セイコーエプソン、最先端テクノロジーの

技術大国ニッポンの企業たち
セイコーエプソン、最先端テクノロジーのDNA
腕時計が電子の時を刻み、プリンターが小型でデジタル化された現代̶̶。
それが当たり前のことのように思ってしまうが、どちらも世界で初めて製品化を実現したのは、セイコーエプソンだ。
今もインクジェットプリンター、プロジェクターなどの分野で業界をリードする。
まさしく技術立国を体現する同社に、その技術者“魂”を聞いた。
図 2●セイコーエプソンのものづくり歴史館に
展示されている草創期の世界初製品
図 3●最新プリントヘッド「PrecisionCore 」
日本は天然資源が豊富なわけではな
トプリンター、プロジェクターなどの
クト部長の市川和弘氏によると、「製
く、かといって人件費が安いわけでも
分野で業界をリードしてきた。
紙のプロセスには水を使いません。乾
ない。“世界の工場”にはなれないか
技術で世界をリードしていくという
式で製紙できる装置としては世界で初
もしれないが、優れた技術でイノベー
ことはどういうことなのか。就職を控
めてです※」と胸を張る。紙を細かく
ションを起こし続ける“技術立国”で
えた理系の大学生2人と共にセイコー
粉砕して、色のついた繊維を選別し、
続いて訪れたのは、長野県諏訪市に
先端のインクジェットの心臓部を紹介
動の製造ラインを配備。開発から製造
生きていくことはできる。
エプソンの技術を見ながら、同社の
そこに結合素材を練り込んで繊維を結
ある同社の「ものづくり歴史館」。案
してくれた(図3)。鐘ヶ江氏は、「プリ
まで徹底した一貫体制をとっている。
セイコーエプソンは大手精密機械
DNAに迫っていこう。
合し、加圧して紙に成形していく。こ
内をしてくれた同社
製造基礎力強化
ントチップの小型化や高精度化で、ヘ
これらを見学した大学生たちは「私
れにより元の文書の情報は完全末梢さ
道場の小谷祥子氏が見せてくれたの
ッドの基本性能が飛躍的に高まり、高速
たちの周りにある便利な製品の裏で
れ情報漏えいの心配はない。
は、2つの世界初である、小型軽量デ
化・高画質化を実現しました。当社独自
は、技術者の情熱があることを感じま
した」と感想を語った。
メーカーとして優れた独自の技術を
持ち、技術革新を重ねてきた技術立国
紙を消費するのでなく製造する
世界初の小型軽量デジタルプリンター「EP-101」
(上)と
世界初のクオーツ腕時計「セイコークオーツアストロン
35SQ」
(下)
世界初で始まったものづくりの歴史
精密加工技術の結晶である最新のプリントヘッド(上)
。
薄さ 1μmのピエゾ素子を使ったとプリントチップ(中)
。
インクを噴出するノズルの間隔は 84.7μmで、ノズル
径は約 20μm。業界トップクラスの加工精度を誇る
(下)
。
図 4●布地からマグカップまで
様々なものに印刷できるようになった
昇華転写インクジェットプリンター(下)
の手本になる企業だ。1968年に世界
長野県松本市にあるセイコーエプソ
実際に不要なコピー用紙を設置し
ジタルプリンター「EP-101」、クオ
のプリントヘッドは、インクの対応性も
初の小型軽量デジタルプリンター
ン神林事業所には2015年12月に発
て、ボタンを押すと一枚ずつ紙が吸い
ーツ腕時計「セイコークオーツアスト
高く、いろいろな印刷ができます」とい
「EP-101」、そして69年に音叉型
表された「PaperLab」という製品が
込まれ、数秒ほどの間にきれいな紙が
ロン」(図2)。EP-101は電子計算
う。例えば様々な布地にも印刷ができ
水晶振動子を搭載した世界初のクオー
展示してある(図1)。一見、写真フィ
出てきた。まるでプリンターが印刷物
機が卓上型になったのに合わせて、大
る。表面加工された陶磁器など曲線に
独創の技術は強い志で花開く
ツ腕時計などを世に送り出す。その
ルムの現像・焼き付け装置のような外
を出力するようなタイミングに、大学
幅な小型化を果たした。一方、時計は
転写印刷したりもできる(図4)。
同社で入社以来、プリンターの設計
後、クォーツウォッチ、インクジェッ
観だが、これは使用済みの紙から新し
生は「もっと時間がかかるのかと思っ
エレクトロニクス化によってより正確
エプソンのプリントヘッドに使われ
やプリントヘッドの開発に携わってき
い紙を作り出すオフィス製紙機であ
ていました」と驚きの声を上げる。市
な時間を刻むようになった。従来の電
