科学技術振興調整費 第Ⅰ期成果報告書

科学技術振興調整費
第Ⅰ期成果報告書
生活・社会基盤研究(生活者ニーズ対応研究)
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を
促進する地域システムに関する研究
研究期間:平成11年度~13年度
平成 14 年 6 月
文部科学省
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
研究計画の概要
p.1
研究成果の概要
p.3
研究成果の詳細報告
1. 高齢者の体力・運動機能の評価と生活機能推進策の具体化
1.1. 高齢者における体力・運動機能の維持・増進に関する研究
1.1.1. 歩行機能に関する研究
p.10
1.1.2. 筋力・筋量に関する研究
p.23
1.1.3 骨及び体組成に関する研究
p.26
1.2. 高齢者における呼吸循環器系機能の維持・増進に関する研究
1.2.1. 大動脈伸展性・末梢循環動態と高血圧に関する研究
p.34
1.2.2. 有酸素能力に関する研究
p.46
1.2.3. 運動プログラムの安全性に関する研究
p.57
1.3. 高齢者における体力・運動機能低下の機構解明に関する研究
1.3.1. 骨代謝に関する研究
p.68
1.3.2. 酸化ストレスに関する研究
p.78
1.3.3. 免疫に関する研究
p.90
2. 高齢者の生活の質と社会貢献の研究
2.1. 全国中高年の社会活動・社会貢献に関する研究
p.99
2.2. 全国 100 歳老人の 1/2 サンプルの横断的研究
p.106
2.3. 高齢者の生活の質向上のための手法開発に関する研究
p.125
3. 地域における健康増進策の効果に関する研究
3.1. 運動と栄養改善による健康増進の効果に関する研究
3.1.1. 心身の健康度からの評価
p.130
3.1.2. 栄養改善面からの評価
p.133
3.1.3. 医療費からの評価
p.140
3.2. 高齢者の健康度自己チェック表の開発と評価に関する研究
3.2.1. 体力・運動機能面からの研究
p.150
3.2.2. 健康・生活の質からの研究
p.152
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
研究計画の概要
研究の趣旨
世界保健機構(WHO)によれば、高齢者の健康とは「生活機能における自立」と定義されている。こ
の生活機能の観点から高齢者を分類すると 5%の障害者、20%の虚弱者、75%の自立者となる。特に自
立した高齢者における健康増進への施策は立ち遅れており、活力ある社会の維持という観点からも、
その確立は焦眉の課題である。また、地方自治体においては、医療費・介護費の増加の問題は深刻度
を増し、少子化の進行により若年層の更なる減少により労働人口不足という重大な社会問題の発生が
懸念されている。
こうした状況の下、これまでの高齢者の健康に関する研究は、QOL の検討に重点が置かれてきた。し
かし今後、単に自立した高齢者が社会に貢献する、という従来の考え方を越えた productivity(就労、
無償労働、ボランティア活動等)という概念を構築し、それを取り込んだ具体的な高齢者の心身の健
康の保持・増進を図る方策が求められている。
本研究においては、これまで大規模研究が未実施であった「75%の自立者」を研究対象の中心とし、
生活機能の研究や QOL の検討とならんで、productivity を向上させるために、自然科学及び社会科学
的手法を用い、その具体的方策を提示するための研究を実施する。
さらに、高齢者の QOL や productivity を向上させるためには、個人を対象とした対応のみならず、行
政と一体となった地域での取り組みも必要であり、上記方策の成果を取り込みつつ、地域システムの
構築の研究を実施する。
研究の概要
身体機能の面から、高齢であってもより積極的に社会貢献することを目的として、運動機能と循環
機能に重点を置いた身体機能維持・増進のための指標を開発する。
1.高齢者の体力・運動機能の評価と生活機能増進策の具体化
1.1.高齢者における体力・運動機能の維持・増進に関する研究
先進技術を用いて運動機能(歩行能力、筋力・筋量、骨・体組成)に関する精査を行い、これらと
生活機能との関連を解明し、高齢者の運動機能維持・増進のための指標を開発する。
1.2.高齢者における呼吸循環器系の機能の維持・増進に関する研究
有酸素能力、大動脈伸展性及び抹消循環調節等の相互関連の解明、さらに高齢者における運動の安
全性を検討し、高齢者の運動機能維持・増進のための指標を開発する。
1.3.高齢者における体力・運動機能低下の機構解明に関する研究
運動及び循環機能における老化のメカニズムを探るために、骨代謝、酸化ストレス、免疫機能に関
する低下抑制の機構を明らかにし、上記の(1)(2)で開発する指標の理論的根拠を供する。
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高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
2.高齢者の生活の質と社会貢献
高齢者の実生活の側面から、全国の高齢者の生活の質及び社会貢献の調査・研究を行い、高齢者共
通の実生活上の問題点及び長寿者の生活条件を抽出・解析し、ライフスタイルの提案方法のシステム
化を行う。
2.1.全国中高年の社会活動・社会貢献に関する研究
超高齢化社会を迎える我が国では、生活機能の自立を保持するのみではなく、自立した高齢者の
productivity の考え方を導入した方策が必要であり、そのため全国中高年の代表的集団を追跡調査し、
高齢者の社会貢献に関する能力や意欲及びその要因を解明する。
2.2.全国 100 歳老人の 1/2 サンプルの横断的研究
長寿のエリートである 100 歳老人についてその生活暦、ライフスタイル、意識や生活信条、または、
従来の研究では未解明の終末期の生活の質や生活状況を調査することにより、後の世代の長寿を達成
し、生活の質を向上させるための条件を解明する。
2.3.高齢者の生活の質向上のための手法開発に関する研究
包括的かつ基本的な 5~7 の要素からなる生活の質の指標を作成し、高齢者個人について、その個人
特性とライフスタイルごとに自立及び QOL 向上のための、
ライフスタイル提案方法をシステム化する。
3.地域における健康増進策の効果に関する研究
上記身体機能面の研究及び実生活の側面からの調査研究の成果の実証を行うとともに、それらをふ
まえ地域における健康増進策のありかたについて調査・検討を行う。
3.1.運動と栄養改善による健康増進策の構築に関する研究
特定の自治体において、対象者を運動と栄養改善を中心とした健康増進教室への参加の有無により 2
群に分け、その効果について身体的・精神的健康度、医療経済的観点および社会的貢献度の観点から
横断的評価を行い、地域における健康増進策の提言をまとめる。
3.2.高齢者の健康度・体力自己チェック表の開発と評価に関する研究
高齢者が自己の健康度を自らチェックし問題点を自分で認識・修正できるチェック表を開発する。
本システムの妥当性の検討を上記自治体にて実施し、地域住民への使用とその効果の確認を行う。
3.研究推進の方策
研究の推進のために、上記 2.1~2.3 の項目に対応して、1 班~3 班を設置する。
第 1 班は、身体機能面から高齢者の生活機能維持・増進の研究を行い、第 2 班は、高齢者の実生活の
側面から社会貢献等に関する能力や意欲の調査研究を行い、それら成果の実証及び、成果を取り込み
ながら自治体での健康増進策のあり方を 3 班が検討することで、高齢者の productivity の向上に資す
る具体策(指標)の開発と、地域システムの構築を行う。
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高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
研究成果の概要
総
括
第Ⅰ期 3 年間の研究実績を踏まえ、さらに第Ⅱ期への移行を可能にするように、できるかぎりの発
展を目指しつつ、研究成果のとりまとめを行った。
全体としては着実に成果を上げたと評価できよう。
世界がこれまでに経験したことのない急速なスピードで高齢社会化の進むわが国において、本研究
のテーマである高齢者の生活機能の維持・増進、及び高齢者の生活の質を向上させ社会貢献を広く可
能にすることへの関心は、以前にも増して高まっている。さらに、それらの成果を現実のものとする
地域システムへの応用策の確立への期待は大きい。まさに豊かで活力ある長寿社会を創造することを
目指した総合的な戦略である「メディカル・フロンティア戦略」と同一の発想である。
本研究においては、第一に高齢者における体力・運動機能の維持・増進について検討した。まず、
移動能力(歩行能力)に注目し、身体各部と歩行能力との関係、とくに筋量との関係については詳細
な研究を行った。さらに、高齢者が安全に運動をするために必要な呼吸循環系機能を血圧、有酸素能
力等を中心に検討した。また、高齢者の運動機能低下機構はこれまで殆んど研究の進んでいなかった
領域であるが、骨代謝については、遺伝子学的にアプローチするとともに酸化ストレスや免疫などの
要因についての検討を行った。
第二に、高齢者の実生活の側面からの検討を全国的な調査で行った。社会活動・社会貢献について
は就労意欲に着目し、QOL については、各要素とライフスタイルとの関係を調査した。さらに、長寿の
エリートとしての 100 歳以上の者への訪問面接調査を実施した。いずれの調査も貴重なデータが集積
され、今後学術的な成果にとどまらず政策立案の基礎的資料にもなりうるものである。
第三には、第一と第二の研究を踏まえつつ特定のフィールド(茨城県大洋村)で実践的な健康教室
を開講し、その影響・効果を継続して把握している。その結果、これらのノウハウは他の地域にも応
用できるものであり、成果のより効果的な普及方法の確立が期待されている。
サブテーマ毎、個別項目毎の概要
1.高齢者の体力・運動機能の評価と生活機能推進策の具体化
本サブテーマでは,高齢者がより積極的に社会貢献するための生活機能増進策の具体化を目的とし
て,運動機能と循環機能に重点を置いた身体機能の維持・増進のための指標を開発することが目標で
あり,これを達成するために 3 つの個別課題を設定して研究を行った.
1.1.高齢者における体力・運動機能の維持・増進に関する研究
20 歳代から 80 歳代の男女 1000 名以上についての横断的調査と一部を対象にした縦断的調査を行い,
運動機能の指標(歩行能力,MRI による下肢筋量,筋力,超音波法による体組成および骨密度など)の
データベースを構築し,これらと生活機能との関連,日常の身体活動や運動トレーニングの効果など
を検討して指標の開発を行うとともに,安全で効果的なトレーニング法の開発も行った.
運動機能の大部分は,加齢に伴い直線的に低下するが,筋量,筋力及び体組成などの低下率には局
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高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
所的な差異があり,また,歩行能力では歩調には加齢変化が認められず,歩幅が減少することが明ら
かになった.これらの運動機能と日常の身体活動量との間には,一定の相関関係が認められ,活動量
が高いほどこれらの機能の老化を抑制出来る可能性が示唆された.生活機能を維持するためには歩行
能力を低下させないことが重要であるが,歩行能力低下の主要因は下肢の大腰筋及び大腿部伸筋量の
低下,とくに速筋線維の萎縮にあることが明らかにされ,これらの筋量は高齢者の生活機能の維持・
増進において重要な指標であることが示された.
これらの筋肉を鍛えるために,安全性と効果性を考慮した運動プログラムを開発した.トレーニン
グ機器を用いる方法だけでなく,体重負荷のみ,あるいは自転車運動にも一定の効果があることが示
された.また,中高齢者のコントロール群では 1 年間に有意の筋量低下が認められたが,トレーニン
グ機器を用いると,週 1 回のトレーニングでは現状維持を,週 2 回では筋量の増加を期待できること
が示された.
1.2.高齢者における呼吸循環器系機能の維持・増進に関する研究
20 歳代から 80 歳代の男女約 200〜300 名についての横断的調査と一部を対象にした縦断的調査を行
い,呼吸循環器系機能の指標(有酸素能力,大動脈伸展性,末梢循環調節,動脈硬化危険因子など)
のデータベースを構築し,指標間の相互関連,運動負荷に対する反応性や安全性,日常の身体活動や
運動トレーニングの効果など検討して指標の開発を行うとともに,安全で効果的な運動処方の開発も
行った.
加齢とともに有酸素能力(心拍数血圧 2 重積屈曲点:DPBP),大動脈伸展性,および末梢循環調節機
能(局所筋ワークキャパシティ:BPcritical)は低下し,また,動脈内径の拡大や内中膜複合体の増厚も
生じ,動脈系の加齢変化が有酸素能力や循環調節機能の低下および血圧の上昇に関連していることが
示唆された.高齢者においても身体活動や運動トレーニングは有酸素性体力を向上させ,また,大動
脈伸展性低下に伴う収縮期高血圧の進展を抑制し,末梢循環調節機能を向上させることも明らかにな
った.運動トレーニングが血管内皮機能を向上させるという,身体活動の効果に関する生物学的根拠
も検証された.これらの結果から,身体活動量,DPBP,大動脈伸展性,および BPcritical は高齢者の生活
機能の維持・増進において重要な指標であることが示された.
DPBP は有酸素能力の評価法として判別力が高く,また安全に施行できることも明らかになったが,
さらに簡易で多人数を同時に評価できる方法としてステップ運動負荷法を開発した.この方法は,有
酸素能力の評価に有効であるのみでなく,運動処方作成法としても有効であると考えられた.
運動の安全性を考える上で,高齢者では複数の動脈硬化危険因子を保有する率が高く,健康状態の
評価(メディカルチェック)の重要性が確認された.レジスタンス運動では心疾患を有する者以外,
また,持久性運動では低体力者以外では危険な徴候を示す者は少なく,いずれも高強度の運動で無け
れば安全に行いうることが示された.大動脈伸展性や末梢循環調節機能の維持・増進は,運動中の血
圧上昇を抑制し,運動のリスクを低下させる効果を持つことも明らかになった.
1.3.高齢者における体力・運動機能低下の機構解明に関する研究
運動機能と循環機能における老化のメカニズムを探るために,骨代謝,酸化ストレス,免疫機構に
関する低下抑制の機構を明らかにし,上記の 1)
,2)で開発する指標の理論的根拠を供するための研究
を行った.
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高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
骨代謝関連遺伝子の発現について,DNA チップと RT-PCR 法によって検索した.運動が持つ生体への
刺激を遺伝子の発現変動(パターン)で捉えようとした本研究は挑戦的であり,将来的に遺伝子レベ
ルから見た運動の至適性を個々に診断出来る可能性を持っていると判断された.
酸化ストレスの側面から運動の功罪を検討した.運動で活性酸素が最も多く産生されると思われる
ミトコンドリアの DNA 欠損をラットで定量化したが,身体活動量による差は認められなかった.中高
齢者においても日常の身体活動量と酸化ストレスの状態(酸化型グルタチオン/還元型グルタチオン)
には関連が無かった.健康維持・増進を図るために行う程度の運動では,一過性に負荷しても生体ダ
メージ(酸化型グルタチオン)の増加は認められず,運動トレーニングを行うと抗酸化物質(還元型
グルタチオン)が増加し,酸化ストレスも軽減された.すなわち,運動由来の活性酸素による酸化傷
害は少なく,むしろ,運動の継続により抗酸化能力を向上させることができると推測された.
防衛体力としての免疫能力を評価するために,唾液分泌型免疫グロブリン A(sIgA)の分泌量や末梢
血中の T リンパ球(
(Th,Th/Tc)の数を 100 名以上の高齢者を対象に測定した.日常の身体活動量が
多い人ほど sIgA の分泌量が高いことや,運動トレーニングにより sIgA が有意に増大することが示さ
れた.また,運動を継続することで,本来は加齢により減少する Th,Th/Tc が運動トレーニングに伴
って増加することがわかった.以上の結果により,高齢者において運動が免疫機能を向上させること
が示唆された.運動習慣の有無による上気道感染症罹患率の差,身体活動量と上気道感染症罹患率と
の関係,および唾液 sIgA 分泌量と上気道感染症罹患率との関係は見いだせなかった.
以上をまとめると,各個別課題とも概ね身体機能の維持・増進のための科学的裏付けを持った指標
を開発することができた.また,未完成ではあるが安全で効果的な運動トレーニング法や身体活動量
の規準も示すことができた.第Ⅰ期では後期高齢者や男性における検討が不足していた.対象者や対
象地域の幅を広げ,運動トレーニング法についてもさらに検討し,地域のニーズに応えられる生活機
能増進システムを構築することが今後の課題である.
2.高齢者の生活の質と社会貢献の研究
サクセスフル・エイジングの条件は①長寿②高い生活の質(QOL)③社会貢献の 3 つである。長寿の研
究は他にも存在するので、本研究は QOL、社会貢献に焦点を立てた。対象を 55~64 歳の全国代表サン
プル、65 歳以上の地域代表サンプル、100 歳を超える長寿者の全国代表サンプルの 3 つのグループと
し、各々の年齢群における、QOL と社会貢献の実態、その促進(あるいは抑制)要因をさらに、QOL と社
会貢献の長寿や健康への影響を明らかにすることを目標とした。これは、高齢社会のマクロ・ミクロ
政策の確立のために必須である。
2.1.全国中高年の社会活動・社会貢献に関する研究
全国 55~64 歳の男女 6000 名の横断調査と 2 年間の縦断的観察から、高齢者の社会貢献の実態、加
齢変化に対する予測要因を分析した。男女とも、加齢にともない有償労働は減少し有償労働以外の社
会貢献、すなわち、家事労働、奉仕活動などは増加する傾向にあった。しかし、加齢にともなう有償
労働の減少分がすべて有償労働以外の社会貢献に置きかわるわけではなく、社会貢献の総体は加齢に
より減少した。高齢社会のより良い運営のためには高齢者の社会貢献を促進する手立ての確立が重要
である。
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高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
2.2.全国 100 歳老人の 1/2 サンプルの横断的研究
全国 100 歳長寿者 1/2 サンプル 4688 名を対象とする訪問面接調査において QOL に対する要因を探索し
た。生活機能面(食事、排泄、起立、行動範囲、入浴、着脱衣)の自立に対する要因を特定した。100 歳長
寿者の数は女の方が多く、5 倍近いが、自立能力は男の方で優れていた。食欲と食事の固さ、転倒経験の
ないこと、視力の良いことが自立を促進する要因であった。100 歳長寿者に関するこれまでのわが国の研
究は、長寿要因を特定することに主眼がおかれ、QOL の要因解明を試みた研究はこれが初めてである。
2.3.高齢者の生活の質向上のための手法開発に関する研究
1.生活の質の各要素向上のためのライフスタイルの抽出
約 7,000 人の住民を平成 11 年から 12 年まで毎年 QOL とライフスタイルを含む約 80 問のアンケート調
査で追跡した.生活の質の各要素の向上に深く関与するライフスタイルを断面的データより抽出した.
2.自立度と生活の質の各要素との関係
自立度が高い程,生活活動力,健康満足度,精神的健康は高く自立の重要性が改めて確認された.
一方,人的サポート満足感は自立度による影響は少なかったが,寝たきり者では少なかった.
3.地域における健康増進策の効果に関する研究
全ての高齢者が地域に居住していることを念頭に置き,本研究のサブテーマ「高齢者の体力・運動
機能の評価と生活機能増進策の具体化」で検討された運動プログラムや栄養を基に作成された健康増
進策の効果について,人口約 1 万 1 千人で高齢化率がまもなく 25%に到達する茨城県大洋村をフィール
ドとして,1)心身の健康度から,2)栄養面から,3)医療経済からそれぞれ評価を行い,地域におけ
る健康増進策のシステムの構築を目指した.その結果,初めて運動を中心に据えた地域介入によって
成果を達成することができた.さらに,地域でこのような evidence ベースでの健康増進策を推進する
ためには,地域で簡便に使用できる評価法の存在が必須であるため,1)高齢者の体力自己チェック表,
2)高齢者の自己健康度チェック表についてそれぞれ開発し,実際に大洋村でそれぞれの方法が有効で
あるかの検討を行い,最終的な評価法の完成を試みた.その結果,評価法の妥当性が確認され,現在
特許としても出願中である.
3.1.運動と栄養改善による健康増進の効果に関する研究
大洋村での健康増進教室を開設し,120 名の教室参加群と 80 名の非参加群に対して,約 2.5 年間に
身体的健康度として,運動機能(筋,骨,体組成,歩行能力・体力テスト)と呼吸循環機能(動脈の
伸展性,血圧,血液性状,全身の有酸素能力,局所のワークキャパシティ)の変化を 6 ヶ月毎に追跡
した.なお,この運動教室の特徴は,1)従来の運動教室におけるプログラムが有酸素的内容に偏りが
あるのに対し,本教室では筋系の運動機能の向上を目指すプログラムを積極的に取り入れ,その効果
を検討したこと,2)特別な支援体制がなくても,どこの地域でも使用できる運動教室のプログラム作
りをするために,運動の強度を従来より下げて実施しても効果が得られるかについて検討したこと,3)
運動による効果を厳密に検討するために栄養調査を実施し,運動との効果についても検討したこと,
及び 4)同時期及び同間隔で精神的健康度を面接による質問調査で検討し,運動の効果を身体面及び精
神面の両面から検討したことがあげられる.
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高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
これらの結果,1)高齢者の筋力トレーニングは,専門的な機器を使用した場合,アメリカスポーツ
医学会のステイトメント(週 2 回実施)とは異なり,生活機能の維持・増進という観点からみると週 1
回の頻度でも効果が得られることを確認したこと,2)地域における健康増進施設に来られない住民が
在宅で出来,しかも効果が得られる筋力トレーニングのプログラムを作成できたこと,3)寝たきりを
引き起こすトップの要因である脳卒中に関連する動脈の伸展性および高血圧者に対して,比較的低強
度での運動でもそれぞれ効果を認めたこと,4)運動教室参加者には,内発的意欲,主体性,達成満足
感,自己認識のサイクルが形成され,運動継続がなされることが示された.一方,生活にストレス源
を持っている参加者は,教室参加意欲の低減が認められている.一方,追跡期間がまだ 2.5 年間であ
り,今後の推移を検討することは短期的な効果のみならず,長期的な効果を evidence ベースで示し得
ることになり,非常に重要と考える.
地域が開設するこのような保健投資が医療経済からみてどのような効果を持つのかについても検討
を行った.その結果,非参加群は 1 年間の医療費の推移が有意に上昇したが,教室参加群には増加は
認められなかった.これは,定期的な運動実施が,医療費の抑制に働く可能性を示唆するものである.
しかしながら,さらにこれを正確に検証していくことは,科学的及び社会的価値が高いので,さらな
るフォローアップが必要である.
3.2.高齢者の健康度自己チェック表の開発と評価に関する研究
本研究班では,単に運動教室の効果を検証するのみではなく,地域における健康増進策のシステム
化を狙っている.このシステム化の中心的な考え方は,evidence ベースで健康増進策を構築していく
ことであるが,その具体的な一つとして体力面も含めた住民の健康度を評価していくことが重要な課
題である.そのためには,地域で使用できる簡便な評価法が必要となる.本研究班では,1)体力の自
己チェック表,2)健康度の自己チェック表の作成を試みた.前者については,本研究の「高齢者の体
力・運動能力の評価と生活機能増進策の具体化」班と密接にリンクし,チェック表の妥当性を確認し
た上で,現在大洋村での試行を実施している.また,文部科学省の産学共同研究 A が認められ,具体
的な製品化を進めている.後者の健康度の自己チェック表の作成についても,妥当性の検討を行い,
有効性を確認した.
波及効果、発展方向、改善点等
1.高齢者の体力・運動機能の評価と生活機能増進策の具体化
1.1.高齢者における体力・運動機能の維持・増進に関する研究
歩行能力に関する研究(岡田)では、多くの検討項目の分析を実施し有益な知見が得られた。歩行
能力が各個人で独自に決められる要因を確かめることが今後の課題である。
筋力・筋量に関する研究(久野)では、歩行能力低下が大腰筋と大腿部伸筋群の筋量低下によるこ
とを明らかにし、その回復に必要な筋力トレーニング法を確立し、普及しつつある。
骨及び体組成に関する研究(福永)では、とくに体脂肪に注目した。加齢に伴なう体脂肪率の増加
は、主に腹部と背部の皮下脂肪の増加であり、除脂肪体重の減少は、大腿全面の筋量の低下に起因す
ることが明らかになった。
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高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
1.2.高齢者における呼吸循環器系機能の維持・増進に関する研究
血圧(大動脈伸展製・末梢循環動態と高血圧)に関する研究(松田)では、中高年において、運動
中に動脈系のコンプライアンスが増大することを明らかにした。末梢血管系の加齢変化が上肢ワーク
キャパシティにどの程度影響するかを解明することが今後の課題である。
有酸素能力に関する研究(田中)では、身体活動の定量法に歩行テスト機能を搭載したライフコー
ダーを応用し、低体力者の日常生活活動の運動強度の定量化を可能とする成果を得た。これらを評価
するハードウェア及びソフトウェアの開発を試みた。
運動プログラムの安全性に関する研究(鯵坂)は、高齢者において、レジスタンス運動トレーニング
は安全性が高いが、
「スポーツ志向型運動」の安全性は慎重に検討を続ける必要があることを確認した。
1.3.高齢者における体力・運動機能低下の機構解明に関する研究
骨代謝に関する研究(村上)は、運動により血液細胞で発現している骨代謝遺伝子の発現レベルが
変動することを DNA チップや PCR で評価できることを示し、これらが他の組織にも応用できることか
ら利用範囲の拡大が期待される。
酸化ストレスに関する研究(宮崎→増田)では、運動にともなってミトコンドリア内に発生する活
性酸素に注目し、高齢者でも耐性が高められる可能性を示した。
免疫に関する研究(河野)では、週 2 日の運動をする高齢者において、免疫機能を調べ、唾液分泌
型免疫グロブリン A が有意に増加することを明らかにした。
以上の 3 つの研究はいずれも当初の目標をほぼ達成したといえよう。
今後は改たな観点から研究計画を立てることが必要である。
2.高齢者の生活の質と社会貢献
2.1.全国中高年の社会活動・社会貢献に関する研究
全国から 55~64 才のサンプル 6,000 名を抽出し、訪問面接調査を実施し、就労の意欲に影響する
要因を分析した。さらに継続して追跡調査を行なうことにより、より大きな成果が期待できる。
すなわち、21 世紀は高齢者の社会貢献の如何により、社会の運営の成否がかかっている。本研究の対
象についてより長期の追跡調査をしていくことにより、後期高齢者をふくむ高齢者全体の社会貢献の
予測要因がより明らかとなるであろう。それは、高齢社会の政策、施策を立案する上に大きく貢献す
ると考えられる。
2.2.全国 100 歳老人の 1/2 サンプルの横断的研究
第Ⅰ期 3 年間は、平成 11 年度の全国高齢者名簿に記載された 11,346 人のうち男性は全員、女性は
1/2 を無作為に抽出し、郵送法と一部電話によりインフォームドコンセントを実施し、承認の得られ
た人に対し訪問面接調査を行なった。その結果有効な回答が得られた男性 566 人、女性 1,341 人、男
女合計 1,907 人について各種分析を実施した。全国規模のこのような調査は個人情報の保護が重視さ
れるようになった今日非常な困難を伴うもので貴重なデータとなっている。
超高齢者に関する QOL やプロダクティビティを含む分析結果は、健康寿命の延長を目指す超高齢社会の政
策立案に資するとともに、超高齢者本人、家族、介護者、さらにはそれを支える地域の人達への指針となる。
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高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
2.3.高齢者の生活の質向上のための手法開発に関する研究
約 7,000 人の住民アンケートから生活の質の各要素の向上に深く関与するライフスタイルを抽出し
た。とくに自立度が高い程、生活活動力、健康満足度、精神的健康が高いことが明らかとなった。今
後、大規模な高齢者の自立レベル別の研究が必要である。
3.地域における健康増進策の効果に関する研究
3.1.運動と栄養改善による健康増進策の構築に関する研究
茨城県大洋村で実施している高齢者向けの健康増進教室(運動・栄養)を継続実施し、その効果判
定を経済面も含め行った。ここで得られた地域における健康づくりのノウハウは他の地域での応用も
可能であり、今後その普及方法を開発発展させる必要がある。
3.2.高齢者の健康度・体力自己チェック表の開発と評価に関する研究
心身の健康面からの研究(太田)は、WHO の健康の基準に従って、身体的健康、精神的健康、社会的
貢献に関する 18 問の自己健康度チェック表を性・年代別に開発した。また、その妥当性についても数
例で検討した。
体力の面においても、文部科学省新体力テスト(69-79 歳用)を実施し、本研究全体で得られたデ
ータとの関係を検討し、その妥当性を確認した。
これらは、地域の高齢者の健康づくりにすぐに役立つもので、普及に努めている。
研究成果の発表状況
1) 研究発表件数
原 著 論 文 に よ る発 表
第Ⅰ期
71 件
左記以外の誌上発表
第Ⅰ期
98 件
口
第Ⅰ期
頭
発
表
111 件
合
第Ⅰ期
計
280 件
国 内
第Ⅱ期
第Ⅰ期
第Ⅱ期
27 件
第Ⅰ期
第Ⅱ期
8 件
第Ⅰ期
第Ⅱ期
7 件
第Ⅰ期
42 件
国 際
第Ⅱ期
第Ⅰ期
第Ⅱ期
98 件
第Ⅰ期
第Ⅱ期
106 件
第Ⅰ期
第Ⅱ期
118 件
第Ⅰ期
合 計
第Ⅱ期
第Ⅱ期
第Ⅱ期
2)特許等出願件数
なし
3)受賞等
なし
4)主要雑誌への研究成果発表
なし
9
第Ⅱ期
322 件
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
1. 高齢者の体力・運動機能の評価と生活機能推進策の具体化
1.1. 高齢者における体力・運動機能の維持・増進に関する研究
1.1.1. 歩行機能に関する研究
筑波大学先端学際領域研究センター
岡田
守彦
筑波大学体育科学系
足立
要
和隆
約
歩行班では、高齢者の元気の総合的指標とされる歩行能力について加齢変化の実相を明らかにし、その原因を
探るために a)平地歩行および b)階段昇降動作の運動学的分析と、c)歩行時の爪先クリアランスに働く前脛骨筋の
持続的収縮時の表面筋電位パラメータの分析を行った。その結果、下記の事柄が明らかになった。1)歩行速度は
体格(下肢長)で規準化しても、加齢とともに低下する。2)一方、歩調は加齢変化しないので、加齢による歩行
速度の低下はもっぱら歩幅の減少によるものである。3)高齢者では若年者に比べ、降段時における上体の後傾が
より小さく、遊脚期から着地時にかけて足部に加わる衝撃がより大きい。4)筋量班データとの総合解析から、こ
れら加齢変化の主因は筋量の減少にあり、とくに大腰筋の関与が大きく、大腿伸筋群がこれに次ぎ、大腿屈筋群
の関与は少ないことが明らかになった。5)高齢者では筋電位伝導速度の低下がみられたことから、歩行能力低下
には、筋量とともに速筋線維の萎縮が関与している可能性が示唆された。
研究目的
本プロジェクト(大項目)全体の目的は、高齢者の健康維持・増進に必要な運動プログラムを開発することに
より、高齢者が快適な日常生活をおくることができるようにし、かつ国や地方自治体の高齢者医療に対する財政
負担を低減させることである。また、高齢者だけでなく、その予備軍ともいえる中年層の人々に対して、将来起
こり得る各種運動機能の衰えを予防することも視野に入れている。本研究班(歩行班)では、身体機能の全般的
な低下を知るために良い指標である歩行運動の分析を行い、加齢による身体運動機能の変容の実体を示し、この
原因を推定することを目的とする。具体的には、まず平地歩行動作と階段昇降動作を運動学的に分析し、加齢に
よる歩行能力の変化を調べ、機能低下の客観的指標を得る。これらの変化の原因としては、筋力の低下とコント
ロール機能の低下が考えられる。前者に関しては、他班で実施した筋量測定データの結果を参照することによっ
て、また後者に関しては、前脛骨筋における筋電位の分析を行い、高齢者に起こる歩行能力の低下において、筋
力とコントロール機能の関与の動態について検討する。
研究方法
1.平地歩行動作分析
1.1.歩行パラメータの測定(実験 1)
10
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
歩容の加齢変化を総合的に把握するために、歩行の基本的変数(歩行パラメータ)を測定した。被験者は、茨
城県大洋村在住の 30 歳代~80 歳代の村民 205 名(男性 57 名、女性 148 名)である。測定したパラメータは、歩
行速度、ストライド長、歩調である。マルチン身長計により被験者の上前腸骨棘高を測定し、下肢長とした。被
験者には裸足で、長さ約 12 メートルの歩行路を通常の歩行速度で一直線に歩いてもらい、その状況を歩行路の側
方からビデオカメラで撮影した。なお、被験者の頭部の耳珠および足部の踵点にはあらかじめ標点シールを貼り
付けておいた。床面は、毛足の短い絨毯張りであった。ビデオ画像中の対象の実長変換のために、長さ 3m のスケ
ールも撮影しておいた。歩行速度として、撮影画像から頭部の耳珠の実際の移動速度を求めた。また、撮影画像
を駒送りし、片側の踵が接地した位置と時刻、そして次に同側の踵が接地した位置と時刻を求め、これらからス
トライド長と歩調を求めた。
1.2.下肢関節運動の測定(実験 2)
歩行における下肢の動作特性の加齢変化を把握するために、下肢関節運動とその継起タイミングをしらべた。
被験者は、20 歳代~80 歳代の茨城県大洋村村民 160 名(男性 81 名、女性 79 名)である。被験者には裸足で長さ
約 7m の歩行路を、各自の主観的な判断によって「遅い」、
「通常」、
「速い」速度で一直線に歩いてもらった。被験
者の股関節、膝関節、足関節、踵、第 5 中足骨遠位部にあらかじめ標点をとりつけておいた。歩行状況を歩行路
の側方から Quick Mag 座標読みとり装置を使用して各標点の 1/60 秒ごとの二次元的な実際の位置を求めて記録し
た。これら標点の座標値から、股関節角度、膝関節角度、足関節角度を計算し、それらの角度の 1 歩行周期内に
おける最大値および最小値と、それらの 1 歩行周期(踵接地から次の同側の踵接地までを 100%とする)における
出現タイミングを求めた。
2.階段昇降動作分析(実験 3)
平地歩行よりも負荷が大きいが、日常生活に欠かせない階段昇降能力の加齢変化をしらべた。被験者は、茨城
県大洋村在住の 40 歳代~70 歳代の村民 151 名(男性 44 名、女性 107 名)である。注目した歩行パラメータは、
昇段と降段における歩調(階段移動の速度を表す)、体幹絶対傾斜角度(重力方向に対する体幹の傾き)、そして
足と膝における上下方向加速度である。被験者には、肩関節、股関節に標点シールを貼り付け、また足先(第 1
中足骨中央部背面)と膝関節直上の大腿前面には加速度計を上下方向加速度を検出できるように装着した状態で、
一般的な階段(踏代 27.5cm、蹴上 16.5cm)を 12 段昇降してもらった。これを側方からビデオカメラで撮影し、
足の接地から次の同側の足の接地までの時間の逆数から歩調を、また肩関節と股関節の標点位置から体幹絶対傾
斜角度を求めた。さらに、加速度データはテレメータで被験者からデータレコーダに無線送信し記録した。昇降
速度は、本人の通常の速度とした。
3.前脛骨筋筋電位の計測(実験 4)
加齢による筋神経系の機能低下が実際に生じているかどうかを知るために、歩行時の足関節の安定化に重要で
ある前脛骨筋の持続性収縮時の表面筋電位パラメータを計測し、これを若年者と中高年者について比較した。被
験者は茨城県大洋村在住の 40 歳代から 70 歳代の中高年女性 273 名、およびつくば市在住の 20 歳代から 30 歳代
の女性 54 名、合計 327 名である。
被験者には、椅座位で右の膝関節と足関節を 90 度に曲げた状態で、足背部を圧縮型ロードセルに当て、まず最
大随意収縮(maximum voluntary contraction:MVC) での等尺性足関節背屈を 5 秒間行わせ、最大筋出力の測定
と前脛骨筋表面筋電位の記録を行った。さらに一部の被験者については、十分な休憩の後、ロードセル出力を自
身でモニターしつつ、60%MVC の等尺性収縮を約 1 分間保持させて、同筋電位をロードセル出力とともにデータレ
コーダに収録した。
筋電位は 4 線アクティブ表面電極(接点間距離 10 mm)を用いて 3 チャンネルを双極導出(時定数 0.03 sec)し、
11
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
波形をデジタル・オシロスコープでモニターしつつ、予め中等度の収縮で各チャンネルの波形が最も近似する箇所に
電極を固定した。実験 2 では、温度計のセンサーを電極の近くに貼付し、収縮中の皮膚温の変化をモニターした。
収録された筋電位データは再生後 sampling rate 5 kHz で AD 変換し、パーソナル・コンピュータに取り込み、
各チャンネル間の相互相関係数(CC)を算出、最も CC の大きいチャンネル間で、筋電位信号の時間ズレと接点間
距離から、筋電位伝導速度(MFCV)を算出した。同時に、中間のチャンネルの筋電位データから、平均整流値(ARV)
および中央周波数(MDF)を算出した。
研究成果
1.平地歩行動作分析
1.1.歩行パラメータの加齢変化
以下、実験 2 を除く各実験の成果の記載において、各年齢群の中高齢者について十分な被験者数を得られた女
性に関する結果を示す。男性被験者に関しても結果は女性被験者と同様の傾向であった。
一般的に高齢者ほど身長が低いという統計データがある。身長の大小は下肢長によるところが大きい。本研究にお
いても年齢と下肢長の関係をプロットしたところ、加齢とともに下肢長が低下することが観察された(図 1)
。また、
同じグラフ中に、年齢と歩行速度の関係をプロットすると、高齢者ほど歩行速度が低下する傾向にあり、下肢長と歩
行速度は年齢とともにほぼ並行して低下している。歩行速度はストライド長と歩調の積であり、ストライド長には下
肢長が直接関係する。したがって、下肢長が短ければ、そのことがそのまま歩行速度の低下につながる。このグラフ
から、高齢者ほど歩行速度が低下する原因の一端は、高齢者ほど下肢長が短いことにある可能性が示唆される。
そこで、歩行速度とストライド長のそれぞれに関して、測定値を本人の下肢長で除して規準化した結果を図 2a、
2b に示す。年齢と規準化歩行速度、および年齢と規準化ストライド幅の間には、なお有意な逆相関関係が認めら
れる。しかし、年齢と歩調との間には有意な相関関係は認められなかった(図 2c)。これらのことから、加齢によ
る歩行速度低下の主因は歩幅の減少であることが示された。
図 1 年齢と方向速度および下肢長の関係
図 2a 年齢と規準化歩行速度の関係
図 2b 年齢と歩調の関係
図 2c 年齢と規準化ストライド幅の関係
12
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
1.2.下肢関節運動と継起タイミング
平地歩行中の股関節、膝関節、足関節における関節角度の、1 歩行周期における最大値、最小値とその出現タイ
ミングをしらべた。その結果、各関節の運動域は加齢とともに低下する傾向がみられた。一方、足関節角度最小
値を除いて、上記の出現タイミングは年齢に関係なく一定しており、有意な加齢変化は認められなかった。また、
歩行速度が変わっても、これらのタイミングは殆ど変わらなかった。一例として、膝関節最大屈曲のタイミング
と年齢の関係を図 3 に示す。
図 3 歩行周期中における膝関節最大屈曲時(Knee C)のタイミング
2.階段昇降動作分析
2.1.階段昇降歩調と体幹傾斜
図 4a に年齢と階段昇降歩調の関係を示した。昇段歩調、降段歩調のいずれも加齢とともに有意に低下する傾向
にある。平地歩行速度と階段昇降歩調の間には、いずれも有意の正相関関係がみとめられた(図 4b, 4c)。
階段昇降における体幹絶対傾斜角度と年齢との関係を図 5a~d に示した。昇段の場合、加齢とともに体幹前傾
角度が増加していることが図 5a からわかる。しかし、この原因として年齢による身長差の影響が考えられるので、
傾斜角度と身長の関係をプロットしてみると、やはり身長の低い被験者ほど前傾角度が大きい傾向があった(図
5b)。すなわち、昇段時には体幹傾斜角度自体の加齢変化は少ないようである。
図 4a 年齢と階段昇降歩調の関係
図 4b 規準化歩行速度と階段昇歩調
の関係
13
図 4c 規準化歩行速度と階段降歩調の
関係
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
図 5 階段の昇段(上)および降段(下)における、年齢(左)
および身長(右)と体幹の絶対傾斜角度の関係
図 6 階段時に高齢者(上)と若年齢(下)
の足先および膝に加わる衝撃
一方、降段における体幹絶対傾斜角度と年齢との関係を図 5c に、身長との関係を図 5d に示した。昇段の場合と異な
り、多くの被験者が体幹をやや後傾させていること、高齢者ほどその程度が弱いことがわかる。身長と傾斜角度の間に
は有意な相関がみられなかったことから、降段では、加齢とともに体幹後傾角度が小さくなる傾向があると言える。
2.2.降段時の下肢加速度
図 6 は、若年の被験者と高齢の被験者の降段時における、足および膝の上下方向加速度波形の一例である。全
被験者に関してこれらを定性的に比較すると、遊脚期では、両部位において高齢者の方が若年者よりも値の変動
が大きく、動きがスムースでないことがわかった。また、歩行周期の 0%と 100%位置にある接地衝撃を示すピー
ク波形に関しても、高齢者の方が振幅が大きく、接地時の衝撃が大きいことを示している。
3.歩行能力と筋断面積との関係
図 7a~f には規準化歩行速度および階段昇降歩調と、歩行運動に関与する筋群の MRI より計測された筋腹横断
面積、および下肢筋パワーの関係を示した。筋断面積は次元を整合させるために平方根をとり、さらに規準化歩
行速度との相関をとる場合は、下肢長で規準化してある。規準化歩行速度、階段昇降歩調とも、大腰筋および大
腿伸筋の断面積との間には弱いが有意の正相関がみられ(図 7a、7b、7c、7d)、歩行速度が低下すると筋断面積も
低下している。しかし、大腿屈筋群(ハムストリングス)の断面積とこれら歩行能力との間には有意な相関が見
られない(図 7b、7e)。下肢の最大筋パワーは階段昇降歩調とやや高い正相関をもつ(図 7f)。
上記各筋の横断面積(筋量)は加齢とともに低下することが、筋量班の MRI 測定により明らかにされている。そこ
で平地歩行能力と筋量、および加齢効果の関係を総合的に捉えるために、これら 3 者を含む因果モデルについて、共
分散構造分析を行った結果を図 8 に示す。加齢により筋量が低下し、これにより歩行速度と歩幅が低下すること、筋
としては大腰筋、これに次いで大腿伸筋群の関与が大きく、ハムストリングスの関与は小さいことがわかる。
14
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
図 7 歩行能力と歩行運動に関する筋群の横断面積およびパワーの関係
図 8 加齢に伴筋量の低下と歩行能力の関係
15
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
図 9 各年齢群における筋電位平均整流値(平均値±SD)
図 10 各年齢群における筋電位中央周波数(平均値±SD)
図 11 各年齢群における筋電位伝導速度(平均値±SD)
図 12 前脛骨筋の疲労前後のにおける各筋電位パラメータ
変化率の高齢者群と若年者群の比較
4.前脛骨筋筋電位の計測
最大随意収縮時における筋電位伝導速度(MFCV)
、中央周波数(MDF)
、平均整流値(ARV)の各年齢群ごとの平均値
と標準偏差を図 9~11 に示した。チャンネル間相互相関係数(CC)の全体平均は 0.88 と高く、MFCV の全体平均は 4.5
m/sec であった。1 元配置分散分析の結果、年齢群間の有意差が MFCV と ARV には認められるが、MDF には認められ
ない。多重比較により、60 歳代と 70 歳代では、20 歳台に比べ MFCV および ARV が有意に低下していた。
60%MVC での等尺性持続収縮において、疲労の進行とともに、すべての被験者において ARV は有意に増大し、他
方、MFCV および MDF は有意に低下した。しかし、MFCV と MDF の低下は中高年者群で若年者群より有意に小さく、
ARV の増大も中高年者群では若年者群に較べ小さい傾向を示した(図 12)
。収縮部位の皮膚温には、両群とも収縮
前後で有意の変化は見られなかった。
考
察
1.平地歩行動作分析
超高齢化社会において、高齢者が一定の productivity を維持するためには、余裕ある歩行能力を保持できることが
不可欠である。加齢とともに平地歩行の周期が長く、ストライド長は短くなり、結果として歩行速度が遅くなることは
多くの研究で示されている [1]、[2]、[3]、[4]、[5]。西沢[6]は歩行パラメータと運動学的変数に主成分分析を適用
して、高齢者における歩行速度低下の主因が歩幅の低下であることを示している。しかしこれらの研究では、世代によ
る身長の違い、ひいては下肢長の差が歩行能力に及ぼす影響については十分考慮されていない。今回、歩行速度、スト
ライド長をそれぞれ下肢長で規準化しても加齢とともに低下することが明らかにされ、他方、歩調には加齢変化がみと
められなかったことから、高齢者における歩行速度の低下がもっぱら歩幅の低下によるものであることが示された。高
齢者における歩幅の低下は、実験 2 において下肢各関節の運動域の減少がみられたこととも辻褄が合う。
16
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
関節をはじめ運動器に障害がない場合、歩行速度を低下させる要因としては、中枢制御、筋の機能、および筋
量が考えられる。このうち中枢制御に関しては、歩調に加齢変化がなかったこと、下肢関節運動の継起タイミン
グにも加齢による変化がみられなかったことから、速度低下の原因とは考えにくい。筋機能に関しては、実験 4
についての考察でとりあげる。残るひとつ、筋量については、筋量班により MRI から直接計測された筋横断面積
データとの統計的分析を通じて、これが歩行速度低下の主因であることが、初めて立証されたわけである。
今回しらべた筋の中では、大腰筋筋量の歩行能力への関与が最も大きく、大腿伸筋がこれに次ぎ、ハムストリ
ングスの関与は小さかった。大腿伸筋は膝の伸展、ハムストリングスは膝の屈曲を主機能とすることから、上記
の違いは歩幅確保における貢献度の違いとして理解できるが、大腰筋が歩行能力に深く関わる理由はどこにある
のだろうか。
大腰筋は第 12 胸椎とすべての腰椎の側面に起始をもち、下方に伸びて骨盤の中を降り、途中で「くの字」に曲
がって大腿骨の小転子に停止している、脊柱と下肢を直接つなぐ唯一の筋肉である。ふつうは、小腰筋、腸骨筋
とともに腸腰筋と総称され、股関節を屈曲(脚を前方に運ぶ)する働きをもつとされている。しかし生体工学的
な研究からは、股関節を屈曲するよりも、腰椎を下側方に引くときに大きな筋力が出ること[7]、筋電図学的研究
[8]、[9]からも、姿勢の維持と安定に重要な役割を果たしており、具体的には、腰椎部の広い起始と、骨盤を「滑
車」としてその走向が変わる特徴を活かして、脊柱起立筋と共同しつつ腰椎部の前湾と骨盤の前傾を保つことが
明らかにされている。
大腰筋のこうした特徴は、この筋肉の解剖学的なユニークさ、つまりその起始(腰椎)と停止(大腿骨)の間に
身体の重心を挟む、いわば蝶番のような性格と相まって、ヒトの移動運動において、基本的に重要な役割を果た
していると考えられる。身体を前方に進めようとするとき、上体の重心が後ろに残っていると歩幅を伸ばせない。
重心をしっかり前に押し出すためには、移動時に大腰筋により腰椎の前湾と骨盤の前傾がしっかり保持されることが
必要である。
2.階段昇降動作分析
高齢者が不自由なく日常生活を送るためには、平地歩行のみでなく、階段昇降能力も不可欠である。高齢者の
階段昇降に関する研究は、今まであまり多く行われてこなかった。また、被験者の数も少なく[10]、高齢者の階
段昇降における動作の一般的な特徴を抽出することに関してやや難点があった。本研究では、体幹が昇段時には
前傾、降段時には後傾するが、高齢者ほど降段時の後傾が弱い傾向が観察された。その原因として、高齢者では
腰椎前湾の減弱により、もともと姿勢が前傾気味になる傾向があること、腹側の体幹支持筋の筋力低下、足元を
よく確かめたいといった心理的な要因も考えられる。これらのうちどれが主因であるかについては、本研究から
突き止めることはできなかった。
階段昇降時には平地歩行時と異なり、体重心の上昇あるいは下降のために下肢の筋が積極的に働いている[11]。
とくに降段時、大腿四頭筋と下腿三頭筋には伸長性収縮が生じていると考えられる。加齢とともに、この収縮様
式の巧緻性が低下するといわれているが、具体的な報告例はない。本研究では、加速度計を用いて下肢運動の巧
緻性を調べた。その結果、遊脚期では足及び膝の両部位において、高齢者の方が若年者よりも大きな加速度を示
し、それらの動きが滑らかさ欠く傾向があることがわかった。また、接地時の衝撃に関しても高齢者の方が大き
くなっており、下肢運動の巧緻性が全般的に低下していることが明らかとなった。これらの巧緻性の低下が、筋
量や筋機能自体の低下によるものか、あるいは中枢制御系の機能低下によるものかについては、今後の研究を待
たねばならない。
3.前脛骨筋筋電位の分析
前脛骨筋について得られた全年齢群の平均伝導速度 4.5m/sec は、これまで外側広筋について報告されている値
[12]、[13] に近く、チャンネル間の相互相関係数が 0.9 に近かったことを考え合わせると、本班の測定において、
17
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
前脛骨筋における筋活動電位の伝搬は適切に記録・計測されたものと考えられる。今回、MFCV と ARV は若年者にく
らべ高齢者群において有意に低下していた。一方、MDF には このような加齢効果が認められなかった。この理由と
しては、MDF などのスペクトル変数が電極条件などの外部要因に影響を受けやすいこと [14] が考えられる。
高齢者群における MFCV の低下の原因としては、第一にいわゆる速筋線維(FT 線維)の加齢に伴う選択的萎縮
[15] が考えられる。筋伝維伝導速度と%FT 線維の間に有意の正相関があることは、外側広筋について知られてい
る [13]。もうひとつの可能性は、運動単位の発射頻度との関連である。MFCV は運動単位発射頻度と正相関する
ことが報告されており [16]、もし発射頻度が加齢により低下するとすれば、MFCV もその影響を受け得る。しかし、
発射頻度の年齢変化についてはまだ十分明らかにされていない。一方、ARV の加齢による低下の原因としては、運
動単位の動員度の低下、および皮下脂肪厚の増加による組織フィルター作用の増大 [14] の 2 つが考えられる。
今回の疲労実験において、高齢者では若年者に較べ筋電位パラメータの変化率が小さかった。これらの結果はい
ずれも上記の推定、すなわち高齢者における速筋線維の萎縮にともなう遅筋線維の優位と、運動単位(筋線維)
動員度の低下を支持するものといえる。このような筋神経系の機能低下は、歩行時に必要な筋力発揮や素早い関
節運動を鈍らせ、結果として歩容の老化や転倒を引き起こすものと考えられる。
4.今後の課題
本研究で測定できた被験者の殆どは中高年者であり、若年の被験者が少なかった。このため、歩行能力の加齢
変化については、中年期以降の様相を明らかにするに止まらざるを得なかった。また、男性被験者数が十分得ら
れなかったため、性差を明らかにすることもできなかった。さらに、同年代の中高年者よりも比較的運動能力の
高い被験者群であったため、加齢による運動機能低下があまり顕著にみられなかった可能性がある。これらの点
に関しては、今後の研究において十分配慮する必要がある。
今回、加齢にともなう歩行能力低下をもたらす要因として、筋量、筋機能などが基本的に重要であることが明
らかになったが、中枢性制御については、その関与が相対的に小さいことが推測できたものの、詳細は究明でき
なかった。歩行運動制御の解析には、バイオメカニカルな手法による下肢動作の詳細な分析が不可欠であり、こ
れも今後の課題である。
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278: 1-112, 1966.
