[女子]アスレティックトレーナー
【監修・制作】
JFA女子委員会
委員長
上田 栄治
副委員長
今泉 守正・綾部 美知枝
委員
田口 禎則・小野 俊介・大住 良之・河合 一武・手塚 貴子・野田 朱美・今井 純子
P. 56
日本女子サッカーの発展のために、
そして「JFA の理念、ビジョン、約束」を実現するために、
「世界のなでしこになる。」というビジョンのもと、
女子サッカーに関わるすべての人々が共有し、遂行する、3つの目標を定める。
1. サッカーを日本女性のメジャースポーツにする。
◆ 女子選手を取り巻くサッカー環境を、
「Players First!」の観点で整備する。
◆ 近い将来、FIFA 女子ワールドカップを日本で開催する。
◆ 女子サッカーの認知度を上げる。
2015 年、女子のプレーヤーを 300,000 人にする。
2. なでしこジャパンを世界のトップクラスにする。
◆ U-20 / U-17 ワールドカップには必ず出場する。
◆ ワールドカップ/オリンピックでベスト 4 に進出する。
2015 年、日本を FIFA ランキングトップ 5 にする。
3. 世界基準の「個」を育成する。
◆ 各年代日本代表選手につながる、タレントの発掘・育成システムを整備する。
◆ 女子に携わる指導者のレベルアップを図る。