障害者差別解消法の施行で求められる 合理的配慮の提供と図書館の

第9分科会 障害者サービス1
障害者差別解消法の施行で求められる
合理的配慮の提供と図書館のサービス
基調講演 合理的配慮の考え方
佐藤聖一(日本図書館協会障害者サービス委員会委員長,埼玉県立久喜図書館)
報 告 公共図書館における合理的配慮
宇野和博(筑波大学附属視覚特別支援学校)
報 告 筋ジストロフィーを抱える利用者の視点から図書館に期待すること
林早苗(合同会社適材適所)
報 告 鳥取県手話言語条例制定から2年
鳥取県立図書館『はーとふるサービス』のこれまでの取組みとこれから
藤井美華子(鳥取県立図書館)
子さんから「聴覚障害者等への新たな取り組み
分科会概要
を含め」として、いち早く手話条例を制定した
障害者差別解消法により 2016 年 4 月から,
鳥取県の図書館におけるさまざまな障害者サー
障害者の権利に関する条約でいう「障害者への
ビスをご紹介いただく。
合理的配慮」が,国や公的機関に義務付けられ
最後に全体でのディスカッションを行い,参
る。図書館では具体的にどのようなことが求め
加者に具体的なイメージをつかんでいただくこ
られるのか。図書館の障害者サービスと合理的
とを目的としたい。さらに,図書館利用におけ
配慮・基礎的環境整備の関係は? さまざまな
る障害者差別の解消に関する決議(全参加者に
視点で障害当事者からの意見を聞くとともに,
案を配布予定)を承認し,図書館界へのアピー
図書館の実践例を学び,今後図書館の行うべき
ルを計画している。
ことを考えていきたい。
(佐藤聖一:日本図書館協会障害者サービス委
最初に日本図書館協会障害者サービス委員会
員会委員長,埼玉県立久喜図書館)
委員長の佐藤聖一より「合理的配慮の考え方」
について報告を行う。次に,筑波大学附属視覚
特別支援学校の宇野和博先生
(視覚障害当事者)
基調講演要旨
から「障害者差別とは」というテーマでお話を
合理的配慮の考え方
していただく。さらに,車いすをお使いの林早
佐藤聖一(日本図書館協会障害者サービス委員会委員長,
苗さんから「筋ジストロフィーを抱える利用者
埼玉県立久喜図書館)
の視点から図書館に期待すること」をお話しい
ただく。
障害者差別解消法により 2016 年 4 月から,
休憩をはさんで,鳥取県立図書館の藤井美華
障害者の権利に関する条約でいう「障害者への
― 1 ―
合理的配慮の提供」が,国や公的機関に義務付
識へのアクセス」などの人権を保障する役割を
けられる。合理的配慮とは,過度な負担になら
担うことが期待される。
ずに合理的に考えてできうることである。大切
なことは合理的配慮をしましょうという努力目
報告要旨
標ではなく,合理的配慮をしないことが差別で
整備と,個々の障害者からの依頼に対する合理
鳥取県手話言語条例制定から2年
鳥取県立図書館『はーとふるサービス』
のこれまでの取組みとこれから
的配慮の提供により,すべての人の図書館利用
藤井美華子(鳥取県立図書館)
あるとされている点にある。図書館は具体的に
何をするべきであろうか。図書館は基礎的環境
を保証していかなくてはならない。そして,そ
れは従来から行ってきた障害者サービスの充実
鳥取県立図書館では,日本一人口が少なく,
により実現可能となる。
面積も狭いからこそ可能な「県全域にサービス
をお届けできる」というメリットを活かし,市
町村図書館,学校図書館に様々な支援を行って
報告要旨
いる。また,平成 25 年に全国初となる「鳥取
公共図書館における合理的配慮
県手話言語条例」の制定を契機に,聴覚障がい
者へのサービスにも取り組んでいる。このよう
宇野和博(筑波大学附属視覚特別支援学校)
な取組みを中心に,これまでの取組みの説明と
2016 年 4 月から障害者差別解消法が施行さ
今後の課題について報告する。
れ,公共図書館においても障害者への合理的配
慮の提供が義務付けられる。また,マラケシュ
条約も批准に向け,国内法の整備が進められて
いる。このような情勢の中,今後の公共図書館
における合理的配慮はどうあるべきか,役割分
担をどう進めていくか,最低限必要な環境整備
とは何かなどを考察する。
報告要旨
筋ジストロフィーを抱える利用者の
視点から図書館に期待すること
林早苗(合同会社適材適所)
印刷物を自由に読めない障害,
「プリントディ
スアビリティ」のある筋ジストロフィー患者に
とって,図書館は遠い存在であった。しかし,
