Untitled - Human Frontier Science Program

HUUM
AN
N FR
ON
NT
CIIEEN
NC
CEE PR
OG
GR
AM
MA
RO
TIIEER
R SC
RO
RA
M
ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムとは
ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムとは
1987 年のヴェネチア・サミットにおいて、我が国より提唱した国際プロジェクトであ
り、生体が持つ複雑なメカニズムの解明を中心とする基礎研究を国際的に共同して推進
し、その成果を広く人類全体の利益に供することを目的としています。
この目的の実現のため、1989 年にフランス・ストラスブールに国際ヒューマン・フロ
ンティア・サイエンス・プログラム推進機構(HFSPO)が設置され、1990 年度以降、主
として国際共同研究に対する研究グラント事業及びフェローシップ事業、受賞者会合開
催等の事業を通じて、世界の科学者の国境を越えた研究活動の支援を行っています。
はじめに
本冊子は、2008-2010 年度にかけて HFSP 研究グラント、フェローシップ、CDA に受
賞された研究者より、
「研究概要」および「HFSP に応募した理由について」
「HFSP のメ
リットについて」
「助成期間を振返って」
「具体的な成果について(学会などでの発表例、
学術雑誌などへの掲載例)」「今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ」という構成
で事例を集め、HFSP をより身近に感じ、応募していただけるよう、受賞者事例集とし
て編集したものです。
HFSP は、研究者の方々が海外で新しい分野の研究に挑戦し、世界水準の研究に取り
組むことを支援しています。才能にあふれる日本の研究者の皆様にも、本冊子を手に取
り、受賞者の研究概要や体験談をご覧いただいて、HFSP を積極的に活用し世界に羽ば
たき、ご活躍されることを期待しています。
目 次
1.HFSP の助成について
助成について
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
(◎印は今年度新たに新規で追加した研究事例となります)
研究グラント
2.1 研究
グラント
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
2.2008 ―
2010 年度受賞者
【プログラムグラント】
◎吉原良浩
吉原良浩/
吉原良浩/理化学研究所・
理化学研究所・脳科学総合研究センター
脳科学総合研究センター・
センター・シナプス分子機構研究
シナプス分子機構研究チーム
分子機構研究チーム
Mechanistic analysis of neuronal circuit structure and function
◎小松崎民樹
小松崎民樹/
小松崎民樹/北海道大学・
北海道大学・電子科学研究所
Dynamical coordination in a multi-domain, peptide antibiotic mega-synthetase
◎津田一郎
津田一郎/
津田一郎/北海道大学電子科学研究所/北海道大学数学連携研究
北海道大学電子科学研究所 北海道大学数学連携研究センター
北海道大学数学連携研究センター
Deliberative decision-making in rats
◎東原
東原和成
東原和成/
和成/東京大学大学院農学生命科学研究科
An interaction map of C. elegans dauer pheromone components and chemoreceptors
橋本秀樹/
橋本秀樹/大阪市立大学・
阪市立大学・複合先端研究機構・
複合先端研究機構・大学院理学研究科
Understanding supramolecular architectures in photosynthesis by space and time resolved spectroscopy
佐藤勝重/
佐藤勝重/駒沢女子大学・
駒沢女子大学・人間健康学部・
人間健康学部・健康栄養学科
CNS Development Probed by Random Access Non-linear Optical Electrophysiology
◎田中智之
田中智之/
田中智之/ダンディー大学
ダンディー大学・
大学・生命科学研究科
A multidisciplinary approach to microtubule-kinetochore attachment
竹安邦夫/
竹安邦夫/京都大学・
京都大学・大学院生命科学研究科
A multidisciplinary approach to microtubule-kinetochore attachment
中村加枝/
中村加枝/関西医科大学生理学第二講座
Serotonin and decision-making: integrating interspecies experimental and computational approaches
渡邊直樹/
渡邊直樹/東北大学・
東北大学・大学院生命科学研究科
Actin turnover homeostasis and spatial heterogeneity of regulators in artificially polarized cells
◎樋口秀男
樋口秀男/
樋口秀男/東京大学・
東京大学・大学院理学系研究科・
大学院理学系研究科・物理学専攻
Structure and mechanism of cytoplasmic dynein
下郡智美/
下郡智美/理化学研究所脳科学総合研究センター
理化学研究所脳科学総合研究センター視床発生研究
センター視床発生研究チーム
視床発生研究チーム
Self-Organized Wiring of the Cerebral Cortex through Thalamocortical Growth Cones: An Integrated Approach
◎吉村成弘
吉村成弘/
吉村成弘/京都大学大学院生命科学研究科
Translation by single ribosomes one codon at a time
【若手研究グラント】
◎成田匡志
成田匡志/
成田匡志/Cancer Research UK, Cambridge Research Institute
A new stress-induced program of senescence and its multi-dimensional regulation.
佐藤政充/
佐藤政充/東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻
Quantitative study of polarized cell growth in vivo and in silico
田中好幸/
田中好幸/東北大学大学院薬学研究科
Probing the mechanism of the cleavage reaction in catalytic RNAs
加藤昌人/
加藤昌人/テキサス州立大学
テキサス州立大学サウスウエスタンメディカル
州立大学サウスウエスタンメディカルセンター
サウスウエスタンメディカルセンター
Probing the mechanism of the cleavage reaction in catalytic RNAs
◎松田欣之
松田欣之/
松田欣之/東北大学大学院理学研究科化学専攻
Probing the mechanism of the cleavage reaction in catalytic RNAs
目 次
2.2 フェローシップ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
38
【長期フェローシップ】
◎川上隆史
川上隆史/
川上隆史/マサチューセッツ工科大学化学科
マサチューセッツ工科大学化学科
Site-specific labeling of quantum dots inside living cells for single molecule imaging
◎永井成樹
永井成樹/
永井成樹/スタンフォード大学
スタンフォード大学 Kornberg 研究室
Molecular basis of transcriptional silencing
◎林眞理
林眞理/
林眞理/ソーク研究所
ソーク研究所 分子細胞生物学研究室
The role of cohesin in telomere maintenance and dynamics of telomeres in cancer cells
井上大悟/
井上大悟/ハイデルベルグ大学生命研究
ハイデルベルグ大学生命研究センター
大学生命研究センター分子発生生物生理学部門
センター分子発生生物生理学部門
Functional analysis of Id proteins in retinal stem cell proliferation and differentiation
◎木瀬孔明
木瀬孔明/
木瀬孔明/ルーベン•
ルーベン•カトリック大学
カトリック大学
Molecular mechanisms of neuronal circuit formation controlled by Dscam
中村公一/
中村公一/MRC オックスフォード大学
オックスフォード大学 解剖神経薬理学ユニッ
解剖神経薬理学ユニット
ユニット
To move or not: generation and control of neuronal network oscillations in the basal ganglia
2.3 CDA(
(キャリア・デベロップメント・アウオード)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
キャリア・デベロップメント・アウオード)
◎西野達哉
西野達哉/
西野達哉/国立遺伝学研究所、
国立遺伝学研究所、分子遺伝研究部門
50
Solution dynamics and structural biochemistry of the vertebrate kinetochore protein complex.
井垣達吏/
井垣達吏/神戸大学大学院医学研究科細胞生物学 G-COE
Dissecting cell competition that governs epithelial intrinsic tumor suppression
石井優
石井優/大阪大学免疫学フロンティア
大阪大学免疫学フロンティア研究
フロンティア研究センター
研究センター
Migration and differentiation of osteoclasts in vivo: visualized by intravital bone imaging
石川春人/
石川春人/大阪大学大学院理学研究科化学専攻
大阪大学大学院理学研究科化学専攻
Molecular mechanism of heme crystal formation
滝沢琢己/
滝沢琢己/群馬大学大学院医学系研究科
Spatial gene positioning and transcriptional regulation in the nervous system
3.2011
2011年度受賞者一覧
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
60
4.2012
2012年度受賞者一覧
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
62
5.助成に
助成に関する情報
する情報
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
63
1.HFSP の助成について
研究グラント
◆「国際共同チーム
国際共同チーム」
チーム」への研究費
への研究費の
研究費の助成事業
助成期間:
助成期間:3年間
助成金額:
助成金額:最大45
最大45万
45万ドル/
ドル/年
2 ヶ国以上の研究者、原則として 1 ヶ国 1 名、合計 2~4 名からなる国際共同研究チームを対象
とします。研究グラントには、
「プログラムグラント」と若手研究者のみから構成されるチーム
に限定した「若手研究者グラント」があります。
【 プログラムグラント 】
独立した科学者のチームに与えられ、科学者のキャリア段階は問いません。科学者のチー
ムは共同作業を通じて新しい研究分野を開発することが望まれます。又、若手の独立した研究
者の参加を奨励しています。優先されるのは、生命科学分野の基礎研究として革新的な研究
プロジェクトであり、その場合、予備的な結果は必ずしも必要とされません。申請者は各チ
ームのメンバー数に応じて、チーム全体として最大 45 万ドルまで申請できます。
【 若手研究者グラント
若手研究者グラント 】
メンバー全員が独立した研究室を与えられて 5 年以内の研究者(准教授、講師、助教また
はそれに同等の研究者:
(ご注意)ポスドクはメンバーとなることはできません)
、また博士
号取得後 10 年以内の研究者から成るチームに与えられます。若手研究者グラントの申請は、
プログラムグラントへの申請とは別に審査されます。2006 年度助成分から申請額はプログラ
ムグラントに準じた額となりました。
フェローシップ
◆ 若手研究者
若手研究者が
研究者が国外で
国外で研究を
研究を行うための旅費
うための旅費、
旅費、滞在費等
滞在費等の
費等の助成事業
助成期間:
助成期間:3年間
助成金額:
助成金額:3年間で
年間で14万
14万6千220ドル
220ドル相当
ドル相当の
相当の生活費、
生活費、年間4
年間4.925千
925千ドル相当
ドル相当の
相当の研究費と
研究費と旅
費、年間4
年間4.68千
68千ドル相当
ドル相当の
相当の家族(
家族(援助)
援助)手当(
手当(米国の
米国の場合)
場合)
博士号取得後3年以内の研究者を対象とします。申請者には、海外で研修を積む一方で、専門
分野の大きな方向転換を図り、新しい研究分野に進出することが期待されています。
【 長期フェローシップ
長期フェローシップ 】
生物学の博士課程終了者が外国の優れた研究室で、現在の研究分野とは別の新しい研究分
野へ移ることを目指した訓練を受けられるように助成する事業です。
【 学際的フェローシップ
学際的フェローシップ 】
2005 年度助成分より開始の制度で、生命科学分野以外(物理学、化学、数学、工学等)の
若手研究者が、国外でさらに生命科学分野の研究を行うことを支援する助成事業です。
CDA(キャリア・ディベロップメント・アウォード)
◆ 帰国後の
帰国後の支援
助成期間:
助成期間:2~3年間
助成金額:
助成金額:2~3年間に
年間に総額30
総額30万
30万ドル
長期または学際的フェローシップを受けている、あるいは受けたことのある研究者が、母国に
おいて独立したポストに付き、研究活動を行い活躍することを促進するものです。
1
2.2008-2010年度受賞者
2.1 研究グラント
2010年度 プログラムグラント受賞(新規追加事例)
受賞者氏名
共同研究者
吉原 良浩
理化学研究所・脳科学総合研究センター・シナプス分子機構研究チーム
FRIEDRICH Rainer (Switzerland)
SEUNG H. Sebastian (USA)
Mechanistic analysis of neuronal circuit structure and function
【 研究概要 】
莫大な数、様々なタイプのニューロン間のシナプス結合によって構築される秩序だった神経ネ
ットワークを基盤にして、脳の高次機能が発現する。最近の技術革新によってニューロン間の接
続様式を詳細かつ包括的に観察したり(コネクトミクス:connectomics)
、特定のニューロン活動
を光で操作したりすること(光遺伝学:optogenetics)が可能となってきた。本研究ではゼブラフ
ィッシュの嗅覚神経系をモデルシステムとして、遺伝学・神経解剖学・電気生理学・神経活動イ
メージング・神経行動学など多様な研究手法を駆使することにより、神経ネットワークの構造と
機能の基本原理の解明を目指した。
具体的には、嗅球から高次中枢へと至る二次嗅覚神経系の軸索投射マップの作製(下図)
、嗅
球内抑制性介在ニューロンの匂い情報処理における役割、アミノ酸への誘引反応・警報フェロモ
ンに対する忌避反応・性フェロモンに対する社会的行動などを司る神経回路素子の同定、嗅球内
局所神経ネットワークの3D電子顕微鏡コネクトーム解析、嗅覚神経系の機能発達メカニズムの
解析などを行った。これらの知見を統合することによって、嗅覚神経系の機能的神経回路構築の
分子基盤が解明でき、さらには匂いのイメージ形成・情動発現・嗅覚記憶形成・行動誘起へと至
るための高次嗅覚中枢での匂い情報コーディング様式についての新たな概念を提唱できるであ
ろう。
OB
Tel
Hb
遺伝学的コネクトーム技術によって作製した二次嗅覚神経系の軸索投射マップ
嗅球(OB)の異なった糸球体クラスター(左:前方腹側クラスター、中央:背側クラスター、右:内側クラスター)から、
終脳(Tel)及び手綱核(Hb)へと軸索を投射する各7個の僧帽細胞を示す。
2
1.HFSP に応募した理由
以前から私と親交のあった Rainer Friedrich 博士(スイス:Friedrich Miescher Institute)から、脳
の機能発現メカニズムの解明を目指した国際的・学際的な共同研究を開始しようという提案を受
け、HFSP プログラムグラントへの応募に至りました。ドイツ出身でスイス FMI に所属する
Friedrich 博士、韓国出身で米国 MIT に所属する Sebastian Seung 博士、そして日本にいる私という
3名(5カ国)で、まさしく国際的な共同研究グループができあがりました。
2.HFSP のメリット
この HFSP グラントによって真に学際的(multi-disciplinary)な共同研究が可能となりました。
私たちの場合には、生理学・神経活動イメージングを得意とする Friedrich 博士、理論生物学・神
経解剖学の最先端技術を駆使する Seung 博士、発生工学・神経行動学を専門とする私のグループ
が有機的に結びつくことで、各々の研究室単独ではできなかった統合的な研究体制を築くことが
できたと感じています。
3.助成期間を振返って
共同研究推進のために2ヶ月に1度ずつ、スカイプ会議で進捗状況の報告、今後の方向性など
について議論しました。世界に散らばる3名が同時に話し合える時間として、ボストンでは午前
9時、バーゼルでは午後3時、日本では午後10時からの会議となり、一日の仕事の疲れ・眠気
と戦いながら私だけが日付変更線を越えることが何度もありました。とは言うものの、このスカ
イプ会議によってお互いの親交が深まり、濃密な議論ができ、3年前に開始した複数の共同研究
プロジェクトがようやく大きな実を結びつつあります。HFSP のご支援に大いに感謝しておりま
す。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
*総説:Miyasaka N, Wanner AA, Li J, Mack-Bucher J, Genoud C, Yoshihara Y, Friedrich RW. Functional
development of the olfactory system in zebrafish. Mechanisms of Development (in press)
*学会発表:Miyasaka N, Wakisaka N, Masuda M, Arganda-Carreras I, Seung HS, Yoshihara Y. From the
olfactory bulb to higher brain centers: a comprehensive axon projection map revealed by genetic
single-neuron labeling in zebrafish. 16th International Symposium on Olfaction and Taste, June 23-27,
Stockholm (2012)
*HFSP での共同研究による原著論文を現在2報執筆中です。
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
HFSP は国際的に認知され、自由な発想の研究を支援する日本発のグラントプログラムです。
さらに多くの日本の研究者がこの素晴らしい恩恵を受けられることを祈念いたします。
3
2010年度 プログラムグラント受賞(新規追加事例)
受賞者氏名
受賞者氏名
共同研究者
小松崎 民樹
北海道大学・電子科学研究所
MOOTZ Henning (Germany)
YANG Haw (USA)
Dynamical coordination in a multi-domain, peptide antibiotic mega-synthetase
【 研究概要 】
リボゾームを介さずに多様なポリペプチドを生合成することで知られる、非リボソームペプチ
ド合成酵素は、種々の触媒作用を持つサブドメイン(A、T、C、TE)から成るモジュールが各々
特定のアミノ酸(300 種以上のなかのひとつ)を担当し、それらモジュールが 2 個から最大で 48
個繋がった巨大な分子組み立て工場である。各ドメインは、細胞内から特定のアミノ酸を捕獲し
アデニル化させる A ドメイン、A ドメインが捕まえたアミノ酸と共有結合して保持する T ドメ
イン、上位のモジュールから引き継がれてきたキャリアードメイン T に繋がっているポリペプチ
ドを下位のモジュールへ引き渡すべく、下位のモジュールが担当するアミノ酸との間のペプチド
結合を形成する C ドメイン、そして、T ドメインが捕まえているポリペプチドを切断する TE ド
メインから構成される。近年、C-A-T-TE から成る surfactin 合成酵素 C の T ドメインの先端部の
キャリアー部分がないアポ体の X 線結晶構造が初めて解かれ、キャリアー部分の長さを加味して
も、各ドメインの活性サイトに T ドメインから届かず、非リボゾームペプチド合成酵素の動態が
必要不可欠であることが解明された(Tanovic ら Science 2008)
。しかしながら、各部位が如何に
時空間的に協調し、上位から下位のモジュールへ一方向的にポリペプチドが順次引き渡され、ポ
リペプチドを組み立てているかは分かっていない。
本研究課題では、非リボゾームペプチド合成酵素のモデル構築、色素分子導入に次いで、蛍光
共鳴エネルギー移動一分子計測を行い、一分子レベルでの非リボゾームペプチド合成酵素の動態
構造を計測し、得られた時系列データに基づいて、データ駆動的に背後に存在するエネルギー地
形などを抽出し、非リボソームペプチド生合成の一方向性を産み出す動的分子機序を解明するも
のである。
4
1.HFSP に応募した理由
1 分子計測データに基づいて背後に存在する数理モデルを自動的に演繹する研究を展開してき
て、国際共同研究を企画したとき、HFSP 以外に二国間以上の異分野間国際共同研究を支援する
大型競争的資金はなかったため。
2.HFSP のメリット
自然が学問の垣根を越えて存在していることを実感できる、新学術領域を開拓できること。ご
く最近でこそ、複雑な生命系の背後にあるメカニズムを解明するべく、積極的に異分野交流を促
進するライフサイエンス系のグラントも増えてきているが HFSP ほど確立されていないので、今
後も HFSP に大いに期待する。毎年開催される受賞者会合も大変貴重な機会であり、研究者ネッ
トワークを新しく構築するうえで大変有用である。
3.助成期間を振返って
生化学、計測、解析を担当するチームから構成される 2010 年 12 月開始のプロジェクトなので、
まだ 2 年目の後半である。毎年の滞在型全体会議(プリンストン大、ミュンスター大で各一回実
施)
、月ほぼ一回のペースで WEB 会議を通して、共同研究を展開している。新しい解析方法に関
する論文を近く投稿する予定である。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
学会発表: Kawai, S., Mootz, H.D., Yang, H., Komatsuzaki, T.: "Constructing unbiased estimators for
arbitrary probability distribution" 12th Annual Awardees Meeting, Daegu(Korea), July 1-4, 2012.