成果の発表
1)原著論文による発表
ア)国内誌
金
俊東,久野譜也,相馬りか,増田和実,岡田守彦,石津政雄,足立和隆,西嶋尚彦:加齢による
下肢筋量の低下が歩行能力に及ぼす影響. 体力科学,49(5),589-596, 2000.
金
俊東,足立和隆,増田和実,岡田守彦,久野譜也:高齢者の階段昇降速度と下肢構成筋群との関係.岡田
守彦,松田光生,久野譜也 (編著), 高齢者の生活機能増進法−地域システムと具体的ガイドライン,NAP, 東
京,pp.298-300, 2000.
金
俊東,大島利夫,馬場紫乃,安田俊広,足立和隆,勝田
茂,岡田守彦,久野譜也:長期間トレーニング
を継続している高齢アスリートの筋量と歩行能力の特徴.体力科学 50 : 149 - 158, 2001.
イ)国外誌
Okada M, Yamada H, Oda T, Kizuka T, Shiozaki T, Kuno S and Masuda T : Age-related changes in the conduction
velocity and spectral variables of myoelectric signals detected from the tibialis anterior with surface
electrode array. In:Mano Y and Okada M, eds, Electrophysiology and Kinesiology, Monduzzi Editore,
Bologna, pp. 225-229, 2000.
2)原著論文以外による発表
ア)国内誌
岡田守彦:表面筋電図.J. Clin. Rehabil. 8 : 964-970, 1999.
Adachi, K., M. Okada, J. Kim and S. Kuno: Kinesiological analysis of the leg motion by using
19
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
of accelerometer during stair descending on the elderly. Proceedings of the International
Workshop on Gerontechnology, pp.41-42, 2001.
Kim, J. D. S. Baba, K. Adachi, S. Katsuta, M. Okada and S. Kuno.:Effect of long-term exercise
on walking ability in elderly people . Proceedings of the International Workshop on
Gerontechnology, pp.41-42, 2001.
イ)著 書
岡田守彦, 松田光生, 久野譜也 (編著): 高齢者の生活機能増進法−地域システムと具体的ガイドライン,NAP,
東京,
2000.
岡田守彦:1.生活機能(プロダクティビティ)を規定する要因:1) 歩行能力.松田光生・福永哲夫・烏帽子田
彰・久野譜也編著「地域における高齢者の健康づくりハンドブック」, NAP, 東京, pp.12-15, 2001.
岡田守彦:高齢化社会における歩行−第 2 部のはじめに. 木村 賛編著「歩行の進化と老化」, てらぺいあ, 東
京, pp.155-160, 2001.
岡田守彦,山田
洋,木塚朝博,増田
正:前脛骨筋における筋線維伝導速度の加齢変化. 木村
賛編著「歩
行の進化と老化」, てらぺいあ, 東京, pp.179-183, 2001.
足立和隆・岡田守彦:高齢者の階段歩行.木村 賛編著「歩行の進化と老化」, てらぺいあ, 東京, pp.185-217, 2001.
3)口頭発表
ア)招待講演
足立和隆:健康維持のための歩行と運動. 講演会「豊かな老後:歩くこと動くことから」
(第 53 回日本人類学
会大会サテライトシンポジウム,半蔵門東條会館(東京),1999, 10.
岡田守彦,山田
洋,小田俊明,木塚朝博,増田
正:表面筋電位パラメータに及ぼす加齢の影響—前脛骨筋
を例として.第 54 回日本人類学会大会シンポジウム「老化と運動機構—ヘルス・サイエンスの視点から」,東
京,2000. 11.
金
俊東,久野譜也,岡田守彦,西嶋尚彦,足立和隆:高齢者における下肢筋量の減少と歩行能力.第 54 回
日本人類学会大会シンポジウム「老化と運動機構—ヘルス・サイエンスの視点から」,東京,2000. 11.
岡田守彦:歩きでわかるあなたの元気—老化は脚からやってくる.つくば健康科学フォーラム 2000 特別講演,
つくば,2000. 12
岡田守彦:地域健康づくりとその経済的効果-茨城県 T 村の事例. 指宿ウォーキング・サミット特別講演, 指
宿, 2002. 1.
イ)応募・主催者講演等
足立和隆,岡田守彦,久野譜也:歩行速度と加齢が床反力に与える影響について—大洋村健康づくりプロジェ
クト 14. 第 54 回日本体力医学会、熊本、1999. 9.
20
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
金
俊東,久野譜也,高橋英幸,足立和隆,岡田守彦,勝田
茂:80 歳代高齢者アスリートにおける歩行能力
の特徴. 日本体育学会第 50 回記念大会、東京、1999. 10.
岡田守彦,山田
洋,小田俊明,木塚朝博,増田
正,久野譜也:筋線維伝導速度におよぼす加齢の影響(予
報). 第 3 回日本電気生理運動学会大会、京都、1999. 10.
足立和隆:健康維持のための歩行と運動,講演会「豊かな老後:歩くこと動くことから」
(第 53 回日本人類学
会大会サテライトシンポジウム,半蔵門東條会館(東京),1999, 10.
足立和隆、岡田守彦、久野譜也:加齢変化による歩行様式の変化—Ⅲ.床反力—. 第 53 回日本人類学会大会、八
王子、1999. 11.
山田
洋,岡田守彦,小田俊明,窪田恵利子,塩崎知美,木塚朝博,増田
正,久野譜也:疲労進行に伴う表
面筋電図の変化—高齢者と若年者の比較—.第 35 回人類働態学会大会,長野,2000. 7.
金
俊東,足立和隆,増田和実,岡田守彦,久野譜也:高齢者の階段昇降速度と下肢構成筋群との関係(SAT
プロジェクト 4). 第 8 回日本運動生理学会 / 第 16 回日本バイオメカニクス学会合同大会,大阪,2000. 7.
足立和隆,岡田守彦,金
俊東,久野譜也,石津政雄:高齢者階段昇降の動作分析-SAT プロジェク
ト(7)-,第 55 回日本体力医学会大会,富山,2000. 9.
金
俊東,足立和隆,増田和実,岡田守彦,久野譜也:高齢者の階段昇降速度と下肢構成筋群との関係.つく
ば健康科学フォーラム 2000,つくば,2000. 12.
Adachi, K., M. Okada, J. Kim and S. Kuno: Kinesiological analysis of the leg motion by using
of accelerometer during stair descending on the elderly. The International Workshop on
Gerontechnology, Tsukuba, Japan, March, 2001.
Kim, J. D. S. Baba, K. Adachi, S. Katsuta, M. Okada and S. Kuno.:Effect of long-term exercise
on walking ability in elderly people.The International Workshop on Gerontechnology, Tsukuba,
Japan, March, 2001.
Kim, J. D.,Baba, S.,Adachi, K., Katsuta, S.,Okada, M.,Kuno,S.:Effect of long-term exercise
on walking ability in elderly people.
岡田守彦,山田
洋,増田
正,木塚朝博,塩崎知美,久野譜也:筋電位伝導速度からみた筋機能の
加齢変化. 第 36 回人類働態学会大会, 和歌山, 2001. 6.
金
俊東,増田和実,足立和隆,石津政雄,岡田守彦,久野譜也:高齢者における階段昇降能力と下
肢筋量との関係 - SAT プロジェクト 56-. 第 56 回日本体力医学会大会, 仙台, 2001.9.
金
俊東,村上晴香,田辺
解,衣笠竜太,増田和実,菅原
21
順,岡田守彦,久野譜也:高齢者にお
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
ける長期間のトレーニングが筋量と歩行能力の関係に及ぼす影響—SAT プロジェクト 42. 第 52 回日本
体育学会大会, 札幌, 2001. 10.
22
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
1. 高齢者の体力・運動機能の評価と生活機能推進策の具体化
1.1. 高齢者における体力・運動機能の維持・増進に関する研究
1.1.2. 筋力・筋量に関する研究
筑波大学体育科学系
講師・久野 譜也
要
約
高齢者の寝たきり防止などの自立力確保のみならず就労やボランティア活動などの productivity を達成できる
身体機能の維持・増進のための具体化を目指すために,本研究ではとくに高齢者の生活機能の維持にとって重要
な移動能力(歩行能力)と筋量の関係についてフォーカスを絞り,1)下肢のどの筋歩行能力に重要なのか?,2)
トレーニング施設および家庭での安全で効果的な筋量増大のためのトレーニング法について,を明らかにするた
めに,コントロール群も含めて高齢者約 200 名を対象に検討した.その結果,岡田班で明らかにされた加齢に伴
う歩幅の低下による歩行速度の遅延は,下肢を構成する筋群の中でも,大腰筋と大腿部伸筋群の筋量の低下に伴
う筋力の減少に依存することが明らかにされた.さらに,週 2 回の器具を使用した 1 年間の筋力トレーニングに
より筋量の回復がみられると,歩幅も回復し,その結果歩行速度も改善されることが示された.また,家庭用の
体重負荷だけの筋力トレーニングでも,週 5 日以上で 12 週間継続されると筋量の回復が認められた.さらに,そ
れ以降の筋量増加は,市販されている筋力トレーニング用のチューブを使用することにより,筋量の増大をもた
らせることができることが明らかにされた.これらの研究成果より,とくに前期高齢者の運動機能における高齢
者のための安全で効果的な運動メニューを作成することができた.
研究目的
高齢者の寝たきり防止などの自立力確保のみならず就労やボランティア活動などの productivity を達成できる
体力レベルの位置づけは未だなされていない.重要な生活機能の一つとして,歩行などの移動能力の維持・増進
の具体化は,上記の目標達成に役立つはずである.自立高齢者であっても運動機能の低下は転倒を導き,骨折に
至る可能性も高い.転倒予防の観点からも運動機能,とりわけ筋機能の加齢による機能低下の抑制とその増進法
の確立は重要である.
研究方法
本研究は運動機能,特に歩行機能に重要な筋機能に関する精査を茨城県大洋村の約 1000 名の住民を対象に実施
することであった.方法としては,MRI などの先進技術を用いて筋機能について検討し,生活機能という観点から
加齢による筋量や筋力の機能低下の動態を明らかにする.とくに歩行,階段歩行など具体的な日常動作との関連
性を検討する.さらに,地域の健康増進施設及び家庭での生活機能の維持・増進のためにどこの筋機能を改善す
べきか?どのように実施すればよいのか?といった具体的プログラム作成のための基礎データを得ることが目標
である.
23
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
研究成果及び考察
高齢者の寝たきり防止などの自立力確保のみならず就労やボランティア活動などの productivity を達成できる
身体機能の維持・増進のための具体化を目指すために,本研究ではとくに高齢者の生活機能の維持にとって重要
な移動能力(歩行能力)と筋量の関係についてフォーカスを絞り,1)加齢における筋機能低下の様相を明らかに
した上で,下肢のどの筋が歩行能力にとって重要なのか?(約 1000 名のデータから),2)トレーニング施設およ
び家庭での安全でしかも効果的な筋力トレーニングの方法とは?(約 200 名の追跡調査から),を明らかにするこ
とを試みた.その結果,1)股関節に位置する大腰筋と大腿伸筋群の筋量が加齢にともない直線的に低下する.こ
の低下は,歩行時の歩幅の低下をもたらし,この低下が歩行速度の遅延を引き起こす.2)筋量の低下は,全般的
な体力(体力テストによる評価)の低下を説明することが可能であるのみならず,持久的な能力の低下要因であ
ることも示された.3)1 年間の器具を使用した筋力トレーニングの結果は,週 2 回の頻度でのトレーニングで筋
量の増大が,週 1 回の頻度で現状維持が,実施しない場合は減少が認められたことにより,最低週 1 回の筋力ト
レーニングを生活の中に位置づけることが推奨される.4)併せて,筋力トレーニングにより大腰筋量の増大に成
功すると,歩幅も回復し,その結果歩行速度も改善されることが示された.5)家庭用のプログラムとして,体重
負荷だけの筋力トレーニングを週 5 日の頻度で 12 週間継続されると筋量の増大が認められた.
これらの研究成果より,高齢者の生活機能における筋機能の重要性の証明と,安全で効果的な具体的運動プロ
グラムの作成策定が可能となったと考えられる.
引用文献
無し
成果の発表
1)原著論文による発表
ア)国内誌(計
金
8 件)
俊東,久野譜也,村上晴香,坂戸秀樹,石津政雄,岡田守彦,勝田
茂,加齢に伴う大腿部の異なる部位
における筋量の変化,バイオメカニクス研究概論,182-185,1999
久野譜也,大腰筋の筋横断面積と疾走能力及び歩行能力との関係, バイオメカニズム学会誌,24,148-152,
2000.
金
俊東,久野譜也,相馬りか,増田和実,足立和隆,西嶋尚彦,石津政雄,岡田守彦,加齢による下肢筋量
の低下が歩行能力に及ぼす影響,体力科学 49:589-596,2000.
久野譜也,金
俊東,高齢者の筋機能とトレーニング,日本運動生理学会・日本バイオメカニクス学会合同大
会大阪 2000 論集,176-180, 2000.
岡田守彦,松田光生,久野譜也編著,高齢者の生活機能増進法−地域システムと具体的ガイドライン−,1-384,
NAP, 東京, 2000.
金
俊東, 大島利夫,馬場紫乃,安田俊広,足立和隆,勝田
茂,岡田守彦,久野譜也,長期間トレーニング
を継続している高齢アスリートの筋量と歩行能力の特徴,体力科学,50:149-158, 2001.
24
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
金
俊東, 足立和隆, 増田和実,岡田守彦, 久野譜也,高齢者の階段昇降速度と下肢構成筋群との関係,高齢
者の生活機能増進法−地域システムと具体的ガイドライン− 岡田守彦, 松田光生, 久野譜也 編, 298-300, NAP,
東京, 2000.
宮谷昌枝, 東香寿美, 久野譜也, 金久博昭, 福永哲夫,体肢筋量における年齢差,高齢者の生活機能増進法−
地域システムと具体的ガイドライン− 岡田守彦, 松田光生, 久野譜也編, 304-306, NAP, 東京, 2000.
イ)国外誌(計
2 件)
Akima Hiroshi, Yutaka Kano, Yoshitaka Enomoto, Masao Ishizu, Morihiko Okada, Yoshie Ohishi, Shigeru
Katsuta and Shin-ya Kuno, Muscle function in 164 men and women aged 20 to 84yr. Med. Sci. Sports Exerc.,
33: 220-226, 2001.
Kuno Shin-ya, Regulation factor of the movement ability in elderly. Proceedings of the fifth Shizuoka
forum on health and longevity,125-129, 2001.
2)原著論文以外による発表
ア)国内誌(計
4 件)
久野譜也,加齢に伴う骨格筋の退行性変化,医学のあゆみ,193: 613-616,2000.
久野譜也,高齢者の生活と運動,J. Exerc. Sci. 10: 13-18, 2000.
金
俊東, 増田和実, 久野譜也,MRI による高齢者の筋特性,臨床スポーツ医学 17:44-49,2000.
久野譜也,元気に歩くための筋肉の鍛え方,高齢者の生活機能増進法−地域システムと具体的ガイドライン− 岡
田守彦, 松田光生, 久野譜也編, 46-55, NAP, 東京, 2000.
25
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
1. 高齢者の体力・運動機能の評価と生活機能推進策の具体化
1.1. 高齢者における体力・運動機能の維持・増進に関する研究
1.1.3. 骨及び体組成に関する研究
早稲田大学人間科学部
福永
要
哲夫
約
身体組成は加齢と共に変化する傾向が見られた.組織により以下のような傾向を示した.皮下脂肪厚分布:加
齢と共に腹部及び背部に皮下脂肪が沈着し,その結果体脂肪率が増加した.筋萎縮:加齢と共に筋量が減少する
傾向が見られるが,特に大腿前面(大腿四頭筋)の萎縮が顕著であった.骨密度:50 歳以降の骨密度の減少が著
しいが,その傾向は特に女性において顕著であった,身体活動量との関係:一日の消費エネルギーの多いヒトは
大腿部筋量が多く,体脂肪率が低い傾向が見られ,下肢筋量が多いヒトは骨密度が高い傾向を示した.また,1 年
間の運動習慣は加齢に伴う変化を抑制する傾向を示した.
研究目的
健康で文化的な日常生活を保証する身体的能力(生活機能)は加齢と共に減少するといわれているが,その具体
的資料は必ずしも十分ではない.本研究の目的は,茨城県大洋村の住民を対象に,生活機能を生み出す身体組成
(筋,脂肪,骨)と歩・走能力及び関節機能との関係を明らかにすると共に,その加齢変化を調査し,生活環境と
の関係を明らかにする事である.更に,運動習慣の実施が身体組成に及ぼす効果についても明らかにする.この
研究の最終ゴールは 21 世紀の日本社会が健康で文化的な生活を保証する為に必要な日本人の身体や生活習慣を創
造するための具体的ガイドラインを作成することである.
研究方法
生活機能を評価する為に以下の方法を用いた。
身体組成:超音波法により身体各部位の皮下脂肪厚、筋厚を測定し、身体全体の体脂肪率を算出する。筋厚よ
り体肢各部位の筋量を算出する。
骨密度:超音波法を用いて腫骨の超音波伝導速度を計測し骨密度の表価値を求める。
関節トルク:肘および膝関節の屈曲/伸展トルクを特別に作成したトルクメータを用いて測定する。
走/歩パワー:歩行中および走行中の機械的パワーを特別に作成した歩/走エルゴメータを用いて測定する。
対象とした被験者は東京都および茨城県大洋村に在住の成人(20 歳~70 歳)男女約 1500 名であった。
研究成果
1.身体組成(筋厚、皮下脂肪厚)
26
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
上腕についてみると,男性は皮下脂肪厚,筋厚ともにほぼ一定であるのに対し,女性の上腕前の皮下脂肪厚では年
代が高くなるにつれて増加する傾向がみられた.大腿前部では,男女ともに加齢に伴い筋厚が減少するのに対し皮下
脂肪厚はほぼ一定であった.下腿では,女性の筋厚は年代が高くなっても維持されていた.腹部の皮下脂肪厚及び筋
厚を見ると、筋厚は男性も女性も加齢に伴い平行して低下していく傾向がみられた.一方,皮下脂肪厚は男性におい
て 30 歳代以降ほぼ一定値を示すが,女性は 50 歳代まで増加し続け,その後はほぼ一定であった.
1.1.活動量と身体組成の関係
身体活動量の指標として,一日あたりの総消費エネルギー量により群分けを行った.1600kcal/day 未満群(以
下,低エネルギー消費群;155 名,うち男性 19 名,女性 136 名),1600kcal/day 以上群(以下,高エネルギー消
費群;110 名,うち男性 78 名,女性 32 名)とし,それぞれの群の一日あたりの総消費エネルギー量の平均値±標
準偏差は,高エネルギー消費群 1771.3±122.0kcal/day,低エネルギー消費群 1438.8±113.3kcal/day であった.
また,一日あたりの歩数は,高エネルギー消費群 7989.0±3543.4 歩/day,低エネルギー消費群 5418.2±2271.5
歩/day であった(いずれも p<0.01; 図 9).
1.2.養摂取状況と身体組成の関係
体重あたりの摂取カロリー40kcal/kg 未満群(以下,低カロリー摂取群;210 名,うち男性 73 名,女性 137 名)
,
40kcal/kg 以上群(以下,高カロリー摂取群;54 名,うち男性 23 名,女性 31 名)の 2 群に群分けを行った.そ
れぞれの群の体重あたりの摂取カロリーの平均値±標準偏差は,高カロリー摂取群 47.7±10.4 kcal/kg,低カロ
リー摂取群 30.5±5.2 kcal/kg であった(p<0.01).体幹周径囲の群別比較を示した.バスト,ウエスト,ヒッ
プいずれも低カロリー摂取群において有意に高い値を示した(p<0.01).また、ウエスト/身長比は低カロリー摂
取群において 1%水準で有意に高い値を示した.ウエスト/ヒップ比においても低カロリー摂取群において有意に高
かった(p<0.05).
1.3.トレーニングと身体組成
1999 年 6 月から 2000 年 12 月の測定の間,トレーニングを継続していた 65 歳以上の被検者 16 名(内訳;男性 10
名,女性 6 名)をトレーニング群とした.また, 1999 年 6 月及び 2000 年 12 月の両測定日に参加していた被検者 25
名(内訳;男性 10 名,女性 15 名)を非トレーニング群とした.その結果、トレーニング群の皮下脂肪厚および筋厚
は 1 年間で有意な変化は見られなかった。非トレーニング群はいずれもわずかに減少する傾向が見られた。
2.骨密度(音響的骨評価値)
音響的骨評価値は、いずれの年代においても男性が女性より有意に高い値を示した。年代別にみた場合、男性では
60 歳代以上、女性では 50 歳代以上の値がそれらより若い年代より有意に低値であった。若年齢者(10~20 代)に対す
る高齢者(65 歳以上) の平均値の比率は、男性 84%、女性では 81%であり、男女ともほぼ同様な値を示した。一方、
18 カ月にわたるトレーニングの前後における音響的骨評価値を男女別にみると、男性の場合には有意な変化は認
められなかったが、女性では有意に低下した。
体重と音響的骨評価値との相関関係をみると、男女とも有意な相関関係は認められたかった(男性 r=0.14、女
性 r=0.13)
。一方、体重あたりの下肢筋量と音響的骨評価値の間には男性 r=0.32、女性 r=0.59 の有意な相関関係が
認められた。これを部位別にみると、大腿前後部、下腿前後部のいずれにも音響的骨評価値との有意な相関関係
が認められた。特に大腿前部(男性 r=0.33,女性 r=0.60)、下腿後部(男性 r=0.23,女性 r=0.50)において、両変
数間の相関係数は高くなる傾向がみられた。また、部位別の体重当たりの筋量と骨密度との関係において、たとえ
体重当たりの筋量が同一水準であったとしても、男性は女性のそれより有意に高い値を示していた。
身体活動量と音響的骨評価値:測定の対象となった被験者の音響的骨評価値は、男性 2.73±0.29(×106)、女性
2.35±0.20(×106)であった。男女別々にみた場合に、音響的骨評価値は歩行数及び(体重)×(一日の歩行数)との
27
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
間に有意な相関関係を示さなかった。しかし、被験者全体では、(体重)×(一日の歩行数)と音響的骨評価値との
間に有意な相関関係が認められた(r=0.25)。また、一日の総消費エネルギー量との間には有意な相関関係が存在し
(r=0.57)、この関係は男女別々に分析した場合も同一であった。一方、身体活動量と音響的骨評価値との間には
有意な相関関係は認められなかった。
栄養と音響的骨評価値:測定の対象となった被験者の音響的骨評価値は、0.19(×106)、女性 2.36±0.15(×106)
であった。被験者全体では、1 日のエネルギー摂取量、および糖質摂取量は音響的骨評価値と有意な相関関係を示
した。しかし、これを男女別々にみると、いずれの関係も有意ではなくなった。
3.関節トルク
男性では下肢の筋力のみ年齢と有意な負の相関関係が認められた。一方、女性は上肢、下肢共に筋力と年齢との
間に有意な負の相関関係が認められた。
次に、筋力と身体活動量との関係についての結果を見ると、男性では、筋力と 1 日の歩数との間に有意な相関関
係は認められなかった。しかし、女性は膝関節伸展および屈曲トルクと 1 日の歩数との間に有意な正の相関関係が
認められた。
次に、トレーニングが筋力に与える影響を見た結果、男女ともトレーニングに伴い上肢の筋力が増加する傾向
にあった。また、女性は股関節屈曲力の増加傾向を示した。しかし、他の項目における変化は男女ともわずかなもの
であった。
4.歩・走パワー
トレーニング前後(1999 年および 2000 年)における歩・走パワーの(絶対値),および(体重あたり相対値)
を見ると、1999 年と比較して 2000 年では,男性の走パワーは絶対値で 119.1±38.32W から 141.3±40.19W に 22.2W
の増加を示した.また,体重あたりでは,2.16±0.88W から 2.46W へと 0.30W の増加を示した.歩パワーは 66.50
±21.76W から 81.60±23.56W へと 15.10W の増加を示し,体重あたりでは 1.20±0.53W から 1.40±0.41W へと 0.20W
の増加を示した.
男性が歩・走パワーともに増加を示したのに対して,女性の走パワーは 1999 年と 2000 年とでは,86.70±22.75W
から 82.50±22.11W へと 4.20W の減少を示し,体重あたりでも 1.64±0.48W から 1.59±0.40W へと 0.50W の減少
を示した.しかしながら,歩パワーは 52.60±12.70W から 53.60±14.36W へと 1.00W の増加を示し,体重あたり
でも 0.98±0.23W から 1.04±0.21W へと 0.60W の増加を示した
考
察
1.身体組成
本研究において,高齢者における身体組成と身体活動量,栄養摂取状況さらにトレーニングの影響を併せて検
討した.身体活動量については,高エネルギー消費群,低エネルギー消費群に分類した上で比較した.すると,
体肢周径囲及び体幹周径囲はいずれも高エネルギー消費群の方が有意に高い値を示した.また,ウエスト/ヒップ
比も同様に高エネルギー消費群で有意に高値を示したが,ウエスト/身長比は身体活動レベルによる差はみられな
かった.Ashwell et al.(1996)は,ウエスト/身長比は内蔵脂肪横断面積と高い相関関係を報告しているが,今回,
身体活動レベルによるウエスト/身長比に差がなかったことは,身体活動レベルと内臓脂肪蓄積との関連は低いこ
とが予想される.しかし,本研究で用いた身体活動量は,歩数計から算出したエネルギー消費量であり,各々の
動作における身体活動強度については明らかではない.LindQuist and Bray(2001)は,アメリカ軍人を対象とした 3
年間の研究において身体活動レベルだけでは体重の変化は説明できないとしている.また,澤井(2000)は,女子
学生を対象に定期的な運動実践による身体構造変化について検討しており,その中で,身体組成の改善のためにはあ
28
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
る程度の筋力トレーニングの必要性を示している.すなわち,身体活動量による身体組成の変化を考える上では,全
身にかかる負荷のみならず各々の筋にかかる力を考慮した上で身体活動量を示す必要性があると思われる.
次に栄養摂取状況と身体組成について検討した.栄養摂取状況は,体重あたりの摂取カロリーにより群分けを
行った.栄養摂取状況により体幹周径囲を比較するといずれも低カロリー摂取群において有意に高い値を示した.
また,ウエスト/身長比,ウエスト/ヒップ比も同様に低カロリー摂取群において有意に高かった.
Forbes&Reina(1970)は,加齢による除脂肪体重の低下は男女で異なり,その違いは投薬や栄養摂取などを合わせ
て考慮する必要があると述べている.栄養摂取状況による体内へのエネルギー入力及び身体活動による体外への
エネルギー出力という入出力の結果として身体組成の変化が生じると考えるならば,身体組成を考える上で両者
を統合して考える必要があるのかもしれない.本研究では,身体活動レベル及び栄養摂取状況による群分けをし
た上で各要因が身体組成に及ぼす影響を個別に検討した.しかし,今後はそれら要因間の因果関係に基づく包括
的な検討が必要といえよう.
また,トレーニング群と非トレーニング群の比較という形で運動の実施状況が形態に及ぼす影響を検討した.
1999 年から 2000 年にかけてのトレーニングにより変化が見られたのは,男性のウエスト及びヒップでありいずれ
も有意に高くなった.その原因として,トレーニングによりウエスト,ヒップ周辺の筋が鍛えられたことにより
周径囲が増加したことによる可能性がある.しかし,内臓脂肪横断面積と高い相関関係のあるウエスト/身長比
(Ashwell et al.,1996)においてもトレーニング期間を経て有意に高い値を示したことから,トレーニング効果
というよりはむしろ他の要因が介在する可能性も否定できない.
最後に,身体組成の指標から簡便に生活習慣病などのリスクファクターを把握することができるかどうかに関
してであるが,本研究では健常な高齢者というかなり限定された被検者が対象であったために生活習慣病などの
リスクファクターを把握するという段階までは及ばなかった.しかし, Ashwell et al.(1996)が報告しているよ
うにウエスト/身長比といった高齢者でも自ら把握可能な指標により,内臓脂肪量や心疾患といったリスクファクタ
ーを早期に認識することは可能かもしれない.そのためには,定期的に身体組成を測定し,常日頃より自らの身体
を見つめる習慣を持つ必要があろう.
2.骨密度
本研究の結果においても、先行研究(Hedstrome 1999,Hurley BF, Roth SM. 2000)の結果と同様に、いずれの
年代においても男性の方が女性よりも高い音響的骨表価値を示した。また、音響的骨評価値との相関は体重より
も筋量のほうが高く、また筋量との相関は部位によって異なるものであった。この結果は、思春期女性を対象に
した Witzke and Snow(1999)の研究結果と一致する。また、骨密度と筋力との間に有意な相関関係を認める研究も
多く、その点においても本研究の結果は支持される。
ホルモン、なかでも成長ホルモンと骨密度との間には有意な相関関係があることが、Hedstrome(1999)ほか多く
の先行研究により報告されている。また、一般に成長ホルモンの分泌量は筋量と関係することが知られている。
それゆえ、筋量と骨密度との間の相関関係は、ホルモンの分泌量が反映された結果とも解釈できる。一方、本研
究の結果において、大腿前部および下腿後部の筋量が、他の部位の筋量に比べ、音響的骨評価値との相関関係が
高くなる傾向がみられた。この結果は、音響的骨評価値と筋量との関係には、筋の付着部位もしくは機能による
影響を受けている可能性があることを示唆している。大腿前部、下腿後部の筋群は抗重力筋であり、姿勢の保持
のみならず立位姿勢でのあらゆる運動の発現や持続において重要な役割を担う。また、ある一定水準以上の筋力
発揮が要求されるトレーニングを継続することにより筋は肥大し、その収縮力は増大することが知られている。
これに対し、トレーニングが骨密度にもたらす影響については未だ一致した見解は示されていないが、高強度で
のトレーニングの有効性を支持する報告が多い(Humphries et al.2000,Hurley and Ruth.2000)。このような筋お
よび骨密度に対するトレーニングの有効性と上述した筋の機能的特徴を考え合わせると、本研究で認められた音
響的骨評価値と筋量との関係は、日常生活での筋の活動量やその内容を反映したものであるとも考えられる。
29
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
本研究の測定内容は、筋量と骨密度との相関関係が、ホルモン、筋の活動量のどちらか、あるいはそれらの相
互作用を反映しているものであるかを明らかにするものではない。しかしながら、一般に認識されている事実と
して、身体活動量の増進は筋量、骨密度を増進させる。また、レジスタンストレーニングとタンパク同化ホルモ
ンの服用を同時に行った場合、タンパク同化ホルモンの服用のみを行うよりも、筋量の増大に対する効果は大き
い。これらの点を考えあわせると、筋量と音響的骨評価値との相関係数における筋群差は、ホルモンの作用に日
常生活中の筋活動水準における筋群差が反映されたものであることが予想される。
また、体重当たりの筋量と音響的骨評価値との関係において、体重当たりの筋量を同水準としても、男性は女性よ
り有意に高い音響的骨評価値を示した。その要因について明らかにすることはできないが、女性における骨密度の加
齢変化同様、エストロゲンの分泌状態が関与しているものと考えられる。また女性においては、大腿前部、下腿後部
の筋量と音響的骨評価値との間に、男性よりも密接な相関関係が存在した。このような結果は、女性の場合、男性よ
りも、筋量の増大にともない骨密度および骨量の亢進が生じやすいことを示唆するものであろう。
被験者全員を分析の対象とした場合に、歩行数と音響的骨評価値との間には、相関関係は認められなかった。
しかし、体重×歩行数と音響的骨評価値との間には相関関係が認められた。この結果は、音響的骨評価値が骨に
かかる実質的なストレスの大きさに依存していることを示している。骨代謝についての仮説であるメカノスタッ
トセオリー(Frost, 1987,1988)によると、生理的加重範囲においては骨のモデリングやリモデリングは亢進しな
いが、ある一定以上の負荷(2000 マイクロストレイン以上)がかかると骨のモデリングが亢進する。本研究の結果
はこの仮説を支持するものであったといえる。しかし、体重×歩行数と音響的骨評価値との相関関係はそれほど
強いものではなく(r=0.25)、男女別にみた場合には有意ではなくなる。したがって、骨密度の増大を考える場合、
歩行数よりも骨にかかるストレスの大きさを考慮すべきであろう。上述したことは、本研究におけるトレーニン
グ群の音響的骨評価値が、トレーニングを行ったのにもかかわらず有意に増加しなかった原因の一つとなってい
るものと考えられる。
一日の総消費エネルギーと骨密度との間には有意な相関関係が認められたが、身体活動量との間に有意な相関
関係は存在しなかった。ライフコーダでは、基礎代謝量および微小運動によるエネルギー消費量、運動によるエ
ネルギー消費量(身体活動量)、食物摂取にともなうエネルギー消費量などを変数として総消費エネルギー量が算
出される。それゆえ、本研究において総消費量との間においてのみ相関関係が得られたのは、基礎代謝量の相違
に原因があると予想される。仮にそれが事実だとすれば、基礎代謝量は筋量に比例することから、総消費エネル
ギー量と音響的骨評価値との関係は、筋量と音響的骨評価値との関係を反映したものであることが考えられる。
栄養摂取状態に関する測定項目と音響的骨評価値との間に相関関係が認められたのは、総エネルギー摂取量お
よび糖質摂取量であった。しかし男女別にみると、どの項目においても有意な相関関係は認められなかった。こ
れまで、栄養の摂取状態が骨量あるいは骨密度に影響を及ぼすことは多くの研究により報告されている(Barr and
Mackay 1998;Branca et al. 1999;Ilich and Kersteter et al. 2000) 。特に、中・高年齢層の女性の場合、加
齢による骨量および骨密度の減少を抑制する働きを担うのは、カルシウムおよびビタミン D であることが指摘さ
れている(Heer et al. 1999;Jensen et al. 2001)。しかしながら、骨強度は栄養の摂取状況だけでなく、栄養素
間の相互作用(Ilich and Kerstetter 2000)、運動習慣の有無、運動の実施内容(Branca et al 1999)、ホルモン
の分泌状況など様々な要因の影響を受ける。それゆえ、本研究のような横断的あるいは短期間の縦断的な観察では、
栄養の影響のみを明らかにするには不充分であるものと思われる。
3.関節トルク
本研究の結果において、女性は上肢・下肢ともに年齢と筋力との間に相関関係が認められたのに対し、男性は下
肢についてのみ年齢と筋力との間に相関関係が認められた。このような結果は、筋力に対する加齢の影響には部位
によって性差が存在することを示唆する。ただし、今回の測定の場合、男性の被験者数が少なく、その結果は個人差
の影響を強く受けていることが予想されるため、上記の推測が事実かどうかは今後さらに検討を要する。
30
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
身体活動量と筋力との相関が女性でみられた。それゆえ、女性では、歩行といった日常生活の中での身体活動の
量が下肢の筋力維持へとつながるのではないかということが推察された。しかし、男性では、歩行数と筋力との間
には有意な相関関係が存在せず、筋力の維持・増進のためにはレズスタンストレーニングなど強い刺激を筋に与え
る運動の実施が必要であることが考えられた。
トレーニングによって上肢の筋力が増加する傾向がみられた。しかし、超音波法にもとづく筋厚のデータをみる
かぎりでは、上腕前部および後部の筋厚の変化は小さい。それゆえ、上肢筋力増加の要因は、筋量の増加によるもの
ではなく、筋-神経系の改善によるものであると考えられた。
膝関節伸展および屈曲トルクには大きな変化がみられなかった。その原因としては、トレーニング強度が適切で
あったかどうかという点に加え、上肢と比較して体重を支える下肢は日常生活での活動においても大きい負荷が
かかっているためトレーナビリティーが低いという点が考慮されるべきであろう。しかし、加齢による筋力低下
を抑制する点からいえば、本プログラムにおいて実施されたトレーニングは有効であったといえる。これらの結果
から高齢者に対する 1 年間のトレーニング処方で充分に筋力低下を抑制でき、さらには筋力向上も引き起こす可
能性があることが示唆された。
本測定では等尺性の筋力にのみ着目して検討を行ったが、実際の生活においては単に筋力の強さだけでなく動作の
調節といったことも重要であると考えられる。等尺性筋力といった単純な動きの中での基礎的なデータを踏まえ、動
きのコーディネーションといった見地からも高齢者の運動能力を捕らえていくことが必須であると考えられる。
4.歩・走パワー
歩・走速度は歩幅と歩数(単位時間あたり)の積で求められる。加齢にともない最大歩・走行速度およびパワ
ーが低下することがこれまでに報告されている.パワーは速度と推進力の積による求められる.また,速度はピ
ッチとストライドの積により算出される. 速度の増加に対して,歩・走行時の推進力は指数関数的に増加する.
速度および歩幅は年齢と高い相関関係にあるが,歩数と年齢との相関関係は低いことから,歩数には加齢による
影響がみられないことがわかる.従って,加齢により歩・走パワーが低下するということは,即ち,下肢関節は
より高速度にて歩・走行するのに必要な推進力を発揮することが出来ず,そのために高齢者は若年者ほどの歩幅
で歩行することが出来なかった可能性が示唆される.
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32
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
福永哲夫.