情報・通信技術の発展や障害者に関する条約や
法令の整備のお陰で,読書環境は改善されつつ
ある。今後は,図書館が,出版社や情報アクセ
シビリティを推進する団体と協働し,アクセシ
ブルな読書環境を確立し,
「読む権利」や「知
― 2 ―
基調講演
の平等を基礎として全ての人権及び基本的自由
合理的配慮の考え方
を認識し,享有し,又は行使することを害し,
又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。
佐藤聖一(埼玉県立久喜図書館)
障害に基づく差別には,
あらゆる形態の差別(合
理的配慮の否定を含む。
)を含む。
」この中で,
障害者差別解消法(障害を理由とする差別の
差別とは(合理的配慮の否定を含む。
)とされ
解消の推進に関する法律)により 2016 年 4 月
ていることに注意してほしい。合理的配慮をし
から,障害者の権利に関する条約(以下,「権
ましょうという努力目標ではなく,合理的配慮
利条約」)でいう「障害者への合理的配慮の提供」
をしないことが差別であるとされている点が重
が,国や公的機関に義務付けられる。図書館で
要である。つまり,差別とは人権侵害であるか
は具体的にどのようなことが求められているの
ら,必ず合理的配慮をしなくてはならないとさ
だろうか。
れている。
日本図書館協会障害者サービス委員会では,
そこで,次に合理的配慮とはそもそもどんな
「図書館における合理的配慮に関するガイドラ
ものなのかということが問題となる。その点に
イン(仮称)」を検討するプロジェクトチーム
ついても権利条約第 2 条定義に引き続いて以下
を立ち上げ,今年度中の発表と,それに関する
のように書かれている。
「
「合理的配慮」とは,
シンポジウムを予定している。その内容は,権
障害者が他の者との平等を基礎として全ての人
利条約の精神ともいえる合理的配慮や基礎的環
権及び基本的自由を享有し,又は行使すること
境整備等についての考え方,図書館における差
を確保するための必要かつ適当な変更及び調整
別の事例,基礎的環境整備として行うこと,合
であって,特定の場合において必要とされるも
理的配慮の事例等,現場ですぐにでも役立つも
のであり,かつ,均衡を失した又は過度の負担
のを作成し発表したいと考えている。
合わせて,
を課さないものをいう。
」
この第 101 回全国図書館大会(分科会)におい
これは簡単にいうと,
過度な負担にならずに,
て,「図書館利用における障害者差別の解消に
合理的に考えてできうることということにな
関する決議(仮称)
」を採択し,全国にアピー
る。また「必要かつ適当な変更及び調整」とさ
ルしていきたいと考えている。もちろんこの決
れていることに注意しなくてはならない。ただ
議は上記ガイドラインの基礎的部分ともいえる
何も変えないで障害者が来館するのを待つとい
ものでもある。下に決議素案を記すので,ぜひ
うのではなく,個々の障害者の依頼にどこまで
賛同していただきたい。また,1981 年の全国
対応できるかが問われている。例えば車椅子利
図書館大会埼玉大会
(全体会)
で決議された,
「著
用者が明日までにエレベーターを設置してほし
作権法問題の解決を求める決議」が,実際の著
いという依頼には答えられないが,来年までに
作権法改正につながっていった歴史的事実を考
ぜひ何とかしてほしいという依頼があったとし
えると,図書館界が社会に大きな影響を与えて
て,それは可能であろうか。日本は経済的・技
いくことも忘れてはならない。
術的にエレベーターを作ることは可能であるか
権利条約の基本理念ともいえる障害者への合
ら,予算要求もしないとなると合理的配慮を欠
理的配慮の提供は,その第 2 条「定義」で明ら
いたことになると思われる。
(この場合設置で
かにされている。少し長いが重要な部分なので
きれば結果的に基礎的環境整備となる)また,
そのまま引用する。
「障害に基づく差別」とは,
その前に,エレベーターはすぐには無理だけれ
障害に基づくあらゆる区別,排除又は制限で
ども,職員がみんなで運び上げることならただ
あって,政治的,経済的,社会的,文化的,市
ちにできるのではないだろうか。来館が難しい
民的その他のあらゆる分野において,他の者と
利用者のために,手紙や電話での利用登録を行
― 3 ―
うことや,貸出点数の拡大などはすぐにでもで
のことが書かれるのかが分からず,また前述の
きる簡単なことである。視覚障害者への点字録
