美容皮膚科最前線

特別寄稿
美容皮膚科最前線
上田説子クリニック院長 上田説子
1.はじめに
古来より人類は「永遠の美しい肌」を求め続けてきた。美容皮膚科学の治療分野でも、この20年で
劇的な発展を遂げ、「若々しい肌」「美しい肌」の維持・獲得に向かって美容皮膚科学は大きな前進を
している。健常な皮膚においても紫外線防御の指導は定着してきた。また、すでに形成された「しわ」
はコラーゲン等補填剤注入による治療、Botox注射による筋弛緩治療など外科的手術とは異なった新し
い治療方法が出現した。更に、一旦老化した皮膚は病理組織学的に若返る事はないと考えられていた
が、ケミカルピーリングにより覆された。皮膚疾患のある場合においても、レーザー治療は「あざ」
を治療可能な疾患とし美容皮膚科の分野での大きな貢献となった。治療に難渋していた「シミ」や
「ニキビ」等も、内服治療、レーザー治療、ケミカルピーリングなどを適切に選択する事により治癒に
導く事が容易になった。こうした美容皮膚科学の研究・実践が進展することによって「永遠の美」も
夢ではない時代が到来する予感すら感じられるのである。
2.健常な皮膚の場合
とすれば、50才の時は10才の肌であり得ると
「若々しい肌を保ちたい」
、「赤ちゃんの肌に
云うことである。紫外線の害は蓄積しながら、
戻りたい」その夢を叶える為、これまで女性は
30才、50才、80才の年齢表現をしているのみ
多大な努力をしてきた。最近では多くの若い男
である。つまり「お肌の曲がり角は0才」であ
性も肌の美容に興味をもっている。他方、皮膚
り、それが25才でも30才でもないのである。
老化の80%は紫外線による事が明らかとなり、
老化防止には幼少時期よりの安全な紫外線防御
皮膚の老化を最小限にする為に子供の時代から
こそ最重要である。
紫外線を防御する事が最も重要であるという認
このために筆者は「紫外線防御シリーズ」と
識が皮膚科医をはじめとして一般の人々にもほ
いうパッチテストをルチーンに私費にて行って
ぼ定着しつつある。
いる。市販化粧品の“As is”のテストを行う。
紫外線吸収剤を含まないファンデーション、粉、
2-1.若い肌の維持
下地クリーム、その他クレンジング、石けん、
1)老化防止用パッチテスト
シャンプーなどをシリーズにしている。使用テ
日光露出部皮膚の主な老徴は紫外線により惹
ストまで行い、それで使用可能と判定した場合
起される。日光に暴露される顔面、頚部、手背
は化粧品店で各々購入してもらう。もちろん患
の皮膚と、衣服に覆われた躯幹部分の皮膚を比
者さんの持参するメイクアップ化粧品も同時に
較してみると一目瞭然である。つまり、健常な
行う。
肌の老化防止のスキンケアはいかに確実に紫外
このパッチテストで大切なことは少しの赤み
線を防御出来るかという事につきる。それも、
があっても陽性として化粧品を除去することで
20才までに受ける日光暴露時間、化粧の有無
ある。開業医における化粧品パッチテストの場
(紫外線防御)との関連性が大きいと思われる。
合はここが肝心である。パッチテストをした結
つまり、0才から紫外線を完全に防御していた
果、またかぶれたのでは意味がない。ここで
−1−
「少しでもおかしい化粧品は除外します」と念
さらに、パッチテスト済みのメイクアップ化
を押すインフォームドコンセントが必要であ
粧品は自分自身を魅力的に見せる為に非常に大
る。また、パッチテスト陰性だから安心ではな
切である。筆者らの以前の調査において、メイ
い事も事前によく説明をしておく。最近の化粧
クアップした日は「やる気が興る」「生き生き
品は「肌に合わない場合は使用を中止してくだ
する」「緊張感がみなぎる」という結果が得ら
さい」と記述してあるので、患者さんにも「あ
れ、その精神的効用は重要ポイントとして評価