学術雑誌:Kawai, S., Cooper, D., Christy Landes, C., Mootz, H.D., Yang, H., Komatsuzaki, T.: Numerical
Construction of Estimators for Arbitrary Probability Distributions 投稿準備中。
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
複雑な生命システムを研究するうえで、理論研究者は、モデル先行型研究だけでなく、実験原
理の詳細を理解し、データ駆動的に理論・モデルを構成する取組み方も必要となると思われる。
また、実験研究者はどのような理論研究が生命研究にフィードバックしうるかを的確に判断する
能力が必要とされている。
5
2010年度 プログラムグラント受賞(新規追加事例)
津田 一郎
受賞者氏名
北海道大学電子科学研究所/北海道大学数学連携研究センター
共同研究者
REDISH A. David (USA)
LAUWEREYNS Jan (New Zealand)
WOOD Emma (Edinburgh - UK)
DUDCHENKO Paul (Stirling - UK)
Deliberative decision-making in rats
【 研究概要 】
ラットが探索行動を行うとき、行動選択を熟慮しているようにふるまうことがある。このとき
の脳活動、特に海馬の活動は非常にダイナミックに遷移する。この行動決定の神経機構を実験と
数学的手法により解明することを目的として、国際共同研究を行うこととした。
米国ミネソタ大学の David Redish らはラットが迷路学習を行うときの海馬の活動状態を調べた。
ラットが分岐点に来たときどちらに行くべきかを迷っているように見える行動をとることがあ
る。頭を左右に振る行動で、vicarious try and error (VTE)と呼ばれている。
このときの海馬の活動状態を記録し解析すると、場所ニューロンの反応はラットが現在いる位
置だけではなく将来行こうとしている場所に対しても反応しているという結果が得られた。そこ
で、このようなラットの熟慮(あるいは迷い)行動の神経機構を解明するために共同研究チーム
を組んだ。Jan Lauwereyns、Emmma Wood/Paul Duchenko と私のチームが加わった。私のチームは
Redish チームと Lauwereyns チームのデータをカオス解析のいくつかの手法を使って解析し、ま
た海馬の神経回路モデルを構成した。現在までに、いくつかの目立った結果が得られている。海
馬のθリズムに対応した局所電位とニューロンのスパイク発火の関係において新しいカオス力
学系の構造を発見した。行動の数学モデルを構築し、VTE に対応する確率分布関数を計算した。
VTE を表現する海馬神経回路モデルを構築した。
図はラットが迷路の分岐点に来たときの海馬場所ニューロンの活動状態を40ミリ秒
ごとに示したものである。活動状態が遍歴しているのが特徴的であり、ラットの熟慮行
動の脳内表現であるという仮説が提案された。これを実証するためにHFSP共同研究
を開始した。
(A. Johnson and A.D.Redish, J.of Neurosci. 27(2007)12176-12189より改変)
6
1.HFSP に応募した理由
D.Redish らの実験結果は脳のダイナミックな遷移過程が動物の行動決定に深く関係するとい
うことを示唆するものであった。他方、私は脳のダイナミックな神経活動の数理モデルをカオス
力学系を基礎に構築し、カオス的遍歴という連続的な状態遷移過程の数学的概念を提案し、その
脳の高次機能との関係を数理的に明らかにしてきた。Redish や Lauwereyns の実験結果を数理モ
デル、特にカオス力学系との関係で合理的に説明し、ダイナミックな記憶過程、推論過程の神経
機構の解明に役立てたいと考えた。
2.HFSP のメリット
1.国際共同研究を効率よく集中的に行うことができる。
2.このプログラムを通じて今まで知らなかった海外の研究者と交流を深められる。
3.大学院生やポスドクを共同研究に参加させることで、若手研究者の育成に資することが可能
になる。
3.助成期間を振返って
大学院生やポスドクに国際共同研究の経験をつませることができたのは良かった。英語での普
段のメイルのやり取り、ミーティーングでの発表、海外研究者の研究室への短期滞在などは若手
研究者にとって実質的な効果があった。特に理論の学生を実験家のところに滞在させて一緒にデ
ータに取り組むことは効果的であった。
現在丸2年が経過したが、トータルで3年は少し短いという印象がある。2,3年研究に集中
してやっと成果が出始めるが、論文を執筆し出版するにはさらに1,2年かかる。プログラム自
体が4、5年継続されるか、3年終了後にフォローアップの1年があると、プログラム期間内に
成果を出版できるだろう。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
・学術雑誌への掲載に関しては、
現在、3篇の論文を構想しながら研究のつめを行っている。
・学会での発表は
Dynamic Brain Forum (Carmona, Spain, 2012 Sept3-6);
International Conference on Artificial Neural Networks (Lausanne, Switzerland, 2012 Sept11-14);
International Symposium on Nonlinear Theory and Its Applications (Palma, Spain, 2012 Oct22-26)
における Key Note Lecture で成果の一部を紹介。
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
理論と実験の共同研究を行うようなチームで応募し成果を挙げてほしい。
若手研究者を巻き込むように運営を工夫すると良い。
7
2010年度 プログラムグラント受賞(新規追加事例)
東原 和成
受賞者氏名
東京大学大学院農学生命科学研究科
SENGUPTA Piali (USA)
CLARDY Jon (USA)
共同研究者
An interaction map of C. elegans dauer pheromone components and chemoreceptors
【 研究概要 】
線虫は、生育環境が悪化すると耐性フェロモンを分泌し、耐性幼虫に変態する。我々は耐性幼
虫フェロモンの化学成分を突き止め、このフェロモンを感知する 2 つの化学感覚受容体を同定し
た。本研究では、線虫の耐性幼虫フェロモンの全ての成分を解明し、それらを感知する化学感覚
受容体との相互作用の全貌を明らかにすることを目的とする。
研究代表者は Piali Sengupta (Brandeis University, USA)、共同研究者は Jon Clardy (Harvard
University, USA)と Kazushige Touhara 東原和成(The University of Tokyo)で、計 3 グループでおこな
う研究である。下図は、研究体制を示した。代表者の Piali Sengupta (PS)は、線虫の in vivo で化学
感覚受容体候補の同定をおこなう。東原グループ(KT)において、それらの受容体を培養細胞
などに発現させ、フェロモン応答を in vitro で再構成する。In vitro でのフェロモン応答結果を PS
にフィードバックして、in vivo での機能を確認する。Jon Clardy (JC)のグループは、PS および KT
のグループにおいて使用されるフェロモンを有機合成して供給する。また、JC は、PS が新たに
見つけるフェロモンの全合成も担当する。
da
ta
ch
ta
da
ls
ica
em ta
ch da
em
da ica
ta ls
JC
Chemical identification,
synthesis, bioassays
PS
In vivo identification
of CRs
CR identities
CR functional data
KT
Biochemical in vitro
analyses of CR functions
図 研究体制と役割分担
(PS: Piali Sengupta, JC: Jon Clardy, KT: Kazushige Touhara, CR: chemosensory receptor)
8
1.HFSP に応募した理由
代表者の Piali Sengupta 博士と共同研究をはじめていたが、それをさらに発展させるため。
2.HFSP のメリット
研究費の使途の自由度が極めて高い。
国際共同研究によって研究室が活性化する。
3.助成期間を振返って
研究費の使途の自由度が極めて高く、また国際共同研究によって研究室が活性化するので良かっ
た。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
学会、学術雑誌への発表・掲載に関しては、現在準備中である。
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
研究費の使途の自由度が極めて高く、また国際共同研究によって研究室が活性化するので、是非
チャレンジしてください。
9
2009年度 プログラムグラント受賞
受賞者氏名
共同研究者
橋本 秀樹
大阪市立大学・複合先端研究機構/大学院理学研究科
COGDELL Richard J.(UK)
POLLI Dario(Italy)
MOORE Thomas A.(USA)
Understanding supramolecular architectures in photosynthesis by space and time resolved spectroscopy
【 研究概要 】
光合成のアンテナ系では,カロテノイドと (バクテリオ)クロロフィルの2種類の色素分子
が重要な役割を果たす。我々が独自に開発した高感度検出分光装置を用いて,紅色光合成細菌に
おけるアンテナ色素蛋白複合体の励起状態ダイナミクスを詳細にわたり調べた。特に,異なる種
における紅色光合成細菌のアンテナ色素蛋白複合体を調べることで,それぞれの種において,エ
ネルギー伝達効率及びエネルギー伝達経路が異なることを明らかにした。また,Rhodospirillum
rubrum S1 由来の光合成コア複合体において,バクテリオクロロフィルからカロテノイドへ一重
項間逆励起エネルギー移動が起こっていることを世界で初めて明らかにした。この結果は,高等
植物で知られている非光化学的励起エネルギー消失(Non-Photochemical Quenching)に類似の光
防御機構が光合成細菌の場合にも備わっていることを示唆している。得られた成果は,国際的に
権威ある学術雑誌である Angew. Chem. Int. Ed.に掲載された。
光合成色素と周辺蛋白の相互作用の大きさにより,励起エネルギー失活過程が大きく異なるこ
とが予想される。紅色光合成細菌 Rba. sphaeroides 2.4.1 光合成膜,LH2 アンテナ色素蛋白複合体,
および主成分カロテノイドである spheroidene のサブ 20 フェムト秒過渡回折格子信号測定を行っ
た。コヒーレント分子振動の減衰時間は,溶媒中のそれに比べ,色素蛋白複合体では約 3 割速く
なることを見出した。また,理論モデル計算を行ったところ,実験結果をよく再現することも分
かり,電子状態と振動状態について総合的な理解をすることができた。この成果を学術雑誌
Physical Review B にて公表した。
光合成細菌から単離精製した光合成蛋白質/色素複合体の LH2 および RC-LH1 をリポソーム膜
中に導入し,その後,基板上に化学修飾した脂質二分子膜と膜融合を行い,基板上での脂質二分
子膜中へ光合成色素複合体の組織化を行った。 興味深いことに,脂質の組成の組み合わせによ
って,効率の良い光エネルギー移動を示す LH2 および RC-LH1 複合体の自己組織化単分子膜の
形成が基板上で認められた。この成果を学術雑誌 Langmuir にて公表した。
10
1.HFSP に応募した理由
英国の研究代表者が過去にこのグラントを受賞しており,国際共同研究を推進するために最適
の予算である事を確認していました。イタリアの共同研究者からの強い要請があり,英国・イタ
リア・米国・日本で研究課題達成のための強固なチームを作り,HFSP に応募することを決意し
ました。
2.HFSP のメリット
国際共同研究を推進するために大変便利なグラントであります。研究費の使途が柔軟なので,
博士研究員の雇用や国際会議の開催など国際共同チームで共通の目的を達成する手立てを講じ
ることが容易です。グラントの金額自体も少ない額では無いので,大きな研究課題の達成が可能
です。
3.助成期間を振返って
4カ国での国際共同研究であったが,高速インターネットが普及しているお陰でリアルタイム
での議論を行いながら共同研究を推進することができました。その結果,いくつもの有意な共同
研究の成果を輩出することができました。問題が起こっても,共同研究者からの親身なサジェス
チョンによりそれを克服することができました。HFSP のご支援に感謝しています。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
・M. Sugisaki et al., Phys. Rev. B 81 (2010) 245112. “Comparison of transient grating signals from
spheroidene in an organic solvent and in pigment-protein complexes from Rhodobacter sphaeroides 2.4.1”
・D. Kosumi et al., Angew. Chem. Int. Ed. 50 (2011) 1097-1100. “Ultrafast Energy-Transfer Pathway in a
Purple-Bacterial Photosynthetic Core Antenna, as Revealed by Femtosecond Time-Resolved Spectroscopy”
・A. Sumino et al., Langmuir 27 (2011) 1092-1099. “Selective Assembly of Photosynthetic Antenna
Proteins into a Domain-Structured Lipid Bilayer for the Construction of Artificial Photosynthetic Antenna
Systems: Structural Analysis of the Assembly Using Surface Plasmon Resonance and Atomic Force
Microscopy”
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
国際共同研究により有意な成果を輩出したいとお考えの場合は,是非挑戦される事をお勧めし
ます。
11
2009年度 プログラムグラント受賞
受賞者氏名
佐藤 勝重
駒沢女子大学・人間健康学部・健康栄養学科
共同研究者
LOEW Leslie M.(USA)
PAVONE Francesco(Italy)
CNS Development Probed by Random Access Non-linear Optical Electrophysiology
【 研究概要 】
本研究は、膜電位感受性色素 (voltage-sensitive dye)とランダムアクセス型非線形光学顕微鏡を
組み合わせた新しい細胞活動の光学測定システムを確立し、中枢神経系の機能発達過程を解析す
ることを目的として企画された。研究グループは、Leslie M. Loew (米国 Connecticut 大学:有機合
成化学、細胞生理学)、Francesco Pavone (イタリア Florence 大学:物理学、顕微鏡光学)、佐藤勝
重 (駒沢女子大学:発生神経生理学)で構成された。
研究では、Loew のグループが新しい膜電位感受性色素の合成を、Pavone のグループがランダ
ムアクセス型非線形光学システムの構築を、佐藤のグループが膜電位感受性色素のスクリーニン
グと発生期の中枢神経系への応用を担当した。
Loew のグループは、これまでに有用であった Styryl 系蛍光膜電位感受性色素の分子骨格を元
に数十種類の色素を合成し、培養細胞系で膜電位感受性について調べ、いくつかの新しい膜電位
感受性色素の候補(例:PY-3174, PY-4018)を選定・合成することに成功した。
Pavone のグループは、2 種類のレーザーを応用したランダムアクセス型非線形光学システムを
独自に組み上げ、心筋細胞から膜電位変化を 1μm の空間分解能で捉えることに成功した。
佐藤のグループは、embryo 機能形成・構築に関
するこれまでの研究の過程で発見した、中枢神経
全般に伝播する脱分極波(depolarization wave)につ
いて、従来から使用している膜電位イメージング
システムを用いて、その基本的性質を明らかにし
た。この脱分極波の細胞レベルでの機序を明らか
にすべく、ランダムアクセス型非線形光学システ
ムを用いた解析をするにあたり、まず代表的な蛍
光膜電位感受性色素のスクリーニングを行い、
embryo の中枢神経系にも適用可能な色素を選定
した(上図)
。現在、これらのデータを元に、各
グループが Pavone の実験室に集結して解析を行
っている。
12
1.HFSP に応募した理由
2009 年に東京医科歯科大学から駒沢女子大学に移り、新しい実験室の立ち上げに研究費が必要
であったことと、これまで研究に用いてきた膜電位イメージング法に新展開をもたらすために、
近い分野で研究を行っている他のグループとの共同研究を行う必要があったことです。
2.HFSP のメリット
我々のこれまでの研究の中心テーマは、脳幹神経回路網を主なターゲットとして、膜電位イメ
ージング法を駆使して、その機能発生、機能構築過程を追跡することでありましたが、日本国内
では比較的マイナーなテーマであり、大型予算を獲得することは難しいことでした。しかしなが
ら、国際的に見ると同じ分野で研究している研究者も多く、一緒に grant を apply して共同研究を
展開できることが大きなメリットであります。
3.助成期間を振返って
実際に共同研究を開始すると、新しい方法を新しい実験対象に応用するために乗り越えなくて
はならない点が次から次にでてきて、あっという間に過ぎてしまいました。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
共同研究の論文は、現在、企画・執筆中である。以下に、我々の研究室で研究期間内に発表し
た論文を挙げます(この他に、現在英文論文 3 編を投稿中です)
。
・Mochida, H., Sato, K. and Momose-Sato, Y. (2009) Switching of the transmitters that mediate hindbrain
correlated activity in the chick embryo.European Journal of Neuroscience 29, 14-30.
・Momose-Sato, Y., Sato, K. and Kamino, K. (2010) Monitoring population membrane potential signals
during functional development of neuronal circuits in vertebrate embryos. In: Membrane Potential
Imaging in the Nervous System: Methods and Applications. Eds. Canepari, M. & Zecevic, D.
Springer-Verlag, New York, 83-96.
・Inaji, M., Sato, K., Momose-Sato, Y. and Ohno, K. (2011) Voltage-sensitive dye imaging analysis of
functional development of the neonatal rat cortocostriatal projection. NeuroImage 54, 1831-1839.
・Momose-Sato, Y. and Sato, K. (2011) The embryonic brain and development of vagal pathways.
Respiratory Physiology and Neurobiology 178, 163-173.
・Momose-Sato, Y., Nakamori, T. and Sato, K. (2011) Functional development of the vagal and
glossopharyngeal nerve-related nuclei in the embryonic rat brainstem: Optical mapping with a
voltage-sensitive dye. Neuroscience 192, 781-792.
・Momose-Sato, Y. and Sato, K. Spreading synchronized activity in the embryonic brainstem and spinal
cord. In: Comprehensive Developmental Neuroscience. Eds. Rubenstein, J. & Rakic, P. Elsevier,
USA, in press.
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
我々のような小さな研究室であっても、同じ分野の世界中の研究者と共同研究を企画すること
によって、国内では獲得が難しい比較的大型の予算を獲得することが可能です。我々も採択いた
だけるまで何度も apply してやっと共同研究にこぎつけたので、不採択を恐れずたくさん apply
していただきたいと思います。
13
2009年度 プログラムグラント受賞(新規追加事例)
受賞者氏名
共同研究者
田中 智之
ダンディー大学・生命科学研究科
MUSACCHIO Andrea (Italy)
HOWARD Jonathon (Germany)
竹安邦夫(Japan)
竹安邦夫
A multidisciplinary approach to microtubule-kinetochore attachment
【 研究概要 】
細胞分裂に際し遺伝情報を正確に娘細胞に伝えるためには、複製により生じた染色分体を、娘
細胞に正しく分配する必要がある。動原体は染色体とスピンドル微小管をつなぐ巨大なタンパク
質複合体であり、染色体分配の制御に深く関与する。我々のグループは、出芽細胞を用いて、動
原体-微小管結合の基本的なメカニズムを研究している。とくに、この結合が、どのように最初に
形成され、そしてどのように変化し、最終的に染色分体の分配を制御するのかが、主要な研究課
題である(図を参照)
。そのために、 分子遺伝学アプローチによる染色体のエンジニアリング、
リアルタイム生細胞イメージング、ならびにマススペクトロメトリーによる生化学的解析を、駆
使して研究をすすめている。HFSPにサポートされた国際共同研究では、ナノテクノロジー、
単分子イメージング、生化学的再構成、ならびにタンパク質構造解析の専門家と協力して、動原
体-微小管結合のメカニズムを、さらに新たな視点から解析している。
14
1.HFSP に応募した理由
HFSPのグラントは、国際共同研究、とくに学際的アプローチを積極的に支援しています。
これが、動原体-微小管の結合メカニズムの、国際かつ学際的共同研究をめざす、われわれの方針
と一致したため、HFSPのグラントに応募しました。
2.HFSP のメリット
予算をフレキシブルに使えた事が大きなメリットでした。とくに、研究の進展に応じ、新たな
研究機器を購入し、必要な専門テクニックを身につけたポスドク研究員を迎え入れる事ができた
のは、国際共同研究を進める上での、大きなメリットでした。
3.助成期間を振返って
ナノテクノロジー、単分子イメージング、生化学的再構成、ならびにタンパク構造解析の専門
家と協力して、動原体-微小管結合のメカニズムを、新たな視点から解析することができました。
毎年秋に、チームミーティングを開いて、チームメンバーと直接に意見交換できたのは、とても
有意義でした。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
Maure J-F*, Komoto S*, Oku Y, Mino A, Pasqualato S, Natsume K, Clayton L, Musacchio A & Tanaka
TU. The Ndc80 loop region facilitates formation of kinetochore attachment to the dynamic microtubule plus
end. Curr Biol, 21, 207-13. (2011). (* equal contribution)
Two-three papers are under preparation.