ように図書館にはすでに図書館利用に障害のあ
音資料の郵送貸出は無料で行えるので,どの館
る人々へのサービスが存在する。
(先行してい
でもできるはずである。さらに,これらの障害
る)そのため,日本図書館協会が作成するガイ
者用資料は全国的な相互貸借システム(郵送料
ドライン等,より具体的で進んだものを参考に
は無料)で入手することができるので,資料を
してほしい。
まったく持っていなくてもかなりのサービスが
ところで,合理的配慮と基礎的環境整備の違
できる。
いはなんだろうか。基礎的環境整備は障害を持
つまり,今まで図書館が行ってきた障害者
つ利用者を意識して,どこの館でも当たり前に
サービス(=図書館利用に障害のある人々への
できること,必ずやるべきこと,もしくは時間
サービス)は,そのまま差別解消法でいう基礎
的な準備をもらえればできることだと思う。図
的環境整備,合理的配慮の実現であり,だれも
書館現場で考えると,
前述の職員の資質の向上,
が使える図書館に図書館自らがなっていくこと
施設設備の整備,読書支援機器・用具の設置と
に他ならない。しかし残念なことに,その障害
実際のサービスである。サービスとして,郵送
者サービスの実施率が低いというのも事実であ
貸出,アクセシブルな電子書籍の配信サービス
る。まずは,職員の研修などで意識を変え,合
等はどこの館でもできる。また,
拡大文字資料・
理的配慮や基礎的環境整備についての考えを理
録音資料等の購入できる資料をそろえることも
解するとともに,障害者についての基本的知識
これに入る。職員による支援も大切である。本
や支援方法を知り,障害者サービスの資料や
来は
(将来は)
,
個別の合理的配慮をしなくても,
サービス方法を学ばなくてはならない。
すでに基礎的環境整備がなされていてあらゆる
利用者が利用できる図書館であってほしい。
権利条約の批准に向けて制定された障害者差
合理的配慮とは図書館の利用に困難のある利
別解消法のポイントは,
「差別の禁止」
「合理的
用者が,個別に依頼してくることに対応するこ
配慮の提供」「基礎的環境整備」の三つである。
とである。個々の事例はこれから積み重ねてい
ここでは,前述のように,2016 年 4 月から合
くものと思うが,①電話・代理人・代筆による
理的配慮の提供を国や公的機関に求めており,
利用登録,②貸出期間の延長,③貸出点数の拡
民間には努力義務化している。極端にいうと,
大,④拡大コピー,テキストデータでの提供,
公的機関は必ずやらなくてはならないとされ,
⑥職員による個別支援等はすぐにでも考えられ
民間にはできるだけやってほしいという違いが
る。聴覚障害者から講演会での手話通訳の依頼
ある。しかし,権利条約の精神は公的機関と民
があった場合の対応などもこれに含まれる(有
間に区別したものではなく,それどころか個人
料の手話通訳者を手配することができる)手話・
も含めて障害者への合理的配慮の提供が求めら
点訳・音訳等の障害者への情報保障には費用が
れていると考えてほしい。つまり,社会全体に
かかるが,
図書館だけで予算化するのではなく,
求められているのである。図書館は公的機関で
自治体全体で予算化して必要により支出するな
あり,また障害者にとって重要な情報提供機関
ど工夫ができると,予算の効率的な執行につな
であるから,自ら率先して実施していく義務が
がるのではないだろうか。最初に障害者からの
ある。また図書館は自治体に所属する機関なの
依頼がありその時は合理的配慮の提供ができな
で,それぞれの自治体が作成する対応要領(作
かったとしても,障害者からのニーズを知るこ
成が努力義務になっているが)により障害者へ
ととなる。さらに同じ要求が出されることで,
の配慮が規定されることになっている。
しかし,
それを解決することが強く求められる。そこで
各自治体で作成する対応要領でどこまで図書館
基礎的環境整備(個別対応ではなくきちんとし
― 4 ―
たサービス)として位置付けるようになってい
報 告
くのではないだろうか。
公共図書館における合理的配慮
最後に,図書館からそもそも障害者からの依
宇野和博(筑波大学附属視覚特別支援学校)
頼がないのだという声を聴くことがある。障害
者は図書館でどんなサービスを行っているかを
はじめに
知らず,どんな障害者資料があり自分がどのよ
うにそれを使えるかを知らない。それで依頼が
来るだろうか。メニューも中身もないお店に人