なたの肌に合わないのだから」と説明し、その
すべきである。
事実を納得させる。(かぶれと判定された事で
化粧品会社とのトラブルを引き起こした経験は
2-2.若い肌・美しい肌の獲得
ない)
。
1)コラーゲン等補填剤注入
このテストにより、患者さんは安心して化粧
深いしわにはコラーゲン等の補填療法が適し
できる。不安を抱きながら発作的に手探りで化
ている(図2)
。筆者はアテロコラーゲンの注入
粧品を購入することがなくなる。化粧品選びの
を主体に行っている。これは患者さんの満足度
姿勢ができると、化粧品障害も極端に少なくな
の高い治療法である。深いしわが一瞬にして消
る。紫外線の害と化粧品障害が除去されること
失する(図3)
。万一、注入による効果が不満足
で、シミ・しわの原因も僅少となる。肝斑も紫
であったとしても数年で注入コラーゲンは消失
外線防御と内服薬の併用で治癒する(図1)。
する。つまり危険性の少ない治療法といえる。
筆者は美容皮膚科の原点はパッチテストにある
と考えている。パッチテスト終了後の多くの人
は老化防止をしている自信と満足感が得られ、
皮膚も美しくなる。
A
図2 A
B
図3
図1
−2−
B
コラーゲン注入前には2回のスキンテストを
の表情(笑う、しかめる等)が著しく損なわれ
行う必要がある。初回注入前2回のスキンテス
静止画としてはしわが無くなり若々しく見える
ト施行、及び前回から6ヶ月以上経った場合は
が、動画として見た場合、その人の醸し出す表
その時点でもう一度のスキンテストを行う。こ
情による人間としての魅力がかなり失われる。
れまでコラーゲン注入による紅斑、硬結等の副
それが果たして人としての美しさであるかとい
作用の経験はない。
う点が筆者としては一番気がかりとなる。加え
最近日本でも使用されるようになったヒアル
て、中和抗体に関する問題もある。アメリカで
ロン酸注入はアテロコラーゲンと比較してスキ
は多用されているが、未解決の問題点が多いこ
ンテストの必要はない。しかし、注入後の固い
ともあり、筆者は患者さんへの導入は見合わせ
違和感は問題点となる。一方アテロコラーゲン
ている段階である。
は注入後も周囲の皮膚と殆ど変わらない弾力性
がある。アテロコラーゲンの10年以上にわた
2-3.肌の若返り
る実績と副作用のなさも安心材料となる。しか
1)ケミカルピーリング
し狂牛病に関する問題点では、現在輸入されて
ケミカルピーリングによる老化皮膚の若返り
いるアテロコラーゲンはすべてアメリカで作ら
(Skin Rejuvenation)は、これまでの皮膚病理
れたものであるという回答しか得られていな
組織学の常識を覆すものである。ケミカルピー
い。また、現在アメリカで使用されているアイ
リングは傷害する皮膚組織深度によりその分類
ソラジェン(自家線維芽細胞)注入による治療
がなされている(図4)。
には期待をよせていたが、この5年ぐらいは殆
ど進歩が見られていない。
2)レーザー脱毛
腋毛、四肢の多毛、顔面特に口囲の多毛にレ
ーザー脱毛を行っている。長いパルス幅で毛根
まで含めて熱をあたえる永久脱毛と云われるレ
ーザーは使用していない。それは老後皮脂腺の
機能低下に伴う皮脂分泌に関する問題点につい
て筆者の納得する解決が未だないからである。
図4 現在、筆者は永久脱毛ではなく一時的に毛のみ
を脱毛するQ-switch YAG レーザーで脱毛を行
っている。この脱毛は「痛くなく」一瞬にして
Superficial peelingによる治療では劇的にし
きれいに脱毛でき、2ヶ月は持続する事で患者
わが改善されることはなく、客観的には写真判
さんの満足度は高い。副作用もない。
定等一般的方法で著効といえるようなエビデン
スは捉えられないのが現状といえる。しかし、