Our results were presented and discussed in several international conferences, including Chromosome
dynamics symposium (Sept 2009, Vienna, Austria), Workshop: Chromatin & chromosome structure (Dec
2010, Kobe, Japan), UK-Japan cell cycle meeting (April 2011, Windermere, UK), EMBO Cell Cycle
Conference (Sep 2011, Montpellier, France), Australian Cell Cycle Workshop (Oct 2011, Brisbane,
Australia) and British Yeast Group Meeting (March 2012, Edinburgh, UK).
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
国際かつ学際的共同研究をめざす際は、HFSPのグラントは大変有益です。
15
2009年度 プログラムグラント受賞
受賞者氏名
竹安 邦夫
京都大学・大学院生命科学研究科
共同研究者
MUSACCHIO Andrea (Italy)
田中智
田中智之(UK)
HOWARD Jonathon(Germany)
A multidisciplinary approach to microtubule-kinetochore attachment
【 研究概要 】
染色体は動原体で微小管に接続し、微小管は紡錘体を形成し、この微小管に基づいた構造によ
って染色体分離は遂行される。重要な質問は、動原体がモータータンパク質および微小管の短縮
よって生成された力にどのように対応するのか、また、染色体が等しく 2 人の娘細胞に分離され
るとき、それらがどのように正確な軸幾何学を保証するかである。私たちのうちの 1 人によって
構造決定された「Ndc80 複合体」は、微小管動原体付着部位の重要な構成因子だある。私たちは、
酵母遺伝学によってこのモデルを調査し、原子間力顕微鏡(AFM)の使用によりイーストとヒト
の細胞から精製あるいは再構成された「動原体‐微小管インターフェース」の構造を明らかにし、
in vitro で、単一分子蛍光を検出する顕微鏡を用いて相互作用の原動力を解明する。
私たちは、KMN ネットワーク(動原体-微小管結合にとって不可欠で、少なくとも 3 つのタン
パク質複合体のグループ)の研究を進める。ゴールは、解離・重合する微小管への動原体付加を維
持することができる機能的な動原体-微小管インターフェースを再構成することである。構造学
と酵母遺伝学、それに AFM および単一分子蛍光のような物理的な技術を組み合わせる“マルチ・
ディシプリナリー・アプローチ”によってのみ、動原体がどのように染色体分離を調停するか理
解することができる、と私たちは考えている。
この新しいコラボレーションは、単一分子レベルでタンパク質微小管相互作用を視覚化し(Dr.
Howard)
、複雑な生物学的構造の位相地図を開発して(Dr. Takeyasu)
、遺伝学的に動原体コンポ
ーネントを再構成し(Dr. Tanaka)
、その高解像度の分子構造を得る(Dr. Musacchio)
、という私達
の得意とする技術を駆使して“動原体-微小管接合部の高次構造”を解くわけだ。KMN ネット
ワークおよびその相互作用を再構成し構造上特徴づけるという Musacchio の計画は、動原体の分
子の複雑さにチャレンジするように立案されている。Howard の挑戦はマルチカラーの TIRF を使
用して非常に複雑な多重構成要素のシステムを扱うことである。Takeyasu は、動原体の正確な位
相幾何学の地図の作成を求めて、新しいアプローチを展開する。Tanaka の巧みに計画実行される
酵母を用いた研究は、生きている細胞の中に単一の動原体-微小管インターフェースをモニター
する最も高度な画像手段のうちの 1 つである。
16
1.HFSP に応募した理由
スコットランドの Dundee 大学でセミナーをおこなった際、現共同研究者の T. Tanaka 教授が私
の技術に非常に興味を示され、その後、現チームリーダーの A. Musacchio 教授(IEO ミラノ)
、
現共同研究者の J. Howard 所長(MPI ドレスデン)と討論されました。A. Musacchio 教授、T. Tanaka
教授はそれぞれ X 線結晶構造生物学、酵母遺伝学と別々の分野の研究者であり、J. Howard 所長
は微小管生物物理学者です。私は、生化学・分子生物学の手法と原子間力顕微鏡法(AFM)を組
み合わせて、染色体の構造解析をおこなってはきましたが、本来の専門は細胞膜の生化学です。
私はミラノに出向いてセミナーをおこない、四者とも「キネトコア形成の分子メカニズムの解明」
にむけて共同研究を開始したいということになり、本プログラムに応募することとなりました。
2.HFSP のメリット
このプログラムグラントの支援により、世界の全く異なる地域、異分野で活躍する研究者が、
智と技術を結集して生命科学における重要問題の一つに取り組むことができました。
3.助成期間を振返って
本プログラムの支援により、多くの技術革新ができました。また、キネトコア-微小管相互作
用を決定づける分子(Ndc80、Dam1 など)の1分子イメージングに成功し、それらと微小管と
の相互作用様式も可視化できました。私にとっては、全く未知の領域へのチャレンジでもありま
した。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
Ndc80、Dam1 などの液中での振舞いを液中高速 AFM により解析できるようなりました。Dam1
は微小管依存的に微小管の周りに 14-16 のダイマーが集結し“リング”を形成すること、Ndc80
はロッド状分子で、その中央(ループ部位)を中心に“屈伸”運動をすることが明らかとなりま
した。これらの成果は定期的にシンポジウムで発表してきました(以下に数例をあげます)
。
・Keynote Speech at Nano-measure 2010 (June 3-4, 2010, Krakow, Poland) K. Takeyasu, H. Takahashi, Y.
Suzuki & S.H. Yoshimura. Biological Application of AFM.
・Plenary Lecture at the International Meeting on “New Developments in Optical Microscopy: Seeing into
the Future of Cell Biology” (January 11-15, 2010, Hong Kong University of Science and Technology) K.
Takeyasu, H. Takahashi, K. Hizume, Y. Suzuki, M. Yokokawa, Y.R. Silberberg & S.H. Yoshimura.
Nano-scale imaging and single-molecule manipulation techniques in biology.
・The 7th European Biophysical Society Association meeting (July 11-15, 2009, Genoa, Italy) K. Takeyasu.
Nucleosome and Chromatin Dynamics Revealed by Atomic Force Microscopy
現在これらの成果も含めて「AFM in Nano Biology」
(2012 年春、Pan Stanford 社から刊行予定)を
編集・執筆中です。原著論文については、ようやくデータが集まるようになったので、ここ1年
のうちには投稿までもっていけると考えています。
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
HFSP は他に類をみない、非常に魅力的なプログラムです。異分野の研究者が集まって、色々
な角度から重要問題にアプローチすることが重要ではないでしょうか。チャレンジして下さい。
17
2009年度 プログラムグラント受賞
受賞者氏名
共同研究者
中村 加枝
関西医科大学生理学第二講座
COOLS Roshan(Nijmegen - Netherlands)
DAW Nathaniel(USA)
Serotonin and decision-making: integrating interspecies experimental and computational approaches
【 研究概要 】
セロトニンはドパミンと同じくモノアミン系の神経伝達物質であり、生物の意思決定、学習な
どに関与している。臨床的にも多くのセロトニン作用薬が使用されており、その精神神経機能に
おける重要性は広く知られている。しかし、ドパミンについては「報酬予測誤差(予測される報
酬と実際の報酬の差)
」の情報をコードしていることなど具体的な機能が明らかになっているの
に比べ、セロトニンがどのようなメカニズムで行動を制御しているかについては驚くほど不明な
点が多い。そこで本研究では、霊長類における神経生理学的アプローチ(Nakamura)
、ヒトにお
ける fMRI(functional magnetic resonance imaging) (Cools),そして計算論的なアプローチ(Daw)
という異なる種、方法を駆使して、セロトニンの意思決定における役割を明らかにしようと考え
た。
これまでの行動薬理学的実験の結果をもとに、我々は、セロトニン、ドパミンの機能は、affective
factor つまり「報酬と嫌悪情報」を扱う機能と、action factor すなわち「行動を起こすか抑制する
か」と扱う機能の二つのクロスする軸による空間で規定されると考えた。たとえば、ドパミンは
報酬とそれを獲得するための行動の発現、セロトニンは罰を避けるための行動抑制に関与する、
というものである。そのために、ヒトに対しては、特定の視覚刺激―行動(go nogo)―結果(報
酬か嫌悪刺激か)が確率的に決められるようにし、行動実験を行った。その結果、多くの被験者
によって、報酬を予測する場合は go 、嫌悪刺激を予測する場合は nogo の行動パターンをとるこ
とがわかった。そして、生体のセロトニンレベルを下げると考えられている低トリプトファン食
により、嫌悪刺激に対する行動の割合が下がることがわかった。このことは、セロトニンが嫌悪
刺激と行動のリンクに関与していることを示唆している。さらに、霊長類において、パブロフ型
条件付け課題を訓練し、セロトニン細胞が多く存在する背側縫線核から単一神経細胞の発火活動
の計測を行った。その結果縫線核は、報酬と嫌悪刺激の価値を見分けることができることがあき
らかになった。現在、その価値判断に基づきどのように行動制御に関与しているかをさらに調べ
ている。
本研究により、セロトニンが価値判断とそれに基づく行動制御にもかかわることがあきらかに
なった。セロトニンは脳のあらゆる場所に投射している。次のステップとしてはその投射先での
具体的な機能を明らかにすることである。
18
1.HFSP に応募した理由
私は以前長期フェローシップを留学中にいただいていたことがあり、存在を知っていました。
今回、刺激し合うことのできる共同研究者となりえる人たちがたまたま海外にいたこともあ
り、応募しました。
2.HFSP のメリット
日本という狭い国でなく、世界レベルで審査されているという自覚をキープできるというのが
最も大きなメリットだと思います。
また、メールで海外の研究者と連絡することは今どき簡単なことですが、結局一時的なもので
す。グラントを共同で管理することによって、プロジェクトを継続的に行うよいきっかけとなり
ます。
島国の日本では特にこの種のグラントがもっと多く設立されるべきだと考えます。
3.助成期間を振返って
3 年間はあっという間なので、できたら 5 年ほどあったらとさえ感じます。
私の場合、3 人で出したのですが、他の2人は私よりかなり若いにもかかわらず Nature などに業
績を次々に出しており、非常に良い刺激になりました。
時々、skype で実験方法、解釈などについて何時間も議論もしました。国が違うので時間帯も
当然異なり、あらかじめ mail で調整しておくのです。このようなことは HFSP がなければありえ
ない、良い思い出です。
助成期間を終えても、3 人はずっと研究の仲間として discussion を続けていくと思います。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
学会発表は当然として、以下の論文を 3 人で何時間も議論して出しました。
Cools, R., Nakamura, K., Daw, N.D. Serotonin and dopamine: Unifying affective, activational, and decision
functions. Neuropsychopharmacology 36,98-113 (2011)
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
日本の特に大学にいると、あえて努力しないと、世界が狭く、狭くなりがちだと思います。日
本にいながらその分野の一線の海外の友人たちと議論することによって、自分を世界の眼にさら
し、研究のスタンダードを世界レベルに保つ機会をあたえてくれる HFSP にどうぞ積極的に挑戦
してください。
19
2009年度 プログラムグラント受賞
受賞者氏名
渡邊 直樹
東北大学・大学院生命科学研究科
共同研究者
VAVYLONIS Dimitrios(USA)
Actin turnover homeostasis and spatial heterogeneity of regulators in artificially polarized cells
【 研究概要 】
アクチン線維脱重合から再重合経路の分子可視化による解明
私たちの先行研究において、アクチン伸長端に強固に結合するキャッピンプロテインの速い細
胞内分子動態から、細胞先導端にあるアクチン線維がリサイクルされる過程で、盛んに切断され、
オリゴマーの状態を経ることが予想された。この仮説を分子可視化技術と解析法に改良を加えた
複数のアプローチで検証することで、これまで捕捉困難であった、アクチン脱重合から再重合に
至るステップのメカニズム・性質を明らかにしようとしている。これまでに、高速で分子可視化
するための退色の遅い蛍光アクチンプローブや、オリゴマーなどの高分子複合体の挙動の解析手
法の開発を進めた。この仮説を検証したうえで、アクチンネットワークの再構築シグナルがどの
ように細胞内を伝播するのかについて、数理モデルと実データを相互に対比しつつ解明すること
を目指している。
細胞内分子イメージングデータ分析用画像解析ツールの開発
細胞内分子可視化画像をトラッキングするためのオープンソース化されたソフトウェアを開
発した。分子像の自動追跡やデータ集計の性能・精度向上を、細胞内分子イメージングの実デー
タを用いて最適化するとともに、様々なクオリティーの画像データから信頼できる情報を抽出で
きるように、追跡エラーを手動で修正・除去するための操作オプションを多数取り入れることに
主眼を置いて開発した。プラットフォームとして、ImageJ を採用し、そのプラグインとして作動
する。インターネットからフリーにダウンロードが可能である。
(Smith, M.B. et al. Biophys. J.; http://athena.physics.lehigh.edu/speckletrackerj )。
細胞先導端のゆらぎを左右する細胞内因子の働きのモデル化
細胞の先導端のベール状に広がるラメリポディア(葉状仮足)の伸展のゆらぎを、上述のよう
に拡散状態にあるアクチンモノマー、オリゴマーなどの分子挙動からボトムアップ的にモデル化
するのと同時に、ゆらぎを生み出すためにどのようなアクチン制御の性質が必要かについて、ト
ップダウン的な解析も進めた。細胞端の突出・退縮の動態と、先導端のアクチン密度や、重合の
引き金を引く Arp2/3 複合体・重合を阻害する CapZ などの局所密度との時空間相関を検証するこ
とにより、拡散性のアクティベーターを中心とするモデルが細胞突出のゆらぎをうまく説明でき
ることが判明した(投稿中)
。
20
1.HFSP に応募した理由
私の場合は、海外の研究者から誘いがあったのがきっかけです。私のもつアクチン制御分子の
細胞内挙動データに、論文や学会での活動を通じ興味をもった米国の生物物理学者からのもので
した。彼らは、細胞運動のモデル化のためのデータを必要としており、私の側からは、細胞内分
子イメージングデータの解析法やそれらの定量的モデリングを模索しており、互いを補完でき、
共通のゴールをもった研究チームをつくることができました。
2.HFSP のメリット
HFSP が学際的な共同研究、特にバイオロジストと理論を専門とする研究者との融合を推進し
ていることは、私にとっては領域外である物理系サイエンティストとの綿密な共同研究の立ち上
げに向け、大いに後押しされました。知識や経験の異なる研究者と相互に理解を深め、有機的に
共同研究を進めるのは、たとえ国内においても大変です。学際的・国際的な共同研究をサポート
する HFSP グラントのユニークな存在は、受け取ったものとして、とても貴重な役割を果たして
いると実感しています。
3.助成期間を振返って
私は、HFSP からのサポートがはじまった翌年に、東北大学生命科学研究科へ移動し、新しい
ラボを立ち上げました。HFSP グラントにより、経費面で助かると同時に、引っ越しや機材の導
入に時間を要し、研究の進捗が途絶えがちな時期に、海外の共同研究者とデータのやりとりや論
文執筆を進めることで、無駄な時間を最小限に新しい研究体制づくりにビジョンをもって取り組
むことができ、大いに感謝しております。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
・Smith, M.B., Karatekin, E., Gohlke, A., Mizuno, H., Watanabe, N. and Vavylonis, D. Biophys. J. 101,
1794-1804 (2011)
・Mizuno, H., Higashida, C., Yuan, Y., Ishizaki, T., Narumiya, S. and Watanabe, N. Science 331, 80-83
(2011)
・Watanabe, N. Proc. Jpn. Acad. B. Phys. Biol. Sci. 86: 62-83 (2010) など。
・その他、HFSP 共同研究者と共著で 2 件投稿中。2~4 件の共著論文を作成中。
Smith, M. B., Watanabe, N. and Vavylonis, D. 2010 Biophysical Society annual meeting, San Francisco CA
(oral presentation)など複数共著での学会発表。
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
このグラントは、世界中から実績ある研究者が応募してくるため、競争は厳しいですが、大陸
間の共同研究が対象であることや設立時からの日本政府の大きな貢献によって、日本の研究者が
国際的な活動を広げるきっかけにもなっています。また、私は獲得に向け、真剣に共同研究者に
こちらの重要課題を理解してもらうよう努めましたが、そのような活動はその後の研究の展開の
礎となるので、積極的に課題提案に取り組んでください。
21
2008年度 プログラムグラント受賞(新規追加事例)
受賞者氏名
樋口 秀男
東京大学・大学院理学系研究科・物理学専攻
共同研究者
BURGESS Stan (UK)
VILFAN Andrej (Slovenia)
昆隆英 (Japan)
Structure and mechanism of cytoplasmic dynein
【 研究概要 】
細胞質ダイニンは ATP 加水分解のエネルギーを使って微小管上を移動する分子モーターであ
る。2つの細胞骨格モーター「細胞質ダイニン」と「キネシン」は微小管上を移動しながらオル
ガネラやタンパク質を輸送する役割を担っている。キネシンの研究は大きく進んだものの、ダイ
ニンの研究は出遅れていた。また、ダイニンが発生する力に関しては我々のグループが天然ダイ
ニンを用いて7pN であると主張しているのに対し、1-2pN しか出さないと主張するループもあ
り、未だに論争が続いている。そこで我々は、ダイニンに関して 2 つの研究を進めた。1 つめは、
尾部を切り取ったヒトダイニンのモーター部位のみを昆虫細胞を用いて発現し、運動と力測定を
行った(HFSP で雇われた神原研究員が主に研究を行った)
。ダイニンを結合した 220 nm のビー
ズを光ピンセットを用いて捕捉してガラス上にある微小管上に結合させ、ATP を加えてダイニン
を運動させた時のビーズの変位を計測する事により最大発生力を見積もった。その結果、ダイニ
ンのモーター部位の最大力は約7pN、歩幅は 8nm であり、我々のグループが以前に報告したブ
タ精製ダイニンの最大力と同程度であった(図)。さらに破断力を測定する事で微小管との結合状
態の詳細を解析した。ヌクレオチドなし、AMPPNP、ADP、ADP•Vi 存在下でダイニンと微小管
を結合させ、7ステージ(微小管)を動かす事により、ダイニン・微小管に外部負荷をかけて結
合を破断させた。その結果、ADP•Vi 存在下で破断しやすく、ヌクレオチドなし、AMPPNP、ADP
存在下では大きな破断力であった。ダイニンの進行方向に負荷をかけた時の方が順方向に負荷を
かけた時よりも破断力が弱く、すなわち前進しやすいことを裏付ける結果を得た。以上により、