歩くことで「貯筋」.日経ヘルシートーク, 180, 9, 10‐14, 2000
3)口頭発表
Miyatani M., H.Kanehisa, Y.Masuo and T.Fukunaga. In vivo determination of muscle-tendon stiffness using
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石黒憲子,宮谷昌枝,増尾善久,金久博昭,福永哲夫.BI 法における除脂肪体重の推定,右手首-右足首誘導
四電極法と四肢遠位・近位誘導十二電極法の比較.日本体力医学会第 56 回大会,2001
西嶋尚彦,久野譜也,福永哲夫,松田光生,加賀谷淳子,田中宏暁,岡田守彦,石津政雄,鈴木宏哉,大塚慶
輔,高橋信二,中野貴博,大迫剛,山田庸.高齢者における筋機能が生活機能に及ぼす影響-SAT プロジェク
ト 55-.日本体力医学会第 56 回大会,2001
政ニ慶,神崎素樹,白澤葉月,宮谷昌枝,久野譜也,金久博昭,福永哲夫.静的立位時姿勢動揺の加齢変化と
その要因の検討-SAT プロジェクト 64-.日本体力医学会第 56 回大会,2001
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33
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
1. 高齢者の体力・運動機能の評価と生活機能推進策の具体化
1.2. 高齢者における呼吸循環器系機能の維持・増進に関する研究
1.2.1. 大動脈伸展性・末梢循環動態と高血圧に関する研究
筑波大学体育科学系
松田
光生
日本女子体育大学
加賀谷 淳子
要
約
高齢者における重要な生活機能阻害要因である高血圧の進展を習慣的な運動により抑制することを目標に、習
慣的運動が大動脈伸展性(動脈系コンプライアンス)低下に及ぼす効果、及び運動に伴う血圧上昇と末梢循環動
態の関連について検討した。多変量解析の結果、動脈系コンプライアンスは加齢に伴って低下するが、日常の身
体活動量が多い中高齢者では動脈系コンプライアンスが高いこと、また、収縮期血圧は身体活動量及び動脈系コ
ンプライアンスから直接的な影響を受けていること、及び身体活動量は動脈系コンプライアンスを増大させる効
果を持つことが明らかとなった。運動トレーニングは動脈系コンプライアンスを増大させる効果を持ち、また、
運動トレーニングにより血管内皮における一酸化窒素の産生が増大し、エンドセリンの産生が低下することも示
された。さらに、動物実験でも、高齢からの運動トレーニングで大動脈内皮機能が改善することが明らかとなっ
た。運動中の血圧上昇に影響する因子として、動脈系コンプライアンスに注目して検討したところ、中高齢者に
て、動脈系コンプライアンスが大きいと運動中の左室後負荷の上昇が緩和され、血圧上昇が抑制されることが示
された。また、運動中には動脈系コンプライアンスが増大し、さらに運動トレーニングにより運動時の動脈系コ
ンプライアンスも増加することが示された。
上肢の抵抗性運動の負荷増加に対する血圧の上昇が急峻になる変移点の負荷強度(BPcritical)を上肢ワークキャパ
シティとして、加齢による変化を横断的に検討したところ、高齢者群では負荷の絶対値が顕著に低下すると共に最大
筋力に対する相対値でも低値を示し、加齢に伴う最大筋力の低下以上にワークキャパシティの低下のあることがわか
った。また、上腕動脈と総頸動脈の血管径の拡大や総頸動脈の内中膜複合体が厚くなることが明らかになり、加齢に
伴う BPcritical 低下の背景として、末梢血管系の変化を検討する必要性が示唆された。一方、高齢者では日常の身体活
動量が多いほど上肢ワークキャパシティは高かった。しかし、トレーニングを実施している高齢者を追跡測定しても
BPcritical は増加傾向を示すものの、明確な効果を確認するには到らなかった。今後検討すべき重要課題である。
研究目的
本研究では、高齢者における生活機能の重要な規定因子である呼吸循環機能の維持増進を目指して、習慣的運
動と血圧の関連を主題にする。我が国における高血圧症の発症率は、総合的な高血圧対策の効果も手伝って減少
傾向にあるものの、高齢者では、重大な生活機能阻害要因である高血圧症が高頻度に認められ、60 歳以上の人口
の半数以上が高血圧に区分される。高齢になって発症することが多い収縮期高血圧症では、加齢に伴う大動脈中
膜硬化病変によるコンプライアンスの低下が大きな原因となる。収縮期高血圧症は決して無害ではなく、長期間
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高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
の追跡調査によると、血圧正常者と比較して心血管疾患及び脳卒中の発症率が高いと報告されている。習慣的運
動は加齢による大動脈の伸展性低下を抑制して、高血圧を改善する効果を持つが、一方で、高齢者では大動脈伸
展性のみならず末梢循環調節障害を伴うことも多く、運動中に著しい血圧上昇が生じる可能性があるので、運動
の安全性について考慮しなければならない。ただし、習慣的運動には、末梢循環調節障害の進行を抑制して、高
血圧を改善する効果を持つことも期待できる。本研究の目的は、生活機能の維持・増進と老化予防策の具体化に
向けて、加齢に伴う大動脈伸展性低下と末梢循環調節障害の改善ないし抑制に必要な身体活動度(運動とトレー
ニング)と運動の安全性について検討することである。
従来、大動脈中膜硬化病変の進行は老化現象の一つとして考えられていたため、運動がその進行を抑制する可能性
については注目されていなかった。しかし、我々が大動脈伸展性に及ぼす運動の効果を横断的に検討したところ、1)
身体活動量が多いと、加齢に伴う大動脈伸展性の低下を遅らせ、収縮期高血圧症の発現を抑制する効果があること、
2)運動強度が高いほどその抑制効果も大きいが、中等度の運動でも効果が得られること、3)中年期以降に開始した
運動でも抑制効果が得られることが明らかになった。運動の効果をさらに明確にするには、縦断的な介入研究が必要
であるが、先行研究では、若年男性を対象とした比較的運動強度の高いトレーニングによる検討しかない。しかし、
高齢者の運動は、体力及び安全性を考慮した場合、低強度である方が望ましい。したがって、比較的低強度の運動ト
レーニングが高齢者の動脈系コンプライアンスに及ぼす効果について明らかにし、適切な運動プログラムを提供でき
れば、高齢者における心身の自立及び QOL の向上に大きな貢献ができるはずである。
人が「仕事」をすることを考えると、上肢のワークキャパシティは極めて重要な能力である。従来は、運動能
力というと全身的な持久性運動能力(有酸素性運動能力)が重要視されてきたが、高齢者の日常生活では、荷物
を運ぶ、布団の上げ下ろしをする等の仕事を思い浮かべると、上肢のワークキャパシティとして抵抗性運動中の
血圧上昇を評価することは極めて重要であると考えられる。末梢循環障害があれば、上肢の抵抗性運動中に循環
応答の調整に破綻を来たして、著しい血圧上昇が生じるかもしれない。そこで、著しい血圧上昇が見られること
なく作業を持続する能力を評価し、加齢との関連と習慣的運動の効果を検討することにより、安全な抵抗性運動
の水準を明らかにするとともに、適切な運動プログラムを開発すれば、高齢者における心身の自立及び QOL の向
上に繋がるはずである。
血圧と動脈系コンプライアンス及び運動との関連を明らかにするために、横断的検討及び縦断的検討(運動ト
レーニングの効果)を行った。一方、高齢者における比較的に短期間の運動トレーニングが、動脈硬化等の器質
的病変を改善する可能性は少ないので、動脈系コンプライアンスを改善する機序は血管内皮機能等の機能的因子
の改善であると仮説を立て、これを検証するための検討も行った。本研究にて、1)横断的に、中高年者の集団を
対象として、血圧と動脈系コンプライアンスの測定、身体活動量の測定、及び血液検査(一酸化窒素、脂質,血
糖,インスリン等)等を行い、これらの相互関係を多変量解析を用いて解析した、2)縦断的に運動トレーニング
を行い、動脈系コンプライアンスに及ぼす影響、血管内皮機能に及ぼす影響、及び運動中の血圧上昇への動脈系
コンプライアンスの影響を、中高年者、あるいは高齢ラットにおいて評価する検討を行った。
さらに、本研究では、運動負荷の増加に対する血圧の上昇が急増する変移点の負荷強度(BPcritical)を指標とし
て、高齢者の上肢ワークキャパシティを検討した。検討した主な内容は 1)加齢に伴う上肢ワークキャパシティの
横断的並びに縦断的変化、2)上肢ワークキャパシティの指標とした BPcritical と他の生理学的指標との関係、3)加齢
に伴う末梢血管(頸動脈・上腕動脈)の形状変化とワークキャパシティの関係、4)日常生活の身体活動量と上肢
ワークキャパシティの関係、5)若年者に対する定量的トレーニングの効果と高齢者のトレーニング効果であった。
研究方法
1.動脈系コンプライアンスに関する横断的検討
対象は、40 歳代から 80 歳代の男女 266 名であったが、このうち服薬や喫煙をしている被験者、あるいは動脈系
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高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
伸展性の計測が不可能であった被験者は除外した。心血管系疾患等の危険因子のない中高齢者(88 名)において
日常の身体活動量と動脈系伸展性の関連について検討した。また、多変量解析を用いて、年齢、身体活動量、血
圧、及び動脈系コンプライアンスの関連を検討した。さらに、危険因子保有者(100 名)も加えた 188 名について
も、年齢、身体活動量、血圧、及び動脈系コンプライアンスの関連について多変量解析を行った。全対象者(188
名)において、動脈伸展性(体表面積当たりの動脈系コンプライアンス)に及ぼす血圧、肥満度、血液データ、
食塩摂取量(一部対象者)などの影響について、多変量解析を行った。血圧と動脈系コンプライアンスの測定は
Portapres(TNO-TPD Biomedical Instrumentation, The Netherlands)を用いて指に装着したセンサーより血圧
波形を連続的に記録して行った。動脈系コンプライアンスは、血圧波形の拡張期減衰過程を解析することにより
算出した。身体活動量の測定は加速度計が搭載された精度の高い歩数計(ライフコーダ−、スズケン)を用いて、
2 週間の運動量を記録して行った。また、血液検査(一酸化窒素、脂質,血糖,インスリン等)を行った。さらに、
対象者の一部(105 名)において、アンケートによる栄養調査から食塩摂取量を評価した。
2.動脈系コンプライアンスに関する縦断的検討(運動トレーニングの影響)
2.1.6 ヶ月間の運動トレーニング(運動教室)の影響
大動脈伸展性に及ぼす運動トレーニングの影響を評価するため、横断的検討に参加した対象者のうち、メディ
カルチェックの結果、運動トレーニングが可能と判定された中高年者における検討を行った。対象は、中高齢女
性 21 名(62.7±8.6 歳)であり、このうち有疾患者(高血圧症、高脂血症、糖尿病等)は、11 名であった。運動
トレーニング前後にて、大動脈伸展性を大動脈脈波速度法により評価した。。
運動トレーニングは対象者の体力に応じた負荷を個別に設定し、自転車エルゴメーターを用いた持久的運動(50%
VO2max 強度)とダンベルやウエイトトレーニングマシーンを用いた抵抗性運動、さらにステップエクササイズや
ボールゲームなどを組み合わせ、週 2 回で、6 ヶ月間実施した。
2.2.6 ヶ月間の定量的運動トレーニングの影響
定量的運動負荷トレーニングによる検討は、横断的検討に参加した対象者のうち、メディカルチェックの結果、
運動トレーニングが可能と判定された中高齢者で行った。対象は、中高年女性 7 名(64.2±3.4 歳)であり、全員
健常者であった。
運動トレーニングは、対象者の体力に応じた負荷を個別に設定し、自転車エルゴメーターを用いた持久的運動
(換気性閾値 80%強度、30 分/日、5 日/週)を 6 ヶ月間実施した。
運動トレーニング開始 3 ヶ月、6 ヶ月後に動脈系コンプライアンスを Portapres により測定した。すなわち、動脈
系コンプライアンスは、指先の圧脈波形から算出した。
2.3.1 年 6 ヶ月間の運動トレーニング(運動教室)の影響
運動教室参加者(52 名)での 1 年 6 ヶ月にわたるデータの縦断的検討を行った。対象は、有疾患者を含む男女
52 名(66.5±4.8 歳)であった。運動トレーニングは、運動教室における持久性運動と抵抗性運動を主体とする
トレーニングを行った。すなわち、自転車エルゴメーターを用いた持久的運動とダンベルやウエイトトレーニン
グマシーンを用いた抵抗性運動、さらにステップエクササイズやボールゲームなどを組み合わせ、週 2 回で、1 年
6 ヶ月間実施した。このうち、6 ヵ月後に 32 名、1 年後に 24 名、1 年 6 ヵ月後に 13 名のデータが得られた。動脈
系コンプライアンスは、指先の圧脈波形から算出した。
3.運動トレーニングによる血管内皮機能の変化
3.1.若齢者における血中一酸化窒素酸化物濃度と血中エンドセリン-1 濃度の変化
予備的検討として、若齢者において運動トレーニングが血中の一酸化窒素酸化物(NOx)及びエンドセリン-1
36
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
(ET-1)濃度に及ぼす影響を検討した。一般に、血中 NOx 濃度は一酸化窒素(NO)産生の指標として用いられる。
健康な若齢男性 8 名(20.3±0.5 歳)を対象とし、8 週間の自転車エルゴメーターによる運動トレーニング(70%
VO2max,1 時間/日,3~4 日/週)を負荷した。トレーニング前後の安静時に肘静脈より採血をし、血中 NOx 濃度
をグリース法にて、血中 ET-1 濃度をサンドイッチ酵素免疫法にて測定した。また、血中 NOx 濃度は、食事の影響
を受けるため、採血は 12 時間の絶食後に実施した。さらに、運動の影響を取り除くため、採血は運動後の翌々日
とした。
3.2.中高齢者における血中一酸化窒素酸化物濃度と血中エンドセリン-1 濃度の変化
前述の定量的運動負荷トレーニングに参加した健康な中高齢女性 7 名を対象とした。トレーニング開始前、開
始 3 ヶ月後、及び開始 6 ヶ月後に肘静脈より採血をし、安静時の血中 NOx 及び ET-1 濃度を測定した。
3.3.老齢ラットの運動トレーニングによる一酸化窒素(NO)合成酵素の変化
運動トレーニングによる血管内皮細胞における NO 合成機能の変化の直接的な評価を行った。老齢ラット(21 ヶ
月齢)に水泳トレーニング(90 分/日,5 日/週,8 週間)を負荷し、大動脈組織における内皮型 NO 合成酵素(eNOS)
の遺伝子発現及びタンパク発現を測定した。
4.運動負荷中の動脈系コンプライアンスの変化
4.1.若齢者における運動負荷中の動脈系コンプライアンス
運動負荷中の血圧上昇への動脈系コンプライアンスの関与の評価に関する予備的検討として、若齢者における
運動負荷中の動脈系コンプライアンスの変化を観察した。
健康な若齢男性 7 名を対象とした(24.4±2.6 歳)。対象者に換気性作業閾値 90%の自転車エルゴメーター負荷
を 30 分間行い、運動中の動脈系コンプライアンスを測定した。動脈系コンプライアンスの測定は、Portapres を
用いて行った。動脈のコンプライアンスは、血圧に影響を受けるため、コンプライアンスの値は、1 拍毎に変動す
る血圧値を用いた回帰直線から、100 mmHg に基準化した。これにより、運動中の動脈のコンプライアンスの評価
が可能となった。
4.2.中高齢者における運動負荷中の動脈系コンプライアンス
中高齢健常女性を対象に、運動トレーニングが動脈系コンプライアンスに及ぼす影響について運動中の検討を
行った。動脈系コンプライアンスは、若齢者と同様に指先の圧脈波形から算出した。
前述の定量的運動負荷トレーニングに参加した健康な中高齢女性 7 名を対象とした。トレーニング開始前、開
始 3 ヶ月後、及び開始 6 ヶ月後に自転車エルゴメーターによる負荷(トレーニング前の換気性閾値 80%強度,30
分間)を加え、運動中の動脈系コンプライアンスを測定した。
4.3.運動負荷中の血圧上昇への動脈系コンプライアンスの関与
運動負荷中の血圧上昇への動脈系コンプライアンスの関与を明らかにするため、運動負荷中の動脈系コンプラ
イアンスの変化を観察し,運動に伴う左室後負荷の変化との関連を横断・縦断的に検討した。明らかな疾患を持
たない中高齢女性 24 名に対し、自転車エルゴメータを使用し、低強度の定常負荷運動(20W,4 分間)と症候限界
性(年齢推定最高心拍数,下肢疲労,収縮期血圧 > 250 mmHg)のランプ負荷運動(10 W/分)を連続して行った。
この際、指先にて動脈血圧および圧波形を記録し、動脈系コンプライアンスと血圧上昇の指標である動脈エラス
タンス(Ea)を測定した。また、12 週間の持久性運動トレーニング(80%VT, 30 分,週 5 回)を実施した 6 名に
ついては、同様の検討をトレーニング介入前後で行った。
また、運動負荷中の動脈系コンプライアンス増大の機序を明らかにするために、若齢者 14 名を対象に、仰臥位
37
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
片脚自転車運動(20W,5 分間)を負荷した際の中枢動脈(大動脈・頸動脈)および末梢弾性動脈(左右大腿動脈)
における脈波伝搬速度の変化を検討した。
5.循環調節からみた高齢者の上肢ワークキャパシティ
5.1.測定項目と方法
上肢ワークキャパシティは負荷強度の増加に対して、血圧が急上昇を開始する負荷とした。測定は以下のよう
にして行った。仰臥位安静を保った後、30 秒間の静的掌握運動を、30 秒間隔で行わせた。負荷は女性では 1.2kg
から開始して 2kg ずつ増加、男性は 2.5kg から開始して 2.5kg ずつ増加させた。そして、血圧急上昇が観察され
たら中止した。運動中、対側の指尖において血圧(Finapres)を測定した。また、活動肢の上腕動脈血流速度(超
音波 Doppler 法:HP8500GP)を連続的に記録した。BPcritical は、血圧急上昇開始以下の低負荷とそれ以上の高負荷
において求めた二つの血圧-負荷関係式の交点とした。また、安静時の上腕動脈血管と右総頸動脈の血管の形状
を超音波 B-mode 法で記録し、血管径を計測した。また、頸動脈については内中膜複合体の厚さを計測した。
5.2.上肢ワークキャパシティの加齢変化に関する横断的調査
対象は農村地区に住む 45-85 歳の女性 179 名と男性 67 名であり、安静時については全員測定を行った。このう
ち、循環系のリスクファクターの高い被験者、あるいは当日体調の悪い人は負荷テストを中止あるいは軽負荷の
みとしたので、BPcritical に関しては、147 名の女性と 54 名の男性の結果を分析対象とした。分析は年齢が 65 歳未
満、65-75 歳未満および 75 歳以上の 3 群にわけて行った。そして、局所的作業能力の指標に対する年齢、喫煙の
影響、頸動脈の形状(内径、内中膜複合体の厚さ)、前腕筋厚(超音波 B-モード法)との関係を検討した。
5.3.上肢ワークキャパシティの加齢変化に関する縦断的調査
上記横断的調査に参加した被験者は、1999 年-2001 年までの間に、原則として年 2 回繰り返し測定に参加した。
3 年間に測定した延べ人数は女性 332 名、男性 127 名、計 459 名であった。それらの被験者の中、本プロジェクト
に参加開始と同時にトレーニングを開始した被験者女性 22 名、男性 6 名を縦断的にデータとして分析し、トレー
ニングに参加しなかったコントロール群(各 7, 6 名)と併せて検討した。
5.4.日常生活の身体活動量の測定
ライフコーダ(スズケン社製)を用いて、日常生活の身体活動量(歩数・消費カロリー)を 2 週間測定した。
測定装置への慣れ等も考慮し、測定開始初期を除く数日のデータを平均して、各人の身体活動量とした。
5.5.運動トレーニングの効果
縦断的調査を行った被験者の中、月 2 回以上、筋力(4 名)、持久力(7 名)、筋力・持久力(10 名)トレーニ
ングを行った高齢女性とトレーニングを行わない高齢女性を対象として、約 1 年間のトレーニング前後の各パラ
メータを比較した。また、トレーニング効果を確認するために、6 名の若年女性(20 歳代)に持久的な掌握運動
トレーニングを 6 週間行わせて、静的運動時と動的運動時の血圧急上昇負荷、および前腕最高血流量を測定した。
トレーニングは 30%MVC 負荷で 1 分間の動的(60 回/分)掌握運動を 5 回行うもので、週 3 回実施した。
研究成果及び考察
1.動脈系コンプライアンスに関する横断的検討
本研究にて、動脈系コンプライアンスは加齢に伴い低下するが、日常の身体活動量が多いほど動脈系コンプラ
イアンスは高いことが明らかとなった。すなわち、心血管系疾患等の危険因子のない健常な中高齢者における年
38
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
齢、身体活動量、動脈系コンプライアンス、及び収縮期血圧の関連についての多変量解析(パス解析)を行った
ところ、収縮期血圧は日常の身体活動量及び動脈系コンプライアンスから直接的な影響を受けていること、及び
日常の身体活動量は動脈系コンプライアンスを増大させる効果を持つことが明らかとなった。したがって、日常
の身体活動量は収縮期血圧の上昇に対して、直接的な影響を及ぼしているだけでなく、動脈系コンプライアンス
を介して間接的な抑制効果をも有していることが示唆された。健常な中高齢者に危険因子保有者を加えた解析に
ても、同様の結果を得た。年齢と動脈系コンプライアンスの間には有意な負の相関関係があり(健常者:r=-0.39,
p<0.001;全対象者:r=-0.16, p<0.05)、年齢補正した動脈系コンプライアンスと日常の身体活動量との間には
有意な正の相関関係があった(健常者:r=0.25, p<0.05;全対象者:r=0.15, p<0.05)。この結果から試算する
と、身体活動量が 100 kcal/日増えると、動脈系コンプライアンスの増大による収縮期血圧の低下は健常者で約 1
mmHg、危険因子保有者を含めると約 5 mmHg、危険因子保有者で約 8 mmHg となるが、対象者の幅(数、年齢、身体
活動量等)を拡大して結果を確実にすることが、今後の重要課題である。また、動脈伸展性に及ぼす動脈硬化危
険因子などの影響を多変量解析で検討した結果、平均血圧との間に有意の関連(血圧が高いほど伸展性は低い)
があったが、血中一酸化窒素酸化物(NOx)濃度、HOMA-R(インスリン抵抗性)、脂質、及び食塩摂取量と動脈伸
展性との間には有意の関連がなかった。しかし、NOx 濃度は食事などに大きな影響を受けるが、多数を対象にした
横断的検討では食事の管理が困難であり、今回の結果には問題があるかもしれない。また、質問紙による食塩摂
取の調査を一部の対象者で行ったが、対象者が少ないことに加え、質問紙では正確な評価が出来なかった可能性
も大きい。したがって、今後は対象数の拡大と測定法の確立を図り、結果を明確にする必要があると考えられる。
少なくとも、本研究の横断的検討により、日常の身体活動量は、動脈系コンプライアンスに対して独立した効果
を有することは明らかとなった。
2.動脈系コンプライアンスに関する縦断的検討(運動トレーニングの影響)
6 ヶ月間の運動教室への参加者において、脈波速度法で評価した大動脈伸展性は、比較的軽度で短期間の運動ト
レーニングにより改善した。さらに、6 ヶ月間の定量的運動負荷トレーニングによる検討では、安静時の動脈系コ
ンプライアンスは有意に増大した。また、安静時の動脈系コンプライアンスの増大は、運動トレーニング開始 3
ヶ月後にすでに観察された。すなわち、比較的低強度で短期間の持久性運動トレーニングにより、動脈系コンプ
ライアンスが増大することが明確になった。運動教室参加者での 1 年 6 ヶ月にわたる縦断的検討では、運動トレ
ーニング開始 6 ヶ月後には安静時の動脈系コンプライアンスは有意に増大したが、トレーニング開始 1 年後には、
トレーニング前の値に戻っていた。トレーニング開始 1 年 6 ヶ月後の動脈系コンプライアンスは、トレーニング
開始 1 年後と変わらなかった。運動教室でのトレーニングを含む日常の身体活動量は、トレーニング開始 6 ヶ月
後に増加傾向にあったが、1 年後及び 1 年 6 ヶ月後はむしろ減少していた。このことが動脈系コンプライアンスに
影響を与えた可能性が考えられた。すなわち、運動を継続することが効果を持続させるための重要な要素である
ことが明らかになった。
運動トレーニングにより、動脈系伸展性が改善するメカニズムは不明である。しかし、3~6 ヶ月間という比較
的短期間の運動トレーニングにより動脈系コンプライアンスが増大したことを考慮すると、動脈壁の弾性に影響
する器質的因子に何らかの変化が生じたというより、機能的な因子の改善が生じた可能性が強いと考えられる。
動脈壁の弾性には、中膜を構成する線維蛋白が主な器質的因子として影響するが、生体では機能的因子として中
膜平滑筋の緊張度(トーヌス)もまた弾性に影響する。血管平滑筋のトーヌスは自律神経活動や血管作動性物質
に影響されるが、我々は、運動トレーニングにより血管トーヌスを低下させるような適応として、NO などの血管
内皮細胞由来の血管作動性物質の産生能が変化するという仮説を持っている。
3.運動トレーニングによる血管内皮機能の変化
3.1.若齢者および中高齢者における血中 NOx 濃度と血中 ET-1 濃度の変化
39
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
若齢者の運動トレーニングにより、安静時の血中 NOx 濃度が増加し、血中 ET-1 濃度が減少することが示された。
血管内皮細胞が産生する NO は血管拡張作用を持つので、血管壁のトーヌスを低下させ、一方、ET-1 は血管収縮作
用を持つので、血管壁のトーヌスを上昇させる。したがって、トレーニングにより、血中 NOx 濃度は増大し、血
中 ET-1 濃度は低下したという結果は、前述した我々の仮説を裏付けるものである。
中高齢者においてもトレーニングにより、血管内皮機能の変化、すなわち NO や ET-1 の産生に変化が生じるか否か
の検討を行ったところ、中高齢者における安静時の血中 NOx 濃度は、運動トレーニング開始 3 ヶ月後に増加し、さら
に 6 ヶ月後においてもトレーニング前に比べ高値であった。一方、安静時の血中 ET-1 濃度は、トレーニング開始 3
ヶ月後に低下し、さらに 6 ヶ月後もトレーニング前に比べ低値を示した。これらの結果より、中高齢者における運動
トレーニングは、若齢者におけるトレーニングと同様、血管内皮機能を改善する可能性が示唆された。
3.2.老齢ラットの運動トレーニングによる NO 合成酵素の変化
NO は血管拡張作用や抗動脈硬化作用等を有するが、血管内皮細胞の NO 産生能は加齢に伴い低下する。8 週間の
水泳トレーニングを 21 ヶ月齢の老齢ラットに(老齢水泳群)に負荷し、大動脈組織における内皮型 NO 合成酵素
(eNOS)遺伝子(mRNA)及びタンパクの発現を、安静飼育した同月齢のラット(老齢安静群)及び 4 ヶ月齢のラ
ット(若齢安静群)と比較した。大動脈組織における eNOS mRNA の発現は、若齢安静群に比べると老齢水泳群と
老齢安静群で有意に低値であったが、老齢水泳群では老齢安静群より有意に増大していた。また、大動脈におけ
る eNOS のタンパク発現は、mRNA の発現と同様、若齢安静群に比べ、老齢水泳群と老齢安静群で低下していたが、
老齢水泳群では老齢安静群より増大していた。したがって、老齢期から開始した運動トレーニングでも、加齢に
伴う大動脈内皮細胞の NO 産生能低下を改善することが示唆された。
4.運動負荷中の動脈系コンプライアンスの変化
運動負荷中の血圧上昇に影響する因子として、動脈系コンプライアンスに注目して検討した。若齢者および中高齢
者にて、運動中に動脈系コンプライアンスが増大し、さらに中高齢者の運動トレーニングにより一過性運動時の動脈
系コンプライアンスも増加することが示された。運動中に動脈系コンプライアンスが増大すれば、左室後負荷が軽減
されて、運動中の血圧上昇が抑制されるはずなので、本研究で得られた成果は極めて興味深いものである。
運動負荷中の血圧上昇への動脈系コンプライアンスの関与を明らかにするための検討を行った。横断的検討で
は、動脈系コンプライアンスは低強度の定常負荷運動中に増大し、この値は、その後のランプ負荷運動中の負荷
増大に対する動脈エラスタンス上昇率(∆Ea/∆WR)と有意に相関した(r = -0.62 , P < 0.001)。また、縦断的
な検討では、トレーニング介入により、定常負荷運動中の動脈系コンプライアンスの有意な増大と∆Ea/∆WR の有意
な低下が観察された。さらに、それぞれの変化率の間には有意な相関関係が認められた。すなわち、動脈系コン
プライアンスが高いほど運動中の左室後負荷の上昇が緩和され、血圧上昇が抑制される可能性が示唆された。
運動に伴う動脈系コンプライアンス増大の機序についての検討では、心臓-頸動脈間の脈波速度は運動中に有意
に低下し、運動終了後に開始前の水準に戻った。このことは、一過性低強度運動中に中枢の動脈伸展性が増大し
た可能性を示している。大腿動脈の脈波速度は運動中に測定することはできなかったものの、終了直後に運動脚
において脈波速度の有意な低下が確認された。すなわち、末梢の弾性動脈においても運動中に伸展性が増大して
いる可能性が考えられた。一方、非運動脚では有意な変化が認められなかった。このことから、運動負荷中の動
脈系コンプライアンス増大には、NO などの血流依存性血管拡張物質のような局所的因子が関与している可能性が
考えられた。
5.循環調節からみた高齢者の上肢ワークキャパシティ
5.1.加齢に伴う上肢ワークキャパシティの変化
横断的データから、BPcritical に対する加齢の影響を検討した。女性では年齢の異なる 3 群間に有意差があり、年齢
40
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
が高くなるほど低下した。そして、75 歳以上の値は 64 歳以下の平均値の 66%以下に低下した。男性も同様であっ
たが、低下度は女性より少なく 75 歳以上の値は 64 歳以下の 87%であった。BPcritical の最大筋力(握力)に対する
相対値を求めると、女性では 64 歳以下が 39.0±2.3%MVC、65-74 歳が 33.3±2.4%MVC、75 歳以上は 29.2±3.4%MVC
と低下する傾向を示した。すなわち、高齢者群では血圧の急上昇する負荷の絶対値が低いと共に最大筋力に対する相
対値でも低値を示しており、加齢に伴う最大筋力の低下以上にワークキャパシティの低下のあることがわかった。
このような加齢による BPcritica の低下は、個人の 3 年間の追跡データと横断的データをすべて用いた混合型分析
からも確認された。これらの結果を用いれば年齢別の評価基準を作成することができる。しかし、75 歳以上の後
期高齢者と高齢期男性の数が少なく、評価基準作成までにさらに被験者数を増加して検討する必要がある。
5.2.負荷運動に対する高齢者の血圧応答
負荷増加に対する血圧上昇は、BPcritical 以下の低負荷では高齢者群の上昇率が低かったが BPcritical 以上の高負荷
では年齢群間に相違は見られなかった。しかし、安静時血圧に相違があるので、BPcritical での血圧には年齢群間に
有意差は見られなかった。したがって高齢群の血圧応答の特徴は低負荷においては負荷増加に対する血圧応答が小さ
いこと、血圧急上昇は低い負荷から起こること、急上昇が始まるとその上昇率は年齢で相違のないことが示された。
5.3.上腕動脈および総頸動脈の血管形態と血管内血流速度の年齢比較
本研究で用いた BPcritical は、活動筋においてヘモグロビンの脱酸素化が亢進する負荷や、運動中の上腕動脈血流量
が血流需要に対して不十分になる負荷と密接な関係をもっている。そこで、後者に関連する血管構造の加齢変化をみ
ることとして、上腕動脈と総頸動脈の血管径を調べた。その結果、総頸動脈血管径は、64 歳以下(6.7±0.1mm)に対
して 65-74 歳では(7.2±0.1mm),75 歳以上(7.5±0.2mm)で有意 (p<0.01,p<0.001)に増加した。また、上腕動脈
血管径も同様な傾向を示し、75 歳以上(4.5±0.2mm)は 65 歳未満(4.1±0.1mm)より有意に大きかった。
総頸動脈については、内中膜複合体厚を測定したところ、高年齢群で有意に高くなり、 64 歳以下(0.66±0.02mm)
に対して 65-74 歳(0.75±0.02mm)、75 歳以上(0.78±0.04mm)は有意 (p<0.01,p<0.01)に高い値を示した。動脈系
コンプライアンスと頸動脈内中膜複合体の厚さとの関係(男性 46 名、女性 180 名)をみると、r=-0.184 (p<0.05)
の負の相関関係がみられた。また、大動脈脈波速度と頸動脈複合体の厚さとの間にも有意な相関(女性 r=0.308, p
<0.05,N=50、男性は NS)が得られた。すなわち、大動脈の伸展性に血管壁の厚さが影響していることが示された。
頸動脈内の安静時の平均血流速度は 64 歳以下(41.5±1.2cm/s)に対して 65-74 歳(38.4±1.0cm/s)、75 歳以上
(30.8±1.6cm/s)と年齢が高い程有意に低下した。上腕動脈平均血流速度も同様な傾向を示したが、頸動脈ほど明
瞭な結果は得られなかった。血流速度は血管壁(内皮)を刺激する要因であり、それが加齢で低下することは注
目に値する。今後、血管拡張物質の作用との関係も含めて検討すべき課題である。
5.4.運動トレーニングの効果
約 1 年間のトレーニングを継続した被験者の BPcritical は、筋力群、持久力群、筋力・持久力群のいずれにおいて
もトレーニング後やや高い平均値を示したが、統計的に有意には到らなかった。定期的にトレーニングできた被
験者数が少なく、月 2 回程度のトレーニングを実施した被験者も含まれ、明瞭な結果が得られなかった。
そこで、管理されたトレーニングを行えば BPcritical に効果が現れるか否かを確認するため、若年者を対象に週 3
回のトレーニングを 6 週間行わせたところ、トレーニング前(7.1±0.5kg)と比較してトレーニング後 (9.2±
0.7kg)は有意 (p<0.01)に増加した。また、動的運動時の血圧急上昇負荷と運動終了直後の前腕血流量ピーク値
も(20.53±3.13ml/100ml/min から 28.95±1.78ml/100ml/min)に有意(P<0.05)に増加した。すなわち、週 3 回
程度の定期的トレーニングを行えば,活動体肢への血流量が増加し、BPcritical が高くなることが確認された。今後
は、若年者で確認された BPcritical のトレーニング効果が高齢者でも得られるかどうかを検討する必要がある。
以上のように、血圧を指標とした上肢のワークキャパシティは、全身的なワークキャパシティとも関連が深く、
41
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
さらに、日常的な運動量が多いほど高い値を保っていることがわかった。しかし、実際にトレーニングを行った
高齢者を縦断的にみても明確な効果は得られなかった。定期的なトレーニングを行った若年者では、BPcritical と血流
量に対する効果が認められたので、管理型トレーニングによって高齢者のトレーニング効果を確認する必要がある。
このような末梢血管系の加齢変化が上肢ワークキャパシティにどの程度影響するかについては今後の課題である。
成果の発表
1)原著論文による発表
ア)国内誌
1.
柿山哲治,横山典子,前田清司,久野譜也,松田光生,高石昌弘.
ーニング応答の個体差.
2.
小野スポーツ科学
3.
7: 35-44, 1999.
柿山哲治,横山典子,前田清司,久野譜也,高石昌弘,松田光生.
中高年女性の大動脈伸展性に及ぼす影響.
大動脈伸展性の加齢変化と運動トレ
6 ヶ月間の低強度運動トレーニングが
日本臨床スポーツ医学会誌 9: 226-233, 2001.
清水靜代,村岡慈歩,山本幸弘,久野譜也,松田光生,加賀谷淳子.
高齢女性の末梢血管径と血圧との
関係.岡田守彦,松田光生,久野譜也編著,「高齢者の生活機能増進法
地域システムと具体的ガイドラ
イン」,NAP,p331-333, 2000.
4.
田辺匠,前田清司,菅原順,大槻毅,宮内卓,久野譜也,鯵坂隆一,松田光生.
運動中の血管コンプラ
イアンスの変化. 岡田守彦,松田光生,久野譜也編著,「高齢者の生活機能増進法
地域システムと具体
的ガイドライン」,NAP,p334-336, 2000.
5.
柿山哲治,横山典子,前田清司,久野譜也,高石昌弘,松田光生.
女性中高年者における低強度運動の
継続が大動脈伸展性におよぼす影響. 岡田守彦,松田光生,久野譜也編著,
「高齢者の生活機能増進法
地
域システムと具体的ガイドライン」,NAP,p340-342, 2000.
6.
柿山哲治,横山典子,前田清司,久野譜也,松田光生.
及ぼす影響.
低強度運動の継続が中高齢者の大動脈伸展性に
健康医科学 17: 16-28, 2002.
イ)国外誌
Kagaya, A.
New Paradigms of Health in the 21st Century”New paradigmsof Sports & Physical Education
in the 21st Century.
The 2000 Seoul International Sport Science Congress (Proceedings): 53-62,2000.
Maeda, S., Miyauchi, T., Kakiyama, T., Sugawara J., Iemitsu, M., Irukayama-Tomobe, Y., Murakami, H.,
Kumagai, Y., Kuno, S., Matsuda, M.
Effects of exercise training of 8 weeks and detraining on plasma
levels of endothelium-derived factors, endothelin-1 and nitric oxide, in healthy young humans.
Life
Sciences 69: 1005-1016, 2001.
Kagaya, A., Muraoka, Y., Matsuda, M., Kuno, S., Shimizu, S., Yamamoto, Y., Kera, N. and Kimura, Y.
Forearm work capacity in association with age and daily physical activity in elderly women .
Proceedings of the 4th symposium on inactivity.
edited by Gunji,A., pp61-66, Seigakuin University
Press, 2001.
2)原著論文以外による発表
ア)国内誌
加賀谷淳子.
身体活動とエネルギー消費.「身体活動と生活習慣病」,日本臨床社,p7-12, 2000.
42
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
加賀谷淳子.
元気な心臓,元気な血管—循環調節から見た高齢者の上肢ワークキャパシティ.岡田守彦,松田
光生,久野譜也編著,「高齢者の生活機能増進法
前田清司,柿山哲治,松田光生.
「高齢者の生活機能増進法
松田光生.
進法
地域システムと具体的ガイドライン」,NAP,p84-91, 2000.
血管をやわらかくすると元気になる. 岡田守彦,松田光生,久野譜也編著,
地域システムと具体的ガイドライン」,NAP,p74-83, 2000.
心臓と血管を鍛える運動プログラム. 岡田守彦,松田光生,久野譜也編著,
「高齢者の生活機能増
地域システムと具体的ガイドライン」,NAP,p133-138, 2000.
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中高年者の循環機能と身体活動.
前田清司,宮内卓,松田光生.
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運動と内皮由来血管作動性物質
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運動時の循環調節における内皮由来血管作動性物質.
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高齢者の血管特性.
In:運動と循環
−研究の現状と課題−(加賀谷淳子,中村好男 編),pp.
257-268,ナップ,東京,2001.
3)口頭発表
ア)招待講演
加賀谷淳子:生活機能維持・増進のための体力とは「高齢者における生活機能の維持・増進と地域システム」.
浜松フォトニクス・セミナー,静岡,1999.11.
Kagaya,A.: New Paradigms of Health in the 21st Century.New Paradigms of Sport & Physical Education
in the 21st Century.The Seoul International Sport Science Congress August 24-26, Seoul. 2000.
松田光生:生活習慣病における運動の意義.第 9 回鹿児島スポーツ医学研究会.鹿児島,2001.2.
イ)応募・主催講演等
柿山哲治,菅原順,横山典子,村上晴香,矢澤克典,前田清司,久野譜也,高石昌弘,松田光生:短期間の運
動トレーニングおよびその中止が大動脈伸展性に及ぼす影響.
第 25 回日本医学会総会記念体力医学会シン
ポジウム,東京,1999.3.
前田清司,菅原順,柿山哲治,家光素行,宮内卓,熊谷嘉人,村上晴香,久野譜也,松田光生:運動トレーニ
ングが一酸化窒素(NO)産生に及ぼす影響.
第 7 回日本運動生理学会,東京,1999.10.
前田清司,宮内卓,柿山哲治,菅原順,家光素行,入鹿山容子,村上晴香,熊谷嘉人,久野譜也,山口巌,松
田光生:健常者における慢性(8 週間)の運動トレーニングによる血中 NOx 濃度と血中エンドセリン-1 濃度の
変化.
第 64 回日本循環器学会学術集会,大阪,2000.4.
43
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
Kagaya,A., Muraoka,Y., Matsuda,M., Kuno.S., Shimizu,S., Yamamoto,Y., Kera,N. and Kimura,Y.:Effect
of aging and daily physical activity on forearm work capacity in elderly women.The 4th symposium of
"Inactivity (prolonged bed-rest) , Health and Aging". Saitama,2000.4.
加賀谷淳子、村岡慈歩、清水静代、木村有里、計良奈美子:筋の酸素動態から見た上肢ワークキャパシティの
評価 NIRO ワークショップ,東京,2000.6.
加賀谷淳子,村岡慈歩,清水静代,木村有里,計良奈美子:循環応答を指標とした局所筋ワークキャパシティ
の評価.第 8 回日本運動生理学会.大阪,2000.7.
清水静代,村岡慈歩,久野譜也,松田光生,加賀谷淳子:高齢女性の上腕動脈血管径と血流量の変化-SAT プ
ロジェクト 2-.第 8 回日本運動生理学会.大阪,2000.7.
Kakiyama, T., Yokoyama, N., Maeda, S., Kuno, S., Takaishi, M., Matsuda, M.: Effects of short-term and
low-intensity exercise on aortic distensibility in middle-age and elderly women.
Symposium of Asian Society for Adapted physical .
6th International
Education and Exercise, Taipei, The Republic of
China, 2000.8.
田辺匠,前田清司,菅原順,宮内卓,久野譜也,鯵坂隆一,松田光生:運動により動脈伸展性は増大する
プロジェクト 25−.
−SAT
第 55 回日本体力医学会.富山,2000.9.
加賀谷淳子,村岡慈歩,清水静代,山本幸弘,木村有里,計良奈美子,久野譜也,松田光生:血圧変化から見
た高齢女性の上肢ワークキャパシティ-SAT プロジェクト 11-.第 55 回日本体力医学会.富山,2000.9.
清水静代,村岡慈歩,山本幸弘,久野譜也,松田光生,加賀谷淳子:高齢女性の頸動脈血管径と血流速度-SAT
プロジェエクト 10-.第 55 回日本体力医学会.富山,2000.9.
前田清司,柿山哲治,松田光生:血管をやわらかくすると元気になる.
つくば健康科学フォーラム 2000,つ
くば,2000.12.
松田光生:心臓と血管を鍛える運動プログラム.
つくば健康科学フォーラム 2000,つくば,2000.12.
田辺匠,前田清司,菅原順,大槻毅,宮内卓,久野譜也,鯵坂隆一,松田光生:運動中の血管コンプライアン
スの変化.
つくば健康科学フォーラム 2000,つくば,2000.12.
柿山哲治,横山典子,前田清司,久野譜也,高石昌弘,松田光生:女性中高年者における低強度運動の継続が
大動脈伸展性におよぼす影響.
つくば健康科学フォーラム 2000,つくば,2000.12.
加賀谷淳子:元気な心臓,元気な血管
—循環調節から見た高齢者の上肢ワークキャパシティ—.
つくば健康
科学フォーラム 2000,つくば,2000.12.
清水靜代,村岡慈歩,山本幸弘,久野譜也,松田光生,加賀谷淳子:高齢女性の末梢血管径と血圧との関係.
44
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
つくば健康科学フォーラム 2000,つくば,2000.12.
菅原順,大槻毅,田辺匠,前田清司,鯵坂隆一,松田光生:低強度運動が動脈系コンプライアンスに及ぼす影
響.
第 1 回臨床動脈波研究会,東京,2001.5.
Kakiyama T, Yokoyama N, Maeda S, Kuno S, Matsuda M : Effects of exercise training on arterial
distensibility in middle-aged and elderly women. 6th Annual Congress of the European College of Sport
Science, Kolen, Germany, 2001.7.
田辺匠,前田清司,家光素行,大森肇,宮内卓,松田光生:水泳トレーニングは加齢に伴い低下する内皮型一
酸化窒素合成酵素の遺伝子発現を改善する
−SAT プロジェクト 44−.第 9 回日本運動生理学会,横浜,2001.7.
清水靜代,村岡慈歩,山本幸弘,久野譜也,松田光生,加賀谷淳子:上腕動脈と総頸動脈における加齢変化の
比較
-SAT プロジェクト 46-.
第 9 回日本運動生理学会,神奈川,2001.7.
村岡慈歩,清水靜代,宮谷昌枝,福永哲夫,久野譜也,松田光生,加賀谷淳子:高齢女性における運動時の血
圧上昇と筋厚との関係−SAT プロジェクト 45−.
第 9 回日本運動生理学会,神奈川,2001.7.
田辺匠,前田清司,菅原順,大槻毅,久野譜也,宮内卓,鰺坂隆一,松田光生:持久的トレーニングにより安
静時及び運動時の動脈系コンプライアンスは増大する
−SAT プロジェクト 63−.
第 56 回日本体力医学会,仙
台,2001.9.
菅原順,大槻毅,田辺匠,前田清司,久野譜也,鯵坂隆一,松田光生:一過性の低強度自転車運動が運動脚と
非運動脚の動脈伸展性に及ぼす影響.
第 56 回日本体力医学会,仙台,2001.9.
田辺匠,前田清司,菅原順,大槻毅,柿山哲治,横山典子,久野譜也,宮内卓,鰺坂隆一,松田光生:中高齢
者における身体活動水準が動脈系伸展性および収縮期血圧に及ぼす影響—新しい動脈系伸展性測定法を用いた
検討—−SAT プロジェクト 39−.
第 52 回日本体育学会,札幌,2001.9.
菅原順,大槻毅,田辺匠,前田清司,鰺坂隆一,松田光生:低強度運動が動脈系コンプライアンスに及ぼす影
響.
第 52 回日本体育学会,札幌,2001.9.
大槻毅,菅原順,田辺匠,前田清司,久野譜也,鰺坂隆一,松田光生:中高齢者における動脈系コンプライア
ンスと有気的持久力との関係
−SAT プロジェクト 38−.
第 52 回日本体育学会,札幌,2001.9.
大槻毅,菅原順,田辺匠,前田清司,久野譜也,鰺坂隆一,松田光生:動脈系コンプライアンスとランプ負荷
運動中の心拍出動態との関連
−SAT プロジェクト 66−.
第 12 回日本臨床スポーツ医学会学術集会,つくば,
2001.11.
田辺匠,前田清司,菅原順,大槻毅,柿山哲治,横山典子,久野譜也,宮内卓,鰺坂隆一,松田光生:中高年
者における身体活動量が動脈伸展性に及ぼす影響
−SAT プロジェクト 67−.
学術集会,つくば,2001.11.
45
第 12 回日本臨床スポーツ医学会
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
1. 高齢者の体力・運動機能の評価と生活機能推進策の具体化
1.2. 高齢者における呼吸循環器系機能の維持・増進に関する研究
1.2.2. 有酸素能力に関する研究
福岡大学スポーツ科学部運動生理学研究室
田中
要
宏暁
約
LT と近似して発現する DPBP は、労作性狭心症患者の ST レベルが 1.0mm 低下した強度に比して有意に低く安全
度が高いことと、判別率が高く(延べ 524 名で 97%)、高齢者に対して安全度の高い有酸素的能力の評価および運動
処方箋作成法として有効であると考えられた。
高齢者の有酸素的能力を簡易にかつ多人数を同時に測定可能な、ステップ運動負荷テスト法を開発した。その
結果、高さ 20cm の踏み台を用い、15 回/分から 5 回/分毎に漸増し、運動直後に乳酸を分析することにより、高齢
者の有酸素的能力の評価および運動処方箋作成法として有効であると考えられた。
日常の身体活動時の運動の質と量を評価する方法としての加速度センサー法の有用性と、それを利用したシス
テム開発を行った。歩行テストにより、加速度センサーによる強度分類の至適強度を求める方法と、それに基づ
き運動実践を評価するソフトを開発した。また、階段昇降時の運動を判別し得る身体活動量測定器を開発する事
を目的として、従来の加速度センサーに気圧センサーを搭載した装置の開発と、その精度検定を行った。階段昇
降中の気圧変化量は、垂直方向への移動高に高く相関したが再現性が低く定性には使えるものの、移動距離の推
定精度は落ち、さらなる改良が必要であることが示唆された。
研究目的
高齢者における生活機能の維持増進に関わる体力要素は多いが、そのうち最も健康に関わりのあるものの一つ
は呼吸循環器能に依存する有酸素的能力である )。したがって、健康の維持増進のための運動処方箋作成には、
有酸素的能力の評価が必要不可欠であるが、従来の有酸素的能力の測定には高価な機材と高度の技術を要し、さ
らに測定時は被検者を疲労困憊に至るまで運動させるなど危険を伴う。一方、最大下での多段階漸増運動負荷試
験時における各負荷での心拍数と年齢から推定した最大心拍数(以下、HRmax)とを用いた推定法では、高齢者を
対象とした場合、加齢に伴う最大心拍数の低下にみられる個人差の拡大により最大酸素摂取量の推定誤差が大き
くなる問題点が指摘されている )。そこで本研究では、まず有酸素能力を安全に精度高くかつ簡易に測定できる
コストパフォーマンスの高い方法を確立することにある。その方法として精密型と簡易型の 2 方法を考えている。
前者は Tanaka ら )が開発した心拍数と最高血圧の二重積(double product; DP)を頻回に自動測定する装置を用い、
高齢者に安全な運動負荷範囲で二重積屈曲点(double product breaking point 以下、DPBP)が判定可能かどうかを
調べることにある。後者は日常生活で避けることが出来ない階段の高さのステップテストを開発する。
さらに日常生活の活動量の定量方法(運動の強度と量をできるだけ正確に定量化する)と運動プログラムを開
発し、運動習慣形成の支援システムを提案する。
46
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
研究方法
1.高齢者有酸素能の基礎データの集積と運動習慣形成支援システムの開発
1.1.DPBP 強度を用いた運動処方の安全性の確認
有酸素的能力の評価に用いる DPBP の運動強度の安全性を確認するため、労作性狭心症患者 32 名(69.1±7.9 歳)
を対象として運動負荷試験を実施した。
運動負荷試験は自転車エルゴメータを用いた Ramp 負荷試験を行い、運動負荷は患者の体格、推定体力に応じて、
1 分当たりの漸増幅はそれぞれ 5,8,10,15watts のいずれかを選択した。DP は自動測定装置を用い、15 秒毎に
測定した。また、ST レベルの判定には V5 誘導を用いた。
1.2.大洋村コホートについて高齢者有酸素能の基礎データの集積
測定は、1999 年前期から 6 ヶ月毎に 2001 年前期まで行った。対象者はトレーニング開始時期により 1 期生,2
期生,3 期生に分け、1 期生は 1997 年後期、2 期生は 1998 年後期、3 期生は 1999 年後期よりそれぞれトレーニン
グを開始した。運動負荷試験は、自転車エルゴメータを用い、1 分毎に 10 または 15watts 漸増の Ramp 負荷で年齢
から予測される 75%最大心拍数(HRmax)に相当する運動強度まで行った。
1999 年~2001 年に行われた全 5 回の測定に参加した対象者は、1 期生:17 名,2 期生:11 名であり、4 回の測
定に参加した対象者は、3 期生:10 名であった。すべてのトレーニング・グループは、有酸素性運動と筋力トレ
ーニングを併用させたトレーニングとした。有酸素性運動では、自転車エルゴメータ,ステップ運動などを用い、
DPBP に相当する運動強度で、週に 1~2 回、30 分のトレーニングを行った。
1.3.簡易評価テスト(ステップテスト法)の確立
1.3.1.簡易評価テスト(ステップテスト法)の確立のための高齢者を対象とした基礎的データ収集
60~78 才の高齢群 220 名を対象としてステップテストを施行した。運動強度はそれぞれ 4,5,6kgm/kg/min と
し、20cm のステップ台を用い、1 負荷 4 分の後 1 分間の休息をはさみ、昇降頻度を漸増する方法で施行した。46
名のみについて 3kgm/kg/min を初期負荷とした。測定項目は、耳朶より採取した末梢血の血中乳酸(以下、LA)、
心拍数(以下、HR)、主観的運動強度(以下、RPE)であった。LA は簡易乳酸測定器(Lactate
Pro, アークレイ,
京都)で測定した。
テストの中止基準は、HR が「220-年齢」から推定される 85%HRmax、または LA 3 mmol/l に到達した時点、あ
るいは本人の意志とした。
1.3.2.血中乳酸閾値(以下、LT)の決定法
簡易な LT 判定法として、LA が安静時から 0.5mmol/l 高い濃度(以下、安静時 LA+0.5 mmol/l)に相当する運動
強度を用いた。その理由は、換気性作業閾値に相当する LA が安静時より 0.5±0.34 mmol/l 上昇した運動強度で
ある )、という報告に基づいている。したがって、安静時より 0.5 mmol/l 以上上昇した 2 点または 3 点の LA と
運動強度をそれぞれ対数変換し、回帰式より安静時 LA+0.5 mmol/l に相当する運動強度を算出し、LT とした。安
静時より 0.5 mmol/l 以上上昇した LA が 2 点未満の対象者は LT 判定不可とした。
1.4.安全に生活機能の維持、増進が可能な運動ソフトの開発とステップ台の改良
平成 12 年度に実施した予備実験をもとに、運動プログラムとしての有効性を検討した。対象は、61 歳から 73
歳の運動禁忌の臨床症状のない高齢者 14 名(男性 2 名,女性 12 名)であった。トレーニング期間は、3 ヶ月間と
した。ステップテストは、①と同様 20cm のステップ台を用い、初期負荷を 2kgm/kg/min として、4 分毎に
0.5kgm/kg/min ずつ漸増した。LT は、運動強度と LA の関係から目視により判定した。
6-20cm まで 2cm 刻みで台高調節可能なステップ台を作成し、個人毎に貸与し、それを用いて家庭内で行う非監
47
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
視型のトレーニングとした。昇降頻度を 22.5 回/分として各個人の LT に相当する運動強度になる台高を設定し、
その台高でメトロノームのピッチ音にあわせてステップ運動を 1 日 30 分、週に 3-5 回行うことを奨励した。
2.身体活動の定量法
2.1.ライフコーダを用いた運動負荷テストの開発
ライフコーダに歩行テスト機能を搭載し、健康づくりに有効な相対的運動強度を判別するシステムの開発を試みた。
歩行テスト:ライフコーダを 4 種(110,120,130,140 beats/min)のピッチを断続的に発するように改良し、
それぞれのピッチ音に合わせて歩行するテスト法を考案した。ピッチ音は初期負荷を 110 beats/min として、4 分
10 秒間継続後、30 秒間停止し、10 beats/min 毎ピッチ音を漸増する方法をとった。対象者は、それぞれのピッチ
音で最初の 10 秒間の試聴後 4 分間の歩行運動を行った。測定項目は HR,LA,RPE であった。また、すべての測定
は屋内で行った。4 分間の主運動中、ライフコーダにて 4 秒毎に運動強度を決定し、テスト終了後コンピューター
にて解析を行った。各速度での強度と心拍数から、50%最大酸素摂取量に相当する脈拍数(ニコニコペースの推
定脈拍数:138−年齢/2)を用いる方法(HR 法)と、各速度での強度と LA から安静時 LA+0.5 mmol/l(≒乳酸閾
値)を用いる方法(LA 法)でそれぞれの至適運動強度を算出した。対象者はⅡ型糖尿病患者 44 名(年齢 57.1±11.5
歳,身長 160.2±8.8cm,体重 63.3±13.7kg,BMI24.6±4.9kg/m2)であった。
2.2.大気圧センサーと加速度計を用いた垂直方向への移動距離を加味した生活習慣記録器の開発
4 秒毎に、大気圧、加速度をもとに算出される運動強度および歩数を決定可能な、気圧センサー付加速度計
(Accelerometer with Altitude Sensor System:以下、AASS)を開発した。AASS は、1 軸加速度センサー、絶対
圧センサー、気圧信号処理装置、データ記録装置(Cardy-2)、単三型アルカリ電池 2 本で構成される。大気圧は、
32msec ごとに測定し、4 秒毎の平均値を AASS に記録した。気圧による高度差の判定には、Laplace の気圧測公式
を用い、気圧 1hPa の変化を 8.61M の高度変化とした。なお、AASS における気圧-電圧変換特性は、3.95mV/hPa で
あった。この、AASS を腰部に専用ベルトにて固定し、1 段の高さが 18cm の階段を用い、75 歩/分の速度にて、14
段(中 2 階)、22 段(2 階)、33 段(中 3 階)、43 段(3 階)の階段昇り、降りおよび、自由速度での歩行運動と走
行運動を行った。これらの 10 つの運動は、それぞれ 5 回ずつ行った。
研究成果
1.高齢者有酸素能の基礎データの集積と運動習慣形成支援システムの開発
1.1.DPBP 強度を用いた運動処方の安全性の確認
図 1-A は、労作性狭心症患者を対象とした漸増運動負荷時の ST レベルおよび DP の変化の典型例である。ST レ
ベルが低下した全例において DPBP は、ST 低下が顕著となる強度より低い強度で発現した。ST レベルが 1.0mm 低
下した強度は、DPBP に比べて 31.4±12.8watts(p<0.01)と有意に高かった(図 1-b)。
1.2.大洋村コホートについて高齢者有酸素能の基礎データの集積
平成 11 年より半年毎に実施した測定会の参加者のうち、運動負荷試験前のメディカルチェックで運動を認めら
れ DPBP の測定を行った延べ人数は 524 名であった。DPBP 測定実施者で DPBP 判定が不可能であったのは 17 名
(3.1%)であった。その理由は、測定機器の不具合(10 名)、膝痛のため途中中止(3 名)、腰痛のため途中中止
(1 名)、運動中の不整脈で途中中止(2 名)、安静時の不整脈(1 名)などの測定機器や被検者の身体的理由によ
るものであった。測定会毎の測定参加人数、DPBP 判定者数、DPBP 判定率を表 1 に示した。
次に、DPBP を指標とした運動処方の有効性を検討した。各測定期毎の 3 グループ間の比較では、どの群にも有
意な差は認められなかった。各グループ毎の経時的変化では、1 期生および 2 期生において有意な変化は認められ
48
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
なかった。3 期生は、2001 年前期は、1999 年前期,1999 年後期に比べて有意に上昇していた(2001 年前:0.95
±0.16 v.s. 1999 年前:0.81±0.22 ,1999 年後:0.80±0.16 watts/kg; P<0.05)。
図 1. DTBP と STBP 発現の代表例(a)および ST(-1mm)の負荷強度(b)
表 1. DTBP 測定の参加人数、DTBP 判定率の年次推移(大洋村)
1.3.簡易評価テスト(ステップテスト法)の確立のための高齢者を対象とした基礎的データ収集
20cm のステップテストの METs は、運動強度(kgm/kg/min)とほぼ同値になり Margaria らの報告 )から推察さ
れるように、容易に推定可能であることが確認できた。第 1 負荷を 4kgm/kg/min からスタートし、6kgm/kg/min を
最終負荷としたプロトコールで男女合せて約 77%の対象者の LT が算出可能であった(男 76%、女 77%)。全体の
15%は LA の上昇が不十分で LT 算出が不可能であった。残りの 8%は、1 負荷目(4kgm/kg/min)で LA が 3 mmol/l
以上に上昇し、テストを 1 負荷のみで終了した(図 2)。
図 2. 高齢者を対象とした各運動強度での LT 決定率
49
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
71 歳の 43 名について 3kgm/min から運動負荷テストを開始した。その結果、43 名中 41 名の LT 算出が可能であ
った。1 負荷目の LA 濃度は 2.5mmol/l 未満であり、全員 2 負荷目の 4kgm/min を終了できた。3kgm/minkgm/kg/min
とすれば少なくとも 71 歳の高齢者まで、ほぼ全員大半の人の有酸素性作業能を評価可能であると考えられた。以
上の結果これらのことから、ステップテストの評価法として LA を用いる事により、簡易に有酸素性作業能の評価
および運動処方の作成が可能である考えられた。運動負荷負荷強度としては 3~6METS が望ましく、4~6METS でも
可能であると考えられた。また、4kgm/minkgm/kg/min の 1 負荷時の血中乳酸濃度のみでから簡易に有酸素性作業
能を評価できる可能性も示唆された(図 3)。
図 3. 踏み台昇降運動(20cm×20 回/分:4METs)時の血中乳酸濃度(安静時からの上昇量)と LT の関係
1.4.安全に生活機能の維持、増進が可能な運動ソフトの開発
トレーニング負荷としての妥当性を確認するために、ステップテストにより求められた LT 強度で 10 分間の固
定負荷試験を行った結果、全対象者が余裕を持って継続可能であった。また、運動終了直前の心拍数は 104.6±8.8
拍/分、RPE は 11.7±1.4、LA は 1.5±0.5 mmol/l であった。
トレーニング前,後でのステップテスト中の、同一負荷時における LA 濃度の安静時からの変化量は、3~
5.5kgm/kg/min においてトレーニング前に比べトレーニング後で有意に減少した(3:0.1±0.5 v.s. -0.2±0.2;
P<0.01,4.5:0.8±0.9 v.s. 0.2±0.6;P<0.01,5:1.0±0.8 v.s. 0.4±0.7;P<0.01,5.5:1.3±0.9 v.s.