3)Botox注入
筆者らのサリチル酸マクロゴールによる
ボツリヌス毒素(A又はB)を注射すること
Superficial peeling後の所見は著明に改善する。
により、表情筋を麻痺させてしわを伸ばす方法
マウスを使った動物実験では固着した角層は毛
である。眉間の深いしわには特に有効である。
孔内まですべて除去され、規則正しい配列をな
しかし眼瞼下垂の危険性があり、その注入部位、
す角層が新生される。真皮乳頭層に繊細な膠原
注入量、注入頻度には熟考を要する。また顔面
線維が新生してくる。臨床的には老化により角
−3−
図6-A
図5
層脱落の停滞・角層脱落の不均一な遅延によっ
て角層が柔軟性を失った結果、
そこに形成され、
かつ固定されていた不規則な皮溝はSuperficial
peelingを行うことにより消失する(図5)。つ
まり、臨床所見として皮膚のくすみがとれ、黄
色調の皮膚色はピンクになる。ゴワゴワの硬い
皮膚はポチャポチャの柔らかい皮膚になる。ま
た、ピーリング後に新生してくる角層は規則正
しく、皮野のみだれは改善される。ピーリング
を繰り返していると全般的にしわは目立ちにく
くなり、皮膚のきめも細かくなる。目尻などの
ごく細いしわは消える。皮膚生理機能を計測し
た結果、角層水分量は若齢者に近似する。皮膚
図6-B
粘弾性も増加する。確かにSkin textureは改善
し、
「素肌が美しく」なる(図6)。しかし、そ
こには限度がある。「夏みかんの肌が温室みか
真の意味での「永遠の肌」への確実な軌跡であ
んの肌になる。しかし、桃の肌にはならない」
。
る。
しかし、炎症や瘢痕形成を起こすことなく「痛
一方、大じわをとることを目的としてアメリ
くなく」
「赤くならず」
「たった5分間しかも1ヶ
カで行われている真皮網状層以下の組織を含め
月 1 回 」、 そ の 安 全 な 処 置 技 法 に よ り S k i n
た皮膚を傷害する事によりしわ、シミを消失さ
Rejuvenationが可能となった事は皮膚科学の大
せるDeep peeling やMedium-depth peelingは組
きな進歩である。太古の時代より待ち望まれた
織学的損傷深度を考えても東洋人の皮膚では瘢
−4−
痕形成、色素沈着等の副作用が大きいと思われ、
レーザー治療ではレーザー機器の選択と治療
健常な皮膚への広範囲の施術は推奨出来ない。
レジュメを適切に行うことが治療効果を大きく
左右する。また、患者さんの「あざ」を速やか
2)その他
に傷跡なく治療したいという医師の熱意と努力
レーザー、又は光線によるRejuvenation効果
こそがレーザー治療の良好な結果を得るための
も話題性がある。Ablative treatmentといわれ
最も有効な処方箋となる。
る表皮浅層を削る治療は術後の色素沈着、瘢痕
1)色素性病変
形成、皮膚Textureの変化等で東洋人には適さ
ない。現在脚光をあびているNon-ablative
太田母斑(両側性太田母斑様色素沈着症含)
treatmentは真皮網状層の熱変性による
は100%傷跡なく治癒すると言っても過言では
Rejuvenation効果である。しかし毛包内まで含
ない。色素性母斑(獣皮様母斑含)、扁平母斑
めた皮膚角層のみに薬剤を作用させ、毛包内角
(ベッカー母斑含)は繰り返し照射により著効
層を含めてすべての皮膚角層を剥離させた結果
のある例と全く反応しない例がある。脂漏性角
真皮乳頭層の細膠原線維新生という
化症(老人性色素斑含)は1回の照射で完治す
Rejuvenation効果をもたらすサリチル酸マクロ
る場合が多い(図7)。照射後の一時的色素沈
ゴールピーリングの方が、長期経過の観点で優
着が生じた場合も紫外線防御のみで6ヶ月放置
れているのではないかと思われる。つまり、古