ダイニンは大きな力を発生することができ、前進するのに都合の良い破断力を持つことが明らか
となった。
2 つめの研究は、HFSP のグループ員で
ある昆准教授と島研究員との共同研究で
ある。粘菌ダイニンの 2 つのモータード
メインのうち 1 つを突然変異により動か
なくした分子の挙動を 1 分子測定により
調べた。その結果、驚いたことに、この
ダイニンの速度や運動距離は半分程度に
減少したものの、正常のダイニンと似た
歩行を行った。正常な足が、動かない足
の運動を補助したと考えた。
22
1.HFSP に応募した理由
ダイニンの分子研究は、2003 年代表者である Burgess らによるダイニンの構造変化の電顕像取
得、2004 年以降の須藤・昆らによる粘菌ダイニン組替体の精製の成功、2006 年樋口らの天然ダイ
ニン 1 分子測定などによって開始された。さらに、このころ、モータータンパク質の動きを計算
で予想する計算生物物理学が Vilfan 等によって行われていた。これらの研究を受け 2007 年に自
然発生的にそれらを統合する研究を行う目的で HFSP への申請にこぎ着けた。
2.HFSP のメリット
HFSP は国際共同研究として、日本人の基礎研究者の多くが応募する唯一の助成金と言ってよ
いだろう。また助成金の繰り越し申請を行うことなく自由に使うことができるので、申請書を書
く時間を取られない。また、研究期間を 1 年延長できるので、計 4 年間研究ができる。私の場合
は、三年間で研究結果を出し、4 年目に論文にまとめることができた。唯一のデメリットは、助
成金がドル立てなので、以前に比べて研究費が目減りすると同時に毎年いくらの日本円の予算と
なるかを予想するのが困難である点である。デメリットもあるものの、非常に優れた助成方法で
あると考える。
3.助成期間を振返って
HFSP のつながりができたおかげで、須藤・昆研究室よりダイニン研究の専門家である学術振興
会の特別研究員が来てくれた。そのおかげで、本申請の計画にあった異種ダイニンモータードメ
インの研究を行うことができた。さらに、助成金でポスドクを雇えたことで、昆虫細胞を用いた
ヒトダイニン組換体を発現精製をできたことである。従って、もし、HFSP の助成金と共同研究
の環境がなければ、ダイニン研究を発展できなかっただろう。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
島らの研究および、神原らの研究は現在投稿中である。
Higuchi. Dynein International Workshop 2009
Shima, Itoh, Kon & Higuchi. 55th Annual meeting of the Biophysical Society 2011
Kambaram Shima & Higuchi. 55th Annual meeting of the Biophysical Society 2011
Kambara, Tani, Shima & Higuchi. Gordon Research Conference 2011
Toyoshima & Higuchi. Handbook of Dynein Pan Standord Publishing 2012
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
新しい研究を展開したい萌芽の時期、新しい研究が成功して発展させたい時期、研究がすすん
で研究を統合したい時、これらどの時期であっても、国際共同研究を推進することであなたの研
究は大きく前進するでしょう。そればかりか、国際的に認知される速度も速くなります。世界を
リードするために HFSP に躊躇することなく応募する事をお勧めします。
23
2008年度 プログラムグラント受賞
受賞者氏名
下郡 智美
理化学研究所脳科学総合研究センター視床発生研究チーム
共同研究者
LOPEZ-BENDITO Guillermina(Spain)
GOODHILL Geoffrey(Australia)
PAULSEN Ole(UK)
Self-OrganizedWiring of theCerebral Cortex throughThalamocortical Growth Cones:An IntegratedApproach
【 研究概要 】
大脳皮質のそれぞれの機能領域には視床から個々の情報入力を受け、情報処理にあたる事が知
られている。視床でも情報ごとに領域を決めて整頓されており、これらの大脳皮質、視床での情
報ごとの領域が整頓されずに混ざり合ってしまうと情報の混乱が生じ、素早く情報処理が行われ
なくなる事が推測される。では、もともとどのようにしてこの整頓された機能領域が大脳皮質や
視床に形成されるのかと言う疑問には長年多くの研究者が取り組んできたが全てが解明された
わけではない。胎生期に発現する遺伝子によって機能領域の形成が起こる事が多くの結果から示
されているが、これだけでは臨界期のような経験による脳機能変化を説明出来ない。そこで我々
研究チームは、更なるメカニズムを求めて、視床からの入力、特に軸索末端が大脳皮質に及ぼす
影響がないのかと言う仮定をたて検証する事にした。視床は外部からの情報を大脳皮質に伝える
リレーセンターとも呼ばれる様に、嗅覚以外の情報が大脳皮質に入る前に必ず通過する事が知ら
れている。そこで、このリレーセンターが情報を中継するだけでなく入力された情報やその量に
基づいて接続先の大脳皮質の機能や構造に影響を与える事はないのかと考えるに至った。チーム
内には、大脳—視床ニューロンの軸索形成のメカニズムのエキスパート、発生分子生物学のエキ
スパート、電気生理学のエキスパート、理論のエキスパートをそろえ、多角的に検証することが
出来る体制を取った。まず、分子生物学の技術を用い、視床ニューロン特異的に遺伝し導入する
事が出来る子宮内遺伝子導入法を用いて、視床ニューロンの活性調節が出来る遺伝子を導入した。
これらの遺伝子導入されたニューロンは、軸索の伸長が遅くなる事を解明した。次に、遅れて大
脳皮質に到達した視床ニューロンは、その末端の形態と接続先の大脳皮質の形態が変化している
ことを明らかにし、この脳内で発現が変化している遺伝子を単離した。さらに、これらの機能阻
害を起こした視床軸索末端での神経活性がどのように変化し、どのように神経回路を形成してい
るのかを電気生理学的に明らかにした。最期に、軸索末端の変化により、どのような回路形成を
起こすのかをコンピュテーショナルに解析し、どのような活性変化によりどのような回路形成変
化を起こすのかを予測出来るシステム作りを行った。
24
1.HFSP に応募した理由
国際的に非常にネームバリューが高いグラントであり、受賞出来る事は今後の研究者のキャリ
アとしても栄誉な事です。さらに、異分野の研究者と一緒に働くチャンスを与えてくれるので、
視野を広げ、将来の研究の広がりにも繋がると考えたからです。
2.HFSP のメリット
国際的な知名度の高さからくる、受賞者へ皆がはらってくれる敬意が高いことです。
独創的な研究を行っていると言う点だけでなく、国際的なコミュニケーション能力があるなどの
認識にも繋がるので、その後の共同研究の申し込みが増えます。
3.助成期間を振返って
助成して頂いた期間よりもグラントの結果が出るまでの方が長かったような気がしますが、グ
ラントをアプライするまでいかにグループメンバーとコミュニケーションをとったかと言う事
を物語っていると思います。助成が始まってからは1年に1度のペースで集まり、それぞれの研
究室のメンバーとも会う機会をもうけることができて研究がスムースに進みました(顔を見た事
がない人達と共同で研究するのは難しいと言う事を実感した経験を何度もしています)
。このよ
うに、お互いの研究室を往来する事にもサポートしていただけたこともあり、助成期間は非常に
自由に研究をさせていただけました。細かく報告書を提出しなければいけなかったわけでもない
ので気軽にお互いを訪ねたり、書類作成に時間を費やすことがなかったので自分のペースでのん
びりと研究できたことが結果に繋がったと思います。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
・SFN2010 minisymposium Molecular Pathways Controlling Development of Thalamus and Hypothalamus
Nov 13-17 2010
・"Development and Plasticity of Thalamocortical Systems" Grand Hotel Kurhaus, Arolla, Switzerland
Jan 31st-Feb 3rd 2011
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
HFSP に助成をいただいて研究が進んだことは上述しましたが、研究面だけでなくいろいろな
事をこの助成によって得られたと感じています。特に東北で起きた震災直後にメンバーの全員か
らすぐにメールを貰ったことや、我々がラボごと彼らの国にしばらく来てもいいと言うオファー
まで頂いたくらいです。我々は埼玉県にいるので直接被害があったわけでもないのですが、我々
の生活や研究のことまで心配してくれる程の深い心のつながりを築けたことが一番の成果であ
ったのかもしれません。
25
2008年度 プログラムグラント受賞(新規追加事例)
受賞者氏名
吉村 成弘
京都大学大学院生命科学研究科
共同研究者
TINOCO Ignacio (USA)
NOLLER Harry F. (USA)
RITORT Felix (Spain)
Translation by single ribosomes one codon at a time
【 研究概要 】
細胞内において遺伝情報は最終的にタンパク質のアミノ酸配列に変換されます。この最終段階
でタンパク質を合成しているのがリボソームと呼ばれる巨大なタンパク質/RNA 複合体です。本
研究課題では、このリボソームが mRNA の情報をアミノ酸に変換する際の反応機構を1分子レ
ベルで解析することを目的とします。チーム全体の課題としては、
i) リボソームが RNA 上をスライドしながら移動する際の“力”のメカニズム解明
ii) タンパク質合成中のリボソームの結晶構造解析
iii) リボソームが正しい aa-tRNA を選ぶ反応機構に関する1分子蛍光解析
iv) RNA の2次構造とリボソームの機能に関する理論的解析
本グループは、主に iii)のテーマに従事した。mRNA の塩基配列をアミノ酸配列に変換する際
に、リボソームはアミノアシル tRNA と呼ばれる小さい RNA 分子を用います。mRNA の情報が
正しくアミノ酸に変換されるには、リボソームが正しいアミノアシル tRNA を選択せねばなりま
せん。このメカニズムを解明するために、まず、特定の tRNA を精製して蛍光ラベルする技術を
確立し、この蛍光ラベルした tRNA がリボソーム内に滞在する時間を計測する系を立ち上げまし
た。これにより、mRNA のコドン配列と tRNA のアンチコドン配列との間の安定性を、リボソー
ム内部で、1分子レベルで計測することが可能となりました。この結果、コドンの1番目や2番
目の塩基が合致しないと tRNA はほとんどリボソーム内に滞在しないこと、
(滞在時間は 10 ミリ
秒以下)
、3番目の塩基だけが合致しない場合は、最低でも 100 ミリ秒ほどは滞在できること等
を明らかにしました。このことは、リボソームがいかにして正確なタンパク質合成を実現してい
るかを理解する上で重要な手がかりとなる結果です。
26
1.HFSP に応募した理由
2度目の応募で採択となりました。以前、同じ研究機関で研究していたメンバーが久しぶりに
連絡を取り合って申請しようという話になりました。ちょうど、アメリカ、ヨーロッパ、日本と
いう3地域から、それぞれ、化学、物理、生物という異なる学問分野を専門とするチーム編成で
したので、HFSP の理念に合致するのではないかと思い、応募しました。リボソームは RNA とタ
ンパク質から構成される高度に複雑な機能性複合体で、これの機能解明に切り込むためには、ま
さに multi-disciplinary な研究が重要です。当チームでは、RNA に関する構造化学と理論物理、さ
らにはリボソームに関する結晶構造学、生化学等の専門家が集合し、
“1分子解析”を共通のア
プローチとしてお互いに有機的な融合を目指しました。
2.HFSP のメリット
研究費の大きさもさることながら、その使い方にある程度の自由度が認められている事がまず
挙げられます。3年ものプロジェクトになると、やはり研究期間の途中に研究費の使い道を変更
せざるを得ない状況が出てきます。それに柔軟に対応できるのが大きなメリットでしょう。これ
に加え、研究期間を1年延長して、合計4年の研究期間を認めてもらえることも大きなメリット
としてあげられます。当研究課題の場合も、当初は3年間での遂行を予定していましたが、なか
なか思い通りに進まないことが多く、1年間の期間延長をさせてもらいました。研究費の追加は
ありませんが、そもそも多くの金額をもらっているので、うまくやりくりすることで、予算的な
問題はなんとか乗り越える事が出来ました。
3.助成期間を振返って
合計4年間という長い研究期間に、じっくりと腰を据えて研究に打ち込むことができました。
当初はポスドク等の人件費への使用を予定していましたが、当初3年間というまとまった期間で
の研究でしたので、大学院生にプロジェクトを与えて、あれこれと試行錯誤しながら進めること
ができました。そのぶん、予定していなかった大型機器を購入し、新たな実験に挑戦することも
できました。このように、プロジェクトを遂行する中で最適な予算の使い方を選択しながら、学
生・スタッフ達が腰を据えて研究に打ち込めるという環境がとてもありがたいと感じた 4 年間で
した。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
チーム全体としては、国際一流ジャーナルに多くの論文を発表することができました。当グル
ープからは学会等における発表2件を行いましたが、残念ながら期間中に論文を発表するまでに
は至りませんでした。現在論文投稿に向けて準備中です。
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
是非、inter-disciplinary な研究を目指してチームを編成して下さい。
27
2010年度 若手研究グラント受賞(新規追加事例)
成田 匡志
Cancer Research UK, Cambridge Research Institute
大林徹也(Japan)
大林徹也
受賞者氏名
共同研究者
A new stress-induced program of senescence and its multi-dimensional regulation.
【 研究概要 】
代表的な腫瘍抑制因子である p53 は、転写因子として 、アポトーシス、 DNA 損傷チェック
ポイント、そして細胞老化などさまざまな表現型に関与する。中でもアポトーシスや DNA 損傷
チェックポイントにおける p53 の役割は比較的よく研究されているが、細胞老化における p53 の
下流因子はあまりよくわかっていない。また、細胞老化の抗腫瘍作用についても、詳細は不明で
ある。細胞を用いた予備実験により、細胞老化に特異的な p53 ターゲットの候補を同定したが、
その遺伝子は系統樹解析により、霊長類以降においてのみ発現していることが判明した。マウス
においては、そのホモログは存在するものの、それらは p53 のターゲットとしては反応しない。
したがって、進化の過程において獲得された遺伝子がその遺伝子産物そのものによってではなく
p53 の反応エレメントがセットで獲得されたことで、腫瘍抑制因子として働いているのではない
かと仮定した。この遺伝子は、本来は組織特異的な発現パターンを示すが、DNA 損傷などで p53
が活性化される場合にかぎり、組織を選ばずに発現すると考えられる。現在、染色体工学を用い
た遺伝子導入法により、ヒト化したマウスを作成中で、今後その遺伝子の細胞老化における役割
や腫瘍抑制作用を、細胞と動物の両方で解析する予定である。
ヒト
マウス
遺伝子 A、B、C はホモログでいずれも組織特的転写因子(TF)によって発現調節されている。
遺伝子 B のみ p53 反応エレメントを持ち、他の組織でも、ストレスによって誘導される。
B はげっ歯類には存在しない。進化の過程で p53 による調節領域を獲得したことで、その腫瘍抑
制作用に対し正の選択圧がかかったのではないか。マウスに B を調節領域ごと導入中。
28
1.HFSP に応募した理由
グラントには、従来の路線を引き継ぐ保守的な内容がふさわしいものと、より革新的なアイデ
アが評価される場合とがあると考えおり、HFSP は明らかに後者に属するものと思っています。
こうした事を常に考えていたため、鳥取大学の大林さんとのディスカッションから今回のテーマ
が具体化した時、すぐに、これは HFSP 的なプロジェクトだと認識できました 。したがって、
テーマが HFSP の求める革新性と学際性に沿ったものであったというのが最大の理由ですが、同
時に、HFSP の趣旨そのものが私達のアイデアを発展させた面もあります。
2.HFSP のメリット
グラントのグループ間分配や用途などにおいて、自由度が大きいこと、また、それに付随する
書類の量が少ないことなど、 私達ができるだけ研究に集中できる環境づくりが優先されている
ように感じています。また、長期的な人材ネットワーク作りも充実しており、研究者を中心に据
えた運営方針をとられていることが分かります。
3.助成期間を振返って
現在2年目が終わろうとしている段階です。私のグループは細胞生物学が専門ですが、今回の
テーマを通して、コンピューテーショナルバイオロジーを導入できたことは、私のグループ全体
にとって大きな出来事でした。また、パートナーの大林さんからは、専門外の技術を色々学ぶこ
とができました。今のところ、研究の進め方は、各グループでの “分担” という面が目立ちます
が、次の年はようやく分担から integration の時期に入ることができると期待しています。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
私のグループに関しては、エピゲノムや転写因子のゲノムワイド解析などを通して、成果がで
ており、さまざまな国際的シンポジウムなどで一部を発表しています。また、メインのテーマそ
のものではありませんが、関連したプロジェクトを Molecular Cell(47:203-14, 2012)に発表しま
した。
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
Preliminary data がそれほど必要とされず、その革新性が最重要視される場はそれほど多くない
のではないかと思います。そのユニークな趣旨をよく理解し、普段とは少し違った切り口で研究
テーマを考えてみることは大きな学びにつながると思います。
29
2009年度 若手研究グラント受賞
受賞者氏名
共同研究者
佐藤 政充
東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻
CARAZO SALAS Rafael Edgardo(Switzerland)
CSIKASZ-NAGY Attila(Italy)
Quantitative study of polarized cell growth in vivo and in silico
【 研究概要 】
細胞は一見すると静止しているように見えることが多いが、細胞内では細胞骨格と呼ばれる
「細胞の形作り」に貢献する構造体がダイナミックに構造を変化させ、細胞内の様々な現象に必
須の役割を果たしている。このような細胞骨格の代表例として、微小管とアクチン骨格という繊
維状の構造物が挙げられる。我々は、分裂酵母をモデル生物としてこの細胞骨格のダイナミック
な構造変化の分子メカニズムを調べている。細胞周期の間期(分裂しない時期)においては、微
小管は細胞質に網目状の構造を作り、アクチンは細胞の末端に局在する。これらは細胞の伸長す
る方向すなわち細胞極性の樹立に必須の役割を果たす。細胞極性は生物の発生や細胞分化が正し
く行われるため必要不可欠である。これに対して分裂期では、微小管は紡錘体(スピンドル)微
小管へと姿を変えて染色体分配を実行し、アクチンはリング構造を作り細胞質分裂を遂行する。
これらの現象は細胞が正しく分裂するために不可欠である。このように、細胞骨格が生み出すダ
イナミクスの重要性は高いが、それがどのようにコントロールされて起きるのかは、未知の部分
が多い。我々はその分子メカニズムをさぐることを最大の目的として研究をおこなっている。
微小管は間期から分裂期に移行する際にどのように構造変化を起こすのか? 微小管の形成
不全は細胞の癌化の原因となり得るため、この制御は綿密に行われる必要がある。微小管に結合
するタンパク質は数多く知られるが、どの因子群があれば微小管の形成という根本の現象を引き
起こすのかは知られていない。我々は独自の遺伝学手法を用いて、このような「微小管形成を起
こす最小限の因子群」を明らかにしつつある。これらの因子の局在・活性の変化を調べることで、
微小管がどのように再構成されるのかが見えてきた。
次に、極性を持った細胞成長が起きる仕組みを分裂酵母の生体内および計算機上の解析から明
らかにする。極性の確立に必要な因子は 100 種類くらい存在するが、それらがどのように連携し
て細胞極性の確立につながるのか、システムとしての動作原理はまったく知られていない。そこ
で我々は、文献データベースから各因子の連携ネットワークを仮想的にあぶり出し、重要性が見
込まれる因子を 50 にまで絞り込んだ。その後、各因子間の関連性を調べるために、各因子の局
在が他の因子に依存しているかを観察する。そのために約 2,500 株の GFP 株ライブラリーを作製
し、ハイスループット・ハイコンテント自動顕微鏡観察システムを構築して、顕微鏡観察、画像
取得から画像解析、定量化解析による各因子間の依存性を定量化する。これらをデータベース化