ているピエゾ素子は、熱を使うのでは
た碓井稔社長に、セイコーエプソンの
る。
川氏は「従来の湿式の製紙機はA4一
子時計が巨大な箪笥のようなサイズだ
なく、電圧を加えると変形するセラミ
経営理念について聞いた。
同社ペーパーラボ事業推進プロジェ
枚に対して、コップ一杯の水が必要で
ったのが、腕時計型に収まるという驚
ックスを使った電子デバイス。これを
碓井氏が出してきた名刺は、
した」という。給排水設備を不要にし
異の小型化を実現した。
使い、1秒間に最大5万回の微振動を起
PaperLabで作った紙で作られたも
たことで設置しやすくなり、結果とし
ここでも大学生たちは、いままでの
こし、精密に制御することで、微小な
の。また、その時に締めていたネクタ
て、紙のリサイクルがオフィス内で閉
電子時計やプリンターが巨大だったこ
ノズルからインクの粒を噴射させ、印
イはインクジェット・プリンターで印
じている。「2016年のうちには事業
とにむしろ驚きを感じていたようだ。
刷物として定着させる。同一のチップ
図 1●PaperLab を前に説明するペーパーラボ事業推進
プロジェクト 部長 市川和弘氏
いらなくなったコピー用紙をセットし(左)
、ボタンを押す
だけで、数秒後に横から再生された用紙が出てくる(中)
。
内部で細かく粉砕された紙は、粉のようになっている(右)
。
その右隣は一般的な事務用シュレッダーの破片。
化できるようにがんばっています」
(市川氏)。見学している大学生の一
最先端のヘッドが未来を変える
を使いながらも多様なプリントヘッド
ができるようになったため、大型プリ
人は「プリンターメーカーとして紙の
技術の歴史とは趣を変えて、同社の
ンターなど様々な用途に応じた製品に
使用に責任を持って環境への配慮をし
「イノベーションセンター」に先端技術
展開できる特長を持つ。
ているのが素晴らしいと思いました」
を紹介してもらいに行った。PS企画設
さらに、この最新プリントヘッドは、
と感想を述べた。
計部の鐘ヶ江貴公氏が、ずらりと並ぶ最
自社開発のロボットを活用した完全自
※・・・機器内の湿度を保つために少量の水を使用しています。
碓井社長インタビュー
セイコーエプソン 碓井稔 代表取締役社長
技術大国ニッポンの企業たち
セイコーエプソン、最先端テクノロジーのDNA
腕時計が電子の時を刻み、プリンターが小型でデジタル化された現代̶̶。
それが当たり前のことのように思ってしまうが、どちらも世界で初めて製品化を実現したのは、セイコーエプソンだ。
今もインクジェットプリンター、プロジェクターなどの分野で業界をリードする。
まさしく技術立国を体現する同社に、その技術者“魂”を聞いた。
図 2●セイコーエプソンのものづくり歴史館に
展示されている草創期の世界初製品
図 3●最新プリントヘッド「PrecisionCore 」
日本は天然資源が豊富なわけではな
トプリンター、プロジェクターなどの
クト部長の市川和弘氏によると、「製
く、かといって人件費が安いわけでも
分野で業界をリードしてきた。
紙のプロセスには水を使いません。乾
ない。“世界の工場”にはなれないか
技術で世界をリードしていくという
式で製紙できる装置としては世界で初
もしれないが、優れた技術でイノベー
ことはどういうことなのか。就職を控
めてです※」と胸を張る。紙を細かく
ションを起こし続ける“技術立国”で
えた理系の大学生2人と共にセイコー
粉砕して、色のついた繊維を選別し、
続いて訪れたのは、長野県諏訪市に
先端のインクジェットの心臓部を紹介
動の製造ラインを配備。開発から製造
生きていくことはできる。
エプソンの技術を見ながら、同社の
そこに結合素材を練り込んで繊維を結
ある同社の「ものづくり歴史館」。案
してくれた(図3)。鐘ヶ江氏は、「プリ
まで徹底した一貫体制をとっている。
セイコーエプソンは大手精密機械
DNAに迫っていこう。
合し、加圧して紙に成形していく。こ
内をしてくれた同社
製造基礎力強化
ントチップの小型化や高精度化で、ヘ
これらを見学した大学生たちは「私
れにより元の文書の情報は完全末梢さ
道場の小谷祥子氏が見せてくれたの
ッドの基本性能が飛躍的に高まり、高速
たちの周りにある便利な製品の裏で
れ情報漏えいの心配はない。
は、2つの世界初である、小型軽量デ
化・高画質化を実現しました。当社独自
は、技術者の情熱があることを感じま