0.3±0.8 mmol/l;P<0.05)。また LT は、トレーニング前に比べてトレーニング後で有意に増加した(3.6 ± 0.9
v.s. 4.5 ± 1.1 kgm/kg/min;P<0.05)(図 4)。
図 4. ステップテストにおける LT 時の運動強度の比較
50
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
2.身体活動の定量法
2.1.ライフコーダを用いた簡易テストとフィードバックシステムの開発
歩行速度の増加に伴い、ライフコーダで評価された強度と HR は直線的に増加した(r=0.90)
。HR 法で至適運動強
度が算出可能な対象者は 41 名であり、残りの 3 名はライフコーダで判定される強度の増加に伴う HR の上昇が緩慢で
評価不可能であった。LA 法で至適運動強度が算出可能な対象者は 20 名であり、残りの 24 名は、安静時 LA+0.5 mmol/l
以上に上昇する強度が 2 点未満であったので、評価不可能であった。HR 法と LA 法から求めた至適運動強度(6.1±
1.5,6.2±1.3)に有意な差は認められなかった。また、簡易テストで判定された至適強度を入力することにより 1
日あたり強度別累積時間の度数分布と、至適強度での運動時間が判別できる打ち出しフォーマットに改良した(図 5)
。
図 5. ライフコーダレポートの改良
a;改良前, b;改良後
2.2.大気圧センサーと加速度計を用いた、垂直方向への移動距離を評価可能な生活習慣記録器の開発
大気圧は、階段の昇降に伴い変化した。大気圧は、階段昇り時に気圧は減少し、階段降り時に増加した。しか
しながら、歩行時および走行時には、大気圧の変化は観察されなかった(図 6)。また、垂直方向への移動距離と、
大気圧の変化量の間には、有意な正の相関関係が確認された。しかし、5 回繰り返し行った結果、回帰直線の傾き
の再現性が低いことが分かった(図 7)。
図 6. 階段昇降中の大気圧の変化
51
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
図 7. 垂直方向への移動距離と大気圧の変化量の関係
考
察
DPBP 強度を用いた運動処方の安全性の確認
ST レベルが低下した全例において DPBP は、ST 低下が顕著となる強度より低い強度で発現したことから、DPBP
以下の運動強度では、運動負荷に伴う心筋虚血が起こりにくく、労作性狭心症患者にも安全な運動強度であるこ
とが示唆された。
運動負荷試験を完遂したすべての被検者において、DPBP の判定は可能であり、高齢者を対象として DPBP を用い
た有酸素的能力の評価法は、有益な方法の一つと考えられた。
DPBP は、運動負荷試験時にモニタリングすべき必要なパラメータである HR と SBP のみで判定が可能であり、心筋
の酸素需要が急増しはじめるポイントを推定できるという利点がある。またこの DPBP はすでに乳酸閾値や換気性作
業閾値に近似することが明らかにされている。この方法は、繁雑で特殊な技術・高価な機器を必要とせずとも、安全
で有効な運動強度を設定できるため、健康増進施設などの現場では最も実用性の高い方法の一つになると考えられる。
DPBP を指標とした運動処方の有効性
1,2 期生については、1 年半または半年前にトレーニングを開始したため DPBP 判定時には、すでにトレーニン
グ効果が得られていたものと考えられる。その後 2 年間の DPBP/kg は、一定に保たれていた。一方、3 期生の半年
間の観測期間では、DPBP/kg は変わらず、1,2 期生よりも低い水準であったが、トレーニングを開始後半年目の
測定で有意に向上し、1,2 期生の DPBP 水準に近似するまで至った。この結果は、DPBP 強度で週 30~60 分のトレ
ーニングでも低体力者の有酸素性作業能を高められること、加齢に伴う有酸素的能力の低下を抑制できることを
示唆している。
以上の結果は、
LT と近似して発現する DPBP を基にした有酸素的能力と運動処方箋作成法の有効性を示唆している。
簡易評価テスト(ステップテスト法)の確立のための高齢者を対象とした基礎的データ収集
LT 判定が不可能であった対象者のうち、6kgm/kg/min で LA が安静時より 0.5 mmol/l 以上上昇しなかった対象
者の LT は 6METs 以上となる。先行研究 10)より、LT が VO2max の 50%に相当すると仮定すると、VO2max は単位
体重当たり 42ml/min 以上となる。更に 6kgm/kg/min で LA が安静時より 0.5 mmol/l 以上上昇した対象者の LT は
5.5METs、VO2max は単位体重当たり 38.5ml/min であると推定出来る。厚生省では VO2max の健康を維持するの目標
値を男女それぞれ、単位体重当たり 37、31 ml/min と設定している。運動様式の違いを考慮しても、LT 判定が不
52
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
可能であった対象者は、この数値を十分に満たしており、高体力者と評価することも可能であろう。このプロト
コールで 90%以上の高齢者の有酸素性作業能評価および運動処方の作成が可能であったと考えられる。
安全に生活機能の維持、増進が可能な運動ソフトの開発
高齢者の運動習慣形成に、家庭内でできる運動としてステップ運動を考え、そのプログラムの妥当性を検討し
た。ステップ運動での LT 判定後に LT 相当の台高と頻度を決定し、特注のステップ台を貸与し、非監視下でのト
レーニングを行った。その結果、途中で他の健康教室に参加した際に外傷を負った 1 例以外は、全員 12 週のトレ
ーニングが実行できた。しかし、目標の週 140 分を超えたものはわずかに 1 名で、平均 60 分/週であった。それ
にもかかわらず、LT は顕著な増加を示した。これはステップ運動の効率改善効果の可能性も否定できないが、25%
の改善を効率の改善のみで説明することは困難で、有酸素的能力の改善を伴ったものと推察される。
厚生省の運動所要量では健康な体力を保持するために 60 歳以上では週あたり 140 分の運動を推奨している。本
研究でおよそこの水準に到達できたのは 68 歳の女性 2 名であり、いずれも顕著な LT の改善が認められた。両者
のトレーニング後の LT はそれぞれ 5.7 と 5.9kgm/kg/min まで増加している。ステップ運動の仕事率は、ほぼ METs
強度に相当するので 6METs の運動までほとんど乳酸を蓄積せずに運動可能な体力を確保できたことになる。日常
生活活動で最も強度の高い運動は階段上りである。この強度は 5-7METs であるので、両者はトレーニング後には
余裕を持って階段を昇れることができるようになったものと推察される。図 8 は週あたり 137 分行なった 68 歳の
女性のトレーニング前後の LA とスポーツ科学部の女子学生で運動部に所属していない 2 名のステップ運動中の LA
濃度を比較したものである。トレーニング後の LA は女子学生にかなり接近している。このことは運動所要量の目
標の運動時間が確保できれば短期間に顕著な
有酸素性作業能の改善効果が認められ、20 歳台の体力水準まで回
復する可能性を示唆している。
家庭内にて行う非監視型のステップ運動について約 75%の対象者が興味を持ったと答えている。また、このステ
ップ運動を行なう際、高齢者にとって膝関節に負担がかかりすぎ、不向きではないかと憂慮する意見があったが、こ
の運動負荷が原因で損傷するようなことはなかった。高齢者に最も手軽にできる健康法としてウォーキングが広く普
及している。ステップ運動はウォーキングに比べさらに個別の最適運動負荷をコントロールしやすく、室内の省スペ
ースでできる利点があり、ウォーキングとともに高齢者向きのトレーニング方法と位置付けることができる。
図 8. ステップテスト中の血中乳酸濃度の典型的変化
(週当たり 137 分のステップ運動を行った 68 歳の女性)
53
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
ライフコーダを用いたフィードバックシステムの開発
本研究では歩行テスト機能を搭載した加速度センサー付き歩数計を作成し、それを用いた簡易テスト法を開発
した。この方法を用い、至適運動強度を判別し入力することによりフリーリビングでの運動の質と量を定量化す
るソフト開発を行った。このプログラムを用いれば、特に低体力者に対して簡易に日常生活活動のなかでの健康
づくりに有効な運動強度の定量化が可能となり、健康づくりを支援する有用なツールになると考えられた。
大気圧センサーと加速度計を用いた、垂直方向への移動距離を評価可能な生活習慣記録器の開発
加速度センサーは平地での身体活動強度の判定に有効であるが、坂道や階段の昇り降りではそれぞれ過小・過
大評価される欠点がある。この欠点を補うために加速度センサーに気圧センサーを内蔵した装置(AASS)を試作
し、その有効性を検討した。その結果、少なくとも通常の階段約 5 段分に相当する 1m の垂直移動の判別は可能で
あり、加速度センサーで判別されたステップの有無との関連から階段や坂道の移動運動を定性的に評価できると
考えられた。また、通常の階段であれば 18-20cm の段差でありステップ数との関係からおよその垂直方向移動距
離も推定できるであろう。しかしながら、大気圧と垂直方向への移動距離の関係における回帰式の傾きおよび切
片は、5 回のテストで再現性が悪く垂直方向の移動距離の絶対評価は難しい。これは、大気圧が垂直方向への移動
距離以外に、気温や湿度にも影響を受けることが原因であると考えられ、今後、AASS の精度向上には、気温や湿
度など、大気圧に変化を与える環境的要因の変化を考慮に入れた高度算出法の検討が必要である。
引用文献
[1]
進藤宗洋:厚生省の「健康づくりのための運動所要量」について−『身から錆を出さない、出させない』暮
らし方の原理の提案−.保健の科学 32 (3): 139-156, 1990.
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Preventing Common Disease (ed by H. Tanaka, M. Shindo), Springer-Verlag, Tokyo : 190-194, 1999.
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Brubaker PH et al : Identification of anaerobic threshold using double product in patients with
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7:125-131,1985
成果の発表
1)原著論文による発表
54
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
ア)国内誌
田中宏暁,音成道彦:「スタミナは元気のもと」,高齢者の生活機能増進法, NAP:p63-73,2000
田中宏暁:「スタミナを高める運動プログラム」,高齢者の生活機能増進法, NAP:p139-144,2000
田中宏暁:「石川県根上町での取り組み」,高齢者の生活機能増進法, NAP:p259-262,2000
綾部誠也,八尋拓也,樋口博之,宮崎秀夫,進藤宗洋,田中宏暁:
「中高齢者向けのステップテストを用いた簡易な
運動負荷テスト法の提案」,高齢者の生活機能増進法, NAP:P325-327,2000
熊原秀晃,中川久恵,清永明,進藤宗洋,田中宏暁:「2 重積屈曲点(Double product break point:DPBP)負荷強度
の安全性-虚血性心疾患患者の心電図 ST 低下との関連から-」,高齢者の生活機能増進法, NAP:P328-330,2000
著書
解説・総説
Hiroaki Tanaka:「Regular Mild Exercise Promotes Quality of Life in Elderly」, J UOEH, in press, 2002
田中宏暁、綾部誠也:「全身持久力」,地域における高齢者の健康づくりハンドブック, NAP 22-25,2001
田中宏暁、松原建史:「健康教室開催のための知識と準備」,地域における高齢者の健康づくりハンドブック,
NAP 40-43,2001
田中宏暁、樋口博之:「減量プログラム」,地域における高齢者の健康づくりハンドブック,NAP 59-61,2001
田中宏暁、音成道彦:
「施設での運動プログラム」,地域における高齢者の健康づくりハンドブック,NAP 62-65,
2001
田中宏暁、西田裕一郎:「糖尿病・肥満」、地域における高齢者の健康づくりハンドブック,NAP 84-87,2001
3)口頭発表
ア)招待講演
綾部誠也,八尋拓也,木下藤寿,本山貢,林美子,吉武裕,樋口博之,清永明,進藤宗洋,田中宏暁:
「中高齢者の最大
下運動中の心拍数と血中乳酸濃度に関する研究-SAT プロジェクト(3)-」,Advances in Exercise and Sports
physiolog,6(4):185,2000,第 8 回日本運動生理学会(大阪)
綾部誠也,八尋拓也,樋口博之,田中宏暁,Peter H Brubaker:「心臓リハビリテーションプログラム参加者の日
常身体活動水準」,健康支援,3(1):61,2000,第二回日本健康支援学会
八尋拓也,槙原千里,鯵坂隆一,松田光生,久野譜也,進藤宗洋,田中宏暁:
「筋力・持久力併用トレーニングが中・
高齢者のインスリン抵抗性に及ぼす影響-SAT(26)-」,体力科学,49(6):700,2000,第 55 回日本体力医学会(富
山)
八尋拓也,綾部誠也,樋口博之,進藤宗洋,田中宏暁:
「簡易な歩行テスト法の開発」,健康支援,3(1):60,2000,第
55
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
2 回日本健康支援学会学術集会
音成道彦,熊原秀晃,清永明,進藤宗洋,田中宏暁:「高齢者の DPBP 負荷試験の安全性の検討-SAT プロジェクト
(13)-」,体力科学,49(6):910,2000,第 55 回日本体力医学会(富山)
熊原秀晃,中川久恵,清永明,進藤宗洋,田中宏暁:「労作性狭心症患者の二重積屈曲点(Double product break
point : DPBP)の安全性の検討-SAT プロジェクト(23)-」,体力科学,49(6):912,2000,第 55 回日本体力医学会
(富山)
M.Ayabe, T.Yahiro, H.Higuchi, A.Kiyonaga ,M.Shindo,
H.Tanaka, P.H.Brubaker :「A simple assesment of
aerobic capacity in elderly from lactate responses during bench stepping」,American College of Sports
Medicine (Baltimore):2001 年 5 月 30-6 月 2 日
八尋拓也,古賀五月,綾部誠也,生田淳子,田中浩美,小笠原正志,江上裕子,大島晶子,神宮純江,進藤宗
洋,田中宏暁:「高齢者向けのステップ運動を用いた運動処方作成の基礎的研究-SAT プロジェクト(59)-」,
体力科学, 50(6): 961,2001. 第 56 回日本体力医学会(仙台)
樋口博之、田中宏暁、吉武
裕、岩下公之、八尋拓也、綾部誠也、進藤宗洋:「高齢者と若年者の日常身体活
動量の比較-SAT プロジェクト 54-」、体力科学、 50(6): 875、2001. 第 56 回日本体力医学会(仙台)
56
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
1. 高齢者の体力・運動機能の評価と生活機能推進策の具体化
1.2. 高齢者における呼吸循環器系機能の維持・増進に関する研究
1.2.3. 運動プログラムの安全性に関する研究
筑波大学体育科学系
鰺坂
要
隆一
約
高齢者の運動の安全基準の確立をめざし、メデイカルチェックにより運動に対するリスクの層別化を行い、個々
の運動における具体的な安全プログラムの作成を試みた。メデイカルチェックの成績から高齢者ほど動脈硬化の
危険因子保有者が高率かつ複数の危険因子を保有していることが示され、メデイカルチェックの重要性が再認識
された。レジスタンス運動は血圧の上昇に十分留意すべきであるが、心疾患を有さない高齢者では安全性が高い
と考えられた。ただし、心疾患を有する場合には慎重な対応を要することが明らかとなった。持久性運動は全身
持久性低体力者において危険度が高く注意を要する。しかし、通常は高強度の運動でなければ安全に行いうると
考えられた。
研究目的
運動は健康増進、疾病予防あるいは成人病の運動療法として広く有用性が認められている。しかし、その一方
で過度あるいは高度の運動は健康を害し、疾病の発症・増悪に関与する。したがって、運動が健康増進・維持に
役立つためには、それが安全に施行される必要があり、そのための種々のガイドラインや勧告が報告されている。
1)、2)
しかし、我が国では高齢者における運動の安全基準に関してはなお手探りの状態であり、経験などに基づい
て行われているのが現状である。
高齢者における運動の安全基準を考えるに当たっては加齢あるいは高齢者の特性から生じる危険性を考慮する
必要がある。ひとつは加齢とともに高血圧、高脂血症、糖尿病などの動脈硬化の危険因子を保有する人が多くな
ることである。高齢者の運動中の突然死の多くが冠動脈疾患であることから、動脈硬化の危険因子の保有状況を
正確に把握することは運動の安全性を考える上で重要な意義がある。二番目に、高齢者では疾患を有していても
自覚症状のないいわゆる無症候疾患者が多いことである。すでに、無症候疾患が必ずしも軽症疾患を意味しない
ことはよく知られた事実であり、自覚症状がないために過度の運動を遂行することにつながり運動の危険度を高
める可能性もある。さらに、高齢者においては体力に大きな個人差があることが知られており、最近の研究では
低体力者の運動の安全性が問題視されている。3)
人口の高齢化を迎え、高齢者の下肢の筋力低下による転倒、骨折を予防することは寝たきりを防止する上で重
要である。そのためには、下肢の筋力トレーニングは有効な方法である。また運動筋の量とそれに伴う交感神経
緊張度が反比例することから推測すると下肢の筋肉トレーニングは筋量の増加を介して運動中の過度の交感神経
緊張を緩和する効果が期待され、ひいては下肢レジスタンス運動中の心血管系の負荷を軽減すると考えられる。
すなわち下肢の筋肉トレーニングは高齢者の転倒・骨折予防に加え、運動中の心事故予防対策上も重要な意義を
有する。また、脂質・糖代謝異常の改善にも有用とされている。4) しかし、レジスタンス運動については日常生
57
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
活で繁用される運動でもあるにもかかわらず、我が国においては安全基準の検討はほとんどなされていない。
一方、高齢者の中には、高い運動能力と運動への強い動機を有し、なかにはマスタースポーツで好成績を収め
る者も少なくない。また、今後少子化がさらに進み、労働人口の不足が社会的課題となった場合、高齢者が労働
力として期待されることも予想される。このような社会背景から、高齢者における高強度の運動(以後「スポー
ツ志向型運動」とする)の安全基準を検討することは重要な意義があると考えられる。
そこで、1)メデイカルチェックにより運動のリスクの層別化を行い、2)レジスタンス運動における安全基準
を検討し、さらにレジスタンス運動トレーニングの安全性についても検討し、3)持久性運動については体力水準
と運動の安全性の関連および「スポーツ志向型運動」の安全基準につき、予備的検討を行った。
研究方法
1.対象
メデイカルチェックは大洋村の中高齢者 207 名(65 歳以上 132 名、
65 歳未満 75 名、男性 51 名、女性 156 名)について実施した。
レジスタンス運動の対象者は 55 歳以上の中高年者 174 名(年齢 66.5±6.7 歳、男性 60 名、女性 114 名)であ
り、高血圧、高脂血症、糖尿病、心疾患患者を含んでいた。持久性運動の体力水準と運動の危険性の検討は中高
齢者 63 名(年齢 65.0±4.6 歳、男性 20 名、女性 43 名)について行い、「スポーツ志向型運動」の安全性の検討
は中高年者 95 名(年齢 70.7±8.5 歳、男性 37 名、女性 58 名)について行い、いずれも高血圧、高脂血症、糖尿
病の合併例を含めたが、安全性を考慮して心疾患患者は含めなかった。いずれの運動においても服用中の薬剤は
中止することなく、以下の測定を行った。事前に、問診、血圧、心電図、下肢の疼痛や傷害の有無および用手的
方法で下肢の筋力や柔軟性などをチェックし、血圧コントロール不良、下肢の疼痛を有する者は測定を行わなか
った。不整脈のコントロールされていない者はいなかった。
2.メデイカルチェック
自覚症状、家族歴(心疾患、突然死など)、既往歴、嗜好(喫煙など)、
罹病状況(通院、服薬など)を質問紙および問診にて聴取した。つぎに、身体所見(身長、体重、BMI、血圧、
聴診所見)、臨床検査成績(総コレステロール、HDL コレステロール、中性脂肪、空腹時血糖、HbA1c など)、心電
図および胸部 X 線検査結果を評価した。これらから、動脈硬化危険因子の保有の有無および数、循環器疾患を含
む疾患罹患の疑いの有無を評価した。動脈硬化危険因子の一つとされる運動不足については客観的評価が困難で
あることから、評価は行わなかった。以上の結果に基づき、必要と判断された者には精密検査(運動負荷心電図、
24 時間 Holter 心電図、心臓超音波検査)を実施した。運動負荷心電図が強陽性であった 1 名の被験者については、
医療機関にて冠動脈造影検査を実施した。
3.運動の方法
下肢レジスタンス運動の方法としては、臥位での straight leg raising(SLR)と座位での knee extension(KE)
の 2 種類を用いた。まず、徒手筋力測定装置(MICROFET2,Hoggan Health Industries INC,米国製)を用いて、1RM
(repetition maximum)を推定し、次にそれぞれ、足首に砂嚢を付けて SLR では 30 度以上、KE では 60 度以上、
足を挙げて 5 秒以上保持しうる最大重量を 1RM として決定した。運動の強度はそれぞれ 1RM の 40%、60%、80%
の重量を用い 3 段階で行った。1 セットは 5 秒間挙上保持、5 秒間下降安静とし、各強度において 10 セット施行
したが、足の挙上が 30 度あるいは 60 度以下となった場合にはその時点で中止した。足の下降はできるだけ迅速
に行うよう指示した。各強度の運動は 1−2 分の休息をはさんで施行したが、心疾患患者では心拍数および血圧が
運動前に回復したことを確認して運動強度を上げた。
58
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
持久性運動には座位自転車エルゴメータを用い、4 分間のウオームアップ運動の後、初回負荷量を 20W として、
1 分間に 10W づつ漸増した。
4.測定項目
運動中、心電図を持続的に観察し、不整脈の監視に当たるとともに、心拍数を算出した。心疾患患者では 12 誘
導心電図を各運動強度の前後で記録し、心筋虚血の出現の有無を検討した。心筋虚血は運動により、ST 部分が 0.1MV
以上下降(J 点より 0.08 秒後)または ST 部分が 0.1MV 以上上昇(J 点より 0.04 秒後)、U 波の陰性化を認めた場
合、陽性とみなした。
レジスタンス運動中、指の血圧を専用の測定装置(Portapres)を用いて、持続的に記録した。本装置は 1 拍毎
の血圧を測定・監視できるので、運動中の血圧値としては各運動強度において、足を挙上している時相の測定値
のうち最大値を当該強度の血圧値として採用した。運動前に対側の腕でカフ法による血圧測定も行い、指での測
定値の妥当性を確認した。持久性運動ではカフ法により 1 分毎に測定した。持久性運動では呼気ガスを連続的に
測定し、運動耐性の指標として嫌気性代謝閾値を同定し、最高酸素摂取量を求めた。
5.運動の中止基準
レジスタンス運動では、以下の徴候を生じた場合には、直ちに運動を中止した。すなわち、胸痛、心室頻拍の
ような危険な不整脈、0.1MV 以上の ST 下降または上昇、収縮期血圧が 250MMHG を上回るような高度の血圧上昇、
目標心拍数[年齢別予測最大心拍数(220-年齢)の 85%]到達、下肢や腰部の疼痛である。
持久性運動では、高度の血圧上昇(収縮期血圧 250MMHG 以上)、心電図上の虚血性 ST 変化あるいは危険な不整
脈、胸痛、下肢の高度疲労など運動の継続が危険と判断される徴候があればその時点で運動を中止し、それらが
生じなければ、年齢別予測最大心拍数を越えた時点で中止した。
6.心臓核医学検査
大洋村被験者とは別に 18 名の冠動脈疾患患者には、technetium-99m tetrofosmin(以下 tetrofosmin)を用い
た運動負荷心筋シンチグラフィを施行し、より精密な心筋虚血の評価を行った。運動負荷の方法には、60%1RM の
KE20 回反復を用いた。運動中、tetrofosmin740MBQ を静注し、15 分後、4 時間後に single photon computed tomography
によるシンチグラムを撮像し、それぞれ、早期または運動時像、後期または安静時像とした。得られた画像を再
構成し、短軸、垂直長軸、水平長軸断面像と局所カウントの color-scale polar map( bull’s eye map)を得た。
早期像および後期像を比較し、可逆的灌流欠損の有無により、運動による心筋虚血出現の有無を評価した。判定
は他の臨床情報を知らない心臓核医学に精通した医者が行った。
7.レジスタンス運動トレーニング
レジスタンス運動検査にて、高度の血圧上昇を認めず、腰痛などの整形外科的問題がなく、トレーニングを希
望した 106 名の被験者を対象にレジスタンス運動トレーニングを施行した(3~24 ヶ月間)。トレーニングは週 2
回、運動指導者の監視・指導下にて、マシーンを用いて行われたが、一部の被験者には家庭での用具を用いない
軽いレジスタンストレーニングが施行された。後述する理由から心疾患患者での安全性は十分確立していないと
考え、対象に含めなかった。運動強度の決定は一般に 10RM 法が推奨されているが、5)本研究では先に求めた 1RM
の重量の 60%を参考にして設定された。トレーニングメニューは運動指導者の指導のもとに施行され、チェスト
プレス、ローイング、スクワット、トランスカール、バックエクステンション、レッグカール、シットアップ、
ダンベルカール、レッグエクステンションなどから構成されるサーキットトレーニングであり、出席率は当初は
91%と良好であったが、次第に低下した。
59
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
8.体力水準、
「スポーツ志向型運動」およびそれらの安全性の定義
自転車エルゴメータ運動での各被験者の最高酸素摂取量を健常な日本人の年齢別基準値
6)
と比較し、体力年齢
を算出した。体力年齢が暦年齢の+5~-5 歳の場合、正常体力とし、+5 歳以上を高体力、-5 歳以下を低体力とした。
「スポーツ志向型運動」を本研究では便宜上、座位自転車エルゴメータ運動における嫌気性代謝閾値を越える強
度と定義し、それぞれの運動において、高度の血圧上昇(収縮期血圧 180MMHG 以上)、危険な不整脈、心筋虚血徴
候の出現を認めた場合、危険とした。
研究成果
1.メデイカルチェックおよびリスクの層別化
大洋村の 65 歳以上高齢者 132 名および 65 歳未満 75 名における年齢
を除く動脈硬化危険因子保有頻度は高脂血症 55.3%(66.7%)、高血圧 47.7%(25.3%)、糖尿病 15.9%(10.7%)、
喫煙 10.7%(9.3%)、家族歴 3.8%(2.7%)であった。また危険因子の保有数は 0 個 16.7%(18.7%)、1 個 36.4%
(50.7%)、2 個 37.1%(29.3%)、3 個 20.4%(1.0%)、4 個 2.3%(0%)であった(括弧内は 65 歳未満の頻度)。
すなわち、高齢者では高血圧の罹患頻度が高く、複数の危険因子を保有する頻度が高かった。年齢を含め 2 個以
上の危険因子を保有するか、心疾患の疑いの有る者を運動の高リスクとすると、65 歳以上で 83.3%、65 歳未満で
も 81.3%が該当し、非常に高率であった。しかし、その後の精密検査で心疾患の診断が確定した者は 7 名のみで
あった。
2.下肢レジスタンス運動の安全性
2.1.自覚症状
最大挙上重量(1RM)の決定のための施行も含め、下肢のレジスタンス運動中、心疾患患者を含め、胸痛を生じ
た者は 1 名もいなかった。SLR 施行中、2 名の健常女性が膝関節痛または腰痛を訴え、運動を中止したが、中止後、
疼痛は速やかに回復した。また、測定終了後、下肢のストレッチやマッサージ、入浴などを実施もしくは指導し、
測定日以降に高度の疼痛を生じた者もいなかった。
2.2.心拍数
健常男性 2 名が SLR 施行時に目標心拍数にて運動を中止したが、これ以外の被験者あるいは運動様式では目標
心拍数を越えて運動が中止されたものは無かった。
2.3.血圧
男性心疾患患者 1 名および女性心疾患患者 1 名が SLR 施行中に収縮期血圧が 250MMHG 以上となり、運動を中止
したが、これ以外の被験者あるいは運動様式では 250MMHG 以上の血圧上昇のため、運動が中止されたものは無か
った。冠動脈疾患患者 3 名において、KE 施行時に血圧上昇不良反応(運動強度の増加にもかかわらず、収縮期血
圧上昇が 10MMHG 以上少ないことと定義した)を認めた。
2.4.心電図変化
不整脈については、健常者では、心室性、上室性不整脈とも頻度が低く、また危険な不整脈の出現を認めなか
った。しかし、心疾患患者 1 名では心臓核医学検査での KE 施行時に非持続性心室頻拍が出現した。
ST 下降および上昇を生じた者はいなかった。健常女性 4 名において、T 波の陰性化もしくは安静時陰性 T 波の
陽性化を認めた。一方、心疾患患者 4 名において、KE 施行時に U 波の陰性化を認めた。
60
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
2.5.心臓核医学検査
胸痛あるいは虚血性 ST-T 変化を生じた例は無かった。4 名において、
前胸部誘導にて U 波の陰転を生じた。左室機能低下を伴う陳旧性前壁梗塞の 78 歳の男性患者において、運動終了
後回復期において、非持続性心室頻拍を認めたが、特に治療を要することなく、洞調律に服した。この患者は心
室性期外収縮と発作性心房細動に対し、2 種類のクラス 1C の抗不整脈薬を服用中であり、検査前のコントロール
は良好であった。しかし、検査 2 日後に失神発作を生じ、緊急入院した。入院後の電気生理学的検査では、心室
頻拍は誘発されず、失神と不整脈の関連は明らかではなく、レジスタンス運動が失神に直接関与したとは考えに
くい。18 名の冠動脈疾患患者中、8 名において、可逆性灌流欠損の出現を認めた。前胸部誘導にて U 波の陰転を
生じた 4 例は全例で可逆性灌流欠損の出現を認めた。血圧上昇不良反応を認めた 3 症例のうち、1 例で可逆性灌流
欠損の出現を認めた。上記の心室頻拍を生じた例でも可逆性灌流欠損の出現を認めた。病型別にみると、狭心症 9
例中 5 例、陳旧性心筋梗塞 4 例中 3 例で可逆性灌流欠損の出現を認めたのに対し、冠動脈バイパス手術後の 4 例
では 1 例も可逆性灌流欠損の出現を認めなかった。
3.レジスタンス運動トレーニングの安全性
方法で述べたごとく、被験者の体力や疾患罹患状況、レジスタンス運動での血圧上昇度により、トレーニング
強度を調整する(家庭内での用具を用いない軽いトレーニングから、運動施設でのマシーンを用いたものまで)
ことにより、心事故の発生は 1 件も生じなかった。
4.持久性運動の安全性
持久性運動での体力には大きな個人差があった。すなわち、63 名中、高体力と判定された者 9 名、正常体力と
判定された者 10 名、低体力と判定された者 44 名であった。この 3 群の年齢および動脈硬化危険因子保有数には
差異を認めなかった。しかし、運動中の危険徴候は高体力群および正常体力群では全く認めなかったのに対し、
低体力群 44 名中 9 名において運動中に危険徴候が出現した(高度血圧上昇 5 名、危険な不整脈 4 名)。
95 人の高齢被験者のうち、「スポーツ志向型運動」が安全と判定されたものは 9 人(9.5%)であった。安全基
準を満たさない理由は大部分、血圧上昇であった(75 名)が、自覚症状なく心電図上 ST 下降を認めた者が 2 名、
上室性および心室性不整脈多発がそれぞれ 8 名、3 名あった(重複有り)。
考
察
1.はじめに
運動は健康増進、疾病予防あるいは高血圧、高脂血症、糖尿病などの成人病の運動療法として広く有用性が認
められている。しかし、その一方で過度あるいは高度の運動は健康を害し、疾病の発症・増悪に関与する。すな
わち、運動は人の健康に対し、両刃の剣的存在である。したがって、運動が健康増進・維持に役立つためには、
それが安全に施行される必要があり、そのための種々のガイドラインや勧告が報告されている。1)、2)しかし、我
が国では高齢者における運動の安全基準に関してはなお手探りの状態であり、経験などに基づいて行われている
のが現状である。
従来より、静的等尺性運動は過度の血圧上昇 7)や不整脈誘発の危険性 8)が指摘されている。しかし、最新のア
メリカスポーツ医学会のガイドラインでは、レジスタンス運動は等尺性運動の要素を含むが、心疾患を有さない
高齢者においては安全性が高いとされている。9)また、男性の安定した冠動脈疾患患者においても安全とされて
いるが、女性の同様な患者については明らかではないとされている。9)
高齢者におけるレジスタンス運動トレーニングは筋力の向上、QOL の改善や運動能力の改善に有用と考えられ、
持久性運動とは異なる有用性が指摘されている。10)また、最近、とくに筋力の低下した心疾患患者のリハビリテ
61
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
ーションにおいて筋力の改善にレジスタンス運動が有効であることが報告され、注目されている。11)また、その
安全性は一部の重症心疾患患者を除けば、レジスタンス運動同様、安全とされている。9)
一方、持久性運動の安全基準はほぼ確立されているが、全身持久性体力の低いひとでの安全性が問題視されている。
3)
とくに高齢者においては運動習慣のない低体力者が運動を開始する際の安全性に注意が必要と考えられる。
最近の高齢人口の増加により、高齢者の中にもスポーツや高度の身体的負担となる労働を実践する人が増えて
おり、しかも実践されるスポーツも持久性運動のみでなく筋力トレーニングなどのレジスタンス運動や水中運動
など多様化している。これらの高い運動能力を要する高齢者の運動の安全基準は従来の健康維持を目的とする運
動の安全基準とは別に考える必要がある。
2.メデイカルチェックおよびリスクの層別化
高齢者において動脈硬化の危険因子の保有頻度が高く、しかも複数の危険因子を保有する者が多いことが示さ
れた。高齢者における運動中の突然死の原因の多くが冠動脈疾患であることを考慮すると、高齢者における運動
におけるメデイカルチェックの重要性を再認識させる成績といえる。
しかし、被験者の 8 割以上が運動の高リスクと判定され運動負荷試験などの精密検査が必要と判定されたこと
は多くの地域住民の運動を進める上では被験者、検査担当者両方に負担となることも示している。実際、この高
リスク被験者のうち、精密検査で冠動脈疾患などの心疾患と診断された例は非常に少なかった。すなわち、現在
のリスクの層別方法が非常に効率が悪いことが示され、より効率的かつ正確なリスクの層別方法の確立が今後の
課題である。
3.下肢レジスタンス運動の安全性
本研究では症状、心電図変化からみて下肢レジスタンス運動は心疾患患者を除けば、心筋虚血を生じにくく、
安全と考えられた。この結果は以前の報告とも一致しているが、12)本邦の高齢者とくに女性における安全性が確
認しえた点で意義がある。この理由の一つはこの種の運動では心拍数の増加が比較的少なく、冠動脈に血液が灌
流する拡張期時間の短縮が持久性運動より小さいこと、血圧上昇が顕著なために、冠灌流圧が高めに維持される
こと、心筋酸素消費量の指標とされる二重積(心拍数と収縮期血圧の積)の増加も持久性運動より少ないことな
どにあるのかもしれない。
また、運動強度の設定のためには、最大挙上重量(1RM)を決定することが必要であるが、この際、心疾患患者
を含めて胸部・筋症状、心電図変化などの変化は生じず、安全と考えられた。心臓リハビリテーション参加患者
を対象とした Barnard らの研究でも同様の安全性が報告されている。13)この理由は最大重量を虚上する時間が 5
秒間ときわめて短かく、心血管系に過大な負荷を与えてはいないこと、事前に問診および用手的方法で下肢の筋
力や柔軟性などをチェックし、問題があれば、対象から除外したことおよび足の下降を迅速に行うことで筋損傷
を起こしやすい eccentric な筋収縮を最小限に出来たことなどで筋の損傷・障害を生じなかったと考えられる。
Barnard らも適切な方法を用いることが 1RM テストの安全性を保証すると述べている。13)
等尺性運動は持久性運動よりも不整脈を生じやすいとする報告があるが、14)今回の下肢レジスタンス運動での
検討では少なくともコントロールされた不整脈患者であれば、高齢、心機能低下、心筋梗塞の既往などの悪条件
を複数有する患者を除けば、安全に運動を施行しうると考えられた。
一方、高齢心疾患患者におけるレジスタンス運動の安全性にはまだ、課題があると考えられた。250MMHG 以上の
極端な収縮期血圧の上昇を生じた 2 例はいずれも冠動脈疾患患者であったし、精密な心筋虚血の評価を行うと、
18 例中 8 例において、心筋虚血が誘発された。これは、諸外国でのガイドラインでの安定した冠動脈疾患患者で
はレジスタンス運動が安全であるとする勧告と合致しない。1)理由はいろいろ考えられる。すなわち、日本人に
特有の結果である可能性、今回用いた心臓核医学的検査法はこれまでの先行研究では用いられておらず、感度の
より高い方法を用いたからといった可能性などが考えられる。逆にいえば、感度の高い方法で始めてわかる程度
62
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
の心筋虚血であれば、安全性に大きな問題ではなく、かえって preconditioning 効果
15)
を生じて、心筋梗塞の予
防に寄与するのかもしれない。今後さらに、例数を増やして検討するとともに、追跡調査が必要であろう。
前述のごとく、心室頻拍を生じた 1 例は心機能低下を伴う冠動脈疾患患者であった。心不全患者におけるレジ
スタンス運動の安全性についてはいまだ確立されていない。先行研究での報告ではとくに心房細動や心室頻拍の
出現が報告されている。16)
4.レジスタンス運動トレーニングの安全性
方法で述べたごとく、被験者の体力や疾患罹患状況、レジスタンス運動での血圧上昇度により、トレーニング
強度を調整する(家庭内での用具を用いない軽いトレーニングから、運動施設でのマシーンを用いたものまで)
ことにより、心事故の発生は 1 件も生じなかった。
心疾患患者のレジスタンス運動の安全性については多くの報告があり、一部の重症例を除き概ね安全とされて
いる。しかし、本研究でも認めたごとく、心不全患者では不整脈のコントロールが良好であっても、心室頻拍や
頻脈性心房細動による急性心不全が生じた事例が報告されている。17)
5.持久性運動の安全性
今回の成績から、全身持久性体力の低い中高齢者は持久性運動の安全性に問題があることが示された。運動習
慣の無い高齢者が急に運動を始めると体力が向上するまでの一定期間、運動に伴うリスクが増すことが報告され
ており、3)運動習慣が無いか体力水準の低い高齢者が運動する場合には通常より低い強度から慎重に始めることが
必要と考えられる。
「スポーツ志向型運動」は高齢化社会において重要な意義を有する一方、高齢者における高強度運動の安全性
は確立されておらず、虚血性脳血管疾患のリスクを高める 18)ほか突然死のリスクを高めることへの懸念が強調さ
れている。19)したがって、その安全性については慎重な検討が必要である。
「スポーツ志向型運動」を本研究では、本研究では便宜上、持久性運動で座位自転車エルゴメータ運動におけ
る嫌気性代謝閾値を越える強度とした。しかし、実際のスポーツ活動では、環境条件(気候、風力・風向、温度、
湿度など)により運動に伴う生理的変化は大きく異なるし、運動様式も運動負荷試験でなされるような短い時間
のものばかりではなく、長時間持続するものも多い。また、種々の運動が複合して実施される(持久性+レジスタ
ンス運動など)ことも多い。したがって、今回の成績を、そのままスポーツ活動の安全性にあてはめることはで
きない。今後、実際のスポーツ現場での検討が必要となるであろう。
運動負荷試験における血圧上昇による中止基準は収縮期血圧 250MMHG が一般に用いられる。本研究では高齢者
が対象であり、実際のスポーツ活動では運動負荷試験と異なり、高強度の運動を持続することを考慮して収縮期
血圧 180MMHG 以上の上昇を危険とした。この基準の妥当性については今後幾つかの点で検討が必要である。すな
わち、検査室と実際のスポーツ活動中の血圧反応が運動強度が同じであっても異なる可能性がある。また、運動
に伴う収縮期血圧の上昇はいわば心拍出量増加という生理的変化に起因するわけであり、むしろ血圧の上昇が不
良な方が心機能低下を示唆する可能性がある。高度の運動における血圧上昇の安全性には脳血管の病的変化の有
無も関与する。
以上の限界はあるが、持久性運動では 95 人の高齢被験者のうち、安全と判定されたものは 9 人(9.5%)であ
った。前述のごとく、心筋虚血の出現は持久性運動の方が生じやすいことに加え、最大まで運動すると、血圧の
高度上昇が持久性運動でも多いこと、不整脈の出現も先行研究の成績 14)とは一致しないが、持久性運動で多いこ
となどによると考えられる。この理由は明らかではないが、本研究では持久性運動の不整脈は運動中のみならず、
運動終了後の回復期にも認めたので、回復期の不整脈を含めるか否かで成績が異なる可能性がある。
本研究の被験者もそうであったように高齢者では自覚症状なしに心筋虚血が生じることは安全性を考慮する上
で注意を要する点である。20)
63
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
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64
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
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成果の発表
1)原著論文による発表
ア)国内誌
鰺坂隆一:「運動の安全基準.
高齢者の生活機能増進法.地域システムと具体的ガイドライン」(岡田守彦,松
田光生,久野譜也編)、NAP、 東京、pp. 95-104、2000 年
鈴木康文、鰺坂隆一、久野譜也、宮永
豊、松田光生、増田和美、田辺
匠、村上晴香、前田清司、渡辺重行、
菅原順:
「下肢抵抗性運動における心血管応答-安全でより効果的な筋力増強訓練の検討-.」高齢者の生活機能
増進法.地域システムと具体的ガイドライン(岡田守彦、松田光生、久野譜也編)、NAP、 東京、pp. 343-345、
2000 年
鰺坂隆一:
「運動を安全に行うために」、文部科学省科学技術振興調整費「高齢者における生活機能の維持・増
進と社会参加を促進するための地域システムに関する研究」研究成果報告書、NAP、東京、pp.27-29、2001 年
鰺坂隆一:「運動開始のためのメデイカルチェック」、地域における高齢者の健康づくりハンドブック.(松田
光生、福永哲夫、烏帽子田 彰、久野譜也編)、NAP、東京、pp.44-45、2001 年
鰺坂隆一:「運動開始の安全基準」、地域における高齢者の健康づくりハンドブック.(松田光生、福永哲夫、
烏帽子田
彰、久野譜也編)、NAP、東京、pp.46-49、2001 年
増田和美、菅原
順、田辺
解、石塚雅治、鰺坂隆一、松田光生、久野譜也:「高齢者における足底屈運動時
の腓腹筋酸素飽和度の変化」、Therapeutic
Research
22(9):1981-1985、2001 年
2)原著論文以外による発表
ア)国内誌
鰺坂隆一:「健康中年への運動指導.」臨床成人病 29(8)1099-1104、1999 年
3)口頭発表
イ)応募・主催者講演等
寺本未来、木住野孝子、岩原格一、鰺坂隆一、松田光生:「中高年女性に対する水中運動トレーニングが下肢
末梢循環に及ぼす効果.」
第 54 回日本体力医学会大会、 熊本、1999 年、9 月
鈴木康文、鰺坂隆一、松田光生、渡辺重行、山口
ける下肢抵抗性運動の安全性.」
巌:「高血圧あるいは冠動脈疾患を有する中高年女性にお
第 6 回日本心臓リハビリテーション学会、 前橋、 2000 年、9 月
鈴木康文、鰺坂隆一、久野譜也、宮永
豊、松田光生、田辺
匠、村上晴香、前田清司、菅原
順:「中高年
女性における下肢抵抗性運動による運動筋酸素化動態-SAT プロジェクト 5-.」 第 55 回日本体力医学会大会、
富山、 2000 年、9 月
65
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
鰺坂隆一:元気に無理なく生きる運動プログラムの具体化.
2000.