してバイオインフォマティクス解析により、細胞極性ネットワークを完成させ、そこから、細胞
極性の樹立に必要十分となるような本質的な因子(群)をあぶりだすことができるであろう。現
在は 2,500 株のかわりに小規模な株ライブラリーを作製し、本システムの調整確認をおこなって
いる。
30
1.HFSP に応募した理由
英国でポスドク研究員をおこなっていたときに、欧州のサイエンスの進め方・考え方に感銘を
受けました。その一例は、研究室間・研究所間・研究分野間の垣根のない、学際的な研究の進め
方でありました。当時同じ研究所の別の研究室で研究していたポスドク仲間と意気投合しまし
た。いつかこのような学際的共同研究を立ち上げることを夢として、お互い別の研究施設に巣立
っていったのです。その後、学際的共同研究を立ち上げる環境が整ったため、それを円滑に行う
ために HFSP の若手研究グラントに応募しました。
2.HFSP のメリット
第一に、研究費としての HFSP の重要性が挙げられます。金額、期間もさることながら、予算
の運用内訳についてもフレキシビリティが高く、実験に使う物品費のみならず、国際共同研究を
円滑に遂行するために欠かせない研究打ち合わせのための海外渡航費、会議開催費用もフレキシ
ブルに計画できます。このように、単に物に対する投資ではなく、研究体制そのものをサポート
してくれるプログラムは貴重であると感じました。
第二に、HFSP が開催する受賞者ミーティングの重要性が挙げられます。受賞者ミーティングに
おいては、世界中で研究する同様の受賞者が研究討論し、ともに時間を過ごすことで、また新し
い研究者間の絆がうまれ、そこから新しいアイデアや共同研究がうまれます。そこでは、各人の
研究分野や国籍は関係なく、むしろ異分野の研究者と会話することで、次の創造につながります。
このようなソーシャルな機会は他ではあまり考えられません。
3.助成期間を振返って
研究目標は当初から非常に高い位置に設定していたため、その理想と現実のギャップがあると
予想していました。実際に実験を始めてみると、予定通りに進まないこと、理論的にはうまくい
くことでも現実にはなぜか実行不可能であることがありました。しかし、それぞれの問題は共同
研究者間の会議(オンライン会議および定例ミーティング)によって、解決策や代替案を考え出し、
難局を乗り切りつつあります。大きな研究プロジェクトの遂行には3年では不足するというと思
いますが、その基礎・立ち上げ部分の3年間を HFSP でサポートしていただいたことはこれ以上
ないスタートであったと思います。プロジェクトの完成・さらなる拡大のためにはまだ年月が必
要でありますが、これまでのところ概ね順調に研究が進んでいると考えています。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
HFSP ミーティング(2010 年、インド)にて学会発表。
現在共同研究の最初の成果について、2報の論文作成中です。
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
学際的かつ国際的な共同研究をおこなうにあたり、非常にフレキシビリティの高いサポートを
受けられるという点が HFSP の最大の特徴だと感じています。今後も日本からの受賞者が増えて
いくことが望まれます。
31
2008年度 若手研究グラント受賞
受賞者氏名
共同研究者
田中 好幸
東北大学大学院薬学研究科
加藤昌人(USA)
加藤昌人
松田欣之(Japan)
松田欣之
SYCHROVSKY Vladimir(Czech Republic)
Probing the mechanism of the cleavage reaction in catalytic RNAs
【 研究概要 】
本研究課題においては酵素活性を有した RNA 分子 ribozyme(ribonucleic acid enzyme)の反応機
構解析を行った。特に RNA 鎖切断活性を有した hammerhead ribozyme(HHRz)を取り上げて、
その切断機構を構造化学的かつ理論化学的に明らかにすることを目指した。現時点では、HHRz
の活性残基が酸触媒か塩基触媒かといった基礎的なことすら決定されておらず、活性残基の pKa
等の化学的物性を調べる必要があった。ところで HHRz のような長鎖 RNA から、このような局
所的な物性情報を引き出すには、各原子からのシグナルを直接観測することが可能な NMR 分光
法が非常に適している。しかし既存の長鎖 RNA の NMR サンプル調製技術では、特定残基のみ
を標識する技術が無かったため活性残基の物性を解析することが極めて困難であった。そこで、
長鎖 RNA 分子の一残基標識法を開発した(1. Group I self-splicing intron のグアノシン付加反応に
よる標識残基導入; 2. DNA/RNA リガーゼによる 5' 側非標識鎖連結)
(文献 1)
。なお本手法は世
界で初めての、長鎖 RNA 分子の一残基標識法であり、RNA 分子の機構解析、機能解析に必須の
技術となるであろう。
HHRz の機構解析としては理論化学解析が先行しており、Sychrovsky 博士(チェコ科学アカデ
ミー)の量子化学計算による、反応経路解析が行われている。本解析では、触媒残基が酸触媒と
して反応した場合と塩基触媒として反応した場合のエネルギーバリアを評価して、どちらがより
進みやすい経路であるかが決定された。なお NMR 分光法での活性残基の物性データと併せて反
応機構が同定されつつある。
HHRz は二価金属イオン添加で活性が上昇することが知られているが、
その機構が不明である。
筆者の RNA 分子の安定同位体標識技術と NMR 測定法の完備により、核酸と金属イオンの水溶
液中での配位結合形成・共有結合形成、及び、それを証明する各種 NMR パラメーターが多数決
定でき(Chemical Society Reviews, 2011 in press)
、Sychrovsky 博士の理論解析により金属核酸複合
体の物性が理論的に解析された(文献 2)
。
総括として、生体高分子(RNA)の化学的物性を正確に決定するためのサンプル調製技術を開
発し、機能性 RNA 分子の物性データに基づく機構解析の分野で独走するための方法論的基盤を
確立した。それと同時に本方法論を論文として世界に提示し、この研究領域の進むべき方向性の
提案とその健全な発展に寄与できたものと信じている。これまでのチームメンバーの publication
からすると、現時点での成果は決して満足のいくものではないが、本研究で培われた方法論や知
見が将来のより大きな成果につながるものと考えている。
32
1.HFSP に応募した理由
HFSP では基礎研究しか助成対象となっていない点が、私のような基礎研究を主たる研究分野
としている研究者にとって非常に魅力的でありました。日本に限らず世界的に、国家からの研究
助成では出口指向の研究が採択されやすい傾向にあり、反応メカニズム解析のような現象を突き
詰めることを主旨とする研究では大型の研究費を得がたいというのが現状と思います。従って、
そのようなバイアスの無い状態で、自分の考えたメカニズム解析研究が純粋に学術的に評価され
るかどうかを腕試ししたいという気持ちもあり、本研究費に応募した次第です。
2.HFSP のメリット
HFSP のメリットについては私が語るまでもないことではありますが、基礎研究が助成対象で
あるため、研究者個人の興味基づく基礎研究に専念できる点が最も大きなメリットであると思い
ます。また、国際 HFSP 推進機構のスタッフの方が、研究者の立場にたって種々の問題を一緒に
考えて下さり、非常に助かりました。規則に照らして、これはダメ、あれはダメ、と言うのでは
なく、規則をどのように運用すれば研究者のニーズに応えられるかを一緒に考えてくださった点
は、他の研究助成制度では経験したことのない新鮮な経験でした。このように非常に優れたスタ
ッフに支えられている HFSP の支援を得られるというのが何にも増してもメリットであろうかと
思います。
3.助成期間を振返って
4人のメンバーのうち筆者を含む3人に子供が生まれるという、めでたいながらもプロジェク
トとしては非常事態を迎え、大変ではありましたが、逆に HFSP の支援なしには、この3年間
を乗り切れなかったであろうと思い、HFSP に感謝する次第です。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
この3年間にチームとしては 31 報の論文と書籍を発表した。特に本研究プロジェクトと関係
する代表的論文を以下に挙げます。
(HFSP 共同研究メンバーには下線)
1.Ikumi Kawahara, Kaichiro Haruta*, Yuta Ashihara, Daichi Yamanaka, Mituhiro Kuriyama, Naoko Toki,
Yoshinori Kondo, Kenta Teruya, Junya Ishikawa, Hiroyuki Furuta, Yoshiya Ikawa, Chojiro Kojima,
Yoshiyuki Tanaka*, Site-specific isotope labeling of long RNA for structural and mechanistic studies,
Nucleic Acids Research, (2011) in press.
2.Ladislav Benda, Michal Straka,* Yoshiyuki Tanaka, and Vladimír Sychrovský*, On the Role of Mercury
in the Non-Covalent Stabilisation of Consecutive U-HgII-U Metal-Mediated Nucleic Acid Base Pairs:
Metallophilic Attraction Enters the World of Nucleic Acids, Physical Chemistry Chemical Physics, 13,
100-103 (2011).
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
上述のような種々の支援に加えて、世界の個性的かつ有能な研究者とも出会える素晴らしい支
援制度と思いますので、チャレンジする価値は多いにあると思います。
33
2008年度 若手研究グラント受賞
受賞者氏名
共同研究者
加藤 昌人
テキサス州立大学サウスウエスタンメディカルセンター
田中好幸(Japan)
田中好幸
松田欣之(Japan)
松田欣之
SYCHROVSKY Vladimir(Czech Republic )
Probing the mechanism of the cleavage reaction in catalytic RNAs
【 研究概要 】
生体内の化学反応は、以前はタンパク質だけが触媒することができると考えられてきた。とこ
ろが、その一部の反応は酵素 RNA(リボザイム)によって触媒されることが見出された。リボ
ザイムが触媒する RNA 切断反応は、生命活動に必須な RNA のスプライシング過程で重要な働き
をしている。しかし、この RNA 切断の反応機構は、幾つかのリボザイムの立体構造が解明され
たにも関わらず、まだ詳しくはわかっていない。我々の共同研究チームは、この反応機構を核磁
気共鳴(田中好幸•東北大)
、量子計算(Vladimir Sychrovsky•チェコ)
、分光分析法(松田欣之•東
北大)
、およびX線結晶構造解析(加藤•USA)を用いて多角的に解明することを目的としている。
我々が研究標的にするハンマーヘッドリボザイムは、最もよく研究されているリボザイムの一
つだが、最近になってようやく、その活性化状態の切断反応前の構造が決定された。しかし、こ
の構造は切断反応過程の1場面を表しているに過ぎず、反応過程全体を解明するには、反応中間
体や反応終了後の構造を明らかにしなければならない。私の研究室では、X線結晶構造解析によ
りハンマーヘッドリボザイムの反応開始前、反応中間体と反応終了後の3つの構造(反応開始前
については、現在の構造より高分解能の構造)を決定することを目指している。これらの3つの
構造は、切断反応機構の骨格をなすスナップショットととなり、他の共同研究メンバーが、それ
ぞれの研究技法を用いて、各スナップショット間の詳細な原子の動きを追跡するのに非常に重要
な役割を担う。
X線結晶構造解析には、非常に純度が高く、均一な構造を持った RNA サンプルを用意して、
それを結晶化しなければならない。リボザイムの切断反応は可逆的なので、普通の RNA サンプ
ルでは、各分子がいろいろな構造になっていて使えない。サンプル内のすべての分子を一つの反
応段階の構造に止めておくためには、切断部位を化学的に保護した基質 RNA 鎖を用いる。異な
る化学修飾を用いることで、それぞれの反応段階の構造にフリーズされたサンプルを用意するこ
とができる。我々は、そのための RNA 合成法および、合成した RNA の精製及び結晶化方を確立
し、結晶構造解析に適したリボザイム結晶を得ること、そして、反応中間体の構造解析には、時
分割X線結晶構造解析も試みる計画である。時分割X線結晶構造解析では、レーザー光により切
断できる化学修飾を RNA 基質鎖に施し、X線回折データの収集とほぼ同時にレーザー光を結晶
に浴びせることで、その化学修飾を切断し、結晶内で切断反応を時分割でトレースする方法であ
る。我々は、この方法を確立して、リボザイムの詳細な切断反応機構を立体的にビジュアル化し、
他の研究メンバーの研究技法とともに、完全な反応機構を解明することを目指している。
34
1.HFSP に応募した理由
研究目標達成にはX線結晶構造解析が欠かせないと考えました、東北大学の田中先生に声をか
けて頂いたのがきっかけです。独自の研究費を獲得することで、今後独立する可能性を上げるこ
とにつながると思い、研究チームに参加させて頂きました。また、学生の頃に HFSP のポスドク
フェローシップを受賞したことがあり、親しみのあるプログラムであったことも応募した大きな
理由です。
2.HFSP のメリット
比較的助成額が高く、3年間のサポートが得られる若手研究グラントは、私のような若手研究
者が独立するための新規研究を立ち上げるために、よく考えられた特徴を有していると思いま
す。
1つだけ難点を言えば、PI の給料を支払うことができないため、エフォート管理の厳しいアメリ
カの研究室では、私自身がこの研究に費やすことのできる時間が限られていたことです。この点
に関しては、今後ぜひとも改善していただきたいと思います。
3.助成期間を振返って
初めての独自のグラントで、全く新規にプロジェクトを立ち上げなければならなかた上、先に
も書きましたように、多くの時間を現在の所属研究室のテーマに費やさなければならなかったの
で、研究の進展がとてもスローで、3年間は非常に短く感じられました。今思えば、こうしてお
けばよかったと反省する所もありますが、それも今後の教訓にして、その機会を与えてもらった
HFSP に感謝しています。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
今後の結果につながるであろう実験系をほぼ確立出来ましたので、将来それを元に他のグラン
トを獲得し、具体的な成果を発表できるよう努めていきたいと思います。
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
HFSP の研究グラントの良いところは、国際的な共同研究でなければならないというところだ
と思います。代表申請者は、他国の研究メンバーを束ねなくてはならないので強いリーダーシッ
プが養われ、研究メンバーも他国のメンバーとの交流を通して幅広い視野と国際的なコネクショ
ンが培われます。国内での共同研究よりも得るものは多いと思います。ですから、もし機会があ
れば、是非 HFSP のグラントに応募して、研究者としてのレベルアップを図ってみてください。
35
2008年度 若手研究グラント受賞(新規追加事例)
受賞者氏名
共同研究者
松田 欣之
東北大学大学院理学研究科化学専攻
加藤昌人(Japan)
加藤昌人
田中好幸(Japan)
田中好幸
SYCHROVSKY Vladimir(Czech Republic)
Probing the mechanism of the cleavage reaction in catalytic RNAs
【 研究概要 】
我々の研究チームの目標は、酵素活性を有した RNA 分子 ribozyme の反応機構を理解すること
にある。研究チームは、NMR、X 線結晶解析、理論計算、レーザー分光のそれぞれを専門にする
研究者によって構成され、私は RNA のモデル分子として uridine 3'-monophosphate (3’-UMP)の切
断反応についてレーザー分光研究および量子化学計算に基づく反応経路探索を担当した。
これまで RNA の開裂反応について数多くの理論的な研究が報告されているが、簡単なモデル
分子についての量子化学計算の報告例しかなかった。本研究ではより RNA のモデルとして妥当
である 3’-UMP の切断反応について、
Global Reaction Route Mapping 法(Ohno and Maeda, Chem. Phys.
Lett. 384, 277 (2004))により、高レベル密度汎関数法を用いて反応経路探索を行なった。その結果、
これまで RNA の切断反応の中間状態として示唆されているリン原子が 5 配位になる中間体に加
え、リン原子と酸素原子の結合距離が大きく異なる別の 5 配位中間体構造が存在することが量子
化学計算によって示された。
開裂反応の理解にむけた分光学的アプローチとして、チームリーダーの田中好幸准教授によっ
て合成された 3’-UMP を対象としたレーザー分光研究の試みを続けている。まず 3’-UMP の切断
反応の微視的理解を目指して、気相孤立環境下で 3’-UMP のレーザー分光を行うため、同分子を
気相へ単離することを試みた。マトリックス単離レーザー蒸発法とレーザー多光子イオン化法を
組み合わせることによって、中性の 3’-UMP を気相に単離することに成功している。今後この分
子についてレーザー分光研究を展開していく予定である。また液相中の 3’-UMP の開裂反応にお
ける反応中間体を分光によって捕捉することを目的として、温度可変の液体セルを自作し、分光
測定およびデータ解析を進めている。
今後これらの HFSP 若手研究者グラントのサポートにより進展した研究を継続するとともに、
得られた研究結果をチームメンバーの研究成果と比較することにより、RNA 切断反応機構の微
視的理解に迫っていくつもりである。
1.HFSP に応募した理由
RNA 切断反応のメカニズム解明に向けて、核磁気共鳴、X 線構造解析、量子化学計算、レー
ザー分光の各分野の専門家で研究チームを結成し、研究を遂行するために応募しました。特に私
は、物理化学分野におけるレーザー分光研究を専門とし RNA を研究した経験はなかったのです
が、チームの研究目的に向けたチームメンバーとの意見交換を経て、研究プロジェクトに参加し
ました。
36
2.HFSP のメリット
基礎研究を対象としたグラントであり、研究期間において研究グラントの予算編成を含めて研
究を自由に進められるように、研究チームの研究計画を尊重したグラントである点が、我々の基
礎研究課題の研究を進める上で大きなメリットでした。
このように HFSP は研究者にとって魅力的なグラントであり、さらにチーム型のグラントであ
ることが、専門や実験、計算技術の異なる研究者による国際的な研究チームの結成による異分野
の複合を促進させる効果があると感じております。
3.助成期間を振返って
RNA 切断反応のメカニズム解明という共通の目的に向けて研究を進める上で、研究チーム内
で議論や知識交換できたことが、この研究課題以前に RNA についての研究経験がなかった私に
とって、大変有意義な研究経験でした。チーム内で合成サンプルの共有や、実験や計算の結果の
情報交換など研究を進める上で研究チームという形が有効に働いたと考えます。またチーム内で
の真剣な議論に加え、チームメンバーの来日の際や学会で顔を合わせた時などお酒を飲みながら
研究テーマに対し互いに思うことを気さくに話し合えたこともチームメンバー内の結束を深め
るだけでなく研究課題遂行における重要な要素の一つだったと思います。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
1) Yoshiyuki Tanaka, Masato, Kato, Yoshiyuki Matsuda, Vladimir Sychrovsky
Sample preparation of a Catalytic RNA (Hammerhead Ribozyme) for Spectroscopy and Crystallography,
9th HFSP Awardees Annual Meeting, 2009 年 6 月 1-4 日、東京(日本).
2) Yoshiyuki Tanaka, Masato Kato, Yoshiyuki Matsuda, Vladimier Sychrovsky
Nitrogen-15 NMR Chemical Shifts as a Physicochemical Probe of Key Residues in Catalytic RNAs, 10th
HFSP Awardees Annual Meeting, 2010 年 11 月 1-3 ケララ州 (インド).
3) Yoshiyuki Tanaka, Masato Kato, Yoshiyuki Matsuda, Vladimier Sychrovsky
Spectroscopic and theoretical approaches to the mechanism of hammerhead ribozyme-catalyzed RNA
cleavage reaction
11th HFSP Awardees Meeting, 2011 年 6 月 5-8 日、モントリオール(カナダ).
