カーナビの誕生(クラリオン初のナビ「NAC200」、初の地図ナビ

◇カーナビの誕生(クラリオン初のナビ「NAC200」、初の地図ナビ「NAX700」の開発)
<吉田 元政>
クラリオンのカーナビ開発は、1986 年(昭和 61 年)に始まる。当時、会社はカーラジオ/カース
テレオ、カラオケに次ぐ第 3 の新事業を模索していた。
86 年代の技術はアナログ技術が主体で、コンピュータは 8 ビットからようやく 16 ビット CPU に
移る時期であり、GPS も 16 個から 18 個と数少ない衛星が地球を周回し、まだ米軍の軍事使
用が主体である。もちろん国内ではデジタル地図は存在せず、印刷された紙地図が主流であ
る。
会社の研究開発部門は、86 年(昭和 61 年)米国サンフランシスコシリコンバレーに本社を置く
ETAK(イータック)社のカセット式カーナビ技術を見つけ出し、パイオニアとの競争に打ち勝っ
て、87 年(昭和 62 年)に技術開発契約を結んだ。カーナビとは大量の座標、文字、背景等の
データから自車位置を中心に呼び出して地図として表示し、現在位置を知る製品である。
ETAK 技術は、カセットテープが記憶媒体であり、データを圧縮し(圧縮技術)、自車位置を走
行距離とジャイロセンサから計算し(Dead Reckoning 技術)、道路上に位置を修正する技術
(Map Matching 技術)から構成されている。地図は座標データを圧縮するため 2.4m 単位
(MAP ユニット)で生成する特殊な構造であり、アプリケーションプログラムはそれらをベース
に作られている。
世の中にデジタル地図が存在せず、その地図を作るため国土地理院(地図を海外に出さな
い)と交渉し、白地図(地図の原図)を米国に出図する特例的な認可を取得して、都区内に限
ったエリアの紙地図を ETAK 社に送って、サンプル地図を 1 年後の 88 年(昭和 63 年)に製
作した。その間、装置は当社のオーディオ/CPU 技術で、16 ビット CPU、CD-ROM、液晶表示
に置き換え、ETAK 社側はそれに適合するプログラム設計(当社でも 1 名技術者採用)を担当
して進めた。原理試作として完成はしたが、問題は地図にある。日本の紙地図とは程遠い、
塗色もなく、道路に名前を張り付けただけの地図で、美しくない。それにもまして日本全国の
地図開発費用を当社一社で負担することは不可能である。そこで、住宅地図のデジタル化を
進めていたゼンリン(九州小倉)に相談する。ゼンリンもすでにソニー、ケンウッド、アルパイン
から打診があり、4 社以上の需要があれば採算ありと踏んでいて、クラリオンの参加で 4 社と
なり、ゼンリンはナビ開発事業部を設立し、住宅地図の延長技術でスタートした。
しかし、全国地図の完成に 3 年以上かかるという問題があり、並行して開発していた紙地図
から磁気カードに道路座標を入力したデータを使用する、別方式のナビシステム C-ナビ(マッ
プナレーション/NAC200)を 91 年(平成 3 年)商品化した。この C-ナビの問題は、デジタル
地図が要らない代わり、自律式のため絶対位置を知る手段がなく、一度間違うと復旧が不可
能になるという問題はあった。
その年(91 年)ソニー、東芝、ケンウッドから 50 万円台の、地図と GPS だけで構成されたカー
ナビが発売された。当時 GPS の精度は 5~10m 程度の誤差に精度アップされていた。地図デ
ータは大都市の一部が1/1 万、地方都市 1/2.5 万縮尺のゼンリンデータである。当社は遅れ
を挽回するためナビ開発部を組織化し、特にプログラム技術者(専属 3 名)の強化を得て GPS、
DR、MM 技術で差別化を狙う商品の開発を急いだ。
同時に、地図のデータフォーマットを統一する研究会(ナビ研)が発足し、ナビ研の一員として
他社の動向調査のために会員になる。当社は ETAK 方式の圧縮地図であり、ナビ研はセン