した」と感想を語った。
メーカーとして優れた独自の技術を
持ち、技術革新を重ねてきた技術立国
紙を消費するのでなく製造する
世界初の小型軽量デジタルプリンター「EP-101」
(上)と
世界初のクオーツ腕時計「セイコークオーツアストロン
35SQ」
(下)
世界初で始まったものづくりの歴史
精密加工技術の結晶である最新のプリントヘッド(上)
。
薄さ 1μmのピエゾ素子を使ったとプリントチップ(中)
。
インクを噴出するノズルの間隔は 84.7μmで、ノズル
径は約 20μm。業界トップクラスの加工精度を誇る
(下)
。
図 4●布地からマグカップまで
様々なものに印刷できるようになった
昇華転写インクジェットプリンター(下)
の手本になる企業だ。1968年に世界
長野県松本市にあるセイコーエプソ
実際に不要なコピー用紙を設置し
ジタルプリンター「EP-101」、クオ
のプリントヘッドは、インクの対応性も
初の小型軽量デジタルプリンター
ン神林事業所には2015年12月に発
て、ボタンを押すと一枚ずつ紙が吸い
ーツ腕時計「セイコークオーツアスト
高く、いろいろな印刷ができます」とい
「EP-101」、そして69年に音叉型
表された「PaperLab」という製品が
込まれ、数秒ほどの間にきれいな紙が
ロン」(図2)。EP-101は電子計算
う。例えば様々な布地にも印刷ができ
水晶振動子を搭載した世界初のクオー
展示してある(図1)。一見、写真フィ
出てきた。まるでプリンターが印刷物
機が卓上型になったのに合わせて、大
る。表面加工された陶磁器など曲線に
独創の技術は強い志で花開く
ツ腕時計などを世に送り出す。その
ルムの現像・焼き付け装置のような外
を出力するようなタイミングに、大学
幅な小型化を果たした。一方、時計は
転写印刷したりもできる(図4)。
同社で入社以来、プリンターの設計
後、クォーツウォッチ、インクジェッ
観だが、これは使用済みの紙から新し
生は「もっと時間がかかるのかと思っ
エレクトロニクス化によってより正確
エプソンのプリントヘッドに使われ
やプリントヘッドの開発に携わってき
い紙を作り出すオフィス製紙機であ
ていました」と驚きの声を上げる。市
な時間を刻むようになった。従来の電
ているピエゾ素子は、熱を使うのでは
た碓井稔社長に、セイコーエプソンの
る。
川氏は「従来の湿式の製紙機はA4一
子時計が巨大な箪笥のようなサイズだ
なく、電圧を加えると変形するセラミ
経営理念について聞いた。
同社ペーパーラボ事業推進プロジェ
枚に対して、コップ一杯の水が必要で
ったのが、腕時計型に収まるという驚
ックスを使った電子デバイス。これを
碓井氏が出してきた名刺は、
した」という。給排水設備を不要にし
異の小型化を実現した。
使い、1秒間に最大5万回の微振動を起
PaperLabで作った紙で作られたも
たことで設置しやすくなり、結果とし
ここでも大学生たちは、いままでの
こし、精密に制御することで、微小な
の。また、その時に締めていたネクタ
て、紙のリサイクルがオフィス内で閉
電子時計やプリンターが巨大だったこ
ノズルからインクの粒を噴射させ、印
イはインクジェット・プリンターで印
じている。「2016年のうちには事業
とにむしろ驚きを感じていたようだ。
刷物として定着させる。同一のチップ
図 1●PaperLab を前に説明するペーパーラボ事業推進
プロジェクト 部長 市川和弘氏
いらなくなったコピー用紙をセットし(左)
、ボタンを押す
だけで、数秒後に横から再生された用紙が出てくる(中)
。
内部で細かく粉砕された紙は、粉のようになっている(右)
。
その右隣は一般的な事務用シュレッダーの破片。
化できるようにがんばっています」
(市川氏)。見学している大学生の一
最先端のヘッドが未来を変える
を使いながらも多様なプリントヘッド
ができるようになったため、大型プリ
人は「プリンターメーカーとして紙の
技術の歴史とは趣を変えて、同社の
ンターなど様々な用途に応じた製品に
使用に責任を持って環境への配慮をし
「イノベーションセンター」に先端技術
展開できる特長を持つ。
ているのが素晴らしいと思いました」
を紹介してもらいに行った。PS企画設
さらに、この最新プリントヘッドは、
と感想を述べた。
計部の鐘ヶ江貴公氏が、ずらりと並ぶ最
自社開発のロボットを活用した完全自
※・・・機器内の湿度を保つために少量の水を使用しています。
碓井社長インタビュー