私の関与した研究チーム内の共同研究による論文公表の準備を進めている。
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
HFSP では、生命、生物化学分野外を専門とする研究者との共同研究による、生命、生物化学
への新しいアプローチの開拓が推奨されていると思います。生命、生物化学分野に携わってこな
かった専門外の私も、HFSP の応募に向けた研究チームの一員になりチームメンバーと協力し合
えたことにより、RNA 切断反応のメカニズム解明という研究課題に取り組むことができました。
私自身はチームメンバーの協力に支えられた立場ですので、大それたメッセージは言える立場
ではないのですが、生命、生物化学分野の研究者はもちろんのこととして、それ以外の分野の研
究者の方も、HFSP が対象とする研究分野の発展や深化に向けた着想がある方は、HFSP への積極
的な応募をおすすめしたいと思います。上記したように HFSP は研究者の研究計画を尊重したグ
ラントであり、研究チームという研究体制により他分野からの生命、生物化学分野への研究の試
みの困難さが効果的に軽減され、研究が促進されると思います。
37
2.2 フェローシップ
2010年度 長期フェローシップ受賞(新規追加事例)
川上 隆史
マサチューセッツ工科大学化学科
受賞者氏名
Site-specific labeling of quantum dots inside living cells for single molecule imaging
【 研究概要 】
量子ドット(QD)は、蛍光タンパク質や有機蛍光色素と比較して、以下の優れた利点を有する。
1)非常に優れた蛍光強度と光退色耐性から、長時間の一分子イメージングが可能。2)粒径により調
節可能な、ストークスシフトの広い、かつ、シャープな蛍光スペクトルを持つため、同時に多色の
マルチカラーイメージングが可能。3)大きな二光子吸収断面積を持つため、組織や生物個体の深部
での in vivo イメージングが可能。一方、①市販の QD はサイズ(20-30 nm)が大きく、シナプスの
ような狭い領域への標識が困難、②汎用される抗体による特異的標識では、不安定な結合により標
的タンパク質から解離する、③通常の QD は multi-valent であるため、標的タンパク質のクロスリ
ンクを誘起する、④細胞膜非透過性であるため、生細胞内タンパク質への標識に用いることができ
ない、といった問題点が存在する。これらの問題点を解決すべく、近年、①二価チオール小分子や
イミダゾールポリマーをリガンドとする小型 QD(10 nm)、②ビオチンリガーゼ/ストレプトアビジ
ン(StAv)やリポ酸リガーゼ/HaloTag を用いた安定な結合での特異的標識、③monovalent な StAv 変
異体とゲル精製を用いた monovalent な QD の開発が報告されている。本研究では、問題点④を解決
すべく、QD の生細胞内への導入を試み、
細胞内タンパク質への特異的標識技術の開発を目指した。
そこで、ペプチドタグを融合した細胞内タンパク質とビオチンリガーゼを発現した細胞を膜傷害
毒素のストレプトリジン O を用いて透過処理し、ビオチン化処理し、StAv-QD コンジュゲートを細
胞内に導入した結果、セミインタクト細胞内のタンパク質の QD による特異的標識に成功した。ま
た、この標識法は、様々な細胞内タンパク質(アクチン、ミオシン、ビメンティンなど)
、細胞株、
QD に利用可能であるという一般性に関しても実証した。更に、同様にリポ酸リガーゼを発現させ
た細胞をブロモアルキル化処理し、HaloTag-QD コンジュゲートを細胞内に導入した結果、細胞内
タンパク質の QD による特異的標識にも成功した。
細胞内
コファクターリガーゼ
QD
特異的標識
標的タンパク質 コファクター
ペプチドタグ
細胞内
導入
38
1.HFSP に応募した理由
博士課程在学時、日本では、in vitro のみを対象とした生物有機化学の分野で研究をしていまし
たが、より in vivo を対象としたケミカルバイオロジー研究を経験する必要性を感じ、研究分野を
更に広げるため、研究分野の変更を推奨している HFSP 長期フェローシップに応募しました。ま
た、助成期間が3年間と長く設定されていることも応募する動機となりました。
2.HFSP のメリット
研究分野の変更を推奨しているため、学生時代に習得した研究分野以外の研究分野の知識・技
術を積極的に学ぶことができる点です。また、助成期間が3年間と長めであることから、チャレ
ンジングな研究課題にも取り組むことができる点です。そして、フェローシップ応募の際に英語
で申請書を書くため、そのトレーニングにもなる点です。また、3年目の助成を出身国に帰国し
て次のステップのための準備に使うこともできる等に代表される、助成がフレキシブルな点も非
常に良い点です。
3.助成期間を振返って
上記のメリットにありますように、実際、新しい研究分野の知識・技術を学ぶことができ、ま
た、チャレンジングな研究課題にも挑戦することができました。今後、学生時代の研究分野と助
成期間に習得した研究分野を融合した研究課題を展開するための、非常に良いステップになった
と思っています。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
〈学術雑誌に発表した論文〉
Amy E. Jablonski, Takashi Kawakami, Alice Y. Ting, Christine K. Payne, “Pyrenebutyrate Leads to Cellular
Binding, Not Intracellular Delivery, of Polyarginine-Quantum Dots”, The Journal of Physical Chemistry
Letters, 1, 1312-1315, 2010
〈学会での発表〉
Takashi Kawakami, Sarah Slavoff and Alice Ting, “Specific Targeting Quantum Dots to Intracellular
Proteins by Cofactor Ligases.” 6th Bio-related Joint Symposium, September, 2012
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
研究分野を変えることと、海外の研究室で研究をすることを同時に始めるのは大変チャレンジ
ングなことだと思います。また、ポスドクは学生以上に即戦力を求められる立場になることが多
いと思います。従って、海外研究・異分野研究を目指すような向上心がありつつも、自分を教育
することについても真剣に考えている研究者の方にぜひ役立ってほしいと思いますし、そのよう
な方にぜひ応募して頂ければと思います。
39
2010年度 長期フェローシップ受賞(新規追加事例)
受賞者氏名
永井 成樹
スタンフォード大学 Kornberg 研究室
Molecular basis of transcriptional silencing
【 研究概要 】
真核生物の DNA は、細胞核内でヒストンをはじめとしたタンパク質と相互作用することで、ク
ロマチンとよばれる高次構造を形成している。転写、複製、修復といった核内現象はクロマチンを
基質として行なわれる。転写のメカニズムの理解のためには、試験管内でクロマチン転写を再構成
することが必須である。過去において、DNA とリコンビナントヒストン、もしくは細胞抽出液を
試験管内で混合させることで得られる人工的なクロマチンを用い、試験管内転写が行なわれてきた。
しかしながら、ここ数年の in vivo の研究から、遺伝子のプロモーター、エンハンサー、オープンリ
ーディングフレーム等の機能部位に特定のヒストンの修飾、ヒストンバリアント、およびクロマチ
ン結合タンパクが存在しており、このパターンが遺伝子の状態(転写活性、DNA ダメージの存在
等)と密接に関わりあっていることが示されている。このことは、in vivo におけるヒストン修飾や
クロマチン結合タンパクを忠実に保存したクロマチンを鋳型にして転写を再構成することが、転写
の機構の理解に必須であることを示している。
出芽酵母の PHO5 遺伝子は、クロマチン構造と遺伝子発現の関連を研究する優れたモデルとして
用いられてきた。培地中におけるリン酸濃度の低下に応じて、転写のアクティベーターである Pho4
が核内に移行し、これが最終的にプロモーターのクロマチンのリモデリングにつながることで
PHO5 遺伝子の発現が誘導される。コーンバーグ研究室は、原核生物由来の組み替えシステムを利
用して酵母細胞内で PHO5 遺伝子をゲノム上から切り出し、IgG カラムで in vivo の状態を保ったま
まのクロマチンを精製する系を立ち上げた。我々はこの系を用いて精製した PHO5 クロマチンを用
い、以下の目標に向かって研究を進めている。
(1)細胞内から精製した PHO5 クロマチンを鋳型にした転写を試験管内で再構成する。
(2)クロマチン転写にかかわる新規な因子を同定する。
(3)クロマチン転写のメカニズムを生化学的、構造生物学的に解明する。
はじめに PHO5 DNA を鋳型にして転写を行うと、RNA Polymerase II、 基本転写因子 (TBP, TFIIB,
-IIE, -IIF, -IIH)、Mediator により転写が観察された。一方で、PHO5 クロマチンを鋳型に用いると転
写は全く観察されなかった。これはクロマチンが基本転写を抑制するという過去の知見と一致する
(Lorch et al 1986, Workman et al 1987, Han et al 1988)。
過去のin vivoの研究から、
PHO5の転写にはPho4
アクティベーター、SWI/SNF クロマチンリモデリング複合体、 SAGA ヒストンアセチル化複合体
が重要であることが示されおり、我々はこれらのタンパクを精製し、クロマチン転写への影響を観
察した。興味深いことに、これらの因子を加えても、クロマチンからの転写は観察されなかった。
このことは、
PHO5 クロマチンの転写にはさらに他の因子が必要であることを示唆している。
事実、
in vitro 転写の反応に細胞抽出液を加えると、プロモーターから始まる特異的な転写が観察された。
現在我々は、細胞抽出液を様々なカラムで分画し、in vitro 転写で活性を追って行くことで、クロマ
チン転写に必要な因子の同定を目指している。
40
1.HFSP に応募した理由
様々なバックグラウンド(研究分野、国籍)の研究者と交流できるという点です。
2.HFSP のメリット
多様なバックグラウンドの研究者と切磋琢磨できることだと思います。
また HFSP の事務の方々が非常に親切で、様々な問題に対応してくれます。
3.助成期間を振返って
振り返ってみるとあっという間でしたが、新しいことをにチャレンジできる実りの多い期間で
あったと実感しています。HFSP からの助成には大変感謝しています。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
ポスター発表を数回行なっています。
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
研究の世界に国境は関係ありません。HFSP は、世界中からの優秀な研究者と切磋琢磨できる
素晴らしい機会だと思います。
41
2009年度 長期フェローシップ受賞(新規追加事例)
受賞者氏名
林 眞理
ソーク研究所・分子細胞生物学研究室
The role of cohesin in telomere maintenance and dynamics of telomeres in cancer cells
【 研究概要 】
真核生物の染色体末端はテロメアと呼ばれるタンパクーDNA 複合体によって、DNA 損傷末端と
して認識されることを免れており、不必要な酵素分解や末端同士の融合から保護されている。末端
の保護を担うのは TRF2 などのテロメア特異的タンパクからなる shelterin という複合体であり、人
為的な TRF2 の阻害は細胞周期停止や細胞死を引き起こすことが知られている。また、ヒトの体細
胞ではテロメア長が DNA 複製を経るごとに徐々に短小化し、末端の保護に必要なテロメア長が保
てなくなることで細胞周期の停止を引き起こす。これにより細胞の分裂回数が制限されているため、
テロメアの脱保護は細胞老化の要因の一つと考えられている。このようにテロメアの保護状態は細
胞周期制御と密接に関係している。
これらに加えて我々は、細胞周期 M 期に長期停止した細胞において、テロメアが DNA 傷害とし
て認識されている(脱保護される)という興味深い現象を発見した。
M 期に長期間停止した細胞は同 M 期中に死に至るか、G1 期へ移行後、細胞周期停止や細胞死に
よって増殖を抑制される。これらの細胞周期停止・細胞死は非常に重要であり、M 期停止後の細胞
死に失敗した細胞は DNA 複製を繰り返したのちに異数体となりガン化への運命をたどる可能性が
ある。しかし M 期に長時間停止した細胞がどのようにして細胞死を引き起こすかについての分子
経路は明らかになっていない。
テロメアの脱保護が細胞死や細胞周期停止を引き起こすことに鑑みると、本発見が M 期停止か
ら細胞死に至るまでの missing link を埋める鍵となることが期待された。そこで本研究では、細胞
周期 M 期での長期停止がテロメアの脱保護を促進するメカニズム、及びこの脱保護がもたらす細
胞への影響の解明を目指した。
42
1.HFSP に応募した理由
留学にあたり、研究モデル、分野、手法のすべてを変更したので採択されるチャンスがありま
したし、結果がどうあれ英語の申請書を真剣に書く経験は必ず将来役に立つと信じて応募しまし
た。
2.HFSP のメリット
一般に認識されているように、比較的長期間安定した経済支援が得られることや知名度がある
ことに加えて、英語での申請書を書く過程で色々な事を勉強できることもメリットだと思いま
す。
3.助成期間を振返って
1年目に予想外の結果がでて、申請したプロジェクトの変更を余儀なくされましたが、新しい
プロジェクトの将来性を説明することで了承されました。このような変遷もまた研究の醍醐味だ
と思いますし、最終的に論文として結実しましたので良い経験ができました。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
<原著論文、日本語総説>
A Telomere Dependent DNA Damage Checkpoint Induced by Prolonged Mitotic Arrest
Makoto T. Hayashi, Anthony J. Cesare, James A. J. Fitzpatrick, Eros Lazzerini-Denchi and Jan Karlseder
Nature Structural & Molecular Biology, 2012 Mar 11; 19(4): 387-394
テロメアによる細胞周期制御
林 眞理
医学のあゆみ, 2012 June 16; 241(11): 11597-11602
<学会発表(口頭)>
○Hayashi MT, Cesare AJ, Fitzpatrick JAJ, Denchi EL and Karlseder J
Prolonged mitotic arrest induces a telomere dependent DNA damage checkpoint
Mechanisms & Models of Cancer No. 6, La Jolla, USA, August 2011
○Hayashi MT, Cesare AJ, Fitzpatrick JAJ, Denchi EL and Karlseder J
Prolonged mitotic arrest induces a telomere dependent DNA damage checkpoint
The 7th Salk Institute Cell Cycle Meeting, La Jolla, USA, June 2011
○Hayashi MT, Cesare AJ, Fitzpatrick JAJ, Denchi EL and Karlseder J
Prolonged mitotic arrest induces a telomere dependent DNA damage checkpoint
Telomeres & Telomerase, Cold Spring Harbor, USA, May 2011
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
HFSP ヘの応募を考えている方は、研究内容を大きく変えて新しいチャレンジをする意欲のあ
る方だと思います。初めは戸惑う事もあるかもしれませんが、自分を信じて新しい研究生活を楽
しんで下さい。
43
2009年度 長期フェローシップ受賞
受賞者氏名
井上 大悟
ハイデルベルグ大学生命研究センター分子発生生物生理学部門
Functional analysis of Id proteins in retinal stem cell proliferation and differentiation
【 研究概要 】
Id(Inhibitor of differentiation)遺伝子による網膜先駆細胞維持、制御機構
Id 遺伝子ファミリー(Id1〜4, 以下 Id)は神経先駆細胞の神経細胞への分化を抑える働きをする。
神経細胞分化を促す bHLH 転写因子とヘテロ二量体を形成することで転写因子の活性を抑える。
一方、Id は癌化や幹細胞の維持といった細胞増殖(細胞周期)において重要な機能を担うとされる
が、その機構はほとんど分かっていない。
網膜の系は、神経細胞と細胞周期との関連の解析において非常に優れた系である。なかでも、
魚類の網膜は一生を通じ網膜幹細胞を維持し、哺乳類の網膜では解析できない網膜幹細胞の維持
の分子的機構を探るうえで有効である。本課題では、メダカの網膜において神経先駆(幹細胞)に
おける Id の機能について細胞周期との関連も含めて解析している。
Id遺伝子はmRNAレベルで網膜先駆(幹)細胞のみならず網膜神経細胞にも発現しており網膜の
発生過程を通じてその発現部位が変化する。miRNA による網膜特異的 Id 遺伝子ファミリーのノ
ックダウンおよび Id 遺伝子ホモ変異体の解析から、各 Id が網膜先駆細胞の維持と特定の網膜神
経細胞の分化のタイミングを制御していることが明らかになった。
一方、網膜特異的に Id 野生型や非リン酸化•非分解型 Id 等を強制発現させることで細胞周期が促
進され神経先駆細胞が維持される一方、分化が抑えられることを見出した。今後ライブイメージ
解析および細胞移植技術をもちいて、Id 遺伝子の発現の有無で網膜先駆細胞が最終的にどのよう
な細胞運命をたどるのかを解析していく。なお、この解析において副次的に免疫蛍光組織染色の
新手法を確立し、論文として投稿した。
SSX2IP による細胞分裂制御と網膜先駆細胞の分化制御
共同研究による解析から、SSX2IP が新規の中心体因子としてツメガエル卵において同定され
た。SSX2IP は細胞周期を通じて中心体に局在し、かつ他の中心体制御因子と結合することが培
養細胞、ツメガエル卵において明らかとなった。しかしながら発生過程における SSX2IP の機能
的意義は不明なままであった。そこで透明なメダカ胚の利点を利用してライブイメージ解析およ
び SSX2IP の機能阻害により SSX2IP の中心体における機能を解析した。その結果、SSX2IP は中
心体制御因子を中心体に集積し M 期の正常な紡錘体形成に重要であることが明らかとなった(投
稿中)。
さらに細胞周期と網膜幹細胞の関連を探るため、SSX2IP が網膜においても発現しているか否か
を解析した。SSX2IP は網膜幹細胞とミュラーグリア細胞に強く発現していることが分かった。
また、SSX2IP の網膜特異的機能阻害、強制発現の実験から SSX2IP が特定の神経細胞分化に重要
であることが明らかになりつつある。また現在、SSX2IP を発現あるいは阻害した細胞(中心体)
の挙動についてトランスジェニックメダカを用いて解析中である。
44
1.HFSP に応募した理由
留学にあたり、研究分野、研究対象、研究手法の全てを変えました。そのため、受け入れ先の
教授から応募を勧められ、私も必要であると判断し応募しました。
2.HFSP のメリット
他の留学研究助成金と比較して、長い助成期間と十分な生活費•研究費を与えられること。加
えて、その内容がフレキシブルに選べること(3年目の HFSP を延長あるいは帰国時の資金に使用
できる等)。また、挑戦的な研究課題と基礎研究に重点をおいた HFSP の姿勢は、基礎系の研究者
にとって、分野等を変え新しい課題に挑戦するための非常に有意義な機会を与えてくれます。
3.助成期間を振返って
研究分野•対象•手法の全てを変えたため、最初のころは院生のような気持ちで物事を把握し学
ぶのに費やしました。しかし、以前の専門知識を現課題に取り入れることで新手法の確立や複数
の共同研究の遂行ができました。現課題にとどまらず、そこから派生した新たな課題と共同研究
が進行中であり、独自の研究課題の方向性が見出せたと考えています。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
<学術雑誌に発表した論文>
1 Inoue D. *, and Wittbrodt J.*. (*; corresponding author)
『One for All—A Highly Efficient and Versatile Method for Fluorescent Immunostaining in Fish Embryos』
PLoS One, vol. 65, e19713, (2011).
<国際会議における発表>
1.Daigo Inoue and Jochen Wittbrodt (poster)
『A Highly Efficient and Versatile Method for Fluorescent Immunostaining in Fish Embryos』
SFB 488 Symposium "12 Years of nervous excitation, Heidelberg, Germany, Feb., 2011.
2.Daigo Inoue and Jochen Wittbrodt (poster)
『One for all - A Highly Efficient and Versatile Method for Fluorescent Immunostaining in Fish Embryos』
Joint Meeting of the German and Japanese Societies of Developmental Biologist, Dresden, Germany,, March, 2011.
3.Daigo Inoue and Jochen Wittbrodt (poster)
『A Highly Efficient and Versatile Method for Fluorescent Immunostaining in Fish Embryos』
HFSP awardees meeting, Montreal, Canada, June, 2011.
4.Daigo Inoue and Jochen Wittbrodt
『A Highly Efficient and Versatile Method for Fluorescent Immunostaining in Fish Embryos』
7th European Zebrafish Meeting, Edinburgh, July, 2011.