すれば9
9%は治癒する。
い固着した角層を剥離し、規則正しい角層を新
生させるケミカルピーリングこそが、安全かつ効
果的にしわを予防・改善する第一歩であり、そ
れが若返りとして最良の方法と現在考えている。
3.皮膚疾患のある場合−皮膚病変の改善
3-1.レーザー治療
Rox Anderson先生のselective photothermolysis
の理論に基づくレーザー機器による治療は「あ
ざ」を持つ人々にとってコペルニクス的転回で
あった。あざの患者さんは治らない故に「家の
怨念」「前世のたたり」などいわれのない中傷
を受け、辛い悲しい思いをしていた。あざは治
る時代になり、世の中の人もそれを認める様に
なった。あざの子供を抱えて受診する両親の顔
は「レーザー治療で治りますよね。」という明
るい顔になった。それこそが最大のレーザー治
療の「あざ治療」にもたらした貢献であると考
図7
える。
「あざ」以外の多くの皮膚疾患においても、
レーザー治療により患者さんの「QOL」は著
ケミカルピーリングと比べて、レーザー治療
しく向上した。
がはるかに効果的である。雀卵斑、口唇色素斑、
花弁状色素沈着症等も1-2回の照射で完治す
−5−
るものも多い。
る治療法であるため皮膚組織障害性等につい
て問題点も多い。筆者らは紫外線照射マウスの
2)血管性病変
35%TCAピーリングで瘢痕周囲に有意の発癌
苺状血管腫は生後1ヶ月前後の血管腫が隆
増加を確認した。皮膚損傷が真皮に及ぶ
起し始める前に照射を開始する事が大切であ
Medium-depth woundingまたはDeep-depth
る。2週間から1ヶ月に1回照射を繰り返せ
woundingによる深達性のピーリングの良性疾
ば著効を呈する。隆起後の照射開始は線維化
患への適応については今後の検討が必要であ
が残る。単純性血管腫では暗赤色の血管腫は
ろう。
完治しやすい。淡い薄いピンク色の血管腫が
4.結語
最も難治である。酒さ、オスラー病、毛細血
管拡張症、血管拡張性肉芽等は1-2回の照射
本論で述べてきたように1990年頃より美容
で著効を呈する。
皮膚科学に関連して、皮膚科外来領域ででき
今後、血管が関与すると考えられる他の疾患
る治療は多様な技法が開発され選択の範囲も
でもレーザー治療の適応となる可能性は高い。
増えた。しかし治療実践に於いては、レーザ
ーやケミカルピーリング等の治療における健
3-2.ケミカルピーリング
常皮膚への施術も皮膚疾患との密接な関連が
1)ざ瘡
あり美容皮膚科医にとって皮膚科学の確かな
Superficial wounding による浅層ピーリング
基礎と経験が必要である。また更に、アメリ
が毛孔閉塞の除去に著効を呈する(炎症性ざ瘡
カ・ヨーロッパの方法をそのまま導入し、患
においては抗生物質の併用は必要)。非炎症性
者さんに施術するべきではない。東洋人にも
ざ瘡ではピーリングにより毛包漏斗部の固着
同じように施術出来るのかという点が問題で
性の角層細胞及び面皰を除去し毛孔閉塞を除
あり、皮膚科学の観点からその技法の科学性
去する。ニキビの新生は減少する。毛孔閉塞
の真偽について検証の必要性もある。そのた
除去により、表皮への炎症波及、毛包壁の破
め、施術する医師は皮膚科学的知識に基づく
壊は起こらず、瘢痕形成、色素沈着も起こり
病態把握およびその技法のEBM(Evidence
にくい。
Based Medicine)を理解する事がいっそう重
要となっている。その上で、患者の希望と病
2)その他
態、適切な技法の選択を通して、患者にとっ
脂漏性角化症、黄色腫、雀卵斑等に効果が
て本当に満足のいく美容皮膚科学的治療を志
ある。レーザー機器を購入することなく治療
向しなければならない。
できる利点は大きい。ただ、化学薬品を用い
−6−