セイコーエプソン 碓井稔 代表取締役社長
碓井社長インタビュー
刷した布地から作られたものだった。
「エプソンは、4つの領域でイノベー
ら始まった技術で、ロボットがスマート
̶̶エプソンの技術の特長はなんでし
ションを起こそうとしています。第1
化し、人間と一緒になって産業を発展
ょうか。
は、インクジェットによるデジタル・
させる基盤が作れると思います。ロボ
「それは、独創の技術を独創のデバイ
プリンティングのイノベーション。オ
ットを使えば、モノづくりからサービス
スに変えて集積していき、最終的にお
フィスやご家庭のプリンターだけでな
業や介護の分野も革新していけます」
客様にとって価値あるものにしてお届
く、様々なものに印刷する技術で、ま
̶̶先輩技術者として、これから社会
けするということです。われ われは
すます利用の範囲が広がります」
に出ていく若い技術者に贈る言葉をお
「省・小・精の技術」という言葉を使い
「第2は、プロジェクションの技術を
願いします。
ますが、そこに技術の特長が集約され
使ったビジュアルコミュニケーション
「それぞれの分野でイノベーションを
DNA的なものです」
のイノベーション。プロジェクターを
起こすには、もちろん技術は必要です
̶̶「省・小・精」のそれぞれにどの
中心に、部屋の中でも、屋外にいるよ
が、それだけではだめです。強い思い
ような意味が込められているのでしょ
うな環境に見せたり、離れていてもそ
が必要なのです。強い思いがあると困
うか。
の場にいるかのように会議ができた
難があっても乗り越えていける。それ
「“省”は省エネ、お客様の手間を省
り、といったことを目指しています。
を組織として共有することが大切だと
くといった意味で、環境の観点から価
効果的なコミュニケーションは、人々
考えます。技術者は、技術はなんのた
値のあるもの。“小”は同じ価値、同
の創造力を掻き立ててくれます」
めにあるのか、会社というのはなんの
じ機能ならなるべく小さいものを作る
「第3は、時計をベースにしたウエア
ためにあるのか、そういうことを一番
ということ。小さければ場所も取ら
ラブルのイノベーション。われわれは
先に考えていかなければならない。わ
ず、作る材料も少なくて済みます。そ
腕時計から出発した会社です。今はそ
れわれエプソンは、世の中のためにあ
して“精”は高精度。それが優れたデ
こからセンサー技術で人の動きや脈拍
り、よりよい世界・社会を作っていく
バイスに結実します。これら『省・
を検知したり、様々なウエアラブル機
ためにある。われわれはそういうフィ
小・精』の技術基盤があればこそ、エ
器としての可能性があると考えていま
ロソフィーを共有しています。独創・
プソンの独創的な技術が生まれてくる
す。身に着けて、喜びや誇りを感じて
独自の技術は、世の中の動き・ニーズ
のです」
もらえるような機器を作り出します」
をとらえてはじめて具現化します。志
̶̶エプソンの独創的な技術は、どん
「第4は、ロボティクスによる生産工程
を抱いて、技術を究めて、社会の動き
な分野で生かされていきますか。
のイノベーション。時計の組み立てか
を見極め、お客様にとっての価値は何
技術大国ニッポンの企業たち
セイコーエプソン、最先端テクノロジーのDNA
腕時計が電子の時を刻み、プリンターが小型でデジタル化された現代̶̶。
それが当たり前のことのように思ってしまうが、どちらも世界で初めて製品化を実現したのは、セイコーエプソンだ。
今もインクジェットプリンター、プロジェクターなどの分野で業界をリードする。
まさしく技術立国を体現する同社に、その技術者“魂”を聞いた。
かを見定めたうえで、目指していきま
す」
もちろん技術は必要ですが、そ
れだけではだめです。強い思い
が必要なのです。エプソンは、
世の中のためにあり、よりよい
世界・社会を作っていくために
ある。われわれはそういうフィ
ロソフィーを共有しています。
「これから社会に出て、活躍しようと
している若い技術者は、みんさんが世
の中をよくしていくという大きな志を
持ってください。それがエネルギーの
素となって独創的な技術が生まれ育っ
ていくのです」
セイコーエプソン株式会社 長野県諏訪市大和三丁目 3 番 5 号 http://www.epson.jp/company/
日経ビジネス オンライン Special 2016 年 3 月 1 日付け公開記事からの転載です。