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
以前の分野に身を置くのではなく、独自の課題•分野を開拓したいと考えている方には、HFSP
は、思いがけない課題や刺激的な交流が生まれる機会を与えてくれる最適の研究助成だと思いま
す。HFSP へ応募する方は、頭のどこかで研究を毎日考え、かつ自分の将来の研究スタイルを真
剣に見据えている方だと考えますので、私の方から特に申し上げられるようなメッセージはあり
ません。
45
2009年度 長期フェローシップ受賞(新規追加事例)
受賞者氏名
木瀬 孔明
ルーベン•カトリック大学
Molecular mechanisms of neuronal circuit formation controlled by Dscam
【 研究概要 】
ショウジョウバエ Down syndrome cell adhesion molecule (Dscam)は、免疫グロブリンスーパーフ
ァミリーに属する細胞表面タンパク質である。Dscam は神経系に強く発現しており、Dscam が軸
索誘導、軸索分枝形成,樹状突起パターン形成といった、神経回路形成の様々な過程において必須
の役割を果たしていることがこれまでに報告されている(図1)
。Dscam の顕著な特徴は、細胞
外ドメインをコードするエキソンのうち、3つが可変エキソンであり、選択的スプライシングに
よって 19,000 通りものアイソフォームを生み出すことができる点(図2)
、各アイソフォームが
ホモフィリックに結合して神経突起間で反発性シグナルを誘発する点である。個々の神経細胞で
は異なったセットのアイソフォームが発現していることも示唆されている。このような多様性と
生化学的特性から、Dscam は神経細胞の「自己」と「非自己」を識別する役割を担っていると考
えられており、高度に秩序だった神経回路形成のメカニズムを説明しうる、非常に魅力的な分子
として注目されている。しかしながら、①個々の神経細胞が異なるアイソフォームセットを発現
するメカニズム、②軸索ガイダンスや軸索•樹状突起分枝形成における Dscam の下流のシグナル
伝達のメカニズムについては分かっていない。私は、HFSP 長期フェローシップの支援を受けて、
これら二点の解明に取り組んでいる。一つ目の課題に取り組むために、私は個々の個体から全く
同じ単一神経細胞を採取し、Dscam アイソフォームの発現解析を単一細胞レベルで行う実験系を
立ち上げることに成功した。二つ目の課題に取り組むために、私は Dscam 結合タンパク質の生化
学的スクリーニング、ショウジョウバエを用いた遺伝学的スクリーニングを行い、Dscam シグナ
ルの下流の候補遺伝子を同定することに成功した。
46
1.HFSP に応募した理由
学位取得後、海外留学を考えており、日本で応募できるフェローシップの中でも3年という長
い助成期間が魅力でした。また、研究分野を学位取得時とは変えたのですが、そのような私の方
向性をむしろ歓迎する HFSP の趣旨にも合致しており、応募しました。
2.HFSP のメリット
研究費も支給されるので、自由に学会への費用、滞在費がまかなえました。また、年に一度開
かれる受賞者会合にて、日本人の受賞者はもちろんのこと、海外の研究者との交流、つながりが
できたことは、フェローシップを終える今後においても、非常に価値のあることだったと思いま
す。また、フェローシップを終えた後も、受賞者のみが応募できる CDA という独立ポジション
用のグラントがあることも大きなメリットだと思います。
3.助成期間を振返って
長期フェローシップを開始して、もうすぐ3年経とうとしていますが、非常にあっという間と
いう感じとともに、非常に充実した研究生活を送ることができたと思います。異分野への挑戦と
いうことで、最初は苦労しましたが、私のバックグランドと組み合わせた、将来やりたい方向性
に近づくことができてきていると思います。また、助成期間中で得た研究者間のつながりは今後
の糧になると思います。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
2010年 日本分子生物学会 ポスター発表
2012年 Cold Spring Harbor Laboratory, Axon Guidance Meeting
ポスター発表、口頭発表
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
上にも述べましたが、長期助成期間、受賞者会合における交流といった他のフェローシップに
はないメリットが HFSP フェローシップにはあります。また、HFSP は異分野に挑戦して、研究
者としての幅を広げることも推奨していますので、そのような方には最適なフェローシップで
す。HFSP の事業には日本が大きな貢献をしているにも関わらず、日本人の受賞者はまだまだ少
ないです。留学を予定している方々は、気軽にどんどん応募してください。
47
2009年度 長期フェローシップ受賞
受賞者氏名
中村 公一
MRC オックスフォード大学・解剖神経薬理学ユニット
To move or not: generation and control of neuronal network oscillations in the basal ganglia
【 研究概要 】
パーキンソン病脳においては、大脳皮質と大脳基底核のニューロンが過剰に同期してβ周波数
帯域(10-30 Hz)の振動発火現象を示し、このβ振動はパーキンソン病の無動や動作緩慢の原因
と疑われている。視床の運動核は、大脳基底核から皮質へ情報が伝わる中継地点に当たることか
ら、この異常なβ振動発火の生成機序を理解する上で、ドーパミンの欠乏がどのように視床運動
核の神経活動に影響を及ぼすのかを知ることは必須である。ラットの運動視床核は、大脳基底核
からの入力を受ける領域と小脳入力領域に分けられ、それぞれ抑制性伝達物質の GABA と興奮
性伝達物質のグルタミン酸を恒常的に受け取っている。著者らは、麻酔下の健康体およびパーキ
ンソン病モデル・ラットの視床運動核からの電気生理学的記録を行い、ふたつの領域のニューロ
ンの自発発火活動を比較した。
視床運動核ニューロンの平均発火率および発火パターンは脳状態に顕著に依存していた。しか
し、脳波の徐波活動中(徐波睡眠時に類似した脳状態)と活性化状態(覚醒時に類似した脳状態)
どちらで比べても、大脳基底核入力領域と小脳入力領域の視床ニューロンの平均発火率はほぼ等
しかった。一方、発火パターンに注目すると、低閾値カルシウムスパイク・バーストと呼ばれる
特徴的な群発発火様式において、大脳基底核入力領域のニューロンがより遅く発火することが分
かった。また徐波活動中の低閾値カルシウムスパイク・バーストの発火タイミングを比べると、
両者ともに徐波リズムの活性化位相(いわゆる DOWN 状態から UP 状態への移行期)に発火す
るが、大脳基底核入力領域の視床ニューロンのほうがより顕著に大脳皮質の徐波リズムに同期し
て発火することが明らかになった。以上の結果は、視床運動核における解剖学的に顕著な興奮
性・抑制性入力の対照的な分布は、ニューロンの平均発火率に全く反映されていないことを示し、
平均発火率の自律的な調整機構を示唆すると共に、視床運動核ニューロンの発火と皮質活動との
時間関係を明らかにして、視床-皮質間神経回路の理解へ貢献するものである。
広く支持されているパーキンソン病のモデルでは、パーキンソン病では視床運動核のニューロ
ン活動が著しく低下するため、大脳皮質運動野の活動低下を引き起こし運動障害につながると考
えられている。しかし、著者らのパーキンソン病モデル・ラットの視床運動核からの電気生理学
記録では、平均発火率の減少は見られなかった。一方、脳波に異常β振動が見られるとき、視床
運動核の大脳基底核入力領域の多くのニューロンが顕著なβ振動発火を示した一方、小脳入力領
域のニューロンは異常を示さず、領域特異的な異常β振動が明らかとなった。この結果は、視床
ニューロンの平均発火率低下ではなく、異常な発火パターンが、パーキンソン病の運動障害にと
って重要であることを示唆する。
48
1.HFSP に応募した理由
日本では神経解剖学の技術を習得し、脳の神経回路の生後発達を研究していましたが、神経細
胞の活動を実際に知る必要性を痛感し、in vivo 電気生理学を習得したいと希望していました。し
かし、一般にポスドクには即戦力が期待される傾向があり、電気生理学の経験がない場合、電気
生理学の研究室への留学を希望するのは難しいというジレンマがありました。また、新しく電気
生理学を習得し成果をまとめるには時間がかかると予想されましたが、多くの留学助成制度の助
成期間は 1 年もしくは 2 年です。ところが、HFSP 長期フェローシップは研究分野の変更を奨励
しており、さらに助成期間も 3 年と最も長く設定されており、私の希望にちょうど適合していま
した。
2.HFSP のメリット
上記と重なりますが、研究分野の変更を奨励していることと、研究助成期間が長いことがまず
挙げられます。他には、個人裁量で使える研究費がつくこと、海外への引越しの費用に対する補
助金があること、もう廃止されたようですがかつては語学研修用の補助があったこと、また 3 年
目の助成については日本に帰国して研究しつつ次の就職先を探しても良い、など制度面でも非常
に良心的です。また HFSP 受賞者の年会はユニークな学会です。同分野の海外の研究者と知り合
う機会は少ない代わりに、同じように海外で活躍している、異分野の優れた日本人研究者と触れ
合うことができ、刺激を受けました。
3.助成期間を振返って
2 年目が終了したところですが、よい研究室でボスや同僚にも恵まれ、英国での生活にも慣れ
つつ、新しく学んだ電気生理学の成果をまとめているところです。仕事や研究に関するものの考
え方がヨーロッパと日本では大きく異なっており、刺激的な二年間でした。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
Kouichi C. Nakamura and Peter J. Magill. Spontaneous activity of neurons in basal ganglia- and
cerebellar-recipient zones of the rat motor thalamus in vivo. Tenth triennial meeting of International
Basal Ganglia Sociery, on 20–24 June 2010, at Long Branch, New Jersey, USA.
Kouichi C. Nakamura, Andrew Sharott, Nicolas Mallet, and Peter J. Magill. Spontaneous neuronal
activity in the motor thalamus of dopamine-intact and Parkinsonian rats in vivo. The British
Neuroscience Association Meeting, 17–20 April 2011, at Harrogate, UK
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
HFSP の長期フェローシップは優れた留学支援制度だと感じています。日本人のポスドクの方、
これからポスドクになろうという方で、研究分野、研究手法を変えてみたい、かつ海外の研究室
で研究したいという方がおられたら、ぜひ勇気を出して応募していただきたいと思います。
49
2.3 CDA(キャリア・ディベロップメント・アウォード)
2010年度 CDA 受賞(新規追加事例)
受賞者氏名
西野 達哉
国立遺伝学研究所・分子遺伝研究部門
Solution dynamics and structural biochemistry of the vertebrate kinetochore protein
complex.
【 研究概要 】
複製された二本の姉妹染色分体は細胞分裂時に娘細胞へと正確に均等分配される。キネトコア
は染色体セントロメア領域に構築される巨大蛋白質複合体で染色体と微小管の連結を担ってい
る。キネトコアは約 100 種類程の蛋白質より構成され、染色体に結合するもの、微小管に結合す
るもの等が複雑なネットワークを形成している(図上)
。我々はこの複雑なキネトコア複合体を
解析するため、溶液中の蛋白質ダイナミクスを測定できる高速 AFM と X 線結晶構造解析を組み
合わせてその作用機序の解明を試みた。まず染色体に結合する CENP-TW, CENP-SX 複合体の高
速 AFM による観察を行ったところ、
(図中)の様な像が得られ、構造ドメインと天然変性領域を
可視化することに成功した (Suzuki et al., JCB 2011)。この結果を踏まえて両蛋白質複合体構造ド
メインの結晶化を行い、立体構造解析した。CENP-TW, SX 複合体どちらもヒストン様フォール
ドで、CENP-TW は 2 量体、CENP-SX は 4 量体であった。興味深いことに両者の立体構造は酷似
しており、更なる複合体の可能性が考えられた。両者の混合により新たな複合体 CENP-TWSX を
形成した。立体構造解析の結果、CENP-TWSX へテロ 4 量体を形成していた(図下)
。生化学、
細胞生物学的解析より、CENP-TWSX は複合体形成、クロマチン形成を通じてキネトコア構造構
築に重要な役割を担っていた。
脊椎動物分裂期染色体と キネト コ ア複合体
(Nishino et al., Cell 2012)
動原微小管
動原微小管
アウタ ーキネト コ ア
インナーキネト コ ア
セント ロメ ア染色体領域
姉妹染色分体接着
CENP-TW複合体
CENP-SX複合体
CENP-T
CENP-S
CENP-W
CENP-TWド メ イン 構造模式図
CENP-TW結晶構造
50
CENP-X
CENP-TW
高速AFM 像
CENP-SXド メ イン 構造模式図
CENP-TWSX結晶構造
CENP-SX
高速AFM 像
CENP-SX結晶構造
1.HFSP に応募した理由
もともと2003年にオーストリアへ留学した際、長期フェローに応募したのが始まりです。
それまでは蛋白質 X 線結晶構造解析の研究室で学位取得しましたが、機能により迫るため、出芽
酵母の分子遺伝学を専門とする研究室にてポスドクをしました。オーストリア、英国計5年間の
海外滞在の後、長期フェローシップの3年目を利用して帰国しました。CDA は帰国直後と翌年
の計 2 回応募し、現所属に異動後、研究を開始しました。
2.HFSP のメリット
他の奨学金や研究費と比べて事務対応が素早く、色々な相談やトラブルに対してフレキシブル
である事、毎年開催される受賞者会議に参加し、事務方や他の受賞者と交流できる事があげられ
ます。長期フェローであれば受給年度を分けて他の奨学金を挟んだりできる事、3年目を本国帰
国や滞在に使えることがメリットです。同窓会組織もあり、研究期間終了後も受賞者という事で
つながりが継続することも魅力です。
3.助成期間を振返って
思えば海外留学当初から色々サポートして頂き、足掛け約9年近くになります。受賞者会議で
普段行かないような場所、国で色々な方々と交流できた事は大変有意義でした。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
1. CENP-T-W-S-X forms a unique centromeric chromatin structure which a histone-like fold
Nishino T, Takeuchi K, Gascoigne K, Suzuki A, Hori T, Oyama T, Morikawa K, Cheeseman I, Fukagawa T
Cell, 2012 February 3;148(3):487-501
2. Spindle microtubules generate tension-dependent changes in the distribution of inner kinetochore proteins
Suzuki A, Hori T, Nishino T, Usukura J, Miyagi A, Morikawa K, Fukagawa T
Journal of Cell Biology, 2011 April 4;193(1):125-40
3.セントロメア領域に特異的なクロマチン構造
西野達哉、深川竜郎
西野達哉
遺伝、2012. Vol. 66 No.5, 552-558
4.セントロメアにおける新しいヒストン様構造
西野達哉、深川竜郎
西野達哉
ライフサイエンス新着論文レビューhttp://first.lifesciencedb.jp/archives/4350#more-4350
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
HFSP は他の研究費と異なり、予備データよりも研究プロポーザル重視の姿勢が強いと思いま
す。それも既存の概念にとらわれないような新たな挑戦を求めています。是非創造力を働かせて
未知なる領域、新たな分野を切り開くようなプロポーザルを用意してみて下さい。その努力は必
ず評価されるはずです。皆様と同窓会でお会いできるのを楽しみにしています。
51
2009年度 CDA 受賞
受賞者氏名
井垣 達吏
神戸大学大学院医学研究科細胞生物学 G-COE
Dissecting cell competition that governs epithelial intrinsic tumor suppression
【 研究概要 】
ヒトのがんのほとんどは上皮に生じる。上皮組織に生まれたがんのもとになる異常細胞(がん
原性細胞)は、通常、周囲の正常組織からの“選択圧”を受けて組織から排除されると考えられ
る。しかし、この選択圧を担う分子メカニズムはこれまでほとんど不明であった。本研究では、
ショウジョウバエの上皮組織をモデル系として用い、正常な上皮組織ががん原性細胞を積極的に
排除するメカニズムを遺伝学的に明らかにした。すなわち、正常な上皮細胞は、その隣に極性が
崩壊したがん原性細胞が出現するとこれに応答してストレスキナーゼタンパク質 JNK を活性化
し、これが細胞骨格の再編成を介して貪食能の亢進を引き起こして、がん原性細胞を飲み込んで
細胞死を誘導することが分かった。この細胞排除現象は、極性崩壊細胞と正常細胞とが近接した
際に引き起こされる「細胞競合」によって駆動されていることが明らかとなった。
1.HFSP に応募した理由
米国留学から帰国して自身の研究室を立ち上げたばかりの頃、キャリアディベロップメント・
アウォードに応募しました。HFSP の研究助成は額が大きいだけでなく、年度をまたいだ柔軟な
利用が可能であるため、研究室の基盤を確立し研究を軌道に乗せるためにはきわめて重要な助成
であると考えました。
2.HFSP のメリット
研究費の年度毎の配分や使用期間、使途などが柔軟であるため、研究の推進に最大限に活用す
ることができます。また、学際的かつグローバルな視野が養われるとともに、国際的な研究者ネ
ットワーク作りやその強化にもつながると思います。
3.助成期間を振返って
研究室立ち上げというとても重要な時期に本助成をいただいたのは、本当に幸運でした。お陰
様で、未熟ながらも研究室の基盤作りから人員の確保、さらには研究の方向性の確立とその運営
を自分なりになんとか実現することができたのではないかと思っています。
52
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌どへの掲載例)
・Ohsawa S, Sugimura K, Takino K, Xu T, Miyawaki A, Igaki T
Elimination of oncogenic neighbors by JNK-mediated engulfment in Drosophila
Developmental Cell 15, 315-328 (2011)
・Enomoto M, Igaki T
Deciphering tumor-suppressor signaling in flies: genetic link between Scribble/Dlg/Lgl and the Hippo
pathway
J. Genet. Genom. 38, 461-470 (2011)
・Ohsawa S, Sugimira K, Takino K, Igaki T
Imaging cell competition in Drosophila imaginal discs
Methods in Enzymology in press
・Kanda H, Igaki T, Okano H, Miura M
Conserved metabolic energy production pathways govern Eiger/TNF-induced non-apoptotic cell death
Proc. Natl. Acad. Sci. USA. in press
・Ohsawa S, Hamada S, Kuida K, Yoshida H, Igaki T, Miura M
Maturation of the olfactory sensory neurons by Apaf-1/caspase-9- mediated caspase activity
Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 107, 13366-13371 (2010)
・井垣達吏 概論「細胞競合 —細胞社会を監視する新たなルール」
実験医学 29 1342-1349 (2011) 羊土社
・大澤志津江、井垣達吏「細胞競合が駆動する上皮の内在性がん抑制」
実験医学 29 1374-1386 (2011) 羊土社
・井垣達吏 「TNF-JNK 経路による上皮の内在性がん抑制システム」
生化学(社)日本生化学会 82 (9) 837-841 (2010)
・大澤志津江、井垣達吏 「状況依存的細胞死シグナル制御による上皮のがん抑制」
実験医学 28 129-134 (2010)
など
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
HFSP の研究助成は、日本の公的な各種研究費とは異なり、グローバルかつ大変柔軟なもので
す。研究を進める上での強力なサポートとなるだけでなく、視野の拡大やリスクの高い研究展開
への挑戦、さらには国内外の研究者ネットワーク作りとその強化など、様々な波及効果を生み出
すものだと思います。
53
2009年度 CDA 受賞
受賞者氏名
石井 優
大阪大学免疫学フロンティア研究センター
Migration and differentiation of osteoclasts in vivo: visualized by intravital bone imaging
【 研究概要 】
破骨細胞は生体内で骨を破壊・吸収する能力をもつ唯一の細胞種であるが、これまでその生体
内での活動は謎のベールに包まれていた。本研究者は 2006-2008 年に HFSP の長期フェローシッ
プの助成を受けて米国 NIH に渡り、生体多光子励起イメージングの技術を習得し、さらにこれを
利用して、従来困難であると考えられていた、硬い骨組織を生きたままの状態で観察する方法論
の確立に成功した。本研究ではこの成果を活かして、生きた破骨細胞の動態や分化・成熟の制御
機構を解明するものであるが、特に破骨細胞の走化性因子であるスフィンゴシン1リン酸(S1P)
に注目して解析した。さらに、本研究では破骨細胞の骨吸収過程や、免疫細胞とのクロストーク
のイメージングに挑戦し、この特異な細胞が生体内でどのように働いているのか、実体的かつ具
体的に明らかにした。さらには S1P による破骨細胞制御が、骨吸収を有意に抑制することを発見
し、本研究は、単に基礎医学上のインパクトをもたらしただけでなく、関節リウマチや骨粗鬆症
などの骨吸収性病変の画期的治療法の開発に道を拓くものとなった。
54
1.HFSP に応募した理由
私は、2009 年 4 月に現所属先で独立したラボを運営する機会を与えられ、研究室立ち上げ時に
まとまった研究資金を獲得する必要に迫られておりました。私は以前に HFSP の長期フェローシ
ップを受給しており、CDA に応募する eligibility がありましたので、応募させて頂きました。
2.HFSP のメリット
HFSP の研究資金は、研究計画に沿うものであれば助成金の使途や、年度の繰り越しなどにつ
いては比較的自由度が高く、大変助かりました。また、実利的なメリットだけでなく、HFSP の
助成プログラムにはプレミアがあり、獲得したこと自体が非常に栄誉なことで、キャリアアップ
にとっても大きなメリットがあると思われます。また、HFSP の alumni meeting などで、自身の
研究分野以外の領域での人脈を広げることができるのも、大きな魅力の一つです。
3.助成期間を振返って
2009 年 4 月に自分のラボをもってから、とにかく必死にここまで来た感があります。ポスドク
として一人で研究している時とは異なる苦労がありました。競争的研究資金を獲得して、人を集
めて、研究成果を出す、この3つをうまく循環させる必要があり、最初の段階で HFSP よりまと
まった助成を頂いたことは、本当に大きかったと実感しています。
ただ1点悲しかったことは、この3年の間に円高が一層進み、振り込まれる助成額が年々目減
りしていったことです。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
・Ishii et al. Sphingosine-1-phosphate mobilizes osteoclast precursors and regulates bone homeostasis.