2016 年 4 月から障害者差別解消法が施行さ
は来ない。図書館はまず自ら障害者サービスを
れ,公共図書館においても障害者への合理的配
開始し,その PR を行わなければならない。
慮の提供が義務付けられる。また,2013 年に
国連の世界知的所有権機関で採択された
「盲人,
以下に,決議素案を記すので,多くのみなさ
視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある
んの賛同をお願いしたい。
者が発行された著作物を利用する機会を促進す
るためのマラケシュ条約」についても著作権法
図書館利用における障害者差別の解消に関す
改正など,批准に向けた国内法の整備が進めら
る決議(検討案) 2016 年 4 月 1 日に予定され
れている。このような情勢の中,今後の公共図
る「障害を理由とする差別の解消の推進に関す
書館における読書に困難のある障害者に対する
る法律」
(障害者差別解消法)の施行を控え,
合理的配慮はどうあるべきか,考察してみる。
国際障害者年(1981 年)の全国図書館大会(埼
玉大会)全体会における「著作権問題の解決を
1.慣行の中に潜む差別
求める決議」とその後の著作権法改正活動を含
む図書館利用に障害がある人々へのサービス
筆者が住む自治体の中央図書館は来館困難者
(障害者サービス)の発展を回顧し,障害者の
に対し,本の宅配サービスを行っている。この
権利に関する条約(障害者権利条約)が,その
サービス自体は障害者サービスの一環として有
第 21 条で締約国に「障害者に対し,様々な種
難いことだが,貸し出し冊数に思わぬ落とし穴
類の障害に相応した利用しやすい様式及び機器
があった。健常者が来館し,図書館で借りるの
により,適時に,かつ,追加の費用を伴わず,
なら,本は 15 冊,CD は 3 枚まで借りられる。
一般公衆向けの情報を提供すること」を求めて
貸出期間は 2 週間である。しかし,来館困難者
いることに特に留意し,全国のすべての図書館
を対象とした宅配サービスでは返却期限は 2 週
と図書館職員が,合理的配慮の提供と必要な環
間と同じだが貸し出し可能数は本なら 5 冊,
境整備とを通じて,図書館利用における障害者
CD は 1 枚となっていた。この不均等について
差別の解消に,利用者と手を携えて取り組むこ
筆者が障害者差別解消という観点で図書館と協
とを決議する。2015 年 10 月 16 日 「第 101 回
議した結果,2015 年 4 月からは宅配サービス
全国図書館大会(東京大会)障害者サービス分
として借りられる数も健常者と同様,本 15 冊,
科会」
CD3 枚と改められた。この協議の中で感じた
のは,長年の慣行として行われているサービス
の場合,不均等な状況や合理的配慮の不提供と
いう状態にあってもなかなかそれに気付けない
という現実であった。
― 5 ―
プ,障害者に配慮したエレベーター,対面朗読
2.図書館利用に困難のある者とマラケシュ
室,録音室,身障者用トイレ(多目的トイレ),
条約の受益者
オストメイト対応トイレ,拡大読書器,車いす,
現行著作権法第三十七条第三項には,視覚障
館内やトイレの見やすい案内表示,点字触地図
害者等のための複製等として視覚障害者その他
案内,誘導チャイム,磁気誘導ループなどが挙
視覚による表現の認識に障害のある者が権利制
げられる。ソフト面では,
障害者用資料(録音・
限対象者と定められている。一方,日本図書館
点字,拡大図書など)の貸出,障害者用資料の
協会等と権利者団体の間で 2010 年 2 月に確認
製作,サピエ図書館あるいは国立国会図書館の
された「図書館の障害者サービスにおける著作
視覚障害者等用データ収集及び送信サービスの
権法第三十七条第三項に基づく著作物の複製等
利用(目録検索,障害者用資料データのダウン
に関するガイドライン」では,更にその対象を
ロード,及び提供)
,一般資料・視聴覚(AV)
広く定義している。また,マラケシュ条約では
資料の郵送や宅配による貸出,障害者用資料の
受益者を盲人,視覚障害又は知覚上の若しくは
郵送や宅配による貸出,対面朗読,障害者用読
読字に関する障害のある者であって,そのよう
書支援機器(デイジープレーヤや拡大読書器,
な障害のない者の視覚的な機能と実質的に同等
音声パソコンなど)の使用方法の説明などの支
の視覚的な機能を与えるように当該障害を改善
援,病院,障害者施設・作業所等と連携したサー