運動の安全基準. つくば健康科学フォーラム
シンポジウム「高齢者における生活機能と地域システム」、つくば、2000 年、12 月
Ajisaka R, Suzuki Y, Tanabe T, Ootsuki T, Matsuda M, Kuno S, Watanabe S, and Yamaguchi I: 「Cardiovascular
safety of leg-resistance exercise testing in middle-aged or elderly women with cardiovascular
diseases.」 International 16th Puijo Symposium, Kuopio, Finland、2001 年、6 月
衣笠竜太、馬場紫乃、菅原
順、増田和実、鰺坂隆一、松田光生、久野譜也:
「中高年女性における 12 週間の
筋力トレーニングが等速性筋力、筋横断面積および筋の動員率に及ぼす影響-SAT プロジェクト 43-」第 9 回日
本運動生理学会大会、横浜、2001 年、8 月
増田和実、田辺
解、菅原
順、鰺坂隆一、松田光生、久野譜也:「運動トレーニングが高齢者の VO2、血流、
筋酸素飽和度に及ぼす影響-SAT プロジェクト 34-」第 9 回日本運動生理学会大会、横浜、2001 年、8 月
鈴木康文、鰺坂隆一、松田光生、渡辺重行、山口
巌:「高齢者における下肢レジスタンス運動時の呼吸指導
が心拍血圧反応に及ぼす効果-SAT プロジェクト 51-」第 7 回日本心臓リハビリテーション学会、久留米、2001
年、9 月
田辺
匠、前田清司、菅原
順、大槻
毅、久野譜也、宮内
卓、鰺坂隆一、松田光生:「持久的トレーニン
グにより安静時および運動時の動脈系コンプライアンスは増大する−SAT プロジェクト 63−」第 56 回日本体力
医学会大会、仙台、2001 年、9 月
衣笠竜太、馬場紫乃、菅原
順、増田和実、鰺坂隆一、松田光生、久野譜也:「高齢者の生活機能向上のため
の具体的な筋力増大法の検討」
田辺
解、増田和実、菅原
第 56 回日本体力医学会大会、仙台、2001 年、9 月
順、松田光生、鰺坂隆一、河野一郎、久野譜也:「中高年者におけるトレーニン
グの相違が酸化ストレスの状態に及ぼす影響−SAT プロジェクト 57−」第 56 回日本体力医学会大会、仙台、2001
年、9 月
村上晴香、相馬りか、松田光生、鰺坂隆一、岡田守彦、久野譜也:
「mtDNA コントロール領域における多型とトレ
ーナビリテイーの個人差との関連−SAT プロジェクト 61−」第 56 回日本体力医学会大会、仙台、2001 年、9 月
久野譜也、田辺
解、衣笠竜太、馬場紫乃、菅原
順、増田和実、鰺坂隆一、松田光生:「日常の身体活動量
と摂取カロリーの相違が筋特性に及ぼす影響−SAT プロジェクト 50−」第 56 回日本体力医学会大会、仙台、2001
年、9 月
田辺
匠、前田清司、菅原
順、大槻
毅、柿山哲治、横山典子、久野譜也、宮内
卓、鰺坂隆一、松田光生:
「中高年者における身体活動量が動脈系伸展性および収縮期血圧に及ぼす影響−SAT プロジェクト 39−」 日本
体育学会第 52 回大会、札幌、2001 年、9 月
大槻 毅、菅原 順、田辺 匠、前田清司、久野譜也、鰺坂隆一、松田光生:「中高年者における動脈系コンプ
66
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
ライアンスと有気的持久力との関係−SAT プロジェクト 38−」日本体育学会第 52 回大会、札幌、2001 年、9 月
村上晴香、相馬りか、鰺坂隆一、岡田守彦、久野譜也:
「mtDNA コントロール領域における多型とトレーナビリ
テイーの個人差との関連−SAT プロジェクト 41−」日本体育学会第 52 回大会、札幌、2001 年、9 月
田辺
解、増田和実、菅原
順、松田光生、鰺坂隆一、河野一郎、久野譜也:「中高年者における日常の身体
活動量が生体内の酸化ストレスに及ぼす影響−SAT プロジェクト 36−」日本体育学会第 52 回大会、札幌、2001
年、9 月
横山典子、西嶋尚彦、前田清司、久野譜也、鰺坂隆一、松田光生:「運動教室への参加が中高年者の主観的幸福
感に及ぼす影響−SAT プロジェクト 65−」 第 12 回日本臨床スポーツ医学会学術集会、つくば、2001 年、11 月
鈴木康文、鰺坂隆一、田辺
匠、大槻
毅、菅原
順、前田清司、久野譜也、松田光生:「持久性運動トレー
ニングがレジスタンス運動に対する循環反応に及ぼす効果−SAT プロジェクト 52−」第 12 回日本臨床スポーツ
医学会学術集会、つくば、2001 年、11 月
大槻
毅、菅原
順、田辺
匠、前田清司、久野譜也、鰺坂隆一、松田光生:「動脈系コンプライアンスとラ
ンプ負荷運動中の心拍出動態との関連−SAT プロジェクト 66−」第 12 回日本臨床スポーツ医学会学術集会、つ
くば、2001 年、11 月
田辺
匠、前田清司、菅原
順、大槻
毅、柿山哲治、横山典子、久野譜也、宮内
卓、鰺坂隆一、松田光生:
「中高年者における身体活動量が動脈系伸展性に及ぼす影響−SAT プロジェクト 67−」第 12 回日本臨床スポー
ツ医学会学術集会、つくば、2001 年、11 月
鰺坂隆一、鈴木康文、大槻
毅、田辺
匠、菅原
順、増田和実、久野譜也、松田光生、渡辺重行、山口
巌:
「下肢レジスタンス運動における活動筋血液量動態-中高年女性における検討」第 8 回医用近赤外線分光法研
究会、泉佐野、2001 年、11 月
67
1. 高齢者の体力・運動機能の評価と生活機能推進策の具体化
1.3. 高齢者における体力・運動機能低下の機構解明に関する研究
1.3.1. 骨代謝に関する研究
財団法人国際科学振興財団
村上
要
和雄、石塚 保行、岩本 有加
約
骨代謝における運動刺激をその関連遺伝子の発現レベルの変化で評価するため、本研究を平成 11 年度から 3 年
間行った。先ず骨代謝の状態を血液細胞に発現している骨代謝関連遺伝子から推定できるかを検討した。血液細
胞で発現を確認した遺伝子を用いて RT-PCR による定量実験を行った。その結果、長期間運動することにより遺伝
子発現レベルの変動が起こることが示唆された。また、これが一過性運動の影響が関係しているかについても検
討した。その結果、長期間運動による遺伝子発現レベルの変動には影響がないと考えられた。以上の結果より本
研究では、運動による骨代謝の状態の変化を骨組織ではなく、血液細胞における骨代謝関連遺伝子の発現を調べ
ることで可能であることが示唆された。このように運動により血液細胞の遺伝子発現レベルが変動することから、
骨代謝に限らず、他の調べたい分野の影響の解析にも応用できると考えられる。
研究目的
運動刺激による(骨代謝関連)遺伝子の発現は、まだ充分には明らかにされていない。
よって、本研究では、運動刺激が骨代謝に関係する遺伝子発現にも現れると推測し、発現が変動する遺伝子を
指標に、高齢者の運動による生活機能増進効果の評価及び体力・運動能力低下のメカニズムを遺伝子レベルで明
らかにすることを研究の目的とした。
研究方法
同プロジェクトの他グループにより進められている種々の運動プログラムで運動した被検者からの血液細胞を
用いて、運動刺激(効果)を血液細胞における骨代謝関連遺伝子の発現レベルの変動で評価する。骨代謝の状態
を反映する骨代謝関連遺伝子の発現を、骨ではなく血液細胞で検討している。それは骨生検(骨組織の採取)が
不可能であり、骨と関連の深い血液細胞を試料として検討した結果、初年度の成果として、血液細胞にも骨代謝
関連遺伝子が多く発現していたことで、骨と血液細胞が相互作用している可能性が示されたことによる。
1.高齢者を被検者としたマイクロアレイの実施と評価
Fig.1 に示すマイクロアレイ法(二蛍光標識法)により、運動刺激における骨代謝遺伝子の発現変化を検出する
ことを試みた。被検者の運動前と運動後の各サンプルから mRNA を調製し、異なる蛍光(Cy3、Cy5)で標識し、同
一の遺伝子スポット上で競合的ハイブリダイゼーションを行った後、蛍光シグナルを測定して重ね合わせ、疑似
色調解析を行った。これは相対的な変化を見るのにきわめて有効といわれている[1]。
2 年度では、若年者の運動の前後で血液細胞から mRNA を調製し、これをプローブとして市販の DNA チップで発
68
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
現レベルを測定した結果、遺伝子の発現レベルが上昇するものと下降するものがあること、即ち、運動刺激で遺
伝子の発現レベルが変動することを確認した。最終年度は高齢者を被検者とした検討を行った。
Fig.1 二蛍光標識法における遺伝子の発現変化の検出
1.1.高齢者(被検者)の RNA サンプル調製
マイクロアレイで使用する RNA サンプルは、mRNA で 1~5 μl を必要とした。RNA のうち 80~85%はリボゾーム
RNA(rRNA)、10~15%はトランスファーRNA(tRNA)などの低分子 RNA、そして 1~5%はメッセンジャーRNA(mRNA)
である。したがって、抽出した Total RNA 濃度から mRNA 濃度を算出することができる。実際のところ、被検者か
ら採取した全血液 2ml から調製できる Total RNA は 10~40 μg と個人差が大きかった。またこれからプローブに
必要な mRNA を精製すると 0.3~1.2 μg となり、必要最小量 1 μg を満たさない試料もでてきたが、反応組成を調
製しながら検討を試みた。
1.2.プローブの調製
1.2.1.mRNA からの標識 cDNA
mRNA より逆転写酵素(Super Script Ⅱ Reverse Transcriptase,以下 SSⅡ:GibcoBRL)を用いて、DNA チップ
(マイクロアレイ)1 枚当たりに必要な量の標識 cDNA を得た。mRNA
1~5 μg、0.5 μg/ μl Oligo d(T)16 1 μl 、
DEPC・H2O 適量を voltex し、Total 7 μl チューブを作製した。これをインキュベート 70℃、5 分間、続いて 42℃、
2~3 分間を行った。この Total7 μl チューブから 5 μl だけ取り出し、
5×反応 buffer(SSⅡ添付)4 μl、dNTP mixture
(2mM dTTP、5mM dATP、dGTP、dCTP)2 μl、100mM DTT(SSⅡ添付)2 μl、40U Rnasin(TOYOBO) 2.5 μl、1mM FluoriLink
Cy3-,Cy5-dUTP(Pharmacia) 2 μl を加えて voltex し、Total 19.5 μl とした。この Total 19.5 μl に SSⅡ 1 μl
(200U)を加え、インキュベート 42℃、30-40 分間を行った。再度 SSⅡ 1 μl(200U)を加え、インキュベート
42℃、30-40 分間を行った後、オートクレーブ済・H2O 20μl 、0.5M EDTA 5 μl、1N NaOH 10 μl を加え、インキュ
ベート 65℃、1 時間を行った。最後に 1M Tris-HCl(pH7.5)を加え中和した。
1.2.2.標識 cDNA の濃縮
69
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
上記で得たサンプル溶液を Microcon-30(Amicon)に入れ、遠心分離 25℃、8,000rpm、4 分間を行い、10-20 μl
に濃縮した。さらに TE Buffer 250 μl を加えて遠心分離 25℃、8,000rpm、9 分間を行い、10-20 μl に濃縮した。
この操作を 3 回繰り返し、末標識の dNTP を除去し、最終的に 18.5 μl 以下になるように濃縮した。
1.3.ハイブリダイゼーション
上記で得た標識サンプル溶液に 20×SSC 6.25 μl、10%SDS 1.25 μl 、オートクレーブ済 H2O 適量を加え、終濃
度 5×SSC、0.5%SDS の Total 25 μl プローブ溶液を作製した。95℃、2-3 分間の変性後、4℃で急冷した。このと
き、SDS が析出するので、溶けきるまで室温放置した。マイクロアレイ上にプローブ DNA 溶液を静かに加えた後、
カバーガラスを端の方から静かにのせた。タイトボックスにキムワイプを敷き、オートクレーブ済 H2O 2.5ml で湿
らせ、インキュベート 60-65℃、14 時間行った。ハイブリダイゼーション後、チップをカバーガラスごと 2×
SSC-0.1%SDS 溶液に浸し、溶液中でカバーガラスを外した。その後そのまま室温にて振盪 20 分間洗浄を行った後、
室温にて 0.2×SSC-0.1%SDS 溶液で 20 分間洗浄を行った。さらに 0.2×SSC-0.1%SDS 溶液で 55℃、20 分間洗浄
を 2 回繰り返した。再び室温にて 0.2×SSC-0.1%SDS 溶液で 20 分間洗浄を行い、室温で 0.2×SSC、0.05×SSC で
リンスした後、遠心 600rpm、20 秒間を行い、室温で乾燥させた。その後のスキャナーを用いたマイクロアレイ上
の蛍光量測定は㈱DNA チップ研究所へ委託した。
2.RT-PCR 法による骨代謝関連遺伝子の発現レベルの変動
DNA チップでの検討が難航していたため、RT-PCR による定量性実験の検討を強化した。
2.1.RNA 抽出
高齢者より採取した血液細胞から AGPC 法(Acid Guanidinium-Phenol-Chloroform 法)を用いて Total RNA を精
製した。RNA はリボヌクレアーゼ(RNase)による分解を受けやすいため、全行程を通じて分解を最小限に抑えな
ければいけない。したがって、採血直後、素早く RNase を不活化するため、前述のとおり ISOGEN-LS で処理を行
った。-85℃の状態で 1 週間~1 年間保管可能である。その後、クロロホルム 1.6ml を加えて voltex 30 秒間、室
温放置 5 分間、遠心分離 4℃ 15,000rpm. 25 分間を行った。イソプロパノール 4ml に上層を採取添加し、転倒混
和後、遠心分離 4℃ 15,000rpm. 15 分間を行い、ppt(precipitate)とした。最後に DEPC・H2O 10 μl を加え Total
RNA soln.とした。
2.2.RNA 検出分析
RNA の状態(劣化・分解)、及び抽出収量を確認するため、以下の分析を行った。以下の分析で検出確認した RNA
サンプルだけを以降の実験で使用した。
2.2.1.変性ゲル分析
RNA は DNA と異なり多くの二次構造を形成するため、変性ゲルを使用する必要がある。ホルムアルデヒドは RNA
の二次構造形成を解消するため、電荷による移動をベースにした RNA の同定を行うことができる。ゲル電気泳動にお
いて、mRNA は分子量が不均一なため、バンドを形成しない(スメアー)が、rRNA は一定の分子量をもち、特に 28S、
18S(S:沈降係数)の明瞭なバンドを形成する。理想的な RNA 検出の場合、28S:18S≒2:1 の発現になる。したが
って、ホルムアルデヒドアガロース電気泳動を行い、rRNA のバンド発現と mRNA のスメアー状態を確認した。
1%ホルムアルデヒドアガロースゲルを作製した。溶液量 150ml の場合、10×MOPS 溶液 15ml、DEPC・H2O 110ml
に Agarose S(日本ジーン)を 1.5ml を添加し、電子レンジで加熱溶解した。溶液は 65-70℃まで冷却し、ホルム
アルデヒド 25ml を添加して 150ml とし、ゲル板を作製した。アプライサンプルは、ホルムアミド 5 μl、10×MOPS
1.5 μl、ホルムアルデヒド 2.0 μl、EtBr 0.5 μl、Total RNA soln.1 μl を voltex し、Total 10 μl チューブを
70
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
作製した。65℃、5 分間のヒート後、4℃で急冷し、その状態で 5 分間置いた。チューブに 5×Loading buffer
(dye-glycerol)を 3 μl 加え、Total 13μl をゲルに全量アプライした。なお、電気泳動バッファーは 1×MOPS
とし、100V、30-40 分間の電気泳動(GelMate;TOYOBO)を行い、UV イルミネーターで状態を確認した。さらに泳
動後、H2O で loading buffer を抜いたことで、より鮮明なバンドの発現を見ることができた。
2.2.2.濃度測定
分光光度計(U-2001;HITACHI)により、O.D.(optical density)値を測定し RNA の絶対濃度を算出した。260nm、
280nm の波長を測定し、O.D.260 値より濃度算出すると共に、純度確認のため O.D.260/O.D.280≒1.8 程度になること
を確認した。
2.2.3.RT-PCR(reverse-transcription-PCR)
mRNA 発現の変動を RT-PCR で検討した。Kit は、GeneAmp Gold RNA PCR Reagent Kit(ABiosystems)を使用し、
プロトコールはそれに準じ、コンタミを防ぐため、1step RT-PCR を行い、nega control として DEPC・H2O、posi
control として G3PDH を用いた。template(Total RNA)は 6ng/ μl(final concentration)とし、反応条件は、
RT-Hold 42℃ 12min.、AmpliTaQ Gold Activation 95℃ 10min.の後、PCR Denature 94℃ 20sec.、Anneal 62℃ 60sec.、
Anneal 72℃ 60sec.を 1cycle として 30cycles と 43cycles、Final 72℃ 7min.、Hold 4℃とした。
2.2.4.電気泳動による画像解析
RT-PCR product は、2%アガロース S による電気泳動を 100V、45-50min.で行った。なお、染色溶液は 10,000
倍希釈した GelStar Nucleic Acid Gel Stains(FMC)をゲルに添加(先染)し、UV イルミネーターで電気泳動を
確認後、ファイル画像を、画像解析ソフト(NIH Image Ver.1.62c ,URL;http://rsb.info.nih.gov/nih-image )
を用いて濃度を数値化し、実験のバックグラウンドを全統一するため、発現変動率=(目的遺伝子/G3PDH)/MW マ
ーカー( φX174 HaeⅢ digest;TaKaRa)とした。
研究成果
1.DNA チップの作製
DNA チップの利点は、一度に複数の遺伝子発現を検討することが可能なことである。我々は、Table 1 に示した
103 種類の骨代謝関連遺伝子を目的遺伝子として取得し、DNA チップを作製した。
71
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
Table1. DNA チップ作製で使用した 103 種類の骨代謝関連遺伝子
Genebankaccessionnumber gene name(definition)
bp
Genebankaccessionnumber gene name(definition)
bp
400
541
X01992
M93415
mRNAfor 25-hydroxyvitaminD31alphahydroxylase
activintypeⅡreceptor mRNA
465
J00210
U14722
activintypeI receptor mRNA
278
AB011406
mRNAfor alkalinphosphatase
angiopoietin-1,mRNA
AB005989
U83508
NM_001147 angiopoietin2(ANGPT2),mRNA
L20121
bcl-xL
NM_001711 biglyccan(BGN),mRNA
bonemorphogenetic protein1(BMP-1)
M22488
mRNA
bonemorphogenetic protein4
NM_001202
(BMP4),mRNA
bonemorphogenetic protein5(BMP-5)
M60314
mRNA
bonemorphogenetic protein6
NM_001718
(BMP6),mRNA
bonemorphogenetic protein8
NM_001720
(osteogenic protein2)(BMP8),mRNA
bonemorphogenetic protein10
AF101441
(BMP10),mRNA
AB013918 mRNAfor CAD
NM_004368 calponin2(CNN2),mRNA
NM_001912 cathepsinL(CTSL),mRNA
cartilage-derivedmorphogenetic protein1
U13660
(CDMP-1),mRNA
AF005058 chemokinereceptor(CXCR-4)gene
AB006000
mRNAfor chondromodulin-I precursor
V00568
mRNAencodingthec-myc oncogene
cysteineproteaseCPP32isoformbeta
mRNA
macrophage-specific colony-stimulating
(CSF-1),mRNA
factor
mRNAfor C-SRC-kinase
mRNAfor Cu/Znsuperoxidedismutase
(SOD)
U13738
M37435
X59932
X02317
C75417
mRNAfor HuIFN-gammainterferon
leucocyteinterferon(IFN-alpha)alpha-d
gene
IGFbindingprotein-3,mRNA
278
545
M81890
interleukin11(IL11)gene
463
479
M15330
interleukin1-beta(IL1B)mRNA
576
517
M74782
interleukin3receptor(hIL-3Ra)mRNA
411
505
M54894
interleukin6mRNA
170
494
X12830
mRNAfor interleukin-6(IL-6)receptor
integrin,beta3(platlet glycoproteinⅢ
442 NM_000212
a,antigenCD61)(ITGB3),mRNA
538 X14454 mRNAfor intergeronregulatoryfactor 1
c-JunN-terminal kinasekinase2
597 AF022805
(JNKK2)mRNA
522 M60828 keratinocytegrowthfactor mRNA
521
564
349 AB005142
apiwnaklothomRNA
316
K-rasoncogeneproteinmRNA
lectin,mannose-binding,1
382 NM_005570
(LMAN1),mRNA
macrophagecolony-stimulatingfactor(M524 M27087
CSF1)cDNAtomRNA
matrixmetalloproteinase-3(MMP-3)
302 J03209
mRNA
matrixmetalloproteinase9
497 NM_004994
(92kDtypeIVcollagenase)
mRNAfor mangano-superoxidedismutase
420 X14322
(Mn-SOD)
mRNAfor mediator of receptor-induced
497 X84709
toxicity
macrophage-stimulatingprotein(MST1)
462 L11924
mRNA
nuclear factor kappa-BDNAbinding
455 M58603
(NF-kappa-B)mRNA
subunit
498 NM_003999 oncostatinMreceptor(OSMR),mRNA
241
487
M54968
474
485
329
334
541
551
481
303
346
425
487
485
402
358
X53698
mRNAfor Glaprotein(BGP,osteocalcin) 227
594
Z12020
mRNAfor p53-associatedgene
72
560
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
Genebank accession number gene name(definition)
cytochrome P450,subfamily ⅡB,polypeptide
NM_000767
6(CYP2B6),mRNA
D15057
mRNAfor DAD-1
epidermal growthfactor(betaNM_001963
urogastrone)(EGF),mRNA
NM_004093 ephrin-B2(EFNB2),mRNA
AB006590
mRNAfor estrogen receptor beta
Fas-associating deathdomain-containing
U24231
protein mRNA
basic fibroblast growthfactor(FGF)
M27968
mRNA
fibroblast growthfactor 1(acidic)
NM_000800
(FGF1)transcript variant 1,mRNA
fibroblast growthfactor 8 isoforme
U46213
(FGF8)mRNA
fibroblast growthfactor receptor 2
NM_000141
(FGFR2)
NM_002023 fibromodulin(FMOD),mRNA
X02761
mRNAfor fibronectin(FNprecursor)
growth differentiationfactor 5(cartilageNM_000557
derived morphogenetic protein-1)
gamma-glutamyl transpeptidase(GGT)
M24903
mRNA
GM-CSFreceptor(GM-CSFreceptor)
M73832
mRNA
M57230
membrane glycoprotein gp130 mRNA
NM_002110 hemopoietic cell kinase(HCK),mRNA
hepatocyte growth factor(HGF)gene,exon
D90318
1
hepatocyte growth factor(HGF)gene,exon
D90327
10
NM_000089 collagen,type Ⅰ,alpha 2;COL1A2
M20789
alpha 1 collagen type Ⅰgene
interleukin-1 beta convertase(IL1BCE)
M87507
mRNA
positive regulator of programmed cell death
U13021
ICH-1L(Ich-1)mRNA
vascular endothelial growth factor receptor
AF063657
(FLT1)mRNA;VEGFR1
AF035121 KDR/fIK-1 proteinmRNA;VEGFR2
fms-related tyrosine kinase 4(FLT4),
NM_002020
mRNA;VEGFR3
von Hippel-Lindau syndrome
NM_000551
(VHL),mRNA
bp
Genebank accession number gene name(definition)
bp
513
X54936
mRNAfor placenta growthfactor(PIGF) 407
506
D11428
531
mRNAfor PMP-22(PAS-Ⅱ/SR13/Gas-3)
receptor activator of nuclear factor
160 AF019047
kappa Bligand(RANKL)mRNA
400 X06538
mRNAfor retinoic acid receptor
retinoic acid receptor,alpha
128 NM_000964
(RARA),mRNA
retinoic acid receptor,gamma
496 NM_000966
(RARG),mRNA
retinoid Xreceptor,gamma
209 NM_006917
(RXRG),mRNA
362 L11910
retinoblastina susceptibility gene exons 1-27
589
129
M14948
R-ras gene
304
498
M59964
stemcell factor mRNA
274
517
X64559
mRNAfor tetranectin
429
506
M19154
564
491
442
552
541
441
357
424
transforming growth factor-beta-2 mRNA
mRNAfor transforming growthfactor-beta
X14149
(TGF-beta 3)
3
NM_003246 thrombospondin 1(THBS1),mRNA
tie mRNAfor putative receptor tyrosine
X60957
kinase
M32304
Humanmetalloproteinase inhibitor mRNA
tumor necrosis factor and lymphotoxin
M16441
genes
M10988
tumor necrosis factor(TNF)mRNA
TNFreceptor-1 associated protein
L41690
(TRADD)mRNA
AF013171 TNF-related ligand TRANCEmRNA
511
X16711
545
535
345
477
581
215
247
435
584
470
551
599
290
421
146
COL2A1 mRNAfor alpha(Ⅱ)collagen
356
AF026260
vitaminDreceptor(VDR)mRNA
494
211
AF022375
477
587
M15036
449
U45880
442
M16961
vascular endothelial growth factor mRNA
vitaminK-dependent plasma proteinS
mRNA
X-linked inhibitor of apotosis protein XIAP
mRNA
alpha-2-HS-glycoprotein alpha and beta
chain mRNA
466
73
275
292
490
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
2.マイクロアレイの実施と評価
蛍光量測定の段階で、問題が生じた。DNA チップのバックグラウンドが高くなることで、発現遺伝子の検出感度
が低下し、解析が困難なことである。これは、①ハイブリダイゼーション(インキュベート)の際の水分量と時
間の問題、②mRNA の 1 μl 以下という微量添加による問題、③DNA チップの寿命(有効期間)によるものと考えら
れた。DNA チップは、同一ロットのものを使用するためまとめて作製依頼した。しかし、何らかの要因による DNA
チップの劣化が起こるため、長期保存は難しいようである。そのほかに、目的遺伝子の蛍光が高すぎるために測
定ができないという問題も生じた。プローブの量を減らすことで、蛍光の調節が可能であろうと考えられるが、
103 種類の目的遺伝子すべてが、同じような蛍光発現をするとは限らないためプローブ量の調節をすることは難し
いと考えられる。
3.運動による遺伝子レベルの変動
Fig. 2 に示した GM-CSF receptor、Cytochrome p450 subfamilly Ⅱ(CYP2B6)、 α2-HS-glycoprotein、Heparan
sulfate proteoglycan(HSPG)、Retinoic acid receptor, alpha(RARA)、Hemopoietic cell kinase(HCK)にお
いて、運動による発現レベルの変動が確認された。コントロール群と運動群で比較したところ、Fig.3 のように
GM-CSF receptor と HCK は、コントロール群に比べ運動群は有意に発現量が増加した。 α2-HS-glycoptorein と
CYP2B6 はコントロール群に比べ運動群が有意に発現量が減少した。さらにこれらの遺伝子を用いた縦断的検討を
行った。Fig.4 では、電気泳動における被検者ごとの GM-CSF receptor、 α2-HS-glycoprotein の運動による発現
レベルの変動を示した。GM-CSF receptor は運動前に比べ運動後では発現量が増加し、 α2-HS-glycoprotein は運
動前に比べ運動後で発現量が減少した。この縦断的検討を Fig.5 のようにグラフで示した。この縦断的検討は、
Fig.3 に示したコントロール群と運動群の検討と傾向が一致したことから、長期間運動による骨代謝遺伝子の発現
レベルの変動が起こることがわかった。
また、一過性運動実験(1 回の運動直後から 2 日後)を行い、同様に検討したところ、運動による変動はみられ
たものの、長期間運動に影響する変動率ではなかった。
Fig.2 発現レベルで変動した骨代謝遺伝子
74
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
Fig.3 運動による遺伝子発現量の変化
Fig.4 長期間運動による発現レベルの変動
Fig.5 長期間運動による発現レベルの変動(縦断的)
75
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
4.他のパラメータとの関係
4.1.骨強度との関係
他グループ(東大・福永グループ)が検討した踵骨超音波測定法による OSI(音響的骨評価値)データより、被
検者の骨強度の変化と骨代謝関連遺伝子を比較検討した。骨強度については、長期間運動前と後では変化が見ら
れなかった。
4.2.栄養摂取量、身体活動量との関係
被検者のミネラルとビタミン摂取量(カルシウム、リン、ビタミン C、ビタミン D、鉄)、身体活動量の変化と
の関係についても検討した。しかし、被検者の対応性に欠ける(サンプルの欠落などによる)などから、個別に
よる検討は難しいと判断した。
考
察
1.骨代謝関連遺伝子が血液細胞で発現がみられたことにより、骨代謝状態を骨組織からではなく、採取容易な血
液細胞でみることが可能であることが示唆された。
2.定量的な発現の差を検討するには、解析対象数は減少するが、(RT-)PCR 法は有用性があると考えられる。本
研究は最終的に RT-PCR によって検討したことにより、定量的な骨代謝関連遺伝子の発現レベルの変動を捉えるこ
とができた。
マイクロアレイ法については、遺伝子の発現レベルの変動が検出できれば、解析対象の遺伝子数を増加させ、
解析対象範囲を広げることが可能であり、遺伝子間の相互解析も可能であるため、本研究の重要なツールとして
考えていた。しかし、本研究で用いた DNA チップは、cDNA をスポッティングする貼り付け型 DNA マクロアレイで
あり、インサート DNA の大きさの違いやスポッティングによるアレイ同士の誤差が合成型 DNA チップ(オリゴ DNA
をガラス表面上で合成するタイプ)に比べて大きいことは否めないため、内部標準(internal control)の取り
方には充分な配慮が必要などの問題があった。また、サンプル量が微量であったこと、DNA チップの耐久性問題な
ど、複数の要因が重なったために検討が困難となったが、若年者実験による市販の DNA チップを用いた検討では
運動刺激による遺伝子の発現レベルが変動することを確認したことにより、DNA チップを使った遺伝子モニタリン
グは体力・運動機能の低下機構解明において有用性があると考えられる。
3.長期間運動することにより遺伝子発現レベルの変動が起こることが示唆された。
4.骨強度(骨密度)は 1 年間維持された。これは、加齢に伴い、骨密度は特に女性の場合 50 歳以降顕著に低下
することから、長期間運動により骨代謝回転が高まり、加齢に伴う骨密度減少が抑制された(維持された)可能
性を示すものと考えられる。今後、遺伝子の発現レベルの変動と骨密度の維持の関連を研究することで、運動機
能の低下機構の解明に繋がると考えられる。
5.6 種類のうち、GM-CSF receptor は、上昇傾向を示した。GM-CSF receptor は、マクロファージ系の破骨細胞前
駆細胞に存在しており、リガンドである GM-CSF は白血球を分化増殖するサイトカインとして T リンパ球に存在す
る。血液細胞に GM-CSF receptor が発現していることは、リガンドである GM-CSF が血液中に存在していることを
示している。通常、血液細胞自身が GM-CSF を発現し分泌していると考えられるが、今回、GM-CSF の発現が確認さ
れなかったので、他の組織で発現、分泌されていると考えられる。それは骨組織が破骨細胞の数を調節するため
に GM-CSF を発現、分泌し、破骨細胞の幹細胞である造血幹細胞に作用していることが考えられる。本研究では女
76
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
性の被検者が多い。女性の場合、閉経によるエストロゲンの低下により骨代謝は亢進し、骨吸収、骨形成ともに
促進される。このうち骨吸収の増加が骨形成に比べて著しいため、閉経により骨量は低下するといわれている[2]。
したがって、破骨細胞形成が抑制されているのであれば、骨吸収の亢進を抑制し、骨吸収と骨形成のバランスが
維持されている可能性があるのかもしれない。
本研究は、運動機能の低下機構を遺伝子レベルで評価する目的で、まず運動を遺伝子発現レベルで評価する方
法を検討した。その結果、運動により血液細胞で発現している骨代謝遺伝子の発現レベルが変動することを DNA
チップや PCR で評価できることが示唆された。高コスト等の問題から最終的に機能解明までには至らなかったが、
今後 DNA チップの改良、目的遺伝子の蛍光度確認、更なる遺伝子の機能解析を行うことで、遺伝子レベルでの評
価は、可能になると考えられる。
本研究テーマは、骨代謝以外の組織状態の推定にも応用でき、健康に対する運動の効果、影響を遺伝子レベル
で解析できる、医薬における遺伝子の利用と同じように、運動が健康維持に適する高齢者とそうでない人を見分
け、運動が適する人には最適な運動メニューを提示するなど将来的な研究にも有用である。
引用文献
[1]
増保安彦:DNA マイクロアレイの展望.DNA マイクロアレイと最新 PCR 法,
(田中弥生 編),pp13-25,秀潤社
[2]
福本誠二:骨粗鬆症の病系と病態生理.実験医学シリーズ 16
(松本俊夫 編),pp128-136,羊土社
成果の発表
3)口頭発表
*岩本有加 他:中・高齢者における運動による骨代謝関連遺伝子の発現レベルの変動,
第 56 回日本体力医学会大会,仙台,2001
*岩本有加 他:骨代謝関連遺伝子の骨組織以外での発現と高齢者における運動による発現レベルの変動,
第 74 回日本生化学会大会,京都,2001
77
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
1. 高齢者の体力・運動機能の評価と生活機能推進策の具体化
1.3. 高齢者における体力・運動機能低下の機構解明に関する研究
1.3.2. 酸化ストレスに関する研究
(平成 11 年研究担当)
東京大学教育学部
宮崎 りか
(平成 12-13 年研究担当) 金沢大学教育学部
増田 和実
(平成 11-13 年共同研究)筑波大学・生物科学系
林 純一
要
約
高齢化に伴って必ず認められる筋力や運動能力の低下の原因の一つに活性酸素による生体損傷やミトコンドリア
の呼吸機能低下が考えられており、細胞脂質の過酸化やミトコンドリア DNA(mtDNA)の損傷などは、活性酸素によ
る生体損傷の証拠とされている。ただし、運動にともなう酸素消費量の増加とそれに伴う活性酸素の増加が、生体損
傷や mtDNA を引き起こすほどの重大な問題を抱えているのかについては、証明されているわけではない。そこで本研
究では、運動と mtDNA の変異蓄積の関係や、中高齢者を対象にした日常の身体活動量や栄養摂取状況(特に抗酸化ビ
タミン)の調査、あるいは、継続的なトレーニングが生体の酸化ストレスや抗酸化能力に及ぼす影響を検討すること
を通して、活性酸素(特に運動時に発生する活性酸素)が生体に及ぼす影響を明らかにしようとした。
研究目的
本研究では、運動に伴って発生する活性酸素が、中高齢者の酸化ストレス状態に及ぼす影響を明らかにするた
めに、以下のような小目的を設定した。
(研究 1)ヒト mtDNA 欠損細胞へ神経細胞や血小板の mtDNA を導入し、ミトコンドリア酵素活性の変動から、老化
及び老化にともなう疾患と mtDNA 突然変異の蓄積の因果関係を検討すること。
(研究 2)日常の身体活動量が mtDNA の損傷・欠損の程度に影響を及ぼすのかについて明らかにするため、ラット
を自発走用ケージに 22 週間飼育した時の日常走行量とミトコンドリア DNA の欠損(common deletion)を定量化
することによって、運動量と common deletion の蓄積量との関係を検討すること。
(研究 3)高齢者を対象に日常の身体活動量調査と栄養調査を実施し、それらのパラメータと運動前後における酸
化ストレスマーカー(血液サンプルより)の変動との関係を検討することにより、普段の身体活動、栄養摂取が
酸化ストレスに及ぼす影響を明らかにすること。
(研究 4)中高年者における 12 週間の運動トレーニングが、安静時もしくは一過性運動後の酸化ストレスおよび
抗酸化能力に及ぼす影響を検討し、さらに、トレーニングタイプの違いにより酸化ストレスおよび抗酸化能力(血
中グルタチオン状態)の適応が異なるかどうかも併せて検討すること。
78
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
研究方法
(研究 1)mtDNA の 4336 番目の塩基アデニンがグアニンに置換することにより、ATP 産生能が低下し、アルツハイ
マー病を発病することが知られている[1]。そこで、アルツハイマー病で亡くなった老化したヒトの脳の剖検検体
からミトコンドリアを mtDNA 欠損細胞[2]に導入した。この細胞のエネルギー産生機能を測定し、老化にともなう
疾患と mtDNA 突然変異の蓄積の因果関係を解明する。
(研究 2)実験動物には、Wistar-Imamichi 系雄性ラット(10 週齢 23 匹)を用い、回転車輪付き飼育ゲージ(周
径 97.34 cm)内で 22 週間飼育した。12 時間昼夜自動切り替えサイクルの飼育室で飼育し、餌、水は自由摂取と
した。1 日 1 回、飼育ゲージの回転数を記録した。分析対象の筋は、心筋、足底筋、ヒラメ筋とし、測定項目には、
ミトコンドリア酸化酵素として、クエン合成酵素(CS)活性とチトクロム C 酸化酵素(COX)活性を測定した。mtDNA
の欠失の定量は、総 mtDNA およびΔmtDNA4834(4,834 bp の欠失を持つ mtDNA)の初期コピー数をそれぞれ測定し、
ΔmtDNA4834 の割合を算出した。総 mtDNA およびΔmtDNA4834 の検量線用スタンダードとして用いた PCR 産物の大きさ
は正常型、欠失型それぞれ 206 bp と 661 bp であり、この値から標準液に含まれる初期コピー数を算出し、検量
線を作成した。ΔmtDNA4834 量は微量であるため、低濃度域での検量線を必要としたが、初期濃度 100 コピー以下で
は再現性が得られなかった。そのため、この濃度を検出限界と定めたところ、心筋では 6、足底筋で 8、ヒラメ筋
で 6 つのサンプルでΔmtDNA4834 の初期濃度が検出限界以下となった。
(研究 3)高齢者 10 名(男性 7 名、女性 3 名、71.3±6.8 歳(66-89 歳))、このうち男性 3 名は高齢ランナー(66-89
歳)を対象とした。運動負荷試験に先立ち、簡易型身体活動量測定器(ライフコーダ((株)スズケン)を用いて
2 週間に渡る日常の身体活動量を調査した。また、同期間にアンケートによる食事調査を実施し、食事からの抗酸
化ビタミン(ビタミン B2, C, E)摂取量の調査を行った。運動負荷試験は、負荷の異なる 2 種類の自転車運動と
した。運動負荷試験の前と直後に採血を行い、得られた採血サンプルから、酸化ストレスの指標として、血漿チ
オバルビツール酸反応生成物濃度(TBARS)濃度(八木蛍光法)、血中酸化型グルタチオン/還元型グルタチオン比
(GSSG/GSH 比)
(比色法)を測定し、酸化防御能力の指標として、血中還元型グルタチオン(GSH)
(比色法)を測
定した。なお、運動負荷試験は、予測最大心拍数に到達するまでの最大ランプ負荷運動とその際に求められた換
気性閾値(VT)の 80%VT に相当する運動強度で 30 分間行う定常負荷試験であった。
(研究 4)健常な中高年者 22 名(男性 6 名、女性 16 名、64.6±4.8 歳(58-74 歳))を対象とし、持久性トレーニ
ング群 8 名(持久群)、筋力トレーニング群 5 名(筋力群)および筋力体操群 7 名(体操群)に分類した。持久群
は 80%VT の運動強度で 30 分間の自転車運動を週 5 回、筋力群は等速性筋力測定器(Biodex、Biodex 社)を用いた
膝・股関節の伸展/屈曲運動を 60、240 ˚/s でそれぞれ 5 回、10 回×2 セットを週 2 回、体操群は 7 種目の下肢/
体幹の筋力体操を体重負荷で各 10 回×2 セットを週 7 回の頻度で行った。トレーニング期間は 12 週間とした。分
析項目ならびに運動負荷試験の方法は、研究 3 と同じであった。
研究成果
(研究 1)
1. 実際にアルツハイマー病で亡くなった老化したヒトの脳の剖検検体からミトコンドリアを mtDNA 欠損細胞に
導入してその機能を調べたところ、酵素活性に関して健常者の mtDNA を導入した細胞のものと有意な差は認
められなかった。また、健常者の mtDNA においても、約 20%の個人差があった(図 1)
。
79
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
100
50
0
He
ρ0 SN
GP1
GP2
B1
B2
CyAD4
図 1.アルツハイマー患者のミトコンドリアを導入した細胞の Cytochrome Oxidase 活性.
He:HeLa 細胞、ρ0:ヒトミトコンドリア DNA 欠損細胞、CyAD4-SN~GP2:アルツハイマー患者の
脳由来ミトコンドリア導入細胞、CyAD-B1,B2;アルツハイマー患者の血液由来ミトコンドリア導
入細胞。アルツハイマー患者のミトコンドリアを導入した細胞と、コントロールとして測定した
HeLa 細胞との間には、有意な差はみられなかった。
(研究 2)
1.飼育期間中の全ラットの平均総活動量は、431.7±353.5 km であった。飼育期間終了時の総活動量から算出し
た平均値および標準偏差より、活動量が平均値±1SD の境界によって 3 群(高活動群 922.4±66.5 km、中活動
群 418.6±242.0 km、低活動群 49.1±21.6 km)分類した。
2.CS 活性(µmol/min/mg 筋湿重量)について、活動群別では、心筋およびヒラメ筋において群間に有意な差は見
られなかった(図 2)。足底筋は高活動群の活性が低,中活動群より高い傾向が見られたが、その差は有意では
なかった((図 2, 低: 0.83±0.20, 中: 1.00±0.19, 高: 1.20±0.46)。COX 活性(µmol/min/mg 筋湿重量)
CS 活性
10.0
7 .5
5.0
2.5
0
muscle weight
12.5
µmol/min/mg
µmol/min/mg
muscle weight
COX 活性についても CS 活性と同様の傾向であった(図 2)。
心筋
足底筋
10.0
低活動群 (n=6)
中活動群 (n=12)
7 .5
高活動群 (n=5)
5.0
2.5
0
ヒラメ筋
COX 活性
12.5
心筋
足底筋
ヒラメ筋
図 2. 筋別に見る活動量の相違におけるミトコンドリア酵素活性の比較.
CS: クエン酸合成酵素、COX: チトクロム C 酸化酵素。グループ間には有意差は認められなかった。
80
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
3.心筋、足底筋およびヒラメ筋のいずれの筋においても活動量群間のΔmtDNA4834 の割合に差は見られなかった
(図 3)。しかしながら、各筋の欠失の割合は筋によって異なり、心筋 0.09±0.11%、足底筋 0.005±0.004%、
ヒラメ筋 0.001±0.001%と、心筋は骨格筋より高く、2 種類の骨格筋では足底筋がより高い値を示した。
ΔmtDNA4834 量(%)
心筋
0.4
0.3
0.2
0.1
0
低
中
高
足底筋
ΔmtDNA4834 量(%)
0.015
低活動群 (n=6)
中活動群 (n=12)
中活動群 (n=12)
高活動群 (n=5)
0.010
高活動群 (n=5)
0.005
0.000
低
1
中
2
高
3
ΔmtDNA4834 量(%)
ヒラメ筋
0.0025
0.0020
0.0015
0.0010
0.0005
0.0000
低
中
高
図 3. 3 つの活動群における心筋および下肢筋のΔmtDNA4834 量の比較.
低: 低活動群 (n=6), 中: 中活動群 (n=12, 足底筋のみ n=11),
高: 高活動群 (n=5,ヒラメ筋のみ n=5)。-----: 検出限界: p<0.05。ΔmtDNA4834 量における
グループ間の有意差は認められなかった。
81
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
(研究 3)
1.安静時において、酸化ストレスマーカーである血中 GSSG/GSH と血漿 TBARS 濃度と日常の身体活動量との間に
一定の関係は認められなかった(図 4)。酸化防御能力マーカーである血中 GSH 濃度と日常の身体活動量の間
にも相関関係は認められなかった(図 4)。
GSSG/GSH
TBARS(nmol/ml)
2.4
0.6
2.2
2
0.4
1.8
0.2
n=10
n.s.
0
100
300
500
700
n=10
n.s.
1.6
1.4
100
900
300
500
700
900
日常の身体活動量(kcal)
GSH(µmol/l)
600
400
200
0
100
図 4. 安静時における、GSSG/GSH(酸化ストレスマーカー)
、
GSH 濃度(酸化防御能力マーカー)
、TBARS(過酸化脂質)と
日常の身体活動量との関係いずれのパラメータとも、一定の
傾向は認められなかった。
n=10
n.s.
300
500
700
900
日常の身体活動量(kcal)
2.最大運動時、定常負荷運動時において、酸化ストレスマーカーである血中 GSSG/GSH と血漿 TBARS 濃度の運動
前後での変化量と日常の身体活動量との間に一定の関係は認められなかった(図 5)。酸化防御能力マーカー
である血中 GSH 濃度の変化量と日常の身体活動量の間にも相関関係は認められなかった(図 5)。
3.食事からの抗酸化物質の摂取量と酸化ストレスマーカー、酸化防御能力マーカーとの間には明確な傾向が認め
られなかった。
.
4.最大酸素摂取量(VO2peak)と酸化ストレスマーカーである血中 GSSG/GSH との間に有意な負の相関関係が、ま
た、酸化防御能力マーカーである血中 GSH 濃度との間に有意な正の相関関係が認められた(図 6)。
(研究 4)
1.安静時において、酸化ストレスマーカーである血漿 TBARS 濃度は全てのトレーニング群で変化しなかった(図 7)
ものの、血中 GSSG/GSH は 3 群ともトレーニング前と比べてトレーニング後に有意に低下した(p<0.05、図 7)。
酸化防御能力マーカーである血中 GSH 濃度は、持久群と体操群でトレーニング後に有意に増加し(p<0.05)、
筋力群も増加する傾向にあった(p=0.054)(図 7)。
2.最大負荷運動時および定常負荷運動時において、酸化ストレスマーカーである血中 GSSG/GSH と血漿 TBARS 濃
度の運動前後での変化量は、3 群ともトレーニング後に有意な変動は認められなかった(図 8)。酸化防御能力
マーカーである血中 GSH 濃度の運動前後の変化量は、トレーニング後に有意に変動しなかった(図 8)。
82
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
GSH(µmol/l/Watt・min)
6
2.0
1.6
4
1.2
0.8
0.4
0
-.04
-0.8
-1.2
-1.6
-2.0
2
0
-2
n=10
n.s.
-4
-6
100
300
500
700
900
n=10
n.s.
100
300
500
700
900
日常の身体活動量(kcal/day)
0.4
0.2
図 5. 80%VT 強度で 30 分間の自転車運動をした前後での
GSSG/GSH(酸化ストレスマーカー)
、GSH 濃度(酸化防御能力
マーカー)
、TBARS(過酸化脂質)の変化量と日常の身体活動
量との関係
いずれのパラメータにも一定の傾向は認められなかった。最
大負荷運動時も同様に、いずれのパラメータにも一定の傾向
は認められなかった。
0
n=10
n.s.
-0.2
-0.4
100
300
500
700
900
日常の身体活動量(kcal/day)
GSSG/GSH
TBARS(nmol/ml)
0.8
2.4
n=10
p=0.0032
r=-0.81
0.6
2.2
2
0.4
1.8
0.2
n=10
n.s.
1.6
0
1.4
10
20
30
VO2peak/wt(ml/min/kg)
40
10
20
30
VO2peak/wt(ml/min/kg)
40
GSH(µmol/l)
600
n=10
p=0.0725
r=0.59
400
図 6. VO2peak/wt と GSSG/GSH(酸化ストレスマーカー)
、GSH
濃度(酸化防御能力マーカー)
、TBARS(過酸化脂質)の関係.
有酸素的代謝能力の高い者ほど、酸化ストレス状態が小さい
傾向にあり、かつ、抗酸化物質が高濃度である傾向にあった。
200
0
10
20
30
40
VO2peak/wt(ml/min/kg)
83
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
GSSG/GSH
TBARS(nmol/ml)
2.6
0.6
2.4
2.2
0.4
2
1.8
0.2
** *
1.6
1.4
0
pre
post 12wk
pre
post 12wk
GSH(µmol/l)
$ *
800
持久群( n=8 )
筋力群( n=5 )
体操群( n=7 )
Mean ±
*
600
400
図 7.トレーニング前後における安静時の GSSG/GSH、TBARS 濃
度、GSH 濃度の比較.
全ての群でトレーニング後に安静時での GSSG/GSH が低下し、
GSH 濃度が増加する傾向にあった。
200
0
pre
post 12wk
GSSG/GSH(X10-4nmo;/Watt・min)
TBARS(X10-4nmo;/ml/Watt・min)
4.0
2.0
2.0
0
0
-2.0
-2.0
-4.0
pre
0.2
-4.0
post 12wk
GSH(µmol/l/Watt・min)
pre
post 12wk
持久群( n=8)
筋力群( n=5)
体操群( n=7)
Mean ±SD.
0
-0.2
pre
図 8.トレーニング前後における最大下定常負荷運動時の
GSSG/GSH、TBARS 濃度、GSH 濃度の変化量の比較.
Δ: 運動負荷試験前後での変化量。全ての項目において、ト
レーニング後に有意な変化は認められなかった。
post 12wk
84
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
考
察
アルツハイマー病などの病原性変異が含まれている mtDNA を導入した細胞のエネルギー産生が、コントロール
として用いた HeLa 細胞と変わらなかった本研究の結果は、移植した mtDNA に病原性変異が含まれている場合はそ
の細胞の呼吸活性は下がるはずである、と考えていた当初の予想を覆した。また、この結果は、仮に mtDNA の変
異が蓄積されても、ミトコンドリアの酵素活性には影響しにくいということを示唆している。さらに、健常者と
いえども約 20%の呼吸活性に個体差が認められ、今後、病原性突然変異決定のためのスタンダードとして、極め
て基礎的で重要な情報となる。
健常者の組織に加齢にともなう増加が最もよく見られるのは common deletion と呼ばれる約 5 kb の欠失である
[3-5]。本研究では,ラットの common deletion である 4834 bp(ΔmtDNA4834)の欠失の骨格筋における蓄積に、
日常的な身体活動量の相違が影響を及ぼすのかどうかについて検討した。その結果、高活動群と低活動群では、
18 倍もの走行距離の差があったにもかかわらず、活動量の相違がΔmtDNA4834 量に影響を及ぼさなかった。このこ
とは、身体活動量に伴う活性酸素量の程度では、ΔmtDNA4834 の蓄積に影響を及ぼさないことを示唆するものである。
また、継続的な運動トレーニングは、抗酸化能力を高めることによって運動の繰り返しにより誘起される酸化ス
トレスを抑制するといわれている[6-8]。本研究のラット(高活動群)の抗酸化系能力も日常の活動量によって向
上していることが予想され、その為にΔmtDNA4834 が蓄積しなかった可能性も考えられる。
common deletion は一般に加齢にともなって指数関数的に増加する者とされているが、本研究で用いたラットは
筋組織採取の時点で 31 週齢であり、老齢に達していなかった。最近ヒトの若年者を用いた研究でも、一過性の運
動やトレーニング後の骨格筋に common deletion の存在が確認されている[9, 10]。さらに、ラットにおける研究
では、疲労困憊までの走運動によってヒラメ筋の mtDNA に欠失が検出されたという報告や、後肢懸垂によって欠
失が増加したという報告がある[11, 12]。これらのことから、common deletion は若齢であっても運動によって生
じる可能性があるので、さらに検討を深める必要があると思われる。
継続的な運動トレーニングは、酸化防御能力を高めることによって運動の繰り返しにより誘起される酸化スト
レスを抑制するといわれている[6]。また、我々は横断的検討により中高年者における日常身体活動量の多少は酸
化ストレス(TBARS、GSSG/GSH)に影響を及ぼさないこと、およびトレーニングを定期的に行う中高年ランナーは
抗酸化能力(GSH)が高いことを認めた。さらに、中高年者における運動トレーニングと酸化ストレスの関係につ
いて縦断的な検討を行った結果、中高年者における 12 週間の運動トレーニング後に酸化ストレスマーカー(TBARS、
GSSG/GSH)は低下傾向を示した。また、抗酸化能力マーカー(GSH)はトレーニング後に増加した。これらのこと
は、中高年者における継続的な運動トレーニングが抗酸化能力の向上を促し、酸化ストレスを抑える可能性が示
唆している。トレーニングタイプ別にみると、持久性トレーニングおよびマシーンを用いたレジスタンストレー
ニングの両タイプでともに抗酸化能力が向上し、酸化ストレスが抑えられた。運動様式が異なるものの、継続的
な運動による活性酸素発生増加の繰り返しが抗酸化能力の適応を促し、酸化ストレスを抑制したと考えられる。
さらに、体重負荷での筋力体操トレーニングにおいても同様の結果が得られた。比較的強度の低いレジスタンス
トレーニングでも、高頻度で継続的に行うことにより抗酸化能力を向上させ、酸化ストレスを抑制する可能性が
ある。予測最大心拍数までの高強度運動(約 10 分間)や 80%VT という比較的低強度の運動(30 分間)では、一過
性の運動負荷前後およびトレーニング前後の酸化ストレスに顕著な変化は認められなかった。中高年者において、
このような運動強度、運動時間では酸化ストレスを誘起しないと考えられる。
これまで、運動に伴ってミトコンドリア内に大量に生じる酸化的ストレス[13]により、mtDNA の破壊や突然変異
が誘導される[14]ことから、激しい運動を続けることは健康にとって好ましくないという仮説が提唱され、この
仮説は現在も議論の対象となっている。さらに、これまで健常な中高年者を対象として、持久性やレジスタンス
トレーニングが酸化ストレスに及ぼす影響を縦断的に検討した研究は少なかった[15, 16]。加齢により酸化スト
レスの高まりや抗酸化能力の低下などが危惧されているが、中高年者においても運動を継続的に行うことで酸化
ストレス耐性が高められる可能性が示された。また、運動様式に関わらず本研究で用いたような強度および時間
85
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
の運動を継続的に行うことで酸化ストレス耐性が高められたことは非常に興味深く、高齢者の健康維持・増進を
目的としたトレーニングの安全性および有効性が示唆されたと考えられる。
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高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
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高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
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4)特許出願等
特許出願中(筑波リエゾン研究所)
発明の名称:変異型ミトコンドリア DNA の生殖細胞への導入方法
89
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
1. 高齢者の体力・運動機能の評価と生活機能推進策の具体化
1.3. 高齢者における体力・運動機能低下の機構解明に関する研究
1.3.3. 免疫に関する研究
筑波大学体育科学系
河野
要
一郎
約
高齢者において,身体活動量の多い群(簡易型活動量測定器の測定で 145kcal/day 以上)は少ない群(同
145kcal/day 未満)に比較して,唾液分泌型免疫グロブリン A(sIgA)の分泌量が多かった.高齢者の縦断的検討
では,週 2 回の継続的運動トレーニングにより 1.5 年後には唾液 sIgA が有意に増加し,運動を継続すると唾液 sIgA
の増加は 3 年継続した.また,高齢者の縦断的研究において,本来は加齢により減少する血液中 T リンパ球(Th,
Th/Tc)が運動トレーニングに伴って増加することがわかった.以上の結果により,高齢者において運動が免疫機
能を向上させることが示唆された.運動習慣の有無による上気道感染症罹患率の差,身体活動量と上気道感染症
罹患率との関係,および唾液 sIgA 分泌量と上気道感染症罹患率との関係は見いだせなかった.
研究目的
高齢者の健康の維持にとっては,加齢に伴って低下する免疫機能を維持することが重要である.適度な運動は
免疫機能を向上させる可能性があると考えられているが,高齢者における研究はほとんどない.本研究では,高
齢者の免疫機能に及ぼす運動の影響を測定して,高齢者において免疫機能を維持向上させるための運動のガイド
ラインの基礎となるデータを得ることを目的とした.
研究方法
1.身体活動量と免疫指標に関する横断的検討
1.1.対象
茨城県大洋村在住の 157 名を対象とした.年齢は 67.4±6.9 歳(平均±標準偏差)であった.
1.2.身体活動量
簡易型活動量測定器(ライフコーダ,スズケン)により 2 週間測定した.
1.3.末梢血リンパ球サブセット
採血は,安静時に肘静脈から行い,白血球数,白血球分画、リンパ球サブセットを測定した。リンパ球サブセ
ットは、フローサイトメーターで FITC 標識抗 CD3 抗体, APC 標識抗 CD56 抗体,PE 標識抗 CD161 抗体、APC 標識
抗 CD4 抗体,FITC 標識抗 CD45RO 抗体,PE 標識抗 CD8 抗体を用いて,CD3-CD56+細胞数 (NK 細胞数) 、CD3+細胞数
(T 細胞数) 、CD4+CD8-細胞数 (Th 細胞数) 、CD4-CD8+細胞数 (Tc 細胞数) 、CD4+CD45RO+細胞数 (memory-Th 細
90
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
胞数) 、CD3+CD161+細胞数 (NKT 細胞数) を Three-color 解析により測定した。
1.4.唾液 sIgA
唾液採取は専用の綿で行い,唾液中 sIgA 濃度の定量は抗ヒト SC 抗体とペルオキシターゼ標識抗ヒト IgA 抗体
を用いて分泌型 IgA に特異的な ELISA で行った[1]。1 分間に採取された唾液量を唾液分泌速度(ml/min)とし,
唾液分泌速度(ml/min)と唾液 sIgA 濃度( μg/ml)の積から、sIgA 分泌量( μg/min)を算出した。
2.運動による免疫機能の変化に関する縦断的検討
2.1.継続的運動による末梢血リンパ球分画の変化
2.1.1.対象
茨城県大洋村在住で,財団法人大洋健康づくり財団主催 「いきいき健康教室」 に参加した者のうち,1999 年 7
月~2001 年 5 月の 4 回の測定に全て参加した 19 名 (男性 7 名、女性 12 名) を解析対象とした。対象者の年齢は
67.5±3.9 歳(平均±標準偏差) であった。
2.1.2.測定
対象者は、週 2 日のトレーニング教室 (財団法人大洋健康づくり財団主催 「いきいき健康教室」 ) に 1999 年 10
月から 19 カ月間継続して参加した。トレーニング開始前 (1999 年 7 月) 、開始 5 ヵ月後 (2000 年 3 月), 12 ヵ
月後 (2000 年 10 月)及び 19 ヵ月後 (2001 年 5 月) に採血し、リンパ球サブセットの各細胞数を測定した。
対象者は週 2 日の教室で、うち 1 日はレジスタンス運動とペダリング運動を行い、もう 1 日は主として持久性
運動を各 60~90 分間行った。
レジスタンス運動は、インナーサイ、ローイング、スクワット、トランクカール、チェストプレス、バックエ
クステンション、アブドミナルシットアップのレジスタンス運動計 7 種目を 10RM で 10 回を 1 セット行った。運
動強度は 1 ヶ月ごとに再検討した。ペダリング運動は推定最大心拍数の 50~60%で 30 分間行った。持久性運動は、
音楽に合わせたステップエクササイズ、ボールや鉄アレイ様の重りを用いた体操、ストレッチングを行った。
リンパ球サブセットは、上述の方法で測定した.
2.2.継続的運動による唾液 sIgA の変化
2.2.1.対象
茨城県大洋村在住の運動習慣のない者で,財団法人大洋健康づくり財団主催 「いきいき健康教室」 に参加した
者のうち,1997 年 11 月~2001 年 5 月までの全ての測定に参加した 18 名 (男性 10 名、女性 8 名) を解析対象と
した。対象者の年齢は 70.4±5.1 歳(平均±標準偏差) であった。
2.2.2.測定
対象者は、前述のトレーニング教室に週 2 日の頻度で 1997 年 11 月から 42 カ月間継続して参加した。トレーニ
ング開始前 (1997 年 11 月) 、開始 4 カ月後 (1998 年 3 月) 、12 カ月後 (1998 年 11 月) 、19 カ月後 (1999 年 6
月) 、24 カ月後 (1999 年 11 月) 、31 カ月後 (2000 年 6 月), 36 カ月後 (2000 年 11 月)及び 42 カ月後 (2001
年 5 月) に唾液を採取し、唾液中 sIgA の測定を行った。
唾液中 sIgA 濃度は上述の方法で測定した.
3.上気道感染症罹患と運動習慣ならびに身体活動量との関係
3.1.対象
茨城県大洋村在住で,週 2 回の運動教室に参加する者を運動群(131 名)とし,運動教室に参加しない者をコン
91
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
トロール群(57 名)とした.
3.2.調査方法
調査用紙(図 1)にて,2000 年 10 月から 2001 年 2 月までの 5 カ月間,毎日の上気道感染症状の有無を自分で
記録させた.上気道感染症の判定は,「カゼをひいている」を「はい」と回答し,かつ「のどの痛み」「鼻水・鼻
づまり」
「せき・たん」のうち 1 項目以上が「あり」と回答した場合に上気道感染症と判定し,連続あるいは 1 日
おいて連続のエピソードは 1 回の罹患として解析した.
図 1 上気道感染症罹患調査用紙
対象者に配布して,原則として毎日記載させた.
3.3.身体活動度の測定
上述の方法にて簡易型活動量測定器で測定した.
4.統計
各測定値は平均値±標準偏差で示した.横断的検討では,各群の比較は t 検定で行った.縦断的検討では、一
元配置分散分析を行い、有意差が認められた場合には Tukey の HSD 法による多重比較を行った.有意水準はいず
2
れも 5%とした.また,上気道感染症罹患回数の各群での比較は χ 検定,上気道感染症罹患回数と各指標と相関
は Spearman の相関係数をもとめた.
92
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
研究成果
1.身体活動量と免疫指標に関する横断的検討
対象者 157 名のライフコーダによる身体活動量と唾液 sIgA,および身体活動量とリンパ球サブセットとの関連を
検討した.身体活動量が 145kcal/day 以上の群(n=89)は 145kcal/day 未満の群(n=68)に比して唾液 sIgA が有意
に高値であった(p=0.016)
(図 2)
.身体活動量と各リンパ球サブセットとの間に有意な関係は見いだせなかった.
図 2 身体活動量と唾液 sIgA
ライフコーダによる身体活動量と唾液分泌型免疫グロブリン A(sIgA)を横断的に
検討した.身体活動量 145kcal/day 以上の高齢者は有意に唾液 sIgA が高い.