Nature, 458: 524-528, 2009.
・Ishii et al., Chemorepulsion by blood S1P regulates osteoclast precursor mobilization and bone remodeling
in vivo. J. Exp. Med., 207: 2793-2798, 2010.
など
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
思い返しますと私は、長期フェローシップ(2006-2008)
、CDA(2009-2011)
、若手研究グラン
ト(2011-2013 予定)と、HFSP から本当に多くの助成を頂いており、私の研究者人生で恐らく最
も重要であると思われる時間(留学して帰国し、独立していく過程)は、常に HFSP とともにあ
ると言えます。その意味で私は HFSP に foster されたと実感しており、深く感謝するとともに、
今後何とか恩返しをしていきたいと考えております。
英語で application を作成しないといけない HFSP の申請は、確かに非常にハードルの高いもの
ですが、獲得した際に得るものは想像を超えた大きいものであると思います。ぜひとも多くの、
特に若手の日本人研究者によって応募して、獲得していってもらいたいと思っております。
55
2009年度 CDA 受賞
受賞者氏名
石川 春人
大阪大学大学院理学研究科化学専攻
Molecular mechanism of heme crystal formation
【 研究概要 】
本研究では、非常にシンプルかつ重要な反応であるヘム(鉄-ポルフィリン錯体)の結晶化に
着目した。マラリア原虫内で形成されるヘムの結晶はヘモゾインと呼ばれ古くから知られていた。
マラリア原虫はヘモグロビンを分解して養分としているが、ヘモグロビンから遊離したヘムは毒
性があるため、ヘモゾイン形成の阻害はマラリア対策の重要なターゲットである。しかし、この
ヘモゾインの形成機構の詳細は明らかになっておらず現在も様々な研究が行われている。マラリ
ア原虫内で発見された Heme Detoxicification Protein (HDP)と呼ばれるタンパク質は、赤血球内でヘ
モグロビンの補欠分子族であるヘムを結晶化する。HFSP 長期フェローの間を含め、ヘムタンパ
ク質の生化学的・細胞生物学的・物理化学的解析に取り組んできた経験を活かし、タンパク質が
触媒するヘムの結晶化問題に取り組むこととした。
分子の結晶化は分子構造の決定や薬剤の長期保存など非常に重要な技術であるにもかかわらず、
結晶生成機構の詳細は明らかになっていない。タンパク質が分子の結晶化をどの様にして触媒し
ているかは、生物科学のみならず物理・化学の分野においても大きな問題である。そこで、HDP
を再構成蛋白質として調製し、様々な分光学的手法を用いることで、ヘム結晶化の反応機構を検
討することにした。HDP は既にヒスチジンタグ融合タンパク質として、大腸菌を用いた再構成系
が報告されていたが、ヒスチジンタグはヘムとの相互作用の可能性が考えられたため、タグを持
たない HDP の大量発現系を新たに構築する必要があった。1年ほどの試行錯誤の結果、多様な
分光学的測定に利用可能なタグを持たない HDP を大量に調製することに成功した。
大腸菌から精製した HDP はネイティブの HDP に匹敵するヘム結晶化の活性を持つことが明らか
となり、試験管内で分子の結晶化反応を測定することが出来るようになった。現在は反応機構の
解析に取り組んでいる。また、酵素反応研究において最も重要な点の一つは活性部位の同定であ
る。そこで、HDP にヘムが結合した状態の紫外可視吸収スペクトルや電子スピン共鳴スペクトル
測定を行うことで、タンパク質内部のヒスチジン残基が、ヘム中心の鉄原子に結合している可能
性を示唆する結果を得ることが出来た。今後は、さらに研究を進めることで活性部位の構造を決
定し、ヘム結晶化の分子機構を明らかにすることで、マラリア対策や結晶化の分子科学へ貢献し
たいと考えている。
56
1.HFSP に応募した理由
スタンフォード大学での HFSP 長期フェローを経て、現在は CDA の助成を受けて大阪大学で
研究をしています。HFSP 長期フェローと比較したのは日本学術振興会の海外特別研究員やその
他民間助成金ですが、HFSP 長期フェローの大きな魅力は期間が 3 年間であること、最終年度は
帰国可能であること、そして CDA に採択される可能性があることでした。幸い帰国後に CDA に
採択されたため、ヘムの結晶化機構に関する新たな研究を順調に進めることができています。
2.HFSP のメリット
長期フェローから CDA にわたり 6 年の間、HFSP から助成を受けて研究を続けています。この
間、研究費の心配をあまりすることなく研究に専念することができたのが大きなメリットの一つ
です。また年に一度の受賞者会合で、普段の学会では会うことがない異分野の研究者と知り合い
になることができました。長期フェロー、CDA を通じて得られた友人・知人は何にも代えがた
いメリットだと感じています。
3.助成期間を振返って
アメリカからの帰国、その後二度の国内異動などもあり、あっというまの6年間でしたが、非
常に充実した期間を過ごせました。まだ駆け出しの研究者でアメリカの研究室では右も左もわか
らなかった頃から、現在では小さいながらも自分の研究グループを持てるようになるまで HFSP
から助成をいただくことができました。この HFSP から助成を受けた期間は、研究成果だけでな
く本当に得るものが多い6年間でした。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
長期フェローでの研究は順調に進み、最終的には5報の論文を発表することができました。
CDA では全く新しい研究テーマに取り組み、研究機関の異動もあったため、当初の予定より研
究が遅れていますが、やっと学会で発表できるデータも得られ、国内学会での発表を行いました。
現在最初の投稿論文を準備しており、国際学会での発表も行いたいと考えているところです。
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
私の場合、長期フェロー期間中に教員などの公募と並行して CDA に応募しました。CDA は研
究を行う機関が決まっていなくても応募可能なため、採択された場合はスタートアップ資金の目
処が付いた状態で公募に応募することができ、これは非常に大きなメリットです。長期フェロ
ー・学際的フェロー採択者は、次は独立した研究ポジションを目指す人が多いと思いますので、
応募のガイドラインをよく確認して、可能であれば CDA 応募も並行して行うのが良いのではな
いでしょうか。HFSP で得られるものは金銭的な助成だけでなく、受賞者会合での出会いや、フ
ェローから CDA までのキャリア形成など多くのものがあります。申請書は大変ですが、採択さ
れれば必ずそれ以上のものが得られるシステムだと思います。
57
2009年度 CDA 受賞
受賞者氏名
滝沢 琢己
群馬大学大学院医学系研究科
Spatial gene positioning and transcriptional regulation in the nervous system
【 研究概要 】
間期細胞核における遺伝子座の空間配置は、重要な転写制御機構のひとつであることが明らか
になりつつある。中枢神経系の発生において遺伝子発現プログラムは劇的に変動する。また、ニ
ューロンは最終分化後も外界からの刺激に応答して多くの遺伝子を発現し、このことが神経の可
塑性を担保している。中枢神経系の遺伝子発現を制御する機構としてヒストンの翻訳後修飾や、
DNA メチル化などについては精力的に研究され、その重要性が明らかにされつつあるが、神経
系の発生過程また成体での機能発現における細胞核での遺伝子空間配置などのいわゆる核構造
の特徴やその意義については、不明な点が多い。申請者はこれまでに、中枢神経を構成する細胞
の一種であるアストロサイトに特異的に発現する遺伝子グリア線維性酸性タンパク質(GFAP)
が片アレルのみから発現していること、アストロサイト分化の際に遺伝子座が核の中心付近へ移
動すること、発現アレルは非発現アレルに比べより中心に位置することを見出し報告してきた。
このことは、中枢神経系において細胞核における遺伝子座の空間配置が、細胞分化と転写活性に
密接に関連していることを示している。本研究計画は、中枢神経系の発生過程および成熟後のニ
ューロンやアストロサイトにおける遺伝子座の核内配置の役割を多方面からのアプローチによ
って解明することを目的として立案された。本研究計画の成果は、中枢神経系における遺伝子座
空間配置の新たな知見となるのみでなく、脳の発生および機能における遺伝子発現機構の深い理
解へとつながると考えられる。
58
1.HFSP に応募した理由
留学先研究室を決める際に、受け入れ先のボスから、約 2 年間ポスドクのポストが空く予定は
ないが、自分でグラントを持って来れば好きな時期に開始できるということを言われ、申請可能
な留学向けのグラントに応募しました。大学院生時代の研究テーマを大きな意味では継続しつ
つ、全く新しい手法を用いようとしていたので、HFSP の趣旨にも適合すると考え申請しました。
2.HFSP のメリット
日本人が留学前に英語で申請できる留学用グラントは少ないと思います。HFSP の長期フェロ
ーシップに応募することで、留学前から詳細に受入先のボスと研究内容について打ち合わせする
ことになったのは、非常に良かったです。また、英語でグラント申請を書くためのいいトレーニ
ングになりました。HFSP は国際的にも知名度が高いので、HFSP のフェローであることは、留学
中にも周囲の方々から評価してもらっていたと感じました。帰国後も、CDA に申請でき、日本
での研究立ち上げに大いに役立ちました。
3.助成期間を振返って
長期フェローシップ、CDA と計 6 年間の助成期間でしたが、非常に恵まれたグラントだと感
じました。長期フェローシップでは生活費として、CDA では大型研究予算として、研究生活が
支えられていました。私自身は、東京で行われたものしか参加していませんが、助成金受領者の
み参加できる年会なども行われており、単に助成金をもらうということを超えたメリットを感じ
ました。私も含め、日本人の博士号取得したばかりの研究者が、英語で申請書を書くというのに
は、大きなエネルギーが必要でハードルが高く感じますが、書くこと自体がトレーニングになる
上、助成決定された場合は、研究者としてキャリアに非常にプラスになると思います。
4.具体的な成果(学会などでの発表例、学術雑誌などへの掲載例)
1.滝沢琢己、高木美智、笹岡寛敏.ゲノム DNA の核内配置と遺伝子発現制御.生化学 82(2),
143-24.2010.
2.滝沢琢己,中島欽一. 神経系細胞における核内機能ドメイン配”実験医学 10 月増刊号(2009)
3.滝沢琢己. 神経系におけるゲノム核内配置”Clinical Neuroscience Vol.26 (8), 848-9(2009)
4.Takizawa T, Meaburn K, & Misteli T. The meaning of gene positioning. Cell 135, 9-13 (2008).
5.Takizawa T & Meshorer E. Chromatin and nucler architecture in the nervous system. Trends Neurosci 31,
343-52 (2008).
6.Takizawa T, Gudla RP, Guo L, Lockett S & Misteli T. Allele-specific nuclear positioning of the
monoallelically expressed astrocyte marker GFAP. Genes & Dev 22, 489-498 (2008).
5.今後の HFSP への応募者に向けたメッセージ
申請へのハードルが高いようですが、チャレンジする価値がある助成金だと思います。
59
3.2011年度受賞者一覧
(2011 年度に採択された日本人研究者)
■プログラムグラント:
プログラムグラント:7名採択(
名採択(研究代表者1
研究代表者1名)
①田中
田中 元雅
理化学研究所脳科学研究センター
チームリーダー)
(理化学研究所脳科学研究
センター チームリーダー
)
“Characterization of conformational space in prion proteins using single-molecule techniques”
(プリオンの立体配座空間の 1 分子技術を用いた評価)
②五島
五島 剛太(
剛太(研究代表者)
研究代表者)
(名古屋大学大学院理学研究科 准教授)
准教授)
“Plasticity of non-centrosomal microtubule networks”
(非中心体微小管ネットワークの可塑性)
③永田
永田 和宏
(京都産業大学総合生命科学部 教授)
教授)
“Cell Stress and Proteostasis Dysfunction in Aging and Disease”
(老化と疾患における細胞ストレスとタンパク質恒常性障害)
④黒田
黒田 真也
(東京大学理学系研究科 教授)
教授)
“Cellular Information Processing and Decision Making: from Noise to Robust Phenotypes”
(細胞情報処理と意志決定:ノイズから頑強な表現型まで)
⑤石戸
石戸 聡
(理化学研究所 チームリーダー)
チームリーダー)
“Substrate recognition by MARCH ubiquitin ligases: a paradigm of membrane-associated
immunoregulation”
(MARCH ユビキチンリガーゼによる基質認識:膜関連免疫調節のパラダイム)
⑥安田
安田 涼平
デューク大学
(デューク
大学 准教授)
准教授)
“Visualizing nanometer-scale structural plasticity of synapses in real time using AFM”
(動原体微小管結合の学際的研究)
⑦安藤
安藤 敏夫
(金沢大学理工研究域 教授)
教授)
“Visualizing nanometer-scale structural plasticity of synapses in real time using AFM”
(動原体微小管結合の学際的研究)
60
■若手研究グラント
若手研究グラント:
グラント:6名採択(
名採択(研究代表者3
研究代表者3名)
①上川内
上川内あづさ
上川内
あづさ
助教)
(東京薬科大学生命科学部 助教
)
“From genes to circuits: the evolution of species-specific communication in Drosophila”
(遺伝子から回路へ:ショウジョウバエにおける種特異的なコミュニケーション)
②石井
石井 優(研究代表者)
研究代表者)
大阪大学免疫学フロンティア
フロンティア研究
研究センター
(大阪大学免疫学
フロンティア
研究
センター 教授)
教授)
“Visualization and identification of bone marrow niches by imaging and computational technology”
(イメージングとコンピュータ技術による骨髄ニッチの可視化と同定)
③若本
若本 祐一
(東京大学大学院総合文化研究科 准教授)
准教授)
“Multi-Level Conflicts in Evolutionary Dynamics of Restriction-Modification Systems”
(制限修飾系の進化のダイナミクスにおけるマルチレベルのコンフリクト)
④清水
清水 健太郎(
健太郎(研究代表者)
研究代表者)
チューリッヒ大学植物生物学研究所
(チューリッヒ
大学植物生物学研究所 教授)
教授)
“Network merging analysis of duplicate genome function in recently hybridized species”
(最近の交雑種における複製遺伝子機能のネットワーク混合解析)
⑤瀬々
瀬々 潤
(お茶の水女子大学 准教授)
准教授)
“Network merging analysis of duplicate genome function in recently hybridized species”
(最近の交雑種における複製遺伝子機能のネットワーク混合解析)
⑥高野
高野 順平(
順平(研究代表者)
研究代表者)
(北海道大学大学院農学研究院 助教)
助教)
“Molecular dissection of Casparian strip function in nutrient homeostasis in higher plants”
(高等植物の栄養を含むホメオスタシスのカスパリー線機能の分子分析)
■CDA(
(キャリアデベロップメントアウォード)
:2名採択
キャリアデベロップメントアウォード)
①華山
華山 力成
(京都大学大学院医学研究科 助教)
助教)
“Molecular mechanisms of axon pruning by glial cells”
(グリア細胞における軸索剪定の分子メカニズム)
②田中
田中 博和
(大阪大学大学院理学研究科 助教)
助教)
“Elucidation of molecular mechanisms controlling cell specification and cell polarity in Arabidopsis”
(シロイヌナズナにおける細胞特定化と細胞極性を制御する分子メカニズムの解明)
61
4.2012年度受賞者一覧
(2012 年度に採択された日本人研究者)
■プログラムグラント:
プログラムグラント:2名採択
①松崎
松崎 文雄
(理化学研究所 発生・
発生・再生科学総合研究センター
再生科学総合研究センター 非対称細胞分裂研究グループ
非対称細胞分裂研究グループ
グループディレクター)
グループディレクター)
“Morphodynamics of mammalian planar cell polarity - a quantitative approach”
(哺乳類平面内細胞極性のモルフォダイナミクスー定量的アプローチ)
②内匠
内匠 透
(広島大学大学院 医歯薬学総合研究科 探索医科学講座 総合バイオ
総合バイオ研究室
バイオ研究室 教授)
教授)
“Networks, genetics, clocks and psychosis: a multi-disciplinary and multi-scale approach”
(ネットワーク、遺伝学的、時計及び精神障害:集学的かつ多重スケール的アプローチ)
62
5.助成に関する情報
HFSP に関する概要は下記のホームページをご参考ください。
国際 HFSP 推進機構(
)
推進機構(HFSPO)
日本国内向関連情報紹介
http://www.hfsp.org/
http://jhfsp.jsf.or.jp/
国内関連省庁
文部科学省科学技術・
文部科学省科学技術・学術政策局
国際交流官付
経済産業省産業技術環境局
産業技術政策課国際室
〒100-8959 千代田区霞ヶ関 3-2-2
〒100-8901 千代田区霞ヶ関 1-3-1
TEL 03-6734-3989
TEL 03-3501-6011
FAX 03-6734-4058
FAX 03-3580-8025
助成に関する各種のお問い合わせは、ストラスブール(フランス)の国際 HFSP 推進機構(HFSPO)
に英語でお問い合わせください。
一般的なお
一般的なお問
なお問い合わせ
研究グラントに
研究グラントに関
グラントに関するお問
するお問い合わせ
フェローシップ(
フェローシップ(長期・
長期・学際的)
学際的)に関するお問
するお問い合わせ
CDA に関するお問
するお問い合わせ
[email protected]
[email protected]
[email protected]
[email protected]
+33 3 88 21 51 23
+33 3 88 21 51 26
+33 3 88 21 51 27
+33 3 88 21 51 34
本事例集は、文部科学省の依頼により、財団法人科学技術振興財団が取りまとめたものです。
63