チ単位の座標で地図は美しいという概念の構造であり、当社方式とまったく互換が取れない。
次いで警察庁が主催する交通情報提供データ(VICS センター)の研究会(VICS)が始まり、
FM 多重の交通情報データを地図データ上に重ねて表示するシステムが出現する。当社は、
これら日本独特の事情を ETAK 技術に組み入れ、競争に打ち勝たなければならない。
93 年(平成 5 年)は、当社は TV 付ナビ NAX700 を販売したが、他社から安価品が次々と発
売され、特にソニーの NVX-F10 は 20 万円で 2 万台を超えるヒット商品となりカーナビが市民
権を得た。市場は、ナビ研 CD を主体としたソニー、三洋、パナソニック、アルパインの GPS オ
ンリー組と、独自地図のパイオニア、および当社、住友のハイブリッド組で競争に入ったが、
94 年(平成 6 年)以降、日産、トヨタ、ホンダの純正採用でナビ市場は飛躍的に拡大し、ナビ
研フォーマット、純正フォーマット、独自フォーマットのグループ分けで競争することになる。
当社は、DR+MM 技術で業界一の位置精度を有したが、95 年(平成 7 年)以降 GPS の精度
が 2~5m とアップし、DR・MM 技術の地位に陰りが見え始めた。メモリーディバイス容量のア
ップおよび 32 ビット CPU の計算能力と描画 IC の高性能化で、車位置の表示のみならず、
種々の多重情報を画面に表示する能力や、汎用システムとして使える OS の競争となり、
ETAK 社の技術優位性は低下していった。
しかし、これらカーナビ誕生の技術は CPU のハード技術と大量データを扱うソフトウエア技術
を社内に定着させ、マイクロソフトとの技術窓口を開き、当社を車載環境デジタルシステム技
術の高い地位に導く戦略的な技術開発であった。
初のナビ NAC200(148,000 円)
4インチTV、カセットコンビ VAX777(左/155,000 円)と
初の地図ナビ NAX700(右/315,000 円)
◇「Sナビ」開発からDVDナビ→ハードディスクナビ開発へ <大橋 司郎>
’97(H9)に発売され好評だった NAX9300、TV チューナーとモニターを付けると 262,000 円、
更にナビを普及させ、他社を凌駕するためにモニター付き一体機で実販価 10 万円のナビを
作ろうというコンセプトで「S ナビ」が企画され、'97 年 10 月に開発をスタートした。販価、倉出価
から逆算すると従来ナビ原価を 35%以上低減させないと成立しない。この原価を部位毎に割
り振って開発を進めた。原価低減アイデアは基板を分割して多層基板の採用を一部に限定、
専用 ASIC の開発、一部の高額部品の内製化、ローディング機構が無いトレー式倍速 CD メ
カの採用などなど、また各部品メーカーには販売台数 10 万台を提示してコストダウンをお願
いした。購買部門の努力の上に「目標台数は信用しないがナビという商品の普及に期待した
い」ということで各メーカーから協力を得られたのも幸いし、ほぼ目標原価を達成できた。液晶
ディスプレイも 5.8 インチ薄型品を採用し1DIN サイズに収め、倍速メカ採用でスクロールスピ
ード、経路計算時間短縮などの性能アップを図ると共に仕様面でも 150 万件の検索データに
加え、約 2 万件の駐車場案内、立体イラストなどの新仕様を折り込んだ結果、98 年 11 月に正
価 135,000 円(実販価は 128,000 円、TV、FM 多重チューナー、ビーコンユニットは別販)で
発売早々大ヒット商品になり、当時の当社ナビ月平均販売台数(市販・OP 合計)約 5 千台が 1
万台に倍増、多い時は月販 1.5 万台、ナビシェアー12%(JEITA)を達成した。
「S ナビ」が市場で好評だった頃、他社では DVD ナビ化が進んでいた。当社も 2 年遅れで'99
年(H11)に DVD ナビを販売したが一層式 DVD 対応メカでアクセスタイムが長く不評、'00 年