2.運動による免疫機能の変化に関する縦断的検討
2.1.継続的運動による末梢血リンパ球分画の変化
総白血球数,総リンパ球数,NK 細胞数は 19 カ月間で有意な変化を示さなかった.T 細胞数は運動開始前に比較
して 12 および 19 カ月後に有意に増加した.また,Th 細胞は 5,12 カ月後に増加し,19 カ月後は有意な増加がみ
られなかったが,Th/TC 比は 19 カ月後に増加した.NKT 細胞は 5,12,19 カ月後に有意に増加していた(図 3,4).
図 3 継続的な運動によるリンパ球サブセットの変化(1)
運動前,5, 12, 19 ヶ月後の白血球(WBC)
,リンパ球(Lymphocyte)
,NK 細胞(NK cell)
,NKT 細胞(NKT cell)の数の変化
*は運動前に比較して有意な変化(p<0.05)
93
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
図 4 継続的な運動によるリンパ球サブセットの変化(2)
運動前,5, 12, 19 ヶ月後の T 細胞(T cell)
,ヘルパーT 細胞(Th cell)
,
細胞障害性 T 細胞(Tc cell)数の変化と Th/Tc 比(Th/Tc)の変化
*は運動前に比較して有意な変化(p<0.05)
2.2.継続的運動による唾液 sIgA の変化
sIgA 分泌量の変動を図 5 に示す。唾液 sIgA はトレーニング開始前に比べ、しだいに上昇して開始 19 カ月後に
は有意に高値を示し,それ以降も高値が持続した。
図 5 継続的な運動による唾液 sIgA の変化
運動前,4, 12, 19, 24, 31, 36, 42 ヶ月後の唾液 sIgA 分泌量の変化
*は運動前に比較して有意な変化(p<0.05)
3.上気道感染症罹患と運動習慣ならびに身体活動量との関係
5 カ月間継続して記録できた運動群 64 名とコントロール群 26 名において,全期間を通じて上気道感染症を 1 度
も発症しなかった者は運動群 27 名,コントロール群 10 名であった.上気道感染症の罹患率については両群に有
94
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
意な差はなかった(図 6).身体活動量が測定できた運動群 53 名(67.8±4.9 歳)において,身体活動量と上気道
感染症罹患回数との関係は rs=-0.03 と有意な関係は認めなかった(図 7).また,同じ対象において sIgA 分泌量
( μg/min)と上気道感染症罹患回数との関係は rs=0.19 と有意な関係を認めることができなかった(図 8).
図 6 運動習慣別の上気道感染症罹患状況
運動群(E)とコントロール群(C)の上気道感染症罹患者数の割合.
全調査期間の累積と各月ごとの比較.
図 7 身体活動量と上気道感染症罹患回数
ライフコーダによる身体活動量と上気道感染症罹患回数の関係.有意な相関はない.
95
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
図 8 sIgA 分泌量と上気道感染症罹患回数
唾液分泌型免疫グロブリン A(sIgA)と上気道感染症罹患回数の関係.
有意な相関はない.
考
察
1.身体活動量と免疫指標との横断的検討
唾液 sIgA は上気道感染症の感染防御に重要であり,加齢とともに低下すると考えられている.今回の研究によ
り,身体活動量の多い群では,身体活動量が少ない群に比較して,有意に sIgA が高値を示したことから,高齢者
における運動習慣と免疫機能の関連が示唆されたと考えられる.しかし,横断的検討では,運動習慣の結果とし
て sIgA が高いのか,あるいは sIgA の高い者は身体活動量が行えるのかが明確にはならない.また,横断的検討
では身体活動量と末梢血リンパ球分画との関連は明らかにできなかった.身体活動量以外にリンパ球分画へ影響
する要因を加味して検討することが必要と思われる.
2.運動による免疫機能の変化に関する縦断的検討
2.1.継続的運動による末梢血リンパ球分画の変化
T 細胞数は、加齢による胸腺の退縮によって減少し、これが加齢に伴う免疫機能低下の大きな要因と考えられて
おり[2],なかでも Th 細胞の減少が主要なものと考えられている[3].今回の研究によって,高齢者で運動トレ
ーニングを継続すると,T 細胞数,とくに Th 細胞が増加する可能性が示された.加齢に伴う免疫機能の低下が継
続的な運動によって改善される可能性が示されたと考えられる.
また,加齢によって免疫系の調節機能も低下し,高齢者では自己免疫現象の頻度が高まることが知られている.
NKT 細胞は、Th1 細胞及び Th2 細胞への分化誘導の調節機能を有する細胞で,免疫異常である自己免疫疾患で減少
することが知られている.本研究で継続的運動によって NKT 細胞数が増加したことは,加齢に伴う免疫系の調節
機能低下に対しても継続的運動が改善効果を示す可能性が考えられる.
96
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
2.2.継続的運動による唾液 sIgA の変化
一過性の高強度運動は唾液 sIgA を一過性に低下させることが知られている.また,高強度の継続的運動トレー
ニングは唾液 sIgA レベルを低下させ,その低下は運動トレーニング終了後もある期間継続する[4]。今回の研究
は,1 週間に 2 回の運動トレーニングは高齢者の sIgA 分泌量を上昇させることを示した。運動を継続しているか
ぎりは,42 ヶ月経過してもこの効果は継続することが示された.高齢者では若年者に比較して唾液中 sIgA 濃度と
分泌量が低下している.今回の結果により、適度な運動を継続することによって高齢者の口腔内局所免疫能が改
善し,その改善が運動を続けているかぎりは長期間継続する可能性が示唆された。
3.上気道感染症罹患と運動習慣ならびに身体活動量との関係
横断的検討と縦断的検討により,高齢者において適度な継続的運動は唾液 sIgA を増加させることがわかった.
唾液 sIgA は上気道感染症の防御に作用しているから,上気道感染症の罹患頻度と唾液 sIgA レベルおよび上気道
感染症罹患頻度と身体活動度は相関することが期待された.しかし,今回の研究では,運動習慣の有無による上
気道感染症罹患率の差は検出できなかった.身体活動量が増加するにしたがって上気道感染症の最多罹患回数は
減少する傾向がみられたが,身体活動量と上気道感染症罹患回数の相関はみられなかった.また,唾液 sIgA 分泌
量が多い者では上気道感染症の最多罹患回数が減少する傾向があったが,上気道感染症罹患回数と唾液 sIgA 分泌
量に有意な相関はみられなかった.今回の研究では,結果的に有効回答が得られた対象数が少なくなってしまっ
たため,さらにデータ数を増やして,検討する必要があると思われる.
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成果の発表
1)原著論文による発表
イ)国外誌
Takayuki Akimoto, Yasuko Kumai, Takao Akama, Eisuke Hayashi, Haruka Murakami, Rika Soma, SHinya Kuno,
Ichiro Kono : Twelve months of exercise training increases salivary SIgA levels in elderly subjects.
Br J Sports Med (Accepted)
2)原著論文以外による発表
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高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
赤間高雄; 免疫. 地域における高齢者の健康づくりハンドブック. 松田光生, 福永哲夫,烏帽子田彰,久野譜
也 編, ナップ, 東京, pp92-93, 2001
赤間高雄; 中高年者の免疫機能と運動. 体育の科学. 50(11), 876-879, 2000
3)口頭発表
イ)応募・主催者講演等
赤間高雄, 秋本崇之, 熊井康こ, 林栄輔, 田辺解, 木村文律, 香田泰子, 石津政雄, 久野譜也, 岡田守彦,
河野一郎; 中高年者の血液検査値に及ぼす運動トレーニングの影響-大洋村健康づくりプロジェクト(17)-.
第 54 回日本体力医学会大会, 熊本, 1999.9
熊井康こ, 秋本崇之, 林栄輔, 田辺解, 木村文律, 赤間高雄, 香田泰子, 石津政雄, 久野譜也, 岡田守彦,
河野一郎; 中高年者の唾液中 sIgA に対する運動トレーニングの影響-大洋村健康づくりプロジェクト(16)-.
第 54 回日本体力医学会大会, 熊本, 1999.9
小泉佳右,秋本崇之,赤間高雄,熊井康こ,木村文律,石津政雄,久野譜也,岡田守彦,河野一郎. 運動トレ
ーニングが中高年者のリンパ球サブセットに及ぼす影響
-SAT プロジェクト 12-. 第 55 回日本体力医学会
大会, 富山, 2000.9
小泉佳右, 木村文律, 秋本崇之, 赤間高雄, 石津政雄,久野譜也, 河野一郎; 継続的トレーニング前後におけ
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赤間高雄,小泉佳右, 木村文律, 秋本崇之,石津政雄,久野譜也, 河野一郎; 運動トレーニングが中高年者の
上気道感染症に及ぼす影響-SAT プロジェクト 49-. 第 56 回日本体力医学会大会, 仙台, 2001.9
98
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
2. 高齢者の生活の質と社会貢献の研究
2.1. 全国中高年の社会活動・社会貢献に関する研究
パブッリクへルスリサーチセンター桜美林大学文学部・柴田 博
東京都老人総合研究所・杉原 陽子、小林江里香、金 恵京
東洋大学社会学部・園田 恭一
東京女子医科大学看護学部・久田 満
日本女子大学人間社会学部・中谷 陽明
つくば国際大学産業社会学部・横山 博子
明星大学人文学部・岡林 秀樹
広島国際大学医療福祉学部・高梨 薫
ダイヤ財団・西村
要
昌記
約
全国 55~64 歳の男女 6000 名の横断調査と 2 年間の縦断的観察から、高齢者の社会貢献の実態、加齢変化に対
する予測要因を分析した。男女とも、加齢にともない有償労働は減少し有償労働以外の社会貢献、すなわち、家
事労働、奉仕活動などは増加する傾向にあった。しかし、加齢にともなう有償労働の減少分がすべて有償労働以
外の社会貢献に置きかわるわけではなく、社会貢献の総体は加齢により減少した。高齢社会のより良い運営のた
めには高齢者の社会貢献を促進する手立ての確立が重要である。
研究目的
現在、地球上の人口は 63 億に達しており、今世紀中には 100 億に達する可能性もある。しかるに、人口の増加
はほとんどが発展途上国において見込まれているのみであり、先進国の政策の理念は人口の増加を抑制すること
である。地球上の環境や資源の限界性を考えるとそれは当然のことである。先進国においては高齢者の余命が延
長し出生率が低下することになり、人口の高齢化は必然のこととなる。したがって 21 世紀の高齢社会を乗り切る
ことが出来るか否かは高齢者の社会貢献がどのように実践されるかにかかっているといえるであろう。老年学の
Productivity という概念は有償労働のみでなく、家事労働などの無償労働、高齢者同士の助け合い(相互扶助)、
若い世代へのサポートなどのボランティア活動もふくむものである
おける社会貢献の問題を長期間研究し続けてきた
2)3)
1)4)
。われわれは、60 歳以上の高齢者世代に
。本プロジェクトは、まだ就業している割合の高い年齢層
における社会貢献の問題に焦点をあてて研究を進めることにした。
本研究は、まず、横断的にみた社会貢献の実態および、社会貢献に関する要因を分析し、2 年間の追跡調査を行
うことにより社会貢献の加齢変化とその予測要因を分析した。
研究方法
1999 年国勢調査地域から人口比例的に無作為抽出した 55~64 歳の男性 4000 名、女性 2000 名に対し、面接方式
99
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
によるベースライン調査を行った。社会貢献は Kahn の考え方にしたがい有償労働、無償労働、相互扶助、ボラン
ティア活動とした。説明変数として、人口学的変数、健康状態、心理学的変数、社会学、経済学的変数と誌、規
格化された調査票を用いた。1999 年ベースライン調査への応答率は、男 63.3%(2533/4000)、女 72.0%(1440/2000)
であったが、未応答者に関するデータベースも作成し、今後とも可能なかぎりのアプローチを試みる計画を立て
ている。この対象の第 1 回目の追跡調査は 2001 年に行われ、社会貢献の加齢変化を観察し、予測要因を分析した。
本研究に用いられた多変量解析は重回帰分析と多量ロジスティック回帰分析である。縦断的データの解析は 2 年
後の各社会貢献の時間数を目的変数として行った。
研究成果
1.横断的観察
1.1.有償労働
1.1.1.就業希望年令の分布
66~70 歳までの就労を希望したのは男性で 32%、女性で 18%であり、71 歳以上の就業を希望したのは男性の 5%、
女性の 2%のみであった。
1.1.2.就労収入別の就労希望
現在の就労による収入が低いほど 66 歳以上まで就労する希望が多かった。年間の収入が 120 万円未満では 6 割以
上が 66 歳以上の就労を希望した。
一方、
720 万円以上の収入の群では約 30%しか 66 歳以上の就労を希望しなかった。
1.1.3.仕事の満足度と就業希望
表 3 に示したように、男性では、就労収入の低いことと、現在の仕事に対する満足度の高いことが、66 歳以上の
就労希望を促進する要因であった。女性においても、仕事の満足度は 66 歳以上の就労希望を促進する要因であった。
1.1.4.多変量解析
男女とも、年齢が高いことは 66 歳以上の就労の希望に対する有意な促進因子であった。就労収入が低いことは
男性には有意な促進因子であったが女性においては、傾向は認めたが有意水準に達しなかった。仕事満足度は、
男女で有意な促進因子であった。男性でのみ配偶者のいないことが 66 歳以上の就労希望の促進因子であった。健
康度自己評価に関しては男女とも有意な関連を示さなかった。
1.2.非有償労働
1.2.1.家庭内無償労働に対して、①男女とも有償労働は抑制的に作用。②男では学歴の高いことは促進的に作
用。③年齢の高いことは男では促進的、女では抑制的。④男では身体的自立度の低いことは抑制的。
1.2.2.インフォーマルな支援提供に対して、男では年齢の高いこと、女では学歴の高いことが促進的。
1.2.3.奉仕、ボランティア活動に対して、①男女で有償労働についていえることは抑制的。②男女で学歴の高
いことは促進的。③女で配偶者がいることは促進的
1.3.学歴、日常生活動作、年齢をコントロールして、男では奉仕、ボランティア活動の精神健康への好影響が
認められた。
100
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
2.縦断的観察
2.1.表 1 に示したように、2 年間に男女とも有償労働の時間数は有意に低下した。非有償労働は逆に増加し、特
に男のボランティア・地域貢献活動の変化は有意であった。
表1
社会貢献の種類別にみた時間数/週の変化
社会貢献の種類
男性
有償労働
ボランティア・地域
家事・介護
合計
女性
有償労働
ボランティア・地域
家事・介護
合計
初回調査
2 年後の追跡調査
有意差
36.4
0.7
5.0
42.1
31.6
1.0
5.3
37.9
P<.01
P<.01
N.S.
P<.01
18.4
1.1
28.1
47.6
15.6
1.3
28.5
45.4
P<.01
N.S.
N.S.
P<.01
2.2.表 2 に示したように、男で夫婦の収入の高いこと、家事、介護時間の増加、年齢の高いことは 2 年後の有償
労働を減少させた。女では有償労働に対し、配偶者の就労は促進的に、家事、介護時間数の増加は抑制的に作用した。
表2
2 年間の有償労働時間数の変化の予測要因
要因
健康度自己評価
夫婦の合計年収(高い)
配偶者の就労
ボランティア・地域貢献活動時間数の増加
家事・介護時間数の増加
年齢(高い)
男性
女性
↓↓↓
↑
↓↓↓
↓↓
↓↓↓
↑P<.05
↓↓P<.01
↓↓↓P<.001
2.3.表 3 に示したように、男で家事、介護時間数の増加は、ボランティア・地域貢献活動に対し、促進的に働いた。
表3
2 年間のボランティア・地域貢献活動時間数の変化の予測要因
要因
健康度自己評価
夫婦の合計年収(高い)
配偶者の就労
有償労働時間数の増加
家事・介護時間数の増加
年齢
男性
女性
↑↑↑
↑↑↑P<.001
2.4.男女とも有償労働時間数の増加は、家事、介護時間数に対して、抑制的に作用した。男では、ボランティア・
地域貢献活動に対し促進的作用した。
表4
2 年間の家事・介護時間数の変化の予測要因
要因
健康度自己評価
夫婦の合計年収(高い)
配偶者の就労
有償労働数の増加
ボランティア・地域貢献活動時間数の増加
年齢
男性
女性
↓↓↓
↑↑↑
↓↓↓
↓↓↓P<.001
101
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
考
察
加齢にともない、有償労働時間は減少し、非有償労働時間増加するが、社会貢献の時間を総合すると減少する
傾向にある。この対象の年齢構成は、有償労働を担っている年代より成っており加齢にともなう有償労働の減少
は、自然のことである。しかし、有償労働に使われていた時間がすべて有償労働をしなくなってから非有償労働
に置きかわっているわけではないことが、社会貢献の時間を減少させている。これは、有償労働時間がリストラ
などで減少しても、他の有償労働への準備期にある人を多くふくむかもしれない。
ともあれ、縦断的にみても、非有償労働時間は増加しており、横断的にみても、有償労働のないことと年齢の
高いことは非有償労働を促進する関係にあり、さまざまな手立てにより高齢者の社会貢献の非有償労働を促進し
ていける可能性は存在する。
21 世紀は高齢者の社会貢献の如何により、社会の運営の成否がかかっている。本研究の対象をより長期の追跡
調査をしていくことにより、後期高齢者をふくむ高齢者全体の社会貢献の予測要因がより明らかとなるであろう。
それは、高齢社会の政策、施策を立案する上に大きく貢献すると考えられる。
引用文献
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田守彦、松田光生、久野譜也編)、ナップ、東京 pp7-15,2000.
[2]
杉澤秀博、柴田 博他:「高齢者の生活と健康に関する日米比較(第 2 版)-社会関係に着目して-」、厚生
の指標 45:23-29,1998.
[3]
Shibata H. etal:「Longitudinal interdisciplinary study on aging 」、Serdi Publisher, Paris,1997.
[4]
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31:750-757,1983.
[5]
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神谷恵美子:「生きがいについて」、みすず書房、東京,1980.
[7]
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[8]
柴田 博:「元気に長生き元気に死のう」、保健同人社、東京,1994.
成果の発表
1)原著論文による発表
ア)国内誌
斎藤 民,杉澤秀博,杉原陽子,岡林秀樹,柴田 博:高齢者の転居の精神的健康への影響に関する研究.日本公衛
誌,47:856-865,2000.
小林江里香,杉澤秀博,深谷太郎,柴田 博:高齢者の保健福祉サービスの認知への社会的ネットワークの役割.
老年社会科学,22:357-366,2000.
石崎達郎,渡辺修一郎,鈴木隆雄,吉田英世,柴田 博,安村誠司,新野直明:在宅要介護高齢者における高次生活
機能の自立状況.日老医誌,37:548-553,2000.
杉澤秀博,斎藤 民,柴田 博:大都市圏から別荘地域に移動した高齢者の特性.日本公衛誌,47:828-835,2000.
102
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
Obuchi S., Sato H., Shibata H., Kojima M., Shirataka M., Maeda M.: Analysis of Compression force in
the hip joint during impulsive exercises: A preliminary study for developing exercise protocol for
osteoporosis. J. Jpn. Phys. Ther. Assoc, 3:7-11,2000.
芳賀 博,安村誠司,鈴木隆雄,湯川晴美,新開省二,渡辺修一郎,熊谷 修,柴田 博,新野直明, 島貫秀樹:農村に
おける老人の活動的自立の維持とライフスタイルとの関連.民族衛生,67:68-76,2001.
イ)国外誌
Shibata H.: An overview of the Tokyo Metropolitan Institute of Gerontology longitudinal interdisciplinary
study on Aging (TMIG-LISA, 1991-2001). Journal of Aging and Physical Activity, 8:2:98-108,2000.
Osada H., Shibata H. etal : The relationship between psychological well-being and physical functioning
in Japanese urban and rural older adults. Journal of Aging and Physical Activity, 8:2:140-147, 2000.
Fujuwara Y., Shibata H. etal : The effect of chronic medical conditions on functional capacity changes
in Japanese community-dwelling older adults. Journal of Aging and Physical Activity, 8:2:148-161,2000.
Asakawa T., Koyano W., Ando T., Shibata H.: Effect of functional decline on Quality of life among the
Japanese elderly. J. Aging and Human Development, 50:4:319-328,2000.
Ishizaki T., Watanabe S., Suzuki T., Shibata H., Haga H.: Predictors functional decline among
nondisabled older Japanese living in a community during a 3-year follow-up. JAGS, 48:1424-1429,2000.
Shinkai S., Watanabe S., Kumagai S., Fujiwara Y., Amano H., Yoshida H., Ishizaki T., Yukawa H., Suzuki
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rural community population. Age Ageing, 29:441-446,2000.
Shibata H., Sugisawa H., Watanabe S.: Functional capacity in elderly Japanese living in the community.
Geriatrics of Gerontology International, 1:8-13,2001.
2)原著論文以外による発表
ア)国内誌
柴田 博:長期縦断研究からみた高齢者の高脂血症.The Lipid,11:68-72,2000.
柴田 博:生態学としての「老い」.保健婦雑誌,56:11-16,2000.
渡辺修一郎, 柴田 博:百寿の地域分布.Geriat Med,38:1269-1276,2000.
柴田博:高齢者の転倒.薬の知識,10:2-4,2000.
渡辺修一郎,柴田 博:寿命の性差はどこまで解明されたか.医学のあゆみ,6:430,2000.
103
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
渡辺修一郎,柴田 博:寿命の性差 1)疫学:小金井研究.Geriat Med,38:1751-1756, 2000.
熊本悦明,柴田 博,秋下雅弘,鳥羽研二:加齢と性差を考える.Geriat Med,38: 1849-1862,2000.
渡辺修一郎,柴田 博:長寿の性差はどこまで解明されたか.医学の歩み,195:430, 2000.
柴田 博:肉食のすすめ.経済界,pp1- 233,2000.
柴田 博,熊谷 修,渡辺修一郎:沖縄の長寿への食生活の寄与.長寿の要因-沖縄社会のライフスタイルと疾病
-(柊山幸志郎編),(財)九州大学出版会,pp177-184, 2000.
柴田 博:100 歳以上の長寿者(センチナリアン)の特徴.高齢者を知る事典(介護・医療・予防研究会編),厚生科
学研究所,pp88-91,2000.
柴田 博:高齢化社会における「プロダクティビティ」という考え方の重要性.高齢者の生活機能増進法(岡田守
彦,松田光生,久野譜也編),ナップ,pp7-15,2000.
柴田 博:国際学的にみた日本の高齢者:健康度の日米比較.国民健康保険,51(7): 2-6,2000.
柴田 博:国際学的にみた日本の高齢者:社会的総合の日米比較.国民健康保険, 51(8):42-46,2000.
柴田 博:国際学的にみた日本の高齢者:ソシアルサポートの日米比較.国民健康保険, 51(9):37-42,2000.
柴田 博: 国際 学的に みた 日 本の高 齢者 : 高齢者の生活と意識 に関する国際 比較調査(上).国 民健康保
険,51(10):38-42,2000.
柴田 博: 国際 学的に みた 日 本の高 齢者 : 高齢者の生活と意識に関する国際 比較調査(中).国民健康保
険,51(11):54-58,2000.
柴田 博: 国際 学的に みた 日 本の高 齢者 : 高齢者の生活と意識に関する国際 比較調査(下).国民健康保
険,51(12):44-49,2000.
柴田 博:国際学的にみた日本の高齢者:日本と韓国の食と栄養の比較.国民健康保険, 52(1):46-49,2001.
柴田 博:国際学的にみた日本の高齢者:都市比較研究プロジェクトの意義と今後の役割について.国民健康保
険,52(2):46-50,2001.
柴田 博:国際学的にみた日本の高齢者:高齢者の保健・福祉に関する日中比較研究. 国民健康保
険,52(3):40-46,2001.
柴田 博:国際学的にみた日本の高齢者:青年の親に対する意識.国民健康保険, 52(4):54-58,2001.
104
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
柴田 博:小金井研究のもたらしたもの.日老医誌,38:99-101,2001.
柴田 博:疫学研究からみた長寿と食習慣.Geriat Med,39:389-394,2001.
柴田 博:肥満度と長寿. 診療研究,366:12-17,2001.
柴田 博,中村丁次,荒木 厚,伊藤英喜:長寿食はあるか.Geriat Med,39:469-482, 2001.
柴田 博:ホリスティックな老年医学の確立を目指して.日老医誌,38:49,2001.
柴田 博:高齢社会とスポーツ.現代社会とスポーツ(渡邉 融編),(財)放送大学教育振興会,pp83-91,2001.
柴田 博:第 2 章 高齢者の生活実態と福祉需要 1,高齢者の特性.老人福祉論(福祉士養成講座編集委員会編),
中央法規出版,pp22-29,2001.
柴田 博:第Ⅴ章 医学の基礎知識 2,入浴に関する医学・第Ⅵ章 介護概論 2,介護技術・第Ⅶ章 入浴サービスの技
術・第Ⅷ章 入浴サービス実習.訪問入浴介護サービス従事者研修用テキスト(社団法人 シルバーサービス振興
会編),中央法規出版, pp93-103,pp119-151,pp153-181,pp183-186,2001.
柴田 博:人口学からみた老化.看護のための最新医学講座 第 17 巻 老人の医療(井藤英喜編),中山書
店,pp5-10,2001.
柴田 博:サクセスフルエイジングへの食と栄養.高齢者の食と栄養管理(渡邊 孟,武田英二,奥田拓道編),建
帛社,pp63-83,2001.
3)口頭発表
ア)招待講演
柴田 博:ワークショップ司会「高齢者の余命と活動的余命」、日本老年医学界総会、仙台、2000 年 6 月 16 日
柴田 博:シンポジスト「後期高齢者の健康問題」、静岡長寿学術フォーラム、静岡 2000 年 6 月 16 日
柴田 博:シンポジスト「コレステロールの適正基準」、人間ドッグ学会、福井市、2000 年 8 月 25 日
柴田 博:シンポジスト「高齢者の社会貢献」、長寿科学シンポジウム、大阪、2000 年 10 月 9 日
柴田 博:シンポジスト「高齢者の QOL と栄養」、Danone Institute シンポジウム、東京、2000 年 11 月 4 日
柴田 博:特別講演「高齢化社会におけるプロダクティビティという考え方の重要性」、筑波大学シンポジウム、
筑波市、2000 年 12 月 8 日
柴田 博:特別講演「高齢の QOL」、四国老人福祉学会、徳島、2000 年 12 月 9 日
105
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
2. 高齢者の生活の質と社会貢献の研究
2.2. 全国 100 歳老人の 1/2 サンプルの横断的研究
財団法人健康体力づくり事業財団
主任研究員・荻原
要
隆二
約
1999 年度は 1999 年度全国高齢者名簿により、100 歳以上の高齢者 11,346 人(男 1,973 人、女 9,373 人)の中
から、対象者抽出、住所・生存の確認作業を行った。2000 年度は、当該対象者のうち訪問面接調査に同意した 1,907
人(男 566 人、女 1,341 人)に調査を実施、単純集計を行い 100 歳以上高齢者のライフスタイル、生活の質の実
態を明らかにした。2001 年度は詳細分析を実施、日常生活動作の自立、認知機能保持、心の健康維持に関連した
要因は、男性では、食欲、食形態、運動習慣、視力の 4 項目であり、女性では、食欲、食形態、運動習慣、起床
自立、視力の 5 項目であることを明らかにした。
研究目的
わが国の 100 歳以上の高齢者(以下、百寿者という)は近年、飛躍的に増加し、1998 年には 1 万人、2001 年に
は 1 万 5 千人を突破した。わが国は世界一の平均寿命とともに、人口 10 万人あたりの百寿者の数でも世界有数の
国となっている。
高齢になっても自由で自立した生活を営めること、心身の機能を維持できることは多くの国民の願いである。
百寿者を対象とした研究も、これまでの生命の延長(長寿要因の解明)から、高齢者のサクセスフル・エイジン
グの達成に寄与できるよう、生活の質(QOL)に研究の枠組みをシフトさせていく必要性があると考えられる。し
かし、わが国の百寿者の QOL の概念・定義・構成要素・測定の尺度および QOL の関連要因に関する研究は十分に
行われておらず、百寿者の QOL の実態も不明である。これまで、日本の百寿者の社会環境や生活様式を調べた報
告は、財団法人健康・体力づくり事業財団で 1993 年に実施した悉皆調査以外は、対象が少人数であったり、対象
地域が限定されている。
そこで、われわれは、百寿者の生活歴、ライフスタイル、意識や生活信条をはじめとし、従来の調査研究では
未解明であった生活の質(QOL)や社会貢献への意欲等を明らかにすべく、全国の百寿者を対象に横断的疫学調査
を実施した。これにより QOL に関する百寿者の地域差の有無、100 歳を超えてもなお高い QOL を維持させている要
因等を明らかにすることを目的とした。
研究方法
1.標本抽出ならびに手続き
1999 年度の「全国高齢者名簿」
(厚生省老人保健福祉局)に登録された 100 歳以上の者(1999 年 9 月 30 日現在)
11,346 人(男性 1,973 人、女性 9,373 人)を対象として標本抽出を行った。男性は全数、女性は 1/2 の比率で無
作為抽出を行い、男女合わせて 4,688 人を対象とした。これらの対象者の住所を調べ、調査時点での死亡者なら
106
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
びに住所不明(連絡不能)者を除いた男性 993 人、女性 2,603 人に調査趣意書を郵送し、往復はがきまたは電話
で訪問面接調査に対する協力の意思確認を行った。調査協力に対する回答が得られなかった人に対し、再度、電
話による協力依頼を行った。その結果、面接訪問調査に対する承諾(インフォームド・コンセント)が得られた
1,907 人(男 566 人、女 1,341 人)に調査を実施した。
資料収集は 2000 年 4~6 月に行われた。財団法人健康・体力づくり事業財団が、都道府県、政令市、特別区、
保健所および市町村の協力を得て実施した。調査員が対象者宅を個別に訪問し、本人または家族に対し、質問紙
を用いて聞き取り調査を行った。対象宅の都合で訪問したが調査が不可能だった場合は留置法で実施した。調査
はその大部分を食生活改善推進員が、一部を医師、保健師、栄養士が行った。調査員に対しては事前にマニュア
ルを配布し、聞き取り方法の均一化を図った。
2.質問紙の作成
対象者の背景 8 項目のほか、65 項目からなる構成的質問紙を作成した。調査内容は、栄養・食生活(13 項目)、
運動・身体活動(3 項目)、睡眠(2 項目)、喫煙(1 項目)、飲酒(1 項目)、家族歴(4 項目)、病歴(3 項目)、職
歴(2 項目)、ADL(9 項目)、認知機能(3 項目)、手段的日常生活(5 項目)、健康感(3 項目)、周囲との関係(3
項目)、経済状態(2 項目)、生活に関すること(3 項目)、社会活動(3 項目)、楽しみ(5 項目)であった。
研究成果と考察
1.単純集計
1.1.年齢と身体属性
男性の平均年齢は 102.2±1.5 歳、女性の平均年齢は 102.4±1.6 歳で、男女間での有意差は認められなかった。
回答者の地方別分布では、男女とも九州・沖縄がそれぞれ 27.4%、28.0%と最も高かった。男性の平均身長は 154.7
±8.1cm、平均体重は 49.1±8.2kg、平均 BMI は 20.5±3.0、女性の平均身長は 141.9±7.9cm、平均体重は 39.0±
6.9kg、平均 BMI は 19.5±3.1 で、いずれも男性の方が女性に比し有意に高値を示した(p<0.001)。
1.2.栄養・食生活の状況
1.2.1.食事回数・間食の有無
一日の食事回数は男女とも「3 食きちんと食べる」者が 9 割弱を占めていた。また、間食をする者は男女とも半
数弱であった。
1.2.2.食欲
「自分で進んで食べようとする」者の割合は男性で 85.9%、女性で 72.9%と男性の方が多かった。それに比べ、
「促されると食べようとする」者は女性で 19.2%と、男性 8.7%に比し多く見られた。
1.2.3.食事の状況
「家族と同じものを食べている(常食)」者の割合は、男性 54.2%、女性 39.4%で男性に多く見られた。流動
食は男性 4.6%、女性 10.1%と少なかった。
1.2.4.食品群別摂取頻度
各食品群の週あたり摂取頻度を 4 段階で質問した。ご飯、パン、麺などの主食は男女とも約 8 割強が「毎食」
食べていた。男女間での有意差は認められなかった。
いも類を「ほとんど摂らない」者は、1 割弱であり、最低でも週に 1 回以上は食べていることが示された。主菜
107
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
としての肉類と魚介類の摂取頻度をみると、
「ほとんど毎日食べる」あるいは、
「2 日に 1 回」の者の割合は、肉類
より魚介類の方が多かったことから、魚介類を主とした料理を好む傾向がうかがわれる。牛乳・乳製品を「ほと
んど毎日」摂取する者はおおよそ 60%、卵では約 3 分の 1 を占めていた。豆腐類、海藻類ではほぼ同様の分布を
示し、最低でも週に 1 回以上は食べていることが示された。野菜類を「ほとんど毎日食べる」者は男女とも 8 割
を超え、主食とともに最も積極的に摂取している食品であることが示された。果実は男女とも約 6 割が「ほとん
ど毎日」摂取しており、「ほとんど摂らない」者は 3%と非常に少ないことから、好んで摂取されている食品であ
ることがうかがわれた。
1.3.運動・身体活動
1.3.1.運動習慣
運動習慣を有する者は、男性 53.4%、女性 38.9%で男性に多かった。
1.3.2.運動の内容
運動内容は、男女とも散歩が最も多く(男性 30.7%、女性 16.7%)、次いで体操(男性 17.0%、女性 12.4%)
であった。
「その他の運動」のうち、回答に挙がったものは、自転車、階段昇降、室内・庭内歩行、レクリエーシ
ョン、買物、デイサービス、リハビリテーション、車いす、踊り、這う、手の運動・手作業、足の運動・足踏み、
ベッド上での運動、体位変換、身体摩擦、動物の世話、カラオケ・発声・複式呼吸、椅子に座る、日光浴、離床、
化粧・顔の手入れであった。また、運動の頻度は、いずれの種目も 5-7 回/週と回答した者が最も多く、ほぼ毎日
行っていることが示された。
1.3.3.外出
外出する機会について、
「ほとんど毎日外出する」といった活動的な者は男性で 11.5%と女性 3.8%に比し、そ
の率は約 3 倍多かった。一方で、「めったに外出しない」者は女性では 4 分の 3 を占めていた。
1.4.睡眠
1.4.1.睡眠状況
「夜よく眠れる」者は、男女とも 8 割強であった。睡眠時間の平均は、男性 8.9±2.2 時間、女性 9.1±2.1 時
間であり、男女間での有意差は認められなかった。
1.4.2.起床
起床の様子について、
「いつも定時に起床する」者は男性で 71.9%と女性 57.2%に比し多かったのに対し、
「自
分からは起床しない」者は男性 6.9%に対し、女性では 15.2%と男性の 2 倍以上存在していた。
1.5.喫煙
1.5.1.喫煙習慣
喫煙習慣について、「吸う」者は女性では 0.7%と低率であったのに対し、男性では 5.3%存在していた。しか
し、男性でも 6 割近くが「もともと吸わない」と回答していたことから、百寿者の禁煙に対する意識の高さがう
かがえる。
1.5.2.喫煙開始年齢
喫煙開始年齢は 20 歳からが一番多く全体の 48.0%を占めた。
108
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
1.5.3.喫煙者の喫煙量
現在の喫煙量(本)は、1 日 20 本が最も多く、ついで 10 本が多かった。
1.6.飲酒
1.6.1.飲酒習慣
飲酒習慣においても、喫煙習慣と同様、男女差が認められた。アルコール類を「現在飲んでいる」者は、男性
で 21.2%、女性では 5.4%であった。
1.6.2.アルコールの種類と量
現在飲んでいる者もしくは飲んでいた者に、アルコールの種類と量を問うたところ、種類で多く見られたのは
日本酒、ビールなどであり、その量は「日本酒にして 1 合未満」が 92.6%とほとんどを占めていた。
1.7.家族歴
1.7.1.百寿者の両親の死亡時年齢
男女ともに、父親の死亡年齢は 71~80 歳が最も多く、母親の死亡年齢は 81~90 歳が最も多かった。百寿者の
死亡年齢が高いことは、百寿者が遺伝的に長命の家系に生まれていると考えられる。
1.7.2.同居家族
百寿者の同居家族は、男女とも、子供や子供の配偶者が多かった。本人の配偶者と同居している者は、男性で
は 10.8%であるのに対し、女性では 0.8%と少ない。また施設入居者は男性で 14.1%だが、女性では 33.3%と倍
以上であった。
1.7.3.世話をする人
百寿者の世話をする人は、男性では子供の配偶者が 44.9%と最も多く、次いで子供で高かった。一方女性では
施設職員が 33.8%と最も多く、次いで子供の配偶者、子供の順に高値を示した。
1.7.4.配偶者
1.7.4.1.配偶者との別れ
配偶者と死別した者の割合は男女ともに 7 割弱であった。
1.7.4.2.配偶者死亡時の本人の年齢
男性は 80 歳以上になってから配偶者を亡くす者が多いが、女性は 60、70 歳代で配偶者を亡くす者が多い。
1.7.4.3.配偶者と離別した時の本人の年齢
全体的に離別した者の割合は少ないが、男性では 80 歳代、女性では 60 歳代に離別している者の割合が高い。
1.8.病歴
1.8.1.病気の有無とその内容
現在かかっている病気がある者の割合は男性で 43.6%、女性で 40.4%であった。病気の内訳は、心臓病が最も
多く、次いで高血圧であった。男女間で差のあった病気は、泌尿器系・呼吸器系は男性で多く、骨粗鬆症・痴呆
は女性で多く見られた。
109
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
1.8.2.医療機関受診状況
定期的もしくは常時、医療機関に関わっている者の割合(「入院中」と「定期的に通院」を足した割合)は、男
性で 50.0%、女性で 45.8%であり、ほぼ半数が医療機関にかかっている。
1.8.3.転倒状況
1.8.3.1.「寝たきりになるような」転倒経験
「寝たきりになるような」転倒経験と、骨折状況について質問した。転倒経験がある者は男性 29.9%、女性 45.2%
であり、女性の方が有意に高率であった。また、骨折回数が複数回ある者は 13 名(男性 2 名、女性 11 名)いた。
1.8.3.2.「寝たきりになるような」転倒・転落をした年齢
寝たきりになるような転倒・転落をした年齢は、男女とも 90 歳代が多かった。
1.8.3.3.骨折部位
骨折部位で最も多くみられたのは男女とも大腿骨であり、とくに女性では 19.4%と男性に比し、高率であった。
次いで多かったのは腰椎で、男性 2.7%、女性 5.0%であった。
1.9.職歴
1.9.1.一番長く従事した主な職業
一番長く従事した仕事について質問し、1837 名が回答した。主な職種は以下の通りである。男女とも農業・林
業が最も多く、次いで、男性では会社・役所、女性では主婦が多かった。
1.9.2.職業の継続
それらの仕事を今もやっているかどうかについて質問したが、仕事を続けている者は全体で 50 名、2.6%であ
った。男女別では男性 4.4%、女性 1.9%であり、男性で有意に高値を示した。また、これら仕事を続けている者
の職種をみると、男女とも農業・林業が最も多く(男性 48.0%、女性 76.0%)、次いで男性では商売・自営(20.0%)、
女性では主婦(20.0%)が多かった。また、10 歳代からずっと同じ仕事を続けていると回答する者は男性で 8 名、
女性で 7 名いた。
1.9.3.仕事をやめた年齢
仕事をやめた年齢は男女ともに 70 歳代が多いが、全般的に高齢になるまで仕事を継続していた傾向がある。
1.10.日常生活動作
1.10.1.食事
食事を独力でできる者は男性では 55.8%、女性では 40.1%であり、男性の方が多かった。逆に、全面的に介助
を要する者は男性 9.0%に対し、女性では 18.9%と男性の倍以上の割合を示した。
1.10.2.大便
大便を独力でできる者は男性では 46.3%、女性では 26.8%であり、男性の方が多かった。逆にオムツを着用し
ている者は、男性 20.8%に対し、女性では 44.2%と半数近くを占めており、これは男性の倍近くの割合であった。
1.10.3.小便
小便を独力でできる者は男性では 40.6%、女性では 23.5%であり、男性の方が多かった。逆にオムツを着用し
110
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
ている者は、男性 22.6%に対し、女性では 46.2%と半数近くを占めており、これは男性の倍近くの割合であった。
大便に比べ、「独力」が少なく、「時に漏らす」者が多い。
1.10.4.起立
起立が独力でできる者は男性では 38.0%、女性では 19.8%であり、男性の方が多かった。全面的に介助を要す
る者は女性では 46.0%と、男性の倍近くの割合を示した。
1.10.5.行動範囲
行動範囲について、旅行も含めて普通に行動できる者は女性では 1.1%であったのに対し、男性では 4.8%と約
5 倍近く存在していた。逆に、ベッド上に限る、つまり寝たきりの者の割合は、女性では男性の 2 倍であった。
1.10.6.入浴
入浴が独力でできる者は男性では 23.9%であったのに対し、女性では 10.1%と男性の半分であり、全面的に介
助を要する者は女性では 58.7%を占めた。
1.10.7.着衣
着衣が独力、あるいは遅くても自分でできる者は男性の方が女性に比し多かった。一方、全面的に介助を要す
る者は女性では 49.5%と、男性の倍近くの割合を示した。
1.10.8.聴力
聴力が正常の者は男女とも 1 割強であった。全く聞こえない者は男性でも 3.4%存在していたが、女性では倍の
6.3%存在していた。女性のほうが聴力の低下している者が多いにもかかわらず、補聴器を使用している者は男性
38 名、女性 39 名であった。
1.10.9.視力
視力が正常の者は男性では 30.2%、女性では 21.9%であり、一方、全く見えない、辛うじて顔の輪郭がわかる
程度の者はそれぞれ女性の方が男性の倍近く多く存在していた。聴力に比べ視力は正常な者が多い。眼鏡を使用
している者は男性 94 名、女性 99 名であった。
1.11.認知機能
1.11.1.意思表示
意思表示を普通にできる者は、男性で 60.8%、女性では 42.7%で男性の方が多かった。逆に意思表示が全くで
きない者は男性では 2.1%であるのに対し、女性では 8.1%であった。また、基本的な要求のみ可能である者も男
性 8.7%であったのに対し、女性では 16.5%であった。
1.11.2.話の了解
話の了解が普通にできる者は男性では 52.7%であったのに対し、女性では 35.8%と少なかった。全くできない
者は男性 1.2%に対し、女性では 7.2%も存在していた。
1.11.3.日付の理解
日付の理解が普通にできる者は、男性では 44.5%であったのに対し、女性では 22.7%と約半分であった。全く
できない者は男性 15.9%に対し、女性では 37.7%と倍以上存在していた。
111
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
1.12.手段的日常生活
1.12.1.バスや電車に一人で乗る
バスや電車に一人で乗ることができる人は男性で 10.8%、女性で 3.1%であった。
1.12.2.日用品の買物を自分でする
日用品の買物が自分でできる人は男性で 10.8%、女性で 4.3%であった。
1.12.3.自分で食事の用意をする
食事の用意が自分でできる人は男性で 5.1%、女性で 3.4%であった。
1.12.4.銀行預金、郵便貯金の出し入れを自分でする
できる人は男性で 10.8%、女性で 2.7%であった。
1.13.健康感
1.13.1.健康だと感じている
健康だと感じている人は男性で 65.2%、女性で 47.1%であった。
1.13.2.毎日気分良く過ごせる
毎日気分良く過ごせる人は、男性で 71.7%、女性で 57.6%であった。
1.13.3.体調がすぐれないことが多い
体調がすぐれないことが多い人は、男性で 24.2%、女性で 23.6%であった。
1.14.周囲との関係
1.14.1.周りの人とうまくいっている
周りの人とうまくいっている人は、男性で 69.3%、女性で 56.0%であった。
1.14.2.友人との付き合いに満足している
友人との付き合いに満足している人は、男性で 35.2%、女性で 29.1%であった。
1.14.3.家族・親類との付き合いに満足している
家族・親類との付き合いに満足している人は、男性で 70.1%、女性で 52.4%であった。
1.15.経済状態
1.15.1.ある程度のお金に余裕がある
ある程度のお金に余裕がある人は、男性で 61.7%、女性で 43.0%であった。
1.15.2.小遣いに満足している
小遣いに満足している人は、男性で 60.1%、女性で 41.5%であった。
1.16.生活に関すること
1.16.1.将来に不安を感じる
112
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
将来に不安を感じる人は、男性で 19.6%、女性で 14.6%であった。
1.16.2.寂しいと思うことがある
寂しいと思うことがある人は、男性で 34.1%、女性で 28.2%であった。
1.16.3.無力だと感じることがある
無力だと感じることがある人は、男性で 31.3%、女性で 30.4%であった。
1.17.社会活動
1.17.1.自分以外の人の用事や世話をすることがある
自分以外の人の用事や世話をすることがある人は、男性で 12.0%、女性で 7.8%であった。
1.17.2.給料や謝礼を得るような仕事をしている
給料や謝礼を得るような仕事をしている人は、男性で 3.0%、女性で 0.5%であった。
1.17.3.町内会の作業、ボランティア活動などの地域活動をしている
町内会の作業、ボランティア活動などの地域活動をしている人は、男性で 2.7%、女性で 0.5%であった。
1.18.楽しみ
1.18.1.趣味
趣味を持っている者は、男性 46.6%、女性 26.9%で、男性のほうが趣味を持っている割合が高かった。趣味の
内容は、男女ともに「テレビ・ビデオ鑑賞」が上位にあがっており、男性と女性では順位がことなるものの、
「読
書・教養」、「音楽・カラオケ」、「盆栽・園芸」、「手作業」があがっている。その他として、「人と話す」、「和歌・
俳句」、「茶道・華道・書道」、「将棋・囲碁・花札」、「スポーツ」、「舞踊・ダンス」、「演劇・演芸・映画」、「神社
参り・礼拝・お祈り」、
「つり」、
「旅行」、
「絵画」、
「家族(子・孫)」、
「食べること」、
「植木・花の観賞」、
「音楽鑑
賞」、
「デイサービス」、
「風呂」、
「収集(コレクション)」、
「手紙を書く」、
「ギャンブル」、
「政治」、
「学習」、
「日曜
大工」があった。
1.18.2.一番好きな食べ物
一番好きな食べ物について回答した者は男性 77.0%、女性 64.9%であった。男性では、魚類、果物、甘いもの、
肉類、刺身、うなぎを好む傾向が高く、女性では、果物、魚類、甘いもの、刺身、寿司を好む傾向が高かったが、
「何でもおいしく食べる」と回答した者の割合も高かった。
1.18.3.夢や希望について
これからのことに夢や希望を持つものは、男性では 31.3%であるのに対し、女性は 14.4%と少なかった。
1.18.4.生きがいについて
生きがいを持つ者の割合は、男性 43.6%、女性 25.8%で、男性のほうが多かった。生きがいの内容で多かった
のは、男女ともに「家族」であり、次いで「健康で楽しく過ごすこと」であった。
2.詳細分析
2.1.定義
113
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
本研究では、百寿者の QOL について、①日常生活動作の自立、②認知機能の保持、③心の健康の維持 ―の観点
から検討した。
2.1.1.日常生活動作:食事、大便、小便、起立、行動範囲、入浴、着脱衣
食事、入浴、着脱衣は、“自分では不能・全面介助”“かなりの介助を要する”“辛うじて自分でする”“自分で
するが遅い”“独力で普通にする”の 5 段階、大便、小便は“失禁・オムツにする”“介助を要する・夜間はオム
ツ”
“辛うじて自分でする”
“自分でするが遅い”
“独力で普通にする”の 5 段階、行動範囲は“ベッドの上に限ら
れる”
“居室内に限る”
“自宅の庭・辛うじて外出”
“近所の散歩程度”
“普通(旅行)”の 5 段階で尋ね、各動作に
ついて 1~5 点の点数を与えた。
食事、大便、小便、起立、行動範囲、入浴、着脱衣の日常生活動作が全て 3 点以上で、そのうち 4 点ないし 5
点の項目が 4 つ以上ある場合を自立した日常生活を送っている(以下、ADL 自立群とする)とした。
2.1.2.認知機能:意志の表示、話の了解、日付の理解
意志の表示は“全くできない”“基本的な要求のみ”“辛うじてできる程度”“大体できるが不完全”“普通にで
きる”の 5 段階、話の了解は“全くできない”“まれに了解”“辛うじて了解”“大体できるが不完全”“普通にで
きる”の 5 段階、日付の理解は“全くできない”“まれに理解”“辛うじて理解”“大体できるが不完全”“普通に
できる”の 5 段階で尋ね、それぞれについて 1~5 点の点数を与えた。
意志表示、話の了解、日付の理解がすべて 3 点以上で、さらに、そのうち 4 点ないし 5 点の項目が 2 つ以上あ
る場合を認知機能が保持されている(以下、認知機能保持群とする)とした。
2.1.3.心の健康
毎日気分良く過ごしているか、周りの人とうまくいっているか、友人とのつきあいに満足しているか、家族・親類
とのつきあいに満足しているか、将来への不安を感じているか、寂しいと思うことがあるか、自分は無力だと感じる
ことがあるか、生きがいを持っているかの各質問に対し、それぞれ“はい”
“いいえ”の二者択一で尋ねた。
日々の気分、周囲の人びととの関係の円滑さ、友人関係の満足、家族・親類関係の満足、将来への不安の有無、
寂しさの有無、無力感の有無、生きがいの有無の 8 項目のうち、肯定的な回答が 6 項目以上ある場合を心の健康
が維持されている(以下、心の健康維持群とする)とした。
2.2.分析方法
2.2.1.従属変数
従属変数は①日常生活動作、②認知機能、③心の健康とした。
2.2.2.独立変数
独立変数は、①食生活(1 日の食事回数、食欲の有無、食事の形態、主食の摂取頻度、たんぱく質類の摂取頻度、
野菜・海草摂取頻度)、②運動(運動習慣の有無)、③睡眠(睡眠時間、眠りの質、起床自立の有無)、④喫煙習慣、