することができないため,印刷された著作物を
ビス,特別支援学校と連携したサービスなどが
障害のない者と実質的に同程度に読むことがで
考えられる。しかし,現実にはすべての図書館
きないもの,身体的な障害により書籍を持つこ
が理想的な障害者サービスをすぐに実施できる
と若しくは取り扱うことができず,又は普通に
わけではない。そこで,特に資料提供のバリア
読むことができる程度に目の焦点を合わせるこ
フリー化に関し,効率的に図書館が役割分担を
と若しくは目を動かすことができない者と定義
行うことが必要である。従来通り,サピエ図書
されている。今後,少なくともマラケシュ条約
館や国立国会図書館の「視覚障害者等用データ
で定義されている受益者は著作権法第三十七条
送信サービス」を利用しつつ,それぞれの図書
第三項でも権利制限対象者に加えられることが
館が点訳者,音訳者等を育成し,資料製作も行
予想される。
い,
障害者サービスに取り組む体制がよいのか。
都道府県立図書館を核とし,都道府県立図書館
と市町村立図書館がサービスや経費を分担し,
3.図書館の合理的配慮と役割分担
視聴覚情報提供施設等とも連携しながら,総合
来年度以降,法的にも図書館利用に困難のあ
的に障害者サービスに取り組む体制がよいの
る障害者に対し,合理的な配慮を行うことが求
か。連携を軸として各図書館がサービスに取り
められるわけだが,過去の国立国会図書館の調
組みつつ,視聴覚情報提供施設等も含め,都道
査では,何らかの障害者サービスを実施してい
府県単位で協議会のような枠組みを作り,予算
る公共図書館は約 66%である。これを 100%に
も分担し,単独の館では取り組み切れないサー
近づけ,図書館の目標である「すべての資料を
ビスを補いながらネットワークとして取り組む
すべての人に」を実現することが理想的な目標
体制がよいのか。委託をベースに取次のような
と言える。その配慮のあり方をハードとソフト
第三者機関が,入手可能な障害者用資料の書士
の両面から考えてみる。ハード面として求めら
を提供し,販売も行,障害者用資料の受注製作
れる設備は,最寄りの公共交通機関からの視覚
や音訳者等の技術者の派遣も行う体制がよいの
障害者用誘導ブロック,館内の視覚障害者用誘
か。地域の実情も踏まえ,図書館の枠を超えた
導ブロック,障害者用駐車場,
出入り口のスロー
検討が必要である。
― 6 ―
しい。
4.求められる環境整備
彼のように印刷物を自由に読むことができな
前述のような検討を進める上で,図書館の役
い障害,つまり「プリントディスアビリティ」
割分担をどういう体制にするかに関わらず,最
はこれまであまり関心を向けられてこなかっ
低限のインフラとして必要な環境がある。第一
た。障害者を含むすべての人々が,教育や就労
に公共図書館がサピエや国立国会図書館の視覚
などの機会を得て社会参加するためには,読む
障害者等用データ収集及び送信サービスとネッ
(あるいは知る)権利の保障が鍵を握る。図書
トワークでつながることである。
現行のサピエ・
館には,その重要な役割を担ってほしい。
NDLネットではサピエ側から国会図書館の
データベースからのダウンロードもできるが,
逆はできない。よって現在,視覚障害者情報提
1. 読む権利
供施設で製作されたデータと公共図書館で製作
日本政府は,障害の有無にかかわらず,国民
されたデータを扱うにはサピエに加入する他は
誰もが互いに人格と個性を尊重し支え合って共
ないわけだが,年会費 4 万円が時にネックに
生する社会を目指し,障害者の自立と社会参加
なっている。また将来的にはだれにでも知覚可
の支援を推進するために,ここ数年来,障害者
能な電子書籍の貸し出しなども展望されるが,
に関する法令の改正や制定を行った。
その中で,
そのようなアクセシブルな電子書籍の販売を出
読む権利を含む情報アクセシビリティは重要な
版社には期待したい。
位置を占めている。
2011 年に改正された「障害者基本法」では,
基本的施策の一つとして,
「情報の利用におけ
報 告
るバリアフリー化」
を定めている。また同法は,
筋ジストロフィーを抱える利用者の
視点から図書館に期待すること
政府が実施する障害者施策の道筋を示す「障害
者基本計画」を策定することを定め,同計画の
林 早苗(合同会社適材適所)
基本的な考え方として「アクセシビリティの向
上」を挙げている。
2013 年に成立し,
2016 年から施行される,
「障