6 月に遅れを挽回すべくデータの保存フォーマットに工夫が出来る二層式を開発し、DVD ビ
デオ再生および他社との差別化で「奈美子」との対話方式の音声認識とドコモiモード対応の
NAX960 を発売、先行してビデオモジュールを開発していたのが幸いした。また、翌年'01 年
にこのものをベースにホンダアクセス様のオプション純正設定となった 2DIN オーディオ・ナビ
一体機 QX6540 を開発、市販にも少し遅れて転用した。2DIN タイプは取付性・操作性にすぐ
れ、特に DVD(ナビ)/CD(音楽) 2 メカタイプは OP・市販共にブレークすることとなった。
これらの成功をベースに更には日産様のエルグランドの純正ナビを取得、HCX 社*出向者・
企画・HMI デザイン・実験・品質評価部門含め顧客も驚く僅か 40 人ほどのプロジェクトで、道
路規制情報の関係から地図メーカーの変更・Car Wings 対応含む All New 仕様のナビ開発
を'01 年 3 月にスタートし、関係者の素晴らしい集中パワーで何とか'02 年 5 月の納入に間に
合わせた。その後、'03 年 2 月にティアナ、'04 年 9 月ムラーノへの納入と続いた。一連の当
社ナビへの期待は、業界の標準化構想でもあった KIWI 地図フォーマットを提案したため、カ
ーメーカーがその構想に賛同していたこと、CPU に最先端の高速品を競合社より早く採用し
ていたことと日産購買の政策転換が背景にあったと推察される。当社ナビの評価は、検索の
多彩さと操作性(HMI)には常に定評があったが誘導経路・自車位置精度には不満が残って
いた。しかし、日産ナビ開発で技術が磨かれた以降は、HCX 社*での共同開発成果のアルゴ
リズムへの変更もあり高評価につながっていった。
(*印:HCX 社=Hitachi,Clarion,Xanavi 共同設立会社)
地図データや各情報量が膨大化し差別化コンテンツを考えると二層式 DVD(8GB)でもデータ
が収容が出来なくなる恐れやメカのレンズ汚れによる耐久性の課題とそのサービス費の増大
があり、可能早期('03 年発売 MAX730HD)にハードディスクに置き替えた。その決断が早か
ったため DVD 化では大幅な後れを取ったがハードディスク化では業界で 2 番目の早さとなっ
た。ハードディスクはデータの書き込みが容易なので音楽を圧縮してハードディスクに記憶・
再生するミュージックキャッチャー機能を取り込んでコストアップを付加価値アップで吸収した。
最初の 16GB のハードディスクでは空きスペースに MP3 圧縮で約 500 曲収納できた。このモ
デルは等倍速録音であったが使い勝手に優れた 4 倍速録音も約 1 年間の DSP エンコーダー
先行開発を経て'05 年(H17)には可能とした。丁度、ワンセグ、フルセグの地上波テレビも出
現('06)し、当社ナビの販売台数は月 2.5 万~3.5 万台となっていった。
私が何らかの形でナビに携わった約 10 年は、媒体は CD→DVD→HDD→SSD と変遷する
中、利便性の更なる向上、即ちコンテンツ面では特に地図の詳細化と検索データの拡大、機
能面では自車位置の精度向上、音声認識や HMI の改善による操作性の追求、検索及び計
算スピードの最短化および通信機能による関連サイトへのリンクと情報の取得、それと普及を
図るためのコストダウンとの戦いでした。
このような中で、時流のみならず、企画と技術と営業の連携・フットワークの良さが一連の販
売増に結びついたと確信している。今ではナビはコモディティ化し、ポータブルナビやスマート
フォンのナビなど多様化してきた。しかし、形は変わっても今や必需品、この便利なツールが
この先どのように変わるのか楽しみでもある。
S-NAVI(CD トレーを引き出した状態)
オーディオ/ナビ一体機 ’01年発売ホンダ HAC 向け DVD ナビ・MD・AVN、’02年にはナビ動作と CD
聴取が同時可能な DVD ナビ・CD・AVN も追加 (Gathers)