⑤飲酒習慣、⑥健康(病気の有無、転倒経験の有無、BMI、聴力、視力)、⑦家族(父母の長寿、同居家族の有無)
の 19 項目とした。
2.2.3.分析
分析は男女別に行った。
百寿者における ADL 自立群、
認知機能保持群、
心の健康維持群の特徴を明らかにするため、
各変数間のオッズ比の分析には多重ロジスティック回帰分析を用いた。分析には SPSS 10.Windows を用いた。
114
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
2.3.結果と考察
2.3.1.対象者の QOL の地域分布の結果と考察
ADL 自立群は男性 175 人
(男性の 30.9%)
、
女性 182 人
(女性の 13.6%)
、
認知機能保持群は、
男性 329 人
(同 58.1%)
、
女性 477 人(同 35.6%)
、心の健康維持群は、男性 222 人(同 39.2%)
、女性 360 人(同 26.8%)であった。
日本を北海道・東北/関東/中部/近畿/中国・四国/九州・沖縄の 6 地域に分類し、ADL 自立、認知機能保持、
心の健康維持に関する地域差の有無を検討した。 χ2 検定の結果、男性の場合も女性の場合も、いずれの項目でも
地域差は認められなかった。なお、1999 年度の「全国高齢者名簿」をもとに、地域別の百寿者比率を検討すると、
中国・四国地方、九州・沖縄地方が全国平均を上回っており、百寿者の分布は西高東低型を示した。
一方、急激な百寿者の増加がみられる沖縄において、その ADL の低下が著明であり、百寿者の質は以前とは大幅に異な
るという報告 1)があり、医療技術の進歩により何とか 100 歳の壁を越えることができた百寿者の存在が指摘されている。
これらのことから、わが国の百寿者は西日本に多いものの、QOL に関して検討すると必ずしも地域による差があ
るわけではないことが示唆される。しかし、本調査は対象者の抽出率に地域的な偏りがあるために地域差を示す
結果が得られなかった可能性も考えられ、今後の検討が必要である。
2.3.2.男女別 QOL の関連要因の結果と考察
2.3.2.1.日常生活自立の関連要因
男性では、ADL 自立群はそれ以外の群よりも、食欲あり、食形態が常食、たんぱく質をほとんど毎日摂取、運動
習慣あり、睡眠時間 8 時間未満、よく眠れている、自分から定時に起床、もともと飲酒しない、転倒経験なし、
BMI25 以上、視力の程度(大きい活字がやっと見える~正常)、父母ともに長寿である人が有意に多かった。さら
に、単変量モデルで統計学的有意性を示したすべての要因について、お互いの関連を考慮した結果を得るために、
有意差のある要因すべてを用いて補正を行った。その結果、食形態(常食)、運動習慣あり、自分から定時に起床、
視力の程度(大きい活字がやっと見える~正常)の 4 要因が、ADL 自立と有意な関係にあった(表 1)。
女性では、ADL 自立群はそれ以外の群よりも、食欲あり(進んで食べようとする)
、食形態が常食、たんぱく質を
ほとんど毎日摂取、運動習慣あり、睡眠時間 10 時間未満、よく眠れている、自分から定時に起床、以前は飲んでい
た・もともと飲酒しない、現在の病気なし、転倒経験なし、BMI25 以上、視力の程度(大きい活字がやっと見える~
正常)
、父母ともに長寿である、同居家族がある人が有意に多かった。さらに、単変量モデルで統計学的有意性を示
したすべての要因について、お互いの関連を考慮した結果を得るために、有意差のある要因すべてを用いて補正を行
った。その結果、食欲あり(進んで食べようとする)
、食形態(常食)
、運動習慣あり、自分から定時に起床、転倒経
験なし、視力の程度(大きい活字がやっと見える~正常)の 6 要因が、ADL 自立と有意な関係にあった(表 2)
。
2.3.2.2.認知機能の保持の関連要因
男性では、食欲あり(進んで食べようとする)、食形態が常食、主食を毎食または 1 日 2 回摂取、たんぱく質を
ほとんど毎日摂取、運動習慣あり、よく眠れている、自分から定時に起床、もともと飲酒しない、視力の程度(大
きい活字がやっと見える~正常)、同居家族がある人が、認知機能保持群で有意に多かった。さらに単変量モデル
で統計学的有意性を示したすべての要因について、お互いの関連を考慮した結果を得るために、有意差のある要
因すべてを用いて補正を行った。その結果、有意な Odds 比を示した要因は、食形態(常食)、運動習慣あり、よ
く眠れている、自分から定時に起床、視力の程度(大きい活字がやっと見える~正常)の 5 要因が認知機能保持
と有意な関係を示した(表 3)。
女性では、食欲あり(進んで食べようとする)、食形態が常食、たんぱく質をほとんど毎日摂取、運動習慣あり、
睡眠時間 10 時間未満、よく眠れている、自分から定時に起床、以前に喫煙していた、もともと飲酒しない、転倒
経験なし、BMI20 以上、聴力の程度(耳元で大声~正常)、視力の程度(大きい活字がやっと見える~正常)、父母
のどちらかまたはともに長寿である、同居家族ありが、認知機能保持群に有意に多かった。さらに、単変量モデ
115
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
ルで統計学的有意性を示したすべての要因について、お互いの関連を考慮した結果を得るために、有意差のある
要因すべてを用いて補正を行った。その結果、有意な Odds 比を示した要因は、食欲あり(進んで食べようとする)、
食形態(常食)、たんぱく質をほとんど毎日摂取、運動習慣あり、自分から定時に起床、もともと飲酒しない、聴
力の程度(耳元で大声~正常)、視力の程度(大きい活字がやっと見える~正常)、同居家族ありの 9 要因が、認
知機能保持と有意な関係にあった(表 4)。
2.3.2.3.心の健康維持の関連要因
男性では、食欲あり(進んで食べようとする)
、食形態が常食、たんぱく質をほとんど毎日摂取、運動習慣あり、
睡眠時間 10 時間未満、よく眠れている、自分から定時に起床、BMI20 以上、視力の程度(大きい活字がやっと見
える~正常)が、心の健康維持群で有意に多かった。さらに単変量モデルで統計学的有意性を示したすべての要
因について、お互いの関連を考慮した結果を得るために、有意差のある要因すべてを用いて補正を行った。その
結果、有意な Odds 比を示した要因は、食形態(常食)、運動習慣あり、よく眠れている、視力の程度(大きい活
字がやっと見える~正常)の 4 要因が心の健康維持と有意な関係を示した(表 5)。
女性では、1 日の食事回数(3 回摂取)、食欲あり(進んで食べようとする)、食形態が常食、たんぱく質をほと
んど毎日摂取、運動習慣あり、睡眠時間 8 時間未満、よく眠れている、自分から定時に起床、現在病気なし、BMI20
以上、聴力の程度(耳元で大声~正常)、視力の程度(大きい活字がやっと見える~正常)、父母のどちらかまた
はともに長寿である、同居家族ありが、心の健康維持群で有意に多かった。さらに、単変量モデルで統計学的有
意性を示したすべての要因について、お互いの関連を考慮した結果を得るために、有意差のある要因すべてを用
いて補正を行った。その結果、有意な Odds 比を示した要因は、1 日の食事回数(3 回摂取)、食欲あり(進んで食
べようとする)、食形態(常食)、たんぱく質をほとんど毎日摂取、運動習慣あり、自分から定時に起床、視力の
程度(大きい活字がやっと見える~正常)の 7 要因が、心の健康維持と有意な関係にあった(表 6)。
2.3.2.4.QOL 関連要因の考察
男性において、日常生活動作の自立、認知機能保持、心の健康維持に共通して関連した要因は、食欲、食形態、
運動習慣、視力の 4 項目であり、女性では、食欲、食形態、運動習慣、起床自立、視力の 5 項目であった。
食生活に関しては、食欲(進んで食べようとする)、食形態(常食)が男女とも QOL の維持に関連していた。1993
年に行われた調査では、歯肉だけになった百寿者は 28%と報告されており
1)
、食形態は歯牙状態と関連している
と考えられ、今後の検討が必要である。
運動習慣については、70~80 歳頃に運動習慣があった百寿者はなかった群に比べ、趣味をもち、友人づきあい
も活発で、ADL が良好であったとの報告がある 1)。百寿者が若年、壮年期の頃は、運動不足が問題視される環境に
はなかったと考えられることから、高齢期以降も運動習慣を継続していることが、高い QOL を維持するために重
要な要因であると考えられる。
また、視力がいかに保持されているかにより、百寿者の QOL の維持が影響を受けている。聴力は認知機能保持
との間にだけ関連が認められた。視力・聴力が保持されていることは、コミュニケーションによる意思疎通が可
能となり、他者との交流に必要な要因であることが確認された。
高い QOL を維持している高齢者の特徴とその関連要因の解明には、時間的経過に伴う環境変化との関係及び遺
伝や地理疫学的要因も検討する必要がある。
116
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
表1
百寿者の日常生活動作の自立に関連する要因(男性)
独立変数
N
日常生活動作自立者
無調 整
調整済み
N
%
Odds比5%信頼区間 Odds比 95%信頼区間
食生活 1日の食事回数
2食・回数不定
3食
68
498
15
160
22.1
32.1
1.0
1.7
促されて・関心なし
進んで食べようとする
80
486
8
167
10.0
34.4
1.0
4.7 2.2-10.0 **
軟食・流動食
常食
主食の摂取頻度
1回/日・ほとんど食べない
毎日・2回/日
たんぱく質の摂取頻度
1回/2日・1,2回/週・ほとんど食べな
ほとんど毎日
野菜・海藻類の摂取頻度
1回/2日・1,2回/週・ほとんど食べな
ほとんど毎日
運 動 運動習慣
なし
あり
睡 眠 睡眠時間
10時間以上
8時間未満
8~10時間未満
よく眠れている
いいえ
はい
起床
自分からは起床しない・時々起こされる
自分から定時に起床
たばこ 喫煙
現在吸っている
以前は吸っていた
もともと吸わない
アルコール
飲酒
現在飲んでいる
以前は飲んでいた
もともと飲まない
健 康 現在の病気
あり
なし
入院や寝たきりとなった転倒の経験
あり
なし
BMI
20未満
20~25未満
25以上
聴力
全く聞えない
耳元で大声~正常
視力
全く見えない・顔の輪郭
大きい活字がやっと~正常
家 族 父母の長寿
ともに80歳未満
どちらかが80歳以上
父母ともに80歳以上
同居家族
いない
いる
* p<0.05, ** p<0.01
259
307
36
139
13.9
45.3
1.0
5.1
3.3-7.8 **
520
46
157
18
30.2
39.1
1.0
1.5
0.8-2.8
252
314
62
113
24.6
36.0
1.0
1.7
1.2-2.4 **
424
142
125
50
29.5
35.2
1.0
1.3
0.9-2.0
264
302
35
140
13.3
46.4
1.0
5.7
3.7-8.6 **
328
73
165
79
24
72
24.1
32.9
43.6
1.0
2.4
1.5
1.6-3.6 **
0.9-2.7
90
476
16
159
17.8
33.4
1.0
2.3
1.3-4.1 **
159
407
16
159
10.1
39.1
1.0
5.7 3.3-10.0 **
58
165
343
15
47
113
25.9
28.5
32.9
1.0
1.4
1.1
0.8-2.6
0.6-2.3
150
170
246
59
39
77
39.3
22.9
31.3
1.0
0.7
0.5
0.4-1.1
0.2-0.8 **
280
286
76
99
27.1
34.6
1.0
1.4
1.0-2.0
199
367
49
126
24.6
34.3
1.0
1.6
1.1-2.4 *
297
216
53
71
86
18
23.9
39.8
34.0
1.0
1.6
2.1
0.9-3.1
1.4-3.1 **
28
538
6
169
21.4
31.4
1.0
1.7
0.7-4.2
86
480
6
169
7.0
35.2
1.0
7.3 3.1-17.0 **
289
196
81
78
76
21
27.0
38.8
25.9
1.0
1.0
1.7
0.5-1.7
1.7-2.5 **
95
471
26
149
27.4
31.6
1.0
1.2
0.8-2.0
0.9-3.1
食欲
食形態
117
1.0
3.3
2.1-5.4 **
1.0
4.1
2.6-6.6 **
1.0
3.3
1.7-6.2 **
1.0
4.3
1.7-11.0 **
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
表2
百寿者の日常生活動作の自立に関連する要因(女性)
独立変数
N
食生活
日常生活動作自立者
N
%
無調 整
Odds比 5%信頼区間
調整済み
Odds比 95%信頼区間
1日の食事回数
168
1173
18
164
10.7
14.0
1.0
1.4
促されて・関心なし
進んで食べようとする
364
977
5
177
1.4
18.1
1.0
15.8
6.5-38.6 **
1.0
3.4
1.3-9.1 *
軟食・流動食
常食
813
528
30
152
3.7
28.8
1.0
10.6
7.0-15.9 **
1.0
5.5
3.4-8.7 **
1226
115
170
12
13.9
10.4
1.0
0.7
0.4-1.4
631
710
56
126
8.9
17.7
1.0
2.2
1.6-3.1 **
1032
309
147
35
14.2
11.3
1.0
0.8
0.5-1.1
なし
あり
819
522
34
148
4.2
28.4
1.0
9.1
6.2-13.5 **
1.0
6.2
4.0-9.6 **
10時間以上
8時間未満
8~10時間未満
837
152
352
82
26
74
9.8
17.1
21.0
1.0
2.5
1.9
1.7-3.5 **
1.2-3.1 **
264
1077
14
168
5.3
15.6
1.0
3.3
1.9-5.8 **
574
767
13
169
2.3
22.0
1.0
12.2
6.9-21.7 **
1.0
4.0
2.1-7.5 **
現在吸っている
以前は吸っていた
もともと吸わない
110
75
1156
9
9
164
8.2
12.0
14.2
1.0
1.9
1.5
0.9-3.7
0.6-4.1
現在飲んでいる
以前は飲んでいた
もともと飲まない
192
185
964
36
20
126
18.8
10.8
13.1
1.0
0.7
0.5
0.4-1.0 *
0.3-1.0 *
626
715
70
112
11.2
15.7
1.0
1.5
1.1-2.0 *
あり
なし
680
661
68
114
10.0
17.2
1.0
1.9
1.4-2.6 **
1.0
1.6
1.1-2.4 *
20未満
20~25未満
25以上
911
358
72
102
67
13
11.2
18.7
18.1
1.0
1.8
1.8
0.9-3.3
1.3-2.6 **
103
1238
8
174
7.8
14.1
1.0
1.9
0.9-4.1
394
947
7
175
1.8
18.5
1.0
12.5
5.8-26.9 **
1.0
4.5
2.0-10.4 **
ともに80歳未満
どちらかが80歳以上
父母ともに80歳以上
880
339
122
106
60
16
12.0
17.7
13.1
1.0
1.1
1.6
0.6-1.9
1.1-2.2 **
いない
いる
428
913
34
148
7.9
16.2
1.0
2.2
1.5-3.3 **
2食・回数不定
3食
0.8-2.3
食欲
食形態
主食の摂取頻度
1回/日・ほとんど食べない
毎日・2回/日
たんぱく質の摂取頻度
1回/2日・1,2回/週・ほとんど食べない
ほとんど毎日
野菜・海藻類の摂取頻度
1回/2日・1,2回/週・ほとんど食べない
ほとんど毎日
運動
睡眠
運動習慣
睡眠時間
よく眠れている
いいえ
はい
起床
自分からは起床しない・時々起こされる
自分から定時に起床
たばこ
喫煙
アルコール 飲酒
健康
現在の病気
あり
なし
入院や寝たきりとなった転倒の経験
BMI
聴力
全く聞えない
耳元で大声~正常
視力
全く見えない・顔の輪郭
大きい活字がやっと~正常
家族
父母の長寿
同居家族
* p<0.05, ** p<0.01
118
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
表3
百寿者の日常生活動作の自立に関連する要因(男性)
独立変数
N
食生活
認知機能保持者
N
%
無調 整
Odds比 5%信頼区間
調整済み
Odds比 95%信頼区間
1日の食事回数
2食・回数不定
3食
68
498
38
291
55.9
58.4
1.0
1.1
0.7-1.9
促されて・関心なし
進んで食べようとする
80
486
27
302
33.8
62.1
1.0
3.2
2.0-5.3 **
軟食・流動食
常食
259
307
111
218
42.9
71.0
1.0
3.3
2.3-4.6 **
520
46
295
34
56.7
73.9
1.0
2.2
1.1-4.3 *
252
314
128
201
50.8
64.0
1.0
1.7
1.2-2.4 **
1回/2日・1,2回/週・ほとんど食べない
ほとんど毎日
424
142
243
86
57.3
60.6
1.0
1.1
0.8-1.7
なし
あり
264
302
117
212
44.3
70.2
1.0
3.0
2.1-4.2 **
10時間以上
8時間未満
8~10時間未満
328
73
165
177
45
107
54.0
61.6
64.8
1.0
1.6
1.4
1.1-2.3
0.8-2.3
いいえ
はい
90
476
31
298
34.4
62.6
1.0
3.2
自分からは起床しない・時々起こされる
自分から定時に起床
159
407
54
275
34.0
67.6
現在吸っている
以前は吸っていた
もともと吸わない
58
165
343
35
93
201
現在飲んでいる
以前は飲んでいた
もともと飲まない
150
170
246
食欲
食形態
1.0
1.9
1.3-2.8 **
1.0
2.1
1.4-3.0 **
2.0-5.1 **
1.0
1.7
1.0-3.0 *
1.0
4.1
2.8-6.0 **
1.0
2.7
1.7-4.1 **
60.3
56.4
58.6
1.0
0.9
0.9
0.5-1.6
0.5-1.6
98
87
144
65.3
51.2
58.5
1.0
0.8
0.6
0.5-1.1
0.4-0.9 **
280
286
159
170
56.8
59.4
1.0
1.1
0.8-1.6
あり
なし
199
367
111
218
55.8
59.4
1.0
1.2
0.8-1.6
20未満
20~25未満
25以上
297
216
53
161
135
33
54.2
62.5
62.3
1.0
1.4
1.4
0.8-2.5
1.0-2.0
全く聞えない
耳元で大声~正常
28
538
13
316
46.4
58.7
1.0
1.6
0.8-3.5
全く見えない・顔の輪郭
大きい活字がやっと~正常
86
480
26
303
30.2
63.1
1.0
4.0
2.4-6.5 **
1.0
2.3
1.3-4.0 **
ともに80歳未満
どちらかが80歳以上
父母ともに80歳以上
289
196
81
163
118
48
56.4
60.2
59.3
1.0
1.1
1.2
0.7-1.9
0.8-1.7
いない
いる
95
471
46
283
48.4
60.1
1.0
1.6
1.0-2.5 *
主食の摂取頻度
1回/日・ほとんど食べない
毎日・2回/日
たんぱく質の摂取頻度
1回/2日・1,2回/週・ほとんど食べない
ほとんど毎日
野菜・海藻類の摂取頻度
運動
睡眠
運動習慣
睡眠時間
よく眠れている
起床
たばこ
喫煙
アルコール 飲酒
健康
現在の病気
あり
なし
入院や寝たきりとなった転倒の経験
BMI
聴力
視力
家族
父母の長寿
同居家族
* p<0.05, ** p<0.01
119
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
表4
百寿者の認知機能保持に関連する要因(女性)
独立変数
N
食生活
認知機能保持者
N
%
無調 整
Odds比 5%信頼区間
調整済み
Odds比 95%信頼区間
1日の食事回数
168
1173
50
427
29.8
36.4
1.0
1.4
1.0-1.9
促されて・関心なし
進んで食べようとする
364
977
42
435
11.5
44.5
1.0
6.2
4.4-8.7 **
1.0
2.4
1.6-3.6 **
軟食・流動食
常食
813
528
206
271
25.3
51.3
1.0
3.1
2.5-3.9 **
1.0
1.4
1.0-1.8 *
1226
115
433
44
35.3
38.3
1.0
1.1
0.8-1.7
631
710
176
301
27.9
42.4
1.0
1.9
1.5-2.4 **
1.0
1.5
1.1-1.9 **
1032
309
356
121
34.5
39.2
1.0
1.2
0.9-1.6
なし
あり
819
522
208
269
25.4
51.5
1.0
3.1
2.5-3.9 **
1.0
1.7
1.3-2.2 **
10時間以上
8時間未満
8~10時間未満
837
152
352
245
71
161
29.3
46.7
45.7
1.0
2.0
2.1
1.6-2.6 **
1.5-3.0 **
264
1077
59
418
22.3
38.8
1.0
2.2
1.6-3.0 **
574
767
74
403
12.9
52.5
1.0
7.5
5.6-9.9 **
1.0
3.9
2.8-5.3 **
現在吸っている
以前は吸っていた
もともと吸わない
110
75
1156
27
24
426
24.5
32.0
36.9
1.0
1.8
1.5
1.1-2.8 *
0.8-2.8
現在飲んでいる
以前は飲んでいた
もともと飲まない
192
185
964
81
57
339
42.2
30.8
35.2
1.0
0.7
0.6
0.5-1.0
0.4-0.9 *
0.6
0.5
0.4-1.0 *
0.3-0.8 **
626
715
209
268
33.4
37.5
1.0
1.2
1.0-1.5
あり
なし
680
661
220
257
32.4
38.9
1.0
1.3
1.1-1.7 *
20未満
20~25未満
25以上
911
358
72
294
149
34
32.3
41.6
47.2
1.0
1.9
1.5
1.2-3.0 *
1.2-1.9 **
103
1238
11
466
10.7
37.6
1.0
5.0
2.7-9.5 **
1.0
3.2
1.6-6.6 **
394
947
46
431
11.7
45.5
1.0
6.3
4.5-8.8 **
1.0
3.3
2.3-4.8 **
ともに80歳未満
どちらかが80歳以上
父母ともに80歳以上
880
339
122
278
145
54
31.6
42.8
44.3
1.0
1.7
1.6
1.2-2.5 **
1.3-2.1 **
いない
いる
428
913
118
359
27.6
39.3
1.0
1.7
1.3-2.2 **
1.0
1.4
1.1-2.0 *
2食・回数不定
3食
食欲
食形態
主食の摂取頻度
1回/日・ほとんど食べない
毎日・2回/日
たんぱく質の摂取頻度
1回/2日・1,2回/週・ほとんど食べない
ほとんど毎日
野菜・海藻類の摂取頻度
1回/2日・1,2回/週・ほとんど食べない
ほとんど毎日
運動
睡眠
運動習慣
睡眠時間
よく眠れている
いいえ
はい
起床
自分からは起床しない・時々起こされる
自分から定時に起床
たばこ
喫煙
アルコール 飲酒
健康
現在の病気
あり
なし
入院や寝たきりとなった転倒の経験
BMI
聴力
全く聞えない
耳元で大声~正常
視力
全く見えない・顔の輪郭
大きい活字がやっと~正常
家族
父母の長寿
同居家族
* p<0.05, ** p<0.01
120
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
表5
百寿者の心の健康維持に関連する要因(男性)
独立変数
N
食生活
心の健康維持者
N
%
無調 整
Odds比 5%信頼区間
調整済み
Odds比 95%信頼区間
1日の食事回数
2食・回数不定
3食
68
498
22
200
32.4
40.2
1.0
1.4
0.8-2.4
促されて・関心なし
進んで食べようとする
80
486
21
201
26.3
41.4
1.0
2.0
1.2-3.4 *
軟食・流動食
常食
259
307
70
152
27.0
49.5
1.0
2.7
1.9-3.8 **
520
46
206
16
39.6
34.8
1.0
0.8
0.4-1.5
252
314
82
140
32.5
44.6
1.0
1.7
1.2-2.4 **
1回/2日・1,2回/週・ほとんど食べない
ほとんど毎日
424
142
164
58
38.7
40.8
1.0
1.1
0.7-1.6
なし
あり
264
302
68
154
25.8
51.0
1.0
3.0
2.1-4.3 **
10時間以上
8時間未満
8~10時間未満
328
73
165
103
35
84
31.4
47.9
50.9
1.0
2.3
2.0
1.5-3.3 **
1.2-3.4 **
いいえ
はい
90
476
15
207
16.7
43.5
1.0
3.9
2.2-6.9 **
自分からは起床しない・時々起こされる
自分から定時に起床
159
407
38
184
23.9
45.2
1.0
2.7
1.7-4.0 **
現在吸っている
以前は吸っていた
もともと吸わない
58
165
343
21
64
137
36.2
38.8
39.9
1.0
1.2
1.1
0.7-2.1
0.6-2.0
現在飲んでいる
以前は飲んでいた
もともと飲まない
150
170
246
66
56
100
44.0
32.9
40.7
1.0
0.8
0.6
0.6-1.3
0.4-1.0
280
286
100
122
35.7
42.7
1.0
1.3
1.0-1.9
あり
なし
199
367
71
151
35.7
41.1
1.0
1.3
0.9-1.8
20未満
20~25未満
25以上
297
216
53
93
101
28
31.3
46.8
52.8
1.0
2.5
2.0
1.4-4.4 **
1.3-2.8 **
全く聞えない
耳元で大声~正常
28
538
7
215
25.0
40.0
1.0
2.0
0.8-4.8
全く見えない・顔の輪郭
大きい活字がやっと~正常
86
480
13
209
15.1
43.5
1.0
4.3
2.3-8.0 **
ともに80歳未満
どちらかが80歳以上
父母ともに80歳以上
289
196
81
106
84
32
36.7
42.9
39.5
1.0
1.1
1.3
0.7-1.9
0.9-1.9
いない
いる
95
471
35
187
36.8
39.7
1.0
1.2
0.7-1.8
食欲
食形態
1.0
1.7
1.1-2.5 **
1.0
2.3
1.5-3.3 **
1.0
2.1
1.1-4.0 *
1.0
2.7
1.4-5.3 **
主食の摂取頻度
1回/日・ほとんど食べない
毎日・2回/日
たんぱく質の摂取頻度
1回/2日・1,2回/週・ほとんど食べない
ほとんど毎日
野菜・海藻類の摂取頻度
運動
睡眠
運動習慣
睡眠時間
よく眠れている
起床
たばこ
喫煙
アルコール 飲酒
健康
現在の病気
あり
なし
入院や寝たきりとなった転倒の経験
BMI
聴力
視力
家族
父母の長寿
同居家族
* p<0.05, ** p<0.01
121
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
表6
百寿者の心の健康維持に関連する要因(女性)
独立変数
N
食生活
心の健康維持者
N
%
無調 整
Odds比 5%信頼区間
調整済み
Odds比 95%信頼区間
1日の食事回数
168
1173
22
338
13.1
28.8
1.0
2.7
1.7-4.3 **
1.0
1.7
1.0-2.9 *
促されて・関心なし
進んで食べようとする
364
977
33
327
9.1
33.5
1.0
5.1
3.5-7.4 **
1.0
2.0
1.3-3.1 **
軟食・流動食
常食
813
528
136
224
16.7
42.4
1.0
3.7
2.9-4.7 **
1.0
1.9
1.5-2.6 **
1226
115
335
25
27.3
21.7
1.0
0.7
0.5-1.2
631
710
129
231
20.4
32.5
1.0
1.9
1.5-2.4 **
1.0
1.4
1.1-1.9 *
1032
309
268
92
26.0
29.8
1.0
1.2
0.9-1.6
なし
あり
819
522
151
209
18.4
40.0
1.0
3.0
2.3-3.8 **
1.0
1.8
1.4-2.4 **
10時間以上
8時間未満
8~10時間未満
837
152
352
185
43
132
22.1
28.3
37.5
1.0
2.1
1.4
1.6-2.8 **
0.9-2.1
264
1077
36
324
13.6
30.1
1.0
2.7
1.9-4.0 **
574
767
80
280
13.9
36.5
1.0
3.6
2.7-4.7 **
1.0
1.6
1.1-2.2 **
現在吸っている
以前は吸っていた
もともと吸わない
110
75
1156
24
13
323
21.8
17.3
27.9
1.0
1.4
0.8
0.9-2.2
0.4-1.6
現在飲んでいる
以前は飲んでいた
もともと飲まない
192
185
964
63
45
252
32.8
24.3
26.1
1.0
0.7
0.7
0.5-1.0
0.4-1.0
626
715
150
210
24.0
29.4
1.0
1.3
1.0-1.7 *
あり
なし
680
661
169
191
24.9
28.9
1.0
1.2
1.0-1.6
20未満
20~25未満
25以上
911
358
72
214
118
28
23.5
33.0
38.9
1.0
2.1
1.6
1.3-3.4 **
1.2-2.1 **
103
1238
13
347
12.6
28.0
1.0
2.7
1.5-4.9 **
394
947
39
321
9.9
33.9
1.0
4.7
3.3-6.7 **
1.0
2.3
1.6-3.4 **
ともに80歳未満
どちらかが80歳以上
父母ともに80歳以上
880
339
122
203
112
45
23.1
33.0
36.9
1.0
2.0
1.7
1.3-3.0 **
1.3-2.2 **
いない
いる
428
913
88
272
20.6
29.8
1.0
1.6
1.3-2.2 **
2食・回数不定
3食
食欲
食形態
主食の摂取頻度
1回/日・ほとんど食べない
毎日・2回/日
たんぱく質の摂取頻度
1回/2日・1,2回/週・ほとんど食べない
ほとんど毎日
野菜・海藻類の摂取頻度
1回/2日・1,2回/週・ほとんど食べない
ほとんど毎日
運動
睡眠
運動習慣
睡眠時間
よく眠れている
いいえ
はい
起床
自分からは起床しない・時々起こされる
自分から定時に起床
たばこ
喫煙
アルコール 飲酒
健康
現在の病気
あり
なし
入院や寝たきりとなった転倒の経験
BMI
聴力
全く聞えない
耳元で大声~正常
視力
全く見えない・顔の輪郭
大きい活字がやっと~正常
家族
父母の長寿
同居家族
* p<0.05, ** p<0.01
122
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
引用文献
[1]
平成 5 年度長寿者保健福祉調査報告書.健康・体力づくり事業財団,1993.
成果の発表
1)原著論文による発表
ア)国内誌
Uemura M, Ogihara R, et al.: The effects of experiencing a fall on the activities of daily living(ADL)
in Japanese centenarians. Japanese Journal of Primary Care 25(1):8-18, 2002.
2)原著論文以外による発表
ア)国内誌
読売新聞(夕刊),読売新聞社,2001.9.5.
読売新聞(日刊),読売新聞社,2001.9.9.
毎日新聞(夕刊),毎日新聞社,2001.9.11.
荻原隆二:100 歳長寿者に聞く健康の秘けつ(1).健康づくり 280:2-9,健康・体力づくり事業財団,2001.11.
情報プラザ.百歳万歳:32-33,(株)百歳万歳社,2001.11.
健康チャンネル.(社)日本家族計画協会,2001.11.
健康のひろば.(株)研友規格出版,2001.11.
荻原隆二:百寿者から知る健康の秘訣.Trim Japan:14-18,健康・体力づくり事業財団,2001.11.
荻原隆二:100 歳長寿者に聞く健康の秘けつ(2).健康づくり 281:7-10,健康・体力づくり事業財団,2001.12.
「百歳調査」結果報告.健康フォーラム(46):8-9,健康・体力づくり事業財団,2001.12.
けあ・ふる.パラマウントベッド(株),2002.1.
健康と美のライフスタイルデータ集.(株)食品流通情報センター,2002.2.
教育アンケート調査年鑑.2002 年版上巻,(株)創育社.
健康なるほどデータ.(株)アイベックス広報誌「友の会通信」9 号:6,(株)共同宣伝大阪支社,2002.
百寿者調査結果報告「日本の百寿者のくらし」.X Conscience 46:14,(株)日本能率協会総合研究所マーケテ
ィング・データバンク,2002.3.
123
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
荻原隆二:お達者くらぶ.中日新聞,中日新聞社,2002.3.22.
荻原隆二:脳卒中の不安.NHK サタデー健康ほっとライン(BS2),NHK エデュケーショナル,東京,2002.4.13.
124
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
2. 高齢者の生活の質と社会貢献の研究
2.3. 高齢者の生活の質向上のための手法開発に関する研究
国立療養所中部病院長寿医療研究センター
院長・太田 壽城
要
約
1.生活の質の各要素向上のためのライフスタイルの抽出
約 7,000 人の住民を平成 11 年から 12 年まで毎年 QOL とライフスタイルを含む約 80 問のアンケート調査で追跡
した.生活の質の各要素の向上に深く関与するライフスタイルを断面的データより抽出した.
2.自立度と生活の質の各要素との関係
自立度が高い程,生活活動力,健康満足度,精神的健康は高く自立の重要性が改めて確認された.一方,人的
サポート満足感は自立度による影響は少なかったが,寝たきり者では少なかった.
研究目的
研究全体の目的は以下の 3 点である.
1.包括的かつ基本的な 5~7 要素からなる生活の質の指標作成
2.約 7,000 人の追跡研究にて生活の質の各要素を向上させるライフスタイルの抽出
3.高齢者の自立及び生活活動力向上のための手法開発
本年度は縦断研究に基づく生活の質の各要素に関係するライフスタイルの抽出と,高齢者の自立及び生活活動
力向上のための手法開発を行った.
研究方法
愛知県 O 市等の 65~84 歳の男女 7,000 人を対象に縦断研究を行い,生活の質に影響を及ぼすライフスタイルを
抽出した.さらに,高齢者の自立及び生活活動力向上のための手法開発の予備研究として軽度の自立改善を有す
る 200 名の高齢者を対象として,2 ヶ月の生活指導プログラム(毎週 1 回,専門家による生活指導,運動指導(表
1),食事指導(表 2))の効果を検討した.
研究成果
平成 11 年度の研究で高齢者の生活の質を評価するために生活活動力,健康満足感,人的サポート満足感,経済
的ゆとり満足感,精神的健康,精神的活動の 6 要素からなる QOL 質問票を作成した(表 3).
平成 12 年度は断面研究よりこれらの生活の質向上に関連するライフスタイルを抽出した(表 4).生活活動力に
影響を及ぼすライフスタイルとして「定期的な運動」,
「こまめに体を動かす」,
「毎日よく歩く」,
「さっさと歩く」
,
125
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
「力を入れる仕事をする」,「毎日あるいは時々お酒を飲む」,「隣近所とよく話す」,「人の世話をよくする」,「新
聞を毎日読む」,「健康によいことは積極的に実施」,「身だしなみに気をつかう」,「仕事を持っている」があげら
れた.男性のみの項目として「食べ物の好き嫌い」が影響を及ぼしていた.
健康満足感に影響を及ぼすライフスタイルとして「定期的な運動」,「こまめに体を動かす」,「毎日よく歩く」,
「さっさと歩く」,「力を入れる仕事をする」,「食事は規則的」,「食べ物の好き嫌い」,「毎日あるいは時々お酒を
飲む」,「生活リズムは規則的」,「睡眠時間は十分」,「家族とよく話す」,「隣近所とよく話す」,「人の世話をよく
する」,
「新聞を毎日読む」,
「健康によいことは積極的に実施」,
「身だしなみに気をつかう」,
「仕事を持っている」
があげられた.女性のみの項目として「間食を毎日食べる」があげられた.
平成 13 年度は,縦断研究により生活活動力に関連するライフスタイルを検討した.生活活動力と深く関連する
ライフスタイルとして,
「毎日よく歩く」,
「食事は規則的にとる」,
「生活リズムは規則的」があげられた.これら
の結果をもとに,2 ヶ月間毎週 1 回合計 8 回の生活指導(運動指導,食事指導等)を主とする QOL 向上のためのプ
ログラムを開発した.プログラム実施群ではコントロールに比し,健康感や気力の改善とともに生活活動力(図 1),
自立機能の改善を認めた(図 2).
図 1. 生活の質の改善の割合(女)
図 2. 生活指導前後の自立機能の改善者の割合(女)
126
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
表1.運動指導の概要
a)日常生活動作
毎日,生活の中でこまめに体を動かすようにする.着衣,脱衣,そうじ,料理などの
身のまわりの世話や隣近所との交流,散歩,買い物等,外出を積極的に行う.ふだ
ん動かしていない部位を使うようにする.
b)体を動かす趣味や楽しみを持つ.
園芸,料理,日曜大工,ダンス,カラオケ,ハイキング,ボランティア等を考える.
c)ストレッチ・体操・ラジオ体操
d)持久的運動
① 種 類
歩行を中心に10~20分程度のプログラムを作成する.歩行能力に支障のない場合
はさっさと歩く.施設でのエアロバイクを組み合わせてもよい(腰痛のある者は除
く).自宅メニューでは,今までの歩数より1日500~1000歩,多く歩くようにする.
e)筋力増強運動
弱い筋群を中心に自重または軽い加重負荷での筋力増強運動を行う.自宅メ
ニューでは特に足腰や弱い筋力をトレーニングできるよう2~3種目のプログラムを
組む.体力測定に含まれるベッドでの起きあがり,椅子からの立ち上がり等の動き
を取り入れる.
f)軽スポーツ
平衡性,巧緻性のトレーニング及び気分転換のために簡単なボールゲーム(ゲート
ボール,風船バレー等)やリズム体操などを組み合わせる.
② 強 度
今回の対象者は体力水準が低く,また,一部の機能障害を持つ場合もあると考えられ
る.強度は日常の活動程度あるいは,それよりもやや強い程度にする.施設での持久
的運動時には,心拍数を測定し,強度の確認をし,どんなに強くなっても自覚的運動
強度(PRE)が13以上(ややきつい)にならないようにする.
③ 頻 度
施設の使用は週1回とし,その他の日には日常生活での活動量を増すようにしたり,
自宅用のトレーニングメニューを行うよう指導する.できれば日常生活に組み入れ,例
えば朝・夕の日課とする.
表2.栄養指導の概要
食欲のない対象については,他のスタッフとの協力の上,運動量の確保,気分転
①食欲のある生活づくり 換,生活リズム等に留意する.食事面では口腔の状態,好みを考慮して,食欲を
増すような料理・雰囲気づくりのアドバイスをする.
家族・食事の作り手を考慮し,食事が適切に供食されるか考慮する.不十分な場
② 食 事 の 準 備 状 況 合には,買い物・調理の手伝い,給食サービス,宅配サービス,市販食品の利用
等の適切な支援への方法を検討する.
③ 咀嚼 機能 への 配慮
残存歯数,義歯の使用状況などを考慮し,咀嚼機能が低下している場合は,調
理法の工夫についても指導する.
高齢者では食事量の減少に伴うエネルギー,タンパク質,微量栄養素の不足が
④ 栄 養 素 摂 取 量 多くみられる.消化吸収率も低下しているので,タンパク質,ビタミン,ミネラルは
十分とれるような食品選択,料理選択を指導する.
⑤ モ デ ル 昼 食 老人保健施設来所時に昼食を供食し,バランスの良い献立の理解をすすめる.
127
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
表3 因子分析結果 (愛知県O市)
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
0.142
0.063
-0.029
-0.051
0.043
-0.621
-0.856
-0.628
-0.536
-0.609
-0.038
-0.013
-0.002
0.043
0.021
0.079
-0.006
0.003
0.094
-0.068
-0.027
-0.010
0.032
-0.007
0.035
0.483
0.758
0.392
0.317
0.374
0.686 -0.074 -0.057 0.032 0.001
0.511 -0.064 -0.003 0.045 0.255
0.740 -0.082 -0.025 -0.085 -0.022
0.502
0.503
0.508
人的サポート
回りの人とうまくいっていますか
友人とのつきあいに満足していますか
家族とのつきあいに満足していますか
-0.050 -0.069 -0.015 -0.075 0.785
0.038 -0.071 0.099 0.148 0.389
0.159 0.155 0.012 0.133 0.420
0.553
0.315
0.329
経済的ゆとり満足感
小遣いに満足していますか
ある程度のお金に余裕がありますか
-0.033 0.005 0.759 -0.049 0.033
-0.011 -0.033 0.706 -0.014 -0.023
0.548
0.482
0.400 0.077 0.250 0.103 0.035
0.325 0.063 0.116 0.165 0.089
0.229 -0.038 0.181 0.188 -0.021
0.362
0.273
0.219
-0.022 -0.018 -0.047 0.734 -0.019
-0.022 -0.169 0.045 0.360 0.052
0.056 0.020 0.008 0.696 0.059
0.496
0.225
0.564
生活活動力
バスや自転車を使って一人で外出できますか
日用品の買い物が自分でできますか
食事の支度ができますか
金銭の管理・計算ができますか
身の回りのことは自分でできますか
健康満足感
健康だと感じていますか
毎日気分良くすごせますか
体調が優れないことが多いですか
精神的健康
将来に不安を感じていますか
寂しいと思うことがありますか
自分が無力だと感じることがありますか
精神的活力
将来に夢や希望がありますか
趣味はお持ちですか
生きがいをお持ちですか
因子寄与
3.080 2.799 1.986 2.852 2.234
128
共通性
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
考
察
高齢者のための生活の質評価指標から得られた QOL の 6 つの要素を向上させると考えられるライフスタイルを
抽出した.断面研究では,生活活動力は定期的に運動を行い,健康に留意して,他人との関わりを求めたり社会
的な活動をすることで向上すると考えられた.また,縦断研究では,歩くことや規則的な食事等が生活活動力の
維持に関与していた.これらの結果は生活活動力の維持は毎日の生活の中で身体活動,食事,規則的生活,他人
との交流が重要であることを示した.
以上の結果をもとに,運動指導,食事指導を週 1 回 2 ヶ月間行うプログラムを開発した.プログラム使用によ
って,健康感や気力の向上とともに自立機能の向上を認めた.この結果は,生活指導プログラムが高齢者の心身
の自立に貢献する可能性を示した.今後,大規模克高齢者の自立レベル別の研究が必要である.
成果の発表
1)原著論文による発表
ア)国内誌
太田壽城,芳賀
博,長田久雄,他.地域高齢者のための QOL 質問票の開発と評価.日本公衆衛生雑誌
2001;
48:258-267.
樋口満,太田壽城,他.水泳運動が閉経後女性の有酸素性能力と血中脂質・リポ蛋白プロフィールに及ぼす影
響.体力科学
2001; 50:175-184.
2)原著論文以外による発表
ア)国内誌
太田壽城,石川和子.「在宅における寝たきり予防のための生活習慣」.寝たきりの予防と治療,59-71.長寿
科学振興財団.2001
重松良祐,長屋政博,太田壽城.高齢者の身体活動保持法の進歩.Geriatric Medicine 2002-1;40:33-37.
129
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
3. 地域における健康増進策の効果に関する研究
3.1. 運動と栄養改善による健康増進の効果に関する研究
3.1.1. 心身の健康度からの評価
サブリーダー
順天堂大学
助教授・武藤 孝司
分担者
筑波大学体育科学系
講師・久野 譜也、教授・宗像 恒次、助教授・西嶋 尚彦
要
約
少子高齢化が問題視されている現代において、高齢者の運動を奨励する社会的動向はあるものの、実際に高齢
者の運動機能の改善を示している施策例(政策例)は少ない。そこで、本研究では、高齢者に対して、運動と栄
養改善を目的とした運動教室を大規模に実施することにより、運動教室が高齢者の身体的健康度及び精神的健康
度に対する効果を検証した.その結果,運動教室の精神的健康度への効果として,ライフスタイルに運動習慣が
定着している期間が長いほど,運動に対する意欲や効果への信念が高いことが示された.一方,運動への負担感
は逆に少なく,結果的に生活満足感度が高いという傾向が得られた.また,生活におけるストレス(不安要因)
を持つ対象者は,運動教室への参加が負担になる傾向が認められた.
これらの結果は,運動が精神的健康度を改善させるが,様々な要因が継続の阻害要因となる可能性が高く,教室以外
すなわち家庭でも一定の水準で行えるような支援プログラムおよびシステムが必要であることが浮き彫りにされた.
研究目的
少子高齢化が問題視されている現代において、高齢者の運動を奨励する社会的動向はあるものの、実際に高齢
者の運動機能の改善を示している施策例(政策例)は少ないのが現状である。また、高齢者に対する運動の効果
に関して体力面のみならず,精神面及び栄養面、ひいては行政の医療費面まで目を向けたものは皆無である。
そこで本研究では、高齢者に対して、生活機能の維持・増進を目的とした運動教室を高齢化率が 25%に届く茨
城県大洋村で実施することにより、運動が高齢者の身体的健康度,精神的健康度及び生活行動にに及ぼす影響を
明らかにすること,及び運送継続行動の成立要因及び運動による健康増進プログラムからのドロップアウト要因
の解明を目的とした。それらの結果を踏まえて、地域で活用でき,個々の身体活動能力、精神満足度が得られる
具体的な運動プログラムの作成を目指す。
研究成果及び考察
身体的健康度:体力面に関する成果の主要部分は,サブテーマ「高齢者の体力・運動機能の評価と生活機能増
進策の具体化」の各班毎に詳細に述べられているので,ここでは省略する.
130
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
精神的健康度:運動教室参加などの健康づくり行動に対する内発的意欲,主体性,達成満足感,自己認識(自
信,自己効力感,他者受容感),自由時間(余暇)行動,健康推進行動,生活満足感,生活欲求の各領域について,
内的一貫性の信頼性よび構成概念妥当性を検証した.加えて,65 歳以上の高齢者における運動教室参加を中心と
する健康づくり行動に対する主体的促進要因を検討した結果,内発的意欲→主体性→達成満足→自己認識(自信,
自己効力感,他者受容感)→内発的意欲から構成される循環的因果モデルが検証された.また,これらの 4 要因
は自由時間行動,健康推進行動に有意に影響を及ぼしていた.また,体力,ADL,自由時間(余暇)行動,健康推
進行動,生活満足,生活欲求の間に有意な循環的因果関係が検証され,運動・スポーツ活動を取り入れた健康生
活行動が体力および ADL を維持増進させ,高齢期の精神的充実に影響していることが検証された.
運動の継続要因:運動継続行動には、運動の快感を感じ行動感覚を持ち、運動の効果を信じ、まわりからの支
援や評価を得て、運動行動への運動意欲と運動自信度を高める必要があり、運動が継続されているとそれら動機
づけ要因はより強化されてくる。教室参加時の運動の継続意欲は、6 ヵ月後の運動継続意欲に影響していることが
縦断調査の結果明らかとなった。一方,ストレス源の多さ、精神健康度の悪化など生活ストレス源があることを
示す要因が、運動の負担感をつくり出し、運動継続を妨げる。たとえば、家族の人間関係や運動仲間の人間関係
など、そのストレス要因は 6 ヶ月後の運動意欲にマイナスの影響力をもっていることが縦断調査の結果明らかと
なった。運動継続の意欲や自信度が、運動トレーニング継続年数という運動継続に影響を与えている。運動継続
や運動習慣は、生活のストレスを軽減し、生活満足度や精神健康度を向上させる。逆に、生活のストレスの多い
と運動負担感の増加→運動意欲や運動自信感の低下→運動継続のなさという悪循環サイクルを形成する。この悪
循環を断つには、運動継続の開始に伴って運動負担感をつくる生活のストレスを自らマネジメントするために自
己カウンセリング技能の提供や身近なカウンセリング支援が必要と思われる。以上の結果より,65 歳以上の高齢
者における運動教室参加などの運動・スポーツ活動の促進には,主体的促進要因が大きく関与していること,ま
た,運動・スポーツ活動を取り入れた健康生活の促進が心身の充実を支えていること,が検証された.
成果の発表
1)原著論文による発表
ア)国内誌(計
8 件)
村上晴香,久野譜也,相馬りか,金
俊東,坂戸英樹,石津政雄,岡田守彦,勝田
茂,高齢者の複合トレー
ニング効果における個人差の検討,バイオメカニクス研究概論,第 14 回バイオメカニクス学会論集,152-155,
1999.
福田理香,坂戸英樹,久野譜也,西嶋尚彦,岡田守彦,トレーニングが中・高齢者の骨折危険因子を抑制でき
るか,デサントスポーツ科学,21:59-67,2000.
菅原 順, 相馬りか, 久野譜也, 前田清司, 石津政雄, 鰺坂隆一, 松田光生,中高齢女性における運動終了後
の心臓副交感神経系活動回復応答におよぼす運動トレーニングの効果,高齢者の生活機能増進法−地域システ
ムと具体的ガイドライン−(岡田守彦, 松田光生, 久野譜也 編), pp.337-339, NAP, 東京, 2000.
柿山哲治,横山典子,前田清司,久野譜也,高石昌弘,松田光生,女性中高年者における低強度運動の継続が
大動脈伸展性におよぼす影響,高齢者の生活機能増進法−地域システムと具体的ガイドライン−(岡田守彦, 松
田光生, 久野譜也 編), pp.340-342, NAP, 東京, 2000.
131
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
坂戸洋子,石津政雄,村上晴香,増田和実,西嶋尚彦,久野譜也,運動教室参加者の栄養摂取状況は非参加者
に比べて好ましいか,高齢者の生活機能増進法−地域システムと具体的ガイドライン−(岡田守彦, 松田光生,
久野譜也 編)pp.349-351,NAP, 東京, 2000.
横山典子,西嶋尚彦,岡田あき子,大迫
剛,前田清司,久野譜也,石津政雄,鰺坂隆一,松田光生,中高齢
者における運動習慣の確立および運動の継続が QOL に及ぼす影響,高齢者の生活機能増進法−地域システムと
具体的ガイドライン−(岡田守彦, 松田光生, 久野譜也 編)pp.355-357,NAP, 東京, 2000.
徐
淑子,橋本佐由理,奥富庸一,宗像恒次,中高年者健康促進プログラム参加者における生活ストレスと運
動行動の継続.日本精神保健社会学会年報,6:44-56, 2000.
柿山哲治,横山典子,前田清司,久野譜也,高石昌弘,松田光生,6 ヶ月間の低強度運動トレーニングが中高
年女性の大動脈進展性に及ぼす影響,日本臨床スポーツ医学会誌,9:226-233,2001.
2)原著論文以外による発表
ア)国内誌(計
5 件)
武藤孝司,健康づくりプログラムの経済的評価法,Research in Exercise Epidemiology,運動疫学研究会,
2:13-19, 2000.
村上晴香,林
純一,久野譜也,運動の効果にみられる個人差,高齢者の生活機能増進法−地域システムと具
体的ガイドライン−(岡田守彦, 松田光生, 久野譜也 編), pp.209-215, NAP, 東京, 2000.
武藤孝治,ヘルスプロモーションの視点からみた健康増進施策の評価法,高齢者の生活機能増進法−地域シス
テムと具体的ガイドライン−,pp219-230.2000.
宗像恒次,徐
淑子,橋本佐由理,奥富庸一,藤山博英,運動と精神健康〜高齢者健康増進プログラム参加者
における精神健康と運動継続行動.高齢者の生活機能増進法−地域システムと具体的ガイドライン−(岡田守彦,
松田光生, 久野譜也 編)pp.119-128,NAP, 東京, 2000.
宗像恒次,橋本佐由理,心を鍛える運動プログラム−心と身体の健康と自己管理を支援する−.高齢者の生活機
能増進法−地域システムと具体的ガイドライン−(岡田守彦, 松田光生, 久野譜也 編)pp.145-158,NAP, 東京,
2000.
スポーツ活動を促進することへの波及が期待される.