はじめに
害を理由とする差別の解消の推進に関する法
「読む権利!これまで読むことがいかに制限
律」
(いわゆる「障害者差別解消法」
)では,
「行
されてきたか。障害のためにたくさんのことを
政機関等及び事業者は,社会的障壁の除去の実
あきらめざるを得なかった。その中でも,学ぶ
施についての必要かつ合理的な配慮を的確に行
ことができなかったことが最大の痛手だった。
うため,自ら設置する施設の構造の改善及び設
読むことができないと,私たちは,学ぶことも
備の整備,関係職員に対する研修その他の必要
できないのだよ」
。これは,本全国図書館大会
な環境の整備に努めなければならない」と定め
に 合 わ せ, 図 書 館 利 用 に つ い て 筋 ジ ス ト ロ
ている。その基本方針においては,
「バリアフ
フィー患者を対象に聞き取り調査をした際に,
リー化施策,情報の取得・利用・発信における
60 代後半の男性から寄せられた声だ。
アクセシビリティ向上のための施策,職員に対
筋ジストロフィーとは,正常な筋肉機能を果
する研修等,環境の整備の施策を着実に進める
たすのに必要な遺伝子に異常があるために,さ
ことが必要」と明記されている。
まざまな筋委縮や筋力低下を引き起こす遺伝性
また,日本政府が 2013 年に批准した「国連
筋疾患である。上述の男性は,手の筋力低下の
障害者の権利に関する条約」も,アクセシビリ
ため,本をもつこともページをめくることも難
ティに関する条項があり(第 9 条)
,障害者の
― 7 ―
情報へのアクセスの権利は,国際条約による法
め,
やっと歩いて帰ったことが嘘のようである。
的な拘束力を持つ基本的人権として確立してい
現在は,時間にも場所にも縛られることなく,
る。
また障害を意識することなく必要な論文を読む
このように,情報アクセシビリティは,国内
ことができる。
外の重要な法令や条約の要となっている。
授業の準備のために私が利用する書籍の大半
は英文のものである。和文書籍の電子化が緩慢
であることに鑑みると,図書館が克復しなけれ
2. 公共図書館とプリントディスアビリティ
ばならない課題はたくさんあるのかもしれな
冒頭に述べた 60 代後半の筋ジストロフィー
い。しかし,国際的な動向や潮流がアクセシブ
の男性は,現在,インターネットなどの情報・
ルな書物への取り組みを後押ししてくれる。
通信技術の発展のお陰で読書を再開している。
オーディオブックや青空文庫などの電子図書を
4. マラケシュ条約―世界からの期待
通して文学を楽しみ,オンライン書籍や一般の
ウェブサイトを通して時事問題に関する情報を
2013 年 6 月,
「視覚障害者およびプリントディ
得ている。
スアビリティのある人々の出版物へのアクセス
情報がアクセシブルになり読書環境が改善さ
を促進するためのマラケシュ条約」として採択
れつつある一方,公共図書館からは遠のいたま
された。マラケシュ条約の適用において対象と
まだという。その理由として,図書館までの公
なる著作物は,書籍,雑誌などのテキスト形式
共交通機関が便利とはいえないこと,体力的に
のものやオーディオ書物などの音声形式も含
外出が難しいこと,全ての図書館が構造的にア
む。これら出版物が,DAISY 図書,点字本,
クセシブルとはいえないこと,車椅子に乗り,
大活字本やその他のアクセシブルな形式の書物
本を持てない利用者にとって,書架に並べられ
が図書館において利用可能になれば,プリント
た書物を自由に読むのは現実的ではないこと,
ディスアビリティのある障害者の多くが,読書
そのような状況と比較し,いわゆる「ネット書
や学びを再開することができる。
物」の便利さに満足していることなどを挙げた。
図書館を通じた情報へのアクセス向上に取り
しかし,「ネット書物」にも限界がある。読
組 ん で い る 国 際 的 な 非 営 利 組 織 “Electronic
みたい書籍が電子化されているとは限らず,ま
Information for Libraries(EIFL)
” は,
「図書
た,経済的に全て購入することもできない。や
館には,プリントディスアビリティのある人々
はり公共図書館への期待度は高い。
や視覚障害者向けのサービスを提供してきた長
い歴史があり,また,図書館やその他の公認機
関によってアクセシブルな形式の書物の国際的
3. 身近にある改善のヒント―大学図書館
な交換が可能であるため,マラケシュ条約の成
書物の電子化による恩恵は計り知れない。今
功には図書館が重要な役割を果たす」と期待し
年度から,私は某大学の人類学の授業を非常勤
ている i。
講師として担当し,授業の準備のために多くの
学術論文と書籍を読んでいるが,それらが電子
5. 図書館と出版社との協働への期待
化されたお陰で全く不自由さを感じない。留学
した 2000 年頃は,学術論文などの電子化は未
アクセシブルな形式の書物を推進するために
だ一般的ではなく,学術論文が並んだ棚の前に
は,書物を編集や制作する時点で,アクセシブ
長時間立ったまま斜め読みしたため足を痛めこ
ルな形式を取り入れたほうが効率は良く,出版
とや,ハードカバーの重い書籍をリュックに詰
社の役割が不可欠だ。障害者と類似したニーズ
― 8 ―
を抱える高齢者の多い日本にとっては,紙によ
に役立つ図書館」の「豊かなくらしへの貢献」
る書籍に加え,様々なアクセシブルな形式を標
の中に掲げられ,サービスを展開している。当
準化しない限り,読書人口が減少するだろう。
館の障がい者サービスが本格的に始動したのは
このことは出版社にとっても喫緊の課題である
平成 19 年,館内で課・係を横断する委員会を
はずである。図書館が培ってきた知識と経験を
組織し,サービスを進めていった。平成 24 年
提供しながら,図書館と出版社との協働が進む
には,このサービスの基本理念が,
「だれにで
ことを期待したい。
も利用しやすい図書館」であることをわかりや
読書環境の大幅な改造を目標に,図書館,出
すく伝えるため,
「はーとふるサービス」とい
版社,情報アクセシビリティを推進する団体と
う名称に変更した。
の協働が進むこと,また,全国で 31 ヵ所の公
日本一人口が少なく,面積も狭いからこそ可
共電子図書館の数が増える,あるいは,行政区
能な「県全域にサービスをお届けできる」とい
に関係なくそれらの電子図書館を利用できるよ
うメリットを活かし,様々なサービスの啓発・
うになることを望む。
普及に努めてきた。また,平成 25 年 10 月には
全国で初めてとなる「鳥取県手話言語条例」が
i
Electronic Information for Libraries. 2014.
制定され,聴覚障がい者へのサービスを推進す
“The Marrakesh Treaty: an EIFL Guide for
る大きな転機にもなった。このようなことを踏
Libraries” 10 December 2014.
まえ,市町村図書館・学校図書館への支援,聴
http://www.eifl.net/news/marrakesh-treaty-
覚障がい者へのサービスという観点から鳥取県
eifl-guide-libraries (2015 年 8 月 23 日にアクセス )
立図書館のこれまでの取組みと今後の課題につ
いて考えていきたい。
報 告
鳥取県手話言語条例制定から 2 年
鳥取県立図書館『はーとふるサービス』
のこれまでの取組みとこれから
1 市町村図書館・学校図書館への支援
藤井美華子(鳥取県立図書館)
出やサービスにおいて支援を行っている。
市町村図書館をはじめ,大学,高等学校,特
別支援学校,病院図書室,県立施設に資料の貸
1.1 資料の貸出
平成 19 年から市町村図書館や学校図書館か
はじめに
らの需要が高い大活字本セットの貸出を始め
鳥取県立図書館は,平成 17 年度にこれから
た。1 セット 25 冊,90 セットが搬送便で県内
の鳥取県立図書館が何を目指していくべきかと
の図書館に貸出されている。
いうことについて目標を掲げた「鳥取県立図書
また,大型絵本,布の絵本の貸出や,絵本,詩,
館の目指す図書館像」を策定し,平成 24 年度
読み物,
「行事」
・
「食べ物」等テーマ別の資料
には新たな課題に対応するため,その改訂版を
を集めた特別支援学校用セットの貸出をしてい
策定した。
『県民に役立ち地域に貢献する図書
る。 平 成 25 年 に は,LL ブ ッ ク, 布 の 絵 本,
館』というミッションのもと,
「仕事とくらし
DAISY,マルチメディア DAISY 等のセットを
に役立つ図書館」
「人の成長・学びを支える図
作り,
はーとふるサービスセットとして貸出し,
書館」「鳥取県の文化を育む図書館」という 3
サービスの普及・啓発に活用していただいてい
つの柱を掲げ,ミッションを実現するために
る。
様々な取組みを行っている。
1.2 図書館業務専門講座
障がい者サービスは第 1 の柱「仕事とくらし
県民の様々なニーズに応えていくため,毎年
― 9 ―
4 回,県内の公共図書館職員のスキルアップを
目的とした図書館業務専門講座を開催してい
る。平成 19 年からは講座の一つに,障がい者
サービスをテーマに,外部講師による研修を
行っている。
1.3 図書館活用セミナー
特別支援学校の生徒を対象に,職員による図
書館の利用案内と活用法のセミナーを実施して
いる。館内ツアーや利用できる資料・機器も紹
介し,将来の利用につなげている。
1.4 訪問相談
県内の特別支援学校図書館に職員が訪問し,図
2.2 手話・字幕付図書館紹介DVD「ホンとに役立
書館の運営,管理等について,支援,相談,情
つ鳥取県立図書館活用術」
報交換などを行っている。
図書館の様々なサービスや機能について,全
ての県民に周知し理解と認識を深めていただく
ために,手話と字幕が付いた図書館紹介DVD
2 聴覚障がい者へのサービス
を制作した。サービスを 12 のセクションに分
全国で初めてとなる「鳥取県手話言語条例」
け,職員と「ホンじい」というキャラクターが
の制定を契機に,鳥取県立図書館でも手話への
それぞれのサービスやコーナーの紹介をしてい
理解と普及を進める様々な取組みを実施してい
る。完成試写会と手話付き図書館ツアーも開催
る。
した。また,県内の市町村図書館をはじめ,特
2.1 知ろう!学ぼう!楽しもう!みんなの手話コー
別支援学校,障がい者団体に配布し利用してい
ただくと共に,来館できない方のためにホーム
ナー
県民に手話への理解を深め,手話を学ぶ人に
ページで動画を視聴できるようにしている。
参考となる「知ろう!学ぼう!楽しもう!みん
2.3 手話で楽しむおはなし会
なの手話コーナー」を開設した。このコーナー
平成 26 年から,絵本の読み聞かせに手話通
は障がい者サービスの普及を推進するために開
訳が付く「手話で楽しむおはなし会」を開催し
設した「はーとふるサービスコーナー」の隣に
ている。聴覚に障がいのある人も楽しめるよう
ある。手話を身近に感じ,手話への理解を深め
に,また絵本を楽しみながら手話に親しんでい
ていただけるように,手話学習資料,手話付き
ただけるように,赤ちゃんから大人までだれで
絵本や手話ソングなど手話に親しみやすい本,
も参加できるおはなし会である。このおはなし
手話のDVD,障がい理解の本を配架している。
会は,職員と鳥取県聴覚障害者協会の手話通訳
者で行い,職員の読み聞かせに合わせ,隣で手
話通訳者が手話を行う。参加者は聴覚障がいの
ある子どもや大人の方,親子,手話を学習して
いる方など様々である。
2.4 遠隔手話通訳サービス
鳥取県では平成 25 年 12 月から,ろう者が聞
こえる人と円滑に意思疎通を図ることができる
よう,ICT を活用した遠隔手話通訳サービス
モデル事業を行っている。当該事業にモニター
― 10 ―
登録したろう者と行政機関,交通機関,企業の
窓口などの対応者が,タブレット型端末のデレ
ビ電話機能を通して,手話通訳者を介して画面
越しにコミュニケーションをとる方式である。
鳥取県立図書館では平成 27 年 1 月に遠隔手話
通訳サービスを開始した。
2.5 バリアフリー映画上映会
平成 23 年から,視覚や聴覚の障がいにかか
わらず,だれもが楽しめるバリアフリー映画上
映会を始めた。年 2 回開催しており,障がい者
団体への案内や,県職員の人権研修に登録し,
バリアフリー映画の普及に努めている。
この上映会を始めた目的は,全ての人に映画
を楽しんでいただくこと,
また,
はーとふるサー
ビスを普及することである。上映前に必ず,手
話通訳付きではーとふるサービスの PR を行っ
ている。
3 今後の課題
来年 4 月には障害者差別解消法が施行され
る。今後は合理的配慮の提供について,図書館
でも様々な変更や調整が必要になるだろう。そ
れに伴い,基礎的環境整備を充実させることが
非常に重要である。ハード面のみならず,ソフ
ト面を充実させることが今後の課題であると考
えている。つまり,図書館利用に障がいのある
様々な方々に必要な配慮,サービスの改善等,
あらゆる可能性を考慮し,サービスの整備に取
り組んでいきたい。また,利用者の声に耳を傾
け,だれにでも利用できる,だれにでも役に立
つ図書館にしていきたい。
第 101 回 全国図書館大会 東京大会
ホームページ掲載原稿
2015 年 10 月 5 日現在 ― 11 ―