132
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
3. 地域における健康増進策の効果に関する研究
3.1. 運動と栄養改善による健康増進の効果に関する研究
3.1.2. 栄養改善面からの評価
パブリックヘルスリサーチセンター桜美林大学文学部
柴田
博
東京都老人総合研究所
熊谷
要
修、渡辺 修一郎
約
秋田県農村の 65 歳以上住民の全住民において、食生活の改善による身体機能の維持増進に対する効果を評価し
た。1992 年から 1996 年にかけての観察期には、肉類、牛乳、魚介類、油脂類の摂取が有意に低下し、血色素と血
清アルブミンも有意に低下した。食生活改善の介入を行った 1996 年から 2000 年にかけて、肉類、緑黄色野菜、
果物、油脂類の摂取が有意に増加した。血色素と血清アルブミンも有意に増加した。老研式活動能力指標で測定
された高次生活機能は、介入期に入って 1998 年から低下が抑制される傾向を示した。
研究目的
食品摂取あるいはバイオマーカーに表される栄養状態が、平均寿命のみならず高齢者の余命にも影響を与える
ことは、われわれの研究でも示されている。地域高齢者の学際的縦断研究で、73 歳から 83 歳の 10 年間に死亡し
た男性の 73 歳時点(ベースライン)のから 80 歳の 1 総熱量摂取は、生存し続けた男性に比較し、有意に低かった
1)
。また、この対象の 70 歳 0 年間の死亡率に対し、血清アルブミンの低いことが有意な危険因子であり、それは
他の要素をコントロールしても変わらなかった
中等度の群の死亡率が最も低かった
死亡率を減少させることに貢献した
4)5)
2)3)
。また、血清コレステロールは死亡率に U 字型の関係を示し、
。この対象で、ベースラインの牛乳飲用習慣と油脂の高い摂取頻度は、
6)7)
。
栄養状態は、生活機能の維持にも関係しアルブミンの高いことは高次生活機能を保つことに寄与した
血清コレステロールと血清ビタミン E の低いことはうつ状態を進展させる危険性をもっている
レステロール血症は知能を低下させることを示している
貢献することも分かっている
11)
10)
9)
8)
。また、
。Wada らは低コ
。動物性食品の摂取は、生活機能の低下予防に大きく
。
本研究は、地域高齢者において、行政や地域諸組織と協力して健康教育を行うことにより食品摂取パタンを改
善することができるか、食品摂取パタンの変化にともない栄養のバイオマーカーが改善するか否か、さらに、栄
養状態の改善により、余命、生活機能などの生活の質(QOL)、さらに、医療費などの指標に好影響を与えるか否か
を検証することである。
研究方法
1.研究デザイン
133
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
秋田県南外村の 1992 年から 1996 年までの 4 年間は 65 歳以上の全住民の自然的経過を観察し、1996 年から 2000
年までの 4 年間は、われわれと行政、地域組織が協力し、食生活改善の介入を行った。したがって、この研究の
対象は縦断的に観察されている。
2.調査方法
毎年夏期に 65 歳以上全員の集団検診と社会調査を行ってきている。受診率は毎年 9 割近い高率である。1992 年
から 1996 年までは観察のみ、1996 年の調査以後は介入研究を行っているが、今回は観察期のベースライン(1992)
と 4 年後(1996)、介入期はベースライン(1996)と 4 年後(2000)のデータのみを用いる。調査項目は、学歴、病歴、
生活歴、生活機能、社会活動など高齢者の健康と生活に関連するものを広く網羅している。身体検査に関しても、
身体測定、血圧、検尿、血液検査、心電図、骨密度、歩行能力など高齢者に必須なものをカバーしている。食生
活に関しては、主要 16 食品の摂取頻度の聞き取り調査により測定した。
研究成果
1.対象とその転帰
表 1 に示したように、観察期のベースラインの対象に対する参加者率は、80.1%(748/934)であった。4 年後に
は、死亡、入院入所、転居などを除く、472 名において栄養状態の観察ができた。介入期のベースライン(1996)
の参加者率は、98.4%(1105/1166)と高かった。4 年後には、さまざまな不可抗力的理由で追跡不能であった対象
を除き、栄養状態の追跡調査が出来たのは、472 名であった(表 2)。
表1
転帰
1992年調査
対 象
参加数
1996年調査
参加数
死亡
入院入所
長期不在
不明
男性
女性
全体
375
300
559
448
934
748
248
40
10
0
2
391
39
15
3
0
639
79
25
3
2
表2
転帰
1996年調査
対 象
参加数
2000年調査
参加数
死亡
拒否
観察期コホートの転帰
介入期コホートの転帰
男性
女性
全体
464
448
689
657
1166
1105
357
71
4
525
82
22
882
153
26
134
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
2.食品摂取パタンの比較
表 3 に示したように、観察期の 4 年間に、対象の肉類、牛乳、魚介類、油脂類の摂取頻度は、有意に低下した。
しかし、介入期には、肉類、緑黄色野菜、果物、油脂類の摂取頻度が有意に上昇した。
表 3 観察期と介入期の食品摂取状況の変化の比較
(主要食品を 2 日に 1 回以上摂取する割合)
観察期
(男性179,女性293)
介入期
(男性229,女性357)
観察年
1992
1996
1996
2000
肉類
63.1
54.1**
56.1
64.2**
牛乳
68.9
75.2**
73.7
71.5
卵類
82.9
86.0
85.5
79.7
魚介類
94.0
93.0*
95.8
95.2
緑黄色野菜類
91.7
91.5
92.4
96.1**
果物
77.0
75.1
79.4
75.4 *
油脂類
77.3
*:p<0.05 **:p<0.01.
73.3 *
72.8
Wilcoxon 符号順位検定.
82.1**
(%)
3.身体指標の変化の比較
表 4 に示したように、血清アルブミン、血色素は 4 年間の観察期に有意に低下した。しかし、介入期には、こ
れらの指標は上昇し、男性の血色素以外は、変化は有意水準に達した。
表4
観察期と介入期の食品摂取状況の変化の比較
観察期
観察年
血清アル
ブミン
介入期
1992
1996
1996
2000
男性
4.07(0.24)
4.03(0.21)*
4.04(0.20) 4.19(0.23)**
女性
4.14(0.24)
4.12(0.22)*
4.16(0.19) 4.32(0.23)**
男性
13.5(1.4)
13.3(1.4)** 13.4(1.2)
女性
12.2(1.2)
11.9(1.2)**
(g/dL)
血色素
12.2(1.0)
13.5(1.3)
12.3(1.1)**
(g/dL)
*:p<0.05,**:p<0.01,
( )内は標準偏差. paired t-test.
4.高次生活機能の変化
図 1 に示したように、老研式活動能力指標で測定した高次生活機能は観察期には有意に低下した。しかし、介
入期の 1998 年から 2000 年にかけては、低下が停止した。図 2 に示したように、この指標の下位尺度の社会的役
割に関しては、1998 年から 2000 年にかけて上昇した。
135
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
図 1 南外村高齢者の老研式活動能力指標の変化
-老化遅延のための介入研究(1996 年~)-
S,K
図 1 南外村高齢者の老研式活動能力指標の変化
-老化遅延のための介入研究(1996 年~)-
S,K
考
察
観察期の 4 年間に認められた縦断的変化は、一般に高齢者における加齢変化と考えてよい。したがって、介入
期の変化は明らかに栄養改善の手立ての成功を意味している。さらに、食品摂取パタンの変化によりバイオマー
カーも変化することが明らかになったのはきわめて興味深いことである。われわれは、地域高齢者において、い
かなる地域を観察しても、加齢にともない多少の差はあれ、血清アルブミンは低下する
2)9)12)
。したがって、本
研究にみられる血清アルブミンの上昇は介入結果とみて間違いない。
高次生活機能が介入を始めて 2 年後から維持されるようになったことは興味深い。栄養状態の改善が、生活機
能に好影響をもたらすという因果律を実証しているかもしれない。
本研究にみられる栄養状態の改善が、地域全体の健康指標全般(医療費を含む)にどのような影響をもたらすか
は目下検討中である。
136
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
引用文献
[1]
Shibata H, Watanabe S, Kumagai S, Nagai H, Suzuki T, Suyama Y: Nutrient intakes in the elderly living
in an urban community, Japan: Facts and research in Gerontology 1995. Nutritional intervention and
the elderly (Vellas BJ. et al eds.), p125-132, Serdi, Paris, 1995.
[2]
Shibata H, Haga H, Nagai H, Yasumura S, Koyano W: Longitudinal changes of serum albumin in elderly
people living in the community. Age Aging, 20:417-420, 1991.
[3]
Shibata H, Haga H, Nagai H, Suyama Y, Yasumura S, Koyano W, Suzuki T: Predictors of all-cause mortality
between ages 70 and 80: The Koganei study. Arch Gerontol Geriatr, 14: 283-297, 1992.
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[5]
柴田 博: 中高年こそ肉を摂れ!!, 講談社, 1999.
[6]
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& Health, 8: 165-175, 1992.
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柴田 博: 元気に長生き元気に死のう, 保健同人社, 1994.
[8]
Shibata H, Watanabe S, Kumagai S, Haga H: Health problems in aging populations. J Epidemiol, 6: s71-s78,
1997.
[9]
Shibata H, Kumagai S, Watanabe S, Suzuki T: Relationship of serum cholesterols and vitamin E to
depressive status in the elderly. J Epidemiol, 9: 261-267, 1999.
[10] Wada T, Matsubayashi K, Okumiya K, Kimura S, Osada Y, Doi Y, Ozaka T: Lower serum cholesterol level
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Soc, 45: 1411, 1997.
[11] 熊谷 修, 柴田 博, 渡辺修一郎, 天野秀紀, 鈴木隆雄, 永井晴美, 芳賀 博, 安村誠司: 地域高齢者の食品
摂取パタンの生活機能「知的能動性」の変化に及ぼす影響. 老年社会科学, 16: 146-155, 1995.
[12] Shibata H, Suzuki T, Shimanaka Y: Longitudinal interdisciplinary study on aging. Serdi Publishing
Company, Paris, 1997.
成果の発表
1)原著論文による発表
ア)国内誌
柴田 博: 長期縦断研究からみた高齢者の高脂血症. The Lipid, 11: 68-72, 2000.
渡辺修一郎, 柴田 博: 百寿の地域分布. Geriat Med, 38: 1269-1276, 2000.
渡辺修一郎, 柴田 博: 寿命の性差はどこまで解明されたか. 医学のあゆみ, 6: 430, 2000.
渡辺修一郎, 柴田 博: 寿命の性差 1) 疫学:小金井研究. Geriat Med, 38: 1751-1756, 2000.
熊本悦明, 柴田 博, 秋下雅弘, 鳥羽研二: 加齢と性差を考える. Geriat Med, 38: 1849-1862, 2000.
渡辺修一郎, 柴田 博: 長寿の性差はどこまで解明されたか. 医学の歩み, 195: 430, 2000.
柴田 博: 肉食のすすめ. 経済界, pp1-233, 2000.
137
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
柴田 博, 熊谷 修, 渡辺修一郎: 沖縄の長寿への食生活の寄与. 長寿の要因-沖縄社会のライフスタイルと
疾病-(柊山幸志郎編), (財)九州大学出版会, pp177-184, 2000.
柴田 博: 100 歳以上の長寿者(センチナリアン)の特徴. 高齢者を知る事典(介護・医療・予防研究会編), 厚生
科学研究所, pp88-91, 2000.
柴田 博: 国際学的にみた日本の高齢者:健康度の日米比較. 国民健康保険, 51(7): 2-6, 2000.
柴田 博: 国際学的にみた日本の高齢者:日本と韓国の食と栄養の比較. 国民健康保険, 52(1): 46-49, 2001.
柴田 博: 国際学的にみた日本の高齢者:都市比較研究プロジェクトの意義と今後の役割について. 国民健康
保険, 52(2): 46-50, 2001.
柴田 博: 疫学研究からみた長寿と食習慣. Geriat Med, 39: 389-394, 2001.
柴田 博: 肥満度と長寿. 診療研究, 366: 12-17, 2001.
柴田 博,中村丁次, 荒木 厚, 伊藤英喜: 長寿食はあるか. Geriat Med, 39: 469-482, 2001.
柴田 博: 第 2 章 高齢者の生活実態と福祉需要 1, 高齢者の特性. 老人福祉論(福祉士養成講座編集委員会編),
中央法規出版, pp22-29, 2001.
柴田 博: 人口学からみた老化. 看護のための最新医学講座 第 17 巻 老人の医療(井藤英喜編), 中山書店,
pp5-10, 2001.
柴田 博: サクセスフルエイジングへの食と栄養. 高齢者の食と栄養管理(渡邊 孟,武田英二,奥田拓道編),
建帛社, pp63-83, 2001.
柴田 博: 沖縄県の食生活と栄養. 健康長寿の条件~元気な沖縄の高齢者たち(崎原盛造, 芳賀 博編), ワー
ルドプランニング社, pp147-157, 2002.
3)口頭発表
ア)招待講演
柴田 博: ワークショップ司会「高齢者の余命と活動的余命」, 日本老年医学界総会, 仙台, 2000 年 6 月 16 日.
柴田 博: シンポジスト「後期高齢者の健康問題」, 静岡長寿学術フォーラム, 静岡, 2000 年 6 月 16 日.
柴田 博: シンポジスト「コレステロールの適正基準」, 人間ドッグ学会, 福井市, 2000 年 8 月 25 日.
柴田 博: シンポジスト「高齢者の社会貢献」, 長寿科学シンポジウム, 大阪, 2000 年 10 月 9 日.
柴田 博: シンポジスト「高齢者の QOL と栄養」, Danone Institute シンポジウム, 東京, 2000 年 11 月 4 日.
138
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
柴田 博: 特別講演「高齢化社会におけるプロダクティビティという考え方の重要性」, 筑波大学シンポジウ
ム, 筑波市, 2000 年 12 月 8 日.
柴田 博: 特別講演「高齢の QOL」, 四国老人福祉学会, 徳島, 2000 年 12 月 9 日.
柴田 博: 教育講演「サクセスフルエイジング」, 日本老年学会, 大阪, 2001 年 6 月 14 日.
柴田 博:講演「油脂と健康」, 日本植物油脂研究会, 東京, 2001 年 6 月 22 日.
柴田 博: シンポジウム「老年学教育」, 世界老年学会, バンクーバー, 2001 年 6 月 22 日.
柴田 博: 招待講演「高齢者の脂質と健康」, 日本脂質栄養学会, 富山, 2001 年 9 月 8 日.
柴田 博: 「21 世紀に求められる高齢者像」, 日本老年医学会地方会, 千葉, 2001 年 9 月 22 日.
柴田 博: 「高齢者の健康とライフスタイル」, 日本体育学会, 札幌, 2001 年 9 月 24 日.
139
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
3. 地域における健康増進策の効果に関する研究
3.1. 運動と栄養改善による健康増進の効果に関する研究
3.1.3. 医療費からの評価
昭和大学医学部公衆衛生学教室
川口
毅、神山 吉輝
筑波大学先端学際領域研究センター
久野
譜也
筑波大学体育科学系
西嶋
要
尚彦
約
茨城県大洋村と栃木県足尾町の国民健康保険被保険者を対象に、生活習慣と医療費との関連を明らかにし、保
健事業の企画に役立てることを目的として、実証的研究を行った。
大洋村での運動の介入と医療費との関係については、運動開始から 2 年間の 1 人当たりの外来医療費の伸びは、
介入群では対照群の 1/4 程度であった。この介入により、1 年間に約 280 万円の純便益が村に持たらされていると
推測された。
介入を受けていない同村の住民の間では、肥満者は、肥満度が正常域の者に比べて外来医療費が高い傾向が見
られた。また、1 日の歩行距離が長い者ほど、外来医療費が低い傾向が見られた。また、年齢や肥満度などの他の
要素とは独立に、歩行距離は外来医療費と有意な負の相関(偏相関係数 ―0.12)が認められた。足尾町においても、
70 歳以上で肥満者、肥満度が正常域のものの間では、肥満度が高いほど外来医療費が高い傾向がみられた。
研究目的
茨城県大洋村と栃木県足尾町の国民健康保険被保険者を対象に、運動、飲酒、喫煙などの生活習慣行動とレセ
プト情報とをリンケージして分析を行い、生活習慣と医療費との関連を明らかにし、医療経済的に有効な保健事
業の企画に役立てることを目的とする。
研究方法
1.大洋村における面接調査①(以下、大洋村の調査①とする。)
村内に居住する満 20 歳以上の住民を対象に層別抽出法により標本 1,077 人を抽出し、質問紙を用いた集合面接
法により、身長・体重・生活習慣等の調査を平成 9 年 8 月に行った。有効回収は 1,067 人で、このうち①80 歳以
上の者②国民健康保険被保険者でない者③同時期に運動介入プログラムに参加していた者④入院医療費のあった
者⑤外来医療費不詳の者⑥外来医療費が 80 万円を超えた者(平均+3 σ以上)を除いた 632 人を分析対象とした。医
療費は、平成 9 年 10 月から平成 10 年 9 月までの 1 年間の個人別入院外医療費(歯科を除く)を集計した。
140
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
2.大洋村における留め置き調査②(以下、大洋村の調査②とする。)
村内に居住する者で、平成 10 年 10 月から平成 11 年 9 月までの医療費給付記録に記載がある者(ただし、医科
だけでなく歯科、老人施設、訪問介護も含む)のうち、平成 13 年 3 月 1 日時点で 20 歳未満の者と平成 9 年の生活
習慣調査に参加した者と転出・死亡者とを除いた 3,947 人のうち、年齢層別に 1,000 人を無作為抽出した。各年齢
層からの抽出人数は、大洋村全体の年齢構成(平成 13 年 3 月 1 日現在)に合わせて比例配分した。
調査は留め置き法で行った。対象者に調査票を郵送し、後日、保健推進員がその回答を回収した。なお、一部
の対象者については、回収についても郵送で行った。
調査票は、(財)全国保健福祉情報システム開発協会が開発した成人用健康調査システムである「New コンピュ
ータヘルスチェック」を用いた。調査内容は、身長、体重、既往歴、受療行動、健康意識、生活習慣等に関する
項目であった。
生活習慣行動調査は平成 13 年 3 月に行った。また、国民健康保険医療費は平成 11 年 10 月から平成 12 年 9 月
までの 1 年間の個人別入院外医療費(歯科を除く)を集計した。
抽出された 1,000 人のうち、有効回収数は 603 人であった(回収率 60.3%)。このうち、①入院医療費のあった者
50 人、②平成 9 年からの運動プログラムに参加していた 1 人、③外来医療費が 100 万円を超えた者 (平均+3 σ以
上) 4 人を除いた 548 人を医療費の分析対象とした。なお、検定には Wilcoxon の順位和検定を用いた。
3.大洋村における介入研究
平成 9 年 10 月から運動プログラムを開始した者とその対照者で、平成 9 年 10 月~平成 10 年 9 月および平成 10
年 10 月~平成 11 年 9 月(初年と 2 年目)の入院医療費がなく、かつそれらの期間中の個人別国民健康保険入院外医
療費(歯科を除く)データがあった者について、外来医療費を追跡した。検定には、Wilcoxon の符号付順位和検定
を用いた。さらに、その結果をもとに、健康教室に関する費用 ―便益分析を行った。
4.足尾町における調査研究
町内の 40 歳以上の国民健康保険被保険者について、平成 5 年から平成 9 年までの基本健康診査の受診回数と平
成 9 年 5 月分の医療費(外来も入院も含む)との関係について調べた。
研究成果
1.大洋村の調査②について
以下、大洋村の調査②の結果を中心に述べ、必要に応じて大洋村の調査①の結果を加える。
1.1.分析対象者の性・年齢別分布及び医療費との関係
医療費分析の対象者数は、29 歳以下を除いては、女性の方が男性よりも多かった(表 1)。また、1 人当たり外来
医療費(平成 11 年 10 月~平成 12 年 9 月)は、年齢が高いほど高い傾向が見られた。大洋村の調査①でも、同様の
傾向であった。また、29 歳以下を除いては、女性の方が男性よりも医療費が高かった
単位;人
表 1 対象者の性・年齢別分布
男
女
計
(図 1、表 2)。
29歳以下 30-49歳 50-69歳 70歳以上
35
70
93
55
計
253
13.8%
27.7%
36.8%
21.7%
100.0%
31
90
115
59
295
10.5%
30.5%
39.0%
20.0%
100.0%
66
160
208
114
548
141
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
450,000
男性
400,000
350,000
女性
外 300,000
来
医 250,000
療
費 200,000
(
円 150,000
/
年 100,000
)
50,000
0
29歳以下
30-49歳
50-69歳
70歳以上
図 1. 対象者の性・年齢階層別の 1 人当たり外来医療費
表 2 性・年齢階層別の 1 人当たり外来医療費
29歳以下
30-49歳
50-69歳
70歳以上
計
人数医療費 (円) 人数医療費 (円) 人数医療費 (円) 人数医療費 (円) 人数医療費 (円)
男
女
計
35
31
66
29,989
23,545
26,963
70
90
160
39,627
53,014
47,157
93 99,485
115 112,435
208 106,645
55 223,818
59 277,259
114 251,476
253 100,338
295 117,930
548 109,808
1.2.肥満と医療費との関係
男性では 29 歳以下、女性では 70 歳以上を除いては、肥満群は正常群に較べて、1 人当たり外来医療費が高くな
っていた(図 2、表 3)。男性の 30-49 歳では、統計的な有意差も見られた。やせ群については、女性の 40-59 歳を
除いては、正常群よりも医療費が低くなっていた(表 3)。しかし、例数が少ないことに注意する必要がある。なお、
ここでは、BMI 18.5 未満の者をやせ群、18.5 以上 25 未満の者を正常群、25 以上の者を肥満群とした。さらに、
表 2 の結果と今回の調査での性・年齢別の肥満者の割合および大洋村の性・年齢別の人口を掛け合計することに
より、肥満を解消することで大洋村全体で 8,115 万円の医療費が削減できると推測された(表 4)。
なお、大洋村の調査①でも、肥満と医療費との関係については同様の傾向が見られた(図 3)。
図 2. 肥満と 1 人当たり外来医療費との関係
300,000
外250,000
来
医200,000
療
費150,000
(100,000
円
/ 50,000
年
)
0
300,000
男性
正常
肥満
外
来 250,000
医
療 200,000
費
正常
肥満
女性
150,000
p<0.05
( 100,000
円
/
年 50,000
)
0
29歳以下 30-49歳 50-69歳 70歳以上
29歳以下 30-49歳 50-69歳 70歳以上
142
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
表 3. 肥満度と 1 人当たり外来医療費との関係
男性 29 歳以下
30-49 歳
50-69 歳
70 歳以上
計
やせ
正常
肥満
人数 医療費(円)
人数 医療費(円)
人数
2
9,510 28
34,337 5
2
12,820 41
27,771 27
0
.- 68
83,509 25
5
277,516 39
205,047 11
9
159,138 176
89,633 68
計
医療費(円)
人数 医療費(円)
13,836 35
29,989
59,616 70
39,627
142,938 93
99,485
265,961 55
223,818
120,263 253
100,338
女性 29 歳以下
30-49 歳
50-69 歳
70 歳以上
計
2
2
2
3
9
17,790
20,985
91670
41,860
42,941
25
73
73
35
206
18,468
50,514
101,148
292,355
105,658
4
15
40
21
80
58,155
69,447
134,071
285,729
157,968
31
90
115
59
295
23,545
53,014
112,435
277,259
117,930
計
4
4
2
8
18
13,650
16,903
91670
189,145
101,039
53
114
141
74
382
26,852 9
42,335 42
92,641 65
246,341 32
98,275 148
33,533
63,127
137,481
278,934
140,644
66
160
208
114
548
26,963
47,157
106,645
251,476
109,808
29 歳以下
30-49 歳
50-69 歳
70 歳以上
計
表 4. 肥満の改善による医療費削減効果
男性
20-29 歳
30-49 歳
50-69 歳
70 歳以上
女性
20-29 歳
30-49 歳
50-69 歳
70 歳以上
( 13,836- 34,337)円× 669 人×14.3%=
( 59,616- 27,771)円×1,506 人×38.6%=
(142,938- 83,509)円×1,889 人×26.9%=
(265,961-205,047)円× 834 人× 20.0%=
計
-195.9 万円
1,849.8 万円
3,017.8 万円
1,016.0 万円
5,687.7 万円
( 58,155- 18,468)円× 559 人×12.9%=
286.3 万円
( 69,447- 50,514)円×1,276 人×16.7%=
402.6 万円
(134,071-101,148)円×1,761 人×34.8%= 2,016.6 万円
(285,729-292,355)円×1,180 人×35.6%= -278.3 万円
計
2,427.2 万円
総計 8,115 万円
図 3. 大洋村の調査①における肥満と医療費との関係
165,342
外
来
医
療
費
(
円
/
年
)
正常
肥満
133,427
58,386
28,990
42,298
22,323
20-39歳
40-59歳
143
60-79歳
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
1.3.自覚的健康感と医療費との関係
男女ともすべての年齢層において、
「あまりよくない」
「よくない」と答えた者は、
「よい」
「まあよい」
「ふつう」
と答えた者よりも 1 人当たり外来医療費が高くなっていた(図 4)。男性の 30-49 歳、女性の 50-69 歳では、統計的な
有意差も見られた。また、②と同様な方法で計算すると、自覚的健康感を改善することにより大洋村全体で 13,903
万円の医療費が削減できると推測された(表 5)。ちなみに、東京都は健康推進プラン 21 で「自分を健康と感じてい
る人」の割合を 85%にすることを目標としている。こうした自覚的健康感を数値目標として掲げるプランが、医療経
済的にも有効であることが示唆された。なお、大洋村の調査①でも、
「あまり健康ではない」者の外来医療費は、
「大
いに健康」である人に比べて、20~30 歳代で 2.2 倍、40 歳~50 歳代では 5.1 倍、60~70 歳代では 1.9 倍であった。
図 4. 自覚的健康感と 1 人当たり外来医療費との関係
外
来
医
療
費
(
円
/
年
)
400,000
400,000
外
来 350,000
医
300,000
療
費 250,000
男性
350,000
よい、まあよい、ふつう
300,000
あまりよくない、よくない
250,000
200,000
150,000
女性
よい、まあよい、ふつう
あまりよくない、よくない
p<0.05
200,000
(
円
150,000
/
年 100,000
)
p<0.01
100,000
50,000
50,000
0
0
29歳以下
30-49歳
50-69歳
70歳以上
29歳以下
30-49歳
50-69歳
表 5. 自覚的健康感の改善による大洋村全体での医療費削減効果
男性
20-29 歳
30-49 歳
50-69 歳
70 歳以上
女性
20-29 歳
30-49 歳
50-69 歳
70 歳以上
( 43,205- 29,814)円× 669 人×11.4%=
102.4 万円
(108,910- 28,370)円×1,506 人×14.3%= 1,732.8 万円
(166,604- 77,536)円×1,889 人×17.2%= 2,894.6 万円
(345,174-190,564)円× 834 人× 23.6%=3,047.8 万円
計
7,777.5 万円
( 61,323- 12,527)円× 559 人×22.6%= 615.9 万円
(102,462- 39,781)円×1,276 人×21.1%= 1,688.5 万円
(171,223- 98,732)円×1,761 人×18.3%= 2,331.1 万円
(326,390-276,710)円×1,180 人×25.4%= 1,490.4 万円
計
6,125.9 万円
総計
144
13,903 万円
70歳以上
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
1.4.歩行距離と医療費との関係
ここでは、身体に不自由があるので運動は行っていない者と医師から運動の制限、あるいは禁止の指示を受け
ている者を除いた 514 人を分析の対象とした。49 歳以下の男性と 30 歳台から 60 歳台までの女性について、1 日
に歩く距離が長い人ほど、1 人当たり外来医療費が低い傾向がみられた。男性の 50-69 歳台では、1 日に 3-7 km
歩く人の医療費がやや高くなっていた(図 5)。なお、女性の 29 歳までと 70 歳以上では 1 日に 7 km 以上と回答し
た者はいなかった。3 km 未満と 3-7 km とを比較すると、29 歳まででは 3-7 km の方が平均の医療費は低く、70 歳
以上では 3 km 以下の方が平均の医療費は低かった。また、男性の 70 歳以上では、7 km 以上という回答は 1 名だ
けで医療費はかかっていなかった。3 km 未満と 3-7 km とを比較すると、3-7 km の方が平均の医療費は低かった。
図 5. 1 日の歩行距離と 1 人当たり外来医療費との関係
160,000
外
来
医
療
費
(
円
/
年
)
140,000
女50-69歳
120,000
100,000
男50-69歳
80,000
60,000
女30-49歳
40,000
男30-49歳
20,000
男29歳以下
0
3 km未満
3-7 km
7 km 以上
1日の歩行距離
1.5.重回帰分析
今回の調査表から得られた情報を総合的に評価するため重回帰分析を行った。
1.5.1.変数の絞込み
対象者は、身体に不自由があるので運動は行っていない者と医師から運動の制限、あるいは禁止の指示を受け
ている者を除いた 514 人とした。今回の調査から得られた以下の 16 項目のデータについて、
性別
年齢
BMI
既往症の数(調査票 問 1 の○の数)
現在治療中の病気の数(調査票 問 2 の○の数)
症状等の数(調査票 問 4 の○の数 ただし 44.以降除く)
自覚的健康感(調査票 問 5)
定期的な健診受診(調査票 問 6①)
食生活(調査票 問 8① 1.2.3.28.34 を点数化 1.2.28.は ―1 点、3.34 は+1 点)
飲酒(問 9
①)
145
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
喫煙(問 10
①)
歩行距離(問 11 ②)
運動頻度(問 11 ③)
睡眠(問 12
1. 2.)
休養(問 13 の○の数)
生活の充実度(問 14 を点数化 ①④⑤⑦⑧⑨⑪⑫はプラス、それ以外はマイナス、はい 2 点、どちらともいえ
ない 1 点、いいえ 0 点)
どの変数を最終的な重回帰式に導入するかを決定するため、1 年間の外来医療費を基準変数とし、①性別
②年齢とそれ以外の 1 項目についての 3 項目を説明変数として、予備的な重回帰分析を個別に 14 回行った。欠損
データについては、ペア単位の削除を行った。その結果 5%水準で有意であった
③BMI、④既往症の数、⑤現在治療中の病気の数、⑥症状等の数、⑦自覚的健康感、⑫歩行距離
の 6 項目と①性別、②年齢の計 8 項目を最終的な重回帰分析の説明変数とすることとした。
1.5.2.重回帰分析の結果
1 年間の外来医療費を基準変数とし、前述の 8 項目を説明変数として重回帰分析を行った。欠損データについて
は、ペア単位の削除を行った。その結果を表 6 に示した。重相関係数の 2 乗は 0.47 であった。この最終的な分析
で有意だったのは、②年齢と⑤現在治療中の病気の数と⑫歩行距離の 3 項目であった。前 2 項目が医療費に影響
するのは、常識的な結果といえる。しかし、歩行距離が 5%水準で有意であり、偏回帰係数も負であったのは、歩
行距離がその他の 7 項目とは独立に医療費に関係していることを意味しており、注目すべきことである。
表
変数
性別
**
年齢
BMI
1
既往症の数
現在治療中の病気の数2**
3
症状等の数
自覚的健康観
歩行距離*
定数
表 6. 年間の外来医療費を基準変数とした重回帰分析
費
変数
偏回帰係数 標準偏回帰係数
7192.6
2373.9
976.5
791.2
76379.0
-914.3
-11512.0
-20724.0
-32949.5
0.03
0.30
0.02
0.01
0.47
-0.02
-0.07
-0.09
帰
F値
0.4
39.1
0.3
0.0
60.0
0.2
2.4
4.6
p値 偏相関係数
0.54
0.04
0.00
0.34
0.57
0.03
0.92
0.01
0.00
0.40
0.64
-0.03
0.13
-0.09
0.03
-0.12
重相関係数(二乗) 0.685 (0.47) F値 33.95 p値 0.00
1 調査票問1の○の数 2 調査票問2の○の数 3 調査票問4の○の数
* p < 0.05 ** p < 0.01
2. 大洋村における介入研究について
運動教室に参加した者および対照者について、医療費を追跡した。なお、介入群のうち平成 12 年 10 月までに
トレーニングを中断した者は分析から除いた。同様に、対照群のうちで新たにトレーニングに参加した者も分析
から除いた。また、平成 11 年 10 月~平成 12 年 9 月の医療費には、入院医療費も含まれている。食事療養費、歯
科の医療費は、この分析には含まれていない。
平成 11 年(平成 11 年 10 月~12 年 9 月)の 1 人当たり年間医療費は、対照群で 289,680 円で、介入群で 144,395
円であった。対照群の医療費は、介入群よりも有意に高かった。平成 9 年、平成 10 年でも対照群の医療費は、介
入群よりも有意に高かった。
146
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
一方、介入後の同一群の医療費の推移は、1 年目(平成 9~10 年)では、対照群が 36,309 円、介入群が 3,560 円
の増加で対照群のみが有意に増加していた。2 年目(平成 10~11 年)では、対照群で 59,305 円、介入群で 19,886
円の増加であった。対照群の方が増加は大きかった。しかし、対照群、介入群ともにその医療費の増加は有意な
ものではなかった(図 6)。
上記の結果をもとに健康教室の費用 ―便 益分析を行った。
対照群での 1 年間の 1 人当たり医療費の伸びは、
(289,680 円 ―194,066 円) / 2
=
47,807 円
一方、介入群での 1 年間の 1 人当たり医療費の伸びは、
(144,395 円 ―120,949 円) / 2
=
11,723 円
であり、その差額
47,807 円
― 11,723 円
=
36,084 円
が、健康教室による 1 年間の 1 人当たりの便益だと考えられる。
健康教室の対象者は、約 120 人なので、健康教室全体での 1 年間の便益は、
36,084 円
×
120 人
=4,330,080 円
で約 430 万円となる。
一方、この健康教室に 1 年間でかかる費用は、
人件費
約 120 万円
備品費
約
10 万円
調査費
約
20 万円
合計
約 150 万円
で約 150 万円であり、全体として 1 年間に
約 430 万円
-
約 150 万円 =
約 280 万円
の純便益がもたらされていると推定される。
図 6. 大洋村で実施された健康教室での対照群と運動介入群における年間医療費の推移
500,000
§
医
対照群(24人)
400,000
療
300,000
289,680円
194,066円
230,375円
費
(
円
/
年
)
*
200,000
100,000
0
* p < 0.05
120,949円
124,509円
144,395円
介入群(20人)
平成 9年
平成 10年
年度§§
§歯科と食事療養費を除く
平成 11年
§§9 月から翌年 10 月まで
介入群は、平成 9 年 10 月より有酸素運動中心の持久力系運動とダンベル等の筋力系運
動を週 1 回ずつ実施、平均年齢は対象群は 68 歳、介入群は 66 歳(有意差なし)
。1 年間
の医療費推移は対照群のみ有意に増加していた(Wilcoxon の符号付順位和検定による)。
147
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
足尾町における調査研究について
平成 5 年から平成 9 年の 5 年間の受診回数別に、平成 9 年 5 月分の医療費(外来も入院も含む)との関係をみ
た。その結果、40 歳以上、70 歳以上いずれも、受診回数が多いほど医療費が低い傾向がみられた(図 7、8)。この
結果を足尾町長をはじめ関係者に提示した結果、町当局は保健事業の強化に努めた。その結果、平成 5 年には栃
木県内で最も 1 人当たり老人医療費が高かった町が、平成 11 年には県内でも 20 位(高い方から数えて 49 市町中)
にまで下がった。保健事業の強化が医療費の低減をもたらす可能性が示唆された。
診療点数
図 7. 基本健康診査受診回数別にみた国保診療点
9,000
8,000
7,000
6,000
5,000
4,000
3,000
2,000
1,000
0
40歳以上(1993-1997)
男
0
1
2
3
受診回数
4
女
5
図 8. 基本健康診査受診回数別にみた国保診療点
10,000
9,000
8,000
7,000
6,000
5,000
4,000
3,000
2,000
1,000
0
70歳以上(1993-1997)
診療点数
男
0
1
2
3
受診回数
148
4
女
5
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
考
察
1.肥満、自覚的健康感と医療費との関係
大洋村の調査①②ともに他の集団と同様、1 人当たり外来医療費は、年齢が高くなるにつれて高くなっていた。大洋村の
調査①②ともに、肥満者は正常者に比べて 1 人当たり外来医療費が高かった。また、自分の健康状態を「あまりよくない」
「よくない」と感じている者の医療費は、「よい」「まあよい」「ふつう」と感じている者に比べて高かった。自覚的健康感
については、個別の重回帰分析では有意に医療費との関連がみられた。性・年齢別の検定では肥満、自覚的健康感とも有意
となる場合は、少なかった。しかし、これは性・年齢別に分けたことにより、対象者の人数が少なくなったためだと考えら
れる。いくつかの例外を除いては性・年齢別のほとんどの層で同じ傾向がみられたからである。肥満の解消により 8,115
万円、自覚的健康感の改善で 13,903 万円の医療費が村全体で削減できると推測された。健康日本 21 のように肥満者の減少
を数値目標として掲げるプランや、東京都の健康推進プラン 21 のように自覚的健康感を数値目標として掲げるプラン(目
標;「自分を健康と感じている人」の割合を 85%に)が、医療経済的にも有効であることが示唆された。
2. 歩行距離と医療費との関係
大洋村の調査②において、身体に不自由があるので運動は行っていない者と医師から運動の制限、あるいは禁止の指示
を受けている者を除いて分析すると、1 日の歩行距離が長い者の方がより医療費が低い傾向が見られた。これについても、
性・年齢別に分けて検定するとそれぞれの層では統計的に有意なものとはならなかった。しかし、やはりその理由は細かく
層に分けたことにより、対象者の人数が少なくなったためだと考えられる。ここでは、様々な層で同様の傾向がみられるこ
とに注意すべきである。さらに、最終的な重回帰分析では、歩行距離と医療費との関係は統計的に有意なものとなっていた。
この調査は断面調査であるため、どちらが原因でどちらが結果であるのかは判断できない。しかし、性・年齢・治療中の病
気の数・自覚的健康感といった項目とは独立に、歩行距離と医療費との関係がはっきりと認められたことが重要である。
3. その他の調査事項と医療費との関係
足尾町における調査では、基本健康診査の受診回数が多いものほど医療費が低い傾向がみられた。健診の受診
が医療費の低減につながる可能性が示唆された。
4. 介入と費用 ―便益分析
運動教室の参加者についての医療費の分析を行った。平成 10 年からの変化をみると、介入群も対照群も 1 人当
たり医療費は増加していた。しかし、介入群の 2 年間の増加額は対照群の 1/4 程度であった。
2 年間の医療費の伸びをもとに、費用 ―便益分析を行った。その結果、大洋村での健康教室は、1 年間で約 280 万円
の純便益をあげていることが推定された。当初から介入群の医療費が対照群の医療費よりも有意に低いこと、平成 9 年
10 月~平成 11 年 9 月(初年と 2 年目)に国保の入院レセプトがなく、入院外レセプトのみがあった者だけを追跡して
いることなど、注意すべき点はあるが、この活動の経済的評価が初めて行われたことは、意義のあることといえる。
成果の発表
3) 口頭発表
応募・主催講演等
神山吉輝, 久保内智子, 神田晃, 西嶋尚彦, 久野譜也, 川口毅 :
「一地域における保健行動と医療費の関連に
関する研究」、神戸大学発達科学部
〔第 10 回日本健康教育学会、(2001 年 9 月)〕
神山 吉輝、神田 晃、川口 毅:「茨城県大洋村における健康行動と医療費との関連に関する研究」、昭和大学
〔第 48 回昭和医学会総会、(2001 年 11 月)〕
149
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
3. 地域における健康増進策の効果に関する研究
3.2. 高齢者の健康度自己チェック表の開発と評価に関する研究
3.2.1. 体力・運動機能面からの研究
サブリーダー
筑波大学体育科学系
講師・久野 譜也
分担者
筑波大学体育科学系
助教授・西嶋 尚彦
要
約
地方自治体の健康増進施策として使用されることを念頭におき,高齢者用の簡便な体力テスト法を確立し,そ
のチェック法を開発し,さらにそれらの有効性の評価を行うことを目的とした.平成 11 年度では,他班と共同で
縦断的に追跡している高齢者 200 人に,文部省新体力テスト(65-79 歳用)のパフォーマンステスト 6 項目と質問
紙体力テスト 20 項目を実施した.平成 12 年度では,歩行機能のパフォーマンステストを追加して縦断的測定を
継続し,高齢者における体力・運動機能の維持・増進班による精査されたデータとの関係を検討した.その結果,
運動教室等での体力チェックで用いる体力テストの妥当性および質問紙体力テストの妥当性が確認された.平成
13 年度では,引き続いて縦断的測定を継続した.最終的に,体力年齢などの総合的評価指標を作成し,簡易体力
テストおよび質問紙体力テスト評価を利用するインターフェイスを作成した.
研究目的
地方自治体の健康増進策での使用を念頭におき,生活機能の維持・増進のために高齢者が体力レベル(運動及
び呼吸循環機能)の優劣を客観的に評価できる簡便な体力テスト法を確立し,そのテスト結果の問題点を自分で
認識・修正できるチェック表を開発することを目標とする.
研究方法
平成 11 年度では,約 200 人の標本に対して,文部科学省新体力テスト(65-79 歳用)のパフォーマンステスト
6 項目を実施した.
加えて,高齢者における質問紙体力テストを開発するために,統計学的な尺度構成法に従い,新体力テスト(65
-79 歳)6 項目を外的基準とした質問紙体力テストの妥当性を検証した.
平成 12 年度では,大洋村において 11 年度から実施している健康教室への参加者,約 200 名(運動教室参加者
約 120 名,非参加者 80 名)について,年 2 回の測定を実施した.
150
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
研究成果及び考察
1.平成 11 年度では,約 200 人の標本に対して,文部科学省新体力テスト(65-79 歳用)のパフォーマンステスト
6 項目を実施した.統計学的な尺度構成法に従い,身体機能測定に対する簡易体力テストの妥当性を検討した.特
に,歩行能力に注目し,60 歳以上の高齢者約 500 名のデータから,全身持久力テスト項目である 6 分間歩行テス
トパフォーマンスは,歩行技能,移動能力,有酸素系能力の影響の程度を反映しており,身体機能精査に対する
「動ける」能力を総合的に測定する簡易体力テストであることが確認された.
2.加えて,高齢者における質問紙体力テストを開発するために,統計学的な尺度構成法に従い,新体力テスト(65
-79 歳)6 項目を外的基準とした質問紙体力テストの妥当性を検証した.質問紙体力テストが測定する体力領域
は,筋・筋パワー,持久力,調整力,柔軟性から構成され,各領域の信頼性および妥当性が確認された.ADL など
の生活機能への影響を反映し, 加齢に伴う変化を鋭敏に評価できるテストであることが確認された.
3.12 年度では,大洋村において 11 年度から実施している健康教室への参加者,約 200 名(運動教室参加者約 120
名,非参加者 80 名)について,年 2 回の測定を実施し,体力テスト値が変化するかどうか,他チームの運動機能
と呼吸循環機能における精査データ変化との関係を検討することを通して,簡易体力テストの妥当性を検討し,
最終的なテスト法を決定した.また,ADL などの生活機能に対する質問紙体力テストの妥当性を検討した.
以上の結果より,65 歳以上の高齢者に対する簡易体力テストは身体機能を反映した「動ける」能力を評価し,
運動継続の影響を評価することが検証された.また,生活機能への影響を評価するためには質問紙体力テストが
有用であることが確認された.
成果の発表
1)原著論文による発表
ア)国内誌(計
3 件)
岡田あき子,中野貴博,西嶋尚彦,高橋信二,鈴木宏哉,大迫
剛,久野譜也,石津政雄:高齢者における身
体運動量と体力との関係.(編)岡田守彦,松田光生,久野譜也,高齢者の生活機能増進法.ナップ,東京,
pp.358-360,2000.
鈴木宏哉,西嶋尚彦,中野貴博,岡田あき子,高橋信二,大迫
剛,久野譜也,石津政雄:高齢者における質
問紙体力テスト.
(編)岡田守彦,松田光生,久野譜也,高齢者の生活機能増進法.ナップ,東京,pp.367-369,
2000.
高橋信二,西嶋尚彦,田中宏暁,福永哲夫,岡田守彦,足立和隆,久野譜也,石津政雄:高齢者における質問
紙体力テスト.
(編)岡田守彦,松田光生,久野譜也,高齢者の生活機能増進法.ナップ,東京,pp.370-372,
2000.
2)原著論文以外による発表
ア)国内誌(計
1 件)
西嶋尚彦:簡易な体力チェック.(編)岡田守彦,松田光生,久野譜也,高齢者の生活機能増進法.ナップ,
東京,pp.105-118,2000
151
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
3. 地域における健康増進策の効果に関する研究
3.2. 高齢者の健康度自己チェック表の開発と評価に関する研究
3.2.2. 健康・生活の質からの研究
国立療養所中部病院長寿医療研究センター
院長・太田 壽城
要
約
約 14,000 人の住民データをもとに,WHO の健康基準に従って,高齢者のための自己評価式健康度チェック表を
開発,修正した.身体的健康 2 要素(日常生活動作(ADL),感覚器),精神的健康 2 要素(前向きの情緒,抑うつ
度),社会的健康(社会貢献度,人間関係)6 要素,各 3 問ずつ合計 18 問の健康チェック表を作成し,性別・年代
ごとにその分布表を示した.
健康度チェック表の 18 問と健康感とを比較をすると,18 問のいずれもが,健康感と深く関係していた.このこ
とは,WHO の概念に沿った 6 要素 18 問が健康度の評価として適切であることを示す.また,今回作成した健康度
チェック表は,一人で外出できる人に用いる方が適切であり,家庭内自立や寝たきりに近い人には当てはまらな
い可能性を示した.
研究目的
研究全体の目的は以下の 3 点である.
1.30~50 問よりなる自己健康度チェック表の開発と問題点及びその改善
2.上記システムの妥当性の検討
3.地域住民への使用とその効果の確認と自動出力表の試作
本年度は自己評価式健康チェック表の妥当性を検証し,その利用方法についても検討した.
研究方法
静岡県の全市町村(74 市町村)の 65~84 歳の男女を対象に実施された高齢者の生活習慣や身体的・精神的健康
に関する調査(対象者 22,000 人,有効回答 14,012 人)をもとに自己健康度チェック表を開発した.さらに,断
面的な分析と約 7,000 人の継続的分析より,各項目の妥当性を検証し,修正を行った.また,チェック表の利用
方法についても検討を加えた.
研究成果
平成 11 年度は,先に行われた静岡県における高齢者の生活習慣や身体的精神的健康に関する調査に基づいて,
自己評価式の健康度チェック表を開発した.すなわち,WHO はその憲章の前文において,
「健康とは肉体的,精神的
および社会的に完全に良い状態にあることであり,単に疾病または虚弱でないということではない」と定義している.
152
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
この定義に基づいて,身体的健康,精神的健康,社会的健康の各要素に関わる質問を調査項目から選択した.
身体的健康として,日常生活動作(ADL)に関わるものと感覚器・口腔に関わる質問の 2 要素,精神的健康とし
て前向きの情緒に関わるものと抑うつ状態に関わるものの 2 要素,社会的健康として社会貢献度と人間関係に関
わるもの 2 要素の以上 6 要素(各 3 問)を抽出し,18 問の健康度チェック表を作成した(表 1).
表1
健康度チェックリスト
A 身体的健康
1 日常生活動作(はい(1) いいえ(0))
自転車,車,バス,電車を使って一人で外出できる
自分の身の回りのことができますか
金銭の管理や計算は自分でできますか
2 感覚器・口腔(はい(0) いいえ(1))
目が見えにくく日常生活に困ることがある
耳が聞こえにくく日常生活に困ることがある
歯や入れ歯の具合が悪くて食事が十分とれないことがある
B 精神的健康
3 前向きの情緒(はい(1) いいえ(0))
生きがいをお持ちですか
将来に夢や希望がありますか
趣味をお持ちですか
4 抑うつ(はい(0) いいえ(1))
将来に不安を感じていますか
寂しいと感じることがありますか
自分が無力だと感じることがありますか
C 社会的健康
5 社会貢献(はい(1) いいえ(0))
現在,給料や謝礼を得るような仕事をしていますか
家事や家の中の作業,家庭菜園等,収入を得ない仕事・作業をしていますか
町内会の作業,ボランティア活動などの地域活動をしていますか
6 人間関係(はい(1) いいえ(0))
配偶者の有無
気楽に用事を頼める人がいますか
市民講座,老人学級や趣味の教室など学習的活動に参加していますか
153
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
妥当性を検討するために,健康度チェック表の 18 問について主観的な健康への満足度を示す健康満足感と比較
検討を行った(表 2).3 点満点の健康満足感に対して,18 問の YES/NO の差はいずれもが健康感の得点と深く関連
していたが,必ずしも大きな得点差がみられないものもあった.そこで,6 要素の各 3 問の中で,YES/NO の差が
最も大きい 1 問を選んで,6 要素各 1 問合計 6 問からなる簡便なチェック表に修正した.
表2
健康度チェック表 18 項目と自覚的健康満足度(0~3 点)との関係
1.日常生活動作(ADL)
一人で外出
身の回りのこと
金銭の管理
4.抑うつ
できる
2.39
できない
1.22
できる
2.28
できない
0.90
できる
2.29
できない
1.30
将来への不安
寂しさを感じること
無力感を感じること
2.感覚器・口腔
視力障害の生活への影響
聴力障害の生活への影響
歯の障害の生活への影響
将来への夢や希望
趣味
2.59
ある
1.73
ない
2.48
ある
1.60
ない
2.58
ある
1.69
する
2.59
しない
2.09
する
2.37
しない
1.81
する
2.56
しない
2.09
あり
2.25
なし
2.13
いる
2.27
いない
1.71
ある
2.43
ない
2.06
5.社会貢献
ない
2.33
ある
1.34
ない
2.29
ある
1.67
ない
2.36
ある
1.51
収入を得る仕事
家事
地域での活動
3.前向きの情緒
いきがい
ない
6.人間関係
ある
2.46
ない
1.37
ある
2.56
ない
1.87
ある
2.41
ない
1.75
配偶者
用事を頼める人
講座の受講
さらに,6 項目について自分の主観的健康度をより客観的に把握しやすく知るために,性別・年齢階級別に,デ
ータに基づいて質問の分布を求めた,健康度チェック分布表を作成した(図 1).
一方,表 2 に示されたように,自立度は健康感と極めて深い関係を示した(図 2).すなわち,一人で外出でき
る人の健康満足度得点は 2.45 で,家庭内(0.70)もしくは寝たきり(0.61)の外出できない人に比して,主観的
健康満足感が高かった.一方,縦断研究において生存者と死亡,行方不明者の生活活動力(5 点満点)は 4.49 と
3.29 で大きな差がみられた.これらの結果は,健康度評価は ADL の程度別に行う必要性を示した.
154
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
図 1 健康度チェック表の構成(案)65~69 歳男性用
155
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
図 2 自立度と QOL の指標(健康満足度 0~3 点)
156
高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究
考
察
高齢者の生活習慣や身体的精神的健康に関する調査に基づいて,自己評価式の健康度チェック表を開発した.
身体的健康 2 要素(日常生活動作(ADL),感覚器),精神的健康 2 要素(前向きの情緒,抑うつ度),社会的健康
(社会貢献度,人間関係)2 要素,各 1 問ずつ合計 6 問の簡便な健康チェック表を作成し,性別・年代ごとにその
分布表を示した(図 3).
健康度チェック表の 6 問と健康感とを比較をすると,6 問のいずれもが,健康感と深く関係していた.このこと
は,WHO の概念に沿った 6 要素 6 問が健康度の評価として適切であることを示す.
一方,自立度のレベルによって,主観的な健康観が大きく影響されることが示唆された.予後調者でも死亡・
不明に最も関与するのは生活活動力であった.このことは,また,今回作成した健康度チェック表は,一人で外
出できる人に用いる方が適切であり,家庭内自立や寝たきりに近い人には当てはまらない可能性を示した.
今後,これら 6 問からなる健康度チェック表の利用効果の確認を行う必要がある.
成果の発表
1)原著論文による発表
ア)国内誌
太田壽城,芳賀 博,長田久雄,他.地域高齢者のための QOL 質問票の開発と評価.日本公衆衛生雑誌
2001;
48:258-267.
2)原著論文以外による発表
ア)国内誌
太田壽城,石川和子.「在宅における寝たきり予防のための生活習慣」.寝たきりの予防と治療,59-71.長寿
科学振興財団